藤原道子 に関する国会発言

← 検索ページへ

4,346件  /  218ページ  /  1 ページ目

2025-12-05 山谷えり子 本会議 参議院

○山谷えり子君 ただいま、院議をもって永年在職議員表彰を賜り、感謝申し上げます。自由民主党、山谷えり子でございます。  関口昌一議長、そして、もったいない御祝辞をくださいました松山政司議員会長、誠にありがとうございます。表彰された辻元清美議員、おめでとうございます。  御支援者の皆様、事務所スタッフ、家族、全ての方々に心より御礼申し上げます。  参議院での永年在職議員表彰の女性議員は、これまで、加藤シヅエ議員、藤原道子議員、市川房

2007-03-28 戸井田とおる 内閣委員会 衆議院

○戸井田委員 というと、やはりなかなか、役所の方々の、いろいろな資料を持ってきていただく、答弁のときの答弁書が出てくる、それが一番安全なんだろうとは思うんです。だけれども、こういう歴史問題というものをとらえていくときに、本人がその問題に対してどういう思いがあるかということがやはり非常に重要な部分があると思うんですね、特に政治家の場合には。  実はきのう、こういった資料でどういう質問をしようかと思って考えているときに、テレビがたまたまつ

2007-02-21 戸井田とおる 内閣委員会 衆議院

○戸井田委員 想像した答えなんですけれども、今、これからネット社会というのが広がっていくと、大変なことが起きてくる可能性があるわけです。中国でも、ネット人口一億四千万人、日本の国民以上、そのネットに関係する人間がいるということですね。そんな人らが集中攻撃を浴びせてくる、そういうようなことになったときに、日本はどうやって対抗していくんだという思いもあるし、確かに、言論の自由、いろいろありますよ。そういうことには慎重にならなきゃならないのは

1996-05-28 山本孝史 厚生委員会 衆議院

○山本(孝)委員 さっき御答弁の中で、厚生省が回収命令を出さなかったから企業としても回収はしづらかったのだという御趣旨のお話をされたと思うのですけれども、古い話になりますが、昭和四十八年の四月六日、参議院の予算委員会の第四分科会、ここであなたは答弁に立っておられるのですね。藤原道子さんの御質問に対して、これはサリドマイドの関連ではありますけれども、こういうふうに答弁をなさっておられる。  医薬品に何らかの副作用について、重篤な副作用を

1993-10-20 今津寛 運輸委員会 衆議院

○今津委員 一九七一年九月二十二日の社会新報によりますと、「午前八時、伊藤国民運動局長、木原、加瀬両国会議員ら県共闘代表が、現地の公団本部で、川上副知事ら県・公団代表に代執行の違法性について抗議。」先ほど聞いたのですが、これは恐らく大臣のことだと思うわけでございますが、大臣、若いときから大活躍されていたわけでございますけれども。同じように、これは一九六九年の朝日新聞でありますけれども、その中に「地主になった前代議士、参院議員は、成田委員

1989-06-12 川崎寛治 予算委員会 衆議院

○川崎(寛)委員 まあ後になっていろいろ言われてと、特に財界からも指摘がありました。諸外国からもございました。それからやおら言うということではいけないのですから、もう少しきちっとした方針を確立をしてもらうということをお願いしたいと思います。  なお、中国が不安定であるということは、アジアの経済、それからまた世界の政治にとりましても、これから大きな課題になってくると思います。その点については慎重に対処していくということを希望しておきたい

1986-04-24 久保田真苗 法務委員会 参議院

○久保田真苗君 これはすべて結局民法で根本的に解決されるべきことなんですけれども、通称で使っている名が法律的な効果を持つように、つまり選択制にするということが一つと、例えば諸外国でやっておるような二重姓で登録する、あるいはどちらの姓でも構わないということにするか、そういった公式の場で戸籍名以外には通用しないということが一つ困るわけです。だから、戸籍名を二重姓にするという方法も方法論としては一つはあると思うんです。そして、実際にはそのうち

1984-12-13 山口敏夫 社会労働委員会 参議院

○国務大臣(山口敏夫君) こうした社労委の席で適当かどうかと思いますが、十年ほど前に厚生省で政務次官をしておりましたときも、高杉先生は藤原道子先生の政策スタッフとして御活躍をいただいておったわけでございまして、その折も大変な御助言、御協力もいただきまして、十八年来不毛の対立といいますか、大変問題になっておりました森永砒素ミルク事件の救済を何とか進めていかなきゃならないということで、全く画期的な、ひかり協会という被害者救済のための財団を設

1983-05-11 指宿清秀 議院運営委員会 参議院

○事務総長(指宿清秀君) 元議員藤原道子先生には、去る四月二十六日、急性肺炎のため、板橋区の誠志会病院において逝去されました。謹んで御報告いたします。  本委員会の理事会におきましては、協議の結果、お手元にお配りしてあります案文の弔詞を贈呈することに決定した次第でございます。

1983-05-11 斎藤十朗 議院運営委員会 参議院

○委員長(斎藤十朗君) 議院運営委員会を開会いたします。  まず、故元議員藤原道子君に対する弔詞贈呈に関する件を議題といたします。  事務総長の報告を求めます。

1983-05-11 徳永正利 本会議 参議院

○議長(徳永正利君) 御異議ないと認めます。  同君に対する弔詞を朗読いたします。    〔総員起立〕  参議院はわが国民主政治発展のため力を尽くされ特に院議をもって永年の功労を表彰せられさきに決算委員長交通安全対策特別委員長等の重任にあたられました元議員従三位勲一等藤原道子君の長逝に対しつつしんで哀悼の意を表しうやうやしく弔詞をささげます  弔詞の贈呈方は、議長において取り計らいます。      ─────・─────

1983-05-11 徳永正利 本会議 参議院

○議長(徳永正利君) これより会議を開きます。  さきに院議をもって永年在職議員として表彰されました元議員藤原道子君は、去る四月二十六日逝去されました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。  つきましては、この際、院議をもって同君に対し弔詞を贈呈することといたしたいと存じますが、御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1980-03-28 江田五月 予算委員会 参議院

○江田五月君 国連婦人の十年の中間年に当たって、こうして婦人問題に関して予算委員会で集中審議が行われることになりまして非常にうれしいことであると思います。  婦人問題というのは本当に多岐にわたっておりまして、すでに同僚委員の皆さんからいろんな項目について質問がなされておりますが、私はこうして多岐にわたる問題のうち、多少いままでの方々の論点と違う点、つまり性の問題、これも多岐にわたると思いますが、そのうちの一部分を取り上げて若干の質問を

1977-04-21 中沢伊登子 文教委員会 参議院

○中沢伊登子君 その指導者の養成ということはもう私も、まだ藤原道子先生がここにおられたころ、もう四、五年前からこの問題を取り上げているわけですけれども、その指導者になる先生はまだ育っていないんですか。

1976-10-26 早川崇 社会労働委員会 参議院

○国務大臣(早川崇君) この問題は大変古い問題で、十数年前、私も公安委員長をやっておりましたとき、藤原道子先生、いまお見えの市川先生、その他からもすでに指摘された問題でございますし、また、ILOの男女平等の条約も締結をいたしましたし、また、婦人年の宣言もよく承知いたしております。まあ、そういった全般を踏まえまして、公衆浴場法というのが非常に売春防止という問題となじまない一つの浴場法でございますので、そういった面と、警察的な風俗営業法との

1975-11-06 佐々木静子 予算委員会 参議院

○佐々木静子君 それではもう時間がありませんが、最後に婚姻と氏の問題ですけれども、いまの民法では結婚すると名字をどちらかにしないといけない。   〔理事柳田桃太郎君退席、委員長着席〕 これも、どちらかという点は平等のようだけれども、いまも言ったように男の名字にほとんどの人が変わっている。変わることによって過去の社会生活、人間関係というものが中断されるということがあるんですが、いまこの問題はともかくとして、離婚による場合、氏を旧姓に戻

1974-09-11 金子みつ 社会労働委員会 衆議院

○金子(み)委員 私は、きょうは財団法人結核予防会に関する事項にのみしぼってお尋ねをさせていただきたいと思っております。  実は、この前の通常国会のときに結核予防法の一部改正が審議されましたおりに、関連事項といたしまして、財団法人結核予防会の件につきましては私自身も質問をいたしております。それからまた、同じときに参議院におきましても、社会労働委員会において藤原道子議員あるいは須原昭二議員がそれぞれ質問をしておられます。それらの質問に対

1974-05-30 藤原道子 社会労働委員会 参議院

藤原道子君 どうもありがとうございました。

1974-05-30 藤原道子 社会労働委員会 参議院

藤原道子君 私、思いがけなく、議会といたしましては初めてのようなこの感謝の会をお持ちいただきまして、まことにありがとうございます。  私は、終戦後初めて衆議院に出まして、自来ずっとつとめさしていただきましたが、皆さま御案内のように、うちが没落いたしまして、尋常五年の中途退学、十一から印刷女工をいたしまして、夜学に行ってやっと尋常小学校だけを卒業した者でございます。  無学な私が大正十四年から社会運動に飛び込みまして、そして議員にな

1974-05-30 山崎昇 社会労働委員会 参議院

○委員長(山崎昇君) ただいまから社会労働委員会を開会いたします。  議事に先立ちまして、藤原道子君に対する感謝状贈呈の件を議題といたします。  委員皆さんの御賛同をいただきまして、議員生活二十七年のうち、ほとんど本委員会の委員として活動いただきまして、今度の改選で退任をされることになりました藤原道子君のこの御活動に対しまして委員の皆さんから感謝の気持ちをあげたい、こういう提案等がございまして、委員長からかわってその提案をしてもらい