高田浩運 に関する国会発言

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1992-06-18 田代由紀男 厚生委員会 参議院

○田代由紀男君 私は、昭和五十二年、厚生省の福祉の神様であった高田浩運先生の死亡によって、補欠選挙で出てきたわけでございまして、終始高田浩運先生の遺志を継いで頑張ってまいりました。  そして今度も自民党の公認候補として毎日三百キロから四百キロ車で走ったものですから、とうとう三月六日に身体を痛めました。そこで自民党もそして農政連も早く後任を決めるようにということで、後任の依頼をしましたが、しかし、とうとう農政連は後任を決めることができな

1977-07-30 岸田實 議院運営委員会 参議院

○事務総長(岸田實君) 議員迫水久常君には、去る七月二十五日、急性心不全のため、同愛記念病院において逝去されました。謹んで御報告申し上げます。  本委員会の理事懇談会におきましては、協議の結果、お手元にお配りしてあります案文の弔詞を院議をもって贈呈するととと決した次第でございます。  なお、去る六月三十日に逝去されました故議員神田博君及び去る七月十七日逝去されました故議員高田浩運君に対しましては、本委員会の理事懇談会の決定に基づき、

1977-07-30 上田哲 本会議 参議院

○上田哲君 本院議員高田浩運君は、去る十七日、転移性肝腫瘍のため東京国立医療センターで逝去されました。昨年暮れ、病に倒れられ、心配申し上げていたのでありますが、薫夫人を初め家族の方々、病院関係者の必死の御看護もかいなく、ついに計報を聞くに至りました。まことに哀惜にたえません。  私は、皆様の御同意を得て、議員一同を代表し、謹んで従三位勲二等故高田浩運君のみたまに追悼の言葉をささげたいと存じます。  高田浩運君は、大正三年、熊本県三名

1977-07-30 安井謙 本会議 参議院

○議長(安井謙君) 議員高田浩運君は、去る十七日逝去せられました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。  同君に対しましては、すでに弔詞を贈呈いたしました。  ここにその弔詞を朗読いたします。    〔総員起立〕  参議院は議員従三位勲二等高田浩運君の長逝に対しつつしんで哀悼の意を表しうやうやしく弔詞をささげます。      —————・—————

1977-06-09 寺本廣作 外務委員会 参議院

○委員長(寺本広作君) この際、委員の異動について御報告いたします。  本日、矢野登君及び高田浩運君が委員を辞任され、その補欠として坂野重信君及び岡田広君が選任されました。     —————————————

1977-06-07 寺本廣作 外務委員会 参議院

○委員長(寺本広作君) この際、委員の異動について御報告いたします。高田浩運君及び矢野登君が委員を辞任され、その補欠として岡田広君及び長谷川信君が選任されました。     —————————————

1977-06-07 寺本廣作 外務委員会 参議院

○委員長(寺本広作君) ただいまから外務委員会を開会いたします。  この際、委員の異動について御報告いたします。  去る六月六日、斎藤栄三郎君、源田実君、青井政美君、中山太郎君、吉田忠三郎君、安永英雄君、大塚喬君及び渡辺武君が委員を辞任され、その補欠として大島友治君、矢野登君、伊藤五郎君、高田浩運君、羽生三七君、川村清一君、対馬孝且君及び小笠原貞子君がそれぞれ選任されました。     —————————————

1977-06-02 寺本廣作 外務委員会 参議院

○委員長(寺本広作君) ただいまから外務委員会を開会いたします。  この際、委員の異動について御報告いたします。  去る五月二十八日、坂野重信君、戸塚進也君及び上條勝久君が委員を辞任され、その補欠として高田浩運君、伊藤五郎君及び矢野登君がそれぞれ選任されました。  また、昨六月一日、矢野登君が委員を辞任され、その補欠として佐々木満君が選任されました。  また、本日、伊藤五郎君及び高田浩運君が委員を辞任され、その補欠として上田稔君

1977-05-27 寺本廣作 外務委員会 参議院

○委員長(寺本広作君) ただいまから外務委員会を開会いたします。  この際、委員の異動について御報告いたします。  本日、高田浩運君、木内四郎君、佐藤信二君及び伊藤五郎君が委員を辞任され、その補欠として坂野重信君、福井勇君、上條勝久君及び戸塚進也君がそれぞれ選任されました。     —————————————

1977-05-12 浜本万三 社会労働委員会 参議院

○理事(浜本万三君) ただいまから社会労働委員会を開催いたします。  まず、委員の異動について御報告します。  去る四月二十七日、高田浩運君が委員を辞任されました。また、同日、村田秀三君及び遠藤要君が委員を辞任され、その補欠として目黒今朝次郎君及び橋本繁蔵君がそれぞれ選任されました。     —————————————

1977-05-12 寺本廣作 外務委員会 参議院

○委員長(寺本広作君) ただいまから外務委員会を開会いたします。  まず、委員の異動について御報告いたします  去る四月二十七日、高橋誉冨君が委員を辞任され、その補欠として木内四郎君が選任されました。  また、同日、本委員会の委員一名を補充するため、高田浩運君が選任されました。  また、昨十一日、田渕哲也君及び田英夫君が委員を辞任され、その補欠として中沢伊登子君及び寺田熊雄君が選任されました。     ————————————

1977-03-10 加藤武徳 商工委員会 参議院

○委員長(加藤武徳君) ただいまから商工委員会を開会いたします。  委員の異動について御報告いたします。  去る三月二日、向井長年君が委員を辞任され、その補欠として藤井恒男君が、また、三月八日、福岡日出麿君が委員を辞任され、その補欠として高田浩運君が、また、昨九日、高田浩運君が委員を辞任され、その補欠として福岡日出麿君がそれぞれ選任されました。     —————————————

1977-03-03 戸田菊雄 社会労働委員会 参議院

○委員長(戸田菊雄君) ただいまから社会労働委員会を開会いたします。  まず、委員の異動について御報告いたします。  昨二日、岩本政一君が委員を辞任され、その補欠として高田浩運君が選任されました。     —————————————

1977-03-01 浜本万三 社会労働委員会 参議院

○理事(浜本万三君) ただいまから社会労働委員会を開会いたします。  まず、委員の異動について御報告いたします。  本日、高田浩運君が委員を辞任され、その補欠として岩本政一君が選任されました。     ―――――――――――――

1977-02-22 戸田菊雄 社会労働委員会 参議院

○委員長(戸田菊雄君) 御異議ないと認めます。  それでは、理事に佐々木満君及び高田浩運君を指名いたします。  本日はこれにて散会いたします。    午前十時五十分散会      —————・—————

1976-05-08 高田浩運 予算委員会 参議院

高田浩運君 私は、自由民主党を代表して、ただいま議題となりました昭和五十一年度一般会計予算外二件に対し、賛成の討論を行うものであります。  今日のわが国経済は、石油危機に端を発した世界的な経済変動といわゆる減速経済への移行という歴史的な転換の渦中にあります。政権を担当するわが党に課せられた使命は、この世界的なスタグフレーションを背景とする現下の不況と雇用不安を速やかに克服すること、また、不況による国及び地方の空前の財政危機を乗り切り

1976-05-08 八木一郎 予算委員会 参議院

○委員長(八木一郎君) 高田浩運君。

1976-01-28 八木一郎 予算委員会 参議院

○委員長(八木一郎君) 御異議ないと認めます。  それでは理事に、梶木又三君、高田浩運君、山内一郎君、吉田実君、小野明君、森中守義君、桑名義治君、内藤功君を指名いたします。     —————————————

1976-01-23 鳩山威一郎 物価等対策特別委員会 参議院

○理事(鳩山威一郎君) ただいまから物価等対策特別委員会を開会いたします。  岡本委員長から委員長辞任の申し出がございますので、私が委員長の職務を代行させていただきます。  まず、委員の異動について御報告いたします。  昨二十二日、森下昭司君、粕谷照美君、赤桐操君、対馬孝且君、安田隆明君が委員を辞任され、その補欠として秋山長造君、前川旦君、田中寿美子君、竹田現照君、高田浩運君が選任されました。  また本日、神田博君、高田浩運君が

1975-12-27 和田静夫 災害対策特別委員会 参議院

○委員長(和田静夫君) 御異議ないと認めます。  それでは理事に上田稔君、高田浩運君、青木薪次君、藤原房雄君及び神谷信之助君を指名いたします。     —————————————