内閣委員会

1985-04-18 衆議院 全193発言

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会議録情報#0
昭和六十年四月十八日(木曜日)
    午前十時一分開議
出席委員
  委員長 中島源太郎君
   理事 石川 要三君 理事 戸塚 進也君
   理事 深谷 隆司君 理事 宮下 創平君
   理事 小川 仁一君 理事 元信  堯君
   理事 市川 雄一君 理事 和川 一仁君
      池田 行彦君    石原健太郎君
      内海 英男君    鍵田忠三郎君
      菊池福治郎君    塩川正十郎君
      月原 茂皓君    中村喜四郎君
      二階 俊博君    丹羽 雄哉君
      吹田  愰君    山本 幸雄君
      上原 康助君    角屋堅次郎君
      佐藤 徳雄君    新村 勝雄君
      山本 政弘君    渡部 行雄君
      鈴切 康雄君    日笠 勝之君
      田中 慶秋君    柴田 睦夫君
      三浦  久君
 出席国務大臣
        国 務 大 臣
        (内閣官房長官)藤波 孝生君
        国 務 大 臣
        (総務庁長官) 後藤田正晴君
 出席政府委員
        内閣官房内閣審
        議室長
        兼内閣総理大臣
        官房審議室長  吉居 時哉君
        内閣総理大臣官
        房審議官    田中 宏樹君
        内閣総理大臣官
        房管理室長   藤田 康夫君
        社会保障制度審
        議会事務局長  藤田 恒雄君
        臨時行政改革推
        進審議会事務局
        次長      山本 貞雄君
        総務庁行政管理
        局長      古橋源六郎君
        総務庁行政監察
        局長      竹村  晟君
        総務庁恩給局長 藤江 弘一君
 委員外の出席者
        内閣総理大臣官
        房特別基金検討
        調査室長    杉浦  力君
        公害等調整委員
        会事務局総務課
        長       紀 嘉一郎君
        環境庁水質保全
        局水質管理課長 小林 康彦君
        大蔵大臣官房企
        画官      浜中秀一郎君
        厚生省生活衛生
        局水道環境部産
        業廃棄物対策室
        長       伊原 正躬君
        内閣委員会調査
        室長      石川 健一君
    ―――――――――――――
委員の異動
四月十八日
 辞任         補欠選任
  塩川正十郎君     吹田  愰君
  堀内 光雄君     丹羽 雄哉君
  嶋崎  譲君     渡部 行雄君
  山本 政弘君     佐藤 徳雄君
同日
 辞任         補欠選任
  丹羽 雄哉君     堀内 光雄君
  吹田  愰君     塩川正十郎君
  佐藤 徳雄君     山本 政弘君
  渡部 行雄君     嶋崎  譲君
    ―――――――――――――
四月十七日
 旧満州棉花協会等を恩給法による外国特殊機関として指定に関する請願(江藤隆美君紹介)(第三〇七三号)
 中小企業専任大臣設置に関する請願(串原義直君紹介)(第三〇七四号)
 同(清水勇君紹介)(第三〇七五号)
 同(中村茂君紹介)(第三〇七六号)
 同(井出一太郎君紹介)(第三一〇〇号)
同月十八日
 中小企業専任大臣設置に関する請願(江藤隆美君紹介)(第三二一二号)
 同(小此木彦三郎君紹介)(第三二一三号)
 同(工藤巖君紹介)(第三二一四号)
 同(近藤元次君紹介)(第三二一五号)
 同(佐藤一郎君紹介)(第三二一六号)
 同(平泉渉君紹介)(第三二一七号)
 同(町村信孝君紹介)(第三二一八号)
 同(奥田幹生君紹介)(第三三二八号)
 同(中島衛君紹介)(第三三二九号)
 同(野田毅君紹介)(第三三三〇号)
 同(堀之内久男君紹介)(第三三三一号)
 同(三木武夫君紹介)(第三三三二号)
 同外一件(武藤嘉文君紹介)(第三三三三号)
 同(村岡兼造君紹介)(第三三三四号)
 同(足立篤郎君紹介)(第三三四五号)
 同(愛知和男君紹介)(第三三四六号)
 同(稲村利幸君紹介)(第三三四七号)
 同(北川正恭君紹介)(第三三四八号)
 同(熊川次男君紹介)(第三三四九号)
 同(小山長規君紹介)(第三三五〇号)
 同外三件(砂田重民君紹介)(第三三五一号)
 同(田邉國男君紹介)(第三三五二号)
 同(堀内光雄君紹介)(第三三五三号)
 同(三塚博君紹介)(第三三五四号)
 対戦ヘリAH1Sの十勝飛行場への配備反対に関する請願(新村源雄君紹介)(第三三四四号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 恩給法等の一部を改正する法律案(内閣提出第二六号)
 地方公共団体の事務に係る国の関与等の整理、合理化等に関する法律案(内閣提出第五七号)
     ――――◇―――――
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中島源太郎#1
○中島委員長 これより会議を開きます。
 内閣提出、恩給法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。山本政弘君。
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山本政弘#2
○山本(政)委員 きょうは、恩給法とは直接関連がございませんが、日赤の救護看護婦、それから旧陸海軍の従軍看護婦のことについて、率直に言って私、余り詳しくありませんが、教えてほしいと思うのですね。一昨日ですか、話を聞いておりまして若干納得のいかないものがありますので。
 昭和五十四年、日赤の救護看護婦に慰労金を給付する措置がとられて、旧陸海軍の従軍需護婦についても同じような措置をすべきだということで五十六年に慰労金が給付された。そこでお伺いしたいのですが、給付期間について三年以上六年未満、六年以上九年未満、九年以上十二年未満、十二年以上十五年未満、十五年から十八年未満、それから十八年以上と六段階に分かれておりますけれども、今実際に該当している人員というのは一体旧日赤で何名になっているのか、あるいは旧陸海軍で何名になっているのか、この六段階に分けて教えていただきたいと思うのです。
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藤田康夫#3
○藤田(康)政府委員 ランク別の人員についてのお尋ねではないかと思いますが、五十九年度の予算ベースで申し上げますと、三年から五年、これは旧日赤が七百五十三人、旧陸海軍が八百四人。それから六年から八年まで、これが旧日赤が九十六人、旧陸海軍が二百二十八人。それから九年から十一年まで、旧日赤が二百十四人、それから旧陸海軍が八十八人。それから十二年から十四年までが旧日赤が四十三人。それから旧陸海軍が三十名。それから十五年から十七年、人員で申し上げますと旧日赤が九名。旧陸海軍が七名。それから十八年以上でございますが、旧日赤が三名。合計いたしまして旧日赤が千百十八名、それから旧陸海軍が千百五十七名、以上でございます。
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山本政弘#4
○山本(政)委員 ちょっと失礼しますけれども、十八年以上、旧日赤が三名。旧陸海軍は何名ですか。
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藤田康夫#5
○藤田(康)政府委員 ございません。
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山本政弘#6
○山本(政)委員 そうしますと、これは圧倒的に多いのは三年以上から六年未満ですね。六年から九年、十二年、十五年、十八年というふうに段階別に見ますと、勤務期間が長い人たちはもう非常に少なくなってきている。ですから、最高三十万円とかこういうことがありますけれども、平均をしてみますと十一万か十二万になるんじゃないでしょうか。一体どのくらいになりますか。
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藤田康夫#7
○藤田(康)政府委員 一人当たりの平均額でございますが、五十九年度の実績で申し上げますと十二万三千円でございます。
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山本政弘#8
○山本(政)委員 そうすると、最高三十万というふうに言われているけれども、しかし実際の金額になると、要するに十万から三十万の間で分かれておるわけです。今お話があったように、十二万ということになると金額としては非常に少ないことになりますね。平均して一人当たり月一万円、こういう金額になるわけですね。しかも受給者がだんだん減ってきている。受給者が減る傾向というのは、年をとりますからだんだん亡くなる人たちもおる、こう思うのです。そういうことから考えると非常に少ない金額じゃないだろうか、こう思うのですが、そのことについてどういうふうにお考えになっているか。妥当な金額だとお思いになっているのかあるいは少ないとお思いになっているのか、これでも多過ぎるとお思いになっているのか、一体どうでしょうかね。
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藤田康夫#9
○藤田(康)政府委員 給付金の額につきまして算出の根拠についてお尋ねではないかと思っておりますが、これは先生お話しございましたように、旧日赤が五十四年から、旧陸海軍従軍需護婦が五十六年から始まったわけでございます。これは支給開始年齢に見合う昭和五十四年度ベースにおきます旧軍人に支給しております普通恩給の額を考慮いたしまして、実勤務期間の長短に応じましてその当時算出されたものでございまして、その後、先ほど申し上げましたような期間の経過がございますので、今回昭和五十五年を基準といたしまして五年間の目減り減らしをやらしていただいたということでございます。
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山本政弘#10
○山本(政)委員 その経過はよくわかるのですけれども、僕が聞いていることは、平均して月一万円という金額は、一般的社会的な通念として低いと思いますか、高いと思いますか、ちょうどと思いますか、こう聞いているんですがね。そのお答えをひとつしていただきたい。
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藤田康夫#11
○藤田(康)政府委員 慰労給付金の性格に関する御質問とも絡むのではないかと思うわけでございますが、この慰労給付金は、戦時衛生勤務に長年御従事いただいた、こういうことに対します慰労の給付金でございまして、恩給といったような公的年金的なものとは性格を異にいたしておりまして、現時点においては適正ではないか、かように考えております。
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山本政弘#12
○山本(政)委員 一般の兵隊さん、これは今度上がって幾らになりましたか。
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藤田康夫#13
○藤田(康)政府委員 兵の恩給につきましては、当室では恩給を担当いたしておりませんので、その額についてはつまびらかにいたしてないところでございます。
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山本政弘#14
○山本(政)委員 私の記憶に間違いがなければ、一般兵の人たちは四十万を超していると思うのですね。私自身も兵隊に行きました。後藤田長官も陸軍主計大尉で御苦労なすったと思いますが、私も海軍主計大尉で多少の苦労はしたのですが、現地で私も経験しているのを見ると、将軍も兵も先に川を渡っていく、その中で、看護婦の人たちが、傷病の兵隊を担ぎながら後から行くという現状を私は幾度か見たわけですね。ですから、そういうことを考えますと、なるほどお話の中で恩給法上の性格になじまないという点があるけれども、その苦労を考えてみると、いずれにしてもこれは少ない金額じゃないだろうか、こう僕は少なくとも思うのです。そうすると、ほぼ適正であるというのは僕はどうも少しおかしいのじゃないか、もっと考えてもいいのじゃないかという感じがするのです。もう一遍その点をひとつ開かせてもらえませんか。
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藤田康夫#15
○藤田(康)政府委員 先生からお話がございましたが、従軍看護婦等が戦地で大変御苦労いただいた、この点については私たちも同感であるわけでございます。そういったような長年の特殊な勤務に対しまして、先ほどから申し上げておりますように慰労給付金という形で、値上げ前でございますと十万円から三十万円、実勤務年数に応じて給付をさしていただいておるわけでございます。どういう額が適正かというのはいろいろ議論があろうかと思いますけれども、現時点では、それが目減りしないようにということで、今年度一二・三%の値上げをさせていただいた次第でございまして、極めて厳しい財政状況下でございますが、そういったことをさしていただいたということで御理解をいただきたい、かように考える次第でございます。
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山本政弘#16
○山本(政)委員 それじゃ、ちょっと観点を変えましょう。
 慰労給付金の資格の要件ですが、一つは対象期間がある、資格の年限がある。それから受給の要件がある。それから支給期日がある。もう一つは他の公的年金との調整がありますね。それで、旧日赤の看護婦及び旧陸海軍の従軍看護婦としての期間が退職年金等の金額計算の基礎在職年に算入されているときは、この期間を慰労給付金の勤務期間から除く。つまりその理由というのは、重複給付を避けるためだということだろうと思うのですが、そうしますと、旧日赤の救護看護婦、それから旧陸海軍の従軍看護婦の皆さんで、年金の受給者でない人々が慰労給付金をもらっているということでそうなっているということが一つある。しかしもう一つは、同じ旧日赤の救護看護婦、それから旧陸海軍の従軍看護婦の間に年金を受けている人があると同時に、もう一つは受けてない人がある。そうすると、受けられない人に対してもっと政府としては配慮すべきじゃないだろうか、こういうふうに私は思うのですが、お答えは依然として同じお答えになるかもしれませんけれども、もう一遍ひとつ聞かしてくれませんか。受け取るグループが一つある、しかし同じ苦労して受け取れないグループがある、こういうのがあるのだろうと思いますから、その辺もう一遍聞かしていただけませんか。
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藤田康夫#17
○藤田(康)政府委員 恩給のことは余り詳しくはございませんが、看護婦長等判任官になっている方で恩給をあるいはもらっておられる方、同じ勤務形態でそういうこともあろうかと考えるところでございますが、そうでない方、判任官でなかった方、一般の看護婦等につきまして、先ほどから申し上げておりますように、大変御苦労をいただいたということはこれは先生のお考え方に対しまして私らも全く同感であるわけでございますが、そういう御苦労に対しまして、先ほどから繰り返しになって恐縮でございますが、十万から三十万という段階を区切りまして給付金を出させていただいておる、こういう次第であるわけでございます。
 今回、それにつきましても目減りをしているじゃないか、こういう従来からのお話もございまして、五十五年を基準といたしまして一二・三%のアップをさしていただいた、こういうことでございますので、御理解を賜りたい、かように考えるところでございます。
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山本政弘#18
○山本(政)委員 それじゃ、この恩給法の適用の問題について、日赤の救護看護婦の人たち、恩給法の適用の問題に関してずっと昭和五十年から国会で取り上げられてきた、私はこう思うのですけれども、その経過の中で、先ほど申し上げましたように五十四年にそれが実施をされた。その実施をされた経過の前段として、昭和五十三年六月十二日、第八十四回国会の会期末に当たって、各党の国会対策委員会の副委員長会談で、日赤従軍看護婦等の処遇問題の早期解決を図るために、「その範囲、内容等については各党担当者が速やかに協議する」ということで合意をしたと思うのです。そしてこの合意に基づいて、実は六月十六日に、各党から選任された六人の委員、これはいずれも衆議院議員でありますけれども、この六人の委員によって第一回の会合が開かれた。続いて七月三日、八月三日と三回にわたって協議、検討を重ねてきた。そしてその協議、検討を重ねた結果、処遇の対象、基準、方法等に関する基本的な考え方について意見の一致を見た。そしてつくられたのがこれです。これは写しでありますけれども。
 それは「日本赤十字社従軍看護婦の処遇について」ということで、「日本赤十字社従軍看護婦の処遇については、各党代表よりなる懇談会において、以下三点の合意を得たので、政府は、昭和五十四年度よりこれを完全実施すること。」こうなっているのですね。そして三点あります。
 「対象者は、陸海軍の命により、日本赤十字社が召集を行い、戦地、事変地において戦時衛生に勤務した看護婦とする。」これが一つです。第二点は、「恩給制度を準用し、」と書いているのですね。「恩給制度を準用し、戦地加算を考慮して、兵に準ずる処遇とする。」これは私は大変重要な項目だと思うのですね。第三番目は、「その措置については、特例として日本赤十字社において行わしめることとし、その財源はすべて国庫より支出する。」
 昭和五十三年八月三日、これは六党協議であります。野呂恭一さん、金子みつさん、平石磨作太郎さん、受田新吉さん、柴田睦夫さん、中川秀直さんという各党代表の人たちが、こうやっている。
 そうしますと、二番目の項目なんですよ。「恩給制度を準用し、戦地加算を考慮して、兵に準ずる処遇とする。」こういう一項目をどういうふうに考えているのか。単なる慰労金として考えていいのだろうかどうだろうか。しかも、これを踏まえて五十四年度に日赤の従軍看護婦の皆さんに対しては手当てがなされたと思うのです。そうすると、今申し上げた二項目のものが生かされて慰労給付金というものになってきたのだろうと思うならば、今さっきお話があったように、単なる御苦労さまでしたということだけではないのじゃないでしょうか。六党協議なんです。要するにこれは六党の確認なんですよ。ちゃんとこういうふうに文章になっているのです。だからそれを踏まえてできたものだったら、単なる慰労金という性格を多少でも超えているもの、そういう性格を持つものではないか、私はそう思うのですが、その点いかがでしょうか。
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藤田康夫#19
○藤田(康)政府委員 先生から御指摘のございました六党合意の中に、「恩給制度を準用し、戦地加算を考慮して、兵に準ずる処遇とする。」と定められておることは、先生御指摘のとおりであるわけでございます。ここにもございますように「準ずる処遇とする。」ということで、恩給法をずばり適用する、こういう形にはなっておらないわけでございまして、制度ができました創設当時からの考え方でございますが、繰り返しになって恐縮でございますが、日赤の看護婦さんに戦地で大変御苦労いただいたということに対しまして、先ほどから申し上げておりますが、十万円から三十万円の慰労給付金を出しておるということでございまして、その考え方の中には、例えば事変地とか戦地のとり方、あるいは十二年以上ということにしたこと、いずれも恩給制度に準拠いたしましてやっておるわけでございます。そういったようなことで、この六党合意から即この慰労給付金が年金的な性格を持つものだということにはならない、かように考えておるところでございます。
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山本政弘#20
○山本(政)委員 僕は、恩給法をずばりそのまま適用しろと言っているのじゃないのです。ここだって、準用するということとそのまま適用とは違うわけで、この六党の協定の二項というのは、「恩給制度を準用し、戦地加算を考慮して、兵に準ずる処遇とする。」というわけで、恩給制度を適用しということは何も書いてない。だから、六党の協定に加わった方々というのは、その点はちゃんと踏まえての話だろうと僕は思うのです。と同時に、何回も、今国会だけではなくて前の国会からも、ずばり適用するのは恩給制度になじまないという話は私も伺っておるし、そして十分承知しているつもりなんです。だから、適用でなくて準用するということであるということをひとつ考えてほしいと思うのです。
 もう一つは、兵の仮定俸給二十一号俸ですが、昭和五十五年に三・九六%、昭和五十五年には三・八%、昭和五十六年には四・八%、昭和五十七年には五・五%、そして五十八年は御承知のように見送られましたから、恩給についても改定の見送りがあって五十八年はこれが上がらなかった。それから五十九年は二・一%上がっているのです。六十年は三・五%上がった。
 問題は、六年未満の兵に対する最低保障額というのは、この仮定俸給のアップ率よりか高いんですよ。考えてみれば、これは三・九六%、三・八、四・八というふうに上がっていますが、もう一つ問題なのは、昭和五十五年には四月に三十二万三千五百円だったのを三十三万五千八百円に上げているのです。そして六月にもう一遍上げているんです。三十五万に上げているんです。つまり、兵の恩給というものは一年に二回上げているんです。金額にして二回アップしているんです。昭和五十六年には同じように四月に三十五万だったものを三十六万六千八百円に上げているんです。そして六月には三十七万四千五百円にもう一度上げている。つまり年に二回、兵の恩給が上がっている。それが二年続いているんですね、五十五年、五十六年と。これは、そういうことを申し上げると語弊があるかもわかりませんが、政策的に上げていると思うのですよ。しかし、五十四年から施行された日赤の看護婦さんについては上がっていないという現実がある。これは幾ら何にしたって酷じゃありませんか。「兵に準ずる」と言っておって上げない。
 繰り返し申し上げますけれども、私は適用しろということを言っているのではありません。しかし準用するにしても、兵については五十五年に二回上げておる。五十六年に二回上げておる。これは私に言わせたらまさしく政策的に上げているというほかはないのですよ。しかし、日赤の看護婦さんも兵隊さんと同じように苦労しているということは承知している、こうおっしゃっているんだったら、なぜこのことに対してそれでは考慮しなかったのですか。上げてないじゃありませんか。つまり五年間上げてない。片一方は政策的に二カ年にわたって二回のアップがある。幾ら性格が違うとかいっても、苦労ということに対してあなた方が配慮をすると言うのだったらば、それは余りにも酷過ぎやしないかというのが私の申し上げたい点なんです。いかがでしょう。
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藤田康夫#21
○藤田(康)政府委員 兵の恩給につきましては、最低保障額のアップがあるからかなり高くなっているのじゃないか、これについてのお尋ねではないかと考えるところでございます。
 先ほどから申し上げておりますように、従軍看護婦に対します慰労給付金でございますが、その性格といたしまして、所得を保障するという年金的な性格のものではございませんで、今回措置をいたしましたのは、その性格は基本的には変えないけれども、できましてから陸海軍につきましては四年、旧日赤につきましては六年たっておりまして、そのまま放置することは大変気の毒である、こういうことにかんがみまして、その間の実質的な目減りを補てんする、こういう意味におきまして昭和五十五年を基準といたします消費者物価の一二・三%のアップをさしていただいたということでございますので、御理解を賜りたいと思います。
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山本政弘#22
○山本(政)委員 私は、兵が上がっているのが高過ぎやしないかということを申し上げているんじゃないのです。つまり「兵に準ずる」ということがあるんだったらば、それが基本にあってその上にこういう措置がなされているのだったらば、兵の方がこれだけ上がっているのだったらば、多少なりともそれに準じて上げていいんではないだろうか。しかも政策的に五十五年と五十六年にわたって二回、兵の方は最低保障額が上がっているということであれば、この最低保障額を上げるということはいいんですよ、しかし、それじゃ片一方は四年も六年もそのままほったらかして、今実質的な目減りがあるからとあなたはおっしゃるのですけれども、そういうことでそのまま放置しておってよかったのかどうかということをお聞きしたいのです。高いとか安いとか言っているのじゃないのです。大変御苦労したのを承知をしているというのだったら、あなた方がもう少しその点について配慮というか、考え得べき余地があったのではないのか。なぜ四年間、六年間そのまま放置をしておったのかということを私は申し上げているのです。その点いかがなんです。
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藤田康夫#23
○藤田(康)政府委員 重ねての御質問であるわけでございますが、先ほどから繰り返しになって恐縮でございますが、恩給等の年金的なものとは異なりまして、長年にわたりまして戦地で御苦労いただいたということに対します慰労給付金であるわけでございまして、そういう慰労給付金の性格から申し上げまして、今回大変苦しい財政状況下にはあるわけでございますが、その目減りを補てんする意味で一二・三%のアップをさせていただいたわけでございまして、この問題はそういう観点からのアプローチがあるべきではないか、かように考えているところでございます。
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山本政弘#24
○山本(政)委員 そうしますと、昭和五十四年の兵の三十二万三千五百円、このときは日赤の看護婦さんは要するに十万円だったのですね。
 それじゃお聞きいたしますけれども、もう一遍繰り返しますよ。昭和五十四年三十二万三千五百円、三・九六劣のアップ、昭和五十五年四月に三十三万五千八百円、三一八%のアップです。そして六月に三十五万にまた上がっている。昭和五十六年には四月に三十六万六千八百円に上がって、また六月に三十七万四千五百円、四・八%上がっている。そうすると、兵の最低保障額の上がりというのは、最低保障額というのは一体どういう性格を持っているのですか。しかも、その二回にわたって上がっているというのは、どういうことのために上げているのだろうか。
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藤江弘一#25
○藤江政府委員 お答え申し上げます。
 最低生活保障は、恩給の生活を支えるという機能を充実させるという意味におきまして、設定されておるものでございます。
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山本政弘#26
○山本(政)委員 人勧とか仲裁とかいろいろありますが、そんなことは離れて、そうするとこれは、生活の最低保障として四月に上げでまた六月に上げたわけですね。これは二回にわたって上げたわけです。その二カ月の間にそんなに生活の最低保障を考えなければならぬような事態が五十五年にあったのだろうか。五十六年にあったのだろうか。
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藤江弘一#27
○藤江政府委員 お答え申し上げます。
 最低生活保障につきまして二段階に分けましたのは、最初の段階におきましては公務員給与の改定に準じますアップでございます。二段階目は他の年金等の均衡を考慮いたしまして特段の考慮を払ったということでございます。
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山本政弘#28
○山本(政)委員 それでいいのですか。五十六年の四・八%というのは、他の給与の値上げに対応しているのだというふうにお答えになっていいのですか。もう一週確認いたしますけれども、アップ率はそういうふうになっていますか。
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藤江弘一#29
○藤江政府委員 四月にアップした分につきましては公務員給与のベースアップに準じたもの、第二段目が他の年金との均衡を考慮して特段の配慮をしたもの、こういうことでございます。
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