予算委員会
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会
会議録情報#0
本国会召集日(昭和四十三年十二月十日)(火曜
日)(午前零時現在)における本委員は、次の通
りである。
委員長 井出一太郎君
理事 小川 半次君 理事 北澤 直吉君
理事 二階堂 進君 理事 藤枝 泉介君
理事 加藤 清二君 理事 中澤 茂一君
理事 小平 忠君 理事 広沢 直樹君
相川 勝六君 植木庚子郎君
臼井 莊一君 浦野 幸男君
上林山榮吉君 仮谷 忠男君
川崎 秀二君 黒金 泰美君
小坂善太郎君 坂田 英一君
田中伊三次君 田中 正巳君
中野 四郎君 灘尾 弘吉君
西村 直己君 野田 卯一君
野原 正勝君 福田 一君
船田 中君 古井 喜實君
松浦周太郎君 松澤 雄藏君
松野 頼三君 八木 徹雄君
石橋 政嗣君 大原 亨君
川崎 寛治君 北山 愛郎君
久保 三郎君 阪上安太郎君
田中 武夫君 楢崎弥之助君
畑 和君 山内 広君
山中 吾郎君 横山 利秋君
麻生 良方君 塚本 三郎君
浅井 美幸君 石田幸四郎君
松本 善明君
—————————————————————
昭和四十三年十二月十四日(土曜日)
午前十時九分開議
出席委員
委員長 井出一太郎君
理事 小川 半次君 理事 北澤 直吉君
理事 二階堂 進君 理事 藤枝 泉介君
理事 加藤 清二君 理事 中澤 茂一君
理事 小平 忠君 理事 広沢 直樹君
植木庚子郎君 臼井 莊一君
浦野 幸男君 大村 襄治君
上林山榮吉君 仮谷 忠男君
川崎 秀二君 黒金 泰美君
櫻内 義雄君 田中伊三次君
田中 正巳君 中川 一郎君
中野 四郎君 灘尾 弘吉君
西村 直己君 野田 卯一君
野原 正勝君 福田 一君
古井 喜實君 松浦周太郎君
松野 頼三君 八木 徹雄君
大原 亨君 川崎 寛治君
北山 愛郎君 久保 三郎君
阪上安太郎君 田中 武夫君
多賀谷真稔君 楢崎弥之助君
畑 和君 森本 靖君
山内 広君 山中 吾郎君
横山 利秋君 河村 勝君
麻生 良方君 塚本 三郎君
浅井 美幸君 渡部 一郎君
松本 善明君
出席国務大臣
内閣総理大臣 佐藤 榮作君
法 務 大 臣 西郷吉之助君
外 務 大 臣 愛知 揆一君
大 蔵 大 臣 福田 赳夫君
文 部 大 臣 坂田 道太君
厚 生 大 臣 斎藤 昇君
農 林 大 臣 長谷川四郎君
通商産業大臣 大平 正芳君
運 輸 大 臣 原田 憲君
郵 政 大 臣 河本 敏夫君
労 働 大 臣 原 健三郎君
建 設 大 臣 坪川 信三君
自 治 大 臣
北海道開発庁長
官 野田 武夫君
国 務 大 臣
(内閣官房長官)保利 茂君
国 務 大 臣
(総理府総務長
官) 床次 徳二君
国 務 大 臣
(国家公安委員
会委員長)
(行政管理庁長
官) 荒木萬壽夫君
国 務 大 臣
(防衛庁長官) 有田 喜一君
国 務 大 臣
(経済企画庁長
官) 菅野和太郎君
国 務 大 臣
(科学技術庁長
官) 木内 四郎君
出席政府委員
内閣官房副長官 木村 俊夫君
内閣総理大臣官
房審議室長 橋口 收君
内閣法制局長官 高辻 正巳君
内閣法制次長 吉國 一郎君
人事院総裁 佐藤 達夫君
人事院事務総局
給与局長 尾崎 朝夷君
内閣総理大臣官
房陸上交通安全
調査室長 宮崎 清文君
総理府特別地域
連絡局長 山野 幸吉君
警察庁刑事局長 内海 倫君
警察庁警備局長 川島 広守君
防衛庁長官官房
長 島田 豊君
防衛庁防衛局長 宍戸 基男君
防衛庁経理局長 佐々木達夫君
防衛庁装備局長 蒲谷 友芳君
経済企画庁調整
局長 赤澤 璋一君
経済企画庁国民
生活局長 八塚 陽介君
経済企画庁総合
計画局長 鹿野 義夫君
法務省刑事局長 川井 英良君
外務省アジア局
長 須之部量三君
外務省アメリカ
局長 東郷 文彦君
外務省条約局長 佐藤 正二君
大蔵省主計局長 鳩山威一郎君
大蔵省主税局長 吉國 二郎君
大蔵省銀行局長 澄田 智君
国税庁長官 亀徳 正之君
文部省大学学術
局長 宮地 茂君
農林大臣官房長 大和田啓気君
農林省農林経済
局長 亀長 友義君
農林省農地局長 中野 和仁君
農林省畜産局長 太田 康二君
食糧庁長官 檜垣徳太郎君
水産庁長官 森本 修君
通商産業省鉱山
石炭局長 中川理一郎君
運輸大臣官房長 鈴木 珊吉君
運輸省鉄道監督
局長 町田 直君
運輸省自動車局
長 黒住 忠行君
労働省労政局長 松永 正男君
労働省労働基準
局長 和田 勝美君
建設省計画局長 川島 博君
建設省住宅局長 大津留 温君
自治省財政局長 細郷 道一君
自治省税務局長 松島 五郎君
委員外の出席者
参 考 人
(日本銀行総
裁) 宇佐美 洵君
専 門 員 大沢 実君
—————————————
十二月十一日
委員坂田英一君辞任につき、その補欠として櫻
内義雄君が議長の指名で委員に選任された。
同月十二日
委員石田幸四郎君辞任につき、その補欠として
渡部一郎君が議長の指名で委員に選任された。
同月十四日
委員相川勝六君、船田中君、石橋政嗣君、北山
愛郎君及び麻生良方君辞任につき、その補欠と
して大村襄治君、中川一郎君、森本靖君、多賀
谷真稔君及び河村勝君が議長の指名で委員に選
任された。
同日
委員大村襄治君、中川一郎君、多賀谷真稔君及
び塚本三郎君辞任につき、その補欠として相川
勝六君、船田中君、北山愛郎君及び麻生良方君
が議長の指名で委員に選任された。
同日
委員河村勝君辞任につき、その補欠として塚本
三郎君が議長の指名で委員に選任された。
—————————————
本日の会議に付した案件
国政調査承認要求に関する件
閉会中審査に関する件
参考人出頭要求に関する件
予算の実施状況に関する件
————◇—————
この発言だけを見る →日)(午前零時現在)における本委員は、次の通
りである。
委員長 井出一太郎君
理事 小川 半次君 理事 北澤 直吉君
理事 二階堂 進君 理事 藤枝 泉介君
理事 加藤 清二君 理事 中澤 茂一君
理事 小平 忠君 理事 広沢 直樹君
相川 勝六君 植木庚子郎君
臼井 莊一君 浦野 幸男君
上林山榮吉君 仮谷 忠男君
川崎 秀二君 黒金 泰美君
小坂善太郎君 坂田 英一君
田中伊三次君 田中 正巳君
中野 四郎君 灘尾 弘吉君
西村 直己君 野田 卯一君
野原 正勝君 福田 一君
船田 中君 古井 喜實君
松浦周太郎君 松澤 雄藏君
松野 頼三君 八木 徹雄君
石橋 政嗣君 大原 亨君
川崎 寛治君 北山 愛郎君
久保 三郎君 阪上安太郎君
田中 武夫君 楢崎弥之助君
畑 和君 山内 広君
山中 吾郎君 横山 利秋君
麻生 良方君 塚本 三郎君
浅井 美幸君 石田幸四郎君
松本 善明君
—————————————————————
昭和四十三年十二月十四日(土曜日)
午前十時九分開議
出席委員
委員長 井出一太郎君
理事 小川 半次君 理事 北澤 直吉君
理事 二階堂 進君 理事 藤枝 泉介君
理事 加藤 清二君 理事 中澤 茂一君
理事 小平 忠君 理事 広沢 直樹君
植木庚子郎君 臼井 莊一君
浦野 幸男君 大村 襄治君
上林山榮吉君 仮谷 忠男君
川崎 秀二君 黒金 泰美君
櫻内 義雄君 田中伊三次君
田中 正巳君 中川 一郎君
中野 四郎君 灘尾 弘吉君
西村 直己君 野田 卯一君
野原 正勝君 福田 一君
古井 喜實君 松浦周太郎君
松野 頼三君 八木 徹雄君
大原 亨君 川崎 寛治君
北山 愛郎君 久保 三郎君
阪上安太郎君 田中 武夫君
多賀谷真稔君 楢崎弥之助君
畑 和君 森本 靖君
山内 広君 山中 吾郎君
横山 利秋君 河村 勝君
麻生 良方君 塚本 三郎君
浅井 美幸君 渡部 一郎君
松本 善明君
出席国務大臣
内閣総理大臣 佐藤 榮作君
法 務 大 臣 西郷吉之助君
外 務 大 臣 愛知 揆一君
大 蔵 大 臣 福田 赳夫君
文 部 大 臣 坂田 道太君
厚 生 大 臣 斎藤 昇君
農 林 大 臣 長谷川四郎君
通商産業大臣 大平 正芳君
運 輸 大 臣 原田 憲君
郵 政 大 臣 河本 敏夫君
労 働 大 臣 原 健三郎君
建 設 大 臣 坪川 信三君
自 治 大 臣
北海道開発庁長
官 野田 武夫君
国 務 大 臣
(内閣官房長官)保利 茂君
国 務 大 臣
(総理府総務長
官) 床次 徳二君
国 務 大 臣
(国家公安委員
会委員長)
(行政管理庁長
官) 荒木萬壽夫君
国 務 大 臣
(防衛庁長官) 有田 喜一君
国 務 大 臣
(経済企画庁長
官) 菅野和太郎君
国 務 大 臣
(科学技術庁長
官) 木内 四郎君
出席政府委員
内閣官房副長官 木村 俊夫君
内閣総理大臣官
房審議室長 橋口 收君
内閣法制局長官 高辻 正巳君
内閣法制次長 吉國 一郎君
人事院総裁 佐藤 達夫君
人事院事務総局
給与局長 尾崎 朝夷君
内閣総理大臣官
房陸上交通安全
調査室長 宮崎 清文君
総理府特別地域
連絡局長 山野 幸吉君
警察庁刑事局長 内海 倫君
警察庁警備局長 川島 広守君
防衛庁長官官房
長 島田 豊君
防衛庁防衛局長 宍戸 基男君
防衛庁経理局長 佐々木達夫君
防衛庁装備局長 蒲谷 友芳君
経済企画庁調整
局長 赤澤 璋一君
経済企画庁国民
生活局長 八塚 陽介君
経済企画庁総合
計画局長 鹿野 義夫君
法務省刑事局長 川井 英良君
外務省アジア局
長 須之部量三君
外務省アメリカ
局長 東郷 文彦君
外務省条約局長 佐藤 正二君
大蔵省主計局長 鳩山威一郎君
大蔵省主税局長 吉國 二郎君
大蔵省銀行局長 澄田 智君
国税庁長官 亀徳 正之君
文部省大学学術
局長 宮地 茂君
農林大臣官房長 大和田啓気君
農林省農林経済
局長 亀長 友義君
農林省農地局長 中野 和仁君
農林省畜産局長 太田 康二君
食糧庁長官 檜垣徳太郎君
水産庁長官 森本 修君
通商産業省鉱山
石炭局長 中川理一郎君
運輸大臣官房長 鈴木 珊吉君
運輸省鉄道監督
局長 町田 直君
運輸省自動車局
長 黒住 忠行君
労働省労政局長 松永 正男君
労働省労働基準
局長 和田 勝美君
建設省計画局長 川島 博君
建設省住宅局長 大津留 温君
自治省財政局長 細郷 道一君
自治省税務局長 松島 五郎君
委員外の出席者
参 考 人
(日本銀行総
裁) 宇佐美 洵君
専 門 員 大沢 実君
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十二月十一日
委員坂田英一君辞任につき、その補欠として櫻
内義雄君が議長の指名で委員に選任された。
同月十二日
委員石田幸四郎君辞任につき、その補欠として
渡部一郎君が議長の指名で委員に選任された。
同月十四日
委員相川勝六君、船田中君、石橋政嗣君、北山
愛郎君及び麻生良方君辞任につき、その補欠と
して大村襄治君、中川一郎君、森本靖君、多賀
谷真稔君及び河村勝君が議長の指名で委員に選
任された。
同日
委員大村襄治君、中川一郎君、多賀谷真稔君及
び塚本三郎君辞任につき、その補欠として相川
勝六君、船田中君、北山愛郎君及び麻生良方君
が議長の指名で委員に選任された。
同日
委員河村勝君辞任につき、その補欠として塚本
三郎君が議長の指名で委員に選任された。
—————————————
本日の会議に付した案件
国政調査承認要求に関する件
閉会中審査に関する件
参考人出頭要求に関する件
予算の実施状況に関する件
————◇—————
井
井出一太郎#1
○井出委員長 これより会議を開きます。
まず、国政調査承認要求に関する件についておはかりいたします。
先般の理事会の協議に基づき、予算の実施状況について調査を行なうことにいたしたいと存じます。つきましては、この際、議長に対し、国政調査の承認を求めることとし、その手続は委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →まず、国政調査承認要求に関する件についておはかりいたします。
先般の理事会の協議に基づき、予算の実施状況について調査を行なうことにいたしたいと存じます。つきましては、この際、議長に対し、国政調査の承認を求めることとし、その手続は委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
井
井
井出一太郎#3
○井出委員長 この際、参考人出頭要求の件についておはかりいたします。
予算の実施状況について、本日午後一時、日本銀行総裁宇佐美洵君の出席を求め、意見を聴取したいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →予算の実施状況について、本日午後一時、日本銀行総裁宇佐美洵君の出席を求め、意見を聴取したいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
井
井
多
多賀谷真稔#6
○多賀谷委員 私は、日本社会党を代表いたしまして、当面する内外の問題について質問いたしたいと思います。
まず、佐藤総理のアジア外交の基本姿勢についてお尋ねいたしたいと思います。
総理は所信表明において「ベトナムにおける北爆の全面停止が実現し、政治交渉の糸口が開かれたことは、過去数年間、アジアにおける最も大きな不安定要因であったベトナム戦争が、ようやく終息の時期に入ったことを示すものであります。われわれは、和平の機運が動きつつあることを心から歓迎し、今後とも、わが国独自の役割りを果たしてまいりたいと考えます。」と述べられておりますが、ベトナム戦争は一体いかなる性格の戦争であったか、総理はどういうようにお考えであるか、まず質問いたしたい。
この発言だけを見る →まず、佐藤総理のアジア外交の基本姿勢についてお尋ねいたしたいと思います。
総理は所信表明において「ベトナムにおける北爆の全面停止が実現し、政治交渉の糸口が開かれたことは、過去数年間、アジアにおける最も大きな不安定要因であったベトナム戦争が、ようやく終息の時期に入ったことを示すものであります。われわれは、和平の機運が動きつつあることを心から歓迎し、今後とも、わが国独自の役割りを果たしてまいりたいと考えます。」と述べられておりますが、ベトナム戦争は一体いかなる性格の戦争であったか、総理はどういうようにお考えであるか、まず質問いたしたい。
佐
佐藤榮作#7
○佐藤内閣総理大臣 お答えいたします。
わが国の基本的外交方針は、善隣友好、平和外交に徹する、この一語に尽きると思います。このことはたびたび申し上げたので、もうすでによく御承知のことだと思います。
ベトナム戦争は一体どういう性格のものか、こういうお尋ねでありますが、これは、御承知のように、ベトナムに一度和平が来た、ジュネーブ会議で、そういう安静というか、鎮定さすその状況のもとにおいてそれが守られなかったというところに原因があった、かように私は思います。
この発言だけを見る →わが国の基本的外交方針は、善隣友好、平和外交に徹する、この一語に尽きると思います。このことはたびたび申し上げたので、もうすでによく御承知のことだと思います。
ベトナム戦争は一体どういう性格のものか、こういうお尋ねでありますが、これは、御承知のように、ベトナムに一度和平が来た、ジュネーブ会議で、そういう安静というか、鎮定さすその状況のもとにおいてそれが守られなかったというところに原因があった、かように私は思います。
多
佐
多
佐
多
多賀谷真稔#12
○多賀谷委員 ジュネーブ協定というのは、関係国は御存じのように調印をした、しかしアメリカは調印をしないで出ていったわけでありますが、後に尊重すると声明をしたわけです。そのジュネーブ協定がなぜ守られなかったか。私は、もう少し端的に聞きますならば、一体これは民族独立運動と考えておるのかどうか、これを総理から率直にお答え願いたい。
この発言だけを見る →佐
佐藤榮作#13
○佐藤内閣総理大臣 それぞれにそれぞれの言い分があるだろうと思います。私は、いま、そのどちらがいいとかどちらが悪いとか、かようなことを申し上げる必要はないと思います。現実に戦争が行なわれたというその事実を認め、そうして今日北爆停止、それから話し合いに入っておる、こういう事実をそのまま認めればいいんじゃないですか。
この発言だけを見る →多
佐
佐藤榮作#15
○佐藤内閣総理大臣 共通の認識は、一日も早く平和が招来することを心から願っております。そういう意味で、ただいまのパリにおけるいろいろの会談が非常にみんなから歓迎され、そうしてそれに期待をかけられておる。
この発言だけを見る →多
多賀谷真稔#16
○多賀谷委員 私は、このベトナム戦争の性格を十分把握しなければアジア外交はできないと思うのです。ウ・タント国連事務総長は、昨年の七月、次のように言っておる。すなわち、ベトナム戦争をある一定のイデオロギーに反対するための聖戦だとする見方は正しくない、これは共産主義ではなく民族主義である、すべての外国の勢力を排除しようとするベトナム人の抵抗運動である、彼らは共産主義勢力を浸透させるためではなく、民族の独立をかちとるために戦ってきたし、戦い続けている、アメリカとその同盟国が、ベトナム人の戦いが共産主義侵略によるものではなく、民族独立を目的としたものであることを理解しない限り戦争は終結しないと思われると、こう言っておるんですよ。私は、これは世界共通の認識だと思う。これに対して私は端的に、一体共産主義侵略の抵抗の戦いである、あるいは民族独立運動である、こういうように考えるのかどうか、そのいずれを選ぼうとするのか、これをお聞かせ願いたい。
この発言だけを見る →佐
佐藤榮作#17
○佐藤内閣総理大臣 私は、それぞれの立場においてそれぞれの言い分があると思います。ウ・タントさんの言い分も、これも一つの言い分でありましょう。主張でありましょう。私は、ただいまそういうことについての是非善悪を言うよりも、とにかく起こっている戦争、これを一日も早く終息さすことが一番の大事なことだと思います。それぞれがそれぞれの主張に立ってその主張を通そうとするところに戦争が起こり、戦争がやまない、そういう理由があると、私はかように考えます。
この発言だけを見る →多
多賀谷真稔#18
○多賀谷委員 私は、もう一つ事実を指摘いたしたいと思います。
総理の特使たる山本俊一氏が、民族解放戦線は北ベトナムや中国とは関係がない、と言ってアメリカの議会で問題になりました。あなたが出された特使の報告でもそうなっておるじゃありませんか。この認識をはっきりしておかないと、今後あなたが幾ら善隣外交であり平和外交であると言われても、アジアにおける外交政策の基本ができないわけです。それをいいかげんにしておくところに問題がある。もう一度御答弁願いたい。
この発言だけを見る →総理の特使たる山本俊一氏が、民族解放戦線は北ベトナムや中国とは関係がない、と言ってアメリカの議会で問題になりました。あなたが出された特使の報告でもそうなっておるじゃありませんか。この認識をはっきりしておかないと、今後あなたが幾ら善隣外交であり平和外交であると言われても、アジアにおける外交政策の基本ができないわけです。それをいいかげんにしておくところに問題がある。もう一度御答弁願いたい。
佐
多
佐
多
多賀谷真稔#22
○多賀谷委員 当時アメリカでも問題になり、日本でも帰朝報告を書きいろいろ問題を提起したわけですよ。その事実を否定されるならば、私は後日はっきりした証拠を示したいと思います。とにかく松本さんが行って、報告したことは事実である。問題は、あなたの特使であったかどうかの問題だと思う。
そこで私は読いて、総理はベトナム戦争の性格についてごまかそうとしておられますが、ごまかしていったのでは、ベトナム戦後に乗り出すなんといってもこれはできない相談である。これを私はその意味で聞いておるわけです。そこで、このベトナム戦争の問題について世界の人々がどう認識するか、ことにアジアの一員としてあなたは、アジアの平和と、安全ということを口々に言われておるけれども、その十分な認識がないと私は外交をあやまつと思うのです。ニクソンが「フォーリン・アフェアーズ」という雑誌に書いて次のように言っておる。要するにジョンソン大統領のベトナム戦争の批判をしておるわけですね。その批判は、ベトナム戦争そのものについては反省がない。しかも、アメリカはベトナムに介入し、断固として踏みとどまることによって、アジアで共産主義が将来の波でないことを認識さした、それはプラスであった、インドネシアで反共主義者をふるい立たせ、日本を初めアジアの指導者はアジアの現在の政策を支持しておる、ただ介入の方法が悪かった、これが非常にまずかったと指摘しておるのですね。それは共産主義の侵略に対して、アメリカひとつが前面に出て、アメリカの戦争としてしまったところに問題がある、今後は、共産主義の脅威に対して一国が援助を求めても直ちに応ずることなくまず、これらの地域の国家がみずからの力で共同の努力をし、地域防衛の共同体を形成し、その共同体の要請によってアメリカは出動すべきである、その地域防衛の共同体は、アジア・太平洋地域閣僚会議、すなわちASPACを軍事強化したほうがいいと思う、日本は経済力の上昇とともに、外交、軍事面でアジアの指導的役割りを果たすに違いない、こう述べておるわけです。そこで、今後はそういう事態が起こるならば、まずアジアが共同防衛体をつくってそれに対抗する、そうしてアメリカが応援をする、アイクの言うアジア人はアジア人同士でまず戦わせる、こういう思想があらわれておる。それがいま問題になっておるアジア共同保障機構であります。これは、彼が昨年の十月雑誌に書いただけでなくて、今度の大統領選挙においても各地で演説をしておる。一体これについてはどういうようにお考えでありますか。
この発言だけを見る →そこで私は読いて、総理はベトナム戦争の性格についてごまかそうとしておられますが、ごまかしていったのでは、ベトナム戦後に乗り出すなんといってもこれはできない相談である。これを私はその意味で聞いておるわけです。そこで、このベトナム戦争の問題について世界の人々がどう認識するか、ことにアジアの一員としてあなたは、アジアの平和と、安全ということを口々に言われておるけれども、その十分な認識がないと私は外交をあやまつと思うのです。ニクソンが「フォーリン・アフェアーズ」という雑誌に書いて次のように言っておる。要するにジョンソン大統領のベトナム戦争の批判をしておるわけですね。その批判は、ベトナム戦争そのものについては反省がない。しかも、アメリカはベトナムに介入し、断固として踏みとどまることによって、アジアで共産主義が将来の波でないことを認識さした、それはプラスであった、インドネシアで反共主義者をふるい立たせ、日本を初めアジアの指導者はアジアの現在の政策を支持しておる、ただ介入の方法が悪かった、これが非常にまずかったと指摘しておるのですね。それは共産主義の侵略に対して、アメリカひとつが前面に出て、アメリカの戦争としてしまったところに問題がある、今後は、共産主義の脅威に対して一国が援助を求めても直ちに応ずることなくまず、これらの地域の国家がみずからの力で共同の努力をし、地域防衛の共同体を形成し、その共同体の要請によってアメリカは出動すべきである、その地域防衛の共同体は、アジア・太平洋地域閣僚会議、すなわちASPACを軍事強化したほうがいいと思う、日本は経済力の上昇とともに、外交、軍事面でアジアの指導的役割りを果たすに違いない、こう述べておるわけです。そこで、今後はそういう事態が起こるならば、まずアジアが共同防衛体をつくってそれに対抗する、そうしてアメリカが応援をする、アイクの言うアジア人はアジア人同士でまず戦わせる、こういう思想があらわれておる。それがいま問題になっておるアジア共同保障機構であります。これは、彼が昨年の十月雑誌に書いただけでなくて、今度の大統領選挙においても各地で演説をしておる。一体これについてはどういうようにお考えでありますか。
佐
佐藤榮作#23
○佐藤内閣総理大臣 これは本会議でも一部説明をいたしましたが、ニクソン大統領が来年一月二十日に就任されます。就任後どういうような発言をし、どういうような行動に出るか、これはそれから後の問題だと思います。いわゆる在野時代にいろいろの話をしている、それを一々とって私が批判することは、これはいかがかと思います。したがいまして、「フォーリン・アフェアーズ」に出たというその記事、それを相手にしていまここで議論することはいかがかと思う。ただ、直接関係のあります、ASPACを軍事同盟にする、こういう問題につきましては、もうこれも本会議で説明いたしましたが、ASPACに加入しておる各国は、これを軍事同盟にしない、こういう考え方ははっきりしておりますので、その心配は私はないと思っております。また日本に関するいろいろの、日本にかくしてほしいとか、こういうことが望ましいとか、かように申しましても、日本にはりっぱな憲法がありますし、日本はその憲法を守って、自主的な独自の独立国家としての行き方をしております。したがいまして、ただいまのニクソンさんのいろんな御意見に、私はいま心配はないんだ、かように実は思っております。したがいまして、その点では本会議で説明したとおりでありますし、とにかく、要は、これからニクソンさんが政権をとって、そうしてニクソン大統領のもとでどういう具体的政策をとるか、それを見るのがしかるべきじゃないかと思う。そして私は、日本は独立国家としての、皆さん方もともどもに主張される自主的な外交を進めていく、そうして基本的な線を守っていく、これが私どもの仕事だと思っております。したがって、そういう点では皆さんからも御鞭撻をいただき、私は自主的な外交を進めていく、このことをこの機会にはっきり申し上げておきます。
この発言だけを見る →多
多賀谷真稔#24
○多賀谷委員 ASPACを軍事機構にはしないということは、これはどの国も一致した意見である、こうおっしゃっていますけれども、第三回のASPACの会議でも、フィリピンの代表は、やはり軍事機構にすべきである、こう主張しておる。あるいは韓国も最近御存じのように、ベトナム参戦国は共同して集団安全保障条約をつくるべきであるということも主張しておると新聞は伝えておる。ですからあなたは、ASPACは軍事化しないのだという関係国の一致した意見だというけれども、それは三木さんが行かれて一応そういうことにはなっているけれども、いっそういう主張があるかもしれない。これは非常に私はその危険性をはらんでおると思う。しかも、ニクソンがあれだけ各地において大統領選挙でいわば公約をしておるわけであります。一体ニクソンがそういうようなことを要請してきた場合にはどうするのか、あるいはASPACの会議において関係国からそういう声が出た場合にはどうするのか、これをお聞かせ願いたい。私が国民とともに非常に心配をしておるのは、これはニクソンと佐藤総理がよく似通った性質であるというところに心配をしておるわけです。某大新聞の社説に、ニクソン、佐藤総理が似通った体質であることも今後の交渉に有利であろう、これは佐藤派の某側近幹部が語ったところです。これは新聞でお読みになっているところでしょう。問題は、私たちはその同じ性格に不安を持つのです。国民も不安を持っておるのだろうと思う。ですから、その点について明快な御答弁を願いたい。
この発言だけを見る →佐
佐藤榮作#25
○佐藤内閣総理大臣 いろいろ御心配をされ、またいろいろの仮定をつくり、そうして、そういう場合にどうするか、こういうようなお話でございますが、先ほど私が申しましたように、私は独自の日本外交を進めてまいります、このことをはっきり国民の皆さま方にお誓いをいたしますし、また皆さん方も、もし私が間違っておったら、そのときにひとつうんとしかってください。(「そのときではおそいよ」と呼ぶ者あり)そうして、そのとき間に合わない、かようにおっしゃるが、そういう点を間違わないように、私をひとつ指導していただきたい、これをお願いしておきます。
この発言だけを見る →多
多賀谷真稔#26
○多賀谷委員 その失敗したとき、あるいはそういう行動があったときにおしかり願いたいのではおそいのです。来年総理は渡米をされますが、あなたはニクソンからそういう要請は絶対ない、こういう確信ですか。
この発言だけを見る →佐
多
愛