船田中 に関する国会発言

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2018-02-23 佐藤明男 予算委員会第二分科会 衆議院

○佐藤(明)分科員 私は、自由民主党の佐藤明男でございます。  本日は、予算委員会第二分科会で質問の機会をいただきまして、大変光栄に存じております。  また、本室に入りましたら、我が地元栃木県の郷土の誇りであります元衆議院議長の船田中先生の額のもとでの質問ということで、大変緊張しております。  昨年十二月、大臣所信に対する質疑で質問をさせていただきました。総務省が多くのすばらしい事業を行っているということにもかかわらず、国民の皆様

2008-01-21 船田元 本会議 衆議院

○船田元君 ただいま、院議をもって永年在職の表彰をいただきました。まことに光栄の至りであります。  長きにわたり御指導いただきました先輩同僚議員の皆様、御支持をいただいた栃木県旧一区や現一区の有権者、後援会の皆様、さらには事務所スタッフや家族に対し、改めて御礼の言葉を申し述べたいと思います。  私は、二十九年前、祖父でありました船田中の後継者として、二十五歳で国政に挑戦しました。その際、船田はまだ被選挙権を持っていないんじゃないかと

1994-02-18 渡辺美智雄 予算委員会 衆議院

○渡辺(美)委員 これは本当に迷惑していると思いますよ。かつて昔、自民党本部も、大野伴睦さんの個人名義にして登記して、それで遺産相続のときに何かごたごた多少あったという話を聞いたことがある。実際登記ができない、政党に人格がないから。  私のところは、もう四十年近く前に栃木県連、私が会長、昔は船田中さんが会長だったのだが、株式会社自民会館にして、それで株券を集めて、党員とか何かから、それで登記して現在に至っているのですよ。ところが、困っ

1992-04-17 山口鶴男 本会議 衆議院

○山口鶴男君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員中島源太郎君は、去る二月七日、急性肝不全のため、慶応大学病院において逝去されました。まことに痛惜の念にたえません。  中島君とは、同じ群馬県選出の議員として、内外の政情あるいは郷土の将来についてともに議論し、ともに語り合ううち、私は、君の豊かな学識と清廉潔白でさわやかなお人柄に深く魅せられ、また、君の政治に対する真摯な姿勢に心から敬服いたしておったところであります。  

1989-02-18 不破哲三 予算委員会 衆議院

○不破委員 これは全くこっけいな話でして、敵の出方論というのは、別にあなた方が陰へ行って探さないでも、堂々と我が党の大会の決定に明記されていますよ。  というのは、我が党が綱領にも書いてあるように、政権につくときは選挙で多数を得て政権につく、大方針です、これは。現在では福岡と埼玉で我々は与党ですけれども、選挙によって与党になったのです。東京でもかつて与党でしたが、選挙に勝って与党になったのです。それと同じように、国の政治でも国会の多数

1984-03-10 井上普方 予算委員会第一分科会 衆議院

○井上(普)分科員 わかった。それは後で書類にして出してもらいましょう。いいですな、長官。  そこで、船田中さんは何だったのです。

1984-03-10 井上普方 予算委員会第一分科会 衆議院

○井上(普)分科員 瑞宝章とするというのだけれども、ここに一つ言いたくはないけれども、言わなければしょうがない。前に亡くなられた池田元総理は何等であったのか。あるいはまた船田中衆議院議員は、あの人は四年衆議院議長をやられた。そして議員歴といたしましても、片方は何年ですかな、これまた十五、六年である。船田さんはたしか四十年ぐらいやられておる。しかも見ていると船田さんの方が池田さんよりも下である。どうも私には合点がいきかねるので、一例を挙げ

1982-02-18 栗田翠 予算委員会 衆議院

○栗田委員 教育的な立場に立っての特殊性ということをおっしゃったと思います。  それでは、ちょっと私、資料を、本当は全部にお配りしたかったのですが、総理と、それから文部大臣にちょっと資料をお目にかけたいと思いますが、お願いいたします。  実は青山学院の情実入学の問題で、大学、それから、幼稚園、短大などが問題になりましたが、ある新聞の報道などでは、高等部は比較的正常にやっているようであるということが報道されておりました。ところが、私が

1981-03-19 大村襄治 予算委員会 参議院

○国務大臣(大村襄治君) お答えします。  これはたしか昭和三十二年ごろの当時の防衛庁長官、たしか船田中先生だったと思いますが、国会の御質問に対しまして、有事の際に、どうしても他に方法のないような場合には、ミサイルの基地のようなものをたたくこともあり得るという趣旨の答弁をされたということを私は国会の記録で読んだ記憶がございますので、そういったような議論もこれまであったけれども、お尋ねのあれと専守防衛という言葉は、基本的には同じことを意

1981-02-20 中村茂 予算委員会 衆議院

○中村(茂)委員 これは原案をつくるまでのことを言っているのですよ。国民的な合意を得て制定——制定するのは国会でやるわけだから、その点をひとつ頭の中に入れておいて、いま言われたような対策を早急に立てて、国民的な合意を得られるようにひとつしていただきたいと思います。  それから次に、建設省専門委員制度の廃止についてお願いいたしたいというふうに思います。  私がこの制度はもう廃止した方がいいな、こういうふうに思ったのは、実は五十五年、昨

1980-11-19 中村茂 建設委員会 衆議院

○中村(茂)委員 はっきり申し上げましていまの回答では、私は要求に対して明確な答えになっていない、不満であるということを表明しておきたいと思います。  一部の者、恐らく蓮実進氏ではないかというふうに思うのですけれども、出先等を通じて調査した結果ふさわしくないということはなかった、こういうふうに聞いている、いずれにしても注意しておく、こういうことですけれども、私は、こういう問題は 本人に聞いてみても、みずから肩書きを利用して業界を全部回

1979-05-10 細田吉藏 議院運営委員会 衆議院

○細田委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。  なお、船田君に対する弔詞につきましては、お手元に配付いたしてあります特別弔詞を、理事各位の御了承を得まして、葬儀当日、議長から贈呈していただきましたので、御了承願います。     —————————————  多年憲政のために尽力し特に院議をもつてその功労を表彰された議員従二位勲一等船田中君はさきに国務大臣の重任につきまた再度本院議長の要職にあたり終始政党政治

1979-05-10 細田吉藏 議院運営委員会 衆議院

○細田委員長 これより会議を開きます。  まず、議員船田中君逝去の件についてでありますが、去る四月十二日、栃木県第一区選出議員船田中君が逝去されました。  ここに謹んで哀悼の意を表します。  船田君に対する追悼演説は、本日の本会議において行うこととし、演説者は、日本社会党の下平正一君にお願いいたしたいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1979-05-10 下平正一 本会議 衆議院

○下平正一君 ただいま議長から御報告がありましたとおり、本院議員船田中先生は、去る四月十二日、入院先の東京医大病院で逝去されました。まことに痛惜の念にたえません。  私はここに、諸君の御同意を得て、議員一同を代表し、謹んで哀悼の言葉を申し述べます。  先生は、去る二月一日灘尾議長就任の際、この議場において、かつて先生が議長席におられたときと変わりない端正な姿と張りのあるお声で祝辞を述べられました。私は、そのかくしゃくたる御様子から、

1979-05-10 灘尾弘吉 本会議 衆議院

○議長(灘尾弘吉君) 御報告いたすことがあります。  議員船田中君は、去る四月十二日逝去せられました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。  同君に対する弔詞は、議長において去る四月二十六日贈呈いたしました。これを朗読いたします。     〔総員起立〕  多年憲政のために尽力し特に院議をもつてその  功労を表彰された議員従二位勲一等船田中君は  さきに国務大臣の重任につきまた再度本院議長  の要職にあたり終始政党政治の確立

1979-04-27 安井謙 本会議 参議院

○議長(安井謙君) 元衆議院議長衆議院議員船田中君は、去る十二日逝去せられました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。  同君に対しましては、すでに弔詞を贈呈いたしました。  ここにその弔詞を朗読いたします。   〔総員起立〕 参議院はさきに衆議院議長として憲政の発揚につとめられまた国務大臣としての重責にあたられました衆議院議員従二位勲一等船田中君の長逝に対しつつしんで哀悼の意を表しうやうやしく弔詞をささげます      ――

1979-02-01 大久保孟 議院運営委員会 衆議院

○大久保事務総長 まず、議事日程第一、議長辞任の件でございますが、辞任願を朗読いたしました後に、議院にお諮りいたします。  辞任が許可されましたならば、議長の選挙に入ります。これは単記無名投票でございます。  御参考のために無効となるものを申し上げますと一、白票、二、投票者の氏名を記載したもの、三、本院議員でない者の氏名を記載したもの、四、本院議員のうちに同姓者がある場合、姓のみ記載したもの。本院議員のうちに同姓者がない場合、姓のみ

1979-02-01 船田中 本会議 衆議院

船田中君 先例によりまして、私は、議員一同を代表して、ただいま御当選になりました新議長に対しお祝いの言葉を、また、前議長に対して謝辞を申し述べたいと存じます。(拍手)  ただいま議長に灘尾君が当選せられました。われわれ一同、衷心より祝意を表する次第であります。  灘尾弘吉君は、議会政治に多年の経験を有せられ、そのすぐれた識見と練達なる御手腕とは、われわれの常に尊敬してやまないところであります。  国会に課せられました責務はますま

1979-02-01 灘尾弘吉 本会議 衆議院

○議長(灘尾弘吉君) この際、船田中君から発言を求められております。これを許します。船田中君。     〔船田中君登壇〕

1977-04-27 石川晃夫 逓信委員会 衆議院

○石川(晃)政府委員 お答えいたします。  ただいま先生御指摘の、連盟と申されましたのは日本有線放送連盟のことだと承知いたしますが、この会長としては船田中先生がやっております。