法務委員会
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会
会議録情報#0
令和四年四月二十六日(火曜日)
午前九時三十分開議
出席委員
委員長 鈴木 馨祐君
理事 井出 庸生君 理事 熊田 裕通君
理事 葉梨 康弘君 理事 山田 美樹君
理事 鎌田さゆり君 理事 階 猛君
理事 守島 正君 理事 大口 善徳君
東 国幹君 五十嵐 清君
石橋林太郎君 尾崎 正直君
奥野 信亮君 国定 勇人君
田所 嘉徳君 高見 康裕君
谷川 とむ君 中谷 真一君
中野 英幸君 西田 昭二君
野中 厚君 八木 哲也君
山田 賢司君 若林 健太君
伊藤 俊輔君 藤岡 隆雄君
山岸 一生君 山田 勝彦君
米山 隆一君 阿部 弘樹君
前川 清成君 日下 正喜君
福重 隆浩君 鈴木 義弘君
本村 伸子君
…………………………………
参考人
(特定非営利活動法人Remember HANA代表理事) 木村 響子君
参考人
(中央大学法学部教授) 只木 誠君
参考人
(弁護士)
(日本弁護士連合会刑事調査室嘱託) 趙 誠峰君
参考人
(日本労働組合総連合会顧問) 神津里季生君
法務委員会専門員 藤井 宏治君
―――――――――――――
委員の異動
四月二十六日
辞任 補欠選任
野中 厚君 若林 健太君
鈴木 庸介君 山岸 一生君
同日
辞任 補欠選任
若林 健太君 野中 厚君
山岸 一生君 鈴木 庸介君
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
刑法等の一部を改正する法律案(内閣提出第五七号)
刑法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律案(内閣提出第五八号)
刑法等の一部を改正する法律案(米山隆一君外二名提出、衆法第三一号)
――――◇―――――
この発言だけを見る →午前九時三十分開議
出席委員
委員長 鈴木 馨祐君
理事 井出 庸生君 理事 熊田 裕通君
理事 葉梨 康弘君 理事 山田 美樹君
理事 鎌田さゆり君 理事 階 猛君
理事 守島 正君 理事 大口 善徳君
東 国幹君 五十嵐 清君
石橋林太郎君 尾崎 正直君
奥野 信亮君 国定 勇人君
田所 嘉徳君 高見 康裕君
谷川 とむ君 中谷 真一君
中野 英幸君 西田 昭二君
野中 厚君 八木 哲也君
山田 賢司君 若林 健太君
伊藤 俊輔君 藤岡 隆雄君
山岸 一生君 山田 勝彦君
米山 隆一君 阿部 弘樹君
前川 清成君 日下 正喜君
福重 隆浩君 鈴木 義弘君
本村 伸子君
…………………………………
参考人
(特定非営利活動法人Remember HANA代表理事) 木村 響子君
参考人
(中央大学法学部教授) 只木 誠君
参考人
(弁護士)
(日本弁護士連合会刑事調査室嘱託) 趙 誠峰君
参考人
(日本労働組合総連合会顧問) 神津里季生君
法務委員会専門員 藤井 宏治君
―――――――――――――
委員の異動
四月二十六日
辞任 補欠選任
野中 厚君 若林 健太君
鈴木 庸介君 山岸 一生君
同日
辞任 補欠選任
若林 健太君 野中 厚君
山岸 一生君 鈴木 庸介君
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
刑法等の一部を改正する法律案(内閣提出第五七号)
刑法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律案(内閣提出第五八号)
刑法等の一部を改正する法律案(米山隆一君外二名提出、衆法第三一号)
――――◇―――――
鈴
鈴木馨祐#1
○鈴木委員長 これより会議を開きます。
内閣提出、刑法等の一部を改正する法律案及び刑法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律案並びに米山隆一君外二名提出、刑法等の一部を改正する法律案の各案を一括して議題といたします。
これより質疑に入ります。
本日は、各案審査のため、参考人として、特定非営利活動法人Remember HANA代表理事木村響子君、中央大学法学部教授只木誠君、弁護士、日本弁護士連合会刑事調査室嘱託趙誠峰君及び日本労働組合総連合会顧問神津里季生君、以上四名の方々に御出席をいただいております。
この際、参考人各位に委員会を代表して一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多忙の中、御出席を賜りまして、誠にありがとうございます。それぞれのお立場から忌憚のない御意見を賜れれば幸いに存じます。
次に、議事の順序について申し上げます。
まず、木村参考人、只木参考人、趙参考人、神津参考人の順に、それぞれ十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。
なお、御発言の際はその都度委員長の許可を得て発言していただくようお願いいたします。また、参考人から委員に対して質疑をすることはできないことになっておりますので、御了承願います。
それでは、まず木村参考人にお願いいたします。
この発言だけを見る →内閣提出、刑法等の一部を改正する法律案及び刑法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律案並びに米山隆一君外二名提出、刑法等の一部を改正する法律案の各案を一括して議題といたします。
これより質疑に入ります。
本日は、各案審査のため、参考人として、特定非営利活動法人Remember HANA代表理事木村響子君、中央大学法学部教授只木誠君、弁護士、日本弁護士連合会刑事調査室嘱託趙誠峰君及び日本労働組合総連合会顧問神津里季生君、以上四名の方々に御出席をいただいております。
この際、参考人各位に委員会を代表して一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多忙の中、御出席を賜りまして、誠にありがとうございます。それぞれのお立場から忌憚のない御意見を賜れれば幸いに存じます。
次に、議事の順序について申し上げます。
まず、木村参考人、只木参考人、趙参考人、神津参考人の順に、それぞれ十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。
なお、御発言の際はその都度委員長の許可を得て発言していただくようお願いいたします。また、参考人から委員に対して質疑をすることはできないことになっておりますので、御了承願います。
それでは、まず木村参考人にお願いいたします。
木
木村響子#2
○木村参考人 木村花の母、そしてNPO法人RememberHANAの代表の木村響子と申します。本日はよろしくお願いします。
RememberHANAというのは、昨年の花の誕生日に立ち上げたNPO法人なんですけれども、SNSの誹謗中傷を終わらせていく活動を、様々な活動をしております。
では、花が亡くなったときのお話をさせていただきたいと思います。
花が亡くなった日に、私はすぐ警察の方に、こんなにひどい言葉を投げかけた人たちを罪に問うことはできないんですかと聞きました。そのとき、警察の方に言われたのが、問えない、問うことができたとしても、それは侮辱罪という、もう本当にすごく軽い罪なので意味がないというようなことを言われました。
その日のお昼過ぎから花のことがニュースになって、次の日に、また朝、警察の方からお電話が来まして、捜査することになったので、花さんが誹謗中傷されたという証拠を集めてくださいと言われました。被害届を出すのに当たって、どこの誰かというのを、被害者が自分で証拠を集めて、自分で裁判をして探し出さなければ被害届すら出すことができないという現状があります。
私は、亡くなった次の日、花がまだ、花の亡きがらがお布団で寝ている横でずっと、本当に何も食べられず、眠ることもできず、ただひたすらそのひどい言葉を、心を無にして、百件も二百件もずっと証拠に収めていたんですけれども、心を無にしてその作業をずっとやったつもりでしたが、ダメージは本当に大きくて、その後、字が読めなくなってしまったり、字は読めるんですけれども意味がなかなか分からなくなってしまったり、いまだにちょっと、体調が悪くなると、字が読みづらくなる、文を理解するのに時間がかかるといった、いまだにそのダメージとともに生きております。
その頃、では、加害者は何をしたかといいますと、自分たちのしたツイートやアカウントを削除して、皆さんお逃げになられました。そのほかにも、亡くなった後にまで、木村花さん、死んでおめでとうと言ったり、地獄に落ちろと言ってくる人がいたり、本当に、亡くなった後でさえ花の尊厳は踏みにじられ、私や花に対する誹謗中傷や、私が今している活動に対しても、娘の名前を使ってお金もうけをしているなどと誹謗中傷をずっと受けてきました。
泣き寝入りすることなく、現在、今、二十件近くの裁判を進行中なんですけれども、もうすぐ二年です。二年かかって二十件近く。二十件近くしか裁判にすることができなかったということもあるんですけれども、その中でも刑事の侮辱罪に問えた者が三名。民事で判決をかち取って、百三十万円支払いなさいという判決が出ましたけれども、一円も支払われておりません。そして、民事の和解が一件。裁判の総額だけでも一千万円近いお金がかかっています。
お金のことだけではなく、警察や検察、弁護士の方に聴取というのがあります。本当に二度と見たくないようなひどい言葉を何回も何回もその過程の中で目にしたり、音読されたり、音読するのを聞いてそれを確認しなければならなかったり、本当に何回も何回も心をえぐられるということがありました。
私は、警察の方に結構最初に高圧的な態度を取られてしまったことによってすごくトラウマになってしまって、警察に行くと具合が悪くなってしまうということもあって、被害届を弁護士の先生に依頼したんですけれども、被害届を出すのに四十四万円かかります。四十四万円のほかに、その人がどこの誰かを突き止めるために百万円近いお金がかかります。
それだけのお金をかけて、もう既にぼろぼろの状態の被害を受けた人たちが、一生懸命、裁判や警察やいろいろなところで、受けた被害を軽く見積もられて、何回も何回も、二次加害、三次加害のような形で傷つけられて、それでやっとの思いで起訴して、加害者の方は九千円を払って、本当に短い形式だけの謝罪文が送られてきて。加害者は指一つで人を傷つけて心をえぐっているにもかかわらず、被害を受けた人は普通の生活すらできなくなります。本当に、誹謗中傷、数日受けただけで簡単に心が壊されてしまいます。余りにも理不尽じゃないでしょうか。
言論の自由、もちろんとても大事なことです。全ての人に自由に声を上げる権利があると思います。同じように全ての人に尊厳があり、自分らしく生きる権利があります。言論の自由に重きを置くならば、それに見合った責任を絶対に伴わせてください。厳罰化こそがその責任ではないでしょうか。
今日は、交通事故で、暴走事故で大切な御家族を亡くされた松永さんと一緒にこの場所に来ました。大事な人を失って、何とか少しでも何かを変えたいと思って声を上げた人たちが、声を上げたことによって誹謗中傷され、私たちは尊厳を踏みにじられて言論の自由を奪われています。花や私、松永さん、被害を受けたたくさんの人たちが踏みにじられてきた尊厳を、どうか法律で守っていただきたいと思っています。
私たちは、チェンジさんという署名サイトで、厳罰化に対する賛同者の署名を集めております。この署名が、今、六万三千五百人の方が賛同してくださっています。
そして、厳罰化は、これで終わりということではなくて、これを始まりとして、細やかな法整備を、どうか迅速に超党派でしていただきたいと思っております。言葉狩りや言論封じに悪用されないように、適用に注意をしていただきたいです。何よりも、被害者の救済のための厳罰化であってほしいと思います。
また、時効が延びることによって警察の捜査が遅れることには大変大きな懸念を感じております。是非、迅速な捜査をしていただいて、一日でも早く被害者が救済できるようにしていただきたいです。
なぜ私が、早く、迅速に、時間にこだわるかといいますと、SNSの誹謗中傷、本当に数日で簡単に人の心は壊れます。人の心を壊すのは簡単ですけれども、その心を修復するのにどれだけの時間がかかるでしょうか。一生かかっても治らない傷を抱えたまま生きている人もたくさんいると思います。
そして、人が一人、花が一人いなくなったことで、なくしたものは花だけじゃありません。花と一緒に楽しく過ごすはずだった時間をみんなが奪われ、花が世界で活躍する姿を見るというみんなの夢も奪われ、奪われたものは花の命だけではないということを、周りの人の人生をどれだけ壊して苦しいものにしているかということを、是非、本当に想像していただきたいです。御自分の家族が理不尽に命を奪われたときに、厳しい法律を望まない理由があるんでしょうか。
私自身、今日も結構ぼろぼろな状態で、でも、この被害者の状況を知っていただくことで、本当に一日でも早い救済をお願いしたいと思って、今日、皆さんの前に決死の覚悟で参りました。分かりづらいところもあったかと思いますが、最後まで聞いていただき、ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →RememberHANAというのは、昨年の花の誕生日に立ち上げたNPO法人なんですけれども、SNSの誹謗中傷を終わらせていく活動を、様々な活動をしております。
では、花が亡くなったときのお話をさせていただきたいと思います。
花が亡くなった日に、私はすぐ警察の方に、こんなにひどい言葉を投げかけた人たちを罪に問うことはできないんですかと聞きました。そのとき、警察の方に言われたのが、問えない、問うことができたとしても、それは侮辱罪という、もう本当にすごく軽い罪なので意味がないというようなことを言われました。
その日のお昼過ぎから花のことがニュースになって、次の日に、また朝、警察の方からお電話が来まして、捜査することになったので、花さんが誹謗中傷されたという証拠を集めてくださいと言われました。被害届を出すのに当たって、どこの誰かというのを、被害者が自分で証拠を集めて、自分で裁判をして探し出さなければ被害届すら出すことができないという現状があります。
私は、亡くなった次の日、花がまだ、花の亡きがらがお布団で寝ている横でずっと、本当に何も食べられず、眠ることもできず、ただひたすらそのひどい言葉を、心を無にして、百件も二百件もずっと証拠に収めていたんですけれども、心を無にしてその作業をずっとやったつもりでしたが、ダメージは本当に大きくて、その後、字が読めなくなってしまったり、字は読めるんですけれども意味がなかなか分からなくなってしまったり、いまだにちょっと、体調が悪くなると、字が読みづらくなる、文を理解するのに時間がかかるといった、いまだにそのダメージとともに生きております。
その頃、では、加害者は何をしたかといいますと、自分たちのしたツイートやアカウントを削除して、皆さんお逃げになられました。そのほかにも、亡くなった後にまで、木村花さん、死んでおめでとうと言ったり、地獄に落ちろと言ってくる人がいたり、本当に、亡くなった後でさえ花の尊厳は踏みにじられ、私や花に対する誹謗中傷や、私が今している活動に対しても、娘の名前を使ってお金もうけをしているなどと誹謗中傷をずっと受けてきました。
泣き寝入りすることなく、現在、今、二十件近くの裁判を進行中なんですけれども、もうすぐ二年です。二年かかって二十件近く。二十件近くしか裁判にすることができなかったということもあるんですけれども、その中でも刑事の侮辱罪に問えた者が三名。民事で判決をかち取って、百三十万円支払いなさいという判決が出ましたけれども、一円も支払われておりません。そして、民事の和解が一件。裁判の総額だけでも一千万円近いお金がかかっています。
お金のことだけではなく、警察や検察、弁護士の方に聴取というのがあります。本当に二度と見たくないようなひどい言葉を何回も何回もその過程の中で目にしたり、音読されたり、音読するのを聞いてそれを確認しなければならなかったり、本当に何回も何回も心をえぐられるということがありました。
私は、警察の方に結構最初に高圧的な態度を取られてしまったことによってすごくトラウマになってしまって、警察に行くと具合が悪くなってしまうということもあって、被害届を弁護士の先生に依頼したんですけれども、被害届を出すのに四十四万円かかります。四十四万円のほかに、その人がどこの誰かを突き止めるために百万円近いお金がかかります。
それだけのお金をかけて、もう既にぼろぼろの状態の被害を受けた人たちが、一生懸命、裁判や警察やいろいろなところで、受けた被害を軽く見積もられて、何回も何回も、二次加害、三次加害のような形で傷つけられて、それでやっとの思いで起訴して、加害者の方は九千円を払って、本当に短い形式だけの謝罪文が送られてきて。加害者は指一つで人を傷つけて心をえぐっているにもかかわらず、被害を受けた人は普通の生活すらできなくなります。本当に、誹謗中傷、数日受けただけで簡単に心が壊されてしまいます。余りにも理不尽じゃないでしょうか。
言論の自由、もちろんとても大事なことです。全ての人に自由に声を上げる権利があると思います。同じように全ての人に尊厳があり、自分らしく生きる権利があります。言論の自由に重きを置くならば、それに見合った責任を絶対に伴わせてください。厳罰化こそがその責任ではないでしょうか。
今日は、交通事故で、暴走事故で大切な御家族を亡くされた松永さんと一緒にこの場所に来ました。大事な人を失って、何とか少しでも何かを変えたいと思って声を上げた人たちが、声を上げたことによって誹謗中傷され、私たちは尊厳を踏みにじられて言論の自由を奪われています。花や私、松永さん、被害を受けたたくさんの人たちが踏みにじられてきた尊厳を、どうか法律で守っていただきたいと思っています。
私たちは、チェンジさんという署名サイトで、厳罰化に対する賛同者の署名を集めております。この署名が、今、六万三千五百人の方が賛同してくださっています。
そして、厳罰化は、これで終わりということではなくて、これを始まりとして、細やかな法整備を、どうか迅速に超党派でしていただきたいと思っております。言葉狩りや言論封じに悪用されないように、適用に注意をしていただきたいです。何よりも、被害者の救済のための厳罰化であってほしいと思います。
また、時効が延びることによって警察の捜査が遅れることには大変大きな懸念を感じております。是非、迅速な捜査をしていただいて、一日でも早く被害者が救済できるようにしていただきたいです。
なぜ私が、早く、迅速に、時間にこだわるかといいますと、SNSの誹謗中傷、本当に数日で簡単に人の心は壊れます。人の心を壊すのは簡単ですけれども、その心を修復するのにどれだけの時間がかかるでしょうか。一生かかっても治らない傷を抱えたまま生きている人もたくさんいると思います。
そして、人が一人、花が一人いなくなったことで、なくしたものは花だけじゃありません。花と一緒に楽しく過ごすはずだった時間をみんなが奪われ、花が世界で活躍する姿を見るというみんなの夢も奪われ、奪われたものは花の命だけではないということを、周りの人の人生をどれだけ壊して苦しいものにしているかということを、是非、本当に想像していただきたいです。御自分の家族が理不尽に命を奪われたときに、厳しい法律を望まない理由があるんでしょうか。
私自身、今日も結構ぼろぼろな状態で、でも、この被害者の状況を知っていただくことで、本当に一日でも早い救済をお願いしたいと思って、今日、皆さんの前に決死の覚悟で参りました。分かりづらいところもあったかと思いますが、最後まで聞いていただき、ありがとうございました。拍手
鈴
只
只木誠#4
○只木参考人 皆さん、おはようございます。ただいま御紹介いただきました中央大学の只木と申します。
本委員会で意見陳述を行う機会を与えていただきまして、大変光栄に存じます。
私は、法務省大臣官房や矯正局等の主催の委員会や研究会において委員として参加し、近時では、PFI手法による刑事施設の運営業務の在り方に関する有識者会議や、安全安心なまちづくり関係功労者表彰に関わってまいりました。そのような経験を踏まえて若干の意見を申し上げたいと思います。
まず、我が国の再犯に関する現状を見てみたいと思います。
昨年の犯罪白書によれば、刑務所を出所後、二年以内に再び罪を犯して入所した者の再入率は一五・七%であり、二〇二一年までに一六%以下に減少させることを目指した政府目標は達成されたことになります。もっとも、保護観察がつかない満期釈放者については、出所後の支援が届きにくい面もあることから、その再入率は二三・三%と、仮釈放者のそれと比較して二倍以上と高く、再犯防止対策の強化が課題となっております。また、入所人員に占める再入者の比率、いわゆる再入者率は五八%と高止まりしており、他方で、再入者においては無職者の割合が高く、また、職業訓練を受けた者の再入率が低いことは一般に知られているところであります。
今回の改正案が議論された背景には、このような現状や課題についての認識が存していたものと思われます。
今回の刑法等の一部を改正する法律案の概要について確認しておきたいと思います。
今回の法律案においては、現行の懲役刑、禁錮刑を廃し、拘禁刑を創設することが示されましたが、併せて、受刑者の改善更生及び円滑な社会復帰という目的の下、施設内、社会内処遇の一層の充実を図るための所要の規定の整備も予定されております。受刑者に対する社会復帰支援、受刑者の資質、環境の調査における鑑別の活用、被害者等の心情等を踏まえた処遇、刑執行終了者等に対する支援、援助などがこれです。
拘禁刑の導入に伴っては、刑事収容施設法においても、拘禁刑の執行を受ける受刑者には、個々の特性、必要性に応じた作業を課し、改善指導や教科指導を行うこととし、また、矯正処遇の一環として、被害者等が希望する場合には、被害者等から聴取した心情等を受刑者に伝達する制度を設けたことなどが新たに盛り込まれました。
後者については、自らの犯罪、非行に対する反省や悔悟の情を深めさせるため、また、改善更生を効果的に図る一助として、被害者及びその親族等の心情やその置かれている状況等について受刑者に正しく理解させることが極めて重要であるとの観点から、現状行われている被害者の視点を取り入れた教育を更に一歩進めたものであると言えましょう。
一方、勤労意欲を高め、規律ある就業態度を養い、職業上重要な知識及び技能の習得を目的とした作業活動、犯罪の責任の自覚と規範意識の涵養や健全な社会人たるに必要な能力の獲得を目的とした改善指導、社会生活の基礎となる知識の習得等を目的とした教科指導については、いずれも、受刑者の改善更生及び出所後における再犯防止という観点から重要な処遇方法であるところ、学力の不足が顕著である、あるいは高齢で福祉的な支援が必要である、あるいは薬物等への依存が見られる等々、受刑者が抱える問題は多様であり、その特性に応じたバランスのよい処遇が鍵となります。
そのため、作業に代えて指導に重点を置くなどの対応も同時に必要となってくるのであり、その意味からも、単一刑の導入は必要性に合致したものでありました。
そして、個々の受刑者の特性に応じた柔軟かつ効果的な処遇を目指すために、受刑者の個々の問題性等に応じての作業、指導が必要と認められる場合には、その実施を専ら受刑者の意思に委ねることは適当ではないと考えられることから、受刑者の遵守事項として、正当な理由なくこれを拒否してはならない旨、定められるに至っています。
また、以上のような拘禁刑受刑者に対する改善、矯正について適正な判断を担保するためになされる処遇調査に当たっては、専門的な知識に基づいた科学的調査を行う少年鑑別所の鑑別機能の活用、導入が考えられております。
さらに、刑の執行終了者等の出所後の生活環境の整備や生活資金の安定的な確保が立ち行かない場合の更生緊急保護等、その後の切れ目のない援助なども視野に入れたものとなっております。
今回の改正で取り上げられることとなった自由刑の単一化の議論については、少年法適用対象年齢の十八歳未満への引下げや若年受刑者の処遇の在り方に関する検討を契機として、近時、新たに注目されるようになっていましたが、そもそも単一化の流れは、理論的にも実務的にも必然性を伴っていたように思われます。
現行刑法では、かつては、禁錮刑は非破廉恥罪に対して科されるものとして説明されてきました。しかし、現在では、犯罪を破廉恥罪と非破廉恥罪とに区別することに合理性はないと考えられています。すなわち、禁錮の主たる対象犯罪は政治犯や過失犯であるところ、両者を同列に扱う根拠はないとか、あるいは、刑務作業は破廉恥罪に対して苦痛ないし恥として科されるものだとする解釈は労働を軽視する考え方に親和的であるとか、そして、禁錮受刑者の八割強が請願作業についているという現状では懲役と禁錮の間の差異は事実上存在しないなどの理由からです。また、禁錮刑の現状を見ますと、昨年の犯罪白書によれば、二〇二〇年度の入所受刑者のうち禁錮刑は〇・三%、五十三人にとどまっており、しかも非難の程度が軽い過失犯の事例に限られていることも指摘されております。
他方、処遇の面を見ますと、平成十二年の少年法改正によって、十六歳未満の少年が懲役、禁錮の言渡しを受けた場合には、十六歳に達するまでの間、少年院においてその執行が可能となり、その場合、少年には矯正教育が施され、懲役、禁錮刑の内容とは切り離して、矯正施設における処遇内容を定めることができるようになり、執行の面でも両者の区別は既になくなっているとされております。
また、刑収法においては、受刑者には矯正処遇として作業と改善指導及び教科指導を行うことが定められており、受刑者にはそれを受講する義務があると解され、改善指導、教科指導については、懲役受刑者と禁錮受刑者とで取扱いを区別しておりません。
以上のように、禁錮刑の受刑者に作業を課さないことの意味、そして、それとともに、禁錮刑を刑罰として維持する必要性も希薄化し、懲役刑、禁錮刑の区別それ自体ももはや意義を見出せなくなっている現在、刑事施設においては、懲役には作業を課するとしていた点を改めることで、作業以外の処遇に十分な時間を振り向けるといった処遇の個別化や、作業と指導とをベストミックスした柔軟な処遇が可能になると思われます。
このような法律案の、とりわけ自由刑の単一化の評価という点に関して、受刑者の改善更生、社会復帰を目指す取組を見ていきたいと思います。
出所後の受刑者の更生のための支援施設の具体的な取組の例として、民間と協働して受刑者処遇に当たる、PFI手法を活用した刑事施設の設置、運営があります。その目的、意義は、過剰収容対策、地域との共生、民間のノウハウの活用による人材の再生などであり、その結果、PFI刑務所では、二年以内の再入率が全国平均と比較して一〇%以上減少したとされております。この十五年間、実践経験を積み上げてきたPFI刑務所では、例えば、パソコンの基礎知識の習得など、雇用ニーズを踏まえた教科指導や、民間企業が職業訓練や刑務作業を通じて必要なスキルを受刑者に身につけさせる、優秀な者を出所後に同企業等にて雇い入れるという取組など、画期的なプランをもって、人材の再生という点で成果を上げてきました。
地域との共生の具現化という面からは、自治体、大学、PFI刑務所が連携した生産活動がなされ、また、大手通信企業とコラボしたネット販売に関する職業訓練など、時代の要請にも積極的に対応してきました。
このような、施設内にいながら社会とつながる作業の展開、地域の団体や人材と連携した、例えば、盲導犬パピー養成プログラム、受刑者と住民との文通プログラムなど、いずれも成功を収めていると評価することができましょう。
なるほど、今日では、刑事施設の過剰収容問題も改善されて、PFI刑務所も一定程度その役割を果たし終えたと考えられますが、とはいえ、そこで培われた処遇技法については、これから拘禁刑の下で、より柔軟に活用できるようになり、施設外処遇、作業や職業訓練から直接雇用に結びつける取組などの民間のノウハウは、今後の刑事施設運営に生かされ、より発揮されることが期待できると思います。
そして、近時、CSR、企業の社会的責任やSDGsの観点から、高い公益性を伴ったビジネスを志向する企業が増え、また、ESG投資と呼ばれる、環境、社会、ガバナンスといった収益性以外の要素から企業活動を評価し、投資する動機とする考え方が広まり、ソーシャルビジネスと位置づけて刑務所運営事業に協力する企業が増えています。企業が刑務所運営事業を公益的取組として捉え事業スキームを展開し、刑務所が再犯防止や地方創生といった社会と共有する価値を創出し、地域の課題に取り組む場として民間企業や社会に認知されていくことで、受刑者にあっては社会への貢献の意識の涵養が、社会にあっては受刑者への意識の変化と再犯防止につながる協力雇用主等の受皿の裾野の広がりが、それぞれ期待されるところです。
他方、そのような刑事施設における処遇の変化に対応し、受刑者の更生、社会復帰を支えようとする市民や社会の動きにも注目されます。
政府は、犯罪に強い社会の実現に向けて、安全・安心なまちづくりの日を設け、地域社会における防犯活動又は再犯の防止等に関する個人、団体の取組を広く普及させようとしていますが、これに応えるのは、就労、住居の確保のための取組、保健医療・福祉サービスの利用の促進のための取組、高齢者、障害のある者、薬物依存を有する者への支援等々に関わって、例えば、協力雇用主の元受刑者への幅広い支援、NPO法人による青少年の立ち直り支援、更生保護女性会による非行防止活動、各地のBBS活動、社会福祉協議会による孤立、困窮により罪を犯した者への福祉的支援、保護司会による薬物依存者の回復プログラムの実施など、多様かつ広範囲で多岐にわたっております。
こうした民間支援の機運が高まっている今日、自由刑の単一化の下、作業と処遇が最適化されたプログラムを刑事施設が提供することには大きな意義があると思われます。
私の意見は以上でございます。御清聴、誠にありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →本委員会で意見陳述を行う機会を与えていただきまして、大変光栄に存じます。
私は、法務省大臣官房や矯正局等の主催の委員会や研究会において委員として参加し、近時では、PFI手法による刑事施設の運営業務の在り方に関する有識者会議や、安全安心なまちづくり関係功労者表彰に関わってまいりました。そのような経験を踏まえて若干の意見を申し上げたいと思います。
まず、我が国の再犯に関する現状を見てみたいと思います。
昨年の犯罪白書によれば、刑務所を出所後、二年以内に再び罪を犯して入所した者の再入率は一五・七%であり、二〇二一年までに一六%以下に減少させることを目指した政府目標は達成されたことになります。もっとも、保護観察がつかない満期釈放者については、出所後の支援が届きにくい面もあることから、その再入率は二三・三%と、仮釈放者のそれと比較して二倍以上と高く、再犯防止対策の強化が課題となっております。また、入所人員に占める再入者の比率、いわゆる再入者率は五八%と高止まりしており、他方で、再入者においては無職者の割合が高く、また、職業訓練を受けた者の再入率が低いことは一般に知られているところであります。
今回の改正案が議論された背景には、このような現状や課題についての認識が存していたものと思われます。
今回の刑法等の一部を改正する法律案の概要について確認しておきたいと思います。
今回の法律案においては、現行の懲役刑、禁錮刑を廃し、拘禁刑を創設することが示されましたが、併せて、受刑者の改善更生及び円滑な社会復帰という目的の下、施設内、社会内処遇の一層の充実を図るための所要の規定の整備も予定されております。受刑者に対する社会復帰支援、受刑者の資質、環境の調査における鑑別の活用、被害者等の心情等を踏まえた処遇、刑執行終了者等に対する支援、援助などがこれです。
拘禁刑の導入に伴っては、刑事収容施設法においても、拘禁刑の執行を受ける受刑者には、個々の特性、必要性に応じた作業を課し、改善指導や教科指導を行うこととし、また、矯正処遇の一環として、被害者等が希望する場合には、被害者等から聴取した心情等を受刑者に伝達する制度を設けたことなどが新たに盛り込まれました。
後者については、自らの犯罪、非行に対する反省や悔悟の情を深めさせるため、また、改善更生を効果的に図る一助として、被害者及びその親族等の心情やその置かれている状況等について受刑者に正しく理解させることが極めて重要であるとの観点から、現状行われている被害者の視点を取り入れた教育を更に一歩進めたものであると言えましょう。
一方、勤労意欲を高め、規律ある就業態度を養い、職業上重要な知識及び技能の習得を目的とした作業活動、犯罪の責任の自覚と規範意識の涵養や健全な社会人たるに必要な能力の獲得を目的とした改善指導、社会生活の基礎となる知識の習得等を目的とした教科指導については、いずれも、受刑者の改善更生及び出所後における再犯防止という観点から重要な処遇方法であるところ、学力の不足が顕著である、あるいは高齢で福祉的な支援が必要である、あるいは薬物等への依存が見られる等々、受刑者が抱える問題は多様であり、その特性に応じたバランスのよい処遇が鍵となります。
そのため、作業に代えて指導に重点を置くなどの対応も同時に必要となってくるのであり、その意味からも、単一刑の導入は必要性に合致したものでありました。
そして、個々の受刑者の特性に応じた柔軟かつ効果的な処遇を目指すために、受刑者の個々の問題性等に応じての作業、指導が必要と認められる場合には、その実施を専ら受刑者の意思に委ねることは適当ではないと考えられることから、受刑者の遵守事項として、正当な理由なくこれを拒否してはならない旨、定められるに至っています。
また、以上のような拘禁刑受刑者に対する改善、矯正について適正な判断を担保するためになされる処遇調査に当たっては、専門的な知識に基づいた科学的調査を行う少年鑑別所の鑑別機能の活用、導入が考えられております。
さらに、刑の執行終了者等の出所後の生活環境の整備や生活資金の安定的な確保が立ち行かない場合の更生緊急保護等、その後の切れ目のない援助なども視野に入れたものとなっております。
今回の改正で取り上げられることとなった自由刑の単一化の議論については、少年法適用対象年齢の十八歳未満への引下げや若年受刑者の処遇の在り方に関する検討を契機として、近時、新たに注目されるようになっていましたが、そもそも単一化の流れは、理論的にも実務的にも必然性を伴っていたように思われます。
現行刑法では、かつては、禁錮刑は非破廉恥罪に対して科されるものとして説明されてきました。しかし、現在では、犯罪を破廉恥罪と非破廉恥罪とに区別することに合理性はないと考えられています。すなわち、禁錮の主たる対象犯罪は政治犯や過失犯であるところ、両者を同列に扱う根拠はないとか、あるいは、刑務作業は破廉恥罪に対して苦痛ないし恥として科されるものだとする解釈は労働を軽視する考え方に親和的であるとか、そして、禁錮受刑者の八割強が請願作業についているという現状では懲役と禁錮の間の差異は事実上存在しないなどの理由からです。また、禁錮刑の現状を見ますと、昨年の犯罪白書によれば、二〇二〇年度の入所受刑者のうち禁錮刑は〇・三%、五十三人にとどまっており、しかも非難の程度が軽い過失犯の事例に限られていることも指摘されております。
他方、処遇の面を見ますと、平成十二年の少年法改正によって、十六歳未満の少年が懲役、禁錮の言渡しを受けた場合には、十六歳に達するまでの間、少年院においてその執行が可能となり、その場合、少年には矯正教育が施され、懲役、禁錮刑の内容とは切り離して、矯正施設における処遇内容を定めることができるようになり、執行の面でも両者の区別は既になくなっているとされております。
また、刑収法においては、受刑者には矯正処遇として作業と改善指導及び教科指導を行うことが定められており、受刑者にはそれを受講する義務があると解され、改善指導、教科指導については、懲役受刑者と禁錮受刑者とで取扱いを区別しておりません。
以上のように、禁錮刑の受刑者に作業を課さないことの意味、そして、それとともに、禁錮刑を刑罰として維持する必要性も希薄化し、懲役刑、禁錮刑の区別それ自体ももはや意義を見出せなくなっている現在、刑事施設においては、懲役には作業を課するとしていた点を改めることで、作業以外の処遇に十分な時間を振り向けるといった処遇の個別化や、作業と指導とをベストミックスした柔軟な処遇が可能になると思われます。
このような法律案の、とりわけ自由刑の単一化の評価という点に関して、受刑者の改善更生、社会復帰を目指す取組を見ていきたいと思います。
出所後の受刑者の更生のための支援施設の具体的な取組の例として、民間と協働して受刑者処遇に当たる、PFI手法を活用した刑事施設の設置、運営があります。その目的、意義は、過剰収容対策、地域との共生、民間のノウハウの活用による人材の再生などであり、その結果、PFI刑務所では、二年以内の再入率が全国平均と比較して一〇%以上減少したとされております。この十五年間、実践経験を積み上げてきたPFI刑務所では、例えば、パソコンの基礎知識の習得など、雇用ニーズを踏まえた教科指導や、民間企業が職業訓練や刑務作業を通じて必要なスキルを受刑者に身につけさせる、優秀な者を出所後に同企業等にて雇い入れるという取組など、画期的なプランをもって、人材の再生という点で成果を上げてきました。
地域との共生の具現化という面からは、自治体、大学、PFI刑務所が連携した生産活動がなされ、また、大手通信企業とコラボしたネット販売に関する職業訓練など、時代の要請にも積極的に対応してきました。
このような、施設内にいながら社会とつながる作業の展開、地域の団体や人材と連携した、例えば、盲導犬パピー養成プログラム、受刑者と住民との文通プログラムなど、いずれも成功を収めていると評価することができましょう。
なるほど、今日では、刑事施設の過剰収容問題も改善されて、PFI刑務所も一定程度その役割を果たし終えたと考えられますが、とはいえ、そこで培われた処遇技法については、これから拘禁刑の下で、より柔軟に活用できるようになり、施設外処遇、作業や職業訓練から直接雇用に結びつける取組などの民間のノウハウは、今後の刑事施設運営に生かされ、より発揮されることが期待できると思います。
そして、近時、CSR、企業の社会的責任やSDGsの観点から、高い公益性を伴ったビジネスを志向する企業が増え、また、ESG投資と呼ばれる、環境、社会、ガバナンスといった収益性以外の要素から企業活動を評価し、投資する動機とする考え方が広まり、ソーシャルビジネスと位置づけて刑務所運営事業に協力する企業が増えています。企業が刑務所運営事業を公益的取組として捉え事業スキームを展開し、刑務所が再犯防止や地方創生といった社会と共有する価値を創出し、地域の課題に取り組む場として民間企業や社会に認知されていくことで、受刑者にあっては社会への貢献の意識の涵養が、社会にあっては受刑者への意識の変化と再犯防止につながる協力雇用主等の受皿の裾野の広がりが、それぞれ期待されるところです。
他方、そのような刑事施設における処遇の変化に対応し、受刑者の更生、社会復帰を支えようとする市民や社会の動きにも注目されます。
政府は、犯罪に強い社会の実現に向けて、安全・安心なまちづくりの日を設け、地域社会における防犯活動又は再犯の防止等に関する個人、団体の取組を広く普及させようとしていますが、これに応えるのは、就労、住居の確保のための取組、保健医療・福祉サービスの利用の促進のための取組、高齢者、障害のある者、薬物依存を有する者への支援等々に関わって、例えば、協力雇用主の元受刑者への幅広い支援、NPO法人による青少年の立ち直り支援、更生保護女性会による非行防止活動、各地のBBS活動、社会福祉協議会による孤立、困窮により罪を犯した者への福祉的支援、保護司会による薬物依存者の回復プログラムの実施など、多様かつ広範囲で多岐にわたっております。
こうした民間支援の機運が高まっている今日、自由刑の単一化の下、作業と処遇が最適化されたプログラムを刑事施設が提供することには大きな意義があると思われます。
私の意見は以上でございます。御清聴、誠にありがとうございました。拍手
鈴
趙
趙誠峰#6
○趙参考人 弁護士の趙誠峰と申します。
今日は、このような意見陳述の機会をいただき、ありがとうございます。
私は、市井の弁護士として日々現場で活動をしております。それとともに、日弁連、日本弁護士連合会の嘱託弁護士としての活動もしておりますが、今日は、あくまでも私個人の意見として、今審議されているこの刑法の改正案、その中でも、侮辱罪の法定刑の引上げの問題と、あと、拘禁刑のことについて若干意見を述べさせていただきたいと思います。
まず最初に、インターネット上でいわれのない誹謗中傷によって、自ら命を絶たれた木村花さんに対して、この場をかりて哀悼の意を表します。
私は日頃、刑事事件の被疑者、被告人とされている方の弁護活動をしています。刑事事件の被疑者、被告人とされている方もまた、インターネット上の誹謗中傷の的、ターゲットになりやすい方々です。そして、時にその矛先は、被疑者、被告人だけではなくて、彼らを弁護する我々弁護士、弁護人に向けても、その誹謗中傷の矛先が向きます。
私自身も、これまで何度も、世間を震撼させるような刑事事件であったり、あるいは著名な刑事事件の弁護活動をする中で、私自身がインターネット上の誹謗中傷の的とされた経験があります。さらに、私自身が在日コリアンという出自があるということも相まって、更にそのようなインターネット上の誹謗中傷というのは激しくなることもあります。そういう意味で、インターネット上の誹謗中傷の問題というのは、我々弁護士にとっても決して他人事ではありません。
そして、この問題について今の法制度が十分に対処できているかと言われれば、全くそうは思いません。本来もっときっちり処罰されるべき行為が処罰されていないという現状はあると思います。
しかし、それでも私は、今回の侮辱罪の法定刑引上げという政府が出しているこの法案については賛成できません。その理由は、端的に申しますと、この民主主義社会において最も重要な権利である表現の自由、これを損ねる危険が大きい、とても危険な法案だからです。
今回の政府案の問題点につきましては、立憲民主党などが提出されている対案、あるいは、本会議での趣旨説明を拝見しましたけれども、その中で極めて的確に指摘されていると思いますので、その内容を若干敷衍しながら、私の方からも述べたいと思います。
まず、政府案である、侮辱罪の法定刑を引き上げる、このことによってインターネット上の誹謗中傷問題に対処しようという、このことは決して昨今問題となっている本来処罰の対象とされるべき行為に対して適切に処罰することができないんだというこの指摘は、極めて正しい指摘です。
今問題となっているインターネット上の誹謗中傷の行為というのは、様々な態様でなされます。もちろん、中には、誰もがアクセスできるようなインターネット上の公開された空間、いわば公然となされるもの、そういうところで誹謗中傷が公然となされるものもあります。しかし、それだけではありません。例えば、SNS上におけるダイレクトメッセージであったりであるとか、あるいは、数人のクローズドな空間、SNS上のクローズドな空間における誹謗中傷というのも、深刻な問題であり、またこれは被害者の方の心を深く傷つけます。しかし、これらは決して公然となされるわけでありません。ですので、侮辱罪によって処罰することができないものです。
つまり、今問題となっているインターネット上の誹謗中傷の問題というのは、公然性というのが法律の要件とされていて、しかも、人の外部的な名誉、これを守る法律だとされている侮辱罪による処罰にはなじまないものです。
この点につきまして、本会議における政府の答弁、法務大臣の答弁でも、クローズドな空間での誹謗中傷の問題に対してはどうするのかという質問に対して、これは侮辱罪による処罰の対象とはならないんだと法務大臣も認めておられました。そして、それらの行為については、行政的な諸施策を推進する、このようなお答えがありましたけれども、この答弁は、まさに、今問題になっているインターネット上の誹謗中傷の問題に対して、侮辱罪という犯罪、この犯罪の法定刑を引き上げることによって対処することが決して的確なものではないということを端的に示していると思います。
一方で、侮辱罪の法定刑を引き上げ、そして懲役刑を設ける、このことによって、法律上、侮辱による逮捕あるいは勾留というものが、これは容易にできるようになります。法律上の扱いが変わります。そのことによって、公共の利害に関わる言動であるとか、あるいは政治家に対する言動であるとか、こういった言動までもが処罰の対象になる危険がある、こういう指摘がなされているわけですけれども、これも極めて正しい指摘です。そして、表現の自由に与える危険が大きいということこそが、この場で今一番議論すべき問題ではないでしょうか。
この民主主義社会において、私たち市民は、様々な意見に接したり、あるいは政策に接したり、あるいはそういった批判の言動に接したり、そしてそういうものを報道で知ったりして、自らの意見を形成して、それを政治に反映することが可能になるわけです。その中には、時の政府に対して批判的な言動も当然含まれます。これらの表現の自由が守られるということこそが、民主主義の社会を維持する上で最も重要なことです。だからこそ、表現の自由というのはほかの権利よりも優越される、優先されるというふうに言われるゆえんです。
そして、このことは、例えば最高裁判所の判決の中でも繰り返し言及されています。少し御紹介したいと思います。
意見ないし論評を表明する自由が民主主義社会に不可欠な表現の自由の根幹を構成するものである、そして、意見ないし論評については、その内容の正当性や合理性を特に問うことなく、それが人身攻撃に及ぶなどの意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限りは不法行為にはならないんだ、こういう判断を示した、これは平成十六年ですけれども、最高裁の判例があります。
何が言いたいかといいますと、意見を述べたり論評する、これは決して正しい意見だけが保護されるものではないということなんです。その中には、例えば、間違った論評であったりであるとか、あるいは不合理な意見というものも、その意見を表明する自由が我々にはあるわけです。そして、そのような意見を表明する自由はこの社会にとって不可欠だということです。当然、その中には、時の政府を批判するような言動ももちろん含まれます。
一方で、表現の自由というのは、最も権力によって傷つけられやすい権利だというふうにも言われます。今回、侮辱罪というものが審議に上がっているわけですけれども、これまでの歴史の中でも、侮辱罪、侮辱の名をかりた表現行為に対する制限、制約がなされてきた、このことは過去の歴史が物語っています。
元々、侮辱という言葉が法律用語として初めて出てきたのは、明治時代のいわゆる旧刑法、この中に官吏侮辱罪というものがあります。これが、侮辱というものが法律で初めて出てきた、一番最初と言われています。つまり、侮辱というのは、官吏、すなわち公務員、官僚に対する不敬行為だというふうに歴史的にされてきたわけです。
このような性質を持つ侮辱罪の法定刑を引き上げて、とりわけ懲役刑を設けるということは、逮捕、勾留を容易にするわけでして、それは、市民が意見を表明する自由、あるいは表現をする自由、意見、論評を述べる自由、政府に対して批判的な言動をする自由、こういったものに対して大きな萎縮効果を生み出すものです。
そして、このような表現行為に対する刑罰である侮辱罪の法定刑を引き上げる、とりわけ懲役刑を設けるということは、国際的な潮流にも反しています。このことについてもお話ししなければなりません。
国連自由権規約委員会は、二〇一一年に一般的意見の中で、表現行為に対する刑罰についてこのように述べています。どのような場合でも、刑法の適用が容認されるのは最も重大な事件に限られなければならず、拘禁刑は決して適切な刑罰ではない、このような見解を明らかにしています。そして、諸外国においても、アメリカ、イギリス、フランスなどでは、名誉に対する罪について、罪を廃止し、あるいは法定刑から拘禁刑を削除する、こういった法改正が進んでいます。
ところが、今回の政府案は、この侮辱といういわば表現行為に対する罪について新たに懲役刑を設けようとするものですので、これは明らかに国際的な潮流、流れに反するものです。
つまるところ、政府の提案である侮辱罪の法定刑を引き上げたとしても、今深刻な問題となっているインターネット上の誹謗中傷の問題に対して的確に対処することはできず、いずれ、この問題に対しては、インターネット上の誹謗中傷の問題について、正面からこのことを捉える新たな立法が求められる可能性が高いと私は思います。なぜならば、結局、侮辱罪で処罰できない行為が多数あるからです。
そうなったとき、今回の侮辱罪の法定刑、仮に引き上げられるとしたら、その負の側面、つまり、国民の正当な表現行為に対する萎縮効果であるとか、あるいは、侮辱罪が言論弾圧、言論統制の手段として用いられる、こういった負の側面だけが残ってしまう、そのような危惧を覚えずにはいられません。
このような観点から、インターネット上の誹謗中傷の問題につきまして、侮辱罪の法定刑引上げという方法ではなくて、正面からこの問題に対する処罰規定を設けるべきだとする、そして、正当な表現行為、公共の利害に関わる言動を守ろう、そういう規定を設けようとする、立憲民主党などが出されている対案の基本的な姿勢というのは極めて正しいものだと考えます。
続きまして、話題は変わりまして、拘禁刑のことについて少しだけ述べたいと思います。
現行の刑法には懲役刑と禁錮刑というものが定められているわけですけれども、一実務家としても、その区別が極めて曖昧なものになっているという実感を感じるところであります。ですので、これをまとめて拘禁刑というものにするということ自体は、私自身、極めて合理的なものだと考えます。
しかし一方で、今回の改正案の中で、拘禁刑に処せられた者には改善更生を図るために必要な指導を行うことができるという条項が新たに設けられようとしています。この点について若干の懸念があります。
刑罰というのは罰です。罰ですから、その人の意に反して強制的になされるものです。拘禁刑という刑罰の本質は、人の身体的な自由を強制的に奪うということです。法律、今回の改正案の言葉で言えば、刑事施設に拘置する、これこそが拘禁刑の本質です。当然、受刑者の意に反して無理やり拘置するわけです。
一方で、改正案の十二条三項として規定されている、改善更生を図るために必要な指導を行うことができるという、これが拘禁刑の刑罰の内容として定められているとすれば、大きな問題があると考えます。
必要な指導を行う、これは、法律案の条文にも書かれているとおり、受刑者の改善更生を図るためのものとして規定されています。ここで重要なことは、受刑者の改善更生を図るためには、受刑者の自らの意思でこれらの指導を受けるということが肝要だということです。言い換えれば、受刑者の意に反するような強制的な指導、これは決して改善更生のために役に立たないということです。
このことは、この法案が議論された法制審議会の部会の中でも、矯正現場の方の声としてこのような声が紹介されていました。特に改善指導や教科指導は受刑者自身が自発的に取り組むことで大きな効果が上がるものであり、懲罰により間接的に強制することに大きな意義はない。現場の方の声としても紹介されているとおりです。
つまり、この改善更生を図るための必要な指導というのが、決して強制的になされるべきではない、刑罰としてなされてはいけないものだということです。
今回の改正案が成立した後、刑務所において、改善更生を図るという名の下、受刑者の意に反するような指導が強制されて、そのような強制的な指導を拒否したことに対して刑務所で懲罰が科されるということがあるならば、それは拘禁刑という刑罰以上の苦痛をその受刑者に与えるものだと言えます。
日頃、刑事事件の弁護活動をしていますと、刑事事件の被疑者、被告人となってしまう方には様々な方がいらっしゃいます。コミュニケーションが得意でない方、あるいは物事を理解するのが苦手な方、様々な障害を抱えている方、彼らは、その意に反した指導の対象に実になりやすい方々です。それが刑務所内の懲罰という形で強制されるということは、誰のためにもならないものだと考えます。
あくまでも、この必要な指導というのは受刑者の意に沿った形でなされるべきものであって、この政府提案の改正案について若干の危惧感を述べさせていただきました。
以上で私の意見陳述とさせていただきます。御清聴ありがとうございました。拍手
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私は、市井の弁護士として日々現場で活動をしております。それとともに、日弁連、日本弁護士連合会の嘱託弁護士としての活動もしておりますが、今日は、あくまでも私個人の意見として、今審議されているこの刑法の改正案、その中でも、侮辱罪の法定刑の引上げの問題と、あと、拘禁刑のことについて若干意見を述べさせていただきたいと思います。
まず最初に、インターネット上でいわれのない誹謗中傷によって、自ら命を絶たれた木村花さんに対して、この場をかりて哀悼の意を表します。
私は日頃、刑事事件の被疑者、被告人とされている方の弁護活動をしています。刑事事件の被疑者、被告人とされている方もまた、インターネット上の誹謗中傷の的、ターゲットになりやすい方々です。そして、時にその矛先は、被疑者、被告人だけではなくて、彼らを弁護する我々弁護士、弁護人に向けても、その誹謗中傷の矛先が向きます。
私自身も、これまで何度も、世間を震撼させるような刑事事件であったり、あるいは著名な刑事事件の弁護活動をする中で、私自身がインターネット上の誹謗中傷の的とされた経験があります。さらに、私自身が在日コリアンという出自があるということも相まって、更にそのようなインターネット上の誹謗中傷というのは激しくなることもあります。そういう意味で、インターネット上の誹謗中傷の問題というのは、我々弁護士にとっても決して他人事ではありません。
そして、この問題について今の法制度が十分に対処できているかと言われれば、全くそうは思いません。本来もっときっちり処罰されるべき行為が処罰されていないという現状はあると思います。
しかし、それでも私は、今回の侮辱罪の法定刑引上げという政府が出しているこの法案については賛成できません。その理由は、端的に申しますと、この民主主義社会において最も重要な権利である表現の自由、これを損ねる危険が大きい、とても危険な法案だからです。
今回の政府案の問題点につきましては、立憲民主党などが提出されている対案、あるいは、本会議での趣旨説明を拝見しましたけれども、その中で極めて的確に指摘されていると思いますので、その内容を若干敷衍しながら、私の方からも述べたいと思います。
まず、政府案である、侮辱罪の法定刑を引き上げる、このことによってインターネット上の誹謗中傷問題に対処しようという、このことは決して昨今問題となっている本来処罰の対象とされるべき行為に対して適切に処罰することができないんだというこの指摘は、極めて正しい指摘です。
今問題となっているインターネット上の誹謗中傷の行為というのは、様々な態様でなされます。もちろん、中には、誰もがアクセスできるようなインターネット上の公開された空間、いわば公然となされるもの、そういうところで誹謗中傷が公然となされるものもあります。しかし、それだけではありません。例えば、SNS上におけるダイレクトメッセージであったりであるとか、あるいは、数人のクローズドな空間、SNS上のクローズドな空間における誹謗中傷というのも、深刻な問題であり、またこれは被害者の方の心を深く傷つけます。しかし、これらは決して公然となされるわけでありません。ですので、侮辱罪によって処罰することができないものです。
つまり、今問題となっているインターネット上の誹謗中傷の問題というのは、公然性というのが法律の要件とされていて、しかも、人の外部的な名誉、これを守る法律だとされている侮辱罪による処罰にはなじまないものです。
この点につきまして、本会議における政府の答弁、法務大臣の答弁でも、クローズドな空間での誹謗中傷の問題に対してはどうするのかという質問に対して、これは侮辱罪による処罰の対象とはならないんだと法務大臣も認めておられました。そして、それらの行為については、行政的な諸施策を推進する、このようなお答えがありましたけれども、この答弁は、まさに、今問題になっているインターネット上の誹謗中傷の問題に対して、侮辱罪という犯罪、この犯罪の法定刑を引き上げることによって対処することが決して的確なものではないということを端的に示していると思います。
一方で、侮辱罪の法定刑を引き上げ、そして懲役刑を設ける、このことによって、法律上、侮辱による逮捕あるいは勾留というものが、これは容易にできるようになります。法律上の扱いが変わります。そのことによって、公共の利害に関わる言動であるとか、あるいは政治家に対する言動であるとか、こういった言動までもが処罰の対象になる危険がある、こういう指摘がなされているわけですけれども、これも極めて正しい指摘です。そして、表現の自由に与える危険が大きいということこそが、この場で今一番議論すべき問題ではないでしょうか。
この民主主義社会において、私たち市民は、様々な意見に接したり、あるいは政策に接したり、あるいはそういった批判の言動に接したり、そしてそういうものを報道で知ったりして、自らの意見を形成して、それを政治に反映することが可能になるわけです。その中には、時の政府に対して批判的な言動も当然含まれます。これらの表現の自由が守られるということこそが、民主主義の社会を維持する上で最も重要なことです。だからこそ、表現の自由というのはほかの権利よりも優越される、優先されるというふうに言われるゆえんです。
そして、このことは、例えば最高裁判所の判決の中でも繰り返し言及されています。少し御紹介したいと思います。
意見ないし論評を表明する自由が民主主義社会に不可欠な表現の自由の根幹を構成するものである、そして、意見ないし論評については、その内容の正当性や合理性を特に問うことなく、それが人身攻撃に及ぶなどの意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限りは不法行為にはならないんだ、こういう判断を示した、これは平成十六年ですけれども、最高裁の判例があります。
何が言いたいかといいますと、意見を述べたり論評する、これは決して正しい意見だけが保護されるものではないということなんです。その中には、例えば、間違った論評であったりであるとか、あるいは不合理な意見というものも、その意見を表明する自由が我々にはあるわけです。そして、そのような意見を表明する自由はこの社会にとって不可欠だということです。当然、その中には、時の政府を批判するような言動ももちろん含まれます。
一方で、表現の自由というのは、最も権力によって傷つけられやすい権利だというふうにも言われます。今回、侮辱罪というものが審議に上がっているわけですけれども、これまでの歴史の中でも、侮辱罪、侮辱の名をかりた表現行為に対する制限、制約がなされてきた、このことは過去の歴史が物語っています。
元々、侮辱という言葉が法律用語として初めて出てきたのは、明治時代のいわゆる旧刑法、この中に官吏侮辱罪というものがあります。これが、侮辱というものが法律で初めて出てきた、一番最初と言われています。つまり、侮辱というのは、官吏、すなわち公務員、官僚に対する不敬行為だというふうに歴史的にされてきたわけです。
このような性質を持つ侮辱罪の法定刑を引き上げて、とりわけ懲役刑を設けるということは、逮捕、勾留を容易にするわけでして、それは、市民が意見を表明する自由、あるいは表現をする自由、意見、論評を述べる自由、政府に対して批判的な言動をする自由、こういったものに対して大きな萎縮効果を生み出すものです。
そして、このような表現行為に対する刑罰である侮辱罪の法定刑を引き上げる、とりわけ懲役刑を設けるということは、国際的な潮流にも反しています。このことについてもお話ししなければなりません。
国連自由権規約委員会は、二〇一一年に一般的意見の中で、表現行為に対する刑罰についてこのように述べています。どのような場合でも、刑法の適用が容認されるのは最も重大な事件に限られなければならず、拘禁刑は決して適切な刑罰ではない、このような見解を明らかにしています。そして、諸外国においても、アメリカ、イギリス、フランスなどでは、名誉に対する罪について、罪を廃止し、あるいは法定刑から拘禁刑を削除する、こういった法改正が進んでいます。
ところが、今回の政府案は、この侮辱といういわば表現行為に対する罪について新たに懲役刑を設けようとするものですので、これは明らかに国際的な潮流、流れに反するものです。
つまるところ、政府の提案である侮辱罪の法定刑を引き上げたとしても、今深刻な問題となっているインターネット上の誹謗中傷の問題に対して的確に対処することはできず、いずれ、この問題に対しては、インターネット上の誹謗中傷の問題について、正面からこのことを捉える新たな立法が求められる可能性が高いと私は思います。なぜならば、結局、侮辱罪で処罰できない行為が多数あるからです。
そうなったとき、今回の侮辱罪の法定刑、仮に引き上げられるとしたら、その負の側面、つまり、国民の正当な表現行為に対する萎縮効果であるとか、あるいは、侮辱罪が言論弾圧、言論統制の手段として用いられる、こういった負の側面だけが残ってしまう、そのような危惧を覚えずにはいられません。
このような観点から、インターネット上の誹謗中傷の問題につきまして、侮辱罪の法定刑引上げという方法ではなくて、正面からこの問題に対する処罰規定を設けるべきだとする、そして、正当な表現行為、公共の利害に関わる言動を守ろう、そういう規定を設けようとする、立憲民主党などが出されている対案の基本的な姿勢というのは極めて正しいものだと考えます。
続きまして、話題は変わりまして、拘禁刑のことについて少しだけ述べたいと思います。
現行の刑法には懲役刑と禁錮刑というものが定められているわけですけれども、一実務家としても、その区別が極めて曖昧なものになっているという実感を感じるところであります。ですので、これをまとめて拘禁刑というものにするということ自体は、私自身、極めて合理的なものだと考えます。
しかし一方で、今回の改正案の中で、拘禁刑に処せられた者には改善更生を図るために必要な指導を行うことができるという条項が新たに設けられようとしています。この点について若干の懸念があります。
刑罰というのは罰です。罰ですから、その人の意に反して強制的になされるものです。拘禁刑という刑罰の本質は、人の身体的な自由を強制的に奪うということです。法律、今回の改正案の言葉で言えば、刑事施設に拘置する、これこそが拘禁刑の本質です。当然、受刑者の意に反して無理やり拘置するわけです。
一方で、改正案の十二条三項として規定されている、改善更生を図るために必要な指導を行うことができるという、これが拘禁刑の刑罰の内容として定められているとすれば、大きな問題があると考えます。
必要な指導を行う、これは、法律案の条文にも書かれているとおり、受刑者の改善更生を図るためのものとして規定されています。ここで重要なことは、受刑者の改善更生を図るためには、受刑者の自らの意思でこれらの指導を受けるということが肝要だということです。言い換えれば、受刑者の意に反するような強制的な指導、これは決して改善更生のために役に立たないということです。
このことは、この法案が議論された法制審議会の部会の中でも、矯正現場の方の声としてこのような声が紹介されていました。特に改善指導や教科指導は受刑者自身が自発的に取り組むことで大きな効果が上がるものであり、懲罰により間接的に強制することに大きな意義はない。現場の方の声としても紹介されているとおりです。
つまり、この改善更生を図るための必要な指導というのが、決して強制的になされるべきではない、刑罰としてなされてはいけないものだということです。
今回の改正案が成立した後、刑務所において、改善更生を図るという名の下、受刑者の意に反するような指導が強制されて、そのような強制的な指導を拒否したことに対して刑務所で懲罰が科されるということがあるならば、それは拘禁刑という刑罰以上の苦痛をその受刑者に与えるものだと言えます。
日頃、刑事事件の弁護活動をしていますと、刑事事件の被疑者、被告人となってしまう方には様々な方がいらっしゃいます。コミュニケーションが得意でない方、あるいは物事を理解するのが苦手な方、様々な障害を抱えている方、彼らは、その意に反した指導の対象に実になりやすい方々です。それが刑務所内の懲罰という形で強制されるということは、誰のためにもならないものだと考えます。
あくまでも、この必要な指導というのは受刑者の意に沿った形でなされるべきものであって、この政府提案の改正案について若干の危惧感を述べさせていただきました。
以上で私の意見陳述とさせていただきます。御清聴ありがとうございました。拍手
鈴
神
神津里季生#8
○神津参考人 ただいま御指名を受けました神津でございます。
本日、このような機会をいただきましたことに、まず感謝を申し上げたいと思います。
以下、今回の法改正の案件の中でも、特に、いわゆる侮辱罪に関連する問題に重点を置きながら、私なりの見解を申し述べさせていただきたいと思います。
本日、この場にお呼びをいただくことになったきっかけは、昨年の十月二十一日に開催されました第百九十二回法制審議会におきまして、当時委員でありました私の以下の発言と、それに伴う対応であったかと思います。したがいまして、当時の議事録に沿って、以下、再度この場でそのままの内容をまず申し述べさせていただきたいと思います。
近年、SNSなどのツールを使った匿名による特定の個人への誹謗中傷行為は、目に余るものがあり、自らの命を絶つ事案まで生じてしまっているわけであります。精神的な苦痛を余儀なくされている方々が増えている現状を踏まえれば、こうした行為を抑止する策を講ずる必要性は大いに理解できるところであります。
一方で、侮辱罪につきましては、その行為が侮辱に当たるのかどうかの線引き、判断が難しく、現状では、科刑は年間三十件程度と聞いております。今後SNSの更なる普及が想定される中、本件については、厳罰化が及ぼす様々な影響を含めて、身体拘束の是非や名誉毀損罪における免責に類した取扱い等、幅広い意見を聞いた上で、慎重に検討を重ねるべきと考えます。今回の検討において、十分な議論が尽くされたとは言い難いのではないでしょうか。
本日採決ということでありますけれども、私としては、現時点で賛成若しくは反対という明確な判断を下す材料を持ち得ないというのが、率直なところでありまして、保留せざるを得ないということを申し述べさせていただきたいと思います。
以上の内容の発言をし、そして、採決においては態度を保留させていただきました。しかし、この法制審議会では、異例の短期間でまとめられた答申原案が、日弁連の大迫委員の反対と、そして私の態度保留を除く賛成多数で決定をされ、その内容がそのまま内閣提出法案として現在審議に付されているわけであります。
この案件は、その必要性が世の中でも大変目立っており、ここに至る異例の短期対応はそのことを反映しているものとも思われます。私自身も、労働組合としての発信の必要性、重要性を強く認識しつつ、ツイッター等SNSのアカウントを開設をし努力をしてきた中で、匿名の投稿による罵詈雑言やいわれのない誹謗中傷をしばしば受けてきましたから、何らかの対策が早期に必要なこと自体は大変よく分かります。
しかしその一方で、そのようなある種の分かりやすさばかりが先行して、刑法という世界において不可欠であるはずの歯止めの機能がなおざりにされているのではないでしょうか。私たち一般の大衆社会がその危険性に気がつかないまま、そして警鐘を鳴らすべきメディアの世界も気づかないまま、あるいは見て見ぬふりがされて、この改正案件がそのまま通過しようとしているのではないか、率直な危機感を禁じ得ないところであります。
今回の法改正がすぐさま悪用されるとか、権力者の恣意的な批判封じ込めに即使われるとまでは申しません。しかし、時間がたてば分かりません。時代が変化し、もしも国民の民主主義的な思考習慣が今以上に弱まっていってしまうと、時の権力者がこの条文を悪用する可能性は否定できないのではないでしょうか。そのような危険性は、民主主義的なマインドの劣化に反比例して高まっていくことも容易に想像されます。そのようなことが起きてしまえば、かつて我が国が陥ってしまったような、自由に物が言えない社会への入口に入ってしまいかねません。果ては、連日その有様が報道されるロシアを始めとした専制国家と何が違うのかということにもなりかねません。
そうなってからでは遅いのであります。今回の改正は、目的とすることについてはしっかりとその目的達成を目指し、一方で、目的としていないことについては生じかねない危険性の芽を摘んでおくということが極めて重要なポイントとなっているのではないでしょうか。そのことが、外してはならない課題となっているのではないか、そしてそれは、後世に対する私たちの責任として突きつけられているのではないかということをまず申し述べておきたいと思います。
具体的な懸念点を、以下、私なりの表現で更に申し述べておきたいと思います。
様々な問題は、先ほど触れました昨年十月の法制審議会において日弁連の大迫委員からも述べられましたし、また先ほど、同じく日弁連の趙参考人からもお話がありました。私としても同様の趣旨の認識を持つ中で、素朴な疑問も含めて、問題意識を申し述べておきたいと思います。
侮辱罪とは、刑法第二百三十一条の定めにあるところの「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。」というものであります。
侮辱とは一体何でありましょうか。辞書を引きますと、他者を侮り、蔑み、ばかにしたり、罵ったり、ないがしろにすることとあります。このような侮辱という言葉の持つ様々な態様を考えますと、侮辱罪の対象自体は非常に広い範囲で捉え得るのではないかと思いますが、現状では、侮辱罪の事案は年間で三十件程度ということであります。これが、今回の厳罰化でどう変化していくのでありましょうか。どう変化していくと期待されているのでありましょうか。
法改正を経ても余り件数が増えないとすれば、侮辱罪に相当する事案そのものがそもそも少ないということで、実際にそうであれば望ましいことですが、果たしてどうなんでありましょうか。実際には、現状に大いに問題があり、侮辱罪に相当する事案の多くが表に出ていないのではないか、そういった見方があるのではないでしょうか。
先ほど、木村参考人から、心の底からの切実なお訴えをお聞きしました。改めて、二度とあってはならないことだとの思いを私も強く持ちました。私からも、木村花さんに対して改めて哀悼の意を表しておきたい、このように思います。
そして、私は、今回の議論を機に、埋もれている事案があるとするならば、それをできる限り表に出していくことは、更なる犠牲者を生まないためにも必須のことではないかと思います。先ほども申し述べましたように、侮辱という言葉の示す範囲が非常に広いこととも重ね合わせるならば、一時的に侮辱罪の事案件数が相当数に膨らんでいくことも視野に置く必要があるのかもしれません。
だからこそ、先ほど申し述べたように、目的としていないことについては生じかねない危険性の芽を摘んでおくことが必要なのではないでしょうか。
侮辱罪と同様に人の尊厳を傷つける罪である名誉毀損罪では細かい制約や免責の定めがあるのですが、侮辱罪にはそれがありません。同様の対応が不可欠であると考えます。
そして、言論等の表現に対する刑罰法規については、憲法が保障する表現の自由を脅かすことがないようにするための手だてが必要であります。公益的な目的で行われる論評や批判など、保護すべき表現については、正当行為や違法性の阻却事由になることを明文化するということがあってしかるべきと考えます。
海外の先進諸国における対策の動向についても、私からも一言触れておきたいと思います。
先ほど趙参考人からあったとおりなのでありますが、やはり、人権尊重を第一義とする民主主義陣営の各国においては、この種の事案に対しては、刑事罰で牢屋に入れてしまうというやり方から、民事で解決を図ろうとする方向に転換する流れが一般的である、このように聞きます。その下で、SNS対策を地に足の着いた形で強化すべく取り組んでいるとも聞きます。それは、権力の恣意で、侮辱されたから牢屋に閉じ込めるなどということが起きないようにする、その考え方が根底にあるからだと認識をします。
そのような意味では、刑法の改正もさることながら、改正プロバイダー責任制限法の早期施行や、発信者情報の開示請求がより早期に行われるための更なる改正に向けた検討促進であるとか、あるいは、その他の法整備によって刑事告発、あるいは民事の損害賠償の手続などが迅速に行われるような環境の整備を行う必要があると考えます。
以上、内閣提出法案に対する懸念点を申し述べてまいりました。
本委員会におきましては、立憲民主党・無所属会派から提出されている通称インターネット誹謗中傷対策法案が同時に審議対象となっております。ただいまるる申し述べてきた問題意識からしても、私は、この法案につきまして、是非真摯な議論を重ねていただき、今回俎上に上がっている問題に対する有効な解決策として採用されることを切望をいたします。
具体的にも触れておきたいと思います。
まず、この法案では、加害目的誹謗等罪を創設するとしています。人の内面における人格に対する加害の目的で人を誹謗中傷した者は、拘留又は科料に処するとしているところです。
先ほど来申し述べておりますように、単に侮辱と言っただけでは非常に広い概念を含んでおります。しかし、実際に事案として明確になる侮辱罪は、年間三十件程度ということです。このギャップは一体どういうことなのかということであります。三十件などという限られた件数であるはずはありません。実際には、屈辱にまみれながらも、訴えるすべを持つことができず、ひたすら我慢をし、耐え忍んでいる被害者が山のようにおられるのではないでしょうか。
そもそも、侮辱罪というかなりの曖昧さを有した枠組みをそのまま継続することでは、問題の解決には全くつながらないのではないでしょうか。量刑を重くすることで、これらのあまたの被害者が救われるようになるという、そんなに簡単な話であるとは私は到底思えません。
立憲民主党・無所属会派の提出法案のように、人の内面における人格に対する加害の目的で人を誹謗中傷した者と特定することによって初めて問題の解決に歩を進めることができるのではないでしょうか。このように特定をし、ターゲットを絞ることによって、対象事案の問題性がより一層明確にあぶり出されるのではないでしょうか。
以上、特に法制審議会で留保をした問題に関連した内容に絞って発言をさせていただきました。
悲劇は二度と繰り返されてはなりません。しかし、今も悲劇の温床は相当の範囲で広がってしまっているのであります。
多数を占める与党により淡々と内閣提出法案がそのまま通過をするようでは、問題の解決にはほど遠いと言わざるを得ないと思います。単なるアリバイづくりであったと後から言われることにもなりかねないのではないでしょうか。
一方で、数で大きく負ける野党の法案だからといって、そこに込められた問題解決への提案が採用されなければ、何のための国会審議かということになるのではないでしょうか。
以上、私からの冒頭の発言といたします。御清聴ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →本日、このような機会をいただきましたことに、まず感謝を申し上げたいと思います。
以下、今回の法改正の案件の中でも、特に、いわゆる侮辱罪に関連する問題に重点を置きながら、私なりの見解を申し述べさせていただきたいと思います。
本日、この場にお呼びをいただくことになったきっかけは、昨年の十月二十一日に開催されました第百九十二回法制審議会におきまして、当時委員でありました私の以下の発言と、それに伴う対応であったかと思います。したがいまして、当時の議事録に沿って、以下、再度この場でそのままの内容をまず申し述べさせていただきたいと思います。
近年、SNSなどのツールを使った匿名による特定の個人への誹謗中傷行為は、目に余るものがあり、自らの命を絶つ事案まで生じてしまっているわけであります。精神的な苦痛を余儀なくされている方々が増えている現状を踏まえれば、こうした行為を抑止する策を講ずる必要性は大いに理解できるところであります。
一方で、侮辱罪につきましては、その行為が侮辱に当たるのかどうかの線引き、判断が難しく、現状では、科刑は年間三十件程度と聞いております。今後SNSの更なる普及が想定される中、本件については、厳罰化が及ぼす様々な影響を含めて、身体拘束の是非や名誉毀損罪における免責に類した取扱い等、幅広い意見を聞いた上で、慎重に検討を重ねるべきと考えます。今回の検討において、十分な議論が尽くされたとは言い難いのではないでしょうか。
本日採決ということでありますけれども、私としては、現時点で賛成若しくは反対という明確な判断を下す材料を持ち得ないというのが、率直なところでありまして、保留せざるを得ないということを申し述べさせていただきたいと思います。
以上の内容の発言をし、そして、採決においては態度を保留させていただきました。しかし、この法制審議会では、異例の短期間でまとめられた答申原案が、日弁連の大迫委員の反対と、そして私の態度保留を除く賛成多数で決定をされ、その内容がそのまま内閣提出法案として現在審議に付されているわけであります。
この案件は、その必要性が世の中でも大変目立っており、ここに至る異例の短期対応はそのことを反映しているものとも思われます。私自身も、労働組合としての発信の必要性、重要性を強く認識しつつ、ツイッター等SNSのアカウントを開設をし努力をしてきた中で、匿名の投稿による罵詈雑言やいわれのない誹謗中傷をしばしば受けてきましたから、何らかの対策が早期に必要なこと自体は大変よく分かります。
しかしその一方で、そのようなある種の分かりやすさばかりが先行して、刑法という世界において不可欠であるはずの歯止めの機能がなおざりにされているのではないでしょうか。私たち一般の大衆社会がその危険性に気がつかないまま、そして警鐘を鳴らすべきメディアの世界も気づかないまま、あるいは見て見ぬふりがされて、この改正案件がそのまま通過しようとしているのではないか、率直な危機感を禁じ得ないところであります。
今回の法改正がすぐさま悪用されるとか、権力者の恣意的な批判封じ込めに即使われるとまでは申しません。しかし、時間がたてば分かりません。時代が変化し、もしも国民の民主主義的な思考習慣が今以上に弱まっていってしまうと、時の権力者がこの条文を悪用する可能性は否定できないのではないでしょうか。そのような危険性は、民主主義的なマインドの劣化に反比例して高まっていくことも容易に想像されます。そのようなことが起きてしまえば、かつて我が国が陥ってしまったような、自由に物が言えない社会への入口に入ってしまいかねません。果ては、連日その有様が報道されるロシアを始めとした専制国家と何が違うのかということにもなりかねません。
そうなってからでは遅いのであります。今回の改正は、目的とすることについてはしっかりとその目的達成を目指し、一方で、目的としていないことについては生じかねない危険性の芽を摘んでおくということが極めて重要なポイントとなっているのではないでしょうか。そのことが、外してはならない課題となっているのではないか、そしてそれは、後世に対する私たちの責任として突きつけられているのではないかということをまず申し述べておきたいと思います。
具体的な懸念点を、以下、私なりの表現で更に申し述べておきたいと思います。
様々な問題は、先ほど触れました昨年十月の法制審議会において日弁連の大迫委員からも述べられましたし、また先ほど、同じく日弁連の趙参考人からもお話がありました。私としても同様の趣旨の認識を持つ中で、素朴な疑問も含めて、問題意識を申し述べておきたいと思います。
侮辱罪とは、刑法第二百三十一条の定めにあるところの「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。」というものであります。
侮辱とは一体何でありましょうか。辞書を引きますと、他者を侮り、蔑み、ばかにしたり、罵ったり、ないがしろにすることとあります。このような侮辱という言葉の持つ様々な態様を考えますと、侮辱罪の対象自体は非常に広い範囲で捉え得るのではないかと思いますが、現状では、侮辱罪の事案は年間で三十件程度ということであります。これが、今回の厳罰化でどう変化していくのでありましょうか。どう変化していくと期待されているのでありましょうか。
法改正を経ても余り件数が増えないとすれば、侮辱罪に相当する事案そのものがそもそも少ないということで、実際にそうであれば望ましいことですが、果たしてどうなんでありましょうか。実際には、現状に大いに問題があり、侮辱罪に相当する事案の多くが表に出ていないのではないか、そういった見方があるのではないでしょうか。
先ほど、木村参考人から、心の底からの切実なお訴えをお聞きしました。改めて、二度とあってはならないことだとの思いを私も強く持ちました。私からも、木村花さんに対して改めて哀悼の意を表しておきたい、このように思います。
そして、私は、今回の議論を機に、埋もれている事案があるとするならば、それをできる限り表に出していくことは、更なる犠牲者を生まないためにも必須のことではないかと思います。先ほども申し述べましたように、侮辱という言葉の示す範囲が非常に広いこととも重ね合わせるならば、一時的に侮辱罪の事案件数が相当数に膨らんでいくことも視野に置く必要があるのかもしれません。
だからこそ、先ほど申し述べたように、目的としていないことについては生じかねない危険性の芽を摘んでおくことが必要なのではないでしょうか。
侮辱罪と同様に人の尊厳を傷つける罪である名誉毀損罪では細かい制約や免責の定めがあるのですが、侮辱罪にはそれがありません。同様の対応が不可欠であると考えます。
そして、言論等の表現に対する刑罰法規については、憲法が保障する表現の自由を脅かすことがないようにするための手だてが必要であります。公益的な目的で行われる論評や批判など、保護すべき表現については、正当行為や違法性の阻却事由になることを明文化するということがあってしかるべきと考えます。
海外の先進諸国における対策の動向についても、私からも一言触れておきたいと思います。
先ほど趙参考人からあったとおりなのでありますが、やはり、人権尊重を第一義とする民主主義陣営の各国においては、この種の事案に対しては、刑事罰で牢屋に入れてしまうというやり方から、民事で解決を図ろうとする方向に転換する流れが一般的である、このように聞きます。その下で、SNS対策を地に足の着いた形で強化すべく取り組んでいるとも聞きます。それは、権力の恣意で、侮辱されたから牢屋に閉じ込めるなどということが起きないようにする、その考え方が根底にあるからだと認識をします。
そのような意味では、刑法の改正もさることながら、改正プロバイダー責任制限法の早期施行や、発信者情報の開示請求がより早期に行われるための更なる改正に向けた検討促進であるとか、あるいは、その他の法整備によって刑事告発、あるいは民事の損害賠償の手続などが迅速に行われるような環境の整備を行う必要があると考えます。
以上、内閣提出法案に対する懸念点を申し述べてまいりました。
本委員会におきましては、立憲民主党・無所属会派から提出されている通称インターネット誹謗中傷対策法案が同時に審議対象となっております。ただいまるる申し述べてきた問題意識からしても、私は、この法案につきまして、是非真摯な議論を重ねていただき、今回俎上に上がっている問題に対する有効な解決策として採用されることを切望をいたします。
具体的にも触れておきたいと思います。
まず、この法案では、加害目的誹謗等罪を創設するとしています。人の内面における人格に対する加害の目的で人を誹謗中傷した者は、拘留又は科料に処するとしているところです。
先ほど来申し述べておりますように、単に侮辱と言っただけでは非常に広い概念を含んでおります。しかし、実際に事案として明確になる侮辱罪は、年間三十件程度ということです。このギャップは一体どういうことなのかということであります。三十件などという限られた件数であるはずはありません。実際には、屈辱にまみれながらも、訴えるすべを持つことができず、ひたすら我慢をし、耐え忍んでいる被害者が山のようにおられるのではないでしょうか。
そもそも、侮辱罪というかなりの曖昧さを有した枠組みをそのまま継続することでは、問題の解決には全くつながらないのではないでしょうか。量刑を重くすることで、これらのあまたの被害者が救われるようになるという、そんなに簡単な話であるとは私は到底思えません。
立憲民主党・無所属会派の提出法案のように、人の内面における人格に対する加害の目的で人を誹謗中傷した者と特定することによって初めて問題の解決に歩を進めることができるのではないでしょうか。このように特定をし、ターゲットを絞ることによって、対象事案の問題性がより一層明確にあぶり出されるのではないでしょうか。
以上、特に法制審議会で留保をした問題に関連した内容に絞って発言をさせていただきました。
悲劇は二度と繰り返されてはなりません。しかし、今も悲劇の温床は相当の範囲で広がってしまっているのであります。
多数を占める与党により淡々と内閣提出法案がそのまま通過をするようでは、問題の解決にはほど遠いと言わざるを得ないと思います。単なるアリバイづくりであったと後から言われることにもなりかねないのではないでしょうか。
一方で、数で大きく負ける野党の法案だからといって、そこに込められた問題解決への提案が採用されなければ、何のための国会審議かということになるのではないでしょうか。
以上、私からの冒頭の発言といたします。御清聴ありがとうございました。拍手
鈴
鈴
山
山田賢司#11
○山田(賢)委員 自由民主党の山田賢司でございます。
本日は、四名の参考人の皆様方それぞれから、専門のお立場、あるいは木村様は当事者の立場から、貴重な御意見を賜りまして、本当にありがとうございます。しっかりと法案審議に生かしていきたいというふうに思っております。
とりわけ、木村響子参考人におかれましては、最愛のお嬢様である花様を失われ、大変つらい中であっても、繰り返しこういう話を思い出しながら話さないといけない。こんな中でも公の場に出て御意見を述べていただいていることに深く感謝申し上げます。
私ども自由民主党においても、二〇二〇年八月六日にインターネット上の誹謗中傷・人権侵害等の対策PT、あるいは、二〇二一年六月八日にネット上の誹謗中傷等対策小委員会でも御意見を述べていただきました。そういった御意見を踏まえて、もちろん法改正、刑法の罰則引上げだけではなくて、先ほどお話があったようなプロバイダー責任法の改正、様々な対策が必要だと思っております。
その上で、今回、この法案で、侮辱罪の罰則を引き上げる改正案として提出されてきた、このことについての御感想、思いをお聞かせいただければと思います。
この発言だけを見る →本日は、四名の参考人の皆様方それぞれから、専門のお立場、あるいは木村様は当事者の立場から、貴重な御意見を賜りまして、本当にありがとうございます。しっかりと法案審議に生かしていきたいというふうに思っております。
とりわけ、木村響子参考人におかれましては、最愛のお嬢様である花様を失われ、大変つらい中であっても、繰り返しこういう話を思い出しながら話さないといけない。こんな中でも公の場に出て御意見を述べていただいていることに深く感謝申し上げます。
私ども自由民主党においても、二〇二〇年八月六日にインターネット上の誹謗中傷・人権侵害等の対策PT、あるいは、二〇二一年六月八日にネット上の誹謗中傷等対策小委員会でも御意見を述べていただきました。そういった御意見を踏まえて、もちろん法改正、刑法の罰則引上げだけではなくて、先ほどお話があったようなプロバイダー責任法の改正、様々な対策が必要だと思っております。
その上で、今回、この法案で、侮辱罪の罰則を引き上げる改正案として提出されてきた、このことについての御感想、思いをお聞かせいただければと思います。
木
木村響子#12
○木村参考人 私は、この二年間、ずっと活動を続けてきて、本当に、どうしたら花を助けることができたんだろうというのを毎日、今も考えるんですけれども、やはりしっかりとした法律、今のSNSの現状に合ったものを是非作っていただきたいと思います。
SNSの新しい法案については賛成なんですけれども、侮辱罪の厳罰化が、それによって遅れるということは、私は本当にあってはならないと思います。
今、加害者の権利というのがすごく守られるんですけれども、何でこんなに苦しい思いをしている被害者の権利を皆さん軽視されるのかと、私は本当に残念で悲しく思います。
厳罰化になることによって、その抑止力で、被害者も加害者も絶対に減らしていくことができると思っています。よろしくお願いします。
この発言だけを見る →SNSの新しい法案については賛成なんですけれども、侮辱罪の厳罰化が、それによって遅れるということは、私は本当にあってはならないと思います。
今、加害者の権利というのがすごく守られるんですけれども、何でこんなに苦しい思いをしている被害者の権利を皆さん軽視されるのかと、私は本当に残念で悲しく思います。
厳罰化になることによって、その抑止力で、被害者も加害者も絶対に減らしていくことができると思っています。よろしくお願いします。
山
山田賢司#13
○山田(賢)委員 ありがとうございます。
実は、今朝ほども自由民主党で、犯罪被害者対策議員連盟というのを発足しまして、犯罪被害者の会、その他の方々からも御意見を聞かせていただきました。
もちろん、国家権力が、加害者とはいえ国民の人権を侵害すること、これに対しては慎重であるべきなんですが、やはり被害者の立場ということを忘れてはいけないというふうに思っております。
また、趙参考人がおっしゃいました、犯罪者の人権、それから、それを助ける、支援される弁護士、そして、私、よく話を聞くのは、犯罪者の家族がバッシングを受ける、こういったこともあってはならないというふうに考えております。
そして、今回、侮辱罪の法定刑を引き上げることに伴いまして、公訴時効が一年から三年に延びます。木村参考人にお尋ねしたいと思うんですけれども、これまで、証拠を集めたり、どこの誰だと特定することが大変苦労をされたということで、思いますけれども、一年というのは、その期間にしては短過ぎるというふうに考えるか、そして、今回三年に引き上げることで、これは助けになるのか。
ちょっと気になったのは、公訴時効が遅れることによって捜査が遅れることがあってはならないという御発言もあったので、この辺を含めて、併せてお伺いできますでしょうか。
この発言だけを見る →実は、今朝ほども自由民主党で、犯罪被害者対策議員連盟というのを発足しまして、犯罪被害者の会、その他の方々からも御意見を聞かせていただきました。
もちろん、国家権力が、加害者とはいえ国民の人権を侵害すること、これに対しては慎重であるべきなんですが、やはり被害者の立場ということを忘れてはいけないというふうに思っております。
また、趙参考人がおっしゃいました、犯罪者の人権、それから、それを助ける、支援される弁護士、そして、私、よく話を聞くのは、犯罪者の家族がバッシングを受ける、こういったこともあってはならないというふうに考えております。
そして、今回、侮辱罪の法定刑を引き上げることに伴いまして、公訴時効が一年から三年に延びます。木村参考人にお尋ねしたいと思うんですけれども、これまで、証拠を集めたり、どこの誰だと特定することが大変苦労をされたということで、思いますけれども、一年というのは、その期間にしては短過ぎるというふうに考えるか、そして、今回三年に引き上げることで、これは助けになるのか。
ちょっと気になったのは、公訴時効が遅れることによって捜査が遅れることがあってはならないという御発言もあったので、この辺を含めて、併せてお伺いできますでしょうか。
木
木村響子#14
○木村参考人 二〇二〇年の五月に花が亡くなったんですけれども、そこから、コロナの関係もありまして、やはり海外のプロバイダーとやり取りをする関係で、一年近くの年月が、犯人が誰かを特定するだけでかかってしまいました。本当にもう時効ぎりぎりになって、やっと警察の方に聴取をしてもらうといったこともかなりありました。
今、名誉毀損が時効が三年になっているんですけれども、同じ時期に名誉毀損も被害届を出しているものがあるんですけれども、それも今、かなりの時間がたっていますけれども、まだ大きな動きはないといったことがあります。
なので、警察の方も事情はおありだと思うんですけれども、本当に迅速に、時効が延びたからといってのんびり起訴されるようでは、被害が速やかな救済につながらないので、本当にそこはお願いしたいです。
この発言だけを見る →今、名誉毀損が時効が三年になっているんですけれども、同じ時期に名誉毀損も被害届を出しているものがあるんですけれども、それも今、かなりの時間がたっていますけれども、まだ大きな動きはないといったことがあります。
なので、警察の方も事情はおありだと思うんですけれども、本当に迅速に、時効が延びたからといってのんびり起訴されるようでは、被害が速やかな救済につながらないので、本当にそこはお願いしたいです。
山
山田賢司#15
○山田(賢)委員 ありがとうございます。
今国会におきまして大変象徴的なのは、与党、政府の提出法案だけではなくて、野党の皆さん方が大変対案を出してこられていること、この中身に私が賛成かどうかは別として、これは大変有意義なことで、このことによって我々も問題点が明らかになりますし、また、我々としても、野党の出される対案に対しても、これはどうなんだろうということ、このことを議論することが大変有意義な審議につながっていることだと思っております。
それで、趙参考人にお伺いしたいと思うんですが、立憲民主党・無所属の会が提出されている法案では、公然としないもの、これも規制できることになります。もちろん加害目的という要件は課されるんですが、公然と人を侮辱していないもの、誹謗中傷したもの、公然としていないものまで規制するということはかえって表現の自由を不当に制限するというような懸念はないのか、御意見をお聞かせいただきたいと思います。
この発言だけを見る →今国会におきまして大変象徴的なのは、与党、政府の提出法案だけではなくて、野党の皆さん方が大変対案を出してこられていること、この中身に私が賛成かどうかは別として、これは大変有意義なことで、このことによって我々も問題点が明らかになりますし、また、我々としても、野党の出される対案に対しても、これはどうなんだろうということ、このことを議論することが大変有意義な審議につながっていることだと思っております。
それで、趙参考人にお伺いしたいと思うんですが、立憲民主党・無所属の会が提出されている法案では、公然としないもの、これも規制できることになります。もちろん加害目的という要件は課されるんですが、公然と人を侮辱していないもの、誹謗中傷したもの、公然としていないものまで規制するということはかえって表現の自由を不当に制限するというような懸念はないのか、御意見をお聞かせいただきたいと思います。
趙
趙誠峰#16
○趙参考人 お答えします。
野党の方から提案されている法案でも、やはりその危険はあると私は思います。ですので、公然としないものでも加害行為として処罰すべきものがどういう行為かということをもっと緻密に限定する必要があるものだと考えます。
この発言だけを見る →野党の方から提案されている法案でも、やはりその危険はあると私は思います。ですので、公然としないものでも加害行為として処罰すべきものがどういう行為かということをもっと緻密に限定する必要があるものだと考えます。
山
山田賢司#17
○山田(賢)委員 ありがとうございます。
そこで、加害の目的を持ってというところが大変私は気にはなっております。もちろん、加害者というのは、木村さんのときもそうだろうと思うんですけれども、この人を死に至らしめてやろうというような目的で誹謗中傷している人は論外なんですけれども、多くは、軽い気持ちと言ったら大変失礼なんですけれども、みんながやっているから、まさかそんなに大事になると思っていなかった、芸能人だからいいだろうみたいな、そんな軽い気持ちで、自分自身、加害ということ、加害するというか、相手が傷つくということを意識せずに、非常に安易な気持ちで心ない言葉を投げる、その心ない言葉の一つ一つの積み重ねが、これがやがて集まって、ナイフのように、刃物のように心を切り裂いていって追い詰めていく、そういうことではないかと思うんです。
人を侮辱する、そもそも、人を、他人を侮辱するということはあってはならないと思うんですけれども、これは加害目的に限ることではないのではないかと思いますが、木村参考人にこの辺の御意見をお聞かせいただきたいと思います。
この発言だけを見る →そこで、加害の目的を持ってというところが大変私は気にはなっております。もちろん、加害者というのは、木村さんのときもそうだろうと思うんですけれども、この人を死に至らしめてやろうというような目的で誹謗中傷している人は論外なんですけれども、多くは、軽い気持ちと言ったら大変失礼なんですけれども、みんながやっているから、まさかそんなに大事になると思っていなかった、芸能人だからいいだろうみたいな、そんな軽い気持ちで、自分自身、加害ということ、加害するというか、相手が傷つくということを意識せずに、非常に安易な気持ちで心ない言葉を投げる、その心ない言葉の一つ一つの積み重ねが、これがやがて集まって、ナイフのように、刃物のように心を切り裂いていって追い詰めていく、そういうことではないかと思うんです。
人を侮辱する、そもそも、人を、他人を侮辱するということはあってはならないと思うんですけれども、これは加害目的に限ることではないのではないかと思いますが、木村参考人にこの辺の御意見をお聞かせいただきたいと思います。
木
木村響子#18
○木村参考人 本当に、誹謗中傷の一番難しいところだと思うんですけれども、誹謗中傷をしているという自覚がないままに誹謗中傷をされている方がほとんどです。これは正しい批判だ、自分の意見だと言って本当にひどい暴言を吐いている方もたくさんいますし、一方で、批判を言われただけで誹謗中傷を受けたとすごくアピールされる方もいらっしゃいます。
これはなぜかというと、誹謗中傷というのがどこからどこまでで、批判というのがどこからどこまでかという境目がしっかりしていないんですね、グレーゾーンというのが必ず存在してしまうので。例えば、木村花さん死ねと言ったときには、これはアウトなんですけれども、木村花さん死ねばいいのにとか、死んでくれとか、死んでほしいとか、そういった言葉が今グレーゾーンと言われている言葉だと思うんですけれども、そういったものの、是非ガイドラインを専門家の方や皆さんで議論して作っていただいて、警察や裁判所などで同じものを使っていただけると大変ありがたいと思います。
裁判でも本当に、裁判官によって全く違う判決が出てしまったり、一人一人、みんなそれぞれ、誹謗中傷と批判ということをばらばらに捉えてしまっているので、是非、皆さんで議論を進めていただきたいと思います。
この発言だけを見る →これはなぜかというと、誹謗中傷というのがどこからどこまでで、批判というのがどこからどこまでかという境目がしっかりしていないんですね、グレーゾーンというのが必ず存在してしまうので。例えば、木村花さん死ねと言ったときには、これはアウトなんですけれども、木村花さん死ねばいいのにとか、死んでくれとか、死んでほしいとか、そういった言葉が今グレーゾーンと言われている言葉だと思うんですけれども、そういったものの、是非ガイドラインを専門家の方や皆さんで議論して作っていただいて、警察や裁判所などで同じものを使っていただけると大変ありがたいと思います。
裁判でも本当に、裁判官によって全く違う判決が出てしまったり、一人一人、みんなそれぞれ、誹謗中傷と批判ということをばらばらに捉えてしまっているので、是非、皆さんで議論を進めていただきたいと思います。
山
山田賢司#19
○山田(賢)委員 ありがとうございます。
もう一つお尋ねしたいのは、侮辱罪の罰則を引き上げると表現の自由が萎縮するという御批判をされる方がいらっしゃって、ただ、先ほど趙参考人もおっしゃったように、正当な論評、批判というのは、最高裁の判決でも出しているように、これは許容されるんだと。
今回の侮辱罪について、新たな法体系、新たな罪を創設するわけではなくて、既存の侮辱罪の法定刑を引き上げるだけなんですね。引き上げても抑止効果はあるんだということなんですが、萎縮するとかどうとかこうとかではなくて、そもそも他人を侮辱するということはあってはならないというふうに考えているんです。法律がなくても他人を侮辱してはいけないんだという意識をみんなが持たないと、不幸な事件はなくならないんだというふうに考えております。
木村さんも我々のPTに出ていただいたとき、人を誹謗中傷することは犯罪であるということを理解してほしいという御発言もございました。もちろん、法律だけじゃなくて、そういった啓発、みんな人のことを侮辱するようなことはやめようというこの意識が何より大事だと思うんですが、とりわけ、侮辱罪の法定刑を引き上げると表現の自由が萎縮するという方々に対して、こういう批判に対して、木村参考人の方から御感想をお聞かせいただけますか。
この発言だけを見る →もう一つお尋ねしたいのは、侮辱罪の罰則を引き上げると表現の自由が萎縮するという御批判をされる方がいらっしゃって、ただ、先ほど趙参考人もおっしゃったように、正当な論評、批判というのは、最高裁の判決でも出しているように、これは許容されるんだと。
今回の侮辱罪について、新たな法体系、新たな罪を創設するわけではなくて、既存の侮辱罪の法定刑を引き上げるだけなんですね。引き上げても抑止効果はあるんだということなんですが、萎縮するとかどうとかこうとかではなくて、そもそも他人を侮辱するということはあってはならないというふうに考えているんです。法律がなくても他人を侮辱してはいけないんだという意識をみんなが持たないと、不幸な事件はなくならないんだというふうに考えております。
木村さんも我々のPTに出ていただいたとき、人を誹謗中傷することは犯罪であるということを理解してほしいという御発言もございました。もちろん、法律だけじゃなくて、そういった啓発、みんな人のことを侮辱するようなことはやめようというこの意識が何より大事だと思うんですが、とりわけ、侮辱罪の法定刑を引き上げると表現の自由が萎縮するという方々に対して、こういう批判に対して、木村参考人の方から御感想をお聞かせいただけますか。
木
木村響子#20
○木村参考人 民主主義というのは、本当に全ての人が守られなければいけないと思うんですけれども、言論の自由だけが守られているという感覚がすごくありまして、もちろん、表現の自由、言論の自由は大事だと思うんですけれども、先ほど私たち言いましたように、それがどこまでも自由なものであっては絶対にいけないと思うんです。それに必ず責任というものがないと、尊厳を踏みにじられる人とか、逆に、私たち被害を受けている人たちはもうずっと言論の自由を奪われている状態です。なので、同じように大事にしてほしいです。被害を受けた側の権利も大事にしていただきたいです。
この発言だけを見る →山
山田賢司#21
○山田(賢)委員 それから、ちょっと趙参考人にもお伺いをしたいと思います。
先ほど意見陳述のところで、冒頭に、個人の意見というふうに断ってお話をされましたが、日弁連としてもこの法定刑の引上げについては反対という御意見書をいただいております。他方、法制審の中の部会の中では、日弁連の犯罪被害者委員でもあります柴田先生からは、実際は一年なんてまだ低いとか、あるいは、こういった意見を述べてもやはり同調する意見をたくさんいただきましたとか、法定刑、是非この改正はしていただきたいという意見なんかもありました。
日弁連の中では、こういった法定刑を引き上げるべきだという意見とは、何か調整というのはあったんでしょうか。お聞かせいただけますでしょうか。
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日弁連の中では、こういった法定刑を引き上げるべきだという意見とは、何か調整というのはあったんでしょうか。お聞かせいただけますでしょうか。
趙
趙誠峰#22
○趙参考人 私は日弁連を代表してここに来ているわけではありませんので、お配りさせていただいている法定刑引上げについて反対する意見書というのは、これは会として出しているものですので、これが日弁連の意見として御理解いただければと思います。
この発言だけを見る →山
山田賢司#23
○山田(賢)委員 ありがとうございます。
それでは最後に、本当に、人を侮辱する心ない言葉の積み重ねで人が死に至ってしまうこともあるんだということ、このことを大変重く受け止めないといけません。もちろん、法規制で何でもできるということではないと思うんですけれども、やはり大事なことは、人を侮辱するようなことはしないようにしよう、こういったことを広報啓発していくことが必要だというふうに考えております。
今回の改正に加えて、是非、木村参考人から、最後に、これ以外にも何か、もっとこういったことを充実してほしい、こういう手当てをしてほしいといったことを、御希望がありましたら御意見をお聞かせいただけますでしょうか。
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今回の改正に加えて、是非、木村参考人から、最後に、これ以外にも何か、もっとこういったことを充実してほしい、こういう手当てをしてほしいといったことを、御希望がありましたら御意見をお聞かせいただけますでしょうか。
木
木村響子#24
○木村参考人 私は、やはり、厳罰化の反対意見もよく聞くんですけれども、大体の方が、皆さん、政治家の方や権力を持った方たちが自らに不都合な意見を言論封じとして使われるんじゃないかというのを恐れている方、又は言葉狩りのような形で、本当にそんなに誹謗中傷に当たらないような言葉でも厳しく取り締まられているんじゃないかということを心配されていると思うんですけれども、その点だけ、本当に、侮辱罪厳罰化に当たって悪用されないようにしていただきたいです。
政治家の方にも、時々、本当に強い攻撃的な言葉を使われている方がいらっしゃると思うんですけれども、言葉を選んでいただきたいなと思いますし、一方でまた、政治家の人たちも人であるので、私も誹謗中傷を終わらせる活動をしている身であるので、すごくひどい言葉をぶつけられることに対して心を痛めております。
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山
鈴
日
日下正喜#27
○日下委員 公明党の日下でございます。
四人の参考人の皆様、本日は本当に貴重な、大切なお話をいただきまして、本当にありがとうございます。
私の持ち時間は十五分でございますので、今日は拘禁刑に関する質問を中心にさせていただきたいと思いますが、まず、木村参考人に御質問させていただきたいと思います。
拘禁刑から外れますけれども、二〇二〇年の五月に花さんを亡くされ、間もなく二年となります。母親としてどれだけつらい思いをされ、そして、勇気を持って立ち上がられ、二年にわたり、今日まで人権闘争とも言える尊い活動をしてこられたことに心から敬意を表したいと思います。また、花さんの御冥福を心からお祈りいたします。
NPO法人RememberHANAを立ち上げられ、その紹介文の中で、「誹謗中傷の加害者に対する抑止力としての厳罰化とともに、加害者に対するカウンセリングなど救済の道がなければ、悲劇が繰り返されてしまう」と述べられています。
また、別の新聞記事には、加害者から届いた謝罪メールを紹介され、何を言っても許されるわけではないけど、障害があり好きなことができなくなり、ストレス解消で書き込んでしまった、生きている価値がないので死にますという、そういう内情があったと。木村参考人はこのメールを読まれて、中傷している人も助けを求めている、死ねと言う人は、どこかで自分に対しても死ねという気持ちを抱えているから、人にマイナスな気持ちをぶつけてしまうのだと思いますと話されています。
まさに加害者も救済されなければ誹謗中傷は終わらない、私も深くそう思います。
そこで、リアルとバーチャルが交じり合うデジタル化の時代だからこそ、SNSに関する教育、人権教育が大切になるとお述べになっておられますけれども、私もそう思います。これまでの取組の中で感じたSNS教育の必要性について、参考人の思いをお聞かせいただきたいと思います。
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私の持ち時間は十五分でございますので、今日は拘禁刑に関する質問を中心にさせていただきたいと思いますが、まず、木村参考人に御質問させていただきたいと思います。
拘禁刑から外れますけれども、二〇二〇年の五月に花さんを亡くされ、間もなく二年となります。母親としてどれだけつらい思いをされ、そして、勇気を持って立ち上がられ、二年にわたり、今日まで人権闘争とも言える尊い活動をしてこられたことに心から敬意を表したいと思います。また、花さんの御冥福を心からお祈りいたします。
NPO法人RememberHANAを立ち上げられ、その紹介文の中で、「誹謗中傷の加害者に対する抑止力としての厳罰化とともに、加害者に対するカウンセリングなど救済の道がなければ、悲劇が繰り返されてしまう」と述べられています。
また、別の新聞記事には、加害者から届いた謝罪メールを紹介され、何を言っても許されるわけではないけど、障害があり好きなことができなくなり、ストレス解消で書き込んでしまった、生きている価値がないので死にますという、そういう内情があったと。木村参考人はこのメールを読まれて、中傷している人も助けを求めている、死ねと言う人は、どこかで自分に対しても死ねという気持ちを抱えているから、人にマイナスな気持ちをぶつけてしまうのだと思いますと話されています。
まさに加害者も救済されなければ誹謗中傷は終わらない、私も深くそう思います。
そこで、リアルとバーチャルが交じり合うデジタル化の時代だからこそ、SNSに関する教育、人権教育が大切になるとお述べになっておられますけれども、私もそう思います。これまでの取組の中で感じたSNS教育の必要性について、参考人の思いをお聞かせいただきたいと思います。
木
木村響子#28
○木村参考人 私は、講演ですね、大人向けのものでしたり、大学生でしたり、中学校や小学校に授業で行かせていただいて、そのときに、誹謗中傷はいけないことだよとか誹謗中傷をやめようということではなくて、みんなで一緒に、何でそんなひどいことを言ってしまうんだろうとか、誹謗中傷と批判の違いは何だろうということを一緒に考えるんですけれども、ある中学生の子が言ってくれた言葉、誹謗中傷と批判の違いについて、批判は客観的な意見である、誹謗中傷は感情的で主観的な意見であると言ってくれたんですけれども、子供たち、小学生、中学生の子たちの方が、本当に素直に物事を受け止めて、すごく核心をついてくれるんですね。
なので、一番希望を感じるのが小学生、中学生なんですけれども、大人になってしまうと、それまで生きてきた中で、三十代、四十代、五十代になりますと、やはり、思い込みでしたり、昔の、ずうっとずうっと刷り込まれてきたものがあるので、なかなか簡単に考えを変えるというのは難しいかもしれないんですけれども、子供たちの教育というのは、早ければ早いほど、年齢的にも時間的にもいいと思うので、是非、関係省庁の皆さんと、国を挙げてSNSの教育に取り組んでいただきたいと思います。
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日
日下正喜#29
○日下委員 ありがとうございます。頑張ってまいります。
次に、この度の刑法の一部改正で、刑罰の懲役と禁錮を一本化し、拘禁刑を創設することとしておりますけれども、刑務作業が義務の懲役と義務でない禁錮の区別をなくして、再犯防止を進めるため、受刑者の年齢や特性に応じた柔軟な処遇ができるようにし、更生や円滑な社会復帰を目指すとされています。私もこの趣旨には大いに賛同するものです。
刑罰であり、自由の剥奪を内容とする自由刑である以上、また、被害者の心情を考えると、素人考えでございますけれども、まず行刑、労務があり、そして残された時間で矯正教育、指導なのかなというふうに思っていたんですけれども、只木参考人は、「刑事収容施設をめぐって」という論稿の中で、行刑施設、刑事収容施設の運営が、受刑者の改善更生、そして社会復帰を確実に後押ししていくことに資するものでなければならないという趣旨のことを述べられておられます。
また、矯正施設の建築学の必要性にも言及されていまして、一つには保安、二つには教育、そして生活の三つの機能があり、ともすると保安機能に重点が偏って他の機能との不均衡が生じがちとされ、矯正施設の建設に当たっては、一般生活に近い備えの空間、限定された空間の中に社会性を持ち込む、規律維持にきちんとした備えの空間の設置が肝要であろうと、大変興味深いお考えを述べられております。
この度の、再犯防止や更生、円滑な社会復帰ということを考えますと、まさにそうした処遇空間の持つ効果も大きいと思いました。若い受刑者にとっては特にそのように思います。
そこで、只木参考人への質問でございますが、円滑な社会復帰のためには行刑と矯正のバランスが大切になると思いますが、その点どのように考えておられるのか。例えば、若い受刑者については、一定期間カウンセリングや教育を中心に行い、その後刑務作業を課していくことなど、そういった取組も考えられると思うんですけれども、御所見をお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →次に、この度の刑法の一部改正で、刑罰の懲役と禁錮を一本化し、拘禁刑を創設することとしておりますけれども、刑務作業が義務の懲役と義務でない禁錮の区別をなくして、再犯防止を進めるため、受刑者の年齢や特性に応じた柔軟な処遇ができるようにし、更生や円滑な社会復帰を目指すとされています。私もこの趣旨には大いに賛同するものです。
刑罰であり、自由の剥奪を内容とする自由刑である以上、また、被害者の心情を考えると、素人考えでございますけれども、まず行刑、労務があり、そして残された時間で矯正教育、指導なのかなというふうに思っていたんですけれども、只木参考人は、「刑事収容施設をめぐって」という論稿の中で、行刑施設、刑事収容施設の運営が、受刑者の改善更生、そして社会復帰を確実に後押ししていくことに資するものでなければならないという趣旨のことを述べられておられます。
また、矯正施設の建築学の必要性にも言及されていまして、一つには保安、二つには教育、そして生活の三つの機能があり、ともすると保安機能に重点が偏って他の機能との不均衡が生じがちとされ、矯正施設の建設に当たっては、一般生活に近い備えの空間、限定された空間の中に社会性を持ち込む、規律維持にきちんとした備えの空間の設置が肝要であろうと、大変興味深いお考えを述べられております。
この度の、再犯防止や更生、円滑な社会復帰ということを考えますと、まさにそうした処遇空間の持つ効果も大きいと思いました。若い受刑者にとっては特にそのように思います。
そこで、只木参考人への質問でございますが、円滑な社会復帰のためには行刑と矯正のバランスが大切になると思いますが、その点どのように考えておられるのか。例えば、若い受刑者については、一定期間カウンセリングや教育を中心に行い、その後刑務作業を課していくことなど、そういった取組も考えられると思うんですけれども、御所見をお伺いしたいと思います。