内閣委員会

1966-10-27 衆議院 全580発言

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会議録情報#0
昭和四十一年十月二十七日(木曜日)
   午前十時三十八分開議
 出席委員
   委員長 木村 武雄君
   理事 伊能繁次郎君 理事 岩動 道行君
   理事 辻  寛一君 理事 長谷川四郎君
   理事 細田 吉藏君 理事 大出  俊君
   理事 田口 誠治君 理事 山内  広君
      赤城 宗徳君    加藤 高藏君
      賀屋 興宣君    周東 英雄君
      藤尾 正行君    保科善四郎君
      前田 正男君    湊  徹郎君
      村上  勇君   茜ケ久保重光君
      淡谷 悠藏君    稻村 隆一君
      中村 高一君    村山 喜一君
      楢崎弥之助君    山田 長司君
     米内山義一郎君    伊藤卯四郎君
      受田 新吉君
 出席国務大臣
        国 務 大 臣 上林山榮吉君
 委員外の出席者
        防衛政務次官  長谷川 仁君
        防衛庁参事官
        (長官官房長) 海原  治君
        防衛庁参事官
        (防衛局長)  島田  豊君
        防衛庁参事官
        (教育局長)  中井 亮一君
        防衛庁参事官
        (人事局長)  宍戸 基男君
        防衛庁参事官
        (経理局長)  大村 筆雄君
        防衛庁参事官
        (装備局長)  國井  眞君
        検     事
        (刑事局長)  津田  實君
        検     事
        (刑事局刑事課
        長)      石原 一彦君
        外務事務官
        (中南米・移住
        局長)     広田しげる君
        外務事務官
        (中南米・移住
        局旅券課長)  内藤  武君
        外務事務官
        (中近東アフリ
        カ局長)    力石健次郎君
        文部事務官
        (初等中等教育
        局長)     齋藤  正君
        自治事務官
        (大臣官房参事
        官)      志村 静男君
        専  門  員 茨木 純一君
    —————————————
十月十四日
 委員藤枝泉介君辞任につき、その補欠として荒
 舩清十郎君が議長の指名で委員に選任された。
同月十九日
 委員楢崎弥之助君辞任につき、その補欠として
 山口シヅエ君が議長の指名で委員に選任され
 た。
同日
 委員山口シヅエ君辞任につき、その補欠として
 楢崎弥之助君が議長の指名で委員に選任された。
同月二十七日
 委員茜ケ久保重光君及び米内山義一郎君辞任に
 つき、その補欠として淡谷悠藏君及び山田長司
 君が議長の指名で委員に選任された。
同日
 委員淡谷悠藏君及び山田長司君辞任につき、そ
 の補欠として茜ケ久保重光君及び米内山義一郎
 君が議長の指名で委員に選任された。
同日
 理事藤枝泉介君同月十四日委員辞任につき、そ
 の補欠として細田吉藏君が理事に当選した。
    —————————————
本日の会議に付した案件
 理事の補欠選任
 国の防衛に関する件
     ————◇—————
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木村武雄#1
○木村委員長 これより会議を開きます。
 おはかりいたします。
 理事藤枝泉介君が委員を辞任いたしましたの
 で、その補欠として、委員長において細田吉藏君
 を理事に指名いたしたいと存じますが、御異議あ
 りませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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木村武雄#2
○木村委員長 御異議なしと認めます。よって、細田吉藏君を理事に指名いたします。
     ————◇—————
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木村武雄#3
○木村委員長 国の防衛に関する件について調査を行ないます。質疑を行ないます。質疑の申し出がありますので、これを許します。岩動道行君。
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岩動道行#4
○岩動委員 私は、本日上林山防衛庁長官に対しまして若干の御質問を申し上げたいと存じまするが、特に私は、本委員会がきわめて国民の注目のもとにおいて本日開かれた、このような認識のもとに、国民の立場から長官に明確な国民に対する気持ちで御答弁、御説明を賜わりたい、かように存ずるのでございます。
 最初に、訪米の問題について伺いたいと存じます。大体、従来の防衛庁長官は、就任後かなりの日月を経、あるいは退任の直前くらいに訪米をしておられるというような傾向があったのでございまするが、今回は就任早々において訪米をされた、これは私ども大いにその点につきましては評価をいたすものでございまするが、一体今回の訪米の目的は、いかなるところにあったかをまず伺いたいと思うのでございます。
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上林山榮吉#5
○上林山国務大臣 今度の訪米は、マクナマラ国防長官の招待を受けまして参ったわけでございますが、(「大臣の就任のあいさつがないぞ」と呼ぶ者あり)——ただいま御指摘を受けましたように、質問にお答えする前に、今回の改造で防衛庁長官を拝命いたしましたので、どうぞよろしくお願い申し上げたいと思います。
 ただいまの岩動君のお尋ねでございますが、これは先ほど申し上げましたように、マクナマラ国防長官の招請が従来に比して早めに来たわけでございまして、この招請に応じたわけでございます。
 その訪米はどういうわけで行なわれたかというとでございますが、これは何も議題を持って、そうして特定の案件をきめるべく招請を受けて参ったのではないのでございます。日米両国の国防当局の首脳が直接会談して意見をかわし、相互に意思の疎通をはかることに意義があると考え、極東における政治、軍事事情についての意見の交換を第一の目的としたわけでございますし、あわせて米国の軍事事情あるいは軍事施設等の視察を行なうことを訪米の目的としたわけでございます。この意味において、相当の意思の疎通をはかるごとができたのではないかと考えております。
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岩動道行#6
○岩動委員 マクナマラ長官の招待によって行かれたというお話でございます。あるいは当初はそういうことであったかもしれませんが、その後、マクナマラ長官は、十月の十二日の会見を当初予定して長官を招待した、しかるにもかかわらず、ベトナムに出かけるために会見はできない、一切のことはバーンズ次官に申し渡してあるから、それで用事を済ませてくれというような話があったkと聞いておるのでありまするが、その後日米両当局者の話し合いを続けた結果、十月の二十日に会見ができたわけであります。大体、最初十二日に会見を予定しておきながら、しかもよそに出かけてしまって、一時は会見ができない、したがって、訪米の最大の目的を達成できないのではないか、そういうような扱いを受けるようになったということは、まことに私どもは遺憾に思います。わが国の自主的な立場というものをそこなわれたような感じがいたしたのでございますが、その点のいきさつについて、もう少しお話を承っておきたいと思います。
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上林山榮吉#7
○上林山国務大臣 向こうから言うてまいりましたのは、急遽ジョンソン大統領の緊急命令が出たので、十二日の会見予定を変更して、ただいまお述べになったようなことであったわけでございますが、しかしその後、日米両国の話し合いによりまして、二十日であるならば、かえってベトナムから帰ってきた直後でもありますから、お会いしたい、こういういわゆるきわめて自然な話し合いで取りきめられたのでございまして、決して一方的に云々ということはなかったと私は考えております。
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岩動道行#8
○岩動委員 そこで、マクナマラ長官とお会いになるまでの間に、米国内の国防当局の首脳者との会談、あるいは各地の軍事施設の調査、視察等をなさったわけでございますが、大体滞米中の行動の大様を、簡単でけっこうでございますから、お聞かせをいただきたいと思います。
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上林山榮吉#9
○上林山国務大臣 マクナマラ以外では、バーンズ次官、さらに統合幕僚本部の議長、あるいは太平洋、大西洋両司令官、あるいは北米防空司令官というようなおもなる人々と会いまして、それぞれ意見の交換をいたしたのであります。それ以外にもたくさんの人と会いましたけれども、時間の関係で省略さしていただきますが、そのほかは軍事施設あるいは空軍、海軍兵学校、歩兵学校というような学校、あるいは訓練の部隊の実情、あるいは軍事施設、あるいは防空体制、こうしたようなものについてそれぞれ視察をし、あるいは概況説明等を受けてまいったわけでございます。簡単でございますが、以上申し上げておきます。
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岩動道行#10
○岩動委員 あなたの日程によりますると、お帰りの日どりが、もう少し滞米期間が長いように予定されておったのでありますが、これを急遽切り上げてお帰りになった、これはどういう事情でございましょう。
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上林山榮吉#11
○上林山国務大臣 本件については、ほかの委員会において、長谷川政務次官からもお答えがあったと思うのでございますが、私に対して長谷川政務次官から、国会で私に関するいろいろな情勢があるので、できるならば相手方に迷惑をかけない程度のところで、失礼にならない程度のところでお帰りになったらどうだ、こういう連絡を受けましたので、率直に申し上げますと、そういう意味で帰ってきたわけでございます。
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岩動道行#12
○岩動委員 せっかく予定をつくっておいでになったのでありますから、予定を完全に消化をしてお帰りになるのが私は当然だと思うわけでございます。にもかかわらず、切り上げてお帰りになったということは、もちろん内閣委員長からの要請もあったものとは思いますが、その背景について、やはりこの内閣委員会でいろいろ問題が提起される情勢にあった、国内の政治問題がその背景にあったということは十分御認識の上でお帰りになったのかどうか、そこをまず承っておきたい。
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上林山榮吉#13
○上林山国務大臣 先ほど申し上げましたように、長谷川政務次官の連絡で、国会がそれぞれ早く帰ったらいいじゃないか、こういうような御意見もあるというようなことを聞きましたので、国会を重視しなければならぬと考えまして、帰ってきたわけでございます。
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岩動道行#14
○岩動委員 そこで、マクナマラ長官の招待によって十月の二十日にはマクナマラ長官と会談をしておられますが、その会談の内容について、ひとつお知らせをいただきたい。
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上林山榮吉#15
○上林山国務大臣 第一点は、ベトナムにマクナマラが視察に緊急に参りましたので、ベトナムの情勢はいかがかという問題についてそれぞれ情報を聞いたわけでございます。第二点は、中共の核開発の状況は、見通しは一体どうだろう、こういうような問題。第三点は、中ソの状態はこのままいつごろまで続くであろうかというような問題について、主として米国側の見解を聞いたのでございます。
 そういうことが重点でございましたが、当委員会で時間の関係もございますし、その他の関係もありますので、この程度にお許しを願っておきたいと思います。
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岩動道行#16
○岩動委員 マクナマラ長官との会談が最大の目的だったと私は思います。そうして日米両国の国防に関する最高責任者が直接意思の疎通をはかり、またいろいろな情勢について話し合いをする、そして新しい認識を得てあなたは日本の防衛についての政策を樹立してまいる、こういう立場にあると思いますので、時間の関係にかかわりなく、その点は明確に、国民のためにもひとつもっと詳しくお話をしていただきたいと思います。
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上林山榮吉#17
○上林山国務大臣 できるだけ詳しくということでございますけれども、要点だけにとどめさせていただきますが、ベトナムの情勢の見通しにつきましては、結論として申し上げますと、軍事的な問題は大体予定どおり成果をあげていると思う、しかしながら、建設面あるいは民生安定、農村の問題、こういうような問題についてはまだまだ予定どおりいっていないし、今後も相当に困難が伴うであろうというようなものが結論的な考え方でございます。もちろん軍事作戦等についてもそれぞれ話がございましたが、こういう問題は、両国の関係を考えて、私は遠慮させていただきたいと思います。
 第二の、中共の核爆発の、あるいは開発の問題については、一九六九年、このころにやっと——粗雑なということばを使ったようでございますが、粗雑な核兵器ができるであろう、あるいはそれから六年ないし八年たって、わずかばかり中距離弾道弾のミサイルができるかもしれない、あるいは大陸間の弾道弾は、これは十年以上かかるであろうというような考え方が向こうの考え方のようでございまして、これは向こうの他の人々の意見を聞きましても、大体一致しておるようでございます。
 中ソの問題については、これは当分こういう状態が続くであろうと思うけれども、これが何年まで続くというようなことはとうてい判断のできない問題である、こういう考え方が向こうの最終的な——その過程においては多少の意見もございますけれども、最終的な結論であった、こういうように考えておるところでございます。
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岩動道行#18
○岩動委員 マクナマラ長官との話し合いの中に、先般のマニラ会議、これについての問題に何か触れるようなことがなかったかどうか、その点を伺っておきたい。
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上林山榮吉#19
○上林山国務大臣 この問題については何もございません。
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岩動道行#20
○岩動委員 それから、わが国の防衛努力という問題はアメリカの最大の関心事でもあると同時に、日本の内政、国情から見まして、日本は最大の防衛努力を払っているのだということは絶えず米当局にも認識をさせ、また話し合いもしていかなければならない立場にあると思うのでありますが、この日本の防衛努力、あるいは米国側からの日本の防衛に対する希望、あるいは意見等についてのお話し合いがあったかどうか、それをひとつ承りたい。
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上林山榮吉#21
○上林山国務大臣 防衛努力の関係ないしはいまいわれております第三次防衛計画の内容、そういうような具体的な問題について、こちらから意見も申し上げませんし、向こうからもこうしてもらいたいという注文もございません。ただ抽象的に、お互い太平洋国家であるから、ひとつ極東の平和のためにお互い努力したいものだ、そういう話はございましたけれども、いま申し上げたとおり、お互いにそういうことはもう言わぬでもわかっているというような関係であったのではなかろうかと私は推察するわけでございますが、具体的には何らそういう問題には触れなかった次第でございます。
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岩動道行#22
○岩動委員 私は質問の冒頭に、防衛庁長官が就任早々に米国を訪問していろいろな問題についての話し合いをされるということで、その行動自体に対してはきわめて評価をいたしたものであります。しかし、ただいまのお話を承りますと、マクナマラ長官との会談の時間もいろいろな都合からきわめて短時間であった、しかもお話の内容は、いま承ると、それほど重要な問題の核心には触れていない、こういうことになりますと、私は、訪米の成果というものについていささかもの足りないような感じもいたすのでございます。そこで、日本の防衛庁長官がアメリカの国防の首脳部とまず意思の疎通をはかる最初のステップをとったのだ、まあ初めて会ってハウ・ドウ・ユー・ドウと、こういうあいさつをしてこられたのだ、これからなお積み重ねをして、日米安保条約の体制下においてわが国の防衛努力をいかにし、また、日本の実情をアメリカにも十分に理解をさせて、そうして自由主義陣営の結束を固めてまいる、こういう努力がさらに必要なのではないか。どうもただいまのお話ではハウ・ドウ・ユー・ドウで終わってしまったような感じがいたすのでありますが、その点について、今後どのような態度でお進みになるのか、その辺の所信をひとつ承っておきたい。
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上林山榮吉#23
○上林山国務大臣 確かにそういう御意見もあるだろうと思うわけでございますが、招待状の中にも、先ほど申し上げたとおり、日米両国のこの方面の人々が意思の疎通をはかろうじゃないか、お互い、議題を持ち寄ってこうしようというのでなく、そうしたような方向でいこうじゃないか、そうして極東における軍事情勢、あるいは政治情勢についての意見の交換をフリートーキングの形でやりまして、そうして今後のお互いの協力に備えようじゃないかというような会見の内容でございます。ただ、これ以外に、先ほど申し上げたとおり、軍事施設にしても、あるいはその他の軍事事情にいたしましても、それぞれ実に参考になる点もあるわけでございますけれども、これはまた他日申し上げることにいたします。
 結論としては、こういうことを積み重ねていくこと自体が、私は、お互い太平洋国家として真の平和をはかっていくということになると私自身は考えているわけでございますので、どうぞ御了承願っておきたいと思います。
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岩動道行#24
○岩動委員 そこで、たびたび訪米をするというようなことも事実上はむずかしいと思います。また、先方から来てもらうということも、これも事実上はそう簡単にはいかない。そこで私が一つ考えておるのは、日米経済閣僚会議とありますが、これには長官はお入りになっておりますか、それを承っておきたいと思います。
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上林山榮吉#25
○上林山国務大臣 それには入っておりません。
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岩動道行#26
○岩動委員 そのような会議にお入りになってない。これは経済閣僚会議ということでございますから、あるいは防衛庁長官はそのような意味において入らない、また、いたずらな誤解を招かないという意味からも、そのような配慮があってメンバーに入っていないということかもしれませんが、しかし国防は、日本の経済、アメリカの経済ときわめて密接な関係にあり、われわれの防衛努力も、日本の経済の発展の度合いにおいて、民生の安定の度合いにおいて、その最大限のもの、そうしてできるだけ民生のためにまず経済を活用してまいる、しかしながら、わが国の防衛、国防の問題もゆるがせにできないような国際情勢も別にある、こういう観点からしますならば、私は、防衛庁長官である国務大臣のあなたが日米経済閣僚会議にも当然メンバーとしてお入りになるのがしかるべきではないかという考え方を持っておりますが、これに対してはどのようなお考えでございますか。
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上林山榮吉#27
○上林山国務大臣 この問題は、確かに御意見のとおりだと思いますが、これは私一人できめられる問題ではございませんので、特に検討を加えてみたいと思っております。
 なお、一言申し上げたいのは、たびたびアメリカに行くことができないだろうからという意味でいまの問題も取り上げられたわけでございますが、御承知のように、安全保障の協議会が、外務大臣と防衛庁長官と、向こうの太平洋軍司令長官と在日米国大使と、この四者で毎年これをやるようになっておりますので、この方面でこれを補足して、あるいは積み重ねてやっていけるのではないだろうか、こう考えております。
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岩動道行#28
○岩動委員 これで一応、訪米の問題については、意思の疎通をはかった第一ステップを踏まれたことについて私どもは長官の御答弁を了承いたすのでございます。
 第二に、いわゆるお国入りの問題についていささかこまかい点にまで触れると思いますが、この際、国民の立場からぜひ明らかにしてまいらなければならない数多くの問題点がございますので、率直にひとつお答えを賜わりたいと思います。
 まず第一に、お国入りの目的でございます。これは自衛隊の視察、部隊の視察ということが一つあるわけでありますが、それにからまって、あなたの選挙区において各町村をお回りになった、あいさつ回りをされた。それが選挙運動とからんでいるのではないかというようなことを世上いわれておるわけでございまするが、まず第一に、当該委員会としては初めてでございます。もちろん他の委員会においてはいろいろお話があったかもしれませんが、あなたが直接の当事者として、直接この委員会において明らかにしていただきたいと思いますので、他の委員会との重複の点はもちろん承知の上で、他の委員会でこのようなことを言っているからというようなことで答弁の省略のないようひとつお願いをいたしたいと思います。
 そこで、まず事実関係からお伺いをいたしたいのでありますが、あなたは九月二日から、閣議の終了した直後、まず視察のためにお出かけになっており、九月八日に至るまで一週間というものを鹿児島県下でお過ごしになっておられます。その間、閣議が一日ございました。それは九月の六日でございまするが、したがって、その前日、九月五日に東京にお帰りになり、さらに九月六日、閣議の終了した直後に再び熊本から鹿児島県下にお入りになっておられます。つまり一週間、長官は鹿児島県にお入りになっており、しかも、その行動の大部分があなたの選挙区内であったということでございまするが、この日程の点について、具体的に事実の問題として、何日にはどこをどうしたということからまずお話を承りたいと思います。
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海原治#29
○海原説明員 事実関係でございますので、私から御説明申し上げます。
 九月二日金曜日午後羽田を防衛庁のYS11で出発いたしました。鹿児島には十七時五分に到着いたしました。それから夜十八時から鹿児島県、鹿児島市、鹿児島県商工会議所、この三団体共催のパーティーに御出席になりました。その間、いわゆる音楽隊の行進は十七時三十分から十七時五十分の間、一定の区間を限って実施いたしました。その晩は自宅で静養ということでございます。翌三日土曜日でございますが、午前八時三十分鹿児島空港発で鹿屋の海上自衛隊の基地を視察いたしました。視察に要しました時間は約一時間でございます。それから鹿屋市のデパートで、鹿屋市の主催の、長官就任の祝賀パーティーがございました。これに四十五分ばかり出席いたしました。終わりましてから、陸上自衛隊の国分駐とん地に十一時三十分に到着、これから一時間半ばかり同基地の視察をいたしました。午後は十三時三十五分から市内各所を回られまして、その晩は後援会主催の祝賀会に大臣は出席されました。
 翌四日は、午前八時に自宅を出られましてから指宿の方面に参りまして、昼は指宿市におきまして市の主催します大臣祝賀のパーティーに御出席になり、夜は十八時から指宿観光ホテルで指宿市の周辺の市町村も含めましたやはり大臣就任祝賀パーティーに出席いたしました。
 九月の五日月曜日は午前十時から県庁、市役所、県警察本部等関係官庁に着きましてあいさつをいたしまして、十六時鹿児島発で、東京には十八時二十分に帰ってきております。
 次いで、九月六日火曜日は、閣議が終わりましてから十二時五十分羽田発で熊本に参りまして、北熊本駐とん地におきまして西部方面隊の視察、訓示等を実施いたしまして、夜は幹部との懇談会、あるいは県知事、市長主催の懇談会等に御出席になり、翌九月七日は、熊本空港を午前八時に出発しまして、ヘリコプターで串木野高校に参りまして、それから各地を訪問され、午後は加世田に宿泊。
 九月八日木曜日でございますが、この日も午前七時二十分から午後の三時、十五時まで各地を回られまして、十六時発で東京十八時二十分帰着。
 これが大臣の今回の日程の概要でございます。
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