憲法調査会地方自治に関する調査小委員会

2002-11-28 衆議院 全106発言

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会議録情報#0
本小委員会は平成十四年十一月七日(木曜日)憲法調査会において、設置することに決した。
十一月七日
 本小委員は会長の指名で、次のとおり選任された。
      伊藤 公介君    佐藤  勉君
      杉浦 正健君    西田  司君
      葉梨 信行君    平井 卓也君
      森岡 正宏君    筒井 信隆君
      中川 正春君    中村 哲治君
      永井 英慈君    江田 康幸君
      武山百合子君    春名 直章君
      土井たか子君    井上 喜一君
十一月七日
 西田司君が会長の指名で、小委員長に選任された。
平成十四年十一月二十八日(木曜日)
    午後二時開議
 出席小委員
   小委員長 西田  司君
      伊藤 公介君    佐藤  勉君
      杉浦 正健君    葉梨 信行君
      平井 卓也君    森岡 正宏君
      筒井 信隆君    中川 正春君
      中村 哲治君    永井 英慈君
      江田 康幸君    武山百合子君
      春名 直章君    金子 哲夫君
      井上 喜一君
    …………………………………
   憲法調査会会長代理    仙谷 由人君
   参考人
   (志木市長)       穂坂 邦夫君
    —————————————
十一月二十八日
 小委員井上喜一君同月十四日委員辞任につき、その補欠として井上喜一君が会長の指名で小委員に選任された。
同日
 小委員土井たか子君同日小委員辞任につき、その補欠として金子哲夫君が会長の指名で小委員に選任された。
同日
 小委員金子哲夫君同日小委員辞任につき、その補欠として土井たか子君が会長の指名で小委員に選任された。
    —————————————
本日の会議に付した案件
 地方自治に関する件

     ————◇—————
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西
西田司#1
○西田小委員長 これより会議を開きます。
 この際、一言ごあいさつを申し上げます。
 先般、小委員長に選任されました西田司でございます。
 小委員の皆様の御協力をいただきまして、公正円満な運営に努めてまいりたいと存じますので、何とぞよろしくお願いをいたします。
 地方自治に関する件について調査を進めます。
 本日は、参考人として志木市長穂坂邦夫君に御出席をいただいております。
 この際、参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用中にもかかわらず御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人のお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと思いますので、どうかよろしくお願いをいたします。
 次に、議事の順序について申し上げます。
 最初に参考人から御意見を四十分以内でお述べいただき、その後、小委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。
 なお、発言する際はその都度小委員長の許可を得ることとなっております。また、参考人は小委員に対し質疑することはできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。
 御発言は着席のままでお願いいたします。
 穂坂邦夫君。
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穂坂邦夫#2
○穂坂参考人 それでは最初に、基礎的自治体、市町村の状況あるいはまた現況、あるいはそれぞれ日ごろ基礎的自治体の長として思っておりますことをこの際申し述べたいと思います。
 最初に総論というような形で申し上げたいと思うんですが、御承知のように、憲法の九十二条あるいは九十四条、それぞれ基礎的自治体、市町村の行うべき地方自治の本旨、あるいはまたそれぞれ権能等についても定めていただいておるわけでありますが、二つだけいつも思っていることがあるんです。
 一つは、役割分担がさほど明確ではないということです。それぞれ憲法では規定をされていますが、ある意味では法律に丸投げをされている部分がございます。地方は地方の意思で自由に運営ができる、このように憲法では規定をされていますが、なかなか難しいもので、そういうわけにいきません。一つは、権能を明確にしていただきたい、そんなふうにいつも思っています。
 国は国としての権能があり、都道府県は都道府県としての役割があると思うんです。私ども基礎的自治体、市町村は、大変狭い権能ではありますが、それぞれ役割があります。できるだけ、今後、地方自治体が元気で、そして自由な運営をするためには、まずもってその役割を明確にしていただければなというふうに思っています。連邦国家の例を見ますと、それぞれリストアップされているとも聞いております。できるだけ、今後、先生方のお力で、憲法の趣旨に沿った明確な権能を明示していただければありがたい、こんなふうに思います。
 それともう一つは、その権能に基づいて自由な経営方法、要するに運営方法をさせていただきたいと思っています。私は、市長になりましてまだ一年五カ月です。市議会やあるいは県議会、それぞれ議長として経験させていただきましたけれども、思った以上に、地方自治体の長に就任いたしまして、まさにはしの上げおろしまですべて法律やあるいは通達やあるいは行政指導でそれらが細かく規定をされている。そういう意味合いでは、ちょっと窮屈だな、そんな率直な感じをいたしております。できれば、法律で最小限の事項を定めるほかは、地方自治体が自由に運営できるようにお願いをしたいというふうに思っています。
 私なりにその原因等々を考えてみますと、全国約三千二百の自治体があるわけでありますが、結局、国の方では、誤りをしないようにという親心もあるのでしょう。しかし、地方の実感から見ますと、別に保護者が必要だとは思っていません。
 それぞれ国政に携わるスタッフの皆さんが、できるだけ誤りのないように万全の策を講じよう、こういうような意味合いだと思いますから、至るところすべてが同じように同じ形で、誤りのないようにという、先ほど申し上げましたように、保護者的な感覚でおつくりになっているそれぞれ法律やあるいは通達やあるいは行政指導の中で、地方をある意味では守っているんだともとれるわけでありますが、三千二百の中には一つや二つはそれぞれ踏み越えるところもあるでしょう。
 しかし、そのマイナスよりも、同じような運営をしなければならない、自主性がそこに出てこない、このマイナス面の方が多いのではないか、こんなふうに思っております。できれば、先ほどの権能でも申し上げましたが、肝心なところ、これらを明確にする、あいまいでない形にする。同時に、三千二百が何も一緒の経営をしなければならないということも考えられませんので、自由さを与えてほしいというふうに思っています。
 レジュメに従いましてお時間の範囲内で申し上げたいと思うんですが、私は、市長に就任しましたときに、どんな職かなという思いもありました。実感も実態もそうでありますが、市長は明らかに、今の制度はメーヤーの制度でありますが、シティーマネジャーの方がよりぴったりくる。実は、ある会合でシティーマネジャーと言いましたら、英語の先生から、市長、間違っちゃ困りますよ、子供たちに悪い影響がある、メーヤーというふうに正確におっしゃってくださいという話がありました。でも、実態、実感は、市民がオーナーであり私はシティーマネジャーである、こんなふうに思い、位置づけています。そして同時に、実務家だなという感じがいたします。マネジャーであり実務家である、こういう実感と実態の中で、今市長を務めさせていただいております。
 企業的には、私どもの志木市は、六万六千人、九平方キロメートル、百七十三億円の小さい市でありますから、まさに中小企業の独占的サービス業、こうともとらえております。
 市長に就任しましたときに、やはり一つの組織というのはボトムアップが必要だ、職員の新しい感覚を醸成しよう、こんなふうにも思っておりましたけれども、やはり国も県も、国の方がもっと独創的だとは思いますが、県庁も市の方も余り変わりませんで、職員から新しい改革というのはなかなか出てこない。
 それは無理もないと思うんです。二十二歳で、二十年たって四十二、幹部職員として育ってきてはおりますが、少なくとも、すべてが前例主義、こんなふうに位置づけられておりますし、日常の業務がその範囲でやっておりますので、いきなり新しいものを考えようといったってそう簡単にいかない。
 今、志木市では少しずつ職員も育ってきておりますが、ほとんどがトップダウンという形で、いろいろな改革に取り組んでおります。随分古い昔になりますが、マックス・ウェーバーの官僚というものなどを読ませていただきましたけれども、やむを得ない、実態は何十年間も同じ前例主義でやってきましたから、少し時間をかけて職員の育成もしていかなければいけないのかな、こんなふうに会社のマネジャーとして考えております。これが一応実感です。
 二つ目でありますが、基礎的自治体の状況の中で、先ほども申し上げましたように、自治体の実感は、住民の意思に基づいて自由に固有的な経営をすることができる、こんなふうに考えておりましたけれども、そんな実感よりも、むしろ逆じゃないかな、そんな率直な思いもいたします。自由な運営や自主的な運営というのは狭められているとも思っています。これは、地方分権一括法が制定された現状におきましても以前とそう変わっていない、こんな実感がいたします。
 後ほど触れますが、市町村合併、私どもは六万六千、ささやかな市でありますが、一万人以下の小規模自治体等々の問題がありますけれども、これらについても手順が逆ではないのかなという思いも多少いたします。
 先ほど申し上げましたように、それらの不自由さというのは、完璧さを求める国の体質があるのではないかとも思っています。いろいろなところで、ある意味では、完璧さを求める余り形骸化をしている部分もあります。
 いろいろ議論が分かれるところでありますが、市町村にも教育委員会制度があります。これは、教育の中立性を担保するというのが大きな目的だと思いますが、現実的には、首長が教育委員を指名し議会にかけるわけでありますが、少なくとも、首長と全く意見の違う教育委員を議会に提案するということはありません。
 ですから、そういう意味合いでは、どこで教育の中立性、もちろん、制度上三名以上でありますか、無所属でなければいけないとか、教育委員は政治的活動をしてはいけないとかとありますが、包括的に考えれば、やはり首長の望む教育委員を議会にそれぞれ提案をしていくという形ですから、果たしてそれが機能的にも教育の中立性が担保できているのだろうか、建前と実態は多少違うな、そんな感じもするわけであります。
 さらに、例えば、学校でのITの授業なんかもありますが、これは小中学校だけではなくて高等学校もあるわけでありますが、ある意味で学校の独自性というものを、教育委員会でも多少遠慮なさっているんでしょう、余りうちはやりたくないと言えば、中途でお茶を濁しておけばいいという実態もかなりあります。
 私は、やるべきことは、国でも必要なことはきちんとやるべきだとも思っています。首長のそれぞれミスは、公選制でありますので、今、これだけ戦後長く地方というものを支えてきた市民の皆さんから見れば、もし失敗すれば首長は次の選挙で落とされるわけでありますから、それを覚悟しているとすれば、さっき言ったように、さほど保護者的な感覚は要らないのではないかとも思っています。
 とにかく、実感とすれば、基礎的自治体の現状は、本当に非効率的な運営をしなければならない、そんなふうな実感です。
 二番目に、それぞれの役割について申し上げたいと思うんです。
 先ほども総論で申し上げましたが、地方のやるべき仕事というのはそう多くないんです。担うべき仕事というのは、まさに限られた範囲です。担うべき役割は、国とは全く違うという実感を持っています。国は、国益というものがあるでしょう。あるいは、守秘義務といえども、私ども、もちろんどちらが高いとは言いませんが、守秘義務そのものは、ほとんど市民のプライバシーに関するもの、これだけだというふうに思っています。あと、ほかに秘密にすべきもの、守るべきものは全くありません。全部公開をしてもいい、そんな気持ちで今運営をしています。
 おかげさまで、埼玉県の情報公開の、いいか悪いかは別として、オンブズマンの皆さんの発表では、志木市は九十六点で第一位でした。中学校へ行きましたら、九十六点市長というふうに呼ばれましたけれども。
 先ほど申し上げましたように、その一つ、守秘義務だけをとっても、国の権能と市長の権能は明らかに違う、こんなふうに思っています。
 ですから、地方分権も、私は、ある種の手順が違うのではないかという懐疑的な意見もあります。ある埼玉県出身の分権の推進をされる委員の方ともお話をしたわけでありますが、国の仕事、都道府県の仕事、市町村の仕事を明確にしないで、いっぱいあるうちから小出しにこれは分権だといったって、そんなことが理論的に成り立つだろうかというふうな雑談をしたことがあります。できるだけ早く国民的なコンセンサスをいただく中で、あいまいなままでの分権から、役割分担を明確にした上での分権をし、地方の主権を認めていただきたい、こんなふうに思っています。
 今は、機関委任事務という言葉はなくなりました。分権法以来、たしか法定受託事務と呼んでいると思いますが、私は、このことについては全く当然だというふうに思っています。今の制度上からいえば、国が効率的な観点からも、市町村の自治体を通じて、これは国としてやらなければならない、こういうことはしっかりするべきだと思いますし、当然、強制力があってもいい、できるだけあいまいにしない方がいい。今の法定受託事務、要するに昔の機関委任事務についても、こんなような印象を持っております。
 できるだけ、分権ではなくて、地方の主権という位置づけをし、地方を解放してほしいなという、率直にそんな気持ちがあります。地方分権は、市町村の主権を認める、市町村の役割を十分定める、その中から、分権、あるいは主権というものが出てくるのではないか、こんなふうに思っています。
 今、地方自治法、あるいは施行令、戦後、ほとんどそのままで推移をしています。できるだけ地方の個性や特性を認めるような、そんな運営があればなというふうにも思います。
 一言で言えば、人口千二百万人の東京都、あるいは二百人の村、これらも同じ自治法を、数の大小や表現の仕方の違いはあります。例えば、副知事を助役と呼んだり、出納長を収入役と呼んだりすることもありますが、もちろん、地方の力で、収入役を置かないとか助役を置かないということがありますが、しかしその中でも、法条を同じように適用するというのはいかがなものか、これが非効率の原因。もちろん、それだけではありません。議会の制度もありますし、予算の立て方の問題もあります。基礎的自治体は中小企業の最たるものですから、できれば、公選による議会の設置、首長のあり方、二つぐらいでいいのではないかなという、率直に言って、そんな感じがいたします。
 財源移譲の問題もあります。権限移譲は、先ほど申し上げましたように、役割分担を決めていただければ、これはもう権限移譲はできたものと同じです。財源移譲のことも、私は、明確な主権を認める中で機械的に税配分をしていただく、このことがいいのではないかというふうに思っています。簡単に、ドライに、業務量は定まるわけでありますから、一定の算定方式で財源の分配を機械的にすることでいいのではないかというふうに思っております。人口も、そのとき、最大の要素になるのではないか、こんなふうにも思っています。
 それぞれの自主財源の差異、私の志木市は財政力は若干低い方でありますが、自主財源の差異についての補正、要するに地方交付税につきましては、今、業務量に応じてもありますが、もう最低限の補正をしていただければいい、実感として思います。そういうところから、地方の工夫や地方の努力が生まれると思うんです。
 財源の少ないところは、立派な市役所は要りません。例えば志木市も、もう市役所は雨漏りがする状況になってきました。でも、私は、もし市庁舎がもっともっとだめになった場合に、もう一回今の市庁舎を建てようなんという気はありません。財源に応じた仕方をすればいい、それが個性だというふうにはっきり思っています。豪華できらびやかな市庁舎なんぞは要りません。そういう工夫が自然発生的に生まれる、その方がいいのではないかというふうに思っています。
 特に、現行の地方交付税交付金、基準財政収入額と基準財政需要額の差異で交付額を決めるなんというのは、全くナンセンスだと思っています。私は、抜本的に改革をしてほしい、こんなふうに思っています。そうすれば、例えば、極端な話、無給の村長さん、市長、あるいは無給の議会、これだって生まれると思うんです。金がなければ仕方がない。しかし、もっとほかに、行政権力の行使と一緒に、基礎的自治体の役割というのはもっともっと大事なものがある、こんなふうに私自身は感じています。
 法定受託等々につきましての費用も機械的に算定すればいいのではないか、こんなふうに思っています。そして税財源、もちろん、六対四を四対六にするとか、あるいはもっと地方の財源を拡充すべきじゃないかということがありますが、私は、それはそんなに重要視していません。さっき言ったように、業務量に応じて機械的に判断をしていただければいい、そんなに難しいことではないと思っています。
 ただ、税配分の移譲については、単純さと透明性の高いことが必要だと思うんです。市民の皆さんも、交付税の配分方法、なかなかわからないんです。ですから、もっと単純明快で、透明性が高くて、あっさりしたものにしていただければよろしいのではないか、こんなふうに思っています。
 三番目の、基礎的自治体の意義と経営でありますが、先ほど申し上げましたように、私どもの日本が、戦後のあの敗戦から、民主国家に生まれ変わりました。そのときに、憲法ができ、地方自治法もそれに引き続いてできました。あの混乱期には、あるいは地方自治というのはどういうものかわからなかった時代には、今の自治法等々の役割というのは最も大事であったのかもしれません。
 しかし、もう市町村の市民は十分に経験を積んでいます。何十年間も同じ法律が同じように正しいとは思っていないんです。その役割はもう既に終わっているのではないか、こんな感じがしておりまして、何度も何度も言って恐縮ですが、国の関与をある意味では徹底して排除することも新しい時代の流れではないか、こんなふうに、時代の変化とともに考えております。
 公権力のささやかな行使も、市町村に課せられた大きな仕事の一つです。しかし同時に、もっと大切なことは、コミュニティー、地域社会を通じて、私たち市民が、隣人を愛するという心、お互いに助け合うという心、あるいはまた、自然を守っていこう、環境を大事にしていこう、人と人とが触れ合って、手を握り合って、そして助け合うという、私は、基礎的自治体にはそういう大きな使命と責務がある、こんなふうに思っております。
 さらに、国策というのもあるでしょう。それらを国民的なコンセンサス、特に国会は、まさに私たち国民の最大の立法機関であり、その方向を定めるところでありますから、その定めを国民的なコンセンサスというふうに受け取るならば、国で決めた理念や大切さを、実体的に市町村は市民と一緒に考え、その方向で一つの地域社会をつくっていく、このことも私は大事だというふうに思っています。国と地方は全然違う、お互いが違うものを見ている、そういうことではない、こんなふうにも思っています。
 よく議会等々でも話が出るんですが、私は、地方の基礎的自治体等々を見ますと、国で考えているように政党政治が機能しているとは思っておりません。市民の皆さんも、政党よりはむしろ人との触れ合いを大事にする、たまたまその人がどこかのところに所属をしている、そんな感じがして仕方がないんです。
 日本はまだ、そういう意味合いでは政党政治が成熟していないという言い方もあるでしょうし、あるいは、好きなことを言わせていただければ、地方自治体、地方の行政運営にはイデオロギーは必要ない、行政運営上は必要ない、こんなふうにも思っております。
 私たちは、自然や文化を守っていく、お互いが手をとり合っていく、お互いが慈しみ合う、そういう地域社会をつくっていく、そのことが国を愛していく、そういうものにきっとつながっていく、こんなふうに国とは違った意味での自負心を持っています。基礎的自治体の役割というものも、この際もう一度考えていただければありがたいというふうに思っています。
 私たちは、先ほど申し上げましたように、公選という責任のとり方があります。できるだけ今後、自己責任は地方がきちんととる、こういう風土をこれから私たちはつくっていかなければなりませんし、そのためには多様な運営形態を担保していただきたい、重ねて申し上げる次第です。
 こんなことを言うとしかられますが、国の財政が、私は国会議員じゃありませんのでよくわかりませんが、八十三兆円程度とすれば、地方自治体、都道府県と市町村の予算は百十二兆円というふうに聞いております。新しい効率的な運営をする、合理的な運営をしていく、三割ぐらいカットすれば三十兆円も四十兆円も、まだまだほかに使うべき財源はきっと出てくる、私はこんなふうに思っています。
 できれば、この際、地方自治体の権能に基づいた地方公務員のあり方、そういうものもあわせて考えなければならない時期が来たのではないか、こんなふうに思っています。
 過疎とか過密とか、財源があるとかないとか、それは地方の個性というふうに私はとっていいのではないか。国民はひとしく生活する権利がある、これも大切なことでありますが、等しい権利というのは果たして物資的なものだけだろうか。過疎には過疎のよさがあり、過密には過密のよさだってあると私は信じています。
 私は、先ほど申し上げましたように、公選そのものを大事にしながら、地方は徹底した情報公開をしていく、このことをいつも忘れないように、こんなふうに考えながら一年五カ月、市長としていつも執務をしています。
 市町村合併について若干触れたいと思うんです。
 私は、市町村合併は、今話題になっておりますような特区構想、これもありますが、市町村が自主的に考える、市民みずからが住む家を考えてみるという点では、まさに画期的なものである、画期的な命題であるというふうに思っています。市町村合併は、今までずっと、市民が町づくりをしていく上で、みずからが住む家の規模を決める、こんなことなかったんです。
 実は、志木市は、朝霞、新座、和光、志木という四つの市が法定協議会を今設置して、合併の是非を検討しています。来年四月には住民投票を行います。私は、一つの合併の意義は、住民投票するというところに最大の意義がある、こんなふうにとらえています。
 特区構想もさっきちょっと触れましたが、すごい地方にとっては衝撃的なことでした。今まで市町村は、どちらかといえば、先ほど偉そうなことを言いましたが、県の指示を待っている、国の動向を待っている、言ってみれば、口をあけて待っていれば何とか指導してくれるという状況でした。
 しかし、特区構想というのは、ほとんどだめでしたが、地方が考えたらどうですかと言われただけでも、身震いするほど緊張感が生まれました。そんな経験がないんです。法律を取っ払って、何かいい方法がありますかと言われたときに、さあと、市町村長は、私は市長ですが、本当に何があるのかなというふうに考えました。職員だって驚きました。そういう意味で、特区構想は、ほとんどだめだと思いますが、意義があったのかなというふうな感じ方をしております。
 この合併について、行政効率、財政基盤の強化、こういうものも取りざたされておりますが、私は、地方にとっては、地方のアイデンティティーを守ったりコミュニティーを醸成したり、そういうことが大きな役割で、その次が行政効率であり財政基盤の強化だというふうに思っています。
 ただし、私は、合併には全く反対ではありません。合併は市民が決めるものだ。政治家にはそれぞれいろいろな選択があるでしょうが、私は、私の固有の意思、それを政治家として市民に訴えるよりも、市民がみずから合併を判断する、それが間違いであろうとそうでなかろうと、そんなことはいいと思うんです。それが、もし合併したら新しいコミュニティーをつくる力になり、そして、そうでなければ、また単独の市として新しいコミュニティーをつくっていく大きな要素になる、こんなふうに考えています。
 理念なき合併を市民の方々が推進するのは余りよろしくないのではないかとも思っております。できれば、地方としての、あるいは国としての、都道府県としての二十一世紀の国家像を示していただければありがたい、こんなふうに考えております。合併は、市民参加と市民の意思で合併する、こんなふうにも思っています。
 それから、先ほどちょっと触れましたが、小規模自治体の話もあります。一万人以下の方々が随分今苦悩されていると思います。さっき言ったように、金がなければどっちかを選ぶ、全く原則どおりやっていけばそれぞれ地方は地方なりに考えるでしょう、そのことでいいのではないか、私はこんなふうに思っています。基礎的自治体をもう一度考えていただければありがたいなというふうに思っています。
 特に一言だけ触れたいと思うんですが、志木市は、東上線、有楽町線に近いところでありますから、ほとんどベッドタウンです。昔は企業社会、私は造語が好きなので企業コミュニティーと呼んでいるんですが、そこでずっとやってきましたが、今企業社会は明らかに崩れている。そして、市民が求めるものは企業社会にかわる地域社会、こんなふうに認識をして、大きく地域に戻ってきていただいている。もちろん、現職のお勤めの方々もそうであります。
 最後、三分になりましたので、志木市で今やっている地方自立計画についても若干、二、三分触れたいと思います。
 簡単に一言で言えば、この自立構想は、今の許された範囲の中で、地方の小規模自治体、私のところも入るというふうに信じておりますが、基礎的自治体のあり方を、公務員が行政サービスをするという二十世紀のずっときた概念を壊していこう。
 地方公務員は二十年間以上にわたって、今市民の説明会を開いていますが、できれば公務員はもう不補充にする、そのかわり市民の皆さんに行政サービスを担ってもらう、そのかわり、お預かりした税金は全部ではありませんが還元をしていく。要するに、公務員だけが担っている行政サービスを市民の皆さんにやっていただく、そんな共同体、そんなふうにもとらえています。
 これは、少子高齢社会、これらを考えますと、二十一世紀型の、もう新しい地方自治体の運営を考えるべきではないか、こういうことも入っております。国の財政の厳しさ、地方の財政の厳しさを考えますと、新しい運営形態があってもいいのではないかと思っています。もちろん財政効率だけではなくて、市民と市の乖離をしている姿を、もっと一体感を持ちたい、このことも自立計画の大きな目標の一つです。これからは市民と協働することによって、お互いに協力し合って働くことによって、新しい自治体をつくっていきたい、こんなふうに思っています。
 ちょうど四十分になりましたので、まだまだ言い足りない点もあるんですが、私の主張を、あるいはお話を終了させていただきます。どうもありがとうございました。拍手
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西
西田司#3
○西田小委員長 以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。
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西
西田司#4
○西田小委員長 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。森岡正宏君。
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森岡正宏#5
○森岡小委員 私は、自由民主党の森岡正宏と申します。
 今、穂坂参考人から、大変ユニークな市政運営につきましていろいろなお話をいただいて、私も大変参考になりました。心からお礼を申し上げたいと思います。
 しかしながら、私の感想では、今小泉改革が行われている中で、地方の行財政改革についてもいろいろな提言がなされて、進められているわけでございます。片山試案というものが出されて、そして総理からは、国庫補助負担金とか交付税、そして税源移譲、これは三位一体で検討しろというような指示も出されております。しかし、現実にはなかなか総理の言うようになっていないということもございますし、税源移譲など財務省は全く認めようとしない、非常に難しいところに来ているなとも思いますし、小泉さんのおっしゃっていることについても、私も多少疑問に思っているところもあります。
 しかし、今参考人のお話を聞きますと、いや、地方自治体、特に基礎的自治体についてはもう中央は構ってくれなくていいんだ、できるだけ自由にさせてくれ、そして窮屈な保護者的な役割は果たさないでいただきたい、そして、財源も機械的に決めてくれたら最小限でいいよ、こういうお話でございました。そんなことでございますから、今進められている小泉改革とは大分かけ離れたことを市長さんお考えだなというふうに思えるわけでございます。
 そして、私の感想では、今市長さんがおっしゃっているようなことを進めていきますと、大変裕福な自治体とそうでない自治体とができる。住民とすれば、隣の町の住民は大変恵まれている、ところが私の方の町村は恵まれていないとか、そういう問題が非常に起きてくるんじゃないかなと。今果たしている地方交付税交付金の調整能力などをどういうふうに考えておられるのか、また、小泉改革についてどんな印象を持っておられるのか、その点をまず聞かせていただきたいと思います。
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穂坂邦夫#6
○穂坂参考人 余りそう大きな差異はないと思うんですが、均衡ある国土の発展、あるいはまたお互いが同じ生活レベルを享受していく、部分的にはあると思います。例えば、国民健康保険の問題、介護保険の問題、ある意味では福祉なんかもあるでしょう。そういうことについては、やはりこれは国がやるべきこと、そして補完をするのは地方で私はいいと思うんです。しかし、都会と地方が同じような生活をする、これは私は、いろいろ意見が違うと思うんですが、違っていいと思っているんです。
 きのうもいろいろな各県の市町村長さんとか助役さんとかお見えになります。いろいろ話もしますが、私は、二十一世紀は、人間として生きるための最低のきちんとした全国民の保障、そういうものがあれば、あとは、隣へ行ったらばかでかいきれいな福祉会館があるとか、市民会館があるとか、市役所が立派だとか、うちは何にもないとか、それだっていいのではないかと思っているんです。
 例えば、私ども志木市はちっちゃいですから、東京と比べて、どんなに頑張ったっていい音楽を聞くことはできません。都内に行かないとだめです。ですから、私はそれぞれの個性があってもいい、守るべきシビルミニマムみたいなもの、これはきちっとやっていただく、あとは自由がいい、こんなふうに思います。
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森岡正宏#7
○森岡小委員 市町村合併の問題について先ほどお触れいただきました。そのことについてちょっと私もお尋ねしたいと思うわけでございます。
 理念なき合併はよくないんだということをおっしゃいました。そして一方で、志木市も四市で合併構想が進められつつある、そして来年春には住民投票をやる、こうおっしゃいました。
 今、政府の考えでは、できるだけ小さな自治体を大きくして、そして三千二百ほどある自治体を千くらいにしていきたい、そういう考えを持って市町村に指示をしておるわけでございます。そういう考えと市長さんのお考えとは全く対立をしている。
 そしてしかも、穂坂参考人のお話を聞きますと、志木市では、先ほどの特区構想なども含めまして、非常にユニークな、いろいろな施策を考えておられる。例えば地方自立計画では、市民パートナーというんですか、一般の市の職員を段階的に削減していって、そして有償のボランティアを入れるでありますとか、それから学校教育では二十五人程度学級の導入をやるんだとか、いろいろなことを考えておられるわけでございます。
 四市との合併を進めようと一方でしておられる。しかし、市長さんは独自の構想を持っておられる。そういうことを考えていきますと、志木市は志木市でいいんだと、市長さんは、志木市は一つでいいんだ、小さな固まりでいいんだ、大きくする必要はない、本音ではそう思っておられるんじゃないかなと思いながら私は伺ったわけでございますけれども、その辺についての御感想を教えていただきたいと思います。
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穂坂邦夫#8
○穂坂参考人 私は、多分先生の御意見とは違うと思います。
 私は、二十五人学級ですとか、幾つか新しい施策を出している。しかし、合併したときには、市民がいいか悪いかは決める。ですから、メニューという考え方です。多様なメニューがあればいい。合併したら、そのメニューをとるかとらないかは市民が決めることで、行政が決めることじゃないというふうにいつも信じているんです。
 ですから、今合併協議会やっていますから、いろいろあります、各市ばらばらの施策が。私のところは、例えば二十五人学級とかホームスタディ制度をすぐみんなでもってやろうよとか言っておりません。いいんじゃないかと。志木はこういう仕方をしている、ほかの市はこういう仕方、合併のときに、一年か二年かけてその辺は収れんをしていけばいいのではないか。それは、だれが決めるんじゃなくて、市民が決めるんだから。ただ、メニューが一つきりないよりは、よく言うんですが、パン屋へ行ったら、カレーパンもあんパンもいっぱいある、それでもって一番おいしそうなものを食べる、そういう材料であればいい。それは信じています。これが一点です。
 それからもう一点は、三千二百を千にするという話がありました。なぜするのかということが私は大事だと思うんです。それが行政効率だとか基盤整備だとかでは、余りにも小規模自治体、あるいはまた私どものような基礎的自治体の機能を何かぽっと抜いちゃって、そこは財政効率をきちっとすればいい。それではガリバーのようになる危険性がある。
 住民が選択するところに大きな意義がある。ですから、ぱかっとやってお金がなければ、合併の道を選ぶか、あるいは違う道を選ぶかはその市町村がやればいい。志木は自立計画なんかも立てていますが、合併をしても、今の格好をしていれば、例えば大きいところが非常に元気だなんということはありませんね。大きいところも背伸びし過ぎて、みんなグロッキーになっちゃっている。ですから、私は、新しい形は、してもしなくても、将来的には取り入れざるを得ない時代が来るというふうに思っています。
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森岡正宏#9
○森岡小委員 時間が参りました。終わらせていただきます。
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西
西田司#10
○西田小委員長 次に、筒井信隆君。
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筒井信隆#11
○筒井小委員 市長さん冒頭言われました、憲法上、地方自治体の権能、権限を明確にしてほしいという、その点についてまず最初にお聞きをしたいと思います。
 確かに、憲法八章、地方自治の項目を読んでみますと、極めて不明確、地方公共団体の組織と運営は、地方自治の本旨に基づいて法律で定める。地方自治の本旨というのは一体何だ、わけがわからない、こんなの規定がないのと一緒だ。私は、今の地方主権の時代において、これは明治維新以来の中央集権の名残だと思えるものですから、これだけでも、私は、憲法を改正すべきじゃないかというふうに考えている。
 地方主権の時代において、地方自治体の権限を明確に憲法上規定するべきだ。外国の憲法を見てみますと、結構明確に規定している。国によっては、憲法で、国に委任していないものは、それから、地方自治体に禁止していないものは、すべて地方自治体の権限だというふうに広く規定しているところもある。そういう方向でやはり考えるべきだろうというふうに思うのです。
 その場合に、市長さんの方で、特に市町村の権限としてはどういうものをイメージしているか、イメージがありましたらその意見をお聞きしたいのです。
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穂坂邦夫#12
○穂坂参考人 市町村の仕事というのは本当に限定的ですね。一つは福祉、教育、環境、それから地域内の基盤整備、生活基盤整備というか都市基盤整備ともいいますが、大体その四つきりないんですね。しかも、全国をどうしてもしなければならないような、先ほど森岡委員の御質問にもお答えしましたが、そういうものを除いた中というとそうはないんですね。ですから、その中での経営をするんだったら、さっき言ったように、例えば予算の立て方はこうしなさいとか、財政の運営はこういうふうにしなくちゃいけないとか、私、議会の設置は必要だと思うんですが、何も、シティマネージャー制度だっていいと思うし、望むとあればメーヤーという制度でもいいと思うんです。
 ですから、権限は、連邦国家ですとほとんどリストアップしているような状況ですね。多分、ずうっと考えていけばその四つぐらいだと思うんです。その中で自由に市民税をお預かりして自由な運営をしていく。その中で、さっき言ったような基礎的自治体としてのどうしても大事なコミュニティーというものをつくっていく。それは、三十万だろうと百万だろうと、工夫によってはコミュニティーはつくれると思うので、そういうコミュニティーをつくっていく、連帯感をつくっていくというのが基礎的自治体の大きな責務の一つではないか、私はこんなふうに考えています。
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筒井信隆#13
○筒井小委員 そういう権限を実際に行使するに当たって、もちろん財源が裏づけされなければいけない。地方分権一括法の一つの大きな欠陥は、財源の裏づけがないという点だろうというふうに思っています。財源の点に関しても、先ほど、財源移譲、それが透明性を持たなければいけないということを参考人、強調されました。
 財源移譲といった場合に、二つの意味があると思っているんですね。一つは税源の移譲、それからもう一つは、地方交付税のような調整交付金、調整ファンドの設立、この二つの意味があると思うのですが、まず最初の方の税源移譲。
 税源移譲としては、先ほど、余り重視していないというふうな趣旨の話があったかと思うのですが、税源移譲とは具体的にはどういうものを特に市町村の場合に考えておられるか、その点も、イメージがありましたらちょっと説明いただきたいと思うのです。
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穂坂邦夫#14
○穂坂参考人 税源移譲の問題については、私は、さっきも触れましたが、決して軽視しているわけじゃなくて、権能が決まりますね、やるべき仕事、そうしたら、それを機械的に業務量で割っちゃえばそれでいいと思うんです。だから、さっき言ったように、人口が一つの大きな税源移譲の機械的な形でのファクターにはなるのではないか。業務量に応じてやる。
 それから、難しいのは、富めるところと、要するに市民税とか事業税が上がるところと上がらないところの格差ですね。それもやはり、私は、単純に、機械的に決定をしていただいて、そしてそこで配分をして、その配分に応じて市町村の形態や、やり方を考えればいい、こんなふうに思っています。
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筒井信隆#15
○筒井小委員 今言った機械的な点は、この後お聞きしようと思っている調整交付金に関しては特にそう言えると思うのですが、税源移譲については、考えてみた場合に、今は、市町村の場合、固定資産税と住民税が一番比重が大きいと思うのですが、それが今地方に移譲されている税金といいますか、それ以外にどういう税が市町村に合うか、そのイメージが具体的にありましたらという質問でございますが、それはお任せということであればそれでも結構です。
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穂坂邦夫#16
○穂坂参考人 今の地方の実感として、新しい税を考えるなんというのは無理です。今、疲弊して、大変厳しい時代に、いろいろありますが、うちの例を挙げると、新しい税を求めるというのは難しいというふうに私は見ています、規模も小さいですし。
 そういう中で考えますと、要するに、今、仕事をどこがどれだけやるというのを決める前に、例えば税源移譲をどうするかといっても、私は、元がなくてやろうといったって、国が多いのか地方が少ないのかといったって、なかなか難しい。ですから、逆に、権能とか仕事をきちっと明確にして、そこで機械的に、今地方で決められているのは、お話がありましたように、固定資産税とかそういうのがありますね。ですから、それは後からでいいのではないか、そこに付随して決めればいい、こんなふうに考えています。
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筒井信隆#17
○筒井小委員 所得税の一部を住民税の方に移すとか、あるいは、今地方消費税がありますが、その税率をもう少しふやすとか、いろいろなことが考えられると思うのですが、そういうふうな意味で税源移譲した上で、しかし、それでも富めるところとそうじゃないところの格差が大きくなる、それで、地方交付税的なものが必要になってくると思うのです。
 今の地方交付税、ナンセンスだと言われたことに私も大賛成でして、基準財政需要額と基準財政収入額の差額を出す、こういう原則ですと、その地域が一生懸命努力して収入を上げたら、そうしたら地方交付税が減るんですね。その地域の努力を無にする制度ですよ。その地域、努力しちゃだめだという制度ですよ。ドイツでは何か憲法訴訟が起こっているみたいですが。そういう点でもだめだし、それから、機械的、自動的に決めるべきだと参考人がおっしゃる趣旨にも全く賛成で、地方交付税をふやしてくれ、これで払ってくれといって陳情しなければいかぬような、総務省の裁量権限を認めるような、こんな調整交付金制度というのは、これは全然だめだと思う。まさにナンセンスだと思うのですよ。
 そういう意味で、私も、自動的、機械的に決まる、そういう調整交付金制度を定めるべきだというふうに思っているわけですが、その具体的なイメージがもしありましたらちょっと出してほしいのです。
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穂坂邦夫#18
○穂坂参考人 私の答弁はなかなか説明が悪いので申しわけないと思うのですが、私は、お互いの権能、やるべき仕事を決める、まずそれが一番最初だと思うんです。それで主権はお互いに認める。私ども、当然国の主権なんというのはすごい力であるというふうに思っていますし、必要だとも思う。ただし、地方のささやかな主権もある。そういうことで、役割をまず決める。そしてその次に、それでは今の税源のあり方が全体的にどうかと、地方と今度は国との配分の問題になってきます。その配分の大枠が決まれば、あとは機械的に、言い方は悪いんですが、業務量に応じてやればいい。業務量というのは、いろいろな経費の問題もあるでしょう。そういうことで、まさに機械的にやればいい。
 それからもう一つは、くどいようなんですが、富めるところと非常に財源が厳しいところの、シビルミニマムといいますか、どのところにきちっと置くんだというのを宣言していただく。地方は、富めるところと貧しいところは、ここまでは国がしますよ、ただしこれ以上はみんな努力でやってくれ、そういうことで、あっさりでいいというふうに私自身は考えているんです。
 お話がありましたように、今の交付税交付金の決定制度は、抜本的に、先生のおっしゃるとおり、私は変えるべきだ。あのことが地方の努力を失っている大きな原因だというふうに思っています。
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筒井信隆#19
○筒井小委員 ありがとうございました。終わります。
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西
西田司#20
○西田小委員長 次に、江田康幸君。
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江田康幸#21
○江田(康)小委員 公明党の江田康幸でございます。きょうはいろいろな御意見を伺い、地方分権に関して、大変に参考になっております。
 幾つか質問をさせていただきたいんですが、構造改革というのが今非常に大事なときでございまして、そのキーワードはやはり地方分権、これがいくか否かだと思っております。むだを省いて効率よい行政システムを国も地方もつくり上げる必要がある。
 そういう中で、志木市長のところでは、行政改革の大胆なモデルとして地方自立計画というのを進めておられます。先ほどお時間がこの件に関してはなかったので、具体的な説明がございませんでしたので、まず、この御市で進められている地方自立計画の基本的な考え方と、具体的にどのように進められているか、また、先ほどから問題になっております地方財政、財源と、これからの税源移譲といいますか、そういうところとの関係性についてお伺いしたいと思います。
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穂坂邦夫#22
○穂坂参考人 地方自立計画の基本的な考え方は、一つは、平たく言えば、市民から見た市が何か第三者機関じゃないかななんという錯覚、あるいは市長が市民よりも上位者みたいな感覚、そういうことが日々の中で感じられるんですね。それはそうではなくて、基礎的自治体というものはもっと一体感のある、極論を言えば、市民の税金で運営をしているんですから、一緒でいい、そんな感じがするんです。
 具体的に、例えば行政評価制度、これらがイギリスあたりから入ってきてうちでもやっているんですが、これ一つとっても、向こうは市役所がつくって市役所が採点して、それで市民が納得するんですね。ところが、うちでもしそれをやれば、役所が勝手につくって勝手に採点して、おかしいじゃないかという声が生まれます。それは離れているからだと思うんです。離れているのを、一体感を持ちたい、それが一つです。濃厚なコミュニティーというものをつくっていきたい。
 それからもう一つは、先ほども申し上げましたように、二十世紀のいろいろな非効率、今の国家公務員制度、地方公務員制度、それなりに培われていった行政運営体のあり方が、二十一世紀の右肩下がりになってくるとなかなか難しい。職員一人当たり、今地方の公務員、大体三億四千万かかるんですね、二十二歳から六十歳まで。それだけ大きなお金をかけて、果たして、これだけ今度は右肩下がりで少子高齢社会で、これだけある全国の自治体が全部やっていけるかということもあるんです。
 ですから、それは、大きくしようという、自治体を千にするとか五百にするとか、いいでしょう。そういう考え方もあると思うんです。と同時に、行政体そのもののやり方の経費を軽くしちゃおうというのもあると思うんです。それは、どちらを選択するかは市民が選択するものだと思うんですが、そういうローコスト、ローランニングコストの自治体でありたいということと、濃厚なコミュニティーを構築したい、その二つが基本的な考え方です。
 それから、税源移譲については、先ほどからお話がありますように、一点は、今、例えば消費税の率をもっと地方の方に移すべきだとありますね。あるいは、仕事は六対四で金が四対六だから、これを逆転してきちっとやってくれという案もあります。しかし、その以前に、もう少し役割分担の明確化をしてからそれをした方がわかりやすい。連邦国家のような粗っぽい考え方でいえば、仕事のリストアップ、これもあってもいいでしょう。そういうふうなことを基本にして税源移譲はするべきです。
 それから、何回も言っているように、富めるところと貧しいところの、人間としての最低のシビルミニマムをどこに置くか、これは国の方で決めていただければそれでいい。それは国が主体的にきちっと決めてもらえばそれでいいと思うんですね。それが国の仕事ではないかとも思っています。
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江田康幸#23
○江田(康)小委員 わかりました。
 もう一つ、時間がないので、市町村合併のことについてお聞きいたしますが、先ほども、合併は市民が決めるものだということで、市民の意思と市民の参加で、合併するにしろ、しないにしろ、決めていけばいいと。一応合併する方向で四市進められていると思うんですけれども。
 この住民への情報提供とか、議論の場づくりとか、そういうものがあってこそ、住民が、また市民が合併について判断ができるわけでございますので、首長が決めている部分とか議会で論議されているところ、そして、最終的には市民が決めるところ、こういうようなさまざまな議論の進め方がございますけれども、そういう点で、情報提示とか議論の場とか、今具体的に、強気の発言をされておりますので、進められているところを聞きたいと思うんです。
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穂坂邦夫#24
○穂坂参考人 小規模自治体のは、今流されている一つのうわさみたいなもので言ったので、申しわけないとは思うのですが、要するに強制合併みたいなもの、それは私は反対です。しかし、普通の場合の合併の、例えば五十分の一の署名があれば法定の合併協議会をつくる、このことはいいと思います。それから、住民投票をつくったら、例えば一年以内とか、そういうものをやるというのもいいと思います。
 要するに、メリット、デメリット、これから私ども市民に説明するのですが、反対、嫌だなという市民から見れば、メリットはみんなデメリットになってしまうんですね。学者さんもそうです。それから、デメリットも、いや、こうすればちっともデメリットにならない、コミュニティーの規模の使い方の問題もあります。ですから、それは裏表どっちでもとれるんですね。
 しかし、やはり将来を見越して合併した方がいいなという、私は、これがいいとか、これがこうとかじゃなくて、そういう市民の感性でいいのではないかというふうに思っています。
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江田康幸#25
○江田(康)小委員 最後の質問でございますが、先ほどから税源移譲の話があっておりますけれども、今までの憲法調査会にも参考人として呼びました片山県知事とかほかの参考人の方々は、税源移譲が重要な残った課題であると申されますが、この税源移譲に関して、地方においては、本当に市民に必要な政策をやるためには、必要な政策が何で、必要でないむだなところが何か、それを決めたら、地方の方は地方税を上げてもそういうものをやるべきだ、そういうような地方独自の主体性を強調しておられました。
 こういう財源の問題に関して、市長が思われる最適なあり方についてもう一度お伺いしたいんですが、地方交付税との関係も含めて、簡単に。
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穂坂邦夫#26
○穂坂参考人 私は県会議員長かったんですが、都道府県の立場あるいは都道府県のやるべき仕事と、基礎的自治体のやるべき役割とか仕事というのは明らかに違うわけです。地方自治体と国ほどの違いはありませんが、かなり違うという私の実感です。直接的に都道府県がやる仕事というのはさほどありません。さほどありませんというか、市町村から見れば全く異質なものというふうに考えています。
 ですから、私どもの基礎的自治体の立場からいえば、さっき言ったように、仕事をする範囲が全く、ほかとの調整なんかは余りないですから、要するに福祉とか環境とか教育とかそういうことですから、特に教育なんというのは、ある意味では国で負担をしていただくことは、これはどこでも教育の機会均等は必要ですから、そういうことを除いていく。教育は、この部分は国、この部分は現場、やっていくと、そうないんですね。ですから、多分、財源移譲についてそんなにぎいぎいという切迫感がないのかもしれません。これが一点です。
 それからもう一点は、やはり、くどいようですが、役割をきちっとした上で配分をしてもらう、私はそれでいいと思っています。
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江田康幸#27
○江田(康)小委員 ありがとうございました。
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西
西田司#28
○西田小委員長 武山百合子君。
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武山百合子#29
○武山小委員 自由党の武山百合子です。
 きょうは、地方主権という意味で先駆的なことをいろいろとやっているお話を伺いまして、ぜひ県とも国とも闘って、たくさん地方主権をかち取っていただきたいと思います。
 それで、先ほどお話を聞いていた中で、基礎的自治体の状況という中で、完璧を求める国の体質と形骸化ということですけれども、今どのような形骸化状況がありますでしょうか。ぜひ詳しくお話ししていただきたいと思います。
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