下條康麿 に関する国会発言

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1965-05-12 林百郎 内閣委員会大蔵委員会農林水産委員会連合審査会 衆議院

○林委員 長官、戦争の勢力になる危険があると、民主化の阻害になると言って取り除かなければならないということをポツダム宣言によって命ぜられておるものが、それをあなたの言うような民主化に貢献したというようなことでもし報償金を出すとすれば、あの当時の一連の措置はみんなあれは適当でなかったということで、ここであらためてそれを評価し直す。個々の地主の人のいい悪いじゃないですよ。地主という制度、日本の国に長い間あった地主という制度が、日本の国の民主

1965-05-12 石田宥全 内閣委員会大蔵委員会農林水産委員会連合審査会 衆議院

○石田(宥)委員 大体そのように覚えているわけでありますけれども、講和条約の成立以前から実はこの動きがありまして、駐留軍からそのような行動は穏当ではないというメモランダムが出されまして、自来鳴りをひそめておったわけでございますが、昭和二十七年以降この団体が続々とできてまいりました。あとで私は触れたいと思っておったわけでありますが、旧地主の農地補償連盟、あるは日本被買収農地国家補償連合会、あるいは日本解放農地国家補償連合会というようないろ

1962-03-13 大矢正 文教委員会 参議院

○委員長(大矢正君) ただいまから文教委員会を開会いたします。  まず、委員の異動につき御報告いたします。去る三月九日、千葉信君、秋山俊一郎君、山本杉君及び上原正吉君がそれぞれ委員を辞任せられ、その補欠として、江田三郎君、近藤鶴代君、泉山三六君及び下條康麿君が委員に選任されました。以上でございます。   —————————————

1962-02-27 武藤山治 予算委員会第一分科会 衆議院

○武藤分科員 大臣のただいまの答弁では全く不満でございますから、それらの問題については後日大蔵委員会で徹底的にお尋ねいたします。  ただ一つ考えられることは、全国の地主連盟が二十九年の十二月に下條康麿を会長にして誕生し、これがかなり金銭の問題で世間からとかくの指弾を受けて、参議院選挙もやって、その後会長がかわって、三十三年三月に田中万逸さんが会長になって、歴代自民党の、大臣に実力者として入るほどの人ではないにしても、自民党内でかなりの

1961-10-28 一松定吉 災害対策特別委員会 参議院

○委員長(一松定吉君) この際、委員変更について御報告いたします。  本日下條康麿君が辞任されて、前田佳都男君が選任されました。    ———————————

1961-06-02 平林剛 文教委員会 参議院

○委員長(平林剛君) ただいまより文教委員会を開会いたします。  まず、委員の異動について御報告いたします。  昨一日、鍋島直紹君及び常岡一郎君が委員を辞任され、その補欠として下條康麿君及び加賀山之雄君がそれぞれ委員に選任されました。  以上であります。    ——————————

1961-06-01 増原恵吉 地方行政委員会 参議院

○委員長(増原恵吉君) ただいまから委員会を開会いたします。  委員の異動について御報告いたします。  五月三十一日付をもって委員鍋島直紹君が辞任され、その補欠として下條康麿君が委員に選任され、本日付をもって委員下條康麿君が辞任され、その補欠として鍋島直紹君が委員に選任されました。   —————————————

1961-05-31 平林剛 文教委員会 参議院

○委員長(平林剛君) ただいまから文教委員会を開会いたします。  なお、ただいま委員の異動がありましたので、御報告いたします。  下條康麿君が委員を辞任され、その補欠として鍋島直紹君が選任されました。  以上であります。    ——————————

1961-05-16 平林剛 文教委員会 参議院

○委員長(平林剛君) ただいまから文教委員会を開会いたします。  まず、委員の異動につき御報告いたします。  去る五月十二日村松久義君及び小沢久太郎君が委員を辞任され、その補欠として下條康麿君及び二見甚郷君がそれぞれ委員に選任されました。  以上であります。     —————————————

1961-05-11 平林剛 文教委員会 参議院

○委員長(平林剛君) ただいまから文教委員会を開会いたします。  まず、委員の異動につき御報告いたします。  去る五月十日、小沢久太郎君及び鳥畠徳次郎君が委員を辞任され、その補欠として二見甚郷君及び田中茂穂君がそれぞれ委員に選任されました。また、本日、二見甚郷君及び下條康麿君が委員を辞任され、その補欠として小沢久太郎君及び村松久義君が委員に選任されました。  以上であります。     —————————————

1961-02-15 松野鶴平 本会議 参議院

○議長(松野鶴平君) これより本日の会議を開きます。  この際、お諮りいたします。  下條康麿君から裁判官弾劾裁判所裁判員を、平島敏夫君から同予備員を、梶原茂嘉君、井川伊平君から裁判官訴追委員を、林田正治君から同予備員を、それぞれ辞任いたしたいとの申し出がございました。いずれも許可することに御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1960-12-15 清澤俊英 文教委員会 参議院

○委員長(清澤俊英君) ただいまより文教委員会を開会いたします。  まず、委員の異動につき御報告いたします。  去る十二月十三日、大谷藤之助君が委員を辞任され、その補欠として下條康麿君が委員に選任されました。以上であります。   ―――――――――――――

1960-12-13 吉江勝保 内閣委員会 参議院

○委員長(吉江勝保君) これより内閣委員会を開会いたします。  最初に、委員の変更について御報告いたします。去る八日、西川甚五郎君が辞任され、木暮武太夫君が選任され、本日、下條康麿君が辞任され、大谷藤之助君が選任されました。  

1960-10-24 下條康麿 議院運営委員会 参議院

○委員外議員(下條康麿君) 私どもは欧米各国の議院運営の実情等につきまして調査をいたしました。自民党から重政庸徳君、近藤鶴代君並びに私、社会党から松澤兼人君、無所属クラブから天坊裕彦君、さらに事務局から法制次長の今枝君が一緒に参ったのであります。  八月三日出発、九月十五日まで、ちょうど四十四日間参りまして、その間十二ヵ国に参りました。くわしいことはすべて書面で提出したいと思います。  なお、一点だけ申し上げます。これは、私がスエー

1960-10-24 斎藤昇 議院運営委員会 参議院

○委員長(斎藤昇君) 次に、欧米派遣議員団の下條康麿君から御報告を願います。

1960-06-07 中野文門 内閣委員会 参議院

○委員長(中野文門君) これより内閣安員会を開会いたします。  最初に、委員の異動について御報告いたします。本日、大谷瑩潤君が辞任され、下條康麿君が選任されました。   —————————————

1960-05-31 中野文門 内閣委員会 参議院

○委員長(中野文門君) これより内閣委員会を開会いたします。  最初に委員の異動について御報告いたします。  五月二十一日松村秀逸君が辞任され、下村定君が選任され、五月二十八日増原恵吉君、小柳牧衞君及び大谷贇雄君が辞任され、田中茂穂君、高橋衛君及び稲浦鹿藏君が選任され、昨日さらに田中茂穂君、高橋衛君及び稲浦鹿藏君が辞任され、増原恵吉君、小柳牧衞君及び大谷贇雄君が選任され、本日下條康麿君が辞任され、北畠教真君が選任されました。   

1960-05-12 下條康麿 内閣委員会 参議院

下條康麿君 固執するわけじゃございませんけれども、私は政府の調査は、政府部内に適当な委託を受ける機関があります限りにおきましては、できるだけ政府の機関を動かして、しかも農業関係の問題であるために、農業委員会等の専門の関係方面を利用するということが妥当であると思いまして、この点はなお御研究を願っておきたいと思います。  それから最後に、実は農地改革が実施されましてから十一年がたっておりまして、今ごろ調査会、まことにおそきに失するように

1960-05-12 下條康麿 内閣委員会 参議院

下條康麿君 予算がきまっておりまするから、その範囲で御実行になるということもやむを得ないかと思います。ただし調査会をいよいよ開始されまして、調査の結果実態調査についていろいろ御研究になると思いますが、そういう場合に、もし一万五千では適当でない、もう少しふやす必要があるということであれば、これはまたお考えをいただきたいと思います。この点をお願いしておきます。  それから調査の方法でありますが、調査の方法は中央調査社、今お話がありました

1960-05-12 下條康麿 内閣委員会 参議院

下條康麿君 そういたしますと、今私あげましたのはきわめて少ない例でございます。お調べになれば、相当いろいろな問題が出てくると思いますから、十分に御調査を願いたいと思います。  そこで、この調査研究の中心は、何と申しましても実態調査にあると考えます。実態調査が正確に出ませんでは、正確な施策ができないわけであります。そこで伺っておりますというと、昭和三十年に臨時農業基本調査を農林省で御計画になりまして、全国の農業に従事している旧地主七十