国の統治機構に関する調査会
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会
会議録情報#0
平成二十七年三月四日(水曜日)
午後一時一分開会
─────────────
委員氏名
会 長 山崎 力君
理 事 猪口 邦子君
理 事 島村 大君
理 事 渡邉 美樹君
理 事 長浜 博行君
理 事 横山 信一君
理 事 清水 貴之君
理 事 倉林 明子君
井原 巧君
衛藤 晟一君
古賀友一郎君
酒井 庸行君
高橋 克法君
武見 敬三君
柘植 芳文君
堀井 巌君
足立 信也君
江田 五月君
風間 直樹君
浜野 喜史君
吉川 沙織君
秋野 公造君
行田 邦子君
松沢 成文君
荒井 広幸君
─────────────
委員の異動
一月二十六日
辞任 補欠選任
松沢 成文君 山本 太郎君
三月三日
辞任 補欠選任
荒井 広幸君 平野 達男君
─────────────
出席者は左のとおり。
会 長 山崎 力君
理 事
猪口 邦子君
島村 大君
渡邉 美樹君
長浜 博行君
横山 信一君
清水 貴之君
倉林 明子君
委 員
井原 巧君
衛藤 晟一君
古賀友一郎君
酒井 庸行君
高橋 克法君
武見 敬三君
柘植 芳文君
堀井 巌君
足立 信也君
江田 五月君
風間 直樹君
浜野 喜史君
吉川 沙織君
秋野 公造君
行田 邦子君
山本 太郎君
平野 達男君
事務局側
第三特別調査室
長 宮崎 清隆君
参考人
東京大学名誉教
授
地方公共団体情
報システム機構
理事長 西尾 勝君
毎日新聞論説委
員 人羅 格君
─────────────
本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○政府参考人の出席要求に関する件
○国の統治機構等に関する調査
(「時代の変化に対応した国の統治機構の在り
方」のうち、国と地方の関係(これからの地方
自治))
─────────────
この発言だけを見る →午後一時一分開会
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委員氏名
会 長 山崎 力君
理 事 猪口 邦子君
理 事 島村 大君
理 事 渡邉 美樹君
理 事 長浜 博行君
理 事 横山 信一君
理 事 清水 貴之君
理 事 倉林 明子君
井原 巧君
衛藤 晟一君
古賀友一郎君
酒井 庸行君
高橋 克法君
武見 敬三君
柘植 芳文君
堀井 巌君
足立 信也君
江田 五月君
風間 直樹君
浜野 喜史君
吉川 沙織君
秋野 公造君
行田 邦子君
松沢 成文君
荒井 広幸君
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委員の異動
一月二十六日
辞任 補欠選任
松沢 成文君 山本 太郎君
三月三日
辞任 補欠選任
荒井 広幸君 平野 達男君
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出席者は左のとおり。
会 長 山崎 力君
理 事
猪口 邦子君
島村 大君
渡邉 美樹君
長浜 博行君
横山 信一君
清水 貴之君
倉林 明子君
委 員
井原 巧君
衛藤 晟一君
古賀友一郎君
酒井 庸行君
高橋 克法君
武見 敬三君
柘植 芳文君
堀井 巌君
足立 信也君
江田 五月君
風間 直樹君
浜野 喜史君
吉川 沙織君
秋野 公造君
行田 邦子君
山本 太郎君
平野 達男君
事務局側
第三特別調査室
長 宮崎 清隆君
参考人
東京大学名誉教
授
地方公共団体情
報システム機構
理事長 西尾 勝君
毎日新聞論説委
員 人羅 格君
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本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○政府参考人の出席要求に関する件
○国の統治機構等に関する調査
(「時代の変化に対応した国の統治機構の在り
方」のうち、国と地方の関係(これからの地方
自治))
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山
山崎力#1
○会長(山崎力君) ただいまから国の統治機構に関する調査会を開会いたします。
委員の異動について御報告いたします。
昨日までに、井上義行君、松沢成文君及び荒井広幸君が委員を辞任され、その補欠として行田邦子君、山本太郎君及び平野達男君が選任されました。
─────────────
この発言だけを見る →委員の異動について御報告いたします。
昨日までに、井上義行君、松沢成文君及び荒井広幸君が委員を辞任され、その補欠として行田邦子君、山本太郎君及び平野達男君が選任されました。
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山
山崎力#2
○会長(山崎力君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
国の統治機構等に関する調査のため、今期国会中、必要に応じ参考人の出席を求め、その意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →国の統治機構等に関する調査のため、今期国会中、必要に応じ参考人の出席を求め、その意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
山
山崎力#3
○会長(山崎力君) 御異議ないものと認めます。
なお、その日時及び人選等につきましては、これを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →なお、その日時及び人選等につきましては、これを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
山
山
山崎力#5
○会長(山崎力君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
国の統治機構等に関する調査のため、今期国会中、必要に応じ政府参考人の出席を求め、その説明を聴取することとし、その手続につきましては、これを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →国の統治機構等に関する調査のため、今期国会中、必要に応じ政府参考人の出席を求め、その説明を聴取することとし、その手続につきましては、これを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
山
山
山崎力#7
○会長(山崎力君) 国の統治機構等に関する調査を議題といたします。
「時代の変化に対応した国の統治機構の在り方」のうち、「国と地方の関係」について調査を行うに当たって、本日は「これからの地方自治」について参考人から意見を聴取いたします。
御出席いただいております参考人は、東京大学名誉教授・地方公共団体情報システム機構理事長西尾勝君及び毎日新聞論説委員人羅格君でございます。
この際、参考人の方々に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多用中のところ本調査会に御出席いただきまして誠にありがとうございます。
皆様方から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
議事の進め方でございますけれども、まず西尾参考人、人羅参考人の順にお一人二十分程度で御意見をお述べいただき、その後、各委員からの質疑に対してお答えいただきたいと存じます。
なお、御意見は着席のままで結構でございます。
それでは、西尾参考人からお願いしたいと存じます。西尾参考人。
この発言だけを見る →「時代の変化に対応した国の統治機構の在り方」のうち、「国と地方の関係」について調査を行うに当たって、本日は「これからの地方自治」について参考人から意見を聴取いたします。
御出席いただいております参考人は、東京大学名誉教授・地方公共団体情報システム機構理事長西尾勝君及び毎日新聞論説委員人羅格君でございます。
この際、参考人の方々に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多用中のところ本調査会に御出席いただきまして誠にありがとうございます。
皆様方から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
議事の進め方でございますけれども、まず西尾参考人、人羅参考人の順にお一人二十分程度で御意見をお述べいただき、その後、各委員からの質疑に対してお答えいただきたいと存じます。
なお、御意見は着席のままで結構でございます。
それでは、西尾参考人からお願いしたいと存じます。西尾参考人。
西
西尾勝#8
○参考人(西尾勝君) 西尾勝でございます。
国と地方の関係についての第一回の会合ということで、一体何を私がお話し申し上げるべきなのか迷いましたけれども、私は、過去の自分自身の経験から、地方分権改革のこの二十年というのをどう見るかということと、もう一つ、地方制度調査会で従事してまいりました地方自治制度の改革のことについてどういう所感を持っているかということに中心を置いてお話し申し上げたいと思います。
まず、地方分権改革につきましては、一九九五年から二〇〇一年まで通算六年間活動を続けました最初の地方分権推進委員会、これを委員長を務められたのが諸井さんでしたので以下諸井委員会と略称させていただきますが、ここで六年間仕事をしましたのと、その次につくられた地方分権改革を調査審議する諮問機関として地方分権改革推進委員会というものがございました。二〇〇六年から二〇〇九年まで三年間の任期でしたが、これは会長が丹羽宇一郎さんが務められましたので以下では丹羽委員会と略称させていただきますけれども、この委員会に私は二年間従事いたしました。と申しますのは、委員会の任期は三年だったのですけれども、出発早々は増田寛也さんが委員に就任され、委員長代理に指名されておられたのですけれども、一年たったところで総務大臣に登用されまして委員会を抜けられました。その結果、一人欠員になった委員の補充ということが行われまして、途中から私が補充者として加えられて、後半の二年間はそこで私も従事いたしました。したがって、通算八年間、地方分権改革の諮問機関に関係したことになります。
ちょうどその頃でいいますと、地方制度調査会の方は第二十四次地方制度調査会から始まっていますけれども、つい最近までありました第三十次地方制度調査会まで、私は二十四次から三十次まで全て調査会に関わっておりました。そういう経験に基づいて、大きくは四点ほどのことについて意見を申し述べたいと思います。
まず最初は、地方分権改革二十年の評価についてでございます。
ただいま申し上げました最初の委員会、諸井委員会の勧告に基づいて、機関委任事務制度を全面廃止するとともに、国の各省による地方自治体への関与を縮小し定型化した二〇〇〇年改革と総称されている、あるいは第一次分権改革と総称されている改革は、戦後のシャウプ勧告に基づく地方制度改革以来の大改革であったというふうに思っております。
また、その後の丹羽委員会の勧告に基づきまして、その後逐次法制化されてまいりました法令等による義務付け・枠付けの見直しという措置、それから都道府県から基礎自治体への事務権限の移譲という措置、そして更に加えれば、国と地方の協議の場の法制化といった措置などは、いずれも諸井委員会以来の流れを継承した大きな成果であったというふうに評価しております。
ただ、これらの改革はいずれも行政面に中心を置いた改革にとどまっておりまして、国と地方の間の税財源の配分、この構造を改める、言わば財政面の改革には余り見るべき成果を上げることができなかったということであります。その結果、今なお多くの改革課題が手付かずのままに残っております。その意味で申しますと、地方分権改革は依然として未完の改革、未完成のままにとどまっている改革と言わざるを得ません。
しかしながら、更に手を付けるべき課題はいろいろとあることはあるのですけれども、現在の国、地方を通ずる財政状況の下でこの財政面の改革に着手することは極めて難しいと判断せざるを得ないように思います。
そこで、地方側は当分の間、国に地方分権改革を調査審議する大掛かりな諮問機関の設置を求めず、個々の自治体が地方分権改革のこれまでの成果を積極的に活用して住民サービスを充実し、地方分権改革の言わば効果を地域住民にまで還元するということに専心すべきである、専念すべきであるというふうに私は考えております。これが現在の時点での私の評価、所感でございます。
二番目の問題として、地方分権改革の推進手法について、少し私の思うところをお話ししたいと思います。
地方分権改革の推進を進める手法には、大きく分けて所掌事務拡張路線と自由度拡充路線というべき二つの路線があるように思います。いずれもこれは私が作り出した造語でございまして、私の本とか論文には書いてありますが、世間一般の人が広く使っている概念ではありませんので、これから少しずつ中身については御説明はいたします。
先ほども戦後のシャウプ勧告に言及いたしましたけれども、このシャウプ勧告は、国と地方の間の事務配分や、都道府県と市町村の間の事務配分を改めて、そしてこの事務の再配分に合わせて税財源の配分構造を改めようとしたものでございます。
そのとき以来、戦後の我が国では、国から自治体への事務権限の移譲とか、都道府県から市町村への事務権限の移譲、要するに、まあ言葉が適切かどうか分かりませんが、上位の団体から下位の団体へ、さらに中間の団体から末端の団体へというふうに、上から下へ事務権限を移譲することを指して地方分権の推進というふうに考える、そういう社会通念が確立されました。その後の地方制度調査会による度重なる答申も基本的にはこの考え方をそのまま踏襲しまして、事務権限の再配分を提唱し続けてきておりました。
このような推進手法、すなわち自治体の所掌する事務、所掌事務を拡張しようとする手法、国から地方公共団体へ仕事を下ろせば下ろすほど自治体が所掌する事務の範囲は広がるということになりますが、この自治体の所掌事務を拡張しようとする手法、中でも地域住民に最も身近な基礎自治体である市町村の所掌事務を拡張しようとする手法、この手法を指して、私は所掌事務拡張路線というふうに呼ぶことにしているわけであります。
ところで、諸井委員会が勧告しました、そしてまたその勧告事項の中でも最大のものであった機関委任事務制度の全面廃止であるとか、あるいは国の各省による自治体への関与の縮小と定型化といった一連の措置は、この所掌事務拡張路線に属するものではありませんでした。このときの機関委任事務制度の全面廃止に当たっては、従来、都道府県の知事等、知事とか都道府県の教育委員会といったような都道府県の知事等の執行機関に委任されておりました機関委任事務は、ごく僅かな例外を除きまして、原則として全てそのまま都道府県の自治事務か法定受託事務かに改めました。また、従前、市町村の市町村長等の執行機関に委任されておりました機関委任事務も同様に、原則として全て市町村の自治事務か法定受託事務に改めました。
要するに、この機関委任事務制度の全面廃止は事務配分の変更を伴っていないわけです。国の事務であったものを性格的に地方公共団体の事務に変えますと。性格付けを変えましたけれども、国が担当していた仕事を都道府県に下ろしたわけでもありませんし、都道府県が担当していた仕事を市町村に下ろしたわけでもないということですね。事務の移動は起こっていないということです。国、都道府県、市町村の間の事務配分は変更せずに、国の各省による関与の仕組みのみに変更を加えたのです。
すなわち、自治事務に区分けされました自治体の事務に関して発せられてきました数々の通達、通知と言われるもの、この通達、通知は、全てこれ以降はこれに忠実に従うべき訓令、言わば命令ですが、命令ではなく、技術的な助言、テクニカルアドバイスにすぎないものに改められたわけであります。
要するに、忠実に従わなくてもいい、助言として参考にすればよいという性質のものに改められたわけであります。自治体の裁量の余地、地域事情に即応した創意工夫の余地を広げようとする手法でございます。これを私は自由度拡充路線というふうに呼んでいるわけであります。そして、その後の丹羽委員会の勧告に基づく法令等による義務付け・枠付けの見直し措置も、この自由度拡充路線に属する改革手法であったと言えます。そういう意味で、諸井委員会の勧告は、地方分権改革の改革手法に新しい地平を切り開いたと言えるのではないかと思っております。
ところがであります。ところが、ごく最近の地方団体側の改革提言には、この種の機関委任事務制度の全面廃止のときに一つ一つの事務を全て洗い出して、これは自治事務にすべきか法定受託事務にすべきかということを一件一件精査したわけでありますが、次の法令等による義務付け・枠付けのときも、何々法の第何条何項のこの措置は果たしてこの義務付け・枠付けは必要なのかということを一点一点精査するというような作業をしてきて、自治体の自由度を少しでも広げようという積み重ねをしてきたわけですが、この種の関係法令の関係条項の改正を一つ一つ積み上げていくという類いの自由度拡充路線の改革手法に満足しませんで、これでは細かな改革の積み上げにすぎないという印象を持たれるのでありましょう、そういう改革手法に十分に満足せずに、旧来の、昔ながらの所掌事務拡張路線への復帰といいますか回帰、そこへ戻ることを求めるもっと大胆な改革構想が続出してきております。
つまり、例えばでありますが、大阪の維新の会が現に実現を目指しております大阪都構想、大阪府と大阪市を統合しようとする構想とか、あるいは指定都市市長会が一致して要望しております特別自治市構想、これはもう端的に言えば、大都市に限っては府県から独立させよう、別の言い方をすれば、大都市は府県としての仕事と市としての仕事を一緒にしようという構想ですけれども、こういう特別自治市構想というのを打ち上げておられます。
そして、丹羽委員会でも審議し、その後ずっと実現を見ていないテーマとして、国の各省の地方出先機関の原則廃止という改革とか、あるいは道州制構想などの改革構想は、いずれも大規模な事務権限の一括移譲を求めるものであります。国から都道府県へあるいは道州政府へ、あるいは都道府県から市町村へといったような、ともかく、事務配分の大掛かりな変更を求めようとしているものでありまして、これは私の言う所掌事務拡張路線に属すものです。シャウプ勧告以来、それこそが地方分権だというふうに何となく思われてきたその手法にもう一度戻ろうと、そして大きな改革を何とか実現したいというふうになってきていると、そう感じています。これが二番目の私の指摘したいことであります。
ところで、三番目に私が申し上げたいことは、この所掌事務拡張路線というものには、これをする場合には十分に留意しなければならないことがあるという、所掌事務拡張路線の留意事項、留意点と言うべきものについて少しお話をしたいと思います。
こうした大胆な改革構想は、いずれも言わば一発逆転を目指すような構想になっているわけでありますが、この種の所掌事務拡張路線の改革構想にはリスキーな面がある、危険な面があるということです。全く功罪ないというわけでは、罪ばっかりだと言っているわけでは決してありませんが、気を付けなければならない点があるということであります。
特に、国から自治体への事務権限の移譲を目指すいわゆる出先機関の原則廃止や道州制構想の改革構想では、国の側では、国の側の立場からいえば、できるだけ多くの国の機関を廃止したり縮小したりしまして、ここで働いている国家公務員を大幅に削減したいという、言わば行政改革の観点からの要望が、期待が出てくる、それを実現するためにできるだけ大幅な事務権限の移譲を実現したいという考え方が国の側には出てくる可能性がある。
現に、いわゆる出先機関の原則廃止は、小泉政権の最後の頃に経済財政諮問会議が決定しました歳出歳入一体改革、つまり、いずれは歳入の改革、増税もせざるを得ないだろうけれども、その前に徹底した歳出削減をしなければ国民の同意は得られないだろうということで、歳出の削減に重点を置いた歳出歳入一体改革という方針が決められたことがあります。
歳出を削減する、中でも、国の財政の縮減を図るということが大きな狙いになりましたので、その有力な手段の一つとして国家公務員の大幅な削減ということが浮上したわけです。これをしようと思うと、国家公務員の中で霞が関の本省庁で働いていらっしゃる方はごく一部でありまして、ほとんど大半は地方出先機関で勤務していらっしゃるわけです。この地方出先機関に着目をして、ここにたくさんの国家公務員がいると、これを減らしたいというのがその元々の由来だったわけです。ただ、その改革を実現する具体策を新設された地方分権改革推進委員会、丹羽委員会で審議するようにというふうに振り付けられていたわけであります。
そこで、国の側はそういう期待の下にこのテーマを出してこられた。そのとき、全国知事会はそれに大賛成をいたしまして、極力出先機関を全面原則廃止してほしい、そして、なるべくそこで所管してきた仕事は都道府県に移してほしいというのが知事会の取られた立場だったわけであります。つまり、地方の側では、できるだけ大幅な事務権限の移譲を実現することこそが地方分権改革の趣旨にかなうという考え方が出てくる、そういうおそれがあるわけです。現にそれは起こったことです。いわゆる出先機関の原則廃止問題をめぐって現に起こったことであります。
ところが、これがなかなか話が付かない。それは言うまでもなく関係の各省庁がこれに強く頑強に抵抗したからですけれども、各省庁が抵抗するのにもそれなりの理由がちゃんとあるわけですね。国の各省は、決して、自ら最後まで責任を持つべきだと思うこと、事務について、これに対するコントロール権を手放そうとはしないわけです。それは国の官僚としては無責任だとお考えになるからです。最後まで責任を負おうと思えば、コントロール手段を維持していなければならないというふうにお考えになるわけであります。
国の各省庁のお役人がそう思うような事務権限まであえて都道府県に移譲する、あるいは都道府県の広域連合に移譲する、あるいは新しく新設する道州政府に移譲するというようなことを要求して折衝しますと、本来渡すべきものではないのだけれども、そこまでいって渡せと言われるのなら、まず法定受託事務にすることは最低限の要件だと、絶対自治事務にはしないと、こうおっしゃる。法定受託事務にするというのならまだいいかもしれませんが、それでも自信が持てない、コントロールしていくということが十分にできるかどうか自信が持てない。したがって、各省大臣に直接指揮権を行使する余地を必ず留保しようと各省はするわけです。それが繰り返し起こった論争であります。
言わばそういう形で仮に下ろされたとします。法定受託事務なり、あるいは留保付きの、中央が権限を留保した形で下りてくるという形で、受け取った側は実はこれはひも付きの方式で事務権限をいただくわけでありますが、そういう形で受け取った事務が多くなればなるほど、受け取った側は自治体ではなく国の下請機関にだんだんになっていくわけです。その性格を強めていかざるを得ないという問題があるわけです。私は、そういう国の下請機関の性格を強めてしまうような改革はそれこそ地方分権改革の趣旨に合わないというふうに考えているわけです。こういうやり方は決して正しい進め方ではないというふうに思っているわけです。
したがいまして、国が最終責任を負わなければならないような事務権限は、純粋な国の事務であるとして、あくまでも国の側に留保しておかなければなりません。これは私の確信です。こういう性質の事務をあえて自治体に下ろそうとしてはならない、移譲してはならないというふうに思うのです。
この種の改革構想を具体化する際には、したがって、これは国の事務として留保しておくべきものなのか、あるいは地方自治体の事務として移譲して任せてもそれほど差し支えがない事務なのかということ、このことを一つ一つの事務権限ごとに丁寧に精査しなければなりません。この事務権限の仕分の作業は大変な作業であります。これは決して民間有識者だけで、研究者だけでなくて様々な専門家が加わったとしても、民間有識者だけで構成された諮問機関の手に負えるものではありません。必ずそれ以外に、国の官僚と地方自治体の職員の、実務に詳しい職員たちの助力が絶対不可欠であります。
この種の論議でしばしば原則廃止というふうに、原則と言った方が勢いがいいですから元気よく原則廃止とおっしゃいますし、地方団体側が使った言葉で言うと、丸ごと移管ということをおっしゃったわけですが、こういう原則とか丸ごとと言った途端に丁寧に仕分をしていくという作業が放置されるんですね。そこで危ない議論になるというのが私が一番痛感していることであります。
私は、もう時間がないそうですからやめますが、出先機関の縮小、廃止に反対だったわけでは決してありません。見直していけばまだまだ下ろせるものがあると思っていたのですが、全てを渡せというような議論が危険だということを強調しておきたい、これは道州制論議でも必ず再現することですから、そのことを強調しておきたいというふうに思います。
あと一点ほどありましたが、後ほどの質疑でお答えしますので、私の冒頭陳述を終えます。
ありがとうございます。
この発言だけを見る →国と地方の関係についての第一回の会合ということで、一体何を私がお話し申し上げるべきなのか迷いましたけれども、私は、過去の自分自身の経験から、地方分権改革のこの二十年というのをどう見るかということと、もう一つ、地方制度調査会で従事してまいりました地方自治制度の改革のことについてどういう所感を持っているかということに中心を置いてお話し申し上げたいと思います。
まず、地方分権改革につきましては、一九九五年から二〇〇一年まで通算六年間活動を続けました最初の地方分権推進委員会、これを委員長を務められたのが諸井さんでしたので以下諸井委員会と略称させていただきますが、ここで六年間仕事をしましたのと、その次につくられた地方分権改革を調査審議する諮問機関として地方分権改革推進委員会というものがございました。二〇〇六年から二〇〇九年まで三年間の任期でしたが、これは会長が丹羽宇一郎さんが務められましたので以下では丹羽委員会と略称させていただきますけれども、この委員会に私は二年間従事いたしました。と申しますのは、委員会の任期は三年だったのですけれども、出発早々は増田寛也さんが委員に就任され、委員長代理に指名されておられたのですけれども、一年たったところで総務大臣に登用されまして委員会を抜けられました。その結果、一人欠員になった委員の補充ということが行われまして、途中から私が補充者として加えられて、後半の二年間はそこで私も従事いたしました。したがって、通算八年間、地方分権改革の諮問機関に関係したことになります。
ちょうどその頃でいいますと、地方制度調査会の方は第二十四次地方制度調査会から始まっていますけれども、つい最近までありました第三十次地方制度調査会まで、私は二十四次から三十次まで全て調査会に関わっておりました。そういう経験に基づいて、大きくは四点ほどのことについて意見を申し述べたいと思います。
まず最初は、地方分権改革二十年の評価についてでございます。
ただいま申し上げました最初の委員会、諸井委員会の勧告に基づいて、機関委任事務制度を全面廃止するとともに、国の各省による地方自治体への関与を縮小し定型化した二〇〇〇年改革と総称されている、あるいは第一次分権改革と総称されている改革は、戦後のシャウプ勧告に基づく地方制度改革以来の大改革であったというふうに思っております。
また、その後の丹羽委員会の勧告に基づきまして、その後逐次法制化されてまいりました法令等による義務付け・枠付けの見直しという措置、それから都道府県から基礎自治体への事務権限の移譲という措置、そして更に加えれば、国と地方の協議の場の法制化といった措置などは、いずれも諸井委員会以来の流れを継承した大きな成果であったというふうに評価しております。
ただ、これらの改革はいずれも行政面に中心を置いた改革にとどまっておりまして、国と地方の間の税財源の配分、この構造を改める、言わば財政面の改革には余り見るべき成果を上げることができなかったということであります。その結果、今なお多くの改革課題が手付かずのままに残っております。その意味で申しますと、地方分権改革は依然として未完の改革、未完成のままにとどまっている改革と言わざるを得ません。
しかしながら、更に手を付けるべき課題はいろいろとあることはあるのですけれども、現在の国、地方を通ずる財政状況の下でこの財政面の改革に着手することは極めて難しいと判断せざるを得ないように思います。
そこで、地方側は当分の間、国に地方分権改革を調査審議する大掛かりな諮問機関の設置を求めず、個々の自治体が地方分権改革のこれまでの成果を積極的に活用して住民サービスを充実し、地方分権改革の言わば効果を地域住民にまで還元するということに専心すべきである、専念すべきであるというふうに私は考えております。これが現在の時点での私の評価、所感でございます。
二番目の問題として、地方分権改革の推進手法について、少し私の思うところをお話ししたいと思います。
地方分権改革の推進を進める手法には、大きく分けて所掌事務拡張路線と自由度拡充路線というべき二つの路線があるように思います。いずれもこれは私が作り出した造語でございまして、私の本とか論文には書いてありますが、世間一般の人が広く使っている概念ではありませんので、これから少しずつ中身については御説明はいたします。
先ほども戦後のシャウプ勧告に言及いたしましたけれども、このシャウプ勧告は、国と地方の間の事務配分や、都道府県と市町村の間の事務配分を改めて、そしてこの事務の再配分に合わせて税財源の配分構造を改めようとしたものでございます。
そのとき以来、戦後の我が国では、国から自治体への事務権限の移譲とか、都道府県から市町村への事務権限の移譲、要するに、まあ言葉が適切かどうか分かりませんが、上位の団体から下位の団体へ、さらに中間の団体から末端の団体へというふうに、上から下へ事務権限を移譲することを指して地方分権の推進というふうに考える、そういう社会通念が確立されました。その後の地方制度調査会による度重なる答申も基本的にはこの考え方をそのまま踏襲しまして、事務権限の再配分を提唱し続けてきておりました。
このような推進手法、すなわち自治体の所掌する事務、所掌事務を拡張しようとする手法、国から地方公共団体へ仕事を下ろせば下ろすほど自治体が所掌する事務の範囲は広がるということになりますが、この自治体の所掌事務を拡張しようとする手法、中でも地域住民に最も身近な基礎自治体である市町村の所掌事務を拡張しようとする手法、この手法を指して、私は所掌事務拡張路線というふうに呼ぶことにしているわけであります。
ところで、諸井委員会が勧告しました、そしてまたその勧告事項の中でも最大のものであった機関委任事務制度の全面廃止であるとか、あるいは国の各省による自治体への関与の縮小と定型化といった一連の措置は、この所掌事務拡張路線に属するものではありませんでした。このときの機関委任事務制度の全面廃止に当たっては、従来、都道府県の知事等、知事とか都道府県の教育委員会といったような都道府県の知事等の執行機関に委任されておりました機関委任事務は、ごく僅かな例外を除きまして、原則として全てそのまま都道府県の自治事務か法定受託事務かに改めました。また、従前、市町村の市町村長等の執行機関に委任されておりました機関委任事務も同様に、原則として全て市町村の自治事務か法定受託事務に改めました。
要するに、この機関委任事務制度の全面廃止は事務配分の変更を伴っていないわけです。国の事務であったものを性格的に地方公共団体の事務に変えますと。性格付けを変えましたけれども、国が担当していた仕事を都道府県に下ろしたわけでもありませんし、都道府県が担当していた仕事を市町村に下ろしたわけでもないということですね。事務の移動は起こっていないということです。国、都道府県、市町村の間の事務配分は変更せずに、国の各省による関与の仕組みのみに変更を加えたのです。
すなわち、自治事務に区分けされました自治体の事務に関して発せられてきました数々の通達、通知と言われるもの、この通達、通知は、全てこれ以降はこれに忠実に従うべき訓令、言わば命令ですが、命令ではなく、技術的な助言、テクニカルアドバイスにすぎないものに改められたわけであります。
要するに、忠実に従わなくてもいい、助言として参考にすればよいという性質のものに改められたわけであります。自治体の裁量の余地、地域事情に即応した創意工夫の余地を広げようとする手法でございます。これを私は自由度拡充路線というふうに呼んでいるわけであります。そして、その後の丹羽委員会の勧告に基づく法令等による義務付け・枠付けの見直し措置も、この自由度拡充路線に属する改革手法であったと言えます。そういう意味で、諸井委員会の勧告は、地方分権改革の改革手法に新しい地平を切り開いたと言えるのではないかと思っております。
ところがであります。ところが、ごく最近の地方団体側の改革提言には、この種の機関委任事務制度の全面廃止のときに一つ一つの事務を全て洗い出して、これは自治事務にすべきか法定受託事務にすべきかということを一件一件精査したわけでありますが、次の法令等による義務付け・枠付けのときも、何々法の第何条何項のこの措置は果たしてこの義務付け・枠付けは必要なのかということを一点一点精査するというような作業をしてきて、自治体の自由度を少しでも広げようという積み重ねをしてきたわけですが、この種の関係法令の関係条項の改正を一つ一つ積み上げていくという類いの自由度拡充路線の改革手法に満足しませんで、これでは細かな改革の積み上げにすぎないという印象を持たれるのでありましょう、そういう改革手法に十分に満足せずに、旧来の、昔ながらの所掌事務拡張路線への復帰といいますか回帰、そこへ戻ることを求めるもっと大胆な改革構想が続出してきております。
つまり、例えばでありますが、大阪の維新の会が現に実現を目指しております大阪都構想、大阪府と大阪市を統合しようとする構想とか、あるいは指定都市市長会が一致して要望しております特別自治市構想、これはもう端的に言えば、大都市に限っては府県から独立させよう、別の言い方をすれば、大都市は府県としての仕事と市としての仕事を一緒にしようという構想ですけれども、こういう特別自治市構想というのを打ち上げておられます。
そして、丹羽委員会でも審議し、その後ずっと実現を見ていないテーマとして、国の各省の地方出先機関の原則廃止という改革とか、あるいは道州制構想などの改革構想は、いずれも大規模な事務権限の一括移譲を求めるものであります。国から都道府県へあるいは道州政府へ、あるいは都道府県から市町村へといったような、ともかく、事務配分の大掛かりな変更を求めようとしているものでありまして、これは私の言う所掌事務拡張路線に属すものです。シャウプ勧告以来、それこそが地方分権だというふうに何となく思われてきたその手法にもう一度戻ろうと、そして大きな改革を何とか実現したいというふうになってきていると、そう感じています。これが二番目の私の指摘したいことであります。
ところで、三番目に私が申し上げたいことは、この所掌事務拡張路線というものには、これをする場合には十分に留意しなければならないことがあるという、所掌事務拡張路線の留意事項、留意点と言うべきものについて少しお話をしたいと思います。
こうした大胆な改革構想は、いずれも言わば一発逆転を目指すような構想になっているわけでありますが、この種の所掌事務拡張路線の改革構想にはリスキーな面がある、危険な面があるということです。全く功罪ないというわけでは、罪ばっかりだと言っているわけでは決してありませんが、気を付けなければならない点があるということであります。
特に、国から自治体への事務権限の移譲を目指すいわゆる出先機関の原則廃止や道州制構想の改革構想では、国の側では、国の側の立場からいえば、できるだけ多くの国の機関を廃止したり縮小したりしまして、ここで働いている国家公務員を大幅に削減したいという、言わば行政改革の観点からの要望が、期待が出てくる、それを実現するためにできるだけ大幅な事務権限の移譲を実現したいという考え方が国の側には出てくる可能性がある。
現に、いわゆる出先機関の原則廃止は、小泉政権の最後の頃に経済財政諮問会議が決定しました歳出歳入一体改革、つまり、いずれは歳入の改革、増税もせざるを得ないだろうけれども、その前に徹底した歳出削減をしなければ国民の同意は得られないだろうということで、歳出の削減に重点を置いた歳出歳入一体改革という方針が決められたことがあります。
歳出を削減する、中でも、国の財政の縮減を図るということが大きな狙いになりましたので、その有力な手段の一つとして国家公務員の大幅な削減ということが浮上したわけです。これをしようと思うと、国家公務員の中で霞が関の本省庁で働いていらっしゃる方はごく一部でありまして、ほとんど大半は地方出先機関で勤務していらっしゃるわけです。この地方出先機関に着目をして、ここにたくさんの国家公務員がいると、これを減らしたいというのがその元々の由来だったわけです。ただ、その改革を実現する具体策を新設された地方分権改革推進委員会、丹羽委員会で審議するようにというふうに振り付けられていたわけであります。
そこで、国の側はそういう期待の下にこのテーマを出してこられた。そのとき、全国知事会はそれに大賛成をいたしまして、極力出先機関を全面原則廃止してほしい、そして、なるべくそこで所管してきた仕事は都道府県に移してほしいというのが知事会の取られた立場だったわけであります。つまり、地方の側では、できるだけ大幅な事務権限の移譲を実現することこそが地方分権改革の趣旨にかなうという考え方が出てくる、そういうおそれがあるわけです。現にそれは起こったことです。いわゆる出先機関の原則廃止問題をめぐって現に起こったことであります。
ところが、これがなかなか話が付かない。それは言うまでもなく関係の各省庁がこれに強く頑強に抵抗したからですけれども、各省庁が抵抗するのにもそれなりの理由がちゃんとあるわけですね。国の各省は、決して、自ら最後まで責任を持つべきだと思うこと、事務について、これに対するコントロール権を手放そうとはしないわけです。それは国の官僚としては無責任だとお考えになるからです。最後まで責任を負おうと思えば、コントロール手段を維持していなければならないというふうにお考えになるわけであります。
国の各省庁のお役人がそう思うような事務権限まであえて都道府県に移譲する、あるいは都道府県の広域連合に移譲する、あるいは新しく新設する道州政府に移譲するというようなことを要求して折衝しますと、本来渡すべきものではないのだけれども、そこまでいって渡せと言われるのなら、まず法定受託事務にすることは最低限の要件だと、絶対自治事務にはしないと、こうおっしゃる。法定受託事務にするというのならまだいいかもしれませんが、それでも自信が持てない、コントロールしていくということが十分にできるかどうか自信が持てない。したがって、各省大臣に直接指揮権を行使する余地を必ず留保しようと各省はするわけです。それが繰り返し起こった論争であります。
言わばそういう形で仮に下ろされたとします。法定受託事務なり、あるいは留保付きの、中央が権限を留保した形で下りてくるという形で、受け取った側は実はこれはひも付きの方式で事務権限をいただくわけでありますが、そういう形で受け取った事務が多くなればなるほど、受け取った側は自治体ではなく国の下請機関にだんだんになっていくわけです。その性格を強めていかざるを得ないという問題があるわけです。私は、そういう国の下請機関の性格を強めてしまうような改革はそれこそ地方分権改革の趣旨に合わないというふうに考えているわけです。こういうやり方は決して正しい進め方ではないというふうに思っているわけです。
したがいまして、国が最終責任を負わなければならないような事務権限は、純粋な国の事務であるとして、あくまでも国の側に留保しておかなければなりません。これは私の確信です。こういう性質の事務をあえて自治体に下ろそうとしてはならない、移譲してはならないというふうに思うのです。
この種の改革構想を具体化する際には、したがって、これは国の事務として留保しておくべきものなのか、あるいは地方自治体の事務として移譲して任せてもそれほど差し支えがない事務なのかということ、このことを一つ一つの事務権限ごとに丁寧に精査しなければなりません。この事務権限の仕分の作業は大変な作業であります。これは決して民間有識者だけで、研究者だけでなくて様々な専門家が加わったとしても、民間有識者だけで構成された諮問機関の手に負えるものではありません。必ずそれ以外に、国の官僚と地方自治体の職員の、実務に詳しい職員たちの助力が絶対不可欠であります。
この種の論議でしばしば原則廃止というふうに、原則と言った方が勢いがいいですから元気よく原則廃止とおっしゃいますし、地方団体側が使った言葉で言うと、丸ごと移管ということをおっしゃったわけですが、こういう原則とか丸ごとと言った途端に丁寧に仕分をしていくという作業が放置されるんですね。そこで危ない議論になるというのが私が一番痛感していることであります。
私は、もう時間がないそうですからやめますが、出先機関の縮小、廃止に反対だったわけでは決してありません。見直していけばまだまだ下ろせるものがあると思っていたのですが、全てを渡せというような議論が危険だということを強調しておきたい、これは道州制論議でも必ず再現することですから、そのことを強調しておきたいというふうに思います。
あと一点ほどありましたが、後ほどの質疑でお答えしますので、私の冒頭陳述を終えます。
ありがとうございます。
山
人
人羅格#10
○参考人(人羅格君) 人羅と申します。
今日は、メディアで地方自治とか分権改革の取材を担当しているということを踏まえましてお話を申し上げます。よろしくお願いします。
私たちメディアは、地方自治、分権改革について、東京から、地方から、できるだけ多角的にいろんな角度から取り上げたいというふうに日々努めているつもりでございます。とはいいましても、実際のことを申しますと、分権改革の話というのは非常に多岐にわたって、しかもテーマごとに複雑な話も多いので、とりわけ映像メディアを中心になかなか取り上げにくいというような傾向もあるようであります。
これが、ちょっと残念なことに、最近は活字メディアの方も分権改革について取上げが同様の傾向にあるようでありまして、せっかくの機会なので、毎日新聞のデータベースで、地方分権、さらに民主党政権時代に多く用いられました地域主権、この二つの言葉が入った記事が中央、地方版も含めてどのぐらいなのかなというふうに調べてみたところ、おおむね大体千から七百ぐらいの推移であったのですが、東日本大震災の年からちょっと減りまして、六百ぐらいに減りまして、この記事数が最近またどんどん減ってきていまして、昨年一年間では二百五十ぐらいでございました。こういうふうに、これはうちだけじゃなく、恐らく各メディアに共通する傾向なのではないかというふうに思われます。
それで、じゃ、なぜこの分権改革の報道が昨今ちょっと収まっているというような傾向にあるかというのは、これはメディアの課題ということももちろんあるかもしれませんが、そこのところの理由には、国民に言わば切迫的な関心ですね、これがやはり分権ということについてもう一つ薄いのではないかという点があるのではないかというふうに私自身は感じています。恐らく、どうして分権改革は必要なんだろうかと、そして、それが自分たちにとってどう影響するのかというところがいま一つイメージがつかみにくくて、ともすればこれは国と地方の権限争いなんじゃないのというような、そういった印象があるように見えてしまう。そこで、総論では分権いいねというんだけど、じゃ、実際に切迫的な関心があるかというと、どうもいま一つそこにはまだ至っていないのかなという印象が、私は感じています。
あともう一つは、それに加えて、昨今、やっぱり国と地方の権限、分権ですね、あと事務とか、そういった議論が一種踊り場にあるんじゃないかという感じがあります。第二期分権改革と言われるものが御承知のとおりここ数年来行われまして、これは義務付け・枠付けの見直しですとか、国の地方行政への関与ですね、関与の縮小という点について進められまして、これはかなりの成果を収めたというふうに私自身は見ております。
そうすると、そこがある程度見えてくると、じゃ、これから先、国と地方の権限関係をどう整理して分権論議とか自治の方に議論を進めていくんだと、そこについて政治的なイメージが集約されていない。このため、それがとりわけ民主党政権で、国と地方の、先ほどもお話ありましたが、出先改革、これが膠着して行き止まって以来、どうもこの分権というのはこれからどう進めていくんだということについて、一種の足踏み感があるんじゃないかと考えております。
それでは、じゃ、今どういう方向があるのかというと、単純化させていって言わせていただきますと、二つ議論の方向がございまして、一つは、先ほど所掌事務の拡大という話が西尾先生からございましたけれども、一つは、もう一回国から地方に大胆に事務とか権限を移して、それでブレークスルーしようという、国の守備範囲というものは極力狭めていこうと、そういった方向の議論が一つあると思います。これの代表が道州制ということではないでしょうか。
もう一つは、いや、地方の方はかなりもう事務を移譲されていて、正直おなかいっぱいだと。もうそこよりも、事務を移すよりも、それぞれの例えば市町村とか基礎自治体できちんと町づくりとか都市計画とかそういったものができるように、そういう分権を進めるべきだと。ラージとスモールという言い方がいいか分かりませんけれども、二つ方向の対立感があるというふうに私自身感じております。
そういった中で、昨年来、地方創生という課題が政府を中心に出てきて議論されているということだと思います。この地方創生というのは、厳密に言うと分権改革とは違うベクトルの議論でありますが、人口減少問題への対応ということなんですけれども、これはどうして今こういう議論が起きているかということは、私なりの印象で申し上げますと、町村とかにはこの議論をしていくことがいずれまた町村合併につながっていくのではないのかなという受け止めをしているところも多いようなんですが、実際のところは、道州制という言わば遠大な話をするよりも、目先の切実な課題をきちんと、まずは都道府県を中心に考えて、さらに今の市町村、それが周りと連携しながら課題を解決していこうという、そういった方向の力学が働いて今の地方創生という議論が起きているんじゃないかというふうに私自身は捉えております。
そこで、じゃ、道州制論議をこれから、とか地方制度の改革論議、これをどう議論していくかという問題がやはり政治的には大きいのだというふうに思います。
例えば、毎日新聞は道州制について、分権改革というものを徹底するのであれば、それは一つの選択肢であろうというような取上げ方を社説では従来しております。とはいうものの、この四十七の都道府県を、これで駄目だということであるのであれば、じゃ、それで、ブロックで再編して一体何がどう良くなるのかという具体的なやはり説明ができていなければいけないというふうに感じております。
とりわけ、私、今の基本法の制定論議というものを、これは印象ではありますが、感じることは、やはり何のための道州制で、じゃ、事務をどういうふうに権限を移して、それで、じゃ、基礎自治体、市町村を将来どういう姿にするのという、そこがまず固まって、それで、じゃ、道州制やろうよという議論なら分かるんですけれども、基本法をまず制定しようと、手続だけ走ろうというようなふうにややもすると見えてしまう。
これは私、非常に危ないと思います。やっぱり、もしやるのであれば、まず何のためのどういう道州制をするかということをきちんと議論して、そこを固めて走らないと、やはり四十七都道府県を再編するというのは非常に大きな話ですので、最終的には私、個人的には、これは憲法改正の国民投票に値するぐらいのテーマではないかというふうに思っておりますので、そこのところのまず基本、何のためにと。さっき、西尾先生のお話に至っては、それは行革のためなんですか、分権のためなんですかと。行革のためだというのなら、じゃ、都道府県の合併をして、どれだけ人数が削られるんですかと。じゃ、国の地方出先機関をどれだけ移すおつもりですかというところまできちんとベースで議論しておかないと、何やら手続論の話ばかりが走ってしまうのではないかという、そういったちょっと印象を持っております。
そうなりますと、その大きな地方制度改革の議論ということは、それはそれとして、やはり最低限やっていくべき話は、基礎自治体ですね、基礎自治体で町づくり、都市計画、こういったことについて自由度を高めていくということは、これからの人口減少社会で都市の計画を、都市の再編というんですか、そういったことを、町づくりをまたやり直さなきゃならなくなりますので、そういった方向のアプローチをして、そこに住民参加ということを、方策を講じていくというアプローチは、やはりここは最低限必要ではないかというふうな印象を持っております。
それが、どうして有権者は、じゃ、分権改革にいま一つ積極的に関心がないのかということに対するやはり答えにもなり得ると。そこをきちんと考えていくことがやはり、ああ、なるほど、生活に分権というのは関係があるんだなというふうに納得も得心も得ていただくという、そういった道になるのではないですかというふうに考えています。
あと、もう一つ、分権改革について何年か取材をして感じることは、やはり税財政ですね。これについての議論、難しい多々問題があるわけですけれども、とはいうものの、やはりちょっと政治的に乏しいのではないかという印象を持っております。
御承知のとおり、小泉内閣のときに三位一体の改革というのがございまして、三兆円税源は取ったけれども、五兆円交付税を減らされちゃったということが大まかに言うとございまして、それで地方側は非常に不信感を強めてしまったわけです。それで、あつものに懲りてなます云々といいますか、もう地方税財政の話をすると、どうせ財務省にいいようにやられて損するんじゃないかというような妙なシュリンク感が出てしまっているのではないかと。とはいうものの、やはり分権改革というのをきちんと考えていくというのであれば、この地方の税財政ということをどう拡充していくかという議論を、やはり私は政治的にもう一つ積極的に考えていただきたいという印象がございます。
とはいうものの、なぜ、先ほど地方のシュリンクという話もございましたけれども、どうしてその地方の税源移譲という話が難しいかということについて、一つの理由は、地方に税を移せば移すほど、それは地方同士の、大都市と地方、ほかの地域の税収格差が拡大してしまって、それで結局のところ、それは地方のバランスを逸してしまうと。これは地方消費税にしても住民税にしろ恐らく同様だと思いますけれども、そこの壁があるんですね。そこの壁に当たってしまうので、なかなか地方に税源を移すという議論が進まない。
そうすると、これはとても難しい話かもしれませんが、やはり地方の間で、共同税という言い方がいいのかどうかは分かりませんけれども、何かの形で税を融通し合うような仕組みは何か考えられないか。それは交付税という形しかないのであろうかということについて、ある程度やはり政治的に議論していただかないと、なかなかこの地方税財政というものについての議論について進めていくということは難しいのではないかというふうに感じております。
最後に、先ほど道州制の話と、あと地方税財政の話をしましたが、もう一つ政治の場面において積極的に議論していただきたいのは、やはり地方議会ですね、地方議会の在り方ということについて議論を活発にしていただきたいという思いがございます。
御承知のとおり、現在、日本の地方自治は、首長と議会がそれぞれ住民から選ばれる二元代表制という仕組みを取っておりますので、そこの歯車がうまく回らないと地方自治の歯車はうまく回らないという仕組みになっております。しかるに、では、地方議会の方の歯車がきちんと機能して回っているのかということについて言うと、多くの地方議会において、最近、政策機能でありますとか、監視機能でありますとか、そういったことの拡充に努めているということは私も重々承知はしておるつもりなのでありますが、やはりまだ足りないと、十分ではないということがあります。ここは、これから分権ということを考えていく上でも大きなテーマになるのではないかというふうに考えています。
昨今、しかも去年から、例のやじの話ですとか、あと政務活動費の話でありますとか、地方議会については、どちらかというと残念な話題ばかりが、私たちも報じているというようなことがあるわけなんですけれども、あと、最近は、なり手の不足という問題も町村議会においては深刻なようでございます。ただ、そういう問題は問題としてありますが、やっぱり基本的に一番地方議会について問題なのは、地方議会というのが住民の方々から非常に遠い存在に思えて、それで、加えて言うと、何をしているのかがよく分からないという状況がやはり地方議会を考える上では一番根っこの問題なのではないかというふうに私は考えています。
こういった状況を、じゃ地方議会をどうするかということについて、例えば通年議会にして夜間の開催を拡充するとか、議員提案で政策条例を制定いたしますとか、あと、情報公開に努めるとか、そういった運用面で地方議会の改革でできることがかなりあるということは、これは確かに実際そういった動きも起きております。
ただ、その一方で、制度的に考えると、例えば何か四十人ぐらい候補の、定数があって、大選挙区で、一つの選挙区で四十何人出馬した中から一人選べというような選挙の仕方ですね、これが本当に住民にとって選択にいいシステムなのであろうかということであるとか、あと、例えば都道府県議会と政令市議会について女性議員が少ないということであれば、政党色ですね、政党本位の選挙制度ということを考える余地はないのかとか、さらには、大都市と町村の、小規模自治体の地方議会ですね、そこの人員のリクルートの仕方、機能の仕方というのは本当に同じでいいのかとか、そういったことをもう少し政治の方からも議論していかないと、地方議会の現状というものを分権時代にふさわしい地方政府にするということから考えていくには、政治の議論ということが必要じゃないかという印象がございます。
あと、その関係でいいますと、例えば住民投票、これについても、住民投票というのは、では、どういうふうに地方政治の中で位置付けていくべきなのであろうかと。一時、片山善博さんが総務大臣のときに、箱物については法的拘束力を認めたらどうかというような議論もありました。これは地方側の反発が、逆に知事会の方が難色を示してうまくいかなかったという経緯がございますけれども、例えば、そのテーマとか拘束力についてどういうふうに考えていったらいいのかとか、そういった住民参加ということの在り方ということについても、与野党、政党において、もう少し正面から考えて議論していくといいのではないかという印象を持っております。
少し時間が残りましたが、以上であります。
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私たちメディアは、地方自治、分権改革について、東京から、地方から、できるだけ多角的にいろんな角度から取り上げたいというふうに日々努めているつもりでございます。とはいいましても、実際のことを申しますと、分権改革の話というのは非常に多岐にわたって、しかもテーマごとに複雑な話も多いので、とりわけ映像メディアを中心になかなか取り上げにくいというような傾向もあるようであります。
これが、ちょっと残念なことに、最近は活字メディアの方も分権改革について取上げが同様の傾向にあるようでありまして、せっかくの機会なので、毎日新聞のデータベースで、地方分権、さらに民主党政権時代に多く用いられました地域主権、この二つの言葉が入った記事が中央、地方版も含めてどのぐらいなのかなというふうに調べてみたところ、おおむね大体千から七百ぐらいの推移であったのですが、東日本大震災の年からちょっと減りまして、六百ぐらいに減りまして、この記事数が最近またどんどん減ってきていまして、昨年一年間では二百五十ぐらいでございました。こういうふうに、これはうちだけじゃなく、恐らく各メディアに共通する傾向なのではないかというふうに思われます。
それで、じゃ、なぜこの分権改革の報道が昨今ちょっと収まっているというような傾向にあるかというのは、これはメディアの課題ということももちろんあるかもしれませんが、そこのところの理由には、国民に言わば切迫的な関心ですね、これがやはり分権ということについてもう一つ薄いのではないかという点があるのではないかというふうに私自身は感じています。恐らく、どうして分権改革は必要なんだろうかと、そして、それが自分たちにとってどう影響するのかというところがいま一つイメージがつかみにくくて、ともすればこれは国と地方の権限争いなんじゃないのというような、そういった印象があるように見えてしまう。そこで、総論では分権いいねというんだけど、じゃ、実際に切迫的な関心があるかというと、どうもいま一つそこにはまだ至っていないのかなという印象が、私は感じています。
あともう一つは、それに加えて、昨今、やっぱり国と地方の権限、分権ですね、あと事務とか、そういった議論が一種踊り場にあるんじゃないかという感じがあります。第二期分権改革と言われるものが御承知のとおりここ数年来行われまして、これは義務付け・枠付けの見直しですとか、国の地方行政への関与ですね、関与の縮小という点について進められまして、これはかなりの成果を収めたというふうに私自身は見ております。
そうすると、そこがある程度見えてくると、じゃ、これから先、国と地方の権限関係をどう整理して分権論議とか自治の方に議論を進めていくんだと、そこについて政治的なイメージが集約されていない。このため、それがとりわけ民主党政権で、国と地方の、先ほどもお話ありましたが、出先改革、これが膠着して行き止まって以来、どうもこの分権というのはこれからどう進めていくんだということについて、一種の足踏み感があるんじゃないかと考えております。
それでは、じゃ、今どういう方向があるのかというと、単純化させていって言わせていただきますと、二つ議論の方向がございまして、一つは、先ほど所掌事務の拡大という話が西尾先生からございましたけれども、一つは、もう一回国から地方に大胆に事務とか権限を移して、それでブレークスルーしようという、国の守備範囲というものは極力狭めていこうと、そういった方向の議論が一つあると思います。これの代表が道州制ということではないでしょうか。
もう一つは、いや、地方の方はかなりもう事務を移譲されていて、正直おなかいっぱいだと。もうそこよりも、事務を移すよりも、それぞれの例えば市町村とか基礎自治体できちんと町づくりとか都市計画とかそういったものができるように、そういう分権を進めるべきだと。ラージとスモールという言い方がいいか分かりませんけれども、二つ方向の対立感があるというふうに私自身感じております。
そういった中で、昨年来、地方創生という課題が政府を中心に出てきて議論されているということだと思います。この地方創生というのは、厳密に言うと分権改革とは違うベクトルの議論でありますが、人口減少問題への対応ということなんですけれども、これはどうして今こういう議論が起きているかということは、私なりの印象で申し上げますと、町村とかにはこの議論をしていくことがいずれまた町村合併につながっていくのではないのかなという受け止めをしているところも多いようなんですが、実際のところは、道州制という言わば遠大な話をするよりも、目先の切実な課題をきちんと、まずは都道府県を中心に考えて、さらに今の市町村、それが周りと連携しながら課題を解決していこうという、そういった方向の力学が働いて今の地方創生という議論が起きているんじゃないかというふうに私自身は捉えております。
そこで、じゃ、道州制論議をこれから、とか地方制度の改革論議、これをどう議論していくかという問題がやはり政治的には大きいのだというふうに思います。
例えば、毎日新聞は道州制について、分権改革というものを徹底するのであれば、それは一つの選択肢であろうというような取上げ方を社説では従来しております。とはいうものの、この四十七の都道府県を、これで駄目だということであるのであれば、じゃ、それで、ブロックで再編して一体何がどう良くなるのかという具体的なやはり説明ができていなければいけないというふうに感じております。
とりわけ、私、今の基本法の制定論議というものを、これは印象ではありますが、感じることは、やはり何のための道州制で、じゃ、事務をどういうふうに権限を移して、それで、じゃ、基礎自治体、市町村を将来どういう姿にするのという、そこがまず固まって、それで、じゃ、道州制やろうよという議論なら分かるんですけれども、基本法をまず制定しようと、手続だけ走ろうというようなふうにややもすると見えてしまう。
これは私、非常に危ないと思います。やっぱり、もしやるのであれば、まず何のためのどういう道州制をするかということをきちんと議論して、そこを固めて走らないと、やはり四十七都道府県を再編するというのは非常に大きな話ですので、最終的には私、個人的には、これは憲法改正の国民投票に値するぐらいのテーマではないかというふうに思っておりますので、そこのところのまず基本、何のためにと。さっき、西尾先生のお話に至っては、それは行革のためなんですか、分権のためなんですかと。行革のためだというのなら、じゃ、都道府県の合併をして、どれだけ人数が削られるんですかと。じゃ、国の地方出先機関をどれだけ移すおつもりですかというところまできちんとベースで議論しておかないと、何やら手続論の話ばかりが走ってしまうのではないかという、そういったちょっと印象を持っております。
そうなりますと、その大きな地方制度改革の議論ということは、それはそれとして、やはり最低限やっていくべき話は、基礎自治体ですね、基礎自治体で町づくり、都市計画、こういったことについて自由度を高めていくということは、これからの人口減少社会で都市の計画を、都市の再編というんですか、そういったことを、町づくりをまたやり直さなきゃならなくなりますので、そういった方向のアプローチをして、そこに住民参加ということを、方策を講じていくというアプローチは、やはりここは最低限必要ではないかというふうな印象を持っております。
それが、どうして有権者は、じゃ、分権改革にいま一つ積極的に関心がないのかということに対するやはり答えにもなり得ると。そこをきちんと考えていくことがやはり、ああ、なるほど、生活に分権というのは関係があるんだなというふうに納得も得心も得ていただくという、そういった道になるのではないですかというふうに考えています。
あと、もう一つ、分権改革について何年か取材をして感じることは、やはり税財政ですね。これについての議論、難しい多々問題があるわけですけれども、とはいうものの、やはりちょっと政治的に乏しいのではないかという印象を持っております。
御承知のとおり、小泉内閣のときに三位一体の改革というのがございまして、三兆円税源は取ったけれども、五兆円交付税を減らされちゃったということが大まかに言うとございまして、それで地方側は非常に不信感を強めてしまったわけです。それで、あつものに懲りてなます云々といいますか、もう地方税財政の話をすると、どうせ財務省にいいようにやられて損するんじゃないかというような妙なシュリンク感が出てしまっているのではないかと。とはいうものの、やはり分権改革というのをきちんと考えていくというのであれば、この地方の税財政ということをどう拡充していくかという議論を、やはり私は政治的にもう一つ積極的に考えていただきたいという印象がございます。
とはいうものの、なぜ、先ほど地方のシュリンクという話もございましたけれども、どうしてその地方の税源移譲という話が難しいかということについて、一つの理由は、地方に税を移せば移すほど、それは地方同士の、大都市と地方、ほかの地域の税収格差が拡大してしまって、それで結局のところ、それは地方のバランスを逸してしまうと。これは地方消費税にしても住民税にしろ恐らく同様だと思いますけれども、そこの壁があるんですね。そこの壁に当たってしまうので、なかなか地方に税源を移すという議論が進まない。
そうすると、これはとても難しい話かもしれませんが、やはり地方の間で、共同税という言い方がいいのかどうかは分かりませんけれども、何かの形で税を融通し合うような仕組みは何か考えられないか。それは交付税という形しかないのであろうかということについて、ある程度やはり政治的に議論していただかないと、なかなかこの地方税財政というものについての議論について進めていくということは難しいのではないかというふうに感じております。
最後に、先ほど道州制の話と、あと地方税財政の話をしましたが、もう一つ政治の場面において積極的に議論していただきたいのは、やはり地方議会ですね、地方議会の在り方ということについて議論を活発にしていただきたいという思いがございます。
御承知のとおり、現在、日本の地方自治は、首長と議会がそれぞれ住民から選ばれる二元代表制という仕組みを取っておりますので、そこの歯車がうまく回らないと地方自治の歯車はうまく回らないという仕組みになっております。しかるに、では、地方議会の方の歯車がきちんと機能して回っているのかということについて言うと、多くの地方議会において、最近、政策機能でありますとか、監視機能でありますとか、そういったことの拡充に努めているということは私も重々承知はしておるつもりなのでありますが、やはりまだ足りないと、十分ではないということがあります。ここは、これから分権ということを考えていく上でも大きなテーマになるのではないかというふうに考えています。
昨今、しかも去年から、例のやじの話ですとか、あと政務活動費の話でありますとか、地方議会については、どちらかというと残念な話題ばかりが、私たちも報じているというようなことがあるわけなんですけれども、あと、最近は、なり手の不足という問題も町村議会においては深刻なようでございます。ただ、そういう問題は問題としてありますが、やっぱり基本的に一番地方議会について問題なのは、地方議会というのが住民の方々から非常に遠い存在に思えて、それで、加えて言うと、何をしているのかがよく分からないという状況がやはり地方議会を考える上では一番根っこの問題なのではないかというふうに私は考えています。
こういった状況を、じゃ地方議会をどうするかということについて、例えば通年議会にして夜間の開催を拡充するとか、議員提案で政策条例を制定いたしますとか、あと、情報公開に努めるとか、そういった運用面で地方議会の改革でできることがかなりあるということは、これは確かに実際そういった動きも起きております。
ただ、その一方で、制度的に考えると、例えば何か四十人ぐらい候補の、定数があって、大選挙区で、一つの選挙区で四十何人出馬した中から一人選べというような選挙の仕方ですね、これが本当に住民にとって選択にいいシステムなのであろうかということであるとか、あと、例えば都道府県議会と政令市議会について女性議員が少ないということであれば、政党色ですね、政党本位の選挙制度ということを考える余地はないのかとか、さらには、大都市と町村の、小規模自治体の地方議会ですね、そこの人員のリクルートの仕方、機能の仕方というのは本当に同じでいいのかとか、そういったことをもう少し政治の方からも議論していかないと、地方議会の現状というものを分権時代にふさわしい地方政府にするということから考えていくには、政治の議論ということが必要じゃないかという印象がございます。
あと、その関係でいいますと、例えば住民投票、これについても、住民投票というのは、では、どういうふうに地方政治の中で位置付けていくべきなのであろうかと。一時、片山善博さんが総務大臣のときに、箱物については法的拘束力を認めたらどうかというような議論もありました。これは地方側の反発が、逆に知事会の方が難色を示してうまくいかなかったという経緯がございますけれども、例えば、そのテーマとか拘束力についてどういうふうに考えていったらいいのかとか、そういった住民参加ということの在り方ということについても、与野党、政党において、もう少し正面から考えて議論していくといいのではないかという印象を持っております。
少し時間が残りましたが、以上であります。
山
山崎力#11
○会長(山崎力君) どうもありがとうございました。
以上で参考人からの意見聴取は終わりました。
これより参考人に対する質疑を行います。
本日の質疑はあらかじめ質疑者を定めずに行います。
質疑及び答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから着席のまま御発言いただくようにお願いいたします。
また、質疑者には、その都度答弁者を明示していただくようお願いいたします。
なお、できるだけ多くの委員が発言の機会を得られますよう、答弁を含めた時間がお一人十五分以内で必ず終わるよう御協力をお願いいたします。
それでは、質疑のある方は挙手を願います。
渡邉美樹君。
この発言だけを見る →以上で参考人からの意見聴取は終わりました。
これより参考人に対する質疑を行います。
本日の質疑はあらかじめ質疑者を定めずに行います。
質疑及び答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから着席のまま御発言いただくようにお願いいたします。
また、質疑者には、その都度答弁者を明示していただくようお願いいたします。
なお、できるだけ多くの委員が発言の機会を得られますよう、答弁を含めた時間がお一人十五分以内で必ず終わるよう御協力をお願いいたします。
それでは、質疑のある方は挙手を願います。
渡邉美樹君。
渡
渡邉美樹#12
○渡邉美樹君 ありがとうございます。自民党の渡邉美樹でございます。
両参考人におきましては、貴重な御意見、どうもありがとうございました。
大きな議論としまして、組織論でございますが、私は、とにかく右肩上がりであったり成長している段階においては中央集権が非常に有効だと思うんですが、やはり右肩下がり若しくは成長が止まった段階、少子高齢というような段階においてはやはり地方に権限、財源を渡し、そしてその結果、コストパフォーマンスを上げていくということが大事だというふうに思っております。それを前提に幾つか御質問をさせていただきたいというふうに思います。
西尾先生のコラム、読ませていただきました。どうもありがとうございました。
西尾先生は、道州制に安易に着手すれば国と都道府県と市町村の間で対立と混乱が生じるというふうに述べられております。また、西尾先生が大切だと言われていることは、国が決めていた事柄を地域住民の意思に基づいて決めることだと、このように申しているわけですが、そのためにも私は、道州制への移行、道州制ではなくて県市制でも何でもいいんですが、とにかく地方への財源、権限の移譲が大切だというふうに思っております。
その中で、お二人、両参考人にお聞きしたいんですが、西尾先生のこのコラムの中で、地方分権における議論の一番大事なところは、国の総合出先機関になるのか、つまり地方が国の総合出先機関になるのか、若しくは完全な自治体として存在するのかというところの議論が全くなされていない、煮詰まっていないと、それが問題だというふうに述べられているわけですが、両先生におきましては、地方を国の総合出先機関にするべきなのか、若しくは完全な自治体とするべきなのか、どちらがいいのか、そして、その理由をできたら教えていただきたいというふうに思います。
この発言だけを見る →両参考人におきましては、貴重な御意見、どうもありがとうございました。
大きな議論としまして、組織論でございますが、私は、とにかく右肩上がりであったり成長している段階においては中央集権が非常に有効だと思うんですが、やはり右肩下がり若しくは成長が止まった段階、少子高齢というような段階においてはやはり地方に権限、財源を渡し、そしてその結果、コストパフォーマンスを上げていくということが大事だというふうに思っております。それを前提に幾つか御質問をさせていただきたいというふうに思います。
西尾先生のコラム、読ませていただきました。どうもありがとうございました。
西尾先生は、道州制に安易に着手すれば国と都道府県と市町村の間で対立と混乱が生じるというふうに述べられております。また、西尾先生が大切だと言われていることは、国が決めていた事柄を地域住民の意思に基づいて決めることだと、このように申しているわけですが、そのためにも私は、道州制への移行、道州制ではなくて県市制でも何でもいいんですが、とにかく地方への財源、権限の移譲が大切だというふうに思っております。
その中で、お二人、両参考人にお聞きしたいんですが、西尾先生のこのコラムの中で、地方分権における議論の一番大事なところは、国の総合出先機関になるのか、つまり地方が国の総合出先機関になるのか、若しくは完全な自治体として存在するのかというところの議論が全くなされていない、煮詰まっていないと、それが問題だというふうに述べられているわけですが、両先生におきましては、地方を国の総合出先機関にするべきなのか、若しくは完全な自治体とするべきなのか、どちらがいいのか、そして、その理由をできたら教えていただきたいというふうに思います。
西
西尾勝#13
○参考人(西尾勝君) 誤解のないように申しますが、私は、できるだけ国の出先機関的な色彩を薄めたいと思っているのです。今より、現在よりも薄めていきたい、これをより濃くすることはもってのほかで、できるだけ今よりも薄めたいと思っておりますが、国の下請機関には一切してはならないというふうには思っておりません。自治体としての性格を強めていくということが私が求めていることですけれども、そういう意味で、完全に自治体であって国からの下請機関では一切ありませんという姿を理想だと思っておりません。そういう姿に実現しようと思っているわけでは決してないということを申し上げたいと思います。
その上でですけれども、国の総合出先機関に完全になったら、それはもう自治体ではないというふうに思います。したがって、一切受け取ってはならないとは言っていません。言っていませんけれども、総合出先機関などとなったら、それはもう国の機関であって自治体ではないということになると思います。
戦前の都道府県は総合出先機関だったわけです。そこに一部、都道府県議会も設置しましたから自治の要素も持っておりましたけれども、知事以下、執行機関がやる本体は全て国の仕事をやっていたわけで、国の総合出先機関というのは戦前の都道府県の姿です。それを完全自治体に変えたというのが戦後改革なんですけれども、実は国の事務を、国の団体委任事務であるとか国からの機関委任事務であるということで、国の事務だけどあなたたちがやりなさいというものをたくさんに抱えていたのが戦後の都道府県だと、こういうことだと思います。
この発言だけを見る →その上でですけれども、国の総合出先機関に完全になったら、それはもう自治体ではないというふうに思います。したがって、一切受け取ってはならないとは言っていません。言っていませんけれども、総合出先機関などとなったら、それはもう国の機関であって自治体ではないということになると思います。
戦前の都道府県は総合出先機関だったわけです。そこに一部、都道府県議会も設置しましたから自治の要素も持っておりましたけれども、知事以下、執行機関がやる本体は全て国の仕事をやっていたわけで、国の総合出先機関というのは戦前の都道府県の姿です。それを完全自治体に変えたというのが戦後改革なんですけれども、実は国の事務を、国の団体委任事務であるとか国からの機関委任事務であるということで、国の事務だけどあなたたちがやりなさいというものをたくさんに抱えていたのが戦後の都道府県だと、こういうことだと思います。
人
人羅格#14
○参考人(人羅格君) 国の総合出先機関にするんだったら、道州制はやめた方がいいと思います。今の四十七都道府県でもう十分だと思います。都道府県が合併で、もし必要があるのであれば、それで対処するべきではないでしょうか。
恐らく、道州制にする場合、やはり国の関与というものがどこかに出るということは、それはそうだとは思うのですけれども、かつて第四次地方制度調査会において、これはもう相当昔の話ですが、地方制度というものが提起されました。それは、国と地方の双方の性格を併せ持つ地方というものを置くという発想でして、これは私は、こういった議論が道州制の中でまた出てくる可能性もあるかもしれないというふうに思っていますので。
以前、自民党は、限りなく連邦制に近い道州制という言い方をされていましたけれども、もし、その連邦制かどうかは別にして、議論するというのであれば、やはり志として分権改革を徹底するという前提の下に議論するのがそれは当然ではないかというふうに考えております。
この発言だけを見る →恐らく、道州制にする場合、やはり国の関与というものがどこかに出るということは、それはそうだとは思うのですけれども、かつて第四次地方制度調査会において、これはもう相当昔の話ですが、地方制度というものが提起されました。それは、国と地方の双方の性格を併せ持つ地方というものを置くという発想でして、これは私は、こういった議論が道州制の中でまた出てくる可能性もあるかもしれないというふうに思っていますので。
以前、自民党は、限りなく連邦制に近い道州制という言い方をされていましたけれども、もし、その連邦制かどうかは別にして、議論するというのであれば、やはり志として分権改革を徹底するという前提の下に議論するのがそれは当然ではないかというふうに考えております。
渡
渡邉美樹#15
○渡邉美樹君 ありがとうございます。
人羅参考人の「二〇一三年を展望する」も拝読させていただきました。
その中で、やはり地に足の付いた議論が必要だという、その第一に、国の地方出先機関を自治体に財源付きで移管する改革の検討ということになっているわけですが、先ほど両参考人の御意見を聞いていても、財源の移行にリスクを感じると、そこに危険があるということをお二人ともおっしゃっていると思うんですが、この財源を移行することに対するリスク、そこにはどのようなところがあるのか、それについて教えていただきたいと思います。両参考人、お願いします。
この発言だけを見る →人羅参考人の「二〇一三年を展望する」も拝読させていただきました。
その中で、やはり地に足の付いた議論が必要だという、その第一に、国の地方出先機関を自治体に財源付きで移管する改革の検討ということになっているわけですが、先ほど両参考人の御意見を聞いていても、財源の移行にリスクを感じると、そこに危険があるということをお二人ともおっしゃっていると思うんですが、この財源を移行することに対するリスク、そこにはどのようなところがあるのか、それについて教えていただきたいと思います。両参考人、お願いします。
人
人羅格#16
○参考人(人羅格君) 財源を移行する場合、いよいよもってそれは分権が進むわけですから、それを執行することについて、チェックですね、先ほど地方議会のお話をいたしましたけれども、それに対する地方議会のチェック、監視というものは果たして十分に行き届くものであろうか。さらに、その財源というものを地方に移した場合、先ほど申し上げましたとおり、それがきちんとバランスが取れた形で移る、設計ができるのであろうかという点はやはりかなり問題になるのではないかという印象があります。
以上です。
この発言だけを見る →以上です。
西
西尾勝#17
○参考人(西尾勝君) 財源を移譲するというときに、国も地方も、国税も地方税も増税をする、全体のパイが増える、そのときに、その配分を今までの配分とは少し変えていくというのは比較的やりやすいと思うんです。いずれにしても、国も地方も増収分が出てくる。そのときの国税、地方税の配分を、従来よりも少し地方税を多めに配分をしていくという形で徐々にこの配分を変えていくというのは比較的やりやすいですが、国も地方もおよそ増税する余地がないというような状況下で、現在の姿の中で地方税の比率を高めるということは、結局、国税を減らすということにしかならないわけです。そうすると、借金の度合いからいえば、国の方がはるかに大きな累積借金を抱えている。地方も抱えていますが、比率として国の方が大きいと。そのときに、国はもう一銭たりとも譲るものはもうないと、こうおっしゃることになるんですね。
そこで、三位一体の改革のあの構想は、地方分権推進委員会が最後の最終報告で提言した、勧告ではなくて提言したことが、その後、小泉内閣によって取り上げられて、私たちが構想した手法に従って進められようとしたんです。そのときは、国の方も財政、歳入歳出のバランスが取れるようにしようと、地方もバランスが取れるようにしようと、お互いのパイの取り合いをするんではないという形でやろうということを考えたんですね、増税が不可能だと考えていましたから。
そうすると、着目したのは、国税として国が徴収したものの中に、かなり、国から地方公共団体へ財政移転している規模のお金が年間にして二十兆円ほど大体あるわけです、毎年。この比率、これが持っている規模、これがよその先進国よりも多いのが日本の特徴です。これが結局ひも付き財源になっていくと言われる、いろんな条件が、使い方に条件が付いていくというお金になっていますから、これを縮小する。この金額を縮小していって、その分を廃止すれば、国の歳出の方でそれは要らなくなるわけですから、その分国税を減らしても国の歳入歳出は一定ですよねという方式でお金を移そうとしたわけです。
その結果が大失敗になったわけですけど、国の所得税から地方の住民税への税源移譲を三兆円分ほど実現されました。しかし、地方も総額として増えることは何ら期待していなかったわけですね。ところが、逆に総額を減らされたわけです、三位一体の改革のとき。それで、それは約束違うだろうと、こんなことが我々が望んでいたことではないというので総反発が起こったというのが現在の姿で、増税なしという中で移譲していくというのは大変難しい状況になっているというふうに思います。
今回、五%から消費税を八%に上げるというのは一つの機会だったと、国と地方の配分を見直す一つの機会だったと思いますけれども、これは社会保障関係に使うと、増やす分はという枠の中で議論をされましたので、社会保障での国の必要な経費と地方の必要な経費を考えてあの消費税の増税分の配分を決めていったということで、社会保障に限定した姿になりましたから、我々が狙っていたような配分の変更というのはちょっと起こらなかったというのが今回の増税です。今度、一〇%のときはもう一つの機会だと思いますが、果たしてそううまくいくかどうかというのはなかなか難しい話だと思います。
この発言だけを見る →そこで、三位一体の改革のあの構想は、地方分権推進委員会が最後の最終報告で提言した、勧告ではなくて提言したことが、その後、小泉内閣によって取り上げられて、私たちが構想した手法に従って進められようとしたんです。そのときは、国の方も財政、歳入歳出のバランスが取れるようにしようと、地方もバランスが取れるようにしようと、お互いのパイの取り合いをするんではないという形でやろうということを考えたんですね、増税が不可能だと考えていましたから。
そうすると、着目したのは、国税として国が徴収したものの中に、かなり、国から地方公共団体へ財政移転している規模のお金が年間にして二十兆円ほど大体あるわけです、毎年。この比率、これが持っている規模、これがよその先進国よりも多いのが日本の特徴です。これが結局ひも付き財源になっていくと言われる、いろんな条件が、使い方に条件が付いていくというお金になっていますから、これを縮小する。この金額を縮小していって、その分を廃止すれば、国の歳出の方でそれは要らなくなるわけですから、その分国税を減らしても国の歳入歳出は一定ですよねという方式でお金を移そうとしたわけです。
その結果が大失敗になったわけですけど、国の所得税から地方の住民税への税源移譲を三兆円分ほど実現されました。しかし、地方も総額として増えることは何ら期待していなかったわけですね。ところが、逆に総額を減らされたわけです、三位一体の改革のとき。それで、それは約束違うだろうと、こんなことが我々が望んでいたことではないというので総反発が起こったというのが現在の姿で、増税なしという中で移譲していくというのは大変難しい状況になっているというふうに思います。
今回、五%から消費税を八%に上げるというのは一つの機会だったと、国と地方の配分を見直す一つの機会だったと思いますけれども、これは社会保障関係に使うと、増やす分はという枠の中で議論をされましたので、社会保障での国の必要な経費と地方の必要な経費を考えてあの消費税の増税分の配分を決めていったということで、社会保障に限定した姿になりましたから、我々が狙っていたような配分の変更というのはちょっと起こらなかったというのが今回の増税です。今度、一〇%のときはもう一つの機会だと思いますが、果たしてそううまくいくかどうかというのはなかなか難しい話だと思います。
渡
渡邉美樹#18
○渡邉美樹君 人羅参考人は、道州制の移行は走りながら考える手法は余りにも危険だというふうに述べられています。私も十分に検討した上でシミュレーションが必要だと思っております。
人羅参考人の「二〇一三年を展望する」、ここにも、もう一つ大事なことは、道州制の先行モデル地域を設け、国民に導入のメリットを証明するということと述べられているわけですが、お二人ともこの道州制若しくは地方分権ということについて関わってきたわけでありますが、なぜ具体的に、先行モデルをシミュレーションを仕掛けるとか具体的に前に進んでいくということ、この行動がなぜ起きないのか。実際に、どこにその抵抗勢力があるのかも知りません、誰がこれに対して損をするのかも分かりません。それについては、お二人が率直に、どうしてもっとスムーズにやるべき実験をやらないのか、シミュレーションをしないのか、前に進んでいかないのかという、そのことについて御意見があれば最後に御質問したいと思います。お二人です。
この発言だけを見る →人羅参考人の「二〇一三年を展望する」、ここにも、もう一つ大事なことは、道州制の先行モデル地域を設け、国民に導入のメリットを証明するということと述べられているわけですが、お二人ともこの道州制若しくは地方分権ということについて関わってきたわけでありますが、なぜ具体的に、先行モデルをシミュレーションを仕掛けるとか具体的に前に進んでいくということ、この行動がなぜ起きないのか。実際に、どこにその抵抗勢力があるのかも知りません、誰がこれに対して損をするのかも分かりません。それについては、お二人が率直に、どうしてもっとスムーズにやるべき実験をやらないのか、シミュレーションをしないのか、前に進んでいかないのかという、そのことについて御意見があれば最後に御質問したいと思います。お二人です。
山
人
人羅格#20
○参考人(人羅格君) モデル地域ということについて私が書いたのは、よく、道州制について言うと、北海道がいわゆる形は道州制なんですけれども、じゃ北海道をどういう道州制にすれば北海道は今の札幌の一極集中が緩和されていい北海道になるという絵を描くんですかという問いかけをすると、これは残念ながら、それについて理路整然と私に答えてくれた人は余りいらっしゃらないような印象があるものでして、そうなると、まずひとつ、じゃ、どこかで考えてみようじゃないかと。それで本当にいいかどうかということを、手が、挙げるところがあるならば、例えば出先機関を一部先行移譲するのでもいいですけれども、そういった考え方というのもあるのではないかという意味でそこでは取り上げました。
この発言だけを見る →西
西尾勝#21
○参考人(西尾勝君) なかなか複雑な話なのですけれども、私が今の道州制論議に危惧をしておりますのは三点あります。
一点目は、事務権限の移譲、国から下ろそうと思っているものをできるだけ幅広く移譲しようという議論が横行しているということです。もちろん個々の国会の先生たちのお考えはそれぞれ違うでしょうが、ある先生の過去に出された私案は、国税局、税務署も全て道州に移すと言っていらっしゃるんです。国税を徴収するような純粋の国の事務の仕事まで下ろして、それが自治体で受け取れますかということを申し上げるんですが、そういう議論まで出てくるということを恐れています。
それから二番目は、その道州制論者の多くの方々は、現在の千七百余の市町村数でもまだ多いと、道州制になったときは市町村数の更なる削減が必要だと言っていらっしゃる方が多い。これに市町村が全部反発しています、今。とんでもないということで反対していらっしゃるということが二点目です。私もそれは非現実的だと思います。
それから三番目、四十七都道府県を全面廃止するとおっしゃっているわけです。私、そうやって果たして関東地方とか関西地方に適切な道州の設計ができるでしょうかと。私はできないように思います。巨大な道州をつくっちゃうことになると思います。そういう意味で、そういう部分では都道府県を残す余地も認めた方が現実的なんではないかと思っています。
そういういろいろの危惧を感じているので、現在のような動きだと反対せざるを得ないと言っているということです。
この発言だけを見る →一点目は、事務権限の移譲、国から下ろそうと思っているものをできるだけ幅広く移譲しようという議論が横行しているということです。もちろん個々の国会の先生たちのお考えはそれぞれ違うでしょうが、ある先生の過去に出された私案は、国税局、税務署も全て道州に移すと言っていらっしゃるんです。国税を徴収するような純粋の国の事務の仕事まで下ろして、それが自治体で受け取れますかということを申し上げるんですが、そういう議論まで出てくるということを恐れています。
それから二番目は、その道州制論者の多くの方々は、現在の千七百余の市町村数でもまだ多いと、道州制になったときは市町村数の更なる削減が必要だと言っていらっしゃる方が多い。これに市町村が全部反発しています、今。とんでもないということで反対していらっしゃるということが二点目です。私もそれは非現実的だと思います。
それから三番目、四十七都道府県を全面廃止するとおっしゃっているわけです。私、そうやって果たして関東地方とか関西地方に適切な道州の設計ができるでしょうかと。私はできないように思います。巨大な道州をつくっちゃうことになると思います。そういう意味で、そういう部分では都道府県を残す余地も認めた方が現実的なんではないかと思っています。
そういういろいろの危惧を感じているので、現在のような動きだと反対せざるを得ないと言っているということです。
山
渡
山
長
長浜博行#25
○長浜博行君 民主党の長浜博行でございます。
お二人の参考人には、本当にどうもありがとうございました。本来は昨年末でありましたけど、日程の調整をしていただいて今日に至っているわけでございます。
ちょうど地方分権改革の二十年をどう見るかと、西尾先生のお話からスタートしたわけでありますけれども、ちょうどこの二十年を振り返ってみたときに、やはり、一九九三年というか平成五年の、これ宮沢内閣の最後の段階でありましたけれども、地方分権の推進に関する決議が六月の三日に衆議院で、翌日参議院という、この二つ国会決議がなされたところからスタートしたという意味は非常に大きかったんではないかなというふうに思っております。
これ、記憶にありますのは、この後の七月十八日に選挙になりましたんで、私もこの選挙で国会に平成五年に入ってきたので記憶に新しいわけでありますけど、新しいというか記憶に焼き付いているわけですが、この十月の二十七日の段階で、平成五年の、第三次行革審の最終答申がなされました。そして、これは、九一年から続いているいわゆるこの三次行革審のたまたま豊かなくらしの部会長であった細川護煕元の熊本県の知事が、そのまさに平成五年の選挙で衆議院当選一回で総理大臣になるというような状況の、ある意味では地方分権をずっとやってきた担当者が総理になるという状況の展開の中で、この平成七年の地方分権推進法の施行という段階に続いていっているというふうに思うわけでございます。
もちろん、この施行された後の、先ほどのお話の中で、機関委任事務といいますか、国の下請からの解放、機関委任事務を廃止することの議論はあったわけでありますが、先生の最後のところで時間がちょっと押していて言いづらい部分もあったのかもしれませんが、いわゆる分権の受皿論とそれから地方分権推進法が言うところの首相の勧告尊重義務、この部分が、最初の十年の地方分権における大きなテーマの中においては、この二つの考え方を先生はどのように整理をされているのか、ちょっとお話をいただければと思います。
この発言だけを見る →お二人の参考人には、本当にどうもありがとうございました。本来は昨年末でありましたけど、日程の調整をしていただいて今日に至っているわけでございます。
ちょうど地方分権改革の二十年をどう見るかと、西尾先生のお話からスタートしたわけでありますけれども、ちょうどこの二十年を振り返ってみたときに、やはり、一九九三年というか平成五年の、これ宮沢内閣の最後の段階でありましたけれども、地方分権の推進に関する決議が六月の三日に衆議院で、翌日参議院という、この二つ国会決議がなされたところからスタートしたという意味は非常に大きかったんではないかなというふうに思っております。
これ、記憶にありますのは、この後の七月十八日に選挙になりましたんで、私もこの選挙で国会に平成五年に入ってきたので記憶に新しいわけでありますけど、新しいというか記憶に焼き付いているわけですが、この十月の二十七日の段階で、平成五年の、第三次行革審の最終答申がなされました。そして、これは、九一年から続いているいわゆるこの三次行革審のたまたま豊かなくらしの部会長であった細川護煕元の熊本県の知事が、そのまさに平成五年の選挙で衆議院当選一回で総理大臣になるというような状況の、ある意味では地方分権をずっとやってきた担当者が総理になるという状況の展開の中で、この平成七年の地方分権推進法の施行という段階に続いていっているというふうに思うわけでございます。
もちろん、この施行された後の、先ほどのお話の中で、機関委任事務といいますか、国の下請からの解放、機関委任事務を廃止することの議論はあったわけでありますが、先生の最後のところで時間がちょっと押していて言いづらい部分もあったのかもしれませんが、いわゆる分権の受皿論とそれから地方分権推進法が言うところの首相の勧告尊重義務、この部分が、最初の十年の地方分権における大きなテーマの中においては、この二つの考え方を先生はどのように整理をされているのか、ちょっとお話をいただければと思います。
西
西尾勝#26
○参考人(西尾勝君) 諸井委員会が発足をいたしまして三か月間ぐらい、七名の委員だけで議論を続けました。いずれ専門委員のような方々を十数名更に委嘱しようと思っていたのですけれども、それをせずに七名の委員だけで徹底的に議論をしようということで三か月間議論を続けていました。
そのときに以後の委員会の運営の仕方の基本方針を徐々に決めていったんですけれども、そのときの基本方針の一つが、受皿論は当面棚上げにしようということでした。都道府県レベルでいえば都道府県の統合とか、あるいは道州制という議論、市町村について言えば市町村の更なる合併をすべきか否かという問題、こうした受皿論が当時横行していたわけです、世論の中では。要するに、分権を進めるのはいいけれども、分権をこれ以上進めようと思ったらば、受皿になる都道府県なり市町村なりを今のままではなくて再編成して強化しなければ受皿にならないのではないかという議論がかなりあったわけです。そういう議論が世の中にあるけれども、それに手を付けることはやめようと決めました。
我々は、現在の国、都道府県、市町村という姿を前提にして、その体制の中でできる限りの分権を図るというのをこの委員会の方針にしようと、こういうことでスタートしました。それは同時に、委員会としては、都道府県、市町村という自治体の人たちの要望する分権改革を実現したいと、こういうふうに考えましたので、地方六団体が結束して応援してくれるようなやり方でやろうという方針決定でもあったわけです。
そういうつもりで始めたのですけれども、第一次勧告を出す前後です、そのときに国会議員の方々から、当初一番我々と接触したのは第一党の自由民主党でしたけれども、そこの行政改革本部で議論が委員会関係者と行われたときに、棚上げの方針は都道府県レベルについては認めると、しかし市町村レベルの合併は急ぐということをおっしゃいまして、そして、それは先送りするのではなくて分権改革と同時並行で進めなさいと。そういうふうにしろということを強くおっしゃって、それは自民党の声だけではなくて、委員長が各党をちょっと回っていろいろ幹部の方々に伺ったところ、かなり与野党にまで及ぶ御意見であるというふうに委員長は受け取られたわけですね。
そこで、我々は、最初そういう申合せをしたけれども、市町村合併は手を付けないと国会の先生方の支持が十分に得られないのではないかというふうな委員長の御判断で、急遽それも、合併は議論するということになりました。その結果、第二次勧告の中で、市町村合併はあくまでも対等合併で、住民の合意の上での合併ですから、それが大原則で、自主合併が原則で強制することはあってはならないけれども、政府としてはできるだけそれを支援していくような、促進していくような方策を取るべきであるという勧告を出したわけですね。それが大本になって、後の平成の町村合併と言われるものが進むようになっていったわけです。ですから、我々の委員会自身が出した勧告が大本になって進んでしまったわけです。そういう立場を取らざるを得なかったと思っています。
私自身は、その時点で市町村合併を進めることには反対でした。早過ぎると思っていました。もう少し分権改革が進んでからならばあり得ると、そのとき考えてもいいんではないかという、時期の問題として反対していました。そうなれば、町村関係者は、現にそうなったんですけど、分権に非常に批判的になったわけでありまして、余り町村会も町村議会議長会も協力的ではなくなったわけです。それだけ六団体の一致した支持というのを得られなくなったわけです。そうなるのはつらかったんですけれども、結果的にそうなってしまいました。
でも、そのときにもし合併をしないでずっと済ませてきていたら今も済ませられるかといいますと、その後のこの高齢化の進捗と、それから人口減少時代に入ることは予想されていましたが、本格的に始まり出しています。こういう状況になって、今、地方消滅可能性都市などという議論までなされるというこういう時点になって、あのとき平成の合併が行われていなかったら、今、大議論になっているだろうと思います、恐らく。
ですから、そういう意味では、時期が早過ぎたか否かという問題、あるいはやり方が適当であったかどうかという問題はありますが、当時としてはやりたくないことに手を付けたという状況でした。
この発言だけを見る →そのときに以後の委員会の運営の仕方の基本方針を徐々に決めていったんですけれども、そのときの基本方針の一つが、受皿論は当面棚上げにしようということでした。都道府県レベルでいえば都道府県の統合とか、あるいは道州制という議論、市町村について言えば市町村の更なる合併をすべきか否かという問題、こうした受皿論が当時横行していたわけです、世論の中では。要するに、分権を進めるのはいいけれども、分権をこれ以上進めようと思ったらば、受皿になる都道府県なり市町村なりを今のままではなくて再編成して強化しなければ受皿にならないのではないかという議論がかなりあったわけです。そういう議論が世の中にあるけれども、それに手を付けることはやめようと決めました。
我々は、現在の国、都道府県、市町村という姿を前提にして、その体制の中でできる限りの分権を図るというのをこの委員会の方針にしようと、こういうことでスタートしました。それは同時に、委員会としては、都道府県、市町村という自治体の人たちの要望する分権改革を実現したいと、こういうふうに考えましたので、地方六団体が結束して応援してくれるようなやり方でやろうという方針決定でもあったわけです。
そういうつもりで始めたのですけれども、第一次勧告を出す前後です、そのときに国会議員の方々から、当初一番我々と接触したのは第一党の自由民主党でしたけれども、そこの行政改革本部で議論が委員会関係者と行われたときに、棚上げの方針は都道府県レベルについては認めると、しかし市町村レベルの合併は急ぐということをおっしゃいまして、そして、それは先送りするのではなくて分権改革と同時並行で進めなさいと。そういうふうにしろということを強くおっしゃって、それは自民党の声だけではなくて、委員長が各党をちょっと回っていろいろ幹部の方々に伺ったところ、かなり与野党にまで及ぶ御意見であるというふうに委員長は受け取られたわけですね。
そこで、我々は、最初そういう申合せをしたけれども、市町村合併は手を付けないと国会の先生方の支持が十分に得られないのではないかというふうな委員長の御判断で、急遽それも、合併は議論するということになりました。その結果、第二次勧告の中で、市町村合併はあくまでも対等合併で、住民の合意の上での合併ですから、それが大原則で、自主合併が原則で強制することはあってはならないけれども、政府としてはできるだけそれを支援していくような、促進していくような方策を取るべきであるという勧告を出したわけですね。それが大本になって、後の平成の町村合併と言われるものが進むようになっていったわけです。ですから、我々の委員会自身が出した勧告が大本になって進んでしまったわけです。そういう立場を取らざるを得なかったと思っています。
私自身は、その時点で市町村合併を進めることには反対でした。早過ぎると思っていました。もう少し分権改革が進んでからならばあり得ると、そのとき考えてもいいんではないかという、時期の問題として反対していました。そうなれば、町村関係者は、現にそうなったんですけど、分権に非常に批判的になったわけでありまして、余り町村会も町村議会議長会も協力的ではなくなったわけです。それだけ六団体の一致した支持というのを得られなくなったわけです。そうなるのはつらかったんですけれども、結果的にそうなってしまいました。
でも、そのときにもし合併をしないでずっと済ませてきていたら今も済ませられるかといいますと、その後のこの高齢化の進捗と、それから人口減少時代に入ることは予想されていましたが、本格的に始まり出しています。こういう状況になって、今、地方消滅可能性都市などという議論までなされるというこういう時点になって、あのとき平成の合併が行われていなかったら、今、大議論になっているだろうと思います、恐らく。
ですから、そういう意味では、時期が早過ぎたか否かという問題、あるいはやり方が適当であったかどうかという問題はありますが、当時としてはやりたくないことに手を付けたという状況でした。
長
長浜博行#27
○長浜博行君 この西尾参考人の「時代の証言者」というのは読売新聞でございますけれども、もし可能であれば、人羅参考人、この激動の九〇年代の地方分権議論と、西尾先生がまとめられた部分における委員会の、特に橋本内閣のときのいわゆる委員会からの勧告を首相が尊重すべきであるというこの解釈によって政治の流れというか分権の流れが変わっていったというふうに記憶をしているんですが、このことについて何か御意見はございますでしょうか。
この発言だけを見る →人
人羅格#28
○参考人(人羅格君) 質問の御趣旨を私がきちんと受け止められたかどうかはちょっと自信がないんですけれども、分権改革一期、二期というふうによく言われております。その一期において機関委任事務ということを廃止して、国と地方の対等関係、さらに、二期分権改革において国における地方行政への関与の縮小、こういったものが非常に西尾先生を中心とする御尽力で着実に進んだということについては、私は個人的には非常に大きな前進であったというふうに受け止めております。
以上です。
この発言だけを見る →以上です。
長
長浜博行#29
○長浜博行君 それから、これからの地方自治を議論する中において、これまでの地方自治の議論の中においては、さっき人羅参考人からはちょっと出ましたけれども、地方分権とかこれからの地方自治を議論する場合に憲法の改正の議論が出てくるのか。逆の言い方をすれば、憲法を改正をしないと、地方分権なり地方自治のこれからを議論することが難しくなることがあるのか、この議論における現行憲法が何か障害を持っているのかどうか。これについて、お二人から御意見を拝聴できればと思います。
この発言だけを見る →