栗山良夫 に関する国会発言

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1975-07-03 工藤良平 本会議 参議院

○工藤良平君 私は、日本社会党を代表いたしまして、ただいまの中間報告を求める動議について、反対の立場から討論をいたします。  さきに、衆議院において通過をいたしました公職選挙法及び政治資金規正法の法律案が、六月五日本院に送付をされ、本会議上程以来今日まで、公職選挙法特別委員会、同小委員会及び過般開かれました予算委員会等におきまして審議が続けられてまいりました。特に選挙関係法律の改正がいかに至難なものであったかは、過去の歴史の物語るとこ

1962-03-29 伊藤繁樹 内閣委員会 参議院

○政府委員(伊藤繁樹君) ただいま先生のお話のとおりでございまして、私ども過去におきましても、できるだけ工業所有権の出願は、適当な時期には処理するということで、それにはいろいろ方法がございますけれども、要はやはり審査、審判官を中心といたしまして、信用の充実をはかることが先決であるということで、ずいぶん努力して参りましたが、何分にも工業所有権の審査、審判は非常にじみな仕事でございまして、なかなか予算の獲得が困難であったことが実情でございま

1961-04-11 木内四郎 外務委員会 参議院

○委員長(木内四郎君) ただいまから外務委員会を開会いたします。  まず、委員の異動について御報告いたします。  去る四月三日、松津兼人君が委員を辞任され、その補欠として栗山良夫君が選任されました。  なお、栗山良夫君は、四月五日に議員を辞職されましたので、当然本委員会の委員も退任されたことになります。

1961-04-06 松村秀逸 法務委員会 参議院

○委員長(松村秀逸君) ただいまから法務委員会を開会いたします。  この際、委員の異動について御報告いたします。  三月二十八日付、後藤義隆君、井川伊平君辞任、下村定君、大谷藤之助君選任。  三月二十九日付、下村定君、大谷藤之助君辞任、後藤義隆君、井川伊平君選任。  三月三十日付、後藤義隆君、井川伊平君辞任、小山邦太郎君、武藤常介君選任。  四月一日付、小山邦太郎君、武藤常介君辞任、後藤義隆君、井川伊平君選任。  四月三日付

1961-04-05 松野鶴平 本会議 参議院

○議長(松野鶴平君) 栗山良夫君の議員辞職を許可することに御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1961-04-05 松野鶴平 本会議 参議院

○議長(松野鶴平君) これより本日の会議を開きます。  日程第一、議員辞職の件。  一昨三日、栗山良夫君から議員辞職願が提出されました。辞表を参事に朗読させます。   〔参事朗読〕    議員辞職願      参議院議員 栗山 良夫  私ごと一身上の都合により議員を辞職いたしたいので御許可賜りたくこの段お願ひ申上げます  昭和三十六年四月三日右             栗山 良夫   参議院議長松野鶴平殿   ———

1961-03-09 栗山良夫 法務委員会 参議院

栗山良夫君 速記録を読んでごらんなさい。おかしいですよ。何としてもおかしいですよ。

1961-03-09 石田和外 法務委員会 参議院

○最高裁判所長官代理者(石田和外君) 談話の内容自体の評価は、これは先ほども申しましたように、内容自体は別に不穏当なことではないんではなかろうか。内容自体はこれは人によってずいぶん評価が違いますけれども、しかし、ともかくかりにそういうことでも、ああいう機会に裁判官がああいうことを発言するということが感心できない、こういうわけであります。栗山良夫君今のは、石田事務総長ちょっとロジックが合わないところがありませんか。あなたは今の棚橋委員の御

1961-03-09 栗山良夫 法務委員会 参議院

栗山良夫君 議事進行で……。それから先ほど私三点あげました中の第一点の殺人教唆ですか、あの問題を抜かれたことについて、少し不当ではないかということを申しましたが、それについての見解。

1961-03-09 栗山良夫 法務委員会 参議院

栗山良夫君 いずれこの問題は、飯守判事個人に対することについては、成規の手続をとって訴追委員会にかけられておるわけでありますから、おそらくその委員会で徹底的に真相が調査をせられ、また各意見が述べられて、集約されて結論が出ることと思いますから、私はこれ以上は深く触れたくないと思いますが、もう非常にショッキングな事件として、国全体があげて心配をしておることでありますので、やはり法務大臣としては、今すぐということは大へんお困りの点わからぬこ

1961-03-09 栗山良夫 法務委員会 参議院

栗山良夫君 私どもの伺うところでは、飯守裁判官は法廷において記者会見をすると、そうして、一応記者会見が終わったあとでわざわざ記者を呼びとめて——これは石田事務総長、もし間違っているといけないからお聞きいただきたいのですが——一応記者会見が終わってから、また記者を呼びとめて、そうしてあらかじめ用意しておったメモを発表した。こういう具合に私ども聞いておるのです。これは念が入っているのですね、念が。しかも、法廷においてこの勾留処分のことを決

1961-03-09 栗山良夫 法務委員会 参議院

栗山良夫君 一般論としまして、司法部内から行政に対して干渉がありましたときは、あなたはどういう態度をおとりになりますか。

1961-03-09 栗山良夫 法務委員会 参議院

栗山良夫君 ただいまの法務大臣の御答弁は、今ここで私は本件について所信を述べることは差し控えたいとおっしゃったのですが、それはどういう意味ですか。所信をお持ちになっていないという意味ですか。所信があるが述べられないという意味ですか。どういう意味ですか。

1961-03-09 栗山良夫 法務委員会 参議院

栗山良夫君 誤解があるといけませんからつけ加えておきますが、私は特定の思想の持ち主に対して好ましくない裁判官であるからしかるべく司法部内において圧力をかけるべきであるとか、そういう意味のことを申したのではございません。私は裁判官の尊厳というものはあくまでも守っていかなければならない。それがくずれたら、日本の司法の権威がなくなるでしょうから、そういう意味で私は申しているわけでございます。ただ、ここまで問題になり、彼が戦前から戦後を通じて

1961-03-09 栗山良夫 法務委員会 参議院

栗山良夫君 私が手元に持っておりますのは、これは三月十日の週刊朝日ですが、そこに「飯守重任という裁判官」、「彼のものの考え方の遍歴」と書いてあります。私もおもしろいものですから最初読んでみますというと、共産党のだれかが書いているのかなあと思うような文書です。それを読んでみるというと、これは飯守氏が中共抑留中に書いた手記なんですね。われわれ社会党ですが、社会党なんかでもこんなことは言いませんけれども、ずいぶんはっきりしています。共産党員

1961-03-09 栗山良夫 法務委員会 参議院

栗山良夫君 その次に、飯守氏の経歴をここでお聞きするのが妥当であるか、ちょっと私は迷っているのですが、しかし、’具体的に申し上げますと、すでにほかにも出ているかどうかわかりませんが、週刊朝日等には相当こまかく経歴が出ておりますが、こういうものは司法当局としては前から御存じになっていたのですか。

1961-03-09 栗山良夫 法務委員会 参議院

栗山良夫君 そうすると現在公務執行中ということですね。

1961-03-09 栗山良夫 法務委員会 参議院

栗山良夫君 まあわかりましたが、そうすると、その後、飯守氏の動静はどういうふうになっておりますか。新聞によりますというと、事件が起きてから裁判所に出て公務はとっておられぬというようなことがちょっと新聞に出たことがありまが、これはどういうことになっておりますか。

1961-03-09 栗山良夫 法務委員会 参議院

栗山良夫君 ただ、国民が受けた印象は、これは注意という行政処分をされたことによって全部問題は終わってしまった。訴追委員会の問題は別ですが、国会の……。終わってしまったという印象を与えた。それでいいのかということで、いろいろまだ意見も各方面から出ておるようですから、そういう意味で、私は裁判所法のいろいろの行政処分——裁判官は非常に高度の身分保障をされております関係上、普通の公務員のような工合にはいきませんから、事情はわからないではありま

1961-03-09 栗山良夫 法務委員会 参議院

栗山良夫君 なぜそういう疑問が起きたかと申しますと、この問題が起きるといち早く司法部内で問題になりまして、最高裁でこれを取り上げて行政処分にされたわけですね。ところが四十九条の分限の問題は、今あなたが申されたように、地裁の方から上げてこなくちゃならない。これは同じ時点で同じところから行為が起きておれば疑問は起きないわけですけれども、そこにちょっとわれわれとして理解のできないところが一つあったわけです。地裁の方の空気というものは、懲戒を