内田常雄 に関する国会発言
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○国務大臣(橋本龍太郎君) ちょうど昭和四十五年、私が厚生省の政務次官になりましたとき一番驚きましたのは、本省の各局の中に議員が今言われたノンキャリアの課長さんのいない課が、むしろいない課の方が実は多かった。そして、それはおかしいじゃないかと随分当時の内田常雄厚生大臣とともに事務方の諸君と議論をいたしました。そして、私どもがその職を引きますときには少なくとも各局にその局のベテランの方のポストが一応一つずつはできるようになりました。
○足立良平君 本院議員田辺哲夫君は、去る八月八日、急性心筋梗塞のため、東京都新宿区の国立国際医療センターで逝去されました。まことに痛惜哀悼の念にたえません。 私は、ここに、同僚議員各位の御同意を得て、議員一同を代表し、故田辺哲夫君のみたまに謹んで哀悼の言葉をささげたいと存じます。 田辺君は、昭和四年三月九日、山梨県塩山市に生をうけました。君の家に伝わる古文書によると、君の先祖は鎌倉時代からその地に住み、後に武田信玄に仕え各地を転
○倉成国務大臣 十七、八年前になると思いますけれども、当時、硫黄島に初めて慰霊塔を建てるときに、亡くなられました厚生大臣内田常雄さん、私が社会労働委員長でございます、各県の遺族の方、YS11だものですから乗れる数が限られておりますが参りまして、慰霊塔をつくり、慰霊塔の落成式を行い、そして故人が非常に好んでおりましたお酒を塔にかけたり、好きなだんごを飾ったりいたして御冥福を祈りました。その機会に、私自身洞窟を幾つか自分で歩きまして、そして
○中村(茂)委員 天野建設大臣に二点ほどお聞きいたしたいというふうに思います。 私のところに、この国土利用計画法を策定した当時の念書があります。これは、そのときの衆議院建設委員会の委員長が木村武雄先生、まだ国土庁はなくて、土地問題に対する所管は経済企画庁長官の内田常雄先生、そういう中で十分論議されて、別に念書の中身をどうこうというふうに言うつもりはございません。そのつくった経過並びにそのときの経済状況なり、そういう中でこういうものが
○小澤(克)委員 廃棄物の処理及び清掃に関する法律について国会審議の過程を全部洗ってみましたけれども、発生者責任の原則ということが極めて重要な原則としてたびたび強調されているわけです。 全部読みますと多少時間がかかりますけれども、主なところを拾いますと、まず改正前の旧法が昭和四十五年に制定された際に、これは昭和四十五年十二月七日の衆議院社労委員会ですが、当時の内田常雄厚生大臣は「私は、今回廃棄物処理法案を提案するに至りましたその考え
○沓脱タケ子君 それはまあそういう肩書きもあるいうことは書いてありますな。しかし、これは前の内田常雄自民党前幹事長の秘書の鈴木勝さんと違うんですか。
○細田委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。 また、刀弥館君に対しましては、お手元に配付いたしてあります弔詞を、理事各位の御了承を得まして、葬儀当日、議長から贈呈していただきましたので、御了承願います。 ————————————— 衆議院は多年憲政のために尽力しさきに商工委員長大蔵委員長の要職につきまた再度国務大臣の重任にあたられた議員正三位勲一等内田常雄君の長逝を哀悼しつつしんで弔詞をささげま
○細田委員長 次に、議員内田常雄君及び議員刀祢館正也君逝去につき弔詞贈呈並びに追悼演説の件についてでありますが、昨年十二月二十九日、山梨県選出議員内田常雄君が、また、去る一月八日、兵庫県第二区選出議員刀祢館正也君が逝去されました。 ここに謹んで両君に哀悼の意を表します。 両君に対する追悼演説は、本日の本会議において行うこととし、演説者は、内田君に対しましては日本社会党の鈴木強君に、刀弥館君に対しましては日本社会党の土井たか子君に
○鈴木強君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員内田常雄先生は、昨年十二月二十九日逝去されました。まことに痛惜の念にたえません。私は、皆様の御同意を得て、議員一同を代表し、謹んで哀悼の言葉を申し述べたいと存じます。(拍手) 私の自宅に、ことしもきれいに咲いた三つの洋ランのはち植えがあります。これは、私が一昨年の暮れの総選挙に当選した際、内田先生が贈ってくださったものでございます。「苦労が実ってよかったね。君は参議院議員
○議長(保利茂君) 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。 弔詞を朗読いたします。 〔総員起立〕 衆議院は多年憲政のために尽力しさきに商工委員長大蔵委員長の要職につきまた再度国務大臣の重任にあたられた議員正三位勲一等内田常雄君の長逝を哀悼しつつしんで弔詞をささげますこの弔詞の贈呈方は議長において取り計らいます。 ————————————— 故議員内田常雄君に対する追悼演説
○議長(保利茂君) 御報告いたすことがあります。 議員内田常雄君は、昨年十二月二十九日逝去せられました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。 つきましては、同君に対し、弔詞を贈呈いたしたいと存じます。弔詞は議長に一任せられたいと存じます。これに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○原(茂)委員 ぜひそうお願いしたい。 ここで、処理小委員会にも中央審議会にも、あなた方は一番大事なものとして、あっせん案をお出しになってきた。県のあっせん案なるものをお出しになった。これが一番大きなよりどころだったのです。山梨県出身の衆参両国会議員全員が、このあっせん案を一、二、三、四項まで示して、三年間もすったもんだやった組合への払い下げ先を変更して、このあっせん案に基づいて県へ払い下げることに決めた。これが唯一のよりどころで、
○土金政府委員 お尋ねの事案は、十月十一日、甲府市内の山梨県民会館で行われた「内田常雄先生を励ます会」という会の主催による内田常雄先生を励ます県民大会、こういう大会においての問題である、こういうふうに考えますが、この件につきまして、現地の山梨県警察におきまして事実関係を引き続き調査中でございまして、この調査によって事実関係が明確になり次第、それに対する措置を講じてまいりたい、こういうふうに考えております。
○神谷信之助君 さらに私はもう一つ新しい事件を問題にしたいと思うのです。 それは去る十一日です、甲府市の県民会館大ホールで、「自由民主党幹事長内田常雄先生を励ます県民大会」というものが開催をされました。この県民大会は内田常雄代議士の後援会である如山会というのですか、この会などが主催団体の一つに加わり、代表者はその後援会の会長であります。そうして公開、入場無料で一般からの参加も呼びかけております。ところが、その会場で鉛筆三本一組のセッ
○塚本三郎君 去る十六日行われました三木総理の所信表明演説に対しまして、私は、民社党を代表して質問をいたし、総理の所信をただしたいと存じます。(拍手) 三木総理、あなたは、本臨時国会は一体何を目的にして召集されたのでありましょうか。私どもには一昨日の演説をお聞きしましても、なおその目的と意義がはっきりと受け取れないのであります。 昨年末より約一年間、空前の不況に見舞われた日本経済は、破産、倒産が相次ぎ、ついに雇用不安をも増大しつ
○藤野事務総長 本日の本会議は、ただいま御決定のとおり、国務大臣の演説に対する質疑を行います。まず社会党の赤松勇さんは四十分以内、次に自民党の内田常雄さんは三十分以内、次に社会党の武藤山治さんは三十分以内でございます。 以上でございます。
○田澤委員長 これより会議を開きます。 まず、国務大臣の演説に対する質疑についてでありますが、国務大臣の演説に対する質疑は、本日及び明十九日の両日行うこととし、質疑者の数は、自由民主党一人、日本社会党二人、日本共産党・革新共同一人、公明党一人、民社党一人とし、発言時間は、日本社会党の第一順位者につきましては四十分以内、その他の質疑者につきましてはおのおの三十分以内とし、発言順序は、本日は、まず日本社会党の赤松勇君、次に自由民主党の内
○内田常雄君 私は、自由民主党を代表して、三木内閣総理大臣の所信表明演説に関連し、意見を交えながら、政府に対して若干の質問を行うものであります。(拍手) 三木内閣総理大臣は、所信表明演説の冒頭において、重大局面にある日本経済の現状認識を述べられました。私は、その時局認識において総理大臣と見解を異にするものではありません。すなわち、物価は政府の一貫した政策努力と国民の協力と隠忍とによって狂乱状態がおさまり、すでに鎮静の方向をたどってお
○議長(前尾繁三郎君) 内田常雄君。 〔内田常雄君登壇〕
○勝澤委員 独禁法の歴史は骨抜きの歴史だと言われてまいりました。昭和二十二年、経済民主化の法律として誕生した独禁法は、二十四年の改正を経て、二十八年には大改正をされました。カルテル列島と言われる寡占の弊害が今日露骨にあらわれて、一昨年の石油危機を契機に大企業の便乗値上げと物価狂乱は黙視することができず、国民の大企業に対する横暴を取り締まる声は高まり、独禁法強化は消費者、国民の利益を守り、経済民主化を促進するために必要とされてまいりました