憲法調査会

2001-04-18 参議院 全85発言

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会議録情報#0
平成十三年四月十八日(水曜日)
   午後一時二分開会
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   委員の異動
 四月四日
    辞任         補欠選任   
     柳田  稔君     吉田 之久君
     島袋 宗康君     佐藤 道夫君
 四月十七日
    辞任         補欠選任   
     吉田 之久君     峰崎 直樹君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         上杉 光弘君
    幹 事
                海老原義彦君
                野沢 太三君
                野間  赳君
                江田 五月君
                堀  利和君
                山下 栄一君
                小泉 親司君
                大脇 雅子君
    委 員
                阿南 一成君
                岩城 光英君
                木村  仁君
                久世 公堯君
                陣内 孝雄君
                世耕 弘成君
                中島 啓雄君
                中曽根弘文君
                松村 龍二君
                森田 次夫君
                脇  雅史君
                小川 敏夫君
                川橋 幸子君
                北澤 俊美君
                寺崎 昭久君
                直嶋 正行君
                松前 達郎君
                峰崎 直樹君
                魚住裕一郎君
                大森 礼子君
                橋本  敦君
                吉岡 吉典君
                吉川 春子君
                福島 瑞穂君
                水野 誠一君
                平野 貞夫君
                佐藤 道夫君
   事務局側
       憲法調査会事務
       局長       大島 稔彦君
   参考人
       埼玉大学教養学
       部教授     長谷川三千子君
       静岡大学人文学
       部教授      小澤 隆一君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○日本国憲法に関する調査
 (国民主権と国の機構)

    ─────────────
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上杉光弘#1
○会長(上杉光弘君) ただいまから憲法調査会を開会いたします。
 日本国憲法に関する調査を議題といたします。
 本日は、国民主権と国の機構について参考人の御意見をお伺いした後、質疑を行います。
 本日は、埼玉大学教養学部教授の長谷川三千子参考人、静岡大学人文学部教授の小澤隆一参考人に御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙のところ本調査会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 参考人の方々から忌憚のない御意見を承りまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
 本日の議事の進め方でございますが、長谷川参考人、小澤参考人の順にお一人二十分程度ずつ御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、参考人、委員とも御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、まず長谷川参考人からお願いいたします。
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長谷川三千子#2
○参考人(長谷川三千子君) 本日は、お招きいただきまして大変ありがとうございます。
 本日の会議に先立ちまして、調査会の事務局からはいろいろな資料をちょうだいいたしました。そこには、一年余りにわたるこの会議の会議録もございました。その中に、私が特に感銘を受けた御発言がございました。これは大学生の方の御発言なんですが、こんなふうにおっしゃっていらっしゃるんです。「今日求められる憲法論議とは」「憲法が実現しようとしている正義や理想それ自体を再検討する立憲的な議論であると思います。」と、こういうふうにおっしゃっていらっしゃいまして、私はこれに大変感銘を受けました。
 現在では、たくさん憲法論議と称するものが行われておりますけれども、本当に憲法の原理についてきちんとした吟味、検討をするという場は非常に少のうございます。私は、この憲法調査会、殊に参議院の憲法調査会というのは、そういう原理についての立憲的な議論のできる数少ない貴重な場であると認識しておりますので、私自身できるだけその皆様の御期待に沿えるような形で原理についての吟味、検討という、そういう立場から考えてまいりたいと存じます。
 殊に、きょう話題になっております国民主権という原理は、日本国憲法の原理の中でも、とりわけ大事な柱となる原理と言われております。それだけに、それについての吟味、検討というものは十分に客観的に綿密に行わなければならないと存じますので、私もきょうはその観点から、限られた時間ではございますけれども、できる限りの検討をしてみたいと思います。
 まず、国民主権というのはどういう原理なのかというふうに問われたときの一番常識的な基本的な答えはどんなふうなものかと考えてみて、これが、お手元にございます参考資料の①をごらんいただきたいんですが、これはある中学校の社会科教科書の公民に出ている国民主権についての説明でございます。「国民主権は、国家の権力は国民がもっており、政治は国民によって行われるという原理である。」と、これはもう本当に正しい、何の間違いもない解答と言っていいと思います。ただし、すらっとこれだけを言われますと、何か余りにも当たり前のこと、何を今さらこれが原理なんだというふうに感じる中学生もあるいはあるかもしれません。
 日本の政治は日本国民によって行われる、これは日本の長い歴史を振り返ってみましても、日本の政治が日本国民以外のだれかによって行われたというのは、第二次世界大戦の敗戦後の占領足かけ七年間のほんのわずかの特殊な例外的な時期だけでございます。日本の政治は日本国民によって行われる、これは何か余りにも当たり前ではないかという感じがいたします。
 ところが、そういうことではないんだ、国民主権というのはもっとはっきりした原理でありイデオロギーであり思想なんだということを指摘してくださるのが佐藤功先生の「日本国憲法概説」の中の、この二番に皆さんに御紹介してございます一節です。
 この「日本国憲法概説」という本は、多分昭和三十年代に法学部の大学生でいらした方は皆さんおなじみの、いわば教科書的な本と言ってよろしいかと思いますけれども、その中で佐藤功先生は、国民主権というのは、単に国家を形成するすべての人間の意思が政治権力の源泉であるという抽象的な無色な思想をあらわすのではないとはっきり喝破していらっしゃいます。「その歴史的性格に注意する必要がある。」、これが私は非常に重要な御指摘だと思います。
 国民主権という原理を理解する上で、それがどういう歴史的な経過でどういう思想として形成されてきたかという、これが非常に重要な意味を持ちます。これは、決して単に過去たまたまそういうときにあらわれたというエピソードのようなことではなくて、このこと自体が実は国民主権という原理の本質を形づくっている。
 そういう側面のあることをきょう少し眺めてまいりたいと思うんですが、ではその歴史的性格と言われるその歴史的出来事は何なのかといいますと、十八世紀後半のアメリカ革命、フランス革命というこの二つの革命であると佐藤先生は御指摘なさっていらっしゃいまして、まさにそのとおりなんです。ただ、今回、きょうは非常に時間が限られておりますので、アメリカ革命における国民主権の形成という、これは非常に複雑な問題で、多分小澤先生がこれについては正確に御説明くださると思いますけれども、私は、きょう差し当たっては、より単純で、しかもより典型的なフランス革命における国民主権という概念の出現という、そちらの方に焦点を絞って眺めてみたいと思います。
 しかし、いずれにしましても、この歴史的性格というのは結局何なのかというと革命ということなんですね。革命という言葉は我々よく使うんですが、実は革命というのは端的に言って何なのかといいますと内戦なんですね。つまり、国の内側である二つの勢力が相争う、それが革命の端的な姿なわけでして、ここに佐藤功先生が国民主権というのはその意味で闘争的な概念なのであるとおっしゃるのは、これもまた非常に的確な御指摘だと言っていいかと思います。
 これは、たまたまフランス革命、アメリカ革命の場合、どちらも君主に対抗する、あるいは特権階級に対抗するという、そういう国民の戦いであるという性格があるわけなんですが、これが果たしてそれだけで終わるものなのか。国の内側において二つの勢力が相争うという歴史的経過から登場してきたということが現在の国民主権の上に影を落としているかいないか、それについての吟味、検討というものが一つ問題点としてここから浮かび上がってくると言っていいかと思います。
 そういう意味で、この佐藤功先生の「日本国憲法概説」に書いていらっしゃる御指摘は非常に重要な大事な御指摘なんですが、ここにはちょっと一つだけ微妙にニュアンスのずれと言っていいようなものがあると思います。これは、君主主権、国民主権という場合の主権概念自体が闘争的な概念であると受け取れるような書き方をなさっていらっしゃいます。ところが、実際には主権概念それ自体はむしろ内戦という、そういう国家のある意味で病を克服しようという動きの中から出てきたんだということ、これも一つ我々が心得ておいていいことではないかと思うんです。
 これが三番にちょっと引用してございますジャン・ボダンの「国家論」からの主権というものの定義なんですが、ジャン・ボダンは十六世紀のフランスの法律家なんですが、既に十三世紀からフランスにおいて使われていた主権という言葉を正確に初めて定義した人というふうに知られております。主権と我々が日本語で訳すこの言葉のもとの意味は、端的に最高の力という意味でして、それをこのジャン・ボダンの「国家論」は最初にフランス語で書かれておりまして、それが十年ぐらい後にラテン語訳になるんですが、その二つのフランス語版とラテン語版においてボダンはちょっと違う定義づけをしております。まず、最初にフランス語版の方では、「主権とは国家の絶対的で永続的な権力である。」というふうに定義しております。これは、今我々がいわゆる国家主権として習っているそういう概念なんです。
 今の例えば公民の教科書でも、国家主権とそれから国民主権というときの主権とはページも四十ページぐらいかけ離れたところで説明しております。我々自身、全く同じ主権だという意識なしにこの言葉を使っているんですが、この主権という概念の定義の出発点においては、これは本当に一つの同じ事柄の二つの側面という形で定義されている。これも一つ、我々が心の片隅にとめておくべきことではないかと思います。
 殊に、国家主権という言葉が、現在では何かまるでこの言葉を言うこと自体が好戦的な姿勢であるかのようなそんな風潮も見られるんですが、実はボダンの国家主権の定義というのはこれと同時にこんなことを言っております。主権国家というのは、ヨーロッパだけに主権国家があるんではない、アフリカにもアジアにも多くの主権国家があって、これは神の前ではみんな平等の国家なんだという国家平等論をうたっているんです。これはキリスト教の神を前提としているということはあるんですが、考え方それ自体としては二十世紀の国連の基本としている考え方そのままなんですね。そういう先駆的な思想というものが既に主権という言葉に伴ってあらわれていたということも、ちょっと我々がついでながら心しておいていいことではないかと思うんです。
 いわゆる君主主権と言われるのがこの後半の定義なんですが、まずここで、ボダンは一体何でこういう定義づけをしたんだろうかということを理解しておく必要があります。これは、今ちらっと申しましたように、フランスの十六世紀というのは、宗教戦争で国内の内紛が絶えない、ほとんど国が分裂するんではないかと内側にいる人にとっては感じられるような、そういう危機の時代でございました。この危機を何とかして乗り切っていくためには、このフランスという国家の船を沈没させないようにしっかりと国家のシステムをつくり上げる必要がある。それにはまず、平たく言えば国が一つの国家としてしっかりとまとまること、それからそのかじ取りをだれがするのかということがしっかり定まっていて、しかもそのかじ取りが自由に行えるようになっていること、これが危機に際しては非常に必要なことである、これがボダンの「国家論」を書くに当たっての心構えだったわけです。
 そういう観点から、君主主権の定義というものも行われております。ここには、「主権とは市民や臣民に対して最高で、法律の拘束をうけない権力である。」という、こういう定義づけがなされております。ボダン自身としては、これは今申し上げましたように、あくまでも危機を乗り切るために必要な方便という、そういう意味での定義づけをしているわけです。
 ですけれども、皆さんすぐお気づきのように、これはある意味で大変危険なものを含んでおります。法律の拘束を受けない権力というものを主権者に与えた場合に、これは何でも主権者が望めば法律お構いなしに行うことができるという一種の暴君容認論になりかねないわけです。ボダンは、これについては非常にはっきりと歯どめをかけております。ボダンはこの「国家論」の中で、主権の定義と同時に正しい統治論というものを掲げておりまして、主権者といえども、つまり最高の力の持ち主といえどもこの宇宙の絶対の支配者である神に対してはしもべである。神の命令、すなわち正しい統治を行えという命令に背いたらば、たちまち天罰が下るということを言っているんです。
 正しい統治というのは何なのかというと、これは彼の言うところによれば、国民の自由と財産と生命を守り保障するということなんですね。つまり、端的に言えば国民のための政治をせよと、こういう縛りがある。それに背いたときには君主、最高の権力者といえども神罰を得ずにはいられないという、そういう考え方なんです。ですから、差し当たってボダン自身の主権論の中では、これは決して闘争的な概念でもなければ暴君容認論でもない。ただし、今申し上げたように、そういう歯どめを抜きにしたらば非常に危ういというものが確かにその中にはあったわけです。
 これを二百年後にちょうど反対側にひっくり返しましたのが、これが四番に挙げておりますシェイエス、シェイエスのこの「第三階級とは何か」というのは、一七八九年、フランス革命の直前、その年の一月に出版されまして、これが間接的にフランス革命の火つけ役になったとも言われている、フランス革命の理論家と言われるシェイエスの主張なんですけれども、そこではっきりとシェイエスは、国民主権という言葉は使っていないんですが、国民主権の思想を語っております。ちょうど君主を国民に置きかえた形で、国民が意思すること、それが法律となるのだと。そして、国民はあらかじめ法律に縛られることなしにその意思を通すことができるという、そういう国民主権の理念というものをここで打ち出します。
 ただし、一つだけここで違うのは、ボダンの場合には神による命令というものがあったんですが、この国民主権では神による命令というものは一切取り除かれているんです。むしろ逆に、これははっきりと国民を神の位置に置いているというふうに言うことができるんです。
 例えばここに、「国民はすべてに優先して存在し、あらゆるものの源泉である。」、あるいは「その意思は常に至上至高の法である。」という表現があるんですが、これは明らかにそれまでの時代では神だけに使われるような表現なんですね。ここで、いかに国民というものが至上至高のものに祭り上げられているかということがはっきりと見てとれると思うんです。
 ただ、それだけなら構わないんですが、ここで一つ問題があるのは、例えば「国民がたとえどんな意思をもっても、国民が欲するということだけで十分なのだ。」というこういう言い方をしております。これは神の場合でしたら問題ないんですね。神は全知全能で絶対の善の存在ということになっていますから、これは神の意思というものは、たとえどんなことを欲しようとも究極的には善であるという教義になっております。ところが、国民というのは要するに人間なわけですから、人間というものは過ちも犯し、また邪悪な心を持つということもあり得る。ここで、「国民が欲するということだけで十分なのだ。」ということは、これは大変危険なものを含んでいるわけです。
 実は、このシェイエスの少し先輩に当たりますジャン・ジャック・ルソーという思想家がいるんですが、彼がこれに非常に近い、シェイエスがここで国民の共同意思という言葉を使うんですが、それに非常に近い考え方を一般意思という形でジャン・ジャック・ルソーは論じております。ただし、そこではルソーは一般意思というのは何でも人民が望めばそれが一般意思なんではないんだ、人間自身が理性でもって自分の欲望を抑える、そういうことがあって初めて一般意思というものが可能になり、そして人民主権が可能になるんだということをはっきり言っているんです。ところが、それに対してこのシェイエスは、そういう道徳的なお説教はたくさんだということをはっきり言っているんですね。もう国民が欲するということ、それを多数決で決める、それが直ちに国民の意思になるんだということを断言しているんです。
 ここで我々は考えてみなければならないのは、こういう歴史的性格というものが現在の我々の考えている国民主権というものの中でどの程度きれいに修正されているのか。つまり、こういう単に非常にある意味で乱暴なシェイエスのような、国民が欲するということだけで十分なのだという議論になっているのか、それともルソーが語るように、国民人民の一人一人が理性で自分の意思をコントロールする、それが前提になるのだということが本当にきちんと国民主権の理念の中に入り込んでいるのか、そういったことをきちんと吟味することなしに日本国憲法の柱は国民主権であると、ただそれだけを言って済ましていたのではやはり無責任な憲法論議ということになってしまうんではないかという気がいたします。
 そんなところで私の問題提起を終わらせていただきます。
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上杉光弘#3
○会長(上杉光弘君) ありがとうございました。
 次に、小澤参考人にお願いいたします。
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小澤隆一#4
○参考人(小澤隆一君) 静岡大学の小澤です。
 本調査会に参考人としてお招きをいただき、光栄に思います。
 国民主権と国の機構に関する総論的な内容の意見を述べることが私に対するお招きの趣旨と受けとめ、かつ日本国憲法について広範かつ総合的な調査を行うという会の設置の趣旨に即して、レジュメの標記のテーマでお話をさせていただきます。
 表題の冒頭に「日本国憲法における」と掲げたのは、憲法を変える変えないの議論をする前提として、日本国憲法に盛り込まれた理念、権利がどのようなものであり、それはこの憲法の五十有余年にわたる運用の中でどのように扱われてきたのかを踏まえるべきこと、このことの検討抜きに議論は成り立たないことを強調したいからです。また、検討は総合的に行われなければなりません。広範であるということは散漫とは違うはずです。また、個別具体的な問題を検討する場合でも、憲法の制度全体への目配りやその歴史的な展開を見る視点を失ってはならないと思います。個別の事実、あるときの歴史的出来事だけを取り出して憲法を論ずることは厳に慎まなければならないと思います。
 レジュメに即してお話をさせていただきます。
 一、まず国民主権と国の統治という主題についての私の基本的な考え方を述べたいと思います。
 第一に、国民主権の原理は、西欧近代におけるその成立以来、今日に至るまで普及発展し、世界の多くの国々の憲法の基本となっていること、それは今日、経済のグローバル化や国際法秩序の変容などによってその機能や意義について変化が生じてはいるものの、今なお重要な役割を果たしており、そして二十一世紀中も相当程度の間、相当程度の間というのはどのぐらいかはちょっとまだ見当がつきませんが、重要な役割を果たし続けるであろうということです。今後とも、この原理を維持しつつ、その内容を豊かにしていくことが憲法を考える際の基本に据えられなければなりません。
 第二に、国民主権との関連で国の統治とその機構を問題にするならば、主権者たる国民と国民の代表府たる議会、議員との関係をまずもって論じなければならないということです。先立つ三回の本調査会では、各参考人から二院制、国会と内閣の関係、裁判所、地方自治、天皇などについて意見が寄せられています。いずれも国民主権と国の機構というテーマにとって重要なものですが、この時間も限りがありますので、私の意見は、他のあらゆる問題よりも基本的で、すべての問題の出発点になると思われる主権者国民と国会、国会議員の関係に問題を絞らせていただきます。
 二の国民主権の意義です。
 国民主権の原理は、今、長谷川参考人が御説明なられましたように、アメリカの独立革命やフランス革命によって樹立され、日本では現在の憲法によって初めて採用され、今日に至るまでその内容を豊富化させてきています。
 市民革命の時代には、国民主権は制限選挙制をも容認するものとされていました。女性は長らく参政権すら与えられませんでした。市民の政治活動や表現の自由が厳しく制限されたこともありました。その後、選挙権がすべての男性と女性に保障され、市民の政治活動、政治への参加、政治の監視が国民主権を基礎づけるものとされるようになりました。今日の国民主権は、こうした人類多年にわたる自由獲得の努力の成果、日本国憲法の九十七条ですが、を踏まえて理解されなければなりません。
 国民主権原理は、その長い歴史の中で、国民とはその国の国籍を持つ人の全体であるとか、あるいは過去、現在、未来の国民という抽象的な全体であって、みずから主権を行使できるものではないとか、あるいは国民に主権がある、主権があるとは国家権力の正統性が国民にあることを意味し、国民主権から即国民の政治参加が導かれるわけではない等々のさまざまな説明が示されてきたこともあります。二百数十年、国民主権の長い歴史の中でいろんな説明がされてきております。
 しかし、今私が言いましたようなそういう説明は、今日の到達点にあってはもはや克服されていると思います。レジュメにも書きましたように、国民主権とは今日の段階では、すなわちその国において政治に参加する能力のある市民が平等に選挙その他の方法で政治に参加し、国の政治の基本的な方向を決定する権能を持つこと、このことを要請する原理として理解しなければならないだろうと思います。
 そして、国民主権の憲法のもとでも、現実に国の政治を動かすのは皆さんのような議員やあるいは政府などでありますから、それらの活動を監視し、コントロールし、そしてその活動に国民の意思を反映させるために国民主権の重要性は今日なお低下しているわけではないと思われます。
 三番目の主権者たる国民と国民の代表との関係に移らせていただきます。
 以上のような国民主権の理解を前提にいたしますと、主権者たる国民と国民の代表、すなわち国会、国会議員との関係はどのようなものになるでしょうか。
 日本国憲法は、十五条で「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」と定め、「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。」と四十三条一項で規定しております。これらの規定から、国会議員は全国民の代表として国民によって選挙されること、そして十五条一項が書きますように、罷免されることもあり得る存在であることがここからわかります。ただし、この十五条一項の罷免という表現をでは一体どう制度でもって実現していくのか、あるいはし得るかについては、これは学会の中でさまざまな意見があります。
 でありますが、しかし、少なくともこの罷免という言葉によって、選挙された公務員は主権者たる国民に対して責任を負って政治を行わなければならないという原理が表明されている、このことだけは確かなのではないかというふうに思います。ある議員が汚職などをきっかけにしてその職を辞すること、これはこの国民代表たる責任にたえないということのゆえであるというふうに理解することができるだろうと思います。
 国会議員が全国民の代表であるということは、それでは一体どういう意味か。先ほど長谷川参考人もフランスの例を御紹介されましたけれども、フランスで革命後初めて成立した憲法は一七九一年の憲法です。その憲法の中で国民主権が宣言されていますが、それと同時に次のように定めてあります。県において任命される議員は、各県の代表ではなく全国民の代表である、県の代表ではなく全国民の代表だということです。市民革命が樹立したこの理念は、国民の代表たる議員は、その選挙区あるいは支持母体を専らに代表するものではなく、全国民の代表でなければならないという意味において今日でも営々と生きております。
 実際に国会議員が全国民を代表するというのは、それは現実には不可能なことだと、無理を要求されている、だからこんな規定は事実に反するから変えてしまえなどというような憲法改正案を私はこの間、寡聞にして聞いたことがありません。
 全国民の代表である委員の皆さんは、特定の人々、特定の団体を専らに代表するものであってはならない。言いかえれば、政治には公共性が要求される、このことは近代市民革命における国民主権原理の樹立以来の揺るぎない原則なのです。そのことを、本会の元会長と元幹事が収賄容疑で起訴されている今、改めて私は強調したいと思います。この原則に背くようなことがあれば、それは、すぐれて公共的な事柄である憲法についての広範かつ総合的な調査を行う資格が問われるのだということを一人の国民の立場から申し添えておきます。
 四に参ります。
 全国民の代表にふさわしい選挙制度とは、それでは一体どのようなものか。選挙制度だけではありません。政治資金のあり方も含めて、国会とその議員が全国民の代表にふさわしくあるためにはそれなりの工夫が必要です。政治資金の規制は、議員が全国民の代表という性格から離れていってしまわないための工夫であるというふうに言えましょう。
 ここでは、選挙制度の組み立てを中心に、どのような配慮、工夫が必要であるかについて述べたいと思います。
 憲法四十三条一項に基づくならば、両議院の選挙制度は全国民の代表を選挙するためにふさわしいものでなければなりません。このことから、次のようなことが要請されるはずです。
 まず第一に、今日のように複雑な社会のもとでは、主権者である国民の中にはさまざまな政治的意見を持つ人が含まれています。両院がそのような国民のすべての代表であるためには、多様な民意が反映される選挙制度を採用することが望ましいと言えます。
 選挙制度の具体的な構成については、立法府の裁量によるところが少なくないと思います。が、それでも少数意見が著しく過小にしか代表されない、その意味において民意の正確な反映という趣旨から大きく逸脱するような選挙制度は裁量の限界を超えるものと思われます。いわゆる死票を大量に生じさせるような選挙制度は、この要請にそぐわないものと言えます。
 第二に、憲法十四条一項及び四十四条に基づく選挙人の資格、すなわち選挙権の平等の要請も、選挙制度は全国民の代表を選ぶにふさわしいものであるべきだという要請との兼ね合いでその意味が明らかにされなければならないと思います。選挙権の価値が選挙区の間で平等でなければならないということは、十四条や四十四条によって差別してはならないというふうに要求されることと同時に、両議院の議員は全国民の代表なのだという点からも求められているのです。
 この点にかんがみて、現在の衆議院の選挙制度は小選挙区の間の人口格差が二倍を超えており、問題があります。参議院の選挙区に至っては、定数の対有権者比格差が最近まで五倍ありました。いずれの場合も最高裁判決は合憲との判断を下していますが、五名の判事による違憲判断の少数意見がついていることを指摘しておきたいと思います。
 私は、特に参議院の選挙区における定数格差を選挙区選挙の議員は県の代表たる性格をも有するのだということを理由に正当化することは、憲法四十三条の趣旨に照らして許されないのではないかというふうに思います。それは、その議員が全国民の代表であるというその性格を否定することになるからです。県の代表ではなくて、全国民の代表であるはずだと思います。
 なお、近年、参議院の選挙制度に関してさまざまな議論が始まっているようでありますが、その際に、参議院議員の国民代表たる性格を一体変えるのか否か、そういう点まで果たして議論の射程が及んでいるのかどうか、その点はなお不明確であるように思えますし、検討も決して十分ではないように思います。この点について慎重に考慮、議論していただきたいように、その種の議論に対しては感じております。
 第三に、全国民の代表を選ぶ選挙制度は、すべての国民にその制度の趣旨がわかりやすいものでなければなりません。選挙で投票するに際して一体何を基準に投票することが求められているのか、このことが国民にわかりやすい選挙制度であるということです。
 その点では、候補者個人に投票をする選挙区選挙や、あるいは政党名簿に対して投票する拘束名簿式の比例代表選挙はわかりやすいと言えます。反対に、このたび本院の選挙に導入された候補者個人名と政党名のいずれの投票も可とする比例代表選挙の方式は、国民にとって極めてわかりづらい選挙制度ですので、改めていただきたく私は考えております。
 第四に、国民主権の理念の実現のために、選挙と選挙運動の制度は国民に開かれたものでなければなりません。
 この点では、現在の両院の選挙における立候補の制度は、その高額な供託金によって国民にとって極めて敷居の高いものになっており、選挙運動も戸別訪問を全面一律に禁止するなど、そのことによって厳しく制限されており、多くの問題点があります。これらの点について、再検討をお願いしたく思います。
 第五に、国民代表たる国会の最大の任務は言うまでもなく立法です。そのためにも、立法に当たっての両院の調査立案機能をさらに充実されますよう希望いたします。
 また、議院内閣制の健全な運営のためには、両院による内閣の行政運営に対する適切なコントロール、これが必要不可欠なものと思います。日本国憲法六十六条の第三項は、「内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。」と定め、内閣不信任決議の権限の有無にかかわらず両院が内閣の責任を問えるものとしていますから、その趣旨を踏まえて貴院におかれましても、内閣に対する適切なコントロールを行使されますよう期待しております。
 最後に、結びとさせていただきます。私の意見は以上のようなものです。
 主権者国民と国民代表府たる議会、議院との関係という国の統治の基本的事項にかかわっては、現在の憲法のどこかを改正して新たな制度につくりかえるというようなことは、今日まで具体的な問題として特に提起されてきていないように思われます。逆に問題があるとすれば、それはむしろ現在の両院の選挙制度や政治資金規正の制度などが日本国憲法の国民主権や国民代表制の原理から見て満足なものではなく、なお立法による改善の余地が大きいということにあると思われます。
 今後とも、国民主権と国の統治の問題を調査されます際には、現在の選挙制度、議会制度、政治資金制度等が、憲法の理念を踏まえて、その趣旨にのっとり設計され運用されているか、仮にそうでないとすれば、その原因はどこにあるのかについて、厳密かつ入念な検討を踏まえて具体的に明らかにしていくようお願いいたします。
 改めるべきは憲法の方なのか法律以下の制度や運用実態の方なのかの判断は、そのような今私が申しましたような検討を踏まえてなされるべきことを強調して、私の意見の結びとさせていただきます。
 以上です。
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上杉光弘#5
○会長(上杉光弘君) ありがとうございました。
 これより参考人に対する質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。脇雅史君。
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脇雅史#6
○脇雅史君 お二人の参考人、大変に貴重な御意見をいただきましてありがとうございました。
 私は、長谷川参考人にまずお尋ね申し上げたいわけですが、まことに申しわけないんですけれども、きょうお話をいただいた部分からちょっと外れるんですけれども、事前にちょっとお書きになったものを読ませていただきまして極めて刺激を受けたといいましょうか、そういう部分がありますので、また国民の皆様にもぜひ知っておいていただきたいことではないかなというふうに感じましたので、その点についてまず御質問をさせていただきます。
 私が国会に設けられました憲法調査会の議論をずっと伺っておりまして一つ単純に考えておりましたことは、何でこの憲法の制定過程といいましょうか、そんなにもこだわるんだろうかと。もう五十年以上も前の話、ぐだぐだ言わなくても、もういいじゃないかと。今あるんだから、そのある憲法について、これから二十一世紀、我々がその憲法のもとに新たな国家社会を築いてやっていく中で、不都合があれば変えればいいし、足りない点は加えればいい、そういうことでいいんじゃないだろうかというふうに思っていたんですが、実は、長谷川さんの書かれたものを見まして、それが大いなる間違いだということに私は気がつきまして恥ずかしく思ったんです。
 実は、その制定過程というものが、国と憲法、国家と憲法ということを考えた場合に、極めて本質的な問題であって、内容と同等に考えるべきものなのかなと、そういうふうに私は受け取ったわけですけれども、その点につきまして、時間がなくて恐縮ですけれども、簡単にお話をいただければと思うんです。
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長谷川三千子#7
○参考人(長谷川三千子君) お答えいたします。
 今ちょっと問題から外れて申しわけないと脇先生がおっしゃったんですが、実はもう根本的なところで国民主権の問題それ自体と制定過程ということは深くかかわっております。
 今申し上げましたように、主権という言葉は最高の力という意味なんです。この主権というものが一番典型的に発揮されるのが憲法を制定する力としてなんですね。今御紹介いたしましたシェイエスの言葉も、これもまさに憲法を制定する力として国民が至上の力を持っているという、そういう話なんです。ですから、少なくとも国民主権ということを重要な憲法の柱にする以上、その憲法が国民の力によって、日本国民の力によって制定されたものであるということが不可欠だということになるわけです。
 その点において、日本国憲法の制定過程というのは明らかに、その当時確かに国会は開かれておりましたけれども、その国会をさらに統御する最高の力というのは法律的にも当時GHQの最高司令官のマッカーサーのもとにあったわけでして、現に国会の審議も全部GHQに逐一報告して、委員会の審査過程でも全部GHQの許可を得ないとそれが決定されないという形になっておりました。これは、もうごく伝統的な国民主権の概念に照らして、全く国民主権の存在しなかった状態というべきものだと思います。
 ここで、先ほどちょっと私が示唆いたしましたように、主権というこういう近代西洋の概念、それ自体をすっかり取っ払ってしまって全く別の概念を持ち込もうということならば、この制定過程というものを問題にしないという道もあり得ると思います。つまり、いいものができればいいじゃないか、意思が問題ではない、理性が問題なんだから、日本国民が力を持っていなくても日本国民が頭でいいと思ったらそれでいいじゃないかという議論もあり得るんですが、しかし国民主権ということを原理としてうたってしまった以上、この制定過程における力の問題というものは絶対に無視できない問題になってしまう。そういうジレンマを日本国憲法は抱えていると存じます。
 なぜ憲法の制定過程が問題になるかといいますと、今、脇さんがおっしゃったとおり、そういう国民主権ということ、大事な原理原則それ自体に直接かかわってくるからなんだというふうにお答えできると思います。
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脇雅史#8
○脇雅史君 どうもありがとうございます。
 多分、今のお話、国民の皆さんお聞きになって、すんなり胸に落ちるといいましょうか理解をしていただけないかもしれないというふうに私自身思うんですが、私の経験からして、それをきちんと考えていくということがこの憲法を考える上で極めて大事だということだけは感じましたので、ここでもう一回表明をさせていただきたいと思うんです。
 もう一つ刺激的な部分がございまして、憲法第九条は破滅的な条文であるという言い方をされていましてぎょっとしたんです。だれも平和を希求するという、求めるという概念について反対する人はいないですし、妙な言い方だなと思ったんですが、これまたよく読むうちになるほどと感心をしたわけであります。私自身も、ただ普通に読んでいて第二項というのが余分なんじゃないかなと漠然と思っていたわけですけれども、先生のお書きになったものを見て改めて感じたわけですけれども、この点もやはり国民の皆さんに知っておいていただきたいと思うものですから、ぜひ少しお話をいただければと思います。
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長谷川三千子#9
○参考人(長谷川三千子君) お答えいたします。
 第九条一項は全く問題のない条文なんです。これは不戦条約にもありましたとおりの国際的な平和希求の文言をそのまま踏襲しております。ただ、第二項の陸海空軍の戦力を持たない、保持しないということは、これは国家としての力を持たないという宣言なんですね。
 私たち、主権と力という概念は全く別の言葉のように考えているんですけれども、今申し上げましたとおり主権というのは本来、力という言葉なんですね。ですから、力がゼロである規定というものを憲法のうちに設けますと、これはもう国家主権あるいは国民主権というときのその国の主権の大もとがゼロになるということになってしまう。ゼロのものを国民が持つか君主が持つかということはほとんど意味をなさないわけでして、ですからこの憲法第九条の二項、力を持たない、ゼロであるというのはそういう意味で論理的にまずいということなんです。
 それからさらに、それが果たして本当に平和を達成するために必要なことであるのか、また平和を達成するためにベターなことであるのかというこの議論はまたもう一つ別な議論になるんですが、ピース・キーピング・フォースという、これは武力ですよね、つまり平和を保持するためには力が要ると。これは少なくとも、残念ながら現代の国際社会の常識になっております。平和を保持するためには全員が祈りをささげて道徳的に生きようというところまで現代の国際社会は進んでおりません。
 ですから、そういう意味でも、完全に力を放棄するということは平和を保持するための活動を一切放棄するというそういう意味も持つわけでして、今回は国民主権が話題でして九条が問題ではないんですけれども、そのことは主権という言葉に絡んでやはり忘れてはいけないことではないかというふうに考えます。
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脇雅史#10
○脇雅史君 どうもありがとうございました。
 きょうのお話の中から、主権ということについていろいろ歴史的なことをお述べいただいたわけでありますが、それでは、現代日本、現代社会ですね、この二十一世紀の日本で国民主権というものは一体どんな概念なんだというふうに長谷川先生は思われているんでしょうか。
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長谷川三千子#11
○参考人(長谷川三千子君) これは大変難しい問題で、国民主権という言葉を言った途端に、私がきょうここで申し上げたような歴史的性格というものがもういや応なしにつきまとってしまうわけです。
 我々の、これから前向きに、では国民主権という言葉がそういう厄介な言葉だったらどういう言葉を用いたらいいんだろうと、それは別なところでも問いかけられたことがあって答えに窮したんですが、ちょうど先ほどの小澤先生のお話にも、公共の利益ということが究極の目標なんだということがお話にございました。私は、もうこれは単に近代以来ではなく古今東西の、アリストテレスも実際に政治学の中で言っているとおり、正しい国政のあり方というものはすべて公共の福利を目指していると言っていいと思います。
 ですから、私はもう端的に一言、国民のための政治を目指す、日本国憲法の原理はそれなんだと一言で言い切ってしまうのが一番すっきりするんではないかというふうに個人的には考えております。
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脇雅史#12
○脇雅史君 それでは、そういうお考えで現在の憲法を見ますと、いろいろそれぞれ国の三権について書かれておりますけれども、特に書き足らないとか書いていることに問題があるとかという箇所はございますでしょうか、長谷川先生の目から見て。
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長谷川三千子#13
○参考人(長谷川三千子君) 私は、今申し上げたような国民のための政治ということを第一に考えて、そして政府と国民は常に対立するものであるというイデオロギーを払拭することができれば、現在の日本国憲法というものは、先ほど申し上げました九条二項を除いてはおおむね正しく運用することができる条文ではないかというふうに考えております。
 ただ、これ以外にも、ここでは話題に上りませんでしたが、基本的人権という言葉も、これも実は国民主権と同じように非常に厄介な、イデオロギーを背景に持っているある意味では厄介な言葉と言っていいものでございます。そういう言葉を不用意に使ってしまっているというところをこれから一つ一つ洗い直していく必要があると存じます。
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脇雅史#14
○脇雅史君 どうもありがとうございました。
 それでは、小澤先生にお尋ねいたしますけれども、先ほど四十三条、「全国民を代表する」ということでお話がございましたが、確かにこの条文、文字どおり読みますと先生の言われるようなことになるんだと思うんですが、憲法九条もそうですけれども、もともとの条文が本当にその字面どおり読んでいいのかどうかということ、その翻訳の意味もひっくるめて、私はこの原文がどうかちょっと見ていないので知りませんけれども、そのまま意味を実現しようとすると無理があるんじゃないかな。一人一人の国会議員が、一人一人が全国民を代表するなんということはできるんだろうかと。
 例えば、あることについて意見を求められてイエスかノーですかといえば、世論調査をすればずっと賛成とか反対とかさまざまな意見があるんですから、それを一人で集約して意見を述べるということができなくなってしまいますね。ですから、概念の上ではあり得ても、現実の国会議員に、一人一人が全国民を代表せよということは多分無理なんだと思います。
 その辺はいかがお考えでしょうか。
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小澤隆一#15
○参考人(小澤隆一君) ありがとうございます。
 とても大切なことだと思いまして、全国民の代表というこの言葉は、フランス革命以来この二百年間いろんな意味で使われ、そして変遷しているんだろうと思います。フランス革命当時は、あなたたちは全国民の代表なんだから選挙区の民衆の声を聞くなと、議会の場だけで、その中の討論から出てきた結論で判断せよという、そういう言い方として多分表現されていた、あるいは解釈されていたんだろうというふうに考えられます。そういうことを先ほど御紹介がありましたシェイエスなども言っております。ですから、そういう意味での全国民の代表というつかまえ方もある。しかし、これはやはり今日の民主主義の世の中にあっては多分とれない解釈の仕方だと思います。
 今日の民主主義のもとでは、その場合の全国民というのはまさに現に生きている国民であるはずでして、その現に生きている国民が多様な意見を現に持っているとするならば、その多様な意見を持っている全国民にふさわしい議会、あと議員の皆様の活動ということに多分なるんだろうと思います。
 その場合に、やはり考えてみた場合に、先ほど私が申しました選挙制度の組み立ても、それにふさわしい選挙制度にしなければならないと。特定のところが過大に代表される、逆に過小にしか代表されないということがないような、そういう選挙制度が必要だというふうに、今日の全国民の代表というのはそういうふうに理解すべきだというふうに考えております。
 以上です。
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脇雅史#16
○脇雅史君 ありがとうございました。
 終わります。
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上杉光弘#17
○会長(上杉光弘君) いいですね。時間が参っております。
 それでは、次に江田五月君。
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江田五月#18
○江田五月君 お二人の先生、きょうはお忙しい中をありがとうございます。
 まず、長谷川先生にお伺いをしたいと思うんですが、きょうの御意見を伺うに先立って、私ども先生方のお書きの論文といいますか、中には新聞の切り抜きもありますが、事務局が整えて配ってきたので読ませていただいております。
 今も脇さんからお話ありました長谷川先生の「宮澤俊義「八月革命説」の逆説」、あと「国民主権と基本的人権とは」という、これは新聞の切り抜きと、もう一つ学士会会報の「「権」を論ず」というのが入っておりますが、その「「八月革命説」の逆説」というのは大変刺激的で、旧仮名遣いもなかなかチャーミングでおもしろく読みました。綿密な客観的な詳細な検討が要ると思いますが、ちょっと私の能力に余りますし、またほかの仕事が、全部ほったらかせばそれもできるかもしれませんが。
 きょうは、大変おもしろいんですが、今の、これは「新編 新しい社会 公民」というところから引かれました「国民主権は、国家の権力は国民がもっており、政治は国民によって行われるという原理である。」、これは全く正しい、そして、これによって、こういう原理で日本の政治が行われていなかった時期というのは占領中だけであったと、こういうお話でした。
 そうすると、先生の場合には、いわゆる大日本帝国憲法、この時代の日本の政治というのもこの原理によって行われていると、そういう理解ですか。ちょっとそれは僕の誤解ですか。
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長谷川三千子#19
○参考人(長谷川三千子君) 先ほどの私の話は大分レトリックがございまして、もし素朴に中学生がそのままこれを今の時点で読んだらばこんなふうに思うかもしれない、でもそうじゃないよと大学の先生は次の二の方でこんなふうに教えてくださるという、いわばまくらのような形で申し上げたわけなんです。
 今御質問がありましたように、例えば大日本帝国憲法の場合に、この国民主権の原理というものはどういうふうに採用されていたのか、されていなかったのかという、そういう御質問というふうに私は受け取らせていただきます。
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江田五月#20
○江田五月君 はい、結構です。
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長谷川三千子#21
○参考人(長谷川三千子君) これは、大変実は大日本帝国憲法を起草する際に問題になった当の問題でございます。
 実は、ごく素朴にリンカーンの言葉によって、国民の国民による国民のための政治という意味合いでしたらば、実は明治の人たちのいわばコンセンサスと言ってもいいものでありまして、以前ここで参考人として意見を申し上げたときに、五カ条の御誓文というのを参考文献に挙げましたらば、どなたかに大変しかられました。自分はこういうものは暗記したけれども、こんな古臭い天皇の御誓文なんかを持ち出して何とけしからぬとおしかりを受けたのでございますが、実はそこの趣旨というものは何かというと、政治というものは国民の国民による国民のための政治でなければいけないという趣旨だったんですね。ですから、国民主権という原理がもしもそれだけのものであれば、全く問題なく大日本帝国憲法に採用されていたと存じます。
 ですけれども、帝国憲法を起草するときのいわば陰のブレーンとも言うべき井上毅という人、この人が一番鋭くいろんな問題を考えた人なんですが、実はこの主権という言葉には単なるそういう単純なものでないものがあると。ちょうど、ここの佐藤功先生がおっしゃっていらっしゃるようなことを既に明治の時代に鋭く察知していたわけです。
 当時、帝国憲法起草の以前に主権論争というのが大変日本で盛り上がります。その中でやはり問題になったのが、国を二分して戦ったときの片方のスローガンであるような、そういう原理を果たして大日本帝国憲法に入れてよいものかどうかという問題がございました。結局、憲法の起草者たちは、そういう闘争的な概念というものは、日本の場合その歴史的な性格、日本というものの歴史的な性格にかんがみて入れるべきではないと判断して、そしてこれははっきりと国民主権というイデオロギーは採用しなかったと言い切っていいと存じます。
 ですけれども、ではそれは君主主権という概念を採用したのかというと、私は少なくとも井上毅の構想では君主主権でもない。日本というものは、本来そういう君主と国民が主権を相争うという歴史ではなかったはずだ、あるいは自分たちはこれからそういう国柄を築いていくべきではないと考えている、そういう考えを持っていたというふうに存じております。ですから、帝国憲法は君主主権でもなく国民主権でもないと考えるのが一番起草者の意図に合っているというふうに考えております。
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江田五月#22
○江田五月君 今のお話は、これもよく一晩寝て考えてみなければわからないんですが、しかし、井上毅氏の考え方というものを先生がこの論文で極めて要約してお書きになっている、神権主義とか呼んで片づけてしまうものではない、日本の独特の治者、被治者というようなそういう二分論じゃない国の統合性といいますか、「万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」の「統治ス」に含められた意味というようなことでお書きなんですが、しかしやはり普通は「万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」といえば、それはやっぱり天皇主権だというように理解をされてきて、そして八月革命説というのは、その革命という言葉がいいかどうか、果たしてそこで国民主権がすぐ成立したか、それはいろいろ問題があるけれども、天皇主権なり君主主権なりというものから変わったと、そういう意味で主権の存在が変わって、したがって革命という言葉が当たるんだという、そこまでは私は納得できるのかなと思うんですが、いかがなんですか。
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長谷川三千子#23
○参考人(長谷川三千子君) 少なくとも宮澤先生は今おっしゃったとおりの考え方でお考えになっていたと思います。
 私は、そのとらえ方というのは多分その当時の主流の考え方だったと思うんですけれども、私個人としては、そういう考え方はむしろ余りにも西洋、近代の憲法学に引きずられているんではないかというふうに考えるわけです。ただし、恐らく私のような考え方を当時の法学会で発表いたしましたら、多分異端的な説であるというふうに言われただろうというふうには存じます。
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江田五月#24
○江田五月君 そこで、もうちょっと先生のお考えを伺いたいのは、今の井上毅氏が懸命に考えた、それは明治憲法、大日本帝国憲法がそういう考え方で日本の統治構造を設計したということなのか、それともそれ以前からずっと日本に続いていた、日本の連綿たる歴史の中で続いてきている過去、現在、未来と続く国民という、まあ私に言わせれば得体の知れない何かわからないものですが、そういう説明もある、そういう日本国民、日本人というんですかがとってきた統治形態だということなんですか、いかがですか。
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長谷川三千子#25
○参考人(長谷川三千子君) 私はそういうものではないだろうと思います。
 普通、伝統というふうな言葉で呼ばれるときにイメージされるのが、今おっしゃったとおり何か得体が知れないけれども大昔から何かみんながやってきたことらしい、それをそのまま引き継いでいくことが伝統であるという、そういう理解が一般的なんですけれども、私は特にこういう憲法起草というようなときに当たっては、むしろ未来を見据えて、では自分たち日本人はこれからどういう政治のあり方を理想と考えていくのか、それを真剣に、自分たちの過去を無視するのではなく、自分たちの過去を、未来を踏まえながら再検討して再解釈してつくり上げていく、それが私は恐らく正しい伝統のとらえ方だろうと思うんです。私の少なくとも、ひいき目かもしれませんけれども見る限りでは、フランスの法学思想を十分に身につけながら、なおかつ日本の古典にもしっかりとした目を向けていた井上毅という人は、そういういわば創造的な伝統というものを目指していたんだろうと思います。
 そこで、では結局早い話がどういうことを日本の伝統として考えていたのか、どういう国のあり方をこれからつくっていこうと考えていたのかという問題になるわけですけれども、私はもう端的に、国民の国民による国民のための政治という、それを目指していたというふうに考えてよろしいかと思っております。
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江田五月#26
○江田五月君 端的に言って、そういういろんな経過をたどって今の日本国憲法というものを持った今の日本の政治の形というのは、これは国民主権だと先生はお考えですか。それとも、その成立の由来が瑕疵があるから国民主権になっていないとお考えですか。国民主権ではあるけれどもいろいろまだ足りないところがあるとかというようなことになるんですか、今のことについては。
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長谷川三千子#27
○参考人(長谷川三千子君) これは大変禅問答のような御質問でして、日本国憲法は国民主権であると言った途端に、では日本国憲法はだめじゃないかということになってしまうんですね。
 先ほど申し上げましたように、日本国憲法の制定過程というものは近代成文憲法というものの原理に照らして非常に困った制定過程なんです。余り困った制定過程なものですから、結局みんな見ないことにしてやってきたという、それが私は現実ではないかと思いまして、では今それを直視したらば我々の、何か今失われた十年間とかいう言葉がはやっておりますけれども、失われた五十年間をどうしてくれるんだということになるわけでして、これは私は一つの思想的な問題として、どうやってこの日本国憲法の根本的な矛盾を我々で納得し解決していくのかというのは大変難しい問題だと、そういうふうにしかお答えできません。
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江田五月#28
○江田五月君 私も先生も、多少私の方が上ですが、大体この五十年全部失われちゃったらちょっとたまらぬなという感じがしますが。
 そこで、小澤先生にちょっと伺っておきたいんですが、国民主権は憲法の重要な制度で、しかし選挙の制度や政治資金のことやその他もろもろ足りないところがあって、足りないところはありながら、しかし国民主権ではあるんだろうと思います。国民主権で、最終的には国民に由来する政治の動き。そうすると、それは国民がやはり責任を負っているんじゃないか。その国民がなかなか政治に関心を持ってもらえないような状況があって、これは政治の方が悪いということかもしれませんが、そんな中で首相公選論というのが今しきりに言われているわけですが、先生はこれはどうお考えでしょうか。
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小澤隆一#29
○参考人(小澤隆一君) 首相公選論については、現時点ではそれをどのような具体的な制度にまで煮詰めるのかということについては余り提案がないように、これは私は勉強不足かもしれませんが思います。その点においては、ちょっと言葉が悪いかもしれませんが、思いつき的な要素の大きい、そういう論ではないかなというふうに思っております。
 私が、この首相公選論を、仮に議院内閣制を維持したまま首相について公選制度を設ける、そういう制度として理解した場合、このような制度設計は、私の理解するところでは非常に不安定な制度設計なのではないかなというふうに思います。公選にすれば限りなく大統領制に近づきますので、その大統領的な首相が国民に信を得ているという状態と、それと仮に議院内閣制のもとであれば両院は首相及び内閣に対して責任を問う関係にありますから、その問う問い方、あるいは問えるのか、そういった問題が生じてまいりまして、恐らく制度設計としては非常に不安定な要素のあるものだというふうに現時点では、今議論されている限りにおいては理解しております。
 以上です。
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