西川彌平治 に関する国会発言

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1960-02-04 高橋進太郎 本会議 参議院

○高橋進太郎君 ただいま議題となりました参議院予備金支出の件につきまして、御報告を申し上げます。  昭和三十三年度並びに昭和三十四年度の予備金の予算額は、両年度ともそれぞれ五百万円でありますが、昭和三十三年度分は、前回の常会の初めに院の承諾を得ました三百二十四万円のほか、その後百八万円が支出され、差引六十八万円が不用額となったわけであります。支出額の内訳は、在職中死亡された故議員西川彌平治君の御遺族に対する弔慰金であります。また昭和三

1958-12-23 松野鶴平 本会議 参議院

○議長(松野鶴平君) 内閣から、国土総合開発審議会委員田村文吉君、海岸砂地地帯農業振興対策審議会委員岸良一君の辞任に伴う後任者を指名されたいとの申し出がございました。  また、離島振興対策審議会委員西川彌平治君の逝去に伴い、同委員に欠員を生じました。  つきましては、この際、日程に追加して、国土総合開発審議会委員その他の各種委員の選挙を行いたいと存じますが、御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1958-12-17 河野義克 議院運営委員会 参議院

○事務総長(河野義克君) 議員西川彌平治君が、昨十六日午前、新潟県柏崎市刈羽総合病院において慢性腎炎のため逝去いたされました。まことに哀悼にたえません。  つきましては、本院として、弔詞を贈呈し、哀悼の辞を本会議で述べていただくわけでありますが、弔詞につきましては、例文によって取り計らうこととし、本会議におかけしたいと存じます。また哀悼演説につきましては、従前、西川君が主として所属されておりました商工委員会の委員長にお願いすることにい

1958-12-17 安井謙 議院運営委員会 参議院

○委員長(安井謙君) 議院運営委員会を開会いたします。  議員西川彌平治君が逝去されましたことにつきまして、事務総長から報告がございます。

1958-12-17 松野鶴平 本会議 参議院

○議長(松野鶴平君) 総員起立と認めます。よって本案は全会一致をもって可決せられました。  次会の議事日程は、決定次第、公報をもって御通知いたします。  本日はこれにて散会いたします。    午前十一時四十五分散会      —————・————— ○本日の会議に付した案件   一、新議員の紹介   一、請暇の件   一、故議員西川彌平治君に対する追悼の辞   一、故議員西川彌平治君に対し弔詞贈呈の件   一、国会法

1958-12-17 松野鶴平 本会議 参議院

○議長(松野鶴平君) 御異議ないと認めます。  議長において起草いたしました弔詞を朗読いたします。   参議院は議員正五位勲三等西川彌平治君の長逝に対しましてつつしんで哀悼の意を表しうやうやしく弔詞をささげます  弔詞の贈呈方は、議長において取り計らいます。      —————・—————

1958-12-17 松野鶴平 本会議 参議院

○議長(松野鶴平君) お諮りいたします。西川彌平治君に対し、院議をもって弔詞を贈呈することとし、その弔詞は議長に一任せられたいと存じますが御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1958-12-17 田畑金光 本会議 参議院

○田畑金光君 ただいま議長から御報告のありました通り、長らく病気御静養中でありました議員西川彌平治君は、昨十六日逝去いたされました。私ども同僚議員として、まことに痛惜の至りにたえません。ここに同君の生前を回想し、つつしんで哀悼の辞をささげるものであります。  西川君は、明治三十一年新潟県北魚沼郡川口村に生まれ、新潟県立工業学校を卒業後、実業界に身を投じ、新潟鉄工所に入社、後、西川鉄工所、理研電線株式会社、理研木工所等の役員に就任し、こ

1958-12-17 松野鶴平 本会議 参議院

○議長(松野鶴平君) 議員西川彌平治君は、昨十六日逝去せられました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。  田畑金光君から発言を求められました。この際、発言を許します。田畑金光君。    〔田畑金光君登壇、拍手〕

1958-12-16 早川愼一 建設委員会 参議院

○委員長(早川愼一君) これより建設委員会を開きます。  まず委員の変更について御報告いたします。  十二月十二日戸叶武君、松澤靖介君、小酒井義男君が委員を辞任され、その補欠として山白垂彦君、阿具根登君、秋山長造君が、それぞれ委員に選任されました。  また十二月十五日山本利壽君が委員を辞任され、その補欠として西川彌平治君が委員に選任されました。  本日、山本利壽君が委員に選任されました。  なお西川弥、平治君は本日午前一時二十

1958-12-15 永岡光治 内閣委員会 参議院

○委員長(永岡光治君) 先刻委員の異動がございました。佐藤清一郎君、西川彌平治君、苫米地義三君、松本治一郎君、及び上口田法暗君が辞任され、その後任として、西田信一君、山本利壽君、大谷贇雄君、北村暢君、大河原一次君がそれぞれ委員に選任されました。   —————————————

1958-12-15 松野鶴平 本会議 参議院

○議長(松野鶴平君) これより本日の会議を開きます。  この際、お諮りいたします。西川彌平治君から、病気のため、二十七日間請暇の申し出がございました。これを許可することに御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1958-11-04 永岡光治 内閣委員会 参議院

○委員長(永岡光治君) これより内閣委員会を開会いたします。  去る十一月一日剱木亨弘君が委員を辞任され、西川彌平治君が委員に選任されました。また、本日宮田重文君が辞任され、後任として重宗雄三君が選任されました。以上御報告いたします。   —————————————

1958-11-04 早川愼一 建設委員会 参議院

○委員長(早川愼一君) これより建設委員会を開会いたします。  委員の変更について御報告いたします。  十月二十七日、西川彌平治君が委員を辞任され、その補欠として西田隆男君が、十月三十日、西田隆男君が委員を辞任され、その補欠として吉田萬次君が委員に選任されました。また、本日、坂本昭君、小山邦太郎君が委員を辞任され、その補欠として松澤靖介君、仲原善一君が委員に選任されました。   —————————————

1958-10-31 永岡光治 内閣委員会 参議院

○委員長(永岡光治君) 先刻委員の異動がございました。重宗雄三君及び西川彌平治君が辞任され、後任として宮田重文君及び剱木亨弘君が委員に選任されました。  以上御報告いたします。   —————————————

1958-10-28 矢嶋三義 内閣委員会 参議院

○理事(矢嶋三義君) これより内閣委員会を開会いたします。  委員長所用のため、委託によりまして、本日は私が委員長の職務を行います。  委員の異動がございました。昨日江藤智君が辞任され、西川彌平治君が委員に選任されました。  以上御報告いたします。   ―――――――――――――

1958-10-17 田畑金光 商工委員会 参議院

○委員長(田畑金光君) これより商工委員会を開会いたします。  委員の異動について御報告いたします。  九月三十日亀田得治君が辞任し、その補欠として島清君が、西川彌平治君が辞任し、その補欠として西田隆男君が、また十月一日相澤重明君が辞任し、その補欠として天田勝正君が、また昨十六日重宗雄三君が辞任し、その補欠として上原正吉君が、また本日、高橋進太郎君が辞任し、その補欠として後藤義隆君が、小西英雄君が辞任し、その補欠として松野孝一君が選

1958-10-02 早川愼一 建設委員会 参議院

○委員長(早川愼一君) ただいまより建設委員会を開会いたします。まず委員の変更について御報告いたします。九月三十日西田隆男君が委員を辞任され、その補欠として西川彌平治君が、十月一日小柳勇君が委員を辞任され、その補欠として坂本昭君、また本日杉山昌作君が委員を辞任され、その補欠として村上義一君が委員に選任されました。   —————————————

1958-08-30 井野碩哉 予算委員会 参議院

○委員長(井野碩哉君) ただいま委員の変更がございましたので、追加御報告申し上げます。  八月三十日、安部キミ子君辞任、北村暢君補欠。中田吉雄君辞任、千葉信君補欠。鶴見祐輔君辞任、堀末治君補欠。西川彌平治君辞任、小幡治和君が補欠に選任せられました。     —————————————

1958-07-31 井野碩哉 予算委員会 参議院

○委員長(井野碩哉君) 委員の変更について御報告申し上げます。  七月二日、八木幸吉君辞任、市川房枝君補欠。七月三日、小幡治和君辞任、西川彌平治君補欠。塩見俊二君辞任、森田豊壽君補欠。七月五日、森田豊壽君辞任、塩見俊二君補欠。七月八日、佐野廣君辞任、井野碩哉君補欠。高橋進太郎君辞任、大沢雄一君補欠。七月九日、亀田得治君辞任、大倉精一君補欠。七月十日、大倉精一君辞任、亀田得治君補欠。七月三十一日、佐多忠隆君辞任、内村清次君が補欠選任せら