植原悦二郎 に関する国会発言

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1991-09-13 石橋一弥 政治改革に関する特別委員会 衆議院

○石橋(一)委員 ただいまの問題、それこそ裏の話はこういうところではやるべきではないということ、私も十分承知をいたしておりますのでも、選挙になりますといその地域が目に見えてまいった場合は、ただ立候補することに意義があるだけでなく、どうしても当選をせねばみずからの政治信条が貫かれないという場合、目に入ってきた場合は、どうしても選挙費用が余計かかってきておるのは、これはもう現実の姿である、こう私は考えております。  そこで、ここに、先輩各

1981-02-25 小林進 法務委員会 衆議院

○小林(進)委員 先ほどの問題と違いまして、いまの問題はひとつ早期に加入する方向ということで、前向きの御答弁がありました。これは非常に結構だと思います。  参考までに申し上げまするけれども、五十三年四月十八日、参議院の文教委員会で同じくこの問題でも附帯決議が行われておりまして、「著作隣接権保護の徹底を図るため、「実演家、レコード製作者及び放送事業者の保護に関する条約」にすみやかに加盟すること。」と、ぴたっとやはり立法府の意思が明確にな

1976-10-05 上田耕一郎 予算委員会 参議院

○上田耕一郎君 衆議院で小林多喜二氏その他に対する虐殺の当時の資料を求めたところ、そういう資料はないと言う。戦前の特高警察の問題について、これに関連して、関係していた人々で戦後大臣にだれがなったか、国会議員にだれがなっているか、こういうことを資料もろくにそろえていない。ここに問題があるんです。  あの侵略戦争で東条内閣の商工大臣だった岸信介氏が戦後首相になった。自由民主党の初代幹事長になっているんですよ。三百十万人死んだ人に政治的、道

1964-09-17 帆足計 外務委員会 衆議院

○帆足委員 ただいまの御答弁は、私はまことに遺憾であると思います。そういうことを申し上げますのは、保守党のかつての外交界の長老植原悦二郎氏が当外務委員会で述べたことばを御紹介したいと思います。千島の問題は、論理並びに民族感情から言えば、これはソ連に譲ることは無理である、しかし、国際法上から言うならば、これは放棄することをきめ、そうして、放棄されたあとの措置については、国際会議で、すでにヤルタ会談でしたかその他で英米ソ仏との間で話し合いが

1964-05-15 帆足計 外務委員会 衆議院

○帆足委員 大臣も御退席の時間が迫っておりますから、ごく簡単に申し上げますし、また、ただいま野党の立場から大臣に大いに激励し要望する主要な項目は同僚穗積議員から申し上げましたから、私は簡単に補足だけいたしたいと思います。  とにもかくにも、隣邦ソビエト連邦の副首相が議員団の団長として見えたことは、平和のために慶賀すべきことだと思います。数年前に私どもも衆議院議員団としてまいりましたし、また、多数の数知れざる議員がモスクワを訪問いたしま

1963-05-15 田原春次 外務委員会 衆議院

○田原委員 海外移住事業団法の審議について、逐条審議その他おいおい御質問申し上げたいと思いますけれども、その前に、大蔵省から国会に出られ、そして今回外務大臣になっておられます大平外務大臣に概略二、三の点についてお話を申し上げておきたいと思います。  第一は、国会と海外移住との関係、国会議員で南米、北米の海外移住に対して非常に熱心であった方々を今思い出しております。古いところでは、松岡洋右氏、胎中楠右衛門氏、井上雅二氏、植原悦二郎氏、松

1962-12-08 佐々木秀世 議院運営委員会 衆議院

○佐々木委員長 次に、弔詞贈呈の件についてでありますが、元副議長井上知治君が去る九月十九日に、また、永年在職議員として表彰されました高見之通君が去る十月三十日に、また、永年在職議員として表彰されました元副議長植原悦二郎君が去る二日に逝去されました。  ここにつつしんで哀悼の意を表します。  つきましては、三君に対する弔詞贈呈についてでありますが、前例に従いまして、お手元に配付の印刷物の通りの特別弔詞を、葬儀当日議長からそれぞれ贈呈し

1962-12-08 清瀬一郎 本会議 衆議院

○議長(清瀬一郎君) 御報告いたすことがございます。  元本院副議長井上知治君は、去る九月十九日逝去されました。  議員細田義安君は、去る九月二十八日逝去されました。  永年在職議員として表彰された元議員高見之通君は、去る十月三十日逝去されました。  議員小川豊明君は、去る十一月十七日逝去されました。  議員橋本龍伍君は、去る十一月二十一日逝去されました。  永年在職議員として表彰された元本院副議長植原悦二郎君は、去る十二月

1962-11-01 佐多忠隆 外務委員会 参議院

○佐多忠隆君 アジア・アフリカ会議が開かれるならばこれに参加をするという態度であるように思いますので、この点は非常に多とするものですが、ただその場合に、今もお触れになったように、時期が悪いということをしきりと述べておられるように思うのです。時期が悪いことの理由として、今御説明のありましたように、中印国境紛争があるから、どうも時期が悪いのじゃないかというふうにお話をしておられます。しかし、私たちから見れば、むしろこういう紛争があるからこそ

1961-10-27 帆足計 外務委員会 衆議院

○帆足委員 五年間記憶喪失症になっていた患者が、私は、これに対して言いわけをなさったものと伺いまして、多少参考になりました。まことに失礼ですが、私はこの問題の取り扱い方はまことに遺憾である。特に与党がお出しになった最近の案のごときは、インドでも、イギリスでも、オーストリアでも、ハンガリーでも、またはスエーデンでも、ノルウェーでも、一国として、その論理に賛成する人はあるまい。国を愛する以上は、やはり論理の道筋と現実の道筋に即してこれは行な

1961-10-27 帆足計 外務委員会 衆議院

○帆足委員 植民地解放宣言の中の言葉に、植民地それから信託統治の地位、それからまだずっと書いてありますね。それから従属人民の自由に対することとか、それから自治地域とか独立運動の援助とか、それからその解釈としては、基本的人権と人間の尊厳、男女及び大小各国の同権等に関する見地から、日本政府は余分なことを御苦労なさったものであって、沖繩を含まないような解釈は、それは国際的に確認されたことでないから、ほかの国々は日本政府の政府委員の頭の中にそう

1961-10-18 帆足計 外務委員会 衆議院

○帆足委員 これは政府委員、また事務当局の御答弁にはちょっと無理なことだろうと思います。従いまして、これは外務大臣の御答弁なさるべきことでありますが、千島の定義につきまして若干の問題がある。とにかくそれが善悪は別として、国際法上、それならばそれはまだ私は検討し得ることでありますけれども、国際条約で済んでしまったことは済んでしまったこととして、またその後のことは国際緊張の緩和と結びつけて合理的に取り扱わねばならぬ。国を愛しない者は一人もあ

1961-10-18 帆足計 外務委員会 衆議院

○帆足委員 ただいまの外務大臣の言われることは、まことに矛盾していると思うのですが、たとえばインドはサンフランシスコ条約に調印しなかったことは、外務委員の一人として知らない方はないと思う。しかし千島と沖縄の問題について、これは不合理な点があって、日本の自主的検討を十分経たものでないから、自分は良心的にこれに賛成できないといって、サンフランシスコ条約と別個に日本と講和条約を結んだことは御承知の通りです。そういうインドの善意の忠告があったと

1961-10-16 岩間正男 予算委員会 参議院

○岩間正男君 今、重光外務大臣の答弁が唯一の正しいことだ、こう言われました。そして私はそのことをたくさん例証としてあげることができますけれども、時間の関係から省きます。これは両院の国会議員が、ほとんどの九九%が賛成をしておる。そして両院でほとんど満場一致でもって決定された問題であります。私は念のために、だからあのときの本会議における衆議院の特別委員長の植原悦二郎氏のこれは委員長報告を読んでみたいと思います。こう言っておるのです。「また、

1958-04-09 杉山元治郎 本会議 衆議院

○副議長(杉山元治郎君) 右の結果、大蔵大臣一萬田尚登君不信任決議案は否決されました。(拍手)     —————————————  淺沼稻次郎君外三名提出大蔵大臣一萬田尚登君不信任決議案を可とする議員の氏名    阿部 五郎君  青野 武一君    赤路 友藏君  赤松  勇君   茜ケ久保重光君  淺沼稻次郎君    足鹿  覺君  飛鳥田一雄君    有馬 輝武君  淡谷 悠藏君    井岡 大治君  井谷 正吉君

1958-03-03 益谷秀次 本会議 衆議院

○議長(益谷秀次君) 右の結果、昭和三十三年度一般会計予算外二件は委員長報告の通り可決いたしました。(拍手)     ————————————— 昭和三十三年度一般会計予算外二件を委員長報告の通り決するを可とする議員の氏名    阿左美廣治君  相川 勝六君    達澤  寛君  愛知 揆一君    青木  正君  赤城 宗徳君    赤澤 正道君  秋田 大助君    淺香 忠雄君  足立 篤郎君    芦田  均君 

1958-02-27 床次徳二 外務委員会 衆議院

○床次委員長 引き続いて国際情勢に関しまして質問がありますので、これを許します。植原悦二郎君。

1958-02-03 益谷秀次 本会議 衆議院

○議長(益谷秀次君) 右の結果、衆議院解散要求に関する決議案は否決されました。(拍手)     —————————————  淺沼稻次郎君外三名提出衆議院解散要求に関する決議案を可とする議員の氏名       阿部 五郎君    青野 武一君       赤路 友藏君    赤松  勇君      茜ケ久保重光君    淺沼稻次郎君       足鹿  覺君    飛鳥田一雄君       有馬 輝武君    淡谷 悠藏君

1958-01-30 山村新治郎 議院運営委員会 衆議院

○山村委員長 それでは、これより会議を開きます。  本日の国務大臣の演説に対する質疑の順序についてでございますが、お手元に配付の印刷物の通りの通告が参っております。それぞれこれを許すこととし、先日の理事会でのお話し合いの通りに、本日は、植原悦二郎君、水谷長三郎君、松野頼三君の三人が行うことといたすことに御異議ございませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1958-01-30 山村新治郎 議院運営委員会 衆議院

○山村委員長 次に、本日の本会議の国務大臣の演説に対する質疑につきましては、午前中の委員会におきまして、植原悦二郎君外二名の質疑を行うことに決しておりましたけれども、その後の都合によりまして、本日は植原悦二郎君一名の質疑にお願いいたしたいと思いますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕