社会労働委員会
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会
会議録情報#0
昭和六十一年四月三日(木曜日)
年前十時開議
出席委員
委員長 山崎 拓君
理事 稲垣 実男君 理事 小沢 辰男君
理事 高橋 辰夫君 理事 浜田卓二郎君
理事 池端 清一君 理事 村山 富市君
理事 大橋 敏雄君 理事 塩田 晋君
愛知 和男君 伊吹 文明君
稲村 利幸君 古賀 誠君
斉藤滋与史君 自見庄三郎君
田中 秀征君 戸井田三郎君
友納 武人君 長野 祐也君
西山敬次郎君 野呂 昭彦君
浜野 剛君 林 義郎君
箕輪 登君 網岡 雄君
大原 亨君 金子 みつ君
河野 正君 竹村 泰子君
永井 孝信君 森井 忠良君
沼川 洋一君 橋本 文彦君
森田 景一君 森本 晃司君
小川 泰君 藤原哲太郎君
浦井 洋君 小沢 和秋君
菅 直人君
出席国務大臣
厚 生 大 臣 今井 勇君
出席政府委員
厚生省保険医療
局長 仲村 英一君
厚生省生活衛生
局長 北川 定謙君
厚生省援護局長 水田 努君
委員外の出席者
議 員 森井 忠良君
議 員 大橋 敏雄君
議 員 塩田 晋君
議 員 菅 直人君
外務省アジア局
中国課長 槇田 邦彦君
社会労働委員会
調査室長 石川 正暉君
—————————————
委員の異動
四月三日
辞任 補欠選任
谷垣 禎一君 田中 秀征君
網岡 雄君 大原 亨君
伊藤 昌弘君 藤原哲太郎君
塚田 延充君 小川 泰君
同日
辞任 補欠選任
田中 秀征君 谷垣 禎一君
大原 亨君 網岡 雄君
小川 泰君 塚田 延充君
藤原哲太郎君 伊藤 昌弘君
—————————————
四月三日
国立病院及び療養所の統廃合反対等に関する請
願(阿部昭吾君紹介)(第二四九六号)
同(池端清一君紹介)(第二四九七号)
同(小沢和秋君紹介)(第二四九八号)
同(小澤克介君紹介)(第二四九九号)
同(岡田利春君紹介)(第二五〇〇号)
同(岡本富夫君紹介)(第二五〇一号)
同(加藤万吉君紹介)(第二五〇二号)
同(河上民雄君紹介)(第二五〇三号)
同(木島喜兵衛君紹介)(第二五〇四号)
同(小林進君紹介)(第二五〇五号)
同(駒谷明君紹介)(第二五〇六号)
同(佐藤祐弘君紹介)(第二五〇七号)
同(清水勇君紹介)(第二五〇八号)
同(新村源雄君紹介)(第二五〇九号)
同(瀬崎博義君紹介)(第二五一〇号)
同(瀬長亀次郎君紹介)(第二五一一号)
同(田中克彦君紹介)(第二五一二号)
同(田中美智子君紹介)(第二五一三号)
同(津川武一君紹介)(第二五一四号)
同(中川利三郎君紹介)(第二五一五号)
同(浜西鉄雄君紹介)(第二五一六号)
同(林百郎君紹介)(第二五一七号)
同(藤木洋子君紹介)(第二丘一八号)
同(藤田スミ君紹介)(第二五一九号)
同(古川雅司君紹介)(第二五二〇号)
同(堀昌雄君紹介)(第二五二一号)
同(正森成二君紹介)(第二五二二号)
同(三浦久君紹介)(第二五二三号)
同(森本晃司君紹介)(第二五二四号)
同(矢追秀彦君紹介)(第二五二五号)
同(山原健二郎君紹介)(第二五二六号)
同(吉原米治君紹介)(第二五二七号)
同(津川武一君紹介)(第二六〇一号)
同(林百郎君紹介)(第二六〇二号)
同(古川雅司君紹介)(第二六〇三号)
国立病院並びに療養所の統廃合反対等に関する
請願(小平忠君紹介)(第二五二八号)
同(佐々木良作君紹介)(第二五二九号)
同(菅原喜重郎君紹介)(第二五三〇号)
同(田中慶秋君紹介)(第二五三一号)
同(横手文雄君紹介)(第二五三二号)
国民健康保険制度の改善等に関する請願(正森
成二君紹介)(第二五三三号)
同(簑輪幸代君紹介)(第二五三四号)
同(工藤晃君紹介)(第二六〇四号)
同(柴田睦夫君紹介)(第二六〇五号)
同(東中光雄君紹介)(第二六〇六号)
同(三浦久君紹介)(第二六〇七号)
同(箕輪幸代君紹介)(第二六〇八号)
老人保健制度の改悪反対等に関する請願(浦井
洋君紹介)(第二五三五号)
同(小沢和秋君紹介)(第二五三六号)
同(柴田睦夫君紹介)(第二五三七号)
同(瀬長亀次郎君紹介)(第二五三八号)
同(津川武一君紹介)(第二五三九号)
同(中川利三郎君紹介)(第二五四〇号)
同(中林佳子君紹介)(第二五四一号)
同(三浦久君紹介)(第二五四二号)
同(浦井洋君紹介)(第二五九三号)
同(小沢和秋君紹介)(第二五九四号)
老人保健法改悪反対等に関する請願(池端清一
君紹介)(第二五四三号)
同外一件(工藤晃君紹介)(第二五四四号)
同(新村勝雄君紹介)(第二五四五号)
同(不破哲三君紹介)(第二五四六号)
同(山花貞夫君紹介)(第二五四七号)
老人保健法等の一部を改正する法律案に関する
請願(熊谷弘君紹介)(第二五四八号)
同(倉成正君紹介)(第二五四九号)
同(栗原祐幸君紹介)(第二五五〇号)
同(原田昇左右君紹介)(第二五五一号)
同(水野清君紹介)(第二五五二号)
同(古賀誠君紹介)(第二五九五号)
同(塩崎潤君紹介)(第二五九六号)
同(浜野剛君紹介)(第二五九七号)
同(森下元晴君紹介)(第二五九八号)
高齢者の福祉・医療拡充に関する請願(池端清
一君紹介)(第二五五三号)
国立久留米病院の存続等に関する請願(細谷治
嘉君紹介)(第二五五四号)
看護婦の夜勤日数制限等に関する請願(森井忠
良君紹介)(第二五五五号)
福岡県の国立病院・療養所の統廃合反対等に関
する請願(中西績介君紹介)(第二五五六号)
鹿児島県の国立病院・療養所の統廃合反対等に
関する請願(村山喜一君紹介)(第二五五七
号)
広島県の国立病院・療養所の統廃合反対等に関
する請願(大原亨君紹介)(第二五五八号)
同(森井忠良君紹介)(第二五五九号)
国立大牟田病院の存続等に関する請願(細谷治
嘉君紹介)(第二五六〇号)
老人保健法の医療費拠出金の加入著按(あん)
分率に関する請願(池端清一君紹介)(第二五
六一号)
同(岡田利春君紹介)(第二五六二号)
公共事業による失業対策推進等に関する請願
(経塚幸夫君紹介)(第二五九九号)
原子爆弾被爆者等の援護法制定に関する請願
(塩田晋君紹介)(第二六〇〇号)
は本委員会に付託された。
—————————————
本日の会議に付した案件
連合審査会開会申入れに関する件
環境衛生金融公庫法及び沖縄振興開発金融公庫
法の一部を改正する法律案(内閣提出第四六
号)
戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正す
る法律案(内閣提出第三三号)
原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律
の一部を改正する法律案(内閣提出第三二号)
原子爆弾被爆者等援護法案(森井忠良君外十三
名提出、衆法第五号)
————◇—————
この発言だけを見る →年前十時開議
出席委員
委員長 山崎 拓君
理事 稲垣 実男君 理事 小沢 辰男君
理事 高橋 辰夫君 理事 浜田卓二郎君
理事 池端 清一君 理事 村山 富市君
理事 大橋 敏雄君 理事 塩田 晋君
愛知 和男君 伊吹 文明君
稲村 利幸君 古賀 誠君
斉藤滋与史君 自見庄三郎君
田中 秀征君 戸井田三郎君
友納 武人君 長野 祐也君
西山敬次郎君 野呂 昭彦君
浜野 剛君 林 義郎君
箕輪 登君 網岡 雄君
大原 亨君 金子 みつ君
河野 正君 竹村 泰子君
永井 孝信君 森井 忠良君
沼川 洋一君 橋本 文彦君
森田 景一君 森本 晃司君
小川 泰君 藤原哲太郎君
浦井 洋君 小沢 和秋君
菅 直人君
出席国務大臣
厚 生 大 臣 今井 勇君
出席政府委員
厚生省保険医療
局長 仲村 英一君
厚生省生活衛生
局長 北川 定謙君
厚生省援護局長 水田 努君
委員外の出席者
議 員 森井 忠良君
議 員 大橋 敏雄君
議 員 塩田 晋君
議 員 菅 直人君
外務省アジア局
中国課長 槇田 邦彦君
社会労働委員会
調査室長 石川 正暉君
—————————————
委員の異動
四月三日
辞任 補欠選任
谷垣 禎一君 田中 秀征君
網岡 雄君 大原 亨君
伊藤 昌弘君 藤原哲太郎君
塚田 延充君 小川 泰君
同日
辞任 補欠選任
田中 秀征君 谷垣 禎一君
大原 亨君 網岡 雄君
小川 泰君 塚田 延充君
藤原哲太郎君 伊藤 昌弘君
—————————————
四月三日
国立病院及び療養所の統廃合反対等に関する請
願(阿部昭吾君紹介)(第二四九六号)
同(池端清一君紹介)(第二四九七号)
同(小沢和秋君紹介)(第二四九八号)
同(小澤克介君紹介)(第二四九九号)
同(岡田利春君紹介)(第二五〇〇号)
同(岡本富夫君紹介)(第二五〇一号)
同(加藤万吉君紹介)(第二五〇二号)
同(河上民雄君紹介)(第二五〇三号)
同(木島喜兵衛君紹介)(第二五〇四号)
同(小林進君紹介)(第二五〇五号)
同(駒谷明君紹介)(第二五〇六号)
同(佐藤祐弘君紹介)(第二五〇七号)
同(清水勇君紹介)(第二五〇八号)
同(新村源雄君紹介)(第二五〇九号)
同(瀬崎博義君紹介)(第二五一〇号)
同(瀬長亀次郎君紹介)(第二五一一号)
同(田中克彦君紹介)(第二五一二号)
同(田中美智子君紹介)(第二五一三号)
同(津川武一君紹介)(第二五一四号)
同(中川利三郎君紹介)(第二五一五号)
同(浜西鉄雄君紹介)(第二五一六号)
同(林百郎君紹介)(第二五一七号)
同(藤木洋子君紹介)(第二丘一八号)
同(藤田スミ君紹介)(第二五一九号)
同(古川雅司君紹介)(第二五二〇号)
同(堀昌雄君紹介)(第二五二一号)
同(正森成二君紹介)(第二五二二号)
同(三浦久君紹介)(第二五二三号)
同(森本晃司君紹介)(第二五二四号)
同(矢追秀彦君紹介)(第二五二五号)
同(山原健二郎君紹介)(第二五二六号)
同(吉原米治君紹介)(第二五二七号)
同(津川武一君紹介)(第二六〇一号)
同(林百郎君紹介)(第二六〇二号)
同(古川雅司君紹介)(第二六〇三号)
国立病院並びに療養所の統廃合反対等に関する
請願(小平忠君紹介)(第二五二八号)
同(佐々木良作君紹介)(第二五二九号)
同(菅原喜重郎君紹介)(第二五三〇号)
同(田中慶秋君紹介)(第二五三一号)
同(横手文雄君紹介)(第二五三二号)
国民健康保険制度の改善等に関する請願(正森
成二君紹介)(第二五三三号)
同(簑輪幸代君紹介)(第二五三四号)
同(工藤晃君紹介)(第二六〇四号)
同(柴田睦夫君紹介)(第二六〇五号)
同(東中光雄君紹介)(第二六〇六号)
同(三浦久君紹介)(第二六〇七号)
同(箕輪幸代君紹介)(第二六〇八号)
老人保健制度の改悪反対等に関する請願(浦井
洋君紹介)(第二五三五号)
同(小沢和秋君紹介)(第二五三六号)
同(柴田睦夫君紹介)(第二五三七号)
同(瀬長亀次郎君紹介)(第二五三八号)
同(津川武一君紹介)(第二五三九号)
同(中川利三郎君紹介)(第二五四〇号)
同(中林佳子君紹介)(第二五四一号)
同(三浦久君紹介)(第二五四二号)
同(浦井洋君紹介)(第二五九三号)
同(小沢和秋君紹介)(第二五九四号)
老人保健法改悪反対等に関する請願(池端清一
君紹介)(第二五四三号)
同外一件(工藤晃君紹介)(第二五四四号)
同(新村勝雄君紹介)(第二五四五号)
同(不破哲三君紹介)(第二五四六号)
同(山花貞夫君紹介)(第二五四七号)
老人保健法等の一部を改正する法律案に関する
請願(熊谷弘君紹介)(第二五四八号)
同(倉成正君紹介)(第二五四九号)
同(栗原祐幸君紹介)(第二五五〇号)
同(原田昇左右君紹介)(第二五五一号)
同(水野清君紹介)(第二五五二号)
同(古賀誠君紹介)(第二五九五号)
同(塩崎潤君紹介)(第二五九六号)
同(浜野剛君紹介)(第二五九七号)
同(森下元晴君紹介)(第二五九八号)
高齢者の福祉・医療拡充に関する請願(池端清
一君紹介)(第二五五三号)
国立久留米病院の存続等に関する請願(細谷治
嘉君紹介)(第二五五四号)
看護婦の夜勤日数制限等に関する請願(森井忠
良君紹介)(第二五五五号)
福岡県の国立病院・療養所の統廃合反対等に関
する請願(中西績介君紹介)(第二五五六号)
鹿児島県の国立病院・療養所の統廃合反対等に
関する請願(村山喜一君紹介)(第二五五七
号)
広島県の国立病院・療養所の統廃合反対等に関
する請願(大原亨君紹介)(第二五五八号)
同(森井忠良君紹介)(第二五五九号)
国立大牟田病院の存続等に関する請願(細谷治
嘉君紹介)(第二五六〇号)
老人保健法の医療費拠出金の加入著按(あん)
分率に関する請願(池端清一君紹介)(第二五
六一号)
同(岡田利春君紹介)(第二五六二号)
公共事業による失業対策推進等に関する請願
(経塚幸夫君紹介)(第二五九九号)
原子爆弾被爆者等の援護法制定に関する請願
(塩田晋君紹介)(第二六〇〇号)
は本委員会に付託された。
—————————————
本日の会議に付した案件
連合審査会開会申入れに関する件
環境衛生金融公庫法及び沖縄振興開発金融公庫
法の一部を改正する法律案(内閣提出第四六
号)
戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正す
る法律案(内閣提出第三三号)
原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律
の一部を改正する法律案(内閣提出第三二号)
原子爆弾被爆者等援護法案(森井忠良君外十三
名提出、衆法第五号)
————◇—————
山
山崎拓#1
○山崎委員長 これより会議を開きます。
内閣提出、環境衛生金融公庫法及び沖縄振興開発金融公庫法の一部を改正する法律案を議題といたします。
他に質疑の申し出がありませんので、本案に対する質疑は終局いたしました。
これより討論に入るのでありますが、その申し出がありませんので、直ちに採決に入ります。
環境衛生金融公庫法及び沖縄振興開発金融公庫法の一部を改正する法律案について採決いたします。
本案に賛成の諸君の起立を求めます。
〔賛成者起立〕
この発言だけを見る →内閣提出、環境衛生金融公庫法及び沖縄振興開発金融公庫法の一部を改正する法律案を議題といたします。
他に質疑の申し出がありませんので、本案に対する質疑は終局いたしました。
これより討論に入るのでありますが、その申し出がありませんので、直ちに採決に入ります。
環境衛生金融公庫法及び沖縄振興開発金融公庫法の一部を改正する法律案について採決いたします。
本案に賛成の諸君の起立を求めます。
〔賛成者起立〕
山
山
山崎拓#3
○山崎委員長 この際、稲垣実男君外四名から、自由民主党・新自由国民連合、日本社会党・護憲共同、公明党・国民会議、民社党・国民連合及び社会民主連合五派共同提案に係る本案に附帯決議を付すべしとの動議が提出されております。
提出者から趣旨の説明を求めます。村山富市君。
この発言だけを見る →提出者から趣旨の説明を求めます。村山富市君。
村
村山富市#4
○村山(富)委員 私は、自由民主党・新自由国民連合、日本社会党・護憲共同、公明党・国民会議、民社党・国民連合及び社会民主連合を代表いたしまして、本動議について御説明申し上げます。
案文を朗読して説明にかえさせていただきます。
環境衛生金融公庫法及び沖縄振興開発金融公庫法の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案)
我が国の産業構造は、現在大きく変動しつつあり、第三次産業の占める比率も飛躍的に増大している。環境衛生関係営業は、サービス産業の重要な一翼を担っており、しかも零細業者の占める比重が高く、この変化の激しい経済社会の中で衛生水準の向上及び経営の近代化を図ることは、将来にわたって重要な全国民的課題である。したがって、政府は、環境衛生関係営業のための施策を今後とも充実強化すべきであり、特に、次の事項について適切な措置を講ずるよう配慮すべきである。
一 環境衛生金融公庫については、環境衛生関係営業の特殊性にかんがみ、独立した専門の政策金融機関として、その機能の充実強化を図ること。
二 環境衛生関係営業の近代化、合理化等を促進するため、環境衛生金融公庫の融資について、今回創設された運転資金貸付を含め、その内容の充実に努めること。
また、環境衛生金融公庫の融資について、環境衛生関係営業者の利便向上を図る見地から、融資手続の改善に努めること。
三 環境衛生関係営業の育成と経営の安定化を図るため、環境衛生営業指導センターの事業内容の充実強化等を図るとともに、環境衛生金融公庫の経営に関する情報提供、相談、指導等の事業について、環境衛生営業指導センターの事業と密接な連携をとりつつ充実強化を図ること。
四 加速度的に増大する環境衛生関係営業の営業施設における雇用と経営を安定化させ、衛生水準の維持向上のための営業者の努力を促進するため、環境衛生同業組合の組織の強化を図ること。
以上であります。
何とぞ委員各位の御賛同をお願いいたします。
この発言だけを見る →案文を朗読して説明にかえさせていただきます。
環境衛生金融公庫法及び沖縄振興開発金融公庫法の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案)
我が国の産業構造は、現在大きく変動しつつあり、第三次産業の占める比率も飛躍的に増大している。環境衛生関係営業は、サービス産業の重要な一翼を担っており、しかも零細業者の占める比重が高く、この変化の激しい経済社会の中で衛生水準の向上及び経営の近代化を図ることは、将来にわたって重要な全国民的課題である。したがって、政府は、環境衛生関係営業のための施策を今後とも充実強化すべきであり、特に、次の事項について適切な措置を講ずるよう配慮すべきである。
一 環境衛生金融公庫については、環境衛生関係営業の特殊性にかんがみ、独立した専門の政策金融機関として、その機能の充実強化を図ること。
二 環境衛生関係営業の近代化、合理化等を促進するため、環境衛生金融公庫の融資について、今回創設された運転資金貸付を含め、その内容の充実に努めること。
また、環境衛生金融公庫の融資について、環境衛生関係営業者の利便向上を図る見地から、融資手続の改善に努めること。
三 環境衛生関係営業の育成と経営の安定化を図るため、環境衛生営業指導センターの事業内容の充実強化等を図るとともに、環境衛生金融公庫の経営に関する情報提供、相談、指導等の事業について、環境衛生営業指導センターの事業と密接な連携をとりつつ充実強化を図ること。
四 加速度的に増大する環境衛生関係営業の営業施設における雇用と経営を安定化させ、衛生水準の維持向上のための営業者の努力を促進するため、環境衛生同業組合の組織の強化を図ること。
以上であります。
何とぞ委員各位の御賛同をお願いいたします。
山
山
山崎拓#6
○山崎委員長 起立総員。よって、本動議のとおり本案に附帯決議を付することに決しました。
この際、厚生大臣から発言を求められておりますので、これを許します。今井厚生大臣。
この発言だけを見る →この際、厚生大臣から発言を求められておりますので、これを許します。今井厚生大臣。
今
山
山
山
山崎拓#10
○山崎委員長 次に、内閣提出、戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
これより質疑に入ります。
質疑の申し出がありますので、順次これを許します。金子みつ君。
この発言だけを見る →これより質疑に入ります。
質疑の申し出がありますので、順次これを許します。金子みつ君。
金
金子みつ#11
○金子(み)委員 私は、きょうはこの法律に関連のあるものといたしまして幾つかのお尋ねをして、政府の御見解を承りたいというふうに思います。
その一つは、中国残留孤児の問題でございます。
来日しておられる中国残留日本人孤児の代表の方が、肉親捜しというのは海の中から一本の針を見つけ出すようなものだというふうに言っておられましたけれども、全くそのとおりだと思います。大変に困難で難しい問題だと思いますけれども、しかし残留孤児のことにつきましては、突き詰めて言えば、これは戦争当時の責任をどう考えるかということだというふうにも考えるわけでございます。ですから、この問題が解決しない限りは職後は終わらないというふうに言い切ってもいいんじゃないだろうかというふうにも私自身は考えるわけでございます。
そこで、肉親捜しのために来日調査が始められて、五十六年以来毎年繰り返し繰り返し行われているわけでございますけれども、海の中から一本の針を捜すようなものと表現されたことにまことにぴったりのような実態だというふうに思います。その判明率というのは政府の御調査では二五%前後だというふうに伺っているわけです。大体四人に一人という比率になるわけでございますが、この比率をこのままにしておいたら、だんだん減っていく。毎年毎年訪日調査がございまして、その都度その都度新聞等で報道されていますけれども、判明率はだんだん少なくなっていくということが言われております。ですから、今二五%前後だというふうな実態があるといたしましても、これから先何年続くかわかりませんけれども、だんだん先細りになっていくんじゃないかということは諸般の事情から想像はつくわけでございますが、これをこのままにして、今までと同じように繰り返していかれるんだったら、余り効果はあらわれないんじゃないだろうかというふうにも考えられます。
それで、この判明率を高める方法はないのかということも考えられるわけでありますが、けさ、たまたま新聞を見ましたら、高める方法というのが出ておりました。厚生大臣がキーを押していらっしゃいます写真も載っておりますが、電算機を使って肉親捜しをするということを新しい方法として考えつかれているようでございます。この方法も一つの方法かもしれませんが、この新聞記事による限り中身がよくわからないのです。ですから、これを使って捜します場合にどの程度に可能性が高まるのかということを御説明いただけるでしょうか。
この発言だけを見る →その一つは、中国残留孤児の問題でございます。
来日しておられる中国残留日本人孤児の代表の方が、肉親捜しというのは海の中から一本の針を見つけ出すようなものだというふうに言っておられましたけれども、全くそのとおりだと思います。大変に困難で難しい問題だと思いますけれども、しかし残留孤児のことにつきましては、突き詰めて言えば、これは戦争当時の責任をどう考えるかということだというふうにも考えるわけでございます。ですから、この問題が解決しない限りは職後は終わらないというふうに言い切ってもいいんじゃないだろうかというふうにも私自身は考えるわけでございます。
そこで、肉親捜しのために来日調査が始められて、五十六年以来毎年繰り返し繰り返し行われているわけでございますけれども、海の中から一本の針を捜すようなものと表現されたことにまことにぴったりのような実態だというふうに思います。その判明率というのは政府の御調査では二五%前後だというふうに伺っているわけです。大体四人に一人という比率になるわけでございますが、この比率をこのままにしておいたら、だんだん減っていく。毎年毎年訪日調査がございまして、その都度その都度新聞等で報道されていますけれども、判明率はだんだん少なくなっていくということが言われております。ですから、今二五%前後だというふうな実態があるといたしましても、これから先何年続くかわかりませんけれども、だんだん先細りになっていくんじゃないかということは諸般の事情から想像はつくわけでございますが、これをこのままにして、今までと同じように繰り返していかれるんだったら、余り効果はあらわれないんじゃないだろうかというふうにも考えられます。
それで、この判明率を高める方法はないのかということも考えられるわけでありますが、けさ、たまたま新聞を見ましたら、高める方法というのが出ておりました。厚生大臣がキーを押していらっしゃいます写真も載っておりますが、電算機を使って肉親捜しをするということを新しい方法として考えつかれているようでございます。この方法も一つの方法かもしれませんが、この新聞記事による限り中身がよくわからないのです。ですから、これを使って捜します場合にどの程度に可能性が高まるのかということを御説明いただけるでしょうか。
水
水田努#12
○水田政府委員 孤児の調査は幾つかの段階を経て今日に至っております。第一段階は、日中の国交正常化後、孤児の方から日本大使館なりあるいは厚生省に、自分はかくかくしかじかの者なので、ひとつ自分の肉親を捜してくれないかという依頼がございまして、厚生省は留守家族名簿から該当する人を捜し出して結びつけるという方法をとりました。これもおのずと限界がございまして、第二段階としては、新聞の協力を得まして、新聞に公開調査をするという方法をとりましたが、これも余り効果が上がらなかった。第三段階として、五十五年度から孤児の方に日本に来ていただきまして、マスコミの協力を得て、今日やっております訪日調査という形をとってきているわけでございます。
訪日調査も初期の段階は具体的な手がかりを持っている孤児から日本に呼んで調査をしていましたので、ある程度の判明率を上げることができたわけでございますが、六十年度から大量調査、四百人呼びました。それから六十一年度は七百名という形をとっておりまして、具体的な手がかりを持っているか持っていないかにかかわりなく全員日本に呼んで調査するという形をとったために、著しく判明率が落ちております。
その原因としては、訪日調査した孤児の八割が終戦のとき五歳以下でございまして、ほとんど手がかりになるようなものについての記憶を持っておりません。それからもう一つは、未判明孤児の四割の者がほとんど手がかりがないに等しい。その主力は複数の養父母の間を渡り歩いているということでございまして、手がかりになるものが非常に乏しいという、こういう状況の中で判明率を上げていく、こういう形になるわけでございまして、私どもとしては一応そのための方策として三つのことを現在考えております。
その一つが、きょうの新聞に出ておりましたコンピューターによる調査でございます。これは訪日調査で未判明になったらそれで終わりにするのではなくて、今後も政府の責任で、先生の御指摘のとおり全力を挙げて追跡調査をしていく。そのためには、国内の関係者から自分の残してきた子供を捜してほしいという申し出が二千二百ほど出ております。それと、訪日調査で未判明になった人のデータを入れてコンピューターで関係者を割り出して、後個別に当たっていくというやり方です。
それからもう一つは、中国政府に、孤児が知らないかもしれない日本人孤児として認定したデータについて日本側に提供をお願いしたいというのが第二点です。
三番目は、訪日調査の孤児の滞在期間を延長するという形で、現在十二日の滞在期間を十五日に延ばす。こういうことで今中国政府に協力をお願いをしている。こういう方向で努力をいたしております。
この発言だけを見る →訪日調査も初期の段階は具体的な手がかりを持っている孤児から日本に呼んで調査をしていましたので、ある程度の判明率を上げることができたわけでございますが、六十年度から大量調査、四百人呼びました。それから六十一年度は七百名という形をとっておりまして、具体的な手がかりを持っているか持っていないかにかかわりなく全員日本に呼んで調査するという形をとったために、著しく判明率が落ちております。
その原因としては、訪日調査した孤児の八割が終戦のとき五歳以下でございまして、ほとんど手がかりになるようなものについての記憶を持っておりません。それからもう一つは、未判明孤児の四割の者がほとんど手がかりがないに等しい。その主力は複数の養父母の間を渡り歩いているということでございまして、手がかりになるものが非常に乏しいという、こういう状況の中で判明率を上げていく、こういう形になるわけでございまして、私どもとしては一応そのための方策として三つのことを現在考えております。
その一つが、きょうの新聞に出ておりましたコンピューターによる調査でございます。これは訪日調査で未判明になったらそれで終わりにするのではなくて、今後も政府の責任で、先生の御指摘のとおり全力を挙げて追跡調査をしていく。そのためには、国内の関係者から自分の残してきた子供を捜してほしいという申し出が二千二百ほど出ております。それと、訪日調査で未判明になった人のデータを入れてコンピューターで関係者を割り出して、後個別に当たっていくというやり方です。
それからもう一つは、中国政府に、孤児が知らないかもしれない日本人孤児として認定したデータについて日本側に提供をお願いしたいというのが第二点です。
三番目は、訪日調査の孤児の滞在期間を延長するという形で、現在十二日の滞在期間を十五日に延ばす。こういうことで今中国政府に協力をお願いをしている。こういう方向で努力をいたしております。
金
金子みつ#13
○金子(み)委員 できるだけ新しい方法を取り込まれて、そして可能性を高めながら、期間を縮めながら解決が進められるように努力をしていただきたいことを要望しておきます。
それから、関連いたしますけれども、厚生省からいただいた資料によりますと、中国政府と日本政府との話し合いで判明いたしまして、今年度は七百名の方たちをお招きして、そして調査に従事するというふうになっておりますけれども、これが最後だということが、あるとき新聞記事に載っていました。それを読みまして、これが最後だということは、もうこれ以上この問題は手を切ってやらないという意味の最後なのか、あるいは今わかっている範囲ではこれが最後だというのか、その辺が判明しませんので、これでおしまいというふうに打ち切られてしまうのだとすれば大変なことだと思いますので、その辺のお考えはどうなのか、確認しておきたいのですが。
この発言だけを見る →それから、関連いたしますけれども、厚生省からいただいた資料によりますと、中国政府と日本政府との話し合いで判明いたしまして、今年度は七百名の方たちをお招きして、そして調査に従事するというふうになっておりますけれども、これが最後だということが、あるとき新聞記事に載っていました。それを読みまして、これが最後だということは、もうこれ以上この問題は手を切ってやらないという意味の最後なのか、あるいは今わかっている範囲ではこれが最後だというのか、その辺が判明しませんので、これでおしまいというふうに打ち切られてしまうのだとすれば大変なことだと思いますので、その辺のお考えはどうなのか、確認しておきたいのですが。
水
水田努#14
○水田政府委員 この七百名という大量調査に踏み切りましたゆえんは、日本の関係者が非常に高齢化が進んでいくので、一日も早く調査をしないと肉親の割り出しができなくなるということで、現在、日中双方でわかっている孤児七百人を全部連れてきて調査するということでございまして、あれだけ広い土地でございますので、まだ未判明の孤児も今後当然出てくると思いますので、一人残らず全員、今後も日本人孤児とわかった人については私ども責任を持って調査をしてまいるつもりでございます。
この発言だけを見る →金
金子みつ#15
○金子(み)委員 ちょっとごめんなさい。同じことの確認ですが、七百名を超えた場合でも、例えばことしは七百名と一応数字ができていて、それをいたしますね。そうすると、来年からは対象になる数字はないわけですけれども、それはどうなるのですか。その間にわかったならばと、こういう意味でしょうか。
この発言だけを見る →水
水田努#16
○水田政府委員 現在、中国の政府で日本人孤児ではないかと調査中の者が数十名あると聞いておりますので、日本人孤児ということがわかれば六十二年度においても当然その人たちは対象としてやりたい、このように思っております。
この発言だけを見る →金
今
今井勇#18
○今井国務大臣 お説のとおりでございまして、今わかっている範囲の人は、七百名をやってしまおうじゃないか。そのほかにまだ、今の局長答弁じゃございませんが、あるようでございます。したがって、そういう方はちゃんとやっていこう、それについての年限を切っているわけではございません。
この発言だけを見る →金
金子みつ#19
○金子(み)委員 その点はぜひ確認をして、よろしくお願いします。
そこで、次の問題は、こういう記事があるのです。
戦後の混乱の中で、中国の地でわが子と離ればなれになった親。必死にさがしても見つからず、血の出るような思いであきらめ、日本に帰った人たち。あるいは、願いをこめて中国の地にあずけて帰国した人たち……。どうか無事でいてほしいとの祈りの中での別れでした。
その親の思いを、中国の人たちはしっかりと受けとめたのでした。敵国——ついきのうまで軍靴で踏みにじられた敵国の子供を保護し、預かって育てたのです。逃げおちていく日本人の心を、母親や父親、肉親の子を思う”親心”を、中国の人たちは黙って受けとめてくれたのでした。
わが子を中国の人に託して帰った日本人とそれを預かった中国の人々。真心と真心の結び合いに、私は深く感動させられます。中国の人に、ありがとうと心からお礼をいいたいと思います。
こういう記事がございます。まことにそのとおりだと思いまして、その問題は非常に貴重な問題でございます。
そこで、これを読むまでもないことだと思いますけれども、日本が今なすべきことは何かということなんですが、今までお話し合いをしておりました肉親捜しも一つの方向だと思います。捜して、そして日本人であることがはっきりして、肉親がわかって、日本へ、何というのですか帰国して、そして移住する人もあると思うし、あるいはわかったことで安心して、わかったんだからよかったということで安心して、また中国へ帰って中国で生活をする人もあると思います。いろいろその人その人の事情があると思いますので一概には言えないと思いますけれども、いずれの場合でも日本がすべきことは、特に中国で育てられて日本へ戻ってきて、そして日本で生活を改めてやるという人たちは、中国に養父母を残してきているわけですね。
この残された養父母の人たちに対する感謝の気持ち、今の文章にもございましたけれども、それを具体的な手段として、要するに感謝の気持ちを具体的にあらわす方法としての扶養費とでも申しますか、今まで長い間育ててくださったことに対するお礼の気持ちを何がしかの形であらわさなければいけないということが考えられると思います。どういう言葉を使ったら一番適切なのかわかりませんが、扶養費という言葉でいいのかどうかわかりませんが、要するにそういう意味のことでございます。
このことは御承知だと思いますけれども、中国残留日本人孤児問題懇談会というのがありますね。この懇談会の報告書の中にも、「養父母等に対する扶養費の支払い等」、ここには「扶養費」と使ってありますね。「日本政府は一日も早くその支払いを開始すべきである。」というふうに書かれております。これは昨年七月二十二日のものでございますから、昨年の七月と申しましたらもう間もなく一年になりますが、こういうことが出されて、「一日も早く」というふうに書かれているわけでございます。
私もこれに全く賛成で、最初に訪日調査が始まったのが五十六年でございましたから、それからいきますともう四年はたっているんですね。五年目に入っている。そうすると、中国の養父母の方たちもだんだん年をとられて病気にもなられるかもしれないし、あるいは死亡されることもあるかもしれないしというような不幸なことも考えないわけにはいかなくなります。そして、この考え方が、だんだん両方の間の溝が広まり深まっていくような感じがして大変に寂しく思うわけでございます。これをできるだけ早く実現させるという必要があると思うのですけれども、今日までなお実現できないのはどういうわけなんでしょうか。何がネックになってこういうことになっているのでしょうか、それをぜひお知らせください。
この発言だけを見る →そこで、次の問題は、こういう記事があるのです。
戦後の混乱の中で、中国の地でわが子と離ればなれになった親。必死にさがしても見つからず、血の出るような思いであきらめ、日本に帰った人たち。あるいは、願いをこめて中国の地にあずけて帰国した人たち……。どうか無事でいてほしいとの祈りの中での別れでした。
その親の思いを、中国の人たちはしっかりと受けとめたのでした。敵国——ついきのうまで軍靴で踏みにじられた敵国の子供を保護し、預かって育てたのです。逃げおちていく日本人の心を、母親や父親、肉親の子を思う”親心”を、中国の人たちは黙って受けとめてくれたのでした。
わが子を中国の人に託して帰った日本人とそれを預かった中国の人々。真心と真心の結び合いに、私は深く感動させられます。中国の人に、ありがとうと心からお礼をいいたいと思います。
こういう記事がございます。まことにそのとおりだと思いまして、その問題は非常に貴重な問題でございます。
そこで、これを読むまでもないことだと思いますけれども、日本が今なすべきことは何かということなんですが、今までお話し合いをしておりました肉親捜しも一つの方向だと思います。捜して、そして日本人であることがはっきりして、肉親がわかって、日本へ、何というのですか帰国して、そして移住する人もあると思うし、あるいはわかったことで安心して、わかったんだからよかったということで安心して、また中国へ帰って中国で生活をする人もあると思います。いろいろその人その人の事情があると思いますので一概には言えないと思いますけれども、いずれの場合でも日本がすべきことは、特に中国で育てられて日本へ戻ってきて、そして日本で生活を改めてやるという人たちは、中国に養父母を残してきているわけですね。
この残された養父母の人たちに対する感謝の気持ち、今の文章にもございましたけれども、それを具体的な手段として、要するに感謝の気持ちを具体的にあらわす方法としての扶養費とでも申しますか、今まで長い間育ててくださったことに対するお礼の気持ちを何がしかの形であらわさなければいけないということが考えられると思います。どういう言葉を使ったら一番適切なのかわかりませんが、扶養費という言葉でいいのかどうかわかりませんが、要するにそういう意味のことでございます。
このことは御承知だと思いますけれども、中国残留日本人孤児問題懇談会というのがありますね。この懇談会の報告書の中にも、「養父母等に対する扶養費の支払い等」、ここには「扶養費」と使ってありますね。「日本政府は一日も早くその支払いを開始すべきである。」というふうに書かれております。これは昨年七月二十二日のものでございますから、昨年の七月と申しましたらもう間もなく一年になりますが、こういうことが出されて、「一日も早く」というふうに書かれているわけでございます。
私もこれに全く賛成で、最初に訪日調査が始まったのが五十六年でございましたから、それからいきますともう四年はたっているんですね。五年目に入っている。そうすると、中国の養父母の方たちもだんだん年をとられて病気にもなられるかもしれないし、あるいは死亡されることもあるかもしれないしというような不幸なことも考えないわけにはいかなくなります。そして、この考え方が、だんだん両方の間の溝が広まり深まっていくような感じがして大変に寂しく思うわけでございます。これをできるだけ早く実現させるという必要があると思うのですけれども、今日までなお実現できないのはどういうわけなんでしょうか。何がネックになってこういうことになっているのでしょうか、それをぜひお知らせください。
水
水田努#20
○水田政府委員 お答え申し上げます。
早く払わなければならぬという点は先生の御指摘のとおりでございます。日本政府としましては、五十九年三月十七日に日中両国間でこの扶養費の支払いについての口上書を交換いたしまして、扶養費の額、支払い期間、それから支払い方法の細目を詰めるということで既に二年経過しておりますが、この間担当課長も中国に四回渡りまして誠心誠意交渉をいたしておりまして、大詰めの段階に参っております。
それ以上の中身につきましては、なお外交交渉中でございますので、お許しをいただきたいと思いますが、誠心誠意対応をし、大詰めに近い段階に来ているということは申し上げることができようかと思います。
この発言だけを見る →早く払わなければならぬという点は先生の御指摘のとおりでございます。日本政府としましては、五十九年三月十七日に日中両国間でこの扶養費の支払いについての口上書を交換いたしまして、扶養費の額、支払い期間、それから支払い方法の細目を詰めるということで既に二年経過しておりますが、この間担当課長も中国に四回渡りまして誠心誠意交渉をいたしておりまして、大詰めの段階に参っております。
それ以上の中身につきましては、なお外交交渉中でございますので、お許しをいただきたいと思いますが、誠心誠意対応をし、大詰めに近い段階に来ているということは申し上げることができようかと思います。
金
水
水田努#22
○水田政府委員 先ほど申し上げましたように、口上書の交換はちょうど二年前の五十九年三月にしまして、それに基づきまして具体的な金額、支払い期間、支払い方法の詰めを当方から課長クラスが四回、五十九年五月、六十年二月、五月、それからことしの二月というふうに参りまして誠心誠意交渉を続けてまいっているわけでございます。
この発言だけを見る →金
金子みつ#23
○金子(み)委員 五十九年三月といいますと、五十六年に第一回の訪日があったわけでしょう。そうすると、それからこのことはすぐ考えられることだったと思うのですけれども、仮に五十六年に最初の訪日があって、そして肉親が判明して、そして早い人が仮に五十七年、翌年にこっちへ来られたとしても、五十七年から二年はあるのですね、五十九年三月。その間はどうして交渉ができなかったのですか。なぜ二年、間をあけたのですか。
この発言だけを見る →水
水田努#24
○水田政府委員 帰ってまいっております孤児は、中国におきましては中国の法律に基づきまして養父母を扶養する義務があるわけでございますが、その孤児たちが日本に帰ってまいりましてその義務を履行しないということが中国の側から問題点として指摘されるようになりまして、訪日調査を円滑に行いますために、帰ってまいりました孤児が直ちに養父母に扶養費を払えるような日本における経済状態にないので、どういう援助をするのかという日本の国内における詰めをいたしまして、養父母に孤児が支払うべき扶養費の二分の一は日本政府が負担する、それから残りの半分につきましては全国民の浄財で賄う、これは十億を目標にしまして財団法人中国残留孤児援護基金というものをつくりまして、もう既に十億の募金は達成しておりますが、そういう国内の体制を整えまして、それを踏まえて先ほど申し上げました五十九年の三月に口上書を交換しまして、払うべき扶養費の半分は日本政府が持つ、残りの半分については国民の浄財で孤児に援助をする。その孤児が払うべき扶養費の、先ほど申し上げました額、支払い期間、支払い方法等については、その細目は両国間で別途詰めましょう、その別途詰めるものに現在二年間を要し、大詰めに近い状態になっている。誠心誠意その交渉を進めるために担当課長が、先ほど申し上げましたように今日まで四回参って中国側と交渉を重ねてきた、こういう経過になっております。
この発言だけを見る →金
金子みつ#25
○金子(み)委員 お話を伺っておりますと、中国政府との交渉は外務省がなさることだと思いますけれども、外務省にそのことを行わせるための後押しは厚生省ですよね。厚生省の方で段取りができなければ外務省を通じて中国政府とやってもらうということにはならないわけですね。ですから、やはり早くできるかできないかというのは厚生省の動き次第だというふうに理解できるわけです。ですから、そういう意味で、厚生省はこれをできるだけ早くできるようにしてほしいと思うのです。
そうでないと、厚生大臣聞いていらっしゃいますか、日本人は引き揚げの苦しさばかり言うが、中国人の傷を考えない、日本人は冷たい、恩知らずだ、実はこういう言葉が先般のテレビ放送でも出ました。こういうことを聞くと、もう私どもじっとしていられない気がするのですよね。厚生省の方々も同じだろうと思うのです。殊に、その衝に当たっておられる方は、駆け足で行きたいと思っておられるだろうと個人的には私は想像します。ですけれども、形になって出てこなければこれが進められないわけですから、そのことはもうできるだけ急いでやっていただかないと、これはまた何か言われてもしようがないことだと思いますし、第一、そのことは日本としては恥ずかしい問題ですし、できるだけ早くこの問題は進められたいと思いますが、お見通しはどうなんでしょうか。大臣、いかがですか。
この発言だけを見る →そうでないと、厚生大臣聞いていらっしゃいますか、日本人は引き揚げの苦しさばかり言うが、中国人の傷を考えない、日本人は冷たい、恩知らずだ、実はこういう言葉が先般のテレビ放送でも出ました。こういうことを聞くと、もう私どもじっとしていられない気がするのですよね。厚生省の方々も同じだろうと思うのです。殊に、その衝に当たっておられる方は、駆け足で行きたいと思っておられるだろうと個人的には私は想像します。ですけれども、形になって出てこなければこれが進められないわけですから、そのことはもうできるだけ急いでやっていただかないと、これはまた何か言われてもしようがないことだと思いますし、第一、そのことは日本としては恥ずかしい問題ですし、できるだけ早くこの問題は進められたいと思いますが、お見通しはどうなんでしょうか。大臣、いかがですか。
今
今井勇#26
○今井国務大臣 養父母等への扶養費の支払いでございますが、今先生からるるお話がございましたように、今、私どもはその細目について最終的な詰めをしているわけでございまして、ちょうど私も大臣になりまして、この問題の一日も早い解決をしなければいかぬということで今急がせているわけでございますが、この四月十一日に呉学謙外相が訪日されます。そんなこともありますので、私も外務大臣にお会いをいたしまして、この際にひとつ議題にして、そしてぜひお詰めをいただきたい、そうしたら、向こうもわかったというので、今度呉学謙外相が見えたらここで議題にして、できれば決めたいというお話もございました。
私も外相にもお願いをすると同時に、私どもも一日も早くまとまるような努力を一生懸命今後とも続けてまいりたいと思っております。
この発言だけを見る →私も外相にもお願いをすると同時に、私どもも一日も早くまとまるような努力を一生懸命今後とも続けてまいりたいと思っております。
金
金子みつ#27
○金子(み)委員 きょうは外務省の方に来ていただくようにしてはおりませんでしたけれども、問題は、先ほど申し上げましたように、外務省がやることにはなりますが、しかし、それは厚生省の動き次第ということになりますので、きょうは外務省を呼びませんでした。ですから、厚生省の皆様方の御努力が早く外務省を通じてできるように、ぜひやっていただきたいということを強く要望しておきます。
次の問題は、議題になっております援護法では直接対象にならないと政府が決めておられて何ら援助を行っていない、また行ってこなかった戦争による一般傷病者、戦災者、そしてまた障害者になられた方たちについて、第八十七国会、五十四年三月の社会労働委員会における質疑応答の中から、今日なお問題として残っている点、また、常識としては理解し得ない点などについて質問をしたいと考えております。
御承知のように、太平洋戦争は国家総動員法による体制下の中で、全国民が一億火の玉という言葉も使われましたし、滅私奉公という言葉も使われましたし、そういうような形でみんなが国のために戦った戦争だということは、もう十分にみんなが認識しているところです。
そこで、銃後だと考えられていた日本の本土もついには戦場と化してしまって、爆弾や焼夷弾あるいは艦砲射撃、最後には原子爆弾の投下というようなところまでいきまして、死亡者も傷病者も、戦争犠牲者は当時四十数万を超えるというふうに報道されている、このことも御承知のとおりです。
政府は。戦争犠牲者の援護の対象としては、国と一定の使用関係にあった者、それは例えば軍人とか軍属、そういう人たちだけを援護の対象としてまいりましたけれども、その後この法律を審議いたします社会労働委員会の審議の過程の中で次次とこれ以外の、国と使用関係にないと考えられていた準軍属あるいは被徴用者、動員学徒、警防団、国民義勇隊あるいは満州開拓義勇隊など、さらには長崎の場合などは、長崎の原子爆弾の被害に対して活躍をした長崎医大の学生、教授あるいは病院の職員、そういう人たちにまで漸次広がっていったわけですね。しかし、それでもなお一般市民は戦災傷病者から除外されている。だんだん広げていきましたけれども、一般の市民には及んできていないという事実がございます。
そこでお尋ねしたいことが一つあります。それは、政府が本土における決戦場としてはたった一カ所、沖縄がそうだ、沖縄は政府が認めた本土決戦場であるというふうに言っておられますが、その沖縄において負傷兵の看護や手当てを行った沖縄の県立の女学校の女子教員、それから女生徒、この人たちの活動をいろいろなところで私どもは知ったわけであります。この人たちに対しては、戦闘参加者としてあるいはまた準軍属として援護法上の処遇をしてこられたのだろうと私は思いますが、どうなんですか。確認させてください。
この発言だけを見る →次の問題は、議題になっております援護法では直接対象にならないと政府が決めておられて何ら援助を行っていない、また行ってこなかった戦争による一般傷病者、戦災者、そしてまた障害者になられた方たちについて、第八十七国会、五十四年三月の社会労働委員会における質疑応答の中から、今日なお問題として残っている点、また、常識としては理解し得ない点などについて質問をしたいと考えております。
御承知のように、太平洋戦争は国家総動員法による体制下の中で、全国民が一億火の玉という言葉も使われましたし、滅私奉公という言葉も使われましたし、そういうような形でみんなが国のために戦った戦争だということは、もう十分にみんなが認識しているところです。
そこで、銃後だと考えられていた日本の本土もついには戦場と化してしまって、爆弾や焼夷弾あるいは艦砲射撃、最後には原子爆弾の投下というようなところまでいきまして、死亡者も傷病者も、戦争犠牲者は当時四十数万を超えるというふうに報道されている、このことも御承知のとおりです。
政府は。戦争犠牲者の援護の対象としては、国と一定の使用関係にあった者、それは例えば軍人とか軍属、そういう人たちだけを援護の対象としてまいりましたけれども、その後この法律を審議いたします社会労働委員会の審議の過程の中で次次とこれ以外の、国と使用関係にないと考えられていた準軍属あるいは被徴用者、動員学徒、警防団、国民義勇隊あるいは満州開拓義勇隊など、さらには長崎の場合などは、長崎の原子爆弾の被害に対して活躍をした長崎医大の学生、教授あるいは病院の職員、そういう人たちにまで漸次広がっていったわけですね。しかし、それでもなお一般市民は戦災傷病者から除外されている。だんだん広げていきましたけれども、一般の市民には及んできていないという事実がございます。
そこでお尋ねしたいことが一つあります。それは、政府が本土における決戦場としてはたった一カ所、沖縄がそうだ、沖縄は政府が認めた本土決戦場であるというふうに言っておられますが、その沖縄において負傷兵の看護や手当てを行った沖縄の県立の女学校の女子教員、それから女生徒、この人たちの活動をいろいろなところで私どもは知ったわけであります。この人たちに対しては、戦闘参加者としてあるいはまた準軍属として援護法上の処遇をしてこられたのだろうと私は思いますが、どうなんですか。確認させてください。
水
水田努#28
○水田政府委員 お答え申し上げます。
軍の要請によりまして傷病兵の看護に当たっています間に死亡したり負傷された教師、生徒の方は、援護法においては戦闘参加者として処遇をいたしております。
この発言だけを見る →軍の要請によりまして傷病兵の看護に当たっています間に死亡したり負傷された教師、生徒の方は、援護法においては戦闘参加者として処遇をいたしております。
金
金子みつ#29
○金子(み)委員 そうすると、処遇されているわけですね。全員そうなっていると理解してよろしいですね。——はい、わかりました。
それではその次は、そうなると、沖縄以外の場所はいわゆる戦場にならないので、戦闘参加者に該当する者はいない、こういうふうに政府は言い切っておられる。しかし、同時にこういうことも言っておられるのですね、この前の八十七国会のときの社労委員会で。そうではある、しかし、昭和二十年三月九日の夜から十日にかけての東京大空襲あるいは国民義勇兵役法が施行された二十年六月以降、そういう時期、そういったものに関しましては「要するに戦闘参加の実態があったかどうかということで判断して援護法の適用をする、こういうことになるわけでございます。」こういうふうに答弁しておられます。
そうすると、東京大空襲を例にとってお話ししてみたいと思いますが、東京大空襲その他が戦闘参加の実態があったかどうかということを判断した上で援護法の適用をするというのですが、今まで東京大空襲による被害者が戦闘参加の実態があったかなかったかということに対しては、なかったというふうに判断されているからこそ今日まで何もしていらっしゃらない、こういうふうに理解できることになるのですが、それでいいのでしょうか。
この発言だけを見る →それではその次は、そうなると、沖縄以外の場所はいわゆる戦場にならないので、戦闘参加者に該当する者はいない、こういうふうに政府は言い切っておられる。しかし、同時にこういうことも言っておられるのですね、この前の八十七国会のときの社労委員会で。そうではある、しかし、昭和二十年三月九日の夜から十日にかけての東京大空襲あるいは国民義勇兵役法が施行された二十年六月以降、そういう時期、そういったものに関しましては「要するに戦闘参加の実態があったかどうかということで判断して援護法の適用をする、こういうことになるわけでございます。」こういうふうに答弁しておられます。
そうすると、東京大空襲を例にとってお話ししてみたいと思いますが、東京大空襲その他が戦闘参加の実態があったかどうかということを判断した上で援護法の適用をするというのですが、今まで東京大空襲による被害者が戦闘参加の実態があったかなかったかということに対しては、なかったというふうに判断されているからこそ今日まで何もしていらっしゃらない、こういうふうに理解できることになるのですが、それでいいのでしょうか。