田中龍夫 に関する国会発言
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○河村建夫君 このたび、院議をもちまして永年勤続表彰を受けました河村建夫でございます。 身に余る光栄であり、平成二年初当選以来、回を重ねること九回、温かく見守り、惜しむことなく支援を寄せてくださった郷里・長州山口県の皆さんを初め、折に触れて叱咤激励を賜った全国各地の方々に深く感謝申し上げます。(拍手) 受彰者十二人の中で最年長ということで、私が代表して御挨拶をさせていただきますが、党派を超えて、皆気持ちは一つであります。私どもは
○国務大臣(河村建夫君) お答え申し上げます。 本件につきましては、既に参議院の外交防衛委員会等々幾つか御質問をいただきました。 この領収書につきましては、私も御指摘のように用意をいたしておるところでございます。ただ、これは一閣僚としてだけではなくて、この政治資金の問題は全議員に絡む問題でありますから、理事会にお諮りを、ゆだねをさせていただいております。その結果に基づいて私どもは公開をさせていただくということにしたわけであります
○河村国務大臣 このマンションの所持者との契約があって、そういうものは出さないような契約になっておりましたので、そうしたものは出しておりません。しかし、地元の方々は皆、田中龍夫先生から長い後援会の方々も、あそこにそういうものがあるということはよく御存じでありました。だから、特にそうした看板は出しておりませんでした。
○河村国務大臣 これはもうちょっと説明しないとあれかもしれませんが、御指摘をいただいたマンション、これは事務所として使わせていただいたものでありますが、これは、さっき申し上げました、私の恩師であります田中龍夫先生、私は平成二年に、一九九〇年に当選したものでありますが、それまで田中龍夫先生は、文部大臣、通産大臣、総務庁長官等を歴任された。田中先生は私に後継指名をされて私が出てきたわけでありますが、その故田中龍夫先生の御尊父は故田中義一首相
○河村国務大臣 せっかくの御質問でございます。改めて若干説明をさせていただきますが、一部の報道で、事務所費疑惑として、私の元公設秘書が自宅マンションを事務所として架空の事務所費を、昨年で五百万、過去三年間で二千二百万支出している、このような形で伝えられたところであります。 後ほどにもまた説明を申し上げたいと思いますが、今委員御指摘のように三団体ありますが、既に本年三月三十一日付で解散をいたしております。 それから、一部報道では、
○国務大臣(河村建夫君) お答え申し上げます。 衆議院の予算委員会でも御指摘を受けたところでございますが、三つの政治団体、既に今年の三月に解散をしたものではございますけれども、事務所の実態があったのか、きちっとした手続は取ってあるのかと、こういうような御指摘でございました。 これは私としては、私の後継を指名をされました田中龍夫先生のお宅といいますかその一部を事務所として利用させていただいた、その届出、三か年間でございましたが、御
○河村国務大臣 お答え申し上げます。 その前に、若干これまでのこの経緯について説明を申し上げたいと存じますが、一部の報道では、事務所費疑惑と申しますか、こういう形で、私の元公設秘書の自宅マンションを事務所として、架空の事務所費を昨年で五百万、過去三年間で二千二百万支出した、このような形で伝えられました。 また後ほど御説明申し上げたいと思いますけれども、今川内委員から御指摘あった点、当該の政治団体は、本年三月三十一日付で既に解散を
○大森委員 では、今私が申し上げた第四項、経済産業大臣が行う審査を受けなければならない、この審査結果も当然公開をするということですね。では、それは確認しておきたいと思います。 では、別の角度からお聞きをしたいと思います。 今回の検査結果の報告について、先ほども言いましたように、制度的な不備が強調されているわけですが、これらとの関係で、これまでにもこの報告に関しては何度か大臣通達等を出されてまいりました。 一九七七年三月三日に
○国務大臣(平沼赳夫君) その通達はたしか田中龍夫通産大臣のときに出ていると、こういうふうに承知をいたしております。
○臼井日出男君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員石橋一弥先生は、去る三月五日、多くの人に惜しまれつつ、享年七十六歳をもって御逝去されました。 先生は、昨年の十二月に病を得られ、東京女子医大病院に入院、以来、御家族、同僚議員、地元の方々、その他多くの関係者が、一日も早い御回復と議員活動の再開をお祈りしておりましたが、その願いもかなわず、ついに不帰の客となられました。まことに痛惜の念にたえません。 私は、諸君の御同
○谷事務総長 まず最初に、議長から、永年在職議員として表彰されました故元議員田中龍夫先生に対する弔詞贈呈の報告がございまして、議長が弔詞を朗読されます。 次に、日程第一につき、塩田安全保障委員長の報告がございまして、共産党及び社民党が反対でございます。 次に、日程第二につき、西村災害対策特別委員長の報告がございまして、共産党が反対でございます。 次に、動議により、大蔵委員会の四法律案を緊急上程いたしまして、村上大蔵委員長の報
○亀井委員長 これより会議を開きます。 まず、元議員逝去につき弔詞贈呈報告の件についてでありますが、去る三月三十日、永年在職議員として表彰された元議員田中龍夫君が逝去されました。 ここに謹んで哀悼の意を表します。 弔詞につきましては、お手元の印刷物のとおりの特別弔詞を、理事各位の御了承を得まして、葬儀当日、議長から贈呈していただきましたので、御了承願います。 ――――――――――――― 衆議院は 多年憲政のため
○議長(伊藤宗一郎君) 御報告することがあります。 永年在職議員として表彰された元議員田中龍夫君は、去る三月三十日逝去されました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。 田中龍夫君に対する弔詞は、議長において昨十四日既に贈呈いたしております。これを朗読いたします。 〔総員起立〕 衆議院は 多年憲政のために尽力し 特に院議をもってその功労を表彰され しばしば国務大臣の重任にあたられた正三位勲一等田中龍夫君の長逝を哀悼し
○岡田(利)委員 私は、この法案を審議する前提として二、三の問題について十分議論をしておかなければならぬ問題があろうかと思います。 その第一点は、過去の戦争体験を通じて、いわば過去の歴史を我々はどう清算をするのか。いまだ戦後の未解決の諸問題が次々と提起をされておりますことは皆さんも御存じのとおりであります。したがって、この戦後の諸問題にまず我々はけじめをつけなければならないということが第一点であります。 第二点の問題は、宮澤総理
○堀委員 そこで、実は私は二回にわたって当時の総理大臣に西ドイツ方式の提案をしておるのでありますが、もし衆議院に仮に西ドイツ方式を入れれば、参議院の制度は、同じような比例代表が衆参にあるのはおかしゅうございますから、これはおのずから変わらなければいけない。そこで私は、私どもの党内における方たちとの懇談の中で、参議院の方も御出席のところで、今ひとつ参議院の制度を抜本的に考え直したらどうだろうか、何か参議院というのは衆議院のコピーみたいだと
○堀委員 そこで、これから具体的な案件を御紹介するわけでありますけれども、実はお手元にちょっと資料をお渡ししてございます。今申し上げたのが資料の一でありますけれども、資料の二であります。 実は、田中龍夫先生が会長で柿澤弘治さんが事務局長をしておられます日仏議員連盟というのがございまして、この議連の総会が昨年の十二月十四日に開かれるということで私も出席をいたしました。たまたま私の隣に後藤田先生もおいでになりまして、その後御一緒にいろい
○弥富事務総長 まず最初に、昨日に引き続きまして、国務大臣の演説に対する質疑を行います。 これが終わりました後、議長から、故議員浜西鉄雄先生に対する弔詞贈呈の報告がございまして、弔詞を朗読されます。次いで田中龍夫さんの追悼演説がございます。 本日の議事は、以上でございます。
○三塚委員長 次に、議員浜西鉄雄君逝去の件についてでありますが、昨年十一月二十一日、山口県第一区選出議員浜西鉄雄君が逝去されました。 ここに謹んで哀悼の意を表します。 浜西君に対する追悼演説は、本日の本会議において行うこととし、演説者は、自由民主党の田中龍夫君にお願いいたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○田中龍夫君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員浜西鉄雄君は、昨年十一月二十一日、入院先の慈恵会医科大学附属病院において逝去されました。 私は、君が病気のため入院されたと伺い、心から御回復の一日も速やかならんことを祈っておりました。しかるに、御家族の手厚い御看護のかいもなく、ついに御本復を見るに至らず、思いがけない悲報に接しましたことは、まことに痛恨きわまりないものがあります。 私は、ここに諸君の御同意を得て、議
○議長(原健三郎君) この際、弔意を表するため、田中龍夫君から発言を求められております。これを許します。田中龍夫君。 〔田中龍夫君登壇〕