田中伊三次 に関する国会発言
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○牧野委員 歴代の法務大臣の名簿を取り寄せてみました。片山哲さん、吉田茂さん、中村梅吉さん、植木庚子郎さん、田中伊三次さん、小林武治さん、前尾繁三郎さん、倉石忠雄さん、奥野誠亮さん、坂田道太さん、秦野章さん、最近では梶山静六さん、後藤田正晴さん等々のすばらしい重鎮の皆さんのメンバーがここには歴代の法務大臣として並んでいる。 それから、本会議を開いたとき、大体、内閣総理大臣の隣には歴代、法務、外務、大蔵、農林とずっと座ってきたんですよ
○保岡国務大臣 お尋ねのとおり、政府は、昭和五十一年の十一月二日、衆議院のロッキード問題調査特別委員会においていわゆる灰色高官の氏名などを説明したところでございますが、これは、衆参両院議長裁定の趣旨にのっとって各党の合意が得られたところを踏まえて、同委員会の委員長から提案された基準に従って、捜査の結果、刑事責任を問うことができないと判断された者について秘密会において行われたものだと承知しております。 その際、同委員会の田中伊三次委員
○楢崎委員 やや違いますね、総理と副総理のその道義的政治的責任の考え方が。 総理は覚えておられるかもしれませんが、昭和五十一年の十月二十日過ぎだったと思いますね。三木内閣当時、あなたは外務大臣でありました。私はそのときに、アメリカの上院銀行委員会、プロキシマイヤー委員会において、当時のロッキードの会長ホートンさんが証人として呼ばれた。既にそのとき、ほかの国も含めて、全日空がリベートを取っている、一〇一一の購入について。そういう証言が
○稲葉(誠)委員 それは後で一覧表を、これはあなたの方でなくて委員部で調べればいいことですから委員部の方から、私の方で調べまして問題点を指摘しますが、私が疑問に思いますのは、昭和四十二年五月十二日に衆議院の法務委員会で、法務大臣は田中伊三次さんですが、これは第一次の法務大臣のときだったか何次の法務大臣のときかあれですが、たしかそのとき自民党の森田重次郎さんという方が委員ではなかったのでしょうが委員として選任されて、そして質問されているわ
○坂井委員 この機会でありますので、総理に一つ御提案申し上げたい。 閣僚の皆さんはそれぞれが所管する指導監督下にある企業、団体からの政治献金は受けない、みずからの指導監督下にあるといいますか、所管するそういう企業、団体からの政治献金はいただかない、こういうようにお決めになったらどうでしょうか。かつて私はそのことを大平総理、あるいは鈴木総理のときもそうでした、これはやはり重要な問題だ、考えなきゃいかぬ、こういうことで前向きに検討だ、真
○越智委員長 これより会議を開きます。 まず、元副議長田中伊三次君逝去につき弔詞贈呈報告の件についてでありますが、去る四月十一日、元副議長田中伊三次君が逝去されました。 ここに謹んで哀悼の意を表します。 弔詞につきましては、お手元の印刷物のとおりの特別弔詞を、理事各位の御了承を得まして、五月六日、議長から贈呈していただきましたので、御了承願います。 ————————————— 衆議院は 多年憲政のために尽力し
○議長(原健三郎君) 御報告いたすことがあります。 元本院副議長田中伊三次君は、去る四月十一日逝去されました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。 同君に対する弔詞は、議長において去る五月六日贈呈いたしました。これを朗読いたします。 〔総員起立〕 衆議院は 多年憲政のために尽力し 特に院議をもってその功労を表彰され さきに本院副議長人事委員長労働委員長ロッキード問題に関する調査特別委員長の要職につき またしばしば国
○多賀谷委員 労働者供給事業について、昭和二十七年二月に職業安定法施行規則の改正がありました。その際、その及ぼす影響が極めて大というので、いよいよ施行になりました当時、私ども、当時は労働委員会と言いましたが、労働委員会で審議をしたわけであります。 久しぶりに昭和二十九年二月十九日の労働委員会議録を見ますると、ここには丹羽喬四郎君、雄哉君のお父さんであります。それからかつて内務省神社局長、北海道長官をしておりました池田清さん、これは鹿
○横山委員 金大中民はもちろん韓国の人でありますが、この東京のホテル・グランドパレスで白昼堂々と韓国の人たち、しかも政府機関とおぼしき人たちによって連れ去られる、内政干渉も甚だしい問題であって、ある意味では国辱事件でございます。しかも、金大中氏が日本におる以上は、この日本における警察がその身の安全を図るべき業務がある、そういう立場で、金大中氏の人権を守る立場で、当時の田中伊三次法務大臣が閣議で、金大中事件については政府としても厳たる態度
○林(百)委員 それでは次に、どうも憲法とちょっと次元が違いますけれども、私はサラ金の問題について質問したいと思います。私の質問に関する資料を、まず委員長にお見せして、大臣と大蔵省の方へあらかじめ渡しておきたいと思います。 まずお尋ねします。サラ金二法が自民党から提案されたのが五十四年五月二十九日ですが、その前の五十三年に、社団法人全国庶民金融業協会連合会がサラ金二法を何としても議員立法で通そうということで法制対策小委員会を設置して
○横山委員 いろいろな角度から検討したいとおっしゃるが、私どもは、今度の解釈は検察官の、検察陣の許された法の解釈から少し拡張解釈であり、しかもこの前あなたが委員会でおっしゃったようなことを含めて検討すべきものを新たに生み出した、そう思っております。社会党も提案をいたしておるところでありますから、この機会に十分にひとつ検討をしてもらいたいと思います。 最後に、きょうの新聞で、先ほども話があったようでありますが、金大中事件で目撃者である
○議長(福田一君) 右の結果、昭和五十八年度一般会計予算外二件は委員長報告のとおり可決いた しました。(拍手) ───────────── 昭和五十八年度一般会計予算外二件を委員長報告のとおり決するを可とする議員の氏名 安倍晋太郎君 足立 篤郎君 阿部 文男君 相沢 英之君 逢沢 英雄君 愛知 和男君 愛野興一郎君 青木 正久君
○議長(福田一君) 右の結果、中曽根康弘君を、衆議院規則第十八条第二項により、本院において内閣総理大臣に指名することに決しました。 〔拍手〕 ───────────── 中曽根康弘君に投票した者の氏名 安倍晋太郎君 足立 篤郎君 阿部 文男君 相沢 英之君 逢沢 英雄君 愛知 和男君 愛野興一郎君 青木 正久君 赤城 宗
○楢崎委員 なかなか答えにくいのはわかりますよ。しかし、これは事実です。事実なんだ。だれだってこう思いますよ。恐らく、テレビをごらんの皆さんもそう思われると思う。私もそう思いますよ。 そこで問題は、この五十一年十一月四日のロ特の弁明議事録が証拠として採用された上、六月八日、証拠能力がないということになってああいう判決が出たんじゃないですか。そう思わざるを得ないでしょう。信憑性があれば採用して、その証拠を尊重したかもしれない。全然ほご
○議長(福田一君) 右の結果、昭和五十七年度一般会計予算外二件は委員長報告のとおり可決いたしました。(拍手) ――――――――――――― 昭和五十七年度一般会計予算外二案を委員長報告の通り決するを可とする議員の氏名 安倍晋太郎君 足立 篤郎君 阿部 文男君 相沢 英之君 逢沢 英雄君 愛知 和男君 愛野興一郎君 青木 正久君 赤城
○楢崎委員 一番最後だけでよかったのです。三十秒で答弁は済むのです。私は少ないから、答弁はひとつきちっと簡単にしてください。 次に、総理は政治倫理の確立ということを言われておる。政治倫理の確立というのは、私は、まず政治家の倫理の確立が中核であろうと思います。しからば、政治家の倫理とは何か。つまり、政治家の倫理の中心は、まず政治家の政治的、道義的責任を常に明確にする、そこが押さえられないと、いかに政治倫理と言ってもそれは空文にしかすぎ
○議長(福田一君) 右の結果、会期は十一日間延長するに決しました。(拍手) ――――――――――――― 本国会の会期を十一月二十八日まで十一日間延長するを可とする議員の氏名 安倍晋太郎君 足立 篤郎君 阿部 文男君 逢沢 英雄君 愛知 和男君 愛野興一郎君 青木 正久君 赤城 宗徳君 秋田 大助君 天野 光晴君
○木島委員 私、いま言っておるように、私がいま取り上げておるのは政治家の問題でなしに教科書会社のあり方、教科書会社のその意図が一体どこにあるかということ、そのことを重視しておるわけです。そういう意味で聞いておるのです。そういう意味では、証人を喚問するかあるいは公取委なり公安委員長等が手を下す以外に中がわからないわけです。ですから、文部大臣にお聞きになりましたかとお聞きしたわけです。 そういう問題では、意図がなかなかわからないのですよ
○正森委員 いまの答弁を伺いましても、事の重大性と文部省関係者の責任の重大性というものを必ずしも国民の期待に沿うような形では受けとめておられないように思います。 第一、お金が蓬庵会に入ったということを固執されておりますが、それは蓬庵会の責任者でもある方々がお調べになって、入っていない、政治家個人に渡っているということを言われ、われわれの同僚議員である田中伊三次議員がそういうように調べて言うておられるわけですから、そういう前提をやっぱ
○正森委員 私は、この問題はそういうことではうやむやに済まされない重大な問題であると思います。 田中伊三次議員がマスコミ等に語られたところでは、八月二十五、六日ごろ田中、中垣両氏の事情聴取を受けた稲垣会長の態度は非常にりっぱで、毎日新聞等に当初私が述べたとおりだ、蓬庵会にも国民政治協会にも一円も入れていない、全部私が先生方に配ったと正直に述べ、ポケットから小さな黒い手帳を出して、五十年当時で文教族十人を含む十三人だ、こういうように言