長谷川信 に関する国会発言
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○石関委員 大臣のおっしゃる適切というのがどういうものか、ちょっと私理解できないんですが、また改めてお尋ねをするとして、先ほど申し上げた左藤大臣、この退任時の発言については承知していないということでありましたが、この前後に四人の法務大臣の方々、長谷川信さん、梶山静六さん、この左藤さん、そして田原隆さん、この方々がいずれもサインをしなかったために、三年四カ月の間死刑執行がなかった、こういう時期がございました。 その後、死刑執行を再開し
○房村政府参考人 歴代会長でございますが、初代が栗本義之助、退職金額はなしでございます。二代が天野健夫、退職金額は百五十万円、三代が長谷川信蔵、退職金額が二百五十万円、四代が新谷正夫、退職金額が三百万円、五代が枇杷田泰助、退職金額が一千八百九十万円というぐあいに聞いております。
○坂上委員 何か関東大震災のことが引用されておりまして、東京市内に十数カ所の借地借家法調停委員会出張所を増設したということが書かれておるわけであります。しかも、震災後三カ月に二千件も調停が成立したということが報告されておるそうでございますから、どうぞその実態を、早急に対応するということをひとつしていただきまして、まさに青空でもいいですから調停の開始ができるような対応をとられていいのではなかろうかと私は思っております。また、夜間でもやれる
○坂上委員 結構です。 さて、その次、長谷川道郎さん、長谷川信さんの息子さんですが、上申書が出ておるわけでございますが、これは間違いないのでしょうか。この人の上申書によりますと、二十四日から二十七日まで国会にいたというのですね。しかもまだ、私も新聞やいろいろなことで調べてみますと、九日の日に二億円はジュラルミンに入れた、こう早乙女常務がどうも供述しているようです。 そういたしましたら、今度は渡邊廣康さんが、二十四日の日に紙袋に入
○則定政府委員 お答えいたします。 まず第一の一九八九年五月八日の部分に、十四時、長谷川信との記載がなされていること、それから翌九日の部分に、十四時半、渡辺秀央との記載がなされていること、それから翌五月十日の部分に、十四時、大倉(TV新潟)との記載があることを承知しております。
○大渕絹子君 それでは、私は本院の亡くなられました長谷川信元法相の名誉のためにお尋ねをするわけでございますけれども、当初マスコミは、こぞって亡くなられた長谷川元法相がこの二億円を受け取った本人ではないかということで報道をされました。しかし、私たちの情報、調査等によりまして、長谷川さんが受け取ったということは事実関係とは違うというように思っているわけですけれども、この件、亡くなられた長谷川法相の名誉のためにもきっぱりとここで否定をしていた
○竹下証人 今のお話でございますが、要するに、六日、中曽根当時総裁よりも前の時間に行こうと決断したのは、まさに長谷川信先生のお電話があったからでございます。私は実は割に前後を気にします。だから、少なくとも現総裁が前だなという感じを持っておったわけでございますので、その点はまさに長谷川さんのお電話でお話をした。しかしそのとき、門前払い食ったらぶざまだなというようなものは、今正森先生おっしゃった三つ目の葛藤というのはちょっと私も今指摘されて
○竹下証人 あるいは今私は、その渡邉調書というのを入手して精読したわけではございませんが、今のその先生のお話からいたしますと、渡邉さんの調書は別といたしまして、いわば私が自宅へ帰りまして、たくさんのマスコミの方が来ていらっしゃいました。それから、応援者の方も来ていらっしゃいました。それから、今は少し大きいうちへ留守番に行っておりますが、小さいうちでございまして、とてもその新聞社をまいてどっかへ行くというような環境ではございませんし、当時
○北村哲男君 今の拒否の理由、一応わかりましたけれども、重ねて伺いますけれども、長谷川信先生の、亡くなった長谷川信先生の奥様が、亡くなった人聞に罪を着せて非常に嘆かわしいというふうに言っておられるということを聞いております。それが、しかもあなたがそう言ったからというふうに言われているんですね。こういうことはどこかであなたが弁解されなくちゃいけないと思うんですね、そうじゃないとすると。そうなら、知りません。ここでその辺の釈明をされる気はあ
○北村哲男君 私も同感です。 私が知っている限りではとても人格者であられると思うんですけれども、ところが、その行方不明の二億円はあの方が持っていったんだということがこれも言われている事実なんです。しかも、それはあなたの調書によってそれが明らかだというふうに言われているんですけれども、それについてあなたは長谷川信先生町名誉に関して何か言うことはありませんか。
○北村哲男君 それから、三億円のうち一億円は金子陣営に渡されたことはもうほぽ捜査上明らかでありますけれども、他の二億円について一体どうなったのか。これはお金のことで答えにくいかもしれませんけれども、実は、なぜ聞くかといいますと、あなたは、まず長谷川信さんという前の法務大臣をおやりになった人を御存じでしょう。
○委員長(遠藤要君) それでは、次の面についてお尋ねいたします。 新潟県知事選挙において、金子清前知事に対して東京佐川急便から三億円が提供され、うち一億円はあなたから佐渡汽船の社長らを経由して金子知事陣営に渡ったとされていますが、残りの二億円についてはどのように金子陣営に渡ったのか不明確です。報道によりますると、今は亡き長谷川信参議院議員に渡って知事選に使われたのではないかと言われていますが、事実関係はどうなっているのか。 こう
○直嶋正行君 次の質問に移りたいと思います。 次に、右翼、暴力団とのかかわりを問われております竹下元総理の六十二年十月六日の田中邸訪問について取り上げたいと思います。 これまでの衆議院及び参議院予算委員会での証人喚問やあるいは審議を通じまして、私は次のようなことが明らかになったんではないかなと思っております。 一つは、十月五日の東京プリンスホテルでの金丸さん、渡邉さん等の会談に竹下さんはわざわざ財界関係者とのお約束の時間を一
○証人(竹下登君) 私が決断をしましたのは、長谷川信先輩のお電話でございます。
○上田耕一郎君 いや、あなたの証言は、あの異常な六日朝の漫画のような訪問、田中邸訪問、説明することは全くできない。だから、偽証の疑いが強いと思う。 一体、六日朝のあの訪問、いつ決めたんですか。五日の夜の会談で決めたのか、それとも六日の午前二時の長谷川信さんの電話で決めたんですか。どうですか。
○証人(竹下登君) 今、御氏名を申されました浦田さん、また長谷川信さん、また衆議院議員である小沢辰男さん、この方々はかねてそのようなことを申しておられたことは事実でございます。それは十月五日よりはかなり前の段階であったかと思いますが、いや、私もそのような考えを持っておるから、適当な、一番適当な時期、私が考えておったのは、五日の日に決意表明をしましたのでその前にという気持ちがあったことは事実でございます。お二人の方にはごあいさつに伺う考え
○委員長(遠藤要君) 重複するようでございますけれども、衆議院での証言とも関連して、浦田参議院議員の発言が取りざたされました。当時、田中派と創政会の中間にいた小沢辰男さんや長谷川信さん、お亡くなりになった、及び創政会の議員の方々から進言もあったと、証人自身御承知のとおり。ただいまの御発言にもございましたが、田中内閣の官房長官でもあったわけで、総裁選立候補のあいさつは人の道と考えて伺ったと思っていますが、改めてどうですか。 その当時に
○国務大臣(渡辺秀央君) お答えいたしますが、長谷川信先生も大変なことを言われているのかという気もしますが、私も実はそれ以上に大変なことを言われているわけです。今、先生がそういう疑念の中で私に対して質問をしているということは、極めて迷惑な話であるということを申し上げておきます。 もう一つは、全く、長谷川信先生と二人で会社あるいはほかのところへ訪問をしたというような事実は一切ございません。
○角田義一君 あと二、三点ちょっと聞かしてください。 今、新潟ではこの二億円の真相解明ということが新潟県民を初め私ども非常に関心を持っておるところです。桜井新現在の自民党新潟県連会長は、十一月九日に最高検に対してこの二億円の問題について徹底的に真相を究明してもらいたいということを申し入れているんですね。今一番大変なのは、亡くなられた、法務大臣までおやりになった長谷川信先生が二億円を云々ということでぬれぎぬを着せられかけているというこ
○小岩井委員 偽証罪につながるというふうにお認めになったようでありますな。ということは、国会で決めるということでありますから、これは今後国会の問題にいたしたいというように思います。 続いて伺いますが、長谷川信氏が十月六日田中邸に行き、竹下氏の訪問の仲介をする段取りを渡邉廣康氏がとったということでありますけれども、それについて否かの問いに対して、これも背任の目的の一つであり、自民党問題、竹下問題とかかわり、裁判に不都合なので控えると証