佐々木更三 に関する国会発言
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○中野正志君 ありがとうございます。是非そうした外交姿勢で臨んでいただきたいと思います。 あえて紹介をしておきますけれども、先ほど来いろいろ険しいお話もありました。一九六四年の七月十日、中国を訪問した日本社会党の佐々木更三委員長が過去の戦争について謝罪したとき、毛沢東主席は何と言ったか。何も申し訳なく思うことはありません、日本軍は中国に大きな利益をもたらし、中国人民に権力を奪取させてくれました、皆さんの軍隊なしには我々が権力を奪取す
○戸井田委員 鶴岡の史料館の人が言っているわけですから。本当に、さっき言った水間政憲さんというのは、やはり全部知っているんですよ。それを持っている人がどこに何を隠しているかということも、長い間に行ったりして話をしながら、心を許してくれない、そんな中でもって人間関係をつくっていって、わずかの瞬間をねらってと言ったらあれだけれども、そこでもって資料をコピーさせてもらって、帰ってきているんですよ。そういう中で出ている資料ですから。 それと
○田英夫君 防衛庁あるいは自衛隊の皆さんには言いにくい話なんですが、例えば自衛隊が初めて海外に出ましたのはカンボジアのPKOだったわけですね。当時、私もその法案にかかわりましたが、その後、結局、自衛隊は主な仕事は道路補修をやられたんですね。私は、日本カンボジア友好協会という、余り御存じないかもしれませんが、小さな組織、佐々木更三さんがシアヌーク国王との間で作られて、両方にできておりますが、現在私はその理事長というのをやっておりますので、
○田英夫君 先ほど小渕総理にも申し上げましたが、対人地雷禁止条約を考えるときに、もちろん現在保有している地雷を防衛庁・自衛隊も廃棄するという決断をされていますし、貯蔵その他禁じられていることを守るということはもちろん重要なことでありますが、今の国際情勢を見た中で地雷を考えますとへ既にカンボジアやアフガニスタンやソマリアや旧ユーゴというような紛争地にそのまま放置されている地雷によって多くの被害が現在、本日ただいまも出ている。この状況を一日
○田久保参考人 これは私、防衛施設庁その他の関係省庁から詳しい数字はとっておりませんが、去年の四月一日現在の数字を私は持っているのですが、これに比べますとふえております。 これは人為的に、例えば返還の直後でございますが、一坪地主が三千人いたのがぐっと減ってきて、百人単位になったのですね。百五十人ぐらいでございますかね。ここで危機感を持ちました革新系の弁護士あるいは沖縄の知識人が、いろいろなことを考えまして、あの一定の反戦地主の何百坪
○愛野委員 戦後の日本は、国土の荒廃と貧困と飢餓のどん底にあったわけであります。財政等々は、これはもう本当に大変なものであった。今、そこから日本は復興をしたわけでありますが、その当時は、これは吉田茂総理とかあるいは池田勇人大蔵大臣とかあるいは河野農林大臣とかというふうに国民は政治を信頼して、そうして一生懸命についてきておったと思うわけであります。それで、また野党も浅沼稲次郎先生とかあるいは佐々木更三先生とかというふうに、まさに政策決定が
○田英夫君 官房長官の発言は大変はっきりしているので、私どもはあれを承認といいますか、認めるわけにはいかないということは申し上げておきます。 カンボジアに対する協力支援ということからすれば、既に民間の皆さんいわゆるNGOが活動を始めているわけで、これはもう十何年、二十年近く前に佐々木更三元社会党委員長が中心になってつくられた日本カンボジア友好協会というのがありまして、今回このカンボジアに和平が実現してきた状況の中で活動を再開いたしま
○池端委員 私の質問は広範多岐にわたっておりますので、端的に、しかも誠意を持ってお答えいただきたい、このことをまず最初に要望しておきます。 健康保険法が成立したのは大正十一年の四月でございます。一九二二年でございますので、ちょうどことしで七十年目を迎えたわけであります。まさに人間でいえば古希を迎えたのであります。この七十年の歳月というのは、健康保険法にとってはまさに波乱方丈の七十年でございました。特に戦後の健保法改正の歴史をひもとい
○鶴岡洋君 本院議員栗村和夫君は、一月二十五日、呼吸不全のため東京大学附属病院分院において逝去されました。連続六期宮城県小牛田町長を務め、地方行政のエキスパートとして、農政通として、また文人・文筆家としてもっとに知られた君は、保革七人の激戦となった三年前の参議院宮城選挙区において、有効投票の四八%を占める四十六万余票という圧倒的な県民の支持のもと、初当選め栄に浴されました。ようやく国政の場において君の抱負経倫が実を結び始めたそのやさき、
○宮澤内閣総理大臣 佐々木更三委員長のころに出しました本かと存じます。それは、選挙区制はメリットばっかりという制度はございませんで、やっぱりメリットもデメリットもある、そういう立場で私は申したことがあると思います。
○野呂委員 私の方にあります資料でも、社会党の訪朝団、昭和三十五年の八月から本年の九月まで、これは団の数で数えてみますと百一あるのであります。これは三十年間に百一。これはいろいろ各種さまざまな社会党の団だと思うわけでありますけれども、そのうち、最近の十五年間だけで何と八十二回になるのです。しかも、後半になるほど頻度が多くなりまして、昭和五十九年以降の五年足らずで四十六回、もっと中を言いますと、五十九年で十三回、六十年が十回、六十一年が十
○弥富事務総長 まず最初に、澁谷先生に対する弔詞贈呈の報告がございまして、議長が弔詞を朗読されます。次いで渡部さんの追悼演説がございます。 次に、元議員増田甲子七先生及び佐々木更三先生に対する弔詞贈呈の報告がございまして、議長がそれぞれ弔詞を朗読されます。 次に、椎名素夫さんの議員請暇についてお諮りをいたします。 次に、ただいまお決めいただきました検察官適格審査会委員及び同予備委員並びに鉄道建設審議会委員の選挙を行うことにな
○綿貫委員長 次に、元議員逝去につき弔詞贈呈報告の件についてでありますが、昨年十二月二十一日、永年在職議員として表彰された元議員増田甲子七君が逝去されました。また、昨年十二月二十四日、永年在職議員として表彰された元議員佐々木更三君が逝去されました。 ここに謹んで哀悼の意を表します。 弔詞につきましては、お手元の印刷物のとおりの特別弔詞を、理事各位の御了承を得まして、葬儀当日、議長からそれぞれ贈呈していただきましたので、御了承願い
○議長(坂田道太君) 御報告いたすことがあります。 永年在職議員として表彰された元議員增田甲子七君は、昨年十二月二十一日逝去せられました。 永年在職議員として表彰された元議員佐々木更三君は、昨年十二月二十四日逝去せられました。 まことに哀悼痛惜の至りにたえません。 增田甲子七君及び佐々木更三君に対する弔詞は、議長において去る一月二十三日、それぞれ贈呈いたしました。これを朗読いたします。 〔総員起立〕 衆議院
○木島委員 もう少し議論を詰めたいところですけれども、もう時間がありませんので……。 そこで、もし仮に一しかしこれは仮ではなくても、学習社会をつくるという方向にだけは間違いなく行くでしょう。そのときに最低限必要なものを二つだけ申し上げておきましょう。 一つは、生涯というのは生まれてから死ぬまででありますけれども、三歳以下は今日教育の対象になっておりません、幼稚園は三歳以上からですから。ところが、三つ子の魂百までと言いますけれども
○木島委員 家庭が中心だろうと思うのでありますけれども、家庭だけでいいかどうかという問題がやっぱり残るんだろうと思うのです。 森さん、あなたはいつでも私の顔を見ては、馬面、馬面と言いますよね。これは発達心理学から言うと、能力というのは環境か遺伝が、先天的か後天的かということがありまして、例えば肉体的なことになりますと確かに遺伝なんです。私の馬面は、私をいかにあなたが馬面だ、馬面だと言って笑ったところで、私の両親が馬面だからその肉体的
○国務大臣(中山太郎君) 北方領土の日を設定しろという御意見は、昭和四十三年ごろから実は始まっておったと承っております。実際問題今年に入りまして、八月に開催されました北方領土返還要求北海道東北国民参加総決起大会、この時点で北方領土の日を制定しろという大会決議がなされました。それが私の方に要望事項として参ったわけでございます。また、十月二十五日の北方領土返還要求国民大会、これは実行委員長が前川和昭さんでございますけれども、この大会でやはり
○中山国務大臣 先般の九十数団体に及ぶ共同の国民大会、及び先日の佐々木更三先生が責任者をやっておられる社会党あるいは社民連、公明党、野党の方々が含まった組織での北方領土返還に関する決議、こういうこともございまして、私どもとしては両院の決議も踏まえて、政府としては積極的に運動を展開してまいりたい、このように考えております。
○受田委員 はい、わかりました。御所管事項にも関係するわけですから……。 実は、おととい田中前総理の逮捕ということには私自身大変なショックを受けたのです。党派は違うが、昭和二十二年、一緒に国会へ出てきまして、自来同期生、しかも、議員になった当時青年議員連盟というのをつくって、二十代、三十代の議員が、占領下において新しい国づくりに若い国会議員の力で力をいたそうと、お互い三十数名おりました。その中に田中君もおれば中曾根君もおる、石田博英
○議長(前尾繁三郎君) 右の結果、会期は五日間延長するに決しました。(拍手) ————————————— 本国会の会期を十二月二十五日まで五日間延長するを可とする議員の氏名 安倍晋太郎君 足立 篤郎君 阿部 喜元君 愛野興一郎君 赤澤 正道君 秋田 大助君 天野 公義君 天野 光晴君 荒舩清十郎君 有田 喜一君