青山秀三郎 に関する国会発言

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1967-07-05 井上亮 石炭対策特別委員会 衆議院

○井上(亮)政府委員 鉱区調整の実績の点につきまして御説明申し上げます。  御承知のように石炭鉱業審議会の中に鉱区調整部会というものがありまして、これは部会長は青山秀三郎博士がやっておられます。ここで大きな事案を取り扱っておるわけでありますが、四十年から四十一年度にかけまして相当大きな懸案の事項が相当程度解決してまいっております。かつてはこの鉱区調整の問題につきましてはなかなか困難な事情があったことは、先生も御承知のとおり。特にこの鉱

1967-06-29 井上亮 石炭対策特別委員会 衆議院

○井上(亮)政府委員 鉱区調整部会の部会長は、東大の名誉教授をやっておられます青山秀三郎先生がやられまして、それに東大の伊木先生、これは採鉱の先生でございます。それから早稲田大学の同じく採鉱の大家でいらっしゃいます中野教授、それから合理化事業団副理事長の出口さん、それから北大のこれまた採鉱の権威でございます佐山先生、それから九大の山田先生、それから開銀総裁の石原さん、それから日本経済の円城寺先生、大体以上でございます。大体中立委員で構成

1966-04-06 天野公義 商工委員会 衆議院

○天野委員長 これより会議を開きます。  内閣提出、金属鉱物探鉱促進事業団法の一部を改正する法律案を議題とし、審査を進めます。  本日は、本案審査のため、参考人として海外鉱物資源開発株式会社社長青山秀三郎君、金属鉱物探鉱促進事業団理事長加賀山一君、日本鉱業協会会長河上健次郎君、全日本金属鉱山労働組合執行委員長原口幸隆君、中小鉱業対策推進本部本部長宮崎茂薫君、鉱業審議会委員由井敢君、以上六名の方が出席されております。  参考人の皆さ

1965-03-04 多賀谷真稔 石炭対策特別委員会 衆議院

○多賀谷委員 保安協議会でいろいろ意見が出て規則の制定等に手間どったと言われますけれども、中央鉱山保安協議会長青山秀三郎の名前で、昭和三十九年に改正した分は答申があっておるわけですよ。ですから、全然別のところから答申があって、それをまた保安協議会で議論をしておるというならば別として、先に答申をしているのですよ。答申をしているところにさらに規則をかけるのです。ですからこんな話は、並行してさらに細部にわたってやっていけばいいのですよ。大体役

1964-12-17 中村寅太 石炭対策特別委員会 衆議院

○中村委員長 これより会議を開きます。  石炭対策に関する件について調査を進めます。  石炭鉱業調査団の答申に関する問題について、本日、参考人として石炭鉱業調査団の方々に御出席をいただいております。  本日御出席の方々は有沢広巳君、青山秀三郎君、万仲余所治君、伊木正二君、石原周夫君、中野実君の各位であります。  また、高橋正雄君がわざわざ九州からおいでくださいましたので、参考人に追加したしました。なお、稲葉秀三君、円城寺次郎君、

1964-05-11 中村寅太 石炭対策特別委員会 衆議院

○中村委員長 これより会議を開きます。  内閣提出、鉱山保安法の一部を改正する法律案を議題として、審査を行ないます。  本日、本案審査のため、参考人として東京大学名誉教授の青山秀三郎君、三菱鉱業株式会社取締役保安部長の井上健一君、日本鉱業株式会社専務取締役の河合尭晴君、日本炭鉱労働組合中央執行委員保安部長の東海林秋男君、全日本金属鉱山労働組合中央執行委員の高橋登君、全国石炭鉱業労働組合書記長の加藤俊郎君、全国炭鉱職員労働組合協議会副

1962-10-22 青山秀三郎 エネルギー対策特別委員会、商工委員会連合審査会 参議院

○参考人(青山秀三郎君) お答え申し上げます。鉱区の問題につきましては、これは私も、よく今お話しのとおり九州も北海道も常磐もいろいろ鉱区の問題について早く解決したい、あるいはしていただきたいという問題が全国に相当たくさんございます。ただいま行なわれておりますのは、石炭鉱区調整協議会というのがございますが、これは多少性格が違っておりまして、未開発炭田、あるいはこれから開発されますところに対する問題であります。今度の答申におきましては、ただ

1962-10-22 青山秀三郎 エネルギー対策特別委員会、商工委員会連合審査会 参議院

○参考人(青山秀三郎君) さっきからいろいろお話を伺っておりまして、まさに私も今御質問になったとおり、これからの坑内の作業につきましてはいろいろ考えておるのでありますが、先ほお話のあったのにも関連いたしますが、やはり根本の方針と申しますか、基準と申しますか、そういうものを考えました中に、自然の条件がウエートを持っておりますが、私どもはやはりそれらを考えますときに、労務の条件であるとか、あるいは経営の能力であるとか、将来の収支の関係等もや

1962-10-18 上林山榮吉 石炭対策特別委員会 衆議院

○上林山委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  石炭対策に関する件について調査を進めます。  御承知のごとく、今月の十三日に石炭鉱業調査団の答申が政府に対して行なわれたのでありますが、本日はその答申に関する問題について、参考人として、石炭鉱業調査団の団長有沢広巳君、青山秀三郎君、円城寺次郎君、平田敬一郎君、以上の方々の御出席を願っております。  この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。本日は御多用中にもかかわらず御出

1962-02-28 早稻田柳右エ門 商工委員会 衆議院

○早稻田委員長 ありがとうございました。  次に、東京大学名誉教授青山秀三郎君にお願いいたします。

1962-02-28 早稻田柳右エ門 商工委員会 衆議院

○早稻田委員長 次に、鉱業に関する件について調査を進めます。  金属鉱山に関する問題について、本日御出席をいただいております参考人の方々の御芳名は、お手元に配付いたしてあります。ミスプリントがございますので、一応私から御芳名を申し上げます。  住友金属鉱山株式会社専務取締役河上健次郎君、三菱金属鉱業株式会社常務取締役相京光雄君、日本鉱業協会中小鉱業対策推進本部副本部長宮崎茂薫君、全国鉱山所在市町村協議会会長鈴木一君、東大名誉教授青山

1959-08-10 吾孫子豊 運輸委員会 参議院

○説明員(吾孫子豊君) ただいま総裁から申し上げましたように、今月の七日夕刻でございますが、志免鉱業所の臨時炭量調査団の団長として青山秀三郎氏から調査団の調査結果についての報告が提出せられました。その報告は皆様のお手元にただいまお配り申し上げた次第でございます。これをごらん願いますと、調査団の結論がわかるわけでございますが、この調査団の報告いかがしましょうか。少し良うございますが、一応読ましていただきましょうか。

1958-07-02 青山秀三郎 運輸委員会 衆議院

○青山参考人 ただいま御紹介のございました私青山秀三郎でございます。御提出いたしました資料に、私ども構成いたしております委員会の名簿も入っておりますので、外七名の委員についても御了承のことと存じ上げます。  この委員会は、かねて御承知の通り本年の四月七日に発足いたしましたのでありまして、ただいままで日本国有鉄道総裁の御諮問に応じまして御答申をいたして参ったのであります。主としてその委員会で討議いたしましたことにつきまして、御参考になる

1958-07-02 塚原俊郎 運輸委員会 衆議院

○塚原委員長 これより会議を開きます。   本日は志免鉱業所の問題について、参考人各位より御意見を承わることにいたします。参考人として出席をお願いいたしておりました田口良明君が所用のため欠席いたしたいとの通知がございましたので、この際お知らせいたします。本日出席されております参考人の方は青山秀三郎君、今井一男君、以上であります。   この際参考人各位に一言ごあいさつ申し上げます。本日は御多用中のところ、本委員会のためにわざわざ御出席

1958-06-27 青山秀三郎 運輸委員会 参議院

○参考人(青山秀三郎君) いろいろ関連のめんどうな問題も含んでおるのでありますが、さっき総裁のお話にも出ましたが、こういう問題がいつまでも。ペンディングになっておるということは、ことに現地に働いている組合の皆さんに対しても、非常に御不安であろうと思いますし、これはやはり潮どきがあろうかと私は思っております。準備が整い結論が出次第、なるべく早くこれを最終結論に入れたいと希望しておりますので、ただいまの目標としては、私は三十三年の十二月、こ

1958-06-27 青山秀三郎 運輸委員会 参議院

○参考人(青山秀三郎君) 今までの経過を見ますと、私はその五対三であったか、あるいは三対五であったか知りませんが、そういったような私は運営を自分もしたくありませんし、また委員会もそういうことではなかったということを申し上げていいと思います。

1958-06-27 青山秀三郎 運輸委員会 参議院

○参考人(青山秀三郎君) これは委員会は、私は総裁に答申を申しますので、諮問機関としてできている以上、ただ委員会の申し上げたことを総裁がどう御採用になるか、これはわかりません。国鉄の御自身の御判断において委員会の考えをごしんしゃく下さることと思いまするが、ただ委員会ができて、そうして私ども御答申申し上げる以上、委員会としては委員会の申し上げたことをできるだけ国鉄の方で、尊重と言うと言い過ぎますが、内容をくんでいただけるような結果になれば

1958-06-27 青山秀三郎 運輸委員会 参議院

○参考人(青山秀三郎君) 第一問は、御承知のように処置をどうするかということで、第二、第三になりますと、その具体的な問題に入っていくわけですが、その方針をきめない以上先に進みようがない。従って、第一号の御答申が出ましたあとで国鉄の御諮問を私どもは解決していこうということで、今まさにその譲渡の方法なりあるいは譲渡の時期なり、そういう問題を検討している現状であります。けれども、これは分離する方法あるいはその時期等は今後のことでありまして、し

1958-06-27 青山秀三郎 運輸委員会 参議院

○参考人(青山秀三郎君) この四月の十九日の中間答申、分離が可なり、分離することが適当であるという御答申は、これは私はあのときの委員の話し合いから一致した意見でもあり、私が責任を持って御答申をしたことでありますので、この線は委員会としては詳細には肉づけはしてありませんけれども、私はこれを変える、これが動くということは今後あろうとは思っておりません。

1958-06-27 青山秀三郎 運輸委員会 参議院

○参考人(青山秀三郎君) お答えいたします。  委員会といたしましては、今後どういうふうな答申を重ねていくかわかりませんが、できるだけ済んだところは逐次答申をしていこう。いよいよ最後に全部がまとまったときには最終の答申を詳細に申し上げよう。だから中間というのはまだどうなるかわからぬ、一ペんこう言っておこうという意味では決してありませんので、そのところまでの結論、その段階までのところをまとめた御答申をしたということであります。これも書類