法務委員会
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会
会議録情報#0
平成三十年六月七日(木曜日)
午前十時六分開会
─────────────
委員の異動
六月六日
辞任 補欠選任
高野光二郎君 岡田 直樹君
─────────────
出席者は左のとおり。
委員長 石川 博崇君
理 事
中西 健治君
山田 宏君
若松 謙維君
有田 芳生君
委 員
岡田 直樹君
福岡 資麿君
丸山 和也君
元榮太一郎君
柳本 卓治君
山谷えり子君
櫻井 充君
小川 敏夫君
仁比 聡平君
石井 苗子君
糸数 慶子君
山口 和之君
事務局側
常任委員会専門
員 青木勢津子君
参考人
日本体育大学柏
高等学校校長 氷海 正行君
京都産業大学法
学部教授 坂東 俊矢君
弁護士
中央大学法科大
学院教授 遠山信一郎君
弁護士 竹下 博將君
─────────────
本日の会議に付した案件
○民法の一部を改正する法律案(内閣提出、衆議
院送付)
─────────────
この発言だけを見る →午前十時六分開会
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委員の異動
六月六日
辞任 補欠選任
高野光二郎君 岡田 直樹君
─────────────
出席者は左のとおり。
委員長 石川 博崇君
理 事
中西 健治君
山田 宏君
若松 謙維君
有田 芳生君
委 員
岡田 直樹君
福岡 資麿君
丸山 和也君
元榮太一郎君
柳本 卓治君
山谷えり子君
櫻井 充君
小川 敏夫君
仁比 聡平君
石井 苗子君
糸数 慶子君
山口 和之君
事務局側
常任委員会専門
員 青木勢津子君
参考人
日本体育大学柏
高等学校校長 氷海 正行君
京都産業大学法
学部教授 坂東 俊矢君
弁護士
中央大学法科大
学院教授 遠山信一郎君
弁護士 竹下 博將君
─────────────
本日の会議に付した案件
○民法の一部を改正する法律案(内閣提出、衆議
院送付)
─────────────
石
石川博崇#1
○委員長(石川博崇君) ただいまから法務委員会を開会いたします。
委員の異動について御報告いたします。
昨日、高野光二郎君が委員を辞任され、その補欠として岡田直樹君が選任されました。
─────────────
この発言だけを見る →委員の異動について御報告いたします。
昨日、高野光二郎君が委員を辞任され、その補欠として岡田直樹君が選任されました。
─────────────
石
石川博崇#2
○委員長(石川博崇君) 民法の一部を改正する法律案を議題といたします。
本日は、本案の審査のため、四名の参考人から御意見を伺います。
本日御出席いただいております参考人は、日本体育大学柏高等学校校長氷海正行君、京都産業大学法学部教授坂東俊矢君、弁護士・中央大学法科大学院教授遠山信一郎君及び弁護士竹下博將君でございます。
四名の先生方、本日は、大変御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。
参考人の皆様方から忌憚ない御意見を賜り、今後の審査の参考といたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
本日の議事の進め方について申し上げます。
まず、氷海参考人、坂東参考人、遠山参考人、竹下参考人の順にお一人十五分程度で御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
なお、意見の陳述、質疑及び答弁のいずれも着席のままで結構でございます。御発言の際は、その都度、委員長の許可を得ることとなっております。また、各委員の質疑時間が一人十五分と限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いいたします。
それでは、氷海参考人からお願いいたします。氷海参考人。
この発言だけを見る →本日は、本案の審査のため、四名の参考人から御意見を伺います。
本日御出席いただいております参考人は、日本体育大学柏高等学校校長氷海正行君、京都産業大学法学部教授坂東俊矢君、弁護士・中央大学法科大学院教授遠山信一郎君及び弁護士竹下博將君でございます。
四名の先生方、本日は、大変御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。
参考人の皆様方から忌憚ない御意見を賜り、今後の審査の参考といたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
本日の議事の進め方について申し上げます。
まず、氷海参考人、坂東参考人、遠山参考人、竹下参考人の順にお一人十五分程度で御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
なお、意見の陳述、質疑及び答弁のいずれも着席のままで結構でございます。御発言の際は、その都度、委員長の許可を得ることとなっております。また、各委員の質疑時間が一人十五分と限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いいたします。
それでは、氷海参考人からお願いいたします。氷海参考人。
氷
氷海正行#3
○参考人(氷海正行君) おはようございます。日本体育大学柏高等学校の校長の氷海でございます。
私は、今日まで高校にずっと勤務しておりまして、約四十六年間、高校生をずっと見てまいりました。最初、スタートが昭和四十七年でスタートしております。千葉県の公立高校をスタートで、今現在、私学の校長として三年目を迎えております。
私の方からの話は、その現場での高校生を見ておりますので、今の高校生の状況だとか変化、以前からどう変化しているかというような点をお話をさせていただきます。
それから、成人が十八に引き下げられることにつきましては、私は賛成であります。理由としましては、若者が早く自覚を持って社会に参画するということを常日頃希望しております。そして、今の高校生も十分それに堪え得る資質を持っていると思っております。そういうことから、私は賛成の立場であります。そして、高校というところは、十八歳が今九五%以上高校に来ておりますので、そういう点からすると、十八歳をどこで見ていくかということは、高校というところが大きな役割を果たすのではないかと思っております。そういう点で、今の高校生につきましてお話をさせていただきます。
高校というのは、義務教育と高校、大学という区分けがありますが、教育の研究者の方々の研究はほとんど義務教育を中心にしておりまして、あと、大学は研究機関も兼ね備えておると。この高校というところが意外と、高校生とはどういうものかという研究というのは余りないのであります。現場の高校の関係者が語るというのがほとんどでありまして、ここのところが今、高校が言ってみれば義務と大学の中に挟まれていて、どういうような状態なのかということが余り社会には知られない。
よく知られるのが、スポーツを通してであります。例えば、夏にある甲子園の球児、そして今盛んにやっておりますが、卓球の女子のオリンピック選手、これも高校生中心ということで、スポーツの世界では、高校生とはよく社会に見ていただけるものとしてあります。そして、もう一つ社会で出てくるのが難関大学への進学校、これもよくマスコミに取り上げられるところであります。
ここに共通しているところは、ある環境を与えると大きく変化するということです。オリンピック選手も、指導者と出会い、環境を与えられることによってオリンピックで活躍するまでになる。野球も、指導者がいて環境を与えると、すぐプロで使えるような選手にもなる。それから、難関大学を希望している生徒、学力の高い生徒は、やはりそこの高いレベルの高校に入学をしたがる。これは全て、高校生としまして、自然に環境を求めているということなんです。そこの環境に行くことによって自分は変われるという、本能的にそういう意識がありますので、そこに集まってくるという現象があります。したがって、十六から十八の青年は、すばらしい環境を与えれば大きく変化をする、これが私の四十六年間の仕事をしていて実感しているところであります。
したがいまして、成人年齢が十八になった場合には、私の予測ですけれども、かなり自覚をしっかり持てる十八になると私は思っております。やはり、その環境を与えることによって子供たちは大きく変化をしていきます。
それから、先ほどお話ししましたように、十八歳はほとんど今、日本では高校に通っておりますので、その中で、高校という機能を使って子供たちを、成人としての心構えとか、そういう教育の機会が与えられると思います。
今、選挙権が十八になりました。本校でもそうですけれども、学校教育の中でそれについての教育を特別にしております。学校は非常にそういうことがやりやすい環境ですので、今ですと、二十歳ということになりますと、大学生か就職している。特に、成人としての心構えだとか、そういうのを教えている機関は私はないと思っておりますが、自分で自覚していくと。しかし、十八にもしか下がりますと、学校という機関で、やはり成人としての心構え、そういうものをしっかりと指導できる機会が与えられると思います。そういうことによって、日本の成人のスタート、それが非常に質の高い形で得られるんではないかと私は考えております。そういうことの中から、私が四十六年間高校生を見ていまして、十分、十八歳、大丈夫だと思います。
それから、日本では、特に高校とか中学とか分けますが、私、スポーツをずっとやっておりました。昭和四十七年のミュンヘン・オリンピックのハンドボール競技で、日本代表として参加をした経験もあります。したがいまして、スポーツの世界でアジア大会、世界大会を見ますと、学校別というのは日本だけでして、年齢別です。最近も、第三回になりますが、青少年のオリンピックがIOCでつくられて、今年十月に三回目が迎えられます。それも十四歳から十八歳までという年齢です。そういう形でカテゴリーが年齢で分かれる。今日本で行われているサッカーも、アンダー18とかアンダー23だとか、そういう形で、スポーツの世界では年齢で分けます。そして、この十八というのが一つのラインでありまして、十八のラインというのがスポーツの世界ではよくそこで区切られます。そういうことの中から、世界でも十八というのはかなりポイントとして見られていると私は思います。
そういうことで、十八歳から成人年齢、私はすばらしいことだなと考えております。そういうことで、今の高校生、限りなく可能性があります。環境を与えれば必ず大きく伸びると思います。そういうことの中から、私は、十八歳成人、大賛成でございます。
以上でございます。
この発言だけを見る →私は、今日まで高校にずっと勤務しておりまして、約四十六年間、高校生をずっと見てまいりました。最初、スタートが昭和四十七年でスタートしております。千葉県の公立高校をスタートで、今現在、私学の校長として三年目を迎えております。
私の方からの話は、その現場での高校生を見ておりますので、今の高校生の状況だとか変化、以前からどう変化しているかというような点をお話をさせていただきます。
それから、成人が十八に引き下げられることにつきましては、私は賛成であります。理由としましては、若者が早く自覚を持って社会に参画するということを常日頃希望しております。そして、今の高校生も十分それに堪え得る資質を持っていると思っております。そういうことから、私は賛成の立場であります。そして、高校というところは、十八歳が今九五%以上高校に来ておりますので、そういう点からすると、十八歳をどこで見ていくかということは、高校というところが大きな役割を果たすのではないかと思っております。そういう点で、今の高校生につきましてお話をさせていただきます。
高校というのは、義務教育と高校、大学という区分けがありますが、教育の研究者の方々の研究はほとんど義務教育を中心にしておりまして、あと、大学は研究機関も兼ね備えておると。この高校というところが意外と、高校生とはどういうものかという研究というのは余りないのであります。現場の高校の関係者が語るというのがほとんどでありまして、ここのところが今、高校が言ってみれば義務と大学の中に挟まれていて、どういうような状態なのかということが余り社会には知られない。
よく知られるのが、スポーツを通してであります。例えば、夏にある甲子園の球児、そして今盛んにやっておりますが、卓球の女子のオリンピック選手、これも高校生中心ということで、スポーツの世界では、高校生とはよく社会に見ていただけるものとしてあります。そして、もう一つ社会で出てくるのが難関大学への進学校、これもよくマスコミに取り上げられるところであります。
ここに共通しているところは、ある環境を与えると大きく変化するということです。オリンピック選手も、指導者と出会い、環境を与えられることによってオリンピックで活躍するまでになる。野球も、指導者がいて環境を与えると、すぐプロで使えるような選手にもなる。それから、難関大学を希望している生徒、学力の高い生徒は、やはりそこの高いレベルの高校に入学をしたがる。これは全て、高校生としまして、自然に環境を求めているということなんです。そこの環境に行くことによって自分は変われるという、本能的にそういう意識がありますので、そこに集まってくるという現象があります。したがって、十六から十八の青年は、すばらしい環境を与えれば大きく変化をする、これが私の四十六年間の仕事をしていて実感しているところであります。
したがいまして、成人年齢が十八になった場合には、私の予測ですけれども、かなり自覚をしっかり持てる十八になると私は思っております。やはり、その環境を与えることによって子供たちは大きく変化をしていきます。
それから、先ほどお話ししましたように、十八歳はほとんど今、日本では高校に通っておりますので、その中で、高校という機能を使って子供たちを、成人としての心構えとか、そういう教育の機会が与えられると思います。
今、選挙権が十八になりました。本校でもそうですけれども、学校教育の中でそれについての教育を特別にしております。学校は非常にそういうことがやりやすい環境ですので、今ですと、二十歳ということになりますと、大学生か就職している。特に、成人としての心構えだとか、そういうのを教えている機関は私はないと思っておりますが、自分で自覚していくと。しかし、十八にもしか下がりますと、学校という機関で、やはり成人としての心構え、そういうものをしっかりと指導できる機会が与えられると思います。そういうことによって、日本の成人のスタート、それが非常に質の高い形で得られるんではないかと私は考えております。そういうことの中から、私が四十六年間高校生を見ていまして、十分、十八歳、大丈夫だと思います。
それから、日本では、特に高校とか中学とか分けますが、私、スポーツをずっとやっておりました。昭和四十七年のミュンヘン・オリンピックのハンドボール競技で、日本代表として参加をした経験もあります。したがいまして、スポーツの世界でアジア大会、世界大会を見ますと、学校別というのは日本だけでして、年齢別です。最近も、第三回になりますが、青少年のオリンピックがIOCでつくられて、今年十月に三回目が迎えられます。それも十四歳から十八歳までという年齢です。そういう形でカテゴリーが年齢で分かれる。今日本で行われているサッカーも、アンダー18とかアンダー23だとか、そういう形で、スポーツの世界では年齢で分けます。そして、この十八というのが一つのラインでありまして、十八のラインというのがスポーツの世界ではよくそこで区切られます。そういうことの中から、世界でも十八というのはかなりポイントとして見られていると私は思います。
そういうことで、十八歳から成人年齢、私はすばらしいことだなと考えております。そういうことで、今の高校生、限りなく可能性があります。環境を与えれば必ず大きく伸びると思います。そういうことの中から、私は、十八歳成人、大賛成でございます。
以上でございます。
石
坂
坂東俊矢#5
○参考人(坂東俊矢君) 京都産業大学で民法と消費者法を教えております坂東と申します。本日はこのような場所で意見を述べさせていただく機会をいただき、心から感謝申し上げます。
さて、成年年齢の十八歳への引下げが議論がされています。なるほど、成年年齢を幾つにすべきかということは、法理論的に定まるものではありません。国民の意識によってその判断をすべき事項であります。ただ、その判断をするについては、民法の未成年者保護法理がどのような意味を持ってきたかということについての共通の理解を言わば国民が持っていることが不可欠であるというふうに私は考えています。したがって、私は、慎重な御検討をお願いしたいという立場でございます。
まず第一に、未成年者に関する規定は、一八九六年の民法の制定時から現在に至るまで同じ形で規定をされています。ただ、こうした規定は、すなわち対等平等な人の例外を規定した近代私法の考え方は、我が国固有のものではもちろんなくて、近代法を有している各国に共通して規定されているものであります。
なぜ未成年者を対等平等な人の例外として保護したのか。その基本的な視座は、市民社会のしっかりとした担い手を育てるために、取消し権の行使をも含めて未成年者の保護が不可欠であると考えられたからであります。
龍谷大学の川角先生は論文で、未成年者保護とは、市民法にとって、担い手を絶えず生み出していくために市民一人一人がその体に刻み込み、尊重すべきところの第一義的な法的価値基準であると述べておられます。私は、そのことをお互いさまの法理だと考えております。この部屋におられる全ての先生も含めて、全ての方が未成年者であったという経験をしています。現在の法律制度の中で保護をされ、大人になってきたわけであります。
どのような市民法としての価値をどうした形で実現をしていくかという課題は、若者に課せられた課題ではありません。既に成人となった大人である私どもに向けられた課題であります。より直截的に言えば、私たちは本当に取引や契約に関する場面で十八歳の若者を大人として迎え入れる覚悟と制度的な準備ができているのかということが問われていると思います。
先ほど先生からもお話がありましたが、高校三年生の生徒さんの中に成年と未成年者が混在することになります。高校三年生でも、親の同意とは関係なく、バイクを買ったりクレジットカードを持つことができるようになります。そうした現実に私たちは対処できるだけの覚悟と準備ができているのかということが問われているのだと思います。
二つ目は、若者の契約に関する消費者被害の救済と被害防止としての意味であります。これは、もう既に多くの参考人も、あるいは国会の場でも大きな議論がされていると思いますので繰り返しをしません。
しかし、さきにも述べたように、民法の未成年者の規定が一八九六年に制定されました。その当時には、消費者問題ということが意識されていませんでした。というのも、契約に関する消費者被害が社会問題になったのは、マルチや訪問販売による契約被害が顕在化した一九七〇年代になってからであります。その画期となった判決として、茨木簡易裁判所の昭和六十年十二月二十日判決があります。
この事件は、いわゆるキャッチセールスで十六万円余りの代金の化粧品等を月一万四千円の十二回払いで購入した十八歳の仕事をしている女性が、親権者の同意がなかったとして取消し権の主張をしたものであります。この事件では、販売業者とクレジット会社は、働くことに親の同意を得ている十八歳の女性であれば、十六万円の化粧品代あるいは月一万四千円の支払は、処分を許された財産の範囲内であるというふうに主張をされました。裁判所はその主張を否定しました。クレジット契約は、御存じのように、一度でも支払が遅れると期限の利益を喪失して全額の支払義務が生じます。したがって、未成年者の処分ができる財産の額をクレジットの分割の金額で判断するのは適切ではないというふうに判断したからであります。そして、この女性が月々七ないし八万円の手取りを得ていたという事実を認定して、十六万円余りの化粧品という金額は、処分を許された財産としては高額に過ぎると裁判所は判決をしました。
実はこの当時、クレジットカードは、十八以上の未成年者であっても、親の同意なく作ることができるという現実がありました。その結果、十八歳を超える未成年者に対して高額な商品が分割払の形式で売られ、消費生活センターの現場でも、それを未成年者取消し権、親の同意がないということを理由として未成年者取消し権で取り消すことが可能なのかどうかという点について迷いがありました。この判決は、こうした現状に対する警鐘となり、結果的に、未成年者取消し権を典型とする民法の未成年者法理に、消費者保護としての意義、機能があることを明らかにすることになりました。
こうした経緯、つまり、時に取引の現場は、未成年者保護法理との緊張関係を生じさせるような現実を生み出してしまうということがこの判決の在り方からは御理解をいただけるのではないかなと思います。成年年齢を十八歳に引下げを考慮する際に、こうした取引の現実をどのように評価するかということについて、私たちはきちんとした整理が必要なのだと思います。
三つ目に、いや、実は、未成年者の民法の法理の中には未成年者が徐々に大人になっていくについての段階的な準備が組み込まれていて、それが実はかなり有効に機能しているということをお話ししたいと思います。
釈迦に説法で恐縮ですが、民法は、未成年者であっても、法定代理人、多くの場合は親ですが、親の同意を得なくても契約ができる場合を定めています。その中でも、第五条三項の、法定代理人によって事前に処分を許された財産に関する規定がとても重要だと思います。
私は、講義で学生たちに、この例として、小遣いとか仕送りとかは、個々の契約をするについて親の個別の同意を得なくても契約をすることができると説明をします。考えてみたら当たり前で、私の大学にも、一回生、二回生、十八歳、十九歳の学生たちがいますが、コンビニで弁当買ったりお茶を買ったりするときに、携帯電話を取り出して、お父さん、今から同意してくれるなんという姿を見たことはありません。それはなぜか。そういった契約は、未成年者であっても小遣いの範囲内で自由にできると民法が決めているからです。
まず、未成年者の年齢というのは、出生から二十歳まで、非常に幅が広いものです。
生まれた赤ちゃんから恐らく六歳ぐらいまでは民法上の意思能力が認められませんから、単独で契約をすることというのは考えられません。しかし、小学校になれば、小学生になれば、親からお小遣いをもらいます。そのお小遣いで、例えばおやつを買ったり、小学校の高学年になったら恐らく文房具を買ったり、そういった契約を自分でするようになると思います。中学生しかりです。高校になったら、日常で自分が着るTシャツやそういったものぐらいは、洋服ぐらいは恐らく親の同意なく契約の締結をしているはずだと思います。そして、そのことを民法は認めているんです。
高校を卒業する十八歳という年齢は、とても画期となる年齢です。先ほど先生のお話にもありました。働く方もいるでしょう、大学に進学する方もいるでしょう。働くためには雇用契約という契約を締結しなければなりません。学生になって京都に来るときには、多くの学生が京都に来てくれますが、下宿をしなきゃいけません。賃貸借契約という契約を締結するわけです。先ほどまでお話をした、高校生として契約を締結するという経験と、十八歳になって働いたり、あるいは下宿をしたり、そういったことで経験する契約は質的に大きく違います。大学に入学が決まった学生たちが親とともに京都にやってきて下宿を探し、親とともに契約を締結します。そのことは、私から見て自然なことです。
その学生たちが二年間大学で学びます。学生課でいろんな話を聞くでしょうね。先輩の下宿に行って相場観を知るかもしれません。いや、就活のためには京都のどの辺りに住んでいた方がいいよねという話を自分で判断できるようになります。言わば、十八歳から二十歳までの間に、大人になる、徐々に大人になっていくというステップが組み込まれているんです。最終のレッスンの時間として、この二年間、学生たちは大きく成長すると思います。
未成年者は、なるほど、例えば、借金をしたり高額な商品や投資的取引を契約したりすることについての自己決定権は制限されています。でも、少なくとも、その学生たちが、日常的な取引についての権限は、その年齢に対応して、その意味を学びながら締結できることになっています。言わば、民法の仕組みの中に、自己決定を練習して積み重ねながらゆっくりと大人になっていくことが準備されているのです。そして、その仕組みは、私はとても有効に機能していると考えています。
もちろん、私は、成年年齢をどうするかという問題は国民の判断だと一番最初に申し上げました。十八歳にするということ自体を否定しているわけではありません。しかし、そのためには、今ある民法の規定の適切な評価をした上で、それに関する国民の意識がきちんと整理された段階で物事の準備を進めるべきであるというふうに考えています。
小児科医で、九州大学の先生をしている佐藤先生という人が、「大学で大人気の先生が語る「失敗」「挑戦」「成長」の自立学」という若い世代に向けた本を書いておられます。その先生が、大人として自立するためにはまず自らが努力しなければならないとした上で、そのためにはすてきな大人を探しなさいと提案をされています。そして、大学生になると、尊敬する人はという質問に対する答えが一挙に広がるというふうにも書いておられます。
未成年者に対する保護法理は、その理論的な意味からも、その法理に組み込まれた徐々に大人になる仕組みという具体化の観点からも適切に機能しています。そして、それは、社会と国民に受け入れられています。成年年齢の改定に当たっては、こうした点に対する慎重な御検討を心からお願いしたいというふうに思います。
良識の府としての参議院での丁寧な御議論を期待して、私の発言を終わります。
ありがとうございました。
この発言だけを見る →さて、成年年齢の十八歳への引下げが議論がされています。なるほど、成年年齢を幾つにすべきかということは、法理論的に定まるものではありません。国民の意識によってその判断をすべき事項であります。ただ、その判断をするについては、民法の未成年者保護法理がどのような意味を持ってきたかということについての共通の理解を言わば国民が持っていることが不可欠であるというふうに私は考えています。したがって、私は、慎重な御検討をお願いしたいという立場でございます。
まず第一に、未成年者に関する規定は、一八九六年の民法の制定時から現在に至るまで同じ形で規定をされています。ただ、こうした規定は、すなわち対等平等な人の例外を規定した近代私法の考え方は、我が国固有のものではもちろんなくて、近代法を有している各国に共通して規定されているものであります。
なぜ未成年者を対等平等な人の例外として保護したのか。その基本的な視座は、市民社会のしっかりとした担い手を育てるために、取消し権の行使をも含めて未成年者の保護が不可欠であると考えられたからであります。
龍谷大学の川角先生は論文で、未成年者保護とは、市民法にとって、担い手を絶えず生み出していくために市民一人一人がその体に刻み込み、尊重すべきところの第一義的な法的価値基準であると述べておられます。私は、そのことをお互いさまの法理だと考えております。この部屋におられる全ての先生も含めて、全ての方が未成年者であったという経験をしています。現在の法律制度の中で保護をされ、大人になってきたわけであります。
どのような市民法としての価値をどうした形で実現をしていくかという課題は、若者に課せられた課題ではありません。既に成人となった大人である私どもに向けられた課題であります。より直截的に言えば、私たちは本当に取引や契約に関する場面で十八歳の若者を大人として迎え入れる覚悟と制度的な準備ができているのかということが問われていると思います。
先ほど先生からもお話がありましたが、高校三年生の生徒さんの中に成年と未成年者が混在することになります。高校三年生でも、親の同意とは関係なく、バイクを買ったりクレジットカードを持つことができるようになります。そうした現実に私たちは対処できるだけの覚悟と準備ができているのかということが問われているのだと思います。
二つ目は、若者の契約に関する消費者被害の救済と被害防止としての意味であります。これは、もう既に多くの参考人も、あるいは国会の場でも大きな議論がされていると思いますので繰り返しをしません。
しかし、さきにも述べたように、民法の未成年者の規定が一八九六年に制定されました。その当時には、消費者問題ということが意識されていませんでした。というのも、契約に関する消費者被害が社会問題になったのは、マルチや訪問販売による契約被害が顕在化した一九七〇年代になってからであります。その画期となった判決として、茨木簡易裁判所の昭和六十年十二月二十日判決があります。
この事件は、いわゆるキャッチセールスで十六万円余りの代金の化粧品等を月一万四千円の十二回払いで購入した十八歳の仕事をしている女性が、親権者の同意がなかったとして取消し権の主張をしたものであります。この事件では、販売業者とクレジット会社は、働くことに親の同意を得ている十八歳の女性であれば、十六万円の化粧品代あるいは月一万四千円の支払は、処分を許された財産の範囲内であるというふうに主張をされました。裁判所はその主張を否定しました。クレジット契約は、御存じのように、一度でも支払が遅れると期限の利益を喪失して全額の支払義務が生じます。したがって、未成年者の処分ができる財産の額をクレジットの分割の金額で判断するのは適切ではないというふうに判断したからであります。そして、この女性が月々七ないし八万円の手取りを得ていたという事実を認定して、十六万円余りの化粧品という金額は、処分を許された財産としては高額に過ぎると裁判所は判決をしました。
実はこの当時、クレジットカードは、十八以上の未成年者であっても、親の同意なく作ることができるという現実がありました。その結果、十八歳を超える未成年者に対して高額な商品が分割払の形式で売られ、消費生活センターの現場でも、それを未成年者取消し権、親の同意がないということを理由として未成年者取消し権で取り消すことが可能なのかどうかという点について迷いがありました。この判決は、こうした現状に対する警鐘となり、結果的に、未成年者取消し権を典型とする民法の未成年者法理に、消費者保護としての意義、機能があることを明らかにすることになりました。
こうした経緯、つまり、時に取引の現場は、未成年者保護法理との緊張関係を生じさせるような現実を生み出してしまうということがこの判決の在り方からは御理解をいただけるのではないかなと思います。成年年齢を十八歳に引下げを考慮する際に、こうした取引の現実をどのように評価するかということについて、私たちはきちんとした整理が必要なのだと思います。
三つ目に、いや、実は、未成年者の民法の法理の中には未成年者が徐々に大人になっていくについての段階的な準備が組み込まれていて、それが実はかなり有効に機能しているということをお話ししたいと思います。
釈迦に説法で恐縮ですが、民法は、未成年者であっても、法定代理人、多くの場合は親ですが、親の同意を得なくても契約ができる場合を定めています。その中でも、第五条三項の、法定代理人によって事前に処分を許された財産に関する規定がとても重要だと思います。
私は、講義で学生たちに、この例として、小遣いとか仕送りとかは、個々の契約をするについて親の個別の同意を得なくても契約をすることができると説明をします。考えてみたら当たり前で、私の大学にも、一回生、二回生、十八歳、十九歳の学生たちがいますが、コンビニで弁当買ったりお茶を買ったりするときに、携帯電話を取り出して、お父さん、今から同意してくれるなんという姿を見たことはありません。それはなぜか。そういった契約は、未成年者であっても小遣いの範囲内で自由にできると民法が決めているからです。
まず、未成年者の年齢というのは、出生から二十歳まで、非常に幅が広いものです。
生まれた赤ちゃんから恐らく六歳ぐらいまでは民法上の意思能力が認められませんから、単独で契約をすることというのは考えられません。しかし、小学校になれば、小学生になれば、親からお小遣いをもらいます。そのお小遣いで、例えばおやつを買ったり、小学校の高学年になったら恐らく文房具を買ったり、そういった契約を自分でするようになると思います。中学生しかりです。高校になったら、日常で自分が着るTシャツやそういったものぐらいは、洋服ぐらいは恐らく親の同意なく契約の締結をしているはずだと思います。そして、そのことを民法は認めているんです。
高校を卒業する十八歳という年齢は、とても画期となる年齢です。先ほど先生のお話にもありました。働く方もいるでしょう、大学に進学する方もいるでしょう。働くためには雇用契約という契約を締結しなければなりません。学生になって京都に来るときには、多くの学生が京都に来てくれますが、下宿をしなきゃいけません。賃貸借契約という契約を締結するわけです。先ほどまでお話をした、高校生として契約を締結するという経験と、十八歳になって働いたり、あるいは下宿をしたり、そういったことで経験する契約は質的に大きく違います。大学に入学が決まった学生たちが親とともに京都にやってきて下宿を探し、親とともに契約を締結します。そのことは、私から見て自然なことです。
その学生たちが二年間大学で学びます。学生課でいろんな話を聞くでしょうね。先輩の下宿に行って相場観を知るかもしれません。いや、就活のためには京都のどの辺りに住んでいた方がいいよねという話を自分で判断できるようになります。言わば、十八歳から二十歳までの間に、大人になる、徐々に大人になっていくというステップが組み込まれているんです。最終のレッスンの時間として、この二年間、学生たちは大きく成長すると思います。
未成年者は、なるほど、例えば、借金をしたり高額な商品や投資的取引を契約したりすることについての自己決定権は制限されています。でも、少なくとも、その学生たちが、日常的な取引についての権限は、その年齢に対応して、その意味を学びながら締結できることになっています。言わば、民法の仕組みの中に、自己決定を練習して積み重ねながらゆっくりと大人になっていくことが準備されているのです。そして、その仕組みは、私はとても有効に機能していると考えています。
もちろん、私は、成年年齢をどうするかという問題は国民の判断だと一番最初に申し上げました。十八歳にするということ自体を否定しているわけではありません。しかし、そのためには、今ある民法の規定の適切な評価をした上で、それに関する国民の意識がきちんと整理された段階で物事の準備を進めるべきであるというふうに考えています。
小児科医で、九州大学の先生をしている佐藤先生という人が、「大学で大人気の先生が語る「失敗」「挑戦」「成長」の自立学」という若い世代に向けた本を書いておられます。その先生が、大人として自立するためにはまず自らが努力しなければならないとした上で、そのためにはすてきな大人を探しなさいと提案をされています。そして、大学生になると、尊敬する人はという質問に対する答えが一挙に広がるというふうにも書いておられます。
未成年者に対する保護法理は、その理論的な意味からも、その法理に組み込まれた徐々に大人になる仕組みという具体化の観点からも適切に機能しています。そして、それは、社会と国民に受け入れられています。成年年齢の改定に当たっては、こうした点に対する慎重な御検討を心からお願いしたいというふうに思います。
良識の府としての参議院での丁寧な御議論を期待して、私の発言を終わります。
ありがとうございました。
石
遠
遠山信一郎#7
○参考人(遠山信一郎君) おはようございます。
お手元にある私が作りました参考人陳述骨子に従って陳述させていただきます。
まず、済みませんが、図一、負のスパイラルという図解をちょっと見ていただきたいと思います。
成年年齢引下げによる子供に対する悪影響というものについて、マイナス、負のスパイラルがあるんじゃないかということで図解をしてみました。真ん中の下辺りから、離婚後の一人親家庭の困窮化というところから、児童虐待の要因、それから子供の教育機会の喪失、ワーキングプア化というふうな記述がありますが、これは我が国の深刻な現実だというふうに私は考えています。
この離婚後の一人親家庭の困窮化に対して、図でいうと上の方から、成年年齢の引下げ、離婚後の養育費の支払終期の繰上げ、それから養育費支払総額の減少という形での影響がマイナスに働くのではないかと考えております。この養育費支払総額の減少については、現実というよりは、現実性が極めて高い危機的な状況であるというふうに私は認識しております。
今、政府の方は、一人親家庭の支援については、子育て・生活支援策、それから就業支援策、養育費の確保策、経済的支援策の四本柱を提示しています。ということは、養育費自体が国策、政府の政策の中の柱の一つになっているという状況なのですが、離婚の際の養育費については、取り決めていない、取り決めても低額、取り決めても支払わないという課題が、実に私が若い頃から、つまり新人の弁護士さんの頃から未解決で、そして山積み状態にあります。ということは、成人年齢の引下げは、そのまま今の脆弱な養育費が更に少なくなることが危惧されるということでございます。
済みません、お手元にある図二を見てください。
この養育費の支払義務の終期については、理屈が結構ややこしい話になります。つまり、成年年齢という形式と成熟年齢という実質が別物なのですが、これは理屈上そうなっているんですが、残念ながら、国民の意識というか実務は、どうしてもこの終期を形式的な年齢の方に傾きます。理由を述べると長くなりますので述べませんが、現実の主流は、今二十歳が主流だと思います。これが、成年年齢が十八になれば、まず、ほぼ間違いなく終期は十八の方に収れんするだろうということは予想されます。
ということで、こんなリスクをどうやって回避したらいいんだろうということを私なりに、これは、どっちかというと弁護士というよりも経験値から考えているのは、まず、家庭の守護神を期待されている家庭裁判所の組織の拡充、機能の拡大。ちょっと抽象的に言いました。できれば、養育費の算定ルール、基準をかなりアップ・ツー・デートに世間に公表するなりしてルールを作ってほしい、実務ルールを作ってほしいというふうに考えています。その背後にあるのは、法は家庭に入らずという時代から、家庭にも法の支配をという時代へ多分転換しているんだろうというふうに考えている次第です。
さらに、養育費の確保のための制度アイデア、制度の拡充をみんなで考えていこうということが大事だと思っています。一例を、済みません、思い付きで挙げたのですが、国の方で最低金額を決めて、それを履行を強制しちゃえ、しまおうというような制度設計もありかなというふうに思っている次第です。
さらに、資料を、ちょっと済みません、見ていただきたいのですが、読売新聞の記事が参考資料の三というところに付けさせていただきました。
これは、私の問題意識を要するにジャーナリズムの方が引き受けてくれて発表していただいた記事なのですが、ここでは、やはり、大学を目指す人、それから大学生という方々が、実に養育費との影響力が事例として紹介されています。ここにも書いてあるとおり、親に道を閉ざされたくないという表題にあるということが、ここにあるその物語、エピソードは、レアケースではなくてワン・オブ・ゼムというふうに考えてよろしいんじゃないかなというふうに思っていまして、こういった立場にある、勉学によって自分の未来を切り開こうという人たちの支援について、親に道を閉ざされちゃったのであれば、国が道を開いてあげようというふうに考えてあげるのがよろしいのかなというふうに思っています。
その意味では、子供は親を選ぶことができませんので、どんな環境に生まれたとしても十分な教育を受ける権利はひとしく保障されるように、優しい気持ちで政策をつくっていただけたらというふうに思っております。
ちょっと話を変わって申し訳ないのですが、図三を見ていただきたいのですが、これちょっと説明させていただきますと、我が国の人口構造は、かつてピラミッド構造から、今どきはひつぎ型というふうに言われています。このまま行くと逆ピラミッドになってしまうかもしれません。
そうしますと、未成年者時代、成年者時代、高齢者時代というふうにざっくり分けたときに、今この引下げというのは未成年者時代を短くする。私のような高齢者については六十出発で、高齢者は七十にしちゃうとか八十にしてしまうということになると、このひつぎの中に入っている引下げ、引上げの矢印を広げることによって、形式的には社会の担い手、ちょっときれい事を言いますと、市民社会のフルメンバーシップ層、自立、自律した家庭人、消費者、労働者、事業者層を拡大するということになると思います。これ自体はもうこの国の今の状況からすると仕方がないのかなと実は思っておるんですが、問題は、形式的にこの社会の体幹というべき市民社会のフルメンバーシップ層を広げたときに、さらに、その実質、社会の体幹を力強く健常化するというか頑健化するために、未成年者、特に未成年の未成熟者に十分な自立力を付けさせるための支援策がとても重要だなというふうに思っている次第です。
とりわけ、今日の私のテーマでいいますと、繰り返しになりますけれども、勉学によって自分の未来を切り開こうとしている若年層の人たちに教育の機会を保障するような政策を、多様なエビデンスに基づく政策立案をしていただくということを期待したいと思います。
以上です。
この発言だけを見る →お手元にある私が作りました参考人陳述骨子に従って陳述させていただきます。
まず、済みませんが、図一、負のスパイラルという図解をちょっと見ていただきたいと思います。
成年年齢引下げによる子供に対する悪影響というものについて、マイナス、負のスパイラルがあるんじゃないかということで図解をしてみました。真ん中の下辺りから、離婚後の一人親家庭の困窮化というところから、児童虐待の要因、それから子供の教育機会の喪失、ワーキングプア化というふうな記述がありますが、これは我が国の深刻な現実だというふうに私は考えています。
この離婚後の一人親家庭の困窮化に対して、図でいうと上の方から、成年年齢の引下げ、離婚後の養育費の支払終期の繰上げ、それから養育費支払総額の減少という形での影響がマイナスに働くのではないかと考えております。この養育費支払総額の減少については、現実というよりは、現実性が極めて高い危機的な状況であるというふうに私は認識しております。
今、政府の方は、一人親家庭の支援については、子育て・生活支援策、それから就業支援策、養育費の確保策、経済的支援策の四本柱を提示しています。ということは、養育費自体が国策、政府の政策の中の柱の一つになっているという状況なのですが、離婚の際の養育費については、取り決めていない、取り決めても低額、取り決めても支払わないという課題が、実に私が若い頃から、つまり新人の弁護士さんの頃から未解決で、そして山積み状態にあります。ということは、成人年齢の引下げは、そのまま今の脆弱な養育費が更に少なくなることが危惧されるということでございます。
済みません、お手元にある図二を見てください。
この養育費の支払義務の終期については、理屈が結構ややこしい話になります。つまり、成年年齢という形式と成熟年齢という実質が別物なのですが、これは理屈上そうなっているんですが、残念ながら、国民の意識というか実務は、どうしてもこの終期を形式的な年齢の方に傾きます。理由を述べると長くなりますので述べませんが、現実の主流は、今二十歳が主流だと思います。これが、成年年齢が十八になれば、まず、ほぼ間違いなく終期は十八の方に収れんするだろうということは予想されます。
ということで、こんなリスクをどうやって回避したらいいんだろうということを私なりに、これは、どっちかというと弁護士というよりも経験値から考えているのは、まず、家庭の守護神を期待されている家庭裁判所の組織の拡充、機能の拡大。ちょっと抽象的に言いました。できれば、養育費の算定ルール、基準をかなりアップ・ツー・デートに世間に公表するなりしてルールを作ってほしい、実務ルールを作ってほしいというふうに考えています。その背後にあるのは、法は家庭に入らずという時代から、家庭にも法の支配をという時代へ多分転換しているんだろうというふうに考えている次第です。
さらに、養育費の確保のための制度アイデア、制度の拡充をみんなで考えていこうということが大事だと思っています。一例を、済みません、思い付きで挙げたのですが、国の方で最低金額を決めて、それを履行を強制しちゃえ、しまおうというような制度設計もありかなというふうに思っている次第です。
さらに、資料を、ちょっと済みません、見ていただきたいのですが、読売新聞の記事が参考資料の三というところに付けさせていただきました。
これは、私の問題意識を要するにジャーナリズムの方が引き受けてくれて発表していただいた記事なのですが、ここでは、やはり、大学を目指す人、それから大学生という方々が、実に養育費との影響力が事例として紹介されています。ここにも書いてあるとおり、親に道を閉ざされたくないという表題にあるということが、ここにあるその物語、エピソードは、レアケースではなくてワン・オブ・ゼムというふうに考えてよろしいんじゃないかなというふうに思っていまして、こういった立場にある、勉学によって自分の未来を切り開こうという人たちの支援について、親に道を閉ざされちゃったのであれば、国が道を開いてあげようというふうに考えてあげるのがよろしいのかなというふうに思っています。
その意味では、子供は親を選ぶことができませんので、どんな環境に生まれたとしても十分な教育を受ける権利はひとしく保障されるように、優しい気持ちで政策をつくっていただけたらというふうに思っております。
ちょっと話を変わって申し訳ないのですが、図三を見ていただきたいのですが、これちょっと説明させていただきますと、我が国の人口構造は、かつてピラミッド構造から、今どきはひつぎ型というふうに言われています。このまま行くと逆ピラミッドになってしまうかもしれません。
そうしますと、未成年者時代、成年者時代、高齢者時代というふうにざっくり分けたときに、今この引下げというのは未成年者時代を短くする。私のような高齢者については六十出発で、高齢者は七十にしちゃうとか八十にしてしまうということになると、このひつぎの中に入っている引下げ、引上げの矢印を広げることによって、形式的には社会の担い手、ちょっときれい事を言いますと、市民社会のフルメンバーシップ層、自立、自律した家庭人、消費者、労働者、事業者層を拡大するということになると思います。これ自体はもうこの国の今の状況からすると仕方がないのかなと実は思っておるんですが、問題は、形式的にこの社会の体幹というべき市民社会のフルメンバーシップ層を広げたときに、さらに、その実質、社会の体幹を力強く健常化するというか頑健化するために、未成年者、特に未成年の未成熟者に十分な自立力を付けさせるための支援策がとても重要だなというふうに思っている次第です。
とりわけ、今日の私のテーマでいいますと、繰り返しになりますけれども、勉学によって自分の未来を切り開こうとしている若年層の人たちに教育の機会を保障するような政策を、多様なエビデンスに基づく政策立案をしていただくということを期待したいと思います。
以上です。
石
竹
竹下博將#9
○参考人(竹下博將君) 私は、実務家として事件に携わりながらも、養育費の算定ということに関しまして十年以上研究をしてきました。平成二十八年の十一月には、日本弁護士連合会の方で養育費について新算定表というものを提言しましたが、その作成にも関与しております。これまでに全国の半数以上の弁護士会で養育費の算定に関する研修をしてきましたし、先月には、養育費相談支援センター、こちらは厚生労働省の委託事業ですけれども、そちらでも研修の講師を務めています。
私は、本日、こういった立場から、養育費の算定に関わってきた立場として、成年年齢の引下げが養育費に関してどのような影響を与えるのかということをお話ししたいというふうに思います。
先に結論の方から申し上げますと、成年年齢の引下げというのは、養育費支払期間の終期については、これはもう繰り上げるということになると思いますし、それから、大学の費用というところに関して言うと、これはもう分担されなくなっていくであろうと、養育費としてはですね、そういった事態になるというふうに思いますので、成年年齢の引下げについては慎重に考えていく必要があるのではないかというふうに思っています。
引下げをするというのであれば、大学への進学とかそういったことについてどのように経済的に支援をするのかという、そういった制度の整備というところをよく考えていく必要があるのではないかなというふうに思います。
今から具体的にお話をしていくんですが、成年年齢の引下げによって養育費について受ける影響というものをお話しする前に、まず現状をお話ししたいというふうに思います。
現状は、二点お話ししたいと思うんですが、お手元には私の方から資料を二つ用意させていただきました。番号を振っていなくて申し訳ないんですが、六ページの方から始まる資料というのは、こちらの方は元裁判官が養育費の現状について最近記されたものです。それから、百十二ページから始まる方の資料は、こちらは弁護士が最近養育費の現状について記したものです。ですので、弁護士が記した資料と元裁判官が記した養育費の現状についての資料を見ながらちょっとお話をしたいと思うんですが。
まず一点目、現状についてですけれども、養育費の支払を受ける対象となる子供の範囲についてお話ししたいと思います。
遠山さんの方からもお話があったと思うんですけれども、養育費の支払の対象となる子供というのは、これは未成熟子と言われていまして、未成年者ではないと。未成熟子と未成年者の、これは実質と形式というお話がありましたので、これはそのように考えていただいていいのかなというふうに思うんですけれども、実際に養育費の対象となるのは未成熟子というふうには一応考えられていると。
ここで、その元裁判官の方の資料の七ページの方には裁判例が紹介されているんですけれども、その裁判例を見てみると、これは、成年に達しているという子供であっても、自分で生活していくだけの能力がなければ、それは、成年に達しているというそれだけでは、未成熟子ではと考えるべきではないのかという点をよく考えましょうと、そういうような判断をしている、そういう裁判例になります。
そうすると、こういった裁判例というのを見てみると、裁判所は、積極的に未成熟子であるかどうかを判断しているのかなというふうに思われるかもしれませんが、実際はそうではないというふうに思います。実務感覚としては違うというふうに思っているんですが。
弁護士の方の資料、こちら、百十二ページの方なんですが、この百十二ページの下の方に書かれているかと思うんですけれども、実務では、未成年の子を一応未成熟子として扱うというふうになっているんですね。これをもう少し説明しますと、未成年者であるということになれば、実際に働いているといったそういう事情がない限りはもう未成熟子として取り扱おうということになりますし、逆に、もう成年に達しているということになりますと、これは、養育費の支払を受けなければならない特別な事情がない限りはこれはもう対象ではないんだと、養育費の支払を受ける対象ではないんだというふうに取り扱われると、そういう意味になるかと思います。
今年に入って、ある裁判官が次のように話していました。大学に行っているというだけでは、成年に達した子供について未成熟子として判断することはできないと。つまり、大学に行っているだけでは、それだけでは養育費を支払うかどうかは分からないので、もう少し実質を検討する必要があると、そういうように裁判官は最近述べているんですね。これがかなり実務感覚に近いところじゃないかなというふうに私は思います。
こういう考え方を背景にしているのだと思いますけれども、実際実務においては、特別な事情がない限り、養育費の終期は二十歳、二十歳に達する日の属する月までというふうにされていますし、裁判所の方で用意されている書式でも、基本的に、未成熟子というような記載ではなく、養育費については未成年者というような記載がされているところです。
話がちょっと長くなってしまいましたけれども、二点目には、現状としてお話ししたい二点目ですが、大学に進学した後の学費の取扱いがどうなっているかという点です。
この点については、こちら、裁判官の方の資料を、六ページの方からの資料を見ていただきたいんですが、これの百三十四ページというところに大学進学後の学費の分担に関する裁判例が紹介されています、百三十四ページですが。
こちらの裁判では、非監護親の方がその大学への進学について同意していたかどうか、あるいは大学への進学自体について同意していたかどうかと、そういったことが問われているんですね。つまり、大学に進学するということについて非監護親の同意、承諾があるのであれば、それは同意があるので養育費として学費についても分担しましょうということになるわけです。他方で、非監護親が進学について同意、承諾していない場合はどうなるかといいますと、実務上は、親の経歴であるとか親の収入であるとか、進路について親がどれほど関心を持っていたであるとか、あるいはほかの兄弟姉妹はどうだったかと、そういったようなことを総合的に考慮しまして、その上で大学に子供が進学するということがこれは相当であると考えられるのであれば、その場合には学費について非監護親も養育費として分担しましょうと、そういうように考えられています。
こういったように、実質を判断しようという背景には、未成年者の五割は大学に進学していますし、専門学校等も入れれば八割が、高等学校卒業者の八割は進学しているということが背景にあるんだと思います。
ただ、今申し上げたように、総合的に考慮するというような形で判断しますと、どういった場合に大学の学費が分担されるのかは正直よく分からないんですね。そうすると、基準としてはなかなか明確であるとは言い難いですし、また、これも実務の感覚として、大学の学費というものを、非監護親が同意していないのにこれを分担してもらえるといったようなことはなかなかこれは難しいなと、ハードルが高いなと正直感じているところです。
こういったところの背景としては、養育費を裁判所が決めるということは、これは権利義務があるとかないとかいう判断を裁判所がするのではなくて、裁判所としては、公権的な立場で裁量的に負担をさせようと、義務を課そうというものですので、そうすると、そういった金銭的な債務を裁判所が積極的に課すというような場合には、かなり慎重に判断をするというところも背景にあるのかなというふうに思っています。
結論としては、進学について非監護親の同意がない場合は、学費について養育費として分担されるかどうかは予測がし難いということになると思います。
弁護士の方の資料の百二十七ページにはあるんですが、このような指摘がされています。百二十七ページでは、子供の立場に立てば、経済的な問題のため進学できないかもしれない、そういった不安にさいなまれながら困難な受験勉強を乗り越えるというのはこれは容易ではないと、こういう指摘がされていまして、それは私もそのように思うところです。
次に、では、成年年齢の引下げが養育費にどのように影響を与えるのかということをちょっとお話ししたいと思いますが、これも、今のお話しした現状を踏まえて二点お話ししたいと思います。
まず、養育費の終期、支払期間の終期についてお話ししたいと思いますが、法制審議会の最終報告書では、繰り上げるといった意見もあるといったようなお話がされていたかと思うんですが、日本弁護士連合会の方では、平成二十八年二月の意見書で、事実上、そのような成年年齢の引下げによって養育費の支払終期というものが繰上げに直結するのではないかと、そういう疑念が拭い去れないというような指摘がされていると思うんですが、さきにお話ししましたとおり、実務においては、特別の事情がない限りは、成年に達した子供については養育費の支払を受ける対象にならないと考えているわけですので、今般成年年齢が下がると、引き下げられるということになれば、これは養育費の終期も原則十八歳になるというふうに考えることが自然だと思います。
実際、成年年齢の引下げというのはもう見込まれる状況にあるというわけですので、養育費の終期を十八歳にしましょうという調停委員、裁判官はもう現れています。この点については、調査室の方から私いただきました資料の新聞記事でもそういった、これは平成三十年五月二十六日の朝日新聞ですけれども、そのような弁護士のコメントがありまして、これは私が実際に感じているところと同じだなというふうに思いました。
したがいまして、成年年齢が引き下げられれば養育費の終期が早まること、これはもう避け難いというふうに思います。
どのような問題があるのかというところで、この審議の中では、既に合意された場合に、養育費の終期を成年と書いていた場合に、これが成年年齢の引下げに伴って十八歳になってしまわないかといったような質問等があったかと思うんですけれども、この点、私余り心配していませんで、というのは、当時の意思を合理的に解釈すれば、それは二十歳だろうと思われると思いますので、その点は余り心配していませんし、もしもその合意が調停やあるいは審判という形であったならば、強制力があるわけですので、単純な思い込みで十八歳だというのはなかなかしんどいかなというふうに思うんです。
そうではなくて、私が心配するのは、成年年齢が引き下げられるということになりましたら、そのような法改正を理由として、事情に変更があったと考えて、成年年齢の引下げに伴って養育費の終期を十八歳にしてくれと、そういった非監護親が出てくるのではないかなというふうに思うのです。あるいは、ある程度期間がたって、十八歳というのが大人だということはもう常識になったではないかと、だから、法改正からも時間もたっているし、社会常識にもなったし、やはりこれは十八歳に引き下げてくれと、そういう話になってくるのではないかなと。
養育費というのは未成熟子という話でしたけれども、未就学児、例えば五歳とか四歳で取り決めた後もずっとその金額払われるということが往々にしてありますので、五年、十年たって、やっぱりもう今だったらこれは十八にしてほしいんだというようなことを申し出て、裁判所に言ってくる方も出てくるのではないかなと、そちらの方を私は危惧しています。
もちろん、収入の増減とか、いろいろとそういった事情に変更があれば、養育費についていろいろと変更してほしいというお話はあるわけですので、今申し上げたように十八歳に繰り上げてほしいというのもあれば、逆に二十二歳に繰り下げてほしいということもあったりするわけですけれども、なかなか、実は養育費を決めるというのは、まあ離婚に伴うことが多いと思いますけれども、離婚は人生のイベントとしてはかなりエネルギーを使うイベントでして、あのエネルギーをもう一度使ってやろうという気になる方はなかなかいらっしゃらない。そうしますと、私の依頼者でも、養育費をまた上げてほしいんだというような、大学に進学するので上げてほしいといった相談があっても、実際にそれを調停や審判まで運ぶという方は実際には少ないなと、そう思っていますので、先ほどもお話ししましたけれども、幼年期に五歳とか四歳とか決めた金額がずっと行くというのが実は養育費であったりするのかなと、ちょっと話が横にそれてしまいましたけれども、思っています。
いずれにしても、そういった状況ですと、成年年齢引下げ後には、いずれ裁判所の方も、そういった事情変更があったから、養育費の終期については二十歳と決めたけれども十八歳に繰り上げましょうという裁判例が出てきてもおかしくはないのではないかなと私は思っています。
法務大臣の答弁では、そのような懸念についてはいろいろと周知を図ると、成年年齢の引下げというものが養育費の支払期間の終期を早めるものではないといったような答弁があったと思うんですけれども、なかなか実務は、そのようなことは明文がないと難しいなと思われますので、そういったことを何らかの形として残しておく必要があるのではないかなというふうに思っています。
二点目に、与える影響の二点目ですけれども、大学の学費のお話をしたいと思います。
こちらは、先ほどお話ししたとおり、同意があれば、それはもちろん、非監護親が同意していれば大学の学費についても分担されるわけですから、その点は成年年齢の引下げというのは特に影響ないかなと思うんですけれども、そうではなくて、非監護親の方は同意がないという場合は、これは特に夫婦間の葛藤が高い場合にはなかなかそういう連絡を取って同意してもらうということは難しいと思いますけれども、そうすると、実際には同意が得られないので、じゃ、大学の学費についてはどう分担してもらうかというと、それはもう親の経歴とか収入とかいろんなことを総合考慮して、これは分担してもらおうということになるわけですけれども。
ただ、そうはいっても、成年年齢が引き下げられれば、大学生で未成年者というカテゴリーが消えてしまうわけですね。そうすると、そもそも大学に行くというのは、これは成年になった者が行くところなんだと、そして、おとといだったかと思いますけれども、参考人の回答の中にも、大学に行くというのは、本来的には自立するんだったら、それはもう経済的にも自立して自分のお金で行くんだというようなお話があったかと思うんですけれども、そういったような社会意識というものが醸成されていきますと、結局、裁判所としても、学費というのはそれは自分で稼ぐのだというような意識になっていくわけで、そうすると、総合考慮して学費の分担をさせるといっても、かなりそれはケースとしては限定されていくのではないかなというふうに思います。
したがって、支払終期が早まるだけではなくて、大学の学費を分担するということも、これも養育費としてはなかなか難しくなってくるんだろうなというふうに思っているところです。
したがって、大学に進学するということについては、自らの力で何とかしてお金を調達するなり、あるいは監護親、つまり一人親の場合の親の方ですけれども、実際の監護をしている親がそれなりに裕福であるといった、何らかのそういう経済的な状況がないと難しいだろうと。実際、働きながら大学に通うということもできないわけではないと思いますけれども、それで学業に集中できるとはとても思えません。実際、破綻して破産の相談を受けたことは一件、二件ではありません。
そうすると、こういったことに対してどのように対処していくのかということが、成年年齢の引下げに伴って、特に養育費との関係で立法政策として期待されるところではないかなというふうに私は思っているところです。
私の話は以上となります。御清聴ありがとうございました。
この発言だけを見る →私は、本日、こういった立場から、養育費の算定に関わってきた立場として、成年年齢の引下げが養育費に関してどのような影響を与えるのかということをお話ししたいというふうに思います。
先に結論の方から申し上げますと、成年年齢の引下げというのは、養育費支払期間の終期については、これはもう繰り上げるということになると思いますし、それから、大学の費用というところに関して言うと、これはもう分担されなくなっていくであろうと、養育費としてはですね、そういった事態になるというふうに思いますので、成年年齢の引下げについては慎重に考えていく必要があるのではないかというふうに思っています。
引下げをするというのであれば、大学への進学とかそういったことについてどのように経済的に支援をするのかという、そういった制度の整備というところをよく考えていく必要があるのではないかなというふうに思います。
今から具体的にお話をしていくんですが、成年年齢の引下げによって養育費について受ける影響というものをお話しする前に、まず現状をお話ししたいというふうに思います。
現状は、二点お話ししたいと思うんですが、お手元には私の方から資料を二つ用意させていただきました。番号を振っていなくて申し訳ないんですが、六ページの方から始まる資料というのは、こちらの方は元裁判官が養育費の現状について最近記されたものです。それから、百十二ページから始まる方の資料は、こちらは弁護士が最近養育費の現状について記したものです。ですので、弁護士が記した資料と元裁判官が記した養育費の現状についての資料を見ながらちょっとお話をしたいと思うんですが。
まず一点目、現状についてですけれども、養育費の支払を受ける対象となる子供の範囲についてお話ししたいと思います。
遠山さんの方からもお話があったと思うんですけれども、養育費の支払の対象となる子供というのは、これは未成熟子と言われていまして、未成年者ではないと。未成熟子と未成年者の、これは実質と形式というお話がありましたので、これはそのように考えていただいていいのかなというふうに思うんですけれども、実際に養育費の対象となるのは未成熟子というふうには一応考えられていると。
ここで、その元裁判官の方の資料の七ページの方には裁判例が紹介されているんですけれども、その裁判例を見てみると、これは、成年に達しているという子供であっても、自分で生活していくだけの能力がなければ、それは、成年に達しているというそれだけでは、未成熟子ではと考えるべきではないのかという点をよく考えましょうと、そういうような判断をしている、そういう裁判例になります。
そうすると、こういった裁判例というのを見てみると、裁判所は、積極的に未成熟子であるかどうかを判断しているのかなというふうに思われるかもしれませんが、実際はそうではないというふうに思います。実務感覚としては違うというふうに思っているんですが。
弁護士の方の資料、こちら、百十二ページの方なんですが、この百十二ページの下の方に書かれているかと思うんですけれども、実務では、未成年の子を一応未成熟子として扱うというふうになっているんですね。これをもう少し説明しますと、未成年者であるということになれば、実際に働いているといったそういう事情がない限りはもう未成熟子として取り扱おうということになりますし、逆に、もう成年に達しているということになりますと、これは、養育費の支払を受けなければならない特別な事情がない限りはこれはもう対象ではないんだと、養育費の支払を受ける対象ではないんだというふうに取り扱われると、そういう意味になるかと思います。
今年に入って、ある裁判官が次のように話していました。大学に行っているというだけでは、成年に達した子供について未成熟子として判断することはできないと。つまり、大学に行っているだけでは、それだけでは養育費を支払うかどうかは分からないので、もう少し実質を検討する必要があると、そういうように裁判官は最近述べているんですね。これがかなり実務感覚に近いところじゃないかなというふうに私は思います。
こういう考え方を背景にしているのだと思いますけれども、実際実務においては、特別な事情がない限り、養育費の終期は二十歳、二十歳に達する日の属する月までというふうにされていますし、裁判所の方で用意されている書式でも、基本的に、未成熟子というような記載ではなく、養育費については未成年者というような記載がされているところです。
話がちょっと長くなってしまいましたけれども、二点目には、現状としてお話ししたい二点目ですが、大学に進学した後の学費の取扱いがどうなっているかという点です。
この点については、こちら、裁判官の方の資料を、六ページの方からの資料を見ていただきたいんですが、これの百三十四ページというところに大学進学後の学費の分担に関する裁判例が紹介されています、百三十四ページですが。
こちらの裁判では、非監護親の方がその大学への進学について同意していたかどうか、あるいは大学への進学自体について同意していたかどうかと、そういったことが問われているんですね。つまり、大学に進学するということについて非監護親の同意、承諾があるのであれば、それは同意があるので養育費として学費についても分担しましょうということになるわけです。他方で、非監護親が進学について同意、承諾していない場合はどうなるかといいますと、実務上は、親の経歴であるとか親の収入であるとか、進路について親がどれほど関心を持っていたであるとか、あるいはほかの兄弟姉妹はどうだったかと、そういったようなことを総合的に考慮しまして、その上で大学に子供が進学するということがこれは相当であると考えられるのであれば、その場合には学費について非監護親も養育費として分担しましょうと、そういうように考えられています。
こういったように、実質を判断しようという背景には、未成年者の五割は大学に進学していますし、専門学校等も入れれば八割が、高等学校卒業者の八割は進学しているということが背景にあるんだと思います。
ただ、今申し上げたように、総合的に考慮するというような形で判断しますと、どういった場合に大学の学費が分担されるのかは正直よく分からないんですね。そうすると、基準としてはなかなか明確であるとは言い難いですし、また、これも実務の感覚として、大学の学費というものを、非監護親が同意していないのにこれを分担してもらえるといったようなことはなかなかこれは難しいなと、ハードルが高いなと正直感じているところです。
こういったところの背景としては、養育費を裁判所が決めるということは、これは権利義務があるとかないとかいう判断を裁判所がするのではなくて、裁判所としては、公権的な立場で裁量的に負担をさせようと、義務を課そうというものですので、そうすると、そういった金銭的な債務を裁判所が積極的に課すというような場合には、かなり慎重に判断をするというところも背景にあるのかなというふうに思っています。
結論としては、進学について非監護親の同意がない場合は、学費について養育費として分担されるかどうかは予測がし難いということになると思います。
弁護士の方の資料の百二十七ページにはあるんですが、このような指摘がされています。百二十七ページでは、子供の立場に立てば、経済的な問題のため進学できないかもしれない、そういった不安にさいなまれながら困難な受験勉強を乗り越えるというのはこれは容易ではないと、こういう指摘がされていまして、それは私もそのように思うところです。
次に、では、成年年齢の引下げが養育費にどのように影響を与えるのかということをちょっとお話ししたいと思いますが、これも、今のお話しした現状を踏まえて二点お話ししたいと思います。
まず、養育費の終期、支払期間の終期についてお話ししたいと思いますが、法制審議会の最終報告書では、繰り上げるといった意見もあるといったようなお話がされていたかと思うんですが、日本弁護士連合会の方では、平成二十八年二月の意見書で、事実上、そのような成年年齢の引下げによって養育費の支払終期というものが繰上げに直結するのではないかと、そういう疑念が拭い去れないというような指摘がされていると思うんですが、さきにお話ししましたとおり、実務においては、特別の事情がない限りは、成年に達した子供については養育費の支払を受ける対象にならないと考えているわけですので、今般成年年齢が下がると、引き下げられるということになれば、これは養育費の終期も原則十八歳になるというふうに考えることが自然だと思います。
実際、成年年齢の引下げというのはもう見込まれる状況にあるというわけですので、養育費の終期を十八歳にしましょうという調停委員、裁判官はもう現れています。この点については、調査室の方から私いただきました資料の新聞記事でもそういった、これは平成三十年五月二十六日の朝日新聞ですけれども、そのような弁護士のコメントがありまして、これは私が実際に感じているところと同じだなというふうに思いました。
したがいまして、成年年齢が引き下げられれば養育費の終期が早まること、これはもう避け難いというふうに思います。
どのような問題があるのかというところで、この審議の中では、既に合意された場合に、養育費の終期を成年と書いていた場合に、これが成年年齢の引下げに伴って十八歳になってしまわないかといったような質問等があったかと思うんですけれども、この点、私余り心配していませんで、というのは、当時の意思を合理的に解釈すれば、それは二十歳だろうと思われると思いますので、その点は余り心配していませんし、もしもその合意が調停やあるいは審判という形であったならば、強制力があるわけですので、単純な思い込みで十八歳だというのはなかなかしんどいかなというふうに思うんです。
そうではなくて、私が心配するのは、成年年齢が引き下げられるということになりましたら、そのような法改正を理由として、事情に変更があったと考えて、成年年齢の引下げに伴って養育費の終期を十八歳にしてくれと、そういった非監護親が出てくるのではないかなというふうに思うのです。あるいは、ある程度期間がたって、十八歳というのが大人だということはもう常識になったではないかと、だから、法改正からも時間もたっているし、社会常識にもなったし、やはりこれは十八歳に引き下げてくれと、そういう話になってくるのではないかなと。
養育費というのは未成熟子という話でしたけれども、未就学児、例えば五歳とか四歳で取り決めた後もずっとその金額払われるということが往々にしてありますので、五年、十年たって、やっぱりもう今だったらこれは十八にしてほしいんだというようなことを申し出て、裁判所に言ってくる方も出てくるのではないかなと、そちらの方を私は危惧しています。
もちろん、収入の増減とか、いろいろとそういった事情に変更があれば、養育費についていろいろと変更してほしいというお話はあるわけですので、今申し上げたように十八歳に繰り上げてほしいというのもあれば、逆に二十二歳に繰り下げてほしいということもあったりするわけですけれども、なかなか、実は養育費を決めるというのは、まあ離婚に伴うことが多いと思いますけれども、離婚は人生のイベントとしてはかなりエネルギーを使うイベントでして、あのエネルギーをもう一度使ってやろうという気になる方はなかなかいらっしゃらない。そうしますと、私の依頼者でも、養育費をまた上げてほしいんだというような、大学に進学するので上げてほしいといった相談があっても、実際にそれを調停や審判まで運ぶという方は実際には少ないなと、そう思っていますので、先ほどもお話ししましたけれども、幼年期に五歳とか四歳とか決めた金額がずっと行くというのが実は養育費であったりするのかなと、ちょっと話が横にそれてしまいましたけれども、思っています。
いずれにしても、そういった状況ですと、成年年齢引下げ後には、いずれ裁判所の方も、そういった事情変更があったから、養育費の終期については二十歳と決めたけれども十八歳に繰り上げましょうという裁判例が出てきてもおかしくはないのではないかなと私は思っています。
法務大臣の答弁では、そのような懸念についてはいろいろと周知を図ると、成年年齢の引下げというものが養育費の支払期間の終期を早めるものではないといったような答弁があったと思うんですけれども、なかなか実務は、そのようなことは明文がないと難しいなと思われますので、そういったことを何らかの形として残しておく必要があるのではないかなというふうに思っています。
二点目に、与える影響の二点目ですけれども、大学の学費のお話をしたいと思います。
こちらは、先ほどお話ししたとおり、同意があれば、それはもちろん、非監護親が同意していれば大学の学費についても分担されるわけですから、その点は成年年齢の引下げというのは特に影響ないかなと思うんですけれども、そうではなくて、非監護親の方は同意がないという場合は、これは特に夫婦間の葛藤が高い場合にはなかなかそういう連絡を取って同意してもらうということは難しいと思いますけれども、そうすると、実際には同意が得られないので、じゃ、大学の学費についてはどう分担してもらうかというと、それはもう親の経歴とか収入とかいろんなことを総合考慮して、これは分担してもらおうということになるわけですけれども。
ただ、そうはいっても、成年年齢が引き下げられれば、大学生で未成年者というカテゴリーが消えてしまうわけですね。そうすると、そもそも大学に行くというのは、これは成年になった者が行くところなんだと、そして、おとといだったかと思いますけれども、参考人の回答の中にも、大学に行くというのは、本来的には自立するんだったら、それはもう経済的にも自立して自分のお金で行くんだというようなお話があったかと思うんですけれども、そういったような社会意識というものが醸成されていきますと、結局、裁判所としても、学費というのはそれは自分で稼ぐのだというような意識になっていくわけで、そうすると、総合考慮して学費の分担をさせるといっても、かなりそれはケースとしては限定されていくのではないかなというふうに思います。
したがって、支払終期が早まるだけではなくて、大学の学費を分担するということも、これも養育費としてはなかなか難しくなってくるんだろうなというふうに思っているところです。
したがって、大学に進学するということについては、自らの力で何とかしてお金を調達するなり、あるいは監護親、つまり一人親の場合の親の方ですけれども、実際の監護をしている親がそれなりに裕福であるといった、何らかのそういう経済的な状況がないと難しいだろうと。実際、働きながら大学に通うということもできないわけではないと思いますけれども、それで学業に集中できるとはとても思えません。実際、破綻して破産の相談を受けたことは一件、二件ではありません。
そうすると、こういったことに対してどのように対処していくのかということが、成年年齢の引下げに伴って、特に養育費との関係で立法政策として期待されるところではないかなというふうに私は思っているところです。
私の話は以上となります。御清聴ありがとうございました。
石
石川博崇#10
○委員長(石川博崇君) ありがとうございました。
以上で参考人の意見陳述は終わりました。
これより参考人に対する質疑を行います。
質疑のある方は順次御発言願います。
この発言だけを見る →以上で参考人の意見陳述は終わりました。
これより参考人に対する質疑を行います。
質疑のある方は順次御発言願います。
元
元榮太一郎#11
○元榮太一郎君 四人の参考人の皆様、本日は貴重な御意見、大変ありがとうございます。
早速質問してまいりますが、まずは氷海参考人にお伺いをいたします。
参考人の今日のお話の中でも、十五歳から十八歳は限りなく可能性があって、環境を与えれば大きく変化する、十八歳成年となれば、それはそれで本当に必ず変化していくはずだと、力強いお話をいただきました。
そしてまた、十年前になりますが、平成二十年四月に開催された、今回の民法改正に至る法制審議会でも同じような趣旨の話をされていまして、そこでは、高校三年生を見て大人と感じられるかという質問に対して、これはあくまで感覚ですけれども、大人っぽいとは感じますね、私のイメージとしては大人っぽい子が多いと感じていますというふうに言及されていらっしゃいますが、具体的には、大人っぽいというのはどのようなものなのでしょうか。
この発言だけを見る →早速質問してまいりますが、まずは氷海参考人にお伺いをいたします。
参考人の今日のお話の中でも、十五歳から十八歳は限りなく可能性があって、環境を与えれば大きく変化する、十八歳成年となれば、それはそれで本当に必ず変化していくはずだと、力強いお話をいただきました。
そしてまた、十年前になりますが、平成二十年四月に開催された、今回の民法改正に至る法制審議会でも同じような趣旨の話をされていまして、そこでは、高校三年生を見て大人と感じられるかという質問に対して、これはあくまで感覚ですけれども、大人っぽいとは感じますね、私のイメージとしては大人っぽい子が多いと感じていますというふうに言及されていらっしゃいますが、具体的には、大人っぽいというのはどのようなものなのでしょうか。
氷
氷海正行#12
○参考人(氷海正行君) よく今の高校生はどうですかという聞き方されるんですが、一口で高校生を語るというのは非常に難しいんです。非常に高校生というのは物すごく差がありまして、皆さんが出会ってきた高校生というところでの認識があると思うんですけれども、私、感覚的に大人っぽさという話は、その中で非常に、本当に教員よりも大人っぽい感覚で行動する高校生はいます。ところが、中学生と同じだなと思うような子もいるということで、全体的に平均してどうかという話は高校生を語るときにはできないんですが、そういう形の中で、自分での判断力、それから行動様式、それが非常に我々教員が見ても成人に近い、そういう子供は確かにいます。
そういうことの中で感覚的という言葉を使わせていただきましたが、自己管理、それもしっかりできます、自分の意見をしっかり持っています、そして自分の目標に向かって努力をすることがきちっとできると、そういう生徒がいますので、それを大人っぽいという表現で発言したと思います。
以上です。
この発言だけを見る →そういうことの中で感覚的という言葉を使わせていただきましたが、自己管理、それもしっかりできます、自分の意見をしっかり持っています、そして自分の目標に向かって努力をすることがきちっとできると、そういう生徒がいますので、それを大人っぽいという表現で発言したと思います。
以上です。
元
元榮太一郎#13
○元榮太一郎君 ありがとうございます。
やはり、十八歳、高校生といっても差はあるということなんですが、そういうような高校生に対して、やはりこれまでの審議の中でも、消費者被害に遭ってしまうんではないか、労働トラブルに巻き込まれてしまうんではないかということで、非常に教育というところが大事になってくると思います。
社会に出ることを前提とした商業科ですと、先生の高校でもいろいろな消費者教育そして金融経済教育をされているということなんですが、普通科の学生に対してもしっかりとした教育が求められるかと思うのですが、その点、具体的にこういうような教育をすれば大人の準備になるのではないかというものがありましたら御教示ください。
この発言だけを見る →やはり、十八歳、高校生といっても差はあるということなんですが、そういうような高校生に対して、やはりこれまでの審議の中でも、消費者被害に遭ってしまうんではないか、労働トラブルに巻き込まれてしまうんではないかということで、非常に教育というところが大事になってくると思います。
社会に出ることを前提とした商業科ですと、先生の高校でもいろいろな消費者教育そして金融経済教育をされているということなんですが、普通科の学生に対してもしっかりとした教育が求められるかと思うのですが、その点、具体的にこういうような教育をすれば大人の準備になるのではないかというものがありましたら御教示ください。
氷
氷海正行#14
○参考人(氷海正行君) 今回の十八歳から選挙権のときも、特に学校では教科、科目という形で教えますが、やはりそういう環境の変化では、学校では特別な環境をつくりまして、それを教科と別個に学校独自の指導をしております。
多分、したがって、成人年齢が下がった場合には、学校として、まあ商業科の場合にはその教科、科目の中でそれを触れるという場面があると思うんですが、学校としては、教科、科目以外に学校として特別なそういう指導の体制を組んでいけるというように思います。
以上です。
この発言だけを見る →多分、したがって、成人年齢が下がった場合には、学校として、まあ商業科の場合にはその教科、科目の中でそれを触れるという場面があると思うんですが、学校としては、教科、科目以外に学校として特別なそういう指導の体制を組んでいけるというように思います。
以上です。
元
元榮太一郎#15
○元榮太一郎君 ありがとうございました。
続いては、坂東参考人にお尋ねしてまいりますが、今日のお話の中で、高校生で成年と未成年が混在し、現場で混乱が起きるのではないかというお話がありましたが、まさに坂東参考人は今大学で教鞭を執られているというところで、大学というものは今まさに成年と未成年が混在している状況にあろうかと思いますが、そのような大学の現場で、何か混乱というものは生じているのでしょうか。
この発言だけを見る →続いては、坂東参考人にお尋ねしてまいりますが、今日のお話の中で、高校生で成年と未成年が混在し、現場で混乱が起きるのではないかというお話がありましたが、まさに坂東参考人は今大学で教鞭を執られているというところで、大学というものは今まさに成年と未成年が混在している状況にあろうかと思いますが、そのような大学の現場で、何か混乱というものは生じているのでしょうか。
坂
坂東俊矢#16
○参考人(坂東俊矢君) 大学は、混在してはいますが、回生が全く違う話でありますので、言わば一つのクラスの中に未成年と成年がいて同じ教育を受けているという話とは少し違うだろうとまず思います。
それからもう一つ、大学の教育と先生がなさっている高等学校の教育の大きな違いは、大学というのは今、実務教育とても重視をしておりまして、言わば現場で何かを学んでいくということができています。恐らく、成年になるということで学ばなければいけないことは、いわゆる教育という形で理解をすることと、実務感覚で言わば体で理解をするというものと二つきっと必要なのだと思っていて、きっと大学でやられている教育というのは、そういう観点で物事が動いているから格別の混乱が生じているのではないというふうに理解しています。
この発言だけを見る →それからもう一つ、大学の教育と先生がなさっている高等学校の教育の大きな違いは、大学というのは今、実務教育とても重視をしておりまして、言わば現場で何かを学んでいくということができています。恐らく、成年になるということで学ばなければいけないことは、いわゆる教育という形で理解をすることと、実務感覚で言わば体で理解をするというものと二つきっと必要なのだと思っていて、きっと大学でやられている教育というのは、そういう観点で物事が動いているから格別の混乱が生じているのではないというふうに理解しています。
元
元榮太一郎#17
○元榮太一郎君 ありがとうございました。
あとは、遠山参考人と竹下参考人に伺ってまいりますが、養育費の支払終期の繰上げということを大変懸念されているというところで、私も、この成年年齢と成熟年齢というものは全く別物であって、やはりそれをしっかりと、高等教育も含めて若い人たちが受けられるような環境づくりというのは必要かと思っております。
しかしながら、実務として予想されるのは、成年年齢が十八歳に引下げになれば、併せて養育費の支払終期も繰り上げられてしまうのではないかということで、今までは、取り決めていない、取り決めても低額、取り決めても支払われないというこの三つのマイナスの中で、取り決めても低額というところは更に加速するのではないかということだと思います。
そこで、やはり制度設計や立法論でこの点についてしっかりと手当てをしていくということも大いに検討するべきだと思っているのですが、現場のお二人の参考人からそれぞれ、遠山参考人は若干言及いただきましたが、お二人で、具体的にこういうような制度になれば実務としてもしっかりと養育費が確保される環境になるのではないかというところの立法論や制度設計といったものをお伺いできればと思います。
この発言だけを見る →あとは、遠山参考人と竹下参考人に伺ってまいりますが、養育費の支払終期の繰上げということを大変懸念されているというところで、私も、この成年年齢と成熟年齢というものは全く別物であって、やはりそれをしっかりと、高等教育も含めて若い人たちが受けられるような環境づくりというのは必要かと思っております。
しかしながら、実務として予想されるのは、成年年齢が十八歳に引下げになれば、併せて養育費の支払終期も繰り上げられてしまうのではないかということで、今までは、取り決めていない、取り決めても低額、取り決めても支払われないというこの三つのマイナスの中で、取り決めても低額というところは更に加速するのではないかということだと思います。
そこで、やはり制度設計や立法論でこの点についてしっかりと手当てをしていくということも大いに検討するべきだと思っているのですが、現場のお二人の参考人からそれぞれ、遠山参考人は若干言及いただきましたが、お二人で、具体的にこういうような制度になれば実務としてもしっかりと養育費が確保される環境になるのではないかというところの立法論や制度設計といったものをお伺いできればと思います。
竹
竹下博將#18
○参考人(竹下博將君) 制度設計というお話でいいますと、やはり養育費の金額をどのようにするのかというところだと思うんですが、今は裁判所の方が金額を決めると。そして、平成十五年に裁判官たちが作った算定表というものがありますので、これがもう完全に定着して、これを実務は使っているわけですけれども、十五年前のものでして、全くアップデートされていないと。
そして、これは私が養育費の算定をずっと研究してきたから言えることなんですけれども、端的に言えば、あのときに裁判官たちが作った算定表というのは誰も再現することができません。といいますのは、説明が不十分であるために、ここの点をどう考えたのかというところが分からないところが幾つかあるんですね。そうしますと、そういったものをアップデートするというのもなかなか難しいわけでして、日弁連の方でも新算定表というものを提言はしましたけれども、裁判官たちが作ったものではありませんので、なかなか裁判所は採用することが難しい状況にあるのかなというふうに思っています。
やはり、遠山さんのお話にもあったと思うんですが、機動的にアップデートされるような形で相応に、統計資料等の使い方も専門的にできるような方と、それから現場でどのようなものが養育費にあるのかということを分かるある程度司法の方と、そういった方とが手を組んで、具体的にこういうふうに考えていくんだというものをツールとして用意しておくという必要があるのかなと。
そして、表というふうに言っていますけれども、実際には、今はもう再婚が非常に多いわけでして、再婚したらどうなるんだというところがなかなかこれは計算が難しいところですので、そういった場合の計算はこうすればいいといったものを、端的に言えば、例えばアプリのようなものが作られて、そこにおおむね数字を入れれば分かるというようなことになれば、それもアップデートされていけばかなりいいのかなというふうには思っています。
結局、裁判所に行かなければ分からないという状況がかなり問題ではないかなと思ったりしています。
この発言だけを見る →そして、これは私が養育費の算定をずっと研究してきたから言えることなんですけれども、端的に言えば、あのときに裁判官たちが作った算定表というのは誰も再現することができません。といいますのは、説明が不十分であるために、ここの点をどう考えたのかというところが分からないところが幾つかあるんですね。そうしますと、そういったものをアップデートするというのもなかなか難しいわけでして、日弁連の方でも新算定表というものを提言はしましたけれども、裁判官たちが作ったものではありませんので、なかなか裁判所は採用することが難しい状況にあるのかなというふうに思っています。
やはり、遠山さんのお話にもあったと思うんですが、機動的にアップデートされるような形で相応に、統計資料等の使い方も専門的にできるような方と、それから現場でどのようなものが養育費にあるのかということを分かるある程度司法の方と、そういった方とが手を組んで、具体的にこういうふうに考えていくんだというものをツールとして用意しておくという必要があるのかなと。
そして、表というふうに言っていますけれども、実際には、今はもう再婚が非常に多いわけでして、再婚したらどうなるんだというところがなかなかこれは計算が難しいところですので、そういった場合の計算はこうすればいいといったものを、端的に言えば、例えばアプリのようなものが作られて、そこにおおむね数字を入れれば分かるというようなことになれば、それもアップデートされていけばかなりいいのかなというふうには思っています。
結局、裁判所に行かなければ分からないという状況がかなり問題ではないかなと思ったりしています。
遠
遠山信一郎#19
○参考人(遠山信一郎君) 今、交通民事賠償の世界では、損害賠償の算定額については、イヤーブックとして赤本、それからツーイヤーブックとして青本というものがあります。これは、主に弁護士会の系統で作ったものを裁判所の方が言わば事実上追認していただいて、今実務で定着しています。
それと同じように、ワンイヤーは難しいかもしれませんが、スリーイヤーかフォーイヤーぐらいの算定を、裁判所の系統と、あと弁護士会の系統と、場合によってはほかに知恵のある方、実務に知恵のある団体等が関与して作っていくということができればしめたものだなというふうには考えております。
以上です。
この発言だけを見る →それと同じように、ワンイヤーは難しいかもしれませんが、スリーイヤーかフォーイヤーぐらいの算定を、裁判所の系統と、あと弁護士会の系統と、場合によってはほかに知恵のある方、実務に知恵のある団体等が関与して作っていくということができればしめたものだなというふうには考えております。
以上です。
元
元榮太一郎#20
○元榮太一郎君 大変貴重な御意見をありがとうございました。
まだ時間がありますので、それでは坂東参考人に伺ってまいりたいと思いますが、成年年齢の引下げについては慎重にした方がよいのではないかということで、民法その他の整備が必要なのではないかとの御提言をいただいておりますけれども、この点について、具体的に何かこうした方がいいとかあれば御教示いただきたいと思います。
この発言だけを見る →まだ時間がありますので、それでは坂東参考人に伺ってまいりたいと思いますが、成年年齢の引下げについては慎重にした方がよいのではないかということで、民法その他の整備が必要なのではないかとの御提言をいただいておりますけれども、この点について、具体的に何かこうした方がいいとかあれば御教示いただきたいと思います。
坂
坂東俊矢#21
○参考人(坂東俊矢君) ありがとうございます。
時間がなくてその部分はお話をしませんでしたが、例えば、未成年者が自己決定権を行使しながらだんだんと大人になっていく仕組みというのがきっと本当は大切なんだと思います。
自己決定権の前提として、今の民法は、全て親の同意があることを前提にお小遣いが使えるとか、そういう仕組みになっています。外国の法制の中には、それを外して、生活のために必要な契約は未成年者であっても自由にできるんだという方法で、言わば自己決定権の保障をしているという立法例もございます。私たちの国も、実は明治時代に民法を作るときに、そのどちらを採用するかということが議論になっていました。
とすると、ひょっとすると、未成年者の自立を促していくためには、その点の民法規定の議論もきちんとした上で整理をする方が、より、今議論がされているような、未成年者の方に社会に参画してもらうための民法を作ることができるのではないかというふうに私などは考えております。
この考え方というのは決して私固有のものではなくて、例えば、財産法の民法改正で大きな役割を果たした内田貴先生も教科書の中でそのように書かれておりますし、恐らく民法の先生方の中にも相当そこは共通の理解があるのではないかと思います。
そういったことも含めて、民法の成年年齢の改正も、順次、十八歳に向けて準備を進めていくということがより適切ではないかと考えている次第です。
この発言だけを見る →時間がなくてその部分はお話をしませんでしたが、例えば、未成年者が自己決定権を行使しながらだんだんと大人になっていく仕組みというのがきっと本当は大切なんだと思います。
自己決定権の前提として、今の民法は、全て親の同意があることを前提にお小遣いが使えるとか、そういう仕組みになっています。外国の法制の中には、それを外して、生活のために必要な契約は未成年者であっても自由にできるんだという方法で、言わば自己決定権の保障をしているという立法例もございます。私たちの国も、実は明治時代に民法を作るときに、そのどちらを採用するかということが議論になっていました。
とすると、ひょっとすると、未成年者の自立を促していくためには、その点の民法規定の議論もきちんとした上で整理をする方が、より、今議論がされているような、未成年者の方に社会に参画してもらうための民法を作ることができるのではないかというふうに私などは考えております。
この考え方というのは決して私固有のものではなくて、例えば、財産法の民法改正で大きな役割を果たした内田貴先生も教科書の中でそのように書かれておりますし、恐らく民法の先生方の中にも相当そこは共通の理解があるのではないかと思います。
そういったことも含めて、民法の成年年齢の改正も、順次、十八歳に向けて準備を進めていくということがより適切ではないかと考えている次第です。
元
若
若松謙維#23
○若松謙維君 公明党の若松謙維です。
四人の参考人の先生方、大変御苦労さまです。また、貴重な陳述、御説明、ありがとうございます。
まず、氷海参考人と坂東参考人にお尋ねをいたしますが、氷海参考人は、明確にこの法案、賛成というお立場でお話をいただきました。そして、十八歳、非常に、自立というんですか、資質は十分であると、そういう、大変明確におっしゃられましたが、大方そうであっても、やはりそうじゃない、どちらかというと消極的というか、前向きになれない十八歳、十九歳もいるかと思います。そういったケースも踏まえて、今回の法案作成に際しては、例えば全省庁的にこの未成年、いわゆる成年になる前の未成熟期間に対する対応ということでの連絡会議とか、又は消費者契約法で恋愛、就職等に対する配慮を、解約条項を入れたりとか、そんな対応をしているわけであります。
そういったことを含めて、こういうことがあるから法案として賛成という立場なのか、それとも、元々しっかりとどんどんどんどん賛成という立場で進めるべきなのかという、ちょっとそれについてお答えいただきたいのと、坂東参考人は慎重というお立場でしたので、慎重という意味がどういう意味なのかと是非聞きたいという立場から、先ほど負のスパイラルということをおっしゃいましたが、これ、例えば正のスパイラルにするにはどうしたらいいのかというちょっとアドバイスもいただきながら、できたら、慎重というよりももうちょっとお立場をお教えいただければ有り難いなという、その質問をさせていただきます。
この発言だけを見る →四人の参考人の先生方、大変御苦労さまです。また、貴重な陳述、御説明、ありがとうございます。
まず、氷海参考人と坂東参考人にお尋ねをいたしますが、氷海参考人は、明確にこの法案、賛成というお立場でお話をいただきました。そして、十八歳、非常に、自立というんですか、資質は十分であると、そういう、大変明確におっしゃられましたが、大方そうであっても、やはりそうじゃない、どちらかというと消極的というか、前向きになれない十八歳、十九歳もいるかと思います。そういったケースも踏まえて、今回の法案作成に際しては、例えば全省庁的にこの未成年、いわゆる成年になる前の未成熟期間に対する対応ということでの連絡会議とか、又は消費者契約法で恋愛、就職等に対する配慮を、解約条項を入れたりとか、そんな対応をしているわけであります。
そういったことを含めて、こういうことがあるから法案として賛成という立場なのか、それとも、元々しっかりとどんどんどんどん賛成という立場で進めるべきなのかという、ちょっとそれについてお答えいただきたいのと、坂東参考人は慎重というお立場でしたので、慎重という意味がどういう意味なのかと是非聞きたいという立場から、先ほど負のスパイラルということをおっしゃいましたが、これ、例えば正のスパイラルにするにはどうしたらいいのかというちょっとアドバイスもいただきながら、できたら、慎重というよりももうちょっとお立場をお教えいただければ有り難いなという、その質問をさせていただきます。
氷
氷海正行#24
○参考人(氷海正行君) 今お話ありましたように、いろいろな高校生がいます。それで、成年年齢が十八になった場合のことですが、やはりいろんな十八歳がいますので、そこのところで、私、十年前の委員会でもお話しさせていただいたという記憶はあるんですが、やはり学校の中でそれが同居していくということは、例えば今現在の二十歳の成年年齢の方々が持っておられるいろいろなもの、例えばアルコールだとかたばこだとかいうのを含めて、そういうところについては問題が、学校の中で存在することは、一緒にいることは問題があるという発言をさせていただいた記憶はあります。
やはり、そこのところを、十八歳というエージング、成長段階の人間としては私は非常にもう大丈夫だということで、あと、そこに関わる法的ないろいろなものについては、一つ一つについては問題があるので、先ほど言ったように、そういうところが解決していくことは私も希望しております。そういうことを含めて賛成ということであります。
以上です。
この発言だけを見る →やはり、そこのところを、十八歳というエージング、成長段階の人間としては私は非常にもう大丈夫だということで、あと、そこに関わる法的ないろいろなものについては、一つ一つについては問題があるので、先ほど言ったように、そういうところが解決していくことは私も希望しております。そういうことを含めて賛成ということであります。
以上です。
坂
坂東俊矢#25
○参考人(坂東俊矢君) 慎重というので、はっきりしろと、何といいましょうか、御指摘をいただいてありがとうございます。
率直に申し上げると、私は、今の段階ではやや反対です、率直に申し上げると。それはどうしてかというと、もちろん、長い目で見たときに、国際的な標準の議論であるとか様々な課題を考えれば、十八に向けて成年年齢を下げていく努力をしなければいけないというのは、私もそう思っています。しかし、今、そうしたら、それをしたことで、先生は高校生を見ておられて十分対応できるとおっしゃっているけれども、本当にそれで大丈夫だろうか。加えて、私が申し上げたのは、その十八歳の子たちの問題だけではなくて、社会としてそれを受け入れるだけの覚悟と仕組みが本当に整備できているのだろうかというところにやはり疑問があるわけです。
ですので、まず先にすべきは、民法の他の条項の改正やあるいは考え方の整理、加えて、十八の子が成年になった場合に対応しなければいけない社会制度、そういったものの整備を先行させて、その上で改めて国民に十八にすることでどうだろうかということを問いかける、そういう言わば段階が不可欠かなというふうに考えています。
中途半端なところで大変申し訳ないんですが、そのように考えているということであります。
この発言だけを見る →率直に申し上げると、私は、今の段階ではやや反対です、率直に申し上げると。それはどうしてかというと、もちろん、長い目で見たときに、国際的な標準の議論であるとか様々な課題を考えれば、十八に向けて成年年齢を下げていく努力をしなければいけないというのは、私もそう思っています。しかし、今、そうしたら、それをしたことで、先生は高校生を見ておられて十分対応できるとおっしゃっているけれども、本当にそれで大丈夫だろうか。加えて、私が申し上げたのは、その十八歳の子たちの問題だけではなくて、社会としてそれを受け入れるだけの覚悟と仕組みが本当に整備できているのだろうかというところにやはり疑問があるわけです。
ですので、まず先にすべきは、民法の他の条項の改正やあるいは考え方の整理、加えて、十八の子が成年になった場合に対応しなければいけない社会制度、そういったものの整備を先行させて、その上で改めて国民に十八にすることでどうだろうかということを問いかける、そういう言わば段階が不可欠かなというふうに考えています。
中途半端なところで大変申し訳ないんですが、そのように考えているということであります。
若
若松謙維#26
○若松謙維君 坂東参考人に、済みません、何か問い詰めるような質問をさせていただいて恐縮です。
今、長い目では必要だろうというお話だと思いますが、社会の覚悟が、また仕組みが必要だということですが、国民投票法ですか、十年前に引き下げるという法律を作って、実際に施行したのはそれから七年後ということで、今回この議論をしているんですが、櫻井委員も、お隣の、おっしゃいましたが、非常に重要な成年という年齢が下がるということに対して、御存じのように、食べ物の何とかというのがいろいろありますけど、そういったモリとかスパとかそういうものばっかりしか議論されなくて、マスコミに出ないというのが実態であります。
ですから、そういう社会的な、まあ何というんですか、これはマスコミのせいということはしたくないんですが、やはり事の質として、本来はもうこれだけ議論しているわけですし、もう先月からは衆議院でもしっかり議論しているので、はっきり言って、マスコミがそれなりにこの重要性というのを認識していただいて国民の皆様と一緒に議論すれば、かなりこの二、三か月というのはある意味で理解が、また議論が進んだ時期だと思うんですけれども、それでもなかなか恐らく言葉に出て、マスコミに出てきませんので、そういう意味では、今回、一つの法律を採択するという一つの時期に来たわけでありますので、やや反対ということだけどやはり必要だという、恐らく参考人もお悩みの中での議論だと思うんですけど、ちょっとこれ、質問がちょっときついかもしれないんですけど、じゃ、どうしたら、どういうタイミングできちんとしたその結論を、法律的な結論を出すべきかという、そういう条件というんですかね、をどんなふうにお考えでしょうか。
この発言だけを見る →今、長い目では必要だろうというお話だと思いますが、社会の覚悟が、また仕組みが必要だということですが、国民投票法ですか、十年前に引き下げるという法律を作って、実際に施行したのはそれから七年後ということで、今回この議論をしているんですが、櫻井委員も、お隣の、おっしゃいましたが、非常に重要な成年という年齢が下がるということに対して、御存じのように、食べ物の何とかというのがいろいろありますけど、そういったモリとかスパとかそういうものばっかりしか議論されなくて、マスコミに出ないというのが実態であります。
ですから、そういう社会的な、まあ何というんですか、これはマスコミのせいということはしたくないんですが、やはり事の質として、本来はもうこれだけ議論しているわけですし、もう先月からは衆議院でもしっかり議論しているので、はっきり言って、マスコミがそれなりにこの重要性というのを認識していただいて国民の皆様と一緒に議論すれば、かなりこの二、三か月というのはある意味で理解が、また議論が進んだ時期だと思うんですけれども、それでもなかなか恐らく言葉に出て、マスコミに出てきませんので、そういう意味では、今回、一つの法律を採択するという一つの時期に来たわけでありますので、やや反対ということだけどやはり必要だという、恐らく参考人もお悩みの中での議論だと思うんですけど、ちょっとこれ、質問がちょっときついかもしれないんですけど、じゃ、どうしたら、どういうタイミングできちんとしたその結論を、法律的な結論を出すべきかという、そういう条件というんですかね、をどんなふうにお考えでしょうか。
坂
坂東俊矢#27
○参考人(坂東俊矢君) 今回の議論は民法の改正なんです。例えば個別の、労働を幾つからできるかとかいう、そういう個別法の議論ではないです。民法というのは、やっぱりこの国の取引と契約を仕切る、変な言い方ですが、基本法です。
そういう基本法の改正の議論ですから、先生方も大変御努力いただいて、いろいろきっと社会の中の議論をつくっていっていただいているとは思いますが、基本法の改正である以上、少なくとも多くの国民が、なるほどね、そういう改正がなされたら社会がこうなるよね、その結果、私はこういう関わりがあるよねというところくらいまでは認識ができることが不可欠であって、現在の様々な世論調査などを見ると、今の民法で構わないという、まあ年齢に関しては、御意見の方がまだ圧倒的に多い状況の下では、それを強引に進めるということが本当にいいのかなというのは、やはり民法の研究者として疑問を持たざるを得ないということです。
この発言だけを見る →そういう基本法の改正の議論ですから、先生方も大変御努力いただいて、いろいろきっと社会の中の議論をつくっていっていただいているとは思いますが、基本法の改正である以上、少なくとも多くの国民が、なるほどね、そういう改正がなされたら社会がこうなるよね、その結果、私はこういう関わりがあるよねというところくらいまでは認識ができることが不可欠であって、現在の様々な世論調査などを見ると、今の民法で構わないという、まあ年齢に関しては、御意見の方がまだ圧倒的に多い状況の下では、それを強引に進めるということが本当にいいのかなというのは、やはり民法の研究者として疑問を持たざるを得ないということです。
若
若松謙維#28
○若松謙維君 今の大方は民法を、現在の、現行の民法というんですか、恐らく踏襲すべきだという考えだと思うんですけど。
それでは、遠山参考人と竹下参考人にお尋ねをさせていただきますが、済みません、先ほどの負のスパイラル、これは遠山参考人、私も昭和五十三年、中央大学の商学部ですけど、卒業でございます。大変親しみを感じるんですが。
お二人とも特に強調されている養育費ということを、私も実は前回のこの法務委員会で、特に養育費について取り上げさせていただきました。そういう点で両参考人にお尋ねをさせていただきたいんですが、その前に、この養育費の質問をする前に、今おっしゃった遠山参考人の負のスパイラルですか、これはやはり、物事を決めて法律作っても、本当に良くなる場合もあるし、悪くなる場合もあるし、何も変わらない場合もあるんですけど、負のスパイラルをおっしゃっているということは、やはり正のスパイラルにすべきだという恐らく強いメッセージじゃないかと思っているんですけれども。
それでは、じゃ、正のスパイラルに今回の法律改正をするにはどういったところが足りなくて、またどういったところをしっかりすればなっていくのか、それについてアドバイスいただければと思います。
この発言だけを見る →それでは、遠山参考人と竹下参考人にお尋ねをさせていただきますが、済みません、先ほどの負のスパイラル、これは遠山参考人、私も昭和五十三年、中央大学の商学部ですけど、卒業でございます。大変親しみを感じるんですが。
お二人とも特に強調されている養育費ということを、私も実は前回のこの法務委員会で、特に養育費について取り上げさせていただきました。そういう点で両参考人にお尋ねをさせていただきたいんですが、その前に、この養育費の質問をする前に、今おっしゃった遠山参考人の負のスパイラルですか、これはやはり、物事を決めて法律作っても、本当に良くなる場合もあるし、悪くなる場合もあるし、何も変わらない場合もあるんですけど、負のスパイラルをおっしゃっているということは、やはり正のスパイラルにすべきだという恐らく強いメッセージじゃないかと思っているんですけれども。
それでは、じゃ、正のスパイラルに今回の法律改正をするにはどういったところが足りなくて、またどういったところをしっかりすればなっていくのか、それについてアドバイスいただければと思います。
遠
遠山信一郎#29
○参考人(遠山信一郎君) ちょっと長い話になるかもしれませんが、私がすごく若い頃に、新聞報道で、北海道の方で母子家庭のお母さんが餓死した事件が報道されたんです。それはとてもショッキングで、若い弁護士だった僕もすごく関心持ったんですが、この方が亡くなった要素は、一つは別れた亭主がしっかり養育費を払っていなかったこと、それとよるべきサポーターをしてくれる親戚、親族がいなかったこと、そして生活保護の窓口規制を受けてしまったこと。そこで、彼女はもう生きる希望を失って、食事もちゃんと取らないようになって、最後はいわゆる衰弱死になる。その衰弱死になろうとしていたお母さん見て、子供たちが近所の人たちに、お母さんが死にそうだって駆け込んだので物事が発覚して、それで当時とても大きな社会問題になったということがあったんですね。
私、結構これずっと心に刻んでいる案件でございまして、結局、人が貧困の中で死んでいくというときに、逆に考えたときに、もし亭主がしっかり養育費払っていたら死ななかったよねという気もするし、窓口規制をした生活保護の人たちがもうちょっと優しくしてくれれば死ななかったよねと思うし、金持ちのお父さんとかおじさんがいたらやっぱり助かったかもしれない。だから、困窮するというのはとても多様な要素でなる。この負のスパイラルをつくったときには、その因果関係というよりは、一つの引き金になるのではないかというふうにつくりました。
だから、竹下参考人がおっしゃっているとおりで、放っておくと実務は十八の方に収れんすると思います。そうすると、やはり養育費の支払総額は減るでしょう。だから、それに対して代替的な措置として、例えば国が何ができるんですかとかいう政策を立案してもらうことによって貧困クライシスを少しでも回避できたらというのが私の考えでございます。
で、具体的な政策については行政と国会によろしくお願いします。
この発言だけを見る →私、結構これずっと心に刻んでいる案件でございまして、結局、人が貧困の中で死んでいくというときに、逆に考えたときに、もし亭主がしっかり養育費払っていたら死ななかったよねという気もするし、窓口規制をした生活保護の人たちがもうちょっと優しくしてくれれば死ななかったよねと思うし、金持ちのお父さんとかおじさんがいたらやっぱり助かったかもしれない。だから、困窮するというのはとても多様な要素でなる。この負のスパイラルをつくったときには、その因果関係というよりは、一つの引き金になるのではないかというふうにつくりました。
だから、竹下参考人がおっしゃっているとおりで、放っておくと実務は十八の方に収れんすると思います。そうすると、やはり養育費の支払総額は減るでしょう。だから、それに対して代替的な措置として、例えば国が何ができるんですかとかいう政策を立案してもらうことによって貧困クライシスを少しでも回避できたらというのが私の考えでございます。
で、具体的な政策については行政と国会によろしくお願いします。