文教・科学委員会

2000-11-02 参議院 全142発言

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会議録情報#0
平成十二年十一月二日(木曜日)
   午前十時開会
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         市川 一朗君
    理 事
                岩瀬 良三君
                亀井 郁夫君
                佐藤 泰介君
                松 あきら君
               日下部禧代子君
    委 員
                阿南 一成君
                佐藤 泰三君
                中曽根弘文君
                松村 龍二君
                水島  裕君
                小林  元君
                佐藤 雄平君
                本岡 昭次君
                福本 潤一君
                畑野 君枝君
                林  紀子君
                田名部匡省君
   国務大臣
       文部大臣
       国務大臣
       (科学技術庁長
       官)       大島 理森君
   政務次官
       文部政務次官   鈴木 恒夫君
       文部政務次官   松村 龍二君
       科学技術政務次
       官        渡海紀三朗君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        巻端 俊兒君
   政府参考人
       総務庁青少年対
       策本部次長    川口  雄君
       科学技術庁科学
       技術政策局長   間宮  馨君
       科学技術庁原子
       力安全局長    今村  努君
       文部大臣官房長  近藤 信司君
       文部省初等中等
       教育局長     御手洗 康君
       文部省教育助成
       局長       矢野 重典君
       文部省高等教育
       局長       工藤 智規君
       文部省体育局長  遠藤純一郎君
       労働大臣官房審
       議官       坂本由紀子君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○政府参考人の出席要求に関する件
○教育、文化、学術及び科学技術に関する調査
 (教育の今日的問題への取組に関する件)
 (北海道の教育現場における諸問題に関する件
 )
 (教育改革国民会議の提言に関する件)
 (心の教育に関する件)
 (スポーツ振興投票券に関する件)
 (障害者スポーツの所管に関する件)
 (スポーツ振興策に関する件)
○著作権等管理事業法案(内閣提出)

    ─────────────
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市川一朗#1
○委員長(市川一朗君) ただいまから文教・科学委員会を開会いたします。
 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 教育、文化、学術及び科学技術に関する調査のため、本日の委員会に総務庁青少年対策本部次長川口雄君、科学技術庁科学技術政策局長間宮馨君、科学技術庁原子力安全局長今村努君、文部大臣官房長近藤信司君、文部省初等中等教育局長御手洗康君、文部省教育助成局長矢野重典君、文部省高等教育局長工藤智規君、文部省体育局長遠藤純一郎君及び労働大臣官房審議官坂本由紀子君を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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市川一朗#2
○委員長(市川一朗君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
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市川一朗#3
○委員長(市川一朗君) 教育、文化、学術及び科学技術に関する調査を議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
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阿南一成#4
○阿南一成君 自由民主党の阿南一成であります。
 きょうは、大島大臣御出席のもとに、かねがね私が文教・科学行政について考えておりますことを中心に、親しく大臣の御所見をお伺いすることができることを大変うれしく思っております。よろしくお願いをいたします。
 まず最初にお伺いしたいのは、一昨日の大臣の所信あいさつの中で大臣は、二十一世紀は激動の時代となることが予想されるが、目指すべき方向は我が国の主体性を維持しつつ国際社会に貢献し世界から尊敬される心の豊かな美しい日本の国を実現することであると、そのお考えを述べておられます。そうして、教育、学術、文化、スポーツの振興は、これを実現する上で最も重要な基盤であると喝破をされておるのであります。私は、この大臣の御見識に全く同感であります。
 一点だけ確認をさせていただきたいのでありますが、それは、教育は国家百年の大計でありますが、問題は、教育問題を考えるに当たり求めるべき国家の理念が定まらない、教育の内容、教育のあり方について方向が定まらないのではないかというふうに考えるのであります。しかるに、今の我が国の現状を見ますと、あるべき国家像、すなわち二十一世紀を迎えるに当たり我が国の将来像、国の形をどうするのかという点からの議論がいまだ十分ではないと思うのであります。
 少子高齢化社会を迎え、環境問題が一層声高に言われる将来の社会にありまして、我が国の産業構造はどう転換するのか、介護問題はどうなるのか、失業問題の解決の方策ありやなどなど、我々政治家は具体的に国民の皆さんの前でその疑問にこたえる義務があるというふうに考える次第であります。そうして、その上で我々の目指す国家像が明らかになり、そうした国家理念にふさわしい国民となるべく教育はどうあるべきかが問われなければならないというふうに考えるものであります。
 もちろん、個々の局面におきましては、それぞれの問題について十分協議、論議が行われ、対策も講じられているのでありまするが、それらと教育のあり方がどのように結びついているのかがなかなか見えてきません。国民の皆さんももどかしさを感じておるのではないかと思うのであります。こうした国民の皆さんの声に政治家としてこたえていくのが我々の責務ではないかと常日ごろから考えておる次第であります。
 そこで、大臣は政治家として、また文部大臣として日本の将来あるべき国家像をどのように描かれ、そしてそれを教育のあり方にどのように結びつけていこうとしておられるのか、まず最初にお伺いをしておきたいと思います。
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大島理森#5
○国務大臣(大島理森君) 阿南先生からこの委員会を通じて今日までもさまざまな教育問題についての御提言をいただいてまいりました。私は、所信あるいは総理のお言葉でございますが、「心の豊かな美しい国家」ということを申し上げました。そのことに加えて、政治家として君はどういう国家像、あるいは文部大臣としてそのことをさらにどのように国家像として考えるのか、こういうふうな御質問かと思います。
 いろんなことを考えますと、やはりこの戦後五十年の変遷というものは、いろんなことを私個人としても考えなければならないことがございますし、日本の歴史を振り返ると、日本というのは、どこの国もそうかもしれませんが、おごり高ぶったときに非常に大きな失敗をしているというか、大きな問題を起こしている。
 その歴史を我々は謙虚に受けとめなきゃならぬなと思いながら、「心の豊かな美しい国家」というのは、私は、共生という言葉がよく出ます。環境庁長官をやりましたときによく使いました。共生という言葉、これは我々も今も使うんですが、やっぱり世界とともに生きる、あるいは自分以外のものとともに生きていくという意味で、その「美しい」という言葉の中には共生という言葉が一つあると私は思っております。
 もう一つ、激しく動くという二十一世紀、これはITの波もそうでございましょうし、国境というそういうふうな境が特に経済を中心にしてなくなっていく。一方、技術革新が激しく動いていくといったときに今度は自立という、そういうふうな心構えというものが必要なのではないか。やはり、自分の頭で考えて自分の言葉で発していく、そこに責任を持っていく。
 私の思いとしては、「心の豊かな美しい国家」と言うときに共生あるいは自立というふうな、そのイメージがございます。そういうことの中に、やはり創造性、社会性というものがただいま申し上げたような言葉の中に当然含まれていく、私はそういう思いで考えておるところでございます。
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阿南一成#6
○阿南一成君 ありがとうございました。
 次に、マスコミの報道によりますと、平成十四年から使用される中学校の歴史教科書の検定につきまして、文部大臣の諮問機関であります教科用図書検定調査審議会の元外交官の委員が他の審議会委員に対し、特定の教科書を不合格とするよう工作したという大変な問題が報じられています。
 そこで、これから教科書問題について何点かお伺いをいたしておきたいと思います。
 今回の問題を前にしますと、昭和六十一年、高校の日本史教科書が事実上検定に合格をしながら、中国など近隣諸国の批判を受け修正を余儀なくされたという事案など、教科書にかかわる外交問題を思い起こすのであります。
 教科書というものは、まさに日本の根幹にかかわるものというべきものであります。なぜならば、日本の将来を担う子供たちに対して、よきにつけあしきにつけ日本のこれまでの姿を適切に示し、これからの日本はどうあるべきか、またそのあるべき日本の実現のためには自分はどのように行動をすればよいのかを子供たちが考えるための重要なよすがとして教科書があると私は考えるのであります。いわば国の基礎づくりにかかわるものであろうかと思っております。
 一国の主権にかかわるこの教科書問題に対してこれまでたびたび外交的問題の影響を受けてきたのでありますが、そもそも教科書の記述は外交的な事情によって左右されるべきではない、歴史的事実を直視して正確に記述されるべきものであると私は考えるのであります。そういう意味から、近隣条項の見直しも視野に入れるべき時期が来ているのではないかと考えるのでありますが、この点、大臣のお考えをお伺いいたしたいと思います。
 なお、大変恐縮でありますが、私の持ち時間、亀井先生の時間を後で十分とってありますので、簡明にお答えをいただければありがたいと思います。
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大島理森#7
○国務大臣(大島理森君) 御承知のように、教科書検定は、指導要領や検定基準に基づいて客観的な学問成果や適切な資料に照らして実施しているものでございます。指導要領の中には「国際協調の精神を養う。」こととされておりまして、そのことを基本にして客観的に検定を行っていただくというふうなことにしておるところでございます。そういう意味で、今後とも指導要領や検定基準の客観的な学問成果に基づいた形で適切に検定を行ってまいりたい、このように思っているところでございます。
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阿南一成#8
○阿南一成君 ありがとうございました。
 次に、教科書問題のもう一つの懸案であります教科書採択制度についてお伺いをしておきたいと思います。
 公立の小中学校において使用される教科書の採択については、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の第二十三条において教科書採択にかかわる権限が教育委員会にあることを明記しております。しかし、実際上は教育委員会の権限の空洞化ということが言われております。具体的には、教職員の投票によって採択教科書が決められている、あるいは教育委員会のもとに諮問機関として置かれている調査・選定委員会等からの答申の段階で既に教科書が絞られ、教育委員会はその答申どおりに採択教科書を決めているという実態も指摘をされておるところであります。法律によってしっかりと明記されている教育委員会の採択権限が、法的根拠のない投票などによって事実上奪われているのではないかと思うところであります。
 教科書採択制度は、教科書の公正中立を確保するため、教科書検定に続くもう一つの大切な制度であると思うのであります。つまり、人格が高潔で、教育、学術、文化に関し識見を有する者のうちから任命をされる教育委員会の委員が教科書の採択に関する権限責任をしっかりと果たすことにより、仮に不適切な教科書が検定を合格いたしましたとしても、正規の採択過程で選別をされて落とされることが期待されておる制度ではないかと思います。
 文部省は、平成二年及び九年の二度にわたり、各教育委員会に対して、教職員の投票によって採択教科書が決定される等採択権者の責任が不明確になることのないよう採択手続の適正化を図ることを求める通知を出しております。また、本年もその旨の指導を再度行っていることを承知いたしております。しかし、それぞれの通知を読ませていただきますと、問題の核心を単刀直入には指摘しておらず、法の趣旨に反していると思われる教科書採択の実態にかかわる抜本的改善策を明記しているにしては、私から見るならば緩やかな表現であると思うのであります。大臣にも、教科書問題に関しては極めて重要な通知でありまするのでぜひ御一読を願い、いつの機会か当委員会においてでも御見解を賜れば幸いであろうかと思います。
 そこで、大臣にお伺いしますが、教科書採択の改善が遅々として進まない原因をどのように考えておられるのか、また教科書採択におけるいわゆる学校票方式の実態をどのように認識なさっておられるのか、そして大臣はこの実態に対してどのように対応していかれようとしておるのかをお伺いいたします。
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大島理森#9
○国務大臣(大島理森君) 具体的な実態状況は局長から、参考人から御報告させますが、今、阿南先生がお話しされた採択に当たって教職員の投票で決めるとか、あるいはそれに類似したことで決めるとか、そういうことは絶対あってはならぬことだと、このように思っております。いずれにしても、そういう指導をさらに徹底してまいりますが、委員から御指摘いただいたように、その内容を私ももう一度読み返しながら、いずれかの機会においてそのことについて何か改善すべきことがあればあったでまた御報告してまいりたい。
 いずれにしても、採択権者の責任が不明確になるようなことは絶対にあってはならぬと、このように思っておりますので、その方針で徹底してまいりたいと、こう思っております。
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阿南一成#10
○阿南一成君 ありがとうございました。
 次に、現在行われている教育改革のキャッチフレーズでもありますゆとり教育について、ちょっと御見解を賜りたいと思うのであります。
 新学習指導要領が平成十四年度から完全実施をされることにより、教育内容の三割が削減をされることとなっています。これに対して、昨今指摘されている学力低下という危機意識から反対意見が多く出されております。京都大学の西村教授等が書かれた「分数ができない大学生」、「小数ができない大学生」が大変な反響を呼んでいることからも、国民の多くの皆さんが教育内容の削減に対して疑問を持っておると思うのであります。
 昭和六十年に出されました臨時教育審議会第一次答申におきまして、教育改革の基本的方向として、個性尊重、基礎、基本の重視が打ち出されました。現在、個性尊重、ゆとりをキャッチフレーズとした教育改革は、この路線をさらに発展させたものだと考えるのであります。
 しかし、教職員の週休二日制の完全導入との関係もあるとは思いますが、このゆとりの名のもとに単に教育内容を削減することに対しては、多くの疑念を国民が持っておるところであります。教育内容の削減に伴い教科書は内容が薄くなり、その教科書をもとに、学校教育と現実として存在する受験を前提とした教育ニーズとの乖離が大きくなっているのではなかろうかと思うのであります。
 現実に塾に通う中学生は約六割にも達しているとの報道がなされております。また、私立学校では、検定教科書では物足りず、私製、独自の教科書を使用している例もあると聞いております。このままでは、検定教科書の存在そのものを揺るがすことになるのではないかと危惧する次第であります。学校教育法によって使用が義務づけられている教科書が使用されないということは制度上あり得ないことでありますけれども、事実上、特に私立学校において使用されていないという実態に対する対策、歯どめがあるのか。
 また、現実問題として、受験に際して求められる知識レベルと教科書の内容との乖離が大きくなり、子供や保護者が憂慮して学校のほかに塾などに通うという現状に対し、親の経済力によってその子供の将来が左右されるようなことになってはゆゆしき事態であるというふうに私は思うのでありますが、大臣の率直なお考えをお聞かせ願いたいと思うのであります。
 本来、学校は勉強をするところであり、学力水準の向上充実は、学校ひいては文部省の責務であります。学歴、受験、偏差値などを取り上げて、勉学に関する一切のものにマイナスイメージが与えられ、ゆとりの名のもとに勉強を否定する空気が学校教育に画一的に広がるようなことがあってはならないと思うのであります。
 このような心配に対して、大臣の御見解を賜りたいと思います。
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大島理森#11
○国務大臣(大島理森君) 新学習指導要領に対してさまざまな御所見をいただいております。
 先生もそうですが、先ほど先生がお話しされた榊原さんからも新聞等を通じて御論議をいただいて、私なりに新聞を通じてきちっとしたお答えをしたつもりでございます。
 ただ、ゆとり教育という、そのゆとりという言葉にやはりこれはちょっと誤解を与えている部分もある。私どもがねらいなのは、まさに先生お話しされたように、大学に行っても基礎的な数学の計算ができない子がいたりする。まず、そういう基礎的な知識というものを身につけないまま中途半端に上に上に上がっていくということがあってはならない。ですから、公教育の中でまず第一に基礎的知識はきちっと教え込む。やっぱりそこのところは押さえていかなきゃいかぬ。それを土台にして、その子供たちのそれぞれのありようについて柔軟なプログラムを組んでいく。そして、もっと興味を持っている科目には、その興味を持っている科目を推進させていくとか、そういういわば二つの縦と横の新しいあり方を考えているところです。
 ですから、基礎的学力をきちっと身につけさせるという点については、私どもは徹底をしてまいらなければならない。そして、一番子供たちの国際比較をやっていって足りないのは、自分の力で問題点を発見する、そして自分の力で、自分の考え方でその問題点を探求していく、そしてそれが正しいとか正しくないとかと言う前に自分なりに結論を出す。そういうみずから考える力というものをつけていくことが、先ほど先生が冒頭に御質問された、激しいこの国際社会の中で、変動の中で生きていく力をつけるために必要な教育ではないか。それが新学習指導要領の基本でございます。
 我々は、もっともっと国民の皆さんにそういう点を御理解いただきながら、新しい学習指導要領のあり方について、さらに我々も指摘を受けた部分について、もしここはちょっと直していかなきゃならぬところがあるのであればそれは直していきますし、そして来年から、国民の皆さんの御心配に対してもおこたえするためにも、やはりきちっとしたどの程度の学力を持っているか、一斉のそういう試験をやりながら、子供たちの知識力というものについてもしっかりと見守って、見詰めてやっていかなければならない、そういう思いでございます。
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阿南一成#12
○阿南一成君 ありがとうございました。
 次に、昨年の三月九日の本委員会におきまして、私のふるさと、大分県竹田市の駅でも流されております、そしてこれまで共通教材として必修とされてきました「荒城の月」、さらに「赤とんぼ」など日本の名曲が新学習指導要領には記載されなくなったことから、後世に伝えていくべき心にしみる日本人の心のふるさととも言うべき名曲が忘れ去られていくのではないかと私は質問の中で指摘をいたしました。
 当時の有馬文部大臣が、新学習指導要領の解説の中においてこれまで示してきた共通教材、御指摘の「荒城の月」や「赤とんぼ」などを参考資料として示すことにしており、小中学校において「荒城の月」を初めとする我が国で歌い継がれて親しまれてきた音楽が今後も指導されていくことになると考えておりますと答弁をされました。
 中学校の新学習指導要領を見ますと、歌唱教材といたしまして、一つ、「我が国で長く歌われ親しまれているもの」、二つ、「我が国の自然や四季の美しさを感じ取れるもの」、三つ、「我が国の文化や日本語のもつ美しさを味わえるもの」を含めることとされております。この趣旨及び過去の共通教材を学習指導要領の解説で示した趣旨が検定中の教科書に反映され、「荒城の月」や「赤とんぼ」など日本の名曲が子供たちに受け継がれていくことになると私はかたく信じておるのでありまするが、確認のために大臣の御所見を伺っておきたいと思います。
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御手洗康#13
○政府参考人(御手洗康君) 御指摘がございました「荒城の月」、「赤とんぼ」等の我が国の伝統的な文化に根差す歌曲等の指導につきましては、委員御指摘ございましたように、さきに有馬文部大臣がお答えしたとおりでございます。しかしながら、具体的に教科書についてどう取り扱われるかということにつきましては、こういった学習指導要領や解説書の趣旨等を踏まえまして、各教科書の作成者、発行者等におきまして選曲をしてくるということになってございます。
 現在その教科書につきましては検定審議中ということでございますので、具体的な結果につきましては、来年四月以降検定結果が明らかになるまでお許しをいただきたいと思っているところでございますが、いずれにいたしましても、各学校におきましては、地域の実情にのっとりまして、教科書にあるなしにかかわらずそれぞれこれまでも指導をされてきておりますし、今後とも指導はなされるものと私ども考えているところでございます。
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阿南一成#14
○阿南一成君 いろいろ言いたいこともありますが、この際、先に進みたいと思います。
 次に、教育改革国民会議より出された中間報告についてお尋ねをしておきたいと思います。
 教育改革国民会議の中間報告では「効果的な授業や学級運営ができないという評価が繰り返しあっても改善されないと判断された教師については、他職種への配置換えを命ずることを可能にする途を拡げ、最終的には免職などの措置を講じる。」との提言がなされております。
 教育の根本には、よき教師、尊敬される教師、信頼される教師による児童生徒への感化があり、その反面として、悪い教師に当たれば、発達段階にある児童生徒の勉学に対する意欲を失わせるばかりでなく、可能性の芽を摘み、さらにはその一生に取り返しのつかない悪影響を与える可能性があるということもよくわかります。残念ながら、教師の中にそのような児童生徒に大きな悪影響を与える教師も中にはおるのかもしれません。このような教師の児童生徒に対する影響にかんがみるときに、この提言は遅きに失したと思うのであります。今後、文部省はこの提言をどのように具体化していくのか、お伺いをいたしたいと思います。
 あわせて、地方公務員法第二十八条には分限の規定があります。その第一項において「勤務実績が良くない場合」、「その職に必要な適格性を欠く場合」は免職することができると規定をされております。この規定が実際にこれまで発動されたことはあるのか、もしあるとすれば何件ぐらいあるのか、それは公立小中学校の教職員七十万人に対してどの程度のパーセンテージで発動されておるのか、大臣の御所見を伺います。
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大島理森#15
○国務大臣(大島理森君) 国民会議の御提言を踏まえた方向性について申し上げ、後に具体的な数字については参考人からお話しさせていただきます。
 国民会議の中間報告が出されて以来、私どもも総理からの御下命で勉強に入りました。その勉強に入っている一つが、今、阿南委員がお話しされた問題点でございます。
 私どもも、十分な適格性を有しない教員につきましてはどう対応するか、教員以外の職へ円滑に異動させるためどういうふうにしたらいいのかということを勉強し、できれば通常国会等において所要の法律改正を検討してまいりたい、こう思っておるところでございます。
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阿南一成#16
○阿南一成君 これまで政治は教育に直接介入せず外的条件整備に徹するべきであるということが言われて久しいわけであります。例えば、教科書問題についても、あるいは道徳をどう教えるかなどの問題につきましても、学習指導要領の作成に当たっても、政治家は直接的には意見を述べることを控えてきたと私は認識をいたしております。しかし、昨今続発する少年犯罪、いじめ、学級崩壊、さらには先ほど挙げました学力低下というように、我が国の子供たちの状況をとってみても、教育の現状は危機に瀕していると考えるのであります。
 こうした現状に目を向けるとき、教育の問題について、総理の私的諮問機関であります教育国民会議の議論も必要でありますが、国のあり方を考えるべき政治家が最も基本的な問題である教育問題についてみずからの信念に基づいて積極的に発言し、世論を喚起する時期が来たのではないかというふうに私は考えるのであります。
 そこで、私は五月十六日の当委員会におきまして、危機的状況と言われる教育の現状に対するささやかな対策として四つほど提案をさせていただきました。
 第一点目は、心の教育の一環として、全国の小学校低学年、幼児教育を中心とするわけでありましょうが、この全学級が草花を育てることができるよう学校に花壇を設ける予算を確保していただきたいとの提案をいたしました。あわせて、わび、さびの世界の茶道、そしてすばらしい芸術品を鑑賞し情操を高めるため学校外の美術館、博物館の見学も、課外授業としてではなく、小学校低学年の正規の授業カリキュラムの中に組み込むことを提案させていただきました。
 二点目は、子供たちが大きな問題行動を起こす前に先生が子供の心や行動の変化を敏感に察知し、子供の相談に乗るなどして心を開かせ、子供を正しく導くことができるよう先生の資質を向上させること。さらには、いじめや不登校などをなるべく穏便に済ませようと閉鎖的に処理をする校長を初めとする管理者があるとするならば、そういう管理者を排し、正義を実現しようとする先生たちの積極的な活動を支援する体制づくりをしてほしいと提案をいたしております。
 三点目は、続発する少年事件、自殺、いじめ等に対しまして、運輸省の航空事故調査委員会のような常設の委員会を文部省内に設置し、いじめによる自殺あるいは対教師殺傷事件、黒磯事件のような問題でありますが、のような大きな事件が発生をいたしました場合には、専門的な立場から現地調査を徹底的に行い、克明な原因の究明を多角的に行って、その報告書を文部大臣及び国会に報告するようにしてはいかがかという提案をさせていただきました。
 第四点目は、全小中高校へのスクールカウンセラーの配置と二十四時間対応の電話相談、子供の悩み一一〇番の設置を申し上げました。
 以上四点について、私は大臣とともに議論をいたしたいと思って提案をいたしました。当時は、当時の大臣はやむを得ない事情で出席がかなわず、そのことについては私も十分に理解をいたしておりまして、かわりに当時の政務次官に御答弁をちょうだいいたした次第であります。しかし、大臣も新しくおかわりになりましたところでありますので、繰り返しでありますが、私の四つの提案を確認させていただきたいと思って申し述べます。
 私の四つの提案に対する大臣の率直な御意見をお伺いするとともに、特に第一番目に提案いたしました情操教育の一環としての学校における花壇を充実するために係る予算の八月の概算要求の状況をお聞かせいただきたい。事務当局としては既に多くの小学校においては花壇はありますとの説明ではありますが、私があえてそれを承知で質問させていただきましたのは、中教審の答申の中心に据えられております心の教育の現実の試みの一つとして重要視しているからであります。
 これから学校にも完全週休二日制が導入され、土曜、日曜は連続してお休みになります。そうすると、子供たちが精魂込めて育てたお花が、月曜日に来てみますと、しおれて水を欲しがっているかもしれません。そのとき、子供たちが、土曜、日曜、大切な友達であるお花のことを忘れてごめんねとお花と会話をしながら水を上げると、お花は見る見る元気を回復してくると思うのであります。さらに一歩進んで、土曜、日曜の休みに学校にまで出てきてお花にお水をやる子供も出てくるかもしれません。私は、これは子供たちに対する一つの心の教育の実践であろうかと思うのであります。また、その立派に育てたお花を駅や町役場や派出所や消防署に生けに行くという奉仕活動も、子供たちに十分な体験学習の機会を与えることになると確信をするものであります。
 どうか大島大臣におかれましては、平成十三年の概算要求の項目立てにもし仮に入っていない場合でも、実行予算で全小学校に充実した花壇を設けていただくことを切望するものであります。ぜひとも大臣の前向きな御答弁を期待いたす次第であります。
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大島理森#17
○国務大臣(大島理森君) 阿南先生から五月十六日に四つの御提案があったことを議事録等でしかと拝見いたしました。その中で、我々も研究をし、そして来年の概算要求にも反映させたり、あるいはとるべく施策の中で取り入れさせていただいているものもございます。特に重点的に御主張がございましたいわゆる花壇、学校の花壇をもって子供たちが自然に接したり花木を愛する心を育てるという御主張でございますが、そのことの基本的な重要性については同感でございます。
 したがいまして、私どもとして、平成十三年度の概算要求に対し、観察の森とか学習園等の整備をもっと充実させたい、そういうふうな意味で七億一千九百万を要求しているところでございます。まずこれらをこれからも努力して予算化し、そしてこれはかなり大規模なものでございますから、小規模なものについては地方交付税において所要の財源等が講じられておりますので、学校を指導しながら、今、先生がお話しされたような精神がそれぞれの学校において生かされるように、実現されるように努力してまいりたいと思っております。
 なお、他の三つの御指摘についても、例えば二十四時間の電話相談のあり方とか、あるいは青少年に対する校長先生や学校の現場を支援する形がどうあるべきかとか、あるいは教員の資質向上、今それぞれお答えしますと長くなりますので、先生の趣旨をしかと踏まえながらなすべきことはなしていかなきゃならぬ、非常に貴重な御提言だと、このように思って努力しているところでございます。
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阿南一成#18
○阿南一成君 大変ありがとうございました。
 なお、質問通告いたしました二番、三番、七番、十番、十二番については時間の調整で、せっかく準備をしていただきましたが、割愛をさせていただきます。
 これで私の質問を終わります。どうもありがとうございました。
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亀井郁夫#19
○亀井郁夫君 自由民主党の亀井でございます。引き続いて大臣にお尋ねいたしたいと思います。
 教育の基本になっている教育基本法の問題について、まず最初にお尋ねしたいと思います。
 最近、少年の凶悪事件が続発いたしまして大変驚くわけでございますけれども、こうしたことは、子供たちがみずから身をもって私たち大人に対して戦後の教育のありようについて問いかけているんだということを、私たちはそういう姿勢で受けとめなければならないんではないかと思うわけでもございます。
 戦後、確かに経済的には豊かになりましたけれども、しかし私たちは大事なものを失ったんではないかと思うわけであります。それは、日本人としての魂であり、心ではないかと思うわけでもございます。特に、戦後の教育を支えてきたこの教育基本法、それぞれの一条一条を読みますと全部すばらしいことが書いてあるわけでありまして、そのことを否定するものではもちろんないわけであります。
 しかし、振り返ってみますと、終戦を契機にして戦前の教育を全面的に否定するという中での戦後の教育が組み立てられたわけでありまして、その中ではGHQの指示もありまして、日本の伝統の尊重だとかあるいは愛国心の育成、家庭教育の重視、宗教的情操の涵養とか、こういうものが外されてしまったということから、これが戦後の教育の持つ大きな欠点として今見直されておるわけでもございます。
 森総理も教育改革を大きな柱として取り上げられており、また教育改革国民会議でもいろいろと議論がされておるわけでございますけれども、大臣のこの教育基本法に対する今後の取り組みについてどのようにお考えか、お尋ねしたいと思います。
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大島理森#20
○国務大臣(大島理森君) ただいま亀井先生から教育基本法のことについてお話しされました。私どもは、まず進め方の問題としてこのように考えております。
 これは総理もずっと一貫して申し上げていることでございますが、今、各党あるいは各議員、各委員、皆様方のところでいろんな教育論議が盛んになっておりますが、国民会議においての中間報告においては、やはり基本法の問題もきちっと取り上げられております。したがって、それが年内に最終報告として出てまいるであろうと思います。また、与党各党の中でもいろんな議論をされ、また野党の政党のそれぞれの皆さんのところでも議論されていると思いますが、その国民会議の最終報告を私どもちょうだいした後、我々としても勉強をもう既に始めておるところではございますけれども、幅広く国民の皆さんの御意見を聞く、その最も中心的なのは中教審であろう、中央教育審議会に諮問を申し上げ、そこでも議論してもらおう。そういうふうな議論をまずきちっとしてもらうということを踏まえつつ、そしてそういう結果を待って、国会の場でそういうふうなものを議論する機会を必要であればきちっと得ていきたい、このように思っております。
 中身の問題で、おまえは一体基本法のどういうところにどういう所感を持っているのかということにつきましては、文部大臣として今明確にここのところが問題でこうだということを申し上げるのはいささかまだ早いとは思いますけれども、亀井委員お話しされましたように、昭和二十二年につくったときに、そのときの世界情勢、国の目指す方向、そしてあるべき姿と今日とを考えてみましたときに、客観的に大きな変化がある点がたくさんございます。それは、例えば国際社会における日本の大きさというものもそうでございましょう。あるいは家族構成のあり方、地域のあり方、あるいはまたその中における富の大きさ、そういうものから考えると、やはり教育というのは子供たちに生きる力を結局つけることが私は目標だと思います。
 そうすると、これから来るであろう新しい社会というものを想定しながら、そして立派に子供たちが生きていくというためにはどういう方向を目指せばいいかということを考えますと、必然的にさまざまな議論があって結構なことではないだろうか、こう思っておりまして、多様な皆様方の御議論を今私は読んだり見たり、また聞いたりしているところでございまして、いずれ、来年、中教審に御諮問をいただきながら、そして多くの議論をちょうだいし、しっかりとそういう方向性を見届けながら、私どもも私なりに努力して、そして国民の議論にたえるようにしてまいりたい、このように思っております。
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亀井郁夫#21
○亀井郁夫君 ありがとうございました。
 ぜひともこの問題については前向きにしっかり取り組んでいただきたいと思います。
 次に、教育の基本になっております学習指導要領についてお尋ねしたいと思います。先ほど阿南先生からもお尋ねございましたけれども、一、二お尋ねしたいと思うわけであります。
 特に、今地方分権が進められまして、教育についても地方分権という形でいろいろ移されておりますけれども、私は教育については文部省が中央でしっかり頑張っていただかなきゃならないと思いますし、そのためにも学習指導要領については十分お考えいただきたいと思うわけであります。しかし、そういう意味からも、学習指導要領についてはそれを守ろうとする組合もあれば反対する組合もたくさんあるわけでございまして、さまざまでございますが、私の地元広島では組合が学習指導要領を守らないことを競い合ってきたという歴史の中で、教育の現場も大変荒れてしまったわけでございますけれども、しかし最近はようやく小康状態といいますか、新しい方向を見出す方向になってきておる状況でもございます。
 いつも問題になりますのは、単純なことでございますけれども、学習指導要領の法的性格についていつも議論されるわけであります。大綱的基準だから守らなくてもいいんだというのが組合の大体の根拠でございますけれども、改めてここで文部省としてこれについての法的性格を明快にお答えいただきたいと思います。
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大島理森#22
○国務大臣(大島理森君) 明快に申し上げさせていただきます。
 学習指導要領は法令の規定に基づいて定められているものでございまして、学校においてもこれに基づき教育課程を編成しなければならないという法規としての性格を有している。これは、いずれにしても伝習館高校事件の最高裁の判決もございます。改めてそのことは国民の皆さんに明確に申し上げたい、このように思っております。
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亀井郁夫#23
○亀井郁夫君 ありがとうございました。
 この学習指導要領を守るか守らないかということのメルクマールが国旗・国歌の問題であります。国旗・国歌について指導するようにと書いてあるんですけれども、これを守らないことが学習指導要領を守らないということでいつもこれは問題になるわけでございます。
 私の地元広島のことを何回も出しますけれども、この国旗・国歌については惨たんたる状況でございましたけれども、昨年の国旗・国歌の法制化を契機にして大分変わってまいりました。しかし、国歌についてはまだメロディーが流れるだけであって、先生もいすに座っている、生徒もいすに座っているというおおよそ考えられない状況がまだ続いておるわけでございます。しかし、文部省のレポートを見ますと、ちゃんと指導しているということになっておりますけれども、指導していると県の教育委員会等が報告いたしましても、中身はそういうものだということを十分御理解いただきまして、ちゃんとした形で国旗・国歌が指導できるようにひとつ御指導願いたいと思うわけであります。
 そこに絡みまして、特に今見てみますと、全国で北海道がどういうわけか非常に悪いわけでございまして、改善の跡がなかなかない。特に札幌市の中学校では国歌の斉唱率が一三%ということで非常に低いわけでございますけれども、これに引かれて、札幌市の教育委員会は九月十八日に適切に行うようにという職務命令を、もうやむを得ずだと思いますけれども、出されて努力されておるわけであります。北海道がこのように他の県と違って非常にこういうのが低いということは、全般的に学習指導要領も守られていないんだろうと思うんですけれども、この原因は何だとお考えか、お尋ねしたいと思います。
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御手洗康#24
○政府参考人(御手洗康君) 国旗・国歌の卒業式、入学式におきます指導につきましては、昨年、国旗・国歌法が制定をされまして、文部省といたしまして改めて実施率が芳しくない各都道府県等につきまして指導を徹底したわけでございます。その中で多くの都道府県で改善を見たところでございます。北海道におきまして多少の改善はいたしましたけれども、例えば国歌斉唱につきましては、小学校では全体での実施率が六六%ほど、中学校では六〇%、高等学校では八五%ということで、委員御指摘ございましたように全国で最低の実施状況ということでございます。
 これにつきましては、北海道の教職員団体におきまして、その運動方針に日の丸・君が代の指導強制に反対する、これについては対抗戦術を含めた通年闘争として闘うというような運動方針のもとに、各学校現場や教育委員会等に対しまして組織的に極めて強い反対運動を繰り広げているという状況がございまして、各学校現場の責任者であります校長におきましては、日常の学校運営を円滑に行うという一つの配慮から、このような職員団体の強い抵抗を排除して卒業式、入学式におきます学習指導要領に定められた形での国旗掲揚あるいは国歌斉唱というものに踏み切れない、そういう極めて残念な状況があるところでございます。
 北海道におきましては、昨年の状況を踏まえまして、今年の年度当初から各校長会等の諸会議等におきまして指導の徹底を図るとともに、個別の学校訪問を行いまして、個々の学校の実態に即した指導も行っているところでございますけれども、委員御指摘ございましたように、札幌市の教育委員会におかれましては、去る九月十八日に市立の全学校長に対しまして、来年行われます卒業式と入学式におきます国旗掲揚、国歌斉唱の指導については学習指導要領にのっとって適切に行うようにという文書で職務命令をし、その実施の徹底を期しているところでございます。
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亀井郁夫#25
○亀井郁夫君 ぜひともしっかり指導していただきたいと思います。
 次に、学校運営の問題についてお尋ねしたいと思いますけれども、学校運営について最も大事なことは、何と申しましても学校の組織風土を活力のあるものに維持しなければならないということは言うまでもないことでございますけれども、私の広島では解放同盟が教育現場に介入するという事態が長く続きました。そういうことから、糾弾闘争におびえた先生方が全然力を持たなくなってしまったということで非常に厳しい状況が続いてきたわけでございますけれども、一昨年の参議院の予算委員会でこのことがはっきりわかりまして、そして調査に来ていただいて、そして十数項目にわたる指摘をしていただき、それから流れも変わってまいりました。
 そういうことでございますけども、特に広島県の場合に問題だったのは、昭和六十年に知事と議長と教育長と、それから教職員組合と解放同盟と同和教育研究協議会、これが一緒になってつくった確認書に解放同盟が教育の現場に入っていける条項をつくっちゃったということが大きな問題であり、それ以降ずっと変わってきたわけであります。これもようやくこの九月に知事が破棄をするということを決めましたので、ようやくいい方向に、二年かかりましたけれども、なったわけでございます。
 最近私が驚いたことは、実は北海道でございます。縁がございまして北海道の方々からいろいろ話がありまして、広島はどうなっているんだ、どうしたんだというお話でございまして、いろいろお話ししている中で、北海道は広島以上に私は大変だというふうな感じがしたわけでもございます。
 昭和四十六年に北海道の教育委員会、道の教育委員会の教育長と組合がいろんなことについて結んでいる。それが北海道では四六協定と呼ばれているようでございますが、この協定書にいろんなことが細かく決められているために何もできなくなってしまっているというのが実態だそうでございます。
 そういうことから、特に私先ほど申し上げましたように、広島県の教育が変わっていったのは、この参議院でいろいろと御審議願い、質問をさせてもらい、そして当時の有馬文部大臣や中曽根文部大臣が具体的に、それはいけないことですよという格好で不当性についてもちゃんと答えてもらったということから、広島県の教育委員会もそれを背景に指導していったということから、二年かかりましたけれどもようやくこういうことになりました。
 そういう意味では、せっかくでございますので時間をいただきまして、この問題について、細かいことではございますけれども、いろいろとお尋ねして、北海道を初めとするそういった地域の教育の改革に役立てばと思って質問させていただきますので、よろしくお願いしたいと思うわけでございます。
 最初に、学校管理の問題でございますけれども、今言いました四六協定、昭和四十六年に結ばれた協定ですが、四六協定の第一条では、勤務条件にかかわるものはすべて交渉事項と定めて、そして学校管理規則などの改正については全部組合と交渉するんだ、しなければならないということが定められております。そして同時に、覚書でわざわざ校長と教組の分会とがやるんだということまで書いてあるわけでありまして、こういうことでは完全に校長権限が奪われてしまっておるわけでありまして、すべて組合の方に伺いを立てなければできないというふうな実態になっておるようでございます。
 そういう意味では、まさに組合による学校管理と、言い過ぎかもしれませんが、そういうふうなことさえ言える状況だということで、非常に情けながっておられる方が大勢見えたものですからお話ししたいと思いますが、文部省としてはこういう実態を御存じなのかどうなのか、またこういうことを知った上で、まさか認めてはおられないんだろうと思うんですけれども、これについてお尋ねしたいと思います。
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大島理森#26
○国務大臣(大島理森君) 基本論だけ、私の方針だけ申し上げて、今の具体的なことは参考人である局長からお話しします。
 北海道での四六協定という問題は、学校の管理運営がそれによって適切に行われていないという実態と、このように私は把握しております。したがって、そういうふうな違法な内容を含む協定が教育委員会と教職員団体で結ばれていることは極めて遺憾である、このように思っております。したがって、教育委員会等を指導しながら、できるだけその四六協定を破棄して正常になるようにしてもらいたい、こういう思いで教育委員会に対して指導してまいりたいと、このように思っております。
 今の具体的な御質問は参考人からお答えさせていただきます。
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矢野重典#27
○政府参考人(矢野重典君) 学校管理の問題について御説明申し上げます。
 校長は校務をつかさどり、所属職員を監督するというふうにされているところでございまして、これによりまして、学校運営上必要な一切の事柄は学校段階におきましては校長の権限と責任に基づいて処理されるべきものでございます。
 先生御指摘の四六協定では、勤務条件にかかわるものはすべて交渉事項としておりまして、またその上で、学校管理規則等の改正については組合との交渉で行うこととされているわけでございまして、教職員組合はこの協定に基づきまして、管理運営事項も含め、学校管理上の問題はすべて交渉事項であるというふうに主張をいたしているというふうに聞いているところでございます。
 しかしながら、地方公務員法第五十五条第三項では「地方公共団体の事務の管理及び運営に関する事項は、交渉の対象とすることができない。」と規定されておりまして、教育課程の編成など、校長がその権限として責任を持って決定しなければならない事項は教職員組合との交渉によりその判断がゆがめられることがあってはならないものでございまして、こうした管理運営事項を交渉の対象としております四六協定は明らかに法令に違反するものと考えられるところでございます。
 文部省といたしましては、このような違法な協定によって校長の権限が制約されているといたしますれば極めて問題であると認識しておりまして、校長の権限が法令に従って適正に行使されますように、北海道教育委員会に対する指導の徹底に努めてまいりたいと考えているところでございます。
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亀井郁夫#28
○亀井郁夫君 違法である四六協定が生きていること自体が問題でございますから、ぜひとも力強い御指導のほどをお願いしたいと思います。
 次に、職員会議の問題でございますが、学校で職員会議の果たす役割は非常に大きいわけでございまして、私の広島県でも長く校長先生の上に職員会議があるということでございまして、校長先生は朝早く行って門をあけて掃除する自由と権利があるというふうに言われておったわけでございます。しかし昨年、広島県も学校の管理規則を変えまして、高等学校については校長先生の上に置くんだというふうにいたしましたけれども、形はそういっても、実際はまだまだうまく中身がいっていないというのも実態でございますし、そういう意味では、こういう点についてもこれからも十分見ていかなきゃいかぬと思っております。
 そういう中で、文部省はことしの一月二十一日に、校長の職務の円滑な執行に資するために職員会議を設けることができ、同時に校長がこれを主宰するという通達を出されたわけでございまして、これを受けまして札幌市の教育委員会は九月十八日に、また道の教育委員会は十月十八日に管理規則の改正を通知したということでございます。
 しかし問題は、北海道の教育委員会は文部省の通達、改正通知を出しながら、しかし同時に、職員が積極的、主体的に参画できるよう留意し、職員間の共通理解が深められるよう努めることという、一見読めば何でもないことでございますけれども、こうした通達を文部省には内密で出しているということが昨日の産経新聞にも出ておったわけでありますし、私も原本を手に持っておるわけであります。こういう文言があるために、一見読めば何でもないんですけれども、これをもとにして実際は職員会議が校長先生のためではなしに組合のための職員会議になってしまったと。それを直したいということで出した通達を、表は出しながら裏ではこっそり二つ通達を出しているんですね。手元にありますけれどもね。二つ通達を出しておるようなことがありましたけれども、こういうことが許されるのかどうなのか、文部省は御存じなのかどうなのか、もし御存じであれば、これに対してはどのようにお考えか、お答え願いたいと思います。
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矢野重典#29
○政府参考人(矢野重典君) これまで北海道におきましては職員会議について校長の権限や責任を制約するような位置づけがなされておりましたために、文部省では北海道教育委員会に対しましてその位置づけの適正化について指導を行ってきたところでございまして、これを受けまして、先ほど御紹介がございましたように、北海道教育委員会も、本年の十月でございますけれども、学校管理規則の改正を行ったところでございます。しかしながら、今、委員御指摘のとおり、今回の学校管理規則の改正にもかかわらず、従来の取り扱いを維持するものととられかねないそういう通知が発出されておりまして、このような北海道教育委員会の対応は私ども問題であると言わざるを得ないと考えているところでございます。
 このため、文部省では北海道教育委員会に対しまして今回の改正の趣旨をより明確にするよう指導を行ったところでございまして、今後とも、規程の改正のみならず、学校現場において実際に学校の管理運営が校長の権限と責任に基づき適切に行われますように北海道教育委員会に対する指導の徹底に努めてまいりたいと考えているところでございます。
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