憲法調査会統治機構のあり方に関する調査小委員会

2004-05-20 衆議院 全85発言

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会議録情報#0
平成十六年五月二十日(木曜日)
    午前九時二分開議
 出席小委員
   小委員長 鈴木 克昌君
      近藤 基彦君    永岡 洋治君
      西野あきら君    野田  毅君
      二田 孝治君    森山 眞弓君
      稲見 哲男君    玄葉光一郎君
      辻   惠君    増子 輝彦君
      斉藤 鉄夫君    山口 富男君
      照屋 寛徳君
    …………………………………
   憲法調査会会長      中山 太郎君
   憲法調査会会長代理    仙谷 由人君
   参考人
   ((財)地方自治総合研究所理事・主任研究員)   辻山 幸宣君
   衆議院憲法調査会事務局長 内田 正文君
    —————————————
四月十二日
 小委員木下厚君同月九日委員辞任につき、その補欠として馬淵澄夫君が会長の指名で小委員に選任された。
五月十日
 小委員杉浦正健君同月七日委員辞任につき、その補欠として野田毅君が会長の指名で小委員に選任された。
同月二十日
 小委員山口富男君及び土井たか子君四月十五日委員辞任につき、その補欠として山口富男君及び照屋寛徳君が会長の指名で小委員に選任された。
同日
 小委員岩永峯一君及び馬淵澄夫君同日委員辞任につき、その補欠として西野あきら君及び稲見哲男君が会長の指名で小委員に選任された。
同日
 小委員古屋圭司君及び鹿野道彦君同日小委員辞任につき、その補欠として近藤基彦君及び増子輝彦君が会長の指名で小委員に選任された。
同日
 小委員西野あきら君、稲見哲男君及び照屋寛徳君同日委員辞任につき、その補欠として岩永峯一君、馬淵澄夫君及び土井たか子君が会長の指名で小委員に選任された。
同日
 小委員近藤基彦君及び増子輝彦君同日小委員辞任につき、その補欠として古屋圭司君及び鹿野道彦君が会長の指名で小委員に選任された。
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本日の会議に付した案件
 統治機構のあり方に関する件(中央政府と地方政府の権限のあり方)
     ————◇—————
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鈴木克昌#1
○鈴木小委員長 これより会議を開きます。
 統治機構のあり方に関する件、特に中央政府と地方政府の権限のあり方について調査を進めます。
 本日は、参考人として財団法人地方自治総合研究所理事・主任研究員辻山幸宣君に御出席をいただいております。
 この際、参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用中にもかかわらず御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人のお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じます。
 本日の議事の順序について申し上げます。
 まず、辻山参考人から中央政府と地方政府の権限のあり方、特に課税自主権について四十分以内で御意見をお述べいただき、その後、小委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。
 なお、発言する際はその都度小委員長の許可を得ることとなっております。また、参考人は小委員に対し質疑することはできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。
 御発言は着席のままでお願いいたします。
 それでは、辻山参考人、お願いいたします。
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辻山幸宣#2
○辻山参考人 辻山でございます。
 大変な議論をされていることを承知しておりますが、御発言の機会を与えていただきましてありがとうございます。
 私、実は、自主課税権を中心としてということも含んでお招きにあずかっていると思いますけれども、あらかじめ申し上げておきますと、課税権自体についての見識はそれほどございません。事務、権限の配分に伴って適切な税源の配分がなされればよいということでございますので、とりあえず、現在、地方自治がどのような状況にあるのかということを御報告申し上げたいと思います。
 最初に、分権一括法が施行されて既に五年目に入りましたけれども、この分権一括法が地方自治に対してどのような効果を持ち得たのか、今持ち得ているのかという点について、何点か申し上げておこうと思います。
 御承知のように、五年前の地方分権改革は、行政統制と言われる分野を緩和して、できるだけ地方自治体の独自の行動を保障していくということでございました。その象徴は、実は通達による統制ということでございまして、国家行政組織法における訓令権が地方自治体を縛るということから解放していくということが行われたのでございました。
 そこで、通達という用語自体が廃止され、現在は存在しておりませんけれども、実は、それにかわって、技術的な助言、勧告という方式が採用されております。この技術的助言、勧告に変わった趣旨と申しますのは、各省大臣の訓令権を行使するまでもない、いわば自治体運営の指針とすべき内容については、これを見直し、通達による縛りを緩めていくということでございました。
 しかるに、現在提出されておりますこの助言、勧告というものは、ほとんど従来の基本行政通達と内容が変わらず、一部見直しが行われたにもかかわらず、ほぼ出版社において表紙を取りかえた状態で自治体では横行している状況がございます。各省が、一刻も早く、この従来から通用してきた通達が今日もなお必要であるかどうかということについて精査をすることが第一に肝要かと存じます。
 また、自治体の側も、とりわけ都道府県行政において、地方分権への取り組みの意識がまだ徹底していないと思われる状況がございます。一部の県においては、国からの通達等に対して、今でいいますと通知等に対して、この文書には拘束力はありませんというただし書きをわざわざつけて市町村に手渡すということをやっているところもございますが、多くのところは、これまでどおり、ほとんど市町村へ流すということが行われているようでございます。
 端的に申しますと、国の関与の項目に従えば、都道府県は国の各省から文書を受け取ったときには、これは不当な関与に当たらないかどうか、違法な関与ではないかどうかを判断し、それに当たる場合には、国地方係争処理委員会に申し出るなどの行為が必要でございますけれども、ほとんどそれがなされていない現状があるということも事実でございます。
 そういう意味で申しますと、実は、中央の各省及び都道府県を含めて地方分権改革が行われたのだということの意義をこれからもう一度徹底していくという作業が必要になっている、こういう状況にあるということを第一に申し上げておきましょう。
 第二は、いわゆる法定受託事務について、各省大臣は、そのよるべき基準を定めることができるということになっておりますが、このよるべき基準というものが従来の訓令権とどこが違うのかという問題がございます。このよるべき基準というものがどのような法形式をとって行われるかということについては、解釈の問題にされておりますので、時に告示、時に省令、時に政令という形で示され、それが自治体行政のありようを拘束するということが行われております。
 なぜ拘束するのかと申しますと、地方自治法第十四条によりまして、法令に違反する条例を制定してはならないということになっておりまして、この告示もまた法令に含むという解釈が展開されているからでございます。
 その点で申しますと、2のことでございますけれども、よるべき基準、いわゆる処理基準も含めて、国の法令の規律密度ということがもう一度検討されなければならないであろうと思われます。
 これはまさに、法律については、この国会のありように深くかかわるわけでございまして、改正された地方自治法においても、法令が地方公共団体の事務について規定をする場合、特に自治事務については、自治体の自由な活動をできるだけ阻害しないように立法上の配慮を求めている、これはまさに、国会自身がそのように判断をし、宣言した内容でございます。にもかかわらず、法令の規定はどうか。とりわけ、政省令以下の規律密度について、ほとんど国会での監視が行われていないのではないかということが心配されるのでございます。
 そういう意味でいいますと、地方自治法第十四条の、法令に違反しない限りという規定を、憲法第九十四条にそろえて、法令の範囲内でというふうに書き改めるという立法府の見識を求めたいというふうに思います。
 今回の分権改革におきましては、その効果として、議会がみずからの条例制定権を行使して、地域における議会の機能を高めていこうということが期待されたのでございます。この点につきましては、各地においてさまざまな自治条例が制定されるなどの動きが見られます。
 とりわけ、自治法第九十六条二項におきます議会の議決事項の追加ということについて、三重県から始まりましたけれども、幾つかの県が、みずからの議会の権限としてこれを追加していくという作業が進んでおりまして、そのような面からいいますと、議会の活性化というものには目をみはるものがあるということも言えるのではないかと思います。
 ただ、率直に申し上げまして、分権改革の本当の効果というのは、実は、これは新聞、雑誌等でも使われておりますけれども、分権時代と言われるような、いわば新しい時代を招来したのだという一種のムードと申しましょうか、観念の定着と言っていいのだと思いますが、そのことが、現在、各地における住民と行政との協働のあり方でありますとか、あるいは町づくりのあり方でありますとかということを含んで、自治基本条例を制定するという動きにつながってきている。
 このことは、実は非常に重要な観点でございます。とりわけ、自治基本条例につきましては、これを地方自治体の憲法となぞらえて、地方自治の基本原則と運営のルールをそこに定めていこうというような動きでございます。
 言うまでもなく、これは、市民の自治権というようなもの、あるいは市民もまた地域の公共サービスを担う主体である。つまり、政府にすべてを任せるのではなく、市民もまた地域の自治を担っていく主体であるというようなことを出発点にいたしておりますので、当然のことながら、この条例づくりというものについても、市民の積極的な参加、ワークショップ方式などが採用され、今、市町村及び都道府県におけるこの条例づくりのうねりというものは大変大きなものになってきている。これは、地方分権改革が断行されたいわば間接的な効果と言うことができるのではないかと考えているところでございます。
 このように、分権改革を断行されたことに伴う大変よい側面と、なお分権改革が地方に浸透していないという側面を指摘することができるのでございますけれども、最も懸念されることは、この分権型システムあるいは分権社会の創造というものに取り組む間もなく市町村合併のうねりに巻き込まれている自治体の多いことでございます。
 御承知のように、総務省の統計によりますと、ほぼ半数の市町村が合併協議会などの組織を設置し、合併の是非について議論しなければならないという状況に追い込まれている。共同通信の全国調査によりますと、ほぼ六割強の市町村長さんたちが、今回の合併について、財政的な困難が予想されるので合併しかないと答えている。合併をめぐる機運というのは、私に言わせれば大変水準の低いものになりつつあると思われます。
 合併というのは、やはり近隣の市町村が相語らってより広い範囲で新しい地域づくりをやっていこうということでなければならないと存じますけれども、残念ながら、現在の合併は、いわば財政的な困難のために、大きくなることでそれを回避していこうということに絞られている。このような状況の中で、あの地方分権推進委員会が示し、そして、国会で立法された地方分権一括法の各条項と精神を実行していこう、分権型社会をつくるために汗を流していこうという気持ちにならないのでございます。
 それはなぜかと申しますと、住民たちに働きかけ、住民自治の拡充ということを幾ら叫んでも、やがてそれが合併という形で新しい枠組みにされるのではないか、私は下世話にこれを、いわば地上げ状態、こう言っておりますが、分権の努力が地上げされてしまうのじゃないか、そのような懸念の中で、市町村は今とりあえず合併にどう対処しようかということに追い込まれております。まさに分権への努力どころではない、このことに私は大変憤りを感じるところでございます。
 それは一九九九年の国会で、たしか七月八日に地方分権一括法が成立していると思いますけれども、それから約一カ月後の八月六日、旧自治省の事務次官通達が出されて全国に合併の号令が発せられたということでございます。
 まず、分権をきちっとやっていこうということとの、順序が逆だということとは別に、分権一括法によって通達による統制をやめていこうではないかということを合意したにもかかわらず、この通達によって合併を進めようとした手法は、旧自治省、現在の総務省のとるべき方法ではなかったと私は考えているところでございます。
 ただ、今合併どころではない、あるいは合併もできない、近隣との間で話がまとまらないというような小規模の山間地の自治体において、実は本来の意味での自立ということを真剣に考える動きが出てきているということ、これは私はある種の皮肉かなというふうに思っているところでございます。
 大変厳しい行政の改革を行って、まさに身の丈に合った自治を実現していこう、そのためには、例えば、職員の数も減らす、あるいは議員の数も減らす、町長その他の役職員の給与も減らすというようなことを断行いたしまして、住民たちにも協働作業をお願いし、一緒に地域の自治をはぐくんでいこうではないかというようなことで汗を流している自治体、これらはおおむね小さいところでございまして、人口が数千人とか数百人と言われるところでございます。ある意味で、本当の自治ということがこのようなところで行われているということを御報告申し上げておきましょう。
 以上のようなことから、分権一括法のその後についての私の結論は、まだ残っている税財源のあり方、現在、三位一体の改革で手がついたわけでありますけれども、しかし、それが十分であるかどうかということも含めて税財源のあり方、さらに、申し上げた規律密度の監視機関、これは本来国会の仕事でございますけれども、私は、地方六団体も含めた政省令以下の規律密度について監視する機関をつくってもいいのではないかというようなことを考えております。
 さらに、地方自治法自体が、大きな分権改革を行ったにもかかわらず、まだまだ規定が細か過ぎるということがございます。この地方自治法の規定をもう少し大くくりなものにしていくということも含めまして、早急に第二次の分権改革というものを行う必要があるのではないかと考えております。
 ちなみに、私どもの研究所が中心になりまして、一九九六年から九七年、まさに地方分権一括法が検討されている過程で、地方自治基本法というものの構想を、全文四十何条でしたか、作成したことがございました。篠原一先生を委員長とする自治基本法研究会というものを構成いたしまして、地方自治の本旨を具体化する法律が必要だろう、地方自治法に優越する基本法が必要だという観点でつくったのでございます。ぜひ御一読の上、近い将来においてこれを制定されることをお願いしたいというふうに思います。
 さて、本日の主なテーマであります地方政府と中央政府との権限配分のあり方について意見を申し上げたいと思います。
 私は、自治権というものをやはり法律上も、できれば憲法上もはっきりさせていくということ、このことを優先すべきではないかと考えております。お聞き及びと思いますけれども、自治権というものがどのような内容のものであるかということは、実は地方自治の本旨という言葉をめぐって議論が展開されているわけでございます。
 例えば、大分県日田市における車券売り場の設置問題、これは、別府市が経営する自転車競技の場外車券売り場を日田市の中につくるということについて経産大臣が許可をしたということでございました。
 日田市では、まさにみずからの市域の中に、しかも日田市というのは古くから落ちついた自然環境の中で町づくりを進めてきた、まさに町づくりの自治ということについて非常に住民とともに歩んできたということが主張されておりまして、そのようなところへ、みずからの自治体の合意なしに、外からだれかが車券売り場を設置するという決定をする、そのことは自治権を侵害するのではないかというようなことが今裁判所で争われているのでございます。
 自治権というものは、一体どういう内容として構成すべきなのか。
 私は、一応原則としては、自治権というものには当該地方公共団体の区域内における全権限制というものをまず前提にしなければならないだろうというふうに考えております。そして、この自治権というのは、第一義的に、基礎自治体である市町村に与えられるというふうにしてはどうか。この自治権の内容というのは、どのような自治行政について責任を負い得るか、それぞれの市町村がこの仕事は私たちの仕事として責任を持ってやろうということを決定する権限と考えてはどうかということでございます。
 したがって、人々が生活する地域社会に生起するさまざまな課題、これをまず第一に市町村がみずからの手で解決できるかどうかということを判断し、それを市町村の事務として列記する。それが例えば、財政的行政能力の側面から無理だと感じたところは、それをみずからの事務として採用しないという権限、これを市町村に与えるべきではなかろうかと考えるわけでございます。その仕事はどこへ行くかというと、言うまでもなく、都道府県という地方政府の仕事ということになる。言ってみれば、補完性の原則と言われるものでございます。
 そのようにして、次第に市町村から県へ、県から国へという形で、より広域的で、より重大な事務については、上へという言葉が適切かどうかはわかりませんが、さらに広域的な政府の仕事として配分されていく。この補完性の原則を徹底的に組み立てていくということが、自治権というものの存在を明確にしていく作業ではないか。
 現在は、都道府県にも自治権らしきものがあり、市町村にも自治権らしきものがあり、それぞれがいわば調整をしながらやっているという関係でございますけれども、それにいわば優先順位をつけていくという発想が必要なのではないかと考えているのでございます。
 こういたしますと、現行の地方自治法で採用されている法定受託事務、つまり法の規定によって各団体が受託するという関係はなくなるということが想定されるわけでございます。都道府県の事務となったものはそれは都道府県の自治事務、市町村の事務として留保されたものは市町村の自治事務と考えるべきではないか。
 第二点目は、法令の適用除外ということでございます。
 先ほど御紹介いたしました地方自治基本法の考え方、この地方自治基本法の中には、自治体は自治基本条例を制定することができますよというふうに一応書こうということにしております。そして、その事務については、法令の規定を除外するという権限特例を認めてはどうかということでございます。
 この自治基本条例は、憲法九十五条を援用して、住民の投票によってその効果を発揮するということにしておりますけれども、同時に、これに伴って、法令の適用除外を明記する権限特例法というようなものの制定を求めたいというふうに考えております。
 どんな適用除外を考えているかと申しますと、例えば、基本条例の中で市町村議会議員あるいは市町村長の選挙権等について十八歳からの選挙権を認めるというような場合、これは現行の地方自治法及び公職選挙法に触れるということになりますけれども、そのような基本条例規定を置いたところは、公職選挙法の規定にかかわらず十八歳からでもよかろうというような考え方でございます。
 以上のように、もしかすると、ここは詳細に理屈を詰めておりませんが、最初に申し上げたように、市町村から事務を選択していくというやり方を徹底すれば、この適用除外という考え方は論理的に要らないのかもしれないわけでございますけれども、今のところ、ラフな設計としては、この法令の適用除外というのは意味があるのではなかろうかと考えております。
 憲法の第八章についての考え方を、次に述べようと思います。
 まず最初に、私自身は、今日の地方自治にはいろいろ問題はございますけれども、この問題あるいは将来についての課題というようなものは憲法規定の不備が原因だというふうには実は考えておりません。憲法規定の不備が地方自治の発展を阻害しているというふうには認識していないということでございます。そのことは、既に第一の項目で述べました、法令の規律密度、行政統制あるいは税財政制度の問題が長きにわたって集権的であったということに実は起因していると考えております。
 そういう意味で、地方分権改革が断行されたわけでございますけれども、なお指摘した点についての改善を進めていけば、相当程度、分権型の自治が実現していく可能性はあると考えているところでございます。
 なお、あえて今日における憲法改正ということを前提にして第八章について何らかのアイデアはないかと言われるならば、幾つか指摘することができそうでございます。
 例えば、憲法第九十三条が、地方公共団体に議会を置く、さらに二項で、その長、議会の議員は、住民の直接公選にする。これは、講学上、いわゆる二元代表主義をとっているのだ、こう言われておりますけれども、この憲法で定めた二元代表主義というものは、具体的な地方自治運営にどのような制約をもたらすのかということは明確でございません。
 例えば、二元代表制に基づく機関対立主義であるにもかかわらず、自治体議会の市町村長不信任案が認められており、市町村長からの議会解散権が認められているという問題、こういうこともございます。
 また、もっと大きな話で申し上げますと、果たしてすべての市町村が、大は三百四十万人を超える横浜市から、あるいは都道府県という団体、小は五、六百人という小さな市町村まで、すべて議会を置き、市町村長を別に選挙しなければならないかどうかということについても、自治体の選択に任されていいのではないかということが考えられます。もちろん、具体的には地方六団体の方たちにも御意見はあろうかと思いますけれども、検討の余地はあるというふうに申し上げておきます。
 さらに、二つ目については、これはかつて九十四条の議論を一九四五、六年に行った際に取りざたされたといいましょうか、原案で扱われたものでございますけれども、いわゆるチャーター制度と言われるもの、一度、この採用について検討してみてはどうかということがございます。
 先ほど申しました自治基本条例における法令の適用除外というようなことをイメージしているわけでございますが、ほぼ内容的にも近いものだと思います。アメリカ諸州で採用されているようなチャーター、このチャーターによって、それぞれの自治体の代表組織、取り扱うべき事務の一覧、それに要する経費の負担というような原則を書き込んでいって、これを国会によって承認していく、それによって自治権がそこに定立されるというような仕組みがあり得るのではないかということを考えているところでございます。
 三点目は、中央政府と自治体の責務ということでございますけれども、ここで申し上げようとしているのは、この国が連邦制を採用しないということであるならばという前提でございます。
 恐らく、憲法全体を見直していくという前提に立っても、連邦制を採用するためには幾つかの国民的合意が必要な気がいたしますが、もし、今日と同様、憲法を一つとし、つまり唯一最高の機関として国会を置き、これまでのように国家が国民のナショナルミニマムを実現していくという大原則を堅持していくということであるならば、現在の税財源配分に幾ら手をつけていっても、大きく是正される道はそうございません。というのは、戦後半世紀にわたって地方の資源は相当程度中央に集中しているのでございまして、税源を分散しても担税力がないのであります。
 したがいまして、今申し上げた連邦制への移行を考慮しないのであればという前提つきでありますが、相当程度、中央政府は地方の自治体に対する財政調整の義務を負わざるを得ないだろうと考えているのでございます。
 その点について、現在の三位一体改革というものはやや不十分である。なぜならば、税源が移譲される予定でございますけれども、どのようなシミュレーションを経ても、なお削減された補助金には到達しないという自治体が数多く存在するからでございまして、従来よりも財政の格差が広がるということが指摘されているのでございます。
 これが、もし憲法について、改正していこうというような合意のもとで何かアイデアを出せと言われるのであれば、以上のようなことを申し上げておこうと思いました。
 第四点目に、自治体の適正規模論ということでございますけれども、これは既にお配りしてあります意見の概要にありますように、何が適正な自治体の大きさであるかということについてはなお議論の余地があって、今進められているように、一万人未満についてはこれを整理していこうとか、あるいは十万人だったらいいだろうというようなこと、このように規模で議論することにはなお疑問があるということを申し上げようと思いました。
 要は、その規模の自治体がどれだけの自治をそこで実現していけるのかということでございますので、当然、財源や権限、事務の量などとの見合いで考えていくべきであろうということでございます。
 第二十八次の地方制度調査会が道州制の議論を進めるということにしているようでございますけれども、これについても、道州制とはどのような内容の政府形態であるのかというようなことについてもまだ明確でない状態で、一方で小規模町村の整理、一方で道州制という大変乱暴な改革が進んでいるということを懸念していることを付言いたしまして、時間が参りましたので、以上で私の意見陳述を終わらせていただきます。
 ありがとうございました。拍手
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鈴木克昌#3
○鈴木小委員長 以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。
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鈴木克昌#4
○鈴木小委員長 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。野田毅君。
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野田毅#5
○野田(毅)小委員 辻山参考人、貴重な御意見、どうもありがとうございました。限られた時間ですので、お伺いしたい点はたくさんあるんですが、ポイントを絞ってお伺いしたいと思うのです。
 ちょうど五年前、地方分権一括法のころに私が担当の自治大臣をしておりまして、反省も込めたり、いろいろな複雑な思いがあるんです。
 特に今、合併問題、全国各地で大変苦労しているんですが、そもそも合併は、財政問題からアプローチするのではなくて、地方分権一括法に基づいて、地方の自治体の行政責任が飛躍的に重くなっていくんだ、それだけに、そうした行政の責任を考えた場合に、今までの人材であったり今までの行政のシステムで果たして対応できるのか、自治体行政の中身の質を高めるためには、そして同時に、それに伴って行政コストも多少効果的な形でなきゃいかぬ、同じ技術屋さんでも小さな規模では優秀な人材は入れられないわけですから、むしろそういった意味で合併というアプローチを実はしていた。つまり、分権一括法との裏腹の関係だった。
 ところが、最近は、むしろ財源面から、三位一体の改革という角度から、地方財政が厳しくなってきて、そっちの方から合併問題に話が、少し中心が変化しつつあるのかなという感想を実は持っております。この点について、所感があればお伺いしたいのが一つです。
 それから、何よりも、御指摘のございました課税自主権を含めて、地方自治というのは財政問題が根幹の一つだと思います。
 具体的に、お話ありましたように、税源を配分するといっても、もともと税源がないんですよね。それをどうカバーするか。そういう意味で、財源調整機能というのをどうしても国が中心になってある程度持っていかなければナショナルミニマム的な責任を果たせない、ここに非常に苦しい点がある。
 そういう点で、御指摘の中で、このナショナルミニマムの保障をする行政は、一義的に自治体が対応する、しかし財源は国の方でカバーする、これは一つの基本的な考え方だと思うのです。
 ただ、私は、かねてから感じていましたのは、地方税の決め方、地方税法で一括して国で決めてしまっているんですよね。だから、むしろ、地方税で決めるのは、交付税計算上の、基準財政収入の計算上の姿にしておいて、現実の適用は、超過であれそれより低くあれ、そこは自治体の条例によって自由度を与える、そんなやり方の方がかえっていいのではないかという思いがしているんですが、この点について御意見があればお伺いをしたい。
 とりあえず二点についてお伺いしたいと思います。
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辻山幸宣#6
○辻山参考人 第一の点でございますけれども、さきに提出された第二十七次の地方制度調査会答申では、これまでの基礎的自治体にかえて基礎自治体という用語を使いまして、その定義の中に、必要な人材も確保しているというようなことが指摘されていて、今私どもは、基礎的自治体と言ってきた市町村とは別の概念として、今野田議員がおっしゃったような力を備えた団体を考えているのかなというようなことを思っております。
 ただ、その場合に、周辺で、山間地で、例えば建築士とか保健師、そのような専門的な能力、あるいは都市計画、そのような職員を抱えられない自治体が、そのような能力を使うために合併をしましょうといった場合には、実は周辺化してしまうという問題が発生いたします。そこをどうするのかということを考えていかなきゃいけなくて、実は私は、先ほど申しましたように、それは都道府県が補完するという仕組みをどうにかつくれないかというふうに考えているところでございます。
 そして、市町村行政にとって、この人材の確保ということがいかに大事かということは御指摘のとおりだと感じているところでございます。
 第二点目の、私も先ほどの陳述で申し上げましたけれども、これは地方分権論としてどうかという議論がまだ残りますね。ナショナルミニマムを保障していく仕事は市町村でちゃんとやってもらいましょう、しかし財政的な手当ては国でやりましょうというと、従来から批判されているような財政による統制がまたやられるのか、こういうことになるわけですが、まさにそこは仕組みの問題でございまして、ナショナルミニマムの確保ということについて、今やられているような補助事業でやるかどうか。これを全額、例えば交付金制度のようなものに組みかえていくとかいうようなことが必要なのかもしれないなという気がしております。
 最後の、地方税法の扱い方についてでございますけれども、確かに、おっしゃるように、交付税の計算上の税目だけやっておいて、あとは、税率その他は自治体の条例で。本当に、そういう意味では、ある種嘆かわしい部分がございまして、税率を自治体で上げていくということに大変憶病といいましょうか、自治体ごとに、標準税率以上にちゃんと取っていこうよということの合意がなかなかとれないものですから、今のところ、そのような権限があるにもかかわらず、行使できていないというような部分がございますね。
 以上でございます。
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野田毅#7
○野田(毅)小委員 いや、実は、最後の部分、非常に大事なところでして、それができなきゃ実は課税自主権を主張する資格がないということなんですね。
 本来、課税自主権を主張するということは、自分たちはもう少し課税をしたいのに、国の法律で、地方税法の中で税率だとかいろいろな課税の仕組みまで決めてしまっている、言うなら制限されているというようなことで、一定限度以上はもうだめ、だから課税自主権をよこせというのはいいんだけれども、今のようなお話がかなり現実には多いというこの実態の中で課税自主権の議論をしているわけですから、私は、それこそ自己責任で、交付税の計算上の世界だけにしておいて、そこから先は、取れなければ自己責任ですよというところに逆に追い込むぐらいの覚悟がなければ本当の課税自主権の議論には入れないんじゃないかという思いがしているんです。
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辻山幸宣#8
○辻山参考人 取れないところは自己責任というのは、先ほど申し上げたような意味でいえば、仕事も返上するということにならざるを得ないということになります。そうすると、ある意味では、住民から見て信頼するに足る市町村かどうかということも問われることになるわけであります。そういう意味では、実は市町村行政自体が大変厳しい状況にあるということを認識していかなきゃならないということになりますね。
 それは、地方六団体の方々におしかりを受けるかもしれないけれども、その考え方には私も賛成でございます。
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野田毅#9
○野田(毅)小委員 終わります。
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鈴木克昌#10
○鈴木小委員長 次に、玄葉光一郎君。
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玄葉光一郎#11
○玄葉小委員 辻山先生、ありがとうございました。
 幾つか申し上げたいと思いますけれども、一つは、今も話が出ておりましたけれども、現在政府が進めているいわゆる三位一体改革の評価についてお伺いをしたいと思います。
 知事会長が、異例だと思いますけれども、三位ばらばらの改悪とこれを称し、あるいは、増田岩手県知事は、この改革は国の財政赤字の地方への単なる押しつけだ、こういうふうに言う。正直、これまでの歴史の中ではかなり異例ではないかというふうに思っています。私自身も全く評価をしていない一人でございまして、例えば知事会が、補助金について九兆円廃止して八兆円の税源移譲をというところまで大胆に提言しているにもかかわらず、政府は一兆円というレベルで足踏みをしている。
 今議論のあった課税自主権という議論も、一言で言えば、既にもう法定で、それぞれの税源というのはほぼ決まっているわけですよね。ですから、今さら課税自主権と言われても、極めて限界があることはだれの目にも明らかなんですね。ですから、思い切った税源配分の見直しというものがなければ、どう考えても分権改革というのは進まない。
 したがって、今の三位一体改革というのは私としては全く評価をしていないというふうに思っておりますけれども、その点について一つお聞きをしたいということ。
 もう一つは、よく連邦制という議論があり、また道州制という議論が実はこの憲法調査会でもございます。
 先ほど参考人がおっしゃったとおり、これは連邦制の定義による、道州制の定義によると思います。私の理解では、連邦制というのは、いわゆる司法権をもそれぞれの州で有するということで理解をしています。そう考えると、多分連邦制への移行というのは現行憲法の改正では無理なんだろう、幾らこの日本国憲法を改正しても連邦制には移行できない、もし連邦制に移行するんだったらば、新しく憲法を制定する、全く違う憲法を制定するというふうに理解をしないといけないのかなと考えておりますけれども、その点についての御認識をお伺いしたいと思います。
 とりあえず二つだけお願いします。
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辻山幸宣#12
○辻山参考人 第一の点につきましては、実は、言っていることは一緒なのかもしれませんが、私は、三位一体の改革という組み立て方自身は正しいとは考えているんです、組み立ては。それはどういうことかというと、補助金による統制を減らしていって、地方の自主的な財源で自治をやる、これは正しいんだというふうに思うのですね。
 ところが、問題なのは、そのやり方がまだ確立していないものですから、補助金を削減した分の自主財源をどうやって確立するかということについてはっきり示されていない。しかも、示すとしても、所得税を移譲するにせよ、たばこ税とかいろいろ言われておりますけれども、結局、税の格差、担税力の格差が反映してうまくいかないだろう、この問題があるのだと思いますね。
 それともう一つは、なぜ四兆円かというのがありまして、知事会が指摘しているように、できれば、もし地方に必要な財源であるならば、それをやはり交付税財源の方で保障していくというやり方を基本的には考えるべきなんだろうという気がいたします。
 ただ、この背景にあるのは、各省がそれぞれの分担管理している事務を手放してくれないというのも当然あるわけですので、ここから先はまさに国会と各省との関係に期待をしているところでございます。
 第二点目の指摘、ああ、そうかと思いました。確かに、現行憲法の改正で連邦制を採用するというのはちょっと理屈上難しいのかなと。考えておりませんでしたが、御指摘のとおりだというふうに思いますね。
 少なくとも、いろいろな連邦制がありますけれども、私などは、やはり連邦制を考える場合には、憲法が分散されるという側面をちょっと強調したいものですから、そういたしますと、改正だけでは済まないし、それに私たちの国の場合には元首をどうするかとかいろいろ難しい問題を抱えていて、ぜひそこは御議論をいただきたいところだというふうに考えております。
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玄葉光一郎#13
○玄葉小委員 二点目については、本当に連邦制、道州制の定義によると思うので、いわゆる連邦制だとそうなっちゃうのかな、通常言われているような道州制なら大丈夫なのかな、こういう私の理解なんですけれども。
 もう一つだけ、せっかくなので。
 最近、各自治体の中でシティーマネジャー制度というものを採用したいという自治体が出てきているんですね。でも、単純に考えると、そのシティーマネジャー制度というのは、憲法の条文にあるように、第九十三条に、地方公共団体の長、これは直接これを選挙する、こういうふうに書いてあるわけですね。多分、シティーマネジャー制度の場合はこれに当たらない場合が多いのではないか。まさに、その定義にもよるんですけれども。
 そうすると、より多様な自治体の形態というものを認めていくとすると、ここの条文は何らかの修正を加えないといけないのではないかというふうに考えておりますけれども、その点についても御認識をお聞かせいただければと思います。
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辻山幸宣#14
○辻山参考人 シティーマネジャー制を採用すると、憲法九十三条に違反するだろうかという議論がございますけれども、やりようによってはいけるのかなと。つまり、どんな権限を与えるかとか、地方公共団体の長は選挙するとなっていて、地方公共団体の長はいろいろな事務、権限があり、地方公共団体を代表するという権限があったりいたしますよね。そういうものを持たせないシティーマネジャーだったら抵触しないのかなという気はいたします。
 先ほど私が、もし憲法に踏み込んだ議論をせよというのであれば九十三条を見直してはどうかと申し上げたのは、その点も含んででございます、シティーマネジャー制の採用がもう少し懸念なくできるようになるのではないかというようなことも含めてです。
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玄葉光一郎#15
○玄葉小委員 もう一つだけ済みません。
 先生のレジュメを拝見すると、基本的に憲法規定については、原則的に憲法規定の不備が地方自治の発展を阻害しているという認識はないと。
 そうなのかもしれないんですけれども、ただ、例えば地方税に関する規定は明示的にはないですよね、解釈で多分読んでいるんですよね、地方自治の本旨。だから基本法をつくれということでもあるのかもしれませんけれども。あるいは、さっきおっしゃったような補完性の原理とかですね。それに類するような規定をより明示的に、新しい憲法を書くあるいは憲法を改正するという場合は修正を加えていった方がいいんじゃないかと私などは考えていますけれども、それについてはいかがでしょうか。
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辻山幸宣#16
○辻山参考人 どうでしょうか。こうすればもっとよくなるという点は多々あると思います。思いますが、そうしなければ今の自治が窒息状態のままだよということではない、そういう認識でございますので、今御発言になられた税の原則とか、あるいは近年でいうと、住民と地方政府との関係の原則をちゃんと憲法上書くとか、できれば都道府県と市町村、道州制を入れるとなれば、道州制と基礎自治体の関係みたいなものも打ち立てる必要はあるのかなというようなことは考えております。そういう認識でございます。
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玄葉光一郎#17
○玄葉小委員 どうもありがとうございました。
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鈴木克昌#18
○鈴木小委員長 次に、斉藤鉄夫君。
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斉藤鉄夫#19
○斉藤(鉄)小委員 公明党の斉藤鉄夫です。
 辻山先生、きょうは本当にありがとうございました。早速質問に入らせていただきます。
 国と地方の役割について、ナショナルミニマムの中でも最も大事なものの一つだと思うのですが、教育について、一つの具体的な例を挙げながら御質問させていただきたいと思うのです。
 といいますのは、私は文部科学委員会、それから党の文部科学部会長をしておりまして、特に今、義務教育費国庫負担制度の存続の可否というのが非常に大きな問題になっておりますので、この問題についてちょっと、まず最初にお聞きさせていただきます。
 このことについては、各党におきましても議論が真っ二つに分かれている。つまり、教育については、内容については地方のいろいろな特色、自由を生かすにしても、それを支える財政についてはあくまでもしっかりと国が責任を持つべきだ、これは憲法が保障するものであるという議論と、いや、教育も含めて、例えば義務教育費国庫負担のそのお金は一般財源化して地方に渡すべきだ、こういう議論がございます。私自身は前者の立場をとっております。
 私はアメリカに三年住んだときに、あそこは徹底した地方分権が進んでいまして、いろいろな選挙をするときに一緒に投票して、例えば今度学校にこういう制度を設けたいから、こういう施設をつくりたいから税金をこれだけ上げたい、その住民投票という選挙をやっておりまして、豊かなタウンシップは本当にすばらしい学校制度ができていますが、一歩境界を越えて貧しい町に行くと、先生の給料は半分で本当に貧困な教育という現実になっております。
 そういう意味で、教育という全体の中の一部の議論ですけれども、これについて先生のお考えをお聞かせ願えればと思います。
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辻山幸宣#20
○辻山参考人 大変きついところなんですけれども、どう考えたらいいでしょうか。
 今お話がありましたように、アメリカの教育は大変分権的ですけれども、同時に大変格差が大きいという御指摘がありましたね。そのことを日本の国民が受け入れるかどうかという問題だというふうに感じているんです。
 ですから、私は分権一括法のときにも、一度公述人で出たときにそのような意見を言ったと思うのですが、親たちの思いは、やはりほかの地域の人たちからおくれをとらないでちゃんと上の学校へ進めるような教育をしてほしい、こう考えているわけですね。その状態をどうやってつくり出すか、それを地方の負担によって生み出すということが、先ほどから申し上げているような意味でいいますと、大変難しい、そこがつらいところだなと感じています。
 かといって、では基本である教員の経費の半額までを国庫に依存していいのかどうかと思っておりますけれども、先ほど言いました、半分はミニマムだよというふうに考えていくべきじゃないかというふうには思っております。
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斉藤鉄夫#21
○斉藤(鉄)小委員 大変我々も悩むところなんです。
 例えば、学校図書費という項目がございまして、年間百三十億円ですか、学校図書を充実させるための予算ということで組んで、これはいわゆる交付税という形で渡すわけですけれども、交付税という形になりますと、計算をするときの一材料というだけになって、実際にお金が渡るときには、これが学校図書費ですという形では行きません。色のついていないお金で地方に行きます。
 あるところで、学校図書館協議会が各地方自治体に、こういうことで予算がすべて自治体に行っていますけれども実際に学校図書費に使われていますかというアンケートをとったところ、ほとんど使われていなかったという現実がございました。
 教育の大切さはわかって、教育を無視する首長さんがこれから出るわけがないと言いながら、実際経営者になってみると背に腹はかえられなくて、本来教育に行くべき予算がほかに回ってしまうという現実もあるということを考えると、ここは地方分権議論とはちょっと逆行するようになりますけれども、本来押さえるべきナショナルミニマムというのはしっかりと議論して、そこについては国がしっかり責任を持つという形にしておかないと、私も島根県の山奥の村の出身でして、きちんとした教育を受けさせていただいたと思っておりますが、まさにそういうナショナルミニマムを国がしっかり守っているということで私は育てられたという実感があるんですけれども、その点についていかがでしょうか。
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辻山幸宣#22
○辻山参考人 私がとても打たれた町長さんの話がございます。我々町村は、子供たちを教育して、やれ、やっと仕上がったわいと思ったら、都会へ持っていかれる、都会で働いてこの国のGDPを生み出していて、国税収入にも反映しているはずなんだ、だから私たちは子供たちの教育に金をかけっ放しになってしまうのか、その分はやはり交付税のような何らかの形で返してもらいたいという、交付税がそのような趣旨のものかどうかということは別にして、思いはやはりそうだろうという気がするんですね。
 したがって、交付税の持っている調整機能が落ちていくということが、一方では、今もお話にありましたような、学校図書費で予定されているものをほかの経費に回さざるを得なくなるような情けないことにやはりなっていく。
 そういう意味では、都市部に生まれて都市部で働く人がだんだんとふえていく中で、交付税制度を堅持しようという多くの声がなくなっていく状況の中で、もう一度原点に返って、交付税というような財政調整の根本的な意義を検討し直さなきゃいけないんじゃないかなという気はしております。
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斉藤鉄夫#23
○斉藤(鉄)小委員 最後に、先ほど玄葉委員のシティーマネジャーともちょっと相通ずるんですが、選挙と首長という関係なんです。
 選挙は、統治機構に正当性を持たせるためにどこかの段階では必ず必要だと思っておりますが、いわゆる首長さんというのは、その正当性を持った統治機構の長であると同時に、経営者でなくてはならないという観点が非常に強いと私は見ていて感じます。ところが、経営者の能力と選挙の能力というのは全く別でして、その乖離に今の日本の不幸の一つがあるんではないかなというふうなことを強く感じておりますが、この点について、ちょっと変な質問ですけれども、いかがでしょうか。
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辻山幸宣#24
○辻山参考人 特に異論はございませんが、それを、制度としてこのようにしましょう、例えば、市町村長は議会において選ぶか、または議会がシティーマネジャーのような、統括支配人のようなものを選任するか、このいずれかにしましょうというような制度はやはりまずかろう、公選でやる道も選択肢として確実に残す必要がありそうだという気はしております。
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斉藤鉄夫#25
○斉藤(鉄)小委員 ありがとうございました。
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鈴木克昌#26
○鈴木小委員長 次に、山口富男君。
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山口富男#27
○山口(富)小委員 日本共産党の山口富男です。
 辻山さんから四つの柱で意見陳述いただいたので、その柱に沿ってお尋ねしたいんですが、まず初めに、分権一括法の効果についての現状についてかなり厳しい指摘がありました。
 振り返ってみますと、あの地方分権一括法の際に、法定受託事務といってもそれまでの機関委任事務の四割強が残っちゃう問題ですとか、それから、きょうも指摘されました処理基準とのかかわりで、結局通達行政が生き残るじゃないかという批判が非常に強かったわけですね。また、財源論の点でも、これでは真の分権にならないという批判があって、そういう批判と危惧が現実化しているというふうに受けとめました。
 地方分権というものは、本来、地域住民の権利を擁護して、地方自治の本旨を地域規模の政治で実現していくことに趣旨があると思うのですが、それに反する実態があるならそれを変えることが今の求められる地方分権になるという、反語的な言い方ですけれども、そういうことにもなるように思うのです。
 それで、お尋ねしたいのは、きょうの意見陳述ですと、結局、政府の側が、地方自治の位置づけの問題でやはりまだ大きな問題を抱えている、政府、特に行政の側がという認識が恐らくおありなんだろう。
 それからもう一点は、私が大変興味深く感じましたのは、住民自治の拡充の動きも同時に起こっているんだと。それは、まちづくり条例ですとか身の丈の自治というお話まであったんですが、そういう点では、憲法の定める地方自治の本旨という問題を具体化していける力量を地方政治がやはり持っているという認識をお持ちなのか、そのあたりをまずお聞きしたいと思います。
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辻山幸宣#28
○辻山参考人 現在、市町村の能力をそろえていこうという側面もあって市町村合併が進められているというふうに思いますけれども、依然として物すごい格差があるというふうに考えています。
 この格差を生み出しているものは、これまでのやりとりの中にもございましたが、一つは、どのような代表者を選んでいるか、選挙において本当にすばらしい経営能力を持った人たちが選ばれているかどうかという問題と、もう一つは、やはり住民自身が、行政に任せておけばいいのだという、それは古くから言われてきている、よらしむべしという行政の姿勢にもあるのですけれども、そのような住民との緊張感の差が今の地方自治体の格差になって出てきているだろうと思っていて、トータルとして、今の自治体は地方自治の本旨を実現していけるかどうかということになりますと、そこ以外には期待……(山口(富)小委員「主体がない」と呼ぶ)主体がないんですね。それを、例えば道州をつくったら道州制でもっといけるか、府県をもっと力をつけたらいけるか、いろいろなアプローチはありますが、結局は基礎自治体を強くしていくことしかないというふうには考えております。
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山口富男#29
○山口(富)小委員 もう一点、地方自治基本法の問題なんですけれども、先ほどのお話ですと、篠原一さんを中心として四十数カ条のものを一回つくったことがあるんだというお話でした。当然、先ほどのお話でも、これは憲法の地方自治の本旨を具体化していくものになる、そういう趣旨だというのはわかったんですが、基本的な構想として、どういう柱立ての基本法をお考えなのか、何点か示していただけませんか。
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