憲法調査会二院制と参議院の在り方に関する小委員会
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会
会議録情報#0
平成十六年五月十九日(水曜日)
午後一時開会
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小委員の異動
五月十八日
辞任 補欠選任
川橋 幸子君 大渕 絹子君
松井 孝治君 中島 章夫君
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出席者は左のとおり。
小委員長 保坂 三蔵君
小委員
岩井 國臣君
武見 敬三君
福島啓史郎君
舛添 要一君
松村 龍二君
山崎 力君
大渕 絹子君
鈴木 寛君
中島 章夫君
平野 貞夫君
山本 保君
吉川 春子君
田 英夫君
岩本 荘太君
事務局側
憲法調査会事務
局長 桐山 正敏君
参考人
政策研究大学院
大学教授 飯尾 潤君
駒澤大学法学部
教授 大山 礼子君
元日本経済新聞
社論説顧問 金指 正雄君
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本日の会議に付した案件
○二院制と参議院の在り方に関する件
(選挙制度の在り方)
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この発言だけを見る →午後一時開会
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小委員の異動
五月十八日
辞任 補欠選任
川橋 幸子君 大渕 絹子君
松井 孝治君 中島 章夫君
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出席者は左のとおり。
小委員長 保坂 三蔵君
小委員
岩井 國臣君
武見 敬三君
福島啓史郎君
舛添 要一君
松村 龍二君
山崎 力君
大渕 絹子君
鈴木 寛君
中島 章夫君
平野 貞夫君
山本 保君
吉川 春子君
田 英夫君
岩本 荘太君
事務局側
憲法調査会事務
局長 桐山 正敏君
参考人
政策研究大学院
大学教授 飯尾 潤君
駒澤大学法学部
教授 大山 礼子君
元日本経済新聞
社論説顧問 金指 正雄君
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本日の会議に付した案件
○二院制と参議院の在り方に関する件
(選挙制度の在り方)
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保
保坂三蔵#1
○小委員長(保坂三蔵君) ただいまから憲法調査会二院制と参議院の在り方に関する小委員会を開会いたします。
二院制と参議院の在り方に関する件を議題といたします。
本日は、選挙制度の在り方につきまして、政策研究大学院大学教授の飯尾潤参考人、駒澤大学法学部教授の大山礼子参考人及び元日本経済新聞社論説顧問の金指正雄参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行いたいと存じます。
この際、参考人の先生方に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多忙のところようこそ本小委員会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございました。小委員会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げます。
忌憚のない御意見を承りまして、今後の調査に生かしてまいりたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。
議事の進め方でございますが、飯尾参考人、大山参考人、金指参考人の順でお一人二十分程度御意見をまずお述べいただきまして、その後、各小委員から質疑をさせていただきますので、お答えをいただければ幸いでございます。
なお、参考人、小委員ともに御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、まず飯尾参考人にお願いをいたします。
この発言だけを見る →二院制と参議院の在り方に関する件を議題といたします。
本日は、選挙制度の在り方につきまして、政策研究大学院大学教授の飯尾潤参考人、駒澤大学法学部教授の大山礼子参考人及び元日本経済新聞社論説顧問の金指正雄参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行いたいと存じます。
この際、参考人の先生方に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多忙のところようこそ本小委員会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございました。小委員会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げます。
忌憚のない御意見を承りまして、今後の調査に生かしてまいりたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。
議事の進め方でございますが、飯尾参考人、大山参考人、金指参考人の順でお一人二十分程度御意見をまずお述べいただきまして、その後、各小委員から質疑をさせていただきますので、お答えをいただければ幸いでございます。
なお、参考人、小委員ともに御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、まず飯尾参考人にお願いをいたします。
飯
飯尾潤#2
○参考人(飯尾潤君) 飯尾でございます。どうも本日はお招きいただきましてありがとうございます。
参議院の憲法調査会では以前にもお招きをいただきまして、意見を述べさせていただいたことがございます。その際は、議院内閣制の在り方について中心にお話をしたわけでございますが、今回、参議院の選挙制度について話せということでございますので、まず選挙制度に入ります前に私の考え方、議院内閣制についての考え方を簡単に申し述べまして、それと二院制の問題を整理いたしまして、それに対して必要な選挙制度の在り方について考えるという順番でお話をさせていただきたいと存じます。
最初に、そういうことでございますので、二院制と議院内閣制の問題でございますが、私自身は、日本型の議院内閣制の在り方、非常に大きな、諸外国と比べても大きな特徴も持っておりますし、あるいは一部問題点も含んでおるというふうに考えております。
その中身といたしましては、一番もう基本的なところは、私どもの憲法が、日本国憲法が制定されたにもかかわらず戦前からの内閣制が維持されている側面があり、やや議院内閣制の原理が不徹底な部分があると考えておりまして、そういう点でいうと、日本の議院内閣制には一定の改革が必要であるというふうな立場でございます。
その中身といたしましては、内閣の問題点は、基本的に議院内閣制は国会が中心であって、それから実は内閣が出てくるという順番でなければならないのでございますが、実態として省庁の連合体として内閣が運用される、そういう側面がある。そこで、議院内閣制を取っているにもかかわらず三権分立が強く主張されるという問題点、それとともに与党が内閣と分離して存在する傾向にあり、あるいは二院の違いというものが与党を介して十分な特色が示されない、こういう問題があるというふうに考えております。
そこで、実は、そういう問題がどういうことをもたらすかということを考えますと、選挙と政権基盤が分離するということでございまして、憲法の定める議院内閣制、基本的に国会議員の選挙によってという、内閣総理大臣が指名されるということでございますが、この点について実は衆議院に明確な優位が定められていると。ところが、なかなか、例えば中間で参議院議員選挙が行われると、それで内閣が交代するということが起こったり、必ずしも憲法の想定しない問題が起こるのは、実はこの問題が未整理なためではないかというふうに考えるわけです。
あるいは、この日本型の議院内閣制、省庁連合体として内閣が組織されて、それと別に与党があると。こういうことになりますと、大変複雑な政策過程、内閣に与党の幹部が一元化されるという形で、責任の所在が明確になるということがないために非常に複雑な政策過程が展開する。しかも、そういうことになると、実は政策体系全体を見渡すということではなくて、どちらかというと国会議員、特に与党の議員の方と行政府の下部、課長、課長補佐のレベルまで実は直接連携ができてしまって、実はトップレベルでその政策体系を作り直す、あるいはまとめるという機能が弱いというふうなことを考えてまいりました。
ただ、私は、このように日本型の議院内閣制に問題があると申しますのは、主として衆議院についてのことを念頭に置いているわけでございます。と申しますのは、議院内閣制、やはりどちらの、どこの国でも下院に基盤を置くわけでありまして、日本的な言い方をすれば、議院内閣制というのは衆議院内閣制と言った方が実は責任の所在はむしろ明確になるという側面があるのではないかと思います。
そういう点で申しますと、政党政治は議会制の中で不可欠な要素であり、政党政治、政党間の権力闘争によって政権ができる、あるいは政権をめぐる争いが起こるというのは大変結構なことであり、不可欠な問題でありますが、その問題が十全に発揮されないといけないのは、実は衆議院においてであろうというふうに思うわけであります。
そう考えますと、実は日本国憲法が定めております二院制と議院内閣制度、両方とも実は憲法の中にある原理でございますが、本質的な緊張関係にあるという問題がございまして、議院内閣制を徹底すると衆議院と参議院の問題は少し微妙になってくる、あるいはその両院の関係をあいまいにしておくと議院内閣制の原理は必ずしも徹底しないという問題が起こるのではないか。
これを端的に示しますのは、議院内閣制と大統領制を比べた場合に、有権者から国会議員に、あるいは行政府に至る権限連鎖と申しますか、正当性の連鎖の関係がどうなるかということを考えると明確でありまして、議院内閣制はそれが普通の場合統一されていると考えております。つまり、有権者が国会議員を選び、国会議員が内閣総理大臣を選び、内閣総理大臣が大臣を選び、大臣が実は補助者として官僚を使うと、こういう関係でありまして、非常に問題が整理されるというのが議院内閣制の原理であって、それに対して大統領制は、行政府と議会と両方に民意が代表されて、その関係は実は複雑であると考えるわけでございます。
ところが、この今のモデルで申しますと、議院内閣制は非常に民意からのルートが一本で分かりやすいということになるわけでございますが、ところが、国会議員の選挙は二つあって、両方の側から、国民の意思を受けた国会議員が参議院と衆議院、両方から出てきてという関係ができますと、実は基本的に憲法の指名の順序からしまして衆議院が優先されますので、衆議院に基盤を置いて内閣、内閣総理大臣が任命されて内閣というのは成立するという関係でございますが、同じ矢印が参議院の方からも一定程度出てくるわけでございまして、日本国憲法には総理大臣の指名権もございます。ただ、これ衆議院が優先いたしますので、これが生きるということがなかなかないわけでございますが、その関係、責任関係がやや不明確になる点があるというふうに考えるわけでございます。
それでは、第二の参議院と衆議院の役割分担をどうすればよろしいかということでございますが、やはりその矢印の向きが両方出てきて複雑になるということを整理する必要があるんではないかと考えます。
そう考えますと、先ほど来申し上げていますように、衆議院においては行政権創出機能、これ内閣、まあこれ立法府としての機能というよりは行政権を作り出す機能でございますが、それが非常に重視される院であるということになりますと、それに政党という、あるいは政党、与野党の対立というのは不可欠な要素になると。これは行政権をめぐる争いになりますものですから、与野党の対立は決定的であって、野党の方は与党をいずれ選挙で負かそうというふうに考え、与党は逆に言うと行政府の方を擁護するという態度になるのはこれは当然のことでございます。
しかしながら、この機能を果たしますと、国会の議員の中でも実はなかなかほかの機能を果たせない側面、衆議院には果たせない側面が出てくる。それは、例えば与党議員であって、必ずしも行政府のしていることにとって満足でない場合も、自らの政権を守るという感覚からすると必ずしもそれを強く主張できないという側面、やはり厳しい与野党対立がある場合には起こるということでございます。
そう考えますと、衆議院はそういうものであると考えますと、その同じ機能を参議院も持ってしまう。参議院の与党側の国会議員は常に行政府を擁護し、そして野党の方は常に批判をするという態度を取りますと、時々両院の間に不協和音ができることがあると考えるわけであります。これが実は顕在化しない立場は、衆議院における多数党と参議院における多数党が一致してしまえば、実はこれ日常的にどちらも与野党という立場が同じでありますからよろしいわけですが、別個に選挙をした場合には、必ずしもその両者の多数派が一致しないということが起こり得るわけであります。そうした場合には、実は衆議院側の内閣が提出した法案が参議院において通るのかどうかということが問われるわけでありまして、政党の立場ということを重視すれば、実は衆議院における野党が参議院における多数党で、しかも政府の出してきた法案をブロックする、通さないということが起こり得るわけでございます。
そうした場合に、実は日本国憲法は、両院の関係を規定するのに、例えば法案の場合、衆議院における再議決、この委員会でも何回も出ているかと思いますけれども、三分の二の多数を要求するということでございますけれども、衆議院において正常な与野党関係が起こるということは恐らく両者の勢力がある程度拮抗している場合が多いと考えられますと、必ずしもその条件、衆議院が一致して再可決するということは余りないのではないかというふうに考えられます。
そこで、どういうことが起こるかと申しますと、衆議院側としては、参議院側で議決されるということも前提とせざるを得ないということでありまして、必ずしも、日本国憲法は衆議院の意思で内閣が成立するということを考えておりますけれども、それだけではなくて、参議院で通るかどうかを考えて政権を成立させようということが起こる。そうすると、極めて複雑なことが起こってしまうということでございます。
そういう点から考えますと、二院制を、こちらはしばしば引かれることでありますけれども、一致しておれば両方同じでありますからよろしいということでありますが、一致しなければ実はこれはどうなるかというこの関係が大変難しい、混乱になるということでございます。
そう考えますと、私自身の意見からいたしますと、先ほどのように、衆議院で与野党対決を非常に明確に出すような、そういうタイプの議院内閣制を成立させるといたしますと、参議院においてはそれとは違うような役割を果たした方がよろしいのではないか。別の独自の役割を果たす参議院というのが好ましいのではないかと思うわけであります。
そういう点から考えますと、政権の基盤にかかわるような、内閣の存続にかかわるようなものについては参議院側は一定の抑制ということを果たすというのがやはり原理的に好ましいということになりますし、あるいは参議院は衆議院と違いまして、少し与野党対立が緩和される、どちらかというと政党単位というよりは、議員の見識あるいは政党それぞれに少し自由度を持たせたやり方ということが必要ではないかと思うわけです。
しかも、このことは先ほどの日本型の議院内閣制の改革とも関係をしておりまして、実は、日本型の議院内閣制、大変難しい点は、日本の政党が、これ諸外国にとっても珍しいことでございますが、院外の政党が衆議院、参議院を通じて党議拘束をするという例が見られるということでありまして、別の選挙でそれぞれ選ばれている議員でありますから、それぞれ会派ごとに意思決定をされてしかるべきでございますが、それが別の、党で党議拘束をされてしまう。そうすると、国会審議が始まる前から、実は参議院も衆議院もある程度賛成、反対が明確に分かってしまうということになりまして、その点でまた二院制を生かすのが難しい、そういう状態になっておるというわけでございます。
そういう点から申しますと、党議拘束も実は行政権を守るために存在する制度でございますので、先ほど申しました理屈から申しますと、衆議院において党議拘束的な会派の拘束が強く掛かるのは当然でございますけれども、参議院において同じことをする必要があるのかどうかということは再考の余地があるのではないかと思われます。
そう考えますと、そうした厳しい与野党対立によって問題が処理するような問題は衆議院で処理されるとしまして、それ以外の問題を中心に参議院が役割を果たせば、衆議院ができないことを参議院が、できない役割を果たして、そして国政に寄与するということがあるのではないかと思われます。
これは幾つも、非常に多くのことがこれに含まれると思いますけれども、例示的に申しますと、代表的なものは、例えば党派対立になじまないような政策課題の処理をするということでありまして、すべての政策課題が党派対立によるものではございません。党の中で意見が違い、しかしながら政党を通じて見れば様々な意見があるという問題を、必ずしも党派対立が厳しいところで処理するというよりも、党派対立が緩い院でゆっくり時間を掛けて合意を形成していくというのも好ましい処理の仕方ではないか。現在、例えばIT社会の進展によって様々な新しい問題が生じて、あるいは生命倫理の問題が生じるとか、そういう問題は様々にあるわけですけれども、そういう問題を参議院で処理していくというのは非常に良いことではないかと思うわけであります。
あるいは先ほど少し例に挙げましたけれども、行政監視に類することでありまして、行政監視ということから考えますと、与野党対立が厳しいと、どうしても与党側は数の力で政府を守るという立場になるわけでございまして、そういうことが、与野党対立が薄い院であれば、与党、野党、共通して行政を監視していく、政治家が官僚のすることを監視していくという役割を果たせる余地が十分にあるわけでありまして、そういうところを中心に参議院は活躍するということも重要ではないかと思うわけであります。
そういう行政監視の機能の中には、広い意味での行政監視の機能の中には、例えば最近参議院で重視しておられます決算の機能なども含まれるわけでありまして、決算というのもなかなか、しばしば与野党対立の中では埋没しがちでありますけれども、これをしっかりするというのも実は長期的視野に立った参議院ならではの機能ではないかと思われますし、あるいは、現在のところ実は憲法には必ずしも明確な規定はありませんけれども、人事案件あるいは外交案件について、条約についてはございますが、案件について参議院がもう少し重要な機能を果たすということも一つ考えてもよろしいことではないか。将来的に憲法改正をするということになりますと、例えば司法部との関係というようなものはもう少し参議院が役割を、積極的な役割を果たしてもよい部分ではないかというふうに考える次第でございます。
以上、私の考える二院の役割分担の在り方を考えましたが、それを前提に実は選挙制度について申し述べたいと存じます。
最初に申し上げますのは、実は選挙制度は世界じゅう様々な制度がございますが、これが絶対であるということがないというのが大体政治学者が普通常識としていることでございまして、様々な選挙制度には一長一短がございまして、これがベストだというものはないということでございます。
しかしながら、衆議院と参議院の選挙制度ということを考えますと、やはり違う制度がよろしいのではないかと思われますのは、先ほどのように別の個性を発揮するためにはやはり選ばれ方も違った方がよろしい。なぜならば、同じように選ばれていると同じような根拠を持って議員になっておられるということでありますから、同じような性格の議員が同じような根拠を持って活動をするとすると、どうしても同じような行動になりやすい、個性が発揮しにくいということでありますので、選挙制度も変えられた方がよろしいということであります。
では、どういう制度があるかと申しますと、理論的に申しますと、世界の選挙制度は大体大きく二つの性格に分かれるわけでありまして、一つは多数代表的な制度でありまして、これは小選挙区制が代表でありまして、勝者総取りのタイプの制度でございます。それに対して比例代表制は、できるだけ、政党別に見れば議席配分が比例的になる、近いと。この比例代表の中にも様々な種類がございますけれども、そういう両方の種類があるということになるわけでございます。
そういう点から申しますと、私自身の意見から申しますと、衆議院のように政権の帰趨を争うというそういう院は、どちらかというと多数代表制に傾斜した制度、現行の制度も小選挙区制が半分以上入っておりますけれども、そういう制度であるということは一定の意味があることだというふうに考えております。
しかしながら、先ほど申しましたように、参議院がそういうタイプで与野党対立を緩和した存在とならざるを得ないとしますと、多数代表的な原理が強く出る選挙制度は余り好ましくないのではないか。どちらかというと、二院制の存在理由の中に、少数者の権利の保護、あるいは少数者の主張がされることを挙げる学者も多いわけでございますが、そういう機能を果たそうとしますと、どちらかというと参議院には比例代表原理が強く表れた方がよろしいということになるわけでございます。
ただ、問題が難しいのは、実はそれで終わらないからでございます。と申しますのは、比例代表制は何をもって比例とするかと考えますと、一般的に申しますと、これ政党中心で政党ごとの比例ということを考えるわけでございます。そうなると、実は政党中心が問題がある。政党の対立が激しいのは問題があるので、政党の力を少し弱めた方が参議院にとっては好ましいと申したわけでございますが、比例代表制を取って、政党中心の比例代表制を取ってしまうと、むしろ選挙制度によってそれが強化されるという逆の結果をも導きかねないという問題があるわけでございます。
これが大変実は悩ましいところでございまして、端的に表れますのは代表的な比例代表制である拘束名簿式、つまり政党がだれが当選するかを選ぶという比例代表制、これが一番明快な比例代表制でございますけれども、そういう制度を取ると、逆に言うと、議員個人の自律性というのはやや損なわれる側面があるということが問題点としてあるわけでございます。
そういう点から申しますと、その両方を何か調整する、そういう選挙制度が望ましい。つまり、個人が中心的であって比例代表的な結果が出ると。かつて衆議院にございました中選挙区的な制度も、実はある一定そういう機能を果たしている側面がございまして、個人中心の、選ばれてきて、政党の縛りが弱い制度であります。
あるいは、非拘束名簿式というのをどういうふうに考えるかと。これは、今行われている、参議院で行われている制度でございますが、これで個人の自律性というのはある程度確保されるのかどうかということでございます。
方向としてはそういう方向がございますけれども、その議論をいたしますと、だんだん突き詰めてまいりますと、先ほどの私がその二院制の問題をお話をしたときに、与野党対立が激しい問題については参議院は抑制的になった方がよろしいというふうなお話をしましたが、それは取りも直さず、権力的場面においては、実は参議院は少し自制をする、弱い立場に立つということでございます。
そう考えますと、実は、民主制の原理から考えても、必ずしも公選である必要があるのかどうかという議論は当然出てくるわけでありまして、良識の府として、その修正を求めたり、あるいは長期的な、専門的な問題について考える、あるいは行政を監視をするということであれば、直接公選が絶対の原則になるのかどうかという問題はもちろんございまして、議論のやり方としては、間接制であるとかあるいは任命制の議論というのも当然あり得るだろうというふうに考えております。
しかしながら、結論から申しますと、私自身は、既に憲法で公選を入れている以上、実はこれを制限するというのは、国民の理解を得ることは大変難しいのではないかと。推薦制ということを入れるということは、実は、現に公選の参議院議員がいる中でその方に逆に動くということは大変難しいというふうに考えておりまして、そういう点で、推薦制の議論は起こるでしょうけれども、どういう形で推薦したらいいというところで恐らく結論を得ることができないだろうと考えるわけです。
そう考えますと、実は、公選制を維持して、比例代表的な選挙制度を維持するというだけでは足らないところをどうやって補うかと考えますと、実は次に書きました三つの要素を工夫する余地があるんではないか。
つまり、任期でありますとか、再選制限、被選挙権でありまして、現在、参議院は解散がない制度でありまして、そういう制度を前提にいたしますと、これは衆議院と同じような権限を与えますと、解散を入れろという、そういう議論が当然出てくるわけでありますが、私のように、違う機能を果たすということであれば、むしろ解散がないというのは安定性の点から好ましいということになります。
そうすると、任期というのはある程度長い方がよろしいということでありますが、現在の六年、衆議院の一・五倍という任期がよろしいかどうかという議論になりまして、それを長くするかどうか、あるいは余り短くするという選択肢はないのだろうと思いますが、そういうことが一つございます。
それに対して、それと関連いたしますのは、実は現在、任期は長いと申しますけれども、再選の問題をどう考えるかでございます。実のところ、政党の拘束が極めて強く働くのは、実は、再選意欲があってもう一度選ばれるためには、実は選挙をするとなると政党の力をかりざるを得ない、そうすると、もう一度選ばれるというとなるとその政党の党議拘束が強く利くという問題がございますので、実は、選挙制度として一期限り、再選はなしということ、しかも任期を長くしておくという選挙制度を取った場合においては、ある程度個人中心の審議が実現する可能性が理論上は考えられるということであります。
さらに、思想的に見ますと、被選挙権をどう考えるのかという問題もございまして、現在、参議院の方が衆議院よりも年長になっておりますけれども、これを更に延ばすかどうかというのも一つの考え方であります。
そう考えますと、実はこうした諸条件をかんがみまして、現在の制度をいかに手直しをするかという方向で問題を考えるのがよろしいのではないかと。一挙に例えば、一院制の議論は私は支持いたしませんけれども、二院制を残すとしても、一挙に一つの改革だけでこの二院制の問題を解決できるほど問題は単純ではないので、選挙制度についても絶対ではありませんので、そうした諸条件をして少しずつ手直しをしていって二院の関係を整理するのが好ましいというふうに考えております。
以上でございます。ありがとうございました。
この発言だけを見る →参議院の憲法調査会では以前にもお招きをいただきまして、意見を述べさせていただいたことがございます。その際は、議院内閣制の在り方について中心にお話をしたわけでございますが、今回、参議院の選挙制度について話せということでございますので、まず選挙制度に入ります前に私の考え方、議院内閣制についての考え方を簡単に申し述べまして、それと二院制の問題を整理いたしまして、それに対して必要な選挙制度の在り方について考えるという順番でお話をさせていただきたいと存じます。
最初に、そういうことでございますので、二院制と議院内閣制の問題でございますが、私自身は、日本型の議院内閣制の在り方、非常に大きな、諸外国と比べても大きな特徴も持っておりますし、あるいは一部問題点も含んでおるというふうに考えております。
その中身といたしましては、一番もう基本的なところは、私どもの憲法が、日本国憲法が制定されたにもかかわらず戦前からの内閣制が維持されている側面があり、やや議院内閣制の原理が不徹底な部分があると考えておりまして、そういう点でいうと、日本の議院内閣制には一定の改革が必要であるというふうな立場でございます。
その中身といたしましては、内閣の問題点は、基本的に議院内閣制は国会が中心であって、それから実は内閣が出てくるという順番でなければならないのでございますが、実態として省庁の連合体として内閣が運用される、そういう側面がある。そこで、議院内閣制を取っているにもかかわらず三権分立が強く主張されるという問題点、それとともに与党が内閣と分離して存在する傾向にあり、あるいは二院の違いというものが与党を介して十分な特色が示されない、こういう問題があるというふうに考えております。
そこで、実は、そういう問題がどういうことをもたらすかということを考えますと、選挙と政権基盤が分離するということでございまして、憲法の定める議院内閣制、基本的に国会議員の選挙によってという、内閣総理大臣が指名されるということでございますが、この点について実は衆議院に明確な優位が定められていると。ところが、なかなか、例えば中間で参議院議員選挙が行われると、それで内閣が交代するということが起こったり、必ずしも憲法の想定しない問題が起こるのは、実はこの問題が未整理なためではないかというふうに考えるわけです。
あるいは、この日本型の議院内閣制、省庁連合体として内閣が組織されて、それと別に与党があると。こういうことになりますと、大変複雑な政策過程、内閣に与党の幹部が一元化されるという形で、責任の所在が明確になるということがないために非常に複雑な政策過程が展開する。しかも、そういうことになると、実は政策体系全体を見渡すということではなくて、どちらかというと国会議員、特に与党の議員の方と行政府の下部、課長、課長補佐のレベルまで実は直接連携ができてしまって、実はトップレベルでその政策体系を作り直す、あるいはまとめるという機能が弱いというふうなことを考えてまいりました。
ただ、私は、このように日本型の議院内閣制に問題があると申しますのは、主として衆議院についてのことを念頭に置いているわけでございます。と申しますのは、議院内閣制、やはりどちらの、どこの国でも下院に基盤を置くわけでありまして、日本的な言い方をすれば、議院内閣制というのは衆議院内閣制と言った方が実は責任の所在はむしろ明確になるという側面があるのではないかと思います。
そういう点で申しますと、政党政治は議会制の中で不可欠な要素であり、政党政治、政党間の権力闘争によって政権ができる、あるいは政権をめぐる争いが起こるというのは大変結構なことであり、不可欠な問題でありますが、その問題が十全に発揮されないといけないのは、実は衆議院においてであろうというふうに思うわけであります。
そう考えますと、実は日本国憲法が定めております二院制と議院内閣制度、両方とも実は憲法の中にある原理でございますが、本質的な緊張関係にあるという問題がございまして、議院内閣制を徹底すると衆議院と参議院の問題は少し微妙になってくる、あるいはその両院の関係をあいまいにしておくと議院内閣制の原理は必ずしも徹底しないという問題が起こるのではないか。
これを端的に示しますのは、議院内閣制と大統領制を比べた場合に、有権者から国会議員に、あるいは行政府に至る権限連鎖と申しますか、正当性の連鎖の関係がどうなるかということを考えると明確でありまして、議院内閣制はそれが普通の場合統一されていると考えております。つまり、有権者が国会議員を選び、国会議員が内閣総理大臣を選び、内閣総理大臣が大臣を選び、大臣が実は補助者として官僚を使うと、こういう関係でありまして、非常に問題が整理されるというのが議院内閣制の原理であって、それに対して大統領制は、行政府と議会と両方に民意が代表されて、その関係は実は複雑であると考えるわけでございます。
ところが、この今のモデルで申しますと、議院内閣制は非常に民意からのルートが一本で分かりやすいということになるわけでございますが、ところが、国会議員の選挙は二つあって、両方の側から、国民の意思を受けた国会議員が参議院と衆議院、両方から出てきてという関係ができますと、実は基本的に憲法の指名の順序からしまして衆議院が優先されますので、衆議院に基盤を置いて内閣、内閣総理大臣が任命されて内閣というのは成立するという関係でございますが、同じ矢印が参議院の方からも一定程度出てくるわけでございまして、日本国憲法には総理大臣の指名権もございます。ただ、これ衆議院が優先いたしますので、これが生きるということがなかなかないわけでございますが、その関係、責任関係がやや不明確になる点があるというふうに考えるわけでございます。
それでは、第二の参議院と衆議院の役割分担をどうすればよろしいかということでございますが、やはりその矢印の向きが両方出てきて複雑になるということを整理する必要があるんではないかと考えます。
そう考えますと、先ほど来申し上げていますように、衆議院においては行政権創出機能、これ内閣、まあこれ立法府としての機能というよりは行政権を作り出す機能でございますが、それが非常に重視される院であるということになりますと、それに政党という、あるいは政党、与野党の対立というのは不可欠な要素になると。これは行政権をめぐる争いになりますものですから、与野党の対立は決定的であって、野党の方は与党をいずれ選挙で負かそうというふうに考え、与党は逆に言うと行政府の方を擁護するという態度になるのはこれは当然のことでございます。
しかしながら、この機能を果たしますと、国会の議員の中でも実はなかなかほかの機能を果たせない側面、衆議院には果たせない側面が出てくる。それは、例えば与党議員であって、必ずしも行政府のしていることにとって満足でない場合も、自らの政権を守るという感覚からすると必ずしもそれを強く主張できないという側面、やはり厳しい与野党対立がある場合には起こるということでございます。
そう考えますと、衆議院はそういうものであると考えますと、その同じ機能を参議院も持ってしまう。参議院の与党側の国会議員は常に行政府を擁護し、そして野党の方は常に批判をするという態度を取りますと、時々両院の間に不協和音ができることがあると考えるわけであります。これが実は顕在化しない立場は、衆議院における多数党と参議院における多数党が一致してしまえば、実はこれ日常的にどちらも与野党という立場が同じでありますからよろしいわけですが、別個に選挙をした場合には、必ずしもその両者の多数派が一致しないということが起こり得るわけであります。そうした場合には、実は衆議院側の内閣が提出した法案が参議院において通るのかどうかということが問われるわけでありまして、政党の立場ということを重視すれば、実は衆議院における野党が参議院における多数党で、しかも政府の出してきた法案をブロックする、通さないということが起こり得るわけでございます。
そうした場合に、実は日本国憲法は、両院の関係を規定するのに、例えば法案の場合、衆議院における再議決、この委員会でも何回も出ているかと思いますけれども、三分の二の多数を要求するということでございますけれども、衆議院において正常な与野党関係が起こるということは恐らく両者の勢力がある程度拮抗している場合が多いと考えられますと、必ずしもその条件、衆議院が一致して再可決するということは余りないのではないかというふうに考えられます。
そこで、どういうことが起こるかと申しますと、衆議院側としては、参議院側で議決されるということも前提とせざるを得ないということでありまして、必ずしも、日本国憲法は衆議院の意思で内閣が成立するということを考えておりますけれども、それだけではなくて、参議院で通るかどうかを考えて政権を成立させようということが起こる。そうすると、極めて複雑なことが起こってしまうということでございます。
そういう点から考えますと、二院制を、こちらはしばしば引かれることでありますけれども、一致しておれば両方同じでありますからよろしいということでありますが、一致しなければ実はこれはどうなるかというこの関係が大変難しい、混乱になるということでございます。
そう考えますと、私自身の意見からいたしますと、先ほどのように、衆議院で与野党対決を非常に明確に出すような、そういうタイプの議院内閣制を成立させるといたしますと、参議院においてはそれとは違うような役割を果たした方がよろしいのではないか。別の独自の役割を果たす参議院というのが好ましいのではないかと思うわけであります。
そういう点から考えますと、政権の基盤にかかわるような、内閣の存続にかかわるようなものについては参議院側は一定の抑制ということを果たすというのがやはり原理的に好ましいということになりますし、あるいは参議院は衆議院と違いまして、少し与野党対立が緩和される、どちらかというと政党単位というよりは、議員の見識あるいは政党それぞれに少し自由度を持たせたやり方ということが必要ではないかと思うわけです。
しかも、このことは先ほどの日本型の議院内閣制の改革とも関係をしておりまして、実は、日本型の議院内閣制、大変難しい点は、日本の政党が、これ諸外国にとっても珍しいことでございますが、院外の政党が衆議院、参議院を通じて党議拘束をするという例が見られるということでありまして、別の選挙でそれぞれ選ばれている議員でありますから、それぞれ会派ごとに意思決定をされてしかるべきでございますが、それが別の、党で党議拘束をされてしまう。そうすると、国会審議が始まる前から、実は参議院も衆議院もある程度賛成、反対が明確に分かってしまうということになりまして、その点でまた二院制を生かすのが難しい、そういう状態になっておるというわけでございます。
そういう点から申しますと、党議拘束も実は行政権を守るために存在する制度でございますので、先ほど申しました理屈から申しますと、衆議院において党議拘束的な会派の拘束が強く掛かるのは当然でございますけれども、参議院において同じことをする必要があるのかどうかということは再考の余地があるのではないかと思われます。
そう考えますと、そうした厳しい与野党対立によって問題が処理するような問題は衆議院で処理されるとしまして、それ以外の問題を中心に参議院が役割を果たせば、衆議院ができないことを参議院が、できない役割を果たして、そして国政に寄与するということがあるのではないかと思われます。
これは幾つも、非常に多くのことがこれに含まれると思いますけれども、例示的に申しますと、代表的なものは、例えば党派対立になじまないような政策課題の処理をするということでありまして、すべての政策課題が党派対立によるものではございません。党の中で意見が違い、しかしながら政党を通じて見れば様々な意見があるという問題を、必ずしも党派対立が厳しいところで処理するというよりも、党派対立が緩い院でゆっくり時間を掛けて合意を形成していくというのも好ましい処理の仕方ではないか。現在、例えばIT社会の進展によって様々な新しい問題が生じて、あるいは生命倫理の問題が生じるとか、そういう問題は様々にあるわけですけれども、そういう問題を参議院で処理していくというのは非常に良いことではないかと思うわけであります。
あるいは先ほど少し例に挙げましたけれども、行政監視に類することでありまして、行政監視ということから考えますと、与野党対立が厳しいと、どうしても与党側は数の力で政府を守るという立場になるわけでございまして、そういうことが、与野党対立が薄い院であれば、与党、野党、共通して行政を監視していく、政治家が官僚のすることを監視していくという役割を果たせる余地が十分にあるわけでありまして、そういうところを中心に参議院は活躍するということも重要ではないかと思うわけであります。
そういう行政監視の機能の中には、広い意味での行政監視の機能の中には、例えば最近参議院で重視しておられます決算の機能なども含まれるわけでありまして、決算というのもなかなか、しばしば与野党対立の中では埋没しがちでありますけれども、これをしっかりするというのも実は長期的視野に立った参議院ならではの機能ではないかと思われますし、あるいは、現在のところ実は憲法には必ずしも明確な規定はありませんけれども、人事案件あるいは外交案件について、条約についてはございますが、案件について参議院がもう少し重要な機能を果たすということも一つ考えてもよろしいことではないか。将来的に憲法改正をするということになりますと、例えば司法部との関係というようなものはもう少し参議院が役割を、積極的な役割を果たしてもよい部分ではないかというふうに考える次第でございます。
以上、私の考える二院の役割分担の在り方を考えましたが、それを前提に実は選挙制度について申し述べたいと存じます。
最初に申し上げますのは、実は選挙制度は世界じゅう様々な制度がございますが、これが絶対であるということがないというのが大体政治学者が普通常識としていることでございまして、様々な選挙制度には一長一短がございまして、これがベストだというものはないということでございます。
しかしながら、衆議院と参議院の選挙制度ということを考えますと、やはり違う制度がよろしいのではないかと思われますのは、先ほどのように別の個性を発揮するためにはやはり選ばれ方も違った方がよろしい。なぜならば、同じように選ばれていると同じような根拠を持って議員になっておられるということでありますから、同じような性格の議員が同じような根拠を持って活動をするとすると、どうしても同じような行動になりやすい、個性が発揮しにくいということでありますので、選挙制度も変えられた方がよろしいということであります。
では、どういう制度があるかと申しますと、理論的に申しますと、世界の選挙制度は大体大きく二つの性格に分かれるわけでありまして、一つは多数代表的な制度でありまして、これは小選挙区制が代表でありまして、勝者総取りのタイプの制度でございます。それに対して比例代表制は、できるだけ、政党別に見れば議席配分が比例的になる、近いと。この比例代表の中にも様々な種類がございますけれども、そういう両方の種類があるということになるわけでございます。
そういう点から申しますと、私自身の意見から申しますと、衆議院のように政権の帰趨を争うというそういう院は、どちらかというと多数代表制に傾斜した制度、現行の制度も小選挙区制が半分以上入っておりますけれども、そういう制度であるということは一定の意味があることだというふうに考えております。
しかしながら、先ほど申しましたように、参議院がそういうタイプで与野党対立を緩和した存在とならざるを得ないとしますと、多数代表的な原理が強く出る選挙制度は余り好ましくないのではないか。どちらかというと、二院制の存在理由の中に、少数者の権利の保護、あるいは少数者の主張がされることを挙げる学者も多いわけでございますが、そういう機能を果たそうとしますと、どちらかというと参議院には比例代表原理が強く表れた方がよろしいということになるわけでございます。
ただ、問題が難しいのは、実はそれで終わらないからでございます。と申しますのは、比例代表制は何をもって比例とするかと考えますと、一般的に申しますと、これ政党中心で政党ごとの比例ということを考えるわけでございます。そうなると、実は政党中心が問題がある。政党の対立が激しいのは問題があるので、政党の力を少し弱めた方が参議院にとっては好ましいと申したわけでございますが、比例代表制を取って、政党中心の比例代表制を取ってしまうと、むしろ選挙制度によってそれが強化されるという逆の結果をも導きかねないという問題があるわけでございます。
これが大変実は悩ましいところでございまして、端的に表れますのは代表的な比例代表制である拘束名簿式、つまり政党がだれが当選するかを選ぶという比例代表制、これが一番明快な比例代表制でございますけれども、そういう制度を取ると、逆に言うと、議員個人の自律性というのはやや損なわれる側面があるということが問題点としてあるわけでございます。
そういう点から申しますと、その両方を何か調整する、そういう選挙制度が望ましい。つまり、個人が中心的であって比例代表的な結果が出ると。かつて衆議院にございました中選挙区的な制度も、実はある一定そういう機能を果たしている側面がございまして、個人中心の、選ばれてきて、政党の縛りが弱い制度であります。
あるいは、非拘束名簿式というのをどういうふうに考えるかと。これは、今行われている、参議院で行われている制度でございますが、これで個人の自律性というのはある程度確保されるのかどうかということでございます。
方向としてはそういう方向がございますけれども、その議論をいたしますと、だんだん突き詰めてまいりますと、先ほどの私がその二院制の問題をお話をしたときに、与野党対立が激しい問題については参議院は抑制的になった方がよろしいというふうなお話をしましたが、それは取りも直さず、権力的場面においては、実は参議院は少し自制をする、弱い立場に立つということでございます。
そう考えますと、実は、民主制の原理から考えても、必ずしも公選である必要があるのかどうかという議論は当然出てくるわけでありまして、良識の府として、その修正を求めたり、あるいは長期的な、専門的な問題について考える、あるいは行政を監視をするということであれば、直接公選が絶対の原則になるのかどうかという問題はもちろんございまして、議論のやり方としては、間接制であるとかあるいは任命制の議論というのも当然あり得るだろうというふうに考えております。
しかしながら、結論から申しますと、私自身は、既に憲法で公選を入れている以上、実はこれを制限するというのは、国民の理解を得ることは大変難しいのではないかと。推薦制ということを入れるということは、実は、現に公選の参議院議員がいる中でその方に逆に動くということは大変難しいというふうに考えておりまして、そういう点で、推薦制の議論は起こるでしょうけれども、どういう形で推薦したらいいというところで恐らく結論を得ることができないだろうと考えるわけです。
そう考えますと、実は、公選制を維持して、比例代表的な選挙制度を維持するというだけでは足らないところをどうやって補うかと考えますと、実は次に書きました三つの要素を工夫する余地があるんではないか。
つまり、任期でありますとか、再選制限、被選挙権でありまして、現在、参議院は解散がない制度でありまして、そういう制度を前提にいたしますと、これは衆議院と同じような権限を与えますと、解散を入れろという、そういう議論が当然出てくるわけでありますが、私のように、違う機能を果たすということであれば、むしろ解散がないというのは安定性の点から好ましいということになります。
そうすると、任期というのはある程度長い方がよろしいということでありますが、現在の六年、衆議院の一・五倍という任期がよろしいかどうかという議論になりまして、それを長くするかどうか、あるいは余り短くするという選択肢はないのだろうと思いますが、そういうことが一つございます。
それに対して、それと関連いたしますのは、実は現在、任期は長いと申しますけれども、再選の問題をどう考えるかでございます。実のところ、政党の拘束が極めて強く働くのは、実は、再選意欲があってもう一度選ばれるためには、実は選挙をするとなると政党の力をかりざるを得ない、そうすると、もう一度選ばれるというとなるとその政党の党議拘束が強く利くという問題がございますので、実は、選挙制度として一期限り、再選はなしということ、しかも任期を長くしておくという選挙制度を取った場合においては、ある程度個人中心の審議が実現する可能性が理論上は考えられるということであります。
さらに、思想的に見ますと、被選挙権をどう考えるのかという問題もございまして、現在、参議院の方が衆議院よりも年長になっておりますけれども、これを更に延ばすかどうかというのも一つの考え方であります。
そう考えますと、実はこうした諸条件をかんがみまして、現在の制度をいかに手直しをするかという方向で問題を考えるのがよろしいのではないかと。一挙に例えば、一院制の議論は私は支持いたしませんけれども、二院制を残すとしても、一挙に一つの改革だけでこの二院制の問題を解決できるほど問題は単純ではないので、選挙制度についても絶対ではありませんので、そうした諸条件をして少しずつ手直しをしていって二院の関係を整理するのが好ましいというふうに考えております。
以上でございます。ありがとうございました。
保
大
大山礼子#4
○参考人(大山礼子君) 駒澤大学の大山でございます。本日はお招きいただきまして、大変ありがとうございます。
今回、事務局からお話をいただきましたときに、私からはジェンダー論と申しますか、女性の政治参加をいかに進めていくかという観点からお話を申し上げるようにということでございました。
実は私、そちらの方面の必ずしも専門家ではございませんので、ちょっと困惑したところもあるんですけれども、なるべく御要望に沿うお話をいたしたいと思います。
本日のテーマでございます参議院の選挙制度ということなんですけれども、やはり参議院の選挙制度を考えるときには、どうしてもこれは参議院をどうやって独自性を発揮させるかということがまずございまして、その独自性を発揮させるための選挙制度はどういうものがいいのかということに話の順番がなるのではないかと思います。
それで、参議院の独自性というのは一体何かということなんですけれども、私はいわゆるカーボンコピー論というのは取りませんで、実は参議院は現在も非常にいろんな意味で独自の審議をなさっているというふうに考えております。
特に注目すべきは、これは昭和六十一年から、御存じのとおり、三年ごとに三つずつ置かれております参議院の調査会の活動ではないかというふうに考えております。もっとこういう活動が注目されてよいと思います。
この調査会の活動ですけれども、これはかなりレベルの高い議論がなされておりまして、割にしっかりした調査報告書も出ておりますし、それから立法上の成果も上がっております。
例えば、国民生活に関する調査会では高齢社会対策基本法案というのを出しておりまして、成立に結び付いている。あるいは共生社会に関する調査会では、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法案いわゆるドメスティック・バイオレンスの防止法案ですけれども、これがやはり成立に結び付いていると、こういった成果を上げているわけでございます。
ですので、既にこういう独自の活動がなされているのであれば、それが一体どのような条件によって支えられているのかということを考えて、それを強化していくということが参議院の独自性を高めるための方法としてはよろしいんではないかというふうに私は思います。
さて、それでは一体、今行われているような特色のある活動を支えている条件はどういうものかということをちょっと考えてみたいと思います。
まず第一に、これは衆議院では必ずしも十分に代表されていないような様々な意見が参議院には反映されているということが申せると思います。
これはいろいろなことがありますけれども、仮にここで共生社会に関する調査会の場合を取り上げてみますと、もちろん男性議員が共生社会を論じていけないということはないのですけれども、この調査会のメンバーとしてかなり女性議員が活躍されておりまして、参議院に女性議員がかなり多いということがこうした活動を支えるということが言えると思います。
ちなみに、女性議員の比率でございますが、これは列国議会同盟が継続的に調査をしておりまして、その結果はインターネットで簡単に見ることができます。これ、今年の三月末現在という統計を見てみましたところ、衆議院の場合は女性議員比率が七・一%でございます。これは百二十九か国中の九十四位といういささか情けない数字なわけでございます。これに対して参議院の方は一五・四%でございまして、上院だけの順位というのはないんですけれども、これを仮に下院の順位に当てはめてみますと五十五位になります。
ですから、特別、特に女性議員の多い議院であるということは国際的には申し上げられませんけれども、まず世界標準の数ではないかと思います。ちなみに、アメリカよりは少し多いという数でございます。
女性に限らず、このように、衆議院では必ずしも十分に反映されていない国民の各層の意見が参議院では代表されているということが一つ大きな力になっているというふうに考えるわけでございます。
それから二番目の条件ですが、これは非党派的な、客観的な議論の存在ということでございます。
先ほど申し上げました調査会の活動では、中身を見ると、拝見すると分かりますけれども、必ずしも党利党略でない、大所高所からの議論がなされておりまして、こうしたことが立法上の成果につながっているんだろうと思います。
これ衆議院との比較でございますけれども、衆議院と申しますのは、飯尾参考人のお話にもございましたように、これは政権基盤となる議院でございますので、どうしても政府・与党対野党の議論というのが主流になる、これはある程度やむを得ないところだと思います。ただし、外国の議会の下院を見ますと、これは、仮に本会議がいわゆる党派対立的な、政府・与党対野党の論戦に終始しておりましても、ほかの場、例えば特別委員会などでは非党派的議論の場が確保されているという例がかなり多いわけです。
例えば、イギリス議会の下院、これは世界的にもかなり党派的な議論一色になっている議会だと言ってもいいんですけれども、ここでも主題別に特別委員会というものが置かれておりまして、そこでは党派を離れた、与党議員であっても政府の立場からは距離を置いた議論がなされている、こういうことがございます。ところが、衆議院では残念ながらそうした場がほとんどないわけでございます。こうした現状で、参議院で非党派的な客観的な議論をなされているということはもっと評価されてしかるべきことだろうと考えております。
次に、それでは、その二つの条件があるわけですけれども、こうした参議院の独自性を支えている条件を更にもうちょっと強めていくにはどうすればいいか、どういう改革をしていったらいいかということを考えてみたいと思います。
本日のテーマでございます選挙制度について、多様な意見を反映していくための選挙制度改革はどういうものがいいかということになります。そして、これにつきましては、従来の議論というのはどうしても参議院の場合は政党色を弱めて個人本位にした方がいいんだという話が多かったと思います。例えば、任命制にするとか、そこまで行かなくても、職能代表にするとか地域代表の性格を強めるとか、こうした話が今までの主流であったように思われます。
ただし、特に任命制のようなことになりますとそうなんですが、こうした改革というものはどうしてもその分、民主的正当性を弱める、国民と参議院との距離を遠くするという問題がございます。そうなった場合に、そういう議院が、ハウスの方の議院でございますけれども、これが立法府の一翼を担うということが果たしていいのかという問題が出てきまして、そこでどうも何か袋小路のようなところに入ってしまって、そこから先に進まない、うまいアイデアが出てこないということだったように思います。
これはある程度仕方がない面もございまして、政党というのは、これは現代の大衆政治におきましては要するに有権者と議員をつなぐ役割を果たしているわけでございまして、選挙をするとなりますと、どうしてもこれが前面に出てくるというのは必然と申し上げてもよろしいだろうと思います。ですので、これは公選制を維持している限りは、いろいろ工夫してみてもどうしても政党色が強まってしまう。このことはかつての全国区の体験などからも分かるところでございます。
そうしますと、むしろここでは政党色のある選挙制度でも仕方がない、政党色を肯定するというところから議論を進めてはいかがかと思います。
そのときに考えなくてはいけないのは衆議院のことなんですけれども、衆議院では現在、いわゆる政権選択を目指す選挙をするんだということで、なるべく完全な形での小選挙区制にした方がいいんじゃないかという議論が出ております。これ自体についてのいろいろな当否の問題はあると思いますけれども、仮に衆議院が小選挙区制に向かって動くということであるならば、参議院はこれと違う方向、すなわち全国規模かあるいはなるべく大きな選挙区単位での比例代表制、それも拘束名簿式がどうかというのが私の今の段階での一つの案でございます。
これはあるいはちょっと奇異な感じを持たれる方もいらっしゃるかもしれません。比例代表制というのは、もちろん政党本位ということになります。ただし、その場合は、例えば政党でないグループの名簿ですとか、一人で名簿を作るというようなことを認めるということで御理解いただきたいんですけれども、ですが、仮に衆議院が小選挙区制中心ということになりますと、比例代表制中心にすることはこれは明らかに衆議院と違う方向を目指すということにはなります。そして、比例代表制と申しますのは、小選挙区制と比べますと、これは明らかな特徴は小さい政党の候補者でも当選するということですけれども、それだけではなくて、例えば女性であるとか様々なマイノリティーにも有利な制度だと言われておりまして、これは統計的にもそういう結果が出ております。
これ、どうしてそうなるのかということですけれども、恐らくは、何人か並べた名簿を作るということになりますと、これは余り同質的な候補者を並べるのはどうかということで、少しバリエーションを持たせようという配慮が政党の側からも働くということがあろうかと思います。
それを考えますと、これも意外な感じを持たれるかもしれませんけれども、拘束名簿の方が非拘束名簿より良いのではないかということになります。非拘束名簿というのは、結局、選挙に強い方が上位当選するという制度ですので、これをやりますと衆議院の選挙に当選するのと同じような方が上に来るという可能性がある。この辺にも注意が必要ではないかと思います。
そこで、ちょっとここでクオータ制についてもお話をしておこうと思いますけれども、いわゆる女性を増やすためのクオータ制、これが最近フランスで半ば強制的なものが導入されまして、大変話題になりました。ここにも書いてありますけれども、二〇〇一年からいわゆるパリテというものなんですけれども導入されて、半強制的なクオータ制をやっております。
具体的に申し上げますと、二〇〇〇年の六月に法律ができまして、これは下院と地方議会では少々異なるんですけれども、下院の場合は男性か女性かいずれかの候補者が全候補の四九%を下回った場合には政党に対する公的な助成金を減額するという方法でございます。仮に一〇〇%男性ばかり擁立した政党は助成金を五〇%減額されるという、こういう制度になっております。
この導入の背景は、実はフランスと申しますのは意外に女性議員の少ない国でございまして、導入時には議会下院の女性議員比率が一〇・九%、これはEUの諸国の中では最下位グループでございます。こうしたことから、既に七〇年代からクオータ制の議論が行われてきました。
ただ、もちろんクオータ制というのは憲法に反するんではないか、選挙権、被選挙権というのは市民という資格だけに基づくべきだというような反対論がございまして、大激論がありました。既に一九八二年にいったんクオータ制を導入しようとしたのですが、違憲判決が出まして挫折しているという経緯がございます。このため、今回は一九九九年に憲法を改正しまして、法律は選挙によって選出される職への男女の均等なアクセスを促進するという条項を憲法に加えてしまいました。その上で、パリテを導入したということでございます。
さて、結果なんですけれども、これは地方議会は名簿式の投票なものですから非常に効果的で、ほぼ女性議員が倍増した結果になったんですけれども、下院の場合はこれ小選挙区制ということもございまして、結局、政党の側が助成金を減らされても男性中心の候補者を出してくるというようなことがございまして、二〇〇二年の選挙結果では女性比率が一二・三%、微増ということにとどまっております。
これに対して、女性の政治参加の先進国であります北欧でありますとかドイツの場合には、強制的なものではなくて各政党が自主的にクオータを実施しております。例えば、ドイツの連邦議会では女性議員の比率は三二・二%で、これは十一位でございます。
ただ、ちょっと注意しなければいけないのは、ドイツの場合、政府が何もしていないというわけではございませんで、一九九四年に憲法に当たる基本法を改正いたしまして、男性と女性は同権である、国は女性と男性の同権が現実に達成されることを促進し、現に存在する不利益の除去を目指すという条文が加えられております。こうした憲法規定が政党によるポジティブアクションを側面から支えていたという面があることは見逃せないだろうと思います。
次に参ります。
次に、審議における政党色を薄める工夫でございますが、これはたとえ選挙が政党本位で行われたとしても、院内の活動の政党色を薄めること、特に与党議員が政府からある程度距離を置いた議論をするということは決して不可能ではないと考えます。これ、方法については、既に歴代の参議院議長の下で参議院改革論が長年続いておりまして、この辺の議論が大変参考になるわけでございます。例えば、党議拘束の緩和であるとか審議方式の改革、公聴会の開催の重視でありますとか決算審査の重視とか、こういったものはやはり客観的で充実した議論を目指すという、そういう方法だろうと思います。
それから、大臣等を出さない慣行。これも、特に今は副大臣、政務次官制度が導入されておりまして、この制度は政府と与党の一体化を促進するものですから、こういうときに参議院がそれとは違うものを打ち出すということは非常に重要なのではないかというふうに考えます。
それからもう一つ、これは余り言われていないことをちょっと申し上げたいのですが、調査報告書を活用することによって非党派的な議論を促進するということでございます。
これは、先ほど申し上げました調査会の例でも、非党派的な議論が活発に行われているので、その成果として立派な報告書が出ているわけですけれども、これちょっと逆にいたしまして、報告書を出すことを義務付けることによって客観的な非党派的な議論を促進するという効果もあるのではないかというふうに私は考えております。
前回の小委員会で岩井参考人がフランスの報告書制度のことを御紹介なさったようですけれども、諸外国の議会においては委員会活動の結果として報告書を作るということが半ば常識になっております。これは調査委員会だけではなくて法案審査の委員会についてもそういうことが言えます。法案審査についても、これは党派対立ももちろんありますけれども、報告書を作るということになれば、やはり後からの批判に堪える客観的な分析が必要になります。そういうところから、修正案の提出の活発化といったような副次的な結果ももたらされるのではないかというふうに私は考えます。
このようなことをいろいろ申し上げましたけれども、こうした改革の実現可能性というのが一体どのぐらいあるのかということですけれども、これはなかなか難しいと思います。これは既に多くの参考人の方のお話にも出てまいりましたけれども、やはりその障害となるのが、結局、衆議院の総選挙で政権選択を実現し、その多数派に基礎を置く政府ができた。そして、政策を実行しようという場合に、参議院の独自性強化というものがそれと矛盾しないか、両立は可能かという、そういうところに落ち着くんだろうと思います。
もう時間もございませんのでこの点は詳しく申し上げませんけれども、私ももう少し参議院が身軽になって独自性を発揮された方がよろしいのではないかというふうに考えておりますことを申し上げて、発言を終わらせていただきます。
ありがとうございました。
この発言だけを見る →今回、事務局からお話をいただきましたときに、私からはジェンダー論と申しますか、女性の政治参加をいかに進めていくかという観点からお話を申し上げるようにということでございました。
実は私、そちらの方面の必ずしも専門家ではございませんので、ちょっと困惑したところもあるんですけれども、なるべく御要望に沿うお話をいたしたいと思います。
本日のテーマでございます参議院の選挙制度ということなんですけれども、やはり参議院の選挙制度を考えるときには、どうしてもこれは参議院をどうやって独自性を発揮させるかということがまずございまして、その独自性を発揮させるための選挙制度はどういうものがいいのかということに話の順番がなるのではないかと思います。
それで、参議院の独自性というのは一体何かということなんですけれども、私はいわゆるカーボンコピー論というのは取りませんで、実は参議院は現在も非常にいろんな意味で独自の審議をなさっているというふうに考えております。
特に注目すべきは、これは昭和六十一年から、御存じのとおり、三年ごとに三つずつ置かれております参議院の調査会の活動ではないかというふうに考えております。もっとこういう活動が注目されてよいと思います。
この調査会の活動ですけれども、これはかなりレベルの高い議論がなされておりまして、割にしっかりした調査報告書も出ておりますし、それから立法上の成果も上がっております。
例えば、国民生活に関する調査会では高齢社会対策基本法案というのを出しておりまして、成立に結び付いている。あるいは共生社会に関する調査会では、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法案いわゆるドメスティック・バイオレンスの防止法案ですけれども、これがやはり成立に結び付いていると、こういった成果を上げているわけでございます。
ですので、既にこういう独自の活動がなされているのであれば、それが一体どのような条件によって支えられているのかということを考えて、それを強化していくということが参議院の独自性を高めるための方法としてはよろしいんではないかというふうに私は思います。
さて、それでは一体、今行われているような特色のある活動を支えている条件はどういうものかということをちょっと考えてみたいと思います。
まず第一に、これは衆議院では必ずしも十分に代表されていないような様々な意見が参議院には反映されているということが申せると思います。
これはいろいろなことがありますけれども、仮にここで共生社会に関する調査会の場合を取り上げてみますと、もちろん男性議員が共生社会を論じていけないということはないのですけれども、この調査会のメンバーとしてかなり女性議員が活躍されておりまして、参議院に女性議員がかなり多いということがこうした活動を支えるということが言えると思います。
ちなみに、女性議員の比率でございますが、これは列国議会同盟が継続的に調査をしておりまして、その結果はインターネットで簡単に見ることができます。これ、今年の三月末現在という統計を見てみましたところ、衆議院の場合は女性議員比率が七・一%でございます。これは百二十九か国中の九十四位といういささか情けない数字なわけでございます。これに対して参議院の方は一五・四%でございまして、上院だけの順位というのはないんですけれども、これを仮に下院の順位に当てはめてみますと五十五位になります。
ですから、特別、特に女性議員の多い議院であるということは国際的には申し上げられませんけれども、まず世界標準の数ではないかと思います。ちなみに、アメリカよりは少し多いという数でございます。
女性に限らず、このように、衆議院では必ずしも十分に反映されていない国民の各層の意見が参議院では代表されているということが一つ大きな力になっているというふうに考えるわけでございます。
それから二番目の条件ですが、これは非党派的な、客観的な議論の存在ということでございます。
先ほど申し上げました調査会の活動では、中身を見ると、拝見すると分かりますけれども、必ずしも党利党略でない、大所高所からの議論がなされておりまして、こうしたことが立法上の成果につながっているんだろうと思います。
これ衆議院との比較でございますけれども、衆議院と申しますのは、飯尾参考人のお話にもございましたように、これは政権基盤となる議院でございますので、どうしても政府・与党対野党の議論というのが主流になる、これはある程度やむを得ないところだと思います。ただし、外国の議会の下院を見ますと、これは、仮に本会議がいわゆる党派対立的な、政府・与党対野党の論戦に終始しておりましても、ほかの場、例えば特別委員会などでは非党派的議論の場が確保されているという例がかなり多いわけです。
例えば、イギリス議会の下院、これは世界的にもかなり党派的な議論一色になっている議会だと言ってもいいんですけれども、ここでも主題別に特別委員会というものが置かれておりまして、そこでは党派を離れた、与党議員であっても政府の立場からは距離を置いた議論がなされている、こういうことがございます。ところが、衆議院では残念ながらそうした場がほとんどないわけでございます。こうした現状で、参議院で非党派的な客観的な議論をなされているということはもっと評価されてしかるべきことだろうと考えております。
次に、それでは、その二つの条件があるわけですけれども、こうした参議院の独自性を支えている条件を更にもうちょっと強めていくにはどうすればいいか、どういう改革をしていったらいいかということを考えてみたいと思います。
本日のテーマでございます選挙制度について、多様な意見を反映していくための選挙制度改革はどういうものがいいかということになります。そして、これにつきましては、従来の議論というのはどうしても参議院の場合は政党色を弱めて個人本位にした方がいいんだという話が多かったと思います。例えば、任命制にするとか、そこまで行かなくても、職能代表にするとか地域代表の性格を強めるとか、こうした話が今までの主流であったように思われます。
ただし、特に任命制のようなことになりますとそうなんですが、こうした改革というものはどうしてもその分、民主的正当性を弱める、国民と参議院との距離を遠くするという問題がございます。そうなった場合に、そういう議院が、ハウスの方の議院でございますけれども、これが立法府の一翼を担うということが果たしていいのかという問題が出てきまして、そこでどうも何か袋小路のようなところに入ってしまって、そこから先に進まない、うまいアイデアが出てこないということだったように思います。
これはある程度仕方がない面もございまして、政党というのは、これは現代の大衆政治におきましては要するに有権者と議員をつなぐ役割を果たしているわけでございまして、選挙をするとなりますと、どうしてもこれが前面に出てくるというのは必然と申し上げてもよろしいだろうと思います。ですので、これは公選制を維持している限りは、いろいろ工夫してみてもどうしても政党色が強まってしまう。このことはかつての全国区の体験などからも分かるところでございます。
そうしますと、むしろここでは政党色のある選挙制度でも仕方がない、政党色を肯定するというところから議論を進めてはいかがかと思います。
そのときに考えなくてはいけないのは衆議院のことなんですけれども、衆議院では現在、いわゆる政権選択を目指す選挙をするんだということで、なるべく完全な形での小選挙区制にした方がいいんじゃないかという議論が出ております。これ自体についてのいろいろな当否の問題はあると思いますけれども、仮に衆議院が小選挙区制に向かって動くということであるならば、参議院はこれと違う方向、すなわち全国規模かあるいはなるべく大きな選挙区単位での比例代表制、それも拘束名簿式がどうかというのが私の今の段階での一つの案でございます。
これはあるいはちょっと奇異な感じを持たれる方もいらっしゃるかもしれません。比例代表制というのは、もちろん政党本位ということになります。ただし、その場合は、例えば政党でないグループの名簿ですとか、一人で名簿を作るというようなことを認めるということで御理解いただきたいんですけれども、ですが、仮に衆議院が小選挙区制中心ということになりますと、比例代表制中心にすることはこれは明らかに衆議院と違う方向を目指すということにはなります。そして、比例代表制と申しますのは、小選挙区制と比べますと、これは明らかな特徴は小さい政党の候補者でも当選するということですけれども、それだけではなくて、例えば女性であるとか様々なマイノリティーにも有利な制度だと言われておりまして、これは統計的にもそういう結果が出ております。
これ、どうしてそうなるのかということですけれども、恐らくは、何人か並べた名簿を作るということになりますと、これは余り同質的な候補者を並べるのはどうかということで、少しバリエーションを持たせようという配慮が政党の側からも働くということがあろうかと思います。
それを考えますと、これも意外な感じを持たれるかもしれませんけれども、拘束名簿の方が非拘束名簿より良いのではないかということになります。非拘束名簿というのは、結局、選挙に強い方が上位当選するという制度ですので、これをやりますと衆議院の選挙に当選するのと同じような方が上に来るという可能性がある。この辺にも注意が必要ではないかと思います。
そこで、ちょっとここでクオータ制についてもお話をしておこうと思いますけれども、いわゆる女性を増やすためのクオータ制、これが最近フランスで半ば強制的なものが導入されまして、大変話題になりました。ここにも書いてありますけれども、二〇〇一年からいわゆるパリテというものなんですけれども導入されて、半強制的なクオータ制をやっております。
具体的に申し上げますと、二〇〇〇年の六月に法律ができまして、これは下院と地方議会では少々異なるんですけれども、下院の場合は男性か女性かいずれかの候補者が全候補の四九%を下回った場合には政党に対する公的な助成金を減額するという方法でございます。仮に一〇〇%男性ばかり擁立した政党は助成金を五〇%減額されるという、こういう制度になっております。
この導入の背景は、実はフランスと申しますのは意外に女性議員の少ない国でございまして、導入時には議会下院の女性議員比率が一〇・九%、これはEUの諸国の中では最下位グループでございます。こうしたことから、既に七〇年代からクオータ制の議論が行われてきました。
ただ、もちろんクオータ制というのは憲法に反するんではないか、選挙権、被選挙権というのは市民という資格だけに基づくべきだというような反対論がございまして、大激論がありました。既に一九八二年にいったんクオータ制を導入しようとしたのですが、違憲判決が出まして挫折しているという経緯がございます。このため、今回は一九九九年に憲法を改正しまして、法律は選挙によって選出される職への男女の均等なアクセスを促進するという条項を憲法に加えてしまいました。その上で、パリテを導入したということでございます。
さて、結果なんですけれども、これは地方議会は名簿式の投票なものですから非常に効果的で、ほぼ女性議員が倍増した結果になったんですけれども、下院の場合はこれ小選挙区制ということもございまして、結局、政党の側が助成金を減らされても男性中心の候補者を出してくるというようなことがございまして、二〇〇二年の選挙結果では女性比率が一二・三%、微増ということにとどまっております。
これに対して、女性の政治参加の先進国であります北欧でありますとかドイツの場合には、強制的なものではなくて各政党が自主的にクオータを実施しております。例えば、ドイツの連邦議会では女性議員の比率は三二・二%で、これは十一位でございます。
ただ、ちょっと注意しなければいけないのは、ドイツの場合、政府が何もしていないというわけではございませんで、一九九四年に憲法に当たる基本法を改正いたしまして、男性と女性は同権である、国は女性と男性の同権が現実に達成されることを促進し、現に存在する不利益の除去を目指すという条文が加えられております。こうした憲法規定が政党によるポジティブアクションを側面から支えていたという面があることは見逃せないだろうと思います。
次に参ります。
次に、審議における政党色を薄める工夫でございますが、これはたとえ選挙が政党本位で行われたとしても、院内の活動の政党色を薄めること、特に与党議員が政府からある程度距離を置いた議論をするということは決して不可能ではないと考えます。これ、方法については、既に歴代の参議院議長の下で参議院改革論が長年続いておりまして、この辺の議論が大変参考になるわけでございます。例えば、党議拘束の緩和であるとか審議方式の改革、公聴会の開催の重視でありますとか決算審査の重視とか、こういったものはやはり客観的で充実した議論を目指すという、そういう方法だろうと思います。
それから、大臣等を出さない慣行。これも、特に今は副大臣、政務次官制度が導入されておりまして、この制度は政府と与党の一体化を促進するものですから、こういうときに参議院がそれとは違うものを打ち出すということは非常に重要なのではないかというふうに考えます。
それからもう一つ、これは余り言われていないことをちょっと申し上げたいのですが、調査報告書を活用することによって非党派的な議論を促進するということでございます。
これは、先ほど申し上げました調査会の例でも、非党派的な議論が活発に行われているので、その成果として立派な報告書が出ているわけですけれども、これちょっと逆にいたしまして、報告書を出すことを義務付けることによって客観的な非党派的な議論を促進するという効果もあるのではないかというふうに私は考えております。
前回の小委員会で岩井参考人がフランスの報告書制度のことを御紹介なさったようですけれども、諸外国の議会においては委員会活動の結果として報告書を作るということが半ば常識になっております。これは調査委員会だけではなくて法案審査の委員会についてもそういうことが言えます。法案審査についても、これは党派対立ももちろんありますけれども、報告書を作るということになれば、やはり後からの批判に堪える客観的な分析が必要になります。そういうところから、修正案の提出の活発化といったような副次的な結果ももたらされるのではないかというふうに私は考えます。
このようなことをいろいろ申し上げましたけれども、こうした改革の実現可能性というのが一体どのぐらいあるのかということですけれども、これはなかなか難しいと思います。これは既に多くの参考人の方のお話にも出てまいりましたけれども、やはりその障害となるのが、結局、衆議院の総選挙で政権選択を実現し、その多数派に基礎を置く政府ができた。そして、政策を実行しようという場合に、参議院の独自性強化というものがそれと矛盾しないか、両立は可能かという、そういうところに落ち着くんだろうと思います。
もう時間もございませんのでこの点は詳しく申し上げませんけれども、私ももう少し参議院が身軽になって独自性を発揮された方がよろしいのではないかというふうに考えておりますことを申し上げて、発言を終わらせていただきます。
ありがとうございました。
保
金
金指正雄#6
○参考人(金指正雄君) 金指と申します。今日はお招きいただきましてありがとうございます。
三番目ということになりますと、大体、大方論点は出尽くして、私があえてしゃべることも余りなさそうな感じがいたしますが、私は一応新聞社、元新聞記者を、政治記者をやっておったという肩書で出ていますので、若干、少し、何といいますかな、角度を変えてお話をして、御参考になればと存じます。
私が政治記者をやって、六年前に新聞社辞めて、今大学の教師をやっていますけれども、なかなか参議院は面白かったですね。時代でいいますと七〇年代の初め、六〇年代の後半から七〇年代にかけてちょうど参議院は重宗王国が崩れていって河野議長が誕生するという、何といいますか、ある種の沸騰点にあったような時期で、そのころでしょうね、カーボンコピーなんという言葉も出てきたのは。大体七〇年代前後ですね。
それはどういうことかというと、一つは、当時は佐藤内閣でして、非常に政権基盤は安定しておりましたし、衆議院に出す法案は大体参議院でも通ると。したがって、何といいますか、衆議院と同じようなスタイルで議論が進むというふうなことが一つの側面だったと思いますし、もう一つは、佐藤内閣のときは、御承知だと思いますけれども、非常に対決法案といいますか、つまり池田内閣、その前の池田内閣で積み残した割合政治性の高い法案をごっそり抱え込みまして、そうするとそれを無理に通しますから、いわゆる強行採決というようなことをするわけですね、それがもう連日ありまして。それが、言わば政界用語で言う荷崩れ状態のものが参議院に来るわけですから、これもまた会期制を取っていますから、とにかく通さにゃいかぬということで、参議院でも強行採決をするということで、つまり衆議院と同じような腕力というんですかね、そういう世界に参議院もなってきたと。
つまり、良識の府とか、衆議院と参議院の区別は、衆議院は権力の府というんですかね、先ほど来出ています政権を創出する、作り出すという正に権力そのものを作っていくわけですから権力の府。それに対して、別なタームで言えば、参議院は権威の府というんですかね、力じゃなくてもっと別なもので国政の一つの主人公であるという、権威の府というんですかね、そういうふうに私は考えておるんです。そこのところが崩れるというか問われ始めた、問われたという状況でしたね。
ただ、なかなか面白かったと申しますのは、非常に政治的に過熱していますから、これはやっぱり面白いですね、面白い。議会の中が何だかがたがたがたがたやっていれば、世の中の関心も集まってきますから。つまり、議会というのは世の中に支えられて初めて議会なわけで、世の中の関心をいかに集めるかという。これはいろんな集め方の方法があるわけですけれども、そういう意味で、非常に衆議院と並んで参議院というものに対する関心も高かったように思います。
その一種の、そういう意味でのハイライトが、重宗王国から河野議長誕生のちょうどそのストーリーといいますかね、そういうことだったと思います。
じゃ、参議院は衆議院並みの権力闘争の府になったのかというと、そういう側面も今申しましたようにありましたけれども、同時に、私なんかの印象では、なかなか勉強をしている議員さん方が多くて聞きごたえのある論議もありましたですね。よく言われていますように、経済問題ですと木村禧八郎さんとか、あるいは国際外交問題ですと羽生三七さんとか、あるいは女性問題ですと、あるいは選挙の問題ですと市川房枝さんとか、論客がおりましたし。
それから、私なんかが非常に、当時は沖縄問題が最大のテーマでして、沖縄返還、これは沖縄問題の最後の何といいますか核心、核心部分というのはどういう形で沖縄が日本に返ってくるかと。つまり、沖縄は御承知のように今でもそうですけれども、基地があるわけですけれども、基地の町ですけれども、島ですけれども、なるべくならば基地を減らしていく、とりわけ当時は核兵器が置かれていたわけですね。それから、沖縄基地を米軍の勝手に使われるんじゃやっぱり国際紛争に日本は巻き込まれるんじゃないかという議論が野党にも強かった。そこで、どういう形で沖縄が返ってくるのかと、そこが、しておった。与野党の質問もあるいは我々マスコミの関心もその一点にあったわけですな。
ところが、当時の総理の佐藤さんは白紙という言葉を繰り返してなかなか手のうちを見せない。相手の交渉がありますからね。それはやむを得ないところがあるわけですよ。ところが、この白紙の固い扉をこじ開けたのが参議院の予算委員会で前川旦という方が質問をして、それで珍しく佐藤さん、口が堅い佐藤さんが核抜き本土並みだということを明言して大騒ぎになったんですよ。つまり、やっぱり質問の仕方、質疑の在り方、それからそれにふさわしい論客といいますかね、議員さん方、こういうものがそろっていますと、非常に議会というのは活性化をして、世の中の注目を浴び、やっぱりその存在理由が高く評価されるというようなことを非常に私は感じまして、やっぱり参議院というのは非常に、いろいろ言われるけれども、私はいい制度だなということを非常に感じたことを思っております。
それからもう一つ、これはちょっと今の議論と、この本来のテーマとちょっと違うかもしれませんけれども、参議院というのは一種の先行指標なんですね。政治の流れといいますか、世の中の流れを先取りする、そういうところがあるんですね。参議院選挙がありますとそれが出てくる。
例えば、佐藤内閣が、最後になりますと、選挙は一応勝ちますけれども、大都市で票を減らしているわけですね。いわゆる多党化現象といいますか、野党の中の細分化、あるいは政党離れ、もうそのころから一種の政党支持なし層という問題が出ていまして、それは都会で多いわけですけれども、その部分が選挙になりますと参議院の選挙に非常にまず現れる。あるいは前後して行われる地方選挙に現れる。衆議院というのは最後にその結果が現れるんですね。そういう意味で非常に注目していますと面白いんですね。
これはどうしてかって、これはいろいろな考え方がありますけれども、一つは、先ほどちょっと出ていました全国区という制度が、これが割合少数意見というものを反映する部分がある。それから、参議院の場合はもう一つ、二票制なんですな。これは一票を投票するか二票、有権者が二票を持って投票するかというのはこれ全然違うわけですね。それは今の、この間の衆議院選挙でもそうですし、その衆議院選挙も過去三回、今から三回ぐらいさかのぼると二票制になっていますけれども、二票制であるということは極端に、いろんな選挙民は使い方をするわけでしょうけれども、同じ政党に入れるという人もあるでしょうけれども、ある政党に、ファンの政党に入れるけれども、しかしこれは余り悪さしちゃいかぬからこっちでバランス取ろうというようなこともありますし、これなかなか微妙なんですよ。ですから、今でも比例代表と、要するにあれですよ、小選挙区、衆議院の場合ですね、票差が相当ありますよ。
つまり、有権者が二票制ということは主人公になるんですな。政党によって引きずられないで、おれたちがやっぱり政党を選ぶんだよと。今の大学と同じなんですな。教師が昔のように威張っていたんじゃ駄目なんで、今は学生が少ないですから、学生に評判のいい授業じゃなきゃ学生が集まってこないんですよ。今の時代も、政治の世界もそのようなことに私はなってきていると思うんですね。
そういう意味で、この二票制という辺りが一つ先行指標になる理由かな、これはよく分かりません。もっといろいろ研究されたら面白いと思いますけれども。
ということで、私はなかなか参議院選挙、あるいはそれぞれの院で成り立っていますが、参議院というのは非常にユニークな面白い制度だと思いますね。これまで、学者の方もいろいろこれまでの委員会でも速記録なんかを拝見しますと出ておりますけれども、やっぱり二院制というのはそれぞれの国の成り立ちによって違うんですね。身分制議会から来たものがあれば、アメリカとかドイツみたく連邦主義の国から、どうしても昔の州の意見を尊重しなきゃいかぬというような。つまり、アメリカのように地元が最初あって、カウンティーと、それからその次に州ができて、最後にワシントンにじゃ集まりましょうやという国の成り立ち方と、日本のように初めから何やら国らしいものといいますかな、お上があって、だんだん最後に国民が出てくるというそういう組立て方と、国によって全然違うわけですね、歴史背景も違いますし。
ですから、二院制といっても違いますし、いわんや選挙制度なんというのは正にその象徴みたいなものでありまして、ですから、最後に選挙の話もしなきゃいかぬわけでしょうけれども、余り選挙制度にお荷物を掛けても僕は余りしようがないんじゃないかという感じが、長い間の政治記者の、気もしますね。つまり、制度をいじくっても、政党の力といいますか、政治の力の方がそれを超えていくんですよ、常に。全国区のそもそもは、やっぱり一つの理念があったわけですね、理想があったわけです。ですけれども、それが二十二年の最初の選挙は良かったけれども、もう次の選挙ぐらいから変わり始めているわけですね、参議院について言えば。じゃ、今度、比例代表やるかというと、これもなかなかまた問題も起きてくるということで、私はどうも、二院制自身は非常に評価していいと思うんですけれども、そのためには一院と二院の区別をしなきゃならぬということに議論はなっていくわけですけれども、せっかく二院制、それぞれ国の事情によって違うわけですが、私は参議院の、しかも全国民を代表する、選挙された議員で組織するという日本の国会、衆参両院でできている、つまり公選制に基づく両議院の存在というのは、これは大変に大事なことだと思うんですね。
やっぱり、先ほど申しましたように、国民あっての議会ですし、国民あっての政治だというふうに私は考えるわけでありまして、そういう意味からしますと、参議院の存在というのは誠によろしいんじゃないかと、先ほど来のこともありますし。
それから、やっぱり日本人というのはどうも、何でも、何といいましょうか、一つだけじゃ何となく不安なところがあるんですね。やっぱり落ち着きが悪いわけですな。やっぱり左大臣、右大臣があって収まるとか、おひな様じゃありませんけれども。やっぱりサッカーなんかでも前半四十五分、後半四十五分、これでようやく観衆は納得するわけですな。同じこと。ですから、二院制というものの意味合いというのは、いろいろ理屈付け、先ほど私も、権力の府であり、片っ方は権威の府であるというというふうに一応分けてみましたけれども、二つあることだけである意味じゃ意味があると、そのぐらいラフに考えて、問題はその中身であって、どこをどういうふうにそれを運用して、あるいは審議のありようをするかとか、そういういい意味での相違点をどうするかというところに尽きていると思うんですね。そのための一つの方法が選挙制度であり、もう一つが議会運営、審議の方法を含めたやり方だと思うんですね。
で、その場合が、そこにメモで字を書いておきましたけれども、三番と四番といいますか、役割と議会運営ですね。大ざっぱに言えば、片っ方は、衆議院の方は権力密着型ですから、政権を作っていくと。そいつを参議院は言えば冷ややかな目で眺めていくという。ただ、先ほど来出ています政党政治ですからなかなかきれいにいきませんけれども、少なくとも基本的な考え方、ありようというのはそういうところでいいと思うんですね。
それから、私は前にも斎藤議長のときに諮問会議にメンバーで入っておったわけですけれども、そのときに参議院の位置付けというのを、再考の府、再び考えるというんですかね、一遍こう衆議院でばあっとやったけれども、やっぱりちょっと熱に浮かされてやったかななんというところで、もう一度立ち止まって考えてみる、そういうところに参議院の一つの役割があるんだろうということで再考の府という位置付けをしたんですけれども。
その場合は、一つは、切り口といいますか、角度といいますか、例えばこれはいろんなあるんですけれども、国益ということで物事を考えていく、これは特に権力の府である衆議院ではそういうことでありますが、参議院の場合は、国益ということを踏まえつつも、同時に、社会益というんですかね、あるいは人類益というんですか、地球益というんですか、そういうレベルまで引き付け考えていく。それが少し長期的に参議院は議論をする。だから任期も長いわけですね。衆議院の場合はどうしても当面のハンドリングに追われますから、どうしても現実処理にアクセントを置いている。そういう視点の違いもあってもいいし、これはいろいろあるわけですね。
それから、時間と書きましたのは、政治やっていますと、皆さん方は御専門ですけれども、だからお分かりでしょうが、時間の要素というのは非常に多いんですね。今日駄目でもあしたは変わっちゃうんですよ。いい話が、民主党の党首が昨日と今日で替わるようなもので、そうすると全然この対応の仕方が変わってくるわけですね。ですから、参議院というのは幸いなことで、大体衆議院でやったやつが参議院で受けてやる、参議院先議もありますけれども、そういう時間差の中で起きる変化とか、そういったものを十分かみ入れる、あるいは任期の六年ということを十分使って、違った視点から物差しを当てていくと別な見えなかったものが見えてくるという部分があって、そこがやっぱり参議院の値打ちじゃないかというふうに私は思うわけです。
要するに、時間が参りましたので、言いますと、やっぱり私は、この間の衆議院の選挙制度のときも衆議院に呼ばれて行ったんですけれども、余り選挙制度ばかりいじってもしようがないんじゃないかと。それが何か玉手箱で、開ければ翌日から世の中の風景が変わるなんて、それほど期待しても違うんじゃないですかというふうなことを言って。現に三回小選挙区やっていますけれども、代議士なんかに聞くと、いや、もうますますどぶ板選挙になりましたよなんと言ってこぼす人が多いんですが。やっぱり余り過大なことを制度論でやりますと、人間の知恵というのはまた進んでいますからね、次の知恵で制度を超える部分が出てくるわけで、そういう意味ではむしろ、最近のお相撲じゃありませんけれども、土俵の充実というんですかね、つまり、議会に我々が託しているのはやっぱり十分な審議、決まったことがなるほどこういうプロセスで決まったのか、まあしようがないなというその部分だと思うんですね。
ですから、せっかく国会議員という栄誉の皆さんおられるわけで、大いに審議を、しかも、先ほどちょっと言いました、衆議院とは違った形で審議方法を取り入れたりして、参議院というものを存在意義を高めていただきたいというのが、生意気なようですけれども結論ですね。
それで、政党化というのは、これはもうやむを得ないんですよ。日本は政党というと何となくうさん臭いように伝統的に思うけれども、このうさん臭いものがやっぱり議会を作って我々に代わってやっているわけですから、うさん臭くしない努力、そのためにはいろんな方法がありますけれども、やっぱり参議院の議論を見ていて、やっぱりいい先生いるじゃないか、一票今度入れてやろうかというふうな感じで、土俵の充実と、しかられますけれども、議会の充実を衆議院ができないんなら参議院やればいいわけで、そういうようなことをお願いしたいなと。
何かいきなり選挙制度を変える、あるいはそのために憲法を変えるという、三段跳びにちょっと行き過ぎるんじゃないかなという感じが私はいたします。
終わります。
この発言だけを見る →三番目ということになりますと、大体、大方論点は出尽くして、私があえてしゃべることも余りなさそうな感じがいたしますが、私は一応新聞社、元新聞記者を、政治記者をやっておったという肩書で出ていますので、若干、少し、何といいますかな、角度を変えてお話をして、御参考になればと存じます。
私が政治記者をやって、六年前に新聞社辞めて、今大学の教師をやっていますけれども、なかなか参議院は面白かったですね。時代でいいますと七〇年代の初め、六〇年代の後半から七〇年代にかけてちょうど参議院は重宗王国が崩れていって河野議長が誕生するという、何といいますか、ある種の沸騰点にあったような時期で、そのころでしょうね、カーボンコピーなんという言葉も出てきたのは。大体七〇年代前後ですね。
それはどういうことかというと、一つは、当時は佐藤内閣でして、非常に政権基盤は安定しておりましたし、衆議院に出す法案は大体参議院でも通ると。したがって、何といいますか、衆議院と同じようなスタイルで議論が進むというふうなことが一つの側面だったと思いますし、もう一つは、佐藤内閣のときは、御承知だと思いますけれども、非常に対決法案といいますか、つまり池田内閣、その前の池田内閣で積み残した割合政治性の高い法案をごっそり抱え込みまして、そうするとそれを無理に通しますから、いわゆる強行採決というようなことをするわけですね、それがもう連日ありまして。それが、言わば政界用語で言う荷崩れ状態のものが参議院に来るわけですから、これもまた会期制を取っていますから、とにかく通さにゃいかぬということで、参議院でも強行採決をするということで、つまり衆議院と同じような腕力というんですかね、そういう世界に参議院もなってきたと。
つまり、良識の府とか、衆議院と参議院の区別は、衆議院は権力の府というんですかね、先ほど来出ています政権を創出する、作り出すという正に権力そのものを作っていくわけですから権力の府。それに対して、別なタームで言えば、参議院は権威の府というんですかね、力じゃなくてもっと別なもので国政の一つの主人公であるという、権威の府というんですかね、そういうふうに私は考えておるんです。そこのところが崩れるというか問われ始めた、問われたという状況でしたね。
ただ、なかなか面白かったと申しますのは、非常に政治的に過熱していますから、これはやっぱり面白いですね、面白い。議会の中が何だかがたがたがたがたやっていれば、世の中の関心も集まってきますから。つまり、議会というのは世の中に支えられて初めて議会なわけで、世の中の関心をいかに集めるかという。これはいろんな集め方の方法があるわけですけれども、そういう意味で、非常に衆議院と並んで参議院というものに対する関心も高かったように思います。
その一種の、そういう意味でのハイライトが、重宗王国から河野議長誕生のちょうどそのストーリーといいますかね、そういうことだったと思います。
じゃ、参議院は衆議院並みの権力闘争の府になったのかというと、そういう側面も今申しましたようにありましたけれども、同時に、私なんかの印象では、なかなか勉強をしている議員さん方が多くて聞きごたえのある論議もありましたですね。よく言われていますように、経済問題ですと木村禧八郎さんとか、あるいは国際外交問題ですと羽生三七さんとか、あるいは女性問題ですと、あるいは選挙の問題ですと市川房枝さんとか、論客がおりましたし。
それから、私なんかが非常に、当時は沖縄問題が最大のテーマでして、沖縄返還、これは沖縄問題の最後の何といいますか核心、核心部分というのはどういう形で沖縄が日本に返ってくるかと。つまり、沖縄は御承知のように今でもそうですけれども、基地があるわけですけれども、基地の町ですけれども、島ですけれども、なるべくならば基地を減らしていく、とりわけ当時は核兵器が置かれていたわけですね。それから、沖縄基地を米軍の勝手に使われるんじゃやっぱり国際紛争に日本は巻き込まれるんじゃないかという議論が野党にも強かった。そこで、どういう形で沖縄が返ってくるのかと、そこが、しておった。与野党の質問もあるいは我々マスコミの関心もその一点にあったわけですな。
ところが、当時の総理の佐藤さんは白紙という言葉を繰り返してなかなか手のうちを見せない。相手の交渉がありますからね。それはやむを得ないところがあるわけですよ。ところが、この白紙の固い扉をこじ開けたのが参議院の予算委員会で前川旦という方が質問をして、それで珍しく佐藤さん、口が堅い佐藤さんが核抜き本土並みだということを明言して大騒ぎになったんですよ。つまり、やっぱり質問の仕方、質疑の在り方、それからそれにふさわしい論客といいますかね、議員さん方、こういうものがそろっていますと、非常に議会というのは活性化をして、世の中の注目を浴び、やっぱりその存在理由が高く評価されるというようなことを非常に私は感じまして、やっぱり参議院というのは非常に、いろいろ言われるけれども、私はいい制度だなということを非常に感じたことを思っております。
それからもう一つ、これはちょっと今の議論と、この本来のテーマとちょっと違うかもしれませんけれども、参議院というのは一種の先行指標なんですね。政治の流れといいますか、世の中の流れを先取りする、そういうところがあるんですね。参議院選挙がありますとそれが出てくる。
例えば、佐藤内閣が、最後になりますと、選挙は一応勝ちますけれども、大都市で票を減らしているわけですね。いわゆる多党化現象といいますか、野党の中の細分化、あるいは政党離れ、もうそのころから一種の政党支持なし層という問題が出ていまして、それは都会で多いわけですけれども、その部分が選挙になりますと参議院の選挙に非常にまず現れる。あるいは前後して行われる地方選挙に現れる。衆議院というのは最後にその結果が現れるんですね。そういう意味で非常に注目していますと面白いんですね。
これはどうしてかって、これはいろいろな考え方がありますけれども、一つは、先ほどちょっと出ていました全国区という制度が、これが割合少数意見というものを反映する部分がある。それから、参議院の場合はもう一つ、二票制なんですな。これは一票を投票するか二票、有権者が二票を持って投票するかというのはこれ全然違うわけですね。それは今の、この間の衆議院選挙でもそうですし、その衆議院選挙も過去三回、今から三回ぐらいさかのぼると二票制になっていますけれども、二票制であるということは極端に、いろんな選挙民は使い方をするわけでしょうけれども、同じ政党に入れるという人もあるでしょうけれども、ある政党に、ファンの政党に入れるけれども、しかしこれは余り悪さしちゃいかぬからこっちでバランス取ろうというようなこともありますし、これなかなか微妙なんですよ。ですから、今でも比例代表と、要するにあれですよ、小選挙区、衆議院の場合ですね、票差が相当ありますよ。
つまり、有権者が二票制ということは主人公になるんですな。政党によって引きずられないで、おれたちがやっぱり政党を選ぶんだよと。今の大学と同じなんですな。教師が昔のように威張っていたんじゃ駄目なんで、今は学生が少ないですから、学生に評判のいい授業じゃなきゃ学生が集まってこないんですよ。今の時代も、政治の世界もそのようなことに私はなってきていると思うんですね。
そういう意味で、この二票制という辺りが一つ先行指標になる理由かな、これはよく分かりません。もっといろいろ研究されたら面白いと思いますけれども。
ということで、私はなかなか参議院選挙、あるいはそれぞれの院で成り立っていますが、参議院というのは非常にユニークな面白い制度だと思いますね。これまで、学者の方もいろいろこれまでの委員会でも速記録なんかを拝見しますと出ておりますけれども、やっぱり二院制というのはそれぞれの国の成り立ちによって違うんですね。身分制議会から来たものがあれば、アメリカとかドイツみたく連邦主義の国から、どうしても昔の州の意見を尊重しなきゃいかぬというような。つまり、アメリカのように地元が最初あって、カウンティーと、それからその次に州ができて、最後にワシントンにじゃ集まりましょうやという国の成り立ち方と、日本のように初めから何やら国らしいものといいますかな、お上があって、だんだん最後に国民が出てくるというそういう組立て方と、国によって全然違うわけですね、歴史背景も違いますし。
ですから、二院制といっても違いますし、いわんや選挙制度なんというのは正にその象徴みたいなものでありまして、ですから、最後に選挙の話もしなきゃいかぬわけでしょうけれども、余り選挙制度にお荷物を掛けても僕は余りしようがないんじゃないかという感じが、長い間の政治記者の、気もしますね。つまり、制度をいじくっても、政党の力といいますか、政治の力の方がそれを超えていくんですよ、常に。全国区のそもそもは、やっぱり一つの理念があったわけですね、理想があったわけです。ですけれども、それが二十二年の最初の選挙は良かったけれども、もう次の選挙ぐらいから変わり始めているわけですね、参議院について言えば。じゃ、今度、比例代表やるかというと、これもなかなかまた問題も起きてくるということで、私はどうも、二院制自身は非常に評価していいと思うんですけれども、そのためには一院と二院の区別をしなきゃならぬということに議論はなっていくわけですけれども、せっかく二院制、それぞれ国の事情によって違うわけですが、私は参議院の、しかも全国民を代表する、選挙された議員で組織するという日本の国会、衆参両院でできている、つまり公選制に基づく両議院の存在というのは、これは大変に大事なことだと思うんですね。
やっぱり、先ほど申しましたように、国民あっての議会ですし、国民あっての政治だというふうに私は考えるわけでありまして、そういう意味からしますと、参議院の存在というのは誠によろしいんじゃないかと、先ほど来のこともありますし。
それから、やっぱり日本人というのはどうも、何でも、何といいましょうか、一つだけじゃ何となく不安なところがあるんですね。やっぱり落ち着きが悪いわけですな。やっぱり左大臣、右大臣があって収まるとか、おひな様じゃありませんけれども。やっぱりサッカーなんかでも前半四十五分、後半四十五分、これでようやく観衆は納得するわけですな。同じこと。ですから、二院制というものの意味合いというのは、いろいろ理屈付け、先ほど私も、権力の府であり、片っ方は権威の府であるというというふうに一応分けてみましたけれども、二つあることだけである意味じゃ意味があると、そのぐらいラフに考えて、問題はその中身であって、どこをどういうふうにそれを運用して、あるいは審議のありようをするかとか、そういういい意味での相違点をどうするかというところに尽きていると思うんですね。そのための一つの方法が選挙制度であり、もう一つが議会運営、審議の方法を含めたやり方だと思うんですね。
で、その場合が、そこにメモで字を書いておきましたけれども、三番と四番といいますか、役割と議会運営ですね。大ざっぱに言えば、片っ方は、衆議院の方は権力密着型ですから、政権を作っていくと。そいつを参議院は言えば冷ややかな目で眺めていくという。ただ、先ほど来出ています政党政治ですからなかなかきれいにいきませんけれども、少なくとも基本的な考え方、ありようというのはそういうところでいいと思うんですね。
それから、私は前にも斎藤議長のときに諮問会議にメンバーで入っておったわけですけれども、そのときに参議院の位置付けというのを、再考の府、再び考えるというんですかね、一遍こう衆議院でばあっとやったけれども、やっぱりちょっと熱に浮かされてやったかななんというところで、もう一度立ち止まって考えてみる、そういうところに参議院の一つの役割があるんだろうということで再考の府という位置付けをしたんですけれども。
その場合は、一つは、切り口といいますか、角度といいますか、例えばこれはいろんなあるんですけれども、国益ということで物事を考えていく、これは特に権力の府である衆議院ではそういうことでありますが、参議院の場合は、国益ということを踏まえつつも、同時に、社会益というんですかね、あるいは人類益というんですか、地球益というんですか、そういうレベルまで引き付け考えていく。それが少し長期的に参議院は議論をする。だから任期も長いわけですね。衆議院の場合はどうしても当面のハンドリングに追われますから、どうしても現実処理にアクセントを置いている。そういう視点の違いもあってもいいし、これはいろいろあるわけですね。
それから、時間と書きましたのは、政治やっていますと、皆さん方は御専門ですけれども、だからお分かりでしょうが、時間の要素というのは非常に多いんですね。今日駄目でもあしたは変わっちゃうんですよ。いい話が、民主党の党首が昨日と今日で替わるようなもので、そうすると全然この対応の仕方が変わってくるわけですね。ですから、参議院というのは幸いなことで、大体衆議院でやったやつが参議院で受けてやる、参議院先議もありますけれども、そういう時間差の中で起きる変化とか、そういったものを十分かみ入れる、あるいは任期の六年ということを十分使って、違った視点から物差しを当てていくと別な見えなかったものが見えてくるという部分があって、そこがやっぱり参議院の値打ちじゃないかというふうに私は思うわけです。
要するに、時間が参りましたので、言いますと、やっぱり私は、この間の衆議院の選挙制度のときも衆議院に呼ばれて行ったんですけれども、余り選挙制度ばかりいじってもしようがないんじゃないかと。それが何か玉手箱で、開ければ翌日から世の中の風景が変わるなんて、それほど期待しても違うんじゃないですかというふうなことを言って。現に三回小選挙区やっていますけれども、代議士なんかに聞くと、いや、もうますますどぶ板選挙になりましたよなんと言ってこぼす人が多いんですが。やっぱり余り過大なことを制度論でやりますと、人間の知恵というのはまた進んでいますからね、次の知恵で制度を超える部分が出てくるわけで、そういう意味ではむしろ、最近のお相撲じゃありませんけれども、土俵の充実というんですかね、つまり、議会に我々が託しているのはやっぱり十分な審議、決まったことがなるほどこういうプロセスで決まったのか、まあしようがないなというその部分だと思うんですね。
ですから、せっかく国会議員という栄誉の皆さんおられるわけで、大いに審議を、しかも、先ほどちょっと言いました、衆議院とは違った形で審議方法を取り入れたりして、参議院というものを存在意義を高めていただきたいというのが、生意気なようですけれども結論ですね。
それで、政党化というのは、これはもうやむを得ないんですよ。日本は政党というと何となくうさん臭いように伝統的に思うけれども、このうさん臭いものがやっぱり議会を作って我々に代わってやっているわけですから、うさん臭くしない努力、そのためにはいろんな方法がありますけれども、やっぱり参議院の議論を見ていて、やっぱりいい先生いるじゃないか、一票今度入れてやろうかというふうな感じで、土俵の充実と、しかられますけれども、議会の充実を衆議院ができないんなら参議院やればいいわけで、そういうようなことをお願いしたいなと。
何かいきなり選挙制度を変える、あるいはそのために憲法を変えるという、三段跳びにちょっと行き過ぎるんじゃないかなという感じが私はいたします。
終わります。
保
保坂三蔵#7
○小委員長(保坂三蔵君) 金指先生、ありがとうございました。
以上で参考人の意見陳述を終了いたしました。
これより参考人に対する質疑に入ります。
質疑のある方は順次御発言を願います。
なお、質疑の際は、最初にどなたに対する質問かをお述べください。また、時間が限られておりますので、恐れ入りますが、質疑、御答弁とも簡潔に願いたいと存じます。
岩井國臣君。
この発言だけを見る →以上で参考人の意見陳述を終了いたしました。
これより参考人に対する質疑に入ります。
質疑のある方は順次御発言を願います。
なお、質疑の際は、最初にどなたに対する質問かをお述べください。また、時間が限られておりますので、恐れ入りますが、質疑、御答弁とも簡潔に願いたいと存じます。
岩井國臣君。
岩
岩井國臣#8
○岩井國臣君 今日はお三人の参考人には大変貴重な御意見を賜りまして、誠にありがとうございました。大変参考になりました。
まず最初に、大山礼子参考人にお聞きしたいと思います。
先ほどは多様な意見の反映ということを言われましたけれども、これからの我が国はますます多様な社会になっていくのだろうと思います。とすれば、論理的に、今後我が国は、できればというような程度ではなくて、絶対的に二院制でなければならないのではないかなと、こう思ったりするわけでございますけれども、その辺はいかがでしょうか。論理的に見て二院制の方がいい、でなければならないというふうなところまでお考えでしょうか、できればという程度でしょうか、その辺含めて、お考えをお聞かせいただきたいと思います。
この発言だけを見る →まず最初に、大山礼子参考人にお聞きしたいと思います。
先ほどは多様な意見の反映ということを言われましたけれども、これからの我が国はますます多様な社会になっていくのだろうと思います。とすれば、論理的に、今後我が国は、できればというような程度ではなくて、絶対的に二院制でなければならないのではないかなと、こう思ったりするわけでございますけれども、その辺はいかがでしょうか。論理的に見て二院制の方がいい、でなければならないというふうなところまでお考えでしょうか、できればという程度でしょうか、その辺含めて、お考えをお聞かせいただきたいと思います。
大
大山礼子#9
○参考人(大山礼子君) なかなか難しい御質問なんですけれども、私は、二院制というのは元々発生的にはそれこそ貴族院というようなこともありまして、今の時代に二院制がそのままあるべきだということは自明ではないと思います。
ただし、私も二院制の方がいいと思っていますけれども、要は、第二院がどういうふうな形で第一院と違う独自の意見の、多様な意見の反映であるとか、それから審議の独自性であるとか、こういうものをどうやって発揮するかというところが正に重要なので、そこがなくて、ともかく二院の方がどんなものでも一院制よりもいいということは必ずしも言えないのではないかというふうに考えております。
この発言だけを見る →ただし、私も二院制の方がいいと思っていますけれども、要は、第二院がどういうふうな形で第一院と違う独自の意見の、多様な意見の反映であるとか、それから審議の独自性であるとか、こういうものをどうやって発揮するかというところが正に重要なので、そこがなくて、ともかく二院の方がどんなものでも一院制よりもいいということは必ずしも言えないのではないかというふうに考えております。
岩
岩井國臣#10
○岩井國臣君 それでは、飯尾参考人にお聞きしたいと存じます。
多分、飯尾参考人も同様のお考えだとお見受けしておるんでございますけれども、私は、世の中の物事というのはすべからく二元的にでき上がっているのではないかと、そのように思います。
禅の言葉に「両頭截断して、一剣天に依って凄まじ」というのがございます。これは、白か黒かとか、善か悪かとか、物事の相対的な認識の仕方を戒めた言葉でございまして、白でもないし黒でもないと。白といえば白だし、黒といえば黒だと、これ禅問答みたいなことでございますけれども、そういう相対的な認識じゃなくて、絶対的な認識というものの重要性を言った言葉だと思っております。
山口昌男の両義性の論理もそうでございますし、田辺元の種の論理も結局そういう考え方だと思います。いわゆる通常言うところの弁証法ではなくて、絶対的な弁証法という言い方をされる方もおりますけれども、そういうふうに世の中の出来事というのは両義性を常に有しておるというふうに考えているんですね。
近年、科学文明の行き詰まりによりまして、いろんな面で矛盾が深まってきております。その点に関しまして河合隼雄は、これからの我が国の生き方として矛盾システムを生きる、そういう言葉をお使いになっているかどうか分かりませんが、使ってないかも分かりませんけれども、矛盾システムということはしょっちゅう言っておられるんですね。矛盾システムを生きるという言い方ではないかも分かりませんけれども、私流にそういうふうにとらえておるわけでございますが、そういう趣旨のことを言っておられる。河合隼雄の考え方は、物事はもはや相対的な考え方ではもう決められないんだということのようなんですね。
そのような考え方に立ちましたときに、私はこれからの世の中を考えたときに、矛盾するようなことが一杯出てくるので、やっぱりそれは一院制では駄目だと、二院制でないともはやこれからの時代はやっていけないんだというふうに実は考えておるわけであります。
多分、飯尾参考人も同様の考え方をしておられるのかなと、こう勝手に思ったりしておるんでございますけれども、この際、以上、私が申し上げましたような認識につきましてどのようにお考えになっておるのか、飯尾参考人の考え方をお聞かせいただきたいと思います。
この発言だけを見る →多分、飯尾参考人も同様のお考えだとお見受けしておるんでございますけれども、私は、世の中の物事というのはすべからく二元的にでき上がっているのではないかと、そのように思います。
禅の言葉に「両頭截断して、一剣天に依って凄まじ」というのがございます。これは、白か黒かとか、善か悪かとか、物事の相対的な認識の仕方を戒めた言葉でございまして、白でもないし黒でもないと。白といえば白だし、黒といえば黒だと、これ禅問答みたいなことでございますけれども、そういう相対的な認識じゃなくて、絶対的な認識というものの重要性を言った言葉だと思っております。
山口昌男の両義性の論理もそうでございますし、田辺元の種の論理も結局そういう考え方だと思います。いわゆる通常言うところの弁証法ではなくて、絶対的な弁証法という言い方をされる方もおりますけれども、そういうふうに世の中の出来事というのは両義性を常に有しておるというふうに考えているんですね。
近年、科学文明の行き詰まりによりまして、いろんな面で矛盾が深まってきております。その点に関しまして河合隼雄は、これからの我が国の生き方として矛盾システムを生きる、そういう言葉をお使いになっているかどうか分かりませんが、使ってないかも分かりませんけれども、矛盾システムということはしょっちゅう言っておられるんですね。矛盾システムを生きるという言い方ではないかも分かりませんけれども、私流にそういうふうにとらえておるわけでございますが、そういう趣旨のことを言っておられる。河合隼雄の考え方は、物事はもはや相対的な考え方ではもう決められないんだということのようなんですね。
そのような考え方に立ちましたときに、私はこれからの世の中を考えたときに、矛盾するようなことが一杯出てくるので、やっぱりそれは一院制では駄目だと、二院制でないともはやこれからの時代はやっていけないんだというふうに実は考えておるわけであります。
多分、飯尾参考人も同様の考え方をしておられるのかなと、こう勝手に思ったりしておるんでございますけれども、この際、以上、私が申し上げましたような認識につきましてどのようにお考えになっておるのか、飯尾参考人の考え方をお聞かせいただきたいと思います。
飯
飯尾潤#11
○参考人(飯尾潤君) 大変重要な御意見をお聞かせいただきまして、私も感銘を受けるところが多うございました。ありがとうございます。
両義性というのがこの世の中に存在し、あるいは矛盾というものが実は満ち満ちているという御認識には全く賛成でございます。
しかしながら、それを前提にいたしまして私の意見を一つ二つ申し上げますと、絶対的な感覚だけが正しいと申しますと実は民主政治の存在意義が失われるという側面があって、というのは、絶対的な正しさが分かるのであれば選挙をする必要はないということにもなりかねないわけでございまして、そういうまた不確実性があるために選挙によって民意を問うということは極めて重要であり、そのときに相対的な側面もそれなりの機能を果たすと。
この場合の実は両義性というのは、あるいは与党と野党と分かれて、両方、与野党相併せて、両者実は非常に対立しているように見えながら、それぞれ役割を果たすことによってその二義性を代表していくという側面がある。そういうタイプの二項対立に至る問題の処理の仕方も一定の重要性があり、あるいは政権の責任ということを示すためにはその問題も存在いたしますけれども、お話しになりましたように、それ以外の側面が世の中にたくさんあるものですから、そういたしますと、そこを処理した反面、今日お話をいたしましたように、二院制というものがあれば、実はそういう二項対立で激しく与野党争う、決着を付けるという以外の問題について処理する場所ができるわけでありまして、そういう点で二院制というのはある程度の意義があると。
実のところ、政治の理論で絶対に必要だということは二院制は言われていなかったわけでございますが、むしろ、私自身は積極的に二院制には意義があると思っておりまして、一般的に進む政権の争い以外の政治を処理する機関が存在するということは、奥行きのある政治をもたらすということでございます。
ただし、その場合の絶対の条件は、その役割を二院制が担うためには、第二院である参議院は権力闘争に対しては距離を置くということが条件ではないかというふうに思ったのが本日のお話でございます。
ちょっと感想めいて恐縮でございますが、以上でございます。
この発言だけを見る →両義性というのがこの世の中に存在し、あるいは矛盾というものが実は満ち満ちているという御認識には全く賛成でございます。
しかしながら、それを前提にいたしまして私の意見を一つ二つ申し上げますと、絶対的な感覚だけが正しいと申しますと実は民主政治の存在意義が失われるという側面があって、というのは、絶対的な正しさが分かるのであれば選挙をする必要はないということにもなりかねないわけでございまして、そういうまた不確実性があるために選挙によって民意を問うということは極めて重要であり、そのときに相対的な側面もそれなりの機能を果たすと。
この場合の実は両義性というのは、あるいは与党と野党と分かれて、両方、与野党相併せて、両者実は非常に対立しているように見えながら、それぞれ役割を果たすことによってその二義性を代表していくという側面がある。そういうタイプの二項対立に至る問題の処理の仕方も一定の重要性があり、あるいは政権の責任ということを示すためにはその問題も存在いたしますけれども、お話しになりましたように、それ以外の側面が世の中にたくさんあるものですから、そういたしますと、そこを処理した反面、今日お話をいたしましたように、二院制というものがあれば、実はそういう二項対立で激しく与野党争う、決着を付けるという以外の問題について処理する場所ができるわけでありまして、そういう点で二院制というのはある程度の意義があると。
実のところ、政治の理論で絶対に必要だということは二院制は言われていなかったわけでございますが、むしろ、私自身は積極的に二院制には意義があると思っておりまして、一般的に進む政権の争い以外の政治を処理する機関が存在するということは、奥行きのある政治をもたらすということでございます。
ただし、その場合の絶対の条件は、その役割を二院制が担うためには、第二院である参議院は権力闘争に対しては距離を置くということが条件ではないかというふうに思ったのが本日のお話でございます。
ちょっと感想めいて恐縮でございますが、以上でございます。
岩
岩井國臣#12
○岩井國臣君 ありがとうございました。
次に、金指参考人にお聞きしたいと思います。
金指参考人は、先ほど、大変ユニークなというか、分かり良いといいますのか、お話ちょうだいいたしました。要は国民が主体でありますので、国民の関心が持てるような国会でないと意味がないというか、やっぱり面白くないといかぬなと、そういうことで、資料には政治文化とかそれからゲームとしての国会とちょっと書いていただいておるわけですが、ちょっとお話の中にこの点が、お話しになったのかも分かりませんけれども、ちょっと理解しにくかったので、この政治文化とか、それからゲームとしての国会ということについて補足的に御説明いただきますと大変有り難いんでございますが。
この発言だけを見る →次に、金指参考人にお聞きしたいと思います。
金指参考人は、先ほど、大変ユニークなというか、分かり良いといいますのか、お話ちょうだいいたしました。要は国民が主体でありますので、国民の関心が持てるような国会でないと意味がないというか、やっぱり面白くないといかぬなと、そういうことで、資料には政治文化とかそれからゲームとしての国会とちょっと書いていただいておるわけですが、ちょっとお話の中にこの点が、お話しになったのかも分かりませんけれども、ちょっと理解しにくかったので、この政治文化とか、それからゲームとしての国会ということについて補足的に御説明いただきますと大変有り難いんでございますが。
金
金指正雄#13
○参考人(金指正雄君) ゲームとしての国会というところからお話ししますと、国会についてはいろんな見方、考え方があるんですよね。学者、研究者の人なんかもいろいろ言うわけですけれども、私などは一つ、ゲームというふうに思うんですね。
法律案というようなものを一つ持って、それを衆議院を通して、また参議院を通して、両方通って初めて同じ、成立するといいますかね。しかも、何といいますか、先ほどもちょっと出ましたけれども、政治というのは絶対というふうなこととするとゲームになりませんので、今回負けたけれども次は今度勝ってやろうという、そのゲームのやる、その国会のやり取りなども含めて次の選挙で国民が判断をするというふうに考えれば、非常にこのゲームの仕方もおのずと変わってくるわけで、私は、そういう一つの、これも政治文化といいますかね、の中に入るんでしょうけれども、そういうことも考えていいんではないかというふうに思います。
それから、政治文化なんていう仰々しいことを申しましたけれども、これ、まあ別にどうということないんで、例えば政党ということ一つ取ってみても、政党離れすることが何か流行な、いいんだとか、そういう背景には、やっぱり政党というものが何となくいま一つ信用し難い部分があるというふうな、そういうつまり、大体、新聞社でも不偏不党ということを掲げてありますけれども、本当に世の中に不偏不党なんていうのはあるのかねという感じもありますし、ある種のそれぞれ、結果的にですよ、それぞれ結果的にはこれは何とか政党が主張している主張と似てきたなとか、ああ、これがそうだなと、例えば社説や何か書いていますと、ちょっと思うんですね。別にどこの政党を積極的に応援しているんじゃないけれども、論理を追って出てくる結論は、いやこれはどうも自民党の言っていることと似ているなと、あるいはどこの、これは社民党だなとか、そういうようなことがありましたけれども、つまり日本は何となく官僚が中立性を保って、どうもそれに対して政党がマイナスイメージを持っているというふうなことなども政治文化に入ると思いますが。
それから、例えば物事をしゃべって事柄を決めるという世界に我々いないわけですな。どちらかというと、もうおぜん立てしてもらって会議はそれでしゃんしゃんで決めるという。これは議会だけじゃなくてみんな、会社の株主総会やなんかそうですわね。ですから、その上に国会、政治というのはそういう社会のある意味じゃ反映ですから、日本の議会とアメリカの議会とかイギリスの議会を見ると、同じ議会といったって全然違うわけですね。ですから、そういうベースには日本人の政治とのかかわり、あるいは日本人の意識とかそういうようなものがかかわっているんじゃないかなと。それを踏まえた政治ですから、なかなかこれは大変だなということを常々思うわけですね。よろしいですか。
この発言だけを見る →法律案というようなものを一つ持って、それを衆議院を通して、また参議院を通して、両方通って初めて同じ、成立するといいますかね。しかも、何といいますか、先ほどもちょっと出ましたけれども、政治というのは絶対というふうなこととするとゲームになりませんので、今回負けたけれども次は今度勝ってやろうという、そのゲームのやる、その国会のやり取りなども含めて次の選挙で国民が判断をするというふうに考えれば、非常にこのゲームの仕方もおのずと変わってくるわけで、私は、そういう一つの、これも政治文化といいますかね、の中に入るんでしょうけれども、そういうことも考えていいんではないかというふうに思います。
それから、政治文化なんていう仰々しいことを申しましたけれども、これ、まあ別にどうということないんで、例えば政党ということ一つ取ってみても、政党離れすることが何か流行な、いいんだとか、そういう背景には、やっぱり政党というものが何となくいま一つ信用し難い部分があるというふうな、そういうつまり、大体、新聞社でも不偏不党ということを掲げてありますけれども、本当に世の中に不偏不党なんていうのはあるのかねという感じもありますし、ある種のそれぞれ、結果的にですよ、それぞれ結果的にはこれは何とか政党が主張している主張と似てきたなとか、ああ、これがそうだなと、例えば社説や何か書いていますと、ちょっと思うんですね。別にどこの政党を積極的に応援しているんじゃないけれども、論理を追って出てくる結論は、いやこれはどうも自民党の言っていることと似ているなと、あるいはどこの、これは社民党だなとか、そういうようなことがありましたけれども、つまり日本は何となく官僚が中立性を保って、どうもそれに対して政党がマイナスイメージを持っているというふうなことなども政治文化に入ると思いますが。
それから、例えば物事をしゃべって事柄を決めるという世界に我々いないわけですな。どちらかというと、もうおぜん立てしてもらって会議はそれでしゃんしゃんで決めるという。これは議会だけじゃなくてみんな、会社の株主総会やなんかそうですわね。ですから、その上に国会、政治というのはそういう社会のある意味じゃ反映ですから、日本の議会とアメリカの議会とかイギリスの議会を見ると、同じ議会といったって全然違うわけですね。ですから、そういうベースには日本人の政治とのかかわり、あるいは日本人の意識とかそういうようなものがかかわっているんじゃないかなと。それを踏まえた政治ですから、なかなかこれは大変だなということを常々思うわけですね。よろしいですか。
岩
岩井國臣#14
○岩井國臣君 実は、私は劇場国家日本というようなことを言っておりまして、政治もまたこれ面白い劇的空間ではないかなと、こんなふうに実は思っておるわけで、そういうことで政党文化とかゲームとしての国会という言葉に、まあ我が意を得たりというか、大変含蓄のある言葉ではないかなと、こんなふうに実は思ったわけでございます。
やはりこれからの国会、ゲーム性とか演劇性とか、そういうものを考えていかないといかぬ。参議院にはユニークな論客が非常に多くあって、そういう意味では面白かったというような話もされたわけですけれども、そういう意味で、ゲーム性とか演劇性というとちょっと言葉は語弊がございますけれども、やっぱり国民が参議院の中のいろんな政治活動を見て面白いと、面白いというのか非常に興味があると、興味津々であるということは極めて大事なことであると思います。
そういうことで、時間が余りございませんけれども、政党文化とかゲームとしての国会ということにつきまして、大山参考人と飯尾参考人、お二人にちょっと感想でも結構でございますんで、お聞かせいただければと思いますが。
この発言だけを見る →やはりこれからの国会、ゲーム性とか演劇性とか、そういうものを考えていかないといかぬ。参議院にはユニークな論客が非常に多くあって、そういう意味では面白かったというような話もされたわけですけれども、そういう意味で、ゲーム性とか演劇性というとちょっと言葉は語弊がございますけれども、やっぱり国民が参議院の中のいろんな政治活動を見て面白いと、面白いというのか非常に興味があると、興味津々であるということは極めて大事なことであると思います。
そういうことで、時間が余りございませんけれども、政党文化とかゲームとしての国会ということにつきまして、大山参考人と飯尾参考人、お二人にちょっと感想でも結構でございますんで、お聞かせいただければと思いますが。
保
飯
飯尾潤#16
○参考人(飯尾潤君) 大変貴重な御指摘でありまして、演劇性というと何か芝居である、本当でないと言われることもございますけれども、実は国民の中にある様々な矛盾でありますとか対立とか、そういうものを国民に代わって政治家の方が演じられる、それによって実は世の中はこうなっている、こういう問題があるということが分かるのは、実は議会制の最も基本的な原理の一つでありまして、それをいかに国民が実感できる形で演じることができるかというのは国会の課題でありまして。
私、一つだけ参考の感想を申し述べますと、やや議会制長くなってきますと手続が煩瑣になり、儀式が厳しくなって面白さあるいは実感をさせる部分が弱くなっているという側面もございますので、そういう点は国会の自己革新の課題ではないかと思う次第でございます。
以上でございます。
この発言だけを見る →私、一つだけ参考の感想を申し述べますと、やや議会制長くなってきますと手続が煩瑣になり、儀式が厳しくなって面白さあるいは実感をさせる部分が弱くなっているという側面もございますので、そういう点は国会の自己革新の課題ではないかと思う次第でございます。
以上でございます。
大
大山礼子#17
○参考人(大山礼子君) 私も全く同感でございまして、私、議会研究者としてほかの議会と日本の国会の比較というようなことをやっておりますけれども、日本の国会の非常に弱い部分というのは、政治を見せるという要素が弱いというふうに思っております。見せる政治というのがすごく大事だと思います。
先ほど私が申し上げました報告書の問題なんかもそういうことと関連しているのでございまして、国会からどういうふうに情報を発信していくかということが非常に重要であろうと思います。
この発言だけを見る →先ほど私が申し上げました報告書の問題なんかもそういうことと関連しているのでございまして、国会からどういうふうに情報を発信していくかということが非常に重要であろうと思います。
岩
岩井國臣#18
○岩井國臣君 これは余り時間がないんでございますけれども。
先ほど、大山参考人のお話によりますと、どちらかといえば拘束名簿式の比例代表制の方がいいのではないかということを言われたかと思いますし、逆に飯尾参考人の方は、そうではなくて、もっと個人的な色彩を結果として出てくるようにした方がいい。ちょっと御意見が違ったように感じました。
そこで、飯尾参考人にお聞きしたいと思いますが、現在は拘束名簿式と非拘束名簿式の要するに足して二で割ったような、個人名も書くし党名でもよろしいみたいなことになっているんですけれども、大山参考人の言われた御意見に関連して、ちょっと先ほどの説明をもう少し詳しくというか、補足的にというか、御説明いただくと有り難いと思いますけれども。
この発言だけを見る →先ほど、大山参考人のお話によりますと、どちらかといえば拘束名簿式の比例代表制の方がいいのではないかということを言われたかと思いますし、逆に飯尾参考人の方は、そうではなくて、もっと個人的な色彩を結果として出てくるようにした方がいい。ちょっと御意見が違ったように感じました。
そこで、飯尾参考人にお聞きしたいと思いますが、現在は拘束名簿式と非拘束名簿式の要するに足して二で割ったような、個人名も書くし党名でもよろしいみたいなことになっているんですけれども、大山参考人の言われた御意見に関連して、ちょっと先ほどの説明をもう少し詳しくというか、補足的にというか、御説明いただくと有り難いと思いますけれども。
飯
飯尾潤#19
○参考人(飯尾潤君) それでは簡潔に申し述べますが、実は私自身は一つの、アイデアはこれだけだと申したわけではございませんで、幾つかの組合せと申し上げました。
実は、非拘束名簿式を取った場合については実は政党の支配権が幾らか強くなるものですから、その場合に、例えば考えられますのは、再選制限をいたしまして、この場合は政党推薦という形になって、次の選挙はございませんが、どちらかというと拘束をしていても自由な立場が得られると。あるいは、そのことを避けるとしますと非拘束名簿式もございますし、あるいは中選挙区型の、個人で選挙を戦うというのも原理的にはないわけではないということを申し上げた次第でございます。
この発言だけを見る →実は、非拘束名簿式を取った場合については実は政党の支配権が幾らか強くなるものですから、その場合に、例えば考えられますのは、再選制限をいたしまして、この場合は政党推薦という形になって、次の選挙はございませんが、どちらかというと拘束をしていても自由な立場が得られると。あるいは、そのことを避けるとしますと非拘束名簿式もございますし、あるいは中選挙区型の、個人で選挙を戦うというのも原理的にはないわけではないということを申し上げた次第でございます。
岩
保
中
中島章夫#22
○中島章夫君 民主党・新緑風会の中島章夫でございます。
三人の参考人の方々、大変参考になる御意見をありがとうございました。
私は実は、一九九三年の細川内閣のときの日本新党からスタートをいたしておりまして、その後の動き、たまたま衆議院に一期、席を置いた経験も持っております。その前は実は役人をしていた経験もあるものですから、いろいろ考えさせられるところが多うございました。
ちょっと前提を申し上げますと、私の考え方の。九三年以来、国民の非常に政治的な関心が高まっておりまして、そしてまた、本当を言いますと、今二つの、二大政党というふうに選挙制度の上から二つに無理やりに押し込められるようにしてきておりますけれども、実際にはあのころから連立内閣の時代に入っていると私は見ておりまして、昔の意味でいえば。それぞれの政党が多様な意見を持ち込んで、その中に抱えているというのが実態であろうと思います。
そこで、最初に飯尾参考人にお聞きをいたしたいんでありますが、先生のおっしゃるこの日本型議院内閣制というのは大変面白い御指摘でありまして、大事な御指摘でありまして、特に官僚内閣制という表現を別のところでなさっておりますけれども、本来なれば、国民が選挙によって多数党に政権を与えて、総理大臣をそこで選んで内閣を編成させまして、そして国務大臣を選んでくると。国務大臣というのは総理大臣の指示に従って下僚である役所を使っていくというのがもちろん筋、それが議院内閣制としての筋の通り方だと、正に明快であろうと思うんでありますが。国民の側からいたしますと、今、どちらの政党という際に、政策の明快性あるいは優秀性で多数党を選んだとは私には必ずしも見えない。いや、これはいろいろ差し障りがあるのかもしれませんが、そういうふうに思うんです。
実は、現実の問題として、そういう実際の官僚内閣制的な、つまり、我が国が長い間、官僚を動かして、官僚が中心、出過ぎたところがあって、それにチェックを掛けていくという、どちらかというとそういう段階ではないかという気がしておるんですが、そういう機能を持った安定感のある方の政党にずっと政権を与えてきていると、こういう感じが私にはするわけでございます。
そこで、飯尾参考人に一つお伺いしたいのは、内閣法で、三条でありましたか、とにかく各行政事務は省庁の大臣にまず一義的に分担をさせられていて、そして大臣が責任を持って閣議において全会一致で方針が決まると、こういうことになっているわけでありますが、そういたしますと、正に官僚、その前の次官会議も含めまして、官僚支配というものが、どうしても先生が指摘をされる議院内閣制の筋が通らないというシステムが今いまだに残っているわけです。これを破っていく方法というのはあるのかないのかということをまず御意見をいただきたいと思うのでありますが。
この発言だけを見る →三人の参考人の方々、大変参考になる御意見をありがとうございました。
私は実は、一九九三年の細川内閣のときの日本新党からスタートをいたしておりまして、その後の動き、たまたま衆議院に一期、席を置いた経験も持っております。その前は実は役人をしていた経験もあるものですから、いろいろ考えさせられるところが多うございました。
ちょっと前提を申し上げますと、私の考え方の。九三年以来、国民の非常に政治的な関心が高まっておりまして、そしてまた、本当を言いますと、今二つの、二大政党というふうに選挙制度の上から二つに無理やりに押し込められるようにしてきておりますけれども、実際にはあのころから連立内閣の時代に入っていると私は見ておりまして、昔の意味でいえば。それぞれの政党が多様な意見を持ち込んで、その中に抱えているというのが実態であろうと思います。
そこで、最初に飯尾参考人にお聞きをいたしたいんでありますが、先生のおっしゃるこの日本型議院内閣制というのは大変面白い御指摘でありまして、大事な御指摘でありまして、特に官僚内閣制という表現を別のところでなさっておりますけれども、本来なれば、国民が選挙によって多数党に政権を与えて、総理大臣をそこで選んで内閣を編成させまして、そして国務大臣を選んでくると。国務大臣というのは総理大臣の指示に従って下僚である役所を使っていくというのがもちろん筋、それが議院内閣制としての筋の通り方だと、正に明快であろうと思うんでありますが。国民の側からいたしますと、今、どちらの政党という際に、政策の明快性あるいは優秀性で多数党を選んだとは私には必ずしも見えない。いや、これはいろいろ差し障りがあるのかもしれませんが、そういうふうに思うんです。
実は、現実の問題として、そういう実際の官僚内閣制的な、つまり、我が国が長い間、官僚を動かして、官僚が中心、出過ぎたところがあって、それにチェックを掛けていくという、どちらかというとそういう段階ではないかという気がしておるんですが、そういう機能を持った安定感のある方の政党にずっと政権を与えてきていると、こういう感じが私にはするわけでございます。
そこで、飯尾参考人に一つお伺いしたいのは、内閣法で、三条でありましたか、とにかく各行政事務は省庁の大臣にまず一義的に分担をさせられていて、そして大臣が責任を持って閣議において全会一致で方針が決まると、こういうことになっているわけでありますが、そういたしますと、正に官僚、その前の次官会議も含めまして、官僚支配というものが、どうしても先生が指摘をされる議院内閣制の筋が通らないというシステムが今いまだに残っているわけです。これを破っていく方法というのはあるのかないのかということをまず御意見をいただきたいと思うのでありますが。
飯
飯尾潤#23
○参考人(飯尾潤君) ありがとうございます。
少々、本日申し述べたところから広がる問題でございますので、手短に答えさせていただきますけれども、私自身は委員御指摘のとおりでございましてというふうに考えているものでございまして、打破の方法もあるというふうに考えております。
これは、主として衆議院の問題でございますけれども、衆議院総選挙を政権を争う選挙というふうに変えていく。これは、実は二大政党制かどうかとは無関係の問題でございまして、選挙において政権選択ができるかどうかということがポイントでございますが、そのときに明確な政策のイシューが選択されて、内閣が任務を持つということは非常に重要ではないか。何か達成すべき、政権公約等で掲げたものについて実現するという任務を持たずに、ただ内閣が成立するというだけではなかなか官僚統制はできにくいというふうに考えるわけであります。そういう点でいきますと、実質的に選挙の意味をもう少し変えていくということは有権者の意識の高まりとともに可能であるし、現に進みつつあるというふうに考えておりますけれども。
もう一つ、日常の実務の問題で申し上げますと、先ほど御指摘になりました内閣法の問題でございまして、実務の上で内閣法三条の分担管理原則を余りに厳しく解釈し過ぎると。内閣の連帯責任ということを考えますと、それは二義的なものでありまして、内閣が決めた方針について後でそれぞれ分担するというふうにならなければならないわけでありまして、それを担保者として、内閣総理大臣の地位を、憲法上極めて高いのに内閣法上では必ずしもそうでないと、この矛盾を憲法の原則に内閣法の解釈を改めていくということが条件じゃないか。
そういう二つのことを中心に進めていくことによって、大きく事態は変化していくんではないかというふうに私自身は考えております。
この発言だけを見る →少々、本日申し述べたところから広がる問題でございますので、手短に答えさせていただきますけれども、私自身は委員御指摘のとおりでございましてというふうに考えているものでございまして、打破の方法もあるというふうに考えております。
これは、主として衆議院の問題でございますけれども、衆議院総選挙を政権を争う選挙というふうに変えていく。これは、実は二大政党制かどうかとは無関係の問題でございまして、選挙において政権選択ができるかどうかということがポイントでございますが、そのときに明確な政策のイシューが選択されて、内閣が任務を持つということは非常に重要ではないか。何か達成すべき、政権公約等で掲げたものについて実現するという任務を持たずに、ただ内閣が成立するというだけではなかなか官僚統制はできにくいというふうに考えるわけであります。そういう点でいきますと、実質的に選挙の意味をもう少し変えていくということは有権者の意識の高まりとともに可能であるし、現に進みつつあるというふうに考えておりますけれども。
もう一つ、日常の実務の問題で申し上げますと、先ほど御指摘になりました内閣法の問題でございまして、実務の上で内閣法三条の分担管理原則を余りに厳しく解釈し過ぎると。内閣の連帯責任ということを考えますと、それは二義的なものでありまして、内閣が決めた方針について後でそれぞれ分担するというふうにならなければならないわけでありまして、それを担保者として、内閣総理大臣の地位を、憲法上極めて高いのに内閣法上では必ずしもそうでないと、この矛盾を憲法の原則に内閣法の解釈を改めていくということが条件じゃないか。
そういう二つのことを中心に進めていくことによって、大きく事態は変化していくんではないかというふうに私自身は考えております。
中
中島章夫#24
○中島章夫君 そこで、問題は、私の問題意識としましては、参議院は衆議院の約半数ということもございまして、委員会が、カーボンコピーという言い方もされるわけでありますけれども、同じだけの委員会を持って検討しているということは、ほとんど物理的にも不能なのであります。
いわゆる行政から距離を置くべきだという御指摘は極めてごもっともな御指摘だと思っているんですが、一番大事な国民に対して、どちらの政党を選ぶのかよく分かる、これは金指参考人にちょっとお聞きをしたいんですが、選挙ももう三回目ぐらいに、選挙が制度が変わりました最初は少しは投票率が上がるんですが、三度目ぐらいになるとだんだんだんだん落ちていくという、そしてまた今、政党離れという面も見られるということの御指摘もあるわけですけれども。そうすると、そういう中で、参議院というもの、衆議院にはそれでも政党を中心に政権を争っていくそのチョイスをしてもらうと。これはマスコミとの関係も実はありまして、政策内容をじっくりというよりは、むしろ政策をできるだけ国民に味付けよくマスコミを通じて選挙の機会に示していくということから、必ずしも政策の本質をつくような、大事なプライオリティーの高いものから順に、つまり国家の一番プライオリティーの高い政策順位で国民にPRしているかどうかというのは怪しいところもいずれにしてもございます。国民はその辺は大変敏感に感じ取っておりまして、どうせ同じことじゃという感じで落ちてきている。
そうしますと、問題は、やっぱり参議院というのは、それぞれの参考人がおっしゃったように、衆議院とは違った政策内容、私なんかの考え方としては、長期のあるいは国家基本のというような問題を議論をしていって、二票目の投票というのはそういう、最近では少なくなった、つまりこの非常に激しい変動を伴っている国際社会の中で、国家の基本を間違わないようにきちっとした議論を責任を持って我々に代わってやってもらいたいと、そういうものとして参議院をアピールをしていくというのは私は大事なような気がするんでありますが、そういう際の、参議院の何を議論するかという焦点について、何かお考えがございましたらお聞かせをいただきたい。これは後ほど大山参考人にもお伺いできればと思います。
この発言だけを見る →いわゆる行政から距離を置くべきだという御指摘は極めてごもっともな御指摘だと思っているんですが、一番大事な国民に対して、どちらの政党を選ぶのかよく分かる、これは金指参考人にちょっとお聞きをしたいんですが、選挙ももう三回目ぐらいに、選挙が制度が変わりました最初は少しは投票率が上がるんですが、三度目ぐらいになるとだんだんだんだん落ちていくという、そしてまた今、政党離れという面も見られるということの御指摘もあるわけですけれども。そうすると、そういう中で、参議院というもの、衆議院にはそれでも政党を中心に政権を争っていくそのチョイスをしてもらうと。これはマスコミとの関係も実はありまして、政策内容をじっくりというよりは、むしろ政策をできるだけ国民に味付けよくマスコミを通じて選挙の機会に示していくということから、必ずしも政策の本質をつくような、大事なプライオリティーの高いものから順に、つまり国家の一番プライオリティーの高い政策順位で国民にPRしているかどうかというのは怪しいところもいずれにしてもございます。国民はその辺は大変敏感に感じ取っておりまして、どうせ同じことじゃという感じで落ちてきている。
そうしますと、問題は、やっぱり参議院というのは、それぞれの参考人がおっしゃったように、衆議院とは違った政策内容、私なんかの考え方としては、長期のあるいは国家基本のというような問題を議論をしていって、二票目の投票というのはそういう、最近では少なくなった、つまりこの非常に激しい変動を伴っている国際社会の中で、国家の基本を間違わないようにきちっとした議論を責任を持って我々に代わってやってもらいたいと、そういうものとして参議院をアピールをしていくというのは私は大事なような気がするんでありますが、そういう際の、参議院の何を議論するかという焦点について、何かお考えがございましたらお聞かせをいただきたい。これは後ほど大山参考人にもお伺いできればと思います。
金
金指正雄#25
○参考人(金指正雄君) 私が非常に参議院について心配しますのは、参議院選挙の投票率がここ四年ぐらいでもう五割、もう五割を割っちゃったときもあるということで、私は、投票率というのは言わば委員会でいえば定足数みたいなもので、やっぱり一定の数が集まりませんとそこでの議論、議事日程というのは進まないわけですね。せっかく参議院という二院制の良さがありながら、いざ投票となるともう四割台であるというようなことでは、そもそも参議院そこが問われちゃうわけで、何とかせにゃいかぬと思うんですけれども。
ひとつ私、そういう意味のお尋ねかと思いますが、私はひとつ、日本の議会というのはどうも法案審議ですね、御承知のように、法案にならないとその委員会も人の集まりができてこない。参議院はそこをやっぱりいろいろ考えられて、調査会方式をやったり、あるいは縦割りの行政官庁を複数ドッキングさせてもうちょっと広い範囲でアプローチしようかというふうな、そういうことは私非常に結構だと思うし、そこに法案にかかわらず主要なテーマを取り上げてやっていったらいいと思うんですね。
例えば、以前の国会は衆参ともに緊急質問というのがあったんですけれども、このごろは全然ないですね、緊急質問。あるのは、紙書いて主意書を出して紙もらうという。緊急質問というのは本会議を使ってやって、緊急という名前が付きますからテレビなんかも入るわけですけれども、そういう形の委員会をセットして頻繁にやられたらいいんじゃないかと私は思います。
それで、どうも今、国会法というのと衆参両院規則二つで成っているんですけれども、どうもその独自性を発揮するには、ある意味じゃ国会法というものをごく簡素にして、参議院独自の規則を作ってかなりいろんなことをやれる弾力範囲を広げたらいいんではないかと私は思いますね。そのことでその独自性を出していく。
それから、マスコミのお話が出たんで申しますと、どうも日本のマスコミは政府の答弁を大きく書くんですよね。ですけれども、時々テレビの中継なんか見ていますと、なかなかいい質問をされている場面に出くわす。そういういい質問をしたときには、それを割合詳しく載せるというふうな、これはマスコミ側の仕事ですけれども、そういうようなことも心掛けていけばかなり違った展開も生まれるんじゃないかと。
それから公聴会ですね。アメリカの議会なんかで拝見しますと、公聴会が大変もう重要な役割をしているわけですね。日本も無論予算なんか公聴会やりますけれども、これは最後の段階の、プロセスの最後の、公聴会やるともう終わりだなというような、そういう次元で扱われていますけれども、そうじゃなくて、アメリカなんかの議会はそこが優れていると思いますけれども、ああいう中身のある公聴会にすれば、そこでいろんな人を招けばそれもまた見出しになりますしね。やっぱり参議院やっているなということになってくるんじゃないですかね。
この発言だけを見る →ひとつ私、そういう意味のお尋ねかと思いますが、私はひとつ、日本の議会というのはどうも法案審議ですね、御承知のように、法案にならないとその委員会も人の集まりができてこない。参議院はそこをやっぱりいろいろ考えられて、調査会方式をやったり、あるいは縦割りの行政官庁を複数ドッキングさせてもうちょっと広い範囲でアプローチしようかというふうな、そういうことは私非常に結構だと思うし、そこに法案にかかわらず主要なテーマを取り上げてやっていったらいいと思うんですね。
例えば、以前の国会は衆参ともに緊急質問というのがあったんですけれども、このごろは全然ないですね、緊急質問。あるのは、紙書いて主意書を出して紙もらうという。緊急質問というのは本会議を使ってやって、緊急という名前が付きますからテレビなんかも入るわけですけれども、そういう形の委員会をセットして頻繁にやられたらいいんじゃないかと私は思います。
それで、どうも今、国会法というのと衆参両院規則二つで成っているんですけれども、どうもその独自性を発揮するには、ある意味じゃ国会法というものをごく簡素にして、参議院独自の規則を作ってかなりいろんなことをやれる弾力範囲を広げたらいいんではないかと私は思いますね。そのことでその独自性を出していく。
それから、マスコミのお話が出たんで申しますと、どうも日本のマスコミは政府の答弁を大きく書くんですよね。ですけれども、時々テレビの中継なんか見ていますと、なかなかいい質問をされている場面に出くわす。そういういい質問をしたときには、それを割合詳しく載せるというふうな、これはマスコミ側の仕事ですけれども、そういうようなことも心掛けていけばかなり違った展開も生まれるんじゃないかと。
それから公聴会ですね。アメリカの議会なんかで拝見しますと、公聴会が大変もう重要な役割をしているわけですね。日本も無論予算なんか公聴会やりますけれども、これは最後の段階の、プロセスの最後の、公聴会やるともう終わりだなというような、そういう次元で扱われていますけれども、そうじゃなくて、アメリカなんかの議会はそこが優れていると思いますけれども、ああいう中身のある公聴会にすれば、そこでいろんな人を招けばそれもまた見出しになりますしね。やっぱり参議院やっているなということになってくるんじゃないですかね。
大
大山礼子#26
○参考人(大山礼子君) 今おっしゃったところと大体同じでございますけれども、調査会をお作りになるときに国会法との関係で随分苦労なさったということがございますように、少しやはり国会法を緩めて、衆参で違うことがもうちょっと自由にできるようにするというのも是非必要なことだと思います。
それから、今公聴会の議論が出ましたけれども、私の発言で報告書のことを取り上げさせていただきましたけれども、公聴会で非常にいい議論が出たとか、そういうことを報告書、委員会の審査報告書としてまとめて国民にとって非常に役に立つ資料にしてお出しになるというようなことも、私は参議院の活動をアピールするためには非常にいいことだと思います。せっかくインターネットで調査会の報告書などを公開されていますけれども、なかなか国民がそれを知らないということは大変残念なことだと思っております。
それから、緊急質問のお話が出ましたけれども、あれは緊急質問だけではなくて、そもそも口頭の質問の時間というのがどこの議会でも本会議にあるんですけれども、日本だけがないんですね。それを、イギリスの口頭質問の時間のほんの一部だけを持ってきて、今衆議院で、両院合同ですけれども党首討論というのをやっておりますけれども、そうではなくて、もうちょっといろんな、どの議員の方でも自由に政府に質問できるような時間というのも是非お作りになったらよろしいんじゃないかと思っております。
この発言だけを見る →それから、今公聴会の議論が出ましたけれども、私の発言で報告書のことを取り上げさせていただきましたけれども、公聴会で非常にいい議論が出たとか、そういうことを報告書、委員会の審査報告書としてまとめて国民にとって非常に役に立つ資料にしてお出しになるというようなことも、私は参議院の活動をアピールするためには非常にいいことだと思います。せっかくインターネットで調査会の報告書などを公開されていますけれども、なかなか国民がそれを知らないということは大変残念なことだと思っております。
それから、緊急質問のお話が出ましたけれども、あれは緊急質問だけではなくて、そもそも口頭の質問の時間というのがどこの議会でも本会議にあるんですけれども、日本だけがないんですね。それを、イギリスの口頭質問の時間のほんの一部だけを持ってきて、今衆議院で、両院合同ですけれども党首討論というのをやっておりますけれども、そうではなくて、もうちょっといろんな、どの議員の方でも自由に政府に質問できるような時間というのも是非お作りになったらよろしいんじゃないかと思っております。
中
中島章夫#27
○中島章夫君 ありがとうございました。
実は、最後に三人の参考人の方々にそれぞれ御意見をお聞きしたいことがございます。
実は、私自身も俗に言う選挙番に当たっておりまして、非拘束名簿制の比例区でということになりますと、これよく、前回からこれが採用されたわけでありますが、よく見ておりますと、参議院がもしそういう、これは矛盾なんですが、審議内容そのものをもう少し国家の基本的なもの、長期的なものをというのがかなりのある種コンセンサスがあるとすれば、そういうものを参議院が議論するものとして政党が、衆議院と同じような選考基準ではなくて、そういうものにふさわしい人間を違った基準で、つまり拘束名簿制で責任を持って提出をすると、こういうことの方が、非拘束名簿制というのは、よく見ておりますと、だんだんだんだん特定のグループに支援される人たちというのはそのグループの、これは大体お分かりのとおり、ある種の利害にかなり集中的にとらわれるというところが出てしまいまして、議論をしようとしている、参議院の本質的な議論をしようとしている役割とのその間に乖離ができてしまうように思います。
そういう意味で、参議院をもしそういう本質的な長期的な議論をするところとして違ったものとして位置付けることが望ましいとすれば、選挙制度も非拘束よりは拘束にして政党に責任を持たせるということの方がいいんではないかという気がするんでありますが、これについて簡単なそれぞれコメントをいただければ有り難いと思います。
この発言だけを見る →実は、最後に三人の参考人の方々にそれぞれ御意見をお聞きしたいことがございます。
実は、私自身も俗に言う選挙番に当たっておりまして、非拘束名簿制の比例区でということになりますと、これよく、前回からこれが採用されたわけでありますが、よく見ておりますと、参議院がもしそういう、これは矛盾なんですが、審議内容そのものをもう少し国家の基本的なもの、長期的なものをというのがかなりのある種コンセンサスがあるとすれば、そういうものを参議院が議論するものとして政党が、衆議院と同じような選考基準ではなくて、そういうものにふさわしい人間を違った基準で、つまり拘束名簿制で責任を持って提出をすると、こういうことの方が、非拘束名簿制というのは、よく見ておりますと、だんだんだんだん特定のグループに支援される人たちというのはそのグループの、これは大体お分かりのとおり、ある種の利害にかなり集中的にとらわれるというところが出てしまいまして、議論をしようとしている、参議院の本質的な議論をしようとしている役割とのその間に乖離ができてしまうように思います。
そういう意味で、参議院をもしそういう本質的な長期的な議論をするところとして違ったものとして位置付けることが望ましいとすれば、選挙制度も非拘束よりは拘束にして政党に責任を持たせるということの方がいいんではないかという気がするんでありますが、これについて簡単なそれぞれコメントをいただければ有り難いと思います。
飯
飯尾潤#28
○参考人(飯尾潤君) 実はこの問題は大変難しい問題でございまして、今日の御質問の中でも申し上げたとおり、なかなか結論の出ない問題でございまして、ある方にとっては拘束名簿式の方が実は代表されやすい。でも逆に言うと、個人である程度名声がおありであったりいう場合については非拘束名簿式の方が実はそういう見識のある方が出やすいという側面もあり、どちらがどうということは実はなかなか言いにくいのではないかと思いまして、今日はこういう制度を取ればこういう問題があるという問題点の指摘にとどまりまして、どちらがいいかということについてはまだ私自身判断が付いていないことをお答えしたいと思います。
この発言だけを見る →大
大山礼子#29
○参考人(大山礼子君) 私も拘束名簿式比例代表制が一案というふうに申し上げたわけですけれども、おっしゃるとおり、非拘束名簿の方が何となく個人本意というので良いという議論がむしろ強いと思うんですけれども、それはそうでない面もあるということを私も申し上げたつもりでございます。
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