国会等の移転に関する特別委員会
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会
会議録情報#0
平成十三年十月二十五日(木曜日)
午前九時開議
出席委員
委員長 永井 英慈君
理事 田野瀬良太郎君 理事 棚橋 泰文君
理事 蓮実 進君 理事 林 省之介君
理事 河村たかし君 理事 肥田美代子君
理事 石井 啓一君 理事 中井 洽君
荒井 広幸君 坂本 剛二君
竹本 直一君 野田 聖子君
松本 和那君 茂木 敏充君
森 英介君 山本 明彦君
山本 公一君 玄葉光一郎君
小林 守君 伴野 豊君
三井 辨雄君 青山 二三君
矢島 恒夫君 大島 令子君
…………………………………
参考人
(技術士) 上田 雅治君
参考人
(会社員) 大友 浩司君
参考人
(自営業) 界外 年応君
参考人
(地方公務員) 鈴木 伸佳君
参考人
(地方公務員) 田嶋 進君
参考人
(元国家公務員) 西尾 小作君
参考人
(行政評論家) 野村 光司君
参考人
(会社員) 村山 格君
衆議院調査局国会等の移転
に関する特別調査室長 内野 隆正君
—————————————
委員の異動
十月二十五日
辞任 補欠選任
牧 義夫君 三井 辨雄君
同日
辞任 補欠選任
三井 辨雄君 牧 義夫君
—————————————
本日の会議に付した案件
参考人出頭要求に関する件
国会等の移転に関する件
————◇—————
この発言だけを見る →午前九時開議
出席委員
委員長 永井 英慈君
理事 田野瀬良太郎君 理事 棚橋 泰文君
理事 蓮実 進君 理事 林 省之介君
理事 河村たかし君 理事 肥田美代子君
理事 石井 啓一君 理事 中井 洽君
荒井 広幸君 坂本 剛二君
竹本 直一君 野田 聖子君
松本 和那君 茂木 敏充君
森 英介君 山本 明彦君
山本 公一君 玄葉光一郎君
小林 守君 伴野 豊君
三井 辨雄君 青山 二三君
矢島 恒夫君 大島 令子君
…………………………………
参考人
(技術士) 上田 雅治君
参考人
(会社員) 大友 浩司君
参考人
(自営業) 界外 年応君
参考人
(地方公務員) 鈴木 伸佳君
参考人
(地方公務員) 田嶋 進君
参考人
(元国家公務員) 西尾 小作君
参考人
(行政評論家) 野村 光司君
参考人
(会社員) 村山 格君
衆議院調査局国会等の移転
に関する特別調査室長 内野 隆正君
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委員の異動
十月二十五日
辞任 補欠選任
牧 義夫君 三井 辨雄君
同日
辞任 補欠選任
三井 辨雄君 牧 義夫君
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本日の会議に付した案件
参考人出頭要求に関する件
国会等の移転に関する件
————◇—————
永
永井英慈#1
○永井委員長 これより会議を開きます。
国会等の移転に関する件について調査を進めます。
本日は、参考人として技術士上田雅治君、会社員大友浩司君、自営業界外年応君、地方公務員鈴木伸佳君、地方公務員田嶋進君、元国家公務員西尾小作君、行政評論家野村光司君及び会社員村山格君に御出席をいただいております。
この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
このたびは当委員会ホームページ等に貴重な御意見をお寄せいただき、まことにありがとうございました。
また、本日は、大変御多忙のところ本委員会に御出席くださり、まことにありがとうございます。今後の委員会の調査の参考に資するため、ぜひ忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。
議事の順序についてでありますが、まず各参考人から十分程度御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑に対してお答えいただきたいと存じます。
なお、念のため申し上げますが、御発言の際は委員長の許可を得ることになっております。また、参考人は委員に対し質疑をすることはできないことになっておりますので、あらかじめ御了承をいただきたいと存じます。御発言は御着席のままで結構でございます。
それでは、まず上田参考人にお願いいたします。
この発言だけを見る →国会等の移転に関する件について調査を進めます。
本日は、参考人として技術士上田雅治君、会社員大友浩司君、自営業界外年応君、地方公務員鈴木伸佳君、地方公務員田嶋進君、元国家公務員西尾小作君、行政評論家野村光司君及び会社員村山格君に御出席をいただいております。
この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
このたびは当委員会ホームページ等に貴重な御意見をお寄せいただき、まことにありがとうございました。
また、本日は、大変御多忙のところ本委員会に御出席くださり、まことにありがとうございます。今後の委員会の調査の参考に資するため、ぜひ忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。
議事の順序についてでありますが、まず各参考人から十分程度御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑に対してお答えいただきたいと存じます。
なお、念のため申し上げますが、御発言の際は委員長の許可を得ることになっております。また、参考人は委員に対し質疑をすることはできないことになっておりますので、あらかじめ御了承をいただきたいと存じます。御発言は御着席のままで結構でございます。
それでは、まず上田参考人にお願いいたします。
上
上田雅治#2
○上田参考人 本日は、首都機能移転について意見を述べる機会をいただきまして、ありがとうございます。私は、都市計画の技術士の仕事をしております上田と申します。どうぞよろしくお願いします。
私は、アジア太平洋の政治文化首都の意義と必要性及び三重・畿央新都構想の位置づけと役割について述べたいと思います。
現在我が国は、明治維新時、戦後改革期に次ぐ第三の改革期にあり、国政全般の構造改革を進め、二十世紀型の欧米先進国キャッチアップシステムを変革し、新しい二十一世紀型の社会経済システムを構築していくことが求められております。首都機能移転は、国家のパラダイム転換を図り、日本創生を牽引していく創造的国家プロジェクトであります。
ところで、二十一世紀はアジア太平洋の時代と言われております。二十世紀の人類文明の中心舞台はヨーロッパ北大西洋地域において展開されましたが、この二十世紀型欧米文明システムは世紀末に起こったグローバルな時代転換の大きな地殻変動に十分に対応できず、二十一世紀には新しい文明システムがアジア太平洋地域という新しい歴史の舞台において形成されることが期待されます。
我が国は、アジア太平洋地域のフロントランナーとして、この地殻変動に主体的に対応しつつ、首都機能移転によって国家のパラダイム転換を図り、新しい二十一世紀の国家像を確立し、この国の形と心を創出していく日本創生新都を創造していくことが求められています。
首都機能を担う新都市である新都は、ニューミレニアム首都として国民国家のパラダイムを転換し、社会経済システムの構造改革を牽引していく日本創生の極となるだけでなく、新しいアジア太平洋文明モデルの構築を先導していく新文明創造の極でなくてはなりません。
まず初めに、アジア太平洋の政治文化首都の意義と必要性について述べたいと思います。
二十世紀末に生じた時代転換の大きな地殻変動は、アジア太平洋の政治文化首都を必要としています。
第一に、西欧近代文明のパラダイム転換であります。
主権国家の排他的な国益の追求は大規模な戦争を引き起こし、核兵器の開発は人類滅亡の危機を招来し、無制約な科学技術の応用開発は人類の生命基盤となっている生態系や地球環境をみずから破壊するという自己矛盾を生じています。そのため、開発・効率と競争システムの二十世紀型西欧文明システムを転換し、循環・共生と共感ネットワークの二十一世紀型文明システムを構築していく必要があります。
第二は、グローバル化による国民国家の再編化の動きであります。
ヨーロッパでは、国民国家の主権を相互に移譲し、超国家機構であるヨーロッパ連合を形成して国家間の経済的統合化と政治的協調化を進めています。一方で、地域の個性や文化を尊重し、補完性の原理に基づいて、地方分権を推進し地域の自立性を高めています。
そのため、我が国においても地方分権改革を進めることはもちろんのこと、国政全般の改革についても、これまでの国民国家の枠内で国家システムの改革を閉じるのではなく、アジア太平洋地域の一員としてアジア太平洋地域の自立と連携を図っていく多元的な国際関係を創造し、世界に開かれた国家と社会のシステムを構築していく必要があります。したがって、二十一世紀のアジア太平洋の時代において、長期的展望に立って、多様な主体が多元的外交を展開し、近代世界システムの改革を図っていくことが求められると言えます。
すなわち、新都は国民国家の首都機能である国家統治機能を果たしていくだけでは十分ではありません。アジア太平洋地域において高度な国際情報が集まり、国連アジア太平洋本部等多様な国際機関が集積し、世界経済の安定化、地球環境の保全、南北格差の是正等、文明的課題の解決に貢献していくグローバルガバナンスの拠点となり、欧米の価値観に偏しないグローバルスタンダードを創出していく世界都市でなくてはなりません。この新都は、アジア太平洋地域において、公正で開かれた交流と対話のもとで国益の相互調整が行われる国際政治の舞台となる国際中核都市となるだけでなく、グローバル・リージョナルな共通課題の共同解決を積み重ねていくことで、相互信頼感と連帯感を培い、アジア太平洋地域の自立と連携を推進していかなくてはなりません。
次に、三重・畿央新都構想の位置づけと役割について述べたいと思います。
二十一世紀のアジア太平洋の時代において、この新都の立地場所は、日本の形と心のパラダイム転換を明確に内外に示すことのできるところであり、東京圏外にあって東京を脱中心化できる経済的、文化的ポテンシャルを有するところでなくてはなりません。歴史的に東京は江戸時代から中央権力が地方を支配する拠点でありました。一方関西は、江戸時代まで日本の首都が所在し、中国、朝鮮等の大陸アジアや東南アジア等の海洋アジアとの深い交流の積み重ねの中で、独自の日本文化を築いてきました。戦後はアメリカをモデルとして経済発展を図ってきたと言える東京の経済文化圏外にあって、なお自立的な経済文化圏を形成しております。
今日関西は、世界都市関西や文化首都関西の理念を掲げ、関西国際空港や関西文化学術研究都市等のグローバルインフラを整備し、主体的に関西の再生に努力しています。したがって、二十一世紀のアジア太平洋の時代において関西に首都機能が移転しますと、東京圏から自立した新首都圏が形成されるだけでなく、伝統文化に根差し東京の価値観と違った世界に開かれた新しい文化、経済が創造され、日本を再生し新しい日本のアイデンティティーを形成することができます。具体的には、三重・畿央新都は関西圏と中京圏が重なるエリアに立地し、G7のカナダ一国の経済力を有する関西と、オランダ一国の経済力を有する中京圏を結節し、将来的には両大都市圏を複合化する広域的新首都圏が形成されます。
この新首都圏は、東京圏に匹敵する質の高い人材、情報、資本を有する世界都市を形成し、東京を脱中心化して、東京を頂点とする価値観を転換します。東京と異質な文化創造力を持つこの新しい政治文化首都は、経済文化首都となる東京と重都構造をなし、国土のダイナミズムを生み出し、我が国の国際競争力やソフトパワーを強化していきます。さらに、アジア太平洋地域において、公正なグローバルスタンダードを創出していく新しい世界システムを形成し、東西文明を融合して、新しいアジア太平洋文明モデルを創造していきます。
最後に、お手元に配付されております参考人の配付資料をごらんいただきたいと思います。
一枚表紙をめくっていただきますと、「図—一 東アジアにおける新しい世界都市と広域国際交流圏」と書いてありますが、これは新しい政治文化首都圏のイメージを示しております。都市はコンパクトシティーでありますが、近隣諸国に新しい世界都市が形成されつつある中で、これらの世界都市と連携していくためには、世界都市として、経済的、文化的ポテンシャルを有する広域的首都圏を形成しなくてはなりません。この新しい政治文化首都が経済文化首都となる東京と重都構造をなすということをイメージしております。
次にめくっていただきますと、「表—一 新都の将来展望」とありますが、これは、現在行われております構造改革の方向性と首都機能移転の関係性を示しております。
次に、「表—二 文明と国家のパラダイム転換」とありますが、これは、文明と国家のパラダイム転換が相互に関係するものであり、国家パラダイムの転換は文明のパラダイム転換でもあるということを示しております。
三番目、表—三は三重・畿央新都の立地優位性を示しておりますが、これは二十一世紀の我が国のビジョン、国家目標とも言っていいと思いますが、それを第一から第七まで私の考えで挙げておりまして、それと首都機能移転の関係を横にマトリックスの形で表現しております。
以上、詳細の御説明は意見書の本論をもってかえさせていただき、私の意見陳述を終わらせていただきます。
御清聴どうもありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →私は、アジア太平洋の政治文化首都の意義と必要性及び三重・畿央新都構想の位置づけと役割について述べたいと思います。
現在我が国は、明治維新時、戦後改革期に次ぐ第三の改革期にあり、国政全般の構造改革を進め、二十世紀型の欧米先進国キャッチアップシステムを変革し、新しい二十一世紀型の社会経済システムを構築していくことが求められております。首都機能移転は、国家のパラダイム転換を図り、日本創生を牽引していく創造的国家プロジェクトであります。
ところで、二十一世紀はアジア太平洋の時代と言われております。二十世紀の人類文明の中心舞台はヨーロッパ北大西洋地域において展開されましたが、この二十世紀型欧米文明システムは世紀末に起こったグローバルな時代転換の大きな地殻変動に十分に対応できず、二十一世紀には新しい文明システムがアジア太平洋地域という新しい歴史の舞台において形成されることが期待されます。
我が国は、アジア太平洋地域のフロントランナーとして、この地殻変動に主体的に対応しつつ、首都機能移転によって国家のパラダイム転換を図り、新しい二十一世紀の国家像を確立し、この国の形と心を創出していく日本創生新都を創造していくことが求められています。
首都機能を担う新都市である新都は、ニューミレニアム首都として国民国家のパラダイムを転換し、社会経済システムの構造改革を牽引していく日本創生の極となるだけでなく、新しいアジア太平洋文明モデルの構築を先導していく新文明創造の極でなくてはなりません。
まず初めに、アジア太平洋の政治文化首都の意義と必要性について述べたいと思います。
二十世紀末に生じた時代転換の大きな地殻変動は、アジア太平洋の政治文化首都を必要としています。
第一に、西欧近代文明のパラダイム転換であります。
主権国家の排他的な国益の追求は大規模な戦争を引き起こし、核兵器の開発は人類滅亡の危機を招来し、無制約な科学技術の応用開発は人類の生命基盤となっている生態系や地球環境をみずから破壊するという自己矛盾を生じています。そのため、開発・効率と競争システムの二十世紀型西欧文明システムを転換し、循環・共生と共感ネットワークの二十一世紀型文明システムを構築していく必要があります。
第二は、グローバル化による国民国家の再編化の動きであります。
ヨーロッパでは、国民国家の主権を相互に移譲し、超国家機構であるヨーロッパ連合を形成して国家間の経済的統合化と政治的協調化を進めています。一方で、地域の個性や文化を尊重し、補完性の原理に基づいて、地方分権を推進し地域の自立性を高めています。
そのため、我が国においても地方分権改革を進めることはもちろんのこと、国政全般の改革についても、これまでの国民国家の枠内で国家システムの改革を閉じるのではなく、アジア太平洋地域の一員としてアジア太平洋地域の自立と連携を図っていく多元的な国際関係を創造し、世界に開かれた国家と社会のシステムを構築していく必要があります。したがって、二十一世紀のアジア太平洋の時代において、長期的展望に立って、多様な主体が多元的外交を展開し、近代世界システムの改革を図っていくことが求められると言えます。
すなわち、新都は国民国家の首都機能である国家統治機能を果たしていくだけでは十分ではありません。アジア太平洋地域において高度な国際情報が集まり、国連アジア太平洋本部等多様な国際機関が集積し、世界経済の安定化、地球環境の保全、南北格差の是正等、文明的課題の解決に貢献していくグローバルガバナンスの拠点となり、欧米の価値観に偏しないグローバルスタンダードを創出していく世界都市でなくてはなりません。この新都は、アジア太平洋地域において、公正で開かれた交流と対話のもとで国益の相互調整が行われる国際政治の舞台となる国際中核都市となるだけでなく、グローバル・リージョナルな共通課題の共同解決を積み重ねていくことで、相互信頼感と連帯感を培い、アジア太平洋地域の自立と連携を推進していかなくてはなりません。
次に、三重・畿央新都構想の位置づけと役割について述べたいと思います。
二十一世紀のアジア太平洋の時代において、この新都の立地場所は、日本の形と心のパラダイム転換を明確に内外に示すことのできるところであり、東京圏外にあって東京を脱中心化できる経済的、文化的ポテンシャルを有するところでなくてはなりません。歴史的に東京は江戸時代から中央権力が地方を支配する拠点でありました。一方関西は、江戸時代まで日本の首都が所在し、中国、朝鮮等の大陸アジアや東南アジア等の海洋アジアとの深い交流の積み重ねの中で、独自の日本文化を築いてきました。戦後はアメリカをモデルとして経済発展を図ってきたと言える東京の経済文化圏外にあって、なお自立的な経済文化圏を形成しております。
今日関西は、世界都市関西や文化首都関西の理念を掲げ、関西国際空港や関西文化学術研究都市等のグローバルインフラを整備し、主体的に関西の再生に努力しています。したがって、二十一世紀のアジア太平洋の時代において関西に首都機能が移転しますと、東京圏から自立した新首都圏が形成されるだけでなく、伝統文化に根差し東京の価値観と違った世界に開かれた新しい文化、経済が創造され、日本を再生し新しい日本のアイデンティティーを形成することができます。具体的には、三重・畿央新都は関西圏と中京圏が重なるエリアに立地し、G7のカナダ一国の経済力を有する関西と、オランダ一国の経済力を有する中京圏を結節し、将来的には両大都市圏を複合化する広域的新首都圏が形成されます。
この新首都圏は、東京圏に匹敵する質の高い人材、情報、資本を有する世界都市を形成し、東京を脱中心化して、東京を頂点とする価値観を転換します。東京と異質な文化創造力を持つこの新しい政治文化首都は、経済文化首都となる東京と重都構造をなし、国土のダイナミズムを生み出し、我が国の国際競争力やソフトパワーを強化していきます。さらに、アジア太平洋地域において、公正なグローバルスタンダードを創出していく新しい世界システムを形成し、東西文明を融合して、新しいアジア太平洋文明モデルを創造していきます。
最後に、お手元に配付されております参考人の配付資料をごらんいただきたいと思います。
一枚表紙をめくっていただきますと、「図—一 東アジアにおける新しい世界都市と広域国際交流圏」と書いてありますが、これは新しい政治文化首都圏のイメージを示しております。都市はコンパクトシティーでありますが、近隣諸国に新しい世界都市が形成されつつある中で、これらの世界都市と連携していくためには、世界都市として、経済的、文化的ポテンシャルを有する広域的首都圏を形成しなくてはなりません。この新しい政治文化首都が経済文化首都となる東京と重都構造をなすということをイメージしております。
次にめくっていただきますと、「表—一 新都の将来展望」とありますが、これは、現在行われております構造改革の方向性と首都機能移転の関係性を示しております。
次に、「表—二 文明と国家のパラダイム転換」とありますが、これは、文明と国家のパラダイム転換が相互に関係するものであり、国家パラダイムの転換は文明のパラダイム転換でもあるということを示しております。
三番目、表—三は三重・畿央新都の立地優位性を示しておりますが、これは二十一世紀の我が国のビジョン、国家目標とも言っていいと思いますが、それを第一から第七まで私の考えで挙げておりまして、それと首都機能移転の関係を横にマトリックスの形で表現しております。
以上、詳細の御説明は意見書の本論をもってかえさせていただき、私の意見陳述を終わらせていただきます。
御清聴どうもありがとうございました。拍手
永
大
大友浩司#4
○大友参考人 皆さんおはようございます。
東京都大田区の方から参りました大友浩司と申します。きょうは、このような貴重な機会を与えていただきまして、ありがとうございました。一生の思い出になるかと思います。
まず、きょうは私、資料を二点だけ用意させていただいております。お手元の資料を確認していただきたいのですが、まず、全体のレジュメの中には私の附せんがついているのかなと思うのですが、大友と書いたところに一枚だけ紙が入っております。それから、主にこちらの方を見ていただきたいのですが、国会等の移転に関する特別委員会という、こちらの資料の、最初の、上田さんのクリップの次に私がこのような表を入れております。この表をもとに大体お話ししますので、この表をお手元に御用意いただきたいと思います。
それでは始めさせていただきますが、まず最初に、私、国会機能移転に反対の立場から三つの理由を述べさせていただいて、それから一つの御提案をさせていただきたいと思っております。
まず、一つ目なんですが、私ども国民の税金を使って最終的にはこの開発といいますか、首都機能移転が行われると思うのですが、いろいろなホームページとか見ておりますと、少なく見ても四兆四千億ぐらいの公的負担であろうというようなことが書かれておりまして、これを単純に電卓なんかで計算しておりますと、一人当たり五千円掛ける十年間ぐらいの税金を持っていかれるのかなというふうに、素人考えでこう思うわけなんですが、これは非常に少なく見積もった場合でして、これが、五千円が五万円になり、あるいは消費税が一五%になりとか、そういったことで取られるのかもしれませんが、いずれにせよ、国民はそういったことを知らないで取られていってしまうということになるわけですね。
ですから、現在いろいろな試算がありますけれども、とにかく国の借金というのはすごい額でふえていますので、これをさらにふやすようなことはやめていただきたいというのが一つ目です。
それから二つ目は、この最初の資料にも書いてあるんですが、国際競争力の問題で、私、以前シンガポールの方に国際的なことでちょっと研修に行ったことがあるのですが、そのとき思ったのは、あの国は一つの民間企業が経営しているような国でして、いろいろなことがもう本当に、一つの政党がやっているみたいな感じで国が進んでいっているような、そんな印象を受けたんですね。それに対抗して、この日本、そして東京という町、それから、空港のことなんかをちょっと見ていても、やはり非常にスピードが遅い。ですから、これからどんどん国際的な重要な企業が、本社を、東京とシンガポールのどっちを残そうかといったときに、東京をやめてシンガポールにしようかとかいったことが起こってくるんではないか。そうやって、日本に入ってくるいろいろな頭脳とか情報とか資本とか、そういったものの流入はどんどん少なくなっていくんではないか。これは結局、最終的に国民の一人一人の懐に影響していきますので、そういったことはやめていただきたい。
三番目に、私は二年前までは名古屋におりまして、それ以前もずっと東京に住んだことはなかったんですが、それ以前は何か、集中、つまり首都圏に集中しているというイメージが三つありまして、それは嫌なんで、とにかく国会はどこかに行ってほしい、首都もどこかに行ってほしいというふうに思っていました。その三つのイメージというのは、通勤ラッシュと、あと、家が高い、交通渋滞、この三つなんですが、これは都民になって二年半になりますが、苦痛ではありますが、それほど問題ではない。むしろ、それ以外に、集中している、この都市に住んでいることによるメリットの方が非常に大きくて、私は東京都民になって非常に満足しているものですから、そういった意味で集中が嫌だという理論は私の方にはないということなんですね。
それと、例えば、では今言った三つの集中ではなくて、いや、これは防災上の、地震だとか、あるいは国が攻めてくるとか、国防上の理由なんだとか、いろいろなことがもし言われたとしても、いろいろな議論がある中で、それが私たち一人一人の国民にとっての本当の現実論であるかというところがちょっと疑問に思っているんです。
それを今からこの表でちょっと御提案という形で御説明をさせていただきたいんですが、私、会社の中ではSEといいまして、コンピューターシステムを設計する仕事をここのところやっているわけなんですが、これで考えたときに、いろいろな衆議院の方々が長年の議論をされて、あるいは学者の方がされて、ぱっと見ただけで国際政治、歴史、経済、環境、それから多軸型国土形成だとか、あるいは埼玉への権限移譲が行われている既成事実だとか、いろいろな議論がいろいろな立場で行われていて、すごい御苦労だなというのはわかるんですが、一つのまとまった形で非常にわかりにくい。結局、私の友達あるいは親戚、だれに聞いても国会移転というものの意識が薄い。つまり、首都移転はないんだけれども、国会移転ということで今現実路線へ向かって、ゴーサインじゃないけれども、やろうとしているんだよというような話が全然国民の一人一人に伝わっていない。
その理由を私が考えたときに、私なりの理由は、要するに、マスコミが、問題が大き過ぎて、難し過ぎて、勉強するのが難しいので取り上げられないんじゃないかということがあると思うんです。記者が扱えないということは、結局、それだけ人件費を割きますと、出版社とか新聞社というのはそれだけコストがかかるわけですから、この国会移転について、例えば十人の専従の記者をつけて徹底的に洗えというようなことができないでいるのが現状ではないかな、こう思ったわけです。それと、国民の方々の理解を得ていないのも、やはり情報の量が多過ぎてちょっとわかりにくいな。
そういったことで、これは私どもSEの人間が何か一つの開発をやろうとするときに費用と効果というのをサマリーする表なんですが、先ほど三つ私が理由を言いましたけれども、例えば一番の国民の負担が云々という議論であれば、これはこの運用費用、償却費というところの議論、これがプラスになるかマイナスになるかというところの議論として語れる。つまり、ホームページを見に来た人はそこをクリックすればその中の内容を見ることができるというような考え方です。
それから二番目に、国際競争力の話をしましたが、これは経済効果のマイナスに働くと思います。これは、費用対効果というのは全部上に軸が伸びていますが、この下もあるわけでして、要するに、マイナスの経済効果というのが働くのではないかということで、そこの中にこの国際競争力の低下という議論が入ってこなきゃいけないだろう。
それから三番目に、国防上の理由であるとか震災の理由とかそういったことを申し上げましたが、それはこちらの上の方の定性効果、つまり数値化が難しい、目に見えにくい効果の部分に入ってくるのではないかということなんです。
ですから、さまざまな議論があって、それぞれに私は正当性があるから皆さんおっしゃっているんだと思うんですが、それがやはりこういった一つのサマリーした表で、これは、私はこの表のことをCモデル、つまりコラボレーションモデルという名前をつけているのですが、この表に沿って説明をさせていただければと思います。
この御提案をしましたのは、やはり、これは最後になりますが、国民の一人一人が、例えば小学生が小学校で、あるいは大学生が大学で、企業の人が職場で、あるいはこの委員会の皆様が、あるいは国会議員の皆様が何か議論をするときに、今から僕がしゃべるのはこのサマリー表のここについてしゃべるよ、これがプラス五千億でマイナス三千億だから二千億プラスだよ、そういう話を今からするよというふうな、そういった一つのモデルをもとに全員が議論していけば、国民が論理的に政治経済を理解する初めての機会としてこの国会移転プロジェクトが成功するのではないかと思いまして、この御提案をさせていただきたいと思います。
以上です。ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →東京都大田区の方から参りました大友浩司と申します。きょうは、このような貴重な機会を与えていただきまして、ありがとうございました。一生の思い出になるかと思います。
まず、きょうは私、資料を二点だけ用意させていただいております。お手元の資料を確認していただきたいのですが、まず、全体のレジュメの中には私の附せんがついているのかなと思うのですが、大友と書いたところに一枚だけ紙が入っております。それから、主にこちらの方を見ていただきたいのですが、国会等の移転に関する特別委員会という、こちらの資料の、最初の、上田さんのクリップの次に私がこのような表を入れております。この表をもとに大体お話ししますので、この表をお手元に御用意いただきたいと思います。
それでは始めさせていただきますが、まず最初に、私、国会機能移転に反対の立場から三つの理由を述べさせていただいて、それから一つの御提案をさせていただきたいと思っております。
まず、一つ目なんですが、私ども国民の税金を使って最終的にはこの開発といいますか、首都機能移転が行われると思うのですが、いろいろなホームページとか見ておりますと、少なく見ても四兆四千億ぐらいの公的負担であろうというようなことが書かれておりまして、これを単純に電卓なんかで計算しておりますと、一人当たり五千円掛ける十年間ぐらいの税金を持っていかれるのかなというふうに、素人考えでこう思うわけなんですが、これは非常に少なく見積もった場合でして、これが、五千円が五万円になり、あるいは消費税が一五%になりとか、そういったことで取られるのかもしれませんが、いずれにせよ、国民はそういったことを知らないで取られていってしまうということになるわけですね。
ですから、現在いろいろな試算がありますけれども、とにかく国の借金というのはすごい額でふえていますので、これをさらにふやすようなことはやめていただきたいというのが一つ目です。
それから二つ目は、この最初の資料にも書いてあるんですが、国際競争力の問題で、私、以前シンガポールの方に国際的なことでちょっと研修に行ったことがあるのですが、そのとき思ったのは、あの国は一つの民間企業が経営しているような国でして、いろいろなことがもう本当に、一つの政党がやっているみたいな感じで国が進んでいっているような、そんな印象を受けたんですね。それに対抗して、この日本、そして東京という町、それから、空港のことなんかをちょっと見ていても、やはり非常にスピードが遅い。ですから、これからどんどん国際的な重要な企業が、本社を、東京とシンガポールのどっちを残そうかといったときに、東京をやめてシンガポールにしようかとかいったことが起こってくるんではないか。そうやって、日本に入ってくるいろいろな頭脳とか情報とか資本とか、そういったものの流入はどんどん少なくなっていくんではないか。これは結局、最終的に国民の一人一人の懐に影響していきますので、そういったことはやめていただきたい。
三番目に、私は二年前までは名古屋におりまして、それ以前もずっと東京に住んだことはなかったんですが、それ以前は何か、集中、つまり首都圏に集中しているというイメージが三つありまして、それは嫌なんで、とにかく国会はどこかに行ってほしい、首都もどこかに行ってほしいというふうに思っていました。その三つのイメージというのは、通勤ラッシュと、あと、家が高い、交通渋滞、この三つなんですが、これは都民になって二年半になりますが、苦痛ではありますが、それほど問題ではない。むしろ、それ以外に、集中している、この都市に住んでいることによるメリットの方が非常に大きくて、私は東京都民になって非常に満足しているものですから、そういった意味で集中が嫌だという理論は私の方にはないということなんですね。
それと、例えば、では今言った三つの集中ではなくて、いや、これは防災上の、地震だとか、あるいは国が攻めてくるとか、国防上の理由なんだとか、いろいろなことがもし言われたとしても、いろいろな議論がある中で、それが私たち一人一人の国民にとっての本当の現実論であるかというところがちょっと疑問に思っているんです。
それを今からこの表でちょっと御提案という形で御説明をさせていただきたいんですが、私、会社の中ではSEといいまして、コンピューターシステムを設計する仕事をここのところやっているわけなんですが、これで考えたときに、いろいろな衆議院の方々が長年の議論をされて、あるいは学者の方がされて、ぱっと見ただけで国際政治、歴史、経済、環境、それから多軸型国土形成だとか、あるいは埼玉への権限移譲が行われている既成事実だとか、いろいろな議論がいろいろな立場で行われていて、すごい御苦労だなというのはわかるんですが、一つのまとまった形で非常にわかりにくい。結局、私の友達あるいは親戚、だれに聞いても国会移転というものの意識が薄い。つまり、首都移転はないんだけれども、国会移転ということで今現実路線へ向かって、ゴーサインじゃないけれども、やろうとしているんだよというような話が全然国民の一人一人に伝わっていない。
その理由を私が考えたときに、私なりの理由は、要するに、マスコミが、問題が大き過ぎて、難し過ぎて、勉強するのが難しいので取り上げられないんじゃないかということがあると思うんです。記者が扱えないということは、結局、それだけ人件費を割きますと、出版社とか新聞社というのはそれだけコストがかかるわけですから、この国会移転について、例えば十人の専従の記者をつけて徹底的に洗えというようなことができないでいるのが現状ではないかな、こう思ったわけです。それと、国民の方々の理解を得ていないのも、やはり情報の量が多過ぎてちょっとわかりにくいな。
そういったことで、これは私どもSEの人間が何か一つの開発をやろうとするときに費用と効果というのをサマリーする表なんですが、先ほど三つ私が理由を言いましたけれども、例えば一番の国民の負担が云々という議論であれば、これはこの運用費用、償却費というところの議論、これがプラスになるかマイナスになるかというところの議論として語れる。つまり、ホームページを見に来た人はそこをクリックすればその中の内容を見ることができるというような考え方です。
それから二番目に、国際競争力の話をしましたが、これは経済効果のマイナスに働くと思います。これは、費用対効果というのは全部上に軸が伸びていますが、この下もあるわけでして、要するに、マイナスの経済効果というのが働くのではないかということで、そこの中にこの国際競争力の低下という議論が入ってこなきゃいけないだろう。
それから三番目に、国防上の理由であるとか震災の理由とかそういったことを申し上げましたが、それはこちらの上の方の定性効果、つまり数値化が難しい、目に見えにくい効果の部分に入ってくるのではないかということなんです。
ですから、さまざまな議論があって、それぞれに私は正当性があるから皆さんおっしゃっているんだと思うんですが、それがやはりこういった一つのサマリーした表で、これは、私はこの表のことをCモデル、つまりコラボレーションモデルという名前をつけているのですが、この表に沿って説明をさせていただければと思います。
この御提案をしましたのは、やはり、これは最後になりますが、国民の一人一人が、例えば小学生が小学校で、あるいは大学生が大学で、企業の人が職場で、あるいはこの委員会の皆様が、あるいは国会議員の皆様が何か議論をするときに、今から僕がしゃべるのはこのサマリー表のここについてしゃべるよ、これがプラス五千億でマイナス三千億だから二千億プラスだよ、そういう話を今からするよというふうな、そういった一つのモデルをもとに全員が議論していけば、国民が論理的に政治経済を理解する初めての機会としてこの国会移転プロジェクトが成功するのではないかと思いまして、この御提案をさせていただきたいと思います。
以上です。ありがとうございました。拍手
永
界
界外年応#6
○界外参考人 畿央の界外でございます。
本日は、本委員会にて意見を述べるという機会を与えていただき、まことにありがとうございます。簡単な資料をお配りしていただいていますので、これに沿って話を進めていきたいと思います。
首都機能移転の是非につきましては、時間が限られていますし、既にこの委員会が開設されてから十年以上が経過していて議論は十分に尽くされているはずですので省略させていただき、移転先候補地について意見を述べさせていただきます。
私は、畿央地域の地元の三重県伊賀地方に住んでいて、「未来の国会都市・畿央」というホームページを作成しております。畿央地域は、知事や県などの行政からではなく、市民の研究グループの提案から始まった場所で、図一のように、畿央地域を応援する一般市民によるホームページは、最初に発言された上田さんの研究会のホームページを含めて全部で四つもあり、市民の歓迎ムードや関心の高さを証明できるかと思います。
一方、他の候補地は行政だけで頑張っているようで、県などがつくったホームページは幾つかあるものの、一般市民によるホームページは私が知る限り一つもありません。それどころか、栃木県では、首都機能移転反対を公約にしていた福田知事が当選しましたし、岐阜県では、首都機能誘致の費用を返還するよう知事が市民グループに訴えられたりしていると聞いております。
さて、私が首都機能移転というものを知ったときに、全国から首都にふさわしい場所を考えた結果、三重県の伊賀地方が最適であると思いました。ここが畿央高原という名前で移転先候補地として挙がっていることは後に知ったのですが、それでは、なぜ畿央でなければならないのかを御説明いたします。
畿央は、中部圏と関西圏という二つの大都市圏の結束点であり、かつ東西日本の境界線上にある日本の真ん中だということです。都道府県の数では、福井県、滋賀県、三重県を境に四十七都道府県が東西に二十二ずつに等分される、日本の真ん中に位置しています。
人口重心につきましては、これは現在岐阜県にありますが、図二のように昔は滋賀県にありました。人口重心が東に大きく移動したのは東京一極集中の影響です。首都機能移転の目的の一つに東京一極集中の是正があるのですから、人口重心は東京一極集中前の滋賀県として考えるべきだと思います。
さて、三重県は一体何地方だと思われるでしょうか。中部なのか関西なのか、人によっても資料によっても答えは違いますし、三重県人はアンケートで何地方に丸をつければいいのかいつも悩まされています。
三重県の中でも特に畿央地域の中心となる伊賀地方は、中部と関西に挟まれた中途半端な場所です。伊賀は関西という言葉がありまして、人や経済の流れは関西圏なのに、行政上は中部圏に入っているため、住民生活との間にギャップが生じ、長年不便を感じてきました。しかし現在は、逆にこのことが、中部と関西の結束点として首都機能移転先候補地として注目される大きな理由となっています。
中部と関西の結束点である一例として、伊賀地方では大阪と名古屋の両方のテレビが映ります。ケーブルテレビに加入しても、放送行政上の名古屋のテレビだけでなく、大阪のテレビも区域外再送信されています。新聞のテレビ欄には大阪と名古屋の両方の番組表が載っていますし、テレビガイドも関西版と中部版が並んで売られています。ほかにも、伊賀地方の書店では、旅の情報誌も就職情報誌もイベント情報誌も、関西版と中部版が両方とも売られています。
このように、畿央は関西と中部の結束点であるわけですが、ここは同時に東日本と西日本の結束点の日本の真ん中でもあります。丸もちと角もち、ウナギを腹から割くか背中から割くか、うどんのつゆの味つけなど、日本の文化は東西で大きく分かれています。東西の文化が関ケ原で分かれることはよく知られていますが、この境界線を南に延ばすと鈴鹿山脈から布引山地へと続いていて、これは三重、畿央地域のど真ん中を通ります。インスタントのカップめんのスープの味つけが東西で違うのを御存じの方もおられると思いますが、伊賀地域では、このイースト味とウエスト味のカップめんが両方とも売られています。
こんな畿央地域に首都機能が移転すれば、特定の地域に偏らない、より広い視点に立った政治、行政を行うことができると同時に、多様な文化を全国に発信することができるようになると思います。
さらに、畿央地域につくられる首都機能都市が関西と中部を結びつける役割を果たして、両都市圏のパワーを存分に活用した新たなネットワーク型の新都市圏を形成することができます。日本第二位の関西圏と第三位の中部圏が一つになることで初めて東京と競争ができるようになり、首都機能を移転して身軽になった世界都市東京との二眼レフの国土構造にすることができます。この二つの大都市圏が互いに競争しながら発展することは、日本全体の発展につながることになると思います。
一方、那須地域は既に東京圏ですし、東濃地域は名古屋の衛星都市で終わってしまうと思います。
さて、新首都は、世界各国から要人が訪れる日本の顔となりますので、日本国内でしか通用しないようなローカルな文化ではなく、世界に通用する高度な文化が必要です。
畿央地域は、京都、奈良、伊勢といった世界遺産級の歴史と文化に囲まれています。さらに、畿央地域自体も、伊賀と甲賀の忍者や松尾芭蕉のふるさとでもあります。忍者も芭蕉も世界に通用する日本文化の一つです。
石原東京都知事の言う江戸以来の歴史、文化への冒涜に対抗できるのは畿央地域しかないと思います。
畿央新都市の交通アクセスや都市像につきましては、最初の上田さんの研究会の首都機能移転構想研究会による「緊急提言 二十一世紀における日本と畿央新都」の提言がすばらしいと思います。
高速道路は完全に多重化されていますし、空港も、関空と中空の二つの国際ハブ空港が利用できます。新幹線も、北陸新幹線を米原経由にして、米原から畿央新都市への支線をつくれば、太平洋側からだけでなく日本海側からも大変便利な場所になります。
先日、山梨のリニア実験センターへ見学に行ってきました。走行試験も順調に進んでいて、残された課題は政治決断だけだと感じました。不況がこのまま続くのであれば、中央新幹線は要らないかもしれません。でも、ずっと不況のままでいいのでしょうか。景気が回復して日本がさらなる発展を目指していくときに、中央新幹線は必ず必要になってきます。
審議会の交通アクセスの評価では、中央新幹線は考えないことになっていました。しかし、首都機能移転が行われるのはきょう、あすではなく、十年も二十年も先です。それに、新首都はその後何百年も続くことになるのですから、現在の交通網ではなく将来の交通アクセスの可能性で考えるべきだと思います。
新首都は、東京から便利過ぎるところではいけないと思います。東京に近いところに段階的に少しずつ首都機能を移転していては、現在の膠着状態をそのままずるずると新首都に引きずっていくだけのような気がします。東京から離れたところに一気に移転して、人心一新の効果を最大限に発揮するべきです。
特に那須地域は、東京から便利過ぎて、引っ越しをせずに東京から通勤する人が出てきてしまいます。また、家に帰ってテレビをつければ相変わらず東京のテレビが映っていますので、東京中心の考え方から脱却できないと思います。
災害の安全性につきましては、畿央は災害の少ないところです。火山は一たん噴火すれば融雪泥流が新都市を襲い、火山灰が長期間降り注ぐことになります。私たちが生きている間は火山が噴火する心配がなくても、新首都は何百年も続くのですから、もっと長いスパンで考えて、火山の近くへの首都機能移転は避けるべきです。図六を見てもおわかりのように、近くに火山がないのは畿央地域だけで、火山災害の心配は全くありません。
地震につきましては、六月に東海地震の想定震源域が見直されて、愛知、岐阜の候補地に近づくこととなりました。
畿央地域は内陸部ですので、海溝型地震の震源からは十分離れています。阪神大震災のときでは、畿央地域の震度はわずか四でした。南海地震や東南海地震が起これば畿央地域でもある程度の震度を記録するかもしれませんが、その震源は阪神大震災のときよりも離れていますし、新都市は最新の耐震性を持った建設技術で建てられるのですから、大きなダメージを与えることはないと思います。
内陸型の地震の危険性は全国どこでも同じだと思いますが、畿央地域の活断層については、今後八百年間以上は活動しないという研究結果が発表されています。
移転先が決まったところで、最後には、最難関の東京との比較考量が待ち構えています。那須や東濃で果たして東京に勝つことができるのでしょうか。土地があるとか交通が便利だとか東京から便利だとか、このような条件は新都市をつくるにはすばらしいですが、だからといって、そこが首都である必要性は全く感じられません。そんなにいいところなら、首都でなくても、学研都市でもニュータウンでも何でもいいのではないでしょうか。
首都機能移転は、首都をつくろうとしているのですから、日本国の顔としてふさわしい場所を選定すべきです。東京との比較考量で東京に対抗できるパワーを持った場所でないと、首都機能移転そのものがなかったことになってしまいます。東京に対抗できるパワーを持った場所は、畿央以外にはあり得ないと思います。
以上で、私からの意見とさせていただきます。ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →本日は、本委員会にて意見を述べるという機会を与えていただき、まことにありがとうございます。簡単な資料をお配りしていただいていますので、これに沿って話を進めていきたいと思います。
首都機能移転の是非につきましては、時間が限られていますし、既にこの委員会が開設されてから十年以上が経過していて議論は十分に尽くされているはずですので省略させていただき、移転先候補地について意見を述べさせていただきます。
私は、畿央地域の地元の三重県伊賀地方に住んでいて、「未来の国会都市・畿央」というホームページを作成しております。畿央地域は、知事や県などの行政からではなく、市民の研究グループの提案から始まった場所で、図一のように、畿央地域を応援する一般市民によるホームページは、最初に発言された上田さんの研究会のホームページを含めて全部で四つもあり、市民の歓迎ムードや関心の高さを証明できるかと思います。
一方、他の候補地は行政だけで頑張っているようで、県などがつくったホームページは幾つかあるものの、一般市民によるホームページは私が知る限り一つもありません。それどころか、栃木県では、首都機能移転反対を公約にしていた福田知事が当選しましたし、岐阜県では、首都機能誘致の費用を返還するよう知事が市民グループに訴えられたりしていると聞いております。
さて、私が首都機能移転というものを知ったときに、全国から首都にふさわしい場所を考えた結果、三重県の伊賀地方が最適であると思いました。ここが畿央高原という名前で移転先候補地として挙がっていることは後に知ったのですが、それでは、なぜ畿央でなければならないのかを御説明いたします。
畿央は、中部圏と関西圏という二つの大都市圏の結束点であり、かつ東西日本の境界線上にある日本の真ん中だということです。都道府県の数では、福井県、滋賀県、三重県を境に四十七都道府県が東西に二十二ずつに等分される、日本の真ん中に位置しています。
人口重心につきましては、これは現在岐阜県にありますが、図二のように昔は滋賀県にありました。人口重心が東に大きく移動したのは東京一極集中の影響です。首都機能移転の目的の一つに東京一極集中の是正があるのですから、人口重心は東京一極集中前の滋賀県として考えるべきだと思います。
さて、三重県は一体何地方だと思われるでしょうか。中部なのか関西なのか、人によっても資料によっても答えは違いますし、三重県人はアンケートで何地方に丸をつければいいのかいつも悩まされています。
三重県の中でも特に畿央地域の中心となる伊賀地方は、中部と関西に挟まれた中途半端な場所です。伊賀は関西という言葉がありまして、人や経済の流れは関西圏なのに、行政上は中部圏に入っているため、住民生活との間にギャップが生じ、長年不便を感じてきました。しかし現在は、逆にこのことが、中部と関西の結束点として首都機能移転先候補地として注目される大きな理由となっています。
中部と関西の結束点である一例として、伊賀地方では大阪と名古屋の両方のテレビが映ります。ケーブルテレビに加入しても、放送行政上の名古屋のテレビだけでなく、大阪のテレビも区域外再送信されています。新聞のテレビ欄には大阪と名古屋の両方の番組表が載っていますし、テレビガイドも関西版と中部版が並んで売られています。ほかにも、伊賀地方の書店では、旅の情報誌も就職情報誌もイベント情報誌も、関西版と中部版が両方とも売られています。
このように、畿央は関西と中部の結束点であるわけですが、ここは同時に東日本と西日本の結束点の日本の真ん中でもあります。丸もちと角もち、ウナギを腹から割くか背中から割くか、うどんのつゆの味つけなど、日本の文化は東西で大きく分かれています。東西の文化が関ケ原で分かれることはよく知られていますが、この境界線を南に延ばすと鈴鹿山脈から布引山地へと続いていて、これは三重、畿央地域のど真ん中を通ります。インスタントのカップめんのスープの味つけが東西で違うのを御存じの方もおられると思いますが、伊賀地域では、このイースト味とウエスト味のカップめんが両方とも売られています。
こんな畿央地域に首都機能が移転すれば、特定の地域に偏らない、より広い視点に立った政治、行政を行うことができると同時に、多様な文化を全国に発信することができるようになると思います。
さらに、畿央地域につくられる首都機能都市が関西と中部を結びつける役割を果たして、両都市圏のパワーを存分に活用した新たなネットワーク型の新都市圏を形成することができます。日本第二位の関西圏と第三位の中部圏が一つになることで初めて東京と競争ができるようになり、首都機能を移転して身軽になった世界都市東京との二眼レフの国土構造にすることができます。この二つの大都市圏が互いに競争しながら発展することは、日本全体の発展につながることになると思います。
一方、那須地域は既に東京圏ですし、東濃地域は名古屋の衛星都市で終わってしまうと思います。
さて、新首都は、世界各国から要人が訪れる日本の顔となりますので、日本国内でしか通用しないようなローカルな文化ではなく、世界に通用する高度な文化が必要です。
畿央地域は、京都、奈良、伊勢といった世界遺産級の歴史と文化に囲まれています。さらに、畿央地域自体も、伊賀と甲賀の忍者や松尾芭蕉のふるさとでもあります。忍者も芭蕉も世界に通用する日本文化の一つです。
石原東京都知事の言う江戸以来の歴史、文化への冒涜に対抗できるのは畿央地域しかないと思います。
畿央新都市の交通アクセスや都市像につきましては、最初の上田さんの研究会の首都機能移転構想研究会による「緊急提言 二十一世紀における日本と畿央新都」の提言がすばらしいと思います。
高速道路は完全に多重化されていますし、空港も、関空と中空の二つの国際ハブ空港が利用できます。新幹線も、北陸新幹線を米原経由にして、米原から畿央新都市への支線をつくれば、太平洋側からだけでなく日本海側からも大変便利な場所になります。
先日、山梨のリニア実験センターへ見学に行ってきました。走行試験も順調に進んでいて、残された課題は政治決断だけだと感じました。不況がこのまま続くのであれば、中央新幹線は要らないかもしれません。でも、ずっと不況のままでいいのでしょうか。景気が回復して日本がさらなる発展を目指していくときに、中央新幹線は必ず必要になってきます。
審議会の交通アクセスの評価では、中央新幹線は考えないことになっていました。しかし、首都機能移転が行われるのはきょう、あすではなく、十年も二十年も先です。それに、新首都はその後何百年も続くことになるのですから、現在の交通網ではなく将来の交通アクセスの可能性で考えるべきだと思います。
新首都は、東京から便利過ぎるところではいけないと思います。東京に近いところに段階的に少しずつ首都機能を移転していては、現在の膠着状態をそのままずるずると新首都に引きずっていくだけのような気がします。東京から離れたところに一気に移転して、人心一新の効果を最大限に発揮するべきです。
特に那須地域は、東京から便利過ぎて、引っ越しをせずに東京から通勤する人が出てきてしまいます。また、家に帰ってテレビをつければ相変わらず東京のテレビが映っていますので、東京中心の考え方から脱却できないと思います。
災害の安全性につきましては、畿央は災害の少ないところです。火山は一たん噴火すれば融雪泥流が新都市を襲い、火山灰が長期間降り注ぐことになります。私たちが生きている間は火山が噴火する心配がなくても、新首都は何百年も続くのですから、もっと長いスパンで考えて、火山の近くへの首都機能移転は避けるべきです。図六を見てもおわかりのように、近くに火山がないのは畿央地域だけで、火山災害の心配は全くありません。
地震につきましては、六月に東海地震の想定震源域が見直されて、愛知、岐阜の候補地に近づくこととなりました。
畿央地域は内陸部ですので、海溝型地震の震源からは十分離れています。阪神大震災のときでは、畿央地域の震度はわずか四でした。南海地震や東南海地震が起これば畿央地域でもある程度の震度を記録するかもしれませんが、その震源は阪神大震災のときよりも離れていますし、新都市は最新の耐震性を持った建設技術で建てられるのですから、大きなダメージを与えることはないと思います。
内陸型の地震の危険性は全国どこでも同じだと思いますが、畿央地域の活断層については、今後八百年間以上は活動しないという研究結果が発表されています。
移転先が決まったところで、最後には、最難関の東京との比較考量が待ち構えています。那須や東濃で果たして東京に勝つことができるのでしょうか。土地があるとか交通が便利だとか東京から便利だとか、このような条件は新都市をつくるにはすばらしいですが、だからといって、そこが首都である必要性は全く感じられません。そんなにいいところなら、首都でなくても、学研都市でもニュータウンでも何でもいいのではないでしょうか。
首都機能移転は、首都をつくろうとしているのですから、日本国の顔としてふさわしい場所を選定すべきです。東京との比較考量で東京に対抗できるパワーを持った場所でないと、首都機能移転そのものがなかったことになってしまいます。東京に対抗できるパワーを持った場所は、畿央以外にはあり得ないと思います。
以上で、私からの意見とさせていただきます。ありがとうございました。拍手
永
鈴
鈴木伸佳#8
○鈴木参考人 おはようございます。
本日は、このような機会を与えられまして、ありがとうございます。私は、愛知県の東部に住んでいます三十六歳の地方公務員です。
私の考える首都機能移転につきまして、お配りしましたレジュメに従いまして、皆さんに比べますと甚だ簡単ではありますが、二つの題目に分けまして意見を述べさせていただきたいと思います。
まず第一に、私の考える首都機能移転の必要性についてですが、歴史的に見ると、徳川幕府から明治政府にかわったときも、中央が地方を支配する封建体制が変わったわけではありません。戦前から戦後へ移り、日本国憲法と地方自治法が制定されましたが、依然として中央依存型の地方自治が行われ、そして、池田内閣の所得倍増計画によって日本は高度経済成長を遂げることができました。
しかし一方で、環境問題の発生、東京への一極集中による弊害を招くことになりました。しかるに、最近、地方分権推進法の制定、規制緩和推進計画により、国の構造を変えるための準備が行われつつあります。
また、経済的に見ても、外国との農産物、工業製品等の貿易的不均衡、バブル崩壊後、土地神話が崩れ、不良債権がふえ、国民がリストラ、社会保障等の不安から買い控えが進み、それがデフレ状態を招き、経済の低成長を引き起こしています。
この状態を、私は、日本が飽和状態になったのだと考えています。よって、この状況から脱却するためには、外国製品に負けないようなものを必死でつくる。例えば、自動車でいえば、ハイブリッド車や水素燃料車等の開発、農作物でいえば、モンスーン気候に合った新品種の開発というようなことを、なるべくお金をかけずに行う必要があります。
それには、国民の意識の改革も必要です。それを行っていくのは、二十代から四十代、まさに私たちの世代だと思います。高度成長のおかげで物のあふれた時代に育った私たちが、猛烈サラリーマンだった父母のように働く。それでもリストラされたサラリーマンは、五体満足であれば地方に行って農業をやればいいと思うのです。そうやってみんなが必死に努力すれば、道は開けるのではないでしょうか。
そのような中で、一層構造改革を進めるのが首都移転です。当然、これにはお金もかかります。しかし、今のままでは本当の改革は進みません。一時的にお金がかかっても、緑と水の豊かな、東京へも大阪へも近い、それでいて東京の騒がしい町とはちょっと離れた新首都で、じっくり日本のことを考えてほしいのです。
新首都に必要なことは、国民や世界に開かれた都市、日本の進路を象徴する都市、新しい政治・行政都市、本格的国際政治都市であることとされています。
以上のことから、二番目の題目であります岐阜・愛知地域への首都機能移転について説明させていただきます。
やはり、何といっても交通の要衝にあること。二〇〇五年には自然の叡智をテーマにした愛知万博が開催され、世界の注目を浴びます。それと同時に、中部国際空港の整備が行われ、また将来は、東海自動車道の開通、第二東名の開通が予定されています。次に、地震災害等に対する安全性についてですが、多治見市あたりは比較的地盤が強いと言われています。また、愛知県の北東部には新規開発可能な緑の丘陵地が大きく広がっています。ここに新首都を置き、自然環境との調和を図ります。水供給については、四カ所のダムの未利用水の活用により対応が可能です。その他、周辺に展開する国家都市として、既存の都市がある豊田市、岡崎市周辺に住居クラスターを配置するのがよいと考えます。
また、東三河地域が協力できる可能性についてですが、豊橋商工会議所が出版した「地方から考える首都移転」によりますと、三河湾人工島をつくるという構想があり、それには、国際技術センターをここにつくり、発展途上国に対する技術移転や人材育成を行うと書かれています。この地域は、現在でも産業技術の研究が盛んなところであり、蒲郡ラグーナ、豊川稲荷などを初めとした環境のよいところであります。この地の利を生かして国際交流クラスターをつくり、外国の皆様と交流するのには適していると言えるのではないでしょうか。
将来の交通網の発達により、東京、京都、大阪へも比較的近く行けるようになり、緑と水、それに港が備わったより魅力的な新首都が創設されるものと私は考えます。
最後になりましたが、私の子供が二〇〇二年に生まれる予定です。その子が、国会移転のころ就職します。これから生まれてくる子供たちのためにも、すばらしい未来を築く努力をしていきたいというふうに考えています。
なおまた、何かの機会があれば、また積極的に参加したいと思います。
以上で、私の発表を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →本日は、このような機会を与えられまして、ありがとうございます。私は、愛知県の東部に住んでいます三十六歳の地方公務員です。
私の考える首都機能移転につきまして、お配りしましたレジュメに従いまして、皆さんに比べますと甚だ簡単ではありますが、二つの題目に分けまして意見を述べさせていただきたいと思います。
まず第一に、私の考える首都機能移転の必要性についてですが、歴史的に見ると、徳川幕府から明治政府にかわったときも、中央が地方を支配する封建体制が変わったわけではありません。戦前から戦後へ移り、日本国憲法と地方自治法が制定されましたが、依然として中央依存型の地方自治が行われ、そして、池田内閣の所得倍増計画によって日本は高度経済成長を遂げることができました。
しかし一方で、環境問題の発生、東京への一極集中による弊害を招くことになりました。しかるに、最近、地方分権推進法の制定、規制緩和推進計画により、国の構造を変えるための準備が行われつつあります。
また、経済的に見ても、外国との農産物、工業製品等の貿易的不均衡、バブル崩壊後、土地神話が崩れ、不良債権がふえ、国民がリストラ、社会保障等の不安から買い控えが進み、それがデフレ状態を招き、経済の低成長を引き起こしています。
この状態を、私は、日本が飽和状態になったのだと考えています。よって、この状況から脱却するためには、外国製品に負けないようなものを必死でつくる。例えば、自動車でいえば、ハイブリッド車や水素燃料車等の開発、農作物でいえば、モンスーン気候に合った新品種の開発というようなことを、なるべくお金をかけずに行う必要があります。
それには、国民の意識の改革も必要です。それを行っていくのは、二十代から四十代、まさに私たちの世代だと思います。高度成長のおかげで物のあふれた時代に育った私たちが、猛烈サラリーマンだった父母のように働く。それでもリストラされたサラリーマンは、五体満足であれば地方に行って農業をやればいいと思うのです。そうやってみんなが必死に努力すれば、道は開けるのではないでしょうか。
そのような中で、一層構造改革を進めるのが首都移転です。当然、これにはお金もかかります。しかし、今のままでは本当の改革は進みません。一時的にお金がかかっても、緑と水の豊かな、東京へも大阪へも近い、それでいて東京の騒がしい町とはちょっと離れた新首都で、じっくり日本のことを考えてほしいのです。
新首都に必要なことは、国民や世界に開かれた都市、日本の進路を象徴する都市、新しい政治・行政都市、本格的国際政治都市であることとされています。
以上のことから、二番目の題目であります岐阜・愛知地域への首都機能移転について説明させていただきます。
やはり、何といっても交通の要衝にあること。二〇〇五年には自然の叡智をテーマにした愛知万博が開催され、世界の注目を浴びます。それと同時に、中部国際空港の整備が行われ、また将来は、東海自動車道の開通、第二東名の開通が予定されています。次に、地震災害等に対する安全性についてですが、多治見市あたりは比較的地盤が強いと言われています。また、愛知県の北東部には新規開発可能な緑の丘陵地が大きく広がっています。ここに新首都を置き、自然環境との調和を図ります。水供給については、四カ所のダムの未利用水の活用により対応が可能です。その他、周辺に展開する国家都市として、既存の都市がある豊田市、岡崎市周辺に住居クラスターを配置するのがよいと考えます。
また、東三河地域が協力できる可能性についてですが、豊橋商工会議所が出版した「地方から考える首都移転」によりますと、三河湾人工島をつくるという構想があり、それには、国際技術センターをここにつくり、発展途上国に対する技術移転や人材育成を行うと書かれています。この地域は、現在でも産業技術の研究が盛んなところであり、蒲郡ラグーナ、豊川稲荷などを初めとした環境のよいところであります。この地の利を生かして国際交流クラスターをつくり、外国の皆様と交流するのには適していると言えるのではないでしょうか。
将来の交通網の発達により、東京、京都、大阪へも比較的近く行けるようになり、緑と水、それに港が備わったより魅力的な新首都が創設されるものと私は考えます。
最後になりましたが、私の子供が二〇〇二年に生まれる予定です。その子が、国会移転のころ就職します。これから生まれてくる子供たちのためにも、すばらしい未来を築く努力をしていきたいというふうに考えています。
なおまた、何かの機会があれば、また積極的に参加したいと思います。
以上で、私の発表を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。拍手
永
田
田嶋進#10
○田嶋参考人 栃木県から参りました田嶋と申します。
私は、二十一世紀のよりよい日本を築くために、国会等の移転はぜひとも実現すべきであるという立場、それと、移転先は国会等移転審議会で最高点を獲得した栃木・福島地域にすべきであるという立場で意見を述べたいと思います。
昨今、移転の必要性を疑問視する声が聞かれます。しかし、私は、国会等移転の必要性はいささかも薄れていない、逆に、その必要性は高まっているというふうに考えております。
そこで、国会等移転の意義につきまして、改めて考えを申したいと思います。
まず、国政全般の改革の契機についてでございます。
現在の閉塞感を打破して新しい社会経済システムを構築することが急務であることは、大方の国民の共通認識だと考えております。現在、政府が行っております聖域なき構造改革に期待しているところでございます。
そうした意味では、国会等の移転は、どんな機能を移転させるかなどを検討する中で、国と地方、行政と民間の役割を見直すことになります。このことによりまして、地方分権や行政改革が本格的に推進されると考えておるところでございます。
次に、東京一極集中の是正についてでございます。
我が国に大使館を置かない国が六十四カ所もあると聞いております。国際会議の開催件数は、パリ、ロンドンが二百回を超える一方、東京は六十回程度でございます。こうした状況は、過度の集中の弊害が招いた結果ではないかと考えております。東京への集中を排除し、ゆとりを生み出すことによりまして、世界都市としてふさわしい、一層魅力ある東京になると考えております。
三つ目の意義、国の災害対応力の強化でございます。
東京圏の地震等の大規模災害に対する脆弱性の克服、そして国家の危機管理体制の強化という観点からは、特に国会等の移転は重要かつ緊急を要するものであると考えておるところでございます。現在、多くの地震学者が、南関東で大規模地震や直下型地震が発生する可能性の高いことを指摘しております。これに備えるためには、政治、行政の中枢機能と経済の中枢機能が同時被災せず、かつ連絡のとりやすい場所に国会等を移転すべきであるというふうに思います。
国会等移転により危機管理に対する日本の姿勢を明確にすることは、世界の我が国に対する信頼性を高めることになると考えております。したがいまして、少なくとも、この危機管理に重点を置いた国会等移転は早急に実現すべきと考えておるところでございます。
これらの意義に加え、新たに整備された新都市は、日本の顔として我が国の進むべき方向を国の内外に示す絶好の機会であると考えております。
地球温暖化防止などを含め、地球環境問題は全世界に課せられた重い課題でございます。
一つの例を挙げますと、地球上の生物は想像を絶するスピードで絶滅しているそうでございます。イギリスの生態学者ノーマン・マイアースの著書「沈みゆく箱舟」によりますと、一六〇〇年から一九〇〇年までは約四年に一種の割合で絶滅をしておりました。現在は、約十三分に一種の速さで絶滅しているのではないかということであります。
したがいまして、最先端の技術を取り入れた環境共生都市を実践し、世界に発信することにより、環境分野において日本が先導的な役割を果たしていくべきと考えておるところでございます。
次に、移転先地について、基本的な考え方について申し上げます。
移転先地を決定する際に最も大切なことは、我が国の経済の中心である東京、それと政治行政機能を担う新都市との連携でございます。
国会等の移転は、数十年かけて段階的に行われるとされております。この期間は、いわゆる重都と呼ばれる状況となります。また、移転完了後においても、政治と経済は、機能といたしましては連携が必要不可欠でございます。いかに情報化が進展いたしましても、重要な場面でのフェース・ツー・フェースの必要性は変わらないと考えております。こうしたことから、新都市の位置は、東京との連携が密接にとれる距離にあることが必要となります。
ちなみに、栃木・福島地域にある那須塩原駅までは、東京から新幹線で約一時間でございます。中央線の快速で東京駅から八王子駅までとほぼ同じ時間距離にあるわけでございます。
ここで、栃木・福島地域のうち、那須地域の歴史的な特徴について御紹介をいたします。
本県の那須地域には、その中心に那須野ケ原と呼ばれる約四万ヘクタールに及ぶ広大で平たんな扇状地がございます。この那須野ケ原の中に、東北自動車道の西那須野塩原インターチェンジに隣接いたしまして、四百ヘクタールの公営牧場など、一団の国公有地が存在しております。その上、この国公有地に隣接いたしまして民間企業一社で所有している土地を加えますと、千二百ヘクタールとなります。千代田区の面積千百六十四ヘクタールを超える一団の土地となるわけでございます。
那須野ケ原は、かつて明治政府の殖産興業政策の一環といたしまして、大山巌、西郷従道、青木周蔵、松方正義など、明治の元勲たちなどの大農場方式による開拓の舞台となりました。日本が近代国家として生まれ変わった明治初期の新しい国づくりのロマンが今もなお息づく土地柄でございます。二十一世紀の新しい日本をつくろうという国会等の移転先地として、まさにふさわしい場所であると考えておるところでございます。
最後に、お願いしたい事項について申し上げます。
貴委員会におかれましては、昨年五月に「二年を目途にその結論を得る」旨の決議をなされるなど、調査審議を進められております。心から敬意を表するものでございます。国会において、法律をつくり、国会等移転に取り組まれておりますことは、その意思を国の内外に表明したものであると受けとめておるところでございます。
ところで、国会等移転審議会と調査部会は、三年の年月をかけて、延べ回数でいえば月一回を超えるペースで会議を開催し、検討を進められました。
また、延べ七十二名に及ぶ専門家の方々が、十六の評価項目について、それぞれ専門的な評価を行いました。そして、審議会委員が評価項目の重みづけを行った結果を点数化し、候補地を選定されました。この重みづけによる評価方法は、ピッツバーグ大学のサティー教授が開発したAHP、階層分析法という科学的な意思決定手法でございます。
何とぞ、移転先地の決定に当たりましては、この審議会の客観的かつ公正に点数化された結果を最大限尊重されますようお願いいたしたいと思います。万が一これと異なる結論が出されるような場合には、その根拠を国民に示されるよう、あわせてお願いするものであります。
冒頭申し上げましたように、現在の財政状況や公共事業見直し論と絡め、国会等移転を疑問視する議論があります。しかしながら、こうした時代だからこそ、将来に対する投資を重視すべきであると考えております。
今、米百俵が話題となっております。栃木県出身の山本有三が著した戯曲「米百俵」の中に、小林虎三郎が、米を分けろと詰め寄る藩士たちに言った次のようなくだりがございます。こんな苦しみを孫子にさせるようなことがあっては我々の恥辱だ、今我々はつらくとも、あすの長岡を考えろ、あすの日本を考えろ。私は、まさに国会等移転は、この米百俵の精神で、先を見据えて取り組むべき課題であると思っておるところでございます。
何とぞ、我々の子や孫が日本人であることに誇りを持ち、夢と希望を持って二十一世紀の日本を担っていけるよう、国会等移転の早期実現を伏してお願い申し上げる次第であります。
以上で陳述を終わります。ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →私は、二十一世紀のよりよい日本を築くために、国会等の移転はぜひとも実現すべきであるという立場、それと、移転先は国会等移転審議会で最高点を獲得した栃木・福島地域にすべきであるという立場で意見を述べたいと思います。
昨今、移転の必要性を疑問視する声が聞かれます。しかし、私は、国会等移転の必要性はいささかも薄れていない、逆に、その必要性は高まっているというふうに考えております。
そこで、国会等移転の意義につきまして、改めて考えを申したいと思います。
まず、国政全般の改革の契機についてでございます。
現在の閉塞感を打破して新しい社会経済システムを構築することが急務であることは、大方の国民の共通認識だと考えております。現在、政府が行っております聖域なき構造改革に期待しているところでございます。
そうした意味では、国会等の移転は、どんな機能を移転させるかなどを検討する中で、国と地方、行政と民間の役割を見直すことになります。このことによりまして、地方分権や行政改革が本格的に推進されると考えておるところでございます。
次に、東京一極集中の是正についてでございます。
我が国に大使館を置かない国が六十四カ所もあると聞いております。国際会議の開催件数は、パリ、ロンドンが二百回を超える一方、東京は六十回程度でございます。こうした状況は、過度の集中の弊害が招いた結果ではないかと考えております。東京への集中を排除し、ゆとりを生み出すことによりまして、世界都市としてふさわしい、一層魅力ある東京になると考えております。
三つ目の意義、国の災害対応力の強化でございます。
東京圏の地震等の大規模災害に対する脆弱性の克服、そして国家の危機管理体制の強化という観点からは、特に国会等の移転は重要かつ緊急を要するものであると考えておるところでございます。現在、多くの地震学者が、南関東で大規模地震や直下型地震が発生する可能性の高いことを指摘しております。これに備えるためには、政治、行政の中枢機能と経済の中枢機能が同時被災せず、かつ連絡のとりやすい場所に国会等を移転すべきであるというふうに思います。
国会等移転により危機管理に対する日本の姿勢を明確にすることは、世界の我が国に対する信頼性を高めることになると考えております。したがいまして、少なくとも、この危機管理に重点を置いた国会等移転は早急に実現すべきと考えておるところでございます。
これらの意義に加え、新たに整備された新都市は、日本の顔として我が国の進むべき方向を国の内外に示す絶好の機会であると考えております。
地球温暖化防止などを含め、地球環境問題は全世界に課せられた重い課題でございます。
一つの例を挙げますと、地球上の生物は想像を絶するスピードで絶滅しているそうでございます。イギリスの生態学者ノーマン・マイアースの著書「沈みゆく箱舟」によりますと、一六〇〇年から一九〇〇年までは約四年に一種の割合で絶滅をしておりました。現在は、約十三分に一種の速さで絶滅しているのではないかということであります。
したがいまして、最先端の技術を取り入れた環境共生都市を実践し、世界に発信することにより、環境分野において日本が先導的な役割を果たしていくべきと考えておるところでございます。
次に、移転先地について、基本的な考え方について申し上げます。
移転先地を決定する際に最も大切なことは、我が国の経済の中心である東京、それと政治行政機能を担う新都市との連携でございます。
国会等の移転は、数十年かけて段階的に行われるとされております。この期間は、いわゆる重都と呼ばれる状況となります。また、移転完了後においても、政治と経済は、機能といたしましては連携が必要不可欠でございます。いかに情報化が進展いたしましても、重要な場面でのフェース・ツー・フェースの必要性は変わらないと考えております。こうしたことから、新都市の位置は、東京との連携が密接にとれる距離にあることが必要となります。
ちなみに、栃木・福島地域にある那須塩原駅までは、東京から新幹線で約一時間でございます。中央線の快速で東京駅から八王子駅までとほぼ同じ時間距離にあるわけでございます。
ここで、栃木・福島地域のうち、那須地域の歴史的な特徴について御紹介をいたします。
本県の那須地域には、その中心に那須野ケ原と呼ばれる約四万ヘクタールに及ぶ広大で平たんな扇状地がございます。この那須野ケ原の中に、東北自動車道の西那須野塩原インターチェンジに隣接いたしまして、四百ヘクタールの公営牧場など、一団の国公有地が存在しております。その上、この国公有地に隣接いたしまして民間企業一社で所有している土地を加えますと、千二百ヘクタールとなります。千代田区の面積千百六十四ヘクタールを超える一団の土地となるわけでございます。
那須野ケ原は、かつて明治政府の殖産興業政策の一環といたしまして、大山巌、西郷従道、青木周蔵、松方正義など、明治の元勲たちなどの大農場方式による開拓の舞台となりました。日本が近代国家として生まれ変わった明治初期の新しい国づくりのロマンが今もなお息づく土地柄でございます。二十一世紀の新しい日本をつくろうという国会等の移転先地として、まさにふさわしい場所であると考えておるところでございます。
最後に、お願いしたい事項について申し上げます。
貴委員会におかれましては、昨年五月に「二年を目途にその結論を得る」旨の決議をなされるなど、調査審議を進められております。心から敬意を表するものでございます。国会において、法律をつくり、国会等移転に取り組まれておりますことは、その意思を国の内外に表明したものであると受けとめておるところでございます。
ところで、国会等移転審議会と調査部会は、三年の年月をかけて、延べ回数でいえば月一回を超えるペースで会議を開催し、検討を進められました。
また、延べ七十二名に及ぶ専門家の方々が、十六の評価項目について、それぞれ専門的な評価を行いました。そして、審議会委員が評価項目の重みづけを行った結果を点数化し、候補地を選定されました。この重みづけによる評価方法は、ピッツバーグ大学のサティー教授が開発したAHP、階層分析法という科学的な意思決定手法でございます。
何とぞ、移転先地の決定に当たりましては、この審議会の客観的かつ公正に点数化された結果を最大限尊重されますようお願いいたしたいと思います。万が一これと異なる結論が出されるような場合には、その根拠を国民に示されるよう、あわせてお願いするものであります。
冒頭申し上げましたように、現在の財政状況や公共事業見直し論と絡め、国会等移転を疑問視する議論があります。しかしながら、こうした時代だからこそ、将来に対する投資を重視すべきであると考えております。
今、米百俵が話題となっております。栃木県出身の山本有三が著した戯曲「米百俵」の中に、小林虎三郎が、米を分けろと詰め寄る藩士たちに言った次のようなくだりがございます。こんな苦しみを孫子にさせるようなことがあっては我々の恥辱だ、今我々はつらくとも、あすの長岡を考えろ、あすの日本を考えろ。私は、まさに国会等移転は、この米百俵の精神で、先を見据えて取り組むべき課題であると思っておるところでございます。
何とぞ、我々の子や孫が日本人であることに誇りを持ち、夢と希望を持って二十一世紀の日本を担っていけるよう、国会等移転の早期実現を伏してお願い申し上げる次第であります。
以上で陳述を終わります。ありがとうございました。拍手
永
西
西尾小作#12
○西尾参考人 私の出身地は、静岡県掛川市でございます。旧曽我村、静岡県の西部、遠州の東部に当たります。そして、東海道五十三次の掛川と袋井の中間点にある、国道一号線に沿ったところです。現在の地図上の位置では、東海道新幹線と東名高速道路の交差したところでございます。
本国会の見学の最初は、昭和二十四年春の中学校の修学旅行のときでした。そのときは休会中で、傍聴席で説明を受けました。そして、今回が二回目です。この間、約五十年が経過しています。感慨無量です。
さて、国会等の移転に関心を持ちました最初は、時期が不明ですが、新聞に、この特別委員会が設置される以前に、浜松の商工会議所と思われる意見として、国道一号線の南にある小笠山西部の地帯を中心とした構想が掲載されたことであります。
前に述べました国道一号線は、小笠山の北側を通っています。その地帯は、小笠山の南側は、国有地が多く、国道一号線の沿線より民家の少ないところだと思っていました。実際に浜松から御前崎に向かって太平洋側を自動車で走ったこともあります。今回の答申からは、地震の件があり除外されているようですが、この送付された資料の中には時々小笠山の名前が出てきます。
その後、国会でも話題となり、法律もでき、候補地の選定が進められるようになってきて、このほど、北東地域と東海地域、条件つきですが三重・畿央地域の三地域が候補に挙げられました。そして、平成十四年には決定の運びと聞いています。
今回までの私の経過は、平成十三年五月の新聞にこれらに対する意見を求める政府公告がありましたので、五月十二日にメールにより意見を送信しました。それから十月に入り、着信メールの中に今回の意見陳述の応募要領があり、今回参加させていただいた次第です。
現在の住まいは、三重県津市です。昭和二十九年に津に来まして、試験研究、研究職に従事して、普通作物の育種に二十年間経過した時点に、米余りとなり、研究の内容も変更となり、それまでの普通作物から野菜、花卉に、さらに場所も隣町に移転いたしました。研究の内容も、観賞樹というような緑化植物に変わりました。観賞樹の研究を十年ほど行った時点に、転勤を伴って鹿児島県枕崎市にある茶支場に、お茶と同様の観賞樹の研究に二年四カ月勤務いたしました。平成元年を枕崎市で迎えました。その後、本場に帰り、六年間は実際の研究からは離れて、管理職として平成六年三月まで勤務し、退職しました。勤務期間は、前後を通じて四十年間でした。現在、退職後七年半が過ぎました。
退職後に、子供夫婦のいるニューヨークに団体ツアーで行き、余分に自由な日を一日だけふやして市内を実際に歩いて見学してきました。当日は日曜日でしたが、証券取引所の中も見学することができました。今回の貿易センター問題ですが、それも外部から眺めました。
これらの経験を通して、参考意見を述べたいと思います。
まず、現在の国会のある東京を筑波山から眺めたことがあります。そのときの印象では、関東平野の中にスモッグに覆われたところがあり、東京であるとすぐわかりました。そのスモッグ状態は、卵を半分にして伏せたように見えました。あの下に一千万人の営みがあるのかと思いました。スモッグを吹き流す気流が少ないのか、それとも発生する煙等が多過ぎるのかと思った次第です。
それで、国会等移転関係資料(第一号)を見ますと、各候補地について各方面からの人たちが長所、短所を述べられていますが、私の懸念項目はほとんど含まれています。
私の基本的な考えは、交通は、東海道新幹線の範囲であれば特に問題はありません。近畿自動車道、中国道、九州自動車道を使用して約千二百キロ、これは枕崎までの距離ですが、十八時間をかけて走った経験があります。それから、土地に余裕のあること。そして、報告書の中では気候面で雪の少ないところだけが指摘されていますが、風土的に見ると、風の問題が大切だと思います。以上の点を考慮してみます。
まず最初に、北東地域は、北関東に当たり、東北新幹線で盛岡市までは行きましたが、途中下車していませんのでよくわかりません。同じ職場で同地方出身者で津に住みついている人も、ちょっと話をしたのですが、やや不便ではないかと言っていました。
次に、東海地域は、掛川—名古屋間の新幹線を利用しますし、東名と中央道路とも利用しますが、住宅や工場が多くて開発がうまく進むか問題があるのではと思います。物づくりの地帯として重要なところだと思います。最近の地震予知連の報告では、震源地の予想がやや西に移動が考えられるとも言われていることが、やや不安要因です。
最後に、三重・畿央地域ですが、条件が附帯されましたが、道路は名古屋—大阪間の名阪自動車道が主たるもので、九州や関西方面への往復にも十数回利用していますので、この道路の天理までの両側かとも思われます。報告書にもあるように、新幹線からはやや離れていますが、交通の便は比較的によく、関西線の整備充実を図ればと思います。私鉄も近くまで来ています。さらに、土地開発の速度がやや遅く、残された地区と思われますので、土地にも余裕があるのではないかと考えられます。
前に述べた風の点ですが、若狭湾から伊勢湾に流れ込む気流は、空気の移動を促進し、スモッグ等を太平洋に押し流す作用があります。空気が停滞するようなことはありません。この点では、関ケ原のような雪による交通災害も比較にならないほど少ないところと思われます。
また、寒く冷たい風の影響の一例として、桜の開花時期を見ると、東京の上野に比べ一週間ほど遅いようです。これは、雪国の人たちが、こちらの方が冷えて寒いと言われます。これは風が強いことからくるものと思います。この風の人間への作用として、寒風は緊張感を持たせることから、有名人を育てているとも言われています。これは実際に本に書いている人もあります。
その他の条件として、伊勢神宮は二十年ごとに遷宮が行われております。情報関係のIT関連の外国からの通信網が志摩に、伊勢よりちょっと南ですが、志摩に揚がりますのも好都合と思われます。
それに、地震関係ですが、昭和二十年の終戦前に発生したもの、正式な名前はちょっとわかりませんが、東南海地震ですか、昼間ということで実際に揺れを体験しました。掛川の実家での経験ですが、傾く家屋は屋根がわらが横にずれる程度で、実際の倒壊は見られませんでした。しかし、戦時中のことで、報道が少なく、そういう関係からかもしれませんが、近ごろの地震一覧を見ても、阪神・淡路大震災のようなことはなかったと思います。
日本の大きな区分に、通常は箱根を境として関東と関西に分かれていると思いますが、職場には全国の人たちが見えて、話し合ってみますと、関東の人たちは箱根から西のことの認識が不足し、一方、関西の人たちは関東から東のことがわかりにくいというのが実情です。他方、東海道五十三次にある三重県関町のガイドさんによりますと、この関から伊勢神宮にかけての道の東が関東で、西が関西とも説明していました。そうすると、箱根からこの間までの中間地は実際どちらに入っていいかと考えてしまう次第でございます。
以上の事柄から、大きな紀伊半島のつけ根にあって、地盤も強固だと考えられますし、古代文化の漂う三重・畿央地区がいろいろな面から適地と考えられ、私はこれが適地と参考に述べたいと思います。
以上です。拍手
この発言だけを見る →本国会の見学の最初は、昭和二十四年春の中学校の修学旅行のときでした。そのときは休会中で、傍聴席で説明を受けました。そして、今回が二回目です。この間、約五十年が経過しています。感慨無量です。
さて、国会等の移転に関心を持ちました最初は、時期が不明ですが、新聞に、この特別委員会が設置される以前に、浜松の商工会議所と思われる意見として、国道一号線の南にある小笠山西部の地帯を中心とした構想が掲載されたことであります。
前に述べました国道一号線は、小笠山の北側を通っています。その地帯は、小笠山の南側は、国有地が多く、国道一号線の沿線より民家の少ないところだと思っていました。実際に浜松から御前崎に向かって太平洋側を自動車で走ったこともあります。今回の答申からは、地震の件があり除外されているようですが、この送付された資料の中には時々小笠山の名前が出てきます。
その後、国会でも話題となり、法律もでき、候補地の選定が進められるようになってきて、このほど、北東地域と東海地域、条件つきですが三重・畿央地域の三地域が候補に挙げられました。そして、平成十四年には決定の運びと聞いています。
今回までの私の経過は、平成十三年五月の新聞にこれらに対する意見を求める政府公告がありましたので、五月十二日にメールにより意見を送信しました。それから十月に入り、着信メールの中に今回の意見陳述の応募要領があり、今回参加させていただいた次第です。
現在の住まいは、三重県津市です。昭和二十九年に津に来まして、試験研究、研究職に従事して、普通作物の育種に二十年間経過した時点に、米余りとなり、研究の内容も変更となり、それまでの普通作物から野菜、花卉に、さらに場所も隣町に移転いたしました。研究の内容も、観賞樹というような緑化植物に変わりました。観賞樹の研究を十年ほど行った時点に、転勤を伴って鹿児島県枕崎市にある茶支場に、お茶と同様の観賞樹の研究に二年四カ月勤務いたしました。平成元年を枕崎市で迎えました。その後、本場に帰り、六年間は実際の研究からは離れて、管理職として平成六年三月まで勤務し、退職しました。勤務期間は、前後を通じて四十年間でした。現在、退職後七年半が過ぎました。
退職後に、子供夫婦のいるニューヨークに団体ツアーで行き、余分に自由な日を一日だけふやして市内を実際に歩いて見学してきました。当日は日曜日でしたが、証券取引所の中も見学することができました。今回の貿易センター問題ですが、それも外部から眺めました。
これらの経験を通して、参考意見を述べたいと思います。
まず、現在の国会のある東京を筑波山から眺めたことがあります。そのときの印象では、関東平野の中にスモッグに覆われたところがあり、東京であるとすぐわかりました。そのスモッグ状態は、卵を半分にして伏せたように見えました。あの下に一千万人の営みがあるのかと思いました。スモッグを吹き流す気流が少ないのか、それとも発生する煙等が多過ぎるのかと思った次第です。
それで、国会等移転関係資料(第一号)を見ますと、各候補地について各方面からの人たちが長所、短所を述べられていますが、私の懸念項目はほとんど含まれています。
私の基本的な考えは、交通は、東海道新幹線の範囲であれば特に問題はありません。近畿自動車道、中国道、九州自動車道を使用して約千二百キロ、これは枕崎までの距離ですが、十八時間をかけて走った経験があります。それから、土地に余裕のあること。そして、報告書の中では気候面で雪の少ないところだけが指摘されていますが、風土的に見ると、風の問題が大切だと思います。以上の点を考慮してみます。
まず最初に、北東地域は、北関東に当たり、東北新幹線で盛岡市までは行きましたが、途中下車していませんのでよくわかりません。同じ職場で同地方出身者で津に住みついている人も、ちょっと話をしたのですが、やや不便ではないかと言っていました。
次に、東海地域は、掛川—名古屋間の新幹線を利用しますし、東名と中央道路とも利用しますが、住宅や工場が多くて開発がうまく進むか問題があるのではと思います。物づくりの地帯として重要なところだと思います。最近の地震予知連の報告では、震源地の予想がやや西に移動が考えられるとも言われていることが、やや不安要因です。
最後に、三重・畿央地域ですが、条件が附帯されましたが、道路は名古屋—大阪間の名阪自動車道が主たるもので、九州や関西方面への往復にも十数回利用していますので、この道路の天理までの両側かとも思われます。報告書にもあるように、新幹線からはやや離れていますが、交通の便は比較的によく、関西線の整備充実を図ればと思います。私鉄も近くまで来ています。さらに、土地開発の速度がやや遅く、残された地区と思われますので、土地にも余裕があるのではないかと考えられます。
前に述べた風の点ですが、若狭湾から伊勢湾に流れ込む気流は、空気の移動を促進し、スモッグ等を太平洋に押し流す作用があります。空気が停滞するようなことはありません。この点では、関ケ原のような雪による交通災害も比較にならないほど少ないところと思われます。
また、寒く冷たい風の影響の一例として、桜の開花時期を見ると、東京の上野に比べ一週間ほど遅いようです。これは、雪国の人たちが、こちらの方が冷えて寒いと言われます。これは風が強いことからくるものと思います。この風の人間への作用として、寒風は緊張感を持たせることから、有名人を育てているとも言われています。これは実際に本に書いている人もあります。
その他の条件として、伊勢神宮は二十年ごとに遷宮が行われております。情報関係のIT関連の外国からの通信網が志摩に、伊勢よりちょっと南ですが、志摩に揚がりますのも好都合と思われます。
それに、地震関係ですが、昭和二十年の終戦前に発生したもの、正式な名前はちょっとわかりませんが、東南海地震ですか、昼間ということで実際に揺れを体験しました。掛川の実家での経験ですが、傾く家屋は屋根がわらが横にずれる程度で、実際の倒壊は見られませんでした。しかし、戦時中のことで、報道が少なく、そういう関係からかもしれませんが、近ごろの地震一覧を見ても、阪神・淡路大震災のようなことはなかったと思います。
日本の大きな区分に、通常は箱根を境として関東と関西に分かれていると思いますが、職場には全国の人たちが見えて、話し合ってみますと、関東の人たちは箱根から西のことの認識が不足し、一方、関西の人たちは関東から東のことがわかりにくいというのが実情です。他方、東海道五十三次にある三重県関町のガイドさんによりますと、この関から伊勢神宮にかけての道の東が関東で、西が関西とも説明していました。そうすると、箱根からこの間までの中間地は実際どちらに入っていいかと考えてしまう次第でございます。
以上の事柄から、大きな紀伊半島のつけ根にあって、地盤も強固だと考えられますし、古代文化の漂う三重・畿央地区がいろいろな面から適地と考えられ、私はこれが適地と参考に述べたいと思います。
以上です。拍手
永
野
野村光司#14
○野村参考人 野村でございます。
肩書を見ますと行政評論家と書いてありまして、恐縮しております。十年前に、湾岸戦争のときに軍事評論家というのが出てきて、えっ、そんなのいるのという感じがしたと思いますけれども、確かに行政評論というのは余りないんじゃないかと思います。
というのは、一昔前までは、私も会社にいましたけれども、御当局の批判をいたしますと、天から黒雲がおりてきまして、そういう人はどこかに行っちゃうんですね。消えてなくなる。存在できなかったんですね、普通。
それが、きょうは国会で行政評論家というのを認めていただいて、自由に言える。評論家ですから、どこの組織にもどこの地域にも限定されないで、私自身の良心と理性に基づいて理想的なことを申し述べさせていただきます。
実現性というのは怪しいのですけれども、ここの委員会のやっておられる首都移転というのも実現性はかなり困難でございますので、その点で同じかと思いますけれども、私も昔の友達に会うと、あなたが言っていた官僚批判、随分実現してきたねと言われますから、ここで国会移転及び国政改革の理想を述べても、あるいは実現するかもしれない、こういうふうに思っております。
そういうわけで、私も、官僚の行政指導、法律に基づかない行政指導には従いませんけれども、法律ができますれば従いたいと思いますので、今、国会等移転法ができて、それが移転を目指すということであれば、これには従わなくちゃならぬと思います。
ただ、ここには、四条でしたか、国政の改革をも一緒に考えるということがございまして、その点のことがどうも少なくて、どんどんもう済んだような形で移転先が報告されておるという状況ですけれども、その前に大戦争があるわけですね。
それで、私は考えるんですけれども、ブッシュ大統領は、今度の九月十一日に、これは根源をたたく戦争だ、こうおっしゃったのですけれども、これは、敵をどれにするかと。イスラム世界全体をやるか、そうじゃないですね。タリバン全体をやるか、そうかなと。実際、今、アルカイダですか、あるいはオサマ・ビンラディンですか、そこに絞ってやるわけですね。ですから、私どもも、我々の戦力、我々というか移転の方の戦力を考えまして、それから抵抗する戦力との関係をはかって、ある程度戦線を整理しなくちゃいけないだろう、こういうふうに思うわけです。
それで、私は、先ほど申し上げましたように、国政そのものは、もちろん批判しておりますし、そこの一極集中ということをずっと批判してきておりまして、それはここにちょっと書いておきました。
申しおくれましたけれども、皆様のお手元には私のレジュメがずらずらとたくさん六ページにわたってあります。レジュメですので、意味がはかりかねるところは御想像願いまして、御参照いただくこととしまして、私は、ここでは補足的に申し上げたいと思います。
そういうわけで、対象を絞った場合、この東京全体二千万人、これは、二千万人といいましても、トップにおられる方も甚だ口が達者で、おっかない方ですけれども、それを含めまして随分とたくさんの人がおるわけですね。この人たちに、私の周りに聞いても、ほとんど、もうこれはさたやみになった、こう思っているぐらいですから、これは、移転を図るには大変な精力が要る。およそ首都の移転を考えるというのは、革命にも相当する大きな政治変革のエネルギーが国民的になくちゃだめだ、こう思います。
京都から鎌倉幕府をつくった、関東に出てきたわけですけれども、それも大変な、古代を中世に変える変革でしたね、それは百何年かで戻りましたけれども。それからまた、徳川幕府ができる。これで軍政の首都ができるわけです。ところが、これは本当は大したあれじゃないんですね。そこに、二ページ目の終わりにも書いてありますけれども、皇居は京都に残しておりまして、経済の中心は大阪に大体ありまして、結構、各藩に自治を残しておるんですね。ですから、江戸に持ってきたのは、政治の、補足的なというか、旗本的な、補完的な兵力を持ってきているという感じで、大して移っていないですね。
本当に移ったのは明治維新のときですね。明治維新では、今までの各藩体制を、廃藩置県という形で政治を全部持ってきた。各藩の自治を否定して、全部持ってくるということをしましたね。経済についても、殖産振興、殖産興業ということで、もう政府が叱咤激励して、経済をみんな指導してきたわけですね。それから、もちろん、もう一つ、軍事で、国民皆兵ということで、藩兵はみんな、藩の武士はやめて全部中央に持ってくるということにしたわけですね。
ですから、私どもが考える一極集中、つまり、地域の移転より前に、権力の集中を考えるといった場合、やはり、この明治の体制を考え直すんだということではないかと思います。
そうした場合に、それはもちろん、新憲法で、今の廃藩置県というのを、はっきりと地方自治の確立ということできておりまして、殖産興業というのは、これは各人の経済意思に基づいて商売を自由にやりなさいという営業自由の原則ですか、自由主義経済ということがちゃんと憲法にもあるわけでして、もちろん、軍事につきましては、これを完全に軍備を撤廃すると。今非常な曲芸的な解釈が行われておりますけれども、この趣旨は軍備の撤廃ですね。
ですから、この憲法に従えば権力の分散は十分にできる。全部分散してから、残った機能で初めて移転を考えていただきたいということが私どもの願いですね。
要するに、引っ越しをする前には要らないものは処分して、身軽になってから引っ越しましょうということです。ですから、レジュメには不用品と書いていますけれども、不用品じゃないですね。貴重な地方の権力を、あるいは企業者の営業の自由を奪い取って、全部中央の官僚体制のところへ持ってきたというところに原因があるので、それはもう憲法がその直し方を教えているわけですから、そのとおりやっていただければいいということでございます。
それで、本論ですが、憲法は、言うまでもなく、官僚については全くの、官僚というのはほとんど東京に住んでおりますね。ところが議員の方々は、地方を根拠にして、時々国会が開かれればこっちへ来るという形のものだと思いますから、もし官僚政治であれば、すべての政治の決定、権力は、官僚の頭から、東京から流れて、議会は、これは承認をいただくだけの形で、それで国民を支配するということで、全部もう国民は東京に伺いを立てなくちゃ事は済まない形になっていったわけですね。
これは、憲法の言うとおり、国権の最高機関、唯一の立法機関として国会がなっていただければ、それはもう、権力の中心が、まず国民から、国民の、有権者の意見を聞いて、それを国会議員が国会へ来てまとめる、自分で政策を立て、法案をつくりということをしていただければ、ずっとその権力の重心が各地方へ回るわけですから、それをしていただきたいと思います。
それからもう一つは、地方自治ですね。地方自治につきましては、ここにちょっと挙げておきましたけれども、五ページにございますが、地方自治は、明治二十一年に市町村制という法律ができまして、そのときに、同時に市町村制理由という告諭みたいなものを出しているんですけれども、そこでは、政府の事務を地方に分任し、人民をこれに参与させ、もって政府の煩雑を省きと、政府が邪魔なものは、やりたくないものは地方におろす、あわせて人民の本分を尽くさせると。これは天皇政府に協力することだと思いますが。だけれども、政府は政治の大綱を握り、方針を授け、国家統御の実を挙ぐ、こう言っておりまして、これは、最近はちょっと地方分権が進みましたけれども、ここ数年前までは、地方の方も官僚も、みんなこの形で来たと思うんですね。
そうじゃない。それを「地方自治の本旨に基づいて、」と憲法に設けました。憲法に設けたというのは、地方自治というのは法律でもっても曲げられないということで憲法に書いてあるんですね。ですから、地方自治の本旨に基づき法律でもってと書いても、その法律は、地方自治を曲げた法律は違憲、無効だと思います。ですから、まず地方自治の概念を国会ではっきりさせなくちゃいけない、憲法の概念をですね。
その前に、今の現行法を見ますと、地方自治法でも、「地方自治の本旨に基づいて、」と書いて、それは何も説明なしに繰り返している。施行令を見ましても、「地方自治の本旨に基づいて、」と繰り返している。つまり、全然あいまいにしたままほっておく、あいまいにして、地方も中央も同じことをやるということでは、当然中央官庁の方が強いですから、それはもうみんな中央官庁の支配に服さざるを得ない、自治はなくなるということですね。この地方自治を確立しなくちゃいけないというふうに思います。
これは、決して地方の独立ということではなくて、もともと、国かもしれませんけれども、憲法制定権力者である国民が被制定権力として国会をつくり、内閣をつくり、裁判所をつくると同様に地方自治体をつくったわけですから、これは憲法でつくられたものであって、国会でも直せないわけです。それを尊重していただきたいわけですね。
そうした場合には、今地方自治法で書いてあります、例えば、これはいろいろ細かく言えば議論がありましょうけれども、これは自治法の二条の三項にいろいろずらずらと、公園をつくるとか病院を建てるとか、ずっと書いてありますけれども、これを完全に地方のものにして、自治というのは中央から干渉を受けないのだということで、それを原則にしていただきたい。
そうした場合に、国家は何をするかというのは、EUなんかでも言っております。EUは、EUと各国との関係を、EUは各国のサブシディアリティーに徹するというプリンシプル・オブ・サブシディアリティーというのを出しております。そういう形で、本来全部地方の権限でやるけれども、中央は情報を差し上げるという形にしていただきたいと思います。
いろいろたくさんありますけれども、時間がたちますので、もう一つだけ申し上げたいと思います。
まず、憲法の規定ですね。一つの地方自治体に関係することを法律で決める場合には、それぞれその地方自治体の住民投票を要するというのがございますので、これは沖縄の関係でも余り守られていませんけれども、もう一度この趣旨を考えて、もし東京から地方のどこかへ移されるというときには、東京の住民投票と行き先の住民投票とをしていただきたいと思います。
たくさん話したいことはございますけれども、時間が過ぎているかもしれません。ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →肩書を見ますと行政評論家と書いてありまして、恐縮しております。十年前に、湾岸戦争のときに軍事評論家というのが出てきて、えっ、そんなのいるのという感じがしたと思いますけれども、確かに行政評論というのは余りないんじゃないかと思います。
というのは、一昔前までは、私も会社にいましたけれども、御当局の批判をいたしますと、天から黒雲がおりてきまして、そういう人はどこかに行っちゃうんですね。消えてなくなる。存在できなかったんですね、普通。
それが、きょうは国会で行政評論家というのを認めていただいて、自由に言える。評論家ですから、どこの組織にもどこの地域にも限定されないで、私自身の良心と理性に基づいて理想的なことを申し述べさせていただきます。
実現性というのは怪しいのですけれども、ここの委員会のやっておられる首都移転というのも実現性はかなり困難でございますので、その点で同じかと思いますけれども、私も昔の友達に会うと、あなたが言っていた官僚批判、随分実現してきたねと言われますから、ここで国会移転及び国政改革の理想を述べても、あるいは実現するかもしれない、こういうふうに思っております。
そういうわけで、私も、官僚の行政指導、法律に基づかない行政指導には従いませんけれども、法律ができますれば従いたいと思いますので、今、国会等移転法ができて、それが移転を目指すということであれば、これには従わなくちゃならぬと思います。
ただ、ここには、四条でしたか、国政の改革をも一緒に考えるということがございまして、その点のことがどうも少なくて、どんどんもう済んだような形で移転先が報告されておるという状況ですけれども、その前に大戦争があるわけですね。
それで、私は考えるんですけれども、ブッシュ大統領は、今度の九月十一日に、これは根源をたたく戦争だ、こうおっしゃったのですけれども、これは、敵をどれにするかと。イスラム世界全体をやるか、そうじゃないですね。タリバン全体をやるか、そうかなと。実際、今、アルカイダですか、あるいはオサマ・ビンラディンですか、そこに絞ってやるわけですね。ですから、私どもも、我々の戦力、我々というか移転の方の戦力を考えまして、それから抵抗する戦力との関係をはかって、ある程度戦線を整理しなくちゃいけないだろう、こういうふうに思うわけです。
それで、私は、先ほど申し上げましたように、国政そのものは、もちろん批判しておりますし、そこの一極集中ということをずっと批判してきておりまして、それはここにちょっと書いておきました。
申しおくれましたけれども、皆様のお手元には私のレジュメがずらずらとたくさん六ページにわたってあります。レジュメですので、意味がはかりかねるところは御想像願いまして、御参照いただくこととしまして、私は、ここでは補足的に申し上げたいと思います。
そういうわけで、対象を絞った場合、この東京全体二千万人、これは、二千万人といいましても、トップにおられる方も甚だ口が達者で、おっかない方ですけれども、それを含めまして随分とたくさんの人がおるわけですね。この人たちに、私の周りに聞いても、ほとんど、もうこれはさたやみになった、こう思っているぐらいですから、これは、移転を図るには大変な精力が要る。およそ首都の移転を考えるというのは、革命にも相当する大きな政治変革のエネルギーが国民的になくちゃだめだ、こう思います。
京都から鎌倉幕府をつくった、関東に出てきたわけですけれども、それも大変な、古代を中世に変える変革でしたね、それは百何年かで戻りましたけれども。それからまた、徳川幕府ができる。これで軍政の首都ができるわけです。ところが、これは本当は大したあれじゃないんですね。そこに、二ページ目の終わりにも書いてありますけれども、皇居は京都に残しておりまして、経済の中心は大阪に大体ありまして、結構、各藩に自治を残しておるんですね。ですから、江戸に持ってきたのは、政治の、補足的なというか、旗本的な、補完的な兵力を持ってきているという感じで、大して移っていないですね。
本当に移ったのは明治維新のときですね。明治維新では、今までの各藩体制を、廃藩置県という形で政治を全部持ってきた。各藩の自治を否定して、全部持ってくるということをしましたね。経済についても、殖産振興、殖産興業ということで、もう政府が叱咤激励して、経済をみんな指導してきたわけですね。それから、もちろん、もう一つ、軍事で、国民皆兵ということで、藩兵はみんな、藩の武士はやめて全部中央に持ってくるということにしたわけですね。
ですから、私どもが考える一極集中、つまり、地域の移転より前に、権力の集中を考えるといった場合、やはり、この明治の体制を考え直すんだということではないかと思います。
そうした場合に、それはもちろん、新憲法で、今の廃藩置県というのを、はっきりと地方自治の確立ということできておりまして、殖産興業というのは、これは各人の経済意思に基づいて商売を自由にやりなさいという営業自由の原則ですか、自由主義経済ということがちゃんと憲法にもあるわけでして、もちろん、軍事につきましては、これを完全に軍備を撤廃すると。今非常な曲芸的な解釈が行われておりますけれども、この趣旨は軍備の撤廃ですね。
ですから、この憲法に従えば権力の分散は十分にできる。全部分散してから、残った機能で初めて移転を考えていただきたいということが私どもの願いですね。
要するに、引っ越しをする前には要らないものは処分して、身軽になってから引っ越しましょうということです。ですから、レジュメには不用品と書いていますけれども、不用品じゃないですね。貴重な地方の権力を、あるいは企業者の営業の自由を奪い取って、全部中央の官僚体制のところへ持ってきたというところに原因があるので、それはもう憲法がその直し方を教えているわけですから、そのとおりやっていただければいいということでございます。
それで、本論ですが、憲法は、言うまでもなく、官僚については全くの、官僚というのはほとんど東京に住んでおりますね。ところが議員の方々は、地方を根拠にして、時々国会が開かれればこっちへ来るという形のものだと思いますから、もし官僚政治であれば、すべての政治の決定、権力は、官僚の頭から、東京から流れて、議会は、これは承認をいただくだけの形で、それで国民を支配するということで、全部もう国民は東京に伺いを立てなくちゃ事は済まない形になっていったわけですね。
これは、憲法の言うとおり、国権の最高機関、唯一の立法機関として国会がなっていただければ、それはもう、権力の中心が、まず国民から、国民の、有権者の意見を聞いて、それを国会議員が国会へ来てまとめる、自分で政策を立て、法案をつくりということをしていただければ、ずっとその権力の重心が各地方へ回るわけですから、それをしていただきたいと思います。
それからもう一つは、地方自治ですね。地方自治につきましては、ここにちょっと挙げておきましたけれども、五ページにございますが、地方自治は、明治二十一年に市町村制という法律ができまして、そのときに、同時に市町村制理由という告諭みたいなものを出しているんですけれども、そこでは、政府の事務を地方に分任し、人民をこれに参与させ、もって政府の煩雑を省きと、政府が邪魔なものは、やりたくないものは地方におろす、あわせて人民の本分を尽くさせると。これは天皇政府に協力することだと思いますが。だけれども、政府は政治の大綱を握り、方針を授け、国家統御の実を挙ぐ、こう言っておりまして、これは、最近はちょっと地方分権が進みましたけれども、ここ数年前までは、地方の方も官僚も、みんなこの形で来たと思うんですね。
そうじゃない。それを「地方自治の本旨に基づいて、」と憲法に設けました。憲法に設けたというのは、地方自治というのは法律でもっても曲げられないということで憲法に書いてあるんですね。ですから、地方自治の本旨に基づき法律でもってと書いても、その法律は、地方自治を曲げた法律は違憲、無効だと思います。ですから、まず地方自治の概念を国会ではっきりさせなくちゃいけない、憲法の概念をですね。
その前に、今の現行法を見ますと、地方自治法でも、「地方自治の本旨に基づいて、」と書いて、それは何も説明なしに繰り返している。施行令を見ましても、「地方自治の本旨に基づいて、」と繰り返している。つまり、全然あいまいにしたままほっておく、あいまいにして、地方も中央も同じことをやるということでは、当然中央官庁の方が強いですから、それはもうみんな中央官庁の支配に服さざるを得ない、自治はなくなるということですね。この地方自治を確立しなくちゃいけないというふうに思います。
これは、決して地方の独立ということではなくて、もともと、国かもしれませんけれども、憲法制定権力者である国民が被制定権力として国会をつくり、内閣をつくり、裁判所をつくると同様に地方自治体をつくったわけですから、これは憲法でつくられたものであって、国会でも直せないわけです。それを尊重していただきたいわけですね。
そうした場合には、今地方自治法で書いてあります、例えば、これはいろいろ細かく言えば議論がありましょうけれども、これは自治法の二条の三項にいろいろずらずらと、公園をつくるとか病院を建てるとか、ずっと書いてありますけれども、これを完全に地方のものにして、自治というのは中央から干渉を受けないのだということで、それを原則にしていただきたい。
そうした場合に、国家は何をするかというのは、EUなんかでも言っております。EUは、EUと各国との関係を、EUは各国のサブシディアリティーに徹するというプリンシプル・オブ・サブシディアリティーというのを出しております。そういう形で、本来全部地方の権限でやるけれども、中央は情報を差し上げるという形にしていただきたいと思います。
いろいろたくさんありますけれども、時間がたちますので、もう一つだけ申し上げたいと思います。
まず、憲法の規定ですね。一つの地方自治体に関係することを法律で決める場合には、それぞれその地方自治体の住民投票を要するというのがございますので、これは沖縄の関係でも余り守られていませんけれども、もう一度この趣旨を考えて、もし東京から地方のどこかへ移されるというときには、東京の住民投票と行き先の住民投票とをしていただきたいと思います。
たくさん話したいことはございますけれども、時間が過ぎているかもしれません。ありがとうございました。拍手
永
村
村山格#16
○村山参考人 お招きいただきまして、ありがとうございます。村山と申します。不動産会社勤務の傍ら、首都機能移転に関するホームページを運営し、日々議論しております。
本日は、首都機能移転について賛成する理由と、その方法論につきお話しいたしますが、この考えは、勤務先やホームページ参加者の意見を代弁するものでもなく、あくまで私個人の意見であることをお断りいたします。
まず、賛成の理由を五点列挙いたします。すなわち、東京の都市問題の解決、少子化の緩和、行政スタイルの変革、行政のランニングコストの削減、そして震災対策です。
まず、一番目の、都市問題の解決についてお話しします。
委員の先生方にお伺いしますが、現在の東京都市圏が世界的にはどれぐらいの規模なのか御存じでしょうか。国連の九五年現在の資料によれば二千七百万人、断トツで世界一です。大阪圏も世界ランキングでは十二位に入る大都市なんですが、それがかすんで見えるぐらいに東京圏の人口は異常な水準です。
首都機能移転を行わずに、東京改造、容積率アップによる高層化でこの都市問題を乗り切ろうという考え方もございますが、果たしてそれが可能でしょうか。都市問題のうち、住宅問題、通勤問題は高層化で何とか解決できるのかもしれません。しかし、自動車排気ガスなどの環境問題、水資源や電力などの資源問題、ヒートアイランド問題などは、高層化で東京の居住人口を増加させるとますます事態が悪化してしまうのです。
また、バブル崩壊後、一時期東京圏への流入人口の伸びが鈍化したため、もう東京圏の人口はふえないという楽観論もございましたが、二〇〇〇年の国勢調査結果を分析する限り、東京圏の人口は再び伸び始めています。大阪圏や名古屋圏などほかの大都市圏が横ばい状態ですので、まさに東京ひとり勝ち状態になっているのであります。
また、IT化で地方にいながらにして用が足せるので東京集中はなくなると言う方もおられます。しかし、渋谷のビットバレーにIT企業が集中しておるように、IT企業の半数は東京圏に集中しております。また、IT化により、東京の本社から、仙台とか福岡とかの支社を通り越して、末端の秋田とか宮崎とかの営業所へ指示を出せるようになりました。このため、企業では、地方中枢都市の支店機能を本社へ吸収し始めております。その証拠に、オフィスビルの稼働率は、東京は好調ですが、他の都市圏は軒並み苦戦です。
以上の理由から、何とか東京への人口流入を緩和する手段を講じないと大変なことになると認識する次第であります。
次に、首都機能移転が東京圏の人口増加に対して抑制効果があるかどうかという点もお話しします。
新首都の想定人口は最大六十万人ですので、東京圏の人口から見れば微々たる数に見えます。しかし、東京一極集中の最大の原因は人材と情報の集中です。人材の面を考えますと、東京出身の大学生がわざわざ東京を出て地方に就職するということは、今の日本では思いつきもしないかと思うんですが、これが、新首都ができるということで、国家公務員とかマスコミの社員とかで新首都へ就職するというふうな若者が出てくると思います。
そうなってきますと、東京で就職しないといけないという固定観念が取り払われれば、あとは、東京から大阪へ行くとか、東京から札幌へ行くというふうな若者もふえてくると思います。情報の面も同じことでして、とにかくすべては東京という固定観念をコペルニクスのように転換してくれるのが首都機能移転の効果であります。
二番目に、少子化の緩和について取り上げます。
少子化の進行が憂慮されておりますが、エリア別の出生率を比較しますと、東京圏の少子化の進行が顕著でして、全国平均を押し下げております。その要因はいろいろあるでしょうが、東京の劣悪な住宅事情による少子化という要因も無視できないものと思われます。少子化対策としては、保育所の整備も大事ですが、何らかの形で東京の住宅事情の改善も必要だと思います。
三番目に、行政スタイルの変革についてお話しします。
今の霞が関の官僚は、地方からの陳情を聞いてやるという行政スタイルが身についています。公僕たる者、聞いてやっているのではなく、みずから国民へ出向いてヒアリングするぐらいでないといけないと思いますが、これは官僚ばかりを責めるわけにはいきません。
今の東京の都市構造では、気軽に地方へ出向いてヒアリングしてくるということが難しいのです。例えば、官僚の自宅が柏の方にあったら、そこから新幹線の東京駅までわざわざ出て、通勤ラッシュに巻き込まれながら移動しまして、そこから初めて地方に行くということで、非常に体力が消耗する。これでは、官僚の皆さんに行けと言ってもしり込みすると思うんです。もしコンパクトな新首都に移転するという場合、新首都の自宅から新首都の中央駅までの移動というのが楽なために、どんどんどんどんフットワーク軽く出張していくという役人がふえるということで、行政のスタイルも変革していくのではないかと考えております。
四番目に、行政のランニングコストの削減について申し上げます。
家賃などの高い東京で庁舎や官舎を維持するということは、実は物すごくランニングコストをかけているということです。首都機能移転では、一時的に建設費等のイニシアルコストが負担になるかもしれませんが、一たんコストをかけてしまえば、その後のランニングコストは安く済むということになります。それで、もし移転をするということであれば、金利水準の低い今がまさに絶好のチャンスであります。
また、役人が新首都の広い家に住んで、通勤時間も短くなって、日々の暮らしが充実して、その結果、仕事の能率が上がるということになれば、それは結果的に国民にもプラスになるということです。役人の福利厚生という面からも新首都への移転というのを考えてみてはいかがでしょうか。
最後に、五番目の、耐震性の話です。
移転に反対される方は、霞が関や官舎の耐震性を強化すれば、わざわざ新首都を建設しなくても事は足りるとおっしゃいます。しかし、私は、次の三点を理由にその意見に対して反論したいと思います。
一点目は、官舎と霞が関の距離の問題です。
例えば、世田谷に官舎があるという官僚が、地震が夜間に起こって霞が関へ緊急登庁するという場合でも、もし途中の渋谷で大規模な火災があったりして交通路が寸断されるという事態になりましたら、登庁したくてもできないということになります。したがいまして、東京都市圏全部を防災化しないと政府機能は麻痺しかねません。
二点目は、公務員の士気の問題です。
官僚の全員が耐震性にすぐれた官舎に入居しているわけではありません。民間の耐震性に難がある住宅に住んでいるという官僚もいるかと思います。それで、不幸にして自分の家が被災してしまって、あるいは自分や自分の家族が負傷したという官僚がいた場合、そういう官僚がどれだけ士気を維持して復興業務等に当たることができるかという点があります。官僚も人の子でありますので、そういう状況下においてお国のために働けという過度の期待を持つのは酷ではないでしょうか。
三点目が、電話のふくそうの問題です。
大規模災害が発生しますと、電話のかかりにくい状態、いわゆるふくそう状態になるんですが、災害復旧のヘッドクオーターをそういう場所に設置するのは甚だ非効率ではないでしょうか。
以上の理由から、私は、東京被災時のヘッドクオーターの確保としては、新首都の建設が必要不可欠になると考えます。
なお、新首都を建設しても新首都が被災すれば元も子もないという反論に対しては、神戸では、防災を考慮したニュータウンでは、阪神大震災での人的被害がごくわずかだったという事実を申し上げたいと思います。新首都に万が一阪神大震災クラスの震災が発生しても、致命的ダメージを負うことはないと思います。
次に、移転の方法論について、いかに初期投資額を少なくし、かつ、環境破壊を少なくするかという観点から、四点申し上げます。
一点目として、新首都建設に際しては、PFIや不動産証券化の手法を多用し、財政負担をできるだけ少なくすべきです。PFIとは、民間資金を導入して社会資本を整備する手法です。また、民間の不動産では、SPC、J—REIT、不動産特定共同事業などの手法により、広く一般投資家から資金調達を図る不動産証券化、不動産小口化が開発されております。新首都の建設に際しては、これら最新のプロジェクト金融の手法を導入すべきです。
二点目として、新都市の工事の際には、外国のゼネコンも入札に参加させて、ガラス張りの透明性を確保すべきです。間違っても新首都建設に際して談合等の疑惑が発生してはなりません。
三点目として、移転先については、環境面の配慮から、既存の都市、特にバブル崩壊後の遊休地の活用も検討対象に含めるべきです。具体的には、名古屋の笹島貨物駅跡、仙台の長町貨物ヤード跡、北海道の苫東地区、北九州の炭鉱地帯などです。
四点目として、移転先の決定方法として、決定過程の透明性の確保の面から、及び費用を少なくする面からも、堺屋太一氏の主張する競争入札方式を考えるべきだと思います。
すなわち、最も早く、最も安く移転用地を工面した候補地を新首都とするのです。その場合、入札に勝った候補地を主要官庁や国会の立地する本首都とし、敗れた候補地は最高裁、日銀、公取、人事院等の立地する副首都とすれば、新首都の規模も少なくて済みますし、また、競争で負けた候補地の用地もむだになりません。
私の意見陳述は以上です。
最後になりますが、私の運営するホームページでは、利害関係のない多くの市民により、連日、有意義な議論が展開されています。首都機能移転論議がこれからさらに多くの一般市民で議論されることを願いながら、私の意見陳述を終了いたします。
本日は、まことにありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →本日は、首都機能移転について賛成する理由と、その方法論につきお話しいたしますが、この考えは、勤務先やホームページ参加者の意見を代弁するものでもなく、あくまで私個人の意見であることをお断りいたします。
まず、賛成の理由を五点列挙いたします。すなわち、東京の都市問題の解決、少子化の緩和、行政スタイルの変革、行政のランニングコストの削減、そして震災対策です。
まず、一番目の、都市問題の解決についてお話しします。
委員の先生方にお伺いしますが、現在の東京都市圏が世界的にはどれぐらいの規模なのか御存じでしょうか。国連の九五年現在の資料によれば二千七百万人、断トツで世界一です。大阪圏も世界ランキングでは十二位に入る大都市なんですが、それがかすんで見えるぐらいに東京圏の人口は異常な水準です。
首都機能移転を行わずに、東京改造、容積率アップによる高層化でこの都市問題を乗り切ろうという考え方もございますが、果たしてそれが可能でしょうか。都市問題のうち、住宅問題、通勤問題は高層化で何とか解決できるのかもしれません。しかし、自動車排気ガスなどの環境問題、水資源や電力などの資源問題、ヒートアイランド問題などは、高層化で東京の居住人口を増加させるとますます事態が悪化してしまうのです。
また、バブル崩壊後、一時期東京圏への流入人口の伸びが鈍化したため、もう東京圏の人口はふえないという楽観論もございましたが、二〇〇〇年の国勢調査結果を分析する限り、東京圏の人口は再び伸び始めています。大阪圏や名古屋圏などほかの大都市圏が横ばい状態ですので、まさに東京ひとり勝ち状態になっているのであります。
また、IT化で地方にいながらにして用が足せるので東京集中はなくなると言う方もおられます。しかし、渋谷のビットバレーにIT企業が集中しておるように、IT企業の半数は東京圏に集中しております。また、IT化により、東京の本社から、仙台とか福岡とかの支社を通り越して、末端の秋田とか宮崎とかの営業所へ指示を出せるようになりました。このため、企業では、地方中枢都市の支店機能を本社へ吸収し始めております。その証拠に、オフィスビルの稼働率は、東京は好調ですが、他の都市圏は軒並み苦戦です。
以上の理由から、何とか東京への人口流入を緩和する手段を講じないと大変なことになると認識する次第であります。
次に、首都機能移転が東京圏の人口増加に対して抑制効果があるかどうかという点もお話しします。
新首都の想定人口は最大六十万人ですので、東京圏の人口から見れば微々たる数に見えます。しかし、東京一極集中の最大の原因は人材と情報の集中です。人材の面を考えますと、東京出身の大学生がわざわざ東京を出て地方に就職するということは、今の日本では思いつきもしないかと思うんですが、これが、新首都ができるということで、国家公務員とかマスコミの社員とかで新首都へ就職するというふうな若者が出てくると思います。
そうなってきますと、東京で就職しないといけないという固定観念が取り払われれば、あとは、東京から大阪へ行くとか、東京から札幌へ行くというふうな若者もふえてくると思います。情報の面も同じことでして、とにかくすべては東京という固定観念をコペルニクスのように転換してくれるのが首都機能移転の効果であります。
二番目に、少子化の緩和について取り上げます。
少子化の進行が憂慮されておりますが、エリア別の出生率を比較しますと、東京圏の少子化の進行が顕著でして、全国平均を押し下げております。その要因はいろいろあるでしょうが、東京の劣悪な住宅事情による少子化という要因も無視できないものと思われます。少子化対策としては、保育所の整備も大事ですが、何らかの形で東京の住宅事情の改善も必要だと思います。
三番目に、行政スタイルの変革についてお話しします。
今の霞が関の官僚は、地方からの陳情を聞いてやるという行政スタイルが身についています。公僕たる者、聞いてやっているのではなく、みずから国民へ出向いてヒアリングするぐらいでないといけないと思いますが、これは官僚ばかりを責めるわけにはいきません。
今の東京の都市構造では、気軽に地方へ出向いてヒアリングしてくるということが難しいのです。例えば、官僚の自宅が柏の方にあったら、そこから新幹線の東京駅までわざわざ出て、通勤ラッシュに巻き込まれながら移動しまして、そこから初めて地方に行くということで、非常に体力が消耗する。これでは、官僚の皆さんに行けと言ってもしり込みすると思うんです。もしコンパクトな新首都に移転するという場合、新首都の自宅から新首都の中央駅までの移動というのが楽なために、どんどんどんどんフットワーク軽く出張していくという役人がふえるということで、行政のスタイルも変革していくのではないかと考えております。
四番目に、行政のランニングコストの削減について申し上げます。
家賃などの高い東京で庁舎や官舎を維持するということは、実は物すごくランニングコストをかけているということです。首都機能移転では、一時的に建設費等のイニシアルコストが負担になるかもしれませんが、一たんコストをかけてしまえば、その後のランニングコストは安く済むということになります。それで、もし移転をするということであれば、金利水準の低い今がまさに絶好のチャンスであります。
また、役人が新首都の広い家に住んで、通勤時間も短くなって、日々の暮らしが充実して、その結果、仕事の能率が上がるということになれば、それは結果的に国民にもプラスになるということです。役人の福利厚生という面からも新首都への移転というのを考えてみてはいかがでしょうか。
最後に、五番目の、耐震性の話です。
移転に反対される方は、霞が関や官舎の耐震性を強化すれば、わざわざ新首都を建設しなくても事は足りるとおっしゃいます。しかし、私は、次の三点を理由にその意見に対して反論したいと思います。
一点目は、官舎と霞が関の距離の問題です。
例えば、世田谷に官舎があるという官僚が、地震が夜間に起こって霞が関へ緊急登庁するという場合でも、もし途中の渋谷で大規模な火災があったりして交通路が寸断されるという事態になりましたら、登庁したくてもできないということになります。したがいまして、東京都市圏全部を防災化しないと政府機能は麻痺しかねません。
二点目は、公務員の士気の問題です。
官僚の全員が耐震性にすぐれた官舎に入居しているわけではありません。民間の耐震性に難がある住宅に住んでいるという官僚もいるかと思います。それで、不幸にして自分の家が被災してしまって、あるいは自分や自分の家族が負傷したという官僚がいた場合、そういう官僚がどれだけ士気を維持して復興業務等に当たることができるかという点があります。官僚も人の子でありますので、そういう状況下においてお国のために働けという過度の期待を持つのは酷ではないでしょうか。
三点目が、電話のふくそうの問題です。
大規模災害が発生しますと、電話のかかりにくい状態、いわゆるふくそう状態になるんですが、災害復旧のヘッドクオーターをそういう場所に設置するのは甚だ非効率ではないでしょうか。
以上の理由から、私は、東京被災時のヘッドクオーターの確保としては、新首都の建設が必要不可欠になると考えます。
なお、新首都を建設しても新首都が被災すれば元も子もないという反論に対しては、神戸では、防災を考慮したニュータウンでは、阪神大震災での人的被害がごくわずかだったという事実を申し上げたいと思います。新首都に万が一阪神大震災クラスの震災が発生しても、致命的ダメージを負うことはないと思います。
次に、移転の方法論について、いかに初期投資額を少なくし、かつ、環境破壊を少なくするかという観点から、四点申し上げます。
一点目として、新首都建設に際しては、PFIや不動産証券化の手法を多用し、財政負担をできるだけ少なくすべきです。PFIとは、民間資金を導入して社会資本を整備する手法です。また、民間の不動産では、SPC、J—REIT、不動産特定共同事業などの手法により、広く一般投資家から資金調達を図る不動産証券化、不動産小口化が開発されております。新首都の建設に際しては、これら最新のプロジェクト金融の手法を導入すべきです。
二点目として、新都市の工事の際には、外国のゼネコンも入札に参加させて、ガラス張りの透明性を確保すべきです。間違っても新首都建設に際して談合等の疑惑が発生してはなりません。
三点目として、移転先については、環境面の配慮から、既存の都市、特にバブル崩壊後の遊休地の活用も検討対象に含めるべきです。具体的には、名古屋の笹島貨物駅跡、仙台の長町貨物ヤード跡、北海道の苫東地区、北九州の炭鉱地帯などです。
四点目として、移転先の決定方法として、決定過程の透明性の確保の面から、及び費用を少なくする面からも、堺屋太一氏の主張する競争入札方式を考えるべきだと思います。
すなわち、最も早く、最も安く移転用地を工面した候補地を新首都とするのです。その場合、入札に勝った候補地を主要官庁や国会の立地する本首都とし、敗れた候補地は最高裁、日銀、公取、人事院等の立地する副首都とすれば、新首都の規模も少なくて済みますし、また、競争で負けた候補地の用地もむだになりません。
私の意見陳述は以上です。
最後になりますが、私の運営するホームページでは、利害関係のない多くの市民により、連日、有意義な議論が展開されています。首都機能移転論議がこれからさらに多くの一般市民で議論されることを願いながら、私の意見陳述を終了いたします。
本日は、まことにありがとうございました。拍手
永
永
永井英慈#18
○永井委員長 これより参考人に対する質疑を行います。
この際、委員各位に一言申し上げます。
質疑につきましては、理事会の協議に基づき、一回の発言時間は三分程度となっておりますので、委員各位の御協力をお願い申し上げます。また、御発言は、挙手の上、委員長の許可を得た後にお願いいたします。御発言は着席のままで結構でございます。
これから質疑を始めたいと思いますが、質疑のある方は御発言をいただきたいと思います。
この発言だけを見る →この際、委員各位に一言申し上げます。
質疑につきましては、理事会の協議に基づき、一回の発言時間は三分程度となっておりますので、委員各位の御協力をお願い申し上げます。また、御発言は、挙手の上、委員長の許可を得た後にお願いいたします。御発言は着席のままで結構でございます。
これから質疑を始めたいと思いますが、質疑のある方は御発言をいただきたいと思います。
青
青山二三#19
○青山(二)委員 公明党の青山二三でございます。
きょうは、八人の参考人の皆様には、大変お忙しい中をこのようにお集まりいただきまして、大変ありがとうございます。いろいろ貴重な意見を拝聴させていただきました。今回は、賛成の方が六名、反対の方が二名ということでございますが、いずれもホームページに掲載をされた方々の中から選ばれたということでございます。
先ほど三重・幾央の界外参考人の御指摘がございましたが、私も栃木県でございますので、栃木県からお見えの田嶋参考人にまずお伺いをしたいわけでございます。
その界外参考人の御指摘によりますと、市民のホームページは四つもある、他の地域はゼロだというようなことでございます。また、栃木県知事のお考えということにつきまして、前の栃木県知事は大変御熱心にこの国会移転問題を進めておられましたけれども、今回、選挙で新しい知事が当選をするということで、公約に移転反対を掲げたというようなことがあるとおっしゃいましたけれども、過日、この委員会でも現地を視察させていただきまして、大変前向きな、積極的な御意見のようでございますので、そのあたりのことと、それから、ホームページが県民の中からは見当たらないということでございますので、県民の御関心についてわかる範囲で御説明していただければと思います。よろしくお願いいたします。
この発言だけを見る →きょうは、八人の参考人の皆様には、大変お忙しい中をこのようにお集まりいただきまして、大変ありがとうございます。いろいろ貴重な意見を拝聴させていただきました。今回は、賛成の方が六名、反対の方が二名ということでございますが、いずれもホームページに掲載をされた方々の中から選ばれたということでございます。
先ほど三重・幾央の界外参考人の御指摘がございましたが、私も栃木県でございますので、栃木県からお見えの田嶋参考人にまずお伺いをしたいわけでございます。
その界外参考人の御指摘によりますと、市民のホームページは四つもある、他の地域はゼロだというようなことでございます。また、栃木県知事のお考えということにつきまして、前の栃木県知事は大変御熱心にこの国会移転問題を進めておられましたけれども、今回、選挙で新しい知事が当選をするということで、公約に移転反対を掲げたというようなことがあるとおっしゃいましたけれども、過日、この委員会でも現地を視察させていただきまして、大変前向きな、積極的な御意見のようでございますので、そのあたりのことと、それから、ホームページが県民の中からは見当たらないということでございますので、県民の御関心についてわかる範囲で御説明していただければと思います。よろしくお願いいたします。
田
田嶋進#20
○田嶋参考人 まず、ホームページの件ですけれども、本県もインターネットでホームページを開設いたしております。
県民の関心でございますが、賛成、反対はございますけれども、新聞社その他のいろいろな調査でも、七割程度は知っておるというような状況でございます。県民会議という官民組織がありまして、そこでは、現在、現実に場所を見ていただく、そういうような運動も展開しておるということでございます。
それから、新しい福田知事の首都機能移転に対する取り組み姿勢でございますが、青山議員御指摘のとおり非常に積極的でございまして、これは、七月の十九日、福島におきまして四県の知事のトークショーが行われました。そのとき、福田知事も出席いたしまして、国会等移転についての積極的な発言をいたしましたし、共同アピールにも加わっておりまして、積極的な取り組みを展開しているところでございます。
以上でございます。
この発言だけを見る →県民の関心でございますが、賛成、反対はございますけれども、新聞社その他のいろいろな調査でも、七割程度は知っておるというような状況でございます。県民会議という官民組織がありまして、そこでは、現在、現実に場所を見ていただく、そういうような運動も展開しておるということでございます。
それから、新しい福田知事の首都機能移転に対する取り組み姿勢でございますが、青山議員御指摘のとおり非常に積極的でございまして、これは、七月の十九日、福島におきまして四県の知事のトークショーが行われました。そのとき、福田知事も出席いたしまして、国会等移転についての積極的な発言をいたしましたし、共同アピールにも加わっておりまして、積極的な取り組みを展開しているところでございます。
以上でございます。
坂
坂本剛二#21
○坂本委員 反対意見を述べられた二人の先生にちょっと御質問してみたいと思うんですが、諸外国でも、国会移転にはそれなりの理念というか目的がございまして、ブラジリアにしてもキャンベラにしてもワシントンにしても、これは、外敵、海洋上からの艦砲射撃の届かないところに新首都をつくらにゃならぬ、そういう戦略的な意図がありました。あるいは、カナダ・オタワのように、フランス語圏と英語圏の移民者の中間地点でなければ国情がおさまらぬ、そういう課題があったわけでございます。どの国にもいろいろあるんですね。我が国の場合何かというと、明らかにこれは、地震列島ですから、首都機能が地震による自然災害で崩壊するようなことがあっては、もう二十一世紀は世界の物笑いになりますね。
そこで、私が常々言っているのは、日本は地震対策なんだ、したがって、北海道から沖縄までどこでも地震の危険性、可能性がある列島ですから、私は、全国に三カ所ぐらいは国会議事堂と首相官邸をつくっておくべきだろうと思っているんです、常に三カ所ぐらいは。むだだとか何だとか、そんなのは論外の話でして、これが危機管理、日本列島の宿命だと思わなきゃならない。
そこで、大友先生、野村先生には、どうでしょうか、三カ所持つという私の意見にどうしても賛同できませんか、日本列島の現状を考えた上で。
この発言だけを見る →そこで、私が常々言っているのは、日本は地震対策なんだ、したがって、北海道から沖縄までどこでも地震の危険性、可能性がある列島ですから、私は、全国に三カ所ぐらいは国会議事堂と首相官邸をつくっておくべきだろうと思っているんです、常に三カ所ぐらいは。むだだとか何だとか、そんなのは論外の話でして、これが危機管理、日本列島の宿命だと思わなきゃならない。
そこで、大友先生、野村先生には、どうでしょうか、三カ所持つという私の意見にどうしても賛同できませんか、日本列島の現状を考えた上で。
野
野村光司#22
○野村参考人 どうもありがとうございました。
私のレジュメにも書いてありますが、二ページの上の方、「現状維持の可能性」ということも検討しろというのが一応抵抗勢力の話だと思います。法律を見ますと、阪神大震災のことで平成八年に改正がありまして、これが盛り込まれました。それもあるからということだと思いますけれども、私ども見ますと、長田区は非常にお気の毒なことをしたんですけれども、あそこの中央機構がどのぐらいやられたかということは疑問に思いますし、今、耐震構造が進んでおりまして、全滅するということは考えられないのですね。結局は、一部だめになったところのバックアップ体制と危機管理ということでかなり防げるのではないだろうかというふうに思っております。
この発言だけを見る →私のレジュメにも書いてありますが、二ページの上の方、「現状維持の可能性」ということも検討しろというのが一応抵抗勢力の話だと思います。法律を見ますと、阪神大震災のことで平成八年に改正がありまして、これが盛り込まれました。それもあるからということだと思いますけれども、私ども見ますと、長田区は非常にお気の毒なことをしたんですけれども、あそこの中央機構がどのぐらいやられたかということは疑問に思いますし、今、耐震構造が進んでおりまして、全滅するということは考えられないのですね。結局は、一部だめになったところのバックアップ体制と危機管理ということでかなり防げるのではないだろうかというふうに思っております。
大
大友浩司#23
○大友参考人 三カ所というのは大変奇抜なアイデアだと、私も今ちょっと笑ったんですけれども、私は、危機管理上、危機を分散するという考え方については賛成であります。
ただ、私はどうしても現実論になってしまうんですが、地震が起こったときに、ではその対策を含めて、だれが初動の対策をとって、だれがどうするという話になったときに、多分、その対策をとるのは内閣であったり、政府であったり、総理大臣であったりするのかなと思うんですね。そこで、例えば、地震が起こったので、今から三時間後に救わなきゃいけないから、国会を開いて法律をつくって通そうということができるわけがありませんし、国会議事堂という物理的な建物であるとか、国会という会議の機能が、果たして災害が起こった何時間以内とかに必要かというのは、私ちょっと疑問に思っています。
ですから、そういう意味では、やはり内閣総理大臣を含めた指揮体系の方々が安全な施設が備わっているところが、今現在あると思いますし、それがあれば、何か国会議事堂というものを三つつくるというのは、ちょっとどうかなと思いました。
以上です。
この発言だけを見る →ただ、私はどうしても現実論になってしまうんですが、地震が起こったときに、ではその対策を含めて、だれが初動の対策をとって、だれがどうするという話になったときに、多分、その対策をとるのは内閣であったり、政府であったり、総理大臣であったりするのかなと思うんですね。そこで、例えば、地震が起こったので、今から三時間後に救わなきゃいけないから、国会を開いて法律をつくって通そうということができるわけがありませんし、国会議事堂という物理的な建物であるとか、国会という会議の機能が、果たして災害が起こった何時間以内とかに必要かというのは、私ちょっと疑問に思っています。
ですから、そういう意味では、やはり内閣総理大臣を含めた指揮体系の方々が安全な施設が備わっているところが、今現在あると思いますし、それがあれば、何か国会議事堂というものを三つつくるというのは、ちょっとどうかなと思いました。
以上です。
中
中井洽#24
○中井委員 自由党の中井です。
参考人の皆さん、お忙しいところ、ありがとうございました。
三人のお方にお尋ねをいたします。
大友さんは、シンガポールの例を挙げて、この東京が国際都市としてというお話をなさいました。私どもも、首都機能移転を促進するという立場で、心配しておりますのは、その東京が国際競争の中でどんどんと能力を落としている。東京に莫大なお金を投資するよりも、思い切って新しい首都機能をつくった方がはるかに首都機能としてふさわしい国際都市をつくれるんじゃないか、こういうことを考えながら論議をしていますが、東京都にどう首都機能を残して、どうやればニューヨークやシンガポールのような国際競争力というものを向上させていけるとお考えか、このことについてお尋ねをいたします。
それからもう一つは、界外さんと鈴木さんにお尋ねをいたします。
お二人は、賛成の立場で御意見をお述べいただきましたが、それぞれ、首都移転ということを盛んに強調されました。私どもは、首都は天皇陛下のおられる東京でいいじゃないかと。首都機能、国会等を移転させよう、その候補地を東京都との比較をしながらどう絞り込んでいくか、こういうことで、今、御協力をいただいて議論をしています。
お二人は、首都というものをどういうふうに考えておられるのか、この点についてお考えをお聞かせください。
この発言だけを見る →参考人の皆さん、お忙しいところ、ありがとうございました。
三人のお方にお尋ねをいたします。
大友さんは、シンガポールの例を挙げて、この東京が国際都市としてというお話をなさいました。私どもも、首都機能移転を促進するという立場で、心配しておりますのは、その東京が国際競争の中でどんどんと能力を落としている。東京に莫大なお金を投資するよりも、思い切って新しい首都機能をつくった方がはるかに首都機能としてふさわしい国際都市をつくれるんじゃないか、こういうことを考えながら論議をしていますが、東京都にどう首都機能を残して、どうやればニューヨークやシンガポールのような国際競争力というものを向上させていけるとお考えか、このことについてお尋ねをいたします。
それからもう一つは、界外さんと鈴木さんにお尋ねをいたします。
お二人は、賛成の立場で御意見をお述べいただきましたが、それぞれ、首都移転ということを盛んに強調されました。私どもは、首都は天皇陛下のおられる東京でいいじゃないかと。首都機能、国会等を移転させよう、その候補地を東京都との比較をしながらどう絞り込んでいくか、こういうことで、今、御協力をいただいて議論をしています。
お二人は、首都というものをどういうふうに考えておられるのか、この点についてお考えをお聞かせください。
大
大友浩司#25
○大友参考人 私の勝手な推測ですと、今のここの議論は、政治機能のみの、つまり経済機能は東京、政治をどこかほかというような、政治と経済の分離という議論が進んでいるのではないかなと私は思ってきているんですが、そうした場合に、私は一般の会社員です。私の会社もそうなんですが、東京に本社があって、全国に支社を置いているという企業はたくさんあると思うんですね。そういった企業は、基本的には、東京においてクリエーティブな部分があって、あとは、地方はほとんど販売をしているというケースになっていると思うんです。
これは、海外の企業が置く場合もやはり同じことでして、例えば仮に、大きな自動車の会社があって、でも、その会社はすごく大きくはなくて、今のところアジアではシンガポールとそれから上海と東京に支店を置いている、ちょっと傾いてきたからどこから閉めようかというときに、東京はちょっと魅力がないしパスだということで、東京をまず減らす。そうすると東京がどうなるかというと、まず雇用が減りますよね。雇用が減るし、当然、支社を減らすというのは、やはり私たち企業から見ても、そこに対する力のかけ方とか販売促進費のかけ方とか、そういうのはどんどん減っていくんですね。ですから、企業が落とす金というのが非常に落ちていく。
日本の今の現実としての社会というのが、東京に大きな企業があって、それの支社という大きな企業の論理があって、それが、東京の力がなくなることで、結局その支社、支店にまでその影響が行ってしまうということで、私ども企業にとってはちょっと痛いのかなというふうに考えました。
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日本の今の現実としての社会というのが、東京に大きな企業があって、それの支社という大きな企業の論理があって、それが、東京の力がなくなることで、結局その支社、支店にまでその影響が行ってしまうということで、私ども企業にとってはちょっと痛いのかなというふうに考えました。
界
界外年応#26
○界外参考人 私が首都という表現を使いましたのは、わかりやすくて言いやすいからでして、私のホームページの名称も、昔は「未来の首都・畿央」というホームーページだったんですけれども、ちょっと首都というのは、石原知事も首都移転反対というふうに言っていることですし、「未来の国会都市・畿央」というふうに変えさせていただきました。
政治首都は新しい都市に移ることになると思いますが、経済の首都は相変わらず東京のままですので、首都は複数になるのかなと思います。
以上です。
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以上です。
鈴
鈴木伸佳#27
○鈴木参考人 先ほどもちょっとお話がありましたけれども、経済は東京、首都は別のところへ移すというのが私の考え方なんですけれども、残った東京をそのままにしておくのではなくて、東京もまたつくりかえるということも一つ課題にあると思います。
ここにも書いてありますように、私が主張しているのは、やはり緑ですとか水ですとか自然環境にあふれたような、オーストラリアのキャンベラのような、そんなような都市を頭に描いております。
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肥
肥田美代子#28
○肥田委員 民主党の肥田美代子と申します。
この委員会は、現在の国会の姿、それを見詰めながら、未来の政治へのロマンを語り、そしてそれを現実化していくという大きな役目があるわけでございますけれども、ちょっと基本的なところでお伺いをしたいんです。
参考人の皆様に、お一言で結構でございますから、お答えいただきたいんですが、きょう国会に来られまして、そして、建物でも結構でございます、町の様子でも結構ですし、委員会の様子でも結構です、廊下の様子でも結構です、とにかく国会の第一印象、それを語っていただきたいと思うんですが、一言ずつでお願いいたします。
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参考人の皆様に、お一言で結構でございますから、お答えいただきたいんですが、きょう国会に来られまして、そして、建物でも結構でございます、町の様子でも結構ですし、委員会の様子でも結構です、廊下の様子でも結構です、とにかく国会の第一印象、それを語っていただきたいと思うんですが、一言ずつでお願いいたします。
上
上田雅治#29
○上田参考人 形態的な面と、それから本来国会が果たすべき機能の面と両面あると思いますけれども、形態的な面からいきますと、この国会議事堂というものは、明治帝国憲法のもとにおいてつくられた権威主義的な国家統治のための施設ですから、景観的なイメージというんですか、物的なイメージは権威主義的なイメージを率直に言って感じるわけです。
しかし、委員会に出させていただいて、先生方の議論を聞いていますと、割合フランクに議論されておりまして、雰囲気的にも、本来国会が果たすべき国民の代表としての議論をするという機能は果たされているのではないかと思っております。
この発言だけを見る →しかし、委員会に出させていただいて、先生方の議論を聞いていますと、割合フランクに議論されておりまして、雰囲気的にも、本来国会が果たすべき国民の代表としての議論をするという機能は果たされているのではないかと思っております。