阿部五郎 に関する国会発言

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1967-06-15 中谷鉄也 法務委員会 衆議院

○中谷委員 質問の前提になりますので当時の速記録の、問題になろうかと思う点を、一応両大臣もうすでに速記録は十分御記憶なんだ、お読みになっているはずだという総理の御答弁がありましたけれども、いま一度私読み上げておきたいと思います。  阿部五郎委員の質疑に対して当時の植木法務大臣の御答弁でございます。「総理大臣の異議の申し立てにつきましては、その理由が、公共の福祉に対してほんとうに重大な影響を及ぼすということがあまりにも考えられ、放置する

1967-06-13 猪俣浩三 本会議 衆議院

○猪俣浩三君 私は、日本社会党を代表いたしまして、先般行なわれました行政事件訴訟法第二十七条による総理大臣の異議申し立てにつき、総理はじめ法務、自治各大臣に質問するものであります。(拍手)  およそ民主国家の政治原則は法の支配といわれるものであり、法の支配の原則が政治の根幹をなしている限り、司法権がきわめて尊重せらるべきは当然であります。政党内閣制をとっている政体においては、立法権と行政権とが多数党に握られておるのでありまして、三権分

1963-06-06 志賀義雄 法務委員会 衆議院

○志賀(義)委員 いまのことも含めて法務大臣に協力していただきたいのです。先ほど赤松委員から重大な事件の一つとして、これをぜひとも明らかにしたいという趣旨の希望もありましたが、これは当法務委員で、なくなられた徳島県出身の阿部五郎議員も一度手がけられた問題であり、またこの前の総選挙前に法務委員であった神近市子さんも熱心に主張された問題ですが、徳島のラジオ商殺し、あの後妻は、私どもの見るところでは全然無罪でありながら、いま岡山県の婦人刑務所

1963-03-01 志賀義雄 法務委員会 衆議院

○志賀(義)委員 ただいま赤松委員からも質問がございましたように、前の植木法務大臣とか、また中垣法務大臣によるいろいろ御努力の結果、こういう結果が生まれたということが言えるのでありまして、私ども非常に喜んでおるわけでございますが、三年前に当衆議院法務委員会が、和歌山にある婦人刑務所を視察しましたときに、徳島のラジオ商殺し——これはつまり後妻で、夫を殺したといわれておるもので、今長期の刑に服役している婦人があるのでございます。当時刑務所長

1963-02-05 山崎高 議院運営委員会 衆議院

○山崎事務総長 まず、故議員阿部五郎君に対する追悼演説がございます。三木武夫さんがなさいます。次に、故議員三浦一雄君に対する追悼演説がございます。淡谷悠藏さんがなさいます。次に、台風常襲地帯対策審議会委員の選挙でございます。ただいま御決定の通り、議長の指名によって御決定願います。次に、ただいま御決定願いました決議案を日程追加で上程願いまして、趣旨弁明が山村新治郎さん、討論が稻村隆一さん、採決が終わりまして、内閣総理大臣の発言がございます

1963-02-05 佐々木秀世 議院運営委員会 衆議院

○佐々木委員長 これより会議を開きます。  まず、追悼演説の件についてでありますが、故阿部五郎君に対する追悼演説は、本日の本会議において行なうこととし、演説者は自由民主党の三木武夫君にお願いすることといたしたいと思いますが、御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1963-02-05 三木武夫 本会議 衆議院

○三木武夫君 ただいま議長から御報告がありました通り、本院議員阿部五郎君は、去る一月二十三日の朝、九段議員宿舎において心筋梗塞症のため、こつえんとして波乱に富んだ五十八年の生涯を閉じられました。まことに哀惜の感にたえません。  私は、ここに諸君の御同意を得て、衆議院議員一同を代表し、哀悼の辞を申し述べたいと存じます。(拍手)  阿部五郎君は、明治三十七年徳島市に生まれ、大正十二年県立徳島商業学校を卒業、久原鉱業株式会社に入社されまし

1963-02-05 清瀬一郎 本会議 衆議院

○議長(清瀬一郎君) 御報告いたすことがあります。  議員阿部五郎君は、去る一月二十三日逝去せられました。  議員三浦一雄君は、去る一月三十日逝去せられました。  まことに哀悼痛惜の至りにたえません。  阿部五郎君に対する弔詞は、去る二月二日、また、三浦一雄君に対する弔詞は、昨二月四日、議長においてそれぞれ贈呈いたしておきました。今これを朗読いたします。   〔総員起立〕  阿部五郎君に対する弔詞衆議院は多年憲政のため尽力さ

1963-01-30 高橋英吉 法務委員会 衆議院

○高橋委員長 本委員会の委員でありました阿部五郎君が去る二十三日逝去されました。まことに哀惜の念にたえません。  ここに哀悼の意を表し、黙祷をささげたいと存じます。御起立を願います。   〔総員起立、黙祷〕

1963-01-25 山崎高 議院運営委員会 衆議院

○山崎事務総長 朗読いたします。  衆議院は多年憲政のため尽力された議員従四位勲二等阿部五郎君の長逝を哀悼しつつしんで弔詞をささげます

1963-01-25 佐々木秀世 議院運営委員会 衆議院

○佐々木委員長 次に、議員阿部五郎君逝去につき弔詞贈呈の件についてでありますが、去る二十三日、徳島県選出の阿部五郎君が逝去されました。ここにつつしんで哀悼の意を表します。  つきましては、同君に対する弔詞贈呈の件でありますが、同君は、在職十年四ヵ月でありましたので、前例に従い、お手元に配付いたしてあります通りの特別弔詞を贈呈いたしたいと存じます。  一応、事務総長からその案文の朗読を求めます。

1962-08-24 高橋英吉 法務委員会 衆議院

○高橋委員長 これより会議を開きます。  法務行政、検察行政及び人権擁護に関する件について調査を進めます。  質疑の申し出がありますので、これを許します。阿部五郎君。

1962-03-01 河本敏夫 法務委員会 衆議院

○河本委員長 民法の一部を改正する法律案を議題として審査を進めます。  質疑の通告がありますので、これを許します。阿部五郎君。

1961-10-16 濱地文平 災害対策特別委員会 衆議院

○濱地委員長 阿部五郎君。

1961-09-30 山崎高 議院運営委員会 衆議院

○山崎事務総長 派遣の目的は、第二室戸台風等の災害状況並びに復旧状況に関する実地調査のためでございます。派遣委員の氏名は、第一班は、生田宏一君、永田亮一君、濱地文平君、阿部五郎君、角屋堅次郎君、以上の五名でございまして、第二班は、正示啓次郎君、古川丈吉君、辻原弘市君、玉置一徳君の四名、第三班は、大倉三郎君、岸本義廣君、島本虎三君、楢崎弥之助君の四名で、合計十三名でございます。派遣の期間は、第一班及び第二班はおのおの四日間、第三班は五日間

1961-06-01 池田清志 法務委員会 衆議院

○池田委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  質疑を継続いたします。阿部五郎君。

1961-06-01 池田清志 法務委員会 衆議院

○池田委員長 これより会議を開きます。  政治テロ行為処罰法案並びに政治的暴力行為防止法案、政治的暴力行為防止法案に対する修正案を一括議題といたします。  質疑を継続いたします。阿部五郎君。

1961-05-24 林博 法務委員会 衆議院

○林委員長代理 阿部五郎君。

1961-02-03 池田清志 法務委員会 衆議院

○池田委員長 これより会議を開きます。  まず理事の補欠選任に関する件についてお諮りいたします。  理事阿部五郎君より理事辞任の申し出があります。これを許可することとし、これよりその補欠選任を行ないたいと存じますが、これは先例によりまして委員長の指名に御一任願いたいと存じます。これに御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1960-04-14 瀬戸山三男 法務委員会 衆議院

○瀬戸山委員長 次に、阿部五郎君。