本間俊一 に関する国会発言

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1958-09-30 江崎真澄 議院運営委員会 衆議院

○江崎委員長 これより会議を開きます。  まず、本日の議事についてでありまするが、本日は、先般来御協議を願い、決定いたしました通り、まだ施政方針に関して岸内閣総理大臣が演説を行い、次に外交に関して藤山外務大臣が演説を行います。その所要時間は、おのおの二十分程度とのことであります。そのあとに建設大臣が、このたびの二十二号台風の被害状況の報告をいたします。その終了後一たん休憩いたしまして、参議院における国務大臣の演説が終りましてから、大体

1958-09-30 竹谷源太郎 本会議 衆議院

○竹谷源太郎君 ただいま議長から御報告のありました通り、本院議員従四位勲二等本間俊一君は、去る八月二十日、郷里において逝去せられました。  私は、諸君の御同意を得て議員一同を代表し、つつしんで哀悼の言葉を申し述べたいと存じます。(拍手)  私は、本間君とは郷里を同じうし、昭和二十一年、ともに初めて本院議員に当選して以来十三年間にわたり、ことのほか親交を重ね、お互いに主義主張は異にしておりましたが、君の高潔な人格に対しては常々深い尊敬

1958-09-30 星島二郎 本会議 衆議院

○議長(星島二郎君) 御報告いたすことがあります。議員松岡駒吉君は去る八月十四日、議員本間俊一君は去る八月二十日、議員小淵光平君は去る八月二十六日逝去せられました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。三君に対する弔詞は、それぞれ議長において贈呈いたしました。  この際、弔意を表するため、故松岡駒吉君に対しては芦田均君から、故本間俊一君に対しては竹谷源太郎君から、故小淵光平君に対しては栗原俊夫君から発言を求められております。順次これを許

1958-09-29 江崎真澄 議院運営委員会 衆議院

○江崎委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。  なお、追悼演説者につきましては、故松岡駒吉君に対しては芦田均君、故本間俊一君に対しては竹谷源太郎君、故小淵光平君に対しては栗原俊夫君がそれぞれ行われる旨、自由民主党と日本社会党から申し出て参っておりますが、そのように法定するに御異議はありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1958-09-27 江崎真澄 議院運営委員会 衆議院

○江崎委員長 次に、弔慰金支出の件についてお諮りをいたします。松岡駒吉君、本間俊一君及び小淵光平君に対しましては、それぞれ歳費一カ年分の弔慰金を贈呈いたすことに相なっておりますが、その取扱いにつきましては、先刻申し上げました通り、御逝去の際に議長に御一任を願っておりましたので、松岡駒吉君及び小淵光平君に対しましては、すでに贈呈いたし、また本間俊一君に対しましては、近く贈呈いたす取り運びにいたしております。  つきましては、お手元に配付

1958-09-27 江崎真澄 議院運営委員会 衆議院

○江崎委員長 次に、追悼演説の件についてでありますが、先刻申し上げました通り、松岡駒吉君、本間俊一君、小淵光平君が逝去されましたので、まずその追悼演説を行う日についておきめ願うわけでございますが、これは先ほどの協議会でも議論がありましたように、適当な日の本会議——三十日の淺沼君の質疑のあとか、または質疑を全部終了したあとかに行うことで御了承を願います。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕     —————————————

1958-09-27 江崎真澄 議院運営委員会 衆議院

○江崎委員長 次に、新議員の紹介についてでありますが、去る八月二十日に、故松岡駒吉君の補充として、東京都第二区から菊池義郎君が当選され、また八月二十五日には辞職された山本正一君の補充として、神奈川県第二区から野田武夫君が当選され、また八月二十六日には、故本間俊一君の補充として、宮城県第一区から保科善四郎君が当選され、いずれも自由民主党所属として新しく議席を得られました。  なお、召集日には右の三君を議場において、それぞれ先例によって議

1958-09-27 江崎真澄 議院運営委員会 衆議院

○江崎委員長 まず、議員の異動の件についてでありますが、議員山本正一君が先般の鎌倉市長選挙に立候補のため辞職の申し出をいたすことがかねてわかっておりましたので、去る八月十三日の議院運営委員協議会において、同君から辞職願が提出されました場合の取扱いは、閉会中のことでもあり、議長に御一任を願っておきました。しかるところ、去る八月十九日に辞職願が提出され、議長において同日これを許可された次第であります。 次に、議員松岡駒吉君が去る八月十四日に

1954-12-23 山口喜久一郎 予算委員会 衆議院

○山口委員長 本間俊一君。一時四十五分まで時間があります。

1954-12-06 山口好一 人事委員会 衆議院

○山口(好)委員長代理 御異議なければ、委員長は    田嶋好文君  原 健三郎君    本間俊一君  池田禎治君以上四名を理事に指名いたします。     —————————————

1954-04-30 小林進 文部委員会 衆議院

○小林(進)委員 私は委員長に緊急質問をいたしたいと思うのであります。実はこの問題は、期日を明確にいたしませんが、新聞紙上に伝うるところによれば、去る三月の二十八日ということであります、そのほんとうの期日は一、二日のずれがあるかもしれませんが、二十八日を前後とする両日の間において、衆議院文部委員長の辻寛一なる者が、同じく衆議院の文部委員である右派社会党の小林進、並びに文部委員。はないが、左派社会党の山田長司両君を懲罰に付すべしという申請

1947-12-09 本間俊一 本会議 衆議院

本間俊一君 さきにいたしました中間報告のあとの経過に関連いたしまして、詳細は速記録に讓るわけでありますが、きわめて簡單に御報告をいたしたいと存ずる次第であります。  災害復旧費は公共事業費をもつて充当されておつたのでありますが、先ほど両院を通過成立いたしました追加予算のうち、公共事業費は五十二億余万円でありますが、このうちには、災害復旧費と六・三制予算が併存しております関係上、災害復旧費が増加いたしますと、六・三制の方がそれだけ減少

1947-12-09 松岡駒吉 本会議 衆議院

○議長(松岡駒吉君) 御異議なしと認めます。よつて水害地対策特別委員会の中間報告を求めます。委員長本間俊一君。     〔本間俊一君登壇〕

1947-10-15 本間俊一 本会議 衆議院

本間俊一君 去る八月十五日に成立いたしました本水害地対策特別委員会は、東北、北海道、和歌山等の地方を主とする水害対策の樹立促進に努めておつたのでありますが、御承知のごとくカスリン台風は、関東・東北を中心として、愛知以東の地域に未曾有の暴威をたくましくいたしたのであります。この新たに発生いたしました廣大な被害に対應いたしまして、本委員会を去る三日に改組いたし、目下全國の被害地に対する対策の促進にあたつておるのであります。水害地の対策は、

1947-10-15 田中萬逸 本会議 衆議院

○副議長(田中萬逸君) 御異議なしと認めます。よつて水害地対策特別委員会における調査の中間報告を求めます。委員長本間俊一君。     〔本間俊一君登壇〕

1947-10-10 荒木萬壽夫 国土計画委員会 衆議院

○荒木委員長 御異議なしと認めまして日程は追加させられました。丸森町地内における阿武隈川下流改修工事促進の請願、文書表番號第二五〇號、紹介議員庄司一郎君、長けたに源太郎君、本間俊一君紹介議員の説明を求めます。

1947-08-15 原孝吉 水害地対策特別委員会 衆議院

○原投票管理者 御異議ないと認めます。よつて本間俊一君が委員長に御當選に相なりました。委員長本間俊一君に本席をお讓りいたします。

1947-08-15 只野直三郎 水害地対策特別委員会 衆議院

○只野委員 投票を用いないで本間俊一君を委員長に推薦したいと思います。