文部科学委員会
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会
会議録情報#0
平成十四年四月二十四日(水曜日)
午前十時開議
出席委員
委員長 河村 建夫君
理事 斉藤斗志二君 理事 鈴木 恒夫君
理事 田野瀬良太郎君 理事 増田 敏男君
理事 平野 博文君 理事 山谷えり子君
理事 斉藤 鉄夫君 理事 武山百合子君
伊藤信太郎君 小渕 優子君
岡下 信子君 左藤 章君
杉山 憲夫君 田中 和徳君
高市 早苗君 谷垣 禎一君
谷田 武彦君 中野 清君
中本 太衛君 馳 浩君
林 省之介君 林田 彪君
松野 博一君 松宮 勲君
森岡 正宏君 大石 尚子君
鎌田さゆり君 今野 東君
中津川博郷君 中野 寛成君
藤村 修君 牧 義夫君
牧野 聖修君 山口 壯君
山元 勉君 池坊 保子君
桝屋 敬悟君 佐藤 公治君
石井 郁子君 児玉 健次君
中西 績介君 山内 惠子君
横光 克彦君
…………………………………
文部科学大臣 遠山 敦子君
文部科学副大臣 岸田 文雄君
文部科学大臣政務官 池坊 保子君
政府参考人
(文部科学省初等中等教育
局長) 矢野 重典君
政府参考人
(文部科学省高等教育局私
学部長) 石川 明君
文部科学委員会専門員 高橋 徳光君
—————————————
委員の異動
四月二十四日
辞任 補欠選任
近藤 基彦君 左藤 章君
松野 博一君 林 省之介君
森田 健作君 田中 和徳君
鎌田さゆり君 今野 東君
西 博義君 桝屋 敬悟君
中西 績介君 横光 克彦君
同日
辞任 補欠選任
左藤 章君 近藤 基彦君
田中 和徳君 森田 健作君
林 省之介君 中本 太衛君
今野 東君 鎌田さゆり君
桝屋 敬悟君 西 博義君
横光 克彦君 中西 績介君
同日
辞任 補欠選任
中本 太衛君 松野 博一君
—————————————
四月二十二日
私学助成の抜本的拡充等行き届いた教育に関する請願(冬柴鐵三君紹介)(第二〇七四号)
行き届いた教育、心の通う学校に関する請願(冬柴鐵三君紹介)(第二〇七五号)
教育基本法の改悪反対に関する請願(川田悦子君紹介)(第二〇七六号)
アレルギー性疾患、特にアトピー性皮膚炎を学校病指定に取り入れることに関する請願(石井郁子君紹介)(第二一四一号)
同(瀬古由起子君紹介)(第二一四二号)
同(中林よし子君紹介)(第二一四三号)
同(藤木洋子君紹介)(第二一四四号)
は本委員会に付託された。
—————————————
本日の会議に付した案件
政府参考人出頭要求に関する件
教育職員免許法の一部を改正する法律案(内閣提出第三六号)
————◇—————
この発言だけを見る →午前十時開議
出席委員
委員長 河村 建夫君
理事 斉藤斗志二君 理事 鈴木 恒夫君
理事 田野瀬良太郎君 理事 増田 敏男君
理事 平野 博文君 理事 山谷えり子君
理事 斉藤 鉄夫君 理事 武山百合子君
伊藤信太郎君 小渕 優子君
岡下 信子君 左藤 章君
杉山 憲夫君 田中 和徳君
高市 早苗君 谷垣 禎一君
谷田 武彦君 中野 清君
中本 太衛君 馳 浩君
林 省之介君 林田 彪君
松野 博一君 松宮 勲君
森岡 正宏君 大石 尚子君
鎌田さゆり君 今野 東君
中津川博郷君 中野 寛成君
藤村 修君 牧 義夫君
牧野 聖修君 山口 壯君
山元 勉君 池坊 保子君
桝屋 敬悟君 佐藤 公治君
石井 郁子君 児玉 健次君
中西 績介君 山内 惠子君
横光 克彦君
…………………………………
文部科学大臣 遠山 敦子君
文部科学副大臣 岸田 文雄君
文部科学大臣政務官 池坊 保子君
政府参考人
(文部科学省初等中等教育
局長) 矢野 重典君
政府参考人
(文部科学省高等教育局私
学部長) 石川 明君
文部科学委員会専門員 高橋 徳光君
—————————————
委員の異動
四月二十四日
辞任 補欠選任
近藤 基彦君 左藤 章君
松野 博一君 林 省之介君
森田 健作君 田中 和徳君
鎌田さゆり君 今野 東君
西 博義君 桝屋 敬悟君
中西 績介君 横光 克彦君
同日
辞任 補欠選任
左藤 章君 近藤 基彦君
田中 和徳君 森田 健作君
林 省之介君 中本 太衛君
今野 東君 鎌田さゆり君
桝屋 敬悟君 西 博義君
横光 克彦君 中西 績介君
同日
辞任 補欠選任
中本 太衛君 松野 博一君
—————————————
四月二十二日
私学助成の抜本的拡充等行き届いた教育に関する請願(冬柴鐵三君紹介)(第二〇七四号)
行き届いた教育、心の通う学校に関する請願(冬柴鐵三君紹介)(第二〇七五号)
教育基本法の改悪反対に関する請願(川田悦子君紹介)(第二〇七六号)
アレルギー性疾患、特にアトピー性皮膚炎を学校病指定に取り入れることに関する請願(石井郁子君紹介)(第二一四一号)
同(瀬古由起子君紹介)(第二一四二号)
同(中林よし子君紹介)(第二一四三号)
同(藤木洋子君紹介)(第二一四四号)
は本委員会に付託された。
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本日の会議に付した案件
政府参考人出頭要求に関する件
教育職員免許法の一部を改正する法律案(内閣提出第三六号)
————◇—————
河
河村建夫#1
○河村委員長 これより会議を開きます。
内閣提出、教育職員免許法の一部を改正する法律案を議題といたします。
この際、お諮りいたします。
本案審査のため、本日、政府参考人として文部科学省初等中等教育局長矢野重典君、高等教育局私学部長石川明君の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →内閣提出、教育職員免許法の一部を改正する法律案を議題といたします。
この際、お諮りいたします。
本案審査のため、本日、政府参考人として文部科学省初等中等教育局長矢野重典君、高等教育局私学部長石川明君の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
河
河
中
中津川博郷#4
○中津川委員 おはようございます。民主党の中津川でございます。
きょうは、大臣がお越しになっていただくという予定だったんですが、何か参議院の方で本会議が入ったということで、大変残念です。ぜひきょうのこの議論を後で大臣にしっかりと伝えていただきたいということと、岸田副大臣初め局長、皆さんたちに、誠意のある具体的な回答、答弁をひとつお願いしたいと冒頭申し上げさせていただきます。
昭和五十二年の小中学校学習指導要領全面改訂にゆとりという言葉が登場したんですね。二十五年になります。このゆとり教育というのは、現在、我が国の教育の根本理念というか、方針であると文部科学省はおっしゃいますが、そこで、お尋ねしたいんですが、今日までにゆとり教育は、その目指したもの、例えば、いろいろありましたね、受験地獄の解消とか、落ちこぼれをゼロにするとか、画一的でない創造性にあふれた若者を輩出するとか、大変理想的な目標を掲げてスタートしたというわけでありますが、これは実現できたんでしょうか。
同時に、文部科学省は、この二十五年の経過の中で、しっかり調査して研究して評価してきたか、つまり検証してきたか。このゆとり教育の功罪を、大臣にお聞きしたかったわけでありますが、岸田さんに、ひとつ、どのように考えていらっしゃるのか、まず冒頭にお聞きしたいと思います。
この発言だけを見る →きょうは、大臣がお越しになっていただくという予定だったんですが、何か参議院の方で本会議が入ったということで、大変残念です。ぜひきょうのこの議論を後で大臣にしっかりと伝えていただきたいということと、岸田副大臣初め局長、皆さんたちに、誠意のある具体的な回答、答弁をひとつお願いしたいと冒頭申し上げさせていただきます。
昭和五十二年の小中学校学習指導要領全面改訂にゆとりという言葉が登場したんですね。二十五年になります。このゆとり教育というのは、現在、我が国の教育の根本理念というか、方針であると文部科学省はおっしゃいますが、そこで、お尋ねしたいんですが、今日までにゆとり教育は、その目指したもの、例えば、いろいろありましたね、受験地獄の解消とか、落ちこぼれをゼロにするとか、画一的でない創造性にあふれた若者を輩出するとか、大変理想的な目標を掲げてスタートしたというわけでありますが、これは実現できたんでしょうか。
同時に、文部科学省は、この二十五年の経過の中で、しっかり調査して研究して評価してきたか、つまり検証してきたか。このゆとり教育の功罪を、大臣にお聞きしたかったわけでありますが、岸田さんに、ひとつ、どのように考えていらっしゃるのか、まず冒頭にお聞きしたいと思います。
岸
岸田文雄#5
○岸田副大臣 御指摘のゆとり教育ですが、ゆとりというものは決して緩みとか遊びであってはならないというふうに思っております。ですから、ゆとりをどう活用するかということが大変重要なポイントだというふうに認識しておりまして、この新しい体制の中でも、ゆとりを活用して、学力においても、従来の知識や技能の習得にとどまらず、それをどう活用するのか、問題解決能力まで含めた学力を習得しなければいけないと認識しておりますし、また、健康とかあるいは道徳等も含めた生きる力というものの習得に充てなければいけないというふうに考えますし、さらには、児童生徒の意欲や興味、こういったものも重視しなければいけない、これがゆとり教育のねらいだというふうに認識しております。
そして、このねらいのもとに、新しい学習指導要領あるいは学校週五日制、ことしの四月からスタートしたわけですが、検証してきたかという御質問がございました。
これにつきましては、従来から、国際的なさまざまな学力調査ですとか、あるいは文部科学省、昭和五十六年から五十八年及び平成五年から七年、教育課程実施状況調査、こうした調査を行っております。この調査の中で、学ぶ意欲や習慣を身につけていないとか、あるいは受け身であるとか、それから自分の考えを持ち合わせていないとか、こういった問題点が指摘されているわけでありまして、こうした指摘された問題点を受けとめて、その新しい体制についても議論を積み重ねてきたわけであります。そして、その議論は、中教審あるいは教育課程審議会、こうした場におきましても幅広い方々の議論も経ているということであります。
こうした評価や検証も踏まえてこのゆとり教育というものについて議論を積み重ねていって、今日に至っているということであります。ぜひ、この新しくスタートした体制の中で、先ほど申し上げましたねらいが実現されるように、しっかりとバックアップをしていきたい、そのように考えております。
この発言だけを見る →そして、このねらいのもとに、新しい学習指導要領あるいは学校週五日制、ことしの四月からスタートしたわけですが、検証してきたかという御質問がございました。
これにつきましては、従来から、国際的なさまざまな学力調査ですとか、あるいは文部科学省、昭和五十六年から五十八年及び平成五年から七年、教育課程実施状況調査、こうした調査を行っております。この調査の中で、学ぶ意欲や習慣を身につけていないとか、あるいは受け身であるとか、それから自分の考えを持ち合わせていないとか、こういった問題点が指摘されているわけでありまして、こうした指摘された問題点を受けとめて、その新しい体制についても議論を積み重ねてきたわけであります。そして、その議論は、中教審あるいは教育課程審議会、こうした場におきましても幅広い方々の議論も経ているということであります。
こうした評価や検証も踏まえてこのゆとり教育というものについて議論を積み重ねていって、今日に至っているということであります。ぜひ、この新しくスタートした体制の中で、先ほど申し上げましたねらいが実現されるように、しっかりとバックアップをしていきたい、そのように考えております。
中
中津川博郷#6
○中津川委員 副大臣、現場の認識は非常に甘いと思いますね。私は、二十五年、このゆとり路線の中でしっかり調査研究してきたか、現場をしっかりと把握してきたかということではちょっと不満なんですが、私がちょっと分析したんですよ。少し長くなりますが、それで後でまた御意見を賜りたいというふうに思います。
私は、ゆとり教育がもたらした現場への影響というのは大変深刻だと思っています。それは、今副大臣が御答弁いただいたような、期待していたようなものでは全くなかった。一番、明らかな学力低下、二番、勉強からの逃避、勉強嫌いな小中学生をたくさんつくってしまった、三番目、皮肉なことに学校の荒廃が進行した、この三点であります。
まず、一番目の学力低下については、少しデータを申し上げたいんですが、昨年の十一月に東京大学の研究グループが、十二年前に大阪大学が行った調査と全く同じ問題を使って、十二年前と同じ学校の同じ小学五年生と中学二年生を対象に、国語と算数、中学は数学になりますが、テストを実施して成績を比較したところ、興味深い結果が出ました。
小学五年生ですと、国語の平均が、十二年前ですと七十八・八です。そして、今回が七十一・五です。算数の平均が、十二年前は八十・六ですが、今回が六十九・一です。中学二年生、国語の平均が、十二年前が七十一・七、今回が六十七・六、数学の平均が、十二年前は六十九・七、今回が六十四・六なんです。
それで、つけ足しがありまして、塾に通う子の平均点の低下は小さいが、通っていない子の低下は大きいというコメントが書いてあるんですね。中学二年生の数学の場合、塾に通う子の平均点の低下はマイナス一・三点、しかし、塾に通わない子の平均点の低下はマイナス八点なんです。
それと、これだけでは足りませんので、もう一つ、これは有名な調査としてよく話題に乗るんですが、国際教育到達度評価学会、IEAでありますが、これは平成十一年、調査結果が発表されたときに、文部科学省は、その前、これは平成七年にやったわけですが、その結果と比較して、順位が若干落ちている、中学二年の数学で三位から五位、理科で三位から四位ですね、しかし、わずかなものだと。それで、文部科学省の表現は、有意差はない、こういう表現で、大したことはないじゃないかと。
確かに、依然トップグループにはいるものの、もっと前のをちょっと調べてみました。昭和三十九年から五十六年というゆとり教育の影響がなかった時点からその推移を見れば、明らかに傾向的に落ちているんですよ。むしろ、この程度の低下にとまっているのが不思議なくらいです。
これはなぜかと考えますと、この辺を分析してもらいたいんですが、私は、私学とか塾の果たした役割が大きいという点はあると思いますよ。一〇%か二〇%ぐらいの底上げはしているかもしれません。
もう一つ挙げましょう。これは、大学生の学力低下です。
京都大学の西村和雄教授、慶応大学の戸瀬信之教授、埼玉大学の岡部恒治教授らによって実施された大学一年生を対象とする算数、数学テストによって判明した事実はまさにショッキングだったですね。トップレベルの大学生十人のうち二人が小学校の分数計算ができない。このことは、一九九九年に「分数ができない大学生」、そしてたしか翌年に「小数ができない大学生」として出版されて大きな反響を呼んだというのは、多分委員の方たちも御存じかと思うんですね。
これが、今までゆとり教育を受けてきた子供たちの実態なんですよ。これらの結果を深刻に受けとめて、何が原因で学力や意欲が低下しているのかというのをもう論じなければいけないと思いますね。
それから、一通り三点を、私の私見も交えて、データを入れながら申し上げさせてもらいますが、二番目の勉強からの逃避ですが、これは、諸外国と比較してみますと、もう明らかです。
日本は、世界で最も勉強をしない子供のいる国になっちゃったんですね。今、皆さん、学校の先生は宿題を出さないんですよ。予習、復習もしないんです、子供。日本全国至るところに、繁華街、夜うろうろ小学生や中学生が歩き回っている姿、何も都心部だけじゃありませんよね。こういう現象ですよ。
総務庁が九四年、九五年に、日米韓、この国際比較調査をしたんですが、七歳から十五歳までの子供が学校以外で勉強している時間を比べたところ、一時間以上勉強するというのが、日本が五六・三%、アメリカが七八・七%、韓国が八八・〇%、二時間以上勉強するとなると、日本は二三・二%、アメリカが四一・〇%、韓国が六〇・〇%です。
総務庁に最近のはないかと言ったら、ないと言うので、この同じデータの比較はできないんですが、興味深いのが去年暮れに出たじゃないですか。昨年末に公表されたOECDの学習到達度調査ですね。日本の十五歳生徒の宿題や勉強に費やす時間が、何と三十二か国中最下位なんですよ。ゆとり教育というから、ゆとりができて、家で好きな勉強をしたり、あるいは不得意な勉強をしたりする、そういうことを期待していたんでしょう。ところが、並行して、家でも勉強しない子を大量生産してきたというのが実態ですね。
折も折、四月二十二日月曜日です、毎日新聞の朝刊に、「発信箱」という中で「ゆとり教育」、瀬川至朗という科学環境部の記者が書いております。ちょっと急いで読ませてもらいます。
日本人の議論は、誤解に基づくことが少なくない。例えば、「ゆとり教育」。米国などでは、自由な雰囲気の中、自主性を伸ばす教育が実践されているとみなされ、日本の「詰め込み教育」の見直しが求められる。が、米国の実情はどうか。
一昨年までの四年間、米国特派員として、首都ワシントン近郊のメリーランド州の町に住んだ。そのとき、息子が地元の公立中学に通った経験からは、「ゆとりなんて、とんでもない」というのが正直な感想だ。
一日七時間。日本の大学と同じで、教科ごとに教室が異なる。なのに休み時間は四分。みんな急いで移動する。トイレに行くと次の授業に遅刻する。学校が終わると、理科や社会も含めて、宿題がどっさり。各教科に「プロジェクト」というリポートを書かせる宿題があり、夜の十一時、十二時ごろまで机に向かうことも珍しくない。泣きながら、朝の五時までかかったこともあった。とにかく分量に圧倒される。
その息子が、日本では地元の公立中学に通った。
公立中学です、
感想を聞くと「日本の学校は楽だ」と言う。休み時間があり、何よりも宿題がほとんどないことが大きかった。帰宅してからは、学習塾を除けば、テレビやゲームの時間が長かった。時間的な「ゆとり」はすでにあるという印象だ。
「中学校はジェイル(刑務所)と呼ばれている」。カリフォルニア州のGMS中学のベネット校長はこう教えてくれた。米国人は、子どものころから遊んでいると思ったら大間違い。しっかり鍛えなければ、自分で考え、うまく表現する能力が身に着くはずがない。
タイミングよく、こういう記事が出ておりました。
それから、私が三点目に指摘しました学校荒廃の進行ですが、五十五年のゆとり導入と並行して、当時猛威を振るっていたのは校内暴力ですよね、これにかわって、いじめ、登校拒否、引きこもり、学級崩壊などの問題が立て続けに起きてきました。
数字を挙げますと、いじめに関しては、昭和六十年四月から十月に起きたいじめ件数は十五万五千件、これは小中高合計であります。また、体罰は二千八百十六件、検挙、補導された小中高生は千九百二十名にも上っている。また、不登校児童生徒数ですが、ゆとりが導入された昭和五十五年に比べて、平成十年度は八・九倍にふえているんですよ。加えて、校内暴力も一時下火になっていたのが増加し始め、昭和五十五年当時のレベルまで達している。
この実態は、一体どういうことなんでしょう。ゆとりを導入することによって教育現場がまさに暴風雨ですね。この原因を究明したのかと、私、冒頭に申し上げたんです。いかがですか。
この発言だけを見る →私は、ゆとり教育がもたらした現場への影響というのは大変深刻だと思っています。それは、今副大臣が御答弁いただいたような、期待していたようなものでは全くなかった。一番、明らかな学力低下、二番、勉強からの逃避、勉強嫌いな小中学生をたくさんつくってしまった、三番目、皮肉なことに学校の荒廃が進行した、この三点であります。
まず、一番目の学力低下については、少しデータを申し上げたいんですが、昨年の十一月に東京大学の研究グループが、十二年前に大阪大学が行った調査と全く同じ問題を使って、十二年前と同じ学校の同じ小学五年生と中学二年生を対象に、国語と算数、中学は数学になりますが、テストを実施して成績を比較したところ、興味深い結果が出ました。
小学五年生ですと、国語の平均が、十二年前ですと七十八・八です。そして、今回が七十一・五です。算数の平均が、十二年前は八十・六ですが、今回が六十九・一です。中学二年生、国語の平均が、十二年前が七十一・七、今回が六十七・六、数学の平均が、十二年前は六十九・七、今回が六十四・六なんです。
それで、つけ足しがありまして、塾に通う子の平均点の低下は小さいが、通っていない子の低下は大きいというコメントが書いてあるんですね。中学二年生の数学の場合、塾に通う子の平均点の低下はマイナス一・三点、しかし、塾に通わない子の平均点の低下はマイナス八点なんです。
それと、これだけでは足りませんので、もう一つ、これは有名な調査としてよく話題に乗るんですが、国際教育到達度評価学会、IEAでありますが、これは平成十一年、調査結果が発表されたときに、文部科学省は、その前、これは平成七年にやったわけですが、その結果と比較して、順位が若干落ちている、中学二年の数学で三位から五位、理科で三位から四位ですね、しかし、わずかなものだと。それで、文部科学省の表現は、有意差はない、こういう表現で、大したことはないじゃないかと。
確かに、依然トップグループにはいるものの、もっと前のをちょっと調べてみました。昭和三十九年から五十六年というゆとり教育の影響がなかった時点からその推移を見れば、明らかに傾向的に落ちているんですよ。むしろ、この程度の低下にとまっているのが不思議なくらいです。
これはなぜかと考えますと、この辺を分析してもらいたいんですが、私は、私学とか塾の果たした役割が大きいという点はあると思いますよ。一〇%か二〇%ぐらいの底上げはしているかもしれません。
もう一つ挙げましょう。これは、大学生の学力低下です。
京都大学の西村和雄教授、慶応大学の戸瀬信之教授、埼玉大学の岡部恒治教授らによって実施された大学一年生を対象とする算数、数学テストによって判明した事実はまさにショッキングだったですね。トップレベルの大学生十人のうち二人が小学校の分数計算ができない。このことは、一九九九年に「分数ができない大学生」、そしてたしか翌年に「小数ができない大学生」として出版されて大きな反響を呼んだというのは、多分委員の方たちも御存じかと思うんですね。
これが、今までゆとり教育を受けてきた子供たちの実態なんですよ。これらの結果を深刻に受けとめて、何が原因で学力や意欲が低下しているのかというのをもう論じなければいけないと思いますね。
それから、一通り三点を、私の私見も交えて、データを入れながら申し上げさせてもらいますが、二番目の勉強からの逃避ですが、これは、諸外国と比較してみますと、もう明らかです。
日本は、世界で最も勉強をしない子供のいる国になっちゃったんですね。今、皆さん、学校の先生は宿題を出さないんですよ。予習、復習もしないんです、子供。日本全国至るところに、繁華街、夜うろうろ小学生や中学生が歩き回っている姿、何も都心部だけじゃありませんよね。こういう現象ですよ。
総務庁が九四年、九五年に、日米韓、この国際比較調査をしたんですが、七歳から十五歳までの子供が学校以外で勉強している時間を比べたところ、一時間以上勉強するというのが、日本が五六・三%、アメリカが七八・七%、韓国が八八・〇%、二時間以上勉強するとなると、日本は二三・二%、アメリカが四一・〇%、韓国が六〇・〇%です。
総務庁に最近のはないかと言ったら、ないと言うので、この同じデータの比較はできないんですが、興味深いのが去年暮れに出たじゃないですか。昨年末に公表されたOECDの学習到達度調査ですね。日本の十五歳生徒の宿題や勉強に費やす時間が、何と三十二か国中最下位なんですよ。ゆとり教育というから、ゆとりができて、家で好きな勉強をしたり、あるいは不得意な勉強をしたりする、そういうことを期待していたんでしょう。ところが、並行して、家でも勉強しない子を大量生産してきたというのが実態ですね。
折も折、四月二十二日月曜日です、毎日新聞の朝刊に、「発信箱」という中で「ゆとり教育」、瀬川至朗という科学環境部の記者が書いております。ちょっと急いで読ませてもらいます。
日本人の議論は、誤解に基づくことが少なくない。例えば、「ゆとり教育」。米国などでは、自由な雰囲気の中、自主性を伸ばす教育が実践されているとみなされ、日本の「詰め込み教育」の見直しが求められる。が、米国の実情はどうか。
一昨年までの四年間、米国特派員として、首都ワシントン近郊のメリーランド州の町に住んだ。そのとき、息子が地元の公立中学に通った経験からは、「ゆとりなんて、とんでもない」というのが正直な感想だ。
一日七時間。日本の大学と同じで、教科ごとに教室が異なる。なのに休み時間は四分。みんな急いで移動する。トイレに行くと次の授業に遅刻する。学校が終わると、理科や社会も含めて、宿題がどっさり。各教科に「プロジェクト」というリポートを書かせる宿題があり、夜の十一時、十二時ごろまで机に向かうことも珍しくない。泣きながら、朝の五時までかかったこともあった。とにかく分量に圧倒される。
その息子が、日本では地元の公立中学に通った。
公立中学です、
感想を聞くと「日本の学校は楽だ」と言う。休み時間があり、何よりも宿題がほとんどないことが大きかった。帰宅してからは、学習塾を除けば、テレビやゲームの時間が長かった。時間的な「ゆとり」はすでにあるという印象だ。
「中学校はジェイル(刑務所)と呼ばれている」。カリフォルニア州のGMS中学のベネット校長はこう教えてくれた。米国人は、子どものころから遊んでいると思ったら大間違い。しっかり鍛えなければ、自分で考え、うまく表現する能力が身に着くはずがない。
タイミングよく、こういう記事が出ておりました。
それから、私が三点目に指摘しました学校荒廃の進行ですが、五十五年のゆとり導入と並行して、当時猛威を振るっていたのは校内暴力ですよね、これにかわって、いじめ、登校拒否、引きこもり、学級崩壊などの問題が立て続けに起きてきました。
数字を挙げますと、いじめに関しては、昭和六十年四月から十月に起きたいじめ件数は十五万五千件、これは小中高合計であります。また、体罰は二千八百十六件、検挙、補導された小中高生は千九百二十名にも上っている。また、不登校児童生徒数ですが、ゆとりが導入された昭和五十五年に比べて、平成十年度は八・九倍にふえているんですよ。加えて、校内暴力も一時下火になっていたのが増加し始め、昭和五十五年当時のレベルまで達している。
この実態は、一体どういうことなんでしょう。ゆとりを導入することによって教育現場がまさに暴風雨ですね。この原因を究明したのかと、私、冒頭に申し上げたんです。いかがですか。
岸
岸田文雄#7
○岸田副大臣 今先生御指摘になられましたゆとりという言葉が登場してからこの二十五年間のゆとり教育についての問題点、これにつきましては真剣に受けとめなければいけないというふうに思います。
ただ、一つちょっと整理しておかなければいけないと思いますのは、ゆとり教育というもの、そのスタートがどこからと考えるかによってちょっと年数は違うかと思いますが、約二十五年間、こうしてゆとり教育というものが言われてきました。そして、その間、いろいろ問題点も指摘されてきました。そして、そういった議論の上で、新しい学習指導要領というものが議論されて、そして四月から新しい学校の体制がスタートをしたわけであります。
ゆとり教育におけるさまざまな問題点、これに対してさまざまな議論や検証が行われ、その議論も踏まえた上で新しい学習指導要領というものも考えられてきたわけであります。
ですから、学力の問題、勉強からの逃避の問題あるいは学校荒廃の問題、三点御指摘をいただきました。これらの問題についても、例えば、ことし三月までの体制でいうならば、学校においては、できる子、できない子に対して、いろいろな状況に置かれている子供に対しても、ややもしますと、一律に教育が行われてきたわけでありますが、新しい体制のもとにおいて、基礎、基本は厳選するということになっているわけですが、それに上乗せが可能になるわけであります、あるいは選択も可能になるわけです。また、少人数学習あるいは習熟度別学習、個々に応じた学習も可能になるわけであります。ゆとり教育におけるいろいろな問題点を踏まえた上で、ことし四月から、そういった新しい体制、一律に行われる教育から個々に応じた教育に切りかえたというのが今日の姿であります。
御指摘になった点、真剣に受けとめた上で、どうするべきなのか、こうした議論も行われて今日の体制がスタートしたということも御理解いただきたいと思いますし、また、新しい体制においても、これは、引き続きしっかりとした評価、検証をして、問題点があればまた改めるという謙虚な気持ち、これも必要だというふうに考えております。
この発言だけを見る →ただ、一つちょっと整理しておかなければいけないと思いますのは、ゆとり教育というもの、そのスタートがどこからと考えるかによってちょっと年数は違うかと思いますが、約二十五年間、こうしてゆとり教育というものが言われてきました。そして、その間、いろいろ問題点も指摘されてきました。そして、そういった議論の上で、新しい学習指導要領というものが議論されて、そして四月から新しい学校の体制がスタートをしたわけであります。
ゆとり教育におけるさまざまな問題点、これに対してさまざまな議論や検証が行われ、その議論も踏まえた上で新しい学習指導要領というものも考えられてきたわけであります。
ですから、学力の問題、勉強からの逃避の問題あるいは学校荒廃の問題、三点御指摘をいただきました。これらの問題についても、例えば、ことし三月までの体制でいうならば、学校においては、できる子、できない子に対して、いろいろな状況に置かれている子供に対しても、ややもしますと、一律に教育が行われてきたわけでありますが、新しい体制のもとにおいて、基礎、基本は厳選するということになっているわけですが、それに上乗せが可能になるわけであります、あるいは選択も可能になるわけです。また、少人数学習あるいは習熟度別学習、個々に応じた学習も可能になるわけであります。ゆとり教育におけるいろいろな問題点を踏まえた上で、ことし四月から、そういった新しい体制、一律に行われる教育から個々に応じた教育に切りかえたというのが今日の姿であります。
御指摘になった点、真剣に受けとめた上で、どうするべきなのか、こうした議論も行われて今日の体制がスタートしたということも御理解いただきたいと思いますし、また、新しい体制においても、これは、引き続きしっかりとした評価、検証をして、問題点があればまた改めるという謙虚な気持ち、これも必要だというふうに考えております。
中
中津川博郷#8
○中津川委員 議論をこれから深めていきたいんですが、もうすぐ改めた方がいいですよ。僕は認識がまだまだ甘いと思います。少人数学級とか習熟度別なんというのは、もうこれは私学なんかとっくにやっているわけでありますから、塾なんかも当然そうでありますから。
そこで、私は、このままいくとちょっと問題が出てくるんじゃないかと。それは、今ちょっと触れました公立と私立の格差の問題です。
平成十四年度の公立中学校とある私立中学校の主要五科目の授業時間数を比較しますと、公立が千五百六十五時間に対して、私立は二千三百八十時間、約一・五倍の開きがあるんですよ。今度の土曜日を休みにしないという私立の学校は多いですね。しかし、これは無理なことではないんです、私立が無理言っていることじゃないんです。この私立中学校の授業時間数は、ゆとり以前の公立学校の授業時間数、これは約二千二百四十時間ですが、同じなんですよ。
このまま、今文部省が進めているゆとり教育というのは、日本に階級社会をもたらすんじゃないか。私立と公立、塾に通う子と通わない子、あるいは通える子、通えない子と言ってもいいかもしれません、世帯の収入とか、あるいは都会と地方とかでそういう格差が生まれる危険性というものがあると思うのですが、いかがですか。
この発言だけを見る →そこで、私は、このままいくとちょっと問題が出てくるんじゃないかと。それは、今ちょっと触れました公立と私立の格差の問題です。
平成十四年度の公立中学校とある私立中学校の主要五科目の授業時間数を比較しますと、公立が千五百六十五時間に対して、私立は二千三百八十時間、約一・五倍の開きがあるんですよ。今度の土曜日を休みにしないという私立の学校は多いですね。しかし、これは無理なことではないんです、私立が無理言っていることじゃないんです。この私立中学校の授業時間数は、ゆとり以前の公立学校の授業時間数、これは約二千二百四十時間ですが、同じなんですよ。
このまま、今文部省が進めているゆとり教育というのは、日本に階級社会をもたらすんじゃないか。私立と公立、塾に通う子と通わない子、あるいは通える子、通えない子と言ってもいいかもしれません、世帯の収入とか、あるいは都会と地方とかでそういう格差が生まれる危険性というものがあると思うのですが、いかがですか。
岸
岸田文雄#9
○岸田副大臣 今御指摘になられた私立学校あるいは塾の問題につきましては、基本的には公立学校の信頼回復ということでこたえていかなければいけないというふうに思っております。
時間数においても、確かに新しい学習指導要領、七%授業数は削減されるわけでありますが、時間の使い方ということが重要だというふうに思っております。全員に一律同じ教育を行っていた今までの体制と比べて、新しい体制においては、基礎、基本の上に上乗せ、選択あるいは習熟度別学習、個々の対応を可能にする、要するに、効率的に時間を使うというのが新しい体制の大変重要なポイントだというふうに思っています。時間数の削減ということ、これも決して軽視することはできませんが、時間をいかに効率的に使うかということが大変重要だと思います。
また、こうした個々に応じた教育を実現するためには、教員の質とそして教員の数、これが重要だというふうに思っています。教員の増員計画等においてもしっかりと今進めているところであります。五年間で二万六千九百人の増員を計画した第七次計画も今進めているわけでありますし、そうした質、量とも新しい体制を支える教員の体制、こういったものも公立学校においてしっかりと行っていく、こういったことによって公立学校の信頼を維持していくこと、このことが私立あるいは塾との関係において、あるべき姿を実現するために重要なことだというふうに思っています。
この発言だけを見る →時間数においても、確かに新しい学習指導要領、七%授業数は削減されるわけでありますが、時間の使い方ということが重要だというふうに思っております。全員に一律同じ教育を行っていた今までの体制と比べて、新しい体制においては、基礎、基本の上に上乗せ、選択あるいは習熟度別学習、個々の対応を可能にする、要するに、効率的に時間を使うというのが新しい体制の大変重要なポイントだというふうに思っています。時間数の削減ということ、これも決して軽視することはできませんが、時間をいかに効率的に使うかということが大変重要だと思います。
また、こうした個々に応じた教育を実現するためには、教員の質とそして教員の数、これが重要だというふうに思っています。教員の増員計画等においてもしっかりと今進めているところであります。五年間で二万六千九百人の増員を計画した第七次計画も今進めているわけでありますし、そうした質、量とも新しい体制を支える教員の体制、こういったものも公立学校においてしっかりと行っていく、こういったことによって公立学校の信頼を維持していくこと、このことが私立あるいは塾との関係において、あるべき姿を実現するために重要なことだというふうに思っています。
中
中津川博郷#10
○中津川委員 副大臣、私の考えと同じなんですよ、その目的とするところは。公立学校の信頼回復、後で触れたいと思うのですが、教員の質と数の向上。だけれども、今のようなやり方じゃ無理なんだということを私は申し上げているのです。
そこで、二つの外国の例を少し申し上げたいのですが、アメリカなんですが、一九六〇年から七〇年代前半にかけて、リベラルな風潮のもとで、画一的な教育を排除して、子供の選択を重視して個性を尊重するという、今日本がやろうとしているような、総合学習とちょっと似ています、積極的に教え込まない、自分たちで見つけなさい、ふわっとした教育、それが進められたのですよ。その結果どうなったか。暴力や麻薬問題で学校が荒れて、学力は著しく低下してしまったのです。
そこで、一九八三年にレーガン政権が、あの有名な「危機に立つ国家」という報告書を出して、教育方針を転換したのですよ。この報告書は、政府から国民へ向けての教育改革宣言とも言えて、全米で三千五百万部も売れたのです。大ベストセラーですよ。レーガン政権は、教育は大事なんだ、そういう思いで取り組んだ。
しかも、そのころ日本がお手本だったのですよ。教育視察団というのが、日本のゆとり教育以前の教育の実態を知ろう、日本はすごいな、敗戦直後、焼け跡からこれだけになってきたんだ、日本は教育に熱心な国なんだ、みんなで教育をやってきたからここまで来たんだという、その実態を調べに来たのですよ。そこで、理数教育というのは国づくりの根幹と位置づけて、授業時間、卒業単位も増強したのですよ。そして、この方針がブッシュ、クリントン、そしてブッシュ・ジュニアと引き継がれているのです。
結果、大学入学資格学力検査の成績は、一九九八年の数学の平均点が過去二十五年の最高を記録して、二〇〇〇年では過去三十年の最高記録を更新した。また、全体の教育レベルについても取り組んだために、学校内の規範も大変よくなったのです。今までは、学校というのが一番危険な場所だった、よく映画とかテレビでもやりました。学校が再生を果たしたのですよ。だから、アメリカの経済がこんなによくなったんじゃないですか。日本を見てください。経済がだめ、教育がだめ、これは平行線なんです。
イギリスについても全く同じなんですよ。第二次世界大戦以降の経済的衰退、これが深刻化して、七〇年代以降、トピック学習、これも文部省がとる総合学習と同じです。教育政策を、考える力の重視した詰め込みから、子供中心で楽しく勉強させる、そういう方向へ転換したことで学力が低下して、国力も低下したんですよ。
これを救ったのがサッチャーさんじゃないですか。一九八八年、首相は、イギリスの最大の課題は教育の質の向上なんだ、日本、ドイツ、アメリカの経済競争に勝つためにはよい教育を受けた若者が必要なんだ、こういう思いで、イギリスの未来をかけて教育改革に取り組んで、大改革に着手したんですね。
具体的には、ナショナルカリキュラムというのによって、七歳、十一歳、十四歳で全国共通の到達度試験、ナショナルテスト、学校別に公表されました。先生も評価されました。学校単位でも競争が働く制度になったんですね。競争原理というのは大事なんですよ。この改革が、アメリカと同じ、メージャー、ブレアに引き継がれているんですよ。ブレア首相なんか、特に教育、教育、教育、教育と言ったじゃないですか。より一層の学力向上政策を出しているんですね。それで、イギリスの親の九〇%がブレア首相の教育政策を支持しているんですよ。イギリスも教育によって今復活しているんですよ。
全部の国の例を出したら時間がありませんので、中国もそうなんですよ。中国もそうなんです。インドもそうなんです。シンガポールもそうなんです。どの国も、グローバルなこの時代を生き残るかぎは人材なんだ、教育を国の政策の根幹にするんだということ、その思いで真剣に取り組んでいるんですね。
そんな中、日本を見てください。ゆとりと称して、きれいな言葉並べて、個性、生きる力、何ですか。教育内容を削減しているのは日本だけじゃないですか。アメリカ、イギリスのやっているのをバックしているんですよ、後追いしているんです。
私は、そう長い時間じゃないとき、岸田副大臣も立派な方でありますし、遠山大臣だって見識があると思います、きょうは局長もお見えですが、皆さん見識がありますよ、日本人はばかじゃありません、これを変えるときが来ると思います。早ければ早いほどいいですよ。これ以上国力を落としてどうするんですか、いかがですか。
この発言だけを見る →そこで、二つの外国の例を少し申し上げたいのですが、アメリカなんですが、一九六〇年から七〇年代前半にかけて、リベラルな風潮のもとで、画一的な教育を排除して、子供の選択を重視して個性を尊重するという、今日本がやろうとしているような、総合学習とちょっと似ています、積極的に教え込まない、自分たちで見つけなさい、ふわっとした教育、それが進められたのですよ。その結果どうなったか。暴力や麻薬問題で学校が荒れて、学力は著しく低下してしまったのです。
そこで、一九八三年にレーガン政権が、あの有名な「危機に立つ国家」という報告書を出して、教育方針を転換したのですよ。この報告書は、政府から国民へ向けての教育改革宣言とも言えて、全米で三千五百万部も売れたのです。大ベストセラーですよ。レーガン政権は、教育は大事なんだ、そういう思いで取り組んだ。
しかも、そのころ日本がお手本だったのですよ。教育視察団というのが、日本のゆとり教育以前の教育の実態を知ろう、日本はすごいな、敗戦直後、焼け跡からこれだけになってきたんだ、日本は教育に熱心な国なんだ、みんなで教育をやってきたからここまで来たんだという、その実態を調べに来たのですよ。そこで、理数教育というのは国づくりの根幹と位置づけて、授業時間、卒業単位も増強したのですよ。そして、この方針がブッシュ、クリントン、そしてブッシュ・ジュニアと引き継がれているのです。
結果、大学入学資格学力検査の成績は、一九九八年の数学の平均点が過去二十五年の最高を記録して、二〇〇〇年では過去三十年の最高記録を更新した。また、全体の教育レベルについても取り組んだために、学校内の規範も大変よくなったのです。今までは、学校というのが一番危険な場所だった、よく映画とかテレビでもやりました。学校が再生を果たしたのですよ。だから、アメリカの経済がこんなによくなったんじゃないですか。日本を見てください。経済がだめ、教育がだめ、これは平行線なんです。
イギリスについても全く同じなんですよ。第二次世界大戦以降の経済的衰退、これが深刻化して、七〇年代以降、トピック学習、これも文部省がとる総合学習と同じです。教育政策を、考える力の重視した詰め込みから、子供中心で楽しく勉強させる、そういう方向へ転換したことで学力が低下して、国力も低下したんですよ。
これを救ったのがサッチャーさんじゃないですか。一九八八年、首相は、イギリスの最大の課題は教育の質の向上なんだ、日本、ドイツ、アメリカの経済競争に勝つためにはよい教育を受けた若者が必要なんだ、こういう思いで、イギリスの未来をかけて教育改革に取り組んで、大改革に着手したんですね。
具体的には、ナショナルカリキュラムというのによって、七歳、十一歳、十四歳で全国共通の到達度試験、ナショナルテスト、学校別に公表されました。先生も評価されました。学校単位でも競争が働く制度になったんですね。競争原理というのは大事なんですよ。この改革が、アメリカと同じ、メージャー、ブレアに引き継がれているんですよ。ブレア首相なんか、特に教育、教育、教育、教育と言ったじゃないですか。より一層の学力向上政策を出しているんですね。それで、イギリスの親の九〇%がブレア首相の教育政策を支持しているんですよ。イギリスも教育によって今復活しているんですよ。
全部の国の例を出したら時間がありませんので、中国もそうなんですよ。中国もそうなんです。インドもそうなんです。シンガポールもそうなんです。どの国も、グローバルなこの時代を生き残るかぎは人材なんだ、教育を国の政策の根幹にするんだということ、その思いで真剣に取り組んでいるんですね。
そんな中、日本を見てください。ゆとりと称して、きれいな言葉並べて、個性、生きる力、何ですか。教育内容を削減しているのは日本だけじゃないですか。アメリカ、イギリスのやっているのをバックしているんですよ、後追いしているんです。
私は、そう長い時間じゃないとき、岸田副大臣も立派な方でありますし、遠山大臣だって見識があると思います、きょうは局長もお見えですが、皆さん見識がありますよ、日本人はばかじゃありません、これを変えるときが来ると思います。早ければ早いほどいいですよ。これ以上国力を落としてどうするんですか、いかがですか。
岸
岸田文雄#11
○岸田副大臣 二十一世紀、新しい世紀を迎えて、やはり各国ともたくましい有為な人材を持たなければいけない、そういった危機感のもとに教育改革を進めているという現状、このことについては真剣に受けとめ、日本もやはり同じだという意識を持たなければいけないというふうに思います。
そして、今先生の方からいろいろ例をいただきましたアメリカとかイギリスの例、こうした各国の取り組みは、我々は大いに参考にしなければいけないというふうに思っております。
しかし、その上で、日本は、決してアメリカやイギリスのかつての姿を目指しているというのではなくして、例えば、アメリカも参考にしたという日本の教育制度のいい部分をしっかりと生かした上で、イギリス等で行われているさまざまな教育改革の試み、こういったものを参考にして、よりよいものをつくり上げようということであります。決して日本はアメリカやイギリスのかつての姿を目指しているというようなことではなくして、日本のよさを生かしつつ、日本においてどのような教育制度がいいのか、これを真剣に考えなければいけない、こうした姿勢や心構えが大切だというふうに思っております。
ですから、学力についても、今削減をしていいのかという御指摘をいただきましたが、削減というのは、例えば授業時間数の問題ですとか、あるいは新しい学習指導要領で学習項目が削減されたということが随分指摘されるわけでありますが、これにつきましても、基礎、基本の部分だけとらえれば、確かに、従来全員に一律に行われた教育の項目と比べれば、削減されたということはあるんでありましょう。
しかし、この上に、上乗せや選択やさまざまな可能性があるわけであります。全体として本当に削減されているのかということも見きわめなければいけませんし、さらには、こうした個々に応じた学習が行われるということによって、どちらの方が項目においても定着がしっかりとしたものになるのかどうか、この辺も含めた上で新しい学習体制というものも評価しなければいけないんではないか、そのように感じております。
ただ、そうしたさまざまな危機感や御指摘については謙虚に受けとめながら、検証を続けていかなければいけない、このことは大切だというふうに認識しております。
この発言だけを見る →そして、今先生の方からいろいろ例をいただきましたアメリカとかイギリスの例、こうした各国の取り組みは、我々は大いに参考にしなければいけないというふうに思っております。
しかし、その上で、日本は、決してアメリカやイギリスのかつての姿を目指しているというのではなくして、例えば、アメリカも参考にしたという日本の教育制度のいい部分をしっかりと生かした上で、イギリス等で行われているさまざまな教育改革の試み、こういったものを参考にして、よりよいものをつくり上げようということであります。決して日本はアメリカやイギリスのかつての姿を目指しているというようなことではなくして、日本のよさを生かしつつ、日本においてどのような教育制度がいいのか、これを真剣に考えなければいけない、こうした姿勢や心構えが大切だというふうに思っております。
ですから、学力についても、今削減をしていいのかという御指摘をいただきましたが、削減というのは、例えば授業時間数の問題ですとか、あるいは新しい学習指導要領で学習項目が削減されたということが随分指摘されるわけでありますが、これにつきましても、基礎、基本の部分だけとらえれば、確かに、従来全員に一律に行われた教育の項目と比べれば、削減されたということはあるんでありましょう。
しかし、この上に、上乗せや選択やさまざまな可能性があるわけであります。全体として本当に削減されているのかということも見きわめなければいけませんし、さらには、こうした個々に応じた学習が行われるということによって、どちらの方が項目においても定着がしっかりとしたものになるのかどうか、この辺も含めた上で新しい学習体制というものも評価しなければいけないんではないか、そのように感じております。
ただ、そうしたさまざまな危機感や御指摘については謙虚に受けとめながら、検証を続けていかなければいけない、このことは大切だというふうに認識しております。
中
中津川博郷#12
○中津川委員 ぜひしっかりとした検証をしていただきたいと思いますね。
それで、月曜日、二十二日ですが、私の議員会館に、小学校、中学校、高校生を持つお母さんたち十二人がお見えになって、きょうのこの委員会もあるので、現場の声を聞こうということで来ていただきました。まあ、非難ごうごうですよ、大体想像つくと思いますが。
どんなことがあったかといいますと、どんな話が出たかといいますと、ちょうど十三日、土曜日、これから学校五日制が始まったわけで、新聞でもたくさん載りました。大きいのが家でごろごろしている、困ったと。
それから、小学校三年生のお子さんを持つ方は、ゆとり教育というけれども、何か一日六時間の授業の日が週三日になったそうですよ、学校で。だから、ゆとりどころじゃない、子供、へとへとだと言っているんです。私、びっくりしたんですけれども、そんな現場もあるんですかね。
それから、中学生を持つお母さんは、学校の行事とか運動会とか文化祭とかクラブ練習とか、そういうのも何かやらなくなるようなことを聞いたとか、また、ある小学生のお母さんたちは、学校の先生に、週五日になったんだから、学力はこれ以上つけるのは難しいんだ、学力低下はもうこれはしようがないんだと言われたと言うんですよ。先生がそんなんじゃしようがないとため息ついていました。みんなうなずいていましたよ。
つまり、学校を、私もマイナスのところだけ引っ張ったわけじゃありませんから、だれ一人として信頼していない、新制度を信頼していない、不信感でいっぱいだということを申し上げたいと思うんです。
そして、同じ日、読売新聞、これは四月二十二日ですが、親子モニターという取材が大きく新聞に取り上げられました。百八十八組に親子モニターをお願いしたアンケートの結果ということですが、学校側から保護者への説明が今のところないという答えが二〇%、説明はあったが十分納得できないという回答が四五%もあった。モニターをする人、モニターを引き受けるくらいですから意識は高いかと思いますし、やはり教育を考えている、特に真剣に考えている人たちだと思うんですが、それでこのデータですよね。五五%の家庭が、学校や町内会などから休日の活動についての情報提供がない。土曜日の過ごし方に関する情報が圧倒的に不足している。あるいは、体験活動やボランティアをしたいと思っても、連絡先の心当たりがない、その家庭も全体の三分の一に上ったというんですね。
ゆとりということで、現実にスタートしたのが十三日からだと思うんですけれども、これが現場の実態ですよね。
昨年、全国学習塾協会が九月から十一月に、学校五日になって何をしたいかと聞いたら、子供はもう、遊びたい、ゲームをしたい、ゆっくり寝ていたいというのがほとんどなんですよ。それは正直だと思います、そのとおりだと思います。親は、勉強させたい、趣味を何かやらせたい、クラブ活動をさせたい、こんな気持ちなんですね。ずれが物すごくあるわけです。学校五日制でゆとりを感じるのはだれか、この質問に、子供の六割以上は自分たちと言うんです、親は学校の先生と言うんです。
こういう現場の今の戸惑い、いかが思っていますか。
この発言だけを見る →それで、月曜日、二十二日ですが、私の議員会館に、小学校、中学校、高校生を持つお母さんたち十二人がお見えになって、きょうのこの委員会もあるので、現場の声を聞こうということで来ていただきました。まあ、非難ごうごうですよ、大体想像つくと思いますが。
どんなことがあったかといいますと、どんな話が出たかといいますと、ちょうど十三日、土曜日、これから学校五日制が始まったわけで、新聞でもたくさん載りました。大きいのが家でごろごろしている、困ったと。
それから、小学校三年生のお子さんを持つ方は、ゆとり教育というけれども、何か一日六時間の授業の日が週三日になったそうですよ、学校で。だから、ゆとりどころじゃない、子供、へとへとだと言っているんです。私、びっくりしたんですけれども、そんな現場もあるんですかね。
それから、中学生を持つお母さんは、学校の行事とか運動会とか文化祭とかクラブ練習とか、そういうのも何かやらなくなるようなことを聞いたとか、また、ある小学生のお母さんたちは、学校の先生に、週五日になったんだから、学力はこれ以上つけるのは難しいんだ、学力低下はもうこれはしようがないんだと言われたと言うんですよ。先生がそんなんじゃしようがないとため息ついていました。みんなうなずいていましたよ。
つまり、学校を、私もマイナスのところだけ引っ張ったわけじゃありませんから、だれ一人として信頼していない、新制度を信頼していない、不信感でいっぱいだということを申し上げたいと思うんです。
そして、同じ日、読売新聞、これは四月二十二日ですが、親子モニターという取材が大きく新聞に取り上げられました。百八十八組に親子モニターをお願いしたアンケートの結果ということですが、学校側から保護者への説明が今のところないという答えが二〇%、説明はあったが十分納得できないという回答が四五%もあった。モニターをする人、モニターを引き受けるくらいですから意識は高いかと思いますし、やはり教育を考えている、特に真剣に考えている人たちだと思うんですが、それでこのデータですよね。五五%の家庭が、学校や町内会などから休日の活動についての情報提供がない。土曜日の過ごし方に関する情報が圧倒的に不足している。あるいは、体験活動やボランティアをしたいと思っても、連絡先の心当たりがない、その家庭も全体の三分の一に上ったというんですね。
ゆとりということで、現実にスタートしたのが十三日からだと思うんですけれども、これが現場の実態ですよね。
昨年、全国学習塾協会が九月から十一月に、学校五日になって何をしたいかと聞いたら、子供はもう、遊びたい、ゲームをしたい、ゆっくり寝ていたいというのがほとんどなんですよ。それは正直だと思います、そのとおりだと思います。親は、勉強させたい、趣味を何かやらせたい、クラブ活動をさせたい、こんな気持ちなんですね。ずれが物すごくあるわけです。学校五日制でゆとりを感じるのはだれか、この質問に、子供の六割以上は自分たちと言うんです、親は学校の先生と言うんです。
こういう現場の今の戸惑い、いかが思っていますか。
岸
岸田文雄#13
○岸田副大臣 新しい体制がスタートして、さまざまな不安が指摘されているということ、あるいは、先ほど新しい体制のねらいについて申し上げましたが、そうしたねらいが誤解されているということ、さらには説明がないというような不満が大変多いということ、このことは大変重大なことであり、我々真剣に受けとめなければいけないというふうに思います。
新しい体制、一つのねらいを持ち、そしてあるべき姿を目指してスタートしたわけでありますが、こうした体制に対する信頼性がないということは大変重要なことであり、幾らいい制度であっても、信頼がなければそれを活用されることはないというふうに思います。ぜひ、この信頼をしっかりと得るためにも、しっかりとした説明責任を、文部科学省のみならず関係者、果たしていかなければいけない、このことを強く感じます。
そのために、例えば文部科学省におきましても、この三月までに全国で教育改革シンポジウムを開催してきたわけでありますが、これを四月以降は、さらに細かく、各県レベルでこうした説明会等を開くなどしまして、こうした説明責任を果たすべく努力をしていく所存であります。
そして、現状を見るにつきましても、それで十分だろうかということも考えながら、さらに説明責任を果たすために何をするべきなのか、真剣に考えていきたいと思っております。
この発言だけを見る →新しい体制、一つのねらいを持ち、そしてあるべき姿を目指してスタートしたわけでありますが、こうした体制に対する信頼性がないということは大変重要なことであり、幾らいい制度であっても、信頼がなければそれを活用されることはないというふうに思います。ぜひ、この信頼をしっかりと得るためにも、しっかりとした説明責任を、文部科学省のみならず関係者、果たしていかなければいけない、このことを強く感じます。
そのために、例えば文部科学省におきましても、この三月までに全国で教育改革シンポジウムを開催してきたわけでありますが、これを四月以降は、さらに細かく、各県レベルでこうした説明会等を開くなどしまして、こうした説明責任を果たすべく努力をしていく所存であります。
そして、現状を見るにつきましても、それで十分だろうかということも考えながら、さらに説明責任を果たすために何をするべきなのか、真剣に考えていきたいと思っております。
中
中津川博郷#14
○中津川委員 一月十七日、文部科学省が発表された確かな学力の向上のための二〇〇二アピール「学びのすすめ」ですが、これは、やはりこれはまずいな、学力低下、そしてゆとり教育というもの、ちょっと方針転換をしないといけないんじゃないかということで、この間際になって出したんじゃないですか。
この発言だけを見る →矢
矢野重典#15
○矢野政府参考人 去る一月に、確かな学力の向上のための二〇〇二アピール「学びのすすめ」と題する大臣のアピールを出したわけでございますけれども、これは、一つには、新しい学習指導要領についての社会の各方面から寄せられた、児童生徒の学力が低下するのではないか、そういう懸念、不安があるわけでございますので、そうしたものにもこたえるということもございました。
さらには、OECDの調査の結果、我が国の児童生徒の学力は国際的には上位にあるわけでございますけれども、一つの大きな課題として、宿題や自分の勉強をする時間が参加国中最低といったような、そういう大変大きな課題も明らかになったわけでございます。
そういう状況の中で、いま一度、新しい学習指導要領のねらいを明確に示して、確かな学力の向上に向けて各学校における積極的な取り組みを促そう、そういうものでございまして、これはあくまでも、新しい学習指導要領がねらいとする、そういう学力の向上のために、いま一度積極的な取り組みを各学校に促すわけでございますので、そういう意味では、今回言われているような従来の方針を転換するものではないわけでございます。
この発言だけを見る →さらには、OECDの調査の結果、我が国の児童生徒の学力は国際的には上位にあるわけでございますけれども、一つの大きな課題として、宿題や自分の勉強をする時間が参加国中最低といったような、そういう大変大きな課題も明らかになったわけでございます。
そういう状況の中で、いま一度、新しい学習指導要領のねらいを明確に示して、確かな学力の向上に向けて各学校における積極的な取り組みを促そう、そういうものでございまして、これはあくまでも、新しい学習指導要領がねらいとする、そういう学力の向上のために、いま一度積極的な取り組みを各学校に促すわけでございますので、そういう意味では、今回言われているような従来の方針を転換するものではないわけでございます。
中
中津川博郷#16
○中津川委員 もうはっきりと、方針転換をしたと言うのが信頼回復しますよ。
そんなことを申し上げて、ちょうど大臣お見えになりましたので、核心の部分はもういろいろ今議論をしてしまったので、残念なんですが、せっかくお越しいただきましたので、大臣にひとつお答え願いたいと思うんです。
教員免許制度、これについてお伺いします。
今回の法改正は、中学や高校の教師が小学校で教えるということも可能になる。また、その逆があってもいいのではないかというようなことも委員会でも議論されておりますね。
私は、大臣、教育の原点は教師だと思っているのです。どんなに制度をいじっても、どんなに制度改革をしても、基本的には教師、教師改革が必要なんじゃないか。自分でも、三百人近い教職員を抱えて経営してまいりました。子供が伸びる、学力がつく、いい子になるというのは教師、これによって決まってしまうんですね。
これは、イギリスでも今ブレアさん一生懸命で、成果を上げた教師は公立校でもどんどん昇給するんですよ。それから、中国では、二〇〇〇年に特級教師育成計画というのが策定されたそうです。特級教師というのは、平たく言えばスーパー教師で、生徒指導のまさにプロですよ。この資格を取れば、退職後も特別手当が終身支給されるそうなんですよ。何か、これになるには二千人に三人というエリート教師ということなんですがね。
私は、日本の場合、教師の採用とか研修制度が今まで十分ではなかったんじゃないだろうか、そんな思いがしているわけであります。
この話を突き詰めて議論するには、田中前総理の、公務員給与が上がって教師の待遇もよくなった、その辺のところの議論もしなければいけないんですが、きょうは時間がないので、そこのところは、私なりの考えがあるんですが、省かせていただきますが、教育、人を教えるということ、知育、徳育、体育があります。私は選挙区で、美育というものを、地方議員のときに提唱してやりました。それからもう一つ、今、これから大事なのは職業学ですよね。
それはやはり教師で決まるんですよ。だから、教育の大切さというものを現場の教師に徹底させる、そういう研修制度充実、あるいは学校教育を、そういう教育を外部から監視するシステムなんというのを、それで、競争原理も取り入れるということが必要じゃないかと私は思っているんです。
ですから、私は、公立校でも教師の評価制度を取り入れていいんじゃないかと。一生懸命やった先生は給料上げていいじゃないですか。それで、クラスの授業ができない、学級崩壊、経営ができない、そういう人は、やはりもっと向いている仕事がありますよ、やめていただくと。指導力のある先生を欧米並みに育てていく。公立の中でそれをやりたいという英断、ありますか、大臣。
この発言だけを見る →そんなことを申し上げて、ちょうど大臣お見えになりましたので、核心の部分はもういろいろ今議論をしてしまったので、残念なんですが、せっかくお越しいただきましたので、大臣にひとつお答え願いたいと思うんです。
教員免許制度、これについてお伺いします。
今回の法改正は、中学や高校の教師が小学校で教えるということも可能になる。また、その逆があってもいいのではないかというようなことも委員会でも議論されておりますね。
私は、大臣、教育の原点は教師だと思っているのです。どんなに制度をいじっても、どんなに制度改革をしても、基本的には教師、教師改革が必要なんじゃないか。自分でも、三百人近い教職員を抱えて経営してまいりました。子供が伸びる、学力がつく、いい子になるというのは教師、これによって決まってしまうんですね。
これは、イギリスでも今ブレアさん一生懸命で、成果を上げた教師は公立校でもどんどん昇給するんですよ。それから、中国では、二〇〇〇年に特級教師育成計画というのが策定されたそうです。特級教師というのは、平たく言えばスーパー教師で、生徒指導のまさにプロですよ。この資格を取れば、退職後も特別手当が終身支給されるそうなんですよ。何か、これになるには二千人に三人というエリート教師ということなんですがね。
私は、日本の場合、教師の採用とか研修制度が今まで十分ではなかったんじゃないだろうか、そんな思いがしているわけであります。
この話を突き詰めて議論するには、田中前総理の、公務員給与が上がって教師の待遇もよくなった、その辺のところの議論もしなければいけないんですが、きょうは時間がないので、そこのところは、私なりの考えがあるんですが、省かせていただきますが、教育、人を教えるということ、知育、徳育、体育があります。私は選挙区で、美育というものを、地方議員のときに提唱してやりました。それからもう一つ、今、これから大事なのは職業学ですよね。
それはやはり教師で決まるんですよ。だから、教育の大切さというものを現場の教師に徹底させる、そういう研修制度充実、あるいは学校教育を、そういう教育を外部から監視するシステムなんというのを、それで、競争原理も取り入れるということが必要じゃないかと私は思っているんです。
ですから、私は、公立校でも教師の評価制度を取り入れていいんじゃないかと。一生懸命やった先生は給料上げていいじゃないですか。それで、クラスの授業ができない、学級崩壊、経営ができない、そういう人は、やはりもっと向いている仕事がありますよ、やめていただくと。指導力のある先生を欧米並みに育てていく。公立の中でそれをやりたいという英断、ありますか、大臣。
遠
遠山敦子#17
○遠山国務大臣 委員御指摘のように、教育はもう教員の力量にかかっていると思います。ですから、教員がしっかりとその力を発揮していただいていい教育を展開していただくというのが本当に大事だと思っております。教育を担う教員の意欲あるいは努力というものが適正に評価されるべしというお話は、私もそうだと思います。
このため、これまでも、我が省といたしましては、各都道府県教育委員会などに対しまして、勤務評定を適切に実施するとともに、その評定結果を人事管理上活用するよう指導してまいっているところでございます。
また、文部科学省といたしましては、教員の評価とそれに応じた処遇がより一層適切になされますよう、現在、すべての都道府県教育委員会において実施していただきたいということで言っておりますのが二つございます。
一つは、指導力不足教員などについて、継続的な指導、研修を行う、そして状況に応じて分限処分を迅速かつ適正に行うために必要な人事管理システムの構築、これに関する調査研究の事業を行って、実践に結びつけていただく。
それから二番目には、優秀な教員を表彰するとともに、それに連動して、給与上の措置を実施するための調査研究事業を開始いたしております。これはもう全県で今準備に入っております。
それと、大変大事なことでございますけれども、さきの通常国会、昨年、法律改正を通していただいたわけでございますが、それに基づきまして、本年一月から、市町村立小中学校等の指導が不適切な教員を現場から離しまして、都道府県の教員以外の職へ異動させることが可能となったところでございます。
これらの制度を、形だけではなくて、実際にそういうことを活用しながら、それぞれの学校の教員が本当に指導力を持つように、そういう人事政策をやってもらいたいものだと思っているところでございます。
今後とも、教員に関するしっかりしたそういう評価と、それに応じた処遇というものを一層適切に実施するよう、指導、支援していきたいと考えております。
この発言だけを見る →このため、これまでも、我が省といたしましては、各都道府県教育委員会などに対しまして、勤務評定を適切に実施するとともに、その評定結果を人事管理上活用するよう指導してまいっているところでございます。
また、文部科学省といたしましては、教員の評価とそれに応じた処遇がより一層適切になされますよう、現在、すべての都道府県教育委員会において実施していただきたいということで言っておりますのが二つございます。
一つは、指導力不足教員などについて、継続的な指導、研修を行う、そして状況に応じて分限処分を迅速かつ適正に行うために必要な人事管理システムの構築、これに関する調査研究の事業を行って、実践に結びつけていただく。
それから二番目には、優秀な教員を表彰するとともに、それに連動して、給与上の措置を実施するための調査研究事業を開始いたしております。これはもう全県で今準備に入っております。
それと、大変大事なことでございますけれども、さきの通常国会、昨年、法律改正を通していただいたわけでございますが、それに基づきまして、本年一月から、市町村立小中学校等の指導が不適切な教員を現場から離しまして、都道府県の教員以外の職へ異動させることが可能となったところでございます。
これらの制度を、形だけではなくて、実際にそういうことを活用しながら、それぞれの学校の教員が本当に指導力を持つように、そういう人事政策をやってもらいたいものだと思っているところでございます。
今後とも、教員に関するしっかりしたそういう評価と、それに応じた処遇というものを一層適切に実施するよう、指導、支援していきたいと考えております。
中
中津川博郷#18
○中津川委員 関連して、校長先生の問題について少し議論したいんですが、校長というのはこれから大変大事なポジションになってくると思うんですね。学校経営の責任者になる。しかし、今の校長先生というのは、人事権も経営権もないんですよね。何かマスコミで、不祥事が起きたりすると、校長先生にマイク向けられて、何かすべて校長先生に責任があるような様子が映し出されますが、あれは気の毒でしようがないですね。知り合いの校長に聞いたら、自分が使えるお金というのは年間十万ちょっとしかない、窓が壊れたとか備品の整理とかそんなものしかないんだと。
今、学校の自由化、そして子供と親が選ぶ学校、地域の中で生きていく学校というのがテーマでありますね。校長先生の重要性というのは、僕はこれから増してくると思うんです。校長先生が学校経営、人事とか、責任を持つ。そういう権限も大幅に、当然責任もですよ、権限委譲をすることが、僕は流れではないかと。そして、子供と親が学校を選ぶわけでありますから、この学校は大変進学に熱心だ、この学校は部活に熱心だ、この学校はボランティア教育に熱心だ、いろいろな地域の学校があっていいじゃないですか。それで生徒が来なくなれば考えますよ。いかがですか。
この発言だけを見る →今、学校の自由化、そして子供と親が選ぶ学校、地域の中で生きていく学校というのがテーマでありますね。校長先生の重要性というのは、僕はこれから増してくると思うんです。校長先生が学校経営、人事とか、責任を持つ。そういう権限も大幅に、当然責任もですよ、権限委譲をすることが、僕は流れではないかと。そして、子供と親が学校を選ぶわけでありますから、この学校は大変進学に熱心だ、この学校は部活に熱心だ、この学校はボランティア教育に熱心だ、いろいろな地域の学校があっていいじゃないですか。それで生徒が来なくなれば考えますよ。いかがですか。
矢
矢野重典#19
○矢野政府参考人 学校におきまして校長がリーダーシップを発揮できるようにするためには、教育課程、教育の内容でございますが、それに予算、人事など、学校運営に関し校長の裁量権を拡大することが御指摘のように必要であるわけでございます。
このため、我が省といたしましては、教育課程の基準の大綱化、弾力化を行いまして、校長が創意工夫を凝らした教育課程を編成できるようにするということが一つ。
それから、昨年法改正を行いまして、市町村立小中学校の教職員の人事について校長の意見を一層反映できるように、市町村教育委員会から人事権者である都道府県教育委員会への内申に校長の意見を付することといたしたところでございます。
さらに、教育委員会に対しましては、私ども、学校管理規則で学校、校長と教育委員会の関係が規定されているわけでございますけれども、その学校管理規則につきまして、学校運営にかかわる教育委員会の許可とか承認、あるいは報告、届け出等を減らすように、学校管理規則を見直すように指導いたしているところでございます。
さらには、予算につきまして、校長が自由にその使途を決められる、いわゆる校長裁量経費の措置、さらには予算の執行権限の拡大などにつきまして、学校予算に関する校長の権限、校長の裁量範囲を広げるといったようなことにつきまして、各都道府県に対して積極的な取り組みを促しているところでございます。
そういう意味で、今後とも、校長のリーダーシップのもと、創意工夫を生かした特色ある学校づくりが行われるように、御指摘のとおり、校長の裁量権の拡大に私どもとしても努めてまいりたいと考えているところでございます。
この発言だけを見る →このため、我が省といたしましては、教育課程の基準の大綱化、弾力化を行いまして、校長が創意工夫を凝らした教育課程を編成できるようにするということが一つ。
それから、昨年法改正を行いまして、市町村立小中学校の教職員の人事について校長の意見を一層反映できるように、市町村教育委員会から人事権者である都道府県教育委員会への内申に校長の意見を付することといたしたところでございます。
さらに、教育委員会に対しましては、私ども、学校管理規則で学校、校長と教育委員会の関係が規定されているわけでございますけれども、その学校管理規則につきまして、学校運営にかかわる教育委員会の許可とか承認、あるいは報告、届け出等を減らすように、学校管理規則を見直すように指導いたしているところでございます。
さらには、予算につきまして、校長が自由にその使途を決められる、いわゆる校長裁量経費の措置、さらには予算の執行権限の拡大などにつきまして、学校予算に関する校長の権限、校長の裁量範囲を広げるといったようなことにつきまして、各都道府県に対して積極的な取り組みを促しているところでございます。
そういう意味で、今後とも、校長のリーダーシップのもと、創意工夫を生かした特色ある学校づくりが行われるように、御指摘のとおり、校長の裁量権の拡大に私どもとしても努めてまいりたいと考えているところでございます。
中
中津川博郷#20
○中津川委員 今、日本は、どん底からなかなか抜け出せない状況におりまして、いろいろなうみが出ていますね。BSE問題、食肉ラベルの張りかえの問題、外務省の問題。これは、原因は、突き詰めると同じなんですよ。消費者の立場に立っていなかったために問題が生じているんですね。
教育も同じじゃないでしょうか。サービスを提供するのは、これは教師、まあ行政ですね。受ける側は生徒、親ですよ。主人公は、教育を受ける生徒であって、児童である。私は、今この認識をしっかりとすることだと思うんです。教育を受ける立場からの教育を実現しなければいけないんです。
今までそれをやっていたのは私学とか塾ですよ。ですから、公立高校の場合はもう生徒は自然に来ると、来るわけですね。そうじゃないんです。生徒が来なければ教育はできない。当然、公立を私立が凌駕するのは、これは当たり前だったわけです。こういう民間教育のいいところを公教育の中で取り入れる、いかがですか。
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今までそれをやっていたのは私学とか塾ですよ。ですから、公立高校の場合はもう生徒は自然に来ると、来るわけですね。そうじゃないんです。生徒が来なければ教育はできない。当然、公立を私立が凌駕するのは、これは当たり前だったわけです。こういう民間教育のいいところを公教育の中で取り入れる、いかがですか。
遠
遠山敦子#21
○遠山国務大臣 確かに、これからの公教育におきましては、教育サービスの受け手といいますか、児童生徒あるいは保護者などの立場を十分踏まえた教育を行っていくということが極めて重要と考えております。
こうした観点から幾つかの施策を実施いたしておりますけれども、まず、教育を受ける側のニーズをしっかりと受けとめることができますように、平成十二年四月から学校評議員制度を導入いたしました。また、地域や保護者に対して説明責任を果たすために、小中高等学校等の設置基準におきまして、学校が自己評価に努めることあるいは積極的な情報提供を行うことについて規定をいたしまして、本年四月から実施したところでございます。
このような取り組みは、地域と一体となった信頼される学校づくりの観点から、学校経営に大きな転換をもたらすものと考えておりますが、しかし、本当に大事なのは、委員御指摘のように、校長あるいは教員の一人一人がそういった考え方に立って、しっかりとそのニーズを踏まえながらあるべき教育を展開してもらう、そういう姿勢が大変大事だと思っております。
今後とも、そうしたしっかりした公教育の確立に向けて、私どもとしても努力をしてまいりたいと考えます。
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このような取り組みは、地域と一体となった信頼される学校づくりの観点から、学校経営に大きな転換をもたらすものと考えておりますが、しかし、本当に大事なのは、委員御指摘のように、校長あるいは教員の一人一人がそういった考え方に立って、しっかりとそのニーズを踏まえながらあるべき教育を展開してもらう、そういう姿勢が大変大事だと思っております。
今後とも、そうしたしっかりした公教育の確立に向けて、私どもとしても努力をしてまいりたいと考えます。
中
中津川博郷#22
○中津川委員 最後になりましたが、ちょっと大事なことをお聞きしたいと思うんですが、今度、内申書、調査書と呼ばれておりますが、相対評価ではなく絶対評価になるんです。そうですね。つまり、学校の通信簿は全部、場合によったらオール五もあるわけです、オール一もある。何ですか、これという感じですよね。
子供に勉強を教えて、一回で理解できる子もいますよ、だけれども十回やってようやく理解できる子もいる。それはそれでいいじゃないですか。勉強が得意な子、あるいは勉強は嫌いだけれども、できないけれども、駆けっこが速いとか、人よりも歌がうまいとか、あるいは人前で話すことが得意だとか、人前で話すのは苦手だけれどもパソコンをいじったり何か物をつくったりするのが得意だとか、それぞれみんな子供はいいところを持っているんですよ。勉強もやはり得意な子というのはいて、そしてまたエリート教育も必要ですよ。これをどうやって評価するんですか。これは文部省は揺れていると思うんですよ。
今度の学びのすすめの中に、私読ませてもらったら、学力テストをやるとありますよね。これはどうやって点数をつけるんですか、矛盾じゃないですか。きょうは偏差値論争はしませんけれども、大臣は偏差値をどんなふうに思っているのかなと思っているんです。昔、偏差値が悪だと言って追放した大臣がいましたけれども、全く認識も甚だしい。偏差値は、全体の中でいる自分の位置なんですよ。百メートル駆けっこして何秒で走るかというのはありますよね。全体の位置を知るんですよ。ただそれが、入試のとき、運用の仕方で、それだけで決めるのがいけないわけですよね。運用の問題なんですよね。それが極端になって今度は絶対評価と。
先ほど大臣がお見えになる前に、文部省のこれからの方針でいくと、これから日本の国力がどんどん下がっていく、もう欧米にどんどんやられちゃうな、そんな議論をしていたんですが、私は、何か文部省に一貫性がないような気がするんです。全国テストは相対評価になるんですか、絶対評価を導入する意味がどうなっているんだろう、両者の関係がどうなっているんだろうと。全国学力テスト、これは四十年ぶりにやるんですよね。混乱しているんですか。副大臣でもいいですから、ちょっと一言で、済みません。
この発言だけを見る →子供に勉強を教えて、一回で理解できる子もいますよ、だけれども十回やってようやく理解できる子もいる。それはそれでいいじゃないですか。勉強が得意な子、あるいは勉強は嫌いだけれども、できないけれども、駆けっこが速いとか、人よりも歌がうまいとか、あるいは人前で話すことが得意だとか、人前で話すのは苦手だけれどもパソコンをいじったり何か物をつくったりするのが得意だとか、それぞれみんな子供はいいところを持っているんですよ。勉強もやはり得意な子というのはいて、そしてまたエリート教育も必要ですよ。これをどうやって評価するんですか。これは文部省は揺れていると思うんですよ。
今度の学びのすすめの中に、私読ませてもらったら、学力テストをやるとありますよね。これはどうやって点数をつけるんですか、矛盾じゃないですか。きょうは偏差値論争はしませんけれども、大臣は偏差値をどんなふうに思っているのかなと思っているんです。昔、偏差値が悪だと言って追放した大臣がいましたけれども、全く認識も甚だしい。偏差値は、全体の中でいる自分の位置なんですよ。百メートル駆けっこして何秒で走るかというのはありますよね。全体の位置を知るんですよ。ただそれが、入試のとき、運用の仕方で、それだけで決めるのがいけないわけですよね。運用の問題なんですよね。それが極端になって今度は絶対評価と。
先ほど大臣がお見えになる前に、文部省のこれからの方針でいくと、これから日本の国力がどんどん下がっていく、もう欧米にどんどんやられちゃうな、そんな議論をしていたんですが、私は、何か文部省に一貫性がないような気がするんです。全国テストは相対評価になるんですか、絶対評価を導入する意味がどうなっているんだろう、両者の関係がどうなっているんだろうと。全国学力テスト、これは四十年ぶりにやるんですよね。混乱しているんですか。副大臣でもいいですから、ちょっと一言で、済みません。
岸
岸田文雄#23
○岸田副大臣 まず、相対評価、絶対評価の問題ですが、新しい学習指導要領、先ほどもちょっとお話をさせていただきましたが、全員に一律に教育を行うのではなくして、基礎、基本の上に個々に応じた教育を行うというのが一つのねらいであります。
ですから、個々に応じた教育を行うということで少人数学習や習熟度別学習を行うわけでありますから、学習単位というのも絶えず変わるわけであります。組み合わせも数も変わるということになりますと、従来のように一律に教育を行い、その中で、全体の中でどこに位置するかという相対的な評価というもの、これは新しい体制の中ではなじまないということ、これは十分御理解いただけるというふうに思います。
やはり個々に応じた教育を行う以上、個々の学習到達状況に応じた評価をしなければいけない、その目標に応じた絶対評価をしなければいけない、新しい学習指導要領とこの評価の問題はセットになった問題だというふうに理解しております。
そして、確かに新しい体制に対する戸惑いの声も聞いておりますが、これに対しては、しっかりとした参考例等をつくることによって、その理解に努めていかなければいけないというふうに思っております。
また、全国の学力調査との関係でありますけれども、学力調査については、国における教育課程の浸透状況を把握して、教育課程を改める際のしっかりとした材料にしなければいけない、検証をする材料にしなければいけないということで、こうした学力調査を行うわけであります。ですから、個々の評価と学力調査は趣旨が違うわけでありますから、矛盾するものではないというふうに理解しております。
この発言だけを見る →ですから、個々に応じた教育を行うということで少人数学習や習熟度別学習を行うわけでありますから、学習単位というのも絶えず変わるわけであります。組み合わせも数も変わるということになりますと、従来のように一律に教育を行い、その中で、全体の中でどこに位置するかという相対的な評価というもの、これは新しい体制の中ではなじまないということ、これは十分御理解いただけるというふうに思います。
やはり個々に応じた教育を行う以上、個々の学習到達状況に応じた評価をしなければいけない、その目標に応じた絶対評価をしなければいけない、新しい学習指導要領とこの評価の問題はセットになった問題だというふうに理解しております。
そして、確かに新しい体制に対する戸惑いの声も聞いておりますが、これに対しては、しっかりとした参考例等をつくることによって、その理解に努めていかなければいけないというふうに思っております。
また、全国の学力調査との関係でありますけれども、学力調査については、国における教育課程の浸透状況を把握して、教育課程を改める際のしっかりとした材料にしなければいけない、検証をする材料にしなければいけないということで、こうした学力調査を行うわけであります。ですから、個々の評価と学力調査は趣旨が違うわけでありますから、矛盾するものではないというふうに理解しております。
中
遠
遠山敦子#25
○遠山国務大臣 今般の新しい学習指導要領でねらいとしているいろいろな力を総合したものを生きる力と私は言っていると思っております。
まず、学力については、基礎、基本をしっかりと身につけた上で、自分で考えるあるいは自分で行動する、そういう力を持つというのが一点ございましょうし、また、学力だけではなくて、豊かな人間性を持った子供でなくてはいけないわけでございますが、そのことについては、心の教育の重要性というものももちろん包含していると思います。
そして、さらには、もちろん健やかな体を持ち、いろいろなことに耐え得る、そういった能力を持つというのも大切だと思っておりますが、これからの変転きわまりないと思われます、あるいは不透明な社会ということを考えますと、いろいろな事態が生じたときに、そこで揺らぐことなく、自分でしっかりと考えそこを乗り越えていく、そういった力を持つものを総称して生きる力であると思います。
したがいまして、学力、あるいは豊かな心、健やかな体、そのほかに私は意欲というもの、生きる意欲、あるいはみずから学ぼうとする意欲、物事を乗り越えようとするチャレンジする心、そういったものが総合的に育成されるというようなことが生きる力なのかなというふうに思っている次第でございます。
この発言だけを見る →まず、学力については、基礎、基本をしっかりと身につけた上で、自分で考えるあるいは自分で行動する、そういう力を持つというのが一点ございましょうし、また、学力だけではなくて、豊かな人間性を持った子供でなくてはいけないわけでございますが、そのことについては、心の教育の重要性というものももちろん包含していると思います。
そして、さらには、もちろん健やかな体を持ち、いろいろなことに耐え得る、そういった能力を持つというのも大切だと思っておりますが、これからの変転きわまりないと思われます、あるいは不透明な社会ということを考えますと、いろいろな事態が生じたときに、そこで揺らぐことなく、自分でしっかりと考えそこを乗り越えていく、そういった力を持つものを総称して生きる力であると思います。
したがいまして、学力、あるいは豊かな心、健やかな体、そのほかに私は意欲というもの、生きる意欲、あるいはみずから学ぼうとする意欲、物事を乗り越えようとするチャレンジする心、そういったものが総合的に育成されるというようなことが生きる力なのかなというふうに思っている次第でございます。
中
中津川博郷#26
○中津川委員 個性とか、生きる力とか、ゆとりとか、思いやりとか、どうもソフトクリームのような耳ざわりのいい言葉を羅列し過ぎているような感じがします。私は、もっとはっきりとしたメッセージを伝えるべきではないだろうかと思うんですよ。生きる力、今大臣からお聞きしましたけれども、何となくわかって何となくわからないわけであります。
私は、生きる力というのはそんな難しいことじゃないと思うんですよ。世の中に出て、自分が自立して、自分ひとりで飯が食えるんですよ。そういう子供をつくることじゃないですか。それが今回の指導要領でそういう形になっているかどうか、私は非常に心配していましたもので、きょう議論をさせていただきました。
ありがとうございました。
この発言だけを見る →私は、生きる力というのはそんな難しいことじゃないと思うんですよ。世の中に出て、自分が自立して、自分ひとりで飯が食えるんですよ。そういう子供をつくることじゃないですか。それが今回の指導要領でそういう形になっているかどうか、私は非常に心配していましたもので、きょう議論をさせていただきました。
ありがとうございました。
河
鎌
鎌田さゆり#28
○鎌田委員 おはようございます。民主党の鎌田さゆりでございます。
質問に先立ちまして、ちょっとけさだったので急だったんですけれども、ぜひお伺いをしたいこと、あるいは要望も含めてなんですが、お話しさせていただきたいことがありますので、そちらから入らせていただきます。
質問に先立ちまして申し上げますのは、アフガニスタンへの教育復興支援について触れさせていただきたいと思うんです。
御存じのとおり、一九七九年のソ連軍の侵攻、それから続きました長い間の内戦、そしてまたアメリカ同時多発テロ後の空爆と、この二十三年間、もう長い間苦難の歴史を刻んできたアフガニスタンであります。今まさに復興の歩みを踏み出したところであるということは、もう多くの方が御存じの事実だと思います。
先日も、アフガニスタンの教育大臣が日本を訪問され、遠山大臣また岸田副大臣初め当文部科学委員会の皆様も歓迎をし、そしてこれからの教育復興をしっかりとしていくというお約束も大臣は述べられていらっしゃいました。
実は、私たち民主党としましても、女性議員団をアフガニスタンに派遣をしました。私自身も、そのメンバーの一人として、今月の五日から一週間の日程で、パキスタンとアフガニスタンを訪ねていってまいりました。丸々四日間、カブール市内を中心に、また郊外を見て回ってきたんです。
私自身は、一九六五年、昭和四十年の生まれでございますので、我が国の戦後の復興の時代、時期というものは、白黒のテレビの映像だとか、あるいは親から、周辺の先輩方から伝え聞く話でしか知らないんですけれども、現地に入りまして、まさにこれなのかなと。戦後の復興の力強さ、たくましさ、純粋な、働くことに生き生きとして、少しのお金だけれども、それを得るために毎朝ショベルを担いで出かけていく人たちの姿を見て、これなのかなということを実は感じてきまして、これはすごいものだと思って帰ってきたんです。
特に、この過去五年間は、タリバン政権下の中で、女性たちというのは外の世界と、ブルカというあの全身を覆う頭からのかぶり物、あれによりまして遮断されていました。この女性たちにとって、今、教育復興の中では特に識字教育、あるいは就労支援というものが中心になっている喫緊の課題だと思うんです。
また、過去六年間、教育現場からシャットアウトされてきた女の子それから女性の教員、この人たちを含めて、多くの国民にとって、いわばアフガン全体で識字教育を充実させていくこと。あるいはまた、学校の施設を見ますと、壁と床だけはかろうじて姿をとどめておるんですけれども、冷たいコンクリートにブルーシート一枚だけ敷かれて、そこに直座りしている男女の子供たち、生徒たち、先生たちも全く同じです、机もいすも何もありません。
そういった施設整備も急がなければならないんですが、この戦後の復興で、特に教育支援というのは、私は、まさにこの日本だからこそやれること、また、与野党の壁を超えてオール・ジャパンで、遠山文部大臣を筆頭にオール・ジャパンでやれることだというふうに確信の思いを抱いて帰ってきたんです。
ちょうど、岸田副大臣を本部長といいましょうか、筆頭にして、復興支援の体制の枠組みが、文部科学省の中でというか、政府内部であるというふうにもお聞きをしましたけれども、私は、国際的な、外国での紛争解決を武力でもって臨まないというこの日本の基本姿勢、これも同時にあります、だからこそ、この戦後の平和復興支援、特に教育支援は、日本はぜひやるべきだと思うんです。
まず、岸田副大臣に、これからの教育の復興支援のスケジュール、目標あるいは意欲などもお伺いをしたいと思うんです。
この発言だけを見る →質問に先立ちまして、ちょっとけさだったので急だったんですけれども、ぜひお伺いをしたいこと、あるいは要望も含めてなんですが、お話しさせていただきたいことがありますので、そちらから入らせていただきます。
質問に先立ちまして申し上げますのは、アフガニスタンへの教育復興支援について触れさせていただきたいと思うんです。
御存じのとおり、一九七九年のソ連軍の侵攻、それから続きました長い間の内戦、そしてまたアメリカ同時多発テロ後の空爆と、この二十三年間、もう長い間苦難の歴史を刻んできたアフガニスタンであります。今まさに復興の歩みを踏み出したところであるということは、もう多くの方が御存じの事実だと思います。
先日も、アフガニスタンの教育大臣が日本を訪問され、遠山大臣また岸田副大臣初め当文部科学委員会の皆様も歓迎をし、そしてこれからの教育復興をしっかりとしていくというお約束も大臣は述べられていらっしゃいました。
実は、私たち民主党としましても、女性議員団をアフガニスタンに派遣をしました。私自身も、そのメンバーの一人として、今月の五日から一週間の日程で、パキスタンとアフガニスタンを訪ねていってまいりました。丸々四日間、カブール市内を中心に、また郊外を見て回ってきたんです。
私自身は、一九六五年、昭和四十年の生まれでございますので、我が国の戦後の復興の時代、時期というものは、白黒のテレビの映像だとか、あるいは親から、周辺の先輩方から伝え聞く話でしか知らないんですけれども、現地に入りまして、まさにこれなのかなと。戦後の復興の力強さ、たくましさ、純粋な、働くことに生き生きとして、少しのお金だけれども、それを得るために毎朝ショベルを担いで出かけていく人たちの姿を見て、これなのかなということを実は感じてきまして、これはすごいものだと思って帰ってきたんです。
特に、この過去五年間は、タリバン政権下の中で、女性たちというのは外の世界と、ブルカというあの全身を覆う頭からのかぶり物、あれによりまして遮断されていました。この女性たちにとって、今、教育復興の中では特に識字教育、あるいは就労支援というものが中心になっている喫緊の課題だと思うんです。
また、過去六年間、教育現場からシャットアウトされてきた女の子それから女性の教員、この人たちを含めて、多くの国民にとって、いわばアフガン全体で識字教育を充実させていくこと。あるいはまた、学校の施設を見ますと、壁と床だけはかろうじて姿をとどめておるんですけれども、冷たいコンクリートにブルーシート一枚だけ敷かれて、そこに直座りしている男女の子供たち、生徒たち、先生たちも全く同じです、机もいすも何もありません。
そういった施設整備も急がなければならないんですが、この戦後の復興で、特に教育支援というのは、私は、まさにこの日本だからこそやれること、また、与野党の壁を超えてオール・ジャパンで、遠山文部大臣を筆頭にオール・ジャパンでやれることだというふうに確信の思いを抱いて帰ってきたんです。
ちょうど、岸田副大臣を本部長といいましょうか、筆頭にして、復興支援の体制の枠組みが、文部科学省の中でというか、政府内部であるというふうにもお聞きをしましたけれども、私は、国際的な、外国での紛争解決を武力でもって臨まないというこの日本の基本姿勢、これも同時にあります、だからこそ、この戦後の平和復興支援、特に教育支援は、日本はぜひやるべきだと思うんです。
まず、岸田副大臣に、これからの教育の復興支援のスケジュール、目標あるいは意欲などもお伺いをしたいと思うんです。
岸
岸田文雄#29
○岸田副大臣 まず、先生御指摘になられましたように、アフガニスタンの支援における教育の重要性、大変強く認識しております。
先日、アミン教育大臣が来日されたときに、私もいろいろとお話をさせていただいたんですが、その中で、大変印象的でありましたのは、アフガニスタンの復興に関しては、世界じゅうの国々がいろいろな形で支援をしてくれる、このことは大変ありがたいわけですが、それぞれの国には、アフガニスタンとのかかわりにおいていろいろな歴史的な経緯があり、また、地政学上のいろいろな関係があるわけであります、そうしたさまざまな事情を考えますときに、特に教育においては日本に期待するということを再三この教育大臣が言っておられたこと、これは特に印象に残っております。
このさまざまな復興支援の中で、教育において日本に対する期待が大変強いんだなということを改めて認識しまして、身の引き締まる思いがいたしました。そういった思いでこの教育支援を考えていかなければいけない、力を尽くしていかなければいけないと強く感じているところであります。
そして、このアミン教育大臣来日の際に、一応、我が国といたしまして、教育専門家二名を派遣するということ、さらには、今現在日本の四つの女子大学においてプログラムを進めておりますが、女性教員の研修というもの、これについても提案させていただき、またユネスコを通じた識字センターの建設という識字教育支援、さらには、文部科学省の協力のもと、NGOが学校募金活動を行うプロジェクト、この四つの支援について提案をさせていただきました。
四月六日から十九日まで、第二次アフガニスタン復興支援調査団というものが派遣されておりますが、当省からは内海成治参与が参加しておりまして、現地調査を行ったところであります。この結果も踏まえつつ、五月中旬から教育専門家を派遣して、将来にわたる教育支援につきまして詳細を詰めていきたいというふうに考えております。
これがこれからのスケジュールだと考えております。
この発言だけを見る →先日、アミン教育大臣が来日されたときに、私もいろいろとお話をさせていただいたんですが、その中で、大変印象的でありましたのは、アフガニスタンの復興に関しては、世界じゅうの国々がいろいろな形で支援をしてくれる、このことは大変ありがたいわけですが、それぞれの国には、アフガニスタンとのかかわりにおいていろいろな歴史的な経緯があり、また、地政学上のいろいろな関係があるわけであります、そうしたさまざまな事情を考えますときに、特に教育においては日本に期待するということを再三この教育大臣が言っておられたこと、これは特に印象に残っております。
このさまざまな復興支援の中で、教育において日本に対する期待が大変強いんだなということを改めて認識しまして、身の引き締まる思いがいたしました。そういった思いでこの教育支援を考えていかなければいけない、力を尽くしていかなければいけないと強く感じているところであります。
そして、このアミン教育大臣来日の際に、一応、我が国といたしまして、教育専門家二名を派遣するということ、さらには、今現在日本の四つの女子大学においてプログラムを進めておりますが、女性教員の研修というもの、これについても提案させていただき、またユネスコを通じた識字センターの建設という識字教育支援、さらには、文部科学省の協力のもと、NGOが学校募金活動を行うプロジェクト、この四つの支援について提案をさせていただきました。
四月六日から十九日まで、第二次アフガニスタン復興支援調査団というものが派遣されておりますが、当省からは内海成治参与が参加しておりまして、現地調査を行ったところであります。この結果も踏まえつつ、五月中旬から教育専門家を派遣して、将来にわたる教育支援につきまして詳細を詰めていきたいというふうに考えております。
これがこれからのスケジュールだと考えております。