賀屋興宣 に関する国会発言
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○石原(慎)委員 撤回を求めるというのは、強い姿勢で非常に結構なんですけれども、当然ですけれども、それでも今飛んでいるわけですか。これは、私はやはりひとつ要注意だと思いますね。 皆さん、覚えがないでしょうけれども、中曽根内閣時代に、大韓航空機が二機、こういう危険を冒した。 一機は、ヨーロッパへ飛んだ飛行機が、ソビエトのムルマンスクという、非常に大事な軍事基地の近くの領空というものを飛んで、これは、戦闘機がスクランブルして、強制着
○石原(慎)委員 金融の緩和といっても、日銀にたくさん金を刷らせて、それで結局銀行に国債を買わせて抱えさせているんじゃ全く意味ないですわね。やはり、例えば設備投資の減税とかその他この他で、アクティブに経済が動くようにやってくださいよ。 高橋是清の話が出ましたが、実は、あのときの大蔵の事務次官というのは賀屋興宣先生だった。私は賀屋さんに私淑した一人ですけれども、あれは初めて統制経済をやったんですね、戦争の近いこともありましたけれども。
○安倍国務大臣 今、委員がおっしゃった、いわゆる重光葵さんは、その後、御承知のように、国会議員となって、そして外務大臣に就任をして、日本が国連に復帰をしたときの外務大臣であります。また、例えば賀屋興宣さんも、同じく国会議員となり、そして法務大臣になっておられるわけでございます。つまり、こういう方々と日本国民との間柄、刑法、日本の法律との、法令との関係について麻生外務大臣は申し上げたわけであって、それからも示されるように、日本として、いわ
○森岡大臣政務官 お答えをさせていただきたいと思います。 私も、毎日のように、宿舎が一緒で、バスの中でも一緒になる中根先生からこういう御質問を受けるということを、本当に御縁だなというふうに思わせていただいているところでございます。 きょうは、厚生労働委員会という公の場であり、そして私も厚生労働大臣政務官という立場でこうして答弁席に立たせていただいているわけでございまして、私が先日、自由民主党の代議士会の中で申し上げた、党内のだれ
○森田次夫君 したがって、犯罪者じゃないんだと、こういうことになろうかと思います。したがいまして、我が国におきましては、いわゆる戦犯と言われる方もその遺族も恩給法上は一般の軍人恩給受給者及び一般戦没者の遺族と何ら変わらない扱いがされておると、こういうことでございます。 そして、A級戦犯として起訴され、そして拘禁され、そしてさらにその後釈放されたという方もたくさんおられるわけでございます。そうした中では、総理大臣になられた方、あるいは
○越智通雄君 永年勤続表彰に対する謝辞を申し上げる前に、小渕前総理の御逝去に対し心より哀悼の意をささげ、前総理の御功績をたたえるとともに、長年にわたる御指導に深く感謝の意を申し上げます。 ただいま在職二十五年勤続の表彰をこの本会議場でいただきましたことを大変にうれしく、感動をもって感謝申し上げます。変化の激しい東京の選挙区で長年にわたり私に議席を与えてくださった世田谷区、目黒区の皆さんの御支援に心から感謝するとともに、また、政治家と
○中山国務大臣 全く違う世界の話でございますが、この間、窓の外からのぞく人までが出てくるという、美容師として大変有名な人が美容師の資格を持っていなかったというので問題になったのが、週刊誌なんかで大分問題になっておりました。私も実は、個人的な話で恐縮でございますが、厚生政務次官をしておりましたときに、賀屋興宣という方から、ビルの上の水槽、あの水槽の中でちょうど人間一人が入って掃除するようになっておりますので、あの中で自殺した人がいまして、
○国務大臣(梶山静六君) 椎名委員のように大変長い間持論を展開され、またいろんなお知恵をお持ちの方に私が答えるわけにはまいりませんけれども、率直に申しまして、私は椎名委員にはこれからお知恵を拝借したいという申し入れをしているはずでありますから、たくさんのお知恵をちょうだいしたいと思います。 ただ、椎名委員に対して、ここで政府として公式な見解を私は述べるだけの自信がございません。しかし、今前段の話を聞いておりまして、ふと思い出したのが
○戸田委員 時間もありませんから、項目的にお伺いしてまいりますが、欠損金の繰越控除制度というのは、先ほど主税局長なり大臣から説明があったとおりだと私も思いますが、現代会計の前提である継続事業、そういう立場から見て必要不可欠のものである、現行税制の基礎となったシャウプ勧告においても、税の公平に著しく寄与するということで、あえてシャウプさんもこれを提唱している、そういう歴史的な経過を経て、企業資本維持の見地から基本的な制度として確立されたわ
○小林(進)委員 先ほどの問題と違いまして、いまの問題はひとつ早期に加入する方向ということで、前向きの御答弁がありました。これは非常に結構だと思います。 参考までに申し上げまするけれども、五十三年四月十八日、参議院の文教委員会で同じくこの問題でも附帯決議が行われておりまして、「著作隣接権保護の徹底を図るため、「実演家、レコード製作者及び放送事業者の保護に関する条約」にすみやかに加盟すること。」と、ぴたっとやはり立法府の意思が明確にな
○阿部(助)委員 その防衛費の細かいことについては、もう少し後でお伺いをいたします。 首相も御承知のように、歴史を忘れる民族は滅ぶと申しますが、私もそう思います。われわれは、満州事変、日中戦争、太平洋戦争、そして破局という昭和の歴史を忘却してはならぬと思います。昭和史前半の戦争の歴史は、財政の面から見れば軍事費の絶え間ない膨張でありました。 その原因について、大蔵省の大先輩であり自民党の長老であった賀屋興宣氏は、朝日のカルチャー
○上田耕一郎君 当時の法務大臣は賀屋興宣氏です。大蔵大臣は田中角榮氏。この二人の発議でこの閣議了解ができた。賀屋興宣氏という方はA級戦犯で無期刑に処せられた人物。御本人がA級戦犯で無期なんですよ、その人が法務大臣になった。このときに七つの団体がいろいろ陳情して、法務大臣として受けたわけですよ。その七つの団体のうち二つ、巣鴨会と遺族会は賀屋さん自身が会長なんですよ。自分が会長で陳情しておいて法務大臣で受けて、しかもA級戦犯で無期に処せられ
○上田(卓)委員 それは当然のことでしょうね。戦争犯罪人を、加害者が被害者のごとく、戦争の犠牲者として顕彰されるということは絶対あってはならぬ。それはかつての侵略戦争を肯定するものであると言わざるを得ない、新憲法に違反するものであると言わざるを得ない、こういうように思っておるわけでございます。 そこで、この閣議決定でございますが、これもはっきり申し上げて、われわれにとっては名うての軍国主義者と言ってもいいというように思うわけでござい
○小巻敏雄君 まず大臣にお伺いをするわけであります。 朝以来、国士舘大学の問題が参考人を招致をして調査されたわけでございますし、先ほどの久保質問の中では、大東文化大学の問題についての質問があったわけであります。大東文化大学と言えば、一九二三年というようなときに、長い校歴を持って建学をされておる、上海に大東文化学院を置き、姉妹校として院議も経て建設をされた大学が母体であったかというふうに私は承知をしておるわけです。しかし、これらのとこ
○小林(進)委員 この問題をやっておりますと時間を食い過ぎますから、残念ながら半端で終わりますけれども、あなたは参議院において、ベトナム援助の問題について、ベトナムという国が外交においても政治においても一つの大国に偏向した場合、そういう場合にはひとつ考えなければならない、自主独立路線を外れるようなことがあってはならない、ベトナムがアジア紛争の基地またはその地帯にならないように希望するということを言っておられます。これは私は大変大切なこと
○田中(美)委員 それじゃ私がお話ししましよう。 時間がありませんので、一応賀屋さんの方が――岸さんはいま現職ですから、おやめになってからこういうことになりますので、賀屋興宣さんのを私計算してみました。そうすると、戦争犯罪人であるにもかかわらず、これは切り捨てて年間二百五十万もらっています。そして議員の年金額がこれに加算されています。これが二百十六万四千円。ですから、合わせて年間四百六十七万円もらっているのです。月に約四十万円の恩給
○田中(美)委員 もう一度中路さんの議事録を、後でお届してもいいと思うのですけれども、大臣御存じないので読んでいただきたいと思うのです。これは「兵二準ス」ということが日赤の社令でも出ておりますし、また当時、昭和十四年の陸軍大臣の通達にもこういうことが出ているわけです。しかし、法律的に恩給法ではなかなかむずかしいから研究させてくれと言うんでしょう。だから、それを重複しないようにいま話しているわけですよね。長官がかわれば、自民党政府というの
○野田哲君 もう一つ、この鬼頭判事補をめぐる背景について伺いたいと思うんですが、京都に京都産業大学という大学があります。この京都産業大学を舞台とした背景、人脈、こういうものについて私は非常に注目をする必要があると思うんです。この京都産業大学というのは、先ほどの松本明重氏のいた、勤務をしていた興亜院――戦争中の中国大陸に所在していた興亜院の関係者、それから元のシナ派遣軍、この特務機関の関係者が集まって設立をした。そして政治的な背景としては
○秋山政府委員 戦後の例でございますと、終戦後、賀屋興宣先生が返上されたことがあります。それから春秋叙勲が行われた以降の例ですと、池田正之輔氏が返上された例がございます。
○内藤功君 あとでひとつお調べになって回答願いたいんですが、四十四年度までは課外講演企画委員会という委員会において部外講師の講演の計画及び選定等が審議されておったんだけれども、四十五年以降これが変わってきていますね。そして四十五年以降、特にこの講師の顔ぶれを見ると、非常に片寄った——私はさっき山中さんのお話じゃないが、なるべく片寄らないで講師の顔ぶれを見たいと思って何回も見たんですが、たとえば、自民党では福田赳夫さん、池田正之輔さん、賀