予算委員会
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会
会議録情報#0
平成三十年五月十日(木曜日)
午前九時開議
出席委員
委員長 河村 建夫君
理事 柴山 昌彦君 理事 菅原 一秀君
理事 田中 和徳君 理事 橘 慶一郎君
理事 星野 剛士君 理事 宮下 一郎君
理事 逢坂 誠二君 理事 津村 啓介君
理事 竹内 譲君
あべ 俊子君 伊藤 達也君
石崎 徹君 石破 茂君
今村 雅弘君 岩屋 毅君
江藤 拓君 衛藤征士郎君
金田 勝年君 古賀 篤君
後藤 茂之君 佐藤ゆかり君
竹本 直一君 根本 匠君
野田 毅君 原田 義昭君
平井 卓也君 平沢 勝栄君
藤井比早之君 村上誠一郎君
盛山 正仁君 山口 壯君
山本 幸三君 山本 有二君
渡辺 博道君 阿部 知子君
青柳陽一郎君 岡本あき子君
落合 貴之君 川内 博史君
長妻 昭君 本多 平直君
山内 康一君 浅野 哲君
稲富 修二君 今井 雅人君
小熊 慎司君 大西 健介君
後藤 祐一君 原口 一博君
伊佐 進一君 中野 洋昌君
江田 憲司君 藤野 保史君
宮本 岳志君 井上 英孝君
浦野 靖人君 遠藤 敬君
松原 仁君
…………………………………
参考人
(元内閣総理大臣秘書官) 柳瀬 唯夫君
参考人
(国家戦略特区諮問会議有識者議員) 八田 達夫君
予算委員会専門員 石上 智君
—————————————
委員の異動
五月十日
辞任 補欠選任
藤井比早之君 後藤 茂之君
岡本あき子君 本多 平直君
落合 貴之君 長妻 昭君
山内 康一君 川内 博史君
稲富 修二君 今井 雅人君
後藤 祐一君 浅野 哲君
藤野 保史君 宮本 岳志君
遠藤 敬君 浦野 靖人君
同日
辞任 補欠選任
後藤 茂之君 藤井比早之君
川内 博史君 山内 康一君
長妻 昭君 落合 貴之君
本多 平直君 岡本あき子君
浅野 哲君 後藤 祐一君
今井 雅人君 稲富 修二君
宮本 岳志君 藤野 保史君
浦野 靖人君 井上 英孝君
同日
辞任 補欠選任
井上 英孝君 遠藤 敬君
—————————————
本日の会議に付した案件
予算の実施状況に関する件(国家戦略特区等)
————◇—————
この発言だけを見る →午前九時開議
出席委員
委員長 河村 建夫君
理事 柴山 昌彦君 理事 菅原 一秀君
理事 田中 和徳君 理事 橘 慶一郎君
理事 星野 剛士君 理事 宮下 一郎君
理事 逢坂 誠二君 理事 津村 啓介君
理事 竹内 譲君
あべ 俊子君 伊藤 達也君
石崎 徹君 石破 茂君
今村 雅弘君 岩屋 毅君
江藤 拓君 衛藤征士郎君
金田 勝年君 古賀 篤君
後藤 茂之君 佐藤ゆかり君
竹本 直一君 根本 匠君
野田 毅君 原田 義昭君
平井 卓也君 平沢 勝栄君
藤井比早之君 村上誠一郎君
盛山 正仁君 山口 壯君
山本 幸三君 山本 有二君
渡辺 博道君 阿部 知子君
青柳陽一郎君 岡本あき子君
落合 貴之君 川内 博史君
長妻 昭君 本多 平直君
山内 康一君 浅野 哲君
稲富 修二君 今井 雅人君
小熊 慎司君 大西 健介君
後藤 祐一君 原口 一博君
伊佐 進一君 中野 洋昌君
江田 憲司君 藤野 保史君
宮本 岳志君 井上 英孝君
浦野 靖人君 遠藤 敬君
松原 仁君
…………………………………
参考人
(元内閣総理大臣秘書官) 柳瀬 唯夫君
参考人
(国家戦略特区諮問会議有識者議員) 八田 達夫君
予算委員会専門員 石上 智君
—————————————
委員の異動
五月十日
辞任 補欠選任
藤井比早之君 後藤 茂之君
岡本あき子君 本多 平直君
落合 貴之君 長妻 昭君
山内 康一君 川内 博史君
稲富 修二君 今井 雅人君
後藤 祐一君 浅野 哲君
藤野 保史君 宮本 岳志君
遠藤 敬君 浦野 靖人君
同日
辞任 補欠選任
後藤 茂之君 藤井比早之君
川内 博史君 山内 康一君
長妻 昭君 落合 貴之君
本多 平直君 岡本あき子君
浅野 哲君 後藤 祐一君
今井 雅人君 稲富 修二君
宮本 岳志君 藤野 保史君
浦野 靖人君 井上 英孝君
同日
辞任 補欠選任
井上 英孝君 遠藤 敬君
—————————————
本日の会議に付した案件
予算の実施状況に関する件(国家戦略特区等)
————◇—————
河
河村建夫#1
○河村委員長 これより会議を開きます。
予算の実施状況に関する件について調査を進めます。
これより、国家戦略特区等について、参考人柳瀬唯夫君に対し質疑を行います。
質疑の申出がありますので、順次これを許します。後藤茂之君。
この発言だけを見る →予算の実施状況に関する件について調査を進めます。
これより、国家戦略特区等について、参考人柳瀬唯夫君に対し質疑を行います。
質疑の申出がありますので、順次これを許します。後藤茂之君。
後
後藤茂之#2
○後藤(茂)委員 自由民主党の後藤茂之でございます。
さまざまな問題が続発する現在の状況については、野党もうんざりという御発言がありますが、与党もうんざりでございます。しかし、一番うんざりされているのは国民ではないかというふうに思います。国民の視点から見て、政治の信頼回復を図るためには、真相を解明して、疑念に応えていくしかないというふうに思います。
加計学園の理事長とは利害関係がないからこそ長年続いている友人関係であると総理はおっしゃいますが、友人だからこそ特別扱いを受けていたのではないか、国民の多くはそういう疑念を持っております。
きょうこそは、何が真実なのか、本当のことを全て正直に話していただきたいというふうに思います。
平成二十七年四月二日に愛媛県、今治市が官邸を訪問したことについて、愛媛県のメモが公表され、また、農水省も愛媛県の文書を保有するなどの事実が明らかになっております。四月十日、柳瀬元秘書官は、自分の記憶の限りでは、愛媛県や今治市の方とお会いしたことはないとコメントを出していますが、国民の中で、事実関係についての疑念は拭えておりません。
四月二日に柳瀬元秘書官は愛媛県、今治市、加計学園関係者と会っていないのか、まず最初にしっかりと説明してください。
この発言だけを見る →さまざまな問題が続発する現在の状況については、野党もうんざりという御発言がありますが、与党もうんざりでございます。しかし、一番うんざりされているのは国民ではないかというふうに思います。国民の視点から見て、政治の信頼回復を図るためには、真相を解明して、疑念に応えていくしかないというふうに思います。
加計学園の理事長とは利害関係がないからこそ長年続いている友人関係であると総理はおっしゃいますが、友人だからこそ特別扱いを受けていたのではないか、国民の多くはそういう疑念を持っております。
きょうこそは、何が真実なのか、本当のことを全て正直に話していただきたいというふうに思います。
平成二十七年四月二日に愛媛県、今治市が官邸を訪問したことについて、愛媛県のメモが公表され、また、農水省も愛媛県の文書を保有するなどの事実が明らかになっております。四月十日、柳瀬元秘書官は、自分の記憶の限りでは、愛媛県や今治市の方とお会いしたことはないとコメントを出していますが、国民の中で、事実関係についての疑念は拭えておりません。
四月二日に柳瀬元秘書官は愛媛県、今治市、加計学園関係者と会っていないのか、まず最初にしっかりと説明してください。
柳
柳瀬唯夫#3
○柳瀬参考人 まず冒頭、私の答弁をきっかけに国会審議に大変な御迷惑をおかけしましたこと、まことに申しわけございませんでした。
その上で、御質問の点でございますけれども、加計学園の事務局の方から面会の申入れがありまして、四月ごろに、その後の報道などを拝見すると恐らくこれが四月二日だったのではないかと思いますけれども、加計学園の方、その関係者の方と面会をいたしました。
その面会のときには、相手方は、十人近くの随分大勢でいらっしゃいました。そのうち、加計学園の事務局に同行されました獣医学の専門家の元東大教授とおっしゃっている方が、世界の獣医学教育の趨勢は感染症対策にシフトしているのに日本は全くついていっていないという、獣医学教育に関するお話を情熱的にとうとうとされた覚えがございます。あわせまして、加計学園の事務局の方から、国家戦略特区制度を活用する方向で検討しているというお話がありました。
面会では、メーンテーブルの真ん中にいらっしゃいましたその元東大教授の方がほとんどお話しになっていて、それと、加計学園の事務局の方がお話しになっておりました。そのために、随行されていた方の中に愛媛県の方や今治市の方がいらしたかどうかという記録は残ってございません。
ただ、その後の一連の報道や関係省庁による調査結果を拝見しますと、私は、今でも愛媛県や今治市の職員の方が同席者の中にいたかどうかはわかりませんけれども、十人近くの同席者の中で、メーンスピーカーでない方の随行者の中に愛媛県や今治市の方たちがいらっしゃったのかな、かもしれないなというふうに思います。
この発言だけを見る →その上で、御質問の点でございますけれども、加計学園の事務局の方から面会の申入れがありまして、四月ごろに、その後の報道などを拝見すると恐らくこれが四月二日だったのではないかと思いますけれども、加計学園の方、その関係者の方と面会をいたしました。
その面会のときには、相手方は、十人近くの随分大勢でいらっしゃいました。そのうち、加計学園の事務局に同行されました獣医学の専門家の元東大教授とおっしゃっている方が、世界の獣医学教育の趨勢は感染症対策にシフトしているのに日本は全くついていっていないという、獣医学教育に関するお話を情熱的にとうとうとされた覚えがございます。あわせまして、加計学園の事務局の方から、国家戦略特区制度を活用する方向で検討しているというお話がありました。
面会では、メーンテーブルの真ん中にいらっしゃいましたその元東大教授の方がほとんどお話しになっていて、それと、加計学園の事務局の方がお話しになっておりました。そのために、随行されていた方の中に愛媛県の方や今治市の方がいらしたかどうかという記録は残ってございません。
ただ、その後の一連の報道や関係省庁による調査結果を拝見しますと、私は、今でも愛媛県や今治市の職員の方が同席者の中にいたかどうかはわかりませんけれども、十人近くの同席者の中で、メーンスピーカーでない方の随行者の中に愛媛県や今治市の方たちがいらっしゃったのかな、かもしれないなというふうに思います。
後
後藤茂之#4
○後藤(茂)委員 四月二日に関する面会がどのようなものであったかということはわかりましたが、愛媛県や今治市の方がいらっしゃらなかったのかどうか、本当に確認をされなかったのでしょうか。名刺の交換をされなかったのでしょうか。
この発言だけを見る →柳
柳瀬唯夫#5
○柳瀬参考人 先ほど申し上げましたけれども、ほとんどお話しになっていたのはメーンテーブルの真ん中におられた元東大教授の方と加計学園の事務局の方でございまして、随行者の中に愛媛県の方、今治市の方がいらっしゃったかどうかは私にはわかりません。
そのため、昨年の国会では、今治市の職員に会ったかという御質問に対しまして、私からは、お会いした記憶はございません、あるいは、私の記憶をたどる限り、お会いしていません、あるいは、覚えていないので、会っていたとも会っていないとも申し上げようがございませんというふうなお答えをいたしました。私としましては、今治市や愛媛県の方とお会いしたかお会いしていないかの定かな記憶がないのに、必ずお会いしましたとか絶対にお会いしていませんとか申し上げるのは、いずれの場合もうそになる可能性があると思いましたので、このように申し上げました。
なお、随行者の方々全員と名刺交換をしたかどうかはわかりません。私、ふだんから、失礼にならないように、自分から名を名乗って名刺交換をするように心がけておりますが、多くの方とお会いするために、交換した名刺の中で保存するのはごく一部でございます。今回の件で、私が保存している名刺の中に今治市や愛媛県の方の名刺はございませんでした。
この発言だけを見る →そのため、昨年の国会では、今治市の職員に会ったかという御質問に対しまして、私からは、お会いした記憶はございません、あるいは、私の記憶をたどる限り、お会いしていません、あるいは、覚えていないので、会っていたとも会っていないとも申し上げようがございませんというふうなお答えをいたしました。私としましては、今治市や愛媛県の方とお会いしたかお会いしていないかの定かな記憶がないのに、必ずお会いしましたとか絶対にお会いしていませんとか申し上げるのは、いずれの場合もうそになる可能性があると思いましたので、このように申し上げました。
なお、随行者の方々全員と名刺交換をしたかどうかはわかりません。私、ふだんから、失礼にならないように、自分から名を名乗って名刺交換をするように心がけておりますが、多くの方とお会いするために、交換した名刺の中で保存するのはごく一部でございます。今回の件で、私が保存している名刺の中に今治市や愛媛県の方の名刺はございませんでした。
後
後藤茂之#6
○後藤(茂)委員 加計学園の関係者の方と会ったという認識だったということですが、では、なぜ柳瀬元秘書官は加計学園関係者の方と知り合いになられたのでしょうか。知り合ったときから四月の面会までの経緯を教えてください。
この発言だけを見る →柳
柳瀬唯夫#7
○柳瀬参考人 以前、総理と御一緒した際に加計学園の関係者の方とお会いしたことがございました。その後、平成二十七年の二月から三月ごろだったと思いますけれども、加計学園の事務局の方から、上京する際にお伺いしたいという申入れがありまして、官邸でお会いをしました。
その際、獣医学部が過去五十年余り新設されていないこと、四国には鳥インフルエンザなどの感染症対応の獣医が不足していること、過去、構造改革特区で今治市から何度も獣医学部新設を申請してきているが実現していないことというふうなお話があったと思います。その際に、従来の構造改革特区とは別に、新たに国家戦略特区制度が始まったという話も出たようにも思いますけれども、そのときには特に具体的な話にはならなかったように思います。
このときに、五十年以上も獣医学部が新設されていないというお話を伺いまして、強く違和感を覚えました。しかし、私自身、獣医学部新設については詳しくなかったので、基本的に、聞きおいたということだったと思います。
その後、加計学園事務局の方から面会の申入れがありまして、先ほど申しましたように、四月ごろ、これも多分四月二日だったと思いますけれども、加計学園の関係者にお会いしました。
その後、加計学園の方が一度、今治市が正式に国家戦略特区の提案を行うことになったというようなお話をされに一回官邸に顔を出されたという記憶もございます。
この発言だけを見る →その際、獣医学部が過去五十年余り新設されていないこと、四国には鳥インフルエンザなどの感染症対応の獣医が不足していること、過去、構造改革特区で今治市から何度も獣医学部新設を申請してきているが実現していないことというふうなお話があったと思います。その際に、従来の構造改革特区とは別に、新たに国家戦略特区制度が始まったという話も出たようにも思いますけれども、そのときには特に具体的な話にはならなかったように思います。
このときに、五十年以上も獣医学部が新設されていないというお話を伺いまして、強く違和感を覚えました。しかし、私自身、獣医学部新設については詳しくなかったので、基本的に、聞きおいたということだったと思います。
その後、加計学園事務局の方から面会の申入れがありまして、先ほど申しましたように、四月ごろ、これも多分四月二日だったと思いますけれども、加計学園の関係者にお会いしました。
その後、加計学園の方が一度、今治市が正式に国家戦略特区の提案を行うことになったというようなお話をされに一回官邸に顔を出されたという記憶もございます。
後
後藤茂之#8
○後藤(茂)委員 総理からの指示ではなく、個人的に面識があったということだというふうに承りましたが、加計学園関係者との最初の面会で五十年以上も獣医学部が新設されていないことを聞いたとのことでございますが、だとすれば、四月に二回目に会うまでに、事前に何か調べたり、あるいは指示をしたりしたことがあったのではないですか。
この発言だけを見る →柳
柳瀬唯夫#9
○柳瀬参考人 最初にお会いしました二月から三月ごろの面会の後、四月に面会する前の間に、まず、戦略特区の事務局から、特区制度の現状について、ドローンあるいは自動走行などの近未来技術の実証とか、次の成長戦略に織り込むような検討課題について、ちょうどそのころ、レクを受ける機会がございました。こうしたレクは、担当している部局の方から、今どうなっていて今後どうしていくつもりだというのは随時聞いておりましたので、そういう一環で伺った覚えがあります。
その際に、その前の年の平成二十六年九月の国家戦略特区諮問会議で、民間議員から、獣医学部の新設の解禁というものも含まれた追加の規制改革項目というのを、重点項目という提案がございまして、それを受けて総理が、これはカメラもプレスの方もみんな入った場で、民間議員から御提案のあった提案については早急に検討していきたいというふうにおっしゃっていた、その獣医学部新設の解禁について今どうなっていますかということを聞いた覚えがございます。
その際に、新潟市から国家戦略特区の提案が出ている、あるいは今治市から構造改革特区の提案が出ているけれども、今のところ通っていないというふうなお話を伺った覚えがございます。
また、それと並行いたしまして、官邸に各省から出向してきている職員に、獣医学部新設に関する状況と見方について伺った記憶がございます。学部新設ということで文科省なのか、獣医ということで農水省なのか、感染症対策ということで厚労省なのか、ちょっとどこなのかよくわからなかったので、三省からの出向者の方に聞いたと思います。
その答えは、詳しくは覚えていませんが、ざくっと、獣医学部は長年にわたって新設されていないこと、それから、鳥インフルエンザの感染症対策への対応は地域によってはとても苦労していること、それから、獣医が不足しているというデータが重要であることというふうなお話を伺った覚えがあります。なぜ長年にわたって獣医学部の新設が認められてこなかったかという肝心の点については、よくわからないなというふうな印象を持った記憶がございます。
その際に、個別の自治体とか事業者について、各省に何か指示をしたりお願いをしたことはございません。
この発言だけを見る →その際に、その前の年の平成二十六年九月の国家戦略特区諮問会議で、民間議員から、獣医学部の新設の解禁というものも含まれた追加の規制改革項目というのを、重点項目という提案がございまして、それを受けて総理が、これはカメラもプレスの方もみんな入った場で、民間議員から御提案のあった提案については早急に検討していきたいというふうにおっしゃっていた、その獣医学部新設の解禁について今どうなっていますかということを聞いた覚えがございます。
その際に、新潟市から国家戦略特区の提案が出ている、あるいは今治市から構造改革特区の提案が出ているけれども、今のところ通っていないというふうなお話を伺った覚えがございます。
また、それと並行いたしまして、官邸に各省から出向してきている職員に、獣医学部新設に関する状況と見方について伺った記憶がございます。学部新設ということで文科省なのか、獣医ということで農水省なのか、感染症対策ということで厚労省なのか、ちょっとどこなのかよくわからなかったので、三省からの出向者の方に聞いたと思います。
その答えは、詳しくは覚えていませんが、ざくっと、獣医学部は長年にわたって新設されていないこと、それから、鳥インフルエンザの感染症対策への対応は地域によってはとても苦労していること、それから、獣医が不足しているというデータが重要であることというふうなお話を伺った覚えがあります。なぜ長年にわたって獣医学部の新設が認められてこなかったかという肝心の点については、よくわからないなというふうな印象を持った記憶がございます。
その際に、個別の自治体とか事業者について、各省に何か指示をしたりお願いをしたことはございません。
後
柳
柳瀬唯夫#11
○柳瀬参考人 四月の面会のときに、加計学園から、内閣府の特区事務局とは既に面会したというお話でございましたので、私から特に内閣府の方に連絡した記憶はございません。また、具体的な指示もしてございません。また、各省との間でも本件をやりとりした覚えはございません。
その後、内閣府からは、平成二十七年六月末に成長戦略全体を閣議決定する際に、十四項目の国家戦略特区関連の閣議決定事項という説明を受けました。その際、十四項目のうちの一つとして、獣医学部新設の制度論の検討を年度内に行うという、いわゆる石破四条件を記載するというふうな御説明を受けました。
総理には、成長戦略の取りまとめに際しまして、この十四項目の国家戦略特区関連の決定事項について内閣府から御説明いただきましたけれども、個別具体的なお話はございませんでした。
この発言だけを見る →その後、内閣府からは、平成二十七年六月末に成長戦略全体を閣議決定する際に、十四項目の国家戦略特区関連の閣議決定事項という説明を受けました。その際、十四項目のうちの一つとして、獣医学部新設の制度論の検討を年度内に行うという、いわゆる石破四条件を記載するというふうな御説明を受けました。
総理には、成長戦略の取りまとめに際しまして、この十四項目の国家戦略特区関連の決定事項について内閣府から御説明いただきましたけれども、個別具体的なお話はございませんでした。
後
柳
柳瀬唯夫#13
○柳瀬参考人 私が総理秘書官に在籍していた当時、五十年余り認められていなかった獣医学部の新設に道を開くのかどうか、道を開くのであればどういう場合があり得るのか、そういう制度設計について検討している段階でした。制度ができたら具体的にどのプロジェクトに適用するのかというのは、関心の外でございました。
もちろん、制度設計を議論する際には、机上の空論になってはいけませんので、ある程度、ニーズがあるかどうかを思慮に入れるのは当然でございますけれども、国家戦略特区法上も自治体あるいは事業者の提案を受けて特例措置の制度を検討することになっていますが、特例措置の制度ができたら具体的にどのプロジェクトに適用するのかというのは、法律上も後で公募でが条件になっているということでございますので、選定の手続は、後日、別途の手続が進められるものと理解しておりました。
実際、私は、石破四条件ができてから間を置かずに、平成二十七年八月に総理秘書官のポストを離れましたが、私が離任した後も石破四条件を踏まえた制度設計の検討が一年以上も続きまして、獣医学部新設の制度が決まったのは翌年の平成二十八年十一月でございます。制度を適用する具体的な事業者の選定は、更に先の翌々年の平成二十九年になってから始まったと聞いております。したがいまして、私が具体的な地点や事業者の選定に関与するような余地は全くございませんでした。
この発言だけを見る →もちろん、制度設計を議論する際には、机上の空論になってはいけませんので、ある程度、ニーズがあるかどうかを思慮に入れるのは当然でございますけれども、国家戦略特区法上も自治体あるいは事業者の提案を受けて特例措置の制度を検討することになっていますが、特例措置の制度ができたら具体的にどのプロジェクトに適用するのかというのは、法律上も後で公募でが条件になっているということでございますので、選定の手続は、後日、別途の手続が進められるものと理解しておりました。
実際、私は、石破四条件ができてから間を置かずに、平成二十七年八月に総理秘書官のポストを離れましたが、私が離任した後も石破四条件を踏まえた制度設計の検討が一年以上も続きまして、獣医学部新設の制度が決まったのは翌年の平成二十八年十一月でございます。制度を適用する具体的な事業者の選定は、更に先の翌々年の平成二十九年になってから始まったと聞いております。したがいまして、私が具体的な地点や事業者の選定に関与するような余地は全くございませんでした。
後
後藤茂之#14
○後藤(茂)委員 では、ここから、最も重要な総理との関係について確認をさせていただきます。
柳瀬元秘書官は、加計理事長と総理との関係をどのように認識しておられましたか。また、総理と友人関係を認識していたので特別扱いをして面会したものではないというふうに言い切れますか。
この発言だけを見る →柳瀬元秘書官は、加計理事長と総理との関係をどのように認識しておられましたか。また、総理と友人関係を認識していたので特別扱いをして面会したものではないというふうに言い切れますか。
柳
柳瀬唯夫#15
○柳瀬参考人 総理御自身が御答弁されているとおり、友人関係であろうということは認識をしてございました。
私の面会でございますけれども、政府の外の方からアポイントの申入れに対しては時間が許す限りお受けするように心がけておりましたので、特別扱いをしたことはございません。実際、私は、総理秘書官時代、物理的に日本にいないとか、物理的に時間がないということはあったかもしれませんが、私が総理秘書官時代、私が覚えている限りは、アポイントの申入れをお断りしたことはございません。
この発言だけを見る →私の面会でございますけれども、政府の外の方からアポイントの申入れに対しては時間が許す限りお受けするように心がけておりましたので、特別扱いをしたことはございません。実際、私は、総理秘書官時代、物理的に日本にいないとか、物理的に時間がないということはあったかもしれませんが、私が総理秘書官時代、私が覚えている限りは、アポイントの申入れをお断りしたことはございません。
後
後藤茂之#16
○後藤(茂)委員 愛媛県の個人メモには、本件は首相案件という発言があったとも記載されております。
首相案件というふうに言われましたか。相手は必死になって、獣医学部の新設を実現したい、そのために総理秘書官の言質をとりたいと思っていたはずであります。相手にそうとられかねないような発言は本当にされなかったんでしょうか。
この発言だけを見る →首相案件というふうに言われましたか。相手は必死になって、獣医学部の新設を実現したい、そのために総理秘書官の言質をとりたいと思っていたはずであります。相手にそうとられかねないような発言は本当にされなかったんでしょうか。
柳
柳瀬唯夫#17
○柳瀬参考人 私の方からは、国家戦略特区制度は安倍政権の成長戦略の看板政策として創設した制度であるということは御説明いたしました。
その前年、平成二十六年九月の特区諮問会議におきまして、民間有識者議員から、当面の重要課題の追加の規制改革分野、事項についてというものが提案されまして、そのうちの一項目に獣医系大学・学部新設の解禁というものが入っておりました。
この民間議員の提案に対しまして、総理からは、民間議員の皆様から提示された追加の規制改革の提案について、石破国家戦略特区担当大臣を中心に早急に検討していきたいという御発言がメディアもいる前でございました。そのため、面談の中でも、獣医学部新設の解禁は総理が早急に検討していくと述べている案件であるという趣旨は御紹介したように思います。
しかしながら、この今治市の個別プロジェクトが首相案件になるという旨を申し上げるとは思いません。そもそも、言葉といたしまして、私はふだんから首相という言葉は使わないので、私の発言としてはややちょっと違和感がございます。
そういう意味で、報道されております愛媛県の職員の方のメモですけれども、ちょっと趣旨としては、私が伝えたかった趣旨とは違う形で伝わっているのかなという気がいたします。
この発言だけを見る →その前年、平成二十六年九月の特区諮問会議におきまして、民間有識者議員から、当面の重要課題の追加の規制改革分野、事項についてというものが提案されまして、そのうちの一項目に獣医系大学・学部新設の解禁というものが入っておりました。
この民間議員の提案に対しまして、総理からは、民間議員の皆様から提示された追加の規制改革の提案について、石破国家戦略特区担当大臣を中心に早急に検討していきたいという御発言がメディアもいる前でございました。そのため、面談の中でも、獣医学部新設の解禁は総理が早急に検討していくと述べている案件であるという趣旨は御紹介したように思います。
しかしながら、この今治市の個別プロジェクトが首相案件になるという旨を申し上げるとは思いません。そもそも、言葉といたしまして、私はふだんから首相という言葉は使わないので、私の発言としてはややちょっと違和感がございます。
そういう意味で、報道されております愛媛県の職員の方のメモですけれども、ちょっと趣旨としては、私が伝えたかった趣旨とは違う形で伝わっているのかなという気がいたします。
後
柳
柳瀬唯夫#19
○柳瀬参考人 加計学園の件につきまして、総理に対して報告したことも、指示を受けたことも一切ありません。総理と加計学園の関係者がいらっしゃるときに獣医学部新設の話が出た覚えも全くございません。
この発言だけを見る →後
後藤茂之#20
○後藤(茂)委員 きょうの一連のやりとりを通じていろいろなことが新たにわかりました。
今回伺ったような話はもっと早くお話しいただければよかったと思いますが、どうして今まで話をされなかったのか、その点について御説明をしていただきたいと思います。
この発言だけを見る →今回伺ったような話はもっと早くお話しいただければよかったと思いますが、どうして今まで話をされなかったのか、その点について御説明をしていただきたいと思います。
柳
柳瀬唯夫#21
○柳瀬参考人 これまでいただきました個々の御質問に対して、一つ一つお答えしてまいりました。昨年の閉会中審査の際には、今治市との関係について御質問を多数いただきまして、今治市の方との面談について御質問でございましたので、今治市の方との面談についてお答えをいたしました。また、先月、愛媛県の文書について報道がありましたので、今治市に加えまして愛媛県の方との面談についてもコメントをさせていただきました。
しかしながら、御質問をいただいたことに一つ一つお答えした結果、全体像が見えなくなり、国民の皆様に大変わかりづらくなり、ひいては国会の審議に大変御迷惑をおかけしましたこと、深くおわび申し上げます。
この発言だけを見る →しかしながら、御質問をいただいたことに一つ一つお答えした結果、全体像が見えなくなり、国民の皆様に大変わかりづらくなり、ひいては国会の審議に大変御迷惑をおかけしましたこと、深くおわび申し上げます。
後
河
竹
竹内譲#24
○竹内委員 公明党の竹内譲でございます。
早速でございますが、柳瀬参考人には端的にお答えをいただきたいと思います。
今、後藤委員の質問で大体の経緯はわかったところでありますけれども、まず確認ですが、平成二十七年四月ごろに加計学園関係者と総理官邸で会ったことを認められたわけでありますが、そのとき、先ほどのお話では、元東大の教授というようなお言葉がありました。
その方は、当時の加計学園系列の千葉科学大学副学長で、現在の岡山理科大学獣医学部長の吉川泰弘さんで間違いありませんか。
この発言だけを見る →早速でございますが、柳瀬参考人には端的にお答えをいただきたいと思います。
今、後藤委員の質問で大体の経緯はわかったところでありますけれども、まず確認ですが、平成二十七年四月ごろに加計学園関係者と総理官邸で会ったことを認められたわけでありますが、そのとき、先ほどのお話では、元東大の教授というようなお言葉がありました。
その方は、当時の加計学園系列の千葉科学大学副学長で、現在の岡山理科大学獣医学部長の吉川泰弘さんで間違いありませんか。
柳
柳瀬唯夫#25
○柳瀬参考人 当時、平成二十七年、私が秘書官だったときには、元東大教授ということと、ちょっと記憶が定かじゃない、多分、千葉の方の大学に在籍をしておられるというふうなことをおっしゃっていまして、私は加計学園との関係はよくわかりませんでしたし、御本人も、加計の話というより、むしろ、獣医学教育の世界の趨勢と、日本がいかに取り残されているかということをおっしゃっていました。ヤジいや、本当にそうで。
それで、最近になりまして、朝たまたまテレビがついていて、朝起きてニュースを見たら加計学園のニュースをやっていて、そのときに、吉川先生、その来られた方が、加計学園の獣医学部長になる予定者であるという写真がぼおんと出まして、この人、見たことあるなと思いまして、あっ、あのときの人だというのをそこで理解をいたしました。
ちょっと皆さん誤解があると思いますが、私がお会いしましたのは平成二十七年の四月ごろでございますので、そのころ、まだ具体的に獣医学部がどうするとかいう時代じゃございませんでした。獣医学部長になるとか、そんな話があろうはずもございませんし、私としては、ニュースで拝見したのは、たしか半年ぐらい前とか、そんなものだと思います。そこで認識をいたしました。
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ちょっと皆さん誤解があると思いますが、私がお会いしましたのは平成二十七年の四月ごろでございますので、そのころ、まだ具体的に獣医学部がどうするとかいう時代じゃございませんでした。獣医学部長になるとか、そんな話があろうはずもございませんし、私としては、ニュースで拝見したのは、たしか半年ぐらい前とか、そんなものだと思います。そこで認識をいたしました。
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柳
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