向井長年 に関する国会発言
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○佐藤(観)委員 片山提案者のお言葉としてはわかりますが、それを制度的に何らかの格好で保障する道というのは、先ほど言いましたように、ある程度、政見放送なり公報なり、そういった部分は党でやってくれるけれども、ポスターも十万枚を七万枚にするとか、選挙ビラ三十五万枚を二十五万枚にするとか、そういったことはあるけれども、しょせん、これは正直言って知れています。私は、個人選挙を入れていく限り、必ずこれは同じような形態になっていってまた国民の批判を
○日下部禧代子君 私は、社会民主党・護憲連合を代表いたしまして、ただいま議題となりました議長不信任決議案に対しまして、賛成の立場から討論を行いとう存じます。(拍手) まず、冒頭でございますが、先ほど反対討論で自民党の吉村議員はこのようにおっしゃいました。野党が斎藤十朗前議長のあっせん案を拒否したからあっせんが不調に終わったと、そのようにお聞きいたしました。そうですね、皆さん。(発言する者あり) しかしながら、それは事実と違うこと
○江田五月君 私は、ただいま議題となりました本院議長井上裕君に対する不信任案につき、民主党・新緑風会を代表して、賛成の立場から意見を申し述べます。(拍手) 井上新議長には、けさほど選ばれたばかりで、本来なら就任のお祝いを申し上げたいところであります。しかし、就任のお祝いにかえて、不信任案提出ということになりました。まことに遺憾です。本当に残念至極でございます。 実は、私は昨年夏、本日午前中に辞任が許可された斎藤前議長に対し、不信
○政府参考人(片木淳君) 全貌を把握する統計、情報等ちょっと持ち合わせておりませんので、参考までに選挙期日から三カ月以内の当選人の死亡によりまして繰り上げ補充となった例、これは掌握できるわけでございまして、これで申し上げたいと存じます。 その例といたしましては、第六回選挙、これは昭和三十七年七月一日に執行されておりますが、この際に松村秀逸議員、自民党の方でございまして、九月七日にお亡くなりになっているということで二カ月ちょっとたった
○中井委員 主体的に判断をする、この言葉を私は評価したい。ぜひ、あのように日本人を理解し、日本に対して温かい気持ちを持ち続けてくれた方を、年間九十六万人から百万人近く台湾の方は日本にいらっしゃるんですね。日本人も七十五万から八十万ぐらい行って、経済的な取引もまことに大きい。その国の人が一私人として訪ねるときに、日本が、国内的には何も問題ないけれども、どこかの国の気持ちを拝察してお断りする、これは本当に自主的な外交ではないと私は思います。
○石井(一)委員 どうぞよろしくお願いします。 参議院の非拘束式名簿方式による選挙制度の改革を導入すること、これは、中身におきましても、その手続におきましても、極めて大きな政治問題を呈しておると思います。自民党、公明党、保守党、与党三党は、多数をいいことにして民主主義の基本を踏みにじるのか、こういうことを勝手に変えていいのか、私は、怒りとともにこのことを明確に申し上げておきたいと思います。 十七年前に全国区制度を改正いたしました
○斎藤参考人 私は、昭和四十九年七月七日の七夕選挙と五十五年六月二十二日のダブル選挙の二回経験をいたしました。きょうは五十五年の経験を中心にしてお話をさせていただこうと思います。 全国区は残酷区だとよく言われますが、その根拠とするところは、気の毒なことでありますけれども、四十六年の選挙のときには当選後三カ月で村上孝太郎氏が十八位で当選しておりながら亡くなりました。そのときにまた社会党の山本伊三郎先生も当選後二週間で亡くなっておられま
○金丸参議院議員 前回は九十数名の立候補者があったようでございます。無所属の方々が三十名からございます。 一遍お答え申し上げましたように、無所属の候補者で、純粋無所属で当選なさった方は御承知のように三名、中山千夏先生が革自運で出られて諸派といたしまして四名、わずかこれだけでございます。大多数の候補者はほとんど当選は、私どもから申しますとなかなか困難な状況でございます。だから候補者が九十数名ございましても、実質上の参議院の選挙を戦われ
○金丸参議院議員 昭和二十年代は、立候補者も多うございましたりいたしまして、第一回の参議院選挙の最低得票は十二万でございます。第二回目が約十五万票でございます。今日は、御承知のように、六十二万票に上がってまいりました。そして交通は便利になりましたけれども、それだけに六十万票以上の得票を得ますための御苦労は、私は、それぞれ並み大抵ではなかったように思います。私も親しくさせていただいておりましたが、向井長年先生もあのようなことがございました
○公述人(佐治敬三君) ただいま委員長から御紹介をいただきました佐治でございます。 私は、憲法学者でもございませんし、また選挙制度についての知識もきわめて浅薄でございます。ただ、まず参議院の地方区、その後参議院の全国区に立候補いたしました親友の応援をいたした経験がございますので、この経験に基づく実感あるいは庶民的感想といった立場から意見を述べさせていただきます。 私が応援をいたしましたのは長年の親友、現在自由民主党の地方区御選出
○村上正邦君 質問に入ります前に、この改正案に対し私の所感の一端を申し述べさせていただきますことをお許し願いたいと存じます。 本来参議院は、衆議院とは違った視点で政治に取り組まなければなりません。すなわち参議院こそ良識の府でなければなりません。それだけに深い理性と高い道義の政治理念に立って、私心を捨てて国家百年の大計のもとに堂々と政策を論じ、院としての高い見識を示すことによって国民の政治に対する安信感と信頼を得なければならないと私は
○町村金五君 本院議員向井長年君は、過日行われました第十二回参議院議員通常選挙に全国区から立候補されましたが、去る六月二十三日、開票結果を耳にすることなく、亜急性肝炎のため、大阪市福島区の関西電力病院において、御家族の方々、病院関係者の必死の御看護もむなしく、ついに不帰の客となられました。まことに痛惜哀悼にたえません。 私は、ここに、皆様の御同意を得て、議員一同を代表し、従三位勲一等故向井長年君のみたまに謹んで追悼の言葉をささげたい
○議長(徳永正利君) これより会議を開きます。 議員向井長年君は、去る六月二十三日逝去せられました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。 同君に対しましては、すでに弔詞を贈呈いたしました。 ここにその弔詞を朗読いたします。 〔総員起立〕 参議院は議員従三位勲一等向井長年君の長逝に対しつつしんで哀悼の意を表しうやうやしく弔詞をささげます —————————————
○委員長(斎藤十朗君) 委員の異動について御報告いたします。 本日、向井長年君が委員を辞任され、その補欠として井上計君が選任されました。 —————————————
○委員長(古賀雷四郎君) ただいまから内閣委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 去る十七日、向井長年君が委員を辞任され、その補欠として井上計君が選任されました。 —————————————
○委員長(古賀雷四郎君) ただいまから内閣委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 去る四月四日、案納勝君が委員を辞任され、その補欠として山崎昇君が選任されました。 また、昨日、井上計君が委員を辞任され、その補欠として向井長年君が選任されました。 —————————————
○委員長(古賀雷四郎君) ただいまから内閣委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 昨日、野田哲君、案納勝君、藤川一秋君及び向井長年君が委員を辞任され、その補欠として藤田進君、小野明君、糸山英太郎君及び井上計君がそれぞれ選任されました。 また、本日、源田実君及び藤田進君が委員を辞任され、その補欠として成相善十君及び坂倉藤吾君が選任されました。 —————————————
○委員長(斎藤十朗君) 委員の異動について御報告をいたします。 本日、小柳勇君及び向井長年君が委員を辞任され、その補欠として大木正吾君及び井上計君が選任されました。 —————————————
○委員長(斎藤十朗君) ただいまから商工委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 昨二十四日、井上計君が委員を辞任され、その補欠として向井長年君が選任されました。 —————————————
○委員長(吉田実君) ただいまからエネルギー対策特別委員会を開会いたします。 まず、委員の異動について御報告申し上げます。 三月一日、小谷守君及び栗原俊夫君が委員を辞任され、その補欠として対馬孝且君及び浜本万三君が選任されました。 また、三月四日、橋本敦君が委員を辞任され、その補欠として市川正一君が選任されました。 また、昨十八日、向井長年君が委員を辞任され、その補欠として中村利次君が選任されました。 ————