田中六助 に関する国会発言

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2024-06-13 坂本大祐 安全保障委員会 衆議院

○坂本政府参考人 お答えを申し上げます。  若干繰り返しにはなってしまいますけれども、佐藤内閣におきましては、三原則で禁止している地域が明確でございましたけれども、それ以外の地域については不明確、曖昧である、政府の答弁も若干はっきりしないところがあった、国会の議論の中でそこをはっきりさせるようにという、そういう趣旨の御指摘を累次受けていたところでございます。  ここは三木総理の表明いたしました政府統一見解の中に書かれているとおりでご

2024-05-10 宮本徹 外務委員会 衆議院

○宮本(徹)委員 時の政権の思いつきじゃないんですよね。国会論戦の産物、国会論戦の積み上げの中で、政府が統一見解として示した大変重いものなんですね。最初に紹介した宮沢当時外務大臣の答弁も、この統一見解の下で、その国会の中で述べられたものだったわけであります。  ところが、この政府統一見解の下で、一九八一年に堀田ハガネ事件というのが発覚いたします。許可なく韓国に大量の砲身の半製品を輸出していた。これが国会で大問題になりました。  資料

2008-05-13 自見庄三郎 内閣委員会 参議院

○自見庄三郎君 ただいま委員長から御指名をいただきました自見庄三郎でございます。  国民新党の副代表をさせていただいておりますけれども、参議院では統一会派、民主党・新緑風会・国民新・日本という会派を組ませていただいておりまして、この参議院では四人、統一会派を含めて、衆議院では六人でございますか、少数会派でございますけれども、こういった本当に統一会派を組ませていただいた民主党さんのおかげで今日こういった質問の機会を与えていただきまして、

2001-02-05 古賀誠 本会議 衆議院

○古賀誠君 私は、自由民主党を代表して、さきに行われました森総理大臣の施政方針演説に対し、質問をさせていただきたいと存じます。(拍手)  最初に、去る一月二十六日に、インド西部の大地震により、多数の人命が失われ、甚大な被害が発生しました。被災された方々に心よりお見舞いを申し上げますと同時に、速やかな復興をお祈りいたします。日本政府において、医療チームの派遣、援助物資の供与など可能な限りの支援をしておりますが、引き続き万全な救援措置を講

1999-04-20 山本幸三 商工委員会 衆議院

○山本(幸)委員 大臣の御指摘、よくわかります。それで、ぜひ金融デフレ対策を、通産省からも私は声を上げてもらいたいというふうに思っているので、お願いしたいと思います。  もう一つ、二ページ目ですけれども、日本経済の問題でちょっと指摘だけしておきたいんですが、日本の経営者がしっかりした経営をしてきたかというと、私、ちょっと問題があるなとこれを見て思ったんですね。つまり、九二年から、日本の場合、非常に労働分配率が上がっちゃった。まあ、組合

1996-03-01 山本幸三 予算委員会第八分科会 衆議院

○山本(幸)分科員 大変ありがとうございます。ぜひよろしくお願いしたいと思います。  それでは次に、田川の地域を抜ける国道の整備についてお伺いしたいと思いますが、国道三百二十二号線と二百一号線のバイパスの路線であります。  田川市というのは、御承知のように、かつては炭鉱町として大いに栄えたところでありますが、国のエネルギー政策の大転換によって、石炭がだめということで廃山が相次ぎまして、大変劇的に都市としての機能をなくした、沈没した産

1995-06-17 山口敏夫 予算委員会 衆議院

○山口証人 河野さんは、今を時めく自民党の総裁、外務大臣でございますが、私は、立場こそ異なれ、河野さんとは、ともに一時代を同志として闘ってきた、そういう気持ちでおります。  田中六助さんから云々ということがございますが、田中先生はお亡くなりになりましたけれども、田中先生に二十四時間体制でついていた秘書さんはまだ活躍をしております。そういう方の証言も含めて御確認いただければと思いますが、自民党から新自由クラブに対しての資金協力があったと

1995-06-17 川島實 予算委員会 衆議院

○川島委員 次に、先ほども出ておりましたが、新自由クラブ関係についてお尋ねをいたします。  山口さんは、新自由クラブの立党に参画され、八期も幹事長をおやりになりました。小なりといえども全国政党の一党を率いていて、国政選挙、地方選挙など大変なお金がかかったと思います。政治にはお金がかかるということで、こういった政治はいかぬと、今政治改革の路線を進んでいるわけでございますが、いずれにしましても、当時幹事長として山口さんは大変な資金集めに苦

1993-02-16 塚本三郎 予算委員会 衆議院

○塚本委員 恐らくこの株が、政府でなくてNTTが持っておったらやるだろうと思うのです、NTTが持っておったら。ところが、NTTは持っていないのですよ。  だから、そうかといって私は、分割を避けるために競争相手をつくりなさいと、今は亡き田中六助幹事長とやらせていただきました。そして、競争相手である、一番もうかるところの、第二電電とテレコムと高速通信と、競争相手をつくることによって分割を避けさせたことを、真藤さんとの話でここでやったことを

1992-04-23 市川正一 商工委員会 参議院

○市川正一君 私は、最初に、通産省の伝統的工芸品産業の振興に関する基本的認識をお伺いしておきたいと思うのであります。  渡部通産大臣は、本法案の提案理由の説明の中で、「現在、伝統的工芸品産業は、従事者の減少や高齢化、需要の停滞、伝統的な商品のみに依存してきたことによる産業活力の低下等の事態に直面しており、このままでは、近い将来に多くの伝統的工芸品産業が衰退、消滅するおそれがあります。」、こう述べていらっしゃる。  私は、今回の法案審

1992-03-10 竹村幸雄 商工委員会 衆議院

○竹村委員 最後になりますけれども、この伝統的工芸品産業振興法は十八年前、私が全国の伝統工芸品産業の方々と相談をして一から立案をさせていただきました。当時は国会議員の中でも理解してくれる人がほとんどなかったわけであります。我々社会党の中でも、そんな伝統産業というような産業は何で振興せにゃいかんのや、製品は非常に高いではないか、そんな高い製品を労働者は使わない、そうした産業を振興する必要はないんや、こういう意見もございました。全体的に伝統

1991-03-27 西岡武夫 本会議 衆議院

○西岡武夫君 ただいま、永年勤続議員として院議をもって表彰の御決議を賜りました。みずからの非力を思い、身に余る光栄でございます。  これひとえに諸先輩、同僚議員各位の温かい御指導と、与野党を通じ、皆様の御厚情のたまものでございます。厚く御礼申し上げます。(拍手)  同時に、長年にわたり御支援をいただきました郷土長崎県の皆様のお力と、各地の友人の厚い友情のおかげでございます。心から感謝申し上げる次第でございます。  また、この機会に

1991-03-11 中尾栄一 予算委員会第六分科会 衆議院

○中尾国務大臣 地図まで賜りまして、そしてまた感想を求められましたし、私は確かに山梨でございますから海は全くございませんでした。私の山梨では湖がございましたが、十五まで湖が海だと思っておった、そんな成長でございましたから、本当に海は私にとってはあこがれの的であったことは委員御指摘のとおりでございます。  また、このようなことを申すのはどうかと思いますが、御尊父の細谷先生には大変に私も御指導賜っておりましたので、そのような意味で私自身も

1991-03-11 細谷治通 予算委員会第六分科会 衆議院

○細谷分科員 細谷です。私は、有明海及び有明海沿岸地域の海底陥没それから地盤沈下の問題についてお尋ねをいたしたいと思います。  大臣の地元の山梨は海がございませんので、海に対するあこがれとか願望というのがあるんじゃないかと思いますけれども、幸い私の地元は大変恵まれた海がございまして、それは有明海でございます。日本有数の内海の漁場でございまして、豊富な魚介類がとれる海の宝庫と言われておるところであります。ノリの最大の産地ということでござ

1989-10-04 三塚博 本会議 衆議院

○三塚博君 私は、自由民主党を代表いたしまして、海部総理の所信表明に対し質問をいたします。  先般の参議院通常選挙においては、我が党は国民からかつてない不信と鋭い批判を受けました。記録的な大敗を喫したところであります。私どもは、この原因が那辺にあるかを厳しく分析、追求 し、かつ謙虚に反省する中で、信頼回復の諸方策を確立し、党の再出発を図らなければなりません。政治の原点はまさに国民にあり。その負託を受けて国政の衝に当たるわけでございま

1989-05-25 稲葉誠一 予算委員会 衆議院

○稲葉(誠)委員 問題は、六十年の三月二日に江副さんが来られましたね。それは一人で来られたんですか。で、あなたとお話ししたのは、大体、その日は、午後田中六助さんのお葬式があった日ですよ。思い出されるでしょう。そうすると、そのときにだれか立ち会われたんですか。何か執務室で会われたようなことも書いてあるんですが。

1988-12-21 上田耕一郎 税制問題等に関する調査特別委員会 参議院

○上田耕一郎君 もう真相は明白なんです。つまり、福田正氏は頼まれて宮澤蔵相のダミー役河合さんと同じ役割を果たしたんですよ。それで言われて、ああそうかと、じゃおれが預かって息子の、次男の名義にしたようにしようというので記者会見をされたんですよ。だから矛盾がどんどん出ちゃう。五千二百万円。十一月初めは、この間言いました。安値五千四百円なんだから五千二百万円であるはずはないと。これデマだったんです。ポケットマネーで随時使っているなんということ

1988-09-14 川崎寛治 税制問題等に関する調査特別委員会 衆議院

○川崎(寛)委員 証取法の範囲内でのお答えですね。しかし、私はそういう証取法の第何条でどうするという問題じゃないと思うのです。これは角谷さんに聞けば、証取法四条違反でした、そういうことを得々と言われると思うのですが、こんな問題じゃないと思うのです。  だから私は、ちょっときざな言い方ですが、亡くなった田中六助さんがよく引用したマックス・ウェーバー、宮澤さんはよく耳にしたと思うのだけれども、マックス・ウェーバーが「職業としての政治」とい

1987-09-03 田村元 商工委員会 参議院

○国務大臣(田村元君) 実はおっしゃるとおりでありまして、今おっしゃったことが私の答弁になってしまうようなことですが、二つの問題があると思うんです。  一つは、小さい政府、行政改革ということで萎縮してしまって、ざっくばらんに言ってもう定員増要求を考えもしなかったというところがあったんじゃないでしょうか。因果な話で、行財政改革を言った土光さんのところの会社がやられたら世話がないんですけれども、それにしても実際そこにもっとこういう重大な問

1987-07-28 田村元 商工委員会 衆議院

○田村国務大臣 まさにおっしゃるとおりでありまして、私は、日本の対応、つまり通産省の対応を中心として日本の対応、またアメリカの対応、両方に割り切れない気持ちを持っております。先ほど申し上げたように、通産省の責任はまことに重大であります。組織としての責任、これは私自身もいかようの責任をとれと追及されても仕方がない問題だと思います。  ただ、アメリカ側が受けとめる、つまり感覚の違いというものは、東芝の会長や社長が辞任をしたことをむしろ彼ら