八木一男 に関する国会発言

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1996-05-07 吉田之久 内閣委員会 参議院

○吉田之久君 私は、同和問題、同和対策の現況と今後の法的、行財政的対応、措置について絞って御質問をいたしたいと思います。  既にかなり古い話になりますが、一九六九年、昭和四十四年六月五日、第六十一国会の衆議院内閣委員会で同和対策事業特別措置法が起立総員で可決されたとき、私もその場におった一人でございます。その際、私も質問をしたのでありますけれども、私と同郷でこの同和問題に心血を注いでおられました今は亡き八木一男さんが質問なさいまして、

1987-03-24 大原亨 内閣委員会 衆議院

○大原(亨)委員 条約を批准する際には、国内法を整備しなければ国際機関において条約を正式に批准したことにならない。アメリカは調印しているんですよ、批准は保留しているんですけれども。日本は調印も批准もしていないということで、全然前へ進んでいないわけです。  それは部落差別の問題があると私は思うのです。だから同対審答申を受けまして以来、この問題については平和憲法との関係において慎重に真剣にやってきたのであります。  この問題の発端は、我

1986-04-15 竹下登 大蔵委員会 衆議院

○竹下国務大臣 ちょうど昭和四十年の同和対策審議会の答申が出まして、私は内閣官房副長官をしておって、八木一男先生が一緒に総理のところに案内してくれと言われて、本当言いますとそのときに勉強さしていただきました。それまで深い知識を持っておったとは自分でも思っておりません。  それで、私もその後の推移を見ますと、確かにおっしゃいますように、あのときの答申に書かれておるとおり、基本的人権にかかわる課題であり、その解決は国の責任であるとともに国

1985-04-18 多賀谷真稔 社会労働委員会 衆議院

○多賀谷委員 昭和三十四年に国民年金法が提出されたときに非常に大きな論議がありました。それ以前に我が社会党は三度にわたって国会において五つの法案を提案をしておるわけであります。最近年金の問題が出ると、国民年金に社会党は反対したじゃないかというあちらこちらにためにする議論が起こっておりますので、もうだんだんそれに参加した議員が少なくなっておりますから、一言私が弁明をし、当時の実情を説明しておきたい、こういうように思います。  我が党が出

1981-04-09 奥野誠亮 決算委員会 衆議院

○奥野国務大臣 明治四年に解放令が出されましてから、差別をなくす努力をずっとやってきていると私は思うのです。やってきているけれども、なかなかなくならない。その間に同和対策審議会の答申も出て立法措置もうたわれるようになり、やはり立法措置をとるべきじゃないかという意見が強くなってきたわけであります。その際に、もともと差別なんてないのだ、それを法律にまで高めると一層それを根絶しにくくしてしまうことになりはせぬだろうかと、寝ている子を起こすとい

1981-03-25 奥野誠亮 法務委員会 衆議院

○奥野国務大臣 答申に書いてありますように、国、地方団体の責任また全国民的な課題、私も全くそのとおりに思っております。同時に、法律を延長する延長しないの問題は総理府が中心になって結論を出す、法務省が結論を出すものではない、こう思っております。同時に、同和対策事業、これからもなお積極的に推進していかなければならないと考えていることは先ほど来申し上げているとおりでございます。  立法措置をとるべきであるかとるべきでないかということが大きな

1981-03-17 川本敏美 社会労働委員会 衆議院

○川本委員 次に私は、雇用保険法の中で前から宿題になっています日雇い失業給付の段階制の問題について、この際もう一度詰問をして、そしてこれは労働省の責任を明らかにしてもらうとともに、ひとつはっきりした御答弁をいただきたいと思うわけです。  五十四年の二月二十七日に、私がこの社労委員会で当時の栗原労働大臣に対して質問をいたしました。御承知のように、雇用保険法の第十八条でいわゆる基本日額の自動的変更の規定があるわけです。そして同じく雇用保険

1981-02-09 大原亨 予算委員会 衆議院

○大原(亨)委員 これは安保のころ、岸さんも大変だったのですが、前、亡くなった八木一男さんなんかがいまして、一生懸命国会でも議論しまして、岸さんも一役買って、佐藤さんのときにこの問題が実ったわけですよ。ですから、いまここで問題をすりかえるようなことはいけない。一生懸命やると言われますから、総理大臣は熱意を持って、指導性を持って閣内統一について意見を調整して、期待にこたえてもらいたい。もう一回。

1979-03-22 橋本龍太郎 社会労働委員会 衆議院

○橋本国務大臣 この点については、川本さんの御意見でありますが、私は必ずしも川本さんの意見に賛成ができません。と申しますのは、この八百七十六万円の問題が昨年の五十三年度予算の編成の際に提起をされましたとき、私どもも党側としてその相談にあずかったものでありますが、結局、逆に本人所得制限の方に大幅な積み増しをして、そのかわりに扶養義務者の所得制限の方は据え置く、言いかえれば、むしろ御本人自身の所得の低い方に対してより手厚い配慮をしたというこ

1979-02-27 川本敏美 社会労働委員会 衆議院

○川本委員 私はもう一点お聞きしたいのは、雇用保険法の中の日雇い失業者に対する失業給付の問題についてであります。これについては、実は私の先輩の八木一男代議士が出ておられたころにも、労働大臣に対して何度か質問をしておる。私もたしか五十二年の四月十三日だったですか、当時の石田労働大臣にも質問申し上げておるわけですが、現在の雇用保険法の中で私は制度的に見ておかしいと思うのは、いわゆる十八条の雇用保険の基本日額の自動的変更規定と四十九条の日雇い

1978-10-18 大原亨 内閣委員会 衆議院

○大原(亨)委員 私は、日本社会党、公明党・国民会議、民社党、日本共産党・革新共同、新自由クラブ、各党を代表いたしまして、三点につきまして、いままでの内閣委員会あるいは同和対策に関する小委員会の審議を踏まえまして、政府を代表する総務長官に、まとめて質問をいたしたいと存じます。  ただいま同和対策事業特別措置法の有効期限が三年間延長されることになったのでありますが、私が第一点に政府に対しまして確認を求めたい点は、先般来申し上げましたよう

1978-04-18 上田卓三 内閣委員会 衆議院

○上田委員 私はもう歴代の大臣といいますか、あるいは総理等の部落問題に対する発言の中で担当大臣が一番認識が足らぬと言ってもいいのではないか、このように思うのです。ここに資料があるんですけれども、ちょうど二十年前ですね、一九五八年の一月二十四日でしたが、当時、三木武夫自民党政調会長が、四谷の主婦会館で部落解放国策樹立要請全国会議がありまして、自民党を代表してごあいさつされたわけです。このときにこういうことを述べられているわけです。日本にお

1978-03-06 大出俊 予算委員会 衆議院

○大出委員 締めくくりというわけでありますが、その締めくくりの最初に、これは何としても総理から明確な御答弁をいただかなければならない問題がございます。  同和問題でございますけれども、これは私ども理事会等通じまして、総務長官が担当でございますが、この稻村総務長官の予算分科会における答弁がございまして、これは事もあろうに————という表現をお使いになりました。そこだけちょっと取り上げておきますけれども、「この点についても、できるだけその

1977-10-15 多賀谷真稔 予算委員会 衆議院

○多賀谷委員 私は、最も基本的人権であります同和行政についてお尋ねいたしたいと思います。  「いわゆる同和問題とは、日本社会の歴史的発展の過程において形成された身分階層構造に基づく差別により、日本国民の一部の集団が経済的・社会的・文化的に低位の状態におかれ、現代社会においても、なおいちじるしく基本的人権を侵害され、とくに、近代社会の原理として何人にも保障されている市民的権利と自由を完全に保障されていないという、もっとも深刻にして重大な

1977-04-13 川本敏美 社会労働委員会 衆議院

○川本委員 大臣、その答弁ではちょっとぐあいが悪い。といいますのは、先ほど申し上げた四十九年四月二十三日に八木一男委員が長谷川国務大臣に質問したときに、長谷川国務大臣はいまの御答弁のように、「だんだんにやりますが、一発になかなかいかぬものですから、御理解いただきます。」こういう言い方を最初しておる。これに対して八木先生は、「こんなものは何でもないのですよ。事務が何とかとおっしゃるけれども、有能な労働省の職員です、そんなもの、十分こなせま

1977-04-13 川本敏美 社会労働委員会 衆議院

○川本委員 私は、ランクづけについては、やはり八割というのをもう少し拡大していくべきだと考えておるわけです。いわゆるその逓増に従って逓減するという法則については、その運用については当局に任されておると思うのです。だから、やはりその辺について、こういういわゆるインフレ、不況の時期ですから、所得の少ない人にほど多額の保障をしていくのだ、先ほど来森井先生のお話にもありましたように、そういう意味で、今度の改正に当たって八割ランクを拡大する方向で

1977-03-02 上田卓三 予算委員会 衆議院

○上田委員 私は、部落差別をなくするために五十年間闘いを続けてまいりました部落解放同盟の中央執行委員であり、大阪府連の委員長をいたしております。私は、部落解放の父、松本治一郎先輩や八木一男先輩の遺志と遺業を引き継ぎ、差別と迫害の中からやっと国会に参った者でございます。以後よろしくお見知りおき願いたいと思うわけであります。  さて、湯山先生の質問に関連いたしまして、二、三、部落問題につきまして御質問を申し上げたいと思います。  まず、

1977-03-02 湯山勇 予算委員会 衆議院

○湯山委員 私は、同和対策につきまして関係大臣にお尋ねをいたしたいと思います。  質問に当たりまして最初に一言申し上げたいことは、私がする質問は、本来ならば故人となられた八木一男氏がするはずでございます。私は、八木一男氏の意を体して質問をするという気持ちでいたしますので、御答弁もまたそのような御配慮でいただきたいと思います。  と申しますのは、同和問題を取り上げたのは昭和三十三年でございました。たまたま八木一男氏は衆議院で取り上げま

1974-12-20 荒舩清十郎 予算委員会 衆議院

○荒舩委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  質疑を続行いたします。八木一男君。

1974-05-16 八木一男 社会労働委員会 衆議院

○八木(一)委員 けっこうです。ここで明らかにわかりますように、四十九年十月から実施ですから、ほんとうはないわけですが、しかし一年単位にものを考えますから、一年度にこれを延ばして考えると、一年で三十六億円給付増があります。保険料の収入増が六十八億円、これは明らかに七割給付あるいは高額医療という問題点について、その問題だけを抽出すれば非常な改善になりますけれども、全体に費用負担と給付の関係でいくと、費用負担が六十八億ふえて、給付が三十六億