永野護 に関する国会発言
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○福島委員 もう三十年間経済が伸びていないことを、私はまずは、長い間政権を担った身として、真摯に反省すべきであると思います。 最後に申し上げますけれども、戦前戦後を通じて、政治の世界や経済界で活躍した永野護さん、総理も御存じかと思います。広島県出身、六人の兄弟で、全員が経営者や国会議員を務められたという方がいます。その方が、戦争に負けた九月に広島で、原爆が落ちた直後で行った講演を基にしたこの「敗戦真相記」という本があります。その中に
○宮澤喜一君 ただいま議長から御報告がございましたように、本院議員佐藤守良先生は、去る三月七日、急逝されました。 七日未明、体の不調を訴えられ入院されたとのことでしたが、直前まで先生の元気なお姿を拝見しておりましただけに、この計報は余りにも突然のことであり、ただ茫然としていまだ信じがたい思いであります。 私は、ここに諸君の御同意を得て、議員一同を代表して、先生の御遺徳をしのび、謹んで哀悼の言葉を申し述べたいと存じます。(拍手)
○副議長(鯨岡兵輔君) 本日表彰を受けられました他の議員諸君のあいさつにつきましては、これを会議録に掲載することにいたします。 ――――――――――――― 山原健二郎君のあいさつ 私はこのたび院議をもって「永年在職議員」として表彰をうけました。ここに院を構成する同僚議員と関係者各位に心からお礼を申し上げます。特に四半世紀の長きにわたりかわらぬご支援をいただいた高知県民のみなさんに衷心より感謝いたします。かつて吉田
○田勢参考人 第一点の指導者の定義でございますけれども、責任の所在、出処進退、これは全く私もそのとおりだろうと思います。 太平洋戦争敗戦の後、永野護という人が敗戦真相記という文章を書いておりますけれども、なぜ日本が戦争に負けたか。その中でこの永野という人が言いたかったのは、やはり日本の歴史の中でも最も指導者がいない、いわゆる人材の端境期にこの太平洋戦争が起こったということを書いております。そういう意味では、非常に危険な時代に突入して
○藤田正明君 本院議員永野嚴雄君は、去る十月八日静岡県伊豆韮山温泉病院において、心不全のため逝去されました。 昨年六月の衆参両院のダブル選挙に、参議院議員として再選を果たされた直後、健康診断のために東京女子医科大学病院に入院され、その入院中に脳梗塞で倒れられたと聞いたときは、驚き、早速に御見舞いに伺ったものでありました。その後病状は快方に向かわれ、最近は機能回復のため伊豆の病院で療養なさり、日一日と薄紙をはがすようによくなられつつあ
○近江委員 本法案の審議にあたりまして、基金の問題、あるいはまた海外援助の問題等につきまして私の所見を述べまして、それに対する答弁をお願いしたいと思います。 わが国の過去の経済援助の状態を見ていきますと、とかく大もの政治家といわれる人のそうした汚職、またそれとうらはらの関係にあるそうした援助の非効率化というものがつきまとっておった。またそれは東南アジアに対する援助で特に目立っておるように思います。これは私だけではなくして、国会の会議
○羽生三七君 それじゃ、なぜわれわれがこれを問題にするかというと、額の問題じゃないのです、必ずしも。これは外務省の事務当局の皆さんも、宮澤長官もぜひ聞いておいてください。これは外相には申し上げた。昭利三十六年当時、委員会で口比通商航海条約を審議する際に——当時はガルシア大統領だった。ガルシア大統領は当選するかどうか、批准されるか、どうか、念を押しました。それは絶対に間違いありません、当選します。何回も森委員とわれわれとで押し問答やったわ
○田代富士男君 いま営業係数でも説明されたとおりに採算の悪い線で、岩日南線の場合はいま話がありましたとおりに、岩国‐河山まで三十三・五キロではないかと思うのですが、まあここまでの、岩日南線の三十八・三キロですね。この内容を見ますと、鉄橋が百二十六カ所です、三十八・三キロのうちに。トンネルが二十四カ所、駅が九つあります。九つの駅のうち六カ所が無人駅です。だから三十八・三キロの全長のうち四分の一が橋だとかトンネルです。こういう概況になってい
○綾部国務大臣 私の前任の運輸大臣を申し上げます。やはりずっと前からあるのですが、鳩山内閣のときからの運輸大臣を申し上げます。吉野信次君、石橋湛山君、宮澤胤勇君、中村三之丞君、永野護君、重宗雄三君、楢橋渡君、南好雄君、木暮武太夫君、斎藤昇君、それから私です。
○委員長(井上清一君) ただいまから外務委員会を開会いたします。 まず、委員の異動について御報告いたします。 去る四日、戸叶武君、村山道雄君、吉武恵市君、三木與吉郎君及び田畑金光君が辞任され、その補欠として佐多忠降君、永野護君、笹森順造君、野村吉三郎君及び曾祢益君がそれぞれ選任されました。 —————————————
○委員長(高野一夫君) ただいまから本日の社会労働委員会を開会いたします。 この際、委員の異動について報告いたします。五月二日付をもって村山道雄君が辞任され、永野護君が選任。同じく四日付をもって永野護君が辞任され、村山道雄君が選任されました。 —————————————
○委員長(井上清一君) ただいま委員の異動がございました。 永野護君が辞任され、その補欠として村山道雄君が選任されました。 —————————————
○理事(佐藤芳男君) これより決算委員会を開会いたします。 委員長の委嘱により、本日の委員会は私が委員長の職務を行ないます。 委員の変更について報告いたします。四月二十一日永野護君、草葉隆圓君が辞任され、その補欠として岸田幸雄君、仲原善一君が選任されました。 —————————————
○永野護君 坂本先生に一つ伺います。 反対理由を四つお述べになりましたが、私はここで聞いておりまして、最後の一項、すなわち、日本の外交の基本方針、根本方針がまだきまっていないのじゃないか、つまり、その場その場の思いつきじゃないかというような点が一番ポイントじゃなかったかと思うのであります。その点私どもの立場と社会党さんの立場の違うことは認めるのですが、社会党さんのお気にいるような外交方針はきまっていないということは言えると思いますが
○委員長(相澤重明君) この際委員の変更について御報告いたします。 本日岸田幸雄君、仲原善一君が辞任され、その補欠として永野護君、隆圓君が選任されました。 —————————————
○永野護君 今の問題の続きですけれども、従来の経験から申しまして、低開発国、ことに東南アジア地方に対するアメリカの援助、非常に好意でやっておるにもかかわらず、現地人の受けが必ずしもよくなかったということは、アメリカ自体でもよく自覚しておると思います。私は、その意味において、今、加藤委員の御質問のように、委員会が作れれば私は理想的だと思うのでありますけれども、かた苦しい委員会でなくとも、少なくも、これを出すときには、日本の意見を聞いてくれ
○永野護君 もちろん権利として云々というようなかた苦しいことをあれしておるのじゃないのですけれども、希望として言いますと、その金の使い道を東南アジア、特に東南アジアなんかに関しましては、日本が一番よく知っておるわけですから、こういうところへ出してくれというような、権利というかた苦しいあれでないまでも、そういう道があらかじめ了解事項の中に加わっておりますと、権利というまでにならなくても、相当な発言権といいますか、そこへ「権」という言葉を使
○永野護君 関連質問。今のアメリカの予算で、アメリカが低開発国に出すということになりますと、形の上からいうと、日本は無関係になるのですか。あるいは、日本も相談を受けて、あるいは、相談を受けるというよりも、むしろ日本がイニシアチブをとって、こういうところへ、こういう産業に出してくれというような発言権が日本にあるのですか。全然アメリカの適当と思うところへ出すことになっておるのですか。
○永野護君 実は少し前ですけれども、パン・アメリカンの社長が日本へ来ましたときに、私こういう提案をしたのです。日本とアメリカとの間を非常に緊密につき合っていくためには、若い学生を相互に、アメリカの学生も休暇のときは日本に遊びに来る、日本の学生も春休み、冬休みにアメリカへ遊びに行けるようにしたらどうだ。それには普通の今の旅客機のようなぜいたくなものじゃ、とても料金その他もいくまいから、貨物と、そのときは自分は「足のついてる貨物」という言葉
○永野護君 この前ちょっと私の思いつきとして申し上げたのですが、国際航空がだんだんジェット化して、そうしてプロペラ機は貨物用にでも回さなければしようがないというお話がありましたので、貨物と普通旅客との中間的のあれですけれども、たとえば学生なんかを非常に安い運賃で、つまり貨物と普通の旅客運賃のまん中くらいななにで、そういうことをいろいろな条約上規定にできるかどうか。運賃の規定がありましょうが、もしもできるならば、日本とアメリカとの間に非常