法務委員会

2021-05-06 参議院 全99発言

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会議録情報#0
令和三年五月六日(木曜日)
   午前十時開会
    ─────────────
   委員の異動
 四月二十七日
    辞任         補欠選任
     加田 裕之君     山崎 正昭君
     新妻 秀規君     谷合 正明君
 四月三十日
    辞任         補欠選任
     山崎 正昭君     足立 敏之君
     渡辺 猛之君     山田 修路君
     谷合 正明君     安江 伸夫君
 五月六日
    辞任         補欠選任
     山田 修路君     今井絵理子君
     安江 伸夫君     谷合 正明君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         山本 香苗君
    理 事
                磯崎 仁彦君
                豊田 俊郎君
                真山 勇一君
                伊藤 孝江君
                清水 貴之君
    委 員
                足立 敏之君
                今井絵理子君
                小野田紀美君
                中川 雅治君
                福岡 資麿君
                森 まさこ君
                山下 雄平君
                山田 修路君
                難波 奨二君
                谷合 正明君
                安江 伸夫君
                川合 孝典君
                山添  拓君
                高良 鉄美君
                嘉田由紀子君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        青木勢津子君
   参考人
       東京大学大学院
       法学政治学研究
       科教授      橋爪  隆君
       弁護士      川村 百合君
       自営業      大山 一誠君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○少年法等の一部を改正する法律案(内閣提出、
 衆議院送付)
    ─────────────
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山本香苗#1
○委員長(山本香苗君) ただいまから法務委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 去る四月三十日までに、新妻秀規君、加田裕之君及び渡辺猛之君が委員を辞任され、その補欠として山田修路君、足立敏之君及び安江伸夫君が選任されました。
    ─────────────
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山本香苗#2
○委員長(山本香苗君) 少年法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本日は、本案の審査のため、三名の参考人から御意見を伺います。
 御出席いただいております参考人は、東京大学大学院法学政治学研究科教授橋爪隆君、弁護士川村百合さん及び自営業大山一誠君でございます。
 この際、参考人の皆様に一言御挨拶を申し上げます。
 本日は、御多忙のところ御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。
 皆様から忌憚のない御意見を賜りまして、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。
 次に、議事の進め方について申し上げます。
 まず、橋爪参考人、川村参考人、大山参考人の順にお一人十五分程度で御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
 また、御発言の際は、挙手をしていただき、その都度、委員長の許可を得ることとなっておりますので、御承知おきください。
 なお、御発言は着席のままで結構でございます。
 また、各委員の質疑時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いいたします。
 それでは、まず橋爪参考人にお願いいたします。橋爪参考人。
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橋爪隆#3
○参考人(橋爪隆君) おはようございます。
 ただいま御紹介いただきました東京大学の橋爪と申します。専門分野は刑法でございます。本日は、このように参考人として意見陳述をする機会をいただきまして、大変光栄に存じております。
 私は、法制審議会少年法・刑事法部会の委員として、少年法改正をめぐる審議に参加いたしました。本日は、部会における議論を踏まえて、若干の意見を申し上げたいと存じます。A4で一枚、表裏の資料をお配りしておりますので、それに即して進めてまいります。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 まずは、前提といたしまして、今回の少年法改正の概要について確認しておきたいと存じます。
 まず、十八歳、十九歳の者、すなわち、公職選挙法の改正によって選挙権が認められ、また民法改正によって民法上の成年となり親権者の監護教育を離れた者についても少年法の適用を肯定すべきかが問題となりますが、改正法では、少年法の適用年齢を引き下げず、十八歳、十九歳の者も少年法の適用対象としつつも、特定少年という新たな類型を設けて、その取扱いに関する特例を規定しております。
 具体的には、①ですけれども、特定少年、すなわち十八歳以上の少年の保護事件についても、全件を家庭裁判所に送致する全件送致主義を維持した上で、原則として家庭裁判所から検察官に送致すべき事件、いわゆる原則逆送事件の範囲を拡大しております。すなわち、現行法二十条二項によれば、犯行時十六歳以上の者が故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件は原則として検察官送致をするとされておりますが、改正法案六十二条二項では、これに加えて、死刑、無期又は短期一年以上の懲役、禁錮に当たる罪の事件であり、行為当時、行為者が十八歳以上であった場合を原則逆送事件の対象としております。これによって、強盗罪、強制性交等罪、現住建造物等放火罪等の犯罪も原則逆送事件となります。
 ②番ですが、検察官送致された事件、場合も、少年の刑事事件については特別な取扱いをする規定がございますが、特定少年については、これらの特例の適用が原則的に排除されております。例えば、少年について、有期の懲役、禁錮を科す場合には、刑の長期と短期を言い渡し、その範囲で刑を執行する、いわゆる不定期刑の制度がございますが、特定少年にはこれが適用されません。
 さらに、少年が家庭裁判所で保護処分を受ける場合にも、特定少年については、犯情の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲を上限として保護処分に付されます。これは、保護処分について、いわゆる責任主義、すなわち犯罪行為の際の行為責任を上限として処分を課すべきという原則が妥当することを意味します。これによって、虞犯少年は、将来犯罪を犯す危険性があるとはいえ、既に犯罪を犯したわけではなく、行為責任を負うものではないことから、特定少年に関する保護処分の対象からは除外されております。
 最後に、少年事件に関する推知報道を禁止する少年法六十一条につきましても、特定少年のときに犯した事件について公判請求が行われた場合にはこれを適用しない旨の規定が設けられております。
 このような改正法の概要につきまして、以下、意見を申し上げます。
 今回の法改正の契機は、御承知のとおり、公職選挙法及び民法の改正を契機とするものであり、十八歳、十九歳の少年の行動や、その実態の変化に基づくものではございません。したがいまして、十八歳、十九歳の者が生物学的にも社会的にも成長過程にある未成熟な存在であること、そして、万が一非行に走った場合にも、再犯防止、健全育成の可能性を十分に尊重し、重点的な働きかけが必要である点につきましては、一切変わりはございません。また、民法や公職選挙法の年齢要件が改正されましても、年齢要件は個別の法律の趣旨に従って検討すべきでありますので、少年法の適用年齢を直ちに引き下げることが必然というわけではありません。
 しかし、民法や公職選挙法の改正の趣旨が一定の範囲で少年法の適用可能性に影響を有することも事実です。すなわち、民法改正によって、十八歳以上の者は親権者の監護教育に服さず、自律的な意思決定が可能な主体として扱われております。このことは少年法の保護処分の在り方にも大きな影響がございます。
 と申しますのは、現行法の保護処分は、少年が犯罪等の問題行動に出た場合には、親権者の監護教育が十分に機能していないと評価して、言わば国家が親代わりとなって後見的、補充的に少年に介入し少年を保護する制度として理解されております。しかしながら、民法の改正によって、十八歳、十九歳の者は親権者の監護教育を離れます。したがいまして、国家が親代わりに介入するという発想はその前提を失ったと言えます。すなわち、十八歳、十九歳の者についてその健全育成を支援する必要があるとしても、従来の少年法の保護処分と全く同じ原理原則で対応することは民法の改正によって困難になったと言わざるを得ません。
 また、公職選挙法の改正も、十八歳、十九歳の者が国政に参加する主体として責任ある立場で社会に参加することを要求するものと言えますので、論理必然的ではありませんが、これらの者が犯罪を犯した場合にも、社会的な期待の変化を一定の範囲で刑事司法制度に反映させる必要があると言えます。
 このように、十八歳、十九歳は、未成熟で可塑性に富んでおり、重点的な働きかけが必要であるという意味においては二十歳以上の者と区別されるとともに、他方において、今回の民法、公職選挙法の改正によって、後見的、補充的な観点からの権利制約を正当化することが困難であり、自らの行為責任に対応した処分を受けるべき主体になったという意味において、十八歳未満の者とも区別される存在になったと言えます。このような意味において、十八歳、十九歳の者には中間層、中間類型としての評価を与える必要があります。
 そして、このような中間層、中間類型については、少年法の適用対象にとどめた上で一般の少年と区別した特例を設けるのか、あるいは、少年法の適用年齢を引き下げた上で十八歳、十九歳を対象とした新たな特別法を設けるか、二つの選択肢があり得るところであり、今回の改正法案は前者の方向性を選択したものと言えます。私個人は、十八歳、十九歳の者に対しては、後見的、保護的な介入が困難であることに鑑みれば、むしろ後者の方向性を選択し、少年法の適用年齢を引き下げた方が理論的には明快だと考えておりました。ただ、仮に少年法の適用年齢を引き下げたとしましても、十八歳、十九歳が未成熟であり、特別な対応が必要である以上、やはり家庭裁判所の人的資源やノウハウの蓄積を活用して、改善更生、再犯防止に向けられた必要な処遇を効果的に実施することが必要となりますので、仮に特別法を設ける場合でも、その手続や処分の内容については大幅に少年法の規定を準用する必要が生じますので、条文の規定形式がかなり複雑になります。
 このような意味においては、十八歳、十九歳の者を少年法の適用対象として、少年審判手続の対象であることを明示しながら、保護処分の内容や刑事責任の在り方については一般の少年とは違った特例を設けるという改正法の方向性は、立法政策として一定の合理性があるものと評価できます。
 裏面に参りますが、以上の評価を前提に、特定少年に関する特例の内容について若干の意見を申し上げたいと存じます。
 まずは、原則逆送事件の拡大です。原則逆送事件については、保護処分よりも刑事処分を優先するようなことになりますので、少年法における原則と例外が逆転します。このように、刑事処分を原則とすべきかの判断は、その主体が刑事責任を負うべき法的地位にあるか否かによって変わってくると思われます。論理必然ではありませんが、十八歳、十九歳に対する法的評価の変更に伴い原則逆送事件の範囲を拡張することは、十分にあり得る政策判断であると思われます。
 この点につきましては、改正法案では、強盗罪や放火罪等も原則逆送の対象となるが、これらの犯罪の中には必ずしも悪質とは言えないような行為も含まれており、これを検察官送致の対象とすることは適当ではないという批判があるところです。もっとも、強盗罪も現住建造物等放火罪も、いずれも人の生命、身体に対する危険性をはらむ重大な犯罪でございます。また、改正法案は、これらの事件を全て検察官送致する義務を課しているわけではなく、改正法案六十二条二項ただし書において例外が設けられております。例えば、強盗事件につきましても、被害の軽微性等を考慮して検察官送致を行わない決定は十分に可能でございます。
 さらに、十八歳、十九歳の者に対する法的評価の変更は刑事事件に関する特例の適用の排除にも反映されております。これも論理必然ではありませんが、特定少年に対する法的評価や社会的な期待の変更に伴い、一定の重大事件を犯し、刑事処分を受けるべき場合についてまで少年の健全育成を重視した特別な取扱いを維持することは困難であるという価値判断が示されたものと言えます。
 他方、家庭裁判所において、少年に、少年を保護処分に付す場合にも、特定少年に対する保護処分は行為責任が上限となることが明確に示されており、一般の少年の保護事件とはその根拠が変わっております。現在、現行法の少年法の保護処分は、少年の要保護性、すなわち少年に再犯を犯す危険性があり、保護処分によって矯正可能性があることを根拠に課されております。したがいまして、極端な例ではありますけれども、極めて軽微な犯罪であっても、本人の犯罪性が根深く、長期間の矯正教育によって初めて矯正可能であるという場合については、少年院に収容することも可能であります。これは、国家が親権者の代わりに後見的、補充的に介入するという保護処分の性質から導かれる帰結と言えます。
 しかし、民法改正によって、特定少年は親権者の監護教育に服していないわけですので、国家による後見的介入を正当化することは困難であります。したがって、特定少年に対する保護処分は、刑罰と同様、行為責任によって上限を画した上で、その範囲内で少年の要保護性を考慮して決定すべきとなります。特定少年に対する保護処分も、再犯防止、健全育成を目的とする点については変わりありませんが、責任主義と両立する限度でこれらの目的が追求されているわけです。これは、十八歳、十九歳の者の法的地位の変更の必然的な帰結と言うべきです。
 最後に、推知報道の禁止の解除でございます。
 推知報道の禁止は、少年の社会復帰を支援する目的で報道の自由を例外的に制限するものであり、少年の社会復帰、健全育成が報道の自由よりも優先されるべきであるという価値観を前提として正当化されます。そして、十八歳、十九歳の者に対する法的評価や社会的な期待の変化に伴い、重大な刑事事件については、こういった価値観が後退するとして、推知報道禁止の解除を正当化することも可能であろうと考えます。
 この点につきましては、少年法五十五条によって家庭裁判所移送決定の可能性があることから、事後的には保護処分の対象となる少年について推知報道を認める可能性があり、問題があるという批判がございます。もっとも、家庭裁判所によって検察官送致決定が行われ、さらに検察官によって公判請求がなされた事件は、言わば二重のフィルターによって選別が行われておりますので、終局処分の確定いかんにかかわらず、この段階で推知報道の禁止を解除することにも一定の合理性があるように思われます。
 私の意見は以上でございます。御清聴、誠にありがとうございました。
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山本香苗#4
○委員長(山本香苗君) ありがとうございました。
 次に、川村参考人にお願いいたします。
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川村百合#5
○参考人(川村百合君) 弁護士の川村百合と申します。本日は、意見陳述の機会を頂戴し、ありがとうございます。
 私の経歴の詳細は履歴書をお配りさせていただきましたので、本日の意見のベースになる点に絞って御説明させてください。
 私は、平成九年に弁護士登録をして以降、一貫して子供の権利擁護活動に携わってきました。子供の権利保障を実現するためには、様々な分野を横断した活動が必要となります。そのため、私が実践してきた子供の権利擁護活動は、福祉分野、教育分野、少年司法の分野、少年矯正の分野にわたり、さらには、少年矯正の分野と児童福祉の分野の架橋、橋渡しをすることもあります。そのような経験を踏まえて、私は今般の少年法改正法案には反対です。なぜなら、現行の少年法は、少年の非行防止、将来の犯罪予防という観点から極めて有効に機能していると評価されているため、これを改正すべき立法事実がないからです。
 今回の改正を厳罰化と評することがあります。私は、必ずしも、厳罰化だから今回の改正案に反対しているのではありません。刑罰化に反対しています。刑罰化に反対するのは、少年の更生、再非行予防により効果があるのは刑罰よりも保護処分だからです。
 少年法が予定する保護処分は甘いと誤解されることがあるのですが、保護処分は決して甘いものではありません。少年院では、一日中教育的働きかけの対象とされ、全人格的な成長、発達を期待して、少年の内面にまで立ち入って内省を求めるという教育をします。被害者に対する贖罪意識を醸成する教育、決して表面的ではない、真の反省に至ることができるような働きかけをします。刑務所での懲役刑は反省していようといまいと満期になれば出所できますが、少年院ではいまだ教育的効果が不十分だと判断されれば収容期間を延長することも可能です。
 厳罰化という意味では、私自身は反対していましたけれども、二〇〇〇年以降に重ねられた少年法改正により、重大事件についての厳罰化はとっくになされています。人の死亡という結果が生じている事件を重大事件というならば、今回の改正は、重大事件ではない比較的軽微な犯罪までを原則逆送の対象に含めようとするものです。そのため、逆送後、起訴されても、初犯だからと執行猶予が付いて社会に戻されることが多くなるでしょう。現行法の下では少年院に送致されるような少年たちが、今後は、何らの教育も支援もなく社会に戻されることになります。非行少年たちが社会の中に放置されるということです。それは社会にとって利益になりません。
 十八、十九歳の非行少年はどういう少年なのかということを御理解いただきたいのですが、十八、十九歳の子供は、非行少年ではない一般の子供の平均的なレベルであってもまだ心身の成長発達の途上であり、まだまだ成長発達が見込まれる年齢ですが、とりわけ非行少年の多くは、虐待家庭や貧困家庭など、ハンディのある生活、生育環境の中で育ってきています。中には、先天的な資質上のハンディ、すなわち発達障害や知的障害などがあるにもかかわらず、専門的な治療や療育を受けられなかった子供もいます。そのような背景を持って非行に至ってしまった少年の多くは、年齢に比して人格的発達、精神的発達、知的発達などが未熟あるいは劣っている子たちなのです。それは少年鑑別所で行われる知能テストや心理テストの結果からも明らかです。
 不適切な養育環境で育ってきたがために非行に至ってしまうような少年は、本来、非行に至る前に児童相談所に適時適切に保護されるべき要保護児童でした。しかし、実際には児童相談所が適時適切に保護しなかった子供たちです。また、親が不適切な養育をしているのは、必ずしも邪悪な意図を持ってやっているわけではなく、親自身の病気や知的なハンディや貧困など、様々な理由があって養育能力が不足しているということもあるので、親に対しても福祉的な支援が必要だったのにされていなかったということが少なくありません。すなわち、非行に至る少年とその家族は、社会の中のセーフティーネットからはじかれてしまった親子あるいは家族だということが言える場合が多いのです。
 ここで、改めて少年法の理念について確認しておきたいと思います。少年法一条には健全育成と書いてありますが、これは、我が国が一九九四年に子どもの権利条約を批准する前の古い用語です。子供を人権や権利の主体として考える子どもの権利条約にのっとって少年法一条の理念を現代的に捉え直すならば、それは子供の成長発達権保障と読み替えるべきであると最近の少年法の基本書には書いてあります。そして、非行は、成長の過程において虐待やいじめの被害に遭ったり、貧困、差別などの生育上の困難を抱え、成長発達権が十分に保障されてこなかった子供たちのSOSと言える場合が多いのです。したがって、非行という形で発せられたSOSを契機として、改めて少年の成長発達権を保障し、育て直しをするために選択されるのが少年法上の保護処分であるということになります。
 このような理念に基づいて少年法が採用しているのは、科学主義です。科学主義とは、非行の原因を人間諸科学を駆使して解明し、要保護性を図り、再非行、再犯予防の観点から必要な処分の要否や種類を選択するものです。少年の資質上の問題ないしハンディは、少年鑑別所で心理テスト、行動観察、医師の診察などの心身鑑別を行うこととされています。また、家族関係や交友関係等の環境上の問題は、家庭裁判所調査官が社会調査を行うことになっています。このように、科学主義にのっとって審判が進められ、処分を決められることにより、成人の再犯リスクより少年の再非行リスクは低く抑えられてきました。さらに近年、脳科学の発達により、幼少期からの不適切な養育が脳を萎縮させたり損傷させたりすること、一方で、受容的な育て直しによって、二十五、六歳ぐらいまでは脳が変化することも分かってきました。
 一九四八年に少年法が制定された当時の医学の力では、まだ脳の中まで見てそれを性格や行動に結び付けることはできませんでしたが、でも、先人たちは、経験に基づいて、少年たちには可塑性、変化する可能性があることを知っていました。そのため、第三種少年院、これは以前は医療少年院と呼ばれていたものですが、そこでの処遇は、家庭裁判所の収容継続審判を経れば満二十六歳に達するまで延長することができるのです。
 このような少年法の仕組みが正しかったことを裏付ける最新の脳科学の知見が知られるようになったのに、それに逆行するような実質的な少年法適用年齢引下げになる制度改正を今なぜする必要があるのでしょうか。
 今般の改正案の問題の第一は、原則逆送対象事件の拡大です。
 新たな原則逆送対象事件として、強盗、強制性交、現住建造物放火、それから、いわゆる振り込め詐欺等特殊詐欺も、単純な詐欺罪で立件されるのではなく組織犯罪処罰法を適用して立件されると、短期一年以上の犯罪となります。これらの犯罪は一見するとおどろおどろしい罪名のように聞こえるかもしれません。しかし、非行に至った原因を探ってみると、例えば強盗は、家庭で虐待を受け家出した少年が、おなかがすいてコンビニでおにぎりを盗んだら警備員にとがめられて、逃げようとした際に警備員を突き飛ばしたというような事案もあります。強制性交、放火、特殊詐欺、それぞれの具体例の説明は割愛いたしますが、いずれも少年の資質上あるいは生育上のハンディが背景あるいは原因にあって非行に至っているという典型的な少年事件、少年事件らしい少年事件と言うことができます。
 にもかかわらず、原則逆送対象事件を拡大し、犯情重視、結果重視となると、家裁調査官の調査が弱体します。そして、調査、審判が変質するでしょう。二〇〇〇年に十六歳以上の少年の重大事件について原則逆送規定が創設されたときも、少年法の理念は変わらないと立法提案者は言っていました。しかし、実際には二〇〇〇年以降、調査官調査は弱体化、変質しています。この犯情という概念は刑事裁判的なものです。それを少年法に持ち込むことは、少年法が採用する科学主義、処遇の個別化、教育主義に反します。犯情の軽重を重視するということは、非行原因の個別性を無視して、量刑相場にのっとり、応報刑にシフトするということになります。しかし、これでは再非行、再犯防止にはならないのです。
 次に、実名推知報道の解禁は少年の更生及び社会復帰を妨げるものです。
 そもそも法案では、逆送後起訴されたら実名推知報道解禁となっています。しかし、起訴されても無罪になる可能性はあります。憲法上の大原則である無罪推定の原則からしても、起訴されたからとして実名報道を解禁するのは大いに問題があります。しかも、少年の場合は、起訴後に刑事裁判を受ける中で家裁の審判に戻される可能性があります。にもかかわらず、起訴されたからといって報道されてしまえば、インターネット社会ではどんどん情報が拡散しますから、後に無罪になったり家裁に戻されたりしたとしても取り返しが付きません。また、有罪になって刑に服した場合、残念ながら今の日本の社会では前科者に対して極めて冷たいです。
 したがって、実名推知報道がされた情報がネットで検索して発掘されてしまうと、社会復帰は困難になります。とりわけ就職は困難になります。その結果、非行少年の人生がやり直しが利かないというだけでなく、被害者や遺族の方に対して一生懸命働いて損害賠償をしようにもそれができないということになります。それは被害者の権利を保障することにも反するのではないでしょうか。実名報道されないから少年が悪いことをするという言説があるようですが、それは非行少年たちの実情と乖離しています。
 また、職業制限、資格制限についての特例がなくなることも、就ける職業に制約ができて少年の社会復帰を困難にします。これも実名報道と同じく、少年が社会復帰して働いて収入を得られるようにならないと、結局は被害者への損害賠償もできなくなるということにつながります。
 もう一つ、十八、十九歳の虞犯少年が保護処分の対象から外れたことは、厳罰化とは逆のベクトルですが、要保護性があるのに放置されるという方向であり、大問題であると考えます。
 虞犯少年というのは児童福祉と司法の端境にいる少年たちです。児童福祉行政がその責任を全うできなかった少年たちです。現状、少年院が最後のセーフティーネットになっています。ところが、虞犯が保護処分の対象から外れるとどうなるでしょうか。特殊詐欺などをして生きる、体を売って生きるというような人生になってしまいます。これは将来の犯罪の増加につながります。
 以上のとおり、非常に有効に機能していると評価される法律をいじり、実質的に少年法の適用年齢を引き下げるということは改正ではなく改悪であり、百害あって一利なしと言えます。
 最後に、被害者の権利保障を拡充すること、実効性あらしめることの必要性について申し上げます。
 犯罪被害者やその御遺族の中にもいろいろなお考えの方がいらっしゃいますが、中に少年法適用年齢引下げを望んでいらっしゃる方がいらっしゃるのは承知しています。被害者や御遺族に対して本日の私の意見を押し付けようとは思っていません。ただ、国の制度はどうあるべきかということを考えるときには、犯罪被害者の権利保障と少年の権利保障は対立するものと捉えるべきではなく、それぞれの権利保障を両方とも実現するということが必要だと思います。願わくは、犯罪被害者を生まない社会をつくりたいと思います。
 少年非行の背景にある虐待、いじめ、貧困、差別、これらは私たち社会の病理であり、解決しなければならない問題です。でも、解決できていない現実があります。その現実の中で社会の病理の被害に遭っている少年たちがいる、被害者だった者が犯罪の加害者になるという悪循環があります。非行という形でSOSを出した少年が引き起こしてしまった犯罪被害について、一人少年の責任に負わせるべきではなく、私たち社会全体が一人の人間の成長発達権を保障することができなかった非をわびて、責任を分かち合うべきだと考えます。
 以上です。ありがとうございました。
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山本香苗#6
○委員長(山本香苗君) ありがとうございました。
 次に、大山参考人にお願いいたします。大山参考人。
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大山一誠#7
○参考人(大山一誠君) よろしくお願いします。
 今日は、神奈川県から来た大山一誠です。現在四十二歳です。自営業です。仕事は水道の仕事を十九年やっています。国家試験にも合格し、茅ケ崎市の上下水道指定工事登録店をしています。
 私は、二十五歳の頃から少年院での講話をしてきて、運動会や盆踊り大会の行事にも参加し、そのたびに少年たちに頑張れよと声掛けし、固い握手をしてきました。出院後の少年と関わることもありました。二十か所に及ぶアメリカの刑務所やNGOなどの民間団体の視察で、二度にわたり渡米もしました。現在、妻子いる身なので、静かに生きたい、そう思えば今回の少年法改正を黙って見ていればいいのですが、これまで会った少年らに顔向けができません。そういう思いで今日は来ました。
 私は、まさに今議論されている十八歳から十九歳の頃に少年院に入っていました。
 私の両親は沖縄県の出身者で、父は本島北部の小さな部落、母の両親は奄美大島と徳之島の出身で、母方の祖母は本土の人と区別するため一文字姓を名のらされていました。私は両親が上京したときの子供で、弟がおなかにできたとき、両親は沖縄へ帰ります。両親の間でいろいろとあって、私が三歳の頃、離婚します。乳飲み子の弟と私を連れ、母は姉さん夫婦を頼り、再度上京します。それからが地獄の始まりでした。
 着るものはいとこのお下がり。電気、ガス、水道は止まり、次の母の給料日まで止まったまま。食事もろくになく、抜きになるのも日常的にあり、学校や、いとこの家に行ったときの夕飯が楽しみでした。今でも覚えているのが、食べるものがないときに母にかびたパンを出されたときです。そのカビだらけのパンを言われたとおりカビの部分をちぎって食べるんですが、酸っぱくてとても食べれません。飲み込もうとしても喉を通らない。要らないと言えばたたかれて。
 母は、生活苦で姉さんからお金を借り、それでも足りなければ消費者金融からお金を借りていました。母は私や弟によく暴力を振るいました。しつけとは程遠い、殴る蹴るの暴行。木の棒や布団たたき、ベルトなどでもたたかれました。後に自分が働くようになって気付きましたが、母はお金のなさに苦しみ、おかしくなって自分の子供に当たっていたのです。それが許されるかは別にして、母もかわいそうでした。
 私は、そのような家庭環境から、小学校に上がる頃から同級生に暴力を振るってばかりいました。幼い頃から、両親を恨み、貧乏を恨み、金持ちを恨み、社会を恨んでいたからです。中学生になると非行は進み、喫煙、飲酒をし、暴走族の先輩らと遊ぶようになります。高校は県立に進学しますが、高校にも入れないばかだとは思われたくなかっただけのこと、すぐに暴力事件を起こし逮捕され、高校は退学になります。そして私は更に荒れて次々と事件を起こし、暴力団の人たちとも関わるようになっていきます。
 二度目に逮捕されたのは十七歳の頃で、鑑別所に送致されました。しかし、私は更生しませんでした。それは、私の心の中の様々な恨みが根深いのと、鑑別所が少年を鑑別するところで、教育を受ける場ではなかったからだと思います。
 それから十八歳になってナイフを使用した事件で逮捕され、少年院に送致されます。相手の方は亡くなってはいません。少年院に送致され、初めの頃は院内の生活の仕方や行動訓練を学び、私語は禁止、私語は懲罰の対象になり、刑務所とは違い進級制なので、問題を起こせば一か月単位で出院は延びていきます。そして徹底した体育。社会にいると喫煙や飲酒、薬物に手を染める者も少なくありません。健全な心は健全な体からということです。毎日日記は大学ノート一ページ分が課せられ、週二回の課題作文、裏表のある八百字詰め原稿用紙の裏半分まで書くことも課せられます。そして内省です。壁に向かい正座して黙想するのを一回三十分、日に五、六回行います。こうして社会の誘惑や劣悪な家庭環境、不良交友や暴力団と切り離し、罪と向き合い、自分と向き合っていくのです。
 私の考えを一変する出来事がありました。単独室で内省していたときの話です。幼少の頃からの自分の人生を振り返っていました。怒りや悲しみに満ちた人生です。二つの考えがありました。一つは、もう少年院まで来てしまったじゃないか、もう後戻りはできないぞ、あんなにみんなを恨んでいたじゃないか、社会に戻ったらやくざにでもなろうぜという考えで、もう一つは、まだ戻れるぞ、本当にそれでいいのか、自分の人生もっと自分を大切にしろよと、いろいろなことが頭の中をよぎり、気が付けば涙を流し、おろおろと泣いていたのです。
 自分はこの先どうすればいいのか、考え過ぎて頭がおかしくなっていたのかもしれませんが、そのときに耳元で、何のために生まれてきたんだという声が聞こえたのです。ほかに誰もいない単独室です。私は心を入れ替える決意をします。これまでの自分は間違っていたと思うと、少し楽になった感じを覚えています。
 私は、少年院に入ってあの経験がなければ今の自分はないでしょう。十八歳、十九歳という年齢は、確かに少年でもない、大人でもない年齢です。しかし、私のように、まさに人生の岐路であり、見えない境界線があります。その見えない境界線を本人が越えないように我々大人が目を見張り、教育していくのが明るい社会づくりだと思います。
 続きまして、今回の少年法等の一部改正について三点申し上げます。
 まず第一は、少年院のことです。
 これは私の経験から今まで申し上げてきましたが、改正案は、犯罪の軽重を考慮して三年以下の期間を定めるとなっています。犯罪の軽重というのは素人の私にはよく分かりませんが、犯罪のいきさつや手段がひどいとか被害が大きいとかだと思います。
 ここで気になっているのは、初めに期間が決められたら、その期間が来たら出院できるということです。少年院は進級制度もあり、努力して改善したと認められなければ出院できませんでした。面接や作文などいろいろな働きかけがありました。もし期間が決まっていると、しんから改善をしないで出院を待つようにならないか心配です。そうなると再犯防止の点からも危うくなると思います。
 二つ目の点です。原則逆送の対象事件拡大について。
 二〇一九年のデータになりますが、少年院に送致された少年は千七百二十七名で、男千五百九十四人、女百三十三人です。それから十年遡りますが、二〇〇九年では三千九百四十二名で、男三千五百四十四人、女四百十八人で、十年で半分以下になっています。少子化ではないのかという声もあると思いますが、少年人口比で見ても犯罪は減っていて、少年法が有効に機能していると言えます。
 厳罰化賛成の方々が言う抑止力になるという意見があると思いますが、刑務所の方が再犯が多いと聞いています。刑事犯で検挙された人員のうち再犯者は四八・八%で、ほぼ半分を占めています。少年院では三四%です。少年院の方が有効に機能している証拠ではないでしょうか。
 民法で成人年齢が引き下げられ、選挙権が与えられるようになりますが、社会において責任ある主体として積極的な役割を果たすことが期待される立場と言われますが、高校生や大学生の年齢で一体どれだけの少年が自立しているのでしょうか。
 また、少年院収容人数のうち六四・五%が中卒、高校中退者です。また、その少年らのうち、知的障害、発達障害、その他精神障害が含まれます。そして、虐待された経験を持つ者は、男子三四・六%、女子五四・九%です。多くの少年は家庭の状況によって勉強に動機付けられておらず、知的能力に比し学力が低いのです。同じ十八歳、十九歳の高校や大学に通う少年らとは明らかに大きな差があるというのが私の主張で、その大きな差が責任能力にも影響されると思っています。
 重大事件については、被害者が死亡した場合ですが、それ相応の罪を受けるべきだと思います。その中で、原則逆送致制度の導入、刑の緩和の制限、刑の引上げなど、これまでの法改正で相当程度対応されており、拡大する必要性はないと思っております。
 三つ目、最後になります。推知報道についてです。
 昨今のSNSの普及により個人の意見を発信できるようになり、それ自体はいいことですが、長引く不況、政治不信、コロナ禍により人々は疲弊し、怒りや悲しみに満ちた世の中で、復讐心が入り交じる正義感で誰かを攻撃する人たちがたくさんいます。報道の過熱ぶりも問題です。芸能人が一度問題を起こすと社会全体でこれでもかとこてんぱんにするさまが見受けられます。気分のいいものではなく、私はそれが嫌です。
 加害者は、社会の根強い偏見や悪意のあるうわさのため、住宅の確保や就職など基本的な生活基盤を築くことが難しく、本人に真摯な更生意欲があっても社会復帰が厳しい状況にあります。また、加害者本人だけではなく、その家族も社会からの偏見や差別を受けることがあります。加害者家族の自殺も起きています。そんなの当たり前じゃないかという声もありますが、それでは汚れ多き、人にあらずという意のえた非人であり、江戸時代の身分制度と同じです。
 死刑にでもならない限り、加害者は社会に戻ってきます。社会の一員として生活をするためには、真っ当な仕事に就き、本人の強い更生意欲とともに、家族、職場、地域社会など周囲の人々の理解と協力が何よりも必要です。犯罪から社会を守り、安心して暮らせる社会を築くためには、警察や司法が犯罪の取締りを強化し、犯罪者を罰するだけでは十分ではありません。罪を犯した人が再犯しないよう温かく支援する地域社会づくりが重要なのです。
 そういう理由により、推知報道の解除に反対です。
 二〇一六年、平成二十八年施行の再犯の防止等の推進に関する法律第三条、基本理念にはこう書いてあります。犯罪をした者等の多くが定職、住居を確保できない等のため社会復帰が困難なことを踏まえ、犯罪をした者等が、社会において孤立することなく、国民の理解と協力を得て再び社会を構成する一員となることを支援すると書いてあります。今回の特定少年の取扱いによる改正は矛盾し、行き過ぎた改正だと思っています。
 これまで、少年法の改正が沸き起こるたびに加害者と被害者遺族の意見が衝突するように思います。その一番の問題は、被害者、被害者遺族を救済する制度がないことです。これはつくらないといけません。
 最後に、国には、現在の少年法を維持していただきつつ、被害者、被害者遺族を救済する施策を総合的に策定していただき、実施していただきますようお願いし、終わりにしたいと思います。
 ありがとうございました。
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山本香苗#8
○委員長(山本香苗君) ありがとうございました。
 以上で参考人の御意見の陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 なお、質疑及び答弁は着席のままで結構でございます。
 質疑のある方は順次御発言願います。
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山下雄平#9
○山下雄平君 自由民主党の山下雄平です。
 お三方には貴重な御意見をいただきまして、ありがとうございます。
 私からは、今度は、大山参考人、川村参考人、橋爪参考人の順番で質問をさせていただければというふうに思っております。
 まず、大山参考人についてですけれども、御自身の経験を赤裸々に語っていただいて、本当にありがとうございます。
 そこで、お伺いしたいのは、少年院を経験された人の中で、大人になっても犯罪を繰り返される人と、そうではなく更生されていく人ということの違いというのはどういったところにあるのかというのを、御自身の経験であったり、周りでいろいろお話をお伺いしたり見てこられた経験からお聞かせいただければと思います。
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大山一誠#10
○参考人(大山一誠君) 私は刑務所の経験がないので、参考人で来る前に少年院、刑務所両方経験した方とお話をして、少年院と刑務所がどう違うのかということを話を聞いてきました。
 私は、少年院で立ち直れたというのは教育があったからだと思います。一般の方や国会議員の方には少年院、刑務所って、大体は分かると思うんですけど、実際にやっぱり経験していないので、どう違うのか分からないと思うので、ちょっと少し説明させてもらってもよろしいでしょうか。
 少年院の場合は、基本的に私語は禁止です。例えば、四人部屋の集団部屋でも、おまえ、どこから来たんだ、何やって来たんだということを言うと懲罰の対象になります。刑務所の場合は私語はオーケーだそうです。おまえ、何やって来た、どこの組なんだというような話は全然しても問題ないそうで、少年の場合はこれは懲罰になりますが、少年の懲罰の場合は単独室で正座をして反省文とか書くんですね。一回の懲罰で一か月、進級制なんで、少年院の場合は。一か月単位で延びていきます。刑務所の場合は、正座はあるんですけど、反省文とか一切ないそうです。日頃の課題作文とかもないそうで。
 私は、自分、体育少年院にいたもので、本当に、腕立て伏せとかスクワットとか各数百回ずつやっていました。グラウンド何十周も走りましたし。刑務所の場合は体育ではなくて運動で、集団でやるのはラジオ体操程度、あとはもうキャッチボールしたり、走りたい人は走ったりとか、もう個人に任せているそうです。
 ふだんの、日頃から、その行動訓練、体育もそうですけど、やっぱり集団の輪を乱すなという、多分社会に照らし合わせているんでしょうけど、そういう日頃からの教育と、あと内省とかによって変われたんだと思うんです。刑務所のその入った方は言っていたのは、正直、出る日にちが決まっていると。それで、更生しようが更生しまいが出れるんだと、少年院とは違うと言っていました。なので、自分が変われたのは少年院の教育だと思います。
 ありがとうございました。済みません、長くなって。
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山下雄平#11
○山下雄平君 ありがとうございました。
 続いて、川村参考人にお伺いしたいんですけれども、少年による事件が起きてしまう背景として、虐待や貧困など、家族の問題であったり、先天的な問題が非常に大きいという話、私もまさにそのとおりだと思いますし、川村参考人がいろんなところでお話しになられた記事も読ませていただいて、やはり福祉的、教育的な役割が非常に重要だというふうなこともおっしゃっておられて、それも、ついても非常にうなずけるところだというふうに思っております。
 川村さんが過去にお話しされた記事の中で、今日、意見陳述の中で触れていらっしゃらない点についてお伺いしたいんですけれども、川村さんは、今回の十八歳、十九歳が少年法の適用から一部外されることについて反対されていて、維持するべきだという御主張だと思うんですけれども、加えて、やはり今の若い人たちの現状を見るにつれて少年法の適用をむしろ二十歳より上に引き上げるべきだと、特に少年院入所の上限である二十六歳までに引き上げるべきだということも触れられていると思うんですけれども、仮に少年法の適用を二十六歳ぐらいまでに引き上げた場合、そのときに、民法の成年年齢や選挙権年齢というものはどうすべきだというふうに考えておられるのか。これは法律の目的が違うので、その点について、その二つについては一切影響しないというふうに、若しくは影響させるべきではないというふうに考えておられるかどうかということについてお伺いさせていただければと思います。
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川村百合#12
○参考人(川村百合君) ありがとうございます。
 私は、民法成年年齢も本来は引き下げるべきではなかったという考えを持っておりますが、現状、引き下げられたという中において、法律の目的が違うので、それぞれの法律によって年齢はそれぞれ定めることが合理的であるというふうに考えているわけです。
 そして、少年法がいわゆる国親思想を取っていて、まあ家庭的な環境が悪いので国家が親代わりになるという考え方を取る場合には、民法上成年か成年でないかということが影響するというお考えもあるようですが、私は、先ほど申し上げたとおり、少年法の理念というのは、できた当初と子どもの権利条約が批准された後とでは考え方が変わってきているというふうに考えております。
 そして、国親思想というのは子供を保護の対象と見る、保護の客体と見る考え方ですが、子どもの権利条約は、先ほども申し上げたとおり、子供を権利の主体、人権の主体として捉えるべきという発想にあって、子供の成長発達権を保障するのが少年法であるというふうに考えております。これは、成長発達権を保障しなければいけないというのは若年成年であってもそれが当てはまるということになりますから、二十歳でぴったり切れるというものではないと思っています。
 そして、この子供の成長あるいは若年者の成長発達権を保障するということは、その人の最善の利益にかなう、将来の利益にかなうということになるので、それは、民法上の成年年齢に達していたとしても、将来の最善の利益にかなう成長発達権保障ということを実現する制度をつくるということは決して矛盾していない、民法と矛盾しない考え方だというふうに思っています。
 その場合に、やはり成長発達権が保障されるような制度であるかどうかということ、余計な介入で不利益なことを強いるばかりということではなくて、成長発達権が保障されるような制度になっているかということはもちろん問われるとは思います。
 以上です。
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山下雄平#13
○山下雄平君 ありがとうございます。
 続きまして、橋爪参考人にお伺いしたいんですけれども、今ほどの川村参考人の御指摘を踏まえつつ、いわゆる少年法の適用年齢を引き下げるのではなくて、本人の成長であったり発達の度合いといった個々の実態に即した判断ができるような法体系にすべきだという主張について、橋爪参考人のお考えをお聞かせいただければと思います。
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橋爪隆#14
○参考人(橋爪隆君) お答え申し上げます。
 非常に難しい問題でございますけれども、私、今、大学におりますと、大学三年生は二十歳なんですね、二十歳になっても全然やっぱり未熟な者はいっぱいいるわけです。そういった意味では、十九歳、二十歳ってほとんど変わりがないわけなんですが、やはり二十歳になりますと、まあ成人であるわけですね。やっぱり本人の意に反して不利益を課すためには何か責任が要ると思うんです。つまり、何か犯罪を犯して、非難ができるがゆえにそこに対しては介入ができると思うんですね。つまり、何といいますか、未成年であって少年であるがゆえに、本人の意に反して不利益を課すことが例外的に正当化できるわけでありまして、成人については、幾ら本人が支援や保護が必要であるとしましても、やはり本人の意に反して不利益を課すためには責任が要ると思うんです。
 そういった意味では、責任の範囲で処分を受けるものと。責任がなくても後見的な支援ができるかということにつきましては、やはり民法の規定を基準として考えざるを得ないというふうに考えております。つまり、民法が十八歳を成人としておりますので、十八歳からは責任を持って、言わば親権者の監護を離れて、自らが主体的な決断ができるというふうな意思決定をしているわけです。
 そういった意味からは、やはり責任によって処分の内容をコントロールするか否かの基準としましては、やはり民法の規定を参照した上で十八歳を基準とする以外には方法がないように考えております。
 以上でございます。
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山下雄平#15
○山下雄平君 加えてもう一点お伺いしたいんですけれども、ほかのお二人の御指摘によると、いわゆる矯正施設において、例えば改善を促すような、例えば入所期間の短長を後で事後的に決めるなどの仕組みであったりとかが欠けているのでなかなか矯正施設では改善が促されないというような御指摘がありましたが、そういった点について、その問題点についてどう考えていらっしゃるか、またどういうふうに改善していけばいいかというお考えがございましたらお聞かせください。
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橋爪隆#16
○参考人(橋爪隆君) お答え申し上げます。
 まずですが、改正法案の少年院送致処分は上限三年でございますけれども、その範囲内で家庭裁判所がまずは決定をします。さらに、それを上限とした上で、矯正機関の方で具体的に判断をした上で期間を短期化できるわけですね。つまり、そういった意味では、常に固定した期間があるわけではなくて、そのあくまでも対象者の改善度合いに応じて処遇機関の方で柔軟な対応ができます。
 そういった意味では、頑張っても頑張らなくても刑期が決まっているというものではないような感じがしておりますので、そういった意味では、改正法案の中でも本人に目標を与えて改善更生を促すことは十分に可能であるというふうに考えております。
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山下雄平#17
○山下雄平君 ありがとうございます。
 以上で終わらせていただきます。
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真山勇一#18
○真山勇一君 立憲民主・社民会派の真山勇一です。
 三人の参考人の方、今日は、東京では緊急事態宣言も出されている、そういう中でおいでいただきまして、本当にありがとうございます。貴重なお話伺いましたので、質問をさせていただきたいというふうに思います。
 まず、橋爪参考人にお伺いしたいんですが、橋爪参考人は法制審のメンバーでもいらっしゃったということですね。結局、法制審の最終的な結論の中では十八歳、十九歳というのはどういうふうに、どんなふうに呼ぶのかということがなかったわけですけれども、結局、法案の段階で特定少年という言葉が出てきましたね。私はこの特定少年という言葉にとてもちょっと引っかかるというか、気になるんですが、やはり法律というのは、その一つできることによって独り歩きを始めるということですね。
 私が橋爪参考人にお伺いしたいことは、特定少年という一つの、一くくりの十八歳、十九歳に決めたこと、この位置付けについてどういうふうに考えていらっしゃるのかということと、それによってやっぱり何かいろんな影響出るんじゃないかと思うんですが、その辺りをどんなふうに見ていらっしゃるか、伺いたいと思います。
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橋爪隆#19
○参考人(橋爪隆君) お答え申し上げます。
 法制審議会では、御案内のとおりですが、十八歳、十九歳を中間類型というふうに扱った上で、それをどのように呼称を制定するかについては立法作業に委ねる決断がされております。
 特定少年という用語でございますが、正直、私も若干違和感が全くないわけではないのですけれども、年長少年という言葉は既に使われているんですね。そういう、年長少年と別の概念を使わざるを得ないという観点から考えると、特定少年というやや違和感がある表現でございますけれども、これを使わざるを得なかったというふうに理解しております。
 特定少年という言葉の響きは、やはりそれは今後私たちの方で、中間層、中間類型、すなわち年長少年であって、なお支援が必要であるけれども、しかし、さらに、自分の責任に応じて責任を負担すべき存在というふうな位置付けをまた与えるような形で議論をした上で、実態に対応するような実質を盛り込んでいきたいというふうに考えてございます。
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真山勇一#20
○真山勇一君 ありがとうございました。
 次に、川村参考人にお伺いしたいんですけれども、川村参考人の中で、少年院教育の問題についてちょっとお伺いしたいと思うんですが、本当に現在のこの更生、少年院の更生という、こういう環境というのは本当に機能しているのかどうか。反省して、本当に反省して、それで更生するということは大事だと思うんですが、こうしたことは、今、やはり変えると、この今の機能が失われるのではないかという懸念もお持ちではないかと思うんですが、その辺りはいかがでしょう。
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川村百合#21
○参考人(川村百合君) 真の更生、真の反省というのがどういうことかというのはなかなか難しい問題だとは思いますが、真の反省という言葉を使わせていただきますけれども。
 先ほども申し上げたとおり、被害者としての側面を持っている、背景を持っている少年が加害者になってしまったときに、その加害行為について反省し、被害者に、自分が加害したその被害者に対して、あるいはその遺族に対して真の謝罪の気持ちを持つというためには、まずは自分が被害者であったことが受容されケアされるということが必要だと考えています。
 少年が非行を犯し、逮捕され、鑑別所に行き、少年院に入りという過程の中で、さんざん厳しくは接しられてきますし、また、そうでなくても、自分がやったことが悪いことだ、この社会の中で許されないことだということは、頭の中では当然分かっているわけです。
 でも、じゃ、その自分がやったことのゆえに被害者がどれだけ傷ついたか、あるいは御遺族がいる場合に御遺族がどれだけ悲しい思いをしているかというような、その気持ちを考えてみましょうといったときに、いや、でも、自分は、暴力、さんざん暴力を振るわれて生きてきた、そのときに誰も助けてくれなかった、痛かったけど、でも、それは、心を閉ざして、痛みだけを右から左に受け流して今まで生きてきたというような少年は、どうして、自分は被害に遭ったときに、暴力を受けたときに助けてもらえなかった、誰も謝ってくれないのに、どうして自分は今捕まって、その被害者に悪いという気持ちあるけれども、でも何でこんなに言われなきゃいけないんだろうというふうに思う、ますます被害感情を強めて心を閉ざしてしまうということになりかねないと思っています。
 ですから、少年院での教育というのは、まずは少年の被害性、少年の生きてきた人生のつらかったことなどを受け止め、受容して、その上で、でもこれは、あなたがされてきたことは許されないことであった、でも、それを誰も止めなかった、そのことを誰も謝罪していない、それは許されないことである、この社会の中で本当はあってはならないことである、それを、私たち社会の一員としてあなたに対して本当に申し訳ないと思う、でも、その上で、自分がやったことが人をどれだけ傷つけたのかということを考えられるようになりましょうというステップが必要なはずです。
 なので、厳しく厳しくやるということでは真の反省というのにはたどり着かず、まずは受容してケアすると。その上に真の反省があるとすれば、やはり刑務所ではなく、少年院の教育が奏功しているということが言えると思います。
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真山勇一#22
○真山勇一君 川村さんにもう一つ伺いたいんですけれども、いわゆる推知報道なんですが、今回、推知報道が少し緩められるということなわけですが、実際に、川村さんのこれまでの経験の中で、その少年の中に、実名が報道されないからいいんだとか、少年だから罪を受けないとか、軽くて済むんだということで実際に非行に走ってしまうという、そういう少年というのはやっぱり多いんでしょうか。
 例えば、推知報道を広げることによって、それが一つの、何といいますかね、防ぐための手段になるのかどうか、その辺りについてお伺いしたいと思います。
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川村百合#23
○参考人(川村百合君) 私が経験した中で、つまり私が接した少年の中で、推知報道がないからいいんだとか刑務所に行くことはないからいいんだということで非行に至ったという少年は皆無です。出会ったことがありません。
 もちろん、世の中にそういう少年がゼロかといえば、いるかもしれません。ただ、現代型の今の非行は、先ほど申し上げた、いろいろな背景があるということを申し上げましたけれども、二十年ぐらい前に、暴走族華やかなりし頃にはそういう非行集団の中でいろいろ悪知恵を付けられて、どうせ刑務所に行かないんだとか、どうせ報道されないんだとうそぶくような少年がいたかもしれませんが、今はそのような集団非行というのはもうほとんどないんですね。孤独に追い詰められて、それでもう非行というSOSを出すしかなかったという少年は、そのように、自分が報道されるかどうかとか、刑務所に行くかどうかとか、厳罰に処せられるかとか、そんなことを考えている少年に私は出会ったことがありません。
 逆に、非行を犯してしまった後で、実際には報道がされていないけれども、でもネット上ではいろいろな情報が出ているという中で、自分が周りの人には犯罪者というふうに知られてしまって、それで社会復帰できないのではないか、仕事に就けないのではないかということで悩んでですね、それで疑心暗鬼になってしまって、実際には報道されていないんだけれども、周りの人がみんな自分のことを知っているような気がするということで、疑心暗鬼になってしまって仕事を変わらざるを得なかったというような少年に出会ったことはあります。
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真山勇一#24
○真山勇一君 ありがとうございました。
 次に、大山参考人にお伺いしたいというふうに思うんですが、今の川村参考人の話ともちょっと通じるところがあるんですけれども、大山参考人御自身どう思っているか伺いたいんですが、今のように、未成年なら処罰が軽くて済むとか少年なら名前が出ないからいいんだとかっていう、そういう意識というものは、大山さん御自身そういう意識があったかどうか、あるいはお仲間、仲間の中でそういうふうな考え方の少年がいたかどうか、その辺りを聞かせてください。
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大山一誠#25
○参考人(大山一誠君) 私がその非行に走っていた頃なんですけど、未成年だから名前出ないとか、そういうつもりはなかったです。
 ただ、土地土地の不良集団というか、ありますよね。そのグループに入っていたので、やっぱり、例えば鑑別所へ行ったら、何というんですか、勲章ではないですけど、もう思考とかが、思考がそういう状態なんです。日々起きている、周りにいる友達、先輩、例えば暴力団の人とずっとつながっているから価値観がそういうふうになっているんですね。
 そういうつもりはなかったです、未成年だから名前が出ないとか。
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真山勇一#26
○真山勇一君 分かりました。ありがとうございます。
 それからもう一つ。
 大山参考人の今お話伺っていると、最初は、その少年院、鑑別所、反発を感じていらっしゃったようですが、心の変化があって、やはり必要だ、逆にそこでの、入ったことは自分の人生にとってはいい経験だったということをおっしゃっていましたが、その心の変化、大きな心の変化になったきっかけというのは何ですか。
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大山一誠#27
○参考人(大山一誠君) 先ほど話した内省だったんですけれども。自分は、不良交友だけじゃなくて、暴力団とか在日韓国人の先輩とかもいたりして、その人の家が暴力団だったりとか、そういう先輩とかがいて、そこに、朱に交わればじゃないですけど、そこにいると染まっていくんですよね、人間って。考え方もそうだし、行動もそうだし、そういうふうに染まっていって、それが正しいと思っていたし、これまで社会を恨んでいたりとかそういう気持ちもあったんで、根深かったんでずっとそのままであったんですけど、先ほど話したとき、内省のときに、自分の五年先、十年先、二十年先ということを真剣に考えたんです、初めて。そのときに、もう見えない境界線があるんですよね。もう次は刑務所だし、もし心を入れ替えなければ、その暴力団の人たちと一緒になっていたかもしれないです、もしかしたら。
 そこの少年院の先生たちの教えもありました。例えば、私の少年院とかなんかは一緒に先生たちも体育やったんですよね、ほかの少年院とかだと、ちょっと珍しいんですけど、命令すればいいだけ、指示すればいいだけなんですけどね。
 その中で、心がどんどん変わってきました、やっぱり。自分の劣悪な家庭環境だとか不良交友だとか暴力団と、社会から切り離されてやっと素の自分になれたというか、本当にこのままでいいのかというのを感じたんですよね。それを感じる少年というのは少なくはないと思います、全員とは言えない、言えないですけどね。もっと根深い、例えば在日中国人であったりとか在日韓国人とか、そういう、被差別部落の出身者であったりとか、そういうのが根深く残っている人たちはやっぱりその人個人だけではないので一概には言えないと思いますけど、私はそこで心が入れ替わりました。
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真山勇一#28
○真山勇一君 お三方、ありがとうございました。
 終わります。
    ─────────────
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山本香苗#29
○委員長(山本香苗君) この際、委員の異動について御報告いたします。
 本日、山田修路君及び安江伸夫君が委員を辞任され、その補欠として今井絵理子さん及び谷合正明君が選任されました。
    ─────────────
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