環境委員会
⚠️ 発言のコピー・転載時は出典元URL(kokkai.ndl.go.jpおよびkokkai-data.com)を必ず残してください。改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。
会
会議録情報#0
昭和五十七年八月十日(火曜日)
午前十時三十三分開議
出席委員
委員長 八田 貞義君
理事 中村正三郎君 理事 藤波 孝生君
理事 牧野 隆守君 理事 山崎平八郎君
理事 野口 幸一君 理事 水田 稔君
理事 岡本 富夫君 理事 中井 洽君
中西 啓介君 土井たか子君
山本 政弘君 大野 潔君
木下敬之助君 藤田 スミ君
出席国務大臣
国 務 大 臣
(環境庁長官) 原 文兵衛君
出席政府委員
環境政務次官 石川 要三君
環境庁長官官房
長 山崎 圭君
環境庁長官官房
審議官 大山 信君
環境庁企画調整
局長 清水 汪君
環境庁企画調整
局環境保健部長 七野 護君
環境庁自然保護
局長 正田 泰央君
環境庁大気保全
局長 吉崎 正義君
環境庁水質保全
局長 小野 重和君
通商産業大臣官
房審議官 村田 文男君
委員外の出席者
厚生省環境衛生
局水道環境部環
境整備課産業廃
棄物対策室長 坂本 弘道君
厚生省社会局施
設課長 田中 健次君
林野庁指導部治
山課長 小澤 普照君
水産庁振興部振
興課長 小川 洋二君
資源エネルギー
庁公益事業部計
画課長 西中真二郎君
資源エネルギー
庁公益事業部火
力課長 廣瀬 定康君
運輸省航空局飛
行場部長 栗林 貞一君
建設省都市局都
市高速道路公団
監理官 青木 正次君
建設省河川局治
水課長 玉光 弘明君
建設省河川局都
市河川課長 萩原 兼脩君
建設省道路局企
画課道路環境対
策室長 田口 二朗君
環境委員会調査
室長 綿貫 敏行君
―――――――――――――
委員の異動
八月十日
辞任 補欠選任
木村 武雄君 中西 啓介君
同日
辞任 補欠選任
中西 啓介君 木村 武雄君
―――――――――――――
七月二十九日
湖沼環境保全特別措置法の制定に関する請願
(大原亨君紹介)(第四六九一号)
は本委員会に付託された。
―――――――――――――
八月六日
空き缶散乱防止対策に関する陳情書
(第四二九号)
は本委員会に参考送付された。
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
環境影響事前評価による開発事業の規制に関す
る法律案(土井たか子君外二名提出、第九十四
回国会衆法第五号)
環境影響評価法案(内閣提出、第九十四回国会
閣法第七一号)
公害の防止、自然環境の保護及び整備並びに公
害健康被害救済に関する件
――――◇―――――
この発言だけを見る →午前十時三十三分開議
出席委員
委員長 八田 貞義君
理事 中村正三郎君 理事 藤波 孝生君
理事 牧野 隆守君 理事 山崎平八郎君
理事 野口 幸一君 理事 水田 稔君
理事 岡本 富夫君 理事 中井 洽君
中西 啓介君 土井たか子君
山本 政弘君 大野 潔君
木下敬之助君 藤田 スミ君
出席国務大臣
国 務 大 臣
(環境庁長官) 原 文兵衛君
出席政府委員
環境政務次官 石川 要三君
環境庁長官官房
長 山崎 圭君
環境庁長官官房
審議官 大山 信君
環境庁企画調整
局長 清水 汪君
環境庁企画調整
局環境保健部長 七野 護君
環境庁自然保護
局長 正田 泰央君
環境庁大気保全
局長 吉崎 正義君
環境庁水質保全
局長 小野 重和君
通商産業大臣官
房審議官 村田 文男君
委員外の出席者
厚生省環境衛生
局水道環境部環
境整備課産業廃
棄物対策室長 坂本 弘道君
厚生省社会局施
設課長 田中 健次君
林野庁指導部治
山課長 小澤 普照君
水産庁振興部振
興課長 小川 洋二君
資源エネルギー
庁公益事業部計
画課長 西中真二郎君
資源エネルギー
庁公益事業部火
力課長 廣瀬 定康君
運輸省航空局飛
行場部長 栗林 貞一君
建設省都市局都
市高速道路公団
監理官 青木 正次君
建設省河川局治
水課長 玉光 弘明君
建設省河川局都
市河川課長 萩原 兼脩君
建設省道路局企
画課道路環境対
策室長 田口 二朗君
環境委員会調査
室長 綿貫 敏行君
―――――――――――――
委員の異動
八月十日
辞任 補欠選任
木村 武雄君 中西 啓介君
同日
辞任 補欠選任
中西 啓介君 木村 武雄君
―――――――――――――
七月二十九日
湖沼環境保全特別措置法の制定に関する請願
(大原亨君紹介)(第四六九一号)
は本委員会に付託された。
―――――――――――――
八月六日
空き缶散乱防止対策に関する陳情書
(第四二九号)
は本委員会に参考送付された。
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
環境影響事前評価による開発事業の規制に関す
る法律案(土井たか子君外二名提出、第九十四
回国会衆法第五号)
環境影響評価法案(内閣提出、第九十四回国会
閣法第七一号)
公害の防止、自然環境の保護及び整備並びに公
害健康被害救済に関する件
――――◇―――――
八
八田貞義#1
○八田委員長 これより会議を開きます。第九十四回国会、土井たか子君外二名提出の環境影響事前評価による開発事業の規制に関する法律案及び第九十四回国会、内閣提出の環境影響評価法案の両案を一括して議題といたします。
質疑の申し出がありますので、順次これを許します。中西啓介君。
この発言だけを見る →質疑の申し出がありますので、順次これを許します。中西啓介君。
中
中西啓介#2
○中西(啓)委員 おはようございます。
本日は、各党に先駆けまして、自由民主党に一番バッターを命じていただいたことに、まず心から感謝を申し上げる次第でございます。ピンチヒッターでございますので、おたおたしながらの一時間かと思いますが、ひとつ環境庁長官を中心といたしまして、私が非常に疑問に思っている点が幾つかございますので、そういう点につきまして、ひとつ明快かつ懇切丁寧に御答弁をいただければ大変ありがたいかなというふうに思っております。
まず、環境影響評価法案に限定して御質問をさしていただくわけでございますが、この法案は、もう御承知のとおり、四十七年の六月に各種公共事業に係る環境保全対策について閣議了解をされて以来、環境庁が中心になりまして、大変多くの方々の熱心な御討議、大変な労力と時間をかけて今日まで来ておるわけでございます。私も、この環境アセスメントのパンフレットにありますように、鯨岡環境庁長官が「美しい自然、気持ちのよい環境は、人間が豊かな生活を送るための基本です。私たちは、その中で生まれ、生活し、この貴重な財産を子や孫に伝えなければなりません。」こういうふうに冒頭おっしゃっておられるわけでございます。私も全く同感でございまして、環境をよりすばらしい状態にしていくという考え方では人後に落ちない人間の一人でございます。
そこで、これからいろいろとお伺いをしてまいるわけでございますが、まず、その基本的なスタンスをひとつお話しを申し上げて、具体的な問題に入ってまいりたいというふうに考えております。
私、どうもこの法案が通りますと、何か大変なことになりはしないかなというふうな胸騒ぎが非常にするわけですね。非常に気にかかるわけなんです。長官は、「地球は素顔が美しい」という言葉を聞いたことございますか。これはJALのコマーシャルに出てくるのですね。地球は素顔が本当に美しいということは僕もよくわかるのでありますが、しかし、なかなか人間は、武士は食わねど高ようじというわけにはまいりませんで、やはり飯を食うていかぬことにはどうにもならぬわけです。そこで、きょうはひとつ、スポンジでふわふわとこすっていてもなかなか進展をしないかと思いますので、ちょっとたわしで冷水摩擦をするくらいのつもりで、血がうっすらとにじみ出るくらいの感じで、一遍いろいろな意見をぶつけてみたい、そんなふうな気持ちでお邪魔をしたわけであります。
いま、これから高度成長時代から安定成長時代というよりも、むしろ低成長時代に入っていくと言われておるわけでありますが、しかし、その中でもやはりエネルギー、特に石油がいつまでも続くという保証はありませんから、当面この石油にとってかわる主力打者は原子力だと言われているわけですが、その原子力の発電所だとか、あるいはまた交通、新幹線の問題もあれば、関西新国際空港の問題もやがて実施に移されるものと私は確信をいたしておるわけでありますが、そういう問題あるいはまた都市開発等の各種のいわゆる開発事業を行いつつ、バランスのとれた発展を目指していかなければならないわけでありまして、またそれを追求していくのも政治の一つの大きな目的、役割りでもあると思うわけであります。そのときに必ず環境問題が生じてくるわけでありますけれども、その環境問題は、未然に公害を防いでいかなければならぬ、これは言わずもがなでありますが、そのためには当然このアセスメントというものは大変必要、重要であるわけでございます。
この法案に関して申し上げますと、どうも従来の行政手法に見られないような点がいっぱい出てくるわけです。また、いろんな制約が事業の進展に大変な足かせになりはしないだろうか、そういう感じがするわけであります。同時に、国や地方における政治行政の基本にかかわる問題点も含まれているような感じが強くしてならないわけです。
先般来から、きょうも御出席でありますけれども、わが親友の中村正三郎委員も重大な疑問を提出されたところでありますが、こうした議論を議事録等で読めば読むほど、あるいは聞けば聞くほど、慎重にも慎重を期してこの法案をますます練り上げていく必要があるのではないか、そんなふうに私自身強く感じるわけです。
そこで、本日は、本法案に内包されている基本的事項について、環境庁長官を中心に、石川要三名政務次官もおられるわけでありますから、いろいろとお伺いをしてまいりたいと思います。
まず初めに、訴訟についてお伺いをしてまいります。
近年、全国各地におきまして、事業の差しとめを求める、いわゆる公害訴訟なるものが頻々として起こっているわけですね。それはもう環境庁の皆さん方が一番よく御存じのことだろうと思うわけでありますが、これらの中に、いわゆる意図的にといいますか、反対のための反対として、組織的に提起されているものも数多くあると私も聞いておりますし、また一、二現実の問題として私自身も知っております。その根拠として彼らが挙げるものは、いわゆる憲法第二十五条の生存権、「すべて國民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」この生存権や福祉国家の理念に基づくいわゆる環境権、こういうものを挙げまして盾にとってやってきているわけですが、これまでのところ、実体法上の規定を欠いているわけですね。そこで、最終的に認められていないわけですよ。しかしながら、本法案が成立をいたしますと、環境権訴訟に有力な手がかりを与えることになると私は強く感じてならぬわけです。そこら辺、ひとつ環境庁の見解をお伺いをしてまいりたい、こんなふうに思うわけでございます。
この発言だけを見る →本日は、各党に先駆けまして、自由民主党に一番バッターを命じていただいたことに、まず心から感謝を申し上げる次第でございます。ピンチヒッターでございますので、おたおたしながらの一時間かと思いますが、ひとつ環境庁長官を中心といたしまして、私が非常に疑問に思っている点が幾つかございますので、そういう点につきまして、ひとつ明快かつ懇切丁寧に御答弁をいただければ大変ありがたいかなというふうに思っております。
まず、環境影響評価法案に限定して御質問をさしていただくわけでございますが、この法案は、もう御承知のとおり、四十七年の六月に各種公共事業に係る環境保全対策について閣議了解をされて以来、環境庁が中心になりまして、大変多くの方々の熱心な御討議、大変な労力と時間をかけて今日まで来ておるわけでございます。私も、この環境アセスメントのパンフレットにありますように、鯨岡環境庁長官が「美しい自然、気持ちのよい環境は、人間が豊かな生活を送るための基本です。私たちは、その中で生まれ、生活し、この貴重な財産を子や孫に伝えなければなりません。」こういうふうに冒頭おっしゃっておられるわけでございます。私も全く同感でございまして、環境をよりすばらしい状態にしていくという考え方では人後に落ちない人間の一人でございます。
そこで、これからいろいろとお伺いをしてまいるわけでございますが、まず、その基本的なスタンスをひとつお話しを申し上げて、具体的な問題に入ってまいりたいというふうに考えております。
私、どうもこの法案が通りますと、何か大変なことになりはしないかなというふうな胸騒ぎが非常にするわけですね。非常に気にかかるわけなんです。長官は、「地球は素顔が美しい」という言葉を聞いたことございますか。これはJALのコマーシャルに出てくるのですね。地球は素顔が本当に美しいということは僕もよくわかるのでありますが、しかし、なかなか人間は、武士は食わねど高ようじというわけにはまいりませんで、やはり飯を食うていかぬことにはどうにもならぬわけです。そこで、きょうはひとつ、スポンジでふわふわとこすっていてもなかなか進展をしないかと思いますので、ちょっとたわしで冷水摩擦をするくらいのつもりで、血がうっすらとにじみ出るくらいの感じで、一遍いろいろな意見をぶつけてみたい、そんなふうな気持ちでお邪魔をしたわけであります。
いま、これから高度成長時代から安定成長時代というよりも、むしろ低成長時代に入っていくと言われておるわけでありますが、しかし、その中でもやはりエネルギー、特に石油がいつまでも続くという保証はありませんから、当面この石油にとってかわる主力打者は原子力だと言われているわけですが、その原子力の発電所だとか、あるいはまた交通、新幹線の問題もあれば、関西新国際空港の問題もやがて実施に移されるものと私は確信をいたしておるわけでありますが、そういう問題あるいはまた都市開発等の各種のいわゆる開発事業を行いつつ、バランスのとれた発展を目指していかなければならないわけでありまして、またそれを追求していくのも政治の一つの大きな目的、役割りでもあると思うわけであります。そのときに必ず環境問題が生じてくるわけでありますけれども、その環境問題は、未然に公害を防いでいかなければならぬ、これは言わずもがなでありますが、そのためには当然このアセスメントというものは大変必要、重要であるわけでございます。
この法案に関して申し上げますと、どうも従来の行政手法に見られないような点がいっぱい出てくるわけです。また、いろんな制約が事業の進展に大変な足かせになりはしないだろうか、そういう感じがするわけであります。同時に、国や地方における政治行政の基本にかかわる問題点も含まれているような感じが強くしてならないわけです。
先般来から、きょうも御出席でありますけれども、わが親友の中村正三郎委員も重大な疑問を提出されたところでありますが、こうした議論を議事録等で読めば読むほど、あるいは聞けば聞くほど、慎重にも慎重を期してこの法案をますます練り上げていく必要があるのではないか、そんなふうに私自身強く感じるわけです。
そこで、本日は、本法案に内包されている基本的事項について、環境庁長官を中心に、石川要三名政務次官もおられるわけでありますから、いろいろとお伺いをしてまいりたいと思います。
まず初めに、訴訟についてお伺いをしてまいります。
近年、全国各地におきまして、事業の差しとめを求める、いわゆる公害訴訟なるものが頻々として起こっているわけですね。それはもう環境庁の皆さん方が一番よく御存じのことだろうと思うわけでありますが、これらの中に、いわゆる意図的にといいますか、反対のための反対として、組織的に提起されているものも数多くあると私も聞いておりますし、また一、二現実の問題として私自身も知っております。その根拠として彼らが挙げるものは、いわゆる憲法第二十五条の生存権、「すべて國民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」この生存権や福祉国家の理念に基づくいわゆる環境権、こういうものを挙げまして盾にとってやってきているわけですが、これまでのところ、実体法上の規定を欠いているわけですね。そこで、最終的に認められていないわけですよ。しかしながら、本法案が成立をいたしますと、環境権訴訟に有力な手がかりを与えることになると私は強く感じてならぬわけです。そこら辺、ひとつ環境庁の見解をお伺いをしてまいりたい、こんなふうに思うわけでございます。
原
原文兵衛#3
○原国務大臣 中西委員御説のように、武士は食わねど高ようじというわけにはいかないことは私どもも十分承知しております。現在の日本の国土の面積は、北海道、本州、九州、四国、沖繩、それに若干の島々でございますが、これは考えてみますと、ちょうど江戸幕府時代と同じ国土の面積だと思います。江戸時代の人口が大体三千万と言われております。現在一億一千五百万、これだけの人口が同じ国土面積の中に生存し、そしてまた、しかも生活程度も上がっているわけでございますから、江戸時代のようなことを考えるわけには私はいかないと思います。
しかし、同時にまた、科学技術もずいぶん進歩しております。したがって、この法案におきましても、開発を全部だめだというようなことじゃなくて、必要な開発はやらなくてはならぬが、それに当たりましても、やはり環境の破壊というようなものがないように、これを未然に防止しようというのが大きな目的であろうと思います。
そこで、いまこの法案ができますと、いわゆる環境権というような訴訟に一つの根拠を与えて、訴訟が非常にふえるのじゃないかというような御心配だと思いますが、そういうような面につきましても、この法案を成案し、提案するまでに、政府部内におきましても非常に長い間いろいろな討議が重ねられまして、現在の段階においては、一〇〇%という法案は、私はこれはなかなかないのじゃないかと思いますが、これが現在の段階において最善の法案であるという確信を得て提案さしていた、だいているわけでございます。
環境権というものにつきましては、これはいままでの判例では一応否定されているというふうに私どもは考えているわけでございます。その理由はもう御承知のとおりでございますと思いますからあえて申し上げませんが、この法案ができましたからといって、私は、いままでの判例で否定されている環境権そのものについて根拠を与えるというふうには考えられないのじゃないかというふうに思っている次第でございます。
なお、細かい点につきまして御質問がございましたら、局長もおりますので、お答えさせたいと思います。
この発言だけを見る →しかし、同時にまた、科学技術もずいぶん進歩しております。したがって、この法案におきましても、開発を全部だめだというようなことじゃなくて、必要な開発はやらなくてはならぬが、それに当たりましても、やはり環境の破壊というようなものがないように、これを未然に防止しようというのが大きな目的であろうと思います。
そこで、いまこの法案ができますと、いわゆる環境権というような訴訟に一つの根拠を与えて、訴訟が非常にふえるのじゃないかというような御心配だと思いますが、そういうような面につきましても、この法案を成案し、提案するまでに、政府部内におきましても非常に長い間いろいろな討議が重ねられまして、現在の段階においては、一〇〇%という法案は、私はこれはなかなかないのじゃないかと思いますが、これが現在の段階において最善の法案であるという確信を得て提案さしていた、だいているわけでございます。
環境権というものにつきましては、これはいままでの判例では一応否定されているというふうに私どもは考えているわけでございます。その理由はもう御承知のとおりでございますと思いますからあえて申し上げませんが、この法案ができましたからといって、私は、いままでの判例で否定されている環境権そのものについて根拠を与えるというふうには考えられないのじゃないかというふうに思っている次第でございます。
なお、細かい点につきまして御質問がございましたら、局長もおりますので、お答えさせたいと思います。
中
中西啓介#4
○中西(啓)委員 当然、この法案を出されている本家本元の環境庁でありますから、出されている手前上、そういうオブラートで包んだようなふんわりした答弁しか伺えないであろうなと、予測していたとおりの御答弁が出たわけでございます。しかし、そういう訴訟に大変精通している法律の実務家、そういう人たちの意見を聞きますと、この法律では関係地域を限定しているわけですね。あるいは関係住民を特定する旨の規定があるわけでしょう。二番目に、また、関係住民に限定して意見を述べることができる、こういうふうになっているわけです。そうしますと、これは何人にも認められる憲法第十六条、いわゆる請願権ですね。請願権は「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、」云々と書いている、あの請願権を単に確認したものじゃなくて、この法案に基づき特別に認められた権利であるというふうに理解せざるを得ぬと思うのですが、その点はどうですか。
なぜなら、何の効果もないのであったら、関係住民に限ってというふうな、こういう規定をする必要がないと思うのです。そういうふうな点から判断していきますと、従来から根拠とされる憲法第二十五条などに加えて、本法案により環境を共有する者の利益が実体法上も認められたとして、これを根拠に環境権を主張することは明白だと思うのですよ。
ちなみに、あの北海道の伊達火力発電所の建設等の差しとめ請求事件の昭和五十五年の判決文を読んでみますと、「立法による定めがない現在においては、いまだ、環境権を、地域住民に共通の明確かつ強固な内容と範囲をもったものとして構成したうえで排他的支配の対象とするということは困難であると考えられる」こうなっているわけです。繰り返して言いますと、立法による定めがない現在においては環境権は認められない、こういうふうに判決で言っているわけです。だから、そこら辺が僕は非常にはっきりしていると思うのですね。あるいはまた、有力な法律学者で構成する研究グループの人たちの見解では、事業者にアセスメントを義務づけること自体は公法上の義務であるけれども、同時に、民事上の注意義務を強化し、一部を創造する、こういうふうに言明しているわけです。
これも環境庁は当然御存じだろうと思いますが、いま私が申し述べた諸点を踏まえますと、先ほどのせっかくの環境庁長官の御答弁でありますが、どうもちょっと何か避けて通っているような、何かオブラートに包んだような、そんな感じがするわけですね。だからひとつ、伊達火力発電所の判例を、これも知らぬわけないと思うのですけれども、いかなる根拠で環境権が認められないとするのか、具体的にひとつ再度御答弁をお願い申し上げたいと思います。
この発言だけを見る →なぜなら、何の効果もないのであったら、関係住民に限ってというふうな、こういう規定をする必要がないと思うのです。そういうふうな点から判断していきますと、従来から根拠とされる憲法第二十五条などに加えて、本法案により環境を共有する者の利益が実体法上も認められたとして、これを根拠に環境権を主張することは明白だと思うのですよ。
ちなみに、あの北海道の伊達火力発電所の建設等の差しとめ請求事件の昭和五十五年の判決文を読んでみますと、「立法による定めがない現在においては、いまだ、環境権を、地域住民に共通の明確かつ強固な内容と範囲をもったものとして構成したうえで排他的支配の対象とするということは困難であると考えられる」こうなっているわけです。繰り返して言いますと、立法による定めがない現在においては環境権は認められない、こういうふうに判決で言っているわけです。だから、そこら辺が僕は非常にはっきりしていると思うのですね。あるいはまた、有力な法律学者で構成する研究グループの人たちの見解では、事業者にアセスメントを義務づけること自体は公法上の義務であるけれども、同時に、民事上の注意義務を強化し、一部を創造する、こういうふうに言明しているわけです。
これも環境庁は当然御存じだろうと思いますが、いま私が申し述べた諸点を踏まえますと、先ほどのせっかくの環境庁長官の御答弁でありますが、どうもちょっと何か避けて通っているような、何かオブラートに包んだような、そんな感じがするわけですね。だからひとつ、伊達火力発電所の判例を、これも知らぬわけないと思うのですけれども、いかなる根拠で環境権が認められないとするのか、具体的にひとつ再度御答弁をお願い申し上げたいと思います。
清
清水汪#5
○清水政府委員 この環境権という言葉が必ずしも明確でないというところから、いろいろ議論がまさに行われているのだろうと思いますが、この問題の一つの重要なポイントは、いまの伊達火力の判決の中にもありましたように、もし私権としての環境権ということが、実定法の上で何か規定があるのかどうかということが、その場合でもポイントとして指摘されているわけでございます。
ところが、政府が現在提案しております環境影響評価法案におきましては、この法案のポイントは、もう御案内のことと思いますけれども、事業者に対して、事業に着手する前に、環境に及ぼす影響についていろいろ調査、予測、評価をしなさい。その手続はこれこれこういうぐあいにやりなさいということを決めている法律であるわけです。ということは、いま私が申し上げましたこととの関連で言いましても、住民個人の側について、その住民の何か具体的な利益なり権利なりというようなことについては、何らこの法案の中に規定をしているわけではございませんし、この法律の全体の構成も、それを連想させるようなぐあいには構成されていない、こういうことがはっきり申し上げられると思うわけでございます。
したがいまして、憲法以下のいろいろの法律議論というものは、だんだんと社会の進展とともに発展といいますか、前進ということはあり得るかと思いますけれども、私どもがこの法案を御提案申し上げている立場、そしてこの法案自体の内容、条文等から申し上げますと、いま申しましたような点から言いましても、いわゆる環境権、これはつまり言っている方は、私法上の排他的な権利であるかのごとき一つとして、環境権というような主張をされているだろうと思いますけれども、そういうものとはおよそ縁がないということは明確になるんじゃなかろうか。したがいまして、この法案が成立いたしましても、いわゆる環境権主張に何か有力な手がかりを与えるというようなことにはならないということは申し上げられると思います。
この発言だけを見る →ところが、政府が現在提案しております環境影響評価法案におきましては、この法案のポイントは、もう御案内のことと思いますけれども、事業者に対して、事業に着手する前に、環境に及ぼす影響についていろいろ調査、予測、評価をしなさい。その手続はこれこれこういうぐあいにやりなさいということを決めている法律であるわけです。ということは、いま私が申し上げましたこととの関連で言いましても、住民個人の側について、その住民の何か具体的な利益なり権利なりというようなことについては、何らこの法案の中に規定をしているわけではございませんし、この法律の全体の構成も、それを連想させるようなぐあいには構成されていない、こういうことがはっきり申し上げられると思うわけでございます。
したがいまして、憲法以下のいろいろの法律議論というものは、だんだんと社会の進展とともに発展といいますか、前進ということはあり得るかと思いますけれども、私どもがこの法案を御提案申し上げている立場、そしてこの法案自体の内容、条文等から申し上げますと、いま申しましたような点から言いましても、いわゆる環境権、これはつまり言っている方は、私法上の排他的な権利であるかのごとき一つとして、環境権というような主張をされているだろうと思いますけれども、そういうものとはおよそ縁がないということは明確になるんじゃなかろうか。したがいまして、この法案が成立いたしましても、いわゆる環境権主張に何か有力な手がかりを与えるというようなことにはならないということは申し上げられると思います。
中
中西啓介#6
○中西(啓)委員 だけれども、このあれが出てまいりますと、いわゆる手続上の問題で違法であるか、あるいは適法であるかというような問題が必ず生じてくると思うのです。だから、どうしても彼らは事業そのものの引き延ばしを目的としてやるわけでありますから、彼らの目的が相当達成される可能性は多分にある、私はそういうふうに思えるわけです。ですから、いまも私は観念論をもてあそんで言っているわけじゃなくて、具体的判例まで引いて、司法の動向も踏まえて議論してきたわけです。ですから、いまの答弁にはちょっともう一つ納得できないわけですけれども、いずれにしても、環境庁は環境権は認めませんと保証してくれるわけじゃないですね。結局裁判所の判断を待つ以外にないわけですよ。だから問題だと思うのですが、とにかく環境庁の答弁は、私自身にはきわめて心もとないというか頼りない、そういうふうにしか聞こえなかったわけです。
これ以上お聞きしても、同じような答弁の繰り返しだと思いますが、そこで、仮に環境権そのものが認められないとして、一遍質問してみたいと思います。
この法案では、第二十条いわゆる横断条項というのがありますね。この横断条項によって許認可とリンクしているわけでありますが、そうしますと、アセスメントの瑕疵を理由として行政訴訟が提起されるなど、ますます訴訟が多発することが予想されるわけでありますけれども、その点は環境庁はどのようにお考えになりますか。
この発言だけを見る →これ以上お聞きしても、同じような答弁の繰り返しだと思いますが、そこで、仮に環境権そのものが認められないとして、一遍質問してみたいと思います。
この法案では、第二十条いわゆる横断条項というのがありますね。この横断条項によって許認可とリンクしているわけでありますが、そうしますと、アセスメントの瑕疵を理由として行政訴訟が提起されるなど、ますます訴訟が多発することが予想されるわけでありますけれども、その点は環境庁はどのようにお考えになりますか。
清
清水汪#7
○清水政府委員 ただいまの御指摘の御懸念につきましては、ある意味では私どもとしても御心配のお立場は理解できるわけでございます。これまでのいろいろの事例からも、訴訟というものは非常にたくさん起きております。
問題は、訴訟自体がどういう趣旨あるいはどういうポイントについて起きているかということが一つあると思いますが、そういう点になりますと、これにはかなりいろいろの種類なり側面があろうかと思います。
ところで、この法案の二十条では、まさに御指摘のように、横断条項とよく私ども言っておりますけれども、主務大臣が許認可というような行政処分を行う際には、評価書において、環境影響の防止、公害の防止とか、自然環境の保全、そういうものについてどういうふうに配慮されているかということを審査をしてから処分をするというふうにしてございます。そこからいまの御懸念の問題がある意味で出てくるんだろうと思いますけれども、この点につきましては、私どもとしては、この二十条は、いま申しましたように、環境保全について十分な配慮がされているかどうかという、そういういわば実態について、許認可処分に当たり主務大臣としても配慮をしなさい、こういうことでございます。
ですから、そのことから言いますと、まず言えますことは、一つは、その評価書をつくるのは事業者でございますが、事業者はこの法律の規定の流れに沿って評価書をつくるわけでございますけれども、いまの御指摘は、その手続の流れの中に何か瑕疵があった場合に、最終において行われておる主務大臣の行政処分にどういう関係があるかということからくる御質問だろうと思いますけれども、その点は、ただいま申しましたように、主務大臣の立場というのは、主務大臣の行政行為というものが直接事業者の行っている一連の流れとつながっているということよりは、その結果の成果物である環境配慮について行ったことの内容について審査しなさい、こういうことでございますので、まず形式的といいますか、そういう関係から言いましても、手続の流れに何か仮に瑕疵があったとしても、そのことが直ちに行政処分である方の違法性につながるというふうには考えなくていいんじゃなかろうかというふうに思いますし、それからもう一つは、この二十条の表現をごらんいただきますればおわかりのように、主務大臣は結局のところ総合して判断する、こういう立場に立っているわけでございます。したがいまして、そこにはある意味でいわゆる判断の裁量と申しますかへそういうものが認められている、こういう法文になっているわけでございます。
そういうようなことから言いまして、いま御指摘の手続の流れの瑕疵が、すぐに形式上行政処分の有効あるいは違法という議論につながるわけではないということは申し上げられると思います。思いますけれども、ただ、訴訟を起こそうという側からすれば、とにかく訴訟を起こして裁判所の判断が出るまでは、仮にそれが門前払いの判決といいますか、門前払いのことであれ、あるいは実体審理の上での判決であれ、それはいずれにしてもある意味で一つの目的を達しているという面はあるかもしれません。これは御本人の方の主観の問題ですから、私は推測で申し上げるしかないのですけれども、そういうことから言いますと、その訴訟自体が、あるいは訴訟の理由に一つされるのじゃないかというようなことまでは、これは否定できないと思います。思いますけれども、私は、いま申しましたような、この法の解釈とか内容から言いまして、それは特に心配する結果にはならないのじゃないかというふうに考えております。
この発言だけを見る →問題は、訴訟自体がどういう趣旨あるいはどういうポイントについて起きているかということが一つあると思いますが、そういう点になりますと、これにはかなりいろいろの種類なり側面があろうかと思います。
ところで、この法案の二十条では、まさに御指摘のように、横断条項とよく私ども言っておりますけれども、主務大臣が許認可というような行政処分を行う際には、評価書において、環境影響の防止、公害の防止とか、自然環境の保全、そういうものについてどういうふうに配慮されているかということを審査をしてから処分をするというふうにしてございます。そこからいまの御懸念の問題がある意味で出てくるんだろうと思いますけれども、この点につきましては、私どもとしては、この二十条は、いま申しましたように、環境保全について十分な配慮がされているかどうかという、そういういわば実態について、許認可処分に当たり主務大臣としても配慮をしなさい、こういうことでございます。
ですから、そのことから言いますと、まず言えますことは、一つは、その評価書をつくるのは事業者でございますが、事業者はこの法律の規定の流れに沿って評価書をつくるわけでございますけれども、いまの御指摘は、その手続の流れの中に何か瑕疵があった場合に、最終において行われておる主務大臣の行政処分にどういう関係があるかということからくる御質問だろうと思いますけれども、その点は、ただいま申しましたように、主務大臣の立場というのは、主務大臣の行政行為というものが直接事業者の行っている一連の流れとつながっているということよりは、その結果の成果物である環境配慮について行ったことの内容について審査しなさい、こういうことでございますので、まず形式的といいますか、そういう関係から言いましても、手続の流れに何か仮に瑕疵があったとしても、そのことが直ちに行政処分である方の違法性につながるというふうには考えなくていいんじゃなかろうかというふうに思いますし、それからもう一つは、この二十条の表現をごらんいただきますればおわかりのように、主務大臣は結局のところ総合して判断する、こういう立場に立っているわけでございます。したがいまして、そこにはある意味でいわゆる判断の裁量と申しますかへそういうものが認められている、こういう法文になっているわけでございます。
そういうようなことから言いまして、いま御指摘の手続の流れの瑕疵が、すぐに形式上行政処分の有効あるいは違法という議論につながるわけではないということは申し上げられると思います。思いますけれども、ただ、訴訟を起こそうという側からすれば、とにかく訴訟を起こして裁判所の判断が出るまでは、仮にそれが門前払いの判決といいますか、門前払いのことであれ、あるいは実体審理の上での判決であれ、それはいずれにしてもある意味で一つの目的を達しているという面はあるかもしれません。これは御本人の方の主観の問題ですから、私は推測で申し上げるしかないのですけれども、そういうことから言いますと、その訴訟自体が、あるいは訴訟の理由に一つされるのじゃないかというようなことまでは、これは否定できないと思います。思いますけれども、私は、いま申しましたような、この法の解釈とか内容から言いまして、それは特に心配する結果にはならないのじゃないかというふうに考えております。
中
中西啓介#8
○中西(啓)委員 それじゃ、要するに訴訟の争点がふえることは当然予想される、あるいはまた、訴訟を提起し得る者の範囲が従来よりもぐっと拡大される、そういうことは率直にお認めになられたわけでありますね。
それじゃ、これと関連しますが、法案第十条にあります「関係住民」、これは単に形式的に関係地域に住所さえ持っておればそれでいいわけですか。
この発言だけを見る →それじゃ、これと関連しますが、法案第十条にあります「関係住民」、これは単に形式的に関係地域に住所さえ持っておればそれでいいわけですか。
清
清水汪#9
○清水政府委員 その前に、先ほどの答弁に関連いたしますが、住民の範囲ということで、ちょっと先生からのお言葉がございましたが、いわゆる訴訟手続で言う原告適格という意味の住民の範囲という意味においては、別段それを拡大しているというようなことにはなっていないというふうに私どもは解釈をしております。
それはなぜかと申しますと、そもそも、先ほどからもちょっと申し上げておりますけれども、この法律自体がいわば自然環境なり公害の防止というような、公益の確保ということを目的にして事業者に対して一定の手続を決めているということであって、個々の住民個人の具体的な何か利益を規定しているということではございませんので、そういうことになる、そういうことは申し上げられるということでございます。
それから、いまの御質問の、第十条の関係住民とはどのようなものかということでございますが、これは、法律にございますように、一定の地域というものを知事に決めていただきますけれども、その地域内に住所を有する者ということでございます。
この発言だけを見る →それはなぜかと申しますと、そもそも、先ほどからもちょっと申し上げておりますけれども、この法律自体がいわば自然環境なり公害の防止というような、公益の確保ということを目的にして事業者に対して一定の手続を決めているということであって、個々の住民個人の具体的な何か利益を規定しているということではございませんので、そういうことになる、そういうことは申し上げられるということでございます。
それから、いまの御質問の、第十条の関係住民とはどのようなものかということでございますが、これは、法律にございますように、一定の地域というものを知事に決めていただきますけれども、その地域内に住所を有する者ということでございます。
中
中西啓介#10
○中西(啓)委員 そうしたら、訴訟を起こすことを最大目的としているいわゆる職業的闘争家、そういうのもいっぱいいるわけですね。そういう者が次から次へと、あちこち資料を集めて、反対のための反対を述べるために住所を移していく、そういうことはそれじゃチェックできないわけですね。
この発言だけを見る →清
清水汪#11
○清水政府委員 結論から申し上げますと、その地域の住民であるという形になりますと、言葉は悪いのでお許しいただきたいと思いますが、いわばその正体が何であるかということまでせんさくをするというわけにはなかなかまいらないと思います。住所、氏名を明らかにしていただくといいますか、聞くというようなことは、それは差し支えのないことだと思いますけれども、聞いても、それは住所をそこに手続をとっていればそれ以上にせんさくはできない。
ただ、法の趣旨から一言申し上げたいわけでございますけれども、住所というのは、申すまでもなく、生活の本拠を指すということに民法の上でも明らかになっております。そのことと、いわゆる現在行われております住民登録ということとは必ずしも一〇〇%一体にはなっていないように思います。登録は単に住民票の異動の提出でもって住民台帳への登載は可能でございますので、そこのところが一つある、そういうことでございますし、もう一つは、そもそも一々住所をチェックしてまで運用するかどうかという実行上の問題もあるわけでございます。そういうことから申し上げますと、法の趣旨ははっきりいたしているわけでございますけれども、現実の運用の段階で法の趣旨に合うように幾らかでもなし得るかどうか、そのためには、しかし、どういうことができるかということは、今後も運用上の問題としてはさらに研究はしていきたいというふうには考えております。
この発言だけを見る →ただ、法の趣旨から一言申し上げたいわけでございますけれども、住所というのは、申すまでもなく、生活の本拠を指すということに民法の上でも明らかになっております。そのことと、いわゆる現在行われております住民登録ということとは必ずしも一〇〇%一体にはなっていないように思います。登録は単に住民票の異動の提出でもって住民台帳への登載は可能でございますので、そこのところが一つある、そういうことでございますし、もう一つは、そもそも一々住所をチェックしてまで運用するかどうかという実行上の問題もあるわけでございます。そういうことから申し上げますと、法の趣旨ははっきりいたしているわけでございますけれども、現実の運用の段階で法の趣旨に合うように幾らかでもなし得るかどうか、そのためには、しかし、どういうことができるかということは、今後も運用上の問題としてはさらに研究はしていきたいというふうには考えております。
中
中西啓介#12
○中西(啓)委員 研究はしていくけれども、目下のところは排除するすべがない、こういう結論だろうと思います。ですから、この法案のいわゆる「関係住民の意見」の規定は、一見非常にもっともらしい体裁を整えているわけですけれども、しかし、実態をそしゃくしますと、重大な欠陥と危険性を有していることが明らかだと私は思うのです。ですから、本来その地域と全く関係のない人間であっても、外形上その地域に住んでいるかっこうさえとれば、ほかの地域の住民には認められていない意見陳述権を与えることになるわけでありますから、その権利を最大限に活用して、実体法的規定を手がかりとして訴訟をいたずらに多発させて、各地に混乱を生じさせる最大の元凶になるような、私はそんな気がしてならないわけであります。ひとつさらに鋭意検討していただいて、何とかチェックできるような方法を模索していただきたいと思います。
そこで、さらにお伺いをしてまいりますが、訴訟が提起された場合、一連の手続が中断され、開発事業に大幅な遅延がもたらされるというふうな可能性はあるかどうか、そこら辺も一遍お聞きしてみたいと思います。
この発言だけを見る →そこで、さらにお伺いをしてまいりますが、訴訟が提起された場合、一連の手続が中断され、開発事業に大幅な遅延がもたらされるというふうな可能性はあるかどうか、そこら辺も一遍お聞きしてみたいと思います。
清
清水汪#13
○清水政府委員 いまの御質問にも関連いたしますが、先ほどの答弁にちょっと補足させていただきます。
この住民の、いわゆる言葉は悪いのですが、この場の言葉としてお許しいただきたいのですが、その正体を厳しくチェックするかどうかという議論は、この種の法律の場合には、そこまで考えることはちょっと適当でないんじゃないかという問題があろうかと思います。
ということは、たとえば選挙権のような公民権とか、その他の受給権のような問題ですと、いわゆるその権利でございます。そういう場合には、その本人の真実性と申しますか、そういうものを確認した上で処理をすることがいわば当然でございます。しかし、この場合の住民の意見というものは、いわゆるその地域に住む人の、言うなれば生活体験等に基づく環境情報を得たいというのがそもそもの趣旨でございますので、そこまでの深入りは、ある意味では、先ほどの環境権論争というようなものとかえって議論が混淆してくることにもなりかねないということも考えなければならないと思います。
それからもう一つは、とにかくそういう人が登場する機会はいわば二度でございまして、一つは説明会に入るということと、もう一つは説明会の後なり、前でもいいのでしょうけれども、意見を意見書でもって事業者に提出するという、この二度の機会でございますので、いま問題になっているような現象とは必ずしも一緒にはならないということかもしれません。
もし仮に、説明会のようなものが、これは望ましいことではございませんけれども、非常に妨害的な荒れ方のようなことで、その運営自体が全く不可能だというような現象が生じたときは、この法律では一つの規定がありまして、たとえば説明書を配付するというような代替措置でもって、その説明会自体にかえて、先へ手続を進めることができるというふうには手当てはしてあるわけでございます。
それから、ただいまの後の方の御質問でございますが、訴訟が提起された場合には、大幅におくれるのではないかということでございますが、この点は、ある意味では見解の相違ということになろうかと思いますけれども、一応申し上げられますことは、一つは、まず行政訴訟と民事訴訟に分けて考えてみますが、行政訴訟が提起されたからといいましても、それに対する免許等の効力停止の決定がない限りは法律上の事業の遂行に支障はない、こういうことが申し上げられるわけでございます。事業の遅延というものは、反対する方たちの実力行使などを含む、いろいろな事実上の妨害行為によって生ずることがむしろ多いのではなかろうかというふうに思うわけでございますけれども、いずれにしても、ここは訴訟の継続によりまして遅延が生じているのかいないのかということは、つまり事実が両方重なっているというような例が多いと思いますので、明確には申し上げにくいということでございます。
それから、民事訴訟というのは、民事の差しとめ訴訟ということになりますけれども、これも事業の続行禁止の仮処分決定がない以上、法律上は事業の遂行に支障はないわけでございますけれども、この辺のことになりますと、環境影響評価の手続上の欠陥というものを理由とする民事差しとめ訴訟というものが提起されるかどうか、これは事実としては提起する人はないとは言えないと思いますけれども、法律理論上は、民事訴訟としてのそういう訴訟の提起は認められないことになりますので、したがって、当初のうちは多少はそういう訴訟が起きるかもしれませんけれども、それはやがて落ちつくところへ落ちつくことになるのじゃないかということは申し上げられると思います。
もう一つよく心配されますのは、訴訟が提起されますと、行政庁のその仕事に携わる公務員自身としても非常に仕事がやりにくいという心情になる。これが、私どもも過去の間に、ある意味では経験していることでございます。ございますが、その辺のことになりましては、一義的にはいずれにしても申し上げかねる。全部がストップしているわけではない。むしろ、いい悪いは別といたしましても、訴訟は後まで残っているけれども、すでに事業が動いているというような例もあるわけでございます。
この発言だけを見る →この住民の、いわゆる言葉は悪いのですが、この場の言葉としてお許しいただきたいのですが、その正体を厳しくチェックするかどうかという議論は、この種の法律の場合には、そこまで考えることはちょっと適当でないんじゃないかという問題があろうかと思います。
ということは、たとえば選挙権のような公民権とか、その他の受給権のような問題ですと、いわゆるその権利でございます。そういう場合には、その本人の真実性と申しますか、そういうものを確認した上で処理をすることがいわば当然でございます。しかし、この場合の住民の意見というものは、いわゆるその地域に住む人の、言うなれば生活体験等に基づく環境情報を得たいというのがそもそもの趣旨でございますので、そこまでの深入りは、ある意味では、先ほどの環境権論争というようなものとかえって議論が混淆してくることにもなりかねないということも考えなければならないと思います。
それからもう一つは、とにかくそういう人が登場する機会はいわば二度でございまして、一つは説明会に入るということと、もう一つは説明会の後なり、前でもいいのでしょうけれども、意見を意見書でもって事業者に提出するという、この二度の機会でございますので、いま問題になっているような現象とは必ずしも一緒にはならないということかもしれません。
もし仮に、説明会のようなものが、これは望ましいことではございませんけれども、非常に妨害的な荒れ方のようなことで、その運営自体が全く不可能だというような現象が生じたときは、この法律では一つの規定がありまして、たとえば説明書を配付するというような代替措置でもって、その説明会自体にかえて、先へ手続を進めることができるというふうには手当てはしてあるわけでございます。
それから、ただいまの後の方の御質問でございますが、訴訟が提起された場合には、大幅におくれるのではないかということでございますが、この点は、ある意味では見解の相違ということになろうかと思いますけれども、一応申し上げられますことは、一つは、まず行政訴訟と民事訴訟に分けて考えてみますが、行政訴訟が提起されたからといいましても、それに対する免許等の効力停止の決定がない限りは法律上の事業の遂行に支障はない、こういうことが申し上げられるわけでございます。事業の遅延というものは、反対する方たちの実力行使などを含む、いろいろな事実上の妨害行為によって生ずることがむしろ多いのではなかろうかというふうに思うわけでございますけれども、いずれにしても、ここは訴訟の継続によりまして遅延が生じているのかいないのかということは、つまり事実が両方重なっているというような例が多いと思いますので、明確には申し上げにくいということでございます。
それから、民事訴訟というのは、民事の差しとめ訴訟ということになりますけれども、これも事業の続行禁止の仮処分決定がない以上、法律上は事業の遂行に支障はないわけでございますけれども、この辺のことになりますと、環境影響評価の手続上の欠陥というものを理由とする民事差しとめ訴訟というものが提起されるかどうか、これは事実としては提起する人はないとは言えないと思いますけれども、法律理論上は、民事訴訟としてのそういう訴訟の提起は認められないことになりますので、したがって、当初のうちは多少はそういう訴訟が起きるかもしれませんけれども、それはやがて落ちつくところへ落ちつくことになるのじゃないかということは申し上げられると思います。
もう一つよく心配されますのは、訴訟が提起されますと、行政庁のその仕事に携わる公務員自身としても非常に仕事がやりにくいという心情になる。これが、私どもも過去の間に、ある意味では経験していることでございます。ございますが、その辺のことになりましては、一義的にはいずれにしても申し上げかねる。全部がストップしているわけではない。むしろ、いい悪いは別といたしましても、訴訟は後まで残っているけれども、すでに事業が動いているというような例もあるわけでございます。
中
中西啓介#14
○中西(啓)委員 当然環境庁らしい御答弁だと思いますし、事業が、そういう訴訟があっても継続して動いておる例もあるというふうにおっしゃいましたけれども、動いてない例も逆にいっぱいあるわけです。行政庁が毅然とした態度で臨めば、それは何ら心配は要らないというふうに環境庁はおっしゃるわけですけれども、私の選挙区でじんかい処理の予算を、厚生省になるわけですけれども、もらいたいというので私も一生懸命陳情して、わかりました、何とか予算をつけましょう、そういう段階になって、よその県から来た渡り鳥の闘争家が訴訟を起こしたのです。そうしたら直ちにその予算はストップ、こんな問題があるところへは予算はつけられません。とまっちゃったじゃないですか。そんな例はいっぱいあるわけですね。だから、いまのような環境庁の説明ではとてもわれわれは納得ができない。そのことを申し上げて、きょうは十一時半までですから時間がありませんので、まだ聞きたいこといっぱいあるのではしょって漸次聞いてまいります。
とにかくそういうことで、訴訟の動きがあることだけで行政庁は行政指導によって事業者を指導し、形式的要件が整っているにもかかわらず許認可の申請はもちろん、届け出や報告さえも行わせない、あるいは受理を拒否する、そういう事態が日常茶飯事、あっちこちで起こっているという現実を絶対に忘れないでおいてください。それの方が圧倒的に多いわけですから。事業が遅滞なく進んでいるというのはほんの一例ですよ。そういう現実への影響ということを十分配慮していただかぬと大変困るわけであります。
そこで、今度は、住民意見と代表制民主主義制度についてちょっと聞いてみたいと思うのです。
法案第十条によれば、関係住民は「公害の防止等の見地からの意見を述べることができる。」こういうふうになっておりますね。しかし、この公害の防止とは、その目的とするところは住民の健康と福祉でありますね。そこで、この行政事務を第一義的に行うのは地方公共団体であり、このことは地方自治法第二条第三項一号に、地方公共の秩序を維持し、住民の健康及び福祉を保持すること、こうなっております。同項第七号にい公害の防止その他の環境の整備保全に関する事項を処理すること、こういうふうになっているわけでありますが、環境庁は、この法案においてなぜ住民に意見を述べさせることにしているわけですか、どういう根拠でこの規定を設けているわけですか。ひとつ簡潔にお答えください。
この発言だけを見る →とにかくそういうことで、訴訟の動きがあることだけで行政庁は行政指導によって事業者を指導し、形式的要件が整っているにもかかわらず許認可の申請はもちろん、届け出や報告さえも行わせない、あるいは受理を拒否する、そういう事態が日常茶飯事、あっちこちで起こっているという現実を絶対に忘れないでおいてください。それの方が圧倒的に多いわけですから。事業が遅滞なく進んでいるというのはほんの一例ですよ。そういう現実への影響ということを十分配慮していただかぬと大変困るわけであります。
そこで、今度は、住民意見と代表制民主主義制度についてちょっと聞いてみたいと思うのです。
法案第十条によれば、関係住民は「公害の防止等の見地からの意見を述べることができる。」こういうふうになっておりますね。しかし、この公害の防止とは、その目的とするところは住民の健康と福祉でありますね。そこで、この行政事務を第一義的に行うのは地方公共団体であり、このことは地方自治法第二条第三項一号に、地方公共の秩序を維持し、住民の健康及び福祉を保持すること、こうなっております。同項第七号にい公害の防止その他の環境の整備保全に関する事項を処理すること、こういうふうになっているわけでありますが、環境庁は、この法案においてなぜ住民に意見を述べさせることにしているわけですか、どういう根拠でこの規定を設けているわけですか。ひとつ簡潔にお答えください。
清
清水汪#15
○清水政府委員 この法案におきまして住民の意見を聞くということにいたしました理由は、簡潔に申し上げますと、環境の影響評価を事業者はやるわけですけれども、その地域に生活しております人が持っているそういう生活体験に基づく情報、その中には何か貴重なものがあるのではなかろうかというふうに考えられます。そういうようなことから、評価書の作成過程におきましてさらに十全を期することに資するという趣旨から、住民のいわばそういう面での協力を求めている、こういうことでございますし、それからまた、その反面の効果といたしましては、その社会において事業者が事業を展開する以上、住民によくその事業の説明をし、それから環境保全の面についても説明をして、安心をしていただくといいますか、そういうことであればその方が地域のコミュニケーションという面からいってもベターであろう、円滑に事業が進むということの効果もあるかと思います。
ただ、ここで申し上げますことは、その関係住民の意見によって、たとえばその事業をやる、やらないということの事業者としての意思決定を、その住民の意見によって直接左右されるというような関係には全くないということでございます。それは、この法案に単に「意見を述べることができる。」と書いてあることからいいましても自明のことでございます。したがいまして、先ほど先生ちょっと御質問の中にありました、代表民主制との関係というような点についての新たな何か問題性というふうなものはないということははっきり申し上げられると思います。
この発言だけを見る →ただ、ここで申し上げますことは、その関係住民の意見によって、たとえばその事業をやる、やらないということの事業者としての意思決定を、その住民の意見によって直接左右されるというような関係には全くないということでございます。それは、この法案に単に「意見を述べることができる。」と書いてあることからいいましても自明のことでございます。したがいまして、先ほど先生ちょっと御質問の中にありました、代表民主制との関係というような点についての新たな何か問題性というふうなものはないということははっきり申し上げられると思います。
中
中西啓介#16
○中西(啓)委員 そういう面は確かに私もよくわかります。素朴な、本当に住民の、開発はしてもらいたいが、こういう点が心配だな、そういう方々の意見を吸収する、そういう面ではよくわかるのですが、逆に私が問題にしているのは、さっきの意図的な、イデオロギー的な闘争家、要するに反対してできるだけぶっつぶしたい、ぶっつぶせなくても、できるだけ引き延ばしを図りたいということを最大の目的にしている連中を対象にして話をしてきたわけでありますけれども、そういう連中を排除できないという心配が厳然として残るわけですね。
環境庁は、との評価基準を明確にして、事業者が困惑しないようにすると言っているわけですね。そうしますと、住民の意見をむしろ聞く必要がない、そういう理屈も成り立つと私は思うのですよ。ですから、逆に、住民に意見を求めなければならないとしているのは、いかに評価基準があいまいであるかということの証左にもなるんじゃないかな、そんな気もするわけです。環境庁の言う基準とは、住民の意見をうのみにして、これを判断基準にするんじゃないかというふうな見方もできなくはない、そんなふうにも実は思うわけであります。
住民の意見といっても、素朴な人たちのあれはよくわかるわけでありますが、この環境問題に対する関心あるいは理解度という点については、みんなそれぞれニュアンスが全く違いますし、まちまちだろうし、主観的な要素がその内容となっているわけですけれども、事業者としてこれにいかに対応していくかということは非常にむずかしいと思うのですよ。そこで混乱に陥るということは火を見るよりも明らかになるわけですけれども、私は、結論から申し上げますと、住民の意見というのは、自然環境の保全という観点からだけじゃなしに、いわゆるいろいろな事業の行われていく場合に、その事業の持つ総合的なメリット、経済的あるいは社会的に与えるいい面での影響、効果、そういうものが何かもう一つ盛り込まれてないといいますか、取り入れられていない。この法律ではそんな感じがするわけですね。メリットといっても、国家的な必要性もあれば、あるいはまた地域開発をしていく上においての効果もありますし、あるいはまた国民生活の向上あるいは社会福祉の増進、そういうのがあるわけですけれども、そういうものはどうも余り取り入れられてない、そんな感じが非常に強くするわけです。
こういう面で、それを支持する人たちの意見を余り聞き入れられない、そんなふうなあれになっている感じがするわけですよ。だからそこら辺ももうちょっと工夫をしてもらわなければならぬかなというわけでございます。
アメリカのNEPAという、いわゆる国家環境政策法は、私は詳しくまだ勉強はいたしておりませんけれども、聞くところによりますと、狭い意味での環境面でのあれだけじゃなくて、先ほど私が申し上げました、いわゆるメリットについても十分配慮しておる、そんなふうに聞いておるわけでありますが、そういうアメリカのNEPAも十分参考にして、そういう一部の人たちのあれじゃなくて、全体のメリットを追求できる道ももっと開いていただきたい、そんなふうに思うわけです。
どうもこれだけだったら、何か反対のための反対をする人だけに絶好のチャンスを法律で保障しているような、担保しているような、そんなふうにもとろうと思えばとれなくないわけです。だから、日本の場合は一たんつくった法律というのはなかなかもとへ戻せない、そういう風習がありまして、時とともに価値も変わるし、環境も変わっていくわけでありますから、人間のつくる法律ですから、先ほど環境庁長官が一〇〇%完璧な法律はあり得ないと言われましたが、トライアル・アンド・エラーで、そのときそのとき修正をしていける、そういうことになれている日本であればいいのですが、一たんつくっちゃうとなかなかできませんでしょう。憲法だって、よしあしは別にして、いろいろな国々は何回か手直しをしているわけですけれども、日本は、あの環境のもとにつくられた憲法がいまだに一字一句直されずにずっと来ている。こういう一例を考えても、一たんつくってしまうとなかなかもとへ戻せないということも考慮して、さらに鋭意あらゆる角度から検討してもらいたい、この機会に再度要請をさしていただくわけであります。
引き続いて、関係住民の意見を聞くということは、直接民主主義を持ち込むことになってくるわけでありまして、わが国の政治風土になじまないと考えますが、その点はどうですか。
この発言だけを見る →環境庁は、との評価基準を明確にして、事業者が困惑しないようにすると言っているわけですね。そうしますと、住民の意見をむしろ聞く必要がない、そういう理屈も成り立つと私は思うのですよ。ですから、逆に、住民に意見を求めなければならないとしているのは、いかに評価基準があいまいであるかということの証左にもなるんじゃないかな、そんな気もするわけです。環境庁の言う基準とは、住民の意見をうのみにして、これを判断基準にするんじゃないかというふうな見方もできなくはない、そんなふうにも実は思うわけであります。
住民の意見といっても、素朴な人たちのあれはよくわかるわけでありますが、この環境問題に対する関心あるいは理解度という点については、みんなそれぞれニュアンスが全く違いますし、まちまちだろうし、主観的な要素がその内容となっているわけですけれども、事業者としてこれにいかに対応していくかということは非常にむずかしいと思うのですよ。そこで混乱に陥るということは火を見るよりも明らかになるわけですけれども、私は、結論から申し上げますと、住民の意見というのは、自然環境の保全という観点からだけじゃなしに、いわゆるいろいろな事業の行われていく場合に、その事業の持つ総合的なメリット、経済的あるいは社会的に与えるいい面での影響、効果、そういうものが何かもう一つ盛り込まれてないといいますか、取り入れられていない。この法律ではそんな感じがするわけですね。メリットといっても、国家的な必要性もあれば、あるいはまた地域開発をしていく上においての効果もありますし、あるいはまた国民生活の向上あるいは社会福祉の増進、そういうのがあるわけですけれども、そういうものはどうも余り取り入れられてない、そんな感じが非常に強くするわけです。
こういう面で、それを支持する人たちの意見を余り聞き入れられない、そんなふうなあれになっている感じがするわけですよ。だからそこら辺ももうちょっと工夫をしてもらわなければならぬかなというわけでございます。
アメリカのNEPAという、いわゆる国家環境政策法は、私は詳しくまだ勉強はいたしておりませんけれども、聞くところによりますと、狭い意味での環境面でのあれだけじゃなくて、先ほど私が申し上げました、いわゆるメリットについても十分配慮しておる、そんなふうに聞いておるわけでありますが、そういうアメリカのNEPAも十分参考にして、そういう一部の人たちのあれじゃなくて、全体のメリットを追求できる道ももっと開いていただきたい、そんなふうに思うわけです。
どうもこれだけだったら、何か反対のための反対をする人だけに絶好のチャンスを法律で保障しているような、担保しているような、そんなふうにもとろうと思えばとれなくないわけです。だから、日本の場合は一たんつくった法律というのはなかなかもとへ戻せない、そういう風習がありまして、時とともに価値も変わるし、環境も変わっていくわけでありますから、人間のつくる法律ですから、先ほど環境庁長官が一〇〇%完璧な法律はあり得ないと言われましたが、トライアル・アンド・エラーで、そのときそのとき修正をしていける、そういうことになれている日本であればいいのですが、一たんつくっちゃうとなかなかできませんでしょう。憲法だって、よしあしは別にして、いろいろな国々は何回か手直しをしているわけですけれども、日本は、あの環境のもとにつくられた憲法がいまだに一字一句直されずにずっと来ている。こういう一例を考えても、一たんつくってしまうとなかなかもとへ戻せないということも考慮して、さらに鋭意あらゆる角度から検討してもらいたい、この機会に再度要請をさしていただくわけであります。
引き続いて、関係住民の意見を聞くということは、直接民主主義を持ち込むことになってくるわけでありまして、わが国の政治風土になじまないと考えますが、その点はどうですか。
八
清
清水汪#18
○清水政府委員 住民の意見を聞くというのは、現在の法律の中で探してみますと、たとえば都市計画法とか一、二の法律に、利害関係人及び地域住民の意見を聞くという例がございます。しかし、余り多くはありません。多くの場合は利害関係人でございます。ですが、現在あります都市計画法等の法律におきましても、その意見によって事の採否を決定するとかいうような関係は全く持っていないわけでございます。この法律におきましても、先ほども申し上げましたように、住民の意見を聞くということは入っておりますけれども、それによって事業自体の、行うとかなんとかということの意思決定にはそれは直接かかわりを持たないわけでございます。そういうことでございますので、すでに例もあるということも申し上げられますので、特に風土に合わないということまでにはならないんじゃないか。
一言補足さしていただきますが、先ほど先生のおっしゃいました問題点は、もちろん将来勉強させていただきますが、この段階で一言申し上げておきたいと思いますのは、むしろそのようなことにするということは、事業そのものの採否の意思決定にまでより深くかかわり合いを持つような方向に行くという可能性もあるわけでございますので、なかなかアメリカなどの風土とそこは違う点があるのではなかろうかという点が一つ考えられると思います。
この発言だけを見る →一言補足さしていただきますが、先ほど先生のおっしゃいました問題点は、もちろん将来勉強させていただきますが、この段階で一言申し上げておきたいと思いますのは、むしろそのようなことにするということは、事業そのものの採否の意思決定にまでより深くかかわり合いを持つような方向に行くという可能性もあるわけでございますので、なかなかアメリカなどの風土とそこは違う点があるのではなかろうかという点が一つ考えられると思います。
中
中西啓介#19
○中西(啓)委員 開発事業を含めて、人の活動には大なり小なりプラス面とマイナス面とがあるわけですね。要するに、いろいろな現象面で喜怒哀楽というのは絶えず同居するわけですよ。ですから、これはマイナス面をもちろん強調しているわけですけれども、もう一方では、先ほどの繰り返しになりますが、プラス面をも含めて十分に総合的に評価できるような、その是非を判断することが大事だと私は思うのです。ですから、最大多数の最大幸福といいますか、どうしてもいろいろな意見があるわけですから、その全体の意見を正しく反映できる、そういうルールづくりといいますか、それが大事なんじゃないかなと思うわけでありますが、その点をぜひお願いを申し上げます。
ですから、この判断は、地域住民が選んだ代表者が、議会において全住民の総意に基づいてメリット、デメリット双方を十分勘案し、冷静かつ科学的な議論が総合的に展開されることを通じて初めて得られるものであり、また、そうでなければ責任ある意見とはとても言いがたい、そういうふうに思うわけです。
この法案は、わが国の政治行政の進め方の根幹にかかわる問題を有しているにもかかわらず、住民の信託を受けた県議会、市議会がなぜ軽視されるのか、あるいはまた、知事の意見と一部住民の意見がなぜ同列に扱われるのか、両者の意見が異なった場合にどんなふうにそれじゃ比較考量されていくのか、そこら辺も徹底的に詰めるべきだと私は思いますが、そこら辺もまだちょっとあいまいもこという感じがするわけです。そういうことで、非常に安易な考え方がやや優先しているんじゃないかなという感じがするわけです。
そこで、時間がありませんから、とんとんと飛びまして、上乗せ条例、横出し条例、この説明ですね。中野区の区長選挙の問題もあるわけですが、これを言うと、また文部省の問題まで波及するから避けますが、ここもちょっと簡潔に言ってくれませんか。
この発言だけを見る →ですから、この判断は、地域住民が選んだ代表者が、議会において全住民の総意に基づいてメリット、デメリット双方を十分勘案し、冷静かつ科学的な議論が総合的に展開されることを通じて初めて得られるものであり、また、そうでなければ責任ある意見とはとても言いがたい、そういうふうに思うわけです。
この法案は、わが国の政治行政の進め方の根幹にかかわる問題を有しているにもかかわらず、住民の信託を受けた県議会、市議会がなぜ軽視されるのか、あるいはまた、知事の意見と一部住民の意見がなぜ同列に扱われるのか、両者の意見が異なった場合にどんなふうにそれじゃ比較考量されていくのか、そこら辺も徹底的に詰めるべきだと私は思いますが、そこら辺もまだちょっとあいまいもこという感じがするわけです。そういうことで、非常に安易な考え方がやや優先しているんじゃないかなという感じがするわけです。
そこで、時間がありませんから、とんとんと飛びまして、上乗せ条例、横出し条例、この説明ですね。中野区の区長選挙の問題もあるわけですが、これを言うと、また文部省の問題まで波及するから避けますが、ここもちょっと簡潔に言ってくれませんか。
清
清水汪#20
○清水政府委員 いわゆる上乗せはできない、それからいわゆる横出しは、それぞれの自治体においてそういう必要を認めて行うことについては、それを妨げるものではないというのがこの法律のとっている態度でございます。
この発言だけを見る →中
中西啓介#21
○中西(啓)委員 そうしますと、この法律の対象事業について上乗せをする条例は違法である以上、条例の当該部分は当然に無効である、したがって、事業者はこれを無視して手続を進めてよいわけですか、どうでしょうか。
この発言だけを見る →清
清水汪#22
○清水政府委員 おっしゃいますように、この法律が制定されまして施行された後におきましては、この法律の規定に抵触する条例の規定は、その限りにおいて効力を失うということになるわけでございます。問題は、失っても、それが一度出た状態にあるのは、いまの法律解釈論としてそういうことになるわけでございますが、事実上そこはわかりにくいという問題になろうかと思います。ですから、その点をきちっと整理をしていくことが非常に大事なことになるんじゃなかろうか。それは私ども行政の立場で、当該地方公共団体とよく話し合っていくということがまず必要だろうと思います。そういうようなことでございますが、法律論としてはいまの最初に申し上げたようなことになります。
この発言だけを見る →中
清
清水汪#24
○清水政府委員 実際にといいますか、従う必要はないわけでございますが、そこの実際の問題を円滑に整理をすることはとにかく必要だ。整理をしませんと混乱が起きるという心配はあるんじゃなかろうかという、そういう問題だろうと思います。
この発言だけを見る →中
中西啓介#25
○中西(啓)委員 まあしかし、これを不服とした場合は、事業の主たる許認可権を持っている人は知事なんかを想像できるわけですけれども、知事なんか絶大な権限を持っていますから、それを相手取って提訴するなんということは、現実問題としてこれはやれませんよ。だから、そこら辺にもそういう可能性が大いにあるということを御考慮いただいて、さらに詰めていただきたいというふうに思います。
では次に、違法な条例が制定された場合に、国は法律上どのような措置によってこれを是正していくのか、また、そうした措置を発動したことはあるのか、あるいは聞かなかった場合はどうするのか、この三つ、いずれも関連しますから、これもちょっと簡潔にお願いします。
この発言だけを見る →では次に、違法な条例が制定された場合に、国は法律上どのような措置によってこれを是正していくのか、また、そうした措置を発動したことはあるのか、あるいは聞かなかった場合はどうするのか、この三つ、いずれも関連しますから、これもちょっと簡潔にお願いします。
清
清水汪#26
○清水政府委員 地方公共団体が違法な条例を、違法、無効と知った上でそれを制定するとかいうような前提の御議論でございますので、法治国の問題としてははなはだおかしい前提の問題だと思いますけれどもの議論として申し上げますと、もし仮に、そのような違法な条例が制定された場合には、地方自治法第二百四十六条の二の規定によりまして、内閣総理大臣は、地方公共団体の事務の処理等が違法な場合について、その是正のため必要な措置を講ずべきことを求めることができることとなっておりますので、このような手段を行使することは考え方としてはあり得る。しかし、先生の御質問は、その先で、さらにそれについて言うことを聞かないときはどうかということでございますが、そうなりますと、それはいわば中央と地方との政治の問題というようなことに考えざるを得ないものというふうに思います。
この発言だけを見る →中
中西啓介#27
○中西(啓)委員 そこもどうも明快にぴちっと決まりませんね。
あと時間が五分ですというメモが回ってきましたので、飛ばしまして、最後に、それではせっかく環境庁長官もお見えでありますので、先般土光臨調から最終答申が出されたわけであります。この中において許認可等の整理を初め、行政改革の推進がうたわれているわけでありますが、環境庁長官、ひとつこの答申についての感想といいますか、評価を御答弁お願いいたします。
この発言だけを見る →あと時間が五分ですというメモが回ってきましたので、飛ばしまして、最後に、それではせっかく環境庁長官もお見えでありますので、先般土光臨調から最終答申が出されたわけであります。この中において許認可等の整理を初め、行政改革の推進がうたわれているわけでありますが、環境庁長官、ひとつこの答申についての感想といいますか、評価を御答弁お願いいたします。
原
原文兵衛#28
○原国務大臣 臨時行政調査会の答申は、私も、基本答申につきましても、また第一次、第二次の答申につきましても十分拝見しております。やはり社会情勢、経済情勢の変化に伴いまして必要のなくなった許認可事項とか、あるいはまた、いたずらに煩瑣な許認可事項とかいうようなものを整理するということは、これは国民の立場に立って当然のことでございまして、私どもは臨調のその精神は十分尊重していきたいというふうに考えているところでございます。
この発言だけを見る →中
中西啓介#29
○中西(啓)委員 とすれば、この答申、私もちらっと読んでみたのですけれども、「行政改革を進める観点」として、「画一性を重視する行政から、それぞれの地域や部門の実情に応じた多様性とゆとりを認める行政への移行」がうたわれているわけですね。そこが一つのポイントになっているわけだし、また、国と地方の役割り分担の項目では、国の地方公共団体に対する関与を積極的に緩和する、こういうふうに強調されているわけです。ですから、このアセスメントの問題は、一つ一つの条件が全く違う地域の実情に応じて行わなければならないわけでありますが、したがって、きわめて地域性を有するものであるという考え方になると思うのです。
また、同時に、この法律の対象事業は、いずれも地域開発の重要な柱ですね。アセスメントをやってほしいという地方もたくさんふえているという反面、開発をやってほしいという地域がさらにそれを上回る勢いでわれわれのところにも陳情が来るわけです。だから、こうした地方開発とうらはらの関係にあるアセスメントも、地方自治体のそれぞれの工夫あるいは地域特性に応じた対応を信頼して、これにゆだねることが臨調答申の精神に合致するのではないか。いわゆる中央省庁の縦割り機構、これでいつもむだもたくさんあるわけですけれども、弊害を排除して、メリット、デメリットを十分に比較考量した、真の意味での正しい総合的なプロジェクト評価が行われることになるのではないか、私はこんなふうに考えるわけです。
この公害問題の多くがいろいろなお互いの努力で解決し、環境庁の廃止論さえ言われている昨今なんですね。ですから、何とか仕事をふやし、権限を強化していきたいというのは、私は人情論として非常によくわかるのです。わかるのですが、環境庁の立場も理解できないわけじゃないのですけれども、私も、冒頭に申し上げましたように、環境の保全が重要であるという認識において決して人後に落ちるものではありませんが、社会の厳然たる現実を無視して、このように問題の多い法案を拙速裏におつくりになろうとしている環境庁の姿勢にはどうも納得がいかぬ、そんなふうに強く感じます。
アセスメントに関して申し上げるならば、今日の緊急の課題は、一日も早く、評価に必要な、いわゆる科学的知見の確立や、あるいは調査、予測手法の開発を行うことだと思うのです。それは率直にお認めになると思うのですが、これこそが環境庁の権威と信頼のあるアセスメント制度の確立への道ではないか、そんなふうに思うわけです。科学的に確立されている項目というのは現在ほんのわずかでしょう。幾つくらいあるのですか、二つか三つしかない。それが大事なのじゃないかな。手続だけ優先するよりその中身が大事だ。それができていないわけです。
本日は時間の都合で、とりあえず訴訟の問題、住民意見の問題、条例の問題といったごく一部の問題点に的をしぼって質疑した次第でありますが、この法案についてほかにも、いま申し上げましたような科学的な知見の未確立の問題とか、あるいは行政改革が国家的緊急課題とされている今日、環境法体系との調整をどんなふうに考えていくのか、非常に重大な、かつ、広範囲にわたる問題が内在していることを再度強く指摘をいたしまして、ちょっとたわしでこすり過ぎた嫌いもあるかもしれませんが、しかし、円満に解決するために、けんか過ぎての棒ちぎりじゃ意味がないわけで、あえて尊敬申し上げる環境庁長官原文兵衛先生や石川要三先輩に御質問申し上げたわけでございます。どうぞよろしくひとつ御検討のほどお願い申し上げまして、私の質問を終わります。ありがとうございました。
この発言だけを見る →また、同時に、この法律の対象事業は、いずれも地域開発の重要な柱ですね。アセスメントをやってほしいという地方もたくさんふえているという反面、開発をやってほしいという地域がさらにそれを上回る勢いでわれわれのところにも陳情が来るわけです。だから、こうした地方開発とうらはらの関係にあるアセスメントも、地方自治体のそれぞれの工夫あるいは地域特性に応じた対応を信頼して、これにゆだねることが臨調答申の精神に合致するのではないか。いわゆる中央省庁の縦割り機構、これでいつもむだもたくさんあるわけですけれども、弊害を排除して、メリット、デメリットを十分に比較考量した、真の意味での正しい総合的なプロジェクト評価が行われることになるのではないか、私はこんなふうに考えるわけです。
この公害問題の多くがいろいろなお互いの努力で解決し、環境庁の廃止論さえ言われている昨今なんですね。ですから、何とか仕事をふやし、権限を強化していきたいというのは、私は人情論として非常によくわかるのです。わかるのですが、環境庁の立場も理解できないわけじゃないのですけれども、私も、冒頭に申し上げましたように、環境の保全が重要であるという認識において決して人後に落ちるものではありませんが、社会の厳然たる現実を無視して、このように問題の多い法案を拙速裏におつくりになろうとしている環境庁の姿勢にはどうも納得がいかぬ、そんなふうに強く感じます。
アセスメントに関して申し上げるならば、今日の緊急の課題は、一日も早く、評価に必要な、いわゆる科学的知見の確立や、あるいは調査、予測手法の開発を行うことだと思うのです。それは率直にお認めになると思うのですが、これこそが環境庁の権威と信頼のあるアセスメント制度の確立への道ではないか、そんなふうに思うわけです。科学的に確立されている項目というのは現在ほんのわずかでしょう。幾つくらいあるのですか、二つか三つしかない。それが大事なのじゃないかな。手続だけ優先するよりその中身が大事だ。それができていないわけです。
本日は時間の都合で、とりあえず訴訟の問題、住民意見の問題、条例の問題といったごく一部の問題点に的をしぼって質疑した次第でありますが、この法案についてほかにも、いま申し上げましたような科学的な知見の未確立の問題とか、あるいは行政改革が国家的緊急課題とされている今日、環境法体系との調整をどんなふうに考えていくのか、非常に重大な、かつ、広範囲にわたる問題が内在していることを再度強く指摘をいたしまして、ちょっとたわしでこすり過ぎた嫌いもあるかもしれませんが、しかし、円満に解決するために、けんか過ぎての棒ちぎりじゃ意味がないわけで、あえて尊敬申し上げる環境庁長官原文兵衛先生や石川要三先輩に御質問申し上げたわけでございます。どうぞよろしくひとつ御検討のほどお願い申し上げまして、私の質問を終わります。ありがとうございました。