永野重雄 に関する国会発言
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○安藤参考人 公債の発行については、まず、一九六四年の九月に当時の池田総理大臣が病気になりました。その後が佐藤内閣ということになるわけですが、佐藤首相に、当時のいわば財界の大御所と言われたコバチュウこと小林中さんが国債発行を入れ知恵したというふうに言われています。これは、小林さんが自分の腹心の者を佐藤首相の特別秘書に送り込んでそういうことをやったということが報じられております。 そういう意味で、公債発行は当時の福田大蔵大臣の発案だと
○石原参考人 私は、日本の政府、それを支えている官僚たちにシナや韓国に対する過剰意識があると思いませんね。むしろ、例えば河野洋平君のようなああいう非常に慰安婦に関する軽率な余計な発言、そういったものが物事をどんどん要するに肥大化させてきたと思いますけれども、しかし、かつての官僚はしっかりしていると私は思いますよ。それが何でだめになってきたというのは、ちょうどやはりあれですね、田中の角さんというのは非常に個人的に魅力のある人だったけれども
○石原(伸)委員 大臣の陣頭指揮、これからもひとつよろしくお願い申し上げたいと思います。 十年前の金融危機のときは、三十兆円の対策をとりまして、二十九兆円の保証の実行がなされた。こういうことからかんがみましても、二次補正予算案の早期の成立、そして大臣が指摘されましたように金利を下げる、これは非常に重要だと思うんですね。 信用保証協会の場合はやはりどうしてもスプレッドが乗りますので、これから厳しくなればなるほど安い金利で家業を守っ
○吉川春子君 会長が永野重雄さん、新日鉄会長、理事長が徳永さん、新日鉄専務、非常に新日鉄主導といいますか、そういう研究会であったわけですね。 それで、その後これがJAPICという、もっとこのアクアラインを推進する組織もできたわけですけれども、このJAPICの役員はどういう方がなられたんでしょうか。
○石井(紘)委員 民友連の石井紘基でございます。 天下りの問題やら行政の透明化の問題が議論されてきているわけでありますけれども、私はます最初に、総務庁が主務官庁になっておる財団法人交通遺児育英会の問題を取り上げさせていただきたいと思います。 御案内のように、交通遺児育英会というのは、交通事故に遭って亡くなられた方々の御子弟に対して奨学金を貸与するなど、そうした恵まれない人たちの教育に対して大変大きな貢献をしてきた団体であります。
○藤村委員 事実はそういうことなんですが。 ただ、この記事全体が、つまり最初の方から、寄附行為を変更してやらなければいけないことを前の専務理事がやったという流れで書かれているので、非常にこの記事の決定的な部分なのです。そこを取り違えて言うようなあいまいな言い方を、それも国会質問のあったすぐ後、担当者がやるというのは、これはやはりちょっと問題がある。これは、総務庁の広報室を通してやるとか、そういうことをしないといけないんじゃないですか
○藤村委員 これは事実であります。昨年十一月に、総務庁交通安全対策室の鳥居参事官補が口頭でこの会に対して、資金運用に関して異議があると言ってきたわけであります。その指示に基づいてさっき言ったようなことが起こったんですが、このことに関して、先ほどの監査をしているこれは民間の監査法人でありますが、「十年間の取引明細を求めるという異常な行為は取引銀行及び当会にとって多大な労力と費用の負担を強いるものであります。私共」つまり監査法人は、「過去十
○副議長(鯨岡兵輔君) 本日表彰を受けられました他の議員諸君のあいさつにつきましては、これを会議録に掲載することにいたします。 ――――――――――――― 山原健二郎君のあいさつ 私はこのたび院議をもって「永年在職議員」として表彰をうけました。ここに院を構成する同僚議員と関係者各位に心からお礼を申し上げます。特に四半世紀の長きにわたりかわらぬご支援をいただいた高知県民のみなさんに衷心より感謝いたします。かつて吉田
○根本政府委員 お答えいたします。 二つ御質問があろうかと思いますけれども、一つは、理事長がかわったからいろいろ変わった、これはおかしなことではないか、それからもう一つは、給与をぱっと上げてしまったのはどういうことなのか、こういうことだろうと思います。 第一点につきましては、実はこの交通遺児育英会、二十数年の歴史がございますけれども、会長は最初永野重雄さんがやられて、その後武田豊さんにかわられた。そして理事長は、ことしの一月亡く
○国務大臣(佐藤守良君) 実は今のお話を聞きまして大変私は懐かしく感じたんですが、今の道州論というのは、かつて永野重雄先生が道州論の急先鋒をやっていまして、そのときにはかなり道州論がいい勢いでいっておりましたけれども、あの方が亡くなりましてからちょっと衰えた感じがします。そんなことでございまして、大変懐かしいお話を聞いて楽しく聞いておったということでございます。 遷都論につきましては、実は私がいつも言っておるのであるいは重複するかも
○福間知之君 一千八百万おるんですか。そういう人たちがほとんど抵抗するんだというようになりますと、これなかなか容易ならぬものが、我が日本においても行政改革や省庁移転やなんか言っていますけれども、なかなかこれも難しい面があるんです。ソ連において、そういう実情を聞けば、果たしてこれはどの程度まで実現可能なのかというふうな疑問を持つわけですけれども、まあその障害になること、今ゴルバチョフさんは幾つか手をつけられておるんでしょうけれども、どうい
○工藤万砂美君 コストが非常に低廉で需要が増大するというふうに我々は聞いておるわけでございまするし、従来の水素製造からいいますと、三分の一ぐらいのコストでできるというふうに聞いておりますから、これはひとつ早くその研究を完成されて、できれば八次政策中に実用化ができるように、これは予算面でも配慮をしていただきたいと思うんですけれども、これは御要請だけにとどめておきます。 いずれにしても、日本の石炭産業というのは推定埋蔵量で二百億トンとい
○下稲葉耕吉君 ただいま小委員長からお話がございましたように、本日発表の意見は自由民主党の下稲葉個人の意見ということで発表さしていただきたいと思います。 まず、発表の前提でございますが、終戦後四十二年たったわけでございまして、終戦直後の日本の飢餓と混乱の中から今日まで見事に立ち直りまして、今日の平和と繁栄をかち得ることができたわけでございます。これはもちろん基本的には日本国民の英知と努力に負うところが多いわけでございますが、終戦直後
○岡田(利)委員 そのことが主力炭鉱十一炭鉱に限定されている今日非常に難しいことだと思うのですね。そういう意味では、やはり規模の縮小というものが大きな火花を散らす摩擦が起きる。本来であれば一千万トンというのは無理なんです。まして四年か五年で原料炭をゼロにする。原料炭をゼロにするということは一般炭の産業向けをゼロにするという意味ですからね。そのことを短い期間でやるということは非常にむちゃなことですね。結局内外炭の格差、鉄鋼さんの態度から追
○上田耕一郎君 私、まず最初に経過をお聞きしましたのは、昭和四十一年に建設省が調査を始めて、道路公団が昭和五十一年からと、約二十年にわたる調査経過があるんですね。非常に問題点も多いし、二十年にわたるこのプロジェクトが急遽浮上してきたということについてはやっぱり非常に大きな問題点がありますので、よく審議が必要だと思っているからです。 今、局長から答弁がありましたように、昭和四十七年に東京湾横断道路研究会というのができました。最高顧問は
○正森委員 現在、政府も国会も財政再建をどうするか、あるいは財政危機と言ってもよろしいが、それをどういうぐあいに克服するかということで、この法案に関連してそれぞれ同僚委員が熱心に論議をなさっているわけであります。私どもは、そういう問題を論議する場合に、現在の状況にもかんがみて、この大きな国債残高をつくり出した要因といいますか、もちろん一言でこれだけであるというようには言えないかもしれませんが、極めて大きな要因がどこにあったかということを
○佐藤国務大臣 今の御指摘の点につきまして、実は私が訪ソをしまして漁業大臣と第一次官と会ったときは直接出ておりませんが、私が総理の親書を持ちましてアルヒポフ経済担当副総理と会いましたときに、向こうからその話が出てまいりました。それで実は日ソの経済協力につきまして、かなり詳しく大変具体的に出てまいったということでございまして、この点につきましては、帰って総理、外務大臣に、それからまた特に財界人で稲山経団連会長、安西さん、永野重雄さんの話も
○石原(慎)委員 それは、向こうの原案とこちらの分析が食い違って、額がふえたり減ったりすることはあると思うんですが、私がこれをあえてお聞きした理由は、外務省がほとんど窓口になって、一兆円に近い膨大な、とにかく予算の中では突出していると言われる海外経済援助をやっているわけですが、ほかの国に比べてこういうお金が果たして有効に使われているのかどうか、このプロジェクトが果たして妥当なのかどうか、そういったものをどの機関が調べているのかさっぱりわ
○新村(勝)委員 皇后陛下よりも永野重雄さんの方が勲章は上だということは、そういう矛盾があらわれてくるわけですけれども、これはやはり前の時代の男尊女卑の思想、勲章の制度の中にそういう思想がやはり流れているというふうに思わざるを得ないわけですね。そこを大臣、ひとつお心にとめておいていただきたいのですよ。現在の叙勲の制度にはそういう矛盾があるということですね。それをひとつ覚えておいていただきたいのです。いいですか。 それから、もう一つ、
○新村(勝)委員 ですから、日本人に対する叙勲についてはこれは明らかに男女の差別があるということですね。例えば皇后あるいは皇太子妃というような方でも勲一等宝冠章どまりでしょう。そうでしょう。先日お亡くなりになった永野重雄さんは勲一等旭日桐花大綬章、ですから、勲一等宝冠章よりも上でしょう。そういうふうにいわば男尊女卑の考え方がこの叙勲の中にあらわれていると言わざるを得ないですよね。だから、そういう叙勲の運用は全く旧憲法時代の思想ではないか