安全保障委員会
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会
会議録情報#0
平成二十七年四月二十三日(木曜日)
午前九時開議
出席委員
委員長 北村 誠吾君
理事 小野寺五典君 理事 門山 宏哲君
理事 金子万寿夫君 理事 新藤 義孝君
理事 武田 良太君 理事 大串 博志君
理事 下地 幹郎君 理事 佐藤 茂樹君
青山 周平君 今津 寛君
江渡 聡徳君 小田原 潔君
大隈 和英君 大西 宏幸君
大野敬太郎君 木原 誠二君
木原 稔君 木村 弥生君
笹川 博義君 冨樫 博之君
中谷 真一君 野中 厚君
浜田 靖一君 原田 憲治君
古田 圭一君 宮崎 政久君
武藤 貴也君 村井 英樹君
若宮 健嗣君 小川 淳也君
鈴木 貴子君 玉木雄一郎君
津村 啓介君 本村賢太郎君
柿沢 未途君 吉村 洋文君
伊佐 進一君 赤嶺 政賢君
照屋 寛徳君
…………………………………
防衛大臣 中谷 元君
内閣官房副長官 世耕 弘成君
防衛大臣政務官 原田 憲治君
政府参考人
(防衛省大臣官房長) 豊田 硬君
政府参考人
(防衛省大臣官房審議官) 吉田 正一君
政府参考人
(防衛省防衛政策局長) 黒江 哲郎君
政府参考人
(防衛省運用企画局長) 深山 延暁君
政府参考人
(防衛省人事教育局長) 真部 朗君
参考人
(慶應義塾大学法学部教授) 細谷 雄一君
参考人
(政策研究大学院大学長) 白石 隆君
参考人
(同志社大学政策学部教授) 武蔵 勝宏君
参考人
(獨協大学名誉教授) 西川 純子君
安全保障委員会専門員 齋藤久爾之君
—————————————
委員の異動
四月二十三日
辞任 補欠選任
小田原 潔君 古田 圭一君
大西 宏幸君 大隈 和英君
大野敬太郎君 木村 弥生君
木原 誠二君 村井 英樹君
笹川 博義君 宮崎 政久君
原田 憲治君 若宮 健嗣君
玉木雄一郎君 本村賢太郎君
同日
辞任 補欠選任
大隈 和英君 大西 宏幸君
木村 弥生君 大野敬太郎君
古田 圭一君 小田原 潔君
宮崎 政久君 笹川 博義君
村井 英樹君 木原 誠二君
若宮 健嗣君 冨樫 博之君
本村賢太郎君 鈴木 貴子君
同日
辞任 補欠選任
冨樫 博之君 青山 周平君
鈴木 貴子君 玉木雄一郎君
同日
辞任 補欠選任
青山 周平君 原田 憲治君
—————————————
本日の会議に付した案件
政府参考人出頭要求に関する件
防衛省設置法等の一部を改正する法律案(内閣提出第三三号)
————◇—————
この発言だけを見る →午前九時開議
出席委員
委員長 北村 誠吾君
理事 小野寺五典君 理事 門山 宏哲君
理事 金子万寿夫君 理事 新藤 義孝君
理事 武田 良太君 理事 大串 博志君
理事 下地 幹郎君 理事 佐藤 茂樹君
青山 周平君 今津 寛君
江渡 聡徳君 小田原 潔君
大隈 和英君 大西 宏幸君
大野敬太郎君 木原 誠二君
木原 稔君 木村 弥生君
笹川 博義君 冨樫 博之君
中谷 真一君 野中 厚君
浜田 靖一君 原田 憲治君
古田 圭一君 宮崎 政久君
武藤 貴也君 村井 英樹君
若宮 健嗣君 小川 淳也君
鈴木 貴子君 玉木雄一郎君
津村 啓介君 本村賢太郎君
柿沢 未途君 吉村 洋文君
伊佐 進一君 赤嶺 政賢君
照屋 寛徳君
…………………………………
防衛大臣 中谷 元君
内閣官房副長官 世耕 弘成君
防衛大臣政務官 原田 憲治君
政府参考人
(防衛省大臣官房長) 豊田 硬君
政府参考人
(防衛省大臣官房審議官) 吉田 正一君
政府参考人
(防衛省防衛政策局長) 黒江 哲郎君
政府参考人
(防衛省運用企画局長) 深山 延暁君
政府参考人
(防衛省人事教育局長) 真部 朗君
参考人
(慶應義塾大学法学部教授) 細谷 雄一君
参考人
(政策研究大学院大学長) 白石 隆君
参考人
(同志社大学政策学部教授) 武蔵 勝宏君
参考人
(獨協大学名誉教授) 西川 純子君
安全保障委員会専門員 齋藤久爾之君
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委員の異動
四月二十三日
辞任 補欠選任
小田原 潔君 古田 圭一君
大西 宏幸君 大隈 和英君
大野敬太郎君 木村 弥生君
木原 誠二君 村井 英樹君
笹川 博義君 宮崎 政久君
原田 憲治君 若宮 健嗣君
玉木雄一郎君 本村賢太郎君
同日
辞任 補欠選任
大隈 和英君 大西 宏幸君
木村 弥生君 大野敬太郎君
古田 圭一君 小田原 潔君
宮崎 政久君 笹川 博義君
村井 英樹君 木原 誠二君
若宮 健嗣君 冨樫 博之君
本村賢太郎君 鈴木 貴子君
同日
辞任 補欠選任
冨樫 博之君 青山 周平君
鈴木 貴子君 玉木雄一郎君
同日
辞任 補欠選任
青山 周平君 原田 憲治君
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本日の会議に付した案件
政府参考人出頭要求に関する件
防衛省設置法等の一部を改正する法律案(内閣提出第三三号)
————◇—————
北
北村誠吾#1
○北村委員長 これより会議を開きます。
内閣提出、防衛省設置法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
本日、本案審査のため、御出席をいただく参考人は、慶應義塾大学法学部教授細谷雄一君、政策研究大学院大学長白石隆君、同志社大学政策学部教授武蔵勝宏君、獨協大学名誉教授西川純子君、以上四名の方々でございます。
この際、参考人各位に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多用中のところ本委員会に早朝から御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。
次に、議事の順序について申し上げます。
まず、細谷参考人、白石参考人、武蔵参考人、西川参考人の順に、お一人十五分程度で御意見をお述べいただき、その後に、委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。
なお、念のため申し上げますが、御発言の際は委員長の許可を得ることとなっております。また、参考人は委員に対し質疑をすることはできないということとなっておりますので、あらかじめ御承知をいただきたいと存じます。
それでは、まず細谷参考人にお願いいたします。
この発言だけを見る →内閣提出、防衛省設置法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
本日、本案審査のため、御出席をいただく参考人は、慶應義塾大学法学部教授細谷雄一君、政策研究大学院大学長白石隆君、同志社大学政策学部教授武蔵勝宏君、獨協大学名誉教授西川純子君、以上四名の方々でございます。
この際、参考人各位に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多用中のところ本委員会に早朝から御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。
次に、議事の順序について申し上げます。
まず、細谷参考人、白石参考人、武蔵参考人、西川参考人の順に、お一人十五分程度で御意見をお述べいただき、その後に、委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。
なお、念のため申し上げますが、御発言の際は委員長の許可を得ることとなっております。また、参考人は委員に対し質疑をすることはできないということとなっておりますので、あらかじめ御承知をいただきたいと存じます。
それでは、まず細谷参考人にお願いいたします。
細
細谷雄一#2
○細谷参考人 慶應大学の細谷と申します。
私は、大学ではヨーロッパの外交史を教えておりますが、同時に、イギリスの外交、安全保障政策、また日本の外交、安全保障政策を専門として研究していることからも、きょうこの問題につきまして、非常に重要な問題だと思いますが、私の立場から考えを申し上げさせていただきたいと思います。
まず冒頭に、私から申し上げたい第一点目でございますが、私は歴史家でございますので、歴史的な観点から見て、言うまでもなく、日本は、戦前に軍部が政治に介入し、そして、十分なシビリアンコントロールというものがなく、それによって大変な戦争の被害というものをもたらしたわけでございます。したがって、日本の安全保障政策、防衛政策というものが、戦前の反省の上に立って、きちんとしたシビリアンコントロールに基づき、また、平和国家としての理念というものを非常に大切にこれからも保持し続ける、このことは、恐らく多くの方々、国民が共有していらっしゃる意識であろう、認識であろうというふうに考えております。
また同時に、平和国家として日本が防衛政策、安全保障政策を考える上で、国民の生命、国民の安全というものを何よりも第一に重視していくことも、これもまた非常に重要なことであろうと思います。
冒頭、この二点、私の基本的な認識を申し上げまして、十五分程度のお時間をいただいて私のお話をさせていただければと思います。
今回の防衛省設置法等の一部を改正する法律案でございますが、そもそもこの問題を考える上で最も大きな争点となっている問題の一つが、新聞報道等でも多く報じられておりますように、シビリアンコントロールというものがこれによってどう変わっていくのか、これによって日本の従来のシビリアンコントロールというものにどういう影響を及ぼすのかということでございます。
しかしながら、さまざまな報道を見ています上では、このシビリアンコントロールというもの、これは言うまでもなく文民統制というふうに訳されているわけですが、これが、いわゆる文官統制、これは研究者の世界では広く用いられている用語であり、また認識されている言葉でございますが、このシビリアンコントロールという、いわゆる文民統制と、一方で文官統制というものが多くの場合に混乱され、これは大きく異なる、直接関係のない概念です。
さらには、もう一つ重要な民主的統制、これは英語ではデモクラティックコントロールですが、この三つの概念というものが十分に整理されずに、また、一体何が重要で、それぞれがどういう関連性を持つかということが十分に認識されずに報道がされ、また議論がされている。
そもそも日本にとって重要なことは何なのか。その前提となることは、言うまでもなく、文民統制であり、また民主的統制でございます。したがって、この民主的統制や文民統制というものがどれだけ実効的に機能するかということが重要であって、それに対して、文官統制というものは、今回、日本が民主主義国あるいは平和国家として考えていく上では、必ずしも優先順位が高いものではございません。
私の専門のイギリスを例に挙げて申し上げますと、イギリスでは、文官と軍人が、ヘッドオフィスと言われている、重要な政策を決定する部局の中で協働して、緊密な連携を持って行動をとっています。したがって、イギリスの国防省の建物の中で、基本的に軍人と文官の区別はありません。
重要なのは、それぞれが皆、基本的にはパブリックサーバント、公僕でありまして、それが政治家の指導のもとに入るということでございます。つまりは、政治家、あくまでも選挙によって、民意によって選ばれた政治家の、議員の方々がこのパブリックサーバントをコントロールし、そして、この議員を通じて、選挙を通じて国民の意向というものが防衛政策、安全保障政策、あるいは軍に、日本の場合は自衛隊でございますが、十分に意向が反映される、これこそが何より重要なことであって、もしもこの重要性というものを十分に認知せずに文官統制の議論をするとすれば、これはやはり本末転倒なことであろうと思っております。
そもそも、文官統制というものが一体どのようにできたのか、あるいは文官優位体制ということですが、資料にもお配りしてございますとおり、これは、一九五〇年に警察予備隊の創設がなされます。これはここにいらっしゃる方々は御承知のとおりかと思いますが、この警察予備隊というのは、あくまでも警察がもとになってできている。つまりは、戦前の内務省でございます。
戦前の日本においては、この内務省の警察官僚と軍との間、特に陸軍との間に大変激しいライバル関係がありました。そして、戦前においては、陸軍が優位であり、内務省の警察官僚というものがその下に位置するということで、警察の中には、軍に対する非常に強いアレルギー、嫌悪感、抵抗、対抗心というものがあったわけでございます。それを前提として、警察が軍の上に立つ、これがそもそも警察予備隊ができたときの大きなロジックでした。
しかも、それ以上に重要なのが、実は大きな誤解からこの文官統制というものができたということでございます。これにつきましては、防衛研究所の中島信吾先生が「戦後日本の防衛政策」の中で書かれている、引用されているものをそのまま挙げさせていただきますと、当時、警察予備隊の警務局警備課長でありました後藤田正晴氏が次のように回想しています。
シビリアンコントロールの行き方については林さんには不満がある、僕らにもそれは責任がある、要するにシビリアンコントロールというのは政治が軍に優先するということなんだよ、軍事は政治に従属するものであって、軍事が政治をコントロールすることだけを許さぬというのがシビリアンコントロール、ところが、これを履き違えちゃって、僕らにも責任があるんだけれども、背広を着るやつが優先するんだ、制服を着ているやつはその下だ、これがシビリアンコントロールという考えがあります、これは間違いなく。
つまりは、後藤田氏が述べているとおり、誤解から、そもそも、戦前日本はシビリアンコントロールがなかったわけですから、したがって、この片仮名のシビリアンコントロールが何なのかということがわからなかった。そして、警察官僚は、軍に対してあくまでも警察が上位に立つことをもってシビリアンコントロールと勘違いした。
これは後に間違いだと気づくわけですね。しかしながら、間違いと気づいても、あくまでも警察官僚が軍の上に立ち、権力を持ち、コントロールするということ、これを手放したくないということ。そして、戦前の経験から、やはり軍が大きな力を持つということが危険であるというアレルギー、抵抗感があったわけです。これは、戦前の軍の横暴に対しての警察官僚の非常に強い抵抗心があった。
しかも、それだけではありません。当時、警察予備隊で、多くの旧軍人が復帰しておりました。戦前の旧軍人は、シビリアンコントロールというものとは無縁で政治に介入していたわけですから、したがって、そういった人たちが戦後に後の自衛隊に復帰してきたときに、あくまでも警察官僚が軍をコントロールすることが重要だという認識があった。これがそもそもの文官統制の始まりであります。
ですから、このような、戦前から戦後に移る過渡期において、やむを得ぬ事情があった。戦後の、シビリアンコントロールというものをつくっていく上で、まずは誤解から始まった。しかしながら、同時に、いかにして、日本の戦後の平和国家の中で、国民の間にもある軍へのアレルギーというものを緩和していくか。そのときに、あくまでも背広組である警察官僚が中心となって自衛隊をコントロールするということが国民の信頼を得る上でも必要という認識がされていたわけでございます。
ところが、戦争が終わってもう七十年たっている、そして、もう旧軍人などというものがこの中にはいない。その中で、今、このような、戦後初期につくった、誤解から始まった文官統制というものを、果たしてそこまでこだわって維持する必要がどこまであるのかということでございます。
イギリスの例で申し上げますと、イギリスでは国防省があり、軍人と文官が緊密に連携しているわけですが、これはどちらも、あくまでも民主的な統制を得ないパブリックサーバントでございます。官僚なわけですね。したがって、官僚が防衛政策を握るということがどれだけ危険かという認識のもとに、イギリスでは、国防大臣あるいは副大臣に当たるミニスター・オブ・ステート、そしてさらにはその上に立つ総理大臣が全体の軍の機構をコントロールするということですから、あくまでも政治が軍をコントロールする。
これは、軍というときには、イギリスの国防省であれば、軍人と文官と含めて広い概念での国防軍ということになるかもしれませんが、これをあくまでも政治や民意がコントロールするということが民主主義の社会におけるシビリアンコントロールの本質であって、文官統制という、戦後できた、独特な政治的背景からできたものにこだわることで、我々が、本当に重要なもの、それが冒頭に申し上げましたような文民統制であり、また民主的統制、この重要性を間違っても相対化し、見失ってはいけない。あくまでも国民が、そして議員の皆様方が軍の機構あるいは自衛隊というものを全体としてコントロールすることの重要性というものを指摘したいと思います。
イギリスでは、先ほど申し上げたとおり、シビリアンコントロールの長い伝統があります。そして、軍人と文官というものが協力することによって、より迅速で実効的な政策決定ができるということでございます。
そして、では、なぜ今、日本で改正が必要なのか。それは、今まで以上に迅速に、実効的に、国民の生命の安全を脅かす事態に対応しなければいけない。
これは、東日本大震災もそうですが、自衛隊の運用というものを考えたときに、間違っても自衛隊は外国の土地で戦争する軍隊ではありません、自衛隊というものがあくまでも国民の生命を守るものである以上は、自衛隊の目的というのは、どんなときであっても、運用するときには国民の生命を守るためでなければならない、これは基本的な認識でございます。もちろん、自衛隊法を改正し、本来任務の中で自衛隊を国際平和協力活動に用いるという、従来にはない新しい活動というものは広がってはございますけれども、そもそものこの本来任務の重要な柱であるのは、国民の生命を守ることである。だとすれば、国民の生命を守るために、自衛隊が実効的に運用されなければいけない。
そのときに、戦後初期にできた文官統制という形式にこだわり、迅速な運用ができずに、それによって迅速に、実効的に国民の生命を守れないとすれば、それはそもそも、平和国家として、自衛隊が何のためにあるのか。国民の生命を守るためにある、それが東日本大震災で示されたことであり、また、阪神大震災のときには十分な形で迅速には対応できなかった反省でもあるわけでございます。
だとすれば、今、なぜこの改正が求められているのか。
言うまでもなく、もう既に御理解いただいていらっしゃると思いますが、迅速に、そして実効的に国民の生命を守るために運用するためにはどうしたらいいか、このような問題意識から、この法案というのは、私が察するに、防衛省の中の自衛官の方々とまた文官の方々が緊密に連携して、お互いにとって迅速に行動できるための改正が何なのかということで、これが、自衛官だけでつくって、そして背広の方々の意向を無視してつくるのであれば、これは言うまでもなく制服組の方々の影響力が拡大ということになると思いますが、私の認識、想定では、あくまでもこれは自衛官の方々、制服の方々、そして内局の背広の方々が緊密に連携をとって調整し、よりよく運用できるための方策としてつくられたものであると考えております。
したがって、そのように考えるのであれば、迅速な自衛隊の活動、運用というものを可能とし、そして、そもそも戦後初期のような、自衛隊の任務というものが極めて限られていた時代とは異なり、PKOのような国際平和協力任務、あるいは災害支援、復興支援、あるいはさまざまな自然災害における緊急の支援、さまざまな形で自衛隊が運用されるような今の新しい時代においては、やはり、迅速、実効的に行動するための運用の仕方を、従来とは違う形で変えていく必要があるんだろうというふうに考えております。
御清聴ありがとうございました。私からは以上でございます。拍手
この発言だけを見る →私は、大学ではヨーロッパの外交史を教えておりますが、同時に、イギリスの外交、安全保障政策、また日本の外交、安全保障政策を専門として研究していることからも、きょうこの問題につきまして、非常に重要な問題だと思いますが、私の立場から考えを申し上げさせていただきたいと思います。
まず冒頭に、私から申し上げたい第一点目でございますが、私は歴史家でございますので、歴史的な観点から見て、言うまでもなく、日本は、戦前に軍部が政治に介入し、そして、十分なシビリアンコントロールというものがなく、それによって大変な戦争の被害というものをもたらしたわけでございます。したがって、日本の安全保障政策、防衛政策というものが、戦前の反省の上に立って、きちんとしたシビリアンコントロールに基づき、また、平和国家としての理念というものを非常に大切にこれからも保持し続ける、このことは、恐らく多くの方々、国民が共有していらっしゃる意識であろう、認識であろうというふうに考えております。
また同時に、平和国家として日本が防衛政策、安全保障政策を考える上で、国民の生命、国民の安全というものを何よりも第一に重視していくことも、これもまた非常に重要なことであろうと思います。
冒頭、この二点、私の基本的な認識を申し上げまして、十五分程度のお時間をいただいて私のお話をさせていただければと思います。
今回の防衛省設置法等の一部を改正する法律案でございますが、そもそもこの問題を考える上で最も大きな争点となっている問題の一つが、新聞報道等でも多く報じられておりますように、シビリアンコントロールというものがこれによってどう変わっていくのか、これによって日本の従来のシビリアンコントロールというものにどういう影響を及ぼすのかということでございます。
しかしながら、さまざまな報道を見ています上では、このシビリアンコントロールというもの、これは言うまでもなく文民統制というふうに訳されているわけですが、これが、いわゆる文官統制、これは研究者の世界では広く用いられている用語であり、また認識されている言葉でございますが、このシビリアンコントロールという、いわゆる文民統制と、一方で文官統制というものが多くの場合に混乱され、これは大きく異なる、直接関係のない概念です。
さらには、もう一つ重要な民主的統制、これは英語ではデモクラティックコントロールですが、この三つの概念というものが十分に整理されずに、また、一体何が重要で、それぞれがどういう関連性を持つかということが十分に認識されずに報道がされ、また議論がされている。
そもそも日本にとって重要なことは何なのか。その前提となることは、言うまでもなく、文民統制であり、また民主的統制でございます。したがって、この民主的統制や文民統制というものがどれだけ実効的に機能するかということが重要であって、それに対して、文官統制というものは、今回、日本が民主主義国あるいは平和国家として考えていく上では、必ずしも優先順位が高いものではございません。
私の専門のイギリスを例に挙げて申し上げますと、イギリスでは、文官と軍人が、ヘッドオフィスと言われている、重要な政策を決定する部局の中で協働して、緊密な連携を持って行動をとっています。したがって、イギリスの国防省の建物の中で、基本的に軍人と文官の区別はありません。
重要なのは、それぞれが皆、基本的にはパブリックサーバント、公僕でありまして、それが政治家の指導のもとに入るということでございます。つまりは、政治家、あくまでも選挙によって、民意によって選ばれた政治家の、議員の方々がこのパブリックサーバントをコントロールし、そして、この議員を通じて、選挙を通じて国民の意向というものが防衛政策、安全保障政策、あるいは軍に、日本の場合は自衛隊でございますが、十分に意向が反映される、これこそが何より重要なことであって、もしもこの重要性というものを十分に認知せずに文官統制の議論をするとすれば、これはやはり本末転倒なことであろうと思っております。
そもそも、文官統制というものが一体どのようにできたのか、あるいは文官優位体制ということですが、資料にもお配りしてございますとおり、これは、一九五〇年に警察予備隊の創設がなされます。これはここにいらっしゃる方々は御承知のとおりかと思いますが、この警察予備隊というのは、あくまでも警察がもとになってできている。つまりは、戦前の内務省でございます。
戦前の日本においては、この内務省の警察官僚と軍との間、特に陸軍との間に大変激しいライバル関係がありました。そして、戦前においては、陸軍が優位であり、内務省の警察官僚というものがその下に位置するということで、警察の中には、軍に対する非常に強いアレルギー、嫌悪感、抵抗、対抗心というものがあったわけでございます。それを前提として、警察が軍の上に立つ、これがそもそも警察予備隊ができたときの大きなロジックでした。
しかも、それ以上に重要なのが、実は大きな誤解からこの文官統制というものができたということでございます。これにつきましては、防衛研究所の中島信吾先生が「戦後日本の防衛政策」の中で書かれている、引用されているものをそのまま挙げさせていただきますと、当時、警察予備隊の警務局警備課長でありました後藤田正晴氏が次のように回想しています。
シビリアンコントロールの行き方については林さんには不満がある、僕らにもそれは責任がある、要するにシビリアンコントロールというのは政治が軍に優先するということなんだよ、軍事は政治に従属するものであって、軍事が政治をコントロールすることだけを許さぬというのがシビリアンコントロール、ところが、これを履き違えちゃって、僕らにも責任があるんだけれども、背広を着るやつが優先するんだ、制服を着ているやつはその下だ、これがシビリアンコントロールという考えがあります、これは間違いなく。
つまりは、後藤田氏が述べているとおり、誤解から、そもそも、戦前日本はシビリアンコントロールがなかったわけですから、したがって、この片仮名のシビリアンコントロールが何なのかということがわからなかった。そして、警察官僚は、軍に対してあくまでも警察が上位に立つことをもってシビリアンコントロールと勘違いした。
これは後に間違いだと気づくわけですね。しかしながら、間違いと気づいても、あくまでも警察官僚が軍の上に立ち、権力を持ち、コントロールするということ、これを手放したくないということ。そして、戦前の経験から、やはり軍が大きな力を持つということが危険であるというアレルギー、抵抗感があったわけです。これは、戦前の軍の横暴に対しての警察官僚の非常に強い抵抗心があった。
しかも、それだけではありません。当時、警察予備隊で、多くの旧軍人が復帰しておりました。戦前の旧軍人は、シビリアンコントロールというものとは無縁で政治に介入していたわけですから、したがって、そういった人たちが戦後に後の自衛隊に復帰してきたときに、あくまでも警察官僚が軍をコントロールすることが重要だという認識があった。これがそもそもの文官統制の始まりであります。
ですから、このような、戦前から戦後に移る過渡期において、やむを得ぬ事情があった。戦後の、シビリアンコントロールというものをつくっていく上で、まずは誤解から始まった。しかしながら、同時に、いかにして、日本の戦後の平和国家の中で、国民の間にもある軍へのアレルギーというものを緩和していくか。そのときに、あくまでも背広組である警察官僚が中心となって自衛隊をコントロールするということが国民の信頼を得る上でも必要という認識がされていたわけでございます。
ところが、戦争が終わってもう七十年たっている、そして、もう旧軍人などというものがこの中にはいない。その中で、今、このような、戦後初期につくった、誤解から始まった文官統制というものを、果たしてそこまでこだわって維持する必要がどこまであるのかということでございます。
イギリスの例で申し上げますと、イギリスでは国防省があり、軍人と文官が緊密に連携しているわけですが、これはどちらも、あくまでも民主的な統制を得ないパブリックサーバントでございます。官僚なわけですね。したがって、官僚が防衛政策を握るということがどれだけ危険かという認識のもとに、イギリスでは、国防大臣あるいは副大臣に当たるミニスター・オブ・ステート、そしてさらにはその上に立つ総理大臣が全体の軍の機構をコントロールするということですから、あくまでも政治が軍をコントロールする。
これは、軍というときには、イギリスの国防省であれば、軍人と文官と含めて広い概念での国防軍ということになるかもしれませんが、これをあくまでも政治や民意がコントロールするということが民主主義の社会におけるシビリアンコントロールの本質であって、文官統制という、戦後できた、独特な政治的背景からできたものにこだわることで、我々が、本当に重要なもの、それが冒頭に申し上げましたような文民統制であり、また民主的統制、この重要性を間違っても相対化し、見失ってはいけない。あくまでも国民が、そして議員の皆様方が軍の機構あるいは自衛隊というものを全体としてコントロールすることの重要性というものを指摘したいと思います。
イギリスでは、先ほど申し上げたとおり、シビリアンコントロールの長い伝統があります。そして、軍人と文官というものが協力することによって、より迅速で実効的な政策決定ができるということでございます。
そして、では、なぜ今、日本で改正が必要なのか。それは、今まで以上に迅速に、実効的に、国民の生命の安全を脅かす事態に対応しなければいけない。
これは、東日本大震災もそうですが、自衛隊の運用というものを考えたときに、間違っても自衛隊は外国の土地で戦争する軍隊ではありません、自衛隊というものがあくまでも国民の生命を守るものである以上は、自衛隊の目的というのは、どんなときであっても、運用するときには国民の生命を守るためでなければならない、これは基本的な認識でございます。もちろん、自衛隊法を改正し、本来任務の中で自衛隊を国際平和協力活動に用いるという、従来にはない新しい活動というものは広がってはございますけれども、そもそものこの本来任務の重要な柱であるのは、国民の生命を守ることである。だとすれば、国民の生命を守るために、自衛隊が実効的に運用されなければいけない。
そのときに、戦後初期にできた文官統制という形式にこだわり、迅速な運用ができずに、それによって迅速に、実効的に国民の生命を守れないとすれば、それはそもそも、平和国家として、自衛隊が何のためにあるのか。国民の生命を守るためにある、それが東日本大震災で示されたことであり、また、阪神大震災のときには十分な形で迅速には対応できなかった反省でもあるわけでございます。
だとすれば、今、なぜこの改正が求められているのか。
言うまでもなく、もう既に御理解いただいていらっしゃると思いますが、迅速に、そして実効的に国民の生命を守るために運用するためにはどうしたらいいか、このような問題意識から、この法案というのは、私が察するに、防衛省の中の自衛官の方々とまた文官の方々が緊密に連携して、お互いにとって迅速に行動できるための改正が何なのかということで、これが、自衛官だけでつくって、そして背広の方々の意向を無視してつくるのであれば、これは言うまでもなく制服組の方々の影響力が拡大ということになると思いますが、私の認識、想定では、あくまでもこれは自衛官の方々、制服の方々、そして内局の背広の方々が緊密に連携をとって調整し、よりよく運用できるための方策としてつくられたものであると考えております。
したがって、そのように考えるのであれば、迅速な自衛隊の活動、運用というものを可能とし、そして、そもそも戦後初期のような、自衛隊の任務というものが極めて限られていた時代とは異なり、PKOのような国際平和協力任務、あるいは災害支援、復興支援、あるいはさまざまな自然災害における緊急の支援、さまざまな形で自衛隊が運用されるような今の新しい時代においては、やはり、迅速、実効的に行動するための運用の仕方を、従来とは違う形で変えていく必要があるんだろうというふうに考えております。
御清聴ありがとうございました。私からは以上でございます。拍手
北
白
白石隆#4
○白石参考人 白石でございます。
防衛装備庁と防衛産業技術政策ということについて、考えているところをお話しさせていただきたいと思います。
まず、防衛力の基礎に産業力、技術力があるということは、これは誰もが直ちに理解できることだろうと思いますけれども、こういう、防衛力の基礎にある産業力、技術力をいかに維持し培養するか、あるいは育てていくか、これが、私としては、防衛産業技術政策ということの根幹であると思いますし、それから、防衛装備庁というのはこれをミッションとする、そういう新しい機構であるというふうに考えております。
きょう申し上げますことは、これを少し敷衍して御説明するということでございます。
まず最初に、なぜ、それでは防衛生産、技術基盤あるいは防衛生産技術政策ということを考えなければいけないのかということでございますけれども、防衛生産、技術基盤というのは、これは装備品等、つまり防衛省・自衛隊の任務達成のために使用される火器、車両、施設器材、弾火薬類、誘導武器、通信電子等の装備品、船舶、飛行機その他、これを開発、製造、運用、維持、改造、改修するための人的、物的、技術的基盤というふうに定義できるだろうと思います。
日本の場合、この基盤の特徴というのは、国として工廠を持っていないということでございまして、別の言い方をしますと、民間の防衛産業に完全にこれを依存している、これが日本の特徴でございます。
問題は、防衛産業を、装備品等の開発、製造、修理、運用支援、維持、整備支援等に携わる企業の全体、こういうふうに捉えますと、防衛省向けの生産額、つまり市場規模というのは、現在で二兆円程度でございます。平成二十七年度の予算で見ますと、主要装備品等購入費というのが大体一・二兆円、維持整備費というのが〇・八兆円で、ちょうど大体二兆円くらいの規模でございまして、日本の工業生産額というのは二百五十兆円ございますので、一%以下、あるいは正確に申しますと〇・八%くらいの規模、極めて小さいものでございます。
ということで、防衛省の毎年度の予算でこの防衛産業の市場規模は決まりますけれども、予算は決して、順調に伸びていると言うにはほど遠い状態でございまして、主要装備品等購入費と維持整備費の合計というのは、平成十年から二十五年までは大体一・四兆円から一・五兆円、平成二十六年度で一・七兆円で、二十七年度になって二兆円になっているということでございます。それからまた、平成十七年度から二十五年度にかけましては整備維持費の方が多かったということも、これも事実でございます。
もう一つの問題は、装備品等が急速に高性能化しまして、また複雑になって、その結果、取得単価というのは、つまりそれぞれの装備品というのはどんどん高くなっている。予算は限られていますので、そうしますと、当然のことながら調達数量というのは減っていく。この結果、防衛産業の方から見ますと採算性は低下しておりまして、特に汎用性の低い防衛装備品等関連研究部門とか製造部門の維持というのは次第に困難になっている。
そもそも、日本の防衛産業に携わる企業で、特に大企業の場合には、防衛産業が一番重要な部門になっているなんという企業は一つもございません。ですから、そういう中で、ある意味では国のためということで防衛産業部門を維持している企業が非常に多いものですから、だんだんと事業性が低下していきますと、社内的にもそれを維持することは難しくなりますし、サポーティングインダストリーの場合にはこれで破綻してしまう、そういう企業も全くないことはございません。当然ながら、事業性が低下していくときには、研究開発投資に対して十分な資金も回していけない。これがおおよその現状でございます。
問題は、こういう現状を踏まえて、それではどうすればいいのかということでございます。
ですから、全部を維持することはもうできませんので、国の方から見ますと、国内に保持すべきものを選んで、その分野の維持、育成に注力するしかないだろう。つまり、選択と集中の実現によって安定的かつ中長期的に防衛力の産業基盤あるいは技術基盤というのを維持、培養していくということになる。これは国の方からの観点でございます。
一方、民間企業という観点から考えますと、民間企業にとって極めて重要なことは、投資の予測可能性を少しでも高めてあげるということでございまして、そのためには、できる限りリスクを抑制して、長期的観点から企業として投資を行い、さらには研究開発、人材育成を行えるようにする、これが非常に重要なことである。
この二つのことを念頭に置いて、防衛力の基盤にある産業力、技術力を維持、培養していく、これが私は装備庁の主たるミッションであるというふうに考えております。
その上で、二点考えるべきことを申し上げたいと思います。
一つは、日本の防衛力の基盤にあります産業力、技術力というのを維持、育成していく上で、理論的には三つのことが考えられます。
一つは、市場規模を拡大するということ。これは、端的に言いますと、輸出をもっとやるということでございますけれども、日本の場合には、平和国家という国是がございますので、これはなかなかそう簡単にはできない。例えばドイツは非常に熱心に輸出をやっておりますけれども、私は、日本の場合にはこれについてはなかなか難しかろう、むしろ、極めて抑制的あるいは限定的に、防衛装備移転というのは日本の安全保障に資する、こういう条件のもとで防衛装備移転はやりますというのが今のところの大きな合意ではないだろうかというふうに考えております。
それから二点目は、生産性を向上させるということでございまして、ここにおきましては、研究開発システムにおける産官学の協働というのが極めて重要になってまいります。
それから三番目は、産業政策、特に企業統合でございますけれども、これは、民間企業、日本の場合には防衛産業というのは全て民間でございますので、なかなか国として、企業を統合しろというふうなことは言えない、これは民間の方がやるべきことだろうというふうに考えております。
そこで、まず最初に、市場拡大ということについて考えますと、結局、先ほど申しましたように、防衛装備の移転にかかわる政策的な課題というのは、これはあくまで日本の安全保障に資する、こういう条件で行われるべきですけれども、三つぐらい重要な意義があるだろうと私は考えております。
一つは、同盟、連携関係の強化と相互運用性の向上ということでございまして、これは、日米同盟ということを考えますと、ここでやはり防衛技術協力あるいは防衛産業協力を実施するということは非常に大きな意味があるだろう。それからもう一つは、現在、日本とオーストラリアの間で少し防衛技術の協力が始まっておりますけれども、これも、実際にオーストラリアの要人と話をしておりますと、日豪の安全保障協力においては非常に大きな意義があるというふうに私としては見ております。
もう一つ、防衛装備移転にかかわる課題として重要なことは、次世代の装備品等の技術開発、さらには生産コストの低減、リスク分散、それから、日本にはないけれども、例えばアメリカにある先端的な技術へのアクセス、こういうことでございます。
それから三番目は、企業経営基盤の維持、育成、高度化ということでございまして、特に、部品産業の市場拡大ということではこれはなかなか意味があることではないだろうかと考えております。
もう一つ重要なことは、生産性を向上させ、さらには次世代の防衛技術開発を行う上で、研究開発システムにおける産学官の協力をどう進めるか、こういう課題でございます。
現在の安全保障の大きな趨勢を見ますと、二つ、ほぼ確実に言えることがあるのではないかというふうに考えます。
一つは、海中から宇宙まで、安全保障を考えるときに一体的に考えなければいけないということ、これが一つでございまして、もう一つは、サイバー社会というのはこれからも急速に進んでいく、つまり、サイバー空間と現実の空間の融合というのはこれからますます進んでいく、この安全保障をどう考えるかということでございます。
サイバー社会につきましては、もう既に、それこそ新幹線から発送電あるいは銀行システムに至るまで、我々の生活というのは、あらゆるところで極めて高度で複雑な技術システムの上に成立しておりますけれども、同時に、インターネットが広がり、スマートフォンが広がり、ウエアラブルが普及し、物のインターネットが拡大していきますと、我々の生活というのはあらゆる面でサイバー空間に依存するようになってまいります。この安全保障をどうするのかということ、これは極めて重要な課題でございます。
これを全て、私は別に防衛省が担当するというふうには考えておりませんけれども、少なくとも、その中で、狭い意味での防衛のところだけの技術的な趨勢を考えましても、サイバー化、つまり、情報通信における革命的な技術進化ということに対して、これをどう使っていくのか。
さらには、無人化。これで重要なのは、情報通信技術、さらにはロボティクス、それからブレーン・マシン・インターフェース、こういうものでございます。それからさらにナノテクノロジー、こういうものを使っていかにして次世代の防衛装備を開発していくのかというのは、これは極めて重要なことでございます。
その際に、もうこれは皆様よく御存じだと思いますけれども、技術そのものには軍用も民用もございません。電子レンジというのは、もともとこれは軍用のものとして開発されましたし、例えば情報通信技術というのは、もうインターネットなんというのももともとは安全保障の技術としてつくられたものでございます。
重要なことは、こういう安全保障の観点から日本の技術動向を見る、外国の技術動向を見る。どこに、誰が、どういう技術を持っているのかということを常に見ながら、日本の外に出してはいけないものは出させないし、外でぜひ欲しいものはとってくる。そういうことができる人たちを育てていく。これも、数年ごとにローテーションをするような、そういうところではできません。こういう非常に高度の技術的な能力を持った、技術戦略を組み立てることのできる人たちを育てていく、これも防衛装備庁の大きな課題になるだろうというふうに考えております。
これで私の報告は終わらせていただきます。どうもありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →防衛装備庁と防衛産業技術政策ということについて、考えているところをお話しさせていただきたいと思います。
まず、防衛力の基礎に産業力、技術力があるということは、これは誰もが直ちに理解できることだろうと思いますけれども、こういう、防衛力の基礎にある産業力、技術力をいかに維持し培養するか、あるいは育てていくか、これが、私としては、防衛産業技術政策ということの根幹であると思いますし、それから、防衛装備庁というのはこれをミッションとする、そういう新しい機構であるというふうに考えております。
きょう申し上げますことは、これを少し敷衍して御説明するということでございます。
まず最初に、なぜ、それでは防衛生産、技術基盤あるいは防衛生産技術政策ということを考えなければいけないのかということでございますけれども、防衛生産、技術基盤というのは、これは装備品等、つまり防衛省・自衛隊の任務達成のために使用される火器、車両、施設器材、弾火薬類、誘導武器、通信電子等の装備品、船舶、飛行機その他、これを開発、製造、運用、維持、改造、改修するための人的、物的、技術的基盤というふうに定義できるだろうと思います。
日本の場合、この基盤の特徴というのは、国として工廠を持っていないということでございまして、別の言い方をしますと、民間の防衛産業に完全にこれを依存している、これが日本の特徴でございます。
問題は、防衛産業を、装備品等の開発、製造、修理、運用支援、維持、整備支援等に携わる企業の全体、こういうふうに捉えますと、防衛省向けの生産額、つまり市場規模というのは、現在で二兆円程度でございます。平成二十七年度の予算で見ますと、主要装備品等購入費というのが大体一・二兆円、維持整備費というのが〇・八兆円で、ちょうど大体二兆円くらいの規模でございまして、日本の工業生産額というのは二百五十兆円ございますので、一%以下、あるいは正確に申しますと〇・八%くらいの規模、極めて小さいものでございます。
ということで、防衛省の毎年度の予算でこの防衛産業の市場規模は決まりますけれども、予算は決して、順調に伸びていると言うにはほど遠い状態でございまして、主要装備品等購入費と維持整備費の合計というのは、平成十年から二十五年までは大体一・四兆円から一・五兆円、平成二十六年度で一・七兆円で、二十七年度になって二兆円になっているということでございます。それからまた、平成十七年度から二十五年度にかけましては整備維持費の方が多かったということも、これも事実でございます。
もう一つの問題は、装備品等が急速に高性能化しまして、また複雑になって、その結果、取得単価というのは、つまりそれぞれの装備品というのはどんどん高くなっている。予算は限られていますので、そうしますと、当然のことながら調達数量というのは減っていく。この結果、防衛産業の方から見ますと採算性は低下しておりまして、特に汎用性の低い防衛装備品等関連研究部門とか製造部門の維持というのは次第に困難になっている。
そもそも、日本の防衛産業に携わる企業で、特に大企業の場合には、防衛産業が一番重要な部門になっているなんという企業は一つもございません。ですから、そういう中で、ある意味では国のためということで防衛産業部門を維持している企業が非常に多いものですから、だんだんと事業性が低下していきますと、社内的にもそれを維持することは難しくなりますし、サポーティングインダストリーの場合にはこれで破綻してしまう、そういう企業も全くないことはございません。当然ながら、事業性が低下していくときには、研究開発投資に対して十分な資金も回していけない。これがおおよその現状でございます。
問題は、こういう現状を踏まえて、それではどうすればいいのかということでございます。
ですから、全部を維持することはもうできませんので、国の方から見ますと、国内に保持すべきものを選んで、その分野の維持、育成に注力するしかないだろう。つまり、選択と集中の実現によって安定的かつ中長期的に防衛力の産業基盤あるいは技術基盤というのを維持、培養していくということになる。これは国の方からの観点でございます。
一方、民間企業という観点から考えますと、民間企業にとって極めて重要なことは、投資の予測可能性を少しでも高めてあげるということでございまして、そのためには、できる限りリスクを抑制して、長期的観点から企業として投資を行い、さらには研究開発、人材育成を行えるようにする、これが非常に重要なことである。
この二つのことを念頭に置いて、防衛力の基盤にある産業力、技術力を維持、培養していく、これが私は装備庁の主たるミッションであるというふうに考えております。
その上で、二点考えるべきことを申し上げたいと思います。
一つは、日本の防衛力の基盤にあります産業力、技術力というのを維持、育成していく上で、理論的には三つのことが考えられます。
一つは、市場規模を拡大するということ。これは、端的に言いますと、輸出をもっとやるということでございますけれども、日本の場合には、平和国家という国是がございますので、これはなかなかそう簡単にはできない。例えばドイツは非常に熱心に輸出をやっておりますけれども、私は、日本の場合にはこれについてはなかなか難しかろう、むしろ、極めて抑制的あるいは限定的に、防衛装備移転というのは日本の安全保障に資する、こういう条件のもとで防衛装備移転はやりますというのが今のところの大きな合意ではないだろうかというふうに考えております。
それから二点目は、生産性を向上させるということでございまして、ここにおきましては、研究開発システムにおける産官学の協働というのが極めて重要になってまいります。
それから三番目は、産業政策、特に企業統合でございますけれども、これは、民間企業、日本の場合には防衛産業というのは全て民間でございますので、なかなか国として、企業を統合しろというふうなことは言えない、これは民間の方がやるべきことだろうというふうに考えております。
そこで、まず最初に、市場拡大ということについて考えますと、結局、先ほど申しましたように、防衛装備の移転にかかわる政策的な課題というのは、これはあくまで日本の安全保障に資する、こういう条件で行われるべきですけれども、三つぐらい重要な意義があるだろうと私は考えております。
一つは、同盟、連携関係の強化と相互運用性の向上ということでございまして、これは、日米同盟ということを考えますと、ここでやはり防衛技術協力あるいは防衛産業協力を実施するということは非常に大きな意味があるだろう。それからもう一つは、現在、日本とオーストラリアの間で少し防衛技術の協力が始まっておりますけれども、これも、実際にオーストラリアの要人と話をしておりますと、日豪の安全保障協力においては非常に大きな意義があるというふうに私としては見ております。
もう一つ、防衛装備移転にかかわる課題として重要なことは、次世代の装備品等の技術開発、さらには生産コストの低減、リスク分散、それから、日本にはないけれども、例えばアメリカにある先端的な技術へのアクセス、こういうことでございます。
それから三番目は、企業経営基盤の維持、育成、高度化ということでございまして、特に、部品産業の市場拡大ということではこれはなかなか意味があることではないだろうかと考えております。
もう一つ重要なことは、生産性を向上させ、さらには次世代の防衛技術開発を行う上で、研究開発システムにおける産学官の協力をどう進めるか、こういう課題でございます。
現在の安全保障の大きな趨勢を見ますと、二つ、ほぼ確実に言えることがあるのではないかというふうに考えます。
一つは、海中から宇宙まで、安全保障を考えるときに一体的に考えなければいけないということ、これが一つでございまして、もう一つは、サイバー社会というのはこれからも急速に進んでいく、つまり、サイバー空間と現実の空間の融合というのはこれからますます進んでいく、この安全保障をどう考えるかということでございます。
サイバー社会につきましては、もう既に、それこそ新幹線から発送電あるいは銀行システムに至るまで、我々の生活というのは、あらゆるところで極めて高度で複雑な技術システムの上に成立しておりますけれども、同時に、インターネットが広がり、スマートフォンが広がり、ウエアラブルが普及し、物のインターネットが拡大していきますと、我々の生活というのはあらゆる面でサイバー空間に依存するようになってまいります。この安全保障をどうするのかということ、これは極めて重要な課題でございます。
これを全て、私は別に防衛省が担当するというふうには考えておりませんけれども、少なくとも、その中で、狭い意味での防衛のところだけの技術的な趨勢を考えましても、サイバー化、つまり、情報通信における革命的な技術進化ということに対して、これをどう使っていくのか。
さらには、無人化。これで重要なのは、情報通信技術、さらにはロボティクス、それからブレーン・マシン・インターフェース、こういうものでございます。それからさらにナノテクノロジー、こういうものを使っていかにして次世代の防衛装備を開発していくのかというのは、これは極めて重要なことでございます。
その際に、もうこれは皆様よく御存じだと思いますけれども、技術そのものには軍用も民用もございません。電子レンジというのは、もともとこれは軍用のものとして開発されましたし、例えば情報通信技術というのは、もうインターネットなんというのももともとは安全保障の技術としてつくられたものでございます。
重要なことは、こういう安全保障の観点から日本の技術動向を見る、外国の技術動向を見る。どこに、誰が、どういう技術を持っているのかということを常に見ながら、日本の外に出してはいけないものは出させないし、外でぜひ欲しいものはとってくる。そういうことができる人たちを育てていく。これも、数年ごとにローテーションをするような、そういうところではできません。こういう非常に高度の技術的な能力を持った、技術戦略を組み立てることのできる人たちを育てていく、これも防衛装備庁の大きな課題になるだろうというふうに考えております。
これで私の報告は終わらせていただきます。どうもありがとうございました。拍手
北
武
武蔵勝宏#6
○武蔵参考人 同志社大学の武蔵勝宏でございます。
私は、文官統制のあり方につきまして、資料に基づきまして、本法案に関する意見を述べたいと思います。
まず、日本の文民統制は、戦前の日本で統帥権の独立の名のもとに軍部の暴走を許したとの反省から、民主主義国家における軍事に対する政治の優先の考え方を導入したものである。
そのため、戦前のような統帥権の独立や、軍部大臣武官制は認められず、国務大臣は文官でなければならない。また、内閣総理大臣が自衛隊の最高指揮監督権を有し、防衛大臣が自衛隊の隊務を統括する。国民の代表である国会が法律と予算の議決権を通じて、自衛隊の行動や権限、自衛官の定数や主要組織を議決し、防衛出動などの承認権を持つ。このように、内閣や国会によって自衛隊に対する文民統制が確立され、今日まで機能してきたと考えられる。
ところが、こうした自衛隊に対する統制に加え、保安庁、防衛庁の設置に際し、防衛庁長官の補佐を通して内局が幕僚監部の制服組を統制する仕組みが取り入れられることとなった。
戦後の防衛庁では、戦前のような軍政、軍令事項を分けず、内局と幕僚監部の双方に防衛庁長官の指揮監督が及ぶ。その際、内局の官房長及び局長が、自衛隊に関する基本的な方針、計画に関して、防衛庁長官が各幕僚長に出す指示、承認、一般的監督について長官を補佐する、いわば統制補佐権を有してきた。その結果、内局は、その所掌事務とする、防衛及び警備の基本及び調整、自衛隊の行動の基本、訓練の基本を含む、自衛隊の全隊務に関し、政策的、方針的な大枠を主体的に策定し、各幕僚監部は内局の監督のもとでそれを実施するという、実質的な上下関係が今日まで維持されてきたのである。
文民政治家の長を最高司令官とする軍事中央機構では、軍の組織全体に対して責任を負う国防大臣の指揮監督のもとに、行政的業務に携わる文官部局と参謀総長が並列に置かれるという均衡型が多く採用されている。
しかし、日本では、十二条の統制補佐権を根拠に、防衛大臣のもとに内局が存在し、その下に各幕僚監部が実質的に置かれるという文官優位が形成されてきた。
このような仕組みを採用したのは、戦前の軍部が、軍令のみならず、国の政策や政治にまで介入したことがその原点にあると思われる。また、警察予備隊から保安隊、自衛隊に規模が拡大するにつれ、旧軍人を登用せざるを得ず、自衛隊の高級幹部が旧軍人によって占められていたことも、内局による統制を正当化することとなった。
しかも、内局幹部への制服組の任用制限が廃止されたにもかかわらず、内局は文官のみによって構成され、内局と幕僚監部の上下関係が、文官による制服組の統制をもたらすという特異な構造が生まれることとなったのである。日本のように内部部局が文官のみによって構成される仕組みは特殊なものであり、英米仏独の中枢機構の内局においては、文官と制服組が約七対三の割合で混在しているのが一般的である。また、内局が軍令事項にまで関与するのは、ほかの国の防衛機構にない仕組みである。
このような文官統制については、肯定する意見がある一方、自衛隊法上、各幕僚長が隊務に関し最高の専門的助言者として防衛大臣を補佐するとの規定を根拠に、軍事専門家でない文官が統制補佐権を有することで、軍事的合理性を損なうとの否定的な意見も存在してきた。
この日本独特の特異な仕組みのうち、内局が文官のみによって占められている問題は、百八十六回国会で、自衛官は必要があると認めるときにのみ内局での勤務を認めるという特例規定が廃止され、既に内局に自衛官のポストが定員化されている。文官と自衛官の一体感の醸成を目的に、今後、内局における文官と制服組の混在化はさらに進むと思われる。
一方で、内局による文官統制の根拠とされてきた防衛参事官制度は二〇〇九年に廃止されており、防衛省改革の仕上げとして今国会に提出されたのが本法案である。
次に、今国会の改正案では、文官統制について、次の二点が主に見直される。
第一点は、官房長及び局長と幕僚長の関係に係る十二条の改正である。これまで、十二条は、内局が防衛大臣の補佐を通じて自衛隊の運用や防衛力整備、予算編成、装備調達等について文官主導をもたらしてきた根拠規定ともされてきた。今回の改正では、同規定を、政策的見地からの大臣補佐の対象について、幕僚長や幕僚監部に関するものに限定している現行のような規定とはせず、省の任務を達成するための省の所掌事務の遂行とする。政策的見地からの大臣補佐は、幕僚長による軍事専門的見地からの大臣補佐と相まって行われることを明記するとしている。
また、この改正にあわせて、内局の所掌事務に、防衛省の所掌事務全体について各部局及び機関の施策の統一を図るため、総合調整機能を加えることとしている。
これらの改正によって、これまで、軍事専門的な領域に内局が関与し、軍事的適合性を欠いていたとされる問題を解消できるかもしれない。他方で、内局には、政策的な見地から施策の統一を図る役割が付与されたことに伴い、内局による制服組に対するチェック機能も一定の担保が確保されたとも言える。河野統幕長も、記者会見において、統幕は軍事専門的な観点から部隊の行動を立案計画するが、政策的な見地に立つ内局と調整して、最終的には防衛大臣に判断をいただくと発言しており、現状との変更はないとしている。
しかし、内局との調整は、運用次第で弱められる可能性があるのではないか。これまでは、十二条において指示、承認、一般的監督の大臣補佐が規定されているがゆえに、幕僚監部の持つ情報が全て内局を通じて防衛大臣に報告されてきた。しかし、十二条から一般的監督の補佐が削除されることによって、法改正後は、内局との調整を経なくとも、統幕長からの情報が直接防衛大臣に上がり、防衛大臣から各幕僚長に対して直接指示が出せるようにもなる。今後、災害派遣やPKO、ミサイル対応、離島防衛など、迅速性がより要求されるほど、自衛隊の部隊を動かす際、統幕長が内局を通さず直接防衛大臣に運用計画を上げ、命令を受けられるようになる機会がふえるのではないか。
イージス艦「あたご」の衝突事故では、内局との調整に手間取り、防衛大臣への報告が二時間後となったことは記憶に新しい。
確かに、報告経路の一元化は、部隊の運用面で迅速な情報収集や効果的な意思決定が行えるようになる。しかし、こうした迅速性が求められるほど、内局の関与が限定され、防衛大臣の判断に当たって、統幕長の軍事的助言が優先される可能性はないだろうか。その結果、軍事専門的見地からの必要性が重視され、制服組に都合のいい情報が防衛大臣に優先的に上がる可能性も排除できない。イラク給油量取り違え問題に見られるような情報隠蔽や情報操作の危険性も生じ得る。
運用面だけでなく、防衛計画や装備調達においても、内局の関与が政策的見地に限定され、制服組の軍事的合理性からの主張によって防衛予算や装備調達が過大にならないか。
このように、軍事的見地からの補佐についても、その役割を制服組だけに限定すると、軍事的合理性が優先され過ぎる嫌いがある。すなわち、制服組は、本質的に、設定された目標を達成することに主眼が置かれ、コストその他の非軍事的要因に対する意識が希薄である。
一方、文官は、政策、法制、予算など、制服組が必ずしも得意としない分野に精通している。したがって、制服組だけで運用や計画を立案するよりも、文官のチェック機能を加えた方が、政治経済的にも、より実現可能性の高いプランを作成することができる。内局の役割を政策的見地に限定し、総合調整機能を付与するだけでは、こうしたチェック機能は十分に果たせないのではないか。
二点目は、こうした内局の役割が限定化される中で、内局で自衛隊の運用の基本を担当してきた運用企画局を廃止し、統合幕僚監部に一元化することである。
本改正案では、条文上は、統合幕僚監部が関係省庁や地方公共団体に対して情報連絡や調整の業務を行うことを所掌事務に追加することが規定されているだけである。しかし、既に成立した二〇一五年度予算で、運用企画局を廃止し、対外説明や、統幕長に対して政策的見地からの補佐を行う、統幕副長級の文官ポストである運用政策総括官及び部課長級の文官ポストである運用政策官を新設追加することが決定済みである。また、運用に関する法令の企画立案、運用支援機能等は防衛政策局へ移管し、防衛政策局事態法制課が所掌することになる。
これまで、内局と統幕の両組織の業務が重複し、緊急事態において部隊の移動や配置などで遅滞が生じかねないという懸念があった。中谷防衛大臣も、記者会見において、自衛隊による救出活動やミサイル対応、不審船対応など緊急事態において防衛大臣による迅速な判断と部隊の行動が必要であり、統幕に一元化して、政策的な見地も加味しつつ防衛大臣に報告することで、重複による時間的なロスや作業の無駄がなくなるとしている。
このような迅速性、効率性の向上が運用組織の一元化で期待できる反面で、制服組が独断で行動する心配はないだろうか。自衛隊の運用には、軍事的合理性だけでなく、政策や情勢に関する総合的な視点からの判断が求められるが、その役割は、文官が統幕の組織の一員として行使するだけではなく、独立した内局の組織としても関与する必要があるのではないか。
例えば、自衛隊の国際平和協力業務の場合、これまでは、防衛大臣が決裁する実施要項の策定や行動命令の起案は、運用企画局が統幕と連絡調整しながら作成していた。しかし、一元化後は、統幕長の監督下で、運用政策官付と運用第二課が担当することになり、制服組と文官が同一セクションにおいて共同で行うことになる。統合幕僚監部に配属された文官は統幕長の監督下に置かれ、運用企画局長の監督下で業務を行うのとでは、指揮命令系統が異なることになる。その結果、これまでのような文官の持つ情報や知見を政策的見地から十分に生かすことができなくなるのではないか。
もちろん、運用面に関する法令面での企画立案機能は内局が保持し、内局が総合調整機能も行使することは可能であるが、十二条の改正とともに運用企画局を廃止することで、内局のチェック機能は弱まるおそれがある。
なお、防衛出動などの重要案件に際しては、内局局長や各幕僚長をメンバーとする防衛会議の審議を経て、防衛大臣が最終的に判断する手続も踏襲される。「防衛省改革の方向性」では、「防衛会議の下、事態対処のための効率的な調整組織を構築すること」が明記されている。運用局の機能が統合幕僚監部に一元化された場合、内局がチェック機能を果たすためには、この運用に特化した調整組織が重要な役割を持つことになろう。
以上述べてきた論点を踏まえ、内局と幕僚監部の関係のあり方について私見を述べたい。
まず、大臣と制服組の利害が一致する場合、シビリアンコントロールが働き、内局の介在の余地は限られる。これに対して、大臣と制服組の利害が相反する場合に、シビリアンコントロールは機能不全に陥りやすい。
例えば、大臣が軍事的オプションに消極的で、制服組がそれに積極的な場合、制服組による要求、圧迫や情報操作がロビー活動や実力行使等によって顕在化する。逆に、大臣が軍事的オプションに積極的で、制服組がそれに消極的な場合、制服組による反対や抵抗がロビー活動やサボタージュ等によって顕在化する。内局の組織的役割は、こうした大臣と制服組の利害が相反する際に、両者の間にあって、政治、行政と軍事の間の利害調整を行うことにあるのではないか。そうした点で、内局が自衛隊の行動に関してチェック機能を維持するためにも、十二条の改正は慎重に判断すべきである。
もっとも、現行の十二条を存続させたとしても、文官と制服組の相互牽制によって自衛隊の行動を抑制する方法は、現在の、自衛隊を積極的に活用する状況においては適合的ではないと思われる。
これまで、文官統制という言葉には、文官が優位な立場で制服組に指示、命令するという意味合いがあった。しかし、本来、内局と幕僚監部はともに防衛大臣の補佐機関であり、政策的見地からの内局と軍事専門的見地からの各幕幕僚長が車の両輪のごとく相互に調整、吻合しながら防衛大臣を適切に補佐することがシビリアンコントロールを強化することにつながるものである。そうした点で、内局と制服組が、それぞれの組織的利害から対立し、防衛大臣に対する補佐において行き違いがあるようでは、シビリアンコントロールは機能しない。文官と制服組が協働して防衛省・自衛隊という組織を効率的に運用していくことこそが必要であろう。
これまで、文官と制服組には相互の人事交流もなく、文官は軍事専門的知識に乏しく、制服組は政治や政策に疎いという欠点があった。今後は、文官と制服組の相互配置を進め、相互の関係を緊密化し、一体感を醸成することが、防衛大臣の補佐を適切にすることになると考えられる。内局への配置によって、制服組の軍事的知見を政策形成に反映させ、制服組にとっても、軍人的視野を広げることができる。文官の部隊や幕僚監部への配置は、軍事専門的知識や調整能力を高めることになろう。
新設される防衛装備庁は、外局として初の本格的なUC混合組織になる。異なる文化を持つ集団の混合組織となることから、統合のメリットを生かしつつ、大規模な組織のマネジメントと、不正を防止するためのガバナンスをいかに確立するかが課題となる。防衛装備庁を試金石として、中央部局である内部部局においても、制服組と文官のそれぞれが専門性を生かし、部分最適よりも全体最適を達成する効率的な組織の確立を目指すべきであろう。
翻って、防衛省改革で是正すべきは文官と制服組の不毛な優劣関係とその意識であり、大臣を政策的見地から補佐する内局の監督権限の削除は、大臣のシビリアンコントロールを弱めこそすれ、強化するものではない。自衛隊の運用や防衛計画の作成などにおいて、内局と幕僚監部が情報を確実に共有し、協働して防衛大臣を支える組織の確立こそが求められていると言えよう。
以上でございます。拍手
この発言だけを見る →私は、文官統制のあり方につきまして、資料に基づきまして、本法案に関する意見を述べたいと思います。
まず、日本の文民統制は、戦前の日本で統帥権の独立の名のもとに軍部の暴走を許したとの反省から、民主主義国家における軍事に対する政治の優先の考え方を導入したものである。
そのため、戦前のような統帥権の独立や、軍部大臣武官制は認められず、国務大臣は文官でなければならない。また、内閣総理大臣が自衛隊の最高指揮監督権を有し、防衛大臣が自衛隊の隊務を統括する。国民の代表である国会が法律と予算の議決権を通じて、自衛隊の行動や権限、自衛官の定数や主要組織を議決し、防衛出動などの承認権を持つ。このように、内閣や国会によって自衛隊に対する文民統制が確立され、今日まで機能してきたと考えられる。
ところが、こうした自衛隊に対する統制に加え、保安庁、防衛庁の設置に際し、防衛庁長官の補佐を通して内局が幕僚監部の制服組を統制する仕組みが取り入れられることとなった。
戦後の防衛庁では、戦前のような軍政、軍令事項を分けず、内局と幕僚監部の双方に防衛庁長官の指揮監督が及ぶ。その際、内局の官房長及び局長が、自衛隊に関する基本的な方針、計画に関して、防衛庁長官が各幕僚長に出す指示、承認、一般的監督について長官を補佐する、いわば統制補佐権を有してきた。その結果、内局は、その所掌事務とする、防衛及び警備の基本及び調整、自衛隊の行動の基本、訓練の基本を含む、自衛隊の全隊務に関し、政策的、方針的な大枠を主体的に策定し、各幕僚監部は内局の監督のもとでそれを実施するという、実質的な上下関係が今日まで維持されてきたのである。
文民政治家の長を最高司令官とする軍事中央機構では、軍の組織全体に対して責任を負う国防大臣の指揮監督のもとに、行政的業務に携わる文官部局と参謀総長が並列に置かれるという均衡型が多く採用されている。
しかし、日本では、十二条の統制補佐権を根拠に、防衛大臣のもとに内局が存在し、その下に各幕僚監部が実質的に置かれるという文官優位が形成されてきた。
このような仕組みを採用したのは、戦前の軍部が、軍令のみならず、国の政策や政治にまで介入したことがその原点にあると思われる。また、警察予備隊から保安隊、自衛隊に規模が拡大するにつれ、旧軍人を登用せざるを得ず、自衛隊の高級幹部が旧軍人によって占められていたことも、内局による統制を正当化することとなった。
しかも、内局幹部への制服組の任用制限が廃止されたにもかかわらず、内局は文官のみによって構成され、内局と幕僚監部の上下関係が、文官による制服組の統制をもたらすという特異な構造が生まれることとなったのである。日本のように内部部局が文官のみによって構成される仕組みは特殊なものであり、英米仏独の中枢機構の内局においては、文官と制服組が約七対三の割合で混在しているのが一般的である。また、内局が軍令事項にまで関与するのは、ほかの国の防衛機構にない仕組みである。
このような文官統制については、肯定する意見がある一方、自衛隊法上、各幕僚長が隊務に関し最高の専門的助言者として防衛大臣を補佐するとの規定を根拠に、軍事専門家でない文官が統制補佐権を有することで、軍事的合理性を損なうとの否定的な意見も存在してきた。
この日本独特の特異な仕組みのうち、内局が文官のみによって占められている問題は、百八十六回国会で、自衛官は必要があると認めるときにのみ内局での勤務を認めるという特例規定が廃止され、既に内局に自衛官のポストが定員化されている。文官と自衛官の一体感の醸成を目的に、今後、内局における文官と制服組の混在化はさらに進むと思われる。
一方で、内局による文官統制の根拠とされてきた防衛参事官制度は二〇〇九年に廃止されており、防衛省改革の仕上げとして今国会に提出されたのが本法案である。
次に、今国会の改正案では、文官統制について、次の二点が主に見直される。
第一点は、官房長及び局長と幕僚長の関係に係る十二条の改正である。これまで、十二条は、内局が防衛大臣の補佐を通じて自衛隊の運用や防衛力整備、予算編成、装備調達等について文官主導をもたらしてきた根拠規定ともされてきた。今回の改正では、同規定を、政策的見地からの大臣補佐の対象について、幕僚長や幕僚監部に関するものに限定している現行のような規定とはせず、省の任務を達成するための省の所掌事務の遂行とする。政策的見地からの大臣補佐は、幕僚長による軍事専門的見地からの大臣補佐と相まって行われることを明記するとしている。
また、この改正にあわせて、内局の所掌事務に、防衛省の所掌事務全体について各部局及び機関の施策の統一を図るため、総合調整機能を加えることとしている。
これらの改正によって、これまで、軍事専門的な領域に内局が関与し、軍事的適合性を欠いていたとされる問題を解消できるかもしれない。他方で、内局には、政策的な見地から施策の統一を図る役割が付与されたことに伴い、内局による制服組に対するチェック機能も一定の担保が確保されたとも言える。河野統幕長も、記者会見において、統幕は軍事専門的な観点から部隊の行動を立案計画するが、政策的な見地に立つ内局と調整して、最終的には防衛大臣に判断をいただくと発言しており、現状との変更はないとしている。
しかし、内局との調整は、運用次第で弱められる可能性があるのではないか。これまでは、十二条において指示、承認、一般的監督の大臣補佐が規定されているがゆえに、幕僚監部の持つ情報が全て内局を通じて防衛大臣に報告されてきた。しかし、十二条から一般的監督の補佐が削除されることによって、法改正後は、内局との調整を経なくとも、統幕長からの情報が直接防衛大臣に上がり、防衛大臣から各幕僚長に対して直接指示が出せるようにもなる。今後、災害派遣やPKO、ミサイル対応、離島防衛など、迅速性がより要求されるほど、自衛隊の部隊を動かす際、統幕長が内局を通さず直接防衛大臣に運用計画を上げ、命令を受けられるようになる機会がふえるのではないか。
イージス艦「あたご」の衝突事故では、内局との調整に手間取り、防衛大臣への報告が二時間後となったことは記憶に新しい。
確かに、報告経路の一元化は、部隊の運用面で迅速な情報収集や効果的な意思決定が行えるようになる。しかし、こうした迅速性が求められるほど、内局の関与が限定され、防衛大臣の判断に当たって、統幕長の軍事的助言が優先される可能性はないだろうか。その結果、軍事専門的見地からの必要性が重視され、制服組に都合のいい情報が防衛大臣に優先的に上がる可能性も排除できない。イラク給油量取り違え問題に見られるような情報隠蔽や情報操作の危険性も生じ得る。
運用面だけでなく、防衛計画や装備調達においても、内局の関与が政策的見地に限定され、制服組の軍事的合理性からの主張によって防衛予算や装備調達が過大にならないか。
このように、軍事的見地からの補佐についても、その役割を制服組だけに限定すると、軍事的合理性が優先され過ぎる嫌いがある。すなわち、制服組は、本質的に、設定された目標を達成することに主眼が置かれ、コストその他の非軍事的要因に対する意識が希薄である。
一方、文官は、政策、法制、予算など、制服組が必ずしも得意としない分野に精通している。したがって、制服組だけで運用や計画を立案するよりも、文官のチェック機能を加えた方が、政治経済的にも、より実現可能性の高いプランを作成することができる。内局の役割を政策的見地に限定し、総合調整機能を付与するだけでは、こうしたチェック機能は十分に果たせないのではないか。
二点目は、こうした内局の役割が限定化される中で、内局で自衛隊の運用の基本を担当してきた運用企画局を廃止し、統合幕僚監部に一元化することである。
本改正案では、条文上は、統合幕僚監部が関係省庁や地方公共団体に対して情報連絡や調整の業務を行うことを所掌事務に追加することが規定されているだけである。しかし、既に成立した二〇一五年度予算で、運用企画局を廃止し、対外説明や、統幕長に対して政策的見地からの補佐を行う、統幕副長級の文官ポストである運用政策総括官及び部課長級の文官ポストである運用政策官を新設追加することが決定済みである。また、運用に関する法令の企画立案、運用支援機能等は防衛政策局へ移管し、防衛政策局事態法制課が所掌することになる。
これまで、内局と統幕の両組織の業務が重複し、緊急事態において部隊の移動や配置などで遅滞が生じかねないという懸念があった。中谷防衛大臣も、記者会見において、自衛隊による救出活動やミサイル対応、不審船対応など緊急事態において防衛大臣による迅速な判断と部隊の行動が必要であり、統幕に一元化して、政策的な見地も加味しつつ防衛大臣に報告することで、重複による時間的なロスや作業の無駄がなくなるとしている。
このような迅速性、効率性の向上が運用組織の一元化で期待できる反面で、制服組が独断で行動する心配はないだろうか。自衛隊の運用には、軍事的合理性だけでなく、政策や情勢に関する総合的な視点からの判断が求められるが、その役割は、文官が統幕の組織の一員として行使するだけではなく、独立した内局の組織としても関与する必要があるのではないか。
例えば、自衛隊の国際平和協力業務の場合、これまでは、防衛大臣が決裁する実施要項の策定や行動命令の起案は、運用企画局が統幕と連絡調整しながら作成していた。しかし、一元化後は、統幕長の監督下で、運用政策官付と運用第二課が担当することになり、制服組と文官が同一セクションにおいて共同で行うことになる。統合幕僚監部に配属された文官は統幕長の監督下に置かれ、運用企画局長の監督下で業務を行うのとでは、指揮命令系統が異なることになる。その結果、これまでのような文官の持つ情報や知見を政策的見地から十分に生かすことができなくなるのではないか。
もちろん、運用面に関する法令面での企画立案機能は内局が保持し、内局が総合調整機能も行使することは可能であるが、十二条の改正とともに運用企画局を廃止することで、内局のチェック機能は弱まるおそれがある。
なお、防衛出動などの重要案件に際しては、内局局長や各幕僚長をメンバーとする防衛会議の審議を経て、防衛大臣が最終的に判断する手続も踏襲される。「防衛省改革の方向性」では、「防衛会議の下、事態対処のための効率的な調整組織を構築すること」が明記されている。運用局の機能が統合幕僚監部に一元化された場合、内局がチェック機能を果たすためには、この運用に特化した調整組織が重要な役割を持つことになろう。
以上述べてきた論点を踏まえ、内局と幕僚監部の関係のあり方について私見を述べたい。
まず、大臣と制服組の利害が一致する場合、シビリアンコントロールが働き、内局の介在の余地は限られる。これに対して、大臣と制服組の利害が相反する場合に、シビリアンコントロールは機能不全に陥りやすい。
例えば、大臣が軍事的オプションに消極的で、制服組がそれに積極的な場合、制服組による要求、圧迫や情報操作がロビー活動や実力行使等によって顕在化する。逆に、大臣が軍事的オプションに積極的で、制服組がそれに消極的な場合、制服組による反対や抵抗がロビー活動やサボタージュ等によって顕在化する。内局の組織的役割は、こうした大臣と制服組の利害が相反する際に、両者の間にあって、政治、行政と軍事の間の利害調整を行うことにあるのではないか。そうした点で、内局が自衛隊の行動に関してチェック機能を維持するためにも、十二条の改正は慎重に判断すべきである。
もっとも、現行の十二条を存続させたとしても、文官と制服組の相互牽制によって自衛隊の行動を抑制する方法は、現在の、自衛隊を積極的に活用する状況においては適合的ではないと思われる。
これまで、文官統制という言葉には、文官が優位な立場で制服組に指示、命令するという意味合いがあった。しかし、本来、内局と幕僚監部はともに防衛大臣の補佐機関であり、政策的見地からの内局と軍事専門的見地からの各幕幕僚長が車の両輪のごとく相互に調整、吻合しながら防衛大臣を適切に補佐することがシビリアンコントロールを強化することにつながるものである。そうした点で、内局と制服組が、それぞれの組織的利害から対立し、防衛大臣に対する補佐において行き違いがあるようでは、シビリアンコントロールは機能しない。文官と制服組が協働して防衛省・自衛隊という組織を効率的に運用していくことこそが必要であろう。
これまで、文官と制服組には相互の人事交流もなく、文官は軍事専門的知識に乏しく、制服組は政治や政策に疎いという欠点があった。今後は、文官と制服組の相互配置を進め、相互の関係を緊密化し、一体感を醸成することが、防衛大臣の補佐を適切にすることになると考えられる。内局への配置によって、制服組の軍事的知見を政策形成に反映させ、制服組にとっても、軍人的視野を広げることができる。文官の部隊や幕僚監部への配置は、軍事専門的知識や調整能力を高めることになろう。
新設される防衛装備庁は、外局として初の本格的なUC混合組織になる。異なる文化を持つ集団の混合組織となることから、統合のメリットを生かしつつ、大規模な組織のマネジメントと、不正を防止するためのガバナンスをいかに確立するかが課題となる。防衛装備庁を試金石として、中央部局である内部部局においても、制服組と文官のそれぞれが専門性を生かし、部分最適よりも全体最適を達成する効率的な組織の確立を目指すべきであろう。
翻って、防衛省改革で是正すべきは文官と制服組の不毛な優劣関係とその意識であり、大臣を政策的見地から補佐する内局の監督権限の削除は、大臣のシビリアンコントロールを弱めこそすれ、強化するものではない。自衛隊の運用や防衛計画の作成などにおいて、内局と幕僚監部が情報を確実に共有し、協働して防衛大臣を支える組織の確立こそが求められていると言えよう。
以上でございます。拍手
北
西
西川純子#8
○西川参考人 西川でございます。アメリカ経済史を専門としております。
本日は、防衛装備庁の設置案について、思うところを申し述べさせていただきたいと思います。
まず、この防衛装備という言葉でありますが、これを読みまして、大変耳ざわりのいい言葉だと思いました。中身を見ますと、これは明らかに、防衛装備というのは武器であります。なぜ武器と言わずに防衛装備と言うのか、ややこの法案の作為性を感じざるを得ません。これを英語に訳すとアームズだと思います。防衛装備移転三原則というのが武器輸出三原則にかわって成立いたしましたが、同じことはこれについても言えるわけでありまして、英語に直せば、何だアームズセールスじゃないかということになるわけであります。私は軍拡と軍縮についてこれまでいろいろ資料を見てまいりましたが、このような言葉に出会ったことはめったにありませんでした。
その上で、私の言語でいえば武器調達庁であるべきだと思いますけれども、防衛装備庁について、その新設される狙いを考えてみました。
その第一の理由は、先ほど白石先生もおっしゃいましたけれども、武器調達の合理化だろうと思います。これを達成するために、武器の開発、生産、購入、販売、これを防衛省に一元化して、その一元化された権限を行使する新たな機関として防衛装備庁が新設されようとしているんだと思います。
第二の狙いは、防衛産業基盤の育成であります。防衛省が予算を獲得し、新設の機関、この防衛装備庁でありますが、これを民間企業に効率よく配分する過程で、日本の産業は急速に軍事化するだろうと思われます。主契約企業はもとより、下請契約企業、大学などの研究機関にも軍事予算があまねく行き渡るようになります。そして、つくり過ぎた武器は海外へ売る。そのために武器三原則は既に廃止されました。これは、日本が自前で武器を開発し、生産する体制づくりに向けて、法整備を着々と進めているということだろうと思います。
この先に見えるのは軍産複合体であります。ミリタリー・インダストリアル・コンプレックス、これは有名な言葉でありますけれども。同じことを、アメリカはもちろんほかの国もやっているじゃないかと言われるかもしれませんが、しかし、アメリカの軍産複合体についていささかでも知識があれば、これを、日本でも、アメリカに見習って同じ道を歩もうというのは愚かしいと言うほかないわけであります。
軍産複合体というこの言葉は、軍事的組織と兵器産業の結合関係を示す言葉でありますけれども、これを最初に使ったのは、御承知のとおり、アメリカの大統領アイゼンハワーでありました。一九六一年一月、大統領を辞するに際して、彼は次のように述べております。政治を行うに当たって、我々は、軍産複合体が、好むと好まざるとにかかわらず、不当な影響力を手中にするのを防がなければならない、このような結びつきの重みが我々の自由や民主主義的な手続を脅かすことのないようにしなければならない。
アイゼンハワーが軍産複合体という言葉を誇らしげに使っているのではないということは明らかだと思います。彼はむしろ、軍産複合体が強大な勢力になることを恐れたのでありまして、それが自由と民主主義を脅かすことのないよう監視し続けることを後続の大統領と国民に託したわけです。
これを受けて、ケネディ大統領は、国防省に文民コントロールをしきました。彼がフォードから引き抜いてきたマクナマラ国防長官は、陸海空の三軍がそれぞれに兵器企業と取引していた慣行を改めまして、武器の選定、発注の権限を国防省に集中したわけであります。彼はさらに、入札企業の選別についても経済合理性を導入しようとしました。しかし、このような改革にもかかわらず、逆に軍部にかわって国防省が前面に出ることによって、軍産複合体はさらに一層強力なものになりました。これをセイモア・メルマンという人が、国家による管理というふうに表現しております。
アメリカの軍産複合体が初めて弱体化するのではないかと思われたのは、冷戦が終わったときのことであります。一九九三年にクリントン政権が登場いたしますが、彼は、九七年までに軍事費を三〇%減らし、兵器調達費を五〇%減らすことにしました。彼が行ったのはボトムアップ政策でありまして、必要な武器のリストをまずつくって、それの生産に当たる少数の企業というのを選定いたしました。ほかの企業は民間の産業に転換しろということであったわけです。軍から民間への産業転換であります。
しかし、軍産複合体から企業を引き離すのは容易なことではありませんでした。何とか軍産複合体に残ろうとして、兵器企業は合併を繰り返したわけです。二十世紀末のMアンドAとして、最も盛んな買収劇が行われたわけであります。その結果、十九あった兵器企業が五社になりました。ロッキード・マーチン、ボーイング、レイセオン、ノースロップ・グラマン、ゼネラル・ダイナミクス、この五社が国防省との契約に占める割合は三〇%を占めております。この状況は今日に至るまで変わっておりません。
兵器企業が大規模化することによって、つまり五社による寡占体制をしくことによって、国防省に対して強い立場に立ったということになります。例えばロッキード社は、戦闘機のF22とF35を独占しておりますけれども、幾らロッキードが値段をつり上げても、納期をおくらせても、国防省は文句を言うことができないのであります。というのは、ロッキード以外にこのような飛行機をつくることはできないという、選択肢がないからであります。
武器の輸出についても、大規模化した企業は生産が拡大しているわけでありますから、アメリカの国防省の需要だけでは賄えないというか、武器をたくさんつくり過ぎて余るわけですね。それを何とか海外に輸出する。国家は武器の輸出に賛成するわけはないのでありまして、もともと武器というのは秘密でなければならないわけでありますから、なるたけ輸出はしたくない。しかし、安全保障上の理由から、味方の国々に対しては武器を提供するというのが国家のやり方であるわけでありますが、企業の方は、それにはお構いなく、要するに、生産ラインを維持して利益の拡大を図りたい。
そのよい例がF35の共同開発であります。国防省はさすがにF22については輸出を許しませんでしたけれども、F35については、八カ国と国際的な共同体制をつくるということを許しました。これは、ロッキードの意図は、資金を調達して、しかも市場を獲得しよう、そういう一石二鳥の意図があったわけでありますけれども、しかし、肝心のステルス技術は開放されないままにある。
日本は、武器輸出三原則がありましたので、共同生産の参画におくれましたけれども、これを購入することは許されております。イスラエルと韓国と同じく、F35の購入をすることになっております。しかも、日本の購入には、F35の最終組み立てと検査設備のための生産ラインをつくることが許されている、そういう特権がついているわけであります。これによって、日本の軍用機生産技術と生産基盤は飛躍的に発展するはずであります。今回の法改正は、このような動きと決して無関係ではないというふうに思われます。
アメリカでは、二〇一一年から武器輸出がふえております。
その理由は、オバマ政権の手足を縛る予算制限法というのが成立いたしまして、軍事予算も強制削減の聖域ではなくなったということのために、兵器企業が輸出に活路を見出そうとしているためであります。
もう一つの理由は、オバマが掲げるリバランス政策であります。
このリバランスというのは、アフガニスタンとイラクの戦闘が終わった後に、戦略の見直しをしようということを意味しているわけでありますが、具体的には、アジア太平洋地域に兵力を集中させよう、そういうことであります。二〇二〇年までにアメリカ海軍力の六〇%を集中させるという計画が立てられております。
この地域では、アメリカと同盟関係を結び、アメリカに基地や軍事拠点を提供している国は、日本、韓国、フィリピン、タイ、オーストラリアの五カ国でありますが、リバランスは、これにシンガポール、マレーシア、ベトナムを加えまして、さらにインドとパキスタンなどインド洋周辺国を加えて、アジア太平洋の全域においてアメリカ軍のプレゼンスを高めようとしております。
このアジア太平洋地域にアメリカは武器を売りまくっているわけであります。リバランスが武器市場の拡大を意味する限り、兵器産業にとってオバマを見限る理由はありません。しかし、オバマの存在が武器市場の拡大を妨げるようなことがあれば、容赦なく彼を退けるでありましょう。
クリントンの時代以来、アメリカの軍産複合体は最高の発展段階に入ったと私は思っております。それはアイゼンハワーが恐れていた軍産複合体が現実のものになったことを意味します。アイゼンハワーが望んだように、自由と民主主義が軍産複合体の力を抑えることができるでしょうか。アメリカの議会にまだチェック能力が残っていることを期待します。
アメリカの例で明らかなように、軍産複合体が社会に根をおろしてしまった限り、これを取り除くことは不可能であります。それは戦争と永遠に縁が切れない社会を意味します。このようなアメリカを日本がまねしてよいことがあるはずはありません。日本は、アメリカを他山の石として、違う道を歩むべきであります。せっかく、日本には平和憲法があって、九条には、国際紛争を解決する手段として戦争と武力の行使は永久に放棄するというすばらしい規定があるのに、これを生かさない法があるでしょうか。
歴史をさかのぼると、一九二八年に、パリで、戦争の放棄をうたった不戦の誓いが四十数カ国を集めて調印されています。日本の憲法はこの精神を受け継いでおります。私は、日本が国連の常任理事になることを望んでおりますが、それは日本が不戦の誓いの衣鉢を継ぐ憲法を持っているためであります。アメリカの兄弟分として世界の強国に名を連ねるためではありません。
結論的に言えば、日本に軍産複合体を許す流れを促進するような防衛装備庁の設置は不要であると私は考えます。
以上で終わります。拍手
この発言だけを見る →本日は、防衛装備庁の設置案について、思うところを申し述べさせていただきたいと思います。
まず、この防衛装備という言葉でありますが、これを読みまして、大変耳ざわりのいい言葉だと思いました。中身を見ますと、これは明らかに、防衛装備というのは武器であります。なぜ武器と言わずに防衛装備と言うのか、ややこの法案の作為性を感じざるを得ません。これを英語に訳すとアームズだと思います。防衛装備移転三原則というのが武器輸出三原則にかわって成立いたしましたが、同じことはこれについても言えるわけでありまして、英語に直せば、何だアームズセールスじゃないかということになるわけであります。私は軍拡と軍縮についてこれまでいろいろ資料を見てまいりましたが、このような言葉に出会ったことはめったにありませんでした。
その上で、私の言語でいえば武器調達庁であるべきだと思いますけれども、防衛装備庁について、その新設される狙いを考えてみました。
その第一の理由は、先ほど白石先生もおっしゃいましたけれども、武器調達の合理化だろうと思います。これを達成するために、武器の開発、生産、購入、販売、これを防衛省に一元化して、その一元化された権限を行使する新たな機関として防衛装備庁が新設されようとしているんだと思います。
第二の狙いは、防衛産業基盤の育成であります。防衛省が予算を獲得し、新設の機関、この防衛装備庁でありますが、これを民間企業に効率よく配分する過程で、日本の産業は急速に軍事化するだろうと思われます。主契約企業はもとより、下請契約企業、大学などの研究機関にも軍事予算があまねく行き渡るようになります。そして、つくり過ぎた武器は海外へ売る。そのために武器三原則は既に廃止されました。これは、日本が自前で武器を開発し、生産する体制づくりに向けて、法整備を着々と進めているということだろうと思います。
この先に見えるのは軍産複合体であります。ミリタリー・インダストリアル・コンプレックス、これは有名な言葉でありますけれども。同じことを、アメリカはもちろんほかの国もやっているじゃないかと言われるかもしれませんが、しかし、アメリカの軍産複合体についていささかでも知識があれば、これを、日本でも、アメリカに見習って同じ道を歩もうというのは愚かしいと言うほかないわけであります。
軍産複合体というこの言葉は、軍事的組織と兵器産業の結合関係を示す言葉でありますけれども、これを最初に使ったのは、御承知のとおり、アメリカの大統領アイゼンハワーでありました。一九六一年一月、大統領を辞するに際して、彼は次のように述べております。政治を行うに当たって、我々は、軍産複合体が、好むと好まざるとにかかわらず、不当な影響力を手中にするのを防がなければならない、このような結びつきの重みが我々の自由や民主主義的な手続を脅かすことのないようにしなければならない。
アイゼンハワーが軍産複合体という言葉を誇らしげに使っているのではないということは明らかだと思います。彼はむしろ、軍産複合体が強大な勢力になることを恐れたのでありまして、それが自由と民主主義を脅かすことのないよう監視し続けることを後続の大統領と国民に託したわけです。
これを受けて、ケネディ大統領は、国防省に文民コントロールをしきました。彼がフォードから引き抜いてきたマクナマラ国防長官は、陸海空の三軍がそれぞれに兵器企業と取引していた慣行を改めまして、武器の選定、発注の権限を国防省に集中したわけであります。彼はさらに、入札企業の選別についても経済合理性を導入しようとしました。しかし、このような改革にもかかわらず、逆に軍部にかわって国防省が前面に出ることによって、軍産複合体はさらに一層強力なものになりました。これをセイモア・メルマンという人が、国家による管理というふうに表現しております。
アメリカの軍産複合体が初めて弱体化するのではないかと思われたのは、冷戦が終わったときのことであります。一九九三年にクリントン政権が登場いたしますが、彼は、九七年までに軍事費を三〇%減らし、兵器調達費を五〇%減らすことにしました。彼が行ったのはボトムアップ政策でありまして、必要な武器のリストをまずつくって、それの生産に当たる少数の企業というのを選定いたしました。ほかの企業は民間の産業に転換しろということであったわけです。軍から民間への産業転換であります。
しかし、軍産複合体から企業を引き離すのは容易なことではありませんでした。何とか軍産複合体に残ろうとして、兵器企業は合併を繰り返したわけです。二十世紀末のMアンドAとして、最も盛んな買収劇が行われたわけであります。その結果、十九あった兵器企業が五社になりました。ロッキード・マーチン、ボーイング、レイセオン、ノースロップ・グラマン、ゼネラル・ダイナミクス、この五社が国防省との契約に占める割合は三〇%を占めております。この状況は今日に至るまで変わっておりません。
兵器企業が大規模化することによって、つまり五社による寡占体制をしくことによって、国防省に対して強い立場に立ったということになります。例えばロッキード社は、戦闘機のF22とF35を独占しておりますけれども、幾らロッキードが値段をつり上げても、納期をおくらせても、国防省は文句を言うことができないのであります。というのは、ロッキード以外にこのような飛行機をつくることはできないという、選択肢がないからであります。
武器の輸出についても、大規模化した企業は生産が拡大しているわけでありますから、アメリカの国防省の需要だけでは賄えないというか、武器をたくさんつくり過ぎて余るわけですね。それを何とか海外に輸出する。国家は武器の輸出に賛成するわけはないのでありまして、もともと武器というのは秘密でなければならないわけでありますから、なるたけ輸出はしたくない。しかし、安全保障上の理由から、味方の国々に対しては武器を提供するというのが国家のやり方であるわけでありますが、企業の方は、それにはお構いなく、要するに、生産ラインを維持して利益の拡大を図りたい。
そのよい例がF35の共同開発であります。国防省はさすがにF22については輸出を許しませんでしたけれども、F35については、八カ国と国際的な共同体制をつくるということを許しました。これは、ロッキードの意図は、資金を調達して、しかも市場を獲得しよう、そういう一石二鳥の意図があったわけでありますけれども、しかし、肝心のステルス技術は開放されないままにある。
日本は、武器輸出三原則がありましたので、共同生産の参画におくれましたけれども、これを購入することは許されております。イスラエルと韓国と同じく、F35の購入をすることになっております。しかも、日本の購入には、F35の最終組み立てと検査設備のための生産ラインをつくることが許されている、そういう特権がついているわけであります。これによって、日本の軍用機生産技術と生産基盤は飛躍的に発展するはずであります。今回の法改正は、このような動きと決して無関係ではないというふうに思われます。
アメリカでは、二〇一一年から武器輸出がふえております。
その理由は、オバマ政権の手足を縛る予算制限法というのが成立いたしまして、軍事予算も強制削減の聖域ではなくなったということのために、兵器企業が輸出に活路を見出そうとしているためであります。
もう一つの理由は、オバマが掲げるリバランス政策であります。
このリバランスというのは、アフガニスタンとイラクの戦闘が終わった後に、戦略の見直しをしようということを意味しているわけでありますが、具体的には、アジア太平洋地域に兵力を集中させよう、そういうことであります。二〇二〇年までにアメリカ海軍力の六〇%を集中させるという計画が立てられております。
この地域では、アメリカと同盟関係を結び、アメリカに基地や軍事拠点を提供している国は、日本、韓国、フィリピン、タイ、オーストラリアの五カ国でありますが、リバランスは、これにシンガポール、マレーシア、ベトナムを加えまして、さらにインドとパキスタンなどインド洋周辺国を加えて、アジア太平洋の全域においてアメリカ軍のプレゼンスを高めようとしております。
このアジア太平洋地域にアメリカは武器を売りまくっているわけであります。リバランスが武器市場の拡大を意味する限り、兵器産業にとってオバマを見限る理由はありません。しかし、オバマの存在が武器市場の拡大を妨げるようなことがあれば、容赦なく彼を退けるでありましょう。
クリントンの時代以来、アメリカの軍産複合体は最高の発展段階に入ったと私は思っております。それはアイゼンハワーが恐れていた軍産複合体が現実のものになったことを意味します。アイゼンハワーが望んだように、自由と民主主義が軍産複合体の力を抑えることができるでしょうか。アメリカの議会にまだチェック能力が残っていることを期待します。
アメリカの例で明らかなように、軍産複合体が社会に根をおろしてしまった限り、これを取り除くことは不可能であります。それは戦争と永遠に縁が切れない社会を意味します。このようなアメリカを日本がまねしてよいことがあるはずはありません。日本は、アメリカを他山の石として、違う道を歩むべきであります。せっかく、日本には平和憲法があって、九条には、国際紛争を解決する手段として戦争と武力の行使は永久に放棄するというすばらしい規定があるのに、これを生かさない法があるでしょうか。
歴史をさかのぼると、一九二八年に、パリで、戦争の放棄をうたった不戦の誓いが四十数カ国を集めて調印されています。日本の憲法はこの精神を受け継いでおります。私は、日本が国連の常任理事になることを望んでおりますが、それは日本が不戦の誓いの衣鉢を継ぐ憲法を持っているためであります。アメリカの兄弟分として世界の強国に名を連ねるためではありません。
結論的に言えば、日本に軍産複合体を許す流れを促進するような防衛装備庁の設置は不要であると私は考えます。
以上で終わります。拍手
北
北
中
中谷真一#11
○中谷(真)委員 皆様、おはようございます。
きょうは、参考人の先生方、本当に、高い見地からのお話をいただきまして、心から感謝を申し上げます。非常に勉強になりました。さらに理解を深めさせていただきたいという思いで、参考人の先生方に質問をさせていただきたいというふうに思います。
まず、細谷先生にお伺いをしたいんですが、戦後の日本における、自衛隊に対するシビリアンコントロールという議論がございます。これは、私、元自衛官でありまして、そういった経験も踏まえて質問をさせていただこうと思うんです。
戦後は、やはり戦前からの流れもありまして、自衛隊というのは非常に危険だというか、どんどん独走していくんだという観点のもとに議論されることが多くて、それをいかに抑えるかというような形になっているというふうに思います。
私が自衛官だったときにイラクの派遣というのがありまして、私の同僚たちがイラクに派遣されるんですけれども、そのときに、出国のときのセレモニーとかというのがありまして、そこにその隊員たちの家族とかが来て、別れを惜しみながら出国していくわけでございます。
そういった思いをして出ていくわけでありまして、そういった意味では、自衛官たちが本当に好んでそういった危険なところに行きたがるか。行きたがるんだということが前提となった議論が非常に多いんですけれども、私は、必ずしもそうではないんではないか、一番それを嫌っていると言ってもいいんではないかなというふうに思うわけであります。
そういったことも考えながら、私は、今、文官統制というお話がございましたけれども、これがいわゆる、今後この改正をして、その上下という形を平たくしたという方が危険であって、文官が今やっているのが安全であるという、いわゆる派遣をするという点において、また行動を規制するという点においてだというふうに思いますけれども、そういった観点で今議論されているわけでありますけれども、私は、そうではなくて、先ほどの理由から、これはどちらが危険かということは非常にわかりにくいことである。
となると、やはり先生がおっしゃった文民統制や民主的統制という観点からは、文官、防衛省の文官は民間から選ばれていない、いわゆる選挙によって選ばれていないという観点からすると、その方々が自衛隊に統制を加えていくということは、私は、これこそ実は民主的統制に反するのではないかというふうに思うわけでございます。
その点について、細谷先生にお伺いをしたいと思います。
この発言だけを見る →きょうは、参考人の先生方、本当に、高い見地からのお話をいただきまして、心から感謝を申し上げます。非常に勉強になりました。さらに理解を深めさせていただきたいという思いで、参考人の先生方に質問をさせていただきたいというふうに思います。
まず、細谷先生にお伺いをしたいんですが、戦後の日本における、自衛隊に対するシビリアンコントロールという議論がございます。これは、私、元自衛官でありまして、そういった経験も踏まえて質問をさせていただこうと思うんです。
戦後は、やはり戦前からの流れもありまして、自衛隊というのは非常に危険だというか、どんどん独走していくんだという観点のもとに議論されることが多くて、それをいかに抑えるかというような形になっているというふうに思います。
私が自衛官だったときにイラクの派遣というのがありまして、私の同僚たちがイラクに派遣されるんですけれども、そのときに、出国のときのセレモニーとかというのがありまして、そこにその隊員たちの家族とかが来て、別れを惜しみながら出国していくわけでございます。
そういった思いをして出ていくわけでありまして、そういった意味では、自衛官たちが本当に好んでそういった危険なところに行きたがるか。行きたがるんだということが前提となった議論が非常に多いんですけれども、私は、必ずしもそうではないんではないか、一番それを嫌っていると言ってもいいんではないかなというふうに思うわけであります。
そういったことも考えながら、私は、今、文官統制というお話がございましたけれども、これがいわゆる、今後この改正をして、その上下という形を平たくしたという方が危険であって、文官が今やっているのが安全であるという、いわゆる派遣をするという点において、また行動を規制するという点においてだというふうに思いますけれども、そういった観点で今議論されているわけでありますけれども、私は、そうではなくて、先ほどの理由から、これはどちらが危険かということは非常にわかりにくいことである。
となると、やはり先生がおっしゃった文民統制や民主的統制という観点からは、文官、防衛省の文官は民間から選ばれていない、いわゆる選挙によって選ばれていないという観点からすると、その方々が自衛隊に統制を加えていくということは、私は、これこそ実は民主的統制に反するのではないかというふうに思うわけでございます。
その点について、細谷先生にお伺いをしたいと思います。
細
細谷雄一#12
○細谷参考人 中谷先生、貴重な御意見、ありがとうございました。
今先生がおっしゃったことに私は全面的に賛成をしております。
また、これは、今、日本の国際政治学者の間で、あるいは国際的に見てもかなり一般的に認識されていることでございまして、非常に若手の優秀な国際政治学者、研究者の方で三浦瑠麗さんという方が「シビリアンの戦争」という本を書いております。
この本の中で三浦さんがおっしゃっているのは、軍人が危険であって戦争を引っ張り、そしてシビリアンがそれをとめるという認識は間違いである、過去の事例を引いたときに、多くの場合に、実際に命をかけて戦場に行く軍人こそが戦争に対しては非常に慎重であって、現場を知らない、戦場を知らないシビリアンが、むしろ逆に戦争に進んでいった。三浦さんは、この本の中で、例えばイラク戦争についても述べておりまして、イラク戦争では、文官、この場合は文民と言った方がいいかもしれませんが、むしろ、例えばブッシュ政権の中で、実際に軍人ではない人、これは閣僚クラスであるとか、あるいはアメリカの国防省の中でもそうですけれども、むしろその中にイラク戦争に積極的な意見が強く、当時の中ではアメリカの軍の中でイラク戦争に対しては非常に慎重な声が強かったということは今既に明らかとなっています。
したがって、過去の事例を考えたときに、今先生がおっしゃられたように、文官が常に戦争に対して否定的で慎重であって、そして軍人が常に戦争をしたがるというのは、実際に戦場に行き、命をかけて戦うのが軍人である以上は、考え方を変えれば、軍人こそが現場の危険性、過酷さというものをよく知り、そして安易な軍事介入や軍事力の行使というものに対して慎重であるということが一般的に言われることだと思いますし、また同様に、過去の歴史を振り返っても、日本の中で自衛官の方が好んで戦争をしたがるというようなことは私の認識では一切ございません。
やはり自衛官の方々は、自衛隊が何ができるかということを良識を持って判断し、また、実際に自衛隊ができないこと、あるいは過酷な現場で戦闘に巻き込まれる可能性があるということに対しては極めて慎重であって、これは、言い方をかえれば、戦後の防衛大学校を初めとする日本の中での自衛隊に対する教育というものが非常にバランスがとれた良質なものであったのだろうと思います。それによって、戦前の日本と比べても、今の自衛隊あるいは自衛官の方々が、実際に戦争に行くということの危険性を熟知した上で、自衛隊の行動、運用というものを極めて慎重に考えているというふうに私も考えておりますし、その点では、今先生がおっしゃられたことに私は賛成しております。
この発言だけを見る →今先生がおっしゃったことに私は全面的に賛成をしております。
また、これは、今、日本の国際政治学者の間で、あるいは国際的に見てもかなり一般的に認識されていることでございまして、非常に若手の優秀な国際政治学者、研究者の方で三浦瑠麗さんという方が「シビリアンの戦争」という本を書いております。
この本の中で三浦さんがおっしゃっているのは、軍人が危険であって戦争を引っ張り、そしてシビリアンがそれをとめるという認識は間違いである、過去の事例を引いたときに、多くの場合に、実際に命をかけて戦場に行く軍人こそが戦争に対しては非常に慎重であって、現場を知らない、戦場を知らないシビリアンが、むしろ逆に戦争に進んでいった。三浦さんは、この本の中で、例えばイラク戦争についても述べておりまして、イラク戦争では、文官、この場合は文民と言った方がいいかもしれませんが、むしろ、例えばブッシュ政権の中で、実際に軍人ではない人、これは閣僚クラスであるとか、あるいはアメリカの国防省の中でもそうですけれども、むしろその中にイラク戦争に積極的な意見が強く、当時の中ではアメリカの軍の中でイラク戦争に対しては非常に慎重な声が強かったということは今既に明らかとなっています。
したがって、過去の事例を考えたときに、今先生がおっしゃられたように、文官が常に戦争に対して否定的で慎重であって、そして軍人が常に戦争をしたがるというのは、実際に戦場に行き、命をかけて戦うのが軍人である以上は、考え方を変えれば、軍人こそが現場の危険性、過酷さというものをよく知り、そして安易な軍事介入や軍事力の行使というものに対して慎重であるということが一般的に言われることだと思いますし、また同様に、過去の歴史を振り返っても、日本の中で自衛官の方が好んで戦争をしたがるというようなことは私の認識では一切ございません。
やはり自衛官の方々は、自衛隊が何ができるかということを良識を持って判断し、また、実際に自衛隊ができないこと、あるいは過酷な現場で戦闘に巻き込まれる可能性があるということに対しては極めて慎重であって、これは、言い方をかえれば、戦後の防衛大学校を初めとする日本の中での自衛隊に対する教育というものが非常にバランスがとれた良質なものであったのだろうと思います。それによって、戦前の日本と比べても、今の自衛隊あるいは自衛官の方々が、実際に戦争に行くということの危険性を熟知した上で、自衛隊の行動、運用というものを極めて慎重に考えているというふうに私も考えておりますし、その点では、今先生がおっしゃられたことに私は賛成しております。
中
中谷真一#13
○中谷(真)委員 先生、ありがとうございます。
それでは次に、武蔵先生にお伺いをしたいというふうに思います。
先生、今の十二条を変えずに、制服と背広の割合というか、それを変えることによってできるんじゃないかということをおっしゃっておられました。私も、それも必要だというふうに思うわけであります。
特に、私も、政策論をやるときになかなか軍事的な見地が入ってこないという、これも、今、安全保障を国会で議論する上で非常に問題だというふうに思っておりますけれども、どちらかというと、言葉とか、いつ、どの大臣がどういう発言をしたとか、こういったことが主体になってしまって、本当に、実際の軍事的必要性とか、こういったことが実は余り議論されにくい環境にあるという意味では、私はそれは必要だというふうに思っております。先生のお考えに私も大賛成でございます。
ただ、先生がその後、チェック機能が働かないのではないかということをおっしゃっておられました。これは、私は、政策的なチェック機能、いわゆる軍事に対して政策的見地からチェック機能を働かせるというのが先生おっしゃっていることだというふうに思いますけれども、いわゆる背広と制服の役割分担というのは、昔でいう、軍政、軍令というふうに言われていましたけれども、これはやはり、枠、どこで、いつやるか、どういう範囲でとか、政治的に軍事行動の目的を与えたりとか、それに使っていいお金だとか、人員はこれだけだとか、こういった大枠を決めるのがいわゆる政策、政治であって、そして、その中においてどう行動するかにおいては、これはいわゆる軍令、いわゆる軍事的見地から行うというものである、そこが切り分けかなというふうに私は思っているわけであります。
そういった意味では、私は、その中で、いわゆる上下という形でなくても、そういったチェック機能というのは、つくり方によってはそれは可能ではないかなというふうに思うわけであります。
ただ、これが上下という形になっていますと、今の状況では、統幕の中にも運用があって、そして政策の中にも運用があるわけでありまして、ここがいわゆる二重の判断をしていくわけであります、重複したというふうに言われていますけれども。
このときに、やはり軍事的合理性を持っていわゆる制服が判断をしていく、また、背広は、やはりどちらかというと政策的見地からそのことについて判断をしていく、ここに私は結構そごが生まれてしまうのではないかというふうに思うわけなんです、この枠の中でですね。
この枠の中では、私は軍事的判断がやはり優先されるべきだというふうに思うんですけれども、このことに対して、これは合致をしていかない、この問題を解決するには、私は、そこをしっかり切り分ける、車の両輪となるという今回の十二条の改正は必要だろう。
余りいい例えではないかもしれませんけれども、軍事的な考え方でいきますと、この五人を犠牲にしてでもこの三十人を救うとか、こういう判断をするわけであります。必ずしもそれが政治にできるかというと、これはなかなか難しい判断でもあるというふうに思っています。
まず、この、今のことに対しまして先生の御見識をいただきたいと思います。
この発言だけを見る →それでは次に、武蔵先生にお伺いをしたいというふうに思います。
先生、今の十二条を変えずに、制服と背広の割合というか、それを変えることによってできるんじゃないかということをおっしゃっておられました。私も、それも必要だというふうに思うわけであります。
特に、私も、政策論をやるときになかなか軍事的な見地が入ってこないという、これも、今、安全保障を国会で議論する上で非常に問題だというふうに思っておりますけれども、どちらかというと、言葉とか、いつ、どの大臣がどういう発言をしたとか、こういったことが主体になってしまって、本当に、実際の軍事的必要性とか、こういったことが実は余り議論されにくい環境にあるという意味では、私はそれは必要だというふうに思っております。先生のお考えに私も大賛成でございます。
ただ、先生がその後、チェック機能が働かないのではないかということをおっしゃっておられました。これは、私は、政策的なチェック機能、いわゆる軍事に対して政策的見地からチェック機能を働かせるというのが先生おっしゃっていることだというふうに思いますけれども、いわゆる背広と制服の役割分担というのは、昔でいう、軍政、軍令というふうに言われていましたけれども、これはやはり、枠、どこで、いつやるか、どういう範囲でとか、政治的に軍事行動の目的を与えたりとか、それに使っていいお金だとか、人員はこれだけだとか、こういった大枠を決めるのがいわゆる政策、政治であって、そして、その中においてどう行動するかにおいては、これはいわゆる軍令、いわゆる軍事的見地から行うというものである、そこが切り分けかなというふうに私は思っているわけであります。
そういった意味では、私は、その中で、いわゆる上下という形でなくても、そういったチェック機能というのは、つくり方によってはそれは可能ではないかなというふうに思うわけであります。
ただ、これが上下という形になっていますと、今の状況では、統幕の中にも運用があって、そして政策の中にも運用があるわけでありまして、ここがいわゆる二重の判断をしていくわけであります、重複したというふうに言われていますけれども。
このときに、やはり軍事的合理性を持っていわゆる制服が判断をしていく、また、背広は、やはりどちらかというと政策的見地からそのことについて判断をしていく、ここに私は結構そごが生まれてしまうのではないかというふうに思うわけなんです、この枠の中でですね。
この枠の中では、私は軍事的判断がやはり優先されるべきだというふうに思うんですけれども、このことに対して、これは合致をしていかない、この問題を解決するには、私は、そこをしっかり切り分ける、車の両輪となるという今回の十二条の改正は必要だろう。
余りいい例えではないかもしれませんけれども、軍事的な考え方でいきますと、この五人を犠牲にしてでもこの三十人を救うとか、こういう判断をするわけであります。必ずしもそれが政治にできるかというと、これはなかなか難しい判断でもあるというふうに思っています。
まず、この、今のことに対しまして先生の御見識をいただきたいと思います。
武
武蔵勝宏#14
○武蔵参考人 貴重な御指摘、御質問ありがとうございます。
内局の所掌事務に関しましては、お手元に配付させていただきました資料の別紙の三でございます、所掌事務というものがございます。
現行法におきましても、改正案におきましても、基本的に内局の所掌事務に変更はございません。すなわち、防衛省設置法八条における自衛隊の行動に関する運用に関する「基本に関すること。」という条文はそのまま残っております。
すなわち、この基本に関することと申しますのは、内部部局が政策的、大枠的な方針というものを策定し、それを幕僚監部が実施すること、これが基本に関することでございます。
そういった意味で、今回の改正案におきましても、現行の仕組みどおり、政策的見地から内部部局がそうした政策的、大枠的な方針を自衛隊の運用に関しても策定し、幕僚監部がそれを実施するということは私は変わりないと思うんですね。
その上で、それをもう少し切り分けた方がいいのではないかということになりますと、今申し上げた設置法八条の自衛隊の行動に関する「基本に関すること。」まで削除しないとできないわけです。
かつて、旧と申し上げますか、旧の自公連立政権のときの防衛省改革の案では、この「基本に関すること。」というものを削除して、内局が自衛隊の行動に関する基本に関しても関与できない、全てこれは統合幕僚監部に一元化するということでありました。しかし、政権交代があり、今回の新しい自公連立政権におきましては、この設置法の八条の「基本に関すること。」を内局の所掌事務には維持しております。
そうした点で、恐らくこれは、法令等の企画立案だけではなく、基本的な方針に関しても、やはり政策的見地からの内局の関与というものが、チェックだけではなくて、やはりこれはチェック・アンド・バランス、すなわち、軍事的合理性だけが前面に出てしまいますと、実は、作戦の失敗とか、例えば憲法上のそごといった問題も出てきます。やはりそれをチェックし、バランスを保たせている意味で、今回の改正においても八条はいじっておらないということで、私はこの点はよかったなと思っております。
十二条に関しましては、一般的監督の補佐権限が「相まつて、」ということで、条文上はなくなるんですね。ですから、運用において内局との政策調整をしていくということは可能かと思いますが、条文上にその根拠規定がなくなると、大臣が行う一般的監督の補佐というものは内局はできなくなります。そういったときに、やはり、先ほど申し上げましたような政策的見地からの補佐が必ずしも十分できないのではないか。特に情報の共有という点で、内局にもしっかりと情報が共有されて、そして、内局と統合幕僚監部が協働して大臣を支える、そういう仕組みがこの十二条の改正によって損なわれるのではないのかということを危惧しているところであります。
以上です。
この発言だけを見る →内局の所掌事務に関しましては、お手元に配付させていただきました資料の別紙の三でございます、所掌事務というものがございます。
現行法におきましても、改正案におきましても、基本的に内局の所掌事務に変更はございません。すなわち、防衛省設置法八条における自衛隊の行動に関する運用に関する「基本に関すること。」という条文はそのまま残っております。
すなわち、この基本に関することと申しますのは、内部部局が政策的、大枠的な方針というものを策定し、それを幕僚監部が実施すること、これが基本に関することでございます。
そういった意味で、今回の改正案におきましても、現行の仕組みどおり、政策的見地から内部部局がそうした政策的、大枠的な方針を自衛隊の運用に関しても策定し、幕僚監部がそれを実施するということは私は変わりないと思うんですね。
その上で、それをもう少し切り分けた方がいいのではないかということになりますと、今申し上げた設置法八条の自衛隊の行動に関する「基本に関すること。」まで削除しないとできないわけです。
かつて、旧と申し上げますか、旧の自公連立政権のときの防衛省改革の案では、この「基本に関すること。」というものを削除して、内局が自衛隊の行動に関する基本に関しても関与できない、全てこれは統合幕僚監部に一元化するということでありました。しかし、政権交代があり、今回の新しい自公連立政権におきましては、この設置法の八条の「基本に関すること。」を内局の所掌事務には維持しております。
そうした点で、恐らくこれは、法令等の企画立案だけではなく、基本的な方針に関しても、やはり政策的見地からの内局の関与というものが、チェックだけではなくて、やはりこれはチェック・アンド・バランス、すなわち、軍事的合理性だけが前面に出てしまいますと、実は、作戦の失敗とか、例えば憲法上のそごといった問題も出てきます。やはりそれをチェックし、バランスを保たせている意味で、今回の改正においても八条はいじっておらないということで、私はこの点はよかったなと思っております。
十二条に関しましては、一般的監督の補佐権限が「相まつて、」ということで、条文上はなくなるんですね。ですから、運用において内局との政策調整をしていくということは可能かと思いますが、条文上にその根拠規定がなくなると、大臣が行う一般的監督の補佐というものは内局はできなくなります。そういったときに、やはり、先ほど申し上げましたような政策的見地からの補佐が必ずしも十分できないのではないか。特に情報の共有という点で、内局にもしっかりと情報が共有されて、そして、内局と統合幕僚監部が協働して大臣を支える、そういう仕組みがこの十二条の改正によって損なわれるのではないのかということを危惧しているところであります。
以上です。
中
中谷真一#15
○中谷(真)委員 先生、ありがとうございます。
先生の今御指摘ありました、いわゆるしっかりとチェックをしていく、内局にもしっかり伝わるようにというところについては、これはしっかり何らかの仕組みをつくっていかなければいけないというふうに私も思いますので、これはぜひまたいろいろ教えていただければなというふうに思います。
ただ、計画については、これは内局の皆さんも一緒になって調整しながら作成していくんだろう。ただ、運用において一々入ってきてしまうとという観点から私は申し上げたところでございまして、先生にも今いろいろ教えていただきましたので、そういったことを踏まえながら、また今後この議論を進めていければなというふうに思うところでございます。
次に、白石先生にお伺いをしたいというふうに思います。
今回、防衛装備庁を新設するわけでございますけれども、これは新たに特出しをして行うわけでございます。そういった意味では、特出しをして新設するメリットとデメリットを簡潔に、先生のお考えを教えていただきたいというところです。
また、私は、日本の安全保障に資する輸出というものもあるんだろうというふうに思うわけであります。それは、特に、いわゆる武器装備移転によって海外と同じものを使うということは、あわせて、運用のための共同訓練をやったりとか、こういったことにもつながっていって非常に関係が強くなるという意味では、今、一国で安全保障というものは成り立ちませんから、そういったことも使いながら、やはり仲間をふやしていくというか、同志をふやしていくということは非常に重要だというふうに考えております。
そういった意味では、輸出をどう行っていくか、これにどうこの装備庁はコミットしていくべきかということについても先生のお考えを教えていただきたいと思います。
この発言だけを見る →先生の今御指摘ありました、いわゆるしっかりとチェックをしていく、内局にもしっかり伝わるようにというところについては、これはしっかり何らかの仕組みをつくっていかなければいけないというふうに私も思いますので、これはぜひまたいろいろ教えていただければなというふうに思います。
ただ、計画については、これは内局の皆さんも一緒になって調整しながら作成していくんだろう。ただ、運用において一々入ってきてしまうとという観点から私は申し上げたところでございまして、先生にも今いろいろ教えていただきましたので、そういったことを踏まえながら、また今後この議論を進めていければなというふうに思うところでございます。
次に、白石先生にお伺いをしたいというふうに思います。
今回、防衛装備庁を新設するわけでございますけれども、これは新たに特出しをして行うわけでございます。そういった意味では、特出しをして新設するメリットとデメリットを簡潔に、先生のお考えを教えていただきたいというところです。
また、私は、日本の安全保障に資する輸出というものもあるんだろうというふうに思うわけであります。それは、特に、いわゆる武器装備移転によって海外と同じものを使うということは、あわせて、運用のための共同訓練をやったりとか、こういったことにもつながっていって非常に関係が強くなるという意味では、今、一国で安全保障というものは成り立ちませんから、そういったことも使いながら、やはり仲間をふやしていくというか、同志をふやしていくということは非常に重要だというふうに考えております。
そういった意味では、輸出をどう行っていくか、これにどうこの装備庁はコミットしていくべきかということについても先生のお考えを教えていただきたいと思います。
白
白石隆#16
○白石参考人 ありがとうございます。
まず最初に、特出しのメリットとでも申しますのは、恐らく一番重要なポイントは、防衛政策あるいは安全保障政策の時間の幅と防衛産業技術政策の時間の幅というのがやはり違うというのが一番重要なことではないだろうかと思います。
御承知のとおり、次世代の防衛装備の開発なんということを考えますと、これは二十五年とか三十年の幅で考えていないとできませんし、調達計画というのも、これは少なくとも十五年、二十年のスパンで考えないとできない話でして、これを五年のスパンで回していくというのではなかなか産業技術戦略としては成立しないだろう、これが一つ重要な点と考えております。
次に、輸出についてでございますが、御指摘のとおり、相互運用性の向上あるいは安全保障協力につきましては、防衛装備の共同生産あるいは共同開発というのは極めて重要な意味を持っていることは間違いございません。私のような研究者のところでも、日本の安全保障政策について外国の要人が意見交換するときには、やはり、これが持つ、つまり、武器装備移転を日本政府としてできるようになったことの重要性というのは外国でも非常によく理解されているというふうに考えております。
ただ、一つ申し上げておくべきことは、武器装備の移転ということはこれまで日本はやっておりません。ですから、武器装備を移転しましょう、民間企業に輸出してもいいですよといっても、そもそも、では、どういう制度のもとでやっていいのか、制度もまだできていない。
ですから、そこのところで、先ほど申しましたように、多くの企業にとって防衛産業部門というのは極めて小さい部門ですから、そのために、例えば企業のレピュテーションが落ちる、その危険を冒してまで、今のままだったら輸出しようなんというところは余りないんじゃないか。
むしろ、そこのところは国としてきちっと制度をつくって、その上で、日本の安全保障に資するという観点からこの問題を考えるというのをやはりきちっとやらなきゃいけないだろうというふうに考えております。
この発言だけを見る →まず最初に、特出しのメリットとでも申しますのは、恐らく一番重要なポイントは、防衛政策あるいは安全保障政策の時間の幅と防衛産業技術政策の時間の幅というのがやはり違うというのが一番重要なことではないだろうかと思います。
御承知のとおり、次世代の防衛装備の開発なんということを考えますと、これは二十五年とか三十年の幅で考えていないとできませんし、調達計画というのも、これは少なくとも十五年、二十年のスパンで考えないとできない話でして、これを五年のスパンで回していくというのではなかなか産業技術戦略としては成立しないだろう、これが一つ重要な点と考えております。
次に、輸出についてでございますが、御指摘のとおり、相互運用性の向上あるいは安全保障協力につきましては、防衛装備の共同生産あるいは共同開発というのは極めて重要な意味を持っていることは間違いございません。私のような研究者のところでも、日本の安全保障政策について外国の要人が意見交換するときには、やはり、これが持つ、つまり、武器装備移転を日本政府としてできるようになったことの重要性というのは外国でも非常によく理解されているというふうに考えております。
ただ、一つ申し上げておくべきことは、武器装備の移転ということはこれまで日本はやっておりません。ですから、武器装備を移転しましょう、民間企業に輸出してもいいですよといっても、そもそも、では、どういう制度のもとでやっていいのか、制度もまだできていない。
ですから、そこのところで、先ほど申しましたように、多くの企業にとって防衛産業部門というのは極めて小さい部門ですから、そのために、例えば企業のレピュテーションが落ちる、その危険を冒してまで、今のままだったら輸出しようなんというところは余りないんじゃないか。
むしろ、そこのところは国としてきちっと制度をつくって、その上で、日本の安全保障に資するという観点からこの問題を考えるというのをやはりきちっとやらなきゃいけないだろうというふうに考えております。
中
中谷真一#17
○中谷(真)委員 先生、ありがとうございました。非常に参考になりました。
それでは、最後に西川先生にお伺いをしたいというふうに思います。
先生は防衛装備庁をつくるべきでないというふうに言われたんですけれども、防衛装備庁をつくるという前提で、先生が言われている軍産複合体にしないために、何か防衛装備庁の中にこのような施策を講じればいいのではないかというようなことがございましたら、ぜひ教えていただきたいと思います。
この発言だけを見る →それでは、最後に西川先生にお伺いをしたいというふうに思います。
先生は防衛装備庁をつくるべきでないというふうに言われたんですけれども、防衛装備庁をつくるという前提で、先生が言われている軍産複合体にしないために、何か防衛装備庁の中にこのような施策を講じればいいのではないかというようなことがございましたら、ぜひ教えていただきたいと思います。
西
西川純子#18
○西川参考人 御質問ありがとうございます。
軍産複合体にしないためにどうしたらいいか、つまり、防衛装備庁の設置とのかかわりでどうしたらいいかということは、根本的に考え直さないとそれはあり得ないというふうに思います。手直しとか、こういうふうにした方がもっといいとか、あるいは日本独特の軍産複合体のためにはこういう道があるとか、そういうふうなことを申し上げているわけではございません。
それでよろしいでしょうか。
この発言だけを見る →軍産複合体にしないためにどうしたらいいか、つまり、防衛装備庁の設置とのかかわりでどうしたらいいかということは、根本的に考え直さないとそれはあり得ないというふうに思います。手直しとか、こういうふうにした方がもっといいとか、あるいは日本独特の軍産複合体のためにはこういう道があるとか、そういうふうなことを申し上げているわけではございません。
それでよろしいでしょうか。
中
北
大
大串博志#21
○大串(博)委員 おはようございます。民主党の大串博志でございます。
きょうは、参考人の先生方には、お忙しい中、しかも急なお呼びかけにもかかわりませず、貴重な御意見を賜りまして、質疑の機会もいただきまして、本当にありがとうございます。いろいろな御意見を聞かせていただきたいと思います。
時間も限られておるものですから、全ての先生方にいろいろなことをお聞きしたいところでございますけれども、全ての先生方には行き届かないかもしれないので、まず、その点、お許しをいただければなというふうに思います。
まず、白石先生にちょっとお尋ねしたいと私は思うんですけれども、いわゆる防衛装備、技術基盤をつくり、生産基盤をつくっていく、この難しさのことをお述べになっていらっしゃいました。
確かに、防衛予算が減っていく中、かつ、ある意味特殊な分野でありますよね、特殊な分野であるので、事業化していくにはなかなか難しい面があり、そういう中で、産業として成り立たない中で、どうやって技術基盤をつくっていく、生産基盤をつくっていくのか。
こういう悩みというのは、かなり、実はどこの国も似たような悩みがあるのではないかなという気がするんです。もちろん、一部例外の国もあるでしょう。しかし、先進国の中でもかなり同じような悩みを抱える国というのはあるんじゃないかと私は思うんです。
そういう他国の例がどのような形になっていて、それをどのように克服していっているのかというあたりに関して、御見識があったら教えていただければなというふうに思います。
この発言だけを見る →きょうは、参考人の先生方には、お忙しい中、しかも急なお呼びかけにもかかわりませず、貴重な御意見を賜りまして、質疑の機会もいただきまして、本当にありがとうございます。いろいろな御意見を聞かせていただきたいと思います。
時間も限られておるものですから、全ての先生方にいろいろなことをお聞きしたいところでございますけれども、全ての先生方には行き届かないかもしれないので、まず、その点、お許しをいただければなというふうに思います。
まず、白石先生にちょっとお尋ねしたいと私は思うんですけれども、いわゆる防衛装備、技術基盤をつくり、生産基盤をつくっていく、この難しさのことをお述べになっていらっしゃいました。
確かに、防衛予算が減っていく中、かつ、ある意味特殊な分野でありますよね、特殊な分野であるので、事業化していくにはなかなか難しい面があり、そういう中で、産業として成り立たない中で、どうやって技術基盤をつくっていく、生産基盤をつくっていくのか。
こういう悩みというのは、かなり、実はどこの国も似たような悩みがあるのではないかなという気がするんです。もちろん、一部例外の国もあるでしょう。しかし、先進国の中でもかなり同じような悩みを抱える国というのはあるんじゃないかと私は思うんです。
そういう他国の例がどのような形になっていて、それをどのように克服していっているのかというあたりに関して、御見識があったら教えていただければなというふうに思います。
白
白石隆#22
○白石参考人 ありがとうございます。
外国、特に、アメリカはもちろんでございますけれども、アメリカあるいはイギリス、フランス、ドイツ、あるいは最近ですと中国、韓国、そういうところを見ますと、やはり当然、先ほども申し上げたことでございますけれども、市場規模を拡大するということは、どんどん輸出するというのが一つこういう外国の防衛産業がかなり活発にやっておるところでございます。
日本の場合には、これまではそういうことは、事実上、ごく例外的なことを別にしまして、許されておりませんでしたし、現在は、武器装備移転三原則がございますけれども、まだこれを実施するための制度は正直言ってできていないというところでございまして、なかなか、日本の現在の政治的な合意から判断しましても、市場規模をどんどん拡大していくというのは難しいんじゃないだろうかというふうに考えております。
それから、二番目にありますのは、産業政策として企業統合をやっていく、それで国際的に競争力のある防衛産業に特化した企業をつくっていくというのも、これも一つの選択肢としてはございますけれども、何しろ日本の場合には全てが民間部門でございますので、なかなか、政府として、この企業とこの企業のこの部分を切り分けて統合しろとか、そういうことはできないというのが事実でございます。
ですから、その意味では、いろいろなインセンティブをつけて誘導するということはあり得るんだと思いますけれども、私が知る限り、今そういうことはどこでも考えていないのではないだろうか。
ただ、これにつきましては、イギリスなんかはかなり政府の方でも努力しながら企業統合を進めていって、国際的に極めて競争力のある企業をつくった、そういう例はございます。
この発言だけを見る →外国、特に、アメリカはもちろんでございますけれども、アメリカあるいはイギリス、フランス、ドイツ、あるいは最近ですと中国、韓国、そういうところを見ますと、やはり当然、先ほども申し上げたことでございますけれども、市場規模を拡大するということは、どんどん輸出するというのが一つこういう外国の防衛産業がかなり活発にやっておるところでございます。
日本の場合には、これまではそういうことは、事実上、ごく例外的なことを別にしまして、許されておりませんでしたし、現在は、武器装備移転三原則がございますけれども、まだこれを実施するための制度は正直言ってできていないというところでございまして、なかなか、日本の現在の政治的な合意から判断しましても、市場規模をどんどん拡大していくというのは難しいんじゃないだろうかというふうに考えております。
それから、二番目にありますのは、産業政策として企業統合をやっていく、それで国際的に競争力のある防衛産業に特化した企業をつくっていくというのも、これも一つの選択肢としてはございますけれども、何しろ日本の場合には全てが民間部門でございますので、なかなか、政府として、この企業とこの企業のこの部分を切り分けて統合しろとか、そういうことはできないというのが事実でございます。
ですから、その意味では、いろいろなインセンティブをつけて誘導するということはあり得るんだと思いますけれども、私が知る限り、今そういうことはどこでも考えていないのではないだろうか。
ただ、これにつきましては、イギリスなんかはかなり政府の方でも努力しながら企業統合を進めていって、国際的に極めて競争力のある企業をつくった、そういう例はございます。
大
大串博志#23
○大串(博)委員 いま一つ白石先生にお尋ねできればと思うんですけれども、いろいろなそういう悩みが日本においてある中で、二番目のところ、二ポツ、「どうすればよいのか」というところで書かれているんですけれども、「選択と集中の実現によって安定的かつ中長期的に防衛力の維持整備を行う 防衛関係企業にとって予測可能性を高め、」云々、こういうふうにあります。「これが装備庁の主たるミッション」、こう書かれていらっしゃいます。
日本が直面する悩み、それに対してどうすればよいのかということで、ここに書かれているように、二ポツに書かれているような「選択と集中」とか、あるいは「予測可能性を高め、そのリスクを抑制し、長期的観点から投資、研究開発、人材育成を行えるようになる」というふうに書かれていらっしゃいますが、防衛装備庁というものをつくる、外局をつくっていくということ自体が、組織をつくること自体がこういった実態面に何がどうプラスとして働いていくのであろうかという点に関しては、いかがなものでしょうか。恐らく、防衛省の中の機能をいろいろ精査、検討、改善していくことによっても果たせる面はあるのかもしれないなというふうな思いもするんですけれども、その辺に関する御見識はいかがでしょうか。
この発言だけを見る →日本が直面する悩み、それに対してどうすればよいのかということで、ここに書かれているように、二ポツに書かれているような「選択と集中」とか、あるいは「予測可能性を高め、そのリスクを抑制し、長期的観点から投資、研究開発、人材育成を行えるようになる」というふうに書かれていらっしゃいますが、防衛装備庁というものをつくる、外局をつくっていくということ自体が、組織をつくること自体がこういった実態面に何がどうプラスとして働いていくのであろうかという点に関しては、いかがなものでしょうか。恐らく、防衛省の中の機能をいろいろ精査、検討、改善していくことによっても果たせる面はあるのかもしれないなというふうな思いもするんですけれども、その辺に関する御見識はいかがでしょうか。
白
白石隆#24
○白石参考人 そこのところは、正直申しまして、私としましても先生とかなり共通する認識は持っております。
と申しますのは、機構をつくったときに、最終的には運用するのは人でございまして、どういう人がここで育ってくるのかということがやはり非常に重要になってくる。ですから、装備庁をつくって、それで私が申しますような防衛力の基盤にある産業技術力というものが自動的に高まっていくだろうなんということはもちろん考えておりません。
先ほども少し申し上げましたけれども、防衛力の基盤にありますような産業技術力を培養するというのは、これは極めて長期のプロジェクトというか戦略が必要なわけでございまして、それを実際に運用するため、実施するために一生をかけるような人たちがかなりの数として育ってこないとだめで、それをつくるには、やはりそれが一つのキャリアになるんだ、そういう仕組みをつくっていくということが私はこの装備庁のまずは大きな仕事になるのではないかというふうに考えております。
この発言だけを見る →と申しますのは、機構をつくったときに、最終的には運用するのは人でございまして、どういう人がここで育ってくるのかということがやはり非常に重要になってくる。ですから、装備庁をつくって、それで私が申しますような防衛力の基盤にある産業技術力というものが自動的に高まっていくだろうなんということはもちろん考えておりません。
先ほども少し申し上げましたけれども、防衛力の基盤にありますような産業技術力を培養するというのは、これは極めて長期のプロジェクトというか戦略が必要なわけでございまして、それを実際に運用するため、実施するために一生をかけるような人たちがかなりの数として育ってこないとだめで、それをつくるには、やはりそれが一つのキャリアになるんだ、そういう仕組みをつくっていくということが私はこの装備庁のまずは大きな仕事になるのではないかというふうに考えております。
大
大串博志#25
○大串(博)委員 よくわかりました。ありがとうございました。
続いて、武蔵先生にお尋ねさせていただきたいと思います。
まずは文民統制の件についてお尋ねさせていただいて、もし時間があれば、先ほどの装備庁の話についてもお尋ねさせていただきたいと思います。
この文民統制、十二条や八条等々に関する、二十二条もそうですけれども、改正案が今回提起されて、いろいろ今御意見をいただいたわけでございますけれども、これから審議の中で私たちもしっかり議論していかなきゃいかぬなと思うのは、十二条を今回のような形で変えてきた場合に、何がどう変わるんだろうと。
つまり、防衛省の中で、これまでは、この案件に関しては、こういうふうな経路を通じて起案され、各局内で合い議を経、そしてここに会議が持たれ、この人がオーケーということを出した上で、ここにこう上がってこう決まっていたんだと、いろいろな、私も役人でありましたから何となくイメージするんですけれども、そういう事務のルーチンがあると思うんですね。これが今の十二条で成り立っていたものがあって、これが新しい十二条で何がどう変わるんだろうかという点。これはこの議会の審議の中でもよくよく大臣等にもお尋ねしていきたいと思います。
先生は大学でいらっしゃるので、内部の方ではいらっしゃらないから、全ては御存じないと思いますけれども、先生が理解される中で何がどう変わるのかなというところを教えていただければなというふうに思うんです。
その若干のヒントみたいなものは、これまで内局を通じて防衛大臣に報告されてきたものが、今後は統幕長から直接大臣に上がる、こういうふうなところがちらっと見えましたけれども、こういったことも含めて、事務のフローが一体どういうふうに今後変わっていくんだろうというところに関しての見通しみたいなものがあられたら教えていただけたらと思います。
この発言だけを見る →続いて、武蔵先生にお尋ねさせていただきたいと思います。
まずは文民統制の件についてお尋ねさせていただいて、もし時間があれば、先ほどの装備庁の話についてもお尋ねさせていただきたいと思います。
この文民統制、十二条や八条等々に関する、二十二条もそうですけれども、改正案が今回提起されて、いろいろ今御意見をいただいたわけでございますけれども、これから審議の中で私たちもしっかり議論していかなきゃいかぬなと思うのは、十二条を今回のような形で変えてきた場合に、何がどう変わるんだろうと。
つまり、防衛省の中で、これまでは、この案件に関しては、こういうふうな経路を通じて起案され、各局内で合い議を経、そしてここに会議が持たれ、この人がオーケーということを出した上で、ここにこう上がってこう決まっていたんだと、いろいろな、私も役人でありましたから何となくイメージするんですけれども、そういう事務のルーチンがあると思うんですね。これが今の十二条で成り立っていたものがあって、これが新しい十二条で何がどう変わるんだろうかという点。これはこの議会の審議の中でもよくよく大臣等にもお尋ねしていきたいと思います。
先生は大学でいらっしゃるので、内部の方ではいらっしゃらないから、全ては御存じないと思いますけれども、先生が理解される中で何がどう変わるのかなというところを教えていただければなというふうに思うんです。
その若干のヒントみたいなものは、これまで内局を通じて防衛大臣に報告されてきたものが、今後は統幕長から直接大臣に上がる、こういうふうなところがちらっと見えましたけれども、こういったことも含めて、事務のフローが一体どういうふうに今後変わっていくんだろうというところに関しての見通しみたいなものがあられたら教えていただけたらと思います。
武
武蔵勝宏#26
○武蔵参考人 ありがとうございます。
法律に基づきまして、旧防衛庁のときには、保安庁時代の事務調整に関する訓令というのがございました。これが九七年の橋本内閣のときに廃止されましたので、現在は、いわゆる訓令という形での事務の権限関係というのではなく、実質的な内部でのマニュアルという形で運用されているのではないかというふうに推測いたします。
当時の訓令に基づきまして、少し資料などを参考に御説明させていただきますと、現在の十二条という規定があることによりまして、例えば、幕僚監部が作成した案につきましては長官が指示をいたしますが、その指示の段階において原案を立案するのは内局でございます。また、幕僚監部が作成した計画等の案につきまして、内局がその案を審議するということになっております。
すなわち、内局を通さずに大臣が指示をしたり、内局を通さずに大臣に対して計画を上げるということはしていなかったということでございます。
また、長官への、現在は大臣ですね、大臣への上申や報告に関する基本的重要な件に関しては必ず内局を経由すること、また、十二条におきます一般的監督の補佐権限がございますので、各局の所掌事務に関して内局が幕僚監部に対し必要な通報を求めることができるということで、自衛隊の隊務全般に関しまして、内局がその所掌事務に関して連絡調整等の形で幕僚監部と常に通じて行っておりました。
ところが、これは、やはり十二条というものがあり、こうした訓令があり、行われていたわけであります。十二条におきまして、今回の改正では、政策的見地から、幕僚長の持つ軍事専門的助言と相まって補佐をする、また、八条の所掌事務のところに「総合調整に関する機能」というものが付与された。
では、こうした政策的見地からの補佐と総合調整機能というものによって、従来の、大臣が指示、承認、一般的監督をする際の補佐とどう違ってくるのか。
これは、恐らく、特に重要なのは、やはり一般的監督の補佐の権限というものがなくなることによって、先ほど申し上げましたように、大臣が出す指示やあるいは承認する案を内局が十分にチェックできるのかどうか。もちろん、内局にもそういった調整という観点からの報告もあり、内局が意見を述べるということもあるかもしれませんが、そこのところにおいて内局の権限が弱くなるのではないか。
また、一般的監督の補佐がなくなるということによって、各局に対して所掌事務に関して必要な通報を求めるということが、根拠規定がなくなるわけですね。
こういったことから、必ず内局を通して、内局を経由して大臣に報告する、そういったことが法的な根拠がなくなるためにおろそかになる危険があるのではないか。
もちろん、こうした根拠があろうとなかろうと、いざ緊急事態になりましたら、例えば災害派遣や海外派遣において迅速性が要求される場合に、内局を通さず、直接幕僚監部からの意見や情報というものを得て大臣が決定するということは、民主党政権におきましてもそういうことが多々あったということはお聞きしております。
そういう意味で、内局からの情報、また幕僚監部からの情報というものをどのように扱われるかということは、自衛隊に対する指揮監督権を持っておられる防衛大臣の御判断によります。
ただ、そのときに、十二条の根拠規定というものがなくなると、必ずしも内局というものを通さずに行われるということが今後起こり得るのではないか。特に迅速性が要求される場合に、内局がタッチしないまま幕僚監部の情報で大臣が意思決定を行う、そのことが、軍事的合理性が突出してしまい失敗に至るとか、あるいは憲法や政策的見地から見て問題が生じるということを危惧しているところでございます。
以上でございます。
この発言だけを見る →法律に基づきまして、旧防衛庁のときには、保安庁時代の事務調整に関する訓令というのがございました。これが九七年の橋本内閣のときに廃止されましたので、現在は、いわゆる訓令という形での事務の権限関係というのではなく、実質的な内部でのマニュアルという形で運用されているのではないかというふうに推測いたします。
当時の訓令に基づきまして、少し資料などを参考に御説明させていただきますと、現在の十二条という規定があることによりまして、例えば、幕僚監部が作成した案につきましては長官が指示をいたしますが、その指示の段階において原案を立案するのは内局でございます。また、幕僚監部が作成した計画等の案につきまして、内局がその案を審議するということになっております。
すなわち、内局を通さずに大臣が指示をしたり、内局を通さずに大臣に対して計画を上げるということはしていなかったということでございます。
また、長官への、現在は大臣ですね、大臣への上申や報告に関する基本的重要な件に関しては必ず内局を経由すること、また、十二条におきます一般的監督の補佐権限がございますので、各局の所掌事務に関して内局が幕僚監部に対し必要な通報を求めることができるということで、自衛隊の隊務全般に関しまして、内局がその所掌事務に関して連絡調整等の形で幕僚監部と常に通じて行っておりました。
ところが、これは、やはり十二条というものがあり、こうした訓令があり、行われていたわけであります。十二条におきまして、今回の改正では、政策的見地から、幕僚長の持つ軍事専門的助言と相まって補佐をする、また、八条の所掌事務のところに「総合調整に関する機能」というものが付与された。
では、こうした政策的見地からの補佐と総合調整機能というものによって、従来の、大臣が指示、承認、一般的監督をする際の補佐とどう違ってくるのか。
これは、恐らく、特に重要なのは、やはり一般的監督の補佐の権限というものがなくなることによって、先ほど申し上げましたように、大臣が出す指示やあるいは承認する案を内局が十分にチェックできるのかどうか。もちろん、内局にもそういった調整という観点からの報告もあり、内局が意見を述べるということもあるかもしれませんが、そこのところにおいて内局の権限が弱くなるのではないか。
また、一般的監督の補佐がなくなるということによって、各局に対して所掌事務に関して必要な通報を求めるということが、根拠規定がなくなるわけですね。
こういったことから、必ず内局を通して、内局を経由して大臣に報告する、そういったことが法的な根拠がなくなるためにおろそかになる危険があるのではないか。
もちろん、こうした根拠があろうとなかろうと、いざ緊急事態になりましたら、例えば災害派遣や海外派遣において迅速性が要求される場合に、内局を通さず、直接幕僚監部からの意見や情報というものを得て大臣が決定するということは、民主党政権におきましてもそういうことが多々あったということはお聞きしております。
そういう意味で、内局からの情報、また幕僚監部からの情報というものをどのように扱われるかということは、自衛隊に対する指揮監督権を持っておられる防衛大臣の御判断によります。
ただ、そのときに、十二条の根拠規定というものがなくなると、必ずしも内局というものを通さずに行われるということが今後起こり得るのではないか。特に迅速性が要求される場合に、内局がタッチしないまま幕僚監部の情報で大臣が意思決定を行う、そのことが、軍事的合理性が突出してしまい失敗に至るとか、あるいは憲法や政策的見地から見て問題が生じるということを危惧しているところでございます。
以上でございます。
大
大串博志#27
○大串(博)委員 ありがとうございます。
武蔵先生にもう一問お尋ねさせていただきたいのですが、武蔵先生の資料の中で、米英独仏の国防組織の中枢機構の内部部局においては文官と制服組が七対三の割合で混在しているんだ、こういう仕組みになっている。日本はそうでないわけですね、内局は内局の背広組で占められている、こういうふうな特異な仕組みになっているということでございました。そういったことも含めて、一つの行き方として、背広組と制服組をもっともっと組織の中で混交させていくということが適切ではないかというふうな御意見をここに述べられていました。
諸外国の状況がどういうふうになっていて、それが、すなわち制服組と文官との融合をよりよくうまくつくり出していっているどういった例として働いているのか、その辺に関する諸外国の知見を少し教えていただければなというふうに思います。
この発言だけを見る →武蔵先生にもう一問お尋ねさせていただきたいのですが、武蔵先生の資料の中で、米英独仏の国防組織の中枢機構の内部部局においては文官と制服組が七対三の割合で混在しているんだ、こういう仕組みになっている。日本はそうでないわけですね、内局は内局の背広組で占められている、こういうふうな特異な仕組みになっているということでございました。そういったことも含めて、一つの行き方として、背広組と制服組をもっともっと組織の中で混交させていくということが適切ではないかというふうな御意見をここに述べられていました。
諸外国の状況がどういうふうになっていて、それが、すなわち制服組と文官との融合をよりよくうまくつくり出していっているどういった例として働いているのか、その辺に関する諸外国の知見を少し教えていただければなというふうに思います。
武
武蔵勝宏#28
○武蔵参考人 お答えいたします。
私のペーパーでは、英米独仏におきましては、混合組織であるということで、その割合を大体七割から三割というふうに書かせていただきました。これは国によって若干数字に幅がございます。
ただ、やはり、日本でもともと、内局が文官のみによって構成される、そういう制度を保安庁のときにとった経緯を申し上げますと、それは、戦前の陸軍省、海軍省のいわゆる省部が全て軍人によって占められていた、すなわち、省部も、軍令部、軍政、軍令の全てが軍人によって占められていた、そういう反省から、内局は文官によって占めるということが行われたんだと思います。
ただ、それは戦後直後のことでありました。今日、自衛隊を実際に海外も含め運用しなきゃいけないという状況になってきたときに、果たして、現場の運用経験のない事務官、文官だけで自衛隊の運用をチェックしたり、あるいは、防衛計画の作成などにおいてもやはり軍事専門的な知見というものを取り入れる必要があるだろう。
諸外国におきましてはそういったことは当然行われているわけでありまして、すなわち、内局の中で、アメリカであれば国防長官府でございますが、その中で、政治任用のいわゆる文官と、そして制服というか軍人の双方が、お互いにそれぞれの専門知識を生かしながら、協力しながらやっていくということでございます。
ただ、軍人が例えば内局の幹部ポスト、トップのポストを占めるということになれば、これは戦前と同じことでありますから、あくまで、軍人が例えば次官になるとか、そういうことはございません。
そういう意味で、日本におきましても、文官に加えて制服組の方が内局で今後さまざまな役割を果たすと思いますが、ラインのところに余り入り込んで、例えば局長クラスに制服組がなるということになれば、内局そのものの存在意義がなくなるのではないかというふうに思っております。
以上です。
この発言だけを見る →私のペーパーでは、英米独仏におきましては、混合組織であるということで、その割合を大体七割から三割というふうに書かせていただきました。これは国によって若干数字に幅がございます。
ただ、やはり、日本でもともと、内局が文官のみによって構成される、そういう制度を保安庁のときにとった経緯を申し上げますと、それは、戦前の陸軍省、海軍省のいわゆる省部が全て軍人によって占められていた、すなわち、省部も、軍令部、軍政、軍令の全てが軍人によって占められていた、そういう反省から、内局は文官によって占めるということが行われたんだと思います。
ただ、それは戦後直後のことでありました。今日、自衛隊を実際に海外も含め運用しなきゃいけないという状況になってきたときに、果たして、現場の運用経験のない事務官、文官だけで自衛隊の運用をチェックしたり、あるいは、防衛計画の作成などにおいてもやはり軍事専門的な知見というものを取り入れる必要があるだろう。
諸外国におきましてはそういったことは当然行われているわけでありまして、すなわち、内局の中で、アメリカであれば国防長官府でございますが、その中で、政治任用のいわゆる文官と、そして制服というか軍人の双方が、お互いにそれぞれの専門知識を生かしながら、協力しながらやっていくということでございます。
ただ、軍人が例えば内局の幹部ポスト、トップのポストを占めるということになれば、これは戦前と同じことでありますから、あくまで、軍人が例えば次官になるとか、そういうことはございません。
そういう意味で、日本におきましても、文官に加えて制服組の方が内局で今後さまざまな役割を果たすと思いますが、ラインのところに余り入り込んで、例えば局長クラスに制服組がなるということになれば、内局そのものの存在意義がなくなるのではないかというふうに思っております。
以上です。
大
大串博志#29
○大串(博)委員 それでは、武蔵先生にもう一問、先ほどお話しになっておられました装備庁に関してもお尋ねさせていただきたいと思うのです。
先ほど白石先生の方からも、装備庁、人をつくっていく、教育、人材育成というんですか、これが非常に大切だということのお話がありました。武蔵先生のプレゼンテーションの中でも、装備庁をつくって、ここは文官と武官が混交する組織に本格的になるわけだけれども、そういった中で統合のメリットをどうやってつくっていくのか、そのガバナンスが大変大切ではないかというような御指摘もございました。やはり組織をつくっていった場合に、魂をどう埋め込むか、どうその機能を発揮させていくかというのはとても大切だと思うんですね。
その場合に、確かに今回は新しい組織です。これまで防衛省においては、組織を、どちらかというと防衛省内に、防衛施設庁の問題等々もあり、逆に統合していく中にあったのが、今回久しぶりに外局をつくる、そういった形になっている。そういう中で、この防衛装備庁という機能がしっかり果たされていくために、どのような論点が重要であり、ポイントとなっていくのかという点に関しての御見識を少し教えていただけたらと思います。
この発言だけを見る →先ほど白石先生の方からも、装備庁、人をつくっていく、教育、人材育成というんですか、これが非常に大切だということのお話がありました。武蔵先生のプレゼンテーションの中でも、装備庁をつくって、ここは文官と武官が混交する組織に本格的になるわけだけれども、そういった中で統合のメリットをどうやってつくっていくのか、そのガバナンスが大変大切ではないかというような御指摘もございました。やはり組織をつくっていった場合に、魂をどう埋め込むか、どうその機能を発揮させていくかというのはとても大切だと思うんですね。
その場合に、確かに今回は新しい組織です。これまで防衛省においては、組織を、どちらかというと防衛省内に、防衛施設庁の問題等々もあり、逆に統合していく中にあったのが、今回久しぶりに外局をつくる、そういった形になっている。そういう中で、この防衛装備庁という機能がしっかり果たされていくために、どのような論点が重要であり、ポイントとなっていくのかという点に関しての御見識を少し教えていただけたらと思います。