財務金融委員会
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会
会議録情報#0
平成二十八年四月二十六日(火曜日)
午後一時四十分開議
出席委員
委員長 宮下 一郎君
理事 うえの賢一郎君 理事 神田 憲次君
理事 藤井比早之君 理事 古川 禎久君
理事 松本 洋平君 理事 木内 孝胤君
理事 古川 元久君 理事 伊藤 渉君
井上 貴博君 井林 辰憲君
越智 隆雄君 大岡 敏孝君
大野敬太郎君 勝俣 孝明君
菅家 一郎君 國場幸之助君
助田 重義君 瀬戸 隆一君
田野瀬太道君 竹本 直一君
武村 展英君 中村 裕之君
中山 展宏君 根本 幸典君
野中 厚君 福田 達夫君
務台 俊介君 宗清 皇一君
山田 賢司君 落合 貴之君
玄葉光一郎君 鈴木 克昌君
前原 誠司君 宮崎 岳志君
鷲尾英一郎君 斉藤 鉄夫君
宮本 岳志君 宮本 徹君
丸山 穂高君 小泉 龍司君
…………………………………
財務大臣
国務大臣
(金融担当) 麻生 太郎君
内閣府副大臣 福岡 資麿君
財務副大臣 坂井 学君
内閣府大臣政務官 牧島かれん君
財務大臣政務官 大岡 敏孝君
厚生労働大臣政務官 太田 房江君
政府参考人
(外務省大臣官房審議官) 豊田 欣吾君
政府参考人
(財務省主税局長) 佐藤 慎一君
政府参考人
(国税庁次長) 星野 次彦君
政府参考人
(厚生労働省大臣官房審議官) 吉田 学君
政府参考人
(厚生労働省医薬・生活衛生局長) 中垣 英明君
参考人
(日本銀行総裁) 黒田 東彦君
財務金融委員会専門員 駒田 秀樹君
—————————————
委員の異動
四月二十六日
辞任 補欠選任
國場幸之助君 中村 裕之君
山田 賢司君 武村 展英君
同日
辞任 補欠選任
武村 展英君 瀬戸 隆一君
中村 裕之君 菅家 一郎君
同日
辞任 補欠選任
菅家 一郎君 國場幸之助君
瀬戸 隆一君 山田 賢司君
—————————————
四月二十五日
情報通信技術の進展等の環境変化に対応するための銀行法等の一部を改正する法律案(内閣提出第四三号)
は本委員会に付託された。
—————————————
本日の会議に付した案件
政府参考人出頭要求に関する件
参考人出頭要求に関する件
情報通信技術の進展等の環境変化に対応するための銀行法等の一部を改正する法律案(内閣提出第四三号)
財政及び金融に関する件
————◇—————
この発言だけを見る →午後一時四十分開議
出席委員
委員長 宮下 一郎君
理事 うえの賢一郎君 理事 神田 憲次君
理事 藤井比早之君 理事 古川 禎久君
理事 松本 洋平君 理事 木内 孝胤君
理事 古川 元久君 理事 伊藤 渉君
井上 貴博君 井林 辰憲君
越智 隆雄君 大岡 敏孝君
大野敬太郎君 勝俣 孝明君
菅家 一郎君 國場幸之助君
助田 重義君 瀬戸 隆一君
田野瀬太道君 竹本 直一君
武村 展英君 中村 裕之君
中山 展宏君 根本 幸典君
野中 厚君 福田 達夫君
務台 俊介君 宗清 皇一君
山田 賢司君 落合 貴之君
玄葉光一郎君 鈴木 克昌君
前原 誠司君 宮崎 岳志君
鷲尾英一郎君 斉藤 鉄夫君
宮本 岳志君 宮本 徹君
丸山 穂高君 小泉 龍司君
…………………………………
財務大臣
国務大臣
(金融担当) 麻生 太郎君
内閣府副大臣 福岡 資麿君
財務副大臣 坂井 学君
内閣府大臣政務官 牧島かれん君
財務大臣政務官 大岡 敏孝君
厚生労働大臣政務官 太田 房江君
政府参考人
(外務省大臣官房審議官) 豊田 欣吾君
政府参考人
(財務省主税局長) 佐藤 慎一君
政府参考人
(国税庁次長) 星野 次彦君
政府参考人
(厚生労働省大臣官房審議官) 吉田 学君
政府参考人
(厚生労働省医薬・生活衛生局長) 中垣 英明君
参考人
(日本銀行総裁) 黒田 東彦君
財務金融委員会専門員 駒田 秀樹君
—————————————
委員の異動
四月二十六日
辞任 補欠選任
國場幸之助君 中村 裕之君
山田 賢司君 武村 展英君
同日
辞任 補欠選任
武村 展英君 瀬戸 隆一君
中村 裕之君 菅家 一郎君
同日
辞任 補欠選任
菅家 一郎君 國場幸之助君
瀬戸 隆一君 山田 賢司君
—————————————
四月二十五日
情報通信技術の進展等の環境変化に対応するための銀行法等の一部を改正する法律案(内閣提出第四三号)
は本委員会に付託された。
—————————————
本日の会議に付した案件
政府参考人出頭要求に関する件
参考人出頭要求に関する件
情報通信技術の進展等の環境変化に対応するための銀行法等の一部を改正する法律案(内閣提出第四三号)
財政及び金融に関する件
————◇—————
宮
宮下一郎#1
○宮下委員長 これより会議を開きます。
財政及び金融に関する件について調査を進めます。
この際、お諮りいたします。
両件調査のため、本日、参考人として日本銀行総裁黒田東彦君の出席を求め、意見を聴取することとし、また、政府参考人として外務省大臣官房審議官豊田欣吾君、財務省主税局長佐藤慎一君、国税庁次長星野次彦君、厚生労働省大臣官房審議官吉田学君、医薬・生活衛生局長中垣英明君の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →財政及び金融に関する件について調査を進めます。
この際、お諮りいたします。
両件調査のため、本日、参考人として日本銀行総裁黒田東彦君の出席を求め、意見を聴取することとし、また、政府参考人として外務省大臣官房審議官豊田欣吾君、財務省主税局長佐藤慎一君、国税庁次長星野次彦君、厚生労働省大臣官房審議官吉田学君、医薬・生活衛生局長中垣英明君の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
宮
宮
井
井上貴博#4
○井上(貴)委員 自由民主党の井上貴博であります。
本日はこういう機会を与えていただきまして、本当にありがとうございます。師匠に直接質問をさせていただくので非常に緊張しておりますけれども、アベノミクスに対する認識と考え方についての質問をさせていただきたいというふうに思います。
私は、一九八〇年代に大学を卒業しまして、銀座の田中貴金属というところに就職をいたしました。当時、バブルに向かう時代でもありまして、本当に金や金製品が飛ぶように売れて、土曜日、日曜日は、ジュエリー製品なんというのは、一階、二階のフロアは満杯でありまして、わあ、東京の人というのはお金持ちですごいなというふうなのが第一印象でありました。それがバブルに向かっていくという状況だったということというのは、みじんにも感じたことはありませんでした。
そういう時代に、先人、先達、先輩たちのおかげで本当に経済が右上がりで、頑張れば給料も上がりましたし、ボーナスもたくさんいただいた時代でもありました。
おもしろいものとしては、相続税がかからない仏具は金製品でつくって、それで、十八金のおりんとか線香立て、線香差しなんかは大体五百ぐらい僕一人で売ったことがあります。それから、二千二百万ぐらいの純金の位牌をつくって売ったこともございました。
当時、三越の外商なんかもすごくて、何かいい製品があったら持ってきてよと言われて、銀のパターをつくって、ワンロット五百本持ってこいと言われて、たった十五分で全部完売。それを二十ロット売ったこともありますし、それから、もっといいものはないのかと言われて、一本二十二万の金のパターをワンロット千持ってこいと言われて、恐る恐る千持っていって、約三十分で売れてしまいました。そういう時代でありました。
そういう中、本当に右上がりの時代が続いていき、麻生先生がよく講演の中でも言われますけれども、一九八九年の十二月二十九日を迎えることになります。日経平均が三万八千九百十五円、最高値をつけたときでもありました。それを境にバブルが崩壊し、二十五年のデフレ状況下が続いていくことになります。右下がりの経済状況下になっていくわけです。
ここの中にも約四十五歳以下の方々がいらっしゃると思いますけれども、僕たちの時代は先輩たちから、頑張れ、頑張れば報われると教わってまいりました。確かに、頑張れば報われましたし、ボーナスも給料も先ほど言ったように上がっていきました。
ですけれども、デフレ状況下の中では、頑張れば報われるというのが通用しない時代が二十五年続いたと言ってもおかしくないというふうに思っています。今の若い人たちに、頑張れ、気合いや、そんなことが通用する時代ではなくなったということです。それだけ、頑張っても実感がない。頑張ったとしても、ボーナスが減り、給料が減るという時代が続いたことがあります。
それが、ある意味では、しみついた個人でのデフレマインドだというふうに思っています。
そういう中からデフレを脱却し、今回のアベノミクスは、一言で言うならば、そういう若い人たちに、頑張ったら報われる社会をもう一度構築させたい、見せてやりたいというのが私の率直な思いであります。
今回のアベノミクスと言われているものが本当に成功するかどうかということというのが今は岐路に立っているわけですけれども、そういう中で、二%かもしれないけれども成長していくという状況というのをつくり上げることが、今の若い人たちが、本当に気持ちが前向きになり、頑張る意欲を持って、そして新しい起業家も生まれていくでしょうし、サラリーマンも頑張ってくれるんだというふうに思っています。
私たちの時代は、中間管理職の人たちがちょうど団塊の世代の人たちでして、団塊の世代の人たちの数が多いので、切磋琢磨して企業を守り立てていった時代でもあったというふうに、振り返ってみるとそう思います。
それで、私は、一九九〇年に入りまして、ちょうど時を同じくして福岡に戻ってくることになります。そして、博多に戻って父の経営している会社で働くようになりまして、経営者の道に進んでまいります。
ですけれども、この二十五年間は、不良債権処理に追われた二十五年間でもありました。毎日、不良債権処理に追われて、それを何とか返さなければいけないというような状況を銀行と打ち合わせをした二十五年間でもあったというふうに思います。そういう中で会社の売却やMアンドAも経験しました。さらには、会社の存続や雇用を守るために、残念ながら、当時の経営者であった父と訴訟を起こした経験すらあります。結果的には、父から亡くなる前に、おお、おまえよくやったということを言っていただいて涙を流したこともありました。
売却するというのも、簡単に言いますけれども、会社を売却するということは、どこかで従業員との会社説明会をしなければいけません。そのときに社長と従業員という間柄は、ある意味では敬語で話していただけていたわけですけれども、その説明会を機にタメ口になります。これを経験したことというのは非常に大きかった。僕にとっては非常に大きかった経験だったというふうに思います。
あの説明会で、一人一人の本当にそれでも雇用を守るために、同業者に売却をし、そして雇用を守るということというのをやった経験というのは、今の現在にも生きているというふうに思っています。結果としては、一人の失業者も出すことなく終わらせることができました。
デフレ状況下というのは本当に苦しい時代でありまして、そういう不良債権処理を抱えた会社というのもたくさんあったわけです。
そういう中、バブルが崩壊して五年、十年ぐらいたったときだったと思いますけれども、不良債権処理をそのくらいの時期にやった方がよかったのではないかと振り返ったときに、いろいろな論客の方が言っていることを耳にしました。
ですけれども、あの五年、十年の状況下の中で不良債権処理を、今のデフレ対策を、特にアベノミクスのデフレ対策をやっていたら、大企業だけではなくて、中小零細企業はひとたまりもなく、ほとんどの企業が潰れていった状況になっていたのではないかというふうに思っています。
ですからこそ、僕は、ある意味では、日銀のデフレ政策と言われているものというのは、ソフトランディングさせるためにはあの当時は残念ながら必要だったんだというふうに思っています。そういう中で助かった企業もあります。ですけれども、そういう中、中小零細企業は貸し渋りや貸し剥がしが実際にあり、その言葉が今でも残っています。
今、不良債権処理が一段落したよいタイミングに今のアベノミクスというのは始められたというふうに思っていますし、もしあのリーマン・ショックさえなければ、麻生政権のときにやるのが一番いいタイミングだったのではないかと、今振り返ったらそう思います。
二十年前、麻生先生から私が三十代半ばのときに言われた言葉があります。人に対する説得力は客観的な過去の歴史観と一桁まで言える数字だ、覚えておけと言われたことがあります。よく怒られもいたしました。
そんな中、ここまでの、高度成長の時代からバブル期、そしてバブルが崩壊し、不良債権処理に追われ、デフレからの脱却の流れを話してきましたけれども、こういう経緯をどのように振り返られるか。今の安倍政権の中ではリーマン・ショック後の話しか出てきませんけれども、それ以前からの全体の流れを、麻生大臣の御認識と考え方をお聞かせいただければありがたいというふうに思っています。
この発言だけを見る →本日はこういう機会を与えていただきまして、本当にありがとうございます。師匠に直接質問をさせていただくので非常に緊張しておりますけれども、アベノミクスに対する認識と考え方についての質問をさせていただきたいというふうに思います。
私は、一九八〇年代に大学を卒業しまして、銀座の田中貴金属というところに就職をいたしました。当時、バブルに向かう時代でもありまして、本当に金や金製品が飛ぶように売れて、土曜日、日曜日は、ジュエリー製品なんというのは、一階、二階のフロアは満杯でありまして、わあ、東京の人というのはお金持ちですごいなというふうなのが第一印象でありました。それがバブルに向かっていくという状況だったということというのは、みじんにも感じたことはありませんでした。
そういう時代に、先人、先達、先輩たちのおかげで本当に経済が右上がりで、頑張れば給料も上がりましたし、ボーナスもたくさんいただいた時代でもありました。
おもしろいものとしては、相続税がかからない仏具は金製品でつくって、それで、十八金のおりんとか線香立て、線香差しなんかは大体五百ぐらい僕一人で売ったことがあります。それから、二千二百万ぐらいの純金の位牌をつくって売ったこともございました。
当時、三越の外商なんかもすごくて、何かいい製品があったら持ってきてよと言われて、銀のパターをつくって、ワンロット五百本持ってこいと言われて、たった十五分で全部完売。それを二十ロット売ったこともありますし、それから、もっといいものはないのかと言われて、一本二十二万の金のパターをワンロット千持ってこいと言われて、恐る恐る千持っていって、約三十分で売れてしまいました。そういう時代でありました。
そういう中、本当に右上がりの時代が続いていき、麻生先生がよく講演の中でも言われますけれども、一九八九年の十二月二十九日を迎えることになります。日経平均が三万八千九百十五円、最高値をつけたときでもありました。それを境にバブルが崩壊し、二十五年のデフレ状況下が続いていくことになります。右下がりの経済状況下になっていくわけです。
ここの中にも約四十五歳以下の方々がいらっしゃると思いますけれども、僕たちの時代は先輩たちから、頑張れ、頑張れば報われると教わってまいりました。確かに、頑張れば報われましたし、ボーナスも給料も先ほど言ったように上がっていきました。
ですけれども、デフレ状況下の中では、頑張れば報われるというのが通用しない時代が二十五年続いたと言ってもおかしくないというふうに思っています。今の若い人たちに、頑張れ、気合いや、そんなことが通用する時代ではなくなったということです。それだけ、頑張っても実感がない。頑張ったとしても、ボーナスが減り、給料が減るという時代が続いたことがあります。
それが、ある意味では、しみついた個人でのデフレマインドだというふうに思っています。
そういう中からデフレを脱却し、今回のアベノミクスは、一言で言うならば、そういう若い人たちに、頑張ったら報われる社会をもう一度構築させたい、見せてやりたいというのが私の率直な思いであります。
今回のアベノミクスと言われているものが本当に成功するかどうかということというのが今は岐路に立っているわけですけれども、そういう中で、二%かもしれないけれども成長していくという状況というのをつくり上げることが、今の若い人たちが、本当に気持ちが前向きになり、頑張る意欲を持って、そして新しい起業家も生まれていくでしょうし、サラリーマンも頑張ってくれるんだというふうに思っています。
私たちの時代は、中間管理職の人たちがちょうど団塊の世代の人たちでして、団塊の世代の人たちの数が多いので、切磋琢磨して企業を守り立てていった時代でもあったというふうに、振り返ってみるとそう思います。
それで、私は、一九九〇年に入りまして、ちょうど時を同じくして福岡に戻ってくることになります。そして、博多に戻って父の経営している会社で働くようになりまして、経営者の道に進んでまいります。
ですけれども、この二十五年間は、不良債権処理に追われた二十五年間でもありました。毎日、不良債権処理に追われて、それを何とか返さなければいけないというような状況を銀行と打ち合わせをした二十五年間でもあったというふうに思います。そういう中で会社の売却やMアンドAも経験しました。さらには、会社の存続や雇用を守るために、残念ながら、当時の経営者であった父と訴訟を起こした経験すらあります。結果的には、父から亡くなる前に、おお、おまえよくやったということを言っていただいて涙を流したこともありました。
売却するというのも、簡単に言いますけれども、会社を売却するということは、どこかで従業員との会社説明会をしなければいけません。そのときに社長と従業員という間柄は、ある意味では敬語で話していただけていたわけですけれども、その説明会を機にタメ口になります。これを経験したことというのは非常に大きかった。僕にとっては非常に大きかった経験だったというふうに思います。
あの説明会で、一人一人の本当にそれでも雇用を守るために、同業者に売却をし、そして雇用を守るということというのをやった経験というのは、今の現在にも生きているというふうに思っています。結果としては、一人の失業者も出すことなく終わらせることができました。
デフレ状況下というのは本当に苦しい時代でありまして、そういう不良債権処理を抱えた会社というのもたくさんあったわけです。
そういう中、バブルが崩壊して五年、十年ぐらいたったときだったと思いますけれども、不良債権処理をそのくらいの時期にやった方がよかったのではないかと振り返ったときに、いろいろな論客の方が言っていることを耳にしました。
ですけれども、あの五年、十年の状況下の中で不良債権処理を、今のデフレ対策を、特にアベノミクスのデフレ対策をやっていたら、大企業だけではなくて、中小零細企業はひとたまりもなく、ほとんどの企業が潰れていった状況になっていたのではないかというふうに思っています。
ですからこそ、僕は、ある意味では、日銀のデフレ政策と言われているものというのは、ソフトランディングさせるためにはあの当時は残念ながら必要だったんだというふうに思っています。そういう中で助かった企業もあります。ですけれども、そういう中、中小零細企業は貸し渋りや貸し剥がしが実際にあり、その言葉が今でも残っています。
今、不良債権処理が一段落したよいタイミングに今のアベノミクスというのは始められたというふうに思っていますし、もしあのリーマン・ショックさえなければ、麻生政権のときにやるのが一番いいタイミングだったのではないかと、今振り返ったらそう思います。
二十年前、麻生先生から私が三十代半ばのときに言われた言葉があります。人に対する説得力は客観的な過去の歴史観と一桁まで言える数字だ、覚えておけと言われたことがあります。よく怒られもいたしました。
そんな中、ここまでの、高度成長の時代からバブル期、そしてバブルが崩壊し、不良債権処理に追われ、デフレからの脱却の流れを話してきましたけれども、こういう経緯をどのように振り返られるか。今の安倍政権の中ではリーマン・ショック後の話しか出てきませんけれども、それ以前からの全体の流れを、麻生大臣の御認識と考え方をお聞かせいただければありがたいというふうに思っています。
麻
麻生太郎#5
○麻生国務大臣 一九四五年にさきの戦争で負けてかれこれ七十年たつんですが、世界に今百九十三カ国ありますが、その中で、デフレーションによる不況を経験した国はありません。
戦争で負けた後の昭和二十年代、三十年代、数々の不況がありましたけれども、いずれもインフレーションのもとでの不況でした。初めてデフレーションのもとでの不況というのが始まったのが、多分、歴史家は、先ほど井上先生の言われた一九八九年の十二月二十九日、三万八千九百十五円、これは東証の株価の終値の指数なんですが、経済のわかっていない新聞というのはいっぱいありまして、次は四万円になるとみんな書いたんですけれども、四万円にはついになりませんでしたので、ああ、やはり新聞というのは読んじゃいかぬなと思って、すごい印象があるんです。
ずっとその後下がりっ放しで、七千円台、八千円台まで行った時代があった。野田内閣のときには最後で八千六百円だったと思うんですけれども、八千六百六十円ぐらいが多分あの時代だったと思いますが、とにかく安倍内閣に政権を奪還したときに我々のやることは何かといえば、これは、デフレ、正確には資産のデフレーション、資産と限定して言いましたけれども、株という動産が三万八千円がただの八千円だ六千円だになっていくわけですから、間違いなく三万円はみんな貧乏になったということです。土地も明らかに、一五%、六大市街化地域で六分の一ぐらいになっていますから、その意味では、間違いなく動産も不動産も、持っている人はということになっていったんです。
ただ、それを持っている人は、じっとしている分には別に何ということはないので、自分の土地の固定資産税が安くなったなぐらいに感じられた方も大勢いらっしゃるんですが、多くの企業はその資産を担保に金を借りておりますから、その担保が担保不足になって資金が回らなくなってくるという状態に追い込まれる。これが資産のデフレーションによって起きてくる最初の弊害で、企業はいずれも借金の返済に追われる。
すなわち、企業は、利益を出したその部分の最初にやるべきことは借金の返済です。それが企業にとりまして優先順位の一番にならざるを得ないという状況がずっと続いたというのが、間違いなく、このデフレーションと言われた時期の日本の企業のとった行動だったと、多分、後世、歴史家はそう書くんだと思いますけれども、私どもから見てその状態が、いわゆる貸方、借方でいえば間違いなく債務超過になっているわけですから、企業は金を貸してくれる人がいないという状況下で経営者をやっていくということになりますので、どうしたって債務超過を解消しない限りは貸し剥がし、貸し渋り、資金繰りがつかないということになりますので、それを補っていくためにはというのが企業経営の最先端を行くのはそれしかほかに方法がありませんから、嫌でも企業はどんどん借入金の返済に追われる。
その結果どうなったかといえば、借りた金を返すのは正しいですけれども、正しいことをすれば必ず世の中がよくなるかなというほど世の中は甘くありませんので、金を借りるというのを悪のごとく言われて、金をどんどんみんなで返したらどうなったかといえば、銀行が潰れたんだ、借りてくれる人がいないんですから。
それが九七年の通貨危機と重なって、金融機関というものは、一九九七年に都市銀行で最初に北海道拓殖銀行が倒産し、三洋証券、山一証券が倒れ、翌年には長銀が倒れ、債券信用銀行が倒れ、昔の名前で出ていますなんという銀行は東京三菱と三井住友ぐらいで、昔ありました富士銀行だ興銀だ、今は何銀行と言うんですと言われても、即答できる人の方が少ない。それほど銀行も、倒産もしくは併合、合併せざるを得なければ生きていけないというそういった時代というのが、多分、バブルという時代を収束していくその過程において起きた現象だと思っています。
それが、少なくとも二〇〇〇年代に入って、最初のうちに債務超過をほとんど解消できるところまで来たんですが、そこに来たのがリーマン・ショックです。これでリャンファンかかったみたいな話になって、もうちょっと品のいい表現がいいですな、ダブルにショックが来て、もう一回やり直さないかぬということになったのが政権を私がお預かりしたときだったんですが、これで一挙に予定が狂いましたものですから、このときには過去に例を見ないほど金融収縮が世界で起きましたので、日本としては、金融収縮が起きるということは、これは日本がいよいよおかしくなりますので、日本の持っている金を使って国際金融機関IMFにローンします。一千億ドル、十兆円でしたけれども、ローンしますということをやって、金融収縮を救うというところでは大いに成功したんですが、残念ながらその金融収縮を救うまでであって、日本の景気を立て直すというところにまでとても行きませんでした。
したがって、その間は、約三回にわたる補正予算というのをやらせていただいてどうにか後をつないだんですが、私どもがやれたのはそこまでです。
その後は民主党政権になっていく経緯になっていくんですが、ぜひ私どもとしては、この安倍内閣の中において、何としても資産のデフレーションによる不況、これからも脱却するためには、済みません、日本銀行さんもこれまでの政策は間違えました、もちろん政府も財務省もみんな間違えたんです、したがってやり直さないかぬということで、日銀との間に協定を結び、いろいろな形で政権もかわったので、日銀総裁も退官というようなことやら何やらいろいろ、あの年、二月から四月にかけていろいろ三年前はやらせていただいた結果、今のようなものを出してきたんだと思っています。
やっとどうにかデフレーションという状況から少しずつ今脱却しつつあると思ってはおりますけれども、何となく、景気の気の部分というのはなかなかいま一つそこまで達していませんので、さらにこの政権というものが安定しているのを背景に、経済政策というものを、引き続き景気というものを刺激しつつ、かつ、財政というものもバランスさせるということに配慮を置きながらやっていかねばならぬという、二兎を追うという形のものを、綱渡りのようなところをやり抜いていかなきゃならぬというのが我々に今与えられている状況だ、そう理解をしております。
長々しゃべりましたけれども、済みません。
この発言だけを見る →戦争で負けた後の昭和二十年代、三十年代、数々の不況がありましたけれども、いずれもインフレーションのもとでの不況でした。初めてデフレーションのもとでの不況というのが始まったのが、多分、歴史家は、先ほど井上先生の言われた一九八九年の十二月二十九日、三万八千九百十五円、これは東証の株価の終値の指数なんですが、経済のわかっていない新聞というのはいっぱいありまして、次は四万円になるとみんな書いたんですけれども、四万円にはついになりませんでしたので、ああ、やはり新聞というのは読んじゃいかぬなと思って、すごい印象があるんです。
ずっとその後下がりっ放しで、七千円台、八千円台まで行った時代があった。野田内閣のときには最後で八千六百円だったと思うんですけれども、八千六百六十円ぐらいが多分あの時代だったと思いますが、とにかく安倍内閣に政権を奪還したときに我々のやることは何かといえば、これは、デフレ、正確には資産のデフレーション、資産と限定して言いましたけれども、株という動産が三万八千円がただの八千円だ六千円だになっていくわけですから、間違いなく三万円はみんな貧乏になったということです。土地も明らかに、一五%、六大市街化地域で六分の一ぐらいになっていますから、その意味では、間違いなく動産も不動産も、持っている人はということになっていったんです。
ただ、それを持っている人は、じっとしている分には別に何ということはないので、自分の土地の固定資産税が安くなったなぐらいに感じられた方も大勢いらっしゃるんですが、多くの企業はその資産を担保に金を借りておりますから、その担保が担保不足になって資金が回らなくなってくるという状態に追い込まれる。これが資産のデフレーションによって起きてくる最初の弊害で、企業はいずれも借金の返済に追われる。
すなわち、企業は、利益を出したその部分の最初にやるべきことは借金の返済です。それが企業にとりまして優先順位の一番にならざるを得ないという状況がずっと続いたというのが、間違いなく、このデフレーションと言われた時期の日本の企業のとった行動だったと、多分、後世、歴史家はそう書くんだと思いますけれども、私どもから見てその状態が、いわゆる貸方、借方でいえば間違いなく債務超過になっているわけですから、企業は金を貸してくれる人がいないという状況下で経営者をやっていくということになりますので、どうしたって債務超過を解消しない限りは貸し剥がし、貸し渋り、資金繰りがつかないということになりますので、それを補っていくためにはというのが企業経営の最先端を行くのはそれしかほかに方法がありませんから、嫌でも企業はどんどん借入金の返済に追われる。
その結果どうなったかといえば、借りた金を返すのは正しいですけれども、正しいことをすれば必ず世の中がよくなるかなというほど世の中は甘くありませんので、金を借りるというのを悪のごとく言われて、金をどんどんみんなで返したらどうなったかといえば、銀行が潰れたんだ、借りてくれる人がいないんですから。
それが九七年の通貨危機と重なって、金融機関というものは、一九九七年に都市銀行で最初に北海道拓殖銀行が倒産し、三洋証券、山一証券が倒れ、翌年には長銀が倒れ、債券信用銀行が倒れ、昔の名前で出ていますなんという銀行は東京三菱と三井住友ぐらいで、昔ありました富士銀行だ興銀だ、今は何銀行と言うんですと言われても、即答できる人の方が少ない。それほど銀行も、倒産もしくは併合、合併せざるを得なければ生きていけないというそういった時代というのが、多分、バブルという時代を収束していくその過程において起きた現象だと思っています。
それが、少なくとも二〇〇〇年代に入って、最初のうちに債務超過をほとんど解消できるところまで来たんですが、そこに来たのがリーマン・ショックです。これでリャンファンかかったみたいな話になって、もうちょっと品のいい表現がいいですな、ダブルにショックが来て、もう一回やり直さないかぬということになったのが政権を私がお預かりしたときだったんですが、これで一挙に予定が狂いましたものですから、このときには過去に例を見ないほど金融収縮が世界で起きましたので、日本としては、金融収縮が起きるということは、これは日本がいよいよおかしくなりますので、日本の持っている金を使って国際金融機関IMFにローンします。一千億ドル、十兆円でしたけれども、ローンしますということをやって、金融収縮を救うというところでは大いに成功したんですが、残念ながらその金融収縮を救うまでであって、日本の景気を立て直すというところにまでとても行きませんでした。
したがって、その間は、約三回にわたる補正予算というのをやらせていただいてどうにか後をつないだんですが、私どもがやれたのはそこまでです。
その後は民主党政権になっていく経緯になっていくんですが、ぜひ私どもとしては、この安倍内閣の中において、何としても資産のデフレーションによる不況、これからも脱却するためには、済みません、日本銀行さんもこれまでの政策は間違えました、もちろん政府も財務省もみんな間違えたんです、したがってやり直さないかぬということで、日銀との間に協定を結び、いろいろな形で政権もかわったので、日銀総裁も退官というようなことやら何やらいろいろ、あの年、二月から四月にかけていろいろ三年前はやらせていただいた結果、今のようなものを出してきたんだと思っています。
やっとどうにかデフレーションという状況から少しずつ今脱却しつつあると思ってはおりますけれども、何となく、景気の気の部分というのはなかなかいま一つそこまで達していませんので、さらにこの政権というものが安定しているのを背景に、経済政策というものを、引き続き景気というものを刺激しつつ、かつ、財政というものもバランスさせるということに配慮を置きながらやっていかねばならぬという、二兎を追うという形のものを、綱渡りのようなところをやり抜いていかなきゃならぬというのが我々に今与えられている状況だ、そう理解をしております。
長々しゃべりましたけれども、済みません。
井
井上貴博#6
○井上(貴)委員 ありがとうございます。
もう一つ、デフレからの脱却についての御質問をさせていただきます。
麻生先生は、過去に学ぶべきだということをよく言われております。先ほどお話もありましたけれども、昭和の金融恐慌の際、高橋是清蔵相がデフレ対策を行っている。これはよく麻生先生の講演の中にも出てまいります。今のデフレ状況下からの脱却は、この高橋蔵相がやったデフレ対策をもう一度見て、それを今はやるべきなんだ。それが、その後に起こったアメリカでのニューディール政策にもこのモデル政策というのは使われているというのをよくお聞きすることがあります。
今、民主党政権下から安倍政権にかわって、そしてアベノミクスを行って、賃金が上がってまいりました。ですけれども、いろいろなところで、実質賃金は下がっているではないかというのがよく問題提起をされています。
では、これも過去の歴史に学んでみたいというふうに思っていまして、その高橋是清蔵相が行ったデフレ対策も、あのときですら、やはり五年間実質賃金は下がったままの状況で、それを脱却しデフレから脱却している。苦しい状況かもしれないけれども、これを何とか乗り切ってこそ、その後の道が進めるという状況になるんだ。
今、目の前の実質賃金は確かに下がっておりますけれども、だけれども、この状況下を何とか乗り切って、そしてデフレから脱却させることによって、生活を安定し、そして生活に潤いのある状況をつくってやらなければならないというふうに思っています。この実質賃金がプラスになるまではどうしてもタイムラグがあります。ですけれども、このタイムラグをどうしても乗り切ってでも、デフレ対策、脱却をしなければならないというふうに我々は思っています。
そのことについて麻生先生からの御意見をいただければありがたいと思います。
この発言だけを見る →もう一つ、デフレからの脱却についての御質問をさせていただきます。
麻生先生は、過去に学ぶべきだということをよく言われております。先ほどお話もありましたけれども、昭和の金融恐慌の際、高橋是清蔵相がデフレ対策を行っている。これはよく麻生先生の講演の中にも出てまいります。今のデフレ状況下からの脱却は、この高橋蔵相がやったデフレ対策をもう一度見て、それを今はやるべきなんだ。それが、その後に起こったアメリカでのニューディール政策にもこのモデル政策というのは使われているというのをよくお聞きすることがあります。
今、民主党政権下から安倍政権にかわって、そしてアベノミクスを行って、賃金が上がってまいりました。ですけれども、いろいろなところで、実質賃金は下がっているではないかというのがよく問題提起をされています。
では、これも過去の歴史に学んでみたいというふうに思っていまして、その高橋是清蔵相が行ったデフレ対策も、あのときですら、やはり五年間実質賃金は下がったままの状況で、それを脱却しデフレから脱却している。苦しい状況かもしれないけれども、これを何とか乗り切ってこそ、その後の道が進めるという状況になるんだ。
今、目の前の実質賃金は確かに下がっておりますけれども、だけれども、この状況下を何とか乗り切って、そしてデフレから脱却させることによって、生活を安定し、そして生活に潤いのある状況をつくってやらなければならないというふうに思っています。この実質賃金がプラスになるまではどうしてもタイムラグがあります。ですけれども、このタイムラグをどうしても乗り切ってでも、デフレ対策、脱却をしなければならないというふうに我々は思っています。
そのことについて麻生先生からの御意見をいただければありがたいと思います。
麻
麻生太郎#7
○麻生国務大臣 これで、財務大臣につきましてから三年四カ月ぐらいがたったんだと思いますが、やはり初志貫徹というか、もともと資産デフレ不況からの脱却というのを優先順位の一番に掲げてまいりましたので、これがきちんとした形になって、だって、インフレになれば必ずよくなるとは限りませんので、インフレでも不況はありますし、デフレでも好況はありますから、そういった意味では我々は、少なくとも今のデフレ不況から脱却していくということは、優先順位として一番に置かねばならぬところだというのを念頭に置いて経済財政運営というのをこの三年四カ月やってきたと思っております。
おかげさまで、企業の収益は過去最高になりましたし、有効求人倍率、いわゆる就職難という面でいきますと、これは間違いなく二十四年ぶりの高水準というところになりましたし、また、よく言われる、春闘等々においてことしは上がり方が少ないとかわかったようなことを言っている人がいっぱいいますけれども、その前はベアなんか一回も上がったことはないんですから。ベアなんていう言葉すら出てわからなかった人もいるぐらい、ベアという言葉は絶えて久しく聞かない時代、それがベースアップというところまで来たので、三年連続ベースアップが続いたというところは、私どもとしては、非常に状況としては脱却しつつあるんだと思っております。
次に出てこなくちゃいかぬのは、やはり民間の活力というものが出番なのであって、過去最高の企業収益を出し、企業における内部留保も年間で二十四兆だ二十五兆だというような話が出ていますけれども、傍ら、それに見合う設備投資はどうかといえば、その二年間で五十兆出た企業利益、企業の内部留保に対して設備投資は五兆ですから。賃金が上がったといったって五千億ですから。
そういった意味では、やはり経営者も企業も、そういった状況を踏まえて、デフレではない、これからのことを考えて、長い間更新していなかった設備というものを新しくすることによって生産性は上がるし、また、電気等々の省エネが進んだ新しい設備はいっぱいありますし、いろいろな意味で新しい機械、設備というものが幾つも出てきますので、そういったものに置きかえてもらう。いわゆる設備投資の更新です。
そして、企業において従業員というものを見た場合に、やはり従業員の賃金というものが、リーマン・ショックのころに比べて日本の場合は、あれを一〇〇とすれば今は九七、八か九ぐらいだと思いますので、アメリカ等々の国はみんな一二〇とか一三八とか上がっていますので、そういったところを見ると、日本の所得というものをもう少し上げていく方向を考えてしかるべきなんだと、私どもはそう思っております。
方向としては私どもは決して間違った方向で歩いていないとは思いますけれども、少なくとも企業の労働分配率、労働分配率というのは、企業が持っている金をいかにどれだけ従業員に払うかということだと思いますが、労働分配率はこの三年間下がってきているんですから、何だかんだ言っても労働分配率は、かつては七七、八が今は六七、八ぐらいしかないと思いますので、そういった意味では、間違いなくここらのところも考え直さないかぬところに来ている。やはり経営者もマインドを変えないかぬ、そういったことになってきているんだと思いますので、我々としては引き続き、政労使の会議を含めていろいろ経営者の方々とも率直な話をして、この日本という国というので次なる方向としてきちんとしたものを出して、日本という国は、やはり技術的にははるかにすぐれたものがいっぱいありますし、それを点々としている部分をきちんとみんなつなぎ合わせていくというようなことを今確実にやりつつありますけれども、そういったものから新しいものが生み出されることイコールイノベーションとかいろいろな、片仮名が多いですけれども、生産性が上がってくるということに全力を挙げていかねばならぬことだと思っております。
この発言だけを見る →おかげさまで、企業の収益は過去最高になりましたし、有効求人倍率、いわゆる就職難という面でいきますと、これは間違いなく二十四年ぶりの高水準というところになりましたし、また、よく言われる、春闘等々においてことしは上がり方が少ないとかわかったようなことを言っている人がいっぱいいますけれども、その前はベアなんか一回も上がったことはないんですから。ベアなんていう言葉すら出てわからなかった人もいるぐらい、ベアという言葉は絶えて久しく聞かない時代、それがベースアップというところまで来たので、三年連続ベースアップが続いたというところは、私どもとしては、非常に状況としては脱却しつつあるんだと思っております。
次に出てこなくちゃいかぬのは、やはり民間の活力というものが出番なのであって、過去最高の企業収益を出し、企業における内部留保も年間で二十四兆だ二十五兆だというような話が出ていますけれども、傍ら、それに見合う設備投資はどうかといえば、その二年間で五十兆出た企業利益、企業の内部留保に対して設備投資は五兆ですから。賃金が上がったといったって五千億ですから。
そういった意味では、やはり経営者も企業も、そういった状況を踏まえて、デフレではない、これからのことを考えて、長い間更新していなかった設備というものを新しくすることによって生産性は上がるし、また、電気等々の省エネが進んだ新しい設備はいっぱいありますし、いろいろな意味で新しい機械、設備というものが幾つも出てきますので、そういったものに置きかえてもらう。いわゆる設備投資の更新です。
そして、企業において従業員というものを見た場合に、やはり従業員の賃金というものが、リーマン・ショックのころに比べて日本の場合は、あれを一〇〇とすれば今は九七、八か九ぐらいだと思いますので、アメリカ等々の国はみんな一二〇とか一三八とか上がっていますので、そういったところを見ると、日本の所得というものをもう少し上げていく方向を考えてしかるべきなんだと、私どもはそう思っております。
方向としては私どもは決して間違った方向で歩いていないとは思いますけれども、少なくとも企業の労働分配率、労働分配率というのは、企業が持っている金をいかにどれだけ従業員に払うかということだと思いますが、労働分配率はこの三年間下がってきているんですから、何だかんだ言っても労働分配率は、かつては七七、八が今は六七、八ぐらいしかないと思いますので、そういった意味では、間違いなくここらのところも考え直さないかぬところに来ている。やはり経営者もマインドを変えないかぬ、そういったことになってきているんだと思いますので、我々としては引き続き、政労使の会議を含めていろいろ経営者の方々とも率直な話をして、この日本という国というので次なる方向としてきちんとしたものを出して、日本という国は、やはり技術的にははるかにすぐれたものがいっぱいありますし、それを点々としている部分をきちんとみんなつなぎ合わせていくというようなことを今確実にやりつつありますけれども、そういったものから新しいものが生み出されることイコールイノベーションとかいろいろな、片仮名が多いですけれども、生産性が上がってくるということに全力を挙げていかねばならぬことだと思っております。
井
井上貴博#8
○井上(貴)委員 ありがとうございます。
もう一つ、今度は企業側から、中小零細企業は特にそうですけれども、今は事業承継が大変な状況になっていまして、農業従事者が平均年齢六十五歳とよく言いますけれども、経営者の平均年齢が六十五歳を迎えております。ここ五年、十年で、先ほど麻生大臣からお話がありましたように、すばらしい技術を持った中小零細企業が次の世代にバトンタッチをする状況というのをきっちりつくってやらなければいけないというふうに思っていまして、中小企業庁の調べによりますと、二〇一四年の中小企業の総数は三百八十一万者、九九・九七%を中小企業が占めているという状況にあります。GDPの六百兆円達成には、大企業だけではなく、中小企業の力が不可欠だというふうに思っています。
帝国データバンクが全国の社長分析をしております。二〇一四年には六十歳以上の経営者が五一・九%、二〇一六年の中小企業白書によると、六十五歳以上の経営者の割合が三七・五%になっています。この状況下を見ると、五年から十年の間に事業承継のターニングポイントになっていきます。世代を重ねるごとに相続税の負担が重く、事業承継がうまくいかずに、最悪は、事業をやめてしまう企業も多数あるのが現状であります。
今月二十三日の土曜日に地元の福岡で、偶然にも、福岡地区の五つの法人会からヒアリングを受けました。事業承継税制の抜本的な見直しについての強い要望を受けたところであります。
日本の伝統や先進的な技術は、物づくりで発展してきた技術大国日本の誇りであり、これらの技術は中小企業の多くが保有しています。資源の少ない我が国がこの先も国際競争力を保っていくためには、これらの技術を次世代に継承し、物づくりを大切にしていくことが不可欠だと考えています。
財務省、経産省もこのような状況を認識しており、平成二十一年に事業承継税制の創設を行って以来、事業承継のボトルネックとなっている相続税、贈与税に係る負担軽減の税制措置の整備を行ってきたということは承知しております。
私も事業承継を経験しましたけれども、その際、大変な思いをいたしました。何が大変だったかというと、上場していない株式の株式評価価格の算定方法であります。
まず、この問題を議論するに当たって、現在用いられている類似業比準価額方式というのはどういうものなのかを御説明いただければと思います。
この発言だけを見る →もう一つ、今度は企業側から、中小零細企業は特にそうですけれども、今は事業承継が大変な状況になっていまして、農業従事者が平均年齢六十五歳とよく言いますけれども、経営者の平均年齢が六十五歳を迎えております。ここ五年、十年で、先ほど麻生大臣からお話がありましたように、すばらしい技術を持った中小零細企業が次の世代にバトンタッチをする状況というのをきっちりつくってやらなければいけないというふうに思っていまして、中小企業庁の調べによりますと、二〇一四年の中小企業の総数は三百八十一万者、九九・九七%を中小企業が占めているという状況にあります。GDPの六百兆円達成には、大企業だけではなく、中小企業の力が不可欠だというふうに思っています。
帝国データバンクが全国の社長分析をしております。二〇一四年には六十歳以上の経営者が五一・九%、二〇一六年の中小企業白書によると、六十五歳以上の経営者の割合が三七・五%になっています。この状況下を見ると、五年から十年の間に事業承継のターニングポイントになっていきます。世代を重ねるごとに相続税の負担が重く、事業承継がうまくいかずに、最悪は、事業をやめてしまう企業も多数あるのが現状であります。
今月二十三日の土曜日に地元の福岡で、偶然にも、福岡地区の五つの法人会からヒアリングを受けました。事業承継税制の抜本的な見直しについての強い要望を受けたところであります。
日本の伝統や先進的な技術は、物づくりで発展してきた技術大国日本の誇りであり、これらの技術は中小企業の多くが保有しています。資源の少ない我が国がこの先も国際競争力を保っていくためには、これらの技術を次世代に継承し、物づくりを大切にしていくことが不可欠だと考えています。
財務省、経産省もこのような状況を認識しており、平成二十一年に事業承継税制の創設を行って以来、事業承継のボトルネックとなっている相続税、贈与税に係る負担軽減の税制措置の整備を行ってきたということは承知しております。
私も事業承継を経験しましたけれども、その際、大変な思いをいたしました。何が大変だったかというと、上場していない株式の株式評価価格の算定方法であります。
まず、この問題を議論するに当たって、現在用いられている類似業比準価額方式というのはどういうものなのかを御説明いただければと思います。
星
星野次彦#9
○星野政府参考人 お答え申し上げます。
取引相場のない株式、非上場株式の公正な市場における取引価格が存在しないことから、財産評価基本通達では、その評価方法として、評価する会社と類似した業種の上場会社の株価をもとに一定の補正を行いまして評価額を算出する、類似業種比準方式というものを定めております。
これによりますと、評価する会社と上場会社の配当、利益及び簿価純資産のそれぞれの比率を求めた上で、これらを一対三対一というウエートで加重平均をした値を掛けまして、さらに、上場会社、非上場会社との違いを反映させるため、一定のしんしゃく率を掛けて、取引相場のない株式の価額を求める方法でございます。
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これによりますと、評価する会社と上場会社の配当、利益及び簿価純資産のそれぞれの比率を求めた上で、これらを一対三対一というウエートで加重平均をした値を掛けまして、さらに、上場会社、非上場会社との違いを反映させるため、一定のしんしゃく率を掛けて、取引相場のない株式の価額を求める方法でございます。
井
井上貴博#10
○井上(貴)委員 時間がありませんので。
アベノミクスによって景気がよくなり、株価が上がっています。ベースになるAと言われている部分というのが上がる、要は算定方式の一番ベースになる部分ですけれども。それから、今言われたようなしんしゃく率等々を掛けていって計算するわけですけれども、これによって一株当たりの評価というのが高くなっていきます。
この株式方式について、例えば、配当、利益、簿価純資産の割合を見直すとかしんしゃく率を見直すということという考え方はないでしょうか。これによってできるだけ株価を低くして、次の世代に送りたいというふうに思っています。それについての御意見をいただければありがたいと思っています。
この発言だけを見る →アベノミクスによって景気がよくなり、株価が上がっています。ベースになるAと言われている部分というのが上がる、要は算定方式の一番ベースになる部分ですけれども。それから、今言われたようなしんしゃく率等々を掛けていって計算するわけですけれども、これによって一株当たりの評価というのが高くなっていきます。
この株式方式について、例えば、配当、利益、簿価純資産の割合を見直すとかしんしゃく率を見直すということという考え方はないでしょうか。これによってできるだけ株価を低くして、次の世代に送りたいというふうに思っています。それについての御意見をいただければありがたいと思っています。
星
星野次彦#11
○星野政府参考人 お答え申し上げます。
先生から中小企業の事業承継のお話をいろいろ承りました。
中小企業の事業承継の円滑化の観点から、これまでも、相続税等の納税猶予または免除の特例が設けられ、負担軽減のため、政策的な配慮がいろいろと行われてきておりまして、こうした点も踏まえた上で、相続税の時価主義の原則のもとで、どのようにすれば類似業種比準方式が取引相場のない株式の実態を反映したものとなるのかをよく検討する必要があろうかと思っております。
平成二十八年度税制改正でもいろいろと御議論が行われたところでございますけれども、企業の組織形態が業種や規模、上場、非上場の別により多様であるというようなことに留意しつつ、比較対象となるそれぞれの比準要素の適切なあり方も含めて総合的な検討を進めてまいりたい、それによって、中小企業の事業承継の円滑化、どのように図られるかということを考えていきたいと考えております。
この発言だけを見る →先生から中小企業の事業承継のお話をいろいろ承りました。
中小企業の事業承継の円滑化の観点から、これまでも、相続税等の納税猶予または免除の特例が設けられ、負担軽減のため、政策的な配慮がいろいろと行われてきておりまして、こうした点も踏まえた上で、相続税の時価主義の原則のもとで、どのようにすれば類似業種比準方式が取引相場のない株式の実態を反映したものとなるのかをよく検討する必要があろうかと思っております。
平成二十八年度税制改正でもいろいろと御議論が行われたところでございますけれども、企業の組織形態が業種や規模、上場、非上場の別により多様であるというようなことに留意しつつ、比較対象となるそれぞれの比準要素の適切なあり方も含めて総合的な検討を進めてまいりたい、それによって、中小企業の事業承継の円滑化、どのように図られるかということを考えていきたいと考えております。
井
宮
古
古川元久#14
○古川(元)委員 民進党の古川元久です。
まず本日は最初に、震災の件で御質問したいと思います。
今も熊本、大分では余震が続いております。今回の地震で被災をされて、また、今も大変不自由な生活を送っていらっしゃる被災者の皆様方に心からお見舞い申し上げますとともに、今回の地震でお亡くなりになられた犠牲者の皆様方に心からお悔やみを申し上げたいと思います。
それで、きょうは金融政策決定会合前のお忙しい中、黒田総裁にもおいでをいただいて、ありがとうございます。ちょっと頭のところで少しだけ御質問をさせていただいて、すぐ席を立っていただいて結構でございます。
今回の地震で、もう早速、全国各地から義援金が寄せられていると思います。先日、こういう報道がございました。この義援金が集まってくる中で、地銀とか信金などこうした金融機関に多額の義援金が集まると、これはマイナス金利適用の影響で金融機関に負担が生じてくるんじゃないか、せっかく義援金、思いで集まってきたものが、金融機関の方が負担になるということはいかがなものか、そういう報道であります。
またさらに、これは義援金だけじゃなくて、今後、補正予算もこの震災対応で組まれるというふうに聞いておりますけれども、そういう形で補正予算も組まれて、政府からの復興資金などが払い込みが被災の自治体に行われると、当然、自治体はお金を現金でそのまま積んでおくわけにいきませんから、それを指定金融機関である地元の金融機関に預けるということになろうかと思いますが、そうなると、多額のお金が金融機関に行く。そうすると、日銀当座預金へ、そこに預けるということになるんじゃないか。そうすると、これもまた金融機関にとっては、マイナス金利のもとでは負担が重くなるんじゃないかということが懸念されております。
ここについては、日銀がとったマイナス金利導入の趣旨とはちょっと違う形の副作用としてあらわれることじゃないかと思いますので、この震災絡みの義援金であるとか、あるいは、それに伴って財政資金等が地方自治体を通じて金融機関に持ち込まれる場合、こうした場合にはマイナス金利適用の例外などの措置をとるべきではないかというふうに考えますが、日銀のお考えはいかがでしょうか。
この発言だけを見る →まず本日は最初に、震災の件で御質問したいと思います。
今も熊本、大分では余震が続いております。今回の地震で被災をされて、また、今も大変不自由な生活を送っていらっしゃる被災者の皆様方に心からお見舞い申し上げますとともに、今回の地震でお亡くなりになられた犠牲者の皆様方に心からお悔やみを申し上げたいと思います。
それで、きょうは金融政策決定会合前のお忙しい中、黒田総裁にもおいでをいただいて、ありがとうございます。ちょっと頭のところで少しだけ御質問をさせていただいて、すぐ席を立っていただいて結構でございます。
今回の地震で、もう早速、全国各地から義援金が寄せられていると思います。先日、こういう報道がございました。この義援金が集まってくる中で、地銀とか信金などこうした金融機関に多額の義援金が集まると、これはマイナス金利適用の影響で金融機関に負担が生じてくるんじゃないか、せっかく義援金、思いで集まってきたものが、金融機関の方が負担になるということはいかがなものか、そういう報道であります。
またさらに、これは義援金だけじゃなくて、今後、補正予算もこの震災対応で組まれるというふうに聞いておりますけれども、そういう形で補正予算も組まれて、政府からの復興資金などが払い込みが被災の自治体に行われると、当然、自治体はお金を現金でそのまま積んでおくわけにいきませんから、それを指定金融機関である地元の金融機関に預けるということになろうかと思いますが、そうなると、多額のお金が金融機関に行く。そうすると、日銀当座預金へ、そこに預けるということになるんじゃないか。そうすると、これもまた金融機関にとっては、マイナス金利のもとでは負担が重くなるんじゃないかということが懸念されております。
ここについては、日銀がとったマイナス金利導入の趣旨とはちょっと違う形の副作用としてあらわれることじゃないかと思いますので、この震災絡みの義援金であるとか、あるいは、それに伴って財政資金等が地方自治体を通じて金融機関に持ち込まれる場合、こうした場合にはマイナス金利適用の例外などの措置をとるべきではないかというふうに考えますが、日銀のお考えはいかがでしょうか。
黒
黒田東彦#15
○黒田参考人 まずもって、このたびの熊本地震によって犠牲となられた方々に哀悼の意を表するとともに、被害に遭われた方々にお見舞いを申し上げたいと思います。
日本銀行は、今回の地震が地元の経済あるいは金融面にどのような影響を及ぼすか、鋭意調査しているところでありまして、引き続き調査を進めてまいりたいと思っております。
いずれにいたしましても、御質問の、民間金融機関に振り込まれた例えば義援金などは、一般の預金と同様、金利がマイナスになるわけではありませんで、当然、その全額が被災地の方々や支援団体等に届けられるわけでございます。
なお、マイナス金利つき量的・質的金融緩和のもとでは、金融機関が日本銀行に保有する当座預金残高を三つの階層に分けた上で、その一部にのみマイナス金利を適用することとしておりまして、被災地の金融機関を含めてほとんどの金融機関にとって、日本銀行からはネットで利息を受け取るという形になっております。
この発言だけを見る →日本銀行は、今回の地震が地元の経済あるいは金融面にどのような影響を及ぼすか、鋭意調査しているところでありまして、引き続き調査を進めてまいりたいと思っております。
いずれにいたしましても、御質問の、民間金融機関に振り込まれた例えば義援金などは、一般の預金と同様、金利がマイナスになるわけではありませんで、当然、その全額が被災地の方々や支援団体等に届けられるわけでございます。
なお、マイナス金利つき量的・質的金融緩和のもとでは、金融機関が日本銀行に保有する当座預金残高を三つの階層に分けた上で、その一部にのみマイナス金利を適用することとしておりまして、被災地の金融機関を含めてほとんどの金融機関にとって、日本銀行からはネットで利息を受け取るという形になっております。
古
黒
黒田東彦#17
○黒田参考人 現在、個別の銀行について特別な見通しを持っているわけではございませんが、御案内のとおり、四半期ごとに、いわゆるマイナス金利の適用を受ける日本銀行の当座預金の金額を十兆円から三十兆円の間にするように、ゼロ金利の適用対象をずっと拡大していくことになっておりますので、銀行システム全体として、マイナス金利の適用を受ける部分というのは極めて限られたものにとどまるということでございます。
この発言だけを見る →古
古川元久#18
○古川(元)委員 聞いていることにお答えいただきたいんですけれども、今回の義援金、あるいは補正予算で財政資金が地方自治体に振り込まれて、それが指定の金融機関に預け入れられると、それが当座預金にどんと入ってきて、それによってマイナス金利の適用を受けるという、そういう状況が起きる可能性は全くないと言えるんですかということを聞いているんです。
この発言だけを見る →黒
黒田東彦#19
○黒田参考人 委員御承知のことと思いますけれども、銀行を含めて、金融機関につきましては、当然、資産、負債を全体として考えていく必要があるわけでございまして、貸し出しあるいは有価証券投資に回らなかったいわば残額が日銀の当座預金となるということでございますので、特定の預金とひもつきにして考えるというのは必ずしも適当でないというふうに思っております。
この発言だけを見る →古
黒
黒田東彦#21
○黒田参考人 先ほど来申し上げたとおり、義援金あるいは交付金について、それがマイナス金利によって減額されるということはないわけでありまして、あくまでも、そういった意味で、義援金あるいは交付金の交付の効果が減ってしまう、そういうような問題があるということであれば、当然何らかのことを考える必要があると思いますけれども、そういうことは考えられないということでございます。
この発言だけを見る →古
古川元久#22
○古川(元)委員 何か、減るとかそういうことじゃなくて、これは金融機関の経営に影響を与える可能性があるんじゃないかという、そういう懸念が報道なんかでもされているんですね。そういう懸念は全くないんですか。それは、減ることはないというのはわかりますよ、金融機関に預けるんだったら。
しかし、私がちょっと聞くところによると、大口の投資家がかなりの金額のを債券運用していたものを、国債運用で満期になったから戻ってきたお金を銀行に預けようと思ったら、そんな金額は受け入れられないと言って、断られた。そんな話も聞いたことがあります。
ですから、そういった意味で、例えば財政資金とかがどんと来たら、金融機関の方としてはそれは困ると言う。だから、金融機関にとってのマイナスということが起きる可能性というのはあるんじゃないですかと聞いているんです。
この発言だけを見る →しかし、私がちょっと聞くところによると、大口の投資家がかなりの金額のを債券運用していたものを、国債運用で満期になったから戻ってきたお金を銀行に預けようと思ったら、そんな金額は受け入れられないと言って、断られた。そんな話も聞いたことがあります。
ですから、そういった意味で、例えば財政資金とかがどんと来たら、金融機関の方としてはそれは困ると言う。だから、金融機関にとってのマイナスということが起きる可能性というのはあるんじゃないですかと聞いているんです。
黒
黒田東彦#23
○黒田参考人 先ほどから申し上げているとおり、金融機関としては、資産、負債を全体として考えるわけでございまして、特定の預金と日本銀行における当座預金とをひもつきで考えるというのは、必ずしも適切でないというふうに思っております。
いずれにいたしましても、金融機関の収益状況に対してどのような影響が出るかというのは、何度も申し上げますけれども、マイナス金利そのものの影響というものが最小限になっておりまして、仮に金融機関の収益に影響が出るとすれば、それは、金利全体が下がって、そしてそれが金融機関の収益に影響が出るのではないかという点がいろいろ議論になっているわけでございますが、これについては、基本的には、貸し出しの増加であるとか、あるいは信用コストの削減であるとか、そういったことで、足元ではむしろ金融機関の収益はふえているわけです。
そうしたもとで今後の見通しを考えた場合、確かに、非常に低い金利が長く続きますと金融機関の収益に影響が出てくるということは、そのとおりであります。
ただ、これは、経済がデフレから脱却して、物価が二%程度の安定的な上昇のもとで経済の持続的な成長が続くということで、そういうもとで金融機関の収益というのは抜本的に改善され、上昇していくというものでありますので、一時点で、金融を非常に緩和したときに利ざやが減る、貸出金利が下がるということ自体だけをとって、金融機関の収益に問題があるのではないかということは、その時点だけとって、間違っているとは言いませんが、必ずしも適切な議論ではないというふうに考えております。
この発言だけを見る →いずれにいたしましても、金融機関の収益状況に対してどのような影響が出るかというのは、何度も申し上げますけれども、マイナス金利そのものの影響というものが最小限になっておりまして、仮に金融機関の収益に影響が出るとすれば、それは、金利全体が下がって、そしてそれが金融機関の収益に影響が出るのではないかという点がいろいろ議論になっているわけでございますが、これについては、基本的には、貸し出しの増加であるとか、あるいは信用コストの削減であるとか、そういったことで、足元ではむしろ金融機関の収益はふえているわけです。
そうしたもとで今後の見通しを考えた場合、確かに、非常に低い金利が長く続きますと金融機関の収益に影響が出てくるということは、そのとおりであります。
ただ、これは、経済がデフレから脱却して、物価が二%程度の安定的な上昇のもとで経済の持続的な成長が続くということで、そういうもとで金融機関の収益というのは抜本的に改善され、上昇していくというものでありますので、一時点で、金融を非常に緩和したときに利ざやが減る、貸出金利が下がるということ自体だけをとって、金融機関の収益に問題があるのではないかということは、その時点だけとって、間違っているとは言いませんが、必ずしも適切な議論ではないというふうに考えております。
古
古川元久#24
○古川(元)委員 では、結論をちょっとだけ聞かせていただければいいんですけれども、今回の震災絡みで、マイナス金利の適用の例外を設けるとか、そういうことは考えていないということでよろしいですか。
この発言だけを見る →黒
黒田東彦#25
○黒田参考人 MRFについて適用の例外的な取り扱いをいたしましたが、これは御案内のとおり、MRFが証券取引について決済機能を果たしている。それが、マイナス金利が適用された場合に、MRFにマイナス金利が転嫁される。そうなりますと、MRF自体がなくなってしまって決済機能を十分果たせなくなるというおそれがあったために、こういった特例措置をとったわけでございます。
これに対しまして、先ほど申し上げたように、義援金や交付金については、繰り返しになりますけれども、マイナス金利によって減額されるということはありませんので、そういった意味からは、例外的な措置をとる必要があるとは考えておりません。
この発言だけを見る →これに対しまして、先ほど申し上げたように、義援金や交付金については、繰り返しになりますけれども、マイナス金利によって減額されるということはありませんので、そういった意味からは、例外的な措置をとる必要があるとは考えておりません。
古
古川元久#26
○古川(元)委員 しかし、こうした懸念が示されていることも間違いないわけでありますから、やはりそこは日銀としてもしっかり状況を把握して対応していただく必要があるんじゃないかと思いますし、こういうことで、例えば、地方自治体が持ち込みたいというときに、いや、それはもう受け入れられませんなんということがないように、そういうことだけはしっかりチェックしていただきたいと思います。
では、日銀総裁、もう結構でございます。どうもありがとうございました。
次に、財務省の方、財務大臣の方にお伺いします。
補正予算の方は、震災対応で組まれるということでございます。我々としても、必要なことはぜひ協力していきたいと思っていますが、五年前の東日本大震災のときもそうだったんですが、税制上のいろいろな特例的なこともこの震災に応じてやらなければいけないんじゃないのかなというふうに私は思っております。
あの東日本大震災のときにも、雑損控除の特例であるとか、被災事業用資産の損失の特例だとか、住宅ローン減税の適用の特例とか、法人税額の還付とか、被災代替資産等の特別償却とか、さまざまな税制上の特例措置をとっております。
今回の震災、地震に関連しまして、こうした税制上の特例措置を今予定している、準備しているということはございますか。
この発言だけを見る →では、日銀総裁、もう結構でございます。どうもありがとうございました。
次に、財務省の方、財務大臣の方にお伺いします。
補正予算の方は、震災対応で組まれるということでございます。我々としても、必要なことはぜひ協力していきたいと思っていますが、五年前の東日本大震災のときもそうだったんですが、税制上のいろいろな特例的なこともこの震災に応じてやらなければいけないんじゃないのかなというふうに私は思っております。
あの東日本大震災のときにも、雑損控除の特例であるとか、被災事業用資産の損失の特例だとか、住宅ローン減税の適用の特例とか、法人税額の還付とか、被災代替資産等の特別償却とか、さまざまな税制上の特例措置をとっております。
今回の震災、地震に関連しまして、こうした税制上の特例措置を今予定している、準備しているということはございますか。
麻
麻生太郎#27
○麻生国務大臣 これはもう古川先生御存じのように、今の現行の税制法上でも、災害を受けられた方々に対しては、一般的な措置として、さまざまな特例措置というのができるということになっております。
例えば、所得税や法人税の場合には、災害により一定の資産について損失が生じたという場合は、損失を所得から控除するなどの方法によって税額を減額する、軽減するということができますし、また、国税の申告また納付等々の期限の延長とか納税の猶予も可能になっておりますので、先日、四月二十二日に国税庁の方から、熊本県全域について、申告、納税等の期限を延長する旨を発表したところでもあります。
その上で、現行制度による対応に加えまして新しく措置を講ずるべきかどうかについては、今、被災地においての被害の状況とか被災地の復旧等々の状況を踏まえて関係方面からいろいろ御要望というのを聴取させていただいているところなので、まだちょっと補正予算といったって、額も、積み上げるものも、まだ余震が続いて、またいくかもしらぬというような状況なのであれですので、被災者の支援等々を的確に見た上で判断をさせていただかないかぬので、今の時点で何をするというのを決めているものはありません。
この発言だけを見る →例えば、所得税や法人税の場合には、災害により一定の資産について損失が生じたという場合は、損失を所得から控除するなどの方法によって税額を減額する、軽減するということができますし、また、国税の申告また納付等々の期限の延長とか納税の猶予も可能になっておりますので、先日、四月二十二日に国税庁の方から、熊本県全域について、申告、納税等の期限を延長する旨を発表したところでもあります。
その上で、現行制度による対応に加えまして新しく措置を講ずるべきかどうかについては、今、被災地においての被害の状況とか被災地の復旧等々の状況を踏まえて関係方面からいろいろ御要望というのを聴取させていただいているところなので、まだちょっと補正予算といったって、額も、積み上げるものも、まだ余震が続いて、またいくかもしらぬというような状況なのであれですので、被災者の支援等々を的確に見た上で判断をさせていただかないかぬので、今の時点で何をするというのを決めているものはありません。
古
古川元久#28
○古川(元)委員 今決まっていなくても、私もまだテレビ等で見るだけですけれども、阪神大震災や東日本大震災並みのかなり被害を受けているところは甚大な被害があるわけですから、やはりこうした今ある普通の災害のときに適用される税制上の特例にさらに上乗せしたようなものが必要ではないかというふうに思いますし、ぜひこれは早急に検討していただいて、措置をとっていただきたいと思いますけれども、どうですか、大臣。
この発言だけを見る →麻
麻生太郎#29
○麻生国務大臣 繰り返しになりますけれども、現行の税制法上でも、災害を受けたときのいろいろな措置がとられることになっておりますので、今お尋ねの、一定規模の災害が起きた場合にどういうことをするかといったようなことについて、阪神・淡路大震災とか東北大震災についてはちょっと例がないほどの大きなものだったこともありますので特別な立法措置を講じたということはもう私どもも承知をいたしておりますが、この熊本の地震に対して直ちにそれをというほど、どれぐらいの規模のものなのか、ちょっといま一つまだ判明しておりませんので、今の段階でこれをやろうと思っているというのを決めているわけではありません。
その上で、さらにいろいろ余震やら何やらでまだいろいろなことが続いておりますので、そういったことになってきた場合においては、基本的に、いろいろな税制がさらに必要と判断した場合は対応させていただかねばならぬことになるということだと思っております。
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