憲法審査会
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会
会議録情報#0
令和元年五月九日(木曜日)
午前九時開議
出席委員
会長 森 英介君
幹事 江渡 聡徳君 幹事 木原 稔君
幹事 小林 鷹之君 幹事 新藤 義孝君
幹事 棚橋 泰文君 幹事 平沢 勝栄君
幹事 山花 郁夫君 幹事 階 猛君
幹事 北側 一雄君
石破 茂君 稲田 朋美君
衛藤征士郎君 越智 隆雄君
大串 正樹君 大塚 拓君
鬼木 誠君 上川 陽子君
黄川田仁志君 後藤田正純君
田所 嘉徳君 冨樫 博之君
中谷 元君 中山 泰秀君
野田 毅君 福井 照君
船田 元君 松本 剛明君
務台 俊介君 盛山 正仁君
山本 拓君 枝野 幸男君
小川 淳也君 近藤 昭一君
辻元 清美君 中川 正春君
本多 平直君 道下 大樹君
山尾志桜里君 奥野総一郎君
源馬謙太郎君 日吉 雄太君
古川 元久君 岡本 三成君
遠山 清彦君 赤嶺 政賢君
馬場 伸幸君 井出 庸生君
照屋 寛徳君 井上 一徳君
長島 昭久君
…………………………………
参考人
(一般社団法人日本民間放送連盟専務理事) 永原 伸君
参考人
(一般社団法人日本民間放送連盟理事待遇番組・著作権部長) 田嶋 炎君
衆議院憲法審査会事務局長 望月 譲君
—————————————
委員の異動
五月八日
辞任
本村 伸子君
同日
補欠選任
日吉 雄太君
同月九日
辞任 補欠選任
田所 嘉徳君 冨樫 博之君
本多 平直君 枝野 幸男君
同日
辞任 補欠選任
冨樫 博之君 田所 嘉徳君
枝野 幸男君 本多 平直君
—————————————
本日の会議に付した案件
日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制に関する件(憲法改正国民投票に係る有料広告の自主規制の検討状況について)
————◇—————
この発言だけを見る →午前九時開議
出席委員
会長 森 英介君
幹事 江渡 聡徳君 幹事 木原 稔君
幹事 小林 鷹之君 幹事 新藤 義孝君
幹事 棚橋 泰文君 幹事 平沢 勝栄君
幹事 山花 郁夫君 幹事 階 猛君
幹事 北側 一雄君
石破 茂君 稲田 朋美君
衛藤征士郎君 越智 隆雄君
大串 正樹君 大塚 拓君
鬼木 誠君 上川 陽子君
黄川田仁志君 後藤田正純君
田所 嘉徳君 冨樫 博之君
中谷 元君 中山 泰秀君
野田 毅君 福井 照君
船田 元君 松本 剛明君
務台 俊介君 盛山 正仁君
山本 拓君 枝野 幸男君
小川 淳也君 近藤 昭一君
辻元 清美君 中川 正春君
本多 平直君 道下 大樹君
山尾志桜里君 奥野総一郎君
源馬謙太郎君 日吉 雄太君
古川 元久君 岡本 三成君
遠山 清彦君 赤嶺 政賢君
馬場 伸幸君 井出 庸生君
照屋 寛徳君 井上 一徳君
長島 昭久君
…………………………………
参考人
(一般社団法人日本民間放送連盟専務理事) 永原 伸君
参考人
(一般社団法人日本民間放送連盟理事待遇番組・著作権部長) 田嶋 炎君
衆議院憲法審査会事務局長 望月 譲君
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委員の異動
五月八日
辞任
本村 伸子君
同日
補欠選任
日吉 雄太君
同月九日
辞任 補欠選任
田所 嘉徳君 冨樫 博之君
本多 平直君 枝野 幸男君
同日
辞任 補欠選任
冨樫 博之君 田所 嘉徳君
枝野 幸男君 本多 平直君
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本日の会議に付した案件
日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制に関する件(憲法改正国民投票に係る有料広告の自主規制の検討状況について)
————◇—————
森
森英介#1
○森会長 これより会議を開きます。
日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制に関する件、特に憲法改正国民投票に係る有料広告の自主規制の検討状況について調査を進めます。
本日は、本件調査のため、参考人として一般社団法人日本民間放送連盟専務理事永原伸君及び一般社団法人日本民間放送連盟理事待遇番組・著作権部長田嶋炎君に御出席をいただいております。
この際、参考人各位に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多用中にもかかわらず御出席をいただき、まことにありがとうございます。参考人のお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じます。
本日の議事の順序について申し上げます。
まず、永原参考人から代表して十五分以内で御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑に対し参考人各位にお答え願いたいと存じます。
なお、発言する際はその都度会長の許可を得ることとなっております。また、参考人は委員に対し質疑することはできないこととなっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。
御発言は着席のままでお願いいたします。
それでは、永原参考人、お願いいたします。
この発言だけを見る →日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制に関する件、特に憲法改正国民投票に係る有料広告の自主規制の検討状況について調査を進めます。
本日は、本件調査のため、参考人として一般社団法人日本民間放送連盟専務理事永原伸君及び一般社団法人日本民間放送連盟理事待遇番組・著作権部長田嶋炎君に御出席をいただいております。
この際、参考人各位に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多用中にもかかわらず御出席をいただき、まことにありがとうございます。参考人のお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じます。
本日の議事の順序について申し上げます。
まず、永原参考人から代表して十五分以内で御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑に対し参考人各位にお答え願いたいと存じます。
なお、発言する際はその都度会長の許可を得ることとなっております。また、参考人は委員に対し質疑することはできないこととなっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。
御発言は着席のままでお願いいたします。
それでは、永原参考人、お願いいたします。
永
永原伸#2
○永原参考人 日本民間放送連盟専務理事の永原でございます。
私どもは、昨年十二月二十日の理事会で、憲法改正国民投票運動の放送対応に関する基本姿勢を決定しました。また、本年三月二十日の理事会で、国民投票運動CMなどの取扱いに関する考査ガイドラインを決定いたしました。
本日は、最初に、この基本姿勢と考査ガイドラインについて御説明申し上げます。その上で、CM規制に対する民放連の基本的な考え方について御説明申し上げます。
お配りした資料の一が、昨年十二月二十日の理事会で決定しました基本姿勢でございます。
まず冒頭、一ページ目の二段落目で、憲法改正が発議された場合には、番組とCMを通じて正確かつ多角的な情報を提供することが放送事業者としての当然の責務であることを改めて確認しております。番組、特に報道活動に関しましては、三段落目で、留意すべき民放連放送基準の条文、具体的には十一条、三十四条、四十七条への留意を強調しております。
CMにつきましては、一ページ目の一番下の段落でございますが、テレビ、ラジオCMは生活になくてはならない存在であることをまずうたい、その上で、二ページ目の最初の段落で、留意すべき放送基準の条文、具体的には八十九条、百一条、九十七条を列挙して、より慎重な対応が求められることを強調しております。
最後のパートは、憲法改正に関するいわゆる意見広告の扱いに関する言及となります。
これは、先生方よく御存じのことと存じますが、国民投票法百五条で放送を禁止されているのは、憲法改正案に対し賛成又は反対の投票をし又はしないよう勧誘するCMでございます。そうしますと、直接的な勧誘を示す表現はないけれども、憲法改正に関して意見を述べる、いわゆる意見広告の形をとるCMは、百五条は直接的には禁じていないこととなります。しかしながら、投票日前の十四日間に憲法改正の意見CMが放送されれば、国民・視聴者が戸惑うのではなかろうかと私どもは考えました。
百五条の趣旨は、投票日直前については言論の自由市場で淘汰する時間的な余裕がないので、放送を禁止して国民がクールダウンする時間を設定するというものであると理解しております。
この条文の立法趣旨を踏まえまして、主権者一人一人が冷静な判断を行うための環境整備にも配慮することが、我々放送事業者に対する社会的な要請であると考え、いわゆる意見広告の形をとった憲法改正に関するCMなども、投票日前十四日間は放送しないことを会員各社に推奨することにした次第であります。
なお、独占禁止法との関係から、選択肢という表現を用いましたとおり、最終的には会員各社が自主的に判断することといたしております。
この決定に対して、昨年九月の理事会で決定しましたCM量の自主規制を行わないという方針との関係はどのように整理しているのかと思われる向きもあろうかと思いますので、この点を補足させていただきます。これは資料の三、カラーの図をごらんください。
国民投票法は、百条で国民の表現の自由を不当に侵害しないよう求めています。憲法改正で発議された項目について賛成であれ反対であれ、それが広告という表現形態であっても、その意思の表明は政治的表現の自由として最大限尊重されなければならないというのが国民投票法の精神であると理解しております。
そのため、広告放送に関しましても、十二年前の立法当時の御議論は、一言で言えば、広告合戦のような事態となっても、それは言論の自由市場で淘汰されるべきであって、安易な広告規制は国民の表現の自由を脅かすという考え方が、自民党、公明党、さらに当時の民主党の法案提出者の一致したお考えであったと理解しております。
昨今、資金力の多寡によってCM量に違いが出て、それが国民の判断を左右してよいのかというCM規制論が盛んになっていることは、私どもも十分認識しております。しかしながら、私どもは事業者団体ですので、現在ある法律、現在あるルールに従って行動することとなります。今回の場合、国民投票法の条文や立法趣旨に沿って判断するということでございます。
したがいまして、百条で国民の表現の自由を最大限尊重するよう求めていることを受けて、発議されてから投票日の十五日前までの間はCM量に特化した自主規制は行わないとしつつ、百五条で静かな投票環境を求めていることを受けて、投票日前十四日間は、国民投票を勧誘するCMだけでなく、憲法改正に関する意見CMなどもあわせて放送しないことを会員各社に推奨するということでありまして、百条、百五条という国民投票法の条文、立法趣旨にかなった対応であるという点で、首尾一貫しているものでございます。
次に、本年三月二十日の理事会で決定した考査ガイドラインについて御説明します。
資料の二をごらんください。
一ページ目の放送事業者の責務、ガイドラインの位置づけ、原則。ここまでの記述は、ただいま御説明しました基本姿勢で示した内容を改めて確認したもので、ガイドラインの具体的中身は、二ページ目の中段にございます適用範囲以降となります。
まず、適用範囲で、憲法改正に関するCM全般が対象であることを明示しております。
次に、広告主では、門戸は平等に開かれていることを広告主にきちんと示すことが重要であると考え、(7)、(8)のような表現となっております。
次に、三ページ目に移りまして、出演者で、(9)は、政党その他の政治活動を行う団体の場合は原則党首又は団体の代表のみとしております。
次のCM内容も具体的な記述が並んでおりますが、これらの記述は、会員各社が政党スポット、意見広告のCMを取り扱う中で、従来から判断基準としていた内容を明文化したものでございます。先ほどの広告主の項目で個人の広告は取り扱わないとしているのも、出演者の項目で原則党首又は団体の代表しか受け付けないとしているのも、従来からの判断基準に沿った内容であります。
以上が、昨年十二月及びことし三月の理事会で決定した基本姿勢と考査ガイドラインの内容の御説明でございます。
民放連としましては、昨年九月の理事会でCM量の自主規制は行わないという方針を決定して以来、国民投票運動の放送対応について進めてきた検討作業は、これで一区切りとなります。
次に、CM規制に対する民放連の基本的な考え方について申し述べたいと思います。
昨年九月の理事会でCM量の自主規制は行わないという方針を決定して以来、さまざまな場面で、自主規制しないなら法規制してよいのかと問われることがございました。
十二年前、民放連の参考人が、番組基準の日常的な運用や考査ガイドラインの策定を念頭に、放送事業者の自主規制に任せてほしいという趣旨の発言を行っております。こうした考えは、十二年前も今も基本的に変わりはございません。私どもは放送法で定められた範囲内でしっかりと自主規制を行っていく所存ですし、そこに法令による規制を加えることは望ましくないと考えます。それは、放送事業者の表現の自由を侵害するおそれがあるからでございます。
放送事業者はメディアですから、メディアに対する行政府や立法府による不当な介入を排除するため、常に自主自立の存在でなければなりません。放送事業者の表現の自由に法令で規制をかける、強化するという動きには、常に、望ましくない、反対であるというのが私どもの一貫した立場でございます。他方で、放送事業者による自主規制では及ばない部分がございます。それが、国民の表現の自由に対して放送法の枠を超えて制約を課すというところでございます。
これは、国民投票法の精神や百条の条文に反することでございますので、法的な根拠もない中で放送事業者の勝手な判断で行うわけにまいりませんし、行うべきでもございません。そのように考えて、昨年九月の理事会で、CM量に特化した自主規制は行わないと決定したわけでございます。
国民投票運動CMの問題は、二つの表現の自由が関係します。一つは、放送事業者の表現の自由です。その観点から、私どもの自主的な取組はぜひ尊重していただきたいですし、そこに法規制をかけることには、十二年前も今も変わらずに反対であります。もう一つが、国民の表現の自由です。幾ら自分たち放送事業者の表現の自由が大事だからといって、他者の表現の自由をないがしろにしていいはずがございません。ですから、私どもは、国民の表現の自由に放送法の枠を超えて放送事業者独自の判断で規制をかけることは行わないと決めました。
わかりにくくて大変恐縮ですが、二つの表現の自由が関係するためのわかりにくさであると御理解いただければ幸いでございます。
その上で、国民の表現の自由に対する法規制についてでございますが、基本は国会で御議論いただくことでございますけれども、もし私どもの見解を問われたとすれば、これは、事は国民の表現の自由に制約を課すという話でございますので、法律で規制することにはやはり極めて慎重であるべきだと私どもは考えます。
十二年前の国民投票法の立法過程において、具体的には、平成十八年六月一日の衆議院本会議で当時の民主党憲法調査会長枝野幸男先生がこのように発言しております。テレビ、ラジオの広告放送による改正賛成のキャンペーンについて一律に禁止してしまえば、改正賛成だけでなく改正反対の主張もできなくなり、表現の自由が脅かされます。この考え方に私どもは賛同いたします。国民の表現の自由を最大限尊重することが、議論の大前提、議論の出発点でなければならないと考えます。
そもそも、国民投票運動は、国民一人一人が萎縮することなく自由に行うことが大原則であり、広告を厳しく規制してしまうと、国民投票運動の萎縮、すなわち、低投票率の懸念リスクを高める可能性があるというのが十二年前の国会の御議論であったと理解しております。
広告には国民投票運動の盛り上がりを下支えする重要な役割があると私どもは考えます。少なくとも、広告規制と投票率がトレードオフの関係にあることは十分に意識して議論していただきたいと思います。それでも、広告にはさらなる規制が必要で、今ある投票日前十四日間の放送CMの禁止だけでは不十分とお考えになる方もおられるかもしれません。しかし、そうであれば、その場合の議論は放送CMだけを俎上にのせるのではなく、広告全般に対する議論でなければおかしいと考えます。
民放連では、ことし、インターネット広告費が地上波テレビの広告費を抜くと予測しております。テレビ広告費は、一九七五年に新聞広告費を上回って以来四十年以上にわたって媒体別広告費で首位の座を占めてまいりましたが、ことしはついにインターネット広告にその座を譲るというエポックメーキングな年となります。
にもかかわらず、一例に挙げて大変恐縮ですが、国民民主党が昨年発表した法案を拝見しますと、政党の広告放送を発議期間中全て禁止するとなっております。つまり、規制の対象はテレビとラジオであります。
テレビとラジオのCMは発議期間中全て禁止し、インターネット上の動画CMは投票日前十四日間も含めて規制の対象外であるという御主張ですと、これは広告規制ではなく、広告規制に名をかりた放送メディア規制ではなかろうかと懸念しているところでございます。
その観点から、国会の御議論でも参考になり得るケースを幾つか御紹介させていただきます。
まず、たばこメーカーは、業界の自主規制によって、テレビ、ラジオだけでなくインターネットでも銘柄広告を全面自粛しております。
具体的には、日本たばこ協会の製造たばこに係る広告、販売促進活動及び包装に関する自主規準という中で、テレビ、ラジオ、シネマ、TVボード、インターネットサイト又はこれらに類する媒体による製品広告は行わないという規定がございます。
また、CM規制の議論では、ある特定の団体が全ての放送CMを買い占めたらどうするのかという仮定の御質問を受けることがございます。
七十年に及ぶ民間放送の歴史の中でそのような現象に一度も遭遇しておりませんので、そのような事態になるとは想像しにくいのですが、それでも心配だということでしたら、貸金業の業界ではテレビCMの月間の上限本数を自主規制してございます。
具体的には、日本貸金業協会の貸金業の業務運営に関する自主規制基本規則というものの中で、各放送エリアにおける放送総量について、月間百本(十五秒=一本換算)とし、二十二時から二十四時の時間帯の放送数上限は五十本とすることという規定がございます。
広告規制には、法令による規制、媒体、メディアの自主規制、そして広告主による自主規制と三種類ございます。
このうち、法令による規制や媒体の自主規制ですと、国民投票法百条との関係、すなわち国民の表現の自由の問題が避けて通れません。
これに対して、広告主の自主規制、この場合は政党による自主規制ということになるでしょうが、政党自身がみずからの取決めで広告出稿を自粛なさる、あるいは出稿量を調整なさるというのであれば、国民の表現の自由を脅かす心配はなくなります。
以上、CM規制に対する民放連の基本的な考え方を申し述べさせていただきました。皆様の御議論の参考にしていただけましたら幸いでございます。
この発言だけを見る →私どもは、昨年十二月二十日の理事会で、憲法改正国民投票運動の放送対応に関する基本姿勢を決定しました。また、本年三月二十日の理事会で、国民投票運動CMなどの取扱いに関する考査ガイドラインを決定いたしました。
本日は、最初に、この基本姿勢と考査ガイドラインについて御説明申し上げます。その上で、CM規制に対する民放連の基本的な考え方について御説明申し上げます。
お配りした資料の一が、昨年十二月二十日の理事会で決定しました基本姿勢でございます。
まず冒頭、一ページ目の二段落目で、憲法改正が発議された場合には、番組とCMを通じて正確かつ多角的な情報を提供することが放送事業者としての当然の責務であることを改めて確認しております。番組、特に報道活動に関しましては、三段落目で、留意すべき民放連放送基準の条文、具体的には十一条、三十四条、四十七条への留意を強調しております。
CMにつきましては、一ページ目の一番下の段落でございますが、テレビ、ラジオCMは生活になくてはならない存在であることをまずうたい、その上で、二ページ目の最初の段落で、留意すべき放送基準の条文、具体的には八十九条、百一条、九十七条を列挙して、より慎重な対応が求められることを強調しております。
最後のパートは、憲法改正に関するいわゆる意見広告の扱いに関する言及となります。
これは、先生方よく御存じのことと存じますが、国民投票法百五条で放送を禁止されているのは、憲法改正案に対し賛成又は反対の投票をし又はしないよう勧誘するCMでございます。そうしますと、直接的な勧誘を示す表現はないけれども、憲法改正に関して意見を述べる、いわゆる意見広告の形をとるCMは、百五条は直接的には禁じていないこととなります。しかしながら、投票日前の十四日間に憲法改正の意見CMが放送されれば、国民・視聴者が戸惑うのではなかろうかと私どもは考えました。
百五条の趣旨は、投票日直前については言論の自由市場で淘汰する時間的な余裕がないので、放送を禁止して国民がクールダウンする時間を設定するというものであると理解しております。
この条文の立法趣旨を踏まえまして、主権者一人一人が冷静な判断を行うための環境整備にも配慮することが、我々放送事業者に対する社会的な要請であると考え、いわゆる意見広告の形をとった憲法改正に関するCMなども、投票日前十四日間は放送しないことを会員各社に推奨することにした次第であります。
なお、独占禁止法との関係から、選択肢という表現を用いましたとおり、最終的には会員各社が自主的に判断することといたしております。
この決定に対して、昨年九月の理事会で決定しましたCM量の自主規制を行わないという方針との関係はどのように整理しているのかと思われる向きもあろうかと思いますので、この点を補足させていただきます。これは資料の三、カラーの図をごらんください。
国民投票法は、百条で国民の表現の自由を不当に侵害しないよう求めています。憲法改正で発議された項目について賛成であれ反対であれ、それが広告という表現形態であっても、その意思の表明は政治的表現の自由として最大限尊重されなければならないというのが国民投票法の精神であると理解しております。
そのため、広告放送に関しましても、十二年前の立法当時の御議論は、一言で言えば、広告合戦のような事態となっても、それは言論の自由市場で淘汰されるべきであって、安易な広告規制は国民の表現の自由を脅かすという考え方が、自民党、公明党、さらに当時の民主党の法案提出者の一致したお考えであったと理解しております。
昨今、資金力の多寡によってCM量に違いが出て、それが国民の判断を左右してよいのかというCM規制論が盛んになっていることは、私どもも十分認識しております。しかしながら、私どもは事業者団体ですので、現在ある法律、現在あるルールに従って行動することとなります。今回の場合、国民投票法の条文や立法趣旨に沿って判断するということでございます。
したがいまして、百条で国民の表現の自由を最大限尊重するよう求めていることを受けて、発議されてから投票日の十五日前までの間はCM量に特化した自主規制は行わないとしつつ、百五条で静かな投票環境を求めていることを受けて、投票日前十四日間は、国民投票を勧誘するCMだけでなく、憲法改正に関する意見CMなどもあわせて放送しないことを会員各社に推奨するということでありまして、百条、百五条という国民投票法の条文、立法趣旨にかなった対応であるという点で、首尾一貫しているものでございます。
次に、本年三月二十日の理事会で決定した考査ガイドラインについて御説明します。
資料の二をごらんください。
一ページ目の放送事業者の責務、ガイドラインの位置づけ、原則。ここまでの記述は、ただいま御説明しました基本姿勢で示した内容を改めて確認したもので、ガイドラインの具体的中身は、二ページ目の中段にございます適用範囲以降となります。
まず、適用範囲で、憲法改正に関するCM全般が対象であることを明示しております。
次に、広告主では、門戸は平等に開かれていることを広告主にきちんと示すことが重要であると考え、(7)、(8)のような表現となっております。
次に、三ページ目に移りまして、出演者で、(9)は、政党その他の政治活動を行う団体の場合は原則党首又は団体の代表のみとしております。
次のCM内容も具体的な記述が並んでおりますが、これらの記述は、会員各社が政党スポット、意見広告のCMを取り扱う中で、従来から判断基準としていた内容を明文化したものでございます。先ほどの広告主の項目で個人の広告は取り扱わないとしているのも、出演者の項目で原則党首又は団体の代表しか受け付けないとしているのも、従来からの判断基準に沿った内容であります。
以上が、昨年十二月及びことし三月の理事会で決定した基本姿勢と考査ガイドラインの内容の御説明でございます。
民放連としましては、昨年九月の理事会でCM量の自主規制は行わないという方針を決定して以来、国民投票運動の放送対応について進めてきた検討作業は、これで一区切りとなります。
次に、CM規制に対する民放連の基本的な考え方について申し述べたいと思います。
昨年九月の理事会でCM量の自主規制は行わないという方針を決定して以来、さまざまな場面で、自主規制しないなら法規制してよいのかと問われることがございました。
十二年前、民放連の参考人が、番組基準の日常的な運用や考査ガイドラインの策定を念頭に、放送事業者の自主規制に任せてほしいという趣旨の発言を行っております。こうした考えは、十二年前も今も基本的に変わりはございません。私どもは放送法で定められた範囲内でしっかりと自主規制を行っていく所存ですし、そこに法令による規制を加えることは望ましくないと考えます。それは、放送事業者の表現の自由を侵害するおそれがあるからでございます。
放送事業者はメディアですから、メディアに対する行政府や立法府による不当な介入を排除するため、常に自主自立の存在でなければなりません。放送事業者の表現の自由に法令で規制をかける、強化するという動きには、常に、望ましくない、反対であるというのが私どもの一貫した立場でございます。他方で、放送事業者による自主規制では及ばない部分がございます。それが、国民の表現の自由に対して放送法の枠を超えて制約を課すというところでございます。
これは、国民投票法の精神や百条の条文に反することでございますので、法的な根拠もない中で放送事業者の勝手な判断で行うわけにまいりませんし、行うべきでもございません。そのように考えて、昨年九月の理事会で、CM量に特化した自主規制は行わないと決定したわけでございます。
国民投票運動CMの問題は、二つの表現の自由が関係します。一つは、放送事業者の表現の自由です。その観点から、私どもの自主的な取組はぜひ尊重していただきたいですし、そこに法規制をかけることには、十二年前も今も変わらずに反対であります。もう一つが、国民の表現の自由です。幾ら自分たち放送事業者の表現の自由が大事だからといって、他者の表現の自由をないがしろにしていいはずがございません。ですから、私どもは、国民の表現の自由に放送法の枠を超えて放送事業者独自の判断で規制をかけることは行わないと決めました。
わかりにくくて大変恐縮ですが、二つの表現の自由が関係するためのわかりにくさであると御理解いただければ幸いでございます。
その上で、国民の表現の自由に対する法規制についてでございますが、基本は国会で御議論いただくことでございますけれども、もし私どもの見解を問われたとすれば、これは、事は国民の表現の自由に制約を課すという話でございますので、法律で規制することにはやはり極めて慎重であるべきだと私どもは考えます。
十二年前の国民投票法の立法過程において、具体的には、平成十八年六月一日の衆議院本会議で当時の民主党憲法調査会長枝野幸男先生がこのように発言しております。テレビ、ラジオの広告放送による改正賛成のキャンペーンについて一律に禁止してしまえば、改正賛成だけでなく改正反対の主張もできなくなり、表現の自由が脅かされます。この考え方に私どもは賛同いたします。国民の表現の自由を最大限尊重することが、議論の大前提、議論の出発点でなければならないと考えます。
そもそも、国民投票運動は、国民一人一人が萎縮することなく自由に行うことが大原則であり、広告を厳しく規制してしまうと、国民投票運動の萎縮、すなわち、低投票率の懸念リスクを高める可能性があるというのが十二年前の国会の御議論であったと理解しております。
広告には国民投票運動の盛り上がりを下支えする重要な役割があると私どもは考えます。少なくとも、広告規制と投票率がトレードオフの関係にあることは十分に意識して議論していただきたいと思います。それでも、広告にはさらなる規制が必要で、今ある投票日前十四日間の放送CMの禁止だけでは不十分とお考えになる方もおられるかもしれません。しかし、そうであれば、その場合の議論は放送CMだけを俎上にのせるのではなく、広告全般に対する議論でなければおかしいと考えます。
民放連では、ことし、インターネット広告費が地上波テレビの広告費を抜くと予測しております。テレビ広告費は、一九七五年に新聞広告費を上回って以来四十年以上にわたって媒体別広告費で首位の座を占めてまいりましたが、ことしはついにインターネット広告にその座を譲るというエポックメーキングな年となります。
にもかかわらず、一例に挙げて大変恐縮ですが、国民民主党が昨年発表した法案を拝見しますと、政党の広告放送を発議期間中全て禁止するとなっております。つまり、規制の対象はテレビとラジオであります。
テレビとラジオのCMは発議期間中全て禁止し、インターネット上の動画CMは投票日前十四日間も含めて規制の対象外であるという御主張ですと、これは広告規制ではなく、広告規制に名をかりた放送メディア規制ではなかろうかと懸念しているところでございます。
その観点から、国会の御議論でも参考になり得るケースを幾つか御紹介させていただきます。
まず、たばこメーカーは、業界の自主規制によって、テレビ、ラジオだけでなくインターネットでも銘柄広告を全面自粛しております。
具体的には、日本たばこ協会の製造たばこに係る広告、販売促進活動及び包装に関する自主規準という中で、テレビ、ラジオ、シネマ、TVボード、インターネットサイト又はこれらに類する媒体による製品広告は行わないという規定がございます。
また、CM規制の議論では、ある特定の団体が全ての放送CMを買い占めたらどうするのかという仮定の御質問を受けることがございます。
七十年に及ぶ民間放送の歴史の中でそのような現象に一度も遭遇しておりませんので、そのような事態になるとは想像しにくいのですが、それでも心配だということでしたら、貸金業の業界ではテレビCMの月間の上限本数を自主規制してございます。
具体的には、日本貸金業協会の貸金業の業務運営に関する自主規制基本規則というものの中で、各放送エリアにおける放送総量について、月間百本(十五秒=一本換算)とし、二十二時から二十四時の時間帯の放送数上限は五十本とすることという規定がございます。
広告規制には、法令による規制、媒体、メディアの自主規制、そして広告主による自主規制と三種類ございます。
このうち、法令による規制や媒体の自主規制ですと、国民投票法百条との関係、すなわち国民の表現の自由の問題が避けて通れません。
これに対して、広告主の自主規制、この場合は政党による自主規制ということになるでしょうが、政党自身がみずからの取決めで広告出稿を自粛なさる、あるいは出稿量を調整なさるというのであれば、国民の表現の自由を脅かす心配はなくなります。
以上、CM規制に対する民放連の基本的な考え方を申し述べさせていただきました。皆様の御議論の参考にしていただけましたら幸いでございます。
森
森
森英介#4
○森会長 これより参考人に対する質疑を行います。
まず、山花郁夫会長代理より審査会を代表して質疑を行った後、委員各位の質疑を行うことといたします。
それでは、山花郁夫会長代理よりお願いいたします。
この発言だけを見る →まず、山花郁夫会長代理より審査会を代表して質疑を行った後、委員各位の質疑を行うことといたします。
それでは、山花郁夫会長代理よりお願いいたします。
山
山花郁夫#5
○山花会長代理 永原参考人、そして田嶋参考人、きょうはようこそお越しをいただきました。昨年は、常会、臨時会と、幹事懇談会の形ではございましたけれども、二回御出席をいただきました。御意見を参考にして、当審査会としても今後の議論を深めてまいりたいと思っております。
憲法改正国民投票法におきまして、今御発言がございましたとおり、投票運動は原則自由としております。この制度設計は、私自身がかつて強く主張いたしまして、当時は民主党案という形で表現をいたしまして、自民、公明両党の立案担当者の方にも最終的には御理解をいただいて、当時の与党案という形で採用していただいたものでございます。そして、現在の形になっています。
もともと、公職選挙法の規定を参考にして国民投票法をつくるというプランもあったんですけれども、選挙のルールというのは結構技術的と申しましょうか、パズルのようなルールになっているところがありまして、一般の方には適法なんだろうか違法なんだろうかというのがわかりづらいところがございます。
それはそれとして一つの問題ではあるんですけれども、憲法改正の国民投票に際して、ごくごく一般の方々が参加される中で、違法なのか適法なのかわかりづらいというのは望ましくないのではないか、憲法改正の国民投票に際して投票運動が摘発を恐れて萎縮することは望ましくないということから、原則として自由というような形にしたものでございます。
この点、法律をつくるときにも幾つかの点について懸念は当時も示されておりました。ただ、選挙の場合は、それまで幾つもの経験値があって、具体的な弊害があったということで規制が積み重ねられてきているということがあるんですけれども、憲法改正の国民投票というのは我が国ではこれまで例がございませんでしたので立法事実が確認できなかったということも、一つの規制をかけない大きな理由でありました。
しかし、この法律ができた後に、大阪における、いわゆる都構想に関する住民投票であるとか、英国におけるEU離脱の国民投票など、国内外で参考になる立法事実というものが散見されるようになりました。
先ほども御紹介がありました平成十八年六月の憲法調査特別委員会で民放連の参考人が、スポットCMの規制について、自主規制はできますし、やらなければならないと思っていますと発言をされています。これは、賛否、イコールタイムの確保が可能かということの質問に対して答えたものでありますので、その場にいた委員は、当然、量的な自主規制に取り組む趣旨だと理解したはずでありまして、今の国民投票法はその前提でつくられております。
昨年七月の幹事懇談会にお二方をお招きした際にも、自主規制については、その要否を含めて秋口までに検討したいと発言をされておりました。
法制定時の段階では、十二年前のことをおっしゃっておられましたけれども、あのときには量的な自主規制の検討も念頭に置いていたけれども、昨年来の検討の結果、実務的にはそれは無理だと判明したのだということであれば、その当否は別としても、理解できますけれども、先ほどのお話でも、十二年前と変わっていないのだという説明は、いささか理解に苦しむところがございます。この点について、改めて御説明をいただきたいと思います。
また、当時の立案の担当者ないし交渉担当者が、本日、この後、質疑に立たれるようであれば、どのように受けとめて立案されたのかについてのコメントをしていただいた後、質疑されることを望みます。
以上です。
この発言だけを見る →憲法改正国民投票法におきまして、今御発言がございましたとおり、投票運動は原則自由としております。この制度設計は、私自身がかつて強く主張いたしまして、当時は民主党案という形で表現をいたしまして、自民、公明両党の立案担当者の方にも最終的には御理解をいただいて、当時の与党案という形で採用していただいたものでございます。そして、現在の形になっています。
もともと、公職選挙法の規定を参考にして国民投票法をつくるというプランもあったんですけれども、選挙のルールというのは結構技術的と申しましょうか、パズルのようなルールになっているところがありまして、一般の方には適法なんだろうか違法なんだろうかというのがわかりづらいところがございます。
それはそれとして一つの問題ではあるんですけれども、憲法改正の国民投票に際して、ごくごく一般の方々が参加される中で、違法なのか適法なのかわかりづらいというのは望ましくないのではないか、憲法改正の国民投票に際して投票運動が摘発を恐れて萎縮することは望ましくないということから、原則として自由というような形にしたものでございます。
この点、法律をつくるときにも幾つかの点について懸念は当時も示されておりました。ただ、選挙の場合は、それまで幾つもの経験値があって、具体的な弊害があったということで規制が積み重ねられてきているということがあるんですけれども、憲法改正の国民投票というのは我が国ではこれまで例がございませんでしたので立法事実が確認できなかったということも、一つの規制をかけない大きな理由でありました。
しかし、この法律ができた後に、大阪における、いわゆる都構想に関する住民投票であるとか、英国におけるEU離脱の国民投票など、国内外で参考になる立法事実というものが散見されるようになりました。
先ほども御紹介がありました平成十八年六月の憲法調査特別委員会で民放連の参考人が、スポットCMの規制について、自主規制はできますし、やらなければならないと思っていますと発言をされています。これは、賛否、イコールタイムの確保が可能かということの質問に対して答えたものでありますので、その場にいた委員は、当然、量的な自主規制に取り組む趣旨だと理解したはずでありまして、今の国民投票法はその前提でつくられております。
昨年七月の幹事懇談会にお二方をお招きした際にも、自主規制については、その要否を含めて秋口までに検討したいと発言をされておりました。
法制定時の段階では、十二年前のことをおっしゃっておられましたけれども、あのときには量的な自主規制の検討も念頭に置いていたけれども、昨年来の検討の結果、実務的にはそれは無理だと判明したのだということであれば、その当否は別としても、理解できますけれども、先ほどのお話でも、十二年前と変わっていないのだという説明は、いささか理解に苦しむところがございます。この点について、改めて御説明をいただきたいと思います。
また、当時の立案の担当者ないし交渉担当者が、本日、この後、質疑に立たれるようであれば、どのように受けとめて立案されたのかについてのコメントをしていただいた後、質疑されることを望みます。
以上です。
田
田嶋炎#6
○田嶋参考人 お答えをいたします。
当時の参考人のバランスを検討するという発言に関してでございますが、バランスを考慮した対応について、議論、検討を真剣に考えなければいけないという趣旨の発言を行ったのは、今先生御指摘のとおりでございます。
ただ、参考人が、どういうことが我々の中でできるのかということをこれから真剣に考えなければいけないと申しましたとおり、当時、民放連において何か定まった方針があったわけではございません。
議事録を見返しますと、参考人が、やや私見になる、あるいは民放連として意思決定した上での発言ではないということも申し添えさせていただきながら、仮定の話あるいは私見の部分も含めて発言した部分もございます。
量あるいはバランスというものは、これは後ほども御質問をお受けすることになると思いますが、先ほど専務理事が御説明をした日常的な考査の要素でもございますので、そうした日常的な考査対応、日常的な各社の自律的な対応の中に要素として当然に含まれるので、そういった検討が必要だということを申し述べさせていただいたものだというふうに承知をしております。
以上でございます。
この発言だけを見る →当時の参考人のバランスを検討するという発言に関してでございますが、バランスを考慮した対応について、議論、検討を真剣に考えなければいけないという趣旨の発言を行ったのは、今先生御指摘のとおりでございます。
ただ、参考人が、どういうことが我々の中でできるのかということをこれから真剣に考えなければいけないと申しましたとおり、当時、民放連において何か定まった方針があったわけではございません。
議事録を見返しますと、参考人が、やや私見になる、あるいは民放連として意思決定した上での発言ではないということも申し添えさせていただきながら、仮定の話あるいは私見の部分も含めて発言した部分もございます。
量あるいはバランスというものは、これは後ほども御質問をお受けすることになると思いますが、先ほど専務理事が御説明をした日常的な考査の要素でもございますので、そうした日常的な考査対応、日常的な各社の自律的な対応の中に要素として当然に含まれるので、そういった検討が必要だということを申し述べさせていただいたものだというふうに承知をしております。
以上でございます。
森
平
平沢勝栄#8
○平沢委員 自民党の平沢勝栄でございます。
永原参考人、田嶋参考人には、お忙しい中を本当においでいただきまして、ありがとうございました。
質問に入らせていただきます。
今、二つの文書について御説明がございました。この二つの文書に民放連の自主規制の全体像は出そろっているというふうに考えますけれども、この文書の中で、民放連は、国民投票運動は原則自由だけれども、しかし、放送メディアは影響力が大きいことから、国民一人一人が冷静な判断を行うことができる環境整備にも配慮するという観点から、憲法改正に関する意見表明CMなどの規制につきましては、国民投票運動CMと同様、投票期日前十四日から投票日までは取り扱わないこととするとしていますけれども、意見表明の場合は、民放連が各事業者に取り扱わないことを推奨する、こういった形で自主規制で行うという形になっているわけでございます。
そこで、お尋ねします。
まず、この二つの文書の位置づけなんですけれども、各会社が自主自律的な判断を行うときの参考資料として位置づけられているというふうに理解しますけれども、この二つの文書は民放連加盟事業者をどの程度拘束するものか、これをまず一つとしてお聞きします。
二番目にお聞きしたいのは、憲法改正に関する意見表明CMなどについて、期日前十四日から投票日までの間は取り扱わないことを推奨するとありますけれども、この推奨というのはどういうことなんでしょうか。もし、これをぜひやってもらいたいなら、要請するとかということならわかりますけれども、随分弱い表現を使っているなという感じがしますけれども、この推奨という意味はどういうことなのか。
それから、三つ目にお聞きしたいのは、最終的判断は、これは事業者に任せるということだろうと思いますけれども、事業者によって判断が当然分かれるわけですけれども、それについてはどうお考えか。
それについて、まずお聞きしたいと思います。
この発言だけを見る →永原参考人、田嶋参考人には、お忙しい中を本当においでいただきまして、ありがとうございました。
質問に入らせていただきます。
今、二つの文書について御説明がございました。この二つの文書に民放連の自主規制の全体像は出そろっているというふうに考えますけれども、この文書の中で、民放連は、国民投票運動は原則自由だけれども、しかし、放送メディアは影響力が大きいことから、国民一人一人が冷静な判断を行うことができる環境整備にも配慮するという観点から、憲法改正に関する意見表明CMなどの規制につきましては、国民投票運動CMと同様、投票期日前十四日から投票日までは取り扱わないこととするとしていますけれども、意見表明の場合は、民放連が各事業者に取り扱わないことを推奨する、こういった形で自主規制で行うという形になっているわけでございます。
そこで、お尋ねします。
まず、この二つの文書の位置づけなんですけれども、各会社が自主自律的な判断を行うときの参考資料として位置づけられているというふうに理解しますけれども、この二つの文書は民放連加盟事業者をどの程度拘束するものか、これをまず一つとしてお聞きします。
二番目にお聞きしたいのは、憲法改正に関する意見表明CMなどについて、期日前十四日から投票日までの間は取り扱わないことを推奨するとありますけれども、この推奨というのはどういうことなんでしょうか。もし、これをぜひやってもらいたいなら、要請するとかということならわかりますけれども、随分弱い表現を使っているなという感じがしますけれども、この推奨という意味はどういうことなのか。
それから、三つ目にお聞きしたいのは、最終的判断は、これは事業者に任せるということだろうと思いますけれども、事業者によって判断が当然分かれるわけですけれども、それについてはどうお考えか。
それについて、まずお聞きしたいと思います。
田
田嶋炎#9
○田嶋参考人 御質問ありがとうございます。
専務理事から先ほど御説明をいたしましたように、独禁法との関係などもございますので、選択肢という表現を用いさせていただいております。最終的には、会員各社が自主的に判断をするということになります。
国民投票法の百五条の趣旨につきましても、先ほど申し上げさせていただきましたとおりでございますけれども、直前十四日間の国民投票運動CMの禁止、それに今回、この基本姿勢で、自主的にその他CMについても自粛をしてまいります。
業界団体でございますので、いかなる表現をもちましても、会員社に対して強制力を発効するということは、これはもう不可能でございますが、この間、部内的には、丁寧に、あるいは慎重に、英知を集めて検討した結果ということがございますので、各社が自主的に判断をする上でも、それなりの合理性、あるいはそれなりの説得力のある中身であることは間違いがなかろうというふうに思います。
ですので、表現ぶりにつきましては御意見があるかもしれませんが、その実効性、制度的なものではなくて実務的な実効性というものについては、言葉では拘束力というふうに申し上げるわけにはまいりませんけれども、それと同等のものが結果として運用の段階で持ってくるというふうに考えております。
以上でございます。
この発言だけを見る →専務理事から先ほど御説明をいたしましたように、独禁法との関係などもございますので、選択肢という表現を用いさせていただいております。最終的には、会員各社が自主的に判断をするということになります。
国民投票法の百五条の趣旨につきましても、先ほど申し上げさせていただきましたとおりでございますけれども、直前十四日間の国民投票運動CMの禁止、それに今回、この基本姿勢で、自主的にその他CMについても自粛をしてまいります。
業界団体でございますので、いかなる表現をもちましても、会員社に対して強制力を発効するということは、これはもう不可能でございますが、この間、部内的には、丁寧に、あるいは慎重に、英知を集めて検討した結果ということがございますので、各社が自主的に判断をする上でも、それなりの合理性、あるいはそれなりの説得力のある中身であることは間違いがなかろうというふうに思います。
ですので、表現ぶりにつきましては御意見があるかもしれませんが、その実効性、制度的なものではなくて実務的な実効性というものについては、言葉では拘束力というふうに申し上げるわけにはまいりませんけれども、それと同等のものが結果として運用の段階で持ってくるというふうに考えております。
以上でございます。
平
平沢勝栄#10
○平沢委員 次に質問したいと思いますけれども、対象事業者の範囲についてお聞きしたいと思うんですけれども、対象事業者、民放連に加盟するBSとかCSとかラジオ局などは当然対象になると思うんですけれども、先ほどございましたように、インターネットは全く対象にならないということだろうと思いますけれども、まず、民放連に入っていない事業者はどうなるのか。
それから、インターネットは先ほど入っていないというお話がありましたけれども、インターネットは、広告料からするとテレビ局とインターネットというのはほぼ同じとも聞いていますけれども、そうであるならば、そのインターネットの影響力、これは、テレビ局などの、要するに民放連の加盟事業者とインターネットの影響力というのはどういうふうにお考えになっておられるか、教えてください。
この発言だけを見る →それから、インターネットは先ほど入っていないというお話がありましたけれども、インターネットは、広告料からするとテレビ局とインターネットというのはほぼ同じとも聞いていますけれども、そうであるならば、そのインターネットの影響力、これは、テレビ局などの、要するに民放連の加盟事業者とインターネットの影響力というのはどういうふうにお考えになっておられるか、教えてください。
田
田嶋炎#11
○田嶋参考人 民放連の決定でございますので、これはもう御案内のとおりでございますが、会員各社に対してというものが一義的な位置づけになります。
ほかの事業者、媒体の皆様がそれをどうごらんになるかは、この場でお答えは控えさせていただきますが、御参考になさることもあろうかというふうには思います。
インターネットにつきましても、放送の方で、民放連が、特に地上基幹の放送事業者の団体である民放連が、このような放送の公共性、影響力に鑑みてこういうことを決めたのだということは、まあインターネットの事業者もごらんになるでしょうから、御自身の対応ぶりはわかりませんけれども、一定の効果はあるのではないかというふうに思います。
この発言だけを見る →ほかの事業者、媒体の皆様がそれをどうごらんになるかは、この場でお答えは控えさせていただきますが、御参考になさることもあろうかというふうには思います。
インターネットにつきましても、放送の方で、民放連が、特に地上基幹の放送事業者の団体である民放連が、このような放送の公共性、影響力に鑑みてこういうことを決めたのだということは、まあインターネットの事業者もごらんになるでしょうから、御自身の対応ぶりはわかりませんけれども、一定の効果はあるのではないかというふうに思います。
平
平沢勝栄#12
○平沢委員 次に、ガイドラインについては、特定の広告主のCMが一部の時間帯に集中して放送されることがないよう特に留意する必要があるという記述がございます。
そこで、この記述についてお聞きしたいと思うんですけれども、まず、特定の広告主とはどういう意味なんでしょうか。広告主が一つということなんでしょうか。それとも、賛成、反対、グループ全体として広告主というふうに言っておられるのか、そこをちょっとお聞きしたいと思います。
それから、一部の時間帯ということを言っておられますけれども、これは、例えばゴールデンタイムとかあるいは深夜帯とか、そういったことを言っているんでしょうか。どういう意味でしょうか。
それから、コマーシャルの時間帯を変更することによってある程度量的規制がいわば左右できるということであるならば、今、賛成派、反対派のいわば公平の確保というのが問題になっているわけですけれども、この公平の確保を、時間帯を移すことによってやることがある程度は可能になるというふうに見ていいのかどうか、これもちょっとお聞きしたいと思います。
この発言だけを見る →そこで、この記述についてお聞きしたいと思うんですけれども、まず、特定の広告主とはどういう意味なんでしょうか。広告主が一つということなんでしょうか。それとも、賛成、反対、グループ全体として広告主というふうに言っておられるのか、そこをちょっとお聞きしたいと思います。
それから、一部の時間帯ということを言っておられますけれども、これは、例えばゴールデンタイムとかあるいは深夜帯とか、そういったことを言っているんでしょうか。どういう意味でしょうか。
それから、コマーシャルの時間帯を変更することによってある程度量的規制がいわば左右できるということであるならば、今、賛成派、反対派のいわば公平の確保というのが問題になっているわけですけれども、この公平の確保を、時間帯を移すことによってやることがある程度は可能になるというふうに見ていいのかどうか、これもちょっとお聞きしたいと思います。
田
田嶋炎#13
○田嶋参考人 このガイドライン上は、特定の広告主という表現は、ある一の広告主様、アドバタイザーを想定をしてございます。ただ、先生おっしゃいますように、意見の表明になる広告になりますので、賛成のお立場、反対のお立場という仕分についても、直接のガイドラインではございませんが、考慮の要素としてはあるようには思います。
そういった特定の広告主のCMあるいは一方の御主張のCMが特定の時間あるいは特定の番組に集中をして放送されますと、一つには、ごらんになっている視聴者が、放送しているテレビ局あるいはラジオ局の意見なのではないかというふうに誤解をされる可能性もございます。ですので、一つには、そういう趣旨から留意する必要を述べております。
あるいは、番組のカテゴリーもございまして、例えばニュースの中であるとか、こういうことは恐らく運用上はないと思いますが、ニュースの中であるとか直前、直後に特に国民投票運動CMなどが入ってまいりますと、放送事業者の意見と混同をよりされやすくなりますので、避ける必要もございます。
あるいは、ラジオにおきましても、ラジオの特性として、やはりリスナーとパーソナリティーなどの距離が一層テレビより近うございますので、ラジオについても、番組の主張じゃないかということをリスナーが受け取られることがございますので、そういった点についても留意をしなければいけないということがございます。
時間帯については、おっしゃるような要素は結果としてやはりCM全般に言えることですが、視聴者への過剰感というものがあってはならないために、民放連の自主基準の要素の中にも過剰感ということがキーワードになってまいりますので、結果としてこれは量の御議論と結びつくかどうかはわかりませんが、過剰感という要素では、これも公平というものに結びつくかどうかわかりませんが、要素的なものはあるというふうに思っております。
以上です。
この発言だけを見る →そういった特定の広告主のCMあるいは一方の御主張のCMが特定の時間あるいは特定の番組に集中をして放送されますと、一つには、ごらんになっている視聴者が、放送しているテレビ局あるいはラジオ局の意見なのではないかというふうに誤解をされる可能性もございます。ですので、一つには、そういう趣旨から留意する必要を述べております。
あるいは、番組のカテゴリーもございまして、例えばニュースの中であるとか、こういうことは恐らく運用上はないと思いますが、ニュースの中であるとか直前、直後に特に国民投票運動CMなどが入ってまいりますと、放送事業者の意見と混同をよりされやすくなりますので、避ける必要もございます。
あるいは、ラジオにおきましても、ラジオの特性として、やはりリスナーとパーソナリティーなどの距離が一層テレビより近うございますので、ラジオについても、番組の主張じゃないかということをリスナーが受け取られることがございますので、そういった点についても留意をしなければいけないということがございます。
時間帯については、おっしゃるような要素は結果としてやはりCM全般に言えることですが、視聴者への過剰感というものがあってはならないために、民放連の自主基準の要素の中にも過剰感ということがキーワードになってまいりますので、結果としてこれは量の御議論と結びつくかどうかはわかりませんが、過剰感という要素では、これも公平というものに結びつくかどうかわかりませんが、要素的なものはあるというふうに思っております。
以上です。
平
平沢勝栄#14
○平沢委員 時間が来ましたので終わりますけれども、本日の参考人質疑を踏まえまして、我々としても更に検討を進めまして、放送事業者ともよく連絡を図りながら、よりよい自主規制のあり方を目指していきたいと思います。
ありがとうございました。
この発言だけを見る →ありがとうございました。
森
枝
枝野幸男#16
○枝野委員 立憲民主党の枝野でございます。
きょうは、現行法を制定するプロセスの時点の野党側の責任者でございました、当時の与党側の責任者だった船田先生とかなり綿密な議論、協議をしながら現行法をつくってきた、その立場からお尋ねをさせていただきたいと思いますが、まず最初に確認をさせていただきたいと思います。
平成十八年六月一日に、民放連の立場から、当時の山田良明さんが参考人としておいでをいただき、そこで自主規制をやるということを言っていただきました。きょう御報告をいただきました基本姿勢とガイドラインがそのガイドラインの全体像である、こういう受けとめでよろしいですね。
この発言だけを見る →きょうは、現行法を制定するプロセスの時点の野党側の責任者でございました、当時の与党側の責任者だった船田先生とかなり綿密な議論、協議をしながら現行法をつくってきた、その立場からお尋ねをさせていただきたいと思いますが、まず最初に確認をさせていただきたいと思います。
平成十八年六月一日に、民放連の立場から、当時の山田良明さんが参考人としておいでをいただき、そこで自主規制をやるということを言っていただきました。きょう御報告をいただきました基本姿勢とガイドラインがそのガイドラインの全体像である、こういう受けとめでよろしいですね。
田
枝
枝野幸男#18
○枝野委員 それで、私の過去の国会での発言も引用していただいて大変光栄でございますが、確かに当時から、できるだけ国民投票運動は自由であるべき、法規制をかけるべきではない、私もそういう立場でしたし、全体もそういう立場であったと思っております。
ただ一方で、テレビコマーシャルに代表されるような部分のところで、特に、量的な偏在などが全部自由放任でいいのかどうかということについては大変重要なテーマであると。
そして、当時の議論では、先ほど申しました平成十八年六月一日の参考人質疑における民放連を代表しての山田参考人の御発言、そこで自主規制について非常に積極的なお話をいただきました。
量的規制についても、よく引用される桝屋先生の質問に対する答えにとどまらず、自民党の葉梨先生の質問に対する答えでも、中身の問題もそうですし、量の問題もそうですし、そういうことを自主的にきちっとルールづくりをしていかなければいけないとおっしゃっておられます。また、お金のある方がどんどんとCMを流していくみたいなことは、国民がそれを許さないと思っております、そういうことを念頭に置いて、きちっとした話をしてルールづくりをするべきだとおっしゃっておられます。鈴木克昌委員に対しては、量の格差というのもバランスを図ってやっていくと、これもおっしゃっておられます。
こうした御発言を受けて、量的な規制をされるということを前提にして、そこまでしっかりと自主規制していただけるならば法規制はしなくてもいいだろうというのが当時の立法者の私の明確な意思でございますので、これが当時の個人の意見であって、そうではない結論だけれどもごめんなさいと言われちゃいますと、今の法律自体が欠陥法だと言わざるを得なくなるのですが、そういう受けとめでよろしいでしょうか。
この発言だけを見る →ただ一方で、テレビコマーシャルに代表されるような部分のところで、特に、量的な偏在などが全部自由放任でいいのかどうかということについては大変重要なテーマであると。
そして、当時の議論では、先ほど申しました平成十八年六月一日の参考人質疑における民放連を代表しての山田参考人の御発言、そこで自主規制について非常に積極的なお話をいただきました。
量的規制についても、よく引用される桝屋先生の質問に対する答えにとどまらず、自民党の葉梨先生の質問に対する答えでも、中身の問題もそうですし、量の問題もそうですし、そういうことを自主的にきちっとルールづくりをしていかなければいけないとおっしゃっておられます。また、お金のある方がどんどんとCMを流していくみたいなことは、国民がそれを許さないと思っております、そういうことを念頭に置いて、きちっとした話をしてルールづくりをするべきだとおっしゃっておられます。鈴木克昌委員に対しては、量の格差というのもバランスを図ってやっていくと、これもおっしゃっておられます。
こうした御発言を受けて、量的な規制をされるということを前提にして、そこまでしっかりと自主規制していただけるならば法規制はしなくてもいいだろうというのが当時の立法者の私の明確な意思でございますので、これが当時の個人の意見であって、そうではない結論だけれどもごめんなさいと言われちゃいますと、今の法律自体が欠陥法だと言わざるを得なくなるのですが、そういう受けとめでよろしいでしょうか。
田
田嶋炎#19
○田嶋参考人 参考人の発言について御紹介をいただきましたが、当時の発言が、CMの量あるいはCMの賛否のバランスのみに着目をした自主規制、例えば、CMの総量を規制をしたり、繰り返しますが、賛否それぞれのCMに対して同じ放送時間を確保するといったこと、あるいはCM量に特化した自主規制を民放連が行うといったこと、このように国会でお約束をしたのではないかというお尋ねかと存じます。そこは、そのようには承知を、認識をしておりません。
当時の参考人の発言の真意は、これまでも前回十二月の幹事懇談会でも御説明をし、本日も資料の三枚目に記載をしてございますとおり、日常的に放送事業者が放送法で義務づけられている番組基準、あるいは日常的な運用の中で対応する。その中で、量も要素になるかもしれませんが、全体の自主基準のありようを当然に検討し、自主基準そのものはやらねばならないということを申し上げたものだというふうに理解をしております。
平成十八年の六月の招致の際、参考人は、放送法で保障されております放送の自律、あるいは放送局が自社で定める番組基準を日常的に運用する中で自主的に判断することを決定していけるだろうと思っているというふうにも申し述べさせていただいておるところでございます。
以上です。
この発言だけを見る →当時の参考人の発言の真意は、これまでも前回十二月の幹事懇談会でも御説明をし、本日も資料の三枚目に記載をしてございますとおり、日常的に放送事業者が放送法で義務づけられている番組基準、あるいは日常的な運用の中で対応する。その中で、量も要素になるかもしれませんが、全体の自主基準のありようを当然に検討し、自主基準そのものはやらねばならないということを申し上げたものだというふうに理解をしております。
平成十八年の六月の招致の際、参考人は、放送法で保障されております放送の自律、あるいは放送局が自社で定める番組基準を日常的に運用する中で自主的に判断することを決定していけるだろうと思っているというふうにも申し述べさせていただいておるところでございます。
以上です。
枝
枝野幸男#20
○枝野委員 いや、従来のルール、基準、原則の中ではできないということは、これは、当時の山田参考人が葉梨議員の質問に対する答えで、今までの放送基準の中のいわゆる広告放送に関する条文に想定をされていないと明言をされているところでございます。
また、繰り返しになりますが、先ほど申しましたとおり、何人もの委員の方々がこの量的規制に特出ししてお尋ねになっていることに対して、いずれも積極的な御答弁をされておられます。
しかも、新党日本の滝実先生の質問に対しては、お金がある人とない人があったら、例えば料金を下げればお金のない人の機会がふえる、それで機会がふえたところに合わせれば一対一になるというような考え方もありますね、そういう機会均等、バランスをとるということの中で、どういうことが我々の中でできるのかということは、これから真剣に考えていかなければいけないというふうに思います。
値段を下げてまで均等とするということについては、これは私見であり、民放連の確定的な意見ではないなという言い方というのはよくわかります、今の部分は。でも、そういうことまでおっしゃって、量的なバランスをとる、それ以外に今のようなこういう考え方もありますというようなことではなくて、結論的にやりますという言い方を当時の山田さんは言っておりますので、我々としては、量的なバランスをとる自主規制がなされるものだという前提で受けとめました。
それが私どもの勝手な解釈だったというのであるならば、それは我々の間違いだということになりますが、ということになると、我々の前提にしていたものが違いますので、現行法は欠陥法だということにならざるを得ない。したがって、現行法のまま、国民投票は施行できないということになります。
もちろん、これは自主規制ですので、だからやりなさいということは申し上げません。法律の方を、当時の民放連の御発言が真意と違っていたという受けとめをした中で法律がつくられたということで、もう一度当時に戻って議論をし直さなければならないというふうに思っています。
これは私が一方的に当時の立法当事者として申し上げただけで、反対尋問の機会なく一方的に言うだけでは失礼ですので、ぜひ、当時の立法当事者である私と、当時の与党の責任者である船田元先生を当委員会で早急に参考人として呼んでいただいて、当時の立法意図、そして、今のような民放連の御説明だと、前提を欠いた欠陥法であるということについて明らかにさせていただきたい。審査会長にお願い申し上げます。
この発言だけを見る →また、繰り返しになりますが、先ほど申しましたとおり、何人もの委員の方々がこの量的規制に特出ししてお尋ねになっていることに対して、いずれも積極的な御答弁をされておられます。
しかも、新党日本の滝実先生の質問に対しては、お金がある人とない人があったら、例えば料金を下げればお金のない人の機会がふえる、それで機会がふえたところに合わせれば一対一になるというような考え方もありますね、そういう機会均等、バランスをとるということの中で、どういうことが我々の中でできるのかということは、これから真剣に考えていかなければいけないというふうに思います。
値段を下げてまで均等とするということについては、これは私見であり、民放連の確定的な意見ではないなという言い方というのはよくわかります、今の部分は。でも、そういうことまでおっしゃって、量的なバランスをとる、それ以外に今のようなこういう考え方もありますというようなことではなくて、結論的にやりますという言い方を当時の山田さんは言っておりますので、我々としては、量的なバランスをとる自主規制がなされるものだという前提で受けとめました。
それが私どもの勝手な解釈だったというのであるならば、それは我々の間違いだということになりますが、ということになると、我々の前提にしていたものが違いますので、現行法は欠陥法だということにならざるを得ない。したがって、現行法のまま、国民投票は施行できないということになります。
もちろん、これは自主規制ですので、だからやりなさいということは申し上げません。法律の方を、当時の民放連の御発言が真意と違っていたという受けとめをした中で法律がつくられたということで、もう一度当時に戻って議論をし直さなければならないというふうに思っています。
これは私が一方的に当時の立法当事者として申し上げただけで、反対尋問の機会なく一方的に言うだけでは失礼ですので、ぜひ、当時の立法当事者である私と、当時の与党の責任者である船田元先生を当委員会で早急に参考人として呼んでいただいて、当時の立法意図、そして、今のような民放連の御説明だと、前提を欠いた欠陥法であるということについて明らかにさせていただきたい。審査会長にお願い申し上げます。
森
枝
枝野幸男#22
○枝野委員 法が欠陥だと当時の立法当事者の片方が言っているんですから、このままではこの国民投票法は使えませんので、早急に幹事会で御議論をいただかなければならないというふうに思っています。
今のは当時の認識と立法の前提の話でありますが、もう一点、国民投票というのは日本でやったことがなかった。誰もが手探りでありました。ただ、その後、大阪都構想の住民投票という大変参考になる例を実施していただきました。今回のガイドラインをつくるに当たって、当然、平成二十七年の大阪都構想の住民投票、これについての検証をされているんだと思います。
報道では、東京新聞が、推進派四百八十本、反対派百二十本のCMだった。朝日新聞では、推進派の量は反対派の数倍であった。正確な量はどちらもはっきりしません。当然、民放連として、今回のガイドラインをつくるに当たって正式に調査をし、それを参考にされたと思うんですが、これについてどういう認識をされているのか、お話しください。
この発言だけを見る →今のは当時の認識と立法の前提の話でありますが、もう一点、国民投票というのは日本でやったことがなかった。誰もが手探りでありました。ただ、その後、大阪都構想の住民投票という大変参考になる例を実施していただきました。今回のガイドラインをつくるに当たって、当然、平成二十七年の大阪都構想の住民投票、これについての検証をされているんだと思います。
報道では、東京新聞が、推進派四百八十本、反対派百二十本のCMだった。朝日新聞では、推進派の量は反対派の数倍であった。正確な量はどちらもはっきりしません。当然、民放連として、今回のガイドラインをつくるに当たって正式に調査をし、それを参考にされたと思うんですが、これについてどういう認識をされているのか、お話しください。
田
田嶋炎#23
○田嶋参考人 お答えいたします。
具体的な数字について承知をしたか、調査をしたかというのは、内部の検討のプロセスでもございますので、お答えは控えさせていただきますが、大阪都構想というのは大変大事な経験だったというふうに私どもも思っております。
大阪都構想の住民投票の際には、番組も含めた、特に大阪各社の放送全体の対応、番組とCMを合わせた放送全体の対応については、私どもも、調査とは申しませんが、ヒアリングをしたり、当然にいろいろ参考にさせていただいております。
テレビ、ラジオのCMについて申し上げますと、各社とも当然に、放送法あるいは自社の番組基準に照らして放送上の判断を行っております。
当時の民主党から、例えばでございますが、府民のちから二〇一五という任意団体のお名前での素材の御提供がございましたので、放送局側でこれを民主党と表示していただくようにお願いをしたというような考査の運用もしております。
いずれにしても、今回の検討の中で、大阪都の経験というのは、先生御指摘のように、十分に参考にしております。
以上でございます。
この発言だけを見る →具体的な数字について承知をしたか、調査をしたかというのは、内部の検討のプロセスでもございますので、お答えは控えさせていただきますが、大阪都構想というのは大変大事な経験だったというふうに私どもも思っております。
大阪都構想の住民投票の際には、番組も含めた、特に大阪各社の放送全体の対応、番組とCMを合わせた放送全体の対応については、私どもも、調査とは申しませんが、ヒアリングをしたり、当然にいろいろ参考にさせていただいております。
テレビ、ラジオのCMについて申し上げますと、各社とも当然に、放送法あるいは自社の番組基準に照らして放送上の判断を行っております。
当時の民主党から、例えばでございますが、府民のちから二〇一五という任意団体のお名前での素材の御提供がございましたので、放送局側でこれを民主党と表示していただくようにお願いをしたというような考査の運用もしております。
いずれにしても、今回の検討の中で、大阪都の経験というのは、先生御指摘のように、十分に参考にしております。
以上でございます。
枝
枝野幸男#24
○枝野委員 今、東京新聞の報道でも四倍ぐらいの量的な差がある、それが本当に適切だったのかどうかということは、これはまた、その後に生じた事象としてきちっと検証しなければならないというふうに思っております。
また、先ほどの参考人の要請に加えまして、自主規制で量的規制をやるというのが、我々からすれば撤回、当時から違う認識なんだというのが民放連の認識のようですが、我々の立場からは撤回された以上は、これについての基本的な考え方はどうなのかという各界の意見も伺わなければならないと思っています。少なくとも、日弁連は明確な方針を出されておりますので、日弁連から参考人としてこの場で意見を聞いていただくということをお願いを申し上げて、私の質疑を終わります。
この発言だけを見る →また、先ほどの参考人の要請に加えまして、自主規制で量的規制をやるというのが、我々からすれば撤回、当時から違う認識なんだというのが民放連の認識のようですが、我々の立場からは撤回された以上は、これについての基本的な考え方はどうなのかという各界の意見も伺わなければならないと思っています。少なくとも、日弁連は明確な方針を出されておりますので、日弁連から参考人としてこの場で意見を聞いていただくということをお願いを申し上げて、私の質疑を終わります。
森
奥
奥野総一郎#26
○奥野(総)委員 国民民主党の奥野総一郎でございます。
きょうは、御意見をいただきましてありがとうございました。
私も、表現の自由あるいは放送の自由、報道の自由をいろいろな場で取り上げてきて、重要性については一番理解しているつもりなんですけれども、事、放送という媒体、メディアについてはちょっと違うんじゃないか。
放送法の特殊性といいますか、そもそも放送法四条というのは、お手元の資料にありますけれども、「政治的に公平であること。」とか、「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。」ということで、何でも自由に放送していいんだと書いていないわけですよね。これは昔から憲法違反じゃないかという議論がたしかあったはずなんですが、しかし、こうやって存続しているという中で、放送法と表現の自由は一定の緊張関係にあると思います。
このことは国民投票法にも明らかでして、一方で、百一条でしたか、百五条でしたか、表現の自由を尊重しろと言いつつ、附則で、放送法についてはその趣旨を踏まえろ、こう書いているわけですよね。この点についてどうお考えか。
まず、表現の自由は大切なんだけれども、それに先立って、放送法の、政治的な公平性、あるいはフェークニュースはいけない、あるいは意見が対立している問題についてはできるだけ多くの角度から論点を明らかにする、あるいは公序良俗に反しない、これがまずいかなる場合でも適用になるべきだと思いますが、いかがですか。
この発言だけを見る →きょうは、御意見をいただきましてありがとうございました。
私も、表現の自由あるいは放送の自由、報道の自由をいろいろな場で取り上げてきて、重要性については一番理解しているつもりなんですけれども、事、放送という媒体、メディアについてはちょっと違うんじゃないか。
放送法の特殊性といいますか、そもそも放送法四条というのは、お手元の資料にありますけれども、「政治的に公平であること。」とか、「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。」ということで、何でも自由に放送していいんだと書いていないわけですよね。これは昔から憲法違反じゃないかという議論がたしかあったはずなんですが、しかし、こうやって存続しているという中で、放送法と表現の自由は一定の緊張関係にあると思います。
このことは国民投票法にも明らかでして、一方で、百一条でしたか、百五条でしたか、表現の自由を尊重しろと言いつつ、附則で、放送法についてはその趣旨を踏まえろ、こう書いているわけですよね。この点についてどうお考えか。
まず、表現の自由は大切なんだけれども、それに先立って、放送法の、政治的な公平性、あるいはフェークニュースはいけない、あるいは意見が対立している問題についてはできるだけ多くの角度から論点を明らかにする、あるいは公序良俗に反しない、これがまずいかなる場合でも適用になるべきだと思いますが、いかがですか。
田
田嶋炎#27
○田嶋参考人 放送法の四条につきましては、私どもが事業をやっていく上で大変大切な条文でございます。
放送法四条につきましては、日常的に、特に政治的に公平であることということにつきましては、国民投票運動に限られるものではございません。意見が対立している問題についてはできるだけ多くの角度から論点を明らかにすることなどという規定もあわせて国民投票運動に当てはめてまいりますれば、運動に関する放送の全体の中で量と質を総合的に加味した上で政治的に公平ということであれば、公平性を確保、実現していくことが当然に求められているというふうに理解をしてございます。
この発言だけを見る →放送法四条につきましては、日常的に、特に政治的に公平であることということにつきましては、国民投票運動に限られるものではございません。意見が対立している問題についてはできるだけ多くの角度から論点を明らかにすることなどという規定もあわせて国民投票運動に当てはめてまいりますれば、運動に関する放送の全体の中で量と質を総合的に加味した上で政治的に公平ということであれば、公平性を確保、実現していくことが当然に求められているというふうに理解をしてございます。
奥
奥野総一郎#28
○奥野(総)委員 ありがとうございます。
四条が当然適用されるということなんですが、そうすると、この四条の政治的な公平性の解釈については、政府の公式見解としては、一つの番組ではなく、放送事業者の全体の中でバランスをとるべきだ、これはいろいろな国会答弁の場でも皆さんおっしゃっているんですね。これを当てはめたときに、国民投票についての賛否、意見表明も含めてだと思いますが、賛否は政治的な意見だと思うんですね。
これについて、賛否については番組全体として同時間、なるべく同じ枠を割り当てるべきだ、同じ時間放送すべきだというこの放送法の規定がかかってくるということになるんじゃないですか。ですから、少なくとも、放送法の要請としては、賛否についてはバランスをとるという要請がまずかかっているんじゃないでしょうか。
この発言だけを見る →四条が当然適用されるということなんですが、そうすると、この四条の政治的な公平性の解釈については、政府の公式見解としては、一つの番組ではなく、放送事業者の全体の中でバランスをとるべきだ、これはいろいろな国会答弁の場でも皆さんおっしゃっているんですね。これを当てはめたときに、国民投票についての賛否、意見表明も含めてだと思いますが、賛否は政治的な意見だと思うんですね。
これについて、賛否については番組全体として同時間、なるべく同じ枠を割り当てるべきだ、同じ時間放送すべきだというこの放送法の規定がかかってくるということになるんじゃないですか。ですから、少なくとも、放送法の要請としては、賛否についてはバランスをとるという要請がまずかかっているんじゃないでしょうか。
田
田嶋炎#29
○田嶋参考人 賛否の取扱いの公平性につきましては、先生おっしゃるとおりだと思います。
ただ、どうやって公平を確保していくのか、あるいは何が公平なのかという部分につきましては、必ずしもストップウオッチ的な時間要素まで個々の番組で求められているとも思っておりませんし、必ずしもそこまで実現していかなくても、放送の全体で公平を図っていくことは日常的に行われているものであるというふうに理解をしてございます。
この発言だけを見る →ただ、どうやって公平を確保していくのか、あるいは何が公平なのかという部分につきましては、必ずしもストップウオッチ的な時間要素まで個々の番組で求められているとも思っておりませんし、必ずしもそこまで実現していかなくても、放送の全体で公平を図っていくことは日常的に行われているものであるというふうに理解をしてございます。