行政監視委員会
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会
会議録情報#0
令和四年二月十四日(月曜日)
午後一時開会
─────────────
委員氏名
委員長 吉田 忠智君
理 事 北村 経夫君
理 事 そのだ修光君
理 事 長峯 誠君
理 事 古賀 之士君
理 事 横山 信一君
理 事 梅村 聡君
理 事 吉良よし子君
阿達 雅志君
有村 治子君
石田 昌宏君
猪口 邦子君
小野田紀美君
武見 敬三君
柘植 芳文君
堂故 茂君
中西 哲君
藤末 健三君
松下 新平君
三原じゅん子君
石川 大我君
石橋 通宏君
江崎 孝君
小沢 雅仁君
岸 真紀子君
蓮 舫君
高瀬 弘美君
西田 実仁君
浜田 昌良君
三浦 信祐君
伊藤 孝恵君
大塚 耕平君
清水 貴之君
伊波 洋一君
浜田 聡君
─────────────
委員の異動
一月十七日
辞任 補欠選任
梅村 聡君 鈴木 宗男君
二月二日
辞任 補欠選任
中西 哲君 佐藤 啓君
二月三日
辞任 補欠選任
佐藤 啓君 中西 哲君
二月九日
辞任 補欠選任
石田 昌宏君 自見はなこ君
二月十日
辞任 補欠選任
自見はなこ君 石田 昌宏君
二月十四日
辞任 補欠選任
西田 実仁君 山本 博司君
三浦 信祐君 塩田 博昭君
─────────────
出席者は左のとおり。
委員長 吉田 忠智君
理 事
そのだ修光君
長峯 誠君
古賀 之士君
高瀬 弘美君
鈴木 宗男君
吉良よし子君
委 員
阿達 雅志君
有村 治子君
石田 昌宏君
猪口 邦子君
小野田紀美君
武見 敬三君
柘植 芳文君
堂故 茂君
中西 哲君
藤末 健三君
松下 新平君
三原じゅん子君
石川 大我君
石橋 通宏君
江崎 孝君
小沢 雅仁君
岸 真紀子君
蓮 舫君
塩田 博昭君
浜田 昌良君
山本 博司君
横山 信一君
伊藤 孝恵君
大塚 耕平君
清水 貴之君
伊波 洋一君
浜田 聡君
事務局側
常任委員会専門
員 清水 賢君
参考人
稲城市長 高橋 勝浩君
早稲田大学政治
経済学術院教授 稲継 裕昭君
法政大学法学部
教授 土山希美枝君
─────────────
本日の会議に付した案件
○理事の辞任及び補欠選任の件
○国政調査に関する件
○参考人の出席要求に関する件
○行政監視、行政評価及び行政に対する苦情に関
する調査
(国と地方の行政の役割分担に関する件)
─────────────
この発言だけを見る →午後一時開会
─────────────
委員氏名
委員長 吉田 忠智君
理 事 北村 経夫君
理 事 そのだ修光君
理 事 長峯 誠君
理 事 古賀 之士君
理 事 横山 信一君
理 事 梅村 聡君
理 事 吉良よし子君
阿達 雅志君
有村 治子君
石田 昌宏君
猪口 邦子君
小野田紀美君
武見 敬三君
柘植 芳文君
堂故 茂君
中西 哲君
藤末 健三君
松下 新平君
三原じゅん子君
石川 大我君
石橋 通宏君
江崎 孝君
小沢 雅仁君
岸 真紀子君
蓮 舫君
高瀬 弘美君
西田 実仁君
浜田 昌良君
三浦 信祐君
伊藤 孝恵君
大塚 耕平君
清水 貴之君
伊波 洋一君
浜田 聡君
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委員の異動
一月十七日
辞任 補欠選任
梅村 聡君 鈴木 宗男君
二月二日
辞任 補欠選任
中西 哲君 佐藤 啓君
二月三日
辞任 補欠選任
佐藤 啓君 中西 哲君
二月九日
辞任 補欠選任
石田 昌宏君 自見はなこ君
二月十日
辞任 補欠選任
自見はなこ君 石田 昌宏君
二月十四日
辞任 補欠選任
西田 実仁君 山本 博司君
三浦 信祐君 塩田 博昭君
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出席者は左のとおり。
委員長 吉田 忠智君
理 事
そのだ修光君
長峯 誠君
古賀 之士君
高瀬 弘美君
鈴木 宗男君
吉良よし子君
委 員
阿達 雅志君
有村 治子君
石田 昌宏君
猪口 邦子君
小野田紀美君
武見 敬三君
柘植 芳文君
堂故 茂君
中西 哲君
藤末 健三君
松下 新平君
三原じゅん子君
石川 大我君
石橋 通宏君
江崎 孝君
小沢 雅仁君
岸 真紀子君
蓮 舫君
塩田 博昭君
浜田 昌良君
山本 博司君
横山 信一君
伊藤 孝恵君
大塚 耕平君
清水 貴之君
伊波 洋一君
浜田 聡君
事務局側
常任委員会専門
員 清水 賢君
参考人
稲城市長 高橋 勝浩君
早稲田大学政治
経済学術院教授 稲継 裕昭君
法政大学法学部
教授 土山希美枝君
─────────────
本日の会議に付した案件
○理事の辞任及び補欠選任の件
○国政調査に関する件
○参考人の出席要求に関する件
○行政監視、行政評価及び行政に対する苦情に関
する調査
(国と地方の行政の役割分担に関する件)
─────────────
吉
吉田忠智#1
○委員長(吉田忠智君) ただいまから行政監視委員会を開会いたします。
委員の異動について御報告いたします。
去る十日までに、秋野公造さん及び梅村聡さんが委員を辞任され、その補欠として高瀬弘美さん及び鈴木宗男さんが選任されました。
また、本日、西田実仁さん及び三浦信祐さんが委員を辞任され、その補欠として山本博司さん及び塩田博昭さんが選任されました。
─────────────
この発言だけを見る →委員の異動について御報告いたします。
去る十日までに、秋野公造さん及び梅村聡さんが委員を辞任され、その補欠として高瀬弘美さん及び鈴木宗男さんが選任されました。
また、本日、西田実仁さん及び三浦信祐さんが委員を辞任され、その補欠として山本博司さん及び塩田博昭さんが選任されました。
─────────────
吉
吉田忠智#2
○委員長(吉田忠智君) 理事の辞任についてお諮りいたします。
横山信一さんから、文書をもって、都合により理事を辞任したい旨の申出がございました。これを許可することに御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →横山信一さんから、文書をもって、都合により理事を辞任したい旨の申出がございました。これを許可することに御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
吉
吉田忠智#3
○委員長(吉田忠智君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
理事の補欠選任についてお諮りいたします。
理事の辞任及び委員の異動に伴い現在理事が二名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →理事の補欠選任についてお諮りいたします。
理事の辞任及び委員の異動に伴い現在理事が二名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
吉
吉
吉田忠智#5
○委員長(吉田忠智君) 国政調査に関する件についてお諮りいたします。
本委員会は、今期国会におきましても、行政監視、行政評価及び行政に対する苦情に関する調査を行いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →本委員会は、今期国会におきましても、行政監視、行政評価及び行政に対する苦情に関する調査を行いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
吉
吉
吉田忠智#7
○委員長(吉田忠智君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
行政監視、行政評価及び行政に対する苦情に関する調査のため、本日の委員会に稲城市長高橋勝浩さん、早稲田大学政治経済学術院教授稲継裕昭さん及び法政大学法学部教授土山希美枝さんを参考人として出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →行政監視、行政評価及び行政に対する苦情に関する調査のため、本日の委員会に稲城市長高橋勝浩さん、早稲田大学政治経済学術院教授稲継裕昭さん及び法政大学法学部教授土山希美枝さんを参考人として出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
吉
吉
吉田忠智#9
○委員長(吉田忠智君) 行政監視、行政評価及び行政に対する苦情に関する調査のうち、国と地方の行政の役割分担に関する件を議題とし、参考人の皆様から御意見を伺います。
この際、参考人の皆様に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多忙のところ御出席いただき、誠にありがとうございます。
皆様から忌憚のない御意見を賜りまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
次に、議事の進め方について申し上げます。
まず、高橋参考人、稲継参考人、土山参考人の順にお一人十分以内で御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
また、御発言の際は、挙手をしていただき、その都度、委員長の許可を得ることとなっておりますので、御承知おきください。
なお、御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、まず高橋参考人からお願いいたします。高橋参考人。
この発言だけを見る →この際、参考人の皆様に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多忙のところ御出席いただき、誠にありがとうございます。
皆様から忌憚のない御意見を賜りまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
次に、議事の進め方について申し上げます。
まず、高橋参考人、稲継参考人、土山参考人の順にお一人十分以内で御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
また、御発言の際は、挙手をしていただき、その都度、委員長の許可を得ることとなっておりますので、御承知おきください。
なお、御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、まず高橋参考人からお願いいたします。高橋参考人。
高
高橋勝浩#10
○参考人(高橋勝浩君) 皆さん、こんにちは。私は東京都稲城市で市長をしております高橋勝浩と申します。
本日は、参議院の行政監視委員会の先生方におかれまして、今日の席にお呼びをいただきまして、誠にありがとうございました。大変光栄でございます。
稲城市を御存じない方もいらっしゃると思いますので、まずは稲城市のプロフィールを御説明しようと思っているわけでありますが、十分間という時間が限られておりますので、稲城市のプロフィールにつきましてはお手元に配付をさせていただいた資料の一ページ目と二ページ目に書いております。また、稲城市で作成をしております観光パンフレット、こちらも参考に御覧になっていただきたい。
一言申し上げますと、稲城市は、周辺の市からすると少し開発が遅れて、当時は田舎な町だということがマイナスなイメージがあったわけでありますが、現在では、森林あるいは農地が非常に残って、そのことが町づくりにとって大変アドバンテージにもなっていると、そのような土地柄でございます。現在でも人口が増えて、これからも人口が増えていく、そういった発展途上にある町であるということをまず御理解をいただきたいと思います。
それでは、早速本題に入りたいと思いますが、そのお配りしました三枚目のところに項目だけレジュメを置かせていただきましたので、それと御覧になっていただきたいと思います。
今回のテーマは国と地方の役割分担ということですが、私は市長という実務家の立場でございますので、事例の参考を御紹介すると、そのようなアプローチで始めたいと思っております。
まず最初に、現在直面する新型コロナウイルス感染症への対応に関する事例を紹介をさせていただきたいと思います。
まず、PCRセンターについてでございますが、新型コロナが発生した当初は、行政検査という形で保健所がまず担当しておりました。程なく保健所がパンクになって、PCR検査自体が健康保険の適用となり、各医療機関で受けられるようになったわけでありますが、なかなかそちらも需要に追い付かなくなったという状況があります。
そこで、政府から日本医師会長に協力依頼、そして日本医師会は各都道府県の医師会に依頼、そして東京都では東京都知事から東京都医師会長に依頼という順番で、東京都医師会が都内全域にPCRセンターを整備をする、そういった形が構築されようとしておりました。当然東京都でやっていただけるものだなと期待をしていたわけですが、しかし実際には、東京都医師会からは各市町村の医師会宛てに文書が一枚回って、PCRセンターの体制については各市の医師会で整備をしてほしいという文書が回っただけでありました。
各地域での医療提供体制は非常に偏在があるということでございまして、最終的にはこれを市町村に下ろされてもなかなか対応できない地域もあるという実情がございました。元々、各地域で対応困難な課題なので広域的な対応をお願いしたということでございますが、実際にはこれでは国も都もただの伝言ゲームに、繰り返すのみで、振出しに戻ってしまったんではないかなと感じております。国と地方の役割分担といっても、最終的に市に責任転嫁がされ、負荷が掛かっているだけではないかという実態があるので、こういった課題があるということでございます。
次に、ワクチン接種体制でございますが、今回のワクチン接種は、予防接種法に基づき、令和三年二月十六日付けで厚生労働大臣から各市町村長に指示がされております。
開始当初、大変これに基づいて混乱したわけですが、各市町村とも努力をいたしまして接種体制を整備をしてきたということでありますが、各地域での医療提供体制にはかなりこれも偏在がありまして、単純な指示をされてもなかなか、現実には接種体制を取れるところと取れないところ、これも差があるということであります。
是非、こういった危機管理体制の下では、一定の強制力を伴う権限を、司令塔となる行政機関、それが国なのか都道府県なのか市町村なのか、議論はありますけれども、是非、権限を伴う司令塔となる行政機関に権限を付与していただいて、交通整理をお願いしたいということがございます。
続きまして、保健所の再編についてお話を差し上げたいと思っております。
今回の新型コロナ対応に対する課題の一つとしては、保健所の体制についてがあったというふうに認識をしております。全国の各市長からは、国、都道府県、市町村間の感染状況の伝達など情報格差が非常にある、また情報共有について課題があるという意見が多く出されております。
例えば、私どもの所在する稲城市は東京都の南多摩地区というところでございまして、南多摩保健所というところが管轄をしている。こちらの管轄区域は日野市、多摩市、稲城市、管内人口は四十二万七千人超ということでございまして、これだけの人口規模のところをたった一か所で担当している。さらには、東京都多摩地区で最大なのが多摩府中保健所、こちらは人口百四万人に対して一か所しかないということでございまして、積極的疫学調査などはほぼできていないというのが実情かなと。
保健所がこれだけ再編されて数が少なくなってきたというのは様々な経緯がありますけれども、平成六年の地域保健法、これに基づいて平成九年から再編がされて、数が順次減らされてきた。さらには、東京都においては、この地域保健法の改正のみではなく、東京都独自の行政改革ですね、行革の流れで更に減らされてしまいまして、元々は東京都多摩地区に十七か所あった保健所が順次減らされて現在は五か所になってしまっていると。こういった実情を踏まえると、今後のアフターコロナでは保健所の役割ますます大切になっていくんではないかなと思いますので、是非保健所の再編の見直し、こういったことも課題であるのかなというふうに考えております。
そして三点目でございますが、これは新型コロナとは別の問題でありますけれども、大規模災害時の広域支援についての事例として役割分担を考えたいと思っております。
全国市長会では、東日本大震災の教訓から、現会長の提案で防災対策特別委員会、こういった委員会を設置しております。私はその副委員長を仰せ付かっているわけでありますが、全国市長会でのネットワーク、そして個別の市ごとでの防災協力体制、協定を結んだり、そういうことがありますけれども、実際の大規模災害では、災害救助法に基づく、都道府県が取りまとめになって国全体で支援体制がある。こういったものは法制度であるわけでありますが、発災直後の七十二時間、一番大事なときに一番即応性がある救助体制、それが応援できるのは、やはり全国市長会のネットワークであったりあるいは各市ごとの防災協定、こういったものが有効なのかなと思っております。大規模災害に当たって、やはりこういう国、都道府県、市町村、大分整備はされてきておりますけれども、協力体制が大変有効であるのかなというふうに考えております。
そして最後に、四点目といたしまして、環境対策に関する事例でございます。
全国市長会では環境対策特別委員会というものを組織しておりまして、不肖私が委員長を仰せ付かっております。現時点での最重要課題といたしましては、二〇五〇年に向けてのカーボンニュートラルの実現ということがあります。現在、環境省を含めて先導を取っていただいておりますけれども、やはり国と地方が的確に役割を果たす必要があるんだろうというふうに考えております。
都道府県、政令市、中核市、一般市、まあ市町村といっても、市としてもいろんな地方公共団体がありますけれども、これは保健所と同様でございまして、権限や業務範囲がかなりその市の規模によって違ってくると。それを一律市町村で脱炭素、これを推進するというのも非常に難しいものがありまして、是非国がまずイニシアチブを発揮をされ、全体の関係主体の連携、そういった取組をつくっていただいて、その中で市町村が参加をし、相乗効果を上げていくということが必要ではないかなと思っております。
是非、今後はグリーン電力の普及などを図る上で、個々には様々な規制が障壁になっているものもあろうかと思いますけれども、是非その辺の解決については国と地方の役割分担、見直していただければなと思っております。
以上、四点の項目について課題事例を紹介いたしました。いずれの課題も国と地方の役割分担という切り口だけからでは課題解決が図れるというものではありませんけれども、おおむね問題の原点、根幹はそこにあるのも実情ではないかなと思っております。
第一次分権改革、第二次分権改革、そして三位一体改革など、これまで権限移譲等々については整理がされてきておりますが、実際の現場としてはまだまだこのような分権改革は今中途半端な状態ではないかなというふうに考えております。
今後とも、より一層効率的でスピーディーな行政が望まれる状況でございますので、そのためには地方分権改革の着実な推進が必要だと思っております。単に事務移管をするのではなく、それに見合った権限と財源、これの移譲をすべきだと考えております。また、権限移譲した事項については是非市町村に任せて、国が一定の義務付け、枠付け、関与、こういったものは控えていただければなというふうに考えております。
大変雑駁でございますけど、私からの問題提起については以上でございます。
よろしくお願いします。
この発言だけを見る →本日は、参議院の行政監視委員会の先生方におかれまして、今日の席にお呼びをいただきまして、誠にありがとうございました。大変光栄でございます。
稲城市を御存じない方もいらっしゃると思いますので、まずは稲城市のプロフィールを御説明しようと思っているわけでありますが、十分間という時間が限られておりますので、稲城市のプロフィールにつきましてはお手元に配付をさせていただいた資料の一ページ目と二ページ目に書いております。また、稲城市で作成をしております観光パンフレット、こちらも参考に御覧になっていただきたい。
一言申し上げますと、稲城市は、周辺の市からすると少し開発が遅れて、当時は田舎な町だということがマイナスなイメージがあったわけでありますが、現在では、森林あるいは農地が非常に残って、そのことが町づくりにとって大変アドバンテージにもなっていると、そのような土地柄でございます。現在でも人口が増えて、これからも人口が増えていく、そういった発展途上にある町であるということをまず御理解をいただきたいと思います。
それでは、早速本題に入りたいと思いますが、そのお配りしました三枚目のところに項目だけレジュメを置かせていただきましたので、それと御覧になっていただきたいと思います。
今回のテーマは国と地方の役割分担ということですが、私は市長という実務家の立場でございますので、事例の参考を御紹介すると、そのようなアプローチで始めたいと思っております。
まず最初に、現在直面する新型コロナウイルス感染症への対応に関する事例を紹介をさせていただきたいと思います。
まず、PCRセンターについてでございますが、新型コロナが発生した当初は、行政検査という形で保健所がまず担当しておりました。程なく保健所がパンクになって、PCR検査自体が健康保険の適用となり、各医療機関で受けられるようになったわけでありますが、なかなかそちらも需要に追い付かなくなったという状況があります。
そこで、政府から日本医師会長に協力依頼、そして日本医師会は各都道府県の医師会に依頼、そして東京都では東京都知事から東京都医師会長に依頼という順番で、東京都医師会が都内全域にPCRセンターを整備をする、そういった形が構築されようとしておりました。当然東京都でやっていただけるものだなと期待をしていたわけですが、しかし実際には、東京都医師会からは各市町村の医師会宛てに文書が一枚回って、PCRセンターの体制については各市の医師会で整備をしてほしいという文書が回っただけでありました。
各地域での医療提供体制は非常に偏在があるということでございまして、最終的にはこれを市町村に下ろされてもなかなか対応できない地域もあるという実情がございました。元々、各地域で対応困難な課題なので広域的な対応をお願いしたということでございますが、実際にはこれでは国も都もただの伝言ゲームに、繰り返すのみで、振出しに戻ってしまったんではないかなと感じております。国と地方の役割分担といっても、最終的に市に責任転嫁がされ、負荷が掛かっているだけではないかという実態があるので、こういった課題があるということでございます。
次に、ワクチン接種体制でございますが、今回のワクチン接種は、予防接種法に基づき、令和三年二月十六日付けで厚生労働大臣から各市町村長に指示がされております。
開始当初、大変これに基づいて混乱したわけですが、各市町村とも努力をいたしまして接種体制を整備をしてきたということでありますが、各地域での医療提供体制にはかなりこれも偏在がありまして、単純な指示をされてもなかなか、現実には接種体制を取れるところと取れないところ、これも差があるということであります。
是非、こういった危機管理体制の下では、一定の強制力を伴う権限を、司令塔となる行政機関、それが国なのか都道府県なのか市町村なのか、議論はありますけれども、是非、権限を伴う司令塔となる行政機関に権限を付与していただいて、交通整理をお願いしたいということがございます。
続きまして、保健所の再編についてお話を差し上げたいと思っております。
今回の新型コロナ対応に対する課題の一つとしては、保健所の体制についてがあったというふうに認識をしております。全国の各市長からは、国、都道府県、市町村間の感染状況の伝達など情報格差が非常にある、また情報共有について課題があるという意見が多く出されております。
例えば、私どもの所在する稲城市は東京都の南多摩地区というところでございまして、南多摩保健所というところが管轄をしている。こちらの管轄区域は日野市、多摩市、稲城市、管内人口は四十二万七千人超ということでございまして、これだけの人口規模のところをたった一か所で担当している。さらには、東京都多摩地区で最大なのが多摩府中保健所、こちらは人口百四万人に対して一か所しかないということでございまして、積極的疫学調査などはほぼできていないというのが実情かなと。
保健所がこれだけ再編されて数が少なくなってきたというのは様々な経緯がありますけれども、平成六年の地域保健法、これに基づいて平成九年から再編がされて、数が順次減らされてきた。さらには、東京都においては、この地域保健法の改正のみではなく、東京都独自の行政改革ですね、行革の流れで更に減らされてしまいまして、元々は東京都多摩地区に十七か所あった保健所が順次減らされて現在は五か所になってしまっていると。こういった実情を踏まえると、今後のアフターコロナでは保健所の役割ますます大切になっていくんではないかなと思いますので、是非保健所の再編の見直し、こういったことも課題であるのかなというふうに考えております。
そして三点目でございますが、これは新型コロナとは別の問題でありますけれども、大規模災害時の広域支援についての事例として役割分担を考えたいと思っております。
全国市長会では、東日本大震災の教訓から、現会長の提案で防災対策特別委員会、こういった委員会を設置しております。私はその副委員長を仰せ付かっているわけでありますが、全国市長会でのネットワーク、そして個別の市ごとでの防災協力体制、協定を結んだり、そういうことがありますけれども、実際の大規模災害では、災害救助法に基づく、都道府県が取りまとめになって国全体で支援体制がある。こういったものは法制度であるわけでありますが、発災直後の七十二時間、一番大事なときに一番即応性がある救助体制、それが応援できるのは、やはり全国市長会のネットワークであったりあるいは各市ごとの防災協定、こういったものが有効なのかなと思っております。大規模災害に当たって、やはりこういう国、都道府県、市町村、大分整備はされてきておりますけれども、協力体制が大変有効であるのかなというふうに考えております。
そして最後に、四点目といたしまして、環境対策に関する事例でございます。
全国市長会では環境対策特別委員会というものを組織しておりまして、不肖私が委員長を仰せ付かっております。現時点での最重要課題といたしましては、二〇五〇年に向けてのカーボンニュートラルの実現ということがあります。現在、環境省を含めて先導を取っていただいておりますけれども、やはり国と地方が的確に役割を果たす必要があるんだろうというふうに考えております。
都道府県、政令市、中核市、一般市、まあ市町村といっても、市としてもいろんな地方公共団体がありますけれども、これは保健所と同様でございまして、権限や業務範囲がかなりその市の規模によって違ってくると。それを一律市町村で脱炭素、これを推進するというのも非常に難しいものがありまして、是非国がまずイニシアチブを発揮をされ、全体の関係主体の連携、そういった取組をつくっていただいて、その中で市町村が参加をし、相乗効果を上げていくということが必要ではないかなと思っております。
是非、今後はグリーン電力の普及などを図る上で、個々には様々な規制が障壁になっているものもあろうかと思いますけれども、是非その辺の解決については国と地方の役割分担、見直していただければなと思っております。
以上、四点の項目について課題事例を紹介いたしました。いずれの課題も国と地方の役割分担という切り口だけからでは課題解決が図れるというものではありませんけれども、おおむね問題の原点、根幹はそこにあるのも実情ではないかなと思っております。
第一次分権改革、第二次分権改革、そして三位一体改革など、これまで権限移譲等々については整理がされてきておりますが、実際の現場としてはまだまだこのような分権改革は今中途半端な状態ではないかなというふうに考えております。
今後とも、より一層効率的でスピーディーな行政が望まれる状況でございますので、そのためには地方分権改革の着実な推進が必要だと思っております。単に事務移管をするのではなく、それに見合った権限と財源、これの移譲をすべきだと考えております。また、権限移譲した事項については是非市町村に任せて、国が一定の義務付け、枠付け、関与、こういったものは控えていただければなというふうに考えております。
大変雑駁でございますけど、私からの問題提起については以上でございます。
よろしくお願いします。
吉
稲
稲継裕昭#12
○参考人(稲継裕昭君) 本日は、貴重な機会を与えていただき感謝申し上げます。早稲田大学の稲継と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
本日は、三つの点についてお話をさせていただきます。
一つは、日本で地方分権とかあるいは地方政府の自律性が議論されるときに、特定の国と比較して進んでいる、あるいは遅れているという議論がなされがちでありますけれども、それへの問題提起であります。
二つ目は、地方分権や地方政府の自律性を高めるべきという理念、規範的な議論と、現場自治体、自治体職員あるいは住民からの受け止めという現実との間のギャップの話であります。
三つ目は、自律性を議論する際に、デジタル化の話、DXの話は今後避けて通ることはできず、それが議論そのもののフェーズを、局面を大きく変える可能性があるという点でございます。
まず、一つ目です。
日本はAという国に比べて地方分権が遅れているとか、Bという国では地方の自律性がこれほどあるのに日本では国の関与が強くてよろしくないという議論がなされることがございます。他国比較で実証的なように見えますけれども、実は特定国の選定において既にバイアスが掛かっております。
そもそも、世界の中央、地方関係を見ますと、連邦制国家か単一主権国家かという違いだけではなく、その起源、オリジンが大陸法系か英米法系かという大きな違いがありますし、その後の発展形態も様々です。多くの国を比較した研究が必要ですが、資金面、人材面で難しい点が多くあります。OECDなどの国際機関による研究はありますけれども、データが得られやすい財政的側面を主に見て比較している場合が多く、総括的な研究はほとんどなされておりません。
レジュメの四ページ以降、とりわけ十ページ以降に紹介しておりますのは欧州委員会による比較研究であります。欧州委員会の地域政策総局が包括的な指数を構築するために委託して行われた研究で、約四十人の地方自治専門家が広範なネットワークを活用して、三十九の対象国の一九九〇年から二〇一四年までの十五年間のデータを集めて比較した研究成果の一部の紹介でございます。
ここでは、中央、地方関係に関する十一の指標により統一的基準で地方自治指数をコーディングし、各国の地方政府の自律性の程度を座標軸に分類する試みをしています。この研究は欧州三十九か国の比較でありますけれども、日本についても同様のコーディング指数で座標軸に入れて比較して、今後研究を進めてまいりたいと思っております。
二つ目の、理念と現実のギャップについてであります。
一九九三年の衆参両院における地方分権推進決議以降、地方分権推進法あるいは分権一括法などなど、そして二〇〇〇年に入ってからも更なる地方分権へと日本は相当かじを切ってまいりました。このことを住民は、あるいは基礎自治体である市町村の職員はどう受け止めているのかという話でございます。
例えば、パスポートの発給手続です。これはお手元の二ページのところになります。
外務省から、古くはですね、機関委任事務、そして後に法定受託事務として外務省から都道府県に委ねられており、都道府県のパスポートセンターが設けられてまいりました。しかし、二〇〇〇年代以降、府県から市町村へと、更なる分権の一環として市町村へ委託している道府県が、そこにありますようにかなりの数に上ります。
身近な市町村役場でパスポートを申請し交付を受けることができるので、住民にとっては便利になった側面ももちろんあるでしょう。他方で、通勤途上の駅のターミナルにある府県のパスポートセンターが閉鎖になって、平日に休みを取って居住地の市役所まで行かなければならず、不自由を感じている会社員がいるのも事実であります。
また、市町村にとっては、パスポートの申請の受付、その後の府県や外務省への取次ぎ、発行されたパスポートの受領、申請者への交付という煩雑な事務が新たに加わることになります。大規模な市ではそれに対応する余力があっても、小さな市町村ではせいぜい一週間で数件の申請しかないパスポート関連事務に職員を張り付けるわけにはいかず、他の業務との兼務になります。もちろん、国からはそれなりの予算は回ってまいりますけれども、職員の業務負担を考えると、それに見合ったものでは必ずしもありません。
レジュメ二ページの下の方に、ある県の事例と書いておりますけれども、高圧ガス云々といった権限を県から市町村へ移譲した事例であります。
大規模な市ではこの移譲を受けることを歓迎しているところもあるかもしれませんけれども、小規模な市ではそれに携わる専門人材がいるかという問題が発生します。分権の受皿という話がいつも議論され、権限、財源、人材の不足が言われるわけですけれども、たとえ権限移譲されお金が付いたとしても、それをハンドリングできる人材がそう豊富にはいない。いたとしても、関連する業務が年に数件しか発生しないような状況では、その業務に一人の人工を充てるわけにもいかない。こういった諸問題から、市町村の中には県への権限返上を申し出ているところもあると複数の県の市町村課長から聞いております。
三ページのところに参りまして、基礎自治体の多様性とございます。
今申し上げたように、権限返上を言い出している市町村もあれば、他方で、横浜市など、更なる分権を求め、県から独立した特別自治市制度の創設を訴えている自治体もございます。これに対しては県の側からカウンターの議論もなされています。他方、横浜市など二十の政令指定都市で構成される指定都市市長会は、昨年十一月に宣言を出しています。
独立するとした場合、当該特別市の住民は賛成し、残された周辺部の市町村の住民は反対するだろうと予想されていました。ところが、昨年末、川崎市が市民に対して特別自治市に関するパブリックコメントを行ったところ、ほとんどが反対意見だったということが川崎市のホームページで先週公表されました。
この特別自治市制度は住民が本当に望んでいる話なのか。もっと言えば、住民は地方分権を望んでいるのか、そもそもそのようなことには関心がなく、どちらでもよいのか。分権の議論をする際には、通常、首長様や地方議会の議員が主要アクターとして登場しますけれども、もっと自治体現場の職員や住民の意見にも留意する必要があるように思います。
最後に、三つ目でございます。
自治体DX推進計画が二〇二〇年十二月に発出され、各自治体でもDX、デジタルトランスフォーメーションへの取組が進められています。AIやRPAの自治体への導入もここ二年ほどで飛躍的に進んでおります。窓口改革も多く行われ、北海道北見市の書かない窓口というものは、昨年十二月、デジタル大臣が視察されるなど、全国的にも有名になってまいりました。日本の行政のデジタル化が今後急加速していくと思われます。
行政の電子化の先進国エストニアでは、窓口を訪れて対面で行わなければならない手続は三つだけだそうです。結婚と離婚と不動産の購入の三つだけ。あとはインターネット上でできるそうです。この三つはいずれも人生の一大イベントで、じっくり考える機会を与えるという趣旨だそうです。
日本でも電子行政が進むと、例えば先ほど見たパスポートにつきましては自宅で全部できるようになる。そうすると、外務省か、県への法定受託事務か、市町村への更なる分権かという議論自体消えてしまいます。外務省のホームページで直接申請するという話になるかもしれません。
また、住民の意見の集約というのが地方議会の重要な役割の一つですけれども、デシディムという参加型合意形成プラットフォームがスペインのバルセロナで始まり、世界各国に広まっています。日本でも加古川市など、既にこのデシディムの実証を始めているところも出てまいりました。デジタル、ICTを使って住民の意見の集約ができるという可能性も出てまいりました。
このように見てくると、DXの推進は、分権改革や地方自治の在り方そのものにこれまでとは全く異なるフェーズをもたらす可能性もあると思います。今後、分権改革の議論、国と地方の役割分担の議論は、DXの推進度合いをにらみながら進めざるを得ないというふうに思っております。
以上でございます。
どうも御清聴ありがとうございました。
この発言だけを見る →本日は、三つの点についてお話をさせていただきます。
一つは、日本で地方分権とかあるいは地方政府の自律性が議論されるときに、特定の国と比較して進んでいる、あるいは遅れているという議論がなされがちでありますけれども、それへの問題提起であります。
二つ目は、地方分権や地方政府の自律性を高めるべきという理念、規範的な議論と、現場自治体、自治体職員あるいは住民からの受け止めという現実との間のギャップの話であります。
三つ目は、自律性を議論する際に、デジタル化の話、DXの話は今後避けて通ることはできず、それが議論そのもののフェーズを、局面を大きく変える可能性があるという点でございます。
まず、一つ目です。
日本はAという国に比べて地方分権が遅れているとか、Bという国では地方の自律性がこれほどあるのに日本では国の関与が強くてよろしくないという議論がなされることがございます。他国比較で実証的なように見えますけれども、実は特定国の選定において既にバイアスが掛かっております。
そもそも、世界の中央、地方関係を見ますと、連邦制国家か単一主権国家かという違いだけではなく、その起源、オリジンが大陸法系か英米法系かという大きな違いがありますし、その後の発展形態も様々です。多くの国を比較した研究が必要ですが、資金面、人材面で難しい点が多くあります。OECDなどの国際機関による研究はありますけれども、データが得られやすい財政的側面を主に見て比較している場合が多く、総括的な研究はほとんどなされておりません。
レジュメの四ページ以降、とりわけ十ページ以降に紹介しておりますのは欧州委員会による比較研究であります。欧州委員会の地域政策総局が包括的な指数を構築するために委託して行われた研究で、約四十人の地方自治専門家が広範なネットワークを活用して、三十九の対象国の一九九〇年から二〇一四年までの十五年間のデータを集めて比較した研究成果の一部の紹介でございます。
ここでは、中央、地方関係に関する十一の指標により統一的基準で地方自治指数をコーディングし、各国の地方政府の自律性の程度を座標軸に分類する試みをしています。この研究は欧州三十九か国の比較でありますけれども、日本についても同様のコーディング指数で座標軸に入れて比較して、今後研究を進めてまいりたいと思っております。
二つ目の、理念と現実のギャップについてであります。
一九九三年の衆参両院における地方分権推進決議以降、地方分権推進法あるいは分権一括法などなど、そして二〇〇〇年に入ってからも更なる地方分権へと日本は相当かじを切ってまいりました。このことを住民は、あるいは基礎自治体である市町村の職員はどう受け止めているのかという話でございます。
例えば、パスポートの発給手続です。これはお手元の二ページのところになります。
外務省から、古くはですね、機関委任事務、そして後に法定受託事務として外務省から都道府県に委ねられており、都道府県のパスポートセンターが設けられてまいりました。しかし、二〇〇〇年代以降、府県から市町村へと、更なる分権の一環として市町村へ委託している道府県が、そこにありますようにかなりの数に上ります。
身近な市町村役場でパスポートを申請し交付を受けることができるので、住民にとっては便利になった側面ももちろんあるでしょう。他方で、通勤途上の駅のターミナルにある府県のパスポートセンターが閉鎖になって、平日に休みを取って居住地の市役所まで行かなければならず、不自由を感じている会社員がいるのも事実であります。
また、市町村にとっては、パスポートの申請の受付、その後の府県や外務省への取次ぎ、発行されたパスポートの受領、申請者への交付という煩雑な事務が新たに加わることになります。大規模な市ではそれに対応する余力があっても、小さな市町村ではせいぜい一週間で数件の申請しかないパスポート関連事務に職員を張り付けるわけにはいかず、他の業務との兼務になります。もちろん、国からはそれなりの予算は回ってまいりますけれども、職員の業務負担を考えると、それに見合ったものでは必ずしもありません。
レジュメ二ページの下の方に、ある県の事例と書いておりますけれども、高圧ガス云々といった権限を県から市町村へ移譲した事例であります。
大規模な市ではこの移譲を受けることを歓迎しているところもあるかもしれませんけれども、小規模な市ではそれに携わる専門人材がいるかという問題が発生します。分権の受皿という話がいつも議論され、権限、財源、人材の不足が言われるわけですけれども、たとえ権限移譲されお金が付いたとしても、それをハンドリングできる人材がそう豊富にはいない。いたとしても、関連する業務が年に数件しか発生しないような状況では、その業務に一人の人工を充てるわけにもいかない。こういった諸問題から、市町村の中には県への権限返上を申し出ているところもあると複数の県の市町村課長から聞いております。
三ページのところに参りまして、基礎自治体の多様性とございます。
今申し上げたように、権限返上を言い出している市町村もあれば、他方で、横浜市など、更なる分権を求め、県から独立した特別自治市制度の創設を訴えている自治体もございます。これに対しては県の側からカウンターの議論もなされています。他方、横浜市など二十の政令指定都市で構成される指定都市市長会は、昨年十一月に宣言を出しています。
独立するとした場合、当該特別市の住民は賛成し、残された周辺部の市町村の住民は反対するだろうと予想されていました。ところが、昨年末、川崎市が市民に対して特別自治市に関するパブリックコメントを行ったところ、ほとんどが反対意見だったということが川崎市のホームページで先週公表されました。
この特別自治市制度は住民が本当に望んでいる話なのか。もっと言えば、住民は地方分権を望んでいるのか、そもそもそのようなことには関心がなく、どちらでもよいのか。分権の議論をする際には、通常、首長様や地方議会の議員が主要アクターとして登場しますけれども、もっと自治体現場の職員や住民の意見にも留意する必要があるように思います。
最後に、三つ目でございます。
自治体DX推進計画が二〇二〇年十二月に発出され、各自治体でもDX、デジタルトランスフォーメーションへの取組が進められています。AIやRPAの自治体への導入もここ二年ほどで飛躍的に進んでおります。窓口改革も多く行われ、北海道北見市の書かない窓口というものは、昨年十二月、デジタル大臣が視察されるなど、全国的にも有名になってまいりました。日本の行政のデジタル化が今後急加速していくと思われます。
行政の電子化の先進国エストニアでは、窓口を訪れて対面で行わなければならない手続は三つだけだそうです。結婚と離婚と不動産の購入の三つだけ。あとはインターネット上でできるそうです。この三つはいずれも人生の一大イベントで、じっくり考える機会を与えるという趣旨だそうです。
日本でも電子行政が進むと、例えば先ほど見たパスポートにつきましては自宅で全部できるようになる。そうすると、外務省か、県への法定受託事務か、市町村への更なる分権かという議論自体消えてしまいます。外務省のホームページで直接申請するという話になるかもしれません。
また、住民の意見の集約というのが地方議会の重要な役割の一つですけれども、デシディムという参加型合意形成プラットフォームがスペインのバルセロナで始まり、世界各国に広まっています。日本でも加古川市など、既にこのデシディムの実証を始めているところも出てまいりました。デジタル、ICTを使って住民の意見の集約ができるという可能性も出てまいりました。
このように見てくると、DXの推進は、分権改革や地方自治の在り方そのものにこれまでとは全く異なるフェーズをもたらす可能性もあると思います。今後、分権改革の議論、国と地方の役割分担の議論は、DXの推進度合いをにらみながら進めざるを得ないというふうに思っております。
以上でございます。
どうも御清聴ありがとうございました。
吉
土
土山希美枝#14
○参考人(土山希美枝君) ありがとうございます。
本日は、貴重な機会をいただきました。土山希美枝でございます。
経歴は御紹介のとおりですが、前職は京都の龍谷大学に二十年おり、さらに、その前、生まれは北海道の芦別市という旧産炭地の小さな町です。そうした小さなあるいは弱い地域の目線から、まず三点お話しさせていただきたいと思います。
一つは、まず、自治体、特に基礎自治体の現状を申し上げておきたいと思います。
地域や地域を構成する人々は疲弊しています。全国もそうですが、痛みというのは弱いところにより強く響くものです。いわゆる条件不利地域あるいは構造的に弱い立場の人々の疲弊は極めて深刻です。そこにコロナ禍が輪を掛けているという状態にあります。自治体もまた増大する負荷と疲弊に痛み、結果として政策展開の随所で萎縮やそんたくや放らつに落ち込んでいます。
自治体行政の問題の背景には、行政は無謬、つまり行政は間違わないという過去の誤った幻想があります。議会にも行政にも人々の間にも残っています。政策には本来正解はありません。しかし、行政は間違わないということが前提になると、政策がうまくいかないということは行政が間違えていたからということになる。そうした行政が間違えていたんだということを避けるには、職員にとっては前任者がやっていたとおりにやる、あるいは国や国の行政が間違っていないはずだからその予定調和を崩さないでやる。萎縮とそんたくにつながっています。
また、自治体行政運営の内部では、業務や労務、原価管理の仕組みの問題があります。
例えば、事業が体系化されて可視化され予算、決算と連動した自治体計画を持つ自治体がほとんどいないということです。自治体政策の最小単位は事業ですが、事業が全部で幾つで、それぞれの支出がどうなっていて、職員の労力がどれぐらい掛かっているかが捉えられていません。事業別予算、決算がなくて、そのため議会で見る予算は款項目節になります。それだと、何を幾らでやっているか、本当にそれが必要なのかどうかが議会にも市民にも見えないことになります。だから、事業単体としてもパッケージとしても評価がしにくいということになります。
労務管理でいえば、日報がないところがほとんどです。そのため、事業と職員の数と時間の関係も見えない。全体の人事管理に生かすことができないわけです。
こうした自治体経営の基礎情報が整理されていない、でも支出は削らないといけない。だから、部や課の単位でトータルで支出一割減とか、退職者不補充とか、声の弱い人に関わる事業が削られやすくなる。これがコストカット行革です。
外部の政策主体との連携もなお未熟です。市民活動との連携では、動員や下請扱いすることで市民活動のエネルギーを消耗させる協働疲れということも既に起こっています。
一方、国や環境、空気、雰囲気に許されると判断されるときには、放らつとも言っていいことが起こります。ここ十年、豊かな納税者と自治体が税金で得をしましょう、政府ですね、豊かな納税者と政府、自治体が税金で得をしましょうという政策が増えてきた。そういう政策がありだとなると、私が当選したら皆さんに税金から何万円キックバックしますという候補者も出てくるわけです。
災害時には、緊急事態だからといって専決処分がどんどんなされる。コロナ禍もある意味災害です。災害で緊急事態だから行政の邪魔をするな。その結果として様々ないろいろなものが専決処分に入り込んでくることもある。専決処分という制度はそろそろ考えた方がいい。
議会には、行政は間違わないという前提がまた色濃く残っています。行政が間違わないなら、真剣にチェックしなくても、提案しなくてもいいわけです。行政もその方がやりやすい。議会は歴史的に追認機構であってきました。自治体政策、つまり事業やその固まりについてチェックや提案を通じて責任を持つ、そういった政策議会としての模索は、先駆的なごく一部の自治体で始まったばかりです。
もちろん、厳しい経済状況の中で地域がしっかりと立とうとしている、そういう人々ももちろんいます。企業、職員、議会もあります。申し上げたように、全体状況では疲弊していても、個別の取組にはすばらしいところ、本当にいいところがいっぱいあるんです。ほとんどの自治体ができていないことをやっているところももちろんある。
でも、そうした事例は地域固有の状況で、固有の人々による真摯な努力の結果として現れるわけです。地域課題をめぐっては、地域の人々と自治体で、自分たちで自分たちの固有の状況を資源を使って模索してあがいていくしかないわけです。
さて、こうした状況を超えるために足りないものは何かを考えてみたいと思います。三点にまとめています。
まず、政策や行政の前提の共有です。今日の社会では、政府の存在理由は、そのエリアを構成する人々にとって必要不可欠な政策や制度を整備することです。国も自治体も必要不可欠以上のことはできません。ミニマムのことしかできないわけです。しかし、課題は無限ですが資源は有限です。そのためにちゃんと必要不可欠な政策や制度を整えること、一つ一つの政策効果が高いこと、この二つが政府に求められます。
しかし、この二つも、二つとも正解がないわけです。何がその地域に、エリアに必要不可欠で、どうやって地域の課題に対応するのか、そのエリアの主体である自分たちで選択して決めるしかないわけです。地域のことは地域でせざるを得ないんです。この前提は常に共有される必要があります。
足りないといえば、資源、リソースです。国も自治体も、人、物、金、時間、労力が足りません。まず人、いわゆる役所の職員はそろそろ減らし過ぎたと言ってもいいのではないでしょうか。なぜ減らし過ぎたか。事業、労務、原価管理ができていない状態でコストカット行革を進めたからです。事業の数は減っていないのに人は減り、市民への対応はより丁寧になることが求められる。ほかの政策主体との連携も、調整には時間と労力と資源が必要なんです。
情報化も、現在の環境から移行するためには人材や資源が必要です。標準化法が通りましたが、これまで独自で組み上げてしまった環境から移行することには大変な労力と資源が必要になる。
政令市でも、汎用機の中ではCOBOLという古語に近いようなパソコン、コンピューター言語が動いているわけです。相当に移行のためには資源が必要になる。しかも、それは自治体固有の状況が、対応が必要になるということになっています。
地域の課題に取り組む政策資源も足りません。特に、小規模や条件不利地域と言われるところには足りません。資源も少ないですが、申し述べましたように、政策資源を計画的に使う仕組みも未熟です。事業が体系化されておらず、原価の計算ができていない、だから総合計画は絵に描いた餅になるわけです。しかし、予算、決算と連動する自治体計画は今こそ必要で、しかもそれはほとんどないという状況にあります。
最後に、問題提起が尊重され、議論されるという営みが足りないということを申し上げます。
行政は間違わない、政策に正解がある、それであれば議論は要らないんです。でも、それは幻想で逆です。改革や改善は必ず少数者からの問題提起を起点として進みます。なのに、私たちの社会は、もめ事、つまり問題提起を避ける傾向があります。空気や上に逆らわず我慢する、それでは改善しないわけです。もめないことがいいことなのではなく、自分たちでちゃんともめ、ちゃんと治めるということが自治として必要なのです。
それらを踏まえて、では、国と自治体の役割分担を読み解いてみたいと思います。
地域は疲弊しています。それでも固有の課題にどう向かい合うか、どういう地域をつくっていくかは、その地域を構成する人々とその地域の政府である自治体にやってもらうよりほかありません。
地域も、地域の課題も固有です。いわゆるモデル事例をコピーしてもそのまま効くことはありません。その地域で、うちの町で、どうやったらうまくいくか、その真摯な努力と模索をする人々が必要なのです。しかし、それがうまくできない地域もある、差ができる。地方分権を前提にすれば、地域に差ができることは当然です。差と呼ぶか個性と呼ぶかの違いです。
ただ、うまくいかなかった結果として、ある地域の人々が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができないという水準になれば、そこを支えるのは国でしょう。ナショナルミニマムを支える責任は国にあります。それは、自治体との関係とは別に、人々に対して国が持つ責任なわけです。
国としてのマクロな課題も既に深刻化しています。自然人口の動態や晩婚化、一人親家庭の厳しさといった問題は、個別自治体の問題ではなく、本来、国レベルで対応するべき問題です。マクロで見たときの構造の格差が生み出す地域間格差もそうです。人々を支えると言いましたが、日本では、国の政策でも実際に人々に行政サービスとして届けるのは自治体です。そこで、国は、ナショナルミニマムが欠落しないよう、全国基準、枠組みを設定してそこに責任を持つ、そこに自治体が独自に必要不可欠とするものがあれば上乗せをする。市民から見たとき、これが国と自治体の責任を果たすということです。
自治体との政府間関係では、国も自治体もそれぞれの課題状況が違い、いわゆるお事情が違うわけです。分権改革で対等、協力と表現された政府間関係は、対等であれば協力だけではなく対峙することもあり得ます。国と自治体がそれぞれ責任を持つ対象である人々を挟んで対峙する緊張関係がある、それが実は本来重要なのです。そこに価値観の対立があり、議論があり、人々から見た国と自治体の在り方が問い直される。
繰り返しますが、国ができることは、人々に対しては国基準を基本に枠組みとなる政策、制度を設定すること、地域政府ではできない国全体のマクロな構造問題に対応すること、自治体にとっても重要なことですが、やはり自治体ではできない統計情報やしっかりした統計、その分析といった……
この発言だけを見る →本日は、貴重な機会をいただきました。土山希美枝でございます。
経歴は御紹介のとおりですが、前職は京都の龍谷大学に二十年おり、さらに、その前、生まれは北海道の芦別市という旧産炭地の小さな町です。そうした小さなあるいは弱い地域の目線から、まず三点お話しさせていただきたいと思います。
一つは、まず、自治体、特に基礎自治体の現状を申し上げておきたいと思います。
地域や地域を構成する人々は疲弊しています。全国もそうですが、痛みというのは弱いところにより強く響くものです。いわゆる条件不利地域あるいは構造的に弱い立場の人々の疲弊は極めて深刻です。そこにコロナ禍が輪を掛けているという状態にあります。自治体もまた増大する負荷と疲弊に痛み、結果として政策展開の随所で萎縮やそんたくや放らつに落ち込んでいます。
自治体行政の問題の背景には、行政は無謬、つまり行政は間違わないという過去の誤った幻想があります。議会にも行政にも人々の間にも残っています。政策には本来正解はありません。しかし、行政は間違わないということが前提になると、政策がうまくいかないということは行政が間違えていたからということになる。そうした行政が間違えていたんだということを避けるには、職員にとっては前任者がやっていたとおりにやる、あるいは国や国の行政が間違っていないはずだからその予定調和を崩さないでやる。萎縮とそんたくにつながっています。
また、自治体行政運営の内部では、業務や労務、原価管理の仕組みの問題があります。
例えば、事業が体系化されて可視化され予算、決算と連動した自治体計画を持つ自治体がほとんどいないということです。自治体政策の最小単位は事業ですが、事業が全部で幾つで、それぞれの支出がどうなっていて、職員の労力がどれぐらい掛かっているかが捉えられていません。事業別予算、決算がなくて、そのため議会で見る予算は款項目節になります。それだと、何を幾らでやっているか、本当にそれが必要なのかどうかが議会にも市民にも見えないことになります。だから、事業単体としてもパッケージとしても評価がしにくいということになります。
労務管理でいえば、日報がないところがほとんどです。そのため、事業と職員の数と時間の関係も見えない。全体の人事管理に生かすことができないわけです。
こうした自治体経営の基礎情報が整理されていない、でも支出は削らないといけない。だから、部や課の単位でトータルで支出一割減とか、退職者不補充とか、声の弱い人に関わる事業が削られやすくなる。これがコストカット行革です。
外部の政策主体との連携もなお未熟です。市民活動との連携では、動員や下請扱いすることで市民活動のエネルギーを消耗させる協働疲れということも既に起こっています。
一方、国や環境、空気、雰囲気に許されると判断されるときには、放らつとも言っていいことが起こります。ここ十年、豊かな納税者と自治体が税金で得をしましょう、政府ですね、豊かな納税者と政府、自治体が税金で得をしましょうという政策が増えてきた。そういう政策がありだとなると、私が当選したら皆さんに税金から何万円キックバックしますという候補者も出てくるわけです。
災害時には、緊急事態だからといって専決処分がどんどんなされる。コロナ禍もある意味災害です。災害で緊急事態だから行政の邪魔をするな。その結果として様々ないろいろなものが専決処分に入り込んでくることもある。専決処分という制度はそろそろ考えた方がいい。
議会には、行政は間違わないという前提がまた色濃く残っています。行政が間違わないなら、真剣にチェックしなくても、提案しなくてもいいわけです。行政もその方がやりやすい。議会は歴史的に追認機構であってきました。自治体政策、つまり事業やその固まりについてチェックや提案を通じて責任を持つ、そういった政策議会としての模索は、先駆的なごく一部の自治体で始まったばかりです。
もちろん、厳しい経済状況の中で地域がしっかりと立とうとしている、そういう人々ももちろんいます。企業、職員、議会もあります。申し上げたように、全体状況では疲弊していても、個別の取組にはすばらしいところ、本当にいいところがいっぱいあるんです。ほとんどの自治体ができていないことをやっているところももちろんある。
でも、そうした事例は地域固有の状況で、固有の人々による真摯な努力の結果として現れるわけです。地域課題をめぐっては、地域の人々と自治体で、自分たちで自分たちの固有の状況を資源を使って模索してあがいていくしかないわけです。
さて、こうした状況を超えるために足りないものは何かを考えてみたいと思います。三点にまとめています。
まず、政策や行政の前提の共有です。今日の社会では、政府の存在理由は、そのエリアを構成する人々にとって必要不可欠な政策や制度を整備することです。国も自治体も必要不可欠以上のことはできません。ミニマムのことしかできないわけです。しかし、課題は無限ですが資源は有限です。そのためにちゃんと必要不可欠な政策や制度を整えること、一つ一つの政策効果が高いこと、この二つが政府に求められます。
しかし、この二つも、二つとも正解がないわけです。何がその地域に、エリアに必要不可欠で、どうやって地域の課題に対応するのか、そのエリアの主体である自分たちで選択して決めるしかないわけです。地域のことは地域でせざるを得ないんです。この前提は常に共有される必要があります。
足りないといえば、資源、リソースです。国も自治体も、人、物、金、時間、労力が足りません。まず人、いわゆる役所の職員はそろそろ減らし過ぎたと言ってもいいのではないでしょうか。なぜ減らし過ぎたか。事業、労務、原価管理ができていない状態でコストカット行革を進めたからです。事業の数は減っていないのに人は減り、市民への対応はより丁寧になることが求められる。ほかの政策主体との連携も、調整には時間と労力と資源が必要なんです。
情報化も、現在の環境から移行するためには人材や資源が必要です。標準化法が通りましたが、これまで独自で組み上げてしまった環境から移行することには大変な労力と資源が必要になる。
政令市でも、汎用機の中ではCOBOLという古語に近いようなパソコン、コンピューター言語が動いているわけです。相当に移行のためには資源が必要になる。しかも、それは自治体固有の状況が、対応が必要になるということになっています。
地域の課題に取り組む政策資源も足りません。特に、小規模や条件不利地域と言われるところには足りません。資源も少ないですが、申し述べましたように、政策資源を計画的に使う仕組みも未熟です。事業が体系化されておらず、原価の計算ができていない、だから総合計画は絵に描いた餅になるわけです。しかし、予算、決算と連動する自治体計画は今こそ必要で、しかもそれはほとんどないという状況にあります。
最後に、問題提起が尊重され、議論されるという営みが足りないということを申し上げます。
行政は間違わない、政策に正解がある、それであれば議論は要らないんです。でも、それは幻想で逆です。改革や改善は必ず少数者からの問題提起を起点として進みます。なのに、私たちの社会は、もめ事、つまり問題提起を避ける傾向があります。空気や上に逆らわず我慢する、それでは改善しないわけです。もめないことがいいことなのではなく、自分たちでちゃんともめ、ちゃんと治めるということが自治として必要なのです。
それらを踏まえて、では、国と自治体の役割分担を読み解いてみたいと思います。
地域は疲弊しています。それでも固有の課題にどう向かい合うか、どういう地域をつくっていくかは、その地域を構成する人々とその地域の政府である自治体にやってもらうよりほかありません。
地域も、地域の課題も固有です。いわゆるモデル事例をコピーしてもそのまま効くことはありません。その地域で、うちの町で、どうやったらうまくいくか、その真摯な努力と模索をする人々が必要なのです。しかし、それがうまくできない地域もある、差ができる。地方分権を前提にすれば、地域に差ができることは当然です。差と呼ぶか個性と呼ぶかの違いです。
ただ、うまくいかなかった結果として、ある地域の人々が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができないという水準になれば、そこを支えるのは国でしょう。ナショナルミニマムを支える責任は国にあります。それは、自治体との関係とは別に、人々に対して国が持つ責任なわけです。
国としてのマクロな課題も既に深刻化しています。自然人口の動態や晩婚化、一人親家庭の厳しさといった問題は、個別自治体の問題ではなく、本来、国レベルで対応するべき問題です。マクロで見たときの構造の格差が生み出す地域間格差もそうです。人々を支えると言いましたが、日本では、国の政策でも実際に人々に行政サービスとして届けるのは自治体です。そこで、国は、ナショナルミニマムが欠落しないよう、全国基準、枠組みを設定してそこに責任を持つ、そこに自治体が独自に必要不可欠とするものがあれば上乗せをする。市民から見たとき、これが国と自治体の責任を果たすということです。
自治体との政府間関係では、国も自治体もそれぞれの課題状況が違い、いわゆるお事情が違うわけです。分権改革で対等、協力と表現された政府間関係は、対等であれば協力だけではなく対峙することもあり得ます。国と自治体がそれぞれ責任を持つ対象である人々を挟んで対峙する緊張関係がある、それが実は本来重要なのです。そこに価値観の対立があり、議論があり、人々から見た国と自治体の在り方が問い直される。
繰り返しますが、国ができることは、人々に対しては国基準を基本に枠組みとなる政策、制度を設定すること、地域政府ではできない国全体のマクロな構造問題に対応すること、自治体にとっても重要なことですが、やはり自治体ではできない統計情報やしっかりした統計、その分析といった……
吉
土
土山希美枝#16
○参考人(土山希美枝君) 失礼いたしました。はい。
地域の可視化です。つまり、自治体にとって国は良きタニマチであることが期待されると言えます。
時間が掛かりまして失礼しました。
御清聴ありがとうございます。
この発言だけを見る →地域の可視化です。つまり、自治体にとって国は良きタニマチであることが期待されると言えます。
時間が掛かりまして失礼しました。
御清聴ありがとうございます。
吉
吉田忠智#17
○委員長(吉田忠智君) ありがとうございました。
以上で参考人の御意見の陳述は終わりました。
これより参考人に対する質疑を行います。
なお、質疑及び答弁は着席のままで結構でございます。
質疑のある方は順次御発言願います。
この発言だけを見る →以上で参考人の御意見の陳述は終わりました。
これより参考人に対する質疑を行います。
なお、質疑及び答弁は着席のままで結構でございます。
質疑のある方は順次御発言願います。
藤
藤末健三#18
○藤末健三君 自民党・国民の声の藤末健三でございます。
まず、私は、高橋稲城市長に御質問させていただきたいと思います。御講演ありがとうございました。
私は、市長がお配りいただいたこの資料、すごく関心深く拝見させていただきまして、実は私、昨年、稲城市内伺いまして、地元のこいそ明都議とずっと回ったんです、実は。そのときにもうすごく覚えていますのが、このガンダムと赤いザク、シャア用ザクと言うんですけれど、とか、あとはヤッターワンとかモニュメントを建てておられて、本当に、何というか、町おこしをこういうアニメとかの題材を使ってすごく進めておられるんだなというふうに強く感じさせていただきました。
これ、ちょっと写真で分からないと思いますけれど、高さが三・六メートルございます。想定が十八メートルなので五分の一サイズなんですよ。近くで見るとすごく大きく見えるものでありますし、また同時に、パンフレットの右下にありますように、マンホールの蓋にもガンダムとか、あとヤッターワンとか、これスコープドッグ、なかなか知らない方も多いかもしれませんけど、有名なアニメーションなんですが、この大河原邦男、メカニックデザイナーの大河原邦男さんがこの地元御出身ということでそのような取組を進めていただいていると、すごく印象的だったことを覚えております。
一方で、国と自治体の役割という話をちょっとさせていただきますと、実は今国の方も、この文化芸術という対象に漫画やアニメやゲームを含めるような法改正を行っています、最近。
したがいまして、文化庁などの予算においても、このようなアニメや漫画、ゲームといったものを使った地方を振興するような、例えばメディア芸術連携基盤等推進整備事業というのがございまして、あと、また、これは地域のいろんなこういう取組をネットワーク化するという文化庁の事業でありますし、また、アートキャラバン、地域連携というのがございまして、これはまさしく漫画も含む、アニメも含む、いろんな地域のネットワークを連携していこうという取組がございます。
そのようなものを使っていただいたり、また、経済産業省もコンテンツ制作ということで、その地域振興をまさしくコンテンツ、漫画、アニメ、ゲーム、あと同人誌みたいなもので地域を興そうという活動をしておりまして、是非、私自身からの記憶でいきますと、やはりこの稲城市がアニメのキャラクターなどをフルに使ってうまく地域を振興していっていただいている。と同時に、国との役割をどうすべきかということをちょっとアドバイスをいただければと思っておりますので、お願いいたします。
この発言だけを見る →まず、私は、高橋稲城市長に御質問させていただきたいと思います。御講演ありがとうございました。
私は、市長がお配りいただいたこの資料、すごく関心深く拝見させていただきまして、実は私、昨年、稲城市内伺いまして、地元のこいそ明都議とずっと回ったんです、実は。そのときにもうすごく覚えていますのが、このガンダムと赤いザク、シャア用ザクと言うんですけれど、とか、あとはヤッターワンとかモニュメントを建てておられて、本当に、何というか、町おこしをこういうアニメとかの題材を使ってすごく進めておられるんだなというふうに強く感じさせていただきました。
これ、ちょっと写真で分からないと思いますけれど、高さが三・六メートルございます。想定が十八メートルなので五分の一サイズなんですよ。近くで見るとすごく大きく見えるものでありますし、また同時に、パンフレットの右下にありますように、マンホールの蓋にもガンダムとか、あとヤッターワンとか、これスコープドッグ、なかなか知らない方も多いかもしれませんけど、有名なアニメーションなんですが、この大河原邦男、メカニックデザイナーの大河原邦男さんがこの地元御出身ということでそのような取組を進めていただいていると、すごく印象的だったことを覚えております。
一方で、国と自治体の役割という話をちょっとさせていただきますと、実は今国の方も、この文化芸術という対象に漫画やアニメやゲームを含めるような法改正を行っています、最近。
したがいまして、文化庁などの予算においても、このようなアニメや漫画、ゲームといったものを使った地方を振興するような、例えばメディア芸術連携基盤等推進整備事業というのがございまして、あと、また、これは地域のいろんなこういう取組をネットワーク化するという文化庁の事業でありますし、また、アートキャラバン、地域連携というのがございまして、これはまさしく漫画も含む、アニメも含む、いろんな地域のネットワークを連携していこうという取組がございます。
そのようなものを使っていただいたり、また、経済産業省もコンテンツ制作ということで、その地域振興をまさしくコンテンツ、漫画、アニメ、ゲーム、あと同人誌みたいなもので地域を興そうという活動をしておりまして、是非、私自身からの記憶でいきますと、やはりこの稲城市がアニメのキャラクターなどをフルに使ってうまく地域を振興していっていただいている。と同時に、国との役割をどうすべきかということをちょっとアドバイスをいただければと思っておりますので、お願いいたします。
高
高橋勝浩#19
○参考人(高橋勝浩君) 御質問ありがとうございます。
稲城市は、このアニメのガンダムのメカニックデザイナー、大河原邦男先生が現在も稲城にお住まいだということでございまして、大河原先生の御協力をいただいて、大河原邦男プロジェクトという形でアニメ、特にガンダム系のものを、ロボット系のもの、メカニカルなものを利用して地域おこしをしているということでございますが。
これはこれでその稲城の既存の観光資源、これを使って地域振興にしようということでございますが、大河原先生御本人の意向というのは、やはり長らくこういったアニメ業界にいて、どうしても漫画という制作については若干やっぱり社会的な地位としては認知されていないということがあって、ライフワークとしてこういった事業に携わる方々の社会的な地位を上げる、あるいは、漫画、アニメということではなくて、これを芸術の域まで持ち上げたい、そのために余生を市に協力をして共にやっていこうという御意向があるということでありますので、まさにその両面、単なる漫画で人を寄せようということと同時に、これを芸術の、あるいはそういった域まで上げていこうということもあって取り組んでいるということを御理解いただきたいと思います。
一方で、私ども市町村では、いろんなところでアニメを使って町おこしをしているところでありますが、余りこれやり過ぎると、あそこの市長は仕事しないでアニメでばかり遊んでいるということで次の選挙で落選した方も数知れずということがあるんで、私も自重して、余りやり過ぎてはいけないかなと思いますけれども。
是非、そういった意味では地域振興としては各市町村で既に取り組んでいる、また、それに対して東京都ではかなりの補助金を施設整備等についてはいただいておりますが、それとは別に是非国で取り組んでいただきたいのは、こういったアニメーターの方、この業界に携わっている方がちゃんと評価をされて、世界的に通用する、そういったコンテンツであると同時に、これを芸術の域まで上げていく、そういう是非評価を後押しを国ではお願いしたいなというふうに思っております。
以上です。
この発言だけを見る →稲城市は、このアニメのガンダムのメカニックデザイナー、大河原邦男先生が現在も稲城にお住まいだということでございまして、大河原先生の御協力をいただいて、大河原邦男プロジェクトという形でアニメ、特にガンダム系のものを、ロボット系のもの、メカニカルなものを利用して地域おこしをしているということでございますが。
これはこれでその稲城の既存の観光資源、これを使って地域振興にしようということでございますが、大河原先生御本人の意向というのは、やはり長らくこういったアニメ業界にいて、どうしても漫画という制作については若干やっぱり社会的な地位としては認知されていないということがあって、ライフワークとしてこういった事業に携わる方々の社会的な地位を上げる、あるいは、漫画、アニメということではなくて、これを芸術の域まで持ち上げたい、そのために余生を市に協力をして共にやっていこうという御意向があるということでありますので、まさにその両面、単なる漫画で人を寄せようということと同時に、これを芸術の、あるいはそういった域まで上げていこうということもあって取り組んでいるということを御理解いただきたいと思います。
一方で、私ども市町村では、いろんなところでアニメを使って町おこしをしているところでありますが、余りこれやり過ぎると、あそこの市長は仕事しないでアニメでばかり遊んでいるということで次の選挙で落選した方も数知れずということがあるんで、私も自重して、余りやり過ぎてはいけないかなと思いますけれども。
是非、そういった意味では地域振興としては各市町村で既に取り組んでいる、また、それに対して東京都ではかなりの補助金を施設整備等についてはいただいておりますが、それとは別に是非国で取り組んでいただきたいのは、こういったアニメーターの方、この業界に携わっている方がちゃんと評価をされて、世界的に通用する、そういったコンテンツであると同時に、これを芸術の域まで上げていく、そういう是非評価を後押しを国ではお願いしたいなというふうに思っております。
以上です。
藤
吉
藤
藤末健三#22
○藤末健三君 済みません。
本当にありがとうございます。
まさしくおっしゃるとおりでございまして、やっぱりアニメーターの方々の地位を上げていくということも重要でございますし、今、日本のアニメーションってもう売上げが三兆円ぐらいになろうとしています。
海外の売上げがもう一兆円を超えていまして、やはりもうアニメーションは日本が発祥の地だという形になりつつある、世界ではなっていますので、それがやはり国内的にもそのアニメーターの方々、アニメーションの評価を上げるとともにアニメーターの方々の評価を上げていく。
それがまた、実は私は全国比例区の人間なんでいろんな土地へ行くんですよ。例えば鳥取に行ったらゲゲゲの鬼太郎だったり、高知に行ったらアンパンマンみたいな形で、本当、地域とキャラクターが一体化して町おこししている例はいっぱいありますので、やっぱりそういうことをやった人が逆に当選するような雰囲気をつくらなきゃいけないと思わさせていただきました。
次に、土山教授にちょっと御質問させていただきたいと思います。
私自身、先ほど申し上げましたように、いろんな、全国区でございますので、いろんな地域に伺います。その中で、やっぱり自治体と国との役割分担って非常に重要だと思うんですが、何を感じているかと申しますと、一つ抜けがあるんじゃないかということです。
例えば、インフラ、生活のインフラでいきますと、水とかごみの処理、あと保健というのは自治体が行う形になっていると。通信は国が行いますと、ユニバーサルサービスを。ところが、何があるかと申しますと、伺う市町村でもガソリンスタンドがないところがあるんですよ。何があるかというと、その過疎化された町のお父さん、お母さん、高齢者の方が、四十分、一時間掛けてガソリンスタンドに行っているという状況を私は聞いています、実際に。そういう点はどういうふうに思われるか。
また同時に、都市部であれば都市ガスがあるんですけれど、地域に行くともうLPガスになると。そうすると、LPガスを運んでもらうのに一時間ぐらい掛かるところがあるんですよ。そういうところを見ながら、私自身は何となく、生活のインフラなのに地方自治体でも見ていないし国でも見ていないという、市場で見てくださいという形で大きく抜けがあるところがあるんではないかなというのをちょっと感じているんですけど、その点につきまして土山教授の御見解を教えていただければと思いますので、お願いいたします。
この発言だけを見る →本当にありがとうございます。
まさしくおっしゃるとおりでございまして、やっぱりアニメーターの方々の地位を上げていくということも重要でございますし、今、日本のアニメーションってもう売上げが三兆円ぐらいになろうとしています。
海外の売上げがもう一兆円を超えていまして、やはりもうアニメーションは日本が発祥の地だという形になりつつある、世界ではなっていますので、それがやはり国内的にもそのアニメーターの方々、アニメーションの評価を上げるとともにアニメーターの方々の評価を上げていく。
それがまた、実は私は全国比例区の人間なんでいろんな土地へ行くんですよ。例えば鳥取に行ったらゲゲゲの鬼太郎だったり、高知に行ったらアンパンマンみたいな形で、本当、地域とキャラクターが一体化して町おこししている例はいっぱいありますので、やっぱりそういうことをやった人が逆に当選するような雰囲気をつくらなきゃいけないと思わさせていただきました。
次に、土山教授にちょっと御質問させていただきたいと思います。
私自身、先ほど申し上げましたように、いろんな、全国区でございますので、いろんな地域に伺います。その中で、やっぱり自治体と国との役割分担って非常に重要だと思うんですが、何を感じているかと申しますと、一つ抜けがあるんじゃないかということです。
例えば、インフラ、生活のインフラでいきますと、水とかごみの処理、あと保健というのは自治体が行う形になっていると。通信は国が行いますと、ユニバーサルサービスを。ところが、何があるかと申しますと、伺う市町村でもガソリンスタンドがないところがあるんですよ。何があるかというと、その過疎化された町のお父さん、お母さん、高齢者の方が、四十分、一時間掛けてガソリンスタンドに行っているという状況を私は聞いています、実際に。そういう点はどういうふうに思われるか。
また同時に、都市部であれば都市ガスがあるんですけれど、地域に行くともうLPガスになると。そうすると、LPガスを運んでもらうのに一時間ぐらい掛かるところがあるんですよ。そういうところを見ながら、私自身は何となく、生活のインフラなのに地方自治体でも見ていないし国でも見ていないという、市場で見てくださいという形で大きく抜けがあるところがあるんではないかなというのをちょっと感じているんですけど、その点につきまして土山教授の御見解を教えていただければと思いますので、お願いいたします。
土
土山希美枝#23
○参考人(土山希美枝君) ありがとうございます。私自身もLPガスを使って育ちましたので、お話しいただいていること、よく分かると思います。
私たちの社会は、その政策や制度のネットワークがあって初めて人々の暮らしが成り立っています。ただ、医療も介護も環境もそうですけれども、国や自治体が行う必要不可欠としての政策や制度、それ以外の市民社会セクターの展開する政策、企業が展開する政策というのがあります。
その中で、企業がコストペイしないからやらない、あるいは市民に担い手がいないからできない、しかし地域に必要不可欠ですということであれば、それはやはりその政府、その地域や国という政府が行うことだと思います。ガソリンスタンドや、例えば私の地元には、今は変わりましたが、公設で、何というか温泉があったりしたわけですけれども、そうしたインフラを自治体が直接行うということも可能であったりしますし、一方で、いや、それは地域で必要だからやろうよということで、ガソリンスタンドをその地域のほかのお商売をされている方がされたり、そうした展開もあるかと思います。
雲南市の多機能地域居住でいえば、地域の自治会、かつて自治会的な、自治会と呼ばれていた地縁団体がコミュニティービジネスのようなことをつくって配食サービスやガスの検針を代行する代わりに、そこで少し組織を動かす資源を得ているというところもあります。コミュニティービジネスなどの展開で支えられる、しかし、それで支えられないからどうしようもないところは、それはやはり国や自治体、特に自治体という政府が行うべきことだというふうに思います。ただし、その資源は市民に由来するものだと思います。
この発言だけを見る →私たちの社会は、その政策や制度のネットワークがあって初めて人々の暮らしが成り立っています。ただ、医療も介護も環境もそうですけれども、国や自治体が行う必要不可欠としての政策や制度、それ以外の市民社会セクターの展開する政策、企業が展開する政策というのがあります。
その中で、企業がコストペイしないからやらない、あるいは市民に担い手がいないからできない、しかし地域に必要不可欠ですということであれば、それはやはりその政府、その地域や国という政府が行うことだと思います。ガソリンスタンドや、例えば私の地元には、今は変わりましたが、公設で、何というか温泉があったりしたわけですけれども、そうしたインフラを自治体が直接行うということも可能であったりしますし、一方で、いや、それは地域で必要だからやろうよということで、ガソリンスタンドをその地域のほかのお商売をされている方がされたり、そうした展開もあるかと思います。
雲南市の多機能地域居住でいえば、地域の自治会、かつて自治会的な、自治会と呼ばれていた地縁団体がコミュニティービジネスのようなことをつくって配食サービスやガスの検針を代行する代わりに、そこで少し組織を動かす資源を得ているというところもあります。コミュニティービジネスなどの展開で支えられる、しかし、それで支えられないからどうしようもないところは、それはやはり国や自治体、特に自治体という政府が行うべきことだというふうに思います。ただし、その資源は市民に由来するものだと思います。
藤
藤末健三#24
○藤末健三君 どうもありがとうございます。
実際に、私伺った自治体で、自治体がガソリンスタンドをつくっているところがあるんですよ。何を聞いたかと申しますと、つくるときは国の補助金が出るんです、実は。運用に出ないんですね。ですから、運用のコストがすさまじい負担になっているという話をしていましたので、そういうところをまたこちらの国会の方からも政府の方に提案なんかしていきたいと思いますので、引き続き土山教授におかれましてはいろいろと御指導いただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
あともう一つ、三つ目の御質問をさせていただきます。
稲継教授に御質問させていただきたいのは、今、国と自治体の業務の仕事の割り振りということで、パスポートとかライセンスなんかのその作業のことを教えていただいたんですけど、私自身が実際に、まあ父が郵便局員だったこともありまして、私、割と外国の郵便局行っているんですよ。そうすると、例えばオーストラリアとかイタリアとかフランス、イギリス、そしてオーストリアも行ったと思うんですが、何があるかというと、郵便局がパスポート発行できるんですよ。かつ、国によってはドライバーズライセンスも出せます。多くの国々が、日本でいうところのマイナンバー、国民IDが出せるんですよ。
ですから、何があるかというと、郵便局がそういう、日本であれば自治体がやっているような窓口の業務をやってもらっているんですね。私自身もそれはもう提案して、これをやるべきじゃないかという話はしたんですけど、なかなか逆に、郵政事業がもう民営化したからできませんという話になっちゃったんですよ。
私は、逆にやってもらうべきだと、地域を支える郵便局がやるべきだと思っているんですけれど、逆の方に進んでしまったんですけど、先生から見られて、地方自治体がやるべき窓口サービスなどを郵便局などにお願いするということについてはいかがお考えでしょうか。
この発言だけを見る →実際に、私伺った自治体で、自治体がガソリンスタンドをつくっているところがあるんですよ。何を聞いたかと申しますと、つくるときは国の補助金が出るんです、実は。運用に出ないんですね。ですから、運用のコストがすさまじい負担になっているという話をしていましたので、そういうところをまたこちらの国会の方からも政府の方に提案なんかしていきたいと思いますので、引き続き土山教授におかれましてはいろいろと御指導いただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
あともう一つ、三つ目の御質問をさせていただきます。
稲継教授に御質問させていただきたいのは、今、国と自治体の業務の仕事の割り振りということで、パスポートとかライセンスなんかのその作業のことを教えていただいたんですけど、私自身が実際に、まあ父が郵便局員だったこともありまして、私、割と外国の郵便局行っているんですよ。そうすると、例えばオーストラリアとかイタリアとかフランス、イギリス、そしてオーストリアも行ったと思うんですが、何があるかというと、郵便局がパスポート発行できるんですよ。かつ、国によってはドライバーズライセンスも出せます。多くの国々が、日本でいうところのマイナンバー、国民IDが出せるんですよ。
ですから、何があるかというと、郵便局がそういう、日本であれば自治体がやっているような窓口の業務をやってもらっているんですね。私自身もそれはもう提案して、これをやるべきじゃないかという話はしたんですけど、なかなか逆に、郵政事業がもう民営化したからできませんという話になっちゃったんですよ。
私は、逆にやってもらうべきだと、地域を支える郵便局がやるべきだと思っているんですけれど、逆の方に進んでしまったんですけど、先生から見られて、地方自治体がやるべき窓口サービスなどを郵便局などにお願いするということについてはいかがお考えでしょうか。
稲
稲継裕昭#25
○参考人(稲継裕昭君) どうも御質問ありがとうございました。
私は、国と地方、どちらもあり得ると思っております。今の御質問に沿って言いますと、郵便局において地方自治体の窓口がやっているような業務を請け負うこともこれは当然あり得る、住民にとって一番便利なやり方を模索すべきだと思っております。
国際運転免許証は、日本では都道府県の公安委員会、運転免許試験場に行って発行してもらうことになっていますけれども、イギリスですと日本でいうJAFの窓口で簡単に発行できるんですね。そういったことは国を越えるといろんな形があり得るので、今、日本で行われている窓口の形が唯一無二のものだとは全然思っておりません。
御質問ありがとうございました。
この発言だけを見る →私は、国と地方、どちらもあり得ると思っております。今の御質問に沿って言いますと、郵便局において地方自治体の窓口がやっているような業務を請け負うこともこれは当然あり得る、住民にとって一番便利なやり方を模索すべきだと思っております。
国際運転免許証は、日本では都道府県の公安委員会、運転免許試験場に行って発行してもらうことになっていますけれども、イギリスですと日本でいうJAFの窓口で簡単に発行できるんですね。そういったことは国を越えるといろんな形があり得るので、今、日本で行われている窓口の形が唯一無二のものだとは全然思っておりません。
御質問ありがとうございました。
藤
藤末健三#26
○藤末健三君 参考人の先生方、どうもありがとうございました。これで質問を終わらさせていただきます。
参考にさせていただきまして、いろいろ政策に生かしていきますので、よろしくお願いします。
この発言だけを見る →参考にさせていただきまして、いろいろ政策に生かしていきますので、よろしくお願いします。
江
江崎孝#27
○江崎孝君 どうも三人の参考人の皆さん、ありがとうございました。
国と自治体の役割分担って非常に昔からあった問題であり、余りにも置いてけぼりにされている問題だというふうに思うんですけれども。
せんだって、先月、第三十三次地方制度調査会が首相官邸で第一回の総会がございまして、実はそこで地方制度調査会こそで国と地方の役割分担を議論すべきではないかという話をさせていただきました。コロナ禍で、住民の皆さんは何が法定受託事務か自治事務かというのはもうほとんど御理解、まあしなくてもいいわけでありますけれども、例えば給付金、定額給付金は、あれは自治事務なんですね。だけど、ほとんどの方が自治事務と思っていらっしゃるかどうか分からない。逆にマスクの配布は、これは法定受託事務。訳が分からないという状況で、自治体はやっぱり右往左往している。やっぱり今こそ、国会の中でも、この国と地方の役割分担、地方分権という考え方よりも、国と地方の役割分担が今どうあるべきかというのは是非議論しなきゃいけない問題だということを提起させていただきました。
そこで、じゃ、なぜ、国と地方の役割分担がこれほど不明瞭になって、いまだかつて大問題になっているか、いや、なっていないのかもしれませんけれども、状況かということを考えたときに、制度調査会でお話しさせていただいたのは、やはり地方自治の本旨ということがどれだけ明確化されたか、この七十年以上たった今日ですね。地方自治法も、昭和二十何年でしたか、一九四七年かな、制定されて、ここにも地方自治の本旨というふうに書かれていますけれども、私が知り得る限りでは、団体自治とか住民自治の議論はありましたけれども、まあいわゆる日本国憲法で考えていく地方自治の本旨というのが、議論がなされて、ちゃんとした考え方が定着しているとは実は思いません。地方自治を憲法上明記している国もあるし、ない国もあるわけでありますから、日本国憲法で地方自治の本旨というのが明記されたことは非常に有り難いことなんですけれども、私は地方自治の本旨を憲法上で明記しろということを言っているわけじゃないんですね。今の憲法で保障され、規定されている地方自治の本旨をやはり国会も含めて、地方の団体も含めてもっと明確にできるように議論すべきときだ、すべきだったんではないのか。それが余りにも不作為だったので、いまだかつて国と地方の役割分担を議論しなきゃいけなくなってきている。
そこで、せっかくの機会ですので、参考人それぞれに、御自分の理解で結構でございますので、地方自治の本旨とは一体何なのか、これを端的にお答えいただけませんでしょうか。
高橋参考人から随時お願いします。
この発言だけを見る →国と自治体の役割分担って非常に昔からあった問題であり、余りにも置いてけぼりにされている問題だというふうに思うんですけれども。
せんだって、先月、第三十三次地方制度調査会が首相官邸で第一回の総会がございまして、実はそこで地方制度調査会こそで国と地方の役割分担を議論すべきではないかという話をさせていただきました。コロナ禍で、住民の皆さんは何が法定受託事務か自治事務かというのはもうほとんど御理解、まあしなくてもいいわけでありますけれども、例えば給付金、定額給付金は、あれは自治事務なんですね。だけど、ほとんどの方が自治事務と思っていらっしゃるかどうか分からない。逆にマスクの配布は、これは法定受託事務。訳が分からないという状況で、自治体はやっぱり右往左往している。やっぱり今こそ、国会の中でも、この国と地方の役割分担、地方分権という考え方よりも、国と地方の役割分担が今どうあるべきかというのは是非議論しなきゃいけない問題だということを提起させていただきました。
そこで、じゃ、なぜ、国と地方の役割分担がこれほど不明瞭になって、いまだかつて大問題になっているか、いや、なっていないのかもしれませんけれども、状況かということを考えたときに、制度調査会でお話しさせていただいたのは、やはり地方自治の本旨ということがどれだけ明確化されたか、この七十年以上たった今日ですね。地方自治法も、昭和二十何年でしたか、一九四七年かな、制定されて、ここにも地方自治の本旨というふうに書かれていますけれども、私が知り得る限りでは、団体自治とか住民自治の議論はありましたけれども、まあいわゆる日本国憲法で考えていく地方自治の本旨というのが、議論がなされて、ちゃんとした考え方が定着しているとは実は思いません。地方自治を憲法上明記している国もあるし、ない国もあるわけでありますから、日本国憲法で地方自治の本旨というのが明記されたことは非常に有り難いことなんですけれども、私は地方自治の本旨を憲法上で明記しろということを言っているわけじゃないんですね。今の憲法で保障され、規定されている地方自治の本旨をやはり国会も含めて、地方の団体も含めてもっと明確にできるように議論すべきときだ、すべきだったんではないのか。それが余りにも不作為だったので、いまだかつて国と地方の役割分担を議論しなきゃいけなくなってきている。
そこで、せっかくの機会ですので、参考人それぞれに、御自分の理解で結構でございますので、地方自治の本旨とは一体何なのか、これを端的にお答えいただけませんでしょうか。
高橋参考人から随時お願いします。
高
高橋勝浩#28
○参考人(高橋勝浩君) 地方自治の本旨、いろんな学説があるんだろうと思いますが、一言で言えばニア・イズ・ベター、補完原則なんだろうと思っています。自分でできることは自分でやる、家族でできることは家族でやる、隣近所で協力し合ってできることは隣近所でやる。それでもできないものについては税金を払って市町村で行う、市町村で行えないことは広域で都道府県で行う、そして国全体でやらなきゃいけないことはそれで国でやると。その補完原則を実施するのが地方自治の本旨だと思っています。
以上です。
この発言だけを見る →以上です。
稲
稲継裕昭#29
○参考人(稲継裕昭君) 御質問ありがとうございます。
私、これまで地方自治の教科書を三冊ぐらい、有斐閣と東洋経済新報と放送大学教育振興会と出していますけれども、教科書的には住民自治と団体自治を共に重視すること、尊重することというふうに書いてまいりました。ただ、それでは実は何も説明していないということが最近やはりすごく気に掛かっております。
恐らく、住民による自己統治というところが一番の地方自治の本旨というところなのかもしれません。でも、教科書的には住民自治、団体自治共に尊重することということになりますが、やはり住民が自ら統治できるような仕組みをどうやってつくっていくのか。先ほど申し上げたデシディムなんかはまさにその典型的なものになると思いますけれども、ICTを使ってそれが相当近くなっているような気がいたします。
以上でございます。
この発言だけを見る →私、これまで地方自治の教科書を三冊ぐらい、有斐閣と東洋経済新報と放送大学教育振興会と出していますけれども、教科書的には住民自治と団体自治を共に重視すること、尊重することというふうに書いてまいりました。ただ、それでは実は何も説明していないということが最近やはりすごく気に掛かっております。
恐らく、住民による自己統治というところが一番の地方自治の本旨というところなのかもしれません。でも、教科書的には住民自治、団体自治共に尊重することということになりますが、やはり住民が自ら統治できるような仕組みをどうやってつくっていくのか。先ほど申し上げたデシディムなんかはまさにその典型的なものになると思いますけれども、ICTを使ってそれが相当近くなっているような気がいたします。
以上でございます。