選挙制度に関する特別委員会
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会
会議録情報#0
平成十二年十月十二日(木曜日)
午前十時開会
─────────────
委員の異動
十月十一日
辞任 補欠選任
亀井 郁夫君 日出 英輔君
脇 雅史君 長谷川道郎君
石井 一二君 佐藤 道夫君
十月十二日
辞任 補欠選任
日出 英輔君 岩城 光英君
─────────────
出席者は左のとおり。
委員長 倉田 寛之君
理 事
小山 孝雄君
鴻池 祥肇君
森山 裕君
森本 晃司君
委 員
阿南 一成君
入澤 肇君
岩城 光英君
岩瀬 良三君
木村 仁君
斉藤 滋宣君
鶴保 庸介君
仲道 俊哉君
長谷川道郎君
林 芳正君
日出 英輔君
吉村剛太郎君
若林 正俊君
弘友 和夫君
益田 洋介君
佐藤 道夫君
国務大臣
自治大臣 西田 司君
事務局側
常任委員会専門
員 入内島 修君
参考人
中央大学法学部
教授 清水 睦君
駒澤大学法学部
教授 前田 英昭君
京都大学大学院
法学研究科教授 大石 眞君
日本大学法学部
教授 田中 宗孝君
─────────────
本日の会議に付した案件
○公職選挙法の一部を改正する法律案(片山虎之
助君外四名発議)
─────────────
この発言だけを見る →午前十時開会
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委員の異動
十月十一日
辞任 補欠選任
亀井 郁夫君 日出 英輔君
脇 雅史君 長谷川道郎君
石井 一二君 佐藤 道夫君
十月十二日
辞任 補欠選任
日出 英輔君 岩城 光英君
─────────────
出席者は左のとおり。
委員長 倉田 寛之君
理 事
小山 孝雄君
鴻池 祥肇君
森山 裕君
森本 晃司君
委 員
阿南 一成君
入澤 肇君
岩城 光英君
岩瀬 良三君
木村 仁君
斉藤 滋宣君
鶴保 庸介君
仲道 俊哉君
長谷川道郎君
林 芳正君
日出 英輔君
吉村剛太郎君
若林 正俊君
弘友 和夫君
益田 洋介君
佐藤 道夫君
国務大臣
自治大臣 西田 司君
事務局側
常任委員会専門
員 入内島 修君
参考人
中央大学法学部
教授 清水 睦君
駒澤大学法学部
教授 前田 英昭君
京都大学大学院
法学研究科教授 大石 眞君
日本大学法学部
教授 田中 宗孝君
─────────────
本日の会議に付した案件
○公職選挙法の一部を改正する法律案(片山虎之
助君外四名発議)
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倉
倉田寛之#1
○委員長(倉田寛之君) ただいまから選挙制度に関する特別委員会を開会いたします。
公職選挙法の一部を改正する法律案を議題といたします。
本日は、本案審査のため、参考人の方々から御意見を承ります。
午前は、中央大学法学部教授清水睦君及び駒澤大学法学部教授前田英昭君に御出席をいただいております。
この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多忙のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
参考人の方々から忌憚のない御意見を承りまして、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。
本日の議事の進め方でございますが、参考人の方々からお一人十五分程度ずつ御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
それでは、まず清水参考人からお願いいたします。清水参考人。
この発言だけを見る →公職選挙法の一部を改正する法律案を議題といたします。
本日は、本案審査のため、参考人の方々から御意見を承ります。
午前は、中央大学法学部教授清水睦君及び駒澤大学法学部教授前田英昭君に御出席をいただいております。
この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多忙のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
参考人の方々から忌憚のない御意見を承りまして、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。
本日の議事の進め方でございますが、参考人の方々からお一人十五分程度ずつ御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
それでは、まず清水参考人からお願いいたします。清水参考人。
清
清水睦#2
○参考人(清水睦君) 清水です。
私は、法案の内容、骨子ということになりますが、それから法案の立法化手続、そのプロセス、扱い方について、二点について意見を述べさせていただきます。
法案の骨子、第一点は定数の削減の問題であります。それからもう一つは、比例代表制を前提としました拘束名簿方式を非拘束名簿方式に切りかえるという、これが法案の骨子ではないかと思います。
最初に、定数削減のところについて簡単に意見を申し上げさせていただきます。
これまで多くの政党は、削減に賛成、前向きの意見を持たれているようです、パーセンテージについては違いはありますけれども。しかし、現状維持を主張する政党とか議員の方もおられるわけです。今回の改正案は、鹿児島県と三重県、この逆転区をなくすという、そういう点は実現するように思われますが、私の意見では反対でございます。
私は、本来参議院の定員はもっとふやして三百人にすべきであるという意見を持っております。それは、常任委員会がおよそ二十ほどあります。平均しますと一つの常任委員会に十五人の議員は必要であると思われるわけです。参議院の活動にそのくらいは必要なのではないか、余り人数を少なくするというのは飾り物になってしまうおそれがあると思います。少なくとも現状維持ということで踏みとどまるべきではなかろうか、このように思っております。
それでは、第二点の法案の内容の点での立法化、拘束名簿方式を非拘束名簿方式に切りかえるというその改正論点でございます。
私は、参議院の比例代表制にはもともと反対でございます。もちろん、今日の国政選挙に政党がかかわるということはこれは避けられないことでありますけれども、衆議院と比較してなるべく政党化、政党のニュアンスを少なくする方がよいというふうに思っております。
それで、比例代表制は廃止するということで、得票率と議席率をなるべく同じにするということが望ましい。したがって、今では、前に資料に載っているものとちょっと意見が変わっておりますが、三百人の定員を十から十一のブロックに分けて大選挙区でやるのがよいのではないか。そうしますと、政党に所属しない無所属の候補も当選する可能性があると、こういうふうに思います。無所属議員が多くなる、一匹オオカミ的な議員が少なくとも二十人から三十人いるということが参議院の特色を発揮することになるのではないかというふうに思います。
以上のお断りをした上で、次に、拘束名簿方式から非拘束名簿方式に改正する点についての問題点について意見を述べさせていただきます。
本改正案の場合は、政党は名簿を作成しますけれども、その名簿に載せられた候補者の順位は定めないということでございます。これはベルギーの下院の選挙制度における場合と異なっております。ベルギーの場合には順位を一応定めております。
それから第二は、名簿登載者の個人名を自書する。ただし、政党等の名前を書くということも認めておりますが、これは法案の体裁からいきますと、並列的ではなくて個人名を自書するというのが原則となっていると思います。ただし書きで政党名等を書くことも認めるということであります。
ベルギーの場合においては、政党名を書くということがこれが原則のように思われます。二次的に個人名を書くということが認められる。つまり、有権者が個人名を書いて順位を変えるということが可能であるという、そういうふうに思われます。ルクセンブルクの議会の場合はまさしく並列型でございます。フィンランドの議会の選挙制度を見ますと、個人名だけを書くということになっておりますから、本案の改正点はフィンランド議会の選挙の非拘束名簿方式によく似ているのではないかと思います。
それから、名簿上の当選順位は得票数の多い順からというふうになっております。個人の得票は政党の得票になるわけでございます。したがって、政党が背後にあって個人を際立たせている、こういう案ではなかろうかと思います。本来、政党が表に立つのがこれが拘束名簿方式であります。それではなぜ個人を際立たせるようなこういう非拘束名簿方式が提案されているかといいますと、その理由とされているものは、政党色が薄まり参議院にふさわしい。有権者は政党より個人への投票を好む、候補者の顔の見える方が有権者にとっては投票の場合に張り合いがある、したがって有権者の選挙への関心が高まるという、そういう意見でございます。三番目が、有権者の選択が広がり、有権者が当選人を決めることになるんだということですが、私はこういうふうな理由については次のように考えるのでございます。
まず、個人の得票であってもそれは政党の得票になるわけです。個人は政党の枠に入って行動をする。したがって、政党のいわゆる政党色が薄まるということにはならないのではないかということです。そして、有権者は政党よりも個人に投票したがるというそういう点でありますが、それにあやかるといいますか、そういう有権者の動向というふうなものを、悪く言うと利用するというのは、政党のあり方としては本末転倒ではないか。比例代表制というのは本来政党本位のものでありますから、この制度をとる限り、政党と有権者が密着すべきものではなかろうか。個人を際立たせないと政党の得票数がふえないというふうな考え方があるとすれば、それは政党のあり方として疑問に思われるわけでございます。
それから、個人の得票によって順位を有権者が変更するということは、これは有権者の資質の高いことが条件でありまして、また政党がどんな候補を名簿に載せるかということにもかかわってまいります。
目下、世間でいろいろ取りざたされているような、スポーツ界の人とかテレビタレントなどが名簿に登場するとすれば、有権者の中にその能力ではなくてムード、情感で票を投ずる、それを政党が自分の政党の票とするという構図になってしまうのではないかと思います。これはやっぱり政党の本来あるべき姿ではないのではないかというふうに思います。
極言しますと、有権者のそういうムード選挙、そういうものを、政党がそれを利用するというふうなことは政党の本来のあり方ではなかろう、政党は政策を掲げてその支持を訴えるのが筋なのではないか、むしろそうすることこそ一面では政治家が持っている国民の政治意識を高めるという責務にこたえることになるのではないか、政治家はそういうプライドを持つべきではないかと、こういうふうに思うわけでございます。
以上からしまして、私は、非拘束名簿方式がそのねらいどおりであるとすれば、それは比例代表制を前提とする限り特にそれに異を唱えるものではございませんけれども、日本の状況ではこのような建前どおりのような長所が発揮できるかというと、そうではないのではないかと。
むしろ、全国区制のときの宮田輝氏のような場合、その他近年スポーツ選手等から名簿に登載される方が出ておりますが、そういう例から見ますと日本では時期尚早ではないか。こういう形にしてしまうと、有権者も政党も、ちょっと言葉は悪いですが、資質が向上しないということになってしまうのではないか、こういうふうに思うわけでございます。
ですから、拘束名簿方式から非拘束名簿方式に切りかえるということは日本においては時期尚早である。これはいかなる場合においてもすべきではないという考えではございません、時期尚早であると、こういうふうに思うわけでございます。
次に、最後の法案の立法化手続について、扱い方についてでございます。
参議院選挙制度改革に関する協議会報告書、平成十二年二月二十五日によりますと、抜本的改革は当面無理だから現行の基本的枠組みを維持して改革すべき余地があるかを検討すべきであると、こういうことでまとまっております。
もちろん、拘束名簿方式、非拘束名簿方式の長短の指摘はなされておりますが、あの報告書が、その点は当面は動かさないということでありました。ただ、定数是正問題については積極的な発言がありまして、速やかに措置をとるべきであるという、そういうことだったと思います。
にわかにこういう改正案が浮上したのは、久世公堯金融再生委員長の国務大臣辞任問題にかかわったケースのように思われます。これはマスメディアが共通して指摘している点でございます。
李下に冠を正さずという言葉がございます。選挙のルールは公正につくられなければなりません。あるルールの改正が一つの立場から非常に不利であるというふうに考える立場があるとすれば、そのルールの改正を主張する立場は反対する立場を説得する、公正であるというならば説得するのに必要な時間というものを考える必要があるのではないか。現在、そういうふうな時間をかけられているというふうには私には判断できないわけであります。
しかも、拘束名簿方式を非拘束名簿方式に切りかえるということについては、客観的に見て緊急性がございません。緊急性がないにもかかわらず、これを一つの立場からルールの改正を行うということは、言葉はよくない、きついかもしれませんが、フェアではないのではないか、そのように思います。国民の中にも、やはりこれはフェアではないという意見もいろいろあるようでございます。
したがって、時間をかけてじっくり、この問題は与野党がなるべく一致できるような、そういう方向を見出す努力がなされるべきではなかろうかと思います。
以上をもちまして、私の意見を終わりたいと思います。失礼いたしました。
この発言だけを見る →私は、法案の内容、骨子ということになりますが、それから法案の立法化手続、そのプロセス、扱い方について、二点について意見を述べさせていただきます。
法案の骨子、第一点は定数の削減の問題であります。それからもう一つは、比例代表制を前提としました拘束名簿方式を非拘束名簿方式に切りかえるという、これが法案の骨子ではないかと思います。
最初に、定数削減のところについて簡単に意見を申し上げさせていただきます。
これまで多くの政党は、削減に賛成、前向きの意見を持たれているようです、パーセンテージについては違いはありますけれども。しかし、現状維持を主張する政党とか議員の方もおられるわけです。今回の改正案は、鹿児島県と三重県、この逆転区をなくすという、そういう点は実現するように思われますが、私の意見では反対でございます。
私は、本来参議院の定員はもっとふやして三百人にすべきであるという意見を持っております。それは、常任委員会がおよそ二十ほどあります。平均しますと一つの常任委員会に十五人の議員は必要であると思われるわけです。参議院の活動にそのくらいは必要なのではないか、余り人数を少なくするというのは飾り物になってしまうおそれがあると思います。少なくとも現状維持ということで踏みとどまるべきではなかろうか、このように思っております。
それでは、第二点の法案の内容の点での立法化、拘束名簿方式を非拘束名簿方式に切りかえるというその改正論点でございます。
私は、参議院の比例代表制にはもともと反対でございます。もちろん、今日の国政選挙に政党がかかわるということはこれは避けられないことでありますけれども、衆議院と比較してなるべく政党化、政党のニュアンスを少なくする方がよいというふうに思っております。
それで、比例代表制は廃止するということで、得票率と議席率をなるべく同じにするということが望ましい。したがって、今では、前に資料に載っているものとちょっと意見が変わっておりますが、三百人の定員を十から十一のブロックに分けて大選挙区でやるのがよいのではないか。そうしますと、政党に所属しない無所属の候補も当選する可能性があると、こういうふうに思います。無所属議員が多くなる、一匹オオカミ的な議員が少なくとも二十人から三十人いるということが参議院の特色を発揮することになるのではないかというふうに思います。
以上のお断りをした上で、次に、拘束名簿方式から非拘束名簿方式に改正する点についての問題点について意見を述べさせていただきます。
本改正案の場合は、政党は名簿を作成しますけれども、その名簿に載せられた候補者の順位は定めないということでございます。これはベルギーの下院の選挙制度における場合と異なっております。ベルギーの場合には順位を一応定めております。
それから第二は、名簿登載者の個人名を自書する。ただし、政党等の名前を書くということも認めておりますが、これは法案の体裁からいきますと、並列的ではなくて個人名を自書するというのが原則となっていると思います。ただし書きで政党名等を書くことも認めるということであります。
ベルギーの場合においては、政党名を書くということがこれが原則のように思われます。二次的に個人名を書くということが認められる。つまり、有権者が個人名を書いて順位を変えるということが可能であるという、そういうふうに思われます。ルクセンブルクの議会の場合はまさしく並列型でございます。フィンランドの議会の選挙制度を見ますと、個人名だけを書くということになっておりますから、本案の改正点はフィンランド議会の選挙の非拘束名簿方式によく似ているのではないかと思います。
それから、名簿上の当選順位は得票数の多い順からというふうになっております。個人の得票は政党の得票になるわけでございます。したがって、政党が背後にあって個人を際立たせている、こういう案ではなかろうかと思います。本来、政党が表に立つのがこれが拘束名簿方式であります。それではなぜ個人を際立たせるようなこういう非拘束名簿方式が提案されているかといいますと、その理由とされているものは、政党色が薄まり参議院にふさわしい。有権者は政党より個人への投票を好む、候補者の顔の見える方が有権者にとっては投票の場合に張り合いがある、したがって有権者の選挙への関心が高まるという、そういう意見でございます。三番目が、有権者の選択が広がり、有権者が当選人を決めることになるんだということですが、私はこういうふうな理由については次のように考えるのでございます。
まず、個人の得票であってもそれは政党の得票になるわけです。個人は政党の枠に入って行動をする。したがって、政党のいわゆる政党色が薄まるということにはならないのではないかということです。そして、有権者は政党よりも個人に投票したがるというそういう点でありますが、それにあやかるといいますか、そういう有権者の動向というふうなものを、悪く言うと利用するというのは、政党のあり方としては本末転倒ではないか。比例代表制というのは本来政党本位のものでありますから、この制度をとる限り、政党と有権者が密着すべきものではなかろうか。個人を際立たせないと政党の得票数がふえないというふうな考え方があるとすれば、それは政党のあり方として疑問に思われるわけでございます。
それから、個人の得票によって順位を有権者が変更するということは、これは有権者の資質の高いことが条件でありまして、また政党がどんな候補を名簿に載せるかということにもかかわってまいります。
目下、世間でいろいろ取りざたされているような、スポーツ界の人とかテレビタレントなどが名簿に登場するとすれば、有権者の中にその能力ではなくてムード、情感で票を投ずる、それを政党が自分の政党の票とするという構図になってしまうのではないかと思います。これはやっぱり政党の本来あるべき姿ではないのではないかというふうに思います。
極言しますと、有権者のそういうムード選挙、そういうものを、政党がそれを利用するというふうなことは政党の本来のあり方ではなかろう、政党は政策を掲げてその支持を訴えるのが筋なのではないか、むしろそうすることこそ一面では政治家が持っている国民の政治意識を高めるという責務にこたえることになるのではないか、政治家はそういうプライドを持つべきではないかと、こういうふうに思うわけでございます。
以上からしまして、私は、非拘束名簿方式がそのねらいどおりであるとすれば、それは比例代表制を前提とする限り特にそれに異を唱えるものではございませんけれども、日本の状況ではこのような建前どおりのような長所が発揮できるかというと、そうではないのではないかと。
むしろ、全国区制のときの宮田輝氏のような場合、その他近年スポーツ選手等から名簿に登載される方が出ておりますが、そういう例から見ますと日本では時期尚早ではないか。こういう形にしてしまうと、有権者も政党も、ちょっと言葉は悪いですが、資質が向上しないということになってしまうのではないか、こういうふうに思うわけでございます。
ですから、拘束名簿方式から非拘束名簿方式に切りかえるということは日本においては時期尚早である。これはいかなる場合においてもすべきではないという考えではございません、時期尚早であると、こういうふうに思うわけでございます。
次に、最後の法案の立法化手続について、扱い方についてでございます。
参議院選挙制度改革に関する協議会報告書、平成十二年二月二十五日によりますと、抜本的改革は当面無理だから現行の基本的枠組みを維持して改革すべき余地があるかを検討すべきであると、こういうことでまとまっております。
もちろん、拘束名簿方式、非拘束名簿方式の長短の指摘はなされておりますが、あの報告書が、その点は当面は動かさないということでありました。ただ、定数是正問題については積極的な発言がありまして、速やかに措置をとるべきであるという、そういうことだったと思います。
にわかにこういう改正案が浮上したのは、久世公堯金融再生委員長の国務大臣辞任問題にかかわったケースのように思われます。これはマスメディアが共通して指摘している点でございます。
李下に冠を正さずという言葉がございます。選挙のルールは公正につくられなければなりません。あるルールの改正が一つの立場から非常に不利であるというふうに考える立場があるとすれば、そのルールの改正を主張する立場は反対する立場を説得する、公正であるというならば説得するのに必要な時間というものを考える必要があるのではないか。現在、そういうふうな時間をかけられているというふうには私には判断できないわけであります。
しかも、拘束名簿方式を非拘束名簿方式に切りかえるということについては、客観的に見て緊急性がございません。緊急性がないにもかかわらず、これを一つの立場からルールの改正を行うということは、言葉はよくない、きついかもしれませんが、フェアではないのではないか、そのように思います。国民の中にも、やはりこれはフェアではないという意見もいろいろあるようでございます。
したがって、時間をかけてじっくり、この問題は与野党がなるべく一致できるような、そういう方向を見出す努力がなされるべきではなかろうかと思います。
以上をもちまして、私の意見を終わりたいと思います。失礼いたしました。
倉
前
前田英昭#4
○参考人(前田英昭君) 駒澤大学の前田英昭でございます。
今回、参議院に提出をされました公職選挙法の改正案について、私の率直な意見を申し上げさせていただきます。
参議院の選挙制度につきましては、これまで各党の間でいろいろ協議をされ、まだ結論を得るに至っていないと承知しておりましたところ、急遽最近、現行の拘束名簿式比例代表制を非拘束に改める案が浮上してまいりまして、先ごろ参議院に改正案が提出されたところであります。参議院の比例代表制廃止論が多かった最近の動きの中で、比例代表制が廃止されなかったことは、私はまずはほっといたしたところであります。
衆議院の選挙というものは政権選択ということだと思います。そういう意味から、政党中心になるのは私は当然だと考えておりまして、それに比べて参議院は、衆議院に代表されなかった民意をも国政に反映させることができる比例代表制がいいと私は思っておりました。比例代表制は、御承知のように得票率に議席率を比例させることを目的とした制度でありまして、民意を正確に国政に反映させる、国民の縮図を国会の上につくり上げるという点においては最もすぐれた制度でありまして、これによって参議院を衆議院とは違った組織にし、二院制の妙味を発揮することができるだろうと思います。
また、比例代表制がよかったのではないか、その結果だと思いますけれども、民意の変化に対して敏感だったということは、参議院の選挙の結果というものがその後の衆議院の選挙の結果を予想させる、つまり衆議院の選挙結果を占う先行指標としての役割を果たしたということに見ることができるわけであります。
一般に、人の病というものは早期発見そして早期治療ということが必要だと言われております。同じように、制度の欠陥というものが露呈しましたときにはできるだけ早く対応策を私はとるべきだと考えております。
前々回、前回の参議院選挙におきまして、比例代表名簿の順位をめぐって不祥事件が起こりました。いずれも現職の参議院議員にかかわるものであり、金によって名簿順位が決められたのではないかという疑問が投げかけられたのであります。こういう疑惑が今回の改正法を早期に成立させようとした、その端緒になったというふうに私は伺っております。したがって、今回の改正は、私の見るところでは抜本的な改正ではなくて対症療法的というか、そういった見方をしているということでございます。
こういう疑問が出てきたとき、早期に対応策を考えるという点でどういうふうな対策があるか。私は三つのものが考えられると思います。
一つは、順位の決定過程の明朗化、民主化ということであります。
ドイツでは、比例選挙の場合に名簿は党幹部が作成いたしますが、最終的には党の支部の党員によって秘密投票で決めております。政党法のない我が国ではそこまでは規制できないと思いますけれども、九四年の政治改革の際に、順位決定の透明化を図ったということを私は見てとることができるのであります。
公職選挙法の八十六条で、これは今までは立候補が中心でありましたけれども、政党推薦というふうに原則を変えました。出たい人よりも出したい人をという、そういう原則を前面に出しまして、これは我が国の選挙制度では画期的なことであります。そして、八十六条の五で、政党は議員の候補者の選定及び選定の手続を定め、その旨を自治大臣に届け出なければならない。それを受けて自治大臣は、その候補者選定手続を告示しなければならない。公開することを義務づけました。
さらに、二百二十四条の三で、候補者選定の権限がある者、つまり政党の幹部だと思いますけれども、決定に当たってわいろを受け取ってはならない、受け取った場合は三年以下の懲役と罰則規定まで設けているわけであります。これは衆議院にのみ適用になっておりますけれども、これを強化して参議院の方にも義務づける、それが私は対応策の一つであると考えております。
衆議院の場合には、官報によりますと候補者の決定は総務会となっておりますが、参議院議員久世先生の御論文によりますと、平成十年のときの順位決定機関は、選挙対策小委員会、選挙対策本部、総裁、幹事長、総務会長、政調会長、参議院議員会長、参議院幹事長、幹事長代理、総務局長、各派閥事務総長等となっております。私は、定かではありませんけれども、こういっただれが決定権を持っているのか、さらにどういう基準で決めるのかをここに書いてほしい、それが法の精神だと思います。
久世先生は、順位決定基準として、後援会の名簿三百万ないし五百万とか、それから党員、党友のことについて書いておられます。どれが正確か私にはわかりませんけれども、つまり、国民から見れば名簿に登載する順位というものがどういう基準で設けられたかということをオープンにしてほしいということでございます。
なお、久世先生はこういうふうなことも書かれております。こういった条件をクリアすることは極めて過酷なことであり、候補者にとって、順位争いが旧全国区制以上に厳しいところから、旧全国区制を改善して戻すべきとする意見や比例代表名簿を非拘束名簿にすべしとする意見等、改革論議が常に存在していると、こういうふうに書かれております。
第二の対応策は、イギリスに見られるものでございますけれども、政党への候補者の献金を禁止するということでございます。全面的に禁止されているかは、法律で決める国ではございませんから定かではありませんけれども、少なくとも一定額以上は候補者は党に対して寄附を、特に多額の寄附をしない、こういうことになっているということでございます。
お金というものは魔性を持っておりまして、わいろではなくてもわいろ的効果を伴いやすい。ですから、党費納入の公正を確保するためには、肩がわりではなくて本人が納入する、あるいは銀行口座扱いにする。私は、政界では現金の授受はぜひ禁止する、まあ禁止と言わないまでも、そういうことをしない慣行をつくり上げていただきたいということでございます。
第三の対応策は、名簿順位というものは、政党が決めたことによって疑惑が生じたら、政党が決めないようにすることでございますね。つまり、国民に決めさせるということでございます。これが今回提出されました非拘束名簿式だと私は考えております。
アメリカでは、候補者の決定、比例代表制ではございませんけれども、最初は政党のコーカス、いわば幹部が決定したわけでありましたけれども、密室で行われるというものでよくないという批判から予備選に変わって、今日のような有権者が参加するような制度になっております。
日本では、名簿順位を政党に任せておけないということで、その決定権を主権者に決めさせる、政党は候補者を推薦して名簿に掲載しますけれども、だれを議員に選ぶかは有権者が決めるというふうに改める、この点で今回の公選法の改正は私は理解ができるのであります。そして、拘束名簿式に対する批判として言われました、顔が見えないということに対して、この非拘束の制度は顔が見えるようになる、こういうふうな対応策にもなるわけでございます。
衆議院と参議院の選挙制度は最近よく似てきたと言われておりますけれども、小さな違いがありまして、その小さな違いを運用次第では大きくすることができる。比例代表制について、衆議院の場合には全国十一ブロックであり、参議院は全国規模である。さらに、名簿登載できる人を衆議院の場合は党員に限定しておりますけれども、参議院の場合には党員に限定していない。この二つの点を特色として、その上に、政党が候補者名簿を作成する際に、参議院の性格を考えて政党人にとらわれない、広く学識経験のある者というふうな者を名簿に推薦するというふうなことをなされば参議院は特色のあるものになることができる、こういうふうな可能性を秘めているわけでございます。
今回の改正は、この可能性を全く否定するというわけではありませんけれども、集票能力がなければ上位にランクをされても当選の見込みがないということで、いわゆる良識の人と言われるような人は排除されることになるのではないのか。したがって私は、党の名簿には順位をつけ、得票順に当選者を決めますが、余剰の票については、当選に至らなかった者の上位から当選者とする、そういうふうな案が望ましいのではないかと思うのであります。政党として、自分たちが推薦する推薦者の中で、政党としてもこの人が望ましいということについてやはり意思表示をするということが必要だと思っております。
参議院の場合、候補者推薦制というのがよく問題になります。候補者推薦制では、一番民主的なのは政党が推薦するというふうなことで、やはり政党が責任を持って推薦するということが大事なことだと思っております。
それから、金がかかるとか全国区の再来だと言われる問題です。
これは、金をかけない人もいらっしゃいます。市川房枝さんであるとかあるいは青島幸男さんですとか、選挙になると外国へ行かれてしまうという、考えようによっては大変私どもはばかにされているようなことであるわけでございますけれども。要するに、選挙というのは、激戦だとなれば、あるいはまた投資効果があれば、いろいろな規制の網をくぐりまして、私どもよくは存じませんけれども、水面下ではいろいろな工夫をなさる、こういうふうな知恵を使ってやられるわけで、私としては制度の問題ではないのかなという感じがするのでございます。
かつて平成三年ごろ、現在の斎藤議長が幹事長時代に比例代表制一本の選挙制度をつくられたことがございます。これは大変評判がよかったわけではございますが、選挙運動に関しては国営と表現されたことで多くの反発を招いたのでありますけれども、内容はいわば公営選挙というものを強化するというふうなことではなかったかと私は思っております。例えばラジオ、テレビの政見放送、討論会、新聞広告、選挙公報などを拡充強化して行うという趣旨であって、連呼行為中心の騒がしいお願い選挙を静かな選挙にして、有権者に判断材料をマスメディアを通して提供すると、こういうふうなことが御趣旨だったんではないかと言われております。金がかかるかかると言いますけれども、実際どのくらいかかるのか、確たるものではないのでございますね。私は、実情がどうか、一度公的な調査をされてはいかがでしょうか。
イギリスでは、一八八三年の腐敗違法行為防止法というものが制定されて、その前の一番腐敗したという一八八一年の選挙に政府が公式に各選挙区でどうだったかという実情調査をしています。その実態に国民が驚いて、これは大変だということで、かなり一八八三年の腐敗違法行為防止法を制定する端緒になったというふうなことを聞いております。
それから、比例代表制の選挙にも連座制を適用したこと、私は当然であると考えております。
それから、非拘束の比例代表制が違憲だという意見もございますけれども、私はそうではないのだ、比例というものはそういう性格のものではないのかなという感じがします。イギリスにも比例代表制というのがございまして、現在ジェンキンス委員会、ブレア内閣で報告書が出まして、小選挙区制の一五ないし二〇%というものを比例代表制にしようというふうなことがありますけれども、この場合にもそういったようなことが問題になっていないということであります。
一体、現在提出されている法案がいいかどうか、賛成したらどうかということになりますと、やはり比較してみたいのでございますね。党利党略と言います。ですけれども、これは比較のしようがないのでございます。大体、選挙制度というものは、あるものを出しますと、それは党利党略だというふうに言われるものでございます。それぞれきょう御出席になっていない各党からも出していただけると、比較ができて、私どもはやはりこっち側の方がより党利党略的だなとかいうふうなことが判断できるので、そういう点では非常に残念に思っております。
政党というものは、対案を具体的に出して国民の見ている前で選択肢を提供してくださる、国民がそれを判断して決める、政党というものはよく国民の政治的意思決定の協力者であるとおっしゃっているわけでございますので、そういったことをしてほしかったと思っております。
次に、時間の関係もございますが、一つ申し上げたいのは、当面の問題で大事だというのは、九月六日に最高裁判所の一票の重みについての判決がございました。これは五人、三分の一の判事が違憲とするということでございました。
これまで逆転現象を指摘されておりましたが、平成四年の選挙について、最大六・五九、これを違憲状態だと判断したと。これも初めてのことでございます。前回の場合の四・九八については、これは合憲だといたしました。その判決について国民から大変厳しい批判が出てまいりました。ジャーナリズムでも批判があったところでございます。平等ということは一対一でなければならないわけです。衆議院の場合には大体許容が三倍程度、そして参議院の場合にはいわば六倍と、この差はどこから出てくるのか、国民は当然奇異に感ずるものでございます。
最高裁の考え方としては、やはり参議院の特殊性と言うわけでございます。ただ、特殊性を言いましても、憲法の精神からそうなるのでございますけれども、国民はなかなかそれが理解できない。現実に参議院でやっているものはどこが特殊性なんだ、どこが衆議院と違うんだということになるのでございまして、そういった意味で、国民の不満というものは裁判所から今度は国会の方に向けられてくるのではないのかと。国民の目に参議院が憲法の要請しているような特殊性あるいは衆議院と違ったことをやっているんだということをわかるような行動を起こしてくださることが必要だというふうに考えております。
それから、定数削減の問題でございます。
今回十名削減されております。これは、逆転現象をなくしたという点では理解できるのでございますけれども、今の一票の重みの関係で言えば、こういう削減のときに、あるいは削減しないとかそのほかの方法をとりながら、国民から批判されている一票の重みについての理解を得るような、そういう是正措置の方に向けられてほしかったというふうに思うのでございます。
裁判所は合憲だとしまして、それは合憲だとするけれども、国会の裁量の範囲内の、国会が決めたからだということになるわけでございまして、その国会がやっていることが今度は不満だと、つまりボールを国会に投げられたわけでございますが、国会側がそれにこたえるような努力をなさって、国民の満足を得るような、そういうふうなことをしてほしいというふうに思うのでございます。
時間になりましたので、最後に一言。
今まで与えられた時間で全部を申し上げることはできない、意を尽くすことはできなかったのでございますけれども、法案審議に一言触れさせていただきますと、現在、野党席の状況を見ますと空でございます。これはまさに異常だと思われるのでございます。ですけれども、参議院にはよき先例がございまして、委員会というものに出てこられないということであれば、非公式にして、打合会にして野党の方に出席していただくとか、あるいはいろいろな先例がございます。そういったよき先例というものを尊重されながら、やはり参議院は参議院としての独自の、そして自主的な運営をしてほしい、そういうことこそ参議院の議事運営にふさわしいものだというふうに考えております。
野党の主張が正しいのか、野党の欠席戦術が正しいのかどうかということについては、これからすぐ結論が出るのでございますけれども、現在のような異常な状態を続けていては、国民の参議院離れは進み、参議院の権威は落ちるばかりだと私は心配をいたしております。それは今回の法改正の趣旨に反するものだと思います。
私は、最後にドイツのことわざを思い出したのでございます。ドイツのことわざに「手術は成功した、だが患者は死んだ」というものがございます。これはあり得ないことでございますけれども、野党のいないこういう状況で審議が行われるというときにこんな心理になるものだということで、私の意見開陳にかえさせていただきます。
ありがとうございました。
この発言だけを見る →今回、参議院に提出をされました公職選挙法の改正案について、私の率直な意見を申し上げさせていただきます。
参議院の選挙制度につきましては、これまで各党の間でいろいろ協議をされ、まだ結論を得るに至っていないと承知しておりましたところ、急遽最近、現行の拘束名簿式比例代表制を非拘束に改める案が浮上してまいりまして、先ごろ参議院に改正案が提出されたところであります。参議院の比例代表制廃止論が多かった最近の動きの中で、比例代表制が廃止されなかったことは、私はまずはほっといたしたところであります。
衆議院の選挙というものは政権選択ということだと思います。そういう意味から、政党中心になるのは私は当然だと考えておりまして、それに比べて参議院は、衆議院に代表されなかった民意をも国政に反映させることができる比例代表制がいいと私は思っておりました。比例代表制は、御承知のように得票率に議席率を比例させることを目的とした制度でありまして、民意を正確に国政に反映させる、国民の縮図を国会の上につくり上げるという点においては最もすぐれた制度でありまして、これによって参議院を衆議院とは違った組織にし、二院制の妙味を発揮することができるだろうと思います。
また、比例代表制がよかったのではないか、その結果だと思いますけれども、民意の変化に対して敏感だったということは、参議院の選挙の結果というものがその後の衆議院の選挙の結果を予想させる、つまり衆議院の選挙結果を占う先行指標としての役割を果たしたということに見ることができるわけであります。
一般に、人の病というものは早期発見そして早期治療ということが必要だと言われております。同じように、制度の欠陥というものが露呈しましたときにはできるだけ早く対応策を私はとるべきだと考えております。
前々回、前回の参議院選挙におきまして、比例代表名簿の順位をめぐって不祥事件が起こりました。いずれも現職の参議院議員にかかわるものであり、金によって名簿順位が決められたのではないかという疑問が投げかけられたのであります。こういう疑惑が今回の改正法を早期に成立させようとした、その端緒になったというふうに私は伺っております。したがって、今回の改正は、私の見るところでは抜本的な改正ではなくて対症療法的というか、そういった見方をしているということでございます。
こういう疑問が出てきたとき、早期に対応策を考えるという点でどういうふうな対策があるか。私は三つのものが考えられると思います。
一つは、順位の決定過程の明朗化、民主化ということであります。
ドイツでは、比例選挙の場合に名簿は党幹部が作成いたしますが、最終的には党の支部の党員によって秘密投票で決めております。政党法のない我が国ではそこまでは規制できないと思いますけれども、九四年の政治改革の際に、順位決定の透明化を図ったということを私は見てとることができるのであります。
公職選挙法の八十六条で、これは今までは立候補が中心でありましたけれども、政党推薦というふうに原則を変えました。出たい人よりも出したい人をという、そういう原則を前面に出しまして、これは我が国の選挙制度では画期的なことであります。そして、八十六条の五で、政党は議員の候補者の選定及び選定の手続を定め、その旨を自治大臣に届け出なければならない。それを受けて自治大臣は、その候補者選定手続を告示しなければならない。公開することを義務づけました。
さらに、二百二十四条の三で、候補者選定の権限がある者、つまり政党の幹部だと思いますけれども、決定に当たってわいろを受け取ってはならない、受け取った場合は三年以下の懲役と罰則規定まで設けているわけであります。これは衆議院にのみ適用になっておりますけれども、これを強化して参議院の方にも義務づける、それが私は対応策の一つであると考えております。
衆議院の場合には、官報によりますと候補者の決定は総務会となっておりますが、参議院議員久世先生の御論文によりますと、平成十年のときの順位決定機関は、選挙対策小委員会、選挙対策本部、総裁、幹事長、総務会長、政調会長、参議院議員会長、参議院幹事長、幹事長代理、総務局長、各派閥事務総長等となっております。私は、定かではありませんけれども、こういっただれが決定権を持っているのか、さらにどういう基準で決めるのかをここに書いてほしい、それが法の精神だと思います。
久世先生は、順位決定基準として、後援会の名簿三百万ないし五百万とか、それから党員、党友のことについて書いておられます。どれが正確か私にはわかりませんけれども、つまり、国民から見れば名簿に登載する順位というものがどういう基準で設けられたかということをオープンにしてほしいということでございます。
なお、久世先生はこういうふうなことも書かれております。こういった条件をクリアすることは極めて過酷なことであり、候補者にとって、順位争いが旧全国区制以上に厳しいところから、旧全国区制を改善して戻すべきとする意見や比例代表名簿を非拘束名簿にすべしとする意見等、改革論議が常に存在していると、こういうふうに書かれております。
第二の対応策は、イギリスに見られるものでございますけれども、政党への候補者の献金を禁止するということでございます。全面的に禁止されているかは、法律で決める国ではございませんから定かではありませんけれども、少なくとも一定額以上は候補者は党に対して寄附を、特に多額の寄附をしない、こういうことになっているということでございます。
お金というものは魔性を持っておりまして、わいろではなくてもわいろ的効果を伴いやすい。ですから、党費納入の公正を確保するためには、肩がわりではなくて本人が納入する、あるいは銀行口座扱いにする。私は、政界では現金の授受はぜひ禁止する、まあ禁止と言わないまでも、そういうことをしない慣行をつくり上げていただきたいということでございます。
第三の対応策は、名簿順位というものは、政党が決めたことによって疑惑が生じたら、政党が決めないようにすることでございますね。つまり、国民に決めさせるということでございます。これが今回提出されました非拘束名簿式だと私は考えております。
アメリカでは、候補者の決定、比例代表制ではございませんけれども、最初は政党のコーカス、いわば幹部が決定したわけでありましたけれども、密室で行われるというものでよくないという批判から予備選に変わって、今日のような有権者が参加するような制度になっております。
日本では、名簿順位を政党に任せておけないということで、その決定権を主権者に決めさせる、政党は候補者を推薦して名簿に掲載しますけれども、だれを議員に選ぶかは有権者が決めるというふうに改める、この点で今回の公選法の改正は私は理解ができるのであります。そして、拘束名簿式に対する批判として言われました、顔が見えないということに対して、この非拘束の制度は顔が見えるようになる、こういうふうな対応策にもなるわけでございます。
衆議院と参議院の選挙制度は最近よく似てきたと言われておりますけれども、小さな違いがありまして、その小さな違いを運用次第では大きくすることができる。比例代表制について、衆議院の場合には全国十一ブロックであり、参議院は全国規模である。さらに、名簿登載できる人を衆議院の場合は党員に限定しておりますけれども、参議院の場合には党員に限定していない。この二つの点を特色として、その上に、政党が候補者名簿を作成する際に、参議院の性格を考えて政党人にとらわれない、広く学識経験のある者というふうな者を名簿に推薦するというふうなことをなされば参議院は特色のあるものになることができる、こういうふうな可能性を秘めているわけでございます。
今回の改正は、この可能性を全く否定するというわけではありませんけれども、集票能力がなければ上位にランクをされても当選の見込みがないということで、いわゆる良識の人と言われるような人は排除されることになるのではないのか。したがって私は、党の名簿には順位をつけ、得票順に当選者を決めますが、余剰の票については、当選に至らなかった者の上位から当選者とする、そういうふうな案が望ましいのではないかと思うのであります。政党として、自分たちが推薦する推薦者の中で、政党としてもこの人が望ましいということについてやはり意思表示をするということが必要だと思っております。
参議院の場合、候補者推薦制というのがよく問題になります。候補者推薦制では、一番民主的なのは政党が推薦するというふうなことで、やはり政党が責任を持って推薦するということが大事なことだと思っております。
それから、金がかかるとか全国区の再来だと言われる問題です。
これは、金をかけない人もいらっしゃいます。市川房枝さんであるとかあるいは青島幸男さんですとか、選挙になると外国へ行かれてしまうという、考えようによっては大変私どもはばかにされているようなことであるわけでございますけれども。要するに、選挙というのは、激戦だとなれば、あるいはまた投資効果があれば、いろいろな規制の網をくぐりまして、私どもよくは存じませんけれども、水面下ではいろいろな工夫をなさる、こういうふうな知恵を使ってやられるわけで、私としては制度の問題ではないのかなという感じがするのでございます。
かつて平成三年ごろ、現在の斎藤議長が幹事長時代に比例代表制一本の選挙制度をつくられたことがございます。これは大変評判がよかったわけではございますが、選挙運動に関しては国営と表現されたことで多くの反発を招いたのでありますけれども、内容はいわば公営選挙というものを強化するというふうなことではなかったかと私は思っております。例えばラジオ、テレビの政見放送、討論会、新聞広告、選挙公報などを拡充強化して行うという趣旨であって、連呼行為中心の騒がしいお願い選挙を静かな選挙にして、有権者に判断材料をマスメディアを通して提供すると、こういうふうなことが御趣旨だったんではないかと言われております。金がかかるかかると言いますけれども、実際どのくらいかかるのか、確たるものではないのでございますね。私は、実情がどうか、一度公的な調査をされてはいかがでしょうか。
イギリスでは、一八八三年の腐敗違法行為防止法というものが制定されて、その前の一番腐敗したという一八八一年の選挙に政府が公式に各選挙区でどうだったかという実情調査をしています。その実態に国民が驚いて、これは大変だということで、かなり一八八三年の腐敗違法行為防止法を制定する端緒になったというふうなことを聞いております。
それから、比例代表制の選挙にも連座制を適用したこと、私は当然であると考えております。
それから、非拘束の比例代表制が違憲だという意見もございますけれども、私はそうではないのだ、比例というものはそういう性格のものではないのかなという感じがします。イギリスにも比例代表制というのがございまして、現在ジェンキンス委員会、ブレア内閣で報告書が出まして、小選挙区制の一五ないし二〇%というものを比例代表制にしようというふうなことがありますけれども、この場合にもそういったようなことが問題になっていないということであります。
一体、現在提出されている法案がいいかどうか、賛成したらどうかということになりますと、やはり比較してみたいのでございますね。党利党略と言います。ですけれども、これは比較のしようがないのでございます。大体、選挙制度というものは、あるものを出しますと、それは党利党略だというふうに言われるものでございます。それぞれきょう御出席になっていない各党からも出していただけると、比較ができて、私どもはやはりこっち側の方がより党利党略的だなとかいうふうなことが判断できるので、そういう点では非常に残念に思っております。
政党というものは、対案を具体的に出して国民の見ている前で選択肢を提供してくださる、国民がそれを判断して決める、政党というものはよく国民の政治的意思決定の協力者であるとおっしゃっているわけでございますので、そういったことをしてほしかったと思っております。
次に、時間の関係もございますが、一つ申し上げたいのは、当面の問題で大事だというのは、九月六日に最高裁判所の一票の重みについての判決がございました。これは五人、三分の一の判事が違憲とするということでございました。
これまで逆転現象を指摘されておりましたが、平成四年の選挙について、最大六・五九、これを違憲状態だと判断したと。これも初めてのことでございます。前回の場合の四・九八については、これは合憲だといたしました。その判決について国民から大変厳しい批判が出てまいりました。ジャーナリズムでも批判があったところでございます。平等ということは一対一でなければならないわけです。衆議院の場合には大体許容が三倍程度、そして参議院の場合にはいわば六倍と、この差はどこから出てくるのか、国民は当然奇異に感ずるものでございます。
最高裁の考え方としては、やはり参議院の特殊性と言うわけでございます。ただ、特殊性を言いましても、憲法の精神からそうなるのでございますけれども、国民はなかなかそれが理解できない。現実に参議院でやっているものはどこが特殊性なんだ、どこが衆議院と違うんだということになるのでございまして、そういった意味で、国民の不満というものは裁判所から今度は国会の方に向けられてくるのではないのかと。国民の目に参議院が憲法の要請しているような特殊性あるいは衆議院と違ったことをやっているんだということをわかるような行動を起こしてくださることが必要だというふうに考えております。
それから、定数削減の問題でございます。
今回十名削減されております。これは、逆転現象をなくしたという点では理解できるのでございますけれども、今の一票の重みの関係で言えば、こういう削減のときに、あるいは削減しないとかそのほかの方法をとりながら、国民から批判されている一票の重みについての理解を得るような、そういう是正措置の方に向けられてほしかったというふうに思うのでございます。
裁判所は合憲だとしまして、それは合憲だとするけれども、国会の裁量の範囲内の、国会が決めたからだということになるわけでございまして、その国会がやっていることが今度は不満だと、つまりボールを国会に投げられたわけでございますが、国会側がそれにこたえるような努力をなさって、国民の満足を得るような、そういうふうなことをしてほしいというふうに思うのでございます。
時間になりましたので、最後に一言。
今まで与えられた時間で全部を申し上げることはできない、意を尽くすことはできなかったのでございますけれども、法案審議に一言触れさせていただきますと、現在、野党席の状況を見ますと空でございます。これはまさに異常だと思われるのでございます。ですけれども、参議院にはよき先例がございまして、委員会というものに出てこられないということであれば、非公式にして、打合会にして野党の方に出席していただくとか、あるいはいろいろな先例がございます。そういったよき先例というものを尊重されながら、やはり参議院は参議院としての独自の、そして自主的な運営をしてほしい、そういうことこそ参議院の議事運営にふさわしいものだというふうに考えております。
野党の主張が正しいのか、野党の欠席戦術が正しいのかどうかということについては、これからすぐ結論が出るのでございますけれども、現在のような異常な状態を続けていては、国民の参議院離れは進み、参議院の権威は落ちるばかりだと私は心配をいたしております。それは今回の法改正の趣旨に反するものだと思います。
私は、最後にドイツのことわざを思い出したのでございます。ドイツのことわざに「手術は成功した、だが患者は死んだ」というものがございます。これはあり得ないことでございますけれども、野党のいないこういう状況で審議が行われるというときにこんな心理になるものだということで、私の意見開陳にかえさせていただきます。
ありがとうございました。
倉
倉田寛之#5
○委員長(倉田寛之君) ありがとうございました。
以上で参考人の御意見の陳述は終わりました。
これより参考人に対する質疑に入ります。
なお、参考人にお願い申し上げます。
御発言の際は、その都度委員長の許可を得ることになっております。また、各委員の質疑時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いいたしたいと存じます。
それでは質疑を行います。
質疑のある方は順次御発言願います。
この発言だけを見る →以上で参考人の御意見の陳述は終わりました。
これより参考人に対する質疑に入ります。
なお、参考人にお願い申し上げます。
御発言の際は、その都度委員長の許可を得ることになっております。また、各委員の質疑時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いいたしたいと存じます。
それでは質疑を行います。
質疑のある方は順次御発言願います。
日
日出英輔#6
○日出英輔君 自民党の日出でございます。
私は比例の方でございますので、殊さらに今回のこの法改正につきましては関心を持っている一人でございます。
きょう、この参考人質疑、限られた時間でございますので、なるべく質問の方は短く私もしたいと思っておるのでございますが、まず清水参考人に伺いたいと思います。
大変率直なお話を伺ったわけでございますが、事務局の方からいただきました清水先生の冊子を読ませていただきましたときに、先ほどお話しになりました、比例代表制に反対で三百名を十ないし十一に分けた大選挙区でというふうにお話しになったように思いましたけれども、いただきました前の資料では、百五十二人については地方区というか選挙区で、それから百人についてはかつての全国区ということでしょうか、というふうなお話をしていたようでございますが、少しきょうの御提案が違っていたところを御説明いただきたいと思います。
この発言だけを見る →私は比例の方でございますので、殊さらに今回のこの法改正につきましては関心を持っている一人でございます。
きょう、この参考人質疑、限られた時間でございますので、なるべく質問の方は短く私もしたいと思っておるのでございますが、まず清水参考人に伺いたいと思います。
大変率直なお話を伺ったわけでございますが、事務局の方からいただきました清水先生の冊子を読ませていただきましたときに、先ほどお話しになりました、比例代表制に反対で三百名を十ないし十一に分けた大選挙区でというふうにお話しになったように思いましたけれども、いただきました前の資料では、百五十二人については地方区というか選挙区で、それから百人についてはかつての全国区ということでしょうか、というふうなお話をしていたようでございますが、少しきょうの御提案が違っていたところを御説明いただきたいと思います。
清
清水睦#7
○参考人(清水睦君) お手元の資料では、論文に書きましたときに、今質問いただきましたような、そういうことでございました。
実は、全国区制ということにすると、要するに政党に所属しない一匹オオカミ的な候補者が参議院議員として活躍できる場ができる、こういうふうに思ったわけでございますけれども、全国区制は銭酷区制というふうに言われるくらいで、四億円なら落選、五億円でないと当選しないというふうに、この比例代表制に切りかえられるころにはそういうことが言われていたようでありますので、やはり全国区制にすると、族議員という言葉がありますが、その族議員についてはいろいろ評判が悪いわけでございますが、そういう族議員の活躍舞台が非常にまた広がってくるというふうな、そういう点も考えまして、いっそのこと大選挙区制に全部の定員を切りかえて、それでも無所属の候補は当選できるのではないかと、そういうふうに思ったからでございます。
以上です。
この発言だけを見る →実は、全国区制ということにすると、要するに政党に所属しない一匹オオカミ的な候補者が参議院議員として活躍できる場ができる、こういうふうに思ったわけでございますけれども、全国区制は銭酷区制というふうに言われるくらいで、四億円なら落選、五億円でないと当選しないというふうに、この比例代表制に切りかえられるころにはそういうことが言われていたようでありますので、やはり全国区制にすると、族議員という言葉がありますが、その族議員についてはいろいろ評判が悪いわけでございますが、そういう族議員の活躍舞台が非常にまた広がってくるというふうな、そういう点も考えまして、いっそのこと大選挙区制に全部の定員を切りかえて、それでも無所属の候補は当選できるのではないかと、そういうふうに思ったからでございます。
以上です。
日
日出英輔#8
○日出英輔君 先生の先ほどのお話でもそうでございましたし、この論文の中にも一匹オオカミ的な議員が必要だというようなことをお書きになったようでございます。私もこの問題についてはなかなか非常に考えさせられるお話だと思っております。
私も、議員になりましてから、参議院の独自性といいますか自主性につきまして、先輩の議員やリーダーの方々が、どういうふうにこの参議院の運営をしていったら独自性なり自主性が発揮できるかということについて腐心をしている姿をこの二年間見てきたわけでございます。一方で、平成二年の第八次選挙制度審議会答申でこの非拘束名簿式が出てきましたときに、政党化ということが自主性をそぐ要因ではないかと、ちょっと言葉が少し違いますが、そういったような趣旨が書いてあるわけでありますが、ただ私どもが活動していくときに、無所属ではどうにもならない。政策を達成していきますときに、政党を通じて民意を反映していくということはやっぱり基本ではないかというふうに私は考えるわけでございます。
一匹オオカミの議員が二、三十人集まっても、やはり一匹オオカミが二、三十人いるだけじゃないかというような感じがいたしまして、先生のこの論文にも書いてございますが、参議院の非政党化ということについて、短い時間でお話しいただくのは恐縮でございますが、やはり私は限界もあるし、また現実もあるという感じもするわけでございますが、少しこの論文を読ませていただきまして、参議院の非政党化は程度問題だとお話しになって実に上手におっしゃっているのでありますが、もうちょっと付言してお話しいただければありがたいと思います。
この発言だけを見る →私も、議員になりましてから、参議院の独自性といいますか自主性につきまして、先輩の議員やリーダーの方々が、どういうふうにこの参議院の運営をしていったら独自性なり自主性が発揮できるかということについて腐心をしている姿をこの二年間見てきたわけでございます。一方で、平成二年の第八次選挙制度審議会答申でこの非拘束名簿式が出てきましたときに、政党化ということが自主性をそぐ要因ではないかと、ちょっと言葉が少し違いますが、そういったような趣旨が書いてあるわけでありますが、ただ私どもが活動していくときに、無所属ではどうにもならない。政策を達成していきますときに、政党を通じて民意を反映していくということはやっぱり基本ではないかというふうに私は考えるわけでございます。
一匹オオカミの議員が二、三十人集まっても、やはり一匹オオカミが二、三十人いるだけじゃないかというような感じがいたしまして、先生のこの論文にも書いてございますが、参議院の非政党化ということについて、短い時間でお話しいただくのは恐縮でございますが、やはり私は限界もあるし、また現実もあるという感じもするわけでございますが、少しこの論文を読ませていただきまして、参議院の非政党化は程度問題だとお話しになって実に上手におっしゃっているのでありますが、もうちょっと付言してお話しいただければありがたいと思います。
清
清水睦#9
○参考人(清水睦君) 国政選挙でありますから、政党の舞台が否定されるということはあり得ないわけであります。参議院の政党化の問題というのは衆議院の場合と比較して考える必要があると思うんです。衆議院の場合にはまさに政党が専ら活躍するという、そういう舞台であっていいと思います。したがって、政党本位の選挙、比例代表制というのが衆議院の場合には一番適切ではなかろうか、こういうふうに思っているわけです。ところが、参議院の場合には、もし政党化が衆議院と同じであれば参議院は要らないというふうな、そういう声が説得力を持つことになるように思われます。
非政党化という、そういうファクターをどういうふうに議員の選挙の中に入れていくかということが一つの問題になるわけですけれども、その場合に、政党が選挙にかかわってはならないということを決めるのは、これは無理だと思うんです。しかし、政党に所属しない者が選挙に出て当選できるという、そういう舞台は十分しつらえられるべきではないか、そういうことであります。
個人名を出して甚だ恐縮でございますが、中山千夏という人が前に参議院議員でおられまして、私はこの人はかなり特色を持たれた議員であったと思います。この方は、比例代表制に全国制が切りかえられたときに、確かに東京都から地方区選出ということで選挙に出たんですが、落選しました。その後は選挙に出なくなりましたけれども、こういう方が私は参議院の場合には必要なのではないかと。この方は政党に所属した方ではなかったというふうに思います。
そのほか、政党に所属しない方あるいは非常に少数の会派というふうなものでそれぞれ独自の行動をとられている方がおられます。二院クラブ・自由連合の方も、やはりこの議員の定数などについては意見がいろいろ分かれているようでございますから、仮に無所属の方が会派を便宜的につくっても、非常に緩い会派というふうなことであれば参議院としてそういう方々が特色を発揮できる、そういう可能性は十分あるのではないかなと、こういうふうに思います。
この発言だけを見る →非政党化という、そういうファクターをどういうふうに議員の選挙の中に入れていくかということが一つの問題になるわけですけれども、その場合に、政党が選挙にかかわってはならないということを決めるのは、これは無理だと思うんです。しかし、政党に所属しない者が選挙に出て当選できるという、そういう舞台は十分しつらえられるべきではないか、そういうことであります。
個人名を出して甚だ恐縮でございますが、中山千夏という人が前に参議院議員でおられまして、私はこの人はかなり特色を持たれた議員であったと思います。この方は、比例代表制に全国制が切りかえられたときに、確かに東京都から地方区選出ということで選挙に出たんですが、落選しました。その後は選挙に出なくなりましたけれども、こういう方が私は参議院の場合には必要なのではないかと。この方は政党に所属した方ではなかったというふうに思います。
そのほか、政党に所属しない方あるいは非常に少数の会派というふうなものでそれぞれ独自の行動をとられている方がおられます。二院クラブ・自由連合の方も、やはりこの議員の定数などについては意見がいろいろ分かれているようでございますから、仮に無所属の方が会派を便宜的につくっても、非常に緩い会派というふうなことであれば参議院としてそういう方々が特色を発揮できる、そういう可能性は十分あるのではないかなと、こういうふうに思います。
日
日出英輔#10
○日出英輔君 今の政党に所属しない人が議員になれる道をということをお話しになったことについて、私も考えさせられる点があると思いますが、なかなか旧全国区復活というのはそれなりにまた非常に難しい問題をはらんでいるのではないかという気がしたわけでちょっと伺ったわけでございます。大変率直な意見を伺わせていただいてありがとうございました。
次に、前田参考人に伺いたいと思っています。
大変恐縮でございます、けさお配りいただきましたのは、枚数は少ないのでありますが、かなり分量がございまして、申しわけありません、全部目を通さなかったのでございますが、私は、前田参考人がお話しになった、比例代表制が民意を反映させる手法としてはすぐれている手法だというのは極めて論理的、理性的なお話ではないかというふうに思っております。
私は、この非拘束名簿式の採用によりまして、政党に所属する人間が一応当選した後、これはやっぱり百万とか百五十万とか、少なくても七十万、八十万でございましょうか、こういう方々の、書いていただいたという背景がありますので、私はそれなりに当選者の発言力が当然増すであろうし、あるいはその方たちがいろいろなことを言ってくれますと、今やや批判がございます一律的に党議拘束をかけるといったあたりも、ある程度手直しといいますか修正といいますか、そういうことも期待できるだろうし、あるいは議員活動もそれに伴って活発になってくるだろうし、なかなかに妙手だというような気も私も実はしております。ただ、実際に走る馬からしますと大変なのでございますけれども。そういう意味で私はこういうことはいい、なかなかよく考えた話だろうというふうに思いますが。
ただ、先生のお話の中で、先ほど名簿には政党としても順位をつけるとちょっとお話しになりましたですね。そこがちょっと理解できなかったのでございますが、ここをもう少しわかりやすく、恐縮でございますが。
この発言だけを見る →次に、前田参考人に伺いたいと思っています。
大変恐縮でございます、けさお配りいただきましたのは、枚数は少ないのでありますが、かなり分量がございまして、申しわけありません、全部目を通さなかったのでございますが、私は、前田参考人がお話しになった、比例代表制が民意を反映させる手法としてはすぐれている手法だというのは極めて論理的、理性的なお話ではないかというふうに思っております。
私は、この非拘束名簿式の採用によりまして、政党に所属する人間が一応当選した後、これはやっぱり百万とか百五十万とか、少なくても七十万、八十万でございましょうか、こういう方々の、書いていただいたという背景がありますので、私はそれなりに当選者の発言力が当然増すであろうし、あるいはその方たちがいろいろなことを言ってくれますと、今やや批判がございます一律的に党議拘束をかけるといったあたりも、ある程度手直しといいますか修正といいますか、そういうことも期待できるだろうし、あるいは議員活動もそれに伴って活発になってくるだろうし、なかなかに妙手だというような気も私も実はしております。ただ、実際に走る馬からしますと大変なのでございますけれども。そういう意味で私はこういうことはいい、なかなかよく考えた話だろうというふうに思いますが。
ただ、先生のお話の中で、先ほど名簿には政党としても順位をつけるとちょっとお話しになりましたですね。そこがちょっと理解できなかったのでございますが、ここをもう少しわかりやすく、恐縮でございますが。
前
前田英昭#11
○参考人(前田英昭君) ちょっと最初のことで、直接の御質問ではございませんでしたけれども、そういうユニークな方々が参議院に出られることは私は大歓迎でございます。政党推薦、政党の名簿に載りましても自分のカラーを出せるような、またそういうたくさんの票をとってこられることはそれなりの重みがあると思います。ただ、いざという場合に政党の党議拘束がかかってくる、これが参議院の会派だけの拘束であればよろしいのでございますけれども、重要な問題になると衆議院の党の拘束ということ、したがってそれには従わなきゃならないだろうというふうなことになる、これがどうも従来のケースであって、そういうふうになってほしくないということを私は願っております。
例えば、公明党がかつて、今もそうでございましょうか、比例代表で出る場合に、党員でない方を当選させまして、我が党は党議拘束をしないと言ったのでございますけれども、実際に党議拘束というか、党で決めたことに対して反対の意思表示をされるというのは大変少ない。中西珠子先生でございましたか、一回か二回、あるいは大事なときには、どういうことでございますか、ちょうど外国に行かれていて反対の票を投じられなかったということがございまして、したがって、そういうのを見ておりますと、なかなか難しいんだなと。ぜひ参議院としては、そういうふうに衆議院とは違った新しい方を抱えて自由に、参議院としていろいろ意見を交えながらいい結論を出して、そういう方々が当選されたことを歓迎し、新しい参議院をつくることに努力をしてほしいなと思います。
それから、後の方の問題でございます。
それは、つまり余剰の分ですね、それを下へ回すよりも、なぜ政党が推薦したか、政党もまた推薦するだけの権限があるし、一般的に認められている、ならば政党としてどういう方がふさわしいか。あるいはタレントの方がいらっしゃるかもしれない。タレントの方でもこの方はこうこうの理由で大事なんだとか、あるいは現在の参議院議員の方でも議長さんを初めとして立派な方がいらっしゃると思います。それをやはり順序にしまして、場合によりましたらトップに持ってきても、トップというか、それは一番、二番はないわけでございますけれども、落選するということもございますね。
それからもう一つは、かつてのように大学の総長をやられた方々を仮に推薦した場合でも、いわゆる集票能力がないとすればそれは落選ということになる。政党としては、この方は党員でなくてもいいからぜひ我が党に入ってこういう政策をやってほしいと願って推薦しても、政党は責任を持って当選させることができないということが出てくるんだろうと思います。
そうなりますと、やはり政党の責任というか、政党というものの存在があり、政党中心にして、私は参議院もそうだと思う、ただ衆議院の政党と私はできるだけ一緒にならないでほしいと思っているのですけれども、そういう一人で活躍するということは大変難しいことです。ですから、会派とかそういうグループをつくる。その一つが政党である。ですから、政党をおつくりになるときに、どういうふうになりますか、その責任の所在を明らかにする、政党はこういうふうな方々を特に重視しているんだという意味で順位をつけられる、そしてその方の票に、そっちの方に回して、上から票を回すわけですね、そして当選者ができるという方法はないだろうかということでございます。
この発言だけを見る →例えば、公明党がかつて、今もそうでございましょうか、比例代表で出る場合に、党員でない方を当選させまして、我が党は党議拘束をしないと言ったのでございますけれども、実際に党議拘束というか、党で決めたことに対して反対の意思表示をされるというのは大変少ない。中西珠子先生でございましたか、一回か二回、あるいは大事なときには、どういうことでございますか、ちょうど外国に行かれていて反対の票を投じられなかったということがございまして、したがって、そういうのを見ておりますと、なかなか難しいんだなと。ぜひ参議院としては、そういうふうに衆議院とは違った新しい方を抱えて自由に、参議院としていろいろ意見を交えながらいい結論を出して、そういう方々が当選されたことを歓迎し、新しい参議院をつくることに努力をしてほしいなと思います。
それから、後の方の問題でございます。
それは、つまり余剰の分ですね、それを下へ回すよりも、なぜ政党が推薦したか、政党もまた推薦するだけの権限があるし、一般的に認められている、ならば政党としてどういう方がふさわしいか。あるいはタレントの方がいらっしゃるかもしれない。タレントの方でもこの方はこうこうの理由で大事なんだとか、あるいは現在の参議院議員の方でも議長さんを初めとして立派な方がいらっしゃると思います。それをやはり順序にしまして、場合によりましたらトップに持ってきても、トップというか、それは一番、二番はないわけでございますけれども、落選するということもございますね。
それからもう一つは、かつてのように大学の総長をやられた方々を仮に推薦した場合でも、いわゆる集票能力がないとすればそれは落選ということになる。政党としては、この方は党員でなくてもいいからぜひ我が党に入ってこういう政策をやってほしいと願って推薦しても、政党は責任を持って当選させることができないということが出てくるんだろうと思います。
そうなりますと、やはり政党の責任というか、政党というものの存在があり、政党中心にして、私は参議院もそうだと思う、ただ衆議院の政党と私はできるだけ一緒にならないでほしいと思っているのですけれども、そういう一人で活躍するということは大変難しいことです。ですから、会派とかそういうグループをつくる。その一つが政党である。ですから、政党をおつくりになるときに、どういうふうになりますか、その責任の所在を明らかにする、政党はこういうふうな方々を特に重視しているんだという意味で順位をつけられる、そしてその方の票に、そっちの方に回して、上から票を回すわけですね、そして当選者ができるという方法はないだろうかということでございます。
日
日出英輔#12
○日出英輔君 ちょっと時間がありませんのであれですが、先生の今のお話の余剰があればと、その余剰という言葉を使ったんですが、そこがちょっとわからなかったのでございます。
この発言だけを見る →前
前田英昭#13
○参考人(前田英昭君) 三百万票とりますね、そうすると八十万票で当選すれば二百二十万、これはその人であるけれども、その人はその政党に所属しているがゆえに集まった票だと考えれば、それは政党に投票されたものとして上から順番に、上からというよりも党で決めた、この人がぜひ欲しい、政治家としてこの方は、例えば外交ばかりやっていて選挙運動はできなかったけれども、この人にはぜひ当選させてほしいと、そういうふうな意味でございます。
例えば、日本でありますと大臣が落選しますとそれっきりでございますね。ところが、イギリスあたりは大事な大臣が落選したら、決してそれは何か批判されるようなことで落選したわけじゃないというふうになりますと、ほかの選挙区、小選挙区制ですから、ほかの議員にやめてもらうわけですね。そうすると、補欠選挙ですぐ立候補して当選すると。そういうふうなことで、これはドイツにおいても同じでございます。大事な政治家はそれだからこそ重複であって、小選挙区で落ちた場合に比例で出てこれるようなそういう保険がかけてある。その辺が日本とやや違う。
そういうふうな意味で、私は、政党として大事な人といいますか、ぜひ欲しい人、この方は政治家として、参議院議員としてふさわしい人なんだというふうな意味で順位をつけられること、これは大事なことだし、そしてそういう人から票を回すべきではないかというのが私の考えでございます。
この発言だけを見る →例えば、日本でありますと大臣が落選しますとそれっきりでございますね。ところが、イギリスあたりは大事な大臣が落選したら、決してそれは何か批判されるようなことで落選したわけじゃないというふうになりますと、ほかの選挙区、小選挙区制ですから、ほかの議員にやめてもらうわけですね。そうすると、補欠選挙ですぐ立候補して当選すると。そういうふうなことで、これはドイツにおいても同じでございます。大事な政治家はそれだからこそ重複であって、小選挙区で落ちた場合に比例で出てこれるようなそういう保険がかけてある。その辺が日本とやや違う。
そういうふうな意味で、私は、政党として大事な人といいますか、ぜひ欲しい人、この方は政治家として、参議院議員としてふさわしい人なんだというふうな意味で順位をつけられること、これは大事なことだし、そしてそういう人から票を回すべきではないかというのが私の考えでございます。
日
森
森本晃司#15
○森本晃司君 きょうは両参考人の先生方、突然のことではございますけれどもお見えいただきまして、またいろんな貴重な御意見を聞かせていただいておりますこと、大変感謝申し上げる次第でございます。
率直な御意見を述べていただきました。私も、私の感ずるところもまたございまして、先生方の御意見を聞かせていただきながら、また今後のいろんな我々のあり方について考えてまいりたいと思っているところでございます。
私は、選挙制度とまたこの参議院のあり方というのは、これはともに関連しているものではないかというふうに思っております。実は、私は衆議院の選挙も経験してまいりまして、そして参議院の比例区で今この場におらせていただいておるわけでございますけれども、衆議院時代とまた参議院へ自分が籍を置いてからと、自分自身でも確かに物の見方というのは随分変わってきたなと。両院を経験させていただいて、私にとって非常にありがたいことだし、それを国民の負託にこたえるものに変えていかなければならない、こう思っているところでございます。
選挙制度の改革ではございますけれども、まず先生方に衆議院と参議院との異なる部分、参議院のあり方について御意見を伺うことができればありがたいと思っております。清水先生、そして前田先生、両先生にお答えいただきたいと思います。
この発言だけを見る →率直な御意見を述べていただきました。私も、私の感ずるところもまたございまして、先生方の御意見を聞かせていただきながら、また今後のいろんな我々のあり方について考えてまいりたいと思っているところでございます。
私は、選挙制度とまたこの参議院のあり方というのは、これはともに関連しているものではないかというふうに思っております。実は、私は衆議院の選挙も経験してまいりまして、そして参議院の比例区で今この場におらせていただいておるわけでございますけれども、衆議院時代とまた参議院へ自分が籍を置いてからと、自分自身でも確かに物の見方というのは随分変わってきたなと。両院を経験させていただいて、私にとって非常にありがたいことだし、それを国民の負託にこたえるものに変えていかなければならない、こう思っているところでございます。
選挙制度の改革ではございますけれども、まず先生方に衆議院と参議院との異なる部分、参議院のあり方について御意見を伺うことができればありがたいと思っております。清水先生、そして前田先生、両先生にお答えいただきたいと思います。
清
清水睦#16
○参考人(清水睦君) 私は、先ほど述べたことと重複しない部分から意見を述べさせていただきますと、参議院は、一つには閣僚を出さないようにするという、それがやはり衆議院とは非常に異なるというそういう条件をつくることになるのではないか。
つまり、政府の閣僚になりますと、やはり政府の意向というものに、与党が完全にその意向の枠の中で行動せざるを得ないようになるわけでございます。ところが、閣僚を出さなければ同じ与党であっても相対的な独自性というものを持つことができるのではないか。ですから、参議院は政府と一定の距離を置いて活動するということが、これが衆議院と異なったスタイルの活動になるわけであり、それでこそ両院制の存在理由があると、こういうふうに思うわけであります。
参議院に特色を持たせるために、最高裁判所の裁判官を、参議院だけがそれについてかかわりを持つようにしたらどうかとか、あるいは条約についてとか、そういう国会が衆議院、参議院で現在憲法上行使している権限を、部分的には参議院だけが分担する、いわば分業システムを導入したらどうかというふうな意見もありますけれども、そういう国会としての権限行使の場合に何でもかんでも分けていくというふうなことは望ましくないように思われるわけでございます。
やはり参議院が理性の府として衆議院の行き過ぎを是正するということで、私は戦後の国会運営の中で参議院の果たした役割は大きいと思います。もちろん参議院で乱闘などが行われたこともありますけれども、総じて見れば、参議院は憲法の期待する両院制の目的を十分果たす、そういう役割を担ってきたし、またそれは実行されてきていると、そういうふうに思っております。
ちょっと十分ではないかもしれませんが。
この発言だけを見る →つまり、政府の閣僚になりますと、やはり政府の意向というものに、与党が完全にその意向の枠の中で行動せざるを得ないようになるわけでございます。ところが、閣僚を出さなければ同じ与党であっても相対的な独自性というものを持つことができるのではないか。ですから、参議院は政府と一定の距離を置いて活動するということが、これが衆議院と異なったスタイルの活動になるわけであり、それでこそ両院制の存在理由があると、こういうふうに思うわけであります。
参議院に特色を持たせるために、最高裁判所の裁判官を、参議院だけがそれについてかかわりを持つようにしたらどうかとか、あるいは条約についてとか、そういう国会が衆議院、参議院で現在憲法上行使している権限を、部分的には参議院だけが分担する、いわば分業システムを導入したらどうかというふうな意見もありますけれども、そういう国会としての権限行使の場合に何でもかんでも分けていくというふうなことは望ましくないように思われるわけでございます。
やはり参議院が理性の府として衆議院の行き過ぎを是正するということで、私は戦後の国会運営の中で参議院の果たした役割は大きいと思います。もちろん参議院で乱闘などが行われたこともありますけれども、総じて見れば、参議院は憲法の期待する両院制の目的を十分果たす、そういう役割を担ってきたし、またそれは実行されてきていると、そういうふうに思っております。
ちょっと十分ではないかもしれませんが。
前
前田英昭#17
○参考人(前田英昭君) 簡単にお答えできる問題ではございませんけれども、一つには、清水先生からお話があったような、やはり政府にどの程度協力するかという問題ですね。
やはり参議院というものが自主的な活動をするためには、政府との一定の距離を置かなければならない。それは大臣とか、これから副大臣とか、そういったようなもの。さらには、私は、党としても党の総裁選には加わらないということでなければ何にもならないし、憲法からいいますと、総理大臣指名選挙においては衆議院議員と参議院とにおいては一票の重みが違います。党に行きますと同じでございます。ですから、やはり参議院議員は大臣、閣僚にならないとか、あるいは党のそういう選挙権を有しないとか、そういうようなことは大変お困りになるような、反対されると思いますけれども、そうであることによってある程度距離を保つ。距離を保ったところで、参議院の自主的な活動はできるのではないか。
やることは同じことでございます。よく役割分担といいますけれども、やることは国政ですからいろんなことがある。ただ、やることを同じようにやってほしくない。例えば代表質問一つとっても、同じようにやらない。それは、例えば向こうは代表質問であれば、参議院において政党を代表する人はそういるわけではございません。ですから、参議院の第一回の国会のときにやられたように専門質問、それぞれ各党から代表者を一人出すんです。外交問題はだれだれ、ある党からは二人出して、ある者は文教問題ですね。社会党から出るなら社会党の議員会長に外交問題をやってもらっても適当でないという方があれば、北海道問題を出してもらうとか、教育問題。そういう専門的な立場からするというふうな形で、今までといいますか、参議院の初期のころやっておりましたけれども、そういう違う質問のやり方。例えば何か事件が起こったときに、災害についての報告を求める。同じ日にやっても同じ回答しか返ってきません。ですから、そうしましたら、一週間後には、一週間するとそれだけの情報が入ってきますからね、そういうふうなこと。
あるいは、委員会における質疑も衆議院と同じようにやらない。つまり、参議院はある程度政党を離れてやれるというのは、個々人が中心になれるように、そして大会派中心でなくて、これは議員それぞれ平等でございます。ですから、発言時間は議員、例えば十分なら十分。ある大きい政党がその何倍かを持つというのは、それは人数が多いから。質問なさる方が十分しなかったら、それを全部一人の人が独占できるんじゃなくて、皆それぞれ十分、そうするわけですね。質問しない方があったら、それは平等でございますね。例えばそういうふうにするとか、いろいろ考えられる。
例えば、参議院では逐条審議をやると。逐条審議というのは、法案というのは、衆議院では政治的な論争ばかりやっております。だから、参議院に来ると逐条審議、逐条審議というのはとても普通の方はやれるわけではないし、それは政治的に興味の持てない問題かもしれない。そうしましたら、それは法制局とか、それぞれ事務局に、常任委員会にいろいろとそういう質問をつくってもらいまして、そして専門員にしゃべらせると。私は最近「国会と政治改革」という本を書きまして、昭和二十五年、アメリカへ行って学んできました国会の報告書の中にそのことが書いてあるんですね。委員長は専門員を活用する、専門員に委員会において質問させなさいと報告しています。
この発言だけを見る →やはり参議院というものが自主的な活動をするためには、政府との一定の距離を置かなければならない。それは大臣とか、これから副大臣とか、そういったようなもの。さらには、私は、党としても党の総裁選には加わらないということでなければ何にもならないし、憲法からいいますと、総理大臣指名選挙においては衆議院議員と参議院とにおいては一票の重みが違います。党に行きますと同じでございます。ですから、やはり参議院議員は大臣、閣僚にならないとか、あるいは党のそういう選挙権を有しないとか、そういうようなことは大変お困りになるような、反対されると思いますけれども、そうであることによってある程度距離を保つ。距離を保ったところで、参議院の自主的な活動はできるのではないか。
やることは同じことでございます。よく役割分担といいますけれども、やることは国政ですからいろんなことがある。ただ、やることを同じようにやってほしくない。例えば代表質問一つとっても、同じようにやらない。それは、例えば向こうは代表質問であれば、参議院において政党を代表する人はそういるわけではございません。ですから、参議院の第一回の国会のときにやられたように専門質問、それぞれ各党から代表者を一人出すんです。外交問題はだれだれ、ある党からは二人出して、ある者は文教問題ですね。社会党から出るなら社会党の議員会長に外交問題をやってもらっても適当でないという方があれば、北海道問題を出してもらうとか、教育問題。そういう専門的な立場からするというふうな形で、今までといいますか、参議院の初期のころやっておりましたけれども、そういう違う質問のやり方。例えば何か事件が起こったときに、災害についての報告を求める。同じ日にやっても同じ回答しか返ってきません。ですから、そうしましたら、一週間後には、一週間するとそれだけの情報が入ってきますからね、そういうふうなこと。
あるいは、委員会における質疑も衆議院と同じようにやらない。つまり、参議院はある程度政党を離れてやれるというのは、個々人が中心になれるように、そして大会派中心でなくて、これは議員それぞれ平等でございます。ですから、発言時間は議員、例えば十分なら十分。ある大きい政党がその何倍かを持つというのは、それは人数が多いから。質問なさる方が十分しなかったら、それを全部一人の人が独占できるんじゃなくて、皆それぞれ十分、そうするわけですね。質問しない方があったら、それは平等でございますね。例えばそういうふうにするとか、いろいろ考えられる。
例えば、参議院では逐条審議をやると。逐条審議というのは、法案というのは、衆議院では政治的な論争ばかりやっております。だから、参議院に来ると逐条審議、逐条審議というのはとても普通の方はやれるわけではないし、それは政治的に興味の持てない問題かもしれない。そうしましたら、それは法制局とか、それぞれ事務局に、常任委員会にいろいろとそういう質問をつくってもらいまして、そして専門員にしゃべらせると。私は最近「国会と政治改革」という本を書きまして、昭和二十五年、アメリカへ行って学んできました国会の報告書の中にそのことが書いてあるんですね。委員長は専門員を活用する、専門員に委員会において質問させなさいと報告しています。
森
森本晃司#18
○森本晃司君 御意見を賜りましてありがとうございました。
ちょっと時間がなくなってまいりまして、内容についてもう少しお伺いをさせていただこうと思っておりましたのですが、次の点だけについてもう一度私の考え方も同時に述べさせていただきたいと思うんです。
清水先生のお話の中で、協議会で決められたことがさも決定事項であり、それをきちんとやらなかったのはいけないじゃないかという御意見を賜りましたが、実はあれは、協議会というのは各派代表者懇談会のもとにございまして、そこでいろいろ意見を集約したもので、あれは最終決定でないということを、ちょっと先生のお話の中でございまして、大変恐縮でございますが、ちょっと私の考え方として申し述べさせていただきたいと思っております。
そこで、お二人の先生から、清水先生からは、緊急性はない、フェアではないじゃないかと今度のこの状態をおっしゃっていただき、また前田先生からは、党利党略だといろいろ言われるけれども欠席の人たちにも比較するものを出していただければいいじゃないかという御意見を賜りました。
私も、今欠席されている方々について、やはりこの場に出ていただいて、そしてしっかりと御意見を述べていただくのが一番のあり方ではないかと思っておりますが、先生方、大変お答えいただきにくいかもわかりませんが、野党の今欠席されている状況についてどのようにお考えになっているか、お伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →ちょっと時間がなくなってまいりまして、内容についてもう少しお伺いをさせていただこうと思っておりましたのですが、次の点だけについてもう一度私の考え方も同時に述べさせていただきたいと思うんです。
清水先生のお話の中で、協議会で決められたことがさも決定事項であり、それをきちんとやらなかったのはいけないじゃないかという御意見を賜りましたが、実はあれは、協議会というのは各派代表者懇談会のもとにございまして、そこでいろいろ意見を集約したもので、あれは最終決定でないということを、ちょっと先生のお話の中でございまして、大変恐縮でございますが、ちょっと私の考え方として申し述べさせていただきたいと思っております。
そこで、お二人の先生から、清水先生からは、緊急性はない、フェアではないじゃないかと今度のこの状態をおっしゃっていただき、また前田先生からは、党利党略だといろいろ言われるけれども欠席の人たちにも比較するものを出していただければいいじゃないかという御意見を賜りました。
私も、今欠席されている方々について、やはりこの場に出ていただいて、そしてしっかりと御意見を述べていただくのが一番のあり方ではないかと思っておりますが、先生方、大変お答えいただきにくいかもわかりませんが、野党の今欠席されている状況についてどのようにお考えになっているか、お伺いしたいと思います。
清
清水睦#19
○参考人(清水睦君) 恐らく、野党の議員さんが出席されないのは、出席しますと結局この法案を通されてしまうという、そういうふうなことを危惧されるからではなかろうかと思います。しかし、多数決というのは、これは民主主義の原則というふうに私は必ずしも思っておりませんけれども、意見が対立している場合には多数決という形式的な技術がやっぱりやむを得ないという、そういうことになろうかと思います。
ただ、その多数決の原則が適用になる条件というものがあるわけでございまして、それは、緊急やむを得ないようなそういう事態に対処するために、いろいろ反対意見があっても多数決で事柄を処理するというふうな場合は、これはやむを得ないけれどもそれは認められてよいと思うんです。しかし、緊急性に欠けるような場合には時間をかけるということが多数決の原則が適用される前提になると思うんです。
ですから、時間をかけるというふうな対応をされれば、恐らく出席しない、審議拒否というふうな態度に出られるかどうか、その点はやはり出席される可能性の方が高いのではないかなと。この国会でということになりますと、審議拒否というふうなそういう対応をとらざるを得ないということになるのかもしれません。
ただ、問題にはいろんな考え方がございまして、いかなる場合においても審議拒否をすべきではない、審議拒否をしないで堂々と反対なら反対の意見を述べて、仮に法案が通った後においてもそれを選挙民に訴える、そして将来においてその自分たちが間違っているという法律を改正する、改正できるようなそういう方向に政党として努力していく、それも一つの選択肢だと思います。
ですから、今御質問いただきました点につきましては、私は審議拒否はもう当然であるというふうにも思えませんし、また、対案を出して一応数の上では敗れても、次に将来を期するというのも一つの考え方になるというふうに思います。
この発言だけを見る →ただ、その多数決の原則が適用になる条件というものがあるわけでございまして、それは、緊急やむを得ないようなそういう事態に対処するために、いろいろ反対意見があっても多数決で事柄を処理するというふうな場合は、これはやむを得ないけれどもそれは認められてよいと思うんです。しかし、緊急性に欠けるような場合には時間をかけるということが多数決の原則が適用される前提になると思うんです。
ですから、時間をかけるというふうな対応をされれば、恐らく出席しない、審議拒否というふうな態度に出られるかどうか、その点はやはり出席される可能性の方が高いのではないかなと。この国会でということになりますと、審議拒否というふうなそういう対応をとらざるを得ないということになるのかもしれません。
ただ、問題にはいろんな考え方がございまして、いかなる場合においても審議拒否をすべきではない、審議拒否をしないで堂々と反対なら反対の意見を述べて、仮に法案が通った後においてもそれを選挙民に訴える、そして将来においてその自分たちが間違っているという法律を改正する、改正できるようなそういう方向に政党として努力していく、それも一つの選択肢だと思います。
ですから、今御質問いただきました点につきましては、私は審議拒否はもう当然であるというふうにも思えませんし、また、対案を出して一応数の上では敗れても、次に将来を期するというのも一つの考え方になるというふうに思います。
倉
前
前田英昭#21
○参考人(前田英昭君) 私は、審議拒否とか出席しないということは、いかなる場合もとは言いませんけれども、ほとんどの場合、原則はこれは認められないです。国会は審議する場でございます。しかも審議というのは野党のためにあるような、つまりいろんなことを言って情報を国民に提供する機関でございますから、野党として戦術はマイナスでございます。
野党というのは少数党でございますから、少数党が議会制民主主義、多数決の上で少数党が勝とうとするのは誤りであります。多数党が勝つのは当たり前でございます。ただ、少数党が勝つことがあるとすれば、それは今の選挙で選ばれてきた人たちのそのときの世論と変わってきている、国民を味方につけて国民が支持するような、国民と結託して世論を味方につけたときに勝つことができるので、少数者が無理に何とかすれば勝つという制度は、制度というかそういうことを考えることはよろしくない。つまり、審議はいかなる場合でもまず出てくる、そのかわり少し時間は延ばしてもらうとか、そういうふうに自民党が野党のときにも少しおやりになったようなことがございましたけれども、五五年体制が終わったわけでございますからこういうのはやめていただく。
議会の先進国は一つもございません。審議ストップするとか混乱するのは隣国の韓国とか台湾とかそういうところに一部見られますけれども、先進国はございませんので、ぜひこういう慣行だけは、どなたが野党になられてもそういうことはないように、この席で、国民の見ている前で議論をしてほしい。
やはりスポーツと同じでございます。リングの外でけんかをされては困ります。けんかはよろしゅうございますけれども、この公開の場では国民の見ている前で議論して我々に判定させるような情報を提供してほしい、そういうふうに考えております。
この発言だけを見る →野党というのは少数党でございますから、少数党が議会制民主主義、多数決の上で少数党が勝とうとするのは誤りであります。多数党が勝つのは当たり前でございます。ただ、少数党が勝つことがあるとすれば、それは今の選挙で選ばれてきた人たちのそのときの世論と変わってきている、国民を味方につけて国民が支持するような、国民と結託して世論を味方につけたときに勝つことができるので、少数者が無理に何とかすれば勝つという制度は、制度というかそういうことを考えることはよろしくない。つまり、審議はいかなる場合でもまず出てくる、そのかわり少し時間は延ばしてもらうとか、そういうふうに自民党が野党のときにも少しおやりになったようなことがございましたけれども、五五年体制が終わったわけでございますからこういうのはやめていただく。
議会の先進国は一つもございません。審議ストップするとか混乱するのは隣国の韓国とか台湾とかそういうところに一部見られますけれども、先進国はございませんので、ぜひこういう慣行だけは、どなたが野党になられてもそういうことはないように、この席で、国民の見ている前で議論をしてほしい。
やはりスポーツと同じでございます。リングの外でけんかをされては困ります。けんかはよろしゅうございますけれども、この公開の場では国民の見ている前で議論して我々に判定させるような情報を提供してほしい、そういうふうに考えております。
森
佐
佐藤道夫#23
○佐藤道夫君 二院クラブの佐藤と申します。
先ほど前田参考人は、野党議員の姿が一人も見えない、極めて異常であるということをおっしゃいましたが、私は少なくとも与党には属しておりませんので野党という立場でございます。どうか御認識を改めていただきたいと思います。
そこで、先ほどの清水参考人の御発言の中から、本法案の提案はまことに時期尚早であるというお言葉、それから提案の仕方がいかにもフェアではない、アンフェアであるということ、私、これ大変高く評価したいと思います。多くの国民、やっぱりそういう感じを持っているのではないかという気がいたします。
これは前にも委員会で申し上げたんですけれども、私、この問題が出てから周辺の人たちに、一般市民でありますけれども、非拘束名簿という言葉を知っているかと、大体が知らない。中身、意味は全然わからない、国民が全然関心を持たない、知識もないようなことをいきなり提案して走り出すというのはいかがであろうかということを、私、大変不信の念を持っておるわけであります。
もう御案内と思いますけれども、昭和四十七年、田中角栄内閣のときに、田中首相が突然のようにして小選挙区の導入ということを言い出されました。当時、自民党はもう三百近い議席を持っていたんですけれども三分の二には達していない、やっぱり小選挙区を導入して憲法改正を実現しようというのが当時の保守政界の多年の悲願と。田中さんは人気絶頂、おれがやろうということでそれを言い出された。
これに対して野党が腰を抜かさんばかりに驚きまして、突然そんなことを言い出されても困る、慎重に議論をしようと。マスコミもどちらかというと野党サイドに立ちまして、これだけの大問題はみんなが真剣に議論していくべきではないのか、数に頼って押し切るというのは議会制民主主義に反するということで、マスコミも野党も一体となって猛烈な反対の論陣を張った。
そのときに、大変おもしろいんですけれども、衆参両院議長があっせんに動き出したんですよね。当時の衆議院議長は中村梅吉、参議院議長は河野謙三、両名ともこれは自民党員なんですね。このお二方が、このままの状態では法案が提案されたら今と同じように野党の姿は一人も見えない、そういう形で選挙法の改正が進んでいく、こんなことは許容されない、院の議長として何とかしなければいけないということで、お二人が話し合われたんでしょう。
そして、お二人が内閣に対して、提案は慎重に考えてほしい、できるなら見合わせてほしい、そうして時間をかけてこの問題を議論していこう、それだけ大きい問題だからということを申し入れまして、さすが衆参両院議長の申し入れですから、内閣も重く受けとめてこの提案は見合わせたという歴史が残っております。そしてその後、与党、野党、この小選挙区制度について時間をかけて議論をして、つい何年か前にようやくにして実現した。
これがいいのか悪いのか、結論は私は何も言いませんけれども、そういう経過があるわけでありまして、今回のように、何しろこっちは数が多いんだ、出せばいい、嫌なら出てこなくてもいい、結論を、見え透いているから採決で決めようやと。私、こういう事態になりまして、衆参両院の議長が一体何をしているんだろうかと。
中村議長、河野議長のあの骨身を削るような、本当にもう国の将来を憂えてああいう行動に出た。これは実は大変非難もされたんですね、立法府の議長がそんなことをやっていいのかと。政治の問題に口を挟む、権限の逸脱だということまで言われたわけですけれども、いやここは我々の出番だということでお二方が出られたということにつきまして、お二方の参考人の御感想を承りたいと思います。
この発言だけを見る →先ほど前田参考人は、野党議員の姿が一人も見えない、極めて異常であるということをおっしゃいましたが、私は少なくとも与党には属しておりませんので野党という立場でございます。どうか御認識を改めていただきたいと思います。
そこで、先ほどの清水参考人の御発言の中から、本法案の提案はまことに時期尚早であるというお言葉、それから提案の仕方がいかにもフェアではない、アンフェアであるということ、私、これ大変高く評価したいと思います。多くの国民、やっぱりそういう感じを持っているのではないかという気がいたします。
これは前にも委員会で申し上げたんですけれども、私、この問題が出てから周辺の人たちに、一般市民でありますけれども、非拘束名簿という言葉を知っているかと、大体が知らない。中身、意味は全然わからない、国民が全然関心を持たない、知識もないようなことをいきなり提案して走り出すというのはいかがであろうかということを、私、大変不信の念を持っておるわけであります。
もう御案内と思いますけれども、昭和四十七年、田中角栄内閣のときに、田中首相が突然のようにして小選挙区の導入ということを言い出されました。当時、自民党はもう三百近い議席を持っていたんですけれども三分の二には達していない、やっぱり小選挙区を導入して憲法改正を実現しようというのが当時の保守政界の多年の悲願と。田中さんは人気絶頂、おれがやろうということでそれを言い出された。
これに対して野党が腰を抜かさんばかりに驚きまして、突然そんなことを言い出されても困る、慎重に議論をしようと。マスコミもどちらかというと野党サイドに立ちまして、これだけの大問題はみんなが真剣に議論していくべきではないのか、数に頼って押し切るというのは議会制民主主義に反するということで、マスコミも野党も一体となって猛烈な反対の論陣を張った。
そのときに、大変おもしろいんですけれども、衆参両院議長があっせんに動き出したんですよね。当時の衆議院議長は中村梅吉、参議院議長は河野謙三、両名ともこれは自民党員なんですね。このお二方が、このままの状態では法案が提案されたら今と同じように野党の姿は一人も見えない、そういう形で選挙法の改正が進んでいく、こんなことは許容されない、院の議長として何とかしなければいけないということで、お二人が話し合われたんでしょう。
そして、お二人が内閣に対して、提案は慎重に考えてほしい、できるなら見合わせてほしい、そうして時間をかけてこの問題を議論していこう、それだけ大きい問題だからということを申し入れまして、さすが衆参両院議長の申し入れですから、内閣も重く受けとめてこの提案は見合わせたという歴史が残っております。そしてその後、与党、野党、この小選挙区制度について時間をかけて議論をして、つい何年か前にようやくにして実現した。
これがいいのか悪いのか、結論は私は何も言いませんけれども、そういう経過があるわけでありまして、今回のように、何しろこっちは数が多いんだ、出せばいい、嫌なら出てこなくてもいい、結論を、見え透いているから採決で決めようやと。私、こういう事態になりまして、衆参両院の議長が一体何をしているんだろうかと。
中村議長、河野議長のあの骨身を削るような、本当にもう国の将来を憂えてああいう行動に出た。これは実は大変非難もされたんですね、立法府の議長がそんなことをやっていいのかと。政治の問題に口を挟む、権限の逸脱だということまで言われたわけですけれども、いやここは我々の出番だということでお二方が出られたということにつきまして、お二方の参考人の御感想を承りたいと思います。
清
清水睦#24
○参考人(清水睦君) 議長が現在の国会の状態について打開を何か考えるべきではなかろうかという、そういう御意見のように思われますけれども、衆議院の運営、参議院の運営、それぞれ議長は責任を持っているわけでございます。ですから、審議が停滞したり挫折するというふうな場合に、議長がいろいろあっせんをして一定の役割を果たすということは当然議長としてのあるべき姿ではないかというふうに思います。
私は、参議院の過去の審議において河野謙三議長が非常にはたから見ていて尊敬に値する議長としての役割を果たされたという、そういう記憶を持っております。それは与党、政府法案のいわゆる議事運営、これは数で押し切れば押し切れるというふうな場合、野党の議員がいろいろそれに抵抗をするというふうな場合には……
この発言だけを見る →私は、参議院の過去の審議において河野謙三議長が非常にはたから見ていて尊敬に値する議長としての役割を果たされたという、そういう記憶を持っております。それは与党、政府法案のいわゆる議事運営、これは数で押し切れば押し切れるというふうな場合、野党の議員がいろいろそれに抵抗をするというふうな場合には……
佐
清
清水睦#26
○参考人(清水睦君) はい。
やはり一応妥協という、そういう線を探られたと思うんです。妥協ですからどちらにも満足ではありませんが、しかし片方がゼロ、片方が一〇〇%ということはない。そういう形で時間を置いてもめた法案が参議院で通るという、それがまた衆議院にもいい影響を与えるということがあったと思います。議長の役割はやっぱり期待してよいのではないかと思います。
この発言だけを見る →やはり一応妥協という、そういう線を探られたと思うんです。妥協ですからどちらにも満足ではありませんが、しかし片方がゼロ、片方が一〇〇%ということはない。そういう形で時間を置いてもめた法案が参議院で通るという、それがまた衆議院にもいい影響を与えるということがあったと思います。議長の役割はやっぱり期待してよいのではないかと思います。
前
前田英昭#27
○参考人(前田英昭君) 先生のおっしゃるとおりでございます。
議長としては、ぜひこういうときにお出まし願いたかった、少し何かやることが性急過ぎやしないかなという感じがします。
先ほど申し上げたように、多数派は勝つわけでございます。ですから、勝つ方が少し妥協してもらうような雅量を持って、議長のお出ましを願ってうまく調整し、それで参議院というものが批判されないようになさる、これが議長として当然でございます。
この発言だけを見る →議長としては、ぜひこういうときにお出まし願いたかった、少し何かやることが性急過ぎやしないかなという感じがします。
先ほど申し上げたように、多数派は勝つわけでございます。ですから、勝つ方が少し妥協してもらうような雅量を持って、議長のお出ましを願ってうまく調整し、それで参議院というものが批判されないようになさる、これが議長として当然でございます。
佐
佐藤道夫#28
○佐藤道夫君 ただいまの両参考人の発言を両院の議長、特に参議院の斎藤議長がくれぐれも重く受けとめまして、この状態を何とか自分の力で、微力を尽くして解決したいというふうな気持ちを奮い立たせるように、参考人の方々もいろんな機会にそういうことを述べていただければと思います。
それから、時間がなくなりましたけれども、比例代表制というのはそもそもが政党政治だと思います。ですから、選挙について立候補者をだれにするか、順位をどうするか、これは政党の責任で厳正公平に決めるべきことだと思います。ところが、それをやろうとするとすぐ金が絡まる。一体AとBのどっちが優秀かは我々はわからぬ、じゃ金で決めようや、党員を多く集めた者のそれで、順番で行こうやと。そういうことで久世問題が起きたり、いろんな問題として激しく非難されている。それのすりかわりのようにして、じゃ決定は国民にさせようと。これは、私は政党の責任の重大な任務違背だと思うんですよ。
自分たちのやることを自分たちでやるとすぐ金が絡んでくるから国民にやらせようや、そうだそうだと。顔の見える選挙と言いますけれども、昔の全国区で国民が急に言われましても、自民党の候補者のうち、だれもほとんどわからないでしょう。その順番をどうやってつける。君たちがつけてくれと言われたってつけようもない。これは当たり前のことだと思うんです。
ですから、党大会でも開いて大勢の党員を集める、あるいは選考委員会を五百人単位ぐらいのものをつくりまして、その中で候補者を呼んで議論をし政策を発表させまして、党員が厳正公平に投票をいたしまして順位を決める。これぐらいのことは政党として当然の責任だろうと思うんです。
自分たちがやることをやらない、自分たちがやるとすぐ金が動く、じゃやっぱり国民にやらせようというのは、私、これは重大な責任の回避ではないか。比例代表制の、政党政治の趣旨に全く反していると思いますが、この点いかがでしょうか。
この発言だけを見る →それから、時間がなくなりましたけれども、比例代表制というのはそもそもが政党政治だと思います。ですから、選挙について立候補者をだれにするか、順位をどうするか、これは政党の責任で厳正公平に決めるべきことだと思います。ところが、それをやろうとするとすぐ金が絡まる。一体AとBのどっちが優秀かは我々はわからぬ、じゃ金で決めようや、党員を多く集めた者のそれで、順番で行こうやと。そういうことで久世問題が起きたり、いろんな問題として激しく非難されている。それのすりかわりのようにして、じゃ決定は国民にさせようと。これは、私は政党の責任の重大な任務違背だと思うんですよ。
自分たちのやることを自分たちでやるとすぐ金が絡んでくるから国民にやらせようや、そうだそうだと。顔の見える選挙と言いますけれども、昔の全国区で国民が急に言われましても、自民党の候補者のうち、だれもほとんどわからないでしょう。その順番をどうやってつける。君たちがつけてくれと言われたってつけようもない。これは当たり前のことだと思うんです。
ですから、党大会でも開いて大勢の党員を集める、あるいは選考委員会を五百人単位ぐらいのものをつくりまして、その中で候補者を呼んで議論をし政策を発表させまして、党員が厳正公平に投票をいたしまして順位を決める。これぐらいのことは政党として当然の責任だろうと思うんです。
自分たちがやることをやらない、自分たちがやるとすぐ金が動く、じゃやっぱり国民にやらせようというのは、私、これは重大な責任の回避ではないか。比例代表制の、政党政治の趣旨に全く反していると思いますが、この点いかがでしょうか。
清
清水睦#29
○参考人(清水睦君) 今の御意見、私は賛成でございます。
非拘束名簿方式に比べれば、拘束名簿方式の方がまだよいのではないかと思います。政党は責任を持ってやっぱり順位を決めるべきであり、その順位の決め方がおかしいというふうな国民の批判があれば、それは次の選挙あるいは選挙の間における国民の批判というものを受けて、それでまた政党が考えればよいことであると思います。
国民が名簿で選ぶといっても、有権者に十分議員としての適格性を判断する、そういう力があるのかどうかということになりますと、私は、芸能人とかスポーツ選手だった人に議員としての適格性がないというふうには断定できません、立派な人もいらっしゃるわけですけれども、しかしそれは何といっても数が少ないのではないか。だから、宮田輝さんのときに言われたような票を集めるパンダだというふうな、そういう言葉がこの非拘束名簿方式を採用することによって再びこの選挙批判の中で出てくるという、そういうことを危惧するものであります。
以上です。
この発言だけを見る →非拘束名簿方式に比べれば、拘束名簿方式の方がまだよいのではないかと思います。政党は責任を持ってやっぱり順位を決めるべきであり、その順位の決め方がおかしいというふうな国民の批判があれば、それは次の選挙あるいは選挙の間における国民の批判というものを受けて、それでまた政党が考えればよいことであると思います。
国民が名簿で選ぶといっても、有権者に十分議員としての適格性を判断する、そういう力があるのかどうかということになりますと、私は、芸能人とかスポーツ選手だった人に議員としての適格性がないというふうには断定できません、立派な人もいらっしゃるわけですけれども、しかしそれは何といっても数が少ないのではないか。だから、宮田輝さんのときに言われたような票を集めるパンダだというふうな、そういう言葉がこの非拘束名簿方式を採用することによって再びこの選挙批判の中で出てくるという、そういうことを危惧するものであります。
以上です。