志賀義雄 に関する国会発言

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2010-10-21 義家弘介 文教科学委員会 参議院

○義家弘介君 非常に大ざっぱな抽象的な質問をしましたが、実は一つ一つ本日それを確認させていただきたいという思いで冒頭そういう発言をさせていただきました。  実は、この文部科学問題だけではなくて、もろもろの問題が昨年の政権交代から次々に起こっているわけですが、私は、その問題を見るにつけ、戦後間もなくの日本共産党の衆議院議員だった志賀義雄氏の一九五二年、昭和二十七年の発言、これを思い出してしまいます。  何も武装闘争などする必要はない。

2000-02-24 西修 憲法調査会 衆議院

○西参考人 御紹介いただきました西でございます。  このような席でお話をさせていただくことを大変光栄に存じております。よろしくお願いいたします。  本憲法調査会の目的は、日本国憲法について広範かつ総合的に調査を行うということでございます。そして、最初にいわば憲法成立過程について共通の認識を得よう、そういうところからスタートなさっていらっしゃる、こういうことに関して深い敬意を表したいと思っております。  イギリスの法諺、法律の格言に

1990-04-17 堀昌雄 大蔵委員会 衆議院

○堀委員 今皆さんお聞きのように、この一—三月の、特に月別の一、二、三のデータをごらんになれば、明らかに輸出は二百二十六、二百三十一、二百四十六とふえてきつつあるわけでありまして、恐らく今のままなら四月、五月、どんどんふえていくのだろう、こう思うわけであります。ですから私は、この為替の問題などということを短期にどうこう考える必要はないのであって、ある一定のタームで物を考えれば十分だ、こう考えているのであります。  そこで、この為替とい

1985-10-17 中曽根康弘 本会議 衆議院

○内閣総理大臣(中曽根康弘君) 林議員にお答えをいたします。  国の命令で戦場に赴いて、国の犠牲となって倒れた人に哀悼の意を表するのは、自然の人間の心であって、これをあざ笑ったり冷たい言葉をかけるという人は、正常な人間の心を持っているとは甚だ疑問に思う次第であります。(拍手)  次に、憲法に関する問題でありますけれども、戦後の日本の政治やあるいは憲法に関する評価というものについては、私はかなり高いものを持っておる次第でございます。林

1978-02-10 中山正暉 建設委員会 衆議院

○中山(正)委員 どうぞその辺の兼ね合いをよろしく御判断の上、いま生きている人たちが困窮をすることのないような、そして日本がその体制に見合ったような経済繁栄をしていくように、御配慮をひとつお願いしたいと思うのですが、実は私は、私の愛読書でございます毛沢東語録をここに持っておりまして、これは私の反面教師でありまして、この反面教師であります毛沢東語録の中に「およそ敵が反対するものを、われわれは擁護しなければならない。およそ敵が擁護するものを

1976-01-30 塚本三郎 予算委員会 衆議院

○塚本委員 宮本氏はその吉田実刑務医の診断に基づいて釈放されたことは事実でございます、私どもの調査によりますと。ところが、勅令七百三十号、いわゆる復権でございます。先ほどから何度も大臣が答弁なさっておられます資格回復の対象とならなかったと解されております。それはなぜか。刑事犯罪を伴う刑事犯人であるからではないか。いわゆる政治犯については七百三十号によって復権されるということになっておりますが、しかし、それと一緒になっておる、その除外例の

1975-03-20 櫻田武 大蔵委員会 衆議院

○櫻田参考人 増本先生にあらかじめ申し上げて、誤解のないように願いたいのですが、私は第一回の中労委の委員で徳田球一君と一緒に大いにやった、労務法制審議会では志賀義雄君と大いにやった。決してさような先入観を持たないでいただきたい。ようございますね。このことだけをお願いして、だから増本さんとひざを突き合わして何ぼでも話せば話は合います。御心配なく。  インフレーションというものが起こりましたのは、要するに戦後の非常に疲弊した、世界じゅうの

1974-02-22 中山正暉 内閣委員会 衆議院

○中山(正)委員 前に、法眼さんと雑談をした中で、気をつけてください、松岡洋右という人が、不可侵条約を結びにいくときに、シベリア鉄道を一週間走った、その寝台車の上に寝ておった人が、いまになって中共から帰ってきた西園寺公一でございますよと言うたら、私もその寝台に一緒に乗っておりましたとおっしゃいました。まあ、そういうことで、私は、たいへんたわいのないことが、世界を悲劇にするか、それとも楽土にするかの分かれ道になると思います。  この際、

1973-03-29 中山正暉 内閣委員会 衆議院

○中山(正)委員 私はこう考えております。たいへん不幸、まことに不幸な事件でございまして、外務大臣のおっしゃるとおりでございますが、実はあれはなぜ日本人を使ったかと推測をしてみると、アメリカの政府の大統領の側近には非常にユダヤ人が多いことに気がついたのです。この間も、佐藤前総理大臣のある朝めし会でのお話を聞きましたら、総理大臣辞任後初の訪米のときの大統領招宴の際、自分の前にすわったのはニクソンの後援会の会長のケンドールだったということで

1966-10-19 大久保武雄 法務委員会 衆議院

○大久保委員長 志賀義雄君。時間がありませんから簡単に……。

1966-10-19 大久保武雄 法務委員会 衆議院

○大久保委員長 志賀義雄君。

1966-07-28 濱田幸雄 法務委員会 衆議院

○濱田委員長代理 次に刑法の一部を改正する法律案を議題といたします。  質疑の申し出がありますのでこれを許します。志賀義雄君。

1966-07-28 大久保武雄 法務委員会 衆議院

○大久保委員長 志賀義雄君。

1966-07-26 中村喜四郎 法務委員会 参議院

○中村喜四郎君 私は、去る六月十日、それから六月の二十四日、七月の二十一日、この三日間にわたって衆議院の法務委員会に取り上げられ、衆議院の坂本委員、畑委員、落合寛茂委員、志賀義雄委員との間にそれぞれ法務省、自治省、農林省との間に質疑が繰り返された問題についてお尋ねをしたいと思うのですが、この問題は、茨城県の岩井町の町長の吉原三郎という町長が、この四月の四日に選挙が行なわれ、当選された。その町長の選挙違反問題、並びに岩井町が岩井町に企業開

1966-07-15 大竹太郎 法務委員会 衆議院

○大竹委員長代理 志賀義雄君。

1966-07-15 大久保武雄 法務委員会 衆議院

○大久保委員長 志賀義雄君。

1966-06-10 小島徹三 法務委員会 衆議院

○小島委員長代理 次に、志賀義雄君。簡単に願います。

1966-06-09 大久保武雄 法務委員会 衆議院

○大久保委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  裁判所の司法行政に関する件、法務行政及び検察行政に関する件、並びに人権擁護に関する件について調査を進めます。  質疑の通告がありますので、これを許します。志賀義雄君。

1966-06-09 久保田義麿 議院運営委員会 衆議院

○久保田事務総長 まず、日程第一でございますが、古川運輸委員長が御報告になります。共産党が反対でございます。次に、日程第二及び第三を一括いたしまして、田村建設委員長が御報告になります。これに対しまして、社会党の金丸徳重さんが反対討論をなさいます。日程第二の委員長報告は修正でございますが、両案とも社会党、共産党が反対でございます。次に、日程第四は、石炭対策特別委員会理事の藏内修治さんが御報告になります。共産党が反対でございます。次いで、緊

1966-06-03 大久保武雄 法務委員会 衆議院

○大久保委員長 志賀義雄君。