内閣委員会
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会
会議録情報#0
昭和三十九年七月十三日(月曜日)
午前十時三十五分開会
—————————————
委員長の異動
六月二十六日三木與吉郎君委員長辞任
につき、その補欠として下村定君を議
院において委員長に選任した。
委員の異動
六月二十七日
辞任 補欠選任
植木 光教君 上林 忠次君
高橋 衛君 古池 信三君
田畑 金光君 向井 長年君
七月九日
辞任 補欠選任
千葉 信君 鈴木 壽君
七月十日
辞任 補欠選任
鈴木 壽君 千葉 信君
七月十三日
辞任 補欠選任
上林 忠次君 田中 茂穂君
古池 信三君 吉武 恵市君
—————————————
出席者は左のとおり。
委員長 下村 定君
理事
小柳 牧衞君
鶴園 哲夫君
委員
太田 正孝君
源田 実君
田中 茂穂君
三木與吉郎君
吉武 恵市君
鬼木 勝利君
向井 長年君
事務局側
常任委員会専門
員 伊藤 清君
説明員
人事院総裁 佐藤 達夫君
人事院事務総局
給与局長 瀧本 忠男君
防衛庁長官官房
長 三輪 良雄君
防衛庁防衛局長 海原 治君
防衛庁教育局長 堀田 政孝君
防衛庁装備局長 伊藤 三郎君
—————————————
本日の会議に付した案件
○国の防衛に関する調査
(新潟地震の被害地に対する自衛隊
の災害派遣に関する件)
(ジェット戦闘機F104Jの継続
生産に関する件)
(第三次防衛力整備計画に関する
件)
○国家行政組織及び国家公務員制度等
に関する調査
(国家公務員の給与に関する件)
○理事の補欠互選の件
—————————————
この発言だけを見る →午前十時三十五分開会
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委員長の異動
六月二十六日三木與吉郎君委員長辞任
につき、その補欠として下村定君を議
院において委員長に選任した。
委員の異動
六月二十七日
辞任 補欠選任
植木 光教君 上林 忠次君
高橋 衛君 古池 信三君
田畑 金光君 向井 長年君
七月九日
辞任 補欠選任
千葉 信君 鈴木 壽君
七月十日
辞任 補欠選任
鈴木 壽君 千葉 信君
七月十三日
辞任 補欠選任
上林 忠次君 田中 茂穂君
古池 信三君 吉武 恵市君
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出席者は左のとおり。
委員長 下村 定君
理事
小柳 牧衞君
鶴園 哲夫君
委員
太田 正孝君
源田 実君
田中 茂穂君
三木與吉郎君
吉武 恵市君
鬼木 勝利君
向井 長年君
事務局側
常任委員会専門
員 伊藤 清君
説明員
人事院総裁 佐藤 達夫君
人事院事務総局
給与局長 瀧本 忠男君
防衛庁長官官房
長 三輪 良雄君
防衛庁防衛局長 海原 治君
防衛庁教育局長 堀田 政孝君
防衛庁装備局長 伊藤 三郎君
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本日の会議に付した案件
○国の防衛に関する調査
(新潟地震の被害地に対する自衛隊
の災害派遣に関する件)
(ジェット戦闘機F104Jの継続
生産に関する件)
(第三次防衛力整備計画に関する
件)
○国家行政組織及び国家公務員制度等
に関する調査
(国家公務員の給与に関する件)
○理事の補欠互選の件
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下
下村定#1
○委員長(下村定君) これより内閣委員会を開会いたします。
議事に入るに先立ちまして、私から一言ごあいさつを申し上げます。
昨年末以来、三木先生が委員長として公正、練達な委員会の運営に当たられました。私、このたびはからずも三木先生のあとを受けまして委員長を拝命いたしたのでございますが、御承知のとおり、まことにふなれでございますので、どうか委員の皆さまの格段の御指導、御協力、特に御鞭撻をお願い申し上げたいと存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。なお、委員以外の御列席の方々に対しましても、どうかよろしくお願い申し上げます。
前委員長から発言を求められておりますので、この際、御発言を願います。
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昨年末以来、三木先生が委員長として公正、練達な委員会の運営に当たられました。私、このたびはからずも三木先生のあとを受けまして委員長を拝命いたしたのでございますが、御承知のとおり、まことにふなれでございますので、どうか委員の皆さまの格段の御指導、御協力、特に御鞭撻をお願い申し上げたいと存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。なお、委員以外の御列席の方々に対しましても、どうかよろしくお願い申し上げます。
前委員長から発言を求められておりますので、この際、御発言を願います。
三
三木與吉郎#2
○三木與吉郎君 私、委員長に在任中はまことに不手ぎわ、ふなれでございまして、始終御迷惑のかけっぱなしでございましたにもかかわりませず、皆さん方から非常な御支援を賜わりましてまことにありがとうございました。なお、また今後ともよろしくお願いいたします。はなはだ簡単でございますが……。
この発言だけを見る →下
下村定#3
○委員長(下村定君) 次に、委員の異動について御報告いたします。
去る六月二十七日、田畑金光君、植木光教君及び高橋衛君が委員を辞任されまして、その補欠として向井長年君、上林忠次君、及び古池信三君が選任されました。
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この発言だけを見る →去る六月二十七日、田畑金光君、植木光教君及び高橋衛君が委員を辞任されまして、その補欠として向井長年君、上林忠次君、及び古池信三君が選任されました。
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下
下村定#4
○委員長(下村定君) では、国の防衛に関する調査を議題とし、新潟地震の被害地に対する自衛隊の災害派遣に関する件、第三次防衛力整備計画に関する件、ジェット戦闘機F104Jの継続生産に関する件等について質疑の御要求がありますので、これを許します。
政府側からは三輪官房長、海原防衛局長、伊藤装備局長、堀田教育局長が出席されております。
御質疑のおありの方は、御発言を願います。源田君。
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御質疑のおありの方は、御発言を願います。源田君。
源
源田実#5
○源田実君 この前の新潟地震において、自衛隊員の各位が非常な困難な作業に献身的に当たられまして、そうして被害を最小限度にとどめ得たということは、私たちは全く国民の一人として、自衛隊員に深く感謝するところでございます。
そこで若干の質問を申し上げたいと思うのでありますが、この間の新潟地震で自衛隊が行なった救助作業、復旧作業のあらましと、またその中で、私はラジオの放送で聞いたのでありますが、何でも有毒ガスか液体か、何かそういうものが入っておるタンクを、自衛隊員がほんとうに身を挺して延焼を防いで、事なきを得たというようなことをラジオの放送で聞いたのでございますが、そういうおもな問題について、どういう仕事が主として行なわれ、どういうものが最も危険であったか。これを隊員によって処置されたか、あるいは他の自衛隊員以外との協力のもとに行なわれたか。その概略をお聞きしたいと思います。
この発言だけを見る →そこで若干の質問を申し上げたいと思うのでありますが、この間の新潟地震で自衛隊が行なった救助作業、復旧作業のあらましと、またその中で、私はラジオの放送で聞いたのでありますが、何でも有毒ガスか液体か、何かそういうものが入っておるタンクを、自衛隊員がほんとうに身を挺して延焼を防いで、事なきを得たというようなことをラジオの放送で聞いたのでございますが、そういうおもな問題について、どういう仕事が主として行なわれ、どういうものが最も危険であったか。これを隊員によって処置されたか、あるいは他の自衛隊員以外との協力のもとに行なわれたか。その概略をお聞きしたいと思います。
三
三輪良雄#6
○説明員(三輪良雄君) 新潟の震災におきます自衛隊の活動状況の概要について、報告せよということでございます。最初に、陸海空別に、数字的ないわばまとめを申し上げまして、二、三の個々の点について御説明をいたしたいと思います。
陸上自衛隊におきましては、東部方面隊から第十二師団の主力、第一師団の一部及び第一施設団等の長官直轄部隊、人員にいたしますと合計六千九百名、車両は約一千二百両を派遣をいたしまして、主として次のようなことを行ないました。
大きな仕事といたしましては、信濃川の堤防が沈下をいたしまして、これを締め切らないと、非常に水没をする地帯ができますので、堤防の上に土のうを積み上げたのでございますが、自衛隊の行ないましたのが、三十六万二千俵の土のうを積み上げたと聞いております。
それから給水が非常に急を要しまして、水はあたりにあふれておりましても飲み水に困るわけでございますので、これを当日から給水いたしましたが、合計約四千六百万トンの水を給水いたしたと聞いております。
それから輸送でございますが、車両と航空機に分けて申しますと、車両では、人員を約二千二百人、二百トンの物資を送っております。航空機では、三百四十三人、物資といたしまして、陸幕のほうでは約二トンでございます。
なお、鉄道の被害が非常に大きゅうございまして、どうしても急いで復旧しなければならないというような御依頼がございまして、レールの押し上げをいたしました。陥没をいたしましたレールを押し上げるのが、約五千三百メートル、砂利を敷きましたのが約一千立方メートル、土砂の排除が約一千六百立方メートルと聞いております。
それから消火作業でございますが、実際の火を消しますことよりは、石油がだいぶ流れまして、これをくみ取らないことにはそのあたり一帯が火の海になるということでございます。これをくみ上げましたのが、約二千五百キロリットル。それから消火剤を緊急輸送いたしましたのが、八十四トンでございます。
それから、道路が非常にひび割れてなかなか自動車の通行ができません。これを復旧をいたします道路啓開作業といたしまして、約二十三キロメートル、それから土砂の排除が約九千立方メートルと聞いております。
なお、防疫作業でございますが、ああいうあとは主として疫病等の発生が心配されまするので、薬剤の散布を約九十五万平方メートルにわたって実施いたしましたと聞いております。
海上のほうは、艦艇二十隻をもちまして、翌日早朝には舞鶴から新潟に到着をいたしたわけでございますけれども、主食九万一千食、あるいは毛布八千枚、作業衣二万二千枚、その他ゴム長靴、作業靴、雨衣、かん詰め等を舞鶴から補給をいたしましたが、そのほか海上では、先ほど申しました土のうの積み上げに要しますどろを詰めました土のうを、小型上陸用舟艇で輸送いたしましたのが、約二万二千俵と聞いておるのでございます。
航空自衛隊は、十七日から十九日の間に、輸送機二十一機で、化学消火剤四十一トンを空中から投下をいたしまして、なおそのほか、陸海空いずれの所属もやりましたけれども、ヘリコプター延べ二十八機によりまして、東京−新潟間の人員輸送、なお災害地内の輸送等を行ないました。このほか、地震発生直後に偵察を行なったというようなのがおもな仕事であろうかと思います。
これを時間的に少しくくだいて申し上げますというと、地震の起こりましたのが十六日の午後一時ちょっと過ぎでございます。ほぼ三十分を経ました十三時三十分には航空自衛隊のRF−86(ジェット機)延べ八機が同日十八時までに。なお、海上自衛隊からP2V−7四機が十四時から十八時までに、新潟市内あるいは佐渡の両津港あるいは村上市以北の海岸線等を偵察、写真撮影いたしまして、これを直ちにその日の夕刻までには総理並びに災害対策実施本部にお届けをいたしまして、その後の対策に資するようにお願いをいたしたのでございます。
人員の緊急輸送でございますが、ちょうど新潟の国体がありました直後でございまして、新潟では知事、副知事あるいは市長、県警本部長、本部長以下の幹部その他の方々が、あるいは東京あるいは北海道に行っておられるというときに起こった、まことに不幸な事態でございまして、知事さんは時間の関係でお送りできませんでしたけれども、市長さん、警察幹部その他の、緊急にお帰りを願わなければならない方々を第一陣としてヘリコプターで現地にお送りをいたしましたほか、政府代表として派遣をされました自治大臣あるいは厚生大臣、大蔵大臣、その他の方々をお送りをいたしておるのでございます。
給水作業は、先ほど申しましたように、非常に現地で急ぎ要求されたのでございまして、十七日から給水を開始をいたしまして、給水タンク四トン車五両、それから水トレーラー、一トンのトレーラーでございますが、これが八十七両、これをフルに使いまして、一回に約百七トンの給水ができたのでございます。浄水セットが、十八セット持ち込みまして、これが約一時間フルに動かしまして十トンのきたない水から飲料水をとるという作業をいたしまして、これを逐次配給をいたしたのでございます。
部隊の派遣は、第三十普通科連隊。新発田を出ました部隊はその日の十四時十五分には新潟に到着いたしました。最初に出ましたのは三百ほどでございますけれども、地元としては、非常に不安の中で自衛隊の姿を見て非常に安心したということを、その後こちらから参りました者にこぞっておっしゃっていただいておるのでございます。十二師団は翌日の未明四時五十分に到着をいたしまして、合計、先ほども申しましたように最大のところでは六千九百名が出たのでございます。海上自衛隊は十六、十七日に自衛艦十三隻を舞鶴港から送りまして、これが実は十七日の朝着きましたときにはまだ受け入れの体制もできておりませんで、この物資が着いたということで非常にその瞬間的早さその他について、地元からお喜びをいただいたということを聞いておるのでございます。
以上のような活動をいたしましたが、御承知のように、ああいう中でございますので、その後建設大臣がごらんになり、閣議でも御報告されたと伺っておりますけれども、ああいう中で実際に最初の活動をしてもらうのは自衛隊によるほかはない。しかし、行ってみるというと、一番苦しい作業を全部自衛隊がやっておって、そのほかの機関が全く自衛隊におんぶしておるという状態はよくないではないかという御注意があったと、反面、自衛隊の活動については非常におほめをいただいたと聞いておるのでございます。
以上のようなことで全体の活動の状況の御報告は終わりますが、お触れになりました、非常に危険物について身を挺してこれを防いだということでございまするけれども、これは四エチル鉛というもののことであろうかと思います。実は、四エチル鉛というのがあそこにたくさんドラムかんで倉庫に入っておったわけでございまするけれども、これが石油タンク——原油タンクが燃えまして、もしこの四エチル鉛に燃え移ってこれがガス化した場合には、その風下、山ノ下町一帯の人畜は中枢神経を侵されて廃人になってしまうんだそうでございます。また、これを搬出途中もしそれがそういうことでガス化するような状態になっても非常に危険なことであったのでございます。そこで、これはもうその倉庫の北側五十メートルのところに二万キロリットル入りの原油タンクがありまして、これがもうすでに燃えております。そこで、その炎が倉庫から三十メートルのところに迫って、まあ炎が地をはっておるという状態。したがいまして、その四エチル鉛を入れております倉庫内も黒煙が充満をいたしまして視界ゼロ、倉庫内の温度が五十度ということでございました。そこで十七日夜、これを何とか搬出しなければいけないということで、第二普通科連隊の前原一尉以下七十名に下命をいたしまして、これがもうちゅうちょすることなくその倉庫に入りまして、タオルで口を押え、普通はゴム手袋を使って扱うんだそうでございますけれども、その用意がございませんで、地下足袋を手にはめてそれで持つというようなことをやりまして、十八日午前五時、無事この二百リットル入りのドラムかん七十五本を搬出いたしたわけでございます。先ほど申しましたように、これがガス化したということを考えますと非常におそろしいことであったということで、地元の方々から喜んでいただいたと聞いておるのでございます。なおもう一つ、水素ボンベがございまして、これまた、この水素ボンベの倉庫がその炎によって爆発をいたしますというと、それによってまたさらに他の油のタンクに燃え移るというような、非常に危険な状態になったのでございます。そこで、四エチル鉛の搬出に引き続きまして前原一尉以下五十名がさらに水素ボンベを出したのでございますが、これは八メートル・ボンベが十二本ずつ一ケースに入ったもの四つでございまして、まあ非常に重いものでございまして、これを力を合わせて車に乗せて引っぱり出して、安全地帯に搬出をいたしたということでございます。これに当たりましたのは、先ほど申しました第二普通科連隊のほかに百七施設大隊が入りました混成部隊であるというのでございます。非常に危険が迫り、はた目にはなかなか入れないような状態でございましたけれども、ちゅうちょなく飛び込んでそういうようなことをやってもらったということについては、私ども非常にありがたいと思っておるのでございます。
この発言だけを見る →陸上自衛隊におきましては、東部方面隊から第十二師団の主力、第一師団の一部及び第一施設団等の長官直轄部隊、人員にいたしますと合計六千九百名、車両は約一千二百両を派遣をいたしまして、主として次のようなことを行ないました。
大きな仕事といたしましては、信濃川の堤防が沈下をいたしまして、これを締め切らないと、非常に水没をする地帯ができますので、堤防の上に土のうを積み上げたのでございますが、自衛隊の行ないましたのが、三十六万二千俵の土のうを積み上げたと聞いております。
それから給水が非常に急を要しまして、水はあたりにあふれておりましても飲み水に困るわけでございますので、これを当日から給水いたしましたが、合計約四千六百万トンの水を給水いたしたと聞いております。
それから輸送でございますが、車両と航空機に分けて申しますと、車両では、人員を約二千二百人、二百トンの物資を送っております。航空機では、三百四十三人、物資といたしまして、陸幕のほうでは約二トンでございます。
なお、鉄道の被害が非常に大きゅうございまして、どうしても急いで復旧しなければならないというような御依頼がございまして、レールの押し上げをいたしました。陥没をいたしましたレールを押し上げるのが、約五千三百メートル、砂利を敷きましたのが約一千立方メートル、土砂の排除が約一千六百立方メートルと聞いております。
それから消火作業でございますが、実際の火を消しますことよりは、石油がだいぶ流れまして、これをくみ取らないことにはそのあたり一帯が火の海になるということでございます。これをくみ上げましたのが、約二千五百キロリットル。それから消火剤を緊急輸送いたしましたのが、八十四トンでございます。
それから、道路が非常にひび割れてなかなか自動車の通行ができません。これを復旧をいたします道路啓開作業といたしまして、約二十三キロメートル、それから土砂の排除が約九千立方メートルと聞いております。
なお、防疫作業でございますが、ああいうあとは主として疫病等の発生が心配されまするので、薬剤の散布を約九十五万平方メートルにわたって実施いたしましたと聞いております。
海上のほうは、艦艇二十隻をもちまして、翌日早朝には舞鶴から新潟に到着をいたしたわけでございますけれども、主食九万一千食、あるいは毛布八千枚、作業衣二万二千枚、その他ゴム長靴、作業靴、雨衣、かん詰め等を舞鶴から補給をいたしましたが、そのほか海上では、先ほど申しました土のうの積み上げに要しますどろを詰めました土のうを、小型上陸用舟艇で輸送いたしましたのが、約二万二千俵と聞いておるのでございます。
航空自衛隊は、十七日から十九日の間に、輸送機二十一機で、化学消火剤四十一トンを空中から投下をいたしまして、なおそのほか、陸海空いずれの所属もやりましたけれども、ヘリコプター延べ二十八機によりまして、東京−新潟間の人員輸送、なお災害地内の輸送等を行ないました。このほか、地震発生直後に偵察を行なったというようなのがおもな仕事であろうかと思います。
これを時間的に少しくくだいて申し上げますというと、地震の起こりましたのが十六日の午後一時ちょっと過ぎでございます。ほぼ三十分を経ました十三時三十分には航空自衛隊のRF−86(ジェット機)延べ八機が同日十八時までに。なお、海上自衛隊からP2V−7四機が十四時から十八時までに、新潟市内あるいは佐渡の両津港あるいは村上市以北の海岸線等を偵察、写真撮影いたしまして、これを直ちにその日の夕刻までには総理並びに災害対策実施本部にお届けをいたしまして、その後の対策に資するようにお願いをいたしたのでございます。
人員の緊急輸送でございますが、ちょうど新潟の国体がありました直後でございまして、新潟では知事、副知事あるいは市長、県警本部長、本部長以下の幹部その他の方々が、あるいは東京あるいは北海道に行っておられるというときに起こった、まことに不幸な事態でございまして、知事さんは時間の関係でお送りできませんでしたけれども、市長さん、警察幹部その他の、緊急にお帰りを願わなければならない方々を第一陣としてヘリコプターで現地にお送りをいたしましたほか、政府代表として派遣をされました自治大臣あるいは厚生大臣、大蔵大臣、その他の方々をお送りをいたしておるのでございます。
給水作業は、先ほど申しましたように、非常に現地で急ぎ要求されたのでございまして、十七日から給水を開始をいたしまして、給水タンク四トン車五両、それから水トレーラー、一トンのトレーラーでございますが、これが八十七両、これをフルに使いまして、一回に約百七トンの給水ができたのでございます。浄水セットが、十八セット持ち込みまして、これが約一時間フルに動かしまして十トンのきたない水から飲料水をとるという作業をいたしまして、これを逐次配給をいたしたのでございます。
部隊の派遣は、第三十普通科連隊。新発田を出ました部隊はその日の十四時十五分には新潟に到着いたしました。最初に出ましたのは三百ほどでございますけれども、地元としては、非常に不安の中で自衛隊の姿を見て非常に安心したということを、その後こちらから参りました者にこぞっておっしゃっていただいておるのでございます。十二師団は翌日の未明四時五十分に到着をいたしまして、合計、先ほども申しましたように最大のところでは六千九百名が出たのでございます。海上自衛隊は十六、十七日に自衛艦十三隻を舞鶴港から送りまして、これが実は十七日の朝着きましたときにはまだ受け入れの体制もできておりませんで、この物資が着いたということで非常にその瞬間的早さその他について、地元からお喜びをいただいたということを聞いておるのでございます。
以上のような活動をいたしましたが、御承知のように、ああいう中でございますので、その後建設大臣がごらんになり、閣議でも御報告されたと伺っておりますけれども、ああいう中で実際に最初の活動をしてもらうのは自衛隊によるほかはない。しかし、行ってみるというと、一番苦しい作業を全部自衛隊がやっておって、そのほかの機関が全く自衛隊におんぶしておるという状態はよくないではないかという御注意があったと、反面、自衛隊の活動については非常におほめをいただいたと聞いておるのでございます。
以上のようなことで全体の活動の状況の御報告は終わりますが、お触れになりました、非常に危険物について身を挺してこれを防いだということでございまするけれども、これは四エチル鉛というもののことであろうかと思います。実は、四エチル鉛というのがあそこにたくさんドラムかんで倉庫に入っておったわけでございまするけれども、これが石油タンク——原油タンクが燃えまして、もしこの四エチル鉛に燃え移ってこれがガス化した場合には、その風下、山ノ下町一帯の人畜は中枢神経を侵されて廃人になってしまうんだそうでございます。また、これを搬出途中もしそれがそういうことでガス化するような状態になっても非常に危険なことであったのでございます。そこで、これはもうその倉庫の北側五十メートルのところに二万キロリットル入りの原油タンクがありまして、これがもうすでに燃えております。そこで、その炎が倉庫から三十メートルのところに迫って、まあ炎が地をはっておるという状態。したがいまして、その四エチル鉛を入れております倉庫内も黒煙が充満をいたしまして視界ゼロ、倉庫内の温度が五十度ということでございました。そこで十七日夜、これを何とか搬出しなければいけないということで、第二普通科連隊の前原一尉以下七十名に下命をいたしまして、これがもうちゅうちょすることなくその倉庫に入りまして、タオルで口を押え、普通はゴム手袋を使って扱うんだそうでございますけれども、その用意がございませんで、地下足袋を手にはめてそれで持つというようなことをやりまして、十八日午前五時、無事この二百リットル入りのドラムかん七十五本を搬出いたしたわけでございます。先ほど申しましたように、これがガス化したということを考えますと非常におそろしいことであったということで、地元の方々から喜んでいただいたと聞いておるのでございます。なおもう一つ、水素ボンベがございまして、これまた、この水素ボンベの倉庫がその炎によって爆発をいたしますというと、それによってまたさらに他の油のタンクに燃え移るというような、非常に危険な状態になったのでございます。そこで、四エチル鉛の搬出に引き続きまして前原一尉以下五十名がさらに水素ボンベを出したのでございますが、これは八メートル・ボンベが十二本ずつ一ケースに入ったもの四つでございまして、まあ非常に重いものでございまして、これを力を合わせて車に乗せて引っぱり出して、安全地帯に搬出をいたしたということでございます。これに当たりましたのは、先ほど申しました第二普通科連隊のほかに百七施設大隊が入りました混成部隊であるというのでございます。非常に危険が迫り、はた目にはなかなか入れないような状態でございましたけれども、ちゅうちょなく飛び込んでそういうようなことをやってもらったということについては、私ども非常にありがたいと思っておるのでございます。
源
三
源
源田実#9
○源田実君 ただいまのお話を聞いて概略はわかったのでありますが、この災害派遣というのが毎年ある。それで先日も洪水対策に北陸に出動もしている。昨年は大雪害、ことしはまた地震なんというめったにない災害派遣、こういうことで、自衛隊の装備について、いまの自衛隊の装備そのものでは都合が悪い、これほどしょっちゅう災害派遣があるならば、それに対して、少し装備とかあるいは編成について、変更とかあるいはこれを若干増強するとかいうことも考えられないではないと思います。ことに今度のように、火災に対して手がつけられないような場合には、化学消火剤を空中からヘリコプターなり飛行機——飛行機は無理かもしれませんが、そういうものから噴射して火災を消すとかいうようなことも考えられるかと思うのです。そういうことについて、今後防衛庁として、新しい予算を来年度でも要求して、そういう場合に備えるというような点があるかどうか。
それからもう一つここにお聞きしたいのは、こういうように災害派遣が非常に多いことによって年度の教育訓練計画に大きな支障を生じてくると——もちろん国の災害でありますから、自衛隊が事のいかんにかかわらず出動するということは、これは当然だと思うのですが、そのほかに自衛隊としては、国のいわゆる有形的な防衛というものが大きな任務となっているのでありますが、そういう訓練上の障害あるいは練度があがらない、計画が進まない、こういうことが、もし相当大きな影響があるのかどうか、そういう点についてお伺いしたい。
この発言だけを見る →それからもう一つここにお聞きしたいのは、こういうように災害派遣が非常に多いことによって年度の教育訓練計画に大きな支障を生じてくると——もちろん国の災害でありますから、自衛隊が事のいかんにかかわらず出動するということは、これは当然だと思うのですが、そのほかに自衛隊としては、国のいわゆる有形的な防衛というものが大きな任務となっているのでありますが、そういう訓練上の障害あるいは練度があがらない、計画が進まない、こういうことが、もし相当大きな影響があるのかどうか、そういう点についてお伺いしたい。
三
三輪良雄#10
○説明員(三輪良雄君) 第一点の装備の問題でございますけれども、先ほど御説明をいたしました給水、消火あるいは土のうを運びますにつきましても、あります装備を全面的に使ったのであります。しかし、これをやりますために、遠く関西、東北からも持っていくというような状態でございまして、なお、そういった設備をそれぞれの地域の部隊で、もう少し持っていることができたらばよかったと思うのでございます。そういう一般的な装備につきまして、これから逐次増強を加えていくのでございますが、さしむき今回の災害の経験に徴しまして、直ちにやはり現場に必要な人なり物なりを送りますには、空輸が必要でございますけれども、それが御承知のように、災害地では電灯も消えてしまいまするし、それから飛行機を指令いたします指令塔の活動ももちろんとまってしまうわけでございます。そこでさしむき夜になりましても、また、災害地でそういう設備が全部だめになりましても、人なり物なりの空輸ができるということが、さしずめどうしても必要だということで、まあ、檜町にヘリポートをつくりますこととともに、それぞれ携帯をいたしまして、災害地で直ちにここにはヘリコプターがおりられるという照明並びに簡易な通信の設備、そういうものを直ちに持っていってやれますような装置——つまりそういうところに着上陸いたします地上支援の装備を、すみやかに研究して装備するように考えているのでございます。
なお、今回通信の運用につきまして、若干の手おくれ等がございましたので、この必要な不足資材の充実はもとよりでございまするけれども、これらについてはなお運用上の訓練を必要とする、これはさっそくに長官の方針もございまして、具体的な訓練を進めるようにいたしてございます。
なお、あとの訓練計画の画題につきましては、他の説明員からお答えいたします。
この発言だけを見る →なお、今回通信の運用につきまして、若干の手おくれ等がございましたので、この必要な不足資材の充実はもとよりでございまするけれども、これらについてはなお運用上の訓練を必要とする、これはさっそくに長官の方針もございまして、具体的な訓練を進めるようにいたしてございます。
なお、あとの訓練計画の画題につきましては、他の説明員からお答えいたします。
堀
堀田政孝#11
○説明員(堀田政孝君) お尋ねのございました訓練計画につきましては、先生御心配のいろいろな諸点につきましても、十分にあと継ぎもしくは補充ができますような方法を立てておる次第でございます。
この発言だけを見る →源
海
海原治#13
○説明員(海原治君) 先年、たしか二、三年前でございますか、ヘリコプターを使って空中からの消火剤のみならず、いわゆる薬剤その他のものをまくことの研究はいたしたことはございますけれども、その結果まだ現在装備までには至っておりません。
なお、先ほどのお尋ねの今回の災害派遣に関連しまして、自衛隊の部隊としてどういう装備を持たすべきか、増加装備でございます。さらには教育訓練をどういうふうに付加すべきかということにつきましては、現在各幕僚監部と新潟地震についてのいわゆる先訓と申しておりますが、これの取りまとめをしております。これが出てまいりましてから、私どもとしてちょうど来年の予算との関係もございますので、逐次実行に移したいと、こういうふうに考えておる次第でございます。
この発言だけを見る →なお、先ほどのお尋ねの今回の災害派遣に関連しまして、自衛隊の部隊としてどういう装備を持たすべきか、増加装備でございます。さらには教育訓練をどういうふうに付加すべきかということにつきましては、現在各幕僚監部と新潟地震についてのいわゆる先訓と申しておりますが、これの取りまとめをしております。これが出てまいりましてから、私どもとしてちょうど来年の予算との関係もございますので、逐次実行に移したいと、こういうふうに考えておる次第でございます。
源
源田実#14
○源田実君 これは昨年もちょっと問題になったのでございますが、こういう場合に出動した自衛隊員が、非常な激務に従事するのでありますが、これに対する有形的な手当がいまのところは——年は金銭的な手当がない、ただ増加食だけというように承知しておるのですか、いまでもそうですか。
この発言だけを見る →伊
伊藤三郎#15
○説明員(伊藤三郎君) ただいまの点につきましては、現在も増加食だけでございます。ただ、現地の物資の逼迫等によりまして、食料品等の値上がりがありました場合には、増額をして支給をしまして、必要なるカロリーを補給できるようにいたしておりますが、それ以外に給与しておりますのは、増加食だけでございまして、金銭的なものは給与いたしておりません。
この発言だけを見る →源
源田実#16
○源田実君 たとえば海上ならば乗組員手当ですか、パイロットあたりには航行手当とか、要するに若干の危険性とかそういうものがある場合に、いずれも特別に手当がついておるのですが、災害出動手当については検討をいたしておりますか。
この発言だけを見る →三
三輪良雄#17
○説明員(三輪良雄君) 私ども考えましても、何か特別の手当を支給をする方法がないかということで、毎度部外の方々からはそういうものがいまでもないのかと非常に不思議がられるくらいでございます。ところが、私警察におりますときにも、警察がそういうふうに出動した場合の手当の問題に関連をして、いろいろ調べてみましたけれども、いまの給与体系の中でそういったものをやるということになっておりませんし、もちろんそういう制度を新たに設けるということは、これは絶対不可能なことではございませんけれども、非常にむずかしいことでございます。したがいまして、いまのところ、そういう手当という金銭的なものでなく、増加食というかっこうでそこに行きました者にいわゆる加給食のようなもの、あるいはタオル、紙というふうなものの現物を支給するというようなものをもってかえておるところでございます。しかし、これは将来とも私どもは適当な額の手当てというものが支給されてしかるべきものであるというふうに考えて、なお検討し、交渉してまいりたいと思っておるのでございます。
この発言だけを見る →源
源田実#18
○源田実君 災害派遣の件についてはこれで終わりますが、いまの特別の手のことについてひとつ防衛当局としても御研究をお願いしたいと思います。
次に、F104の問題でございますが、さしあたりお伺いしたいのは、自衛隊の飛行機の稼働率、これはあるいはその数字を発表はできないかもしれませんが、数字が発表できないとすれば、これは他の飛行機との比較において、ことに104の稼働率がどういうぐあいになっておるか。F86DとかF86Jとか、そういう他のジェット戦闘機との比較においてどういう稼働率を現在保っておるか、あるいはそれが変化しつつあるか、この問題。
もう一つは、自衛隊の飛行機全体の事故率とそれとまたF104の事故率、これはメージャー・アクシデントだけでけっこうであります。それをひとつお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →次に、F104の問題でございますが、さしあたりお伺いしたいのは、自衛隊の飛行機の稼働率、これはあるいはその数字を発表はできないかもしれませんが、数字が発表できないとすれば、これは他の飛行機との比較において、ことに104の稼働率がどういうぐあいになっておるか。F86DとかF86Jとか、そういう他のジェット戦闘機との比較においてどういう稼働率を現在保っておるか、あるいはそれが変化しつつあるか、この問題。
もう一つは、自衛隊の飛行機全体の事故率とそれとまたF104の事故率、これはメージャー・アクシデントだけでけっこうであります。それをひとつお伺いしたいと思います。
伊
伊藤三郎#19
○説明員(伊藤三郎君) 稼働率についてお答えいたします。
104Jの稼働率は三十八年度は相当低い数字でございます。具体的な数字につきましては、先般の衆議院の予算委員会で福田長官から申しましたように、各国とも公表いたしておりませんので、具体的な数字についてはごかんべんを願いたいのでございますが、三十八年度は遺憾ながら低い線でございます。今年の四月、五月に入りましてからは104Jの稼働率は非常によくなっておりまして、大体三十八年度の86D、F、このくらいのものに近づいております。特に二空団の稼働率は86Fと同じ程度まで上がっております。これは初期におきましては部品待ちとかあるいは整備のふなれとか、そういうことで稼働率が下がったのでございますが、完熟し、また、部品の補給も逐次向上してまいりましたので、四月、五月と比較的いい数字で、104Jとしましては86F、Dに近い数字になっておるというのが現状でごごいます。
この発言だけを見る →104Jの稼働率は三十八年度は相当低い数字でございます。具体的な数字につきましては、先般の衆議院の予算委員会で福田長官から申しましたように、各国とも公表いたしておりませんので、具体的な数字についてはごかんべんを願いたいのでございますが、三十八年度は遺憾ながら低い線でございます。今年の四月、五月に入りましてからは104Jの稼働率は非常によくなっておりまして、大体三十八年度の86D、F、このくらいのものに近づいております。特に二空団の稼働率は86Fと同じ程度まで上がっております。これは初期におきましては部品待ちとかあるいは整備のふなれとか、そういうことで稼働率が下がったのでございますが、完熟し、また、部品の補給も逐次向上してまいりましたので、四月、五月と比較的いい数字で、104Jとしましては86F、Dに近い数字になっておるというのが現状でごごいます。
堀
堀田政孝#20
○説明員(堀田政孝君) 事故率について申し上げます。
104Jの三十八年度の事故率は、十万時間当たりこれは大事故件数から積算をいたしたものでございますが、二三・八でございます。なお、そのほかのジェット機につきましても、累年事故率は逓減をいたしております。たとえば86Dについて見ますると、三十五年度二八・〇、三十六年度二六・九、三十七年度一九・一、三十八年度一四・九このように逓減をいたしております。86Fにつきましては、三十五年度一七・七、三十六年度一三・〇、三十七年度七・四、三十八年度三・二かように逓減をいたしておるわけであります。
この発言だけを見る →104Jの三十八年度の事故率は、十万時間当たりこれは大事故件数から積算をいたしたものでございますが、二三・八でございます。なお、そのほかのジェット機につきましても、累年事故率は逓減をいたしております。たとえば86Dについて見ますると、三十五年度二八・〇、三十六年度二六・九、三十七年度一九・一、三十八年度一四・九このように逓減をいたしております。86Fにつきましては、三十五年度一七・七、三十六年度一三・〇、三十七年度七・四、三十八年度三・二かように逓減をいたしておるわけであります。
源
源田実#21
○源田実君 そうすると、このF104が昨年の四月に一機、例の西三佐が殉職せられましたが、それ以後、私の承知する限りでは大きな事故は出ていないとすると、今年度においては、いまのところは、事故率は、この六月までのところはゼロであるというぐあいに承知していいのですか。
この発言だけを見る →堀
源
源田実#23
○源田実君 次にお伺いしたいのは、このF104の生産を日本でやると、それに関連して技術導入が行なわれ、また、わが国自体でいろんなものを若干開発もされておるのだろうと思いますが、そういうものですね、わが国の技術水準の向上に影響を及ぼしておるような具体的に大きなものを一つ——全部でなくていいのですが、若干、あれば述べていただきたい。
この発言だけを見る →伊
伊藤三郎#24
○説明員(伊藤三郎君) F104の生産が日本の工業にどういう影響を及ぼしたかという御質問でございますが、航空機工業自体に対する影響と、その他の一般の工業に対する影響と二つに分けて御説明いたします。
航空機工業自体に対する影響でございますが、たとえばわが国独自の技術で開発いたしました日本航空機製造のYS−11とかあるいは三菱のMU−2とか、こういうものに対していろいろな面で参考になっておると思います。たとえばケミカルミーリングあるいはスプレーマットあるいはプラスチックの部品、そういうようなものがございます。
それから一般の工業に対する影響でございますが、たとえば油圧機器におきますオートメーション化の制御装置、あるいは電子機器材料としましては高熱に耐える材料、こういうものは他の機械の高温部に利用ができる。あるいは精密鍛造というようなものもございますし、また、一つの機械の評価をする場合に信頼度というものがございますが、これについても新しい考え方によりまして信頼度を管理するというような方法を導入いたしております。特に航空機の搭載の電子機器につきましては、御承知のように、小型でしかも軽量化された非常な精密なものでございます。また、地上から数分にして五千フィート以上の高空に上がって温度が非常に変わってくる、それにも耐えなければいかぬというようなきびしい要求を受けてそれを満足しておるものでございます。そういう面の電子関係の一般産業への影響、利用というものは非常に大きいものであるし、今後もまた期待されるものであるというふうに考えております。
この発言だけを見る →航空機工業自体に対する影響でございますが、たとえばわが国独自の技術で開発いたしました日本航空機製造のYS−11とかあるいは三菱のMU−2とか、こういうものに対していろいろな面で参考になっておると思います。たとえばケミカルミーリングあるいはスプレーマットあるいはプラスチックの部品、そういうようなものがございます。
それから一般の工業に対する影響でございますが、たとえば油圧機器におきますオートメーション化の制御装置、あるいは電子機器材料としましては高熱に耐える材料、こういうものは他の機械の高温部に利用ができる。あるいは精密鍛造というようなものもございますし、また、一つの機械の評価をする場合に信頼度というものがございますが、これについても新しい考え方によりまして信頼度を管理するというような方法を導入いたしております。特に航空機の搭載の電子機器につきましては、御承知のように、小型でしかも軽量化された非常な精密なものでございます。また、地上から数分にして五千フィート以上の高空に上がって温度が非常に変わってくる、それにも耐えなければいかぬというようなきびしい要求を受けてそれを満足しておるものでございます。そういう面の電子関係の一般産業への影響、利用というものは非常に大きいものであるし、今後もまた期待されるものであるというふうに考えております。
源
源田実#25
○源田実君 この104の生産は、もうそろそろ終わりを告げると思うのですが、これに対して防衛庁としては継続生産についてどういうお考えを持っておられるのか。また、このF104の次に——これはあとからお伺いする三次防計画にも関連あると思うのですが、このF104の次に有人機をやはり採用していくのか、するとすれば外国のものでいくのか、日本で新しく開発するのか、また、いまの有人機でいくのか、あるいはいわゆるミサイル化していくのか、あるいは有人機でいくとすれば日本で開発するのか、あるいは外国のものにやはりたよっていくのか、そういうところの一つの基本的な考えをどういうぐあいに持っておられるか、それをお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →伊
伊藤三郎#26
○説明員(伊藤三郎君) 104の継続生産につきましては、三十九年度予算で要求をいたしましたが、予算化されるに至りませんので、四十年度に予算要求をいたしたいという考えで事務的に準備を進めております。
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海原治#27
○説明員(海原治君) 先生の後段のお尋ねに関連して私からお答えいたします。
第三次防衛力の整備計画は、御存じのように、現在進行中の二次計画というものによってできますところの三自衛隊の上に立ってつくり上げるわけでございます。本年度はまだその二次計画の三年目でございまして、あと二カ年残っております。現在、各幕僚監部におきましては、来年の予算の前提となります四十年度の業務計画につきましていろいろ最終的な検討をしておる段階でございます。この結果によりまして、一応三次計画で私どもが考えました三自衛隊の姿というものが大体のところ予想がつくわけでございます。その予想されます姿の上に三次防というものを考えたい、こういうふうに従来から私ども考えておる次第でございまして、現在におきましては、第三次防衛力整備計画にどのような事業を考えるかということの基礎的な面をそれぞれのところで検討しておる、こういう段階でございます。したがいましてて、F104の五十機の継続生産のあとをどうするかということも、当然航空幕僚監部におきましての検討の結果を待たねばならないわけでございますが、ただいまの感じといたしましては、第三次防衛力整備計画の間はF104の七スコ−ドロンというものが依然継続されまして、これが主たる防空の任務に当たります部隊になる。このほかに、ミサイルとの関連がございます。先ほどお尋ねがございましたように、どのような形においてミサイルとの組み合わせを考えるかということにつきましては、まだ研究がちょうどその途中の段階でございます。私どもといたしましては、やはり104のあとにこれにかわるべき要撃戦闘機というものと、それからナイキ・アジャックスあるいはホーク等のさらに進歩しましたもののミサイル、こういうものが適当な形において組み合わされるということになるのではないか、こういうふうに感じておりますが、これは先ほど申しましたように、各幕僚監部の専門家の間で現在鋭意検討中のものでございますので、ただいまとしましては、その程度の感じを申し上げることで御容赦願いたいと思います。
この発言だけを見る →第三次防衛力の整備計画は、御存じのように、現在進行中の二次計画というものによってできますところの三自衛隊の上に立ってつくり上げるわけでございます。本年度はまだその二次計画の三年目でございまして、あと二カ年残っております。現在、各幕僚監部におきましては、来年の予算の前提となります四十年度の業務計画につきましていろいろ最終的な検討をしておる段階でございます。この結果によりまして、一応三次計画で私どもが考えました三自衛隊の姿というものが大体のところ予想がつくわけでございます。その予想されます姿の上に三次防というものを考えたい、こういうふうに従来から私ども考えておる次第でございまして、現在におきましては、第三次防衛力整備計画にどのような事業を考えるかということの基礎的な面をそれぞれのところで検討しておる、こういう段階でございます。したがいましてて、F104の五十機の継続生産のあとをどうするかということも、当然航空幕僚監部におきましての検討の結果を待たねばならないわけでございますが、ただいまの感じといたしましては、第三次防衛力整備計画の間はF104の七スコ−ドロンというものが依然継続されまして、これが主たる防空の任務に当たります部隊になる。このほかに、ミサイルとの関連がございます。先ほどお尋ねがございましたように、どのような形においてミサイルとの組み合わせを考えるかということにつきましては、まだ研究がちょうどその途中の段階でございます。私どもといたしましては、やはり104のあとにこれにかわるべき要撃戦闘機というものと、それからナイキ・アジャックスあるいはホーク等のさらに進歩しましたもののミサイル、こういうものが適当な形において組み合わされるということになるのではないか、こういうふうに感じておりますが、これは先ほど申しましたように、各幕僚監部の専門家の間で現在鋭意検討中のものでございますので、ただいまとしましては、その程度の感じを申し上げることで御容赦願いたいと思います。
源
源田実#28
○源田実君 それでは、この三次防関係に入りたいと思うのでありますが、この三次防に入る前に——これも非常に御答弁しにくいかと思いますが、二次防が終ったあとの、五年なら五年と予想いたしまして、その際の情勢判断、情勢見積もりといいますか、情勢見積もりは大体どういうような見積もりをしておられるか。もし、それが——私の言うのは、いまは平和を確保するための抑止戦力というものが平和を確保しておるというように私は考えるのであります。その抑止戦力に非常な差がある。よくいわれる東西の武力のバランスの上に立った平和ということをよく口では言いますが、事実はそうではない。バランスはうんと違っているのであります。これは自由諸国が持っている報復兵力というものが圧倒的に強いというその上に立っていると思うのであります。
ところが、ここでこの三次防が実施される段階にわれわれが大きく予想しなければならない問題があると思います。これが一ぺんでひっくり返るということも考えられないではないと思います。そのひっくり返るという大きな要素というのは、たとえばアンチ・ミサイル・ミサイルというものが完成した、あるいはミサイルでなくても、ああいうICBMみたいな遠距離の弾道弾を、これを有効に阻止し得るというような兵器がもしどこかの国にできたならば、そのときはいままでの勢力比というものを一ぺんにひっくり返してしまう、非常に不安定な時期を迎えるであろうと考えます。それも、その時期がいつのことかわかりませんけれども、三次防計画を実施しつつある間に出る公算が多分に多いと思います。それからよくいわれる、中共で核兵器を持った場合にどうなるかというような問題も、これもはっきりした情報というものはまだ私はつかんでおりませんけれども、しかし、大体常識で考えて、現実的な常識からいって、三次防計画の実施中にまず中共が核兵器を持つ可能性は相当な公算をもって予期しなければならない。そういうことも私は情勢見積もりの中に入ってくるべき要素だと思います。
それで私がいまお伺いしたい要点は、主として米国及びソ連で研究されていると思うのでありますが、その中のミサイル対策というものがどの程度遊んでいるか。まあこれははっきりはわからないと思うのですが、防衛庁当局でわかっておられて、そうしてそれがこの席上でもし言えるとすれば言っていただきたい、それが一つ。
それからもう一つは、その時期になって、いわゆる国際間の戦略的な情勢が何か大きく変わるような、そういう要素が予想されるかどうか、この二つについてお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →ところが、ここでこの三次防が実施される段階にわれわれが大きく予想しなければならない問題があると思います。これが一ぺんでひっくり返るということも考えられないではないと思います。そのひっくり返るという大きな要素というのは、たとえばアンチ・ミサイル・ミサイルというものが完成した、あるいはミサイルでなくても、ああいうICBMみたいな遠距離の弾道弾を、これを有効に阻止し得るというような兵器がもしどこかの国にできたならば、そのときはいままでの勢力比というものを一ぺんにひっくり返してしまう、非常に不安定な時期を迎えるであろうと考えます。それも、その時期がいつのことかわかりませんけれども、三次防計画を実施しつつある間に出る公算が多分に多いと思います。それからよくいわれる、中共で核兵器を持った場合にどうなるかというような問題も、これもはっきりした情報というものはまだ私はつかんでおりませんけれども、しかし、大体常識で考えて、現実的な常識からいって、三次防計画の実施中にまず中共が核兵器を持つ可能性は相当な公算をもって予期しなければならない。そういうことも私は情勢見積もりの中に入ってくるべき要素だと思います。
それで私がいまお伺いしたい要点は、主として米国及びソ連で研究されていると思うのでありますが、その中のミサイル対策というものがどの程度遊んでいるか。まあこれははっきりはわからないと思うのですが、防衛庁当局でわかっておられて、そうしてそれがこの席上でもし言えるとすれば言っていただきたい、それが一つ。
それからもう一つは、その時期になって、いわゆる国際間の戦略的な情勢が何か大きく変わるような、そういう要素が予想されるかどうか、この二つについてお伺いしたいと思います。
海
海原治#29
○説明員(海原治君) ただいま、いわゆるアンチ・ミサイル・ミサイルの研究開発の実態についての見積もりのお尋ねでございましたが、これにつきましては、私どもの中の専門家の研究の、と申しましても、いろいろと関係のいわゆる文書につきましての研究と、理論的な面での推論と、この二つから出ることでございますので、当然推論の域を出ないものでございますけれども、その結果は、理論的には現在米ソ双方ともにこの可能性についての原理は完全に握っている。しかし、それを現実のものにしますときにはまだ三、四の解明すべき点があるのでございます。そのためには、なお数年かかるであろう、簡単に申しますと、こういう見積もりを持っております。そういうことは、あらかじめ軌道のわかっておりますICBMを撃ち落とすことはできますけれども、現実の場合を想定しましたときには、そのとおりと本物との見分けが大切でございます。このおとりと本物との見分けをする実は時期が非常に問題でございます。当然おとりというものは、本物にそっくりのものがおとりになるわけでございますから、おとりと本物とを見分けて、しかも、見分けたあとで、要撃のためのミサイルを放って、これが味方のところに落ちる前に破壊する、この時間というものは非常に短こうございます。その辺に、実際理論上の問題がある。実際理論上は解明していくと、こういうように私どもは承知しているわけでございます。
次は、情勢判断の問題でございますが、先般、衆議院の内閣委員会におきましても、この問題が出まして、将来の日本の安全のためには、私どもといたしましては、核兵器による抑止力というものは、あくまでアメリカの力にたよる。そのアメリカの報復力のもとで、私どもは地域的な、地方的な抑止力の役目を果たす、こういうことを申し上げたいと思います。
核兵器力だけで、絶対に戦争あるいは紛争というものが防止できませんことは、朝鮮事変においても明らかですし、また、仏印戦争でも、あるいは現に南ベトナムにおきましても紛争が起きております。核兵器だけで、世界じゅうの紛争が防止できるものでない。さらに、地域的な紛争というものに対処するには、当然に従来の、いわゆる在来型の武器というものがその主要兵器になる。これも一般に考えられておりますので、この核兵器による抑止力と、一般の在来型兵器を用いましての抑止力あるいは報復力というものが巧みに調整されまして、初めて平和、安全というものが確保されるのではないか、こういう考え方については、今後相当な間にわたって変化はないものと考えております。
この点につきまして、たとえば、アメリカの国防長官の演説あるいはことしの一月に出されましたステートメントを読みましても、最も困難な問題というのは、世界の多くの地域で中規模な挑戦に対処することである。いわゆる核の撃ち合いによる第三次戦争というものはまずあり得ないということであるが、この中規模な挑戦というものは、至るところに存在する。これに有効に対処するということが非常にむずかしいことであるのみならず、そのことが関係の国にとって最も大事なことである。こういうことを繰り返して述べておられます。
私どもも、そのような考えを持っておりますので、当然に三次防の前提といたしましては、われわれの置かれました地位を考えますと、万一の事態に対処するために必要な力というものを整備していきたい、こういうことを考えておる次第でございます。
この発言だけを見る →次は、情勢判断の問題でございますが、先般、衆議院の内閣委員会におきましても、この問題が出まして、将来の日本の安全のためには、私どもといたしましては、核兵器による抑止力というものは、あくまでアメリカの力にたよる。そのアメリカの報復力のもとで、私どもは地域的な、地方的な抑止力の役目を果たす、こういうことを申し上げたいと思います。
核兵器力だけで、絶対に戦争あるいは紛争というものが防止できませんことは、朝鮮事変においても明らかですし、また、仏印戦争でも、あるいは現に南ベトナムにおきましても紛争が起きております。核兵器だけで、世界じゅうの紛争が防止できるものでない。さらに、地域的な紛争というものに対処するには、当然に従来の、いわゆる在来型の武器というものがその主要兵器になる。これも一般に考えられておりますので、この核兵器による抑止力と、一般の在来型兵器を用いましての抑止力あるいは報復力というものが巧みに調整されまして、初めて平和、安全というものが確保されるのではないか、こういう考え方については、今後相当な間にわたって変化はないものと考えております。
この点につきまして、たとえば、アメリカの国防長官の演説あるいはことしの一月に出されましたステートメントを読みましても、最も困難な問題というのは、世界の多くの地域で中規模な挑戦に対処することである。いわゆる核の撃ち合いによる第三次戦争というものはまずあり得ないということであるが、この中規模な挑戦というものは、至るところに存在する。これに有効に対処するということが非常にむずかしいことであるのみならず、そのことが関係の国にとって最も大事なことである。こういうことを繰り返して述べておられます。
私どもも、そのような考えを持っておりますので、当然に三次防の前提といたしましては、われわれの置かれました地位を考えますと、万一の事態に対処するために必要な力というものを整備していきたい、こういうことを考えておる次第でございます。