三木治朗 に関する国会発言

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1963-10-15 河野義克 議院運営委員会 参議院

○事務総長(河野義克君) 本院議員武藤常介君には、去る八月六日東京大学付属病院において、肝臓ガンのため、また、杉浦武雄君には、去る九月十二日同じく東京大学付属病院において、冠不全兼前立腺肥大症のため逝去されました。まことに哀悼の至りにたえません。  武藤君に対しましては去る八月十一日、杉浦君に対しましては去る九月十七日、それぞれ例文による弔詞を贈呈いたしますとともに、その御遺族に対しましては、法律の定めるところにより、弔慰金としてそれ

1962-12-22 光村甚助 本会議 参議院

○光村甚助君(続) 民主主義というのは、人だけに守らして自分は守らないのが一番いけないのです。これは社会党も全国の有権者の一千万以上の人の支持があるのです。ただ多数を取ったら一方的にどんどん議事を進めるということが、はたしてこれは民主主義の原則かどうか。やはり一千万以上の有権者のバックがある社会党の言い分も少しでも聞いて、法案に取り入れて、仲よく議事を進めていくというのが、民主主義の原則でなければならないはずです。(拍手)そういう面から

1962-12-22 戸叶武 本会議 参議院

○戸叶武君 ただいま久保さんが、私の趣旨説明で足りない点を補足して、重宗さんのいかに経歴がりっぱであり人格者であるかという説明をなされたのでありますが、私もこの人に対して不信任案を突きつけるというのは、まことに断腸の思いでございます。個人としてはりっぱでありますが、政治の道は、やはり公私を混同してはならないのでございます。ここが政治のけじめだと思うのであります。  第一に、この趣意説明が十分でなかったといわれておりますが、確かにそうで

1959-04-02 松野鶴平 本会議 参議院

○議長(松野鶴平君) 三木治朗君、河合義一君、藤原道子君から、歩行困難のため投票を参事に委託したいとの申し出がございました。これを許可いたします。  投票漏れはございませんか。——投票漏れないと認めます。投票箱閉鎖。    〔投票箱閉鎖〕

1959-02-10 石坂豊一 逓信委員会 参議院

○石坂豊一君 私より、第一班の報告をいたします。  第一班は私と三木治朗委員と二人でございまして、一月の十四日より四日間、石川、福井の両県にわたって逓信関係の視察をいたしたのであります。  実は本年は北陸の方は非常な大雪でございまして、かてて加えて極寒の寒中に際会いたしましたから、この視察ができうるかどうか非常に縣念いたしました。さりながら、第一線に働いておられる方々のことを思いますと、さようなこともいっておられぬと思いまして押して

1959-02-06 三木治朗 逓信委員会 参議院

三木治朗君 ついでですから、私も先だってちょっと福井県の方に行ったのです。二、三年前にも行ったことがあって、電波関係の職員から、くれぐれも、労組の人にもともどもに頼まれて、たびたびお願いすれば、大丈夫と御理解のある御返事をいただいておるので、効果が上っているのじゃないかという工合で今度行ったところが、一向変りはない、頼みがいがないじゃないかと、この間、新大臣もお見えになって話したところが、よく心得ている、心配するなと、こう言われた。そ

1958-09-10 宮田重文 逓信委員会 参議院

○宮田重文君 第一班の御報告を申し上げます。  第一班は、私と三木治朗委員でありますが、八月十七日より六日間北海道に出張し、その間、札幌、釧路、小樽、函館所在の郵政局並びに関係各機関、郵政監察局、地方電波監理局、電気通信局並びに関係各機関、NHK及び民間放送局等につき、つぶさに運営実情の説明を聴取し、かつ、各種の陳情を受けて帰ったのでありますが、以下その概要を御報告申し上げます。  本道には、国策として推進せられている第二次北海道総

1958-08-11 川上路夫 内閣委員会 参議院

○参事(川上路夫君) 御報告いたします。  去る七月十日付をもちまして、三木治朗君が辞任され、後任として藤田進君が委員に選任されました。  越えて七月三十一日、矢嶋三義君が辞任され、山口重彦君が委員に選任されましたが、本日、山口重彦君が辞任され、平林剛君が委員に選任されました。  また、本日、手島栄君が辞任され、後任として松平勇雄君が委員に選任されました。  以上でございます。   —————————————

1958-07-09 川上路夫 内閣委員会 参議院

○参事(川上路夫君) 御報告いたします。  本日、海野三朗君が辞任され、後任として三木治朗君が委員に選任されました。  以上でございます。

1958-06-30 松野鶴平 本会議 参議院

○議長(松野鶴平君) 御異議ないと認めます。  よって議長は、検察官適格審査会委員予備委員に大川光三君。  北海道開発審議会委員に堀末治君、西田信一君、千葉信君。  鉄道建設審議会委員に岡田宗司君。  国土総合開発審議会委員に鹿島守之助君、古池信三君、藤田進君、吉田法晴君。  日本ユネスコ国内委員会委員に湯山勇君。  飼料需給安定審議会委員に小山邦太郎君、堀本宜實君、秋山長造君。  海岸砂地地帯農業振興対策審議会委員に岸良

1958-06-06 小林武治 地方行政委員会 参議院

○委員長(小林武治君) これより委員会を開きます。  まず、今期閉会中の委員の異動を御報告いたします。  五月二十九日、三木治朗君が辞任され、久保等君が補欠選任されました。翌三十日、伊能芳雄君が辞任され、佐藤清川郎君が補欠選任されました。また、本月三日には松野鶴平君、佐藤清一郎君が辞任され、佐野廣君、伊能芳雄君がそれぞれ後任として選任されました。  以上、御報告いたします。     —————————————

1958-04-24 宮田重文 逓信委員会 参議院

○委員長(宮田重文君) ただいまより委員会を開会いたします。  まず委員の変更について御報告いたします。本日三木治朗君が辞任をせられ、久保等君が選任せられました。   —————————————

1958-04-15 宮田重文 逓信委員会 参議院

○委員長(宮田重文君) ただいまより委員会を再開いたします。  委員の変更について御報告いたします。久保等君が辞任されて、三木治朗君が選任されました。   —————————————

1958-04-15 小林武治 地方行政委員会 参議院

○委員長(小林武治君) 委員会を再開いたします。  休憩中、委員の異動がございました。三木治朗君が辞任され、久保等君が後任として選任されました。  御報告いたします。     —————————————

1958-03-20 宮田重文 逓信委員会 参議院

○委員長(宮田重文君) ただいまより委員会を開会いたします。  委員の変更について御報告いたします。  本日三木治朗君が辞任され、久保等君が選任されました。   ―――――――――――――

1958-03-20 小林武治 地方行政委員会 参議院

○委員長(小林武治君) これより委員会を開きます。まず、委員の異動を申し上げます。本日、久保等君が辞任されまして、三木治朗君が補欠選任されました。     —————————————

1958-03-11 宮田重文 逓信委員会 参議院

○委員長(宮田重文君) ただいまより委員会を開会いたします。  委員の変更について御報告いたします。  去る七日久保等君と森中守義君が辞任され、三木治朗君及び松本治一郎君がそれぞれ委員に選任されました。   ―――――――――――――

1958-03-07 小林武治 地方行政委員会 参議院

○委員長(小林武治君) なお、この際、御報告申し上げます。  ただいま三木治朗君が辞任されまして久保等君が委員になりましたので、御報告いたします。     —————————————

1958-03-06 小林武治 地方行政委員会 参議院

○委員長(小林武治君) これより委員会を開きます。  委員の異動について報告いたします。昨五日、久保等君が辞任され、三木治朗君が補欠選任されましたので報告いたします。     —————————————

1958-03-05 宮田重文 逓信委員会 参議院

○委員長(宮田重文君) それではただいまから委員会を開会いたします。  まず、委員の変更がございますので、御報告いたします。  去る四日前田佳都男君が辞任され、川口爲之助君が選任されました。また、本日川口爲之助君及び三木治朗君が辞任され、前田佳都男君及び久保等君がそれぞれ選任されました。   —————————————