松田重三 に関する国会発言

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1998-03-11 家西悟 厚生委員会 衆議院

○家西委員 では、そういう話がまとまったときには、ぜひとも誠意を持った対応をしていただきたいと思います。  次に、薬害エイズの事件に関して文部省にお伺いしたいと思いますけれども、来られていますでしょうか。  昨年の教科書検定において、一橋出版が申請した高等学校保健体育において、我が国のエイズ認定患者の記載が厚生省の見解で変わったという問題についてお伺いいたします。  一九八五年に、厚生省AIDS調査検討委員会が、国内第一号のエイズ

1996-06-18 和田貞夫 厚生委員会 衆議院

○和田委員長 これより会議を開きます。  この際、御報告いたします。  去る五月十四日本委員会に御出席をいただいた参考人松田重三君は、私からの総括的質問並びに長勢委員及び枝野委員の質疑に際して、エイズ第一号認定にかかわる帝京大症例の病理標本を順天堂大学の病理の医師が診断した事実関係について調査の上、また、大学の有力な教授等の氏名公表について、関係者の承諾が得られれば、後日回答を約束する発言を行っております。  去る六月六日、諸件に

1996-06-10 釘宮磐 厚生委員会薬害エイズ問題に関する小委員会 参議院

○小委員長(釘宮磐君) それでは、次の質問に移ります。  六月四日の衆議院厚生委員会に参考人として招致された元日本トラベノール社社長の山本邦松氏は、一九八三年八月初めに生物製剤課から、加熱製剤の一部変更承認手続、すなわち臨床治験の不要な手続での承認申請案を出すように言われたと述べておられます。この時期は、研究班第三回会議の前であり、当然参考人と安部氏とがクリオ復帰をめぐって激論を交わす以前のことでございます。そのような時期に厚生省が、

1996-05-17 鴨下一郎 本会議 衆議院

○鴨下一郎君 新進党の鴨下一郎でございます。  私は、新進党を代表して、ただいま議題となりました薬害エイズ問題に関して、総理大臣並びに厚生大臣にお考えを伺いたいと思います。  まず初めに、非加熱製剤を介してエイズに感染し、既に亡くなられた方、重篤な症状と闘っておられる方々、さらにHIV陽性でいつエイズが発症するかに大きな不安を抱いて毎日を過ごしていらっしゃる方々とその御家族の皆様に心よりお見舞いを申し上げます。  さて、エイズとい

1996-05-14 和田貞夫 厚生委員会 衆議院

○和田委員長 厚生関係の基本施策に関する件、特にエイズ問題について調査を進めます。  本日は、参考人として、元厚生省後天性免疫不全症候群の実態把握に関する研究分担研究者松田重三君に御出席を願っております。  松田参考人に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。厚く御礼を申し上げます。  議事の進め方といたしましては、初めに委員会を代表いたしまして委

1996-05-08 鴨下一郎 厚生委員会 衆議院

○鴨下委員 さきの参議院の厚生委員会の中で、松田重三さんが、帝京大の症例を認定しなかったのは行政に汚点を残さないため、そして、順天堂大の症例はこれを隠ぺいする目的があったのではないか、こういうような発言をなさっているのですが、それに対して先生、反論はございますか。

1996-05-08 鈴木俊一 厚生委員会 衆議院

○鈴木(俊)委員 自由民主党の鈴木俊一であります。  徳永先生には、きょう参考人として当委員会に御出席をいただきまして、大変ありがとうございます。  そこで、初めに、先生は血液学の専門家でいらっしゃるわけでありますが、先生の専門外のことでありますけれども、エイズ研究班のあり方について、先生の印象と申しますか、お考えについてお伺いをいたしたいと思います。  参考人は、昭和五十八年に設置をされましたいわゆるエイズ研究班と、それから血液

1996-04-24 釘宮磐 予算委員会 参議院

○釘宮磐君 私は、政治が行政をチェックしていかなければならない、これは政治の復権だと思うんですね。今そういう意味で政治のリーダーシップが問われているときですけれども、この時期に、エイズの問題、住専の問題も同じでありますけれども、これを政治がしっかり解明して国民の期待にこたえていくということは極めて大事なことでありますから、これはこれから衆参でしっかり我々やりますので、菅厚生大臣のリーダーシップをぜひ期待を申し上げたいと思います。  そ

1996-04-24 和田貞夫 厚生委員会 衆議院

○和田委員長 これより会議を開きます。  参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。  厚生関係の基本施策に関する件、特にエイズ問題について調査のため、元厚生省血液製剤小委員会委員長風間睦美君、元厚生省後天性免疫不全症候群の実態把握に関する研究分担研究者塩川優一君、元厚生省後天性免疫不全症候群の実態把握に関する研究分担研究者・元厚生省血液製剤小委員会委員徳永栄一君及び元厚生省後天性免疫不全症候群の実態把握に関する研究分担研究

1996-04-19 五島正規 厚生委員会 衆議院

○五島委員 時間がありませんので、ないと言われれば仕方ございませんが、ちなみに、この厚生科学の委託研究を、同じような運営委員会のレフェリー機関を通じて、郡司教授と申し上げますが、教授におなりになられてからも八回にわたって約四千数百万の委託研究を受けておられるはずでございますから、この間の経過がわからないということはちょっと理解できません。  続きまして、お伺いいたしますが、一昨日、参議院の厚生委員会の小委員会におきまして、松田重三帝京

1996-04-17 松田重三 厚生委員会薬害エイズ問題に関する小委員会 参議院

○参考人(松田重三君) 一言、先ほどのスピラ博士の件についてつけ加えさせていただきますと、厚生省はもっと早くスピラ博士なりアメリカの専門家を招いて帝京大症例を検討してもらうべきであった、少なくとも第二回目の班会議においてスピラ博士を呼んで帝京大症例を検討しておればこんな悲劇は起こらなかったではないか、そういうふうに残念に思うわけであります。  また、私は、冒頭にも述べましたように、我々の不適切な判断によりましてこのような薬害を起こして

1996-04-17 松田重三 厚生委員会薬害エイズ問題に関する小委員会 参議院

○参考人(松田重三君) そのとおりであります。

1996-04-17 松田重三 厚生委員会薬害エイズ問題に関する小委員会 参議院

○参考人(松田重三君) そのとおりであります。  同じ反対する西岡班員と塩川班員によってエイズであることを完全に否定されてしまったわけであります。

1996-04-17 松田重三 厚生委員会薬害エイズ問題に関する小委員会 参議院

○参考人(松田重三君) はい、そうです。

1996-04-17 松田重三 厚生委員会薬害エイズ問題に関する小委員会 参議院

○参考人(松田重三君) そのとおりだと思います。

1996-04-17 松田重三 厚生委員会薬害エイズ問題に関する小委員会 参議院

○参考人(松田重三君) スピラ博士は、たとえステロイドを使用していたとしても、帝京大症例の臨床経過あるいは病理所見から見てアメリカではエイズと診断すると述べられたことから、私は我々の帝京大症例をエイズとする考え方は間違っていないんだなということをさらに認識を深くしたと思います。

1996-04-17 松田重三 厚生委員会薬害エイズ問題に関する小委員会 参議院

○参考人(松田重三君) 当時のスピラ博士との会合は厚生省がセッティングいたしました。安部班長がセッティングしたと郡司課長はおっしゃっているようですが、当時は安部班長はアメリカCDCとの接点は全くありませんで、ましてやスピラ博士とのコンタクトはできなかったはずでありますので、厚生省がセッティングいたしました。  それから、出席者についてでありますが、厚生省側から郡司課長、それから森尾補佐以下数人の厚生省側の人と、それから班員では東京在住

1996-04-17 松田重三 厚生委員会薬害エイズ問題に関する小委員会 参議院

○参考人(松田重三君) 第一回目の班会議で郡司課長は、非加熱製剤の危険性について認識しておられ、研究班の冒頭でもおっしゃったわけであります。したがって、第二回目の班会議ではもっと突っ込んだ提案ないしは議論が行われるものと私は想像していたわけでありますが、第二回目の班会議は、帝京大症例の検討に時間がとられたこともあってではありますが、製剤についての検討はほとんど行われなかったと記憶しております。それにもかかわらず、当面は非加熱製剤を使い続

1996-04-17 松田重三 厚生委員会薬害エイズ問題に関する小委員会 参議院

○参考人(松田重三君) 私はミドリ十字の方々が三人そろって当時の局長のところに行ったということは確認しておりませんが、私が考えるには、やはり中央薬事審議会等に当時の社長が委員に対していろいろな働きかけをしていたということから推察したわけでありますが、やはりその当時加熱製剤をつくる力量がなかった国内の製薬会社が、外国から加熱製剤が輸入されると大打撃を受けるということから、やはり加熱製剤の緊急輸入並びに治験をできるだけそろえて開始するように

1996-04-17 松田重三 厚生委員会薬害エイズ問題に関する小委員会 参議院

○参考人(松田重三君) 私もそのとおりと存じます。  厚生省の研究班というのはあくまで研究する場でありまして、行政的な方策を決定する機関ではございませんで、ただし、重要なエイズについて検討するものであったならば研究班という名前ではなくて諮問機関として正式に発足させるべきであったと考えておりまして、それによってやはりそこに参加されたメンバーの方々はより責任を持った行動をなさったんじゃないかと思われて、研究班という名前をつけたのがそもそも