文教委員会
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会
会議録情報#0
平成二年五月三十日(水曜日)
午前十一時四十八分開議
出席委員
委員長 船田 元君
理事 臼井日出男君 理事 木村 義雄君
理事 町村 信孝君 理事 松田 岩夫君
理事 中西 績介君 理事 吉田 正雄君
理事 鍛冶 清君
岩屋 毅君 狩野 勝君
小坂 憲次君 左藤 恵君
佐田玄一郎君 坂本 剛二君
塩谷 立君 福永 信彦君
真鍋 光広君 増田 敏男君
村田 吉隆君 輿石 東君
佐藤 泰介君 佐藤 徳雄君
沢藤礼次郎君 土肥 隆一君
馬場 昇君 伏屋 修治君
矢迫 秀彦君 山原健二郎君
米沢 隆君
出席国務大臣
文 部 大 臣 保利 耕輔君
出席政府委員
文部大臣官房長 國分 正明君
文部大臣官房総
務審議官 佐藤 次郎君
文部省高等教育
局長 坂元 弘直君
文部省学術国際
局長 川村 恒明君
文化庁次長 遠山 敦子君
委員外の出席者
法務省人権擁護
局調査課長 濱 卓雄君
建設省住宅局建
築指導課長 鈴木 俊夫君
文教委員会調査
室長 堀口 一郎君
─────────────
委員の異動
五月三十日
辞任 補欠選任
岩屋 毅君 福永 信彦君
薮仲 義彦君 伏屋 修治君
同日
辞任 補欠選任
福永 信彦君 岩屋 毅君
伏屋 修治君 薮仲 義彦君
─────────────
五月二十九日
私学助成大幅増額、高校三十五人以下学級の早期実現等に関する請願外一件(田口健二君紹介)(第一三七八号)
同外二件(田口健二君紹介)(第一三九二号)
同外二件(田口健二君紹介)(第一四二六号)
同(高木義明君紹介)(第一四二七号)
同外二件(田口健二君紹介)(第一四六七号)
同外二件(田口健二君紹介)(第一四八三号)
高校四十人学級の早期実現等に関する請願(平田米男君紹介)(第一三九一号)
同(石田幸四郎君紹介)(第一四六五号)
三十五人学級の実現等に関する請願(永末英一君紹介)(第一四六六号)
は本委員会に付託された。
─────────────
本日の会議に付した案件
国立学校設置法の一部を改正する法律案(内閣提出第一三号)
────◇─────
この発言だけを見る →午前十一時四十八分開議
出席委員
委員長 船田 元君
理事 臼井日出男君 理事 木村 義雄君
理事 町村 信孝君 理事 松田 岩夫君
理事 中西 績介君 理事 吉田 正雄君
理事 鍛冶 清君
岩屋 毅君 狩野 勝君
小坂 憲次君 左藤 恵君
佐田玄一郎君 坂本 剛二君
塩谷 立君 福永 信彦君
真鍋 光広君 増田 敏男君
村田 吉隆君 輿石 東君
佐藤 泰介君 佐藤 徳雄君
沢藤礼次郎君 土肥 隆一君
馬場 昇君 伏屋 修治君
矢迫 秀彦君 山原健二郎君
米沢 隆君
出席国務大臣
文 部 大 臣 保利 耕輔君
出席政府委員
文部大臣官房長 國分 正明君
文部大臣官房総
務審議官 佐藤 次郎君
文部省高等教育
局長 坂元 弘直君
文部省学術国際
局長 川村 恒明君
文化庁次長 遠山 敦子君
委員外の出席者
法務省人権擁護
局調査課長 濱 卓雄君
建設省住宅局建
築指導課長 鈴木 俊夫君
文教委員会調査
室長 堀口 一郎君
─────────────
委員の異動
五月三十日
辞任 補欠選任
岩屋 毅君 福永 信彦君
薮仲 義彦君 伏屋 修治君
同日
辞任 補欠選任
福永 信彦君 岩屋 毅君
伏屋 修治君 薮仲 義彦君
─────────────
五月二十九日
私学助成大幅増額、高校三十五人以下学級の早期実現等に関する請願外一件(田口健二君紹介)(第一三七八号)
同外二件(田口健二君紹介)(第一三九二号)
同外二件(田口健二君紹介)(第一四二六号)
同(高木義明君紹介)(第一四二七号)
同外二件(田口健二君紹介)(第一四六七号)
同外二件(田口健二君紹介)(第一四八三号)
高校四十人学級の早期実現等に関する請願(平田米男君紹介)(第一三九一号)
同(石田幸四郎君紹介)(第一四六五号)
三十五人学級の実現等に関する請願(永末英一君紹介)(第一四六六号)
は本委員会に付託された。
─────────────
本日の会議に付した案件
国立学校設置法の一部を改正する法律案(内閣提出第一三号)
────◇─────
船
船田元#1
○船田委員長 これより会議を開きます。
内閣提出、国立学校設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。
質疑の申し出がありますので、順次これを許します。吉田正雄君。
この発言だけを見る →内閣提出、国立学校設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。
質疑の申し出がありますので、順次これを許します。吉田正雄君。
吉
吉田正雄#2
○吉田(正)委員 衆議院では初めて質問をいたすことになりますけれども、私の方でも思っておることを率直に申し上げたいと思っておりますし、また文部省当局からも、官僚的な答弁ではなくて、本当に心の通い合うようなひとつ論議を行わせていただきたいというふうに思っております。
それで、極めて時間が限られておりますので、高等教育の改革、充実に絞ってお尋ねをいたしたいというふうに思っております。
御承知のように、我が国の高等教育は戦後目覚ましい量的拡大を遂げております。文部省資料でも、平成元年五月現在、大学四百九十九校、短期大学五百八十四校、高等専門学校六十二校であり、在学者数では大学二百七万人、短期大学四十六万人、高等専門学校、これは四、五年次ですが、一万九千人で、進学率は平成元年度三六・八%となっております。
今さら高等教育の重要性を申し上げるまでもないわけでありますけれども、しかし大学院教育の改革、充実は、科学技術の驚異的な発展、学問研究の高度化、社会の国際化、情報化などに伴い日本がこれから国際社会の一員として名誉ある地位と信頼を得ていくために、社会的要請も踏まえた緊急不可欠の課題であります。しかしながら、我が国高等教育の現状は解決すべき多くの問題を抱えております。
時間の関係で本格的な論議はできませんけれども、これはまた馬場委員が後ほど行いますので、それに期待をいたしまして、以下、幾つかの点に絞ってお尋ねいたします。
ちょうど二十年前でありますけれども、一九七〇年一月十一日から二十四日にかけてOECD、経済協力開発機構の教育調査団が日本を訪れ、日本における教育政策及び教育計画の調査を行いました。私は、翻訳でありますけれどもその報告書を読んで、調査団が日本の教育の現状、問題点、政策を的確に把握し、しかも私たち日本人の気づかなかった点や見落としがちな点を含めて鋭い分析を行い、解決策も提示するのを見て、当時大きな衝撃と感激を受けたことを今でも鮮明に覚えております。
報告書の序論では、重要な三つの一般的問題点の指摘を行っておりますけれども、残念ながら、それらは今日なお本質的に解決されていないのではないかと思われます。
その指摘の第一点では、次のように述べております。
学生が生まれながらに持つ能力を開発することよりも、選抜の方を重視することは、事実上、教育のすべての段階を通じて起こっている。
この傾向は、高等教育と大学入試制度の持つ極めて階層的な性格に大きな原因があると考えられる。どの大学に入学するか、とりわけそれが東京大学や京都大学であるか、それとも他の学校であるかは、その人の人生に決定的な重要性を持っている。しかも、入学は十八歳のときに行われるたった一度の試験によって決定されている。こうした選抜制度は、大学教育は言うまでもなく、高等教育以下の教育まで大きくゆがめている。その意味で、日本の教育の中心的な問題点の一つだと思われる。
というふうに指摘をいたしておるわけです。換言すると、このような日本の社会には、出生による階級はないが、十八歳の大学入試によって階級が発生するというふうに言っている人もおるわけです。
この指摘が行われた一九七〇年、昭和四十五年でありますけれども、各省庁の国家公務員上級試験合格者の採用状況を見ると、東大出身者が断然多いわけです。八百二十六人の採用者のうち二百五十二名、三一%が東大卒であり、御三家と言われる大蔵省では三十九人中十八人、通産省三十八人中三十一人、自治省十四人中十三人と東大卒が圧倒的に多くなっております。今日でもこの傾向はさして変わらないのではないかと思われますが、この問題は非常に大きな問題でありまして、単に学校教育だけの問題ではありません。
そういう点で、この問題を今ここで論ずるには余りにも問題が大き過ぎますので、これはさておいて、高等教育の質と量の両面の充実というものが今日の社会的要請でありますので、そういう点で大学院強化の必要性が叫ばれておりますから、そこでこの大学院、とりわけ博士課程について若干お聞きをいたします。
大臣も御承知のように、日本で博士号制度が定められたのは明治二十年であり、最初に授与された人は法学、医学、工学、文学、理学の五分野から五名ずつの二十五名で、それらの人たちは、帝国大学教授十一名を含むいわゆる大家として世間から認められている人たちであったわけです。これらの博士は、大学院の博士課程を修了した者と同等以上の学力を有することを確認されたものとして授与された者、いわゆる論文博士であります。これは日本独得の制度だというふうに思われます。この論文博士の数は、理工系・文科系別、国公私立別にそれぞれどれぐらいの人数になっておるのか、ちょっとお聞かせ願いたいと思います。
この発言だけを見る →それで、極めて時間が限られておりますので、高等教育の改革、充実に絞ってお尋ねをいたしたいというふうに思っております。
御承知のように、我が国の高等教育は戦後目覚ましい量的拡大を遂げております。文部省資料でも、平成元年五月現在、大学四百九十九校、短期大学五百八十四校、高等専門学校六十二校であり、在学者数では大学二百七万人、短期大学四十六万人、高等専門学校、これは四、五年次ですが、一万九千人で、進学率は平成元年度三六・八%となっております。
今さら高等教育の重要性を申し上げるまでもないわけでありますけれども、しかし大学院教育の改革、充実は、科学技術の驚異的な発展、学問研究の高度化、社会の国際化、情報化などに伴い日本がこれから国際社会の一員として名誉ある地位と信頼を得ていくために、社会的要請も踏まえた緊急不可欠の課題であります。しかしながら、我が国高等教育の現状は解決すべき多くの問題を抱えております。
時間の関係で本格的な論議はできませんけれども、これはまた馬場委員が後ほど行いますので、それに期待をいたしまして、以下、幾つかの点に絞ってお尋ねいたします。
ちょうど二十年前でありますけれども、一九七〇年一月十一日から二十四日にかけてOECD、経済協力開発機構の教育調査団が日本を訪れ、日本における教育政策及び教育計画の調査を行いました。私は、翻訳でありますけれどもその報告書を読んで、調査団が日本の教育の現状、問題点、政策を的確に把握し、しかも私たち日本人の気づかなかった点や見落としがちな点を含めて鋭い分析を行い、解決策も提示するのを見て、当時大きな衝撃と感激を受けたことを今でも鮮明に覚えております。
報告書の序論では、重要な三つの一般的問題点の指摘を行っておりますけれども、残念ながら、それらは今日なお本質的に解決されていないのではないかと思われます。
その指摘の第一点では、次のように述べております。
学生が生まれながらに持つ能力を開発することよりも、選抜の方を重視することは、事実上、教育のすべての段階を通じて起こっている。
この傾向は、高等教育と大学入試制度の持つ極めて階層的な性格に大きな原因があると考えられる。どの大学に入学するか、とりわけそれが東京大学や京都大学であるか、それとも他の学校であるかは、その人の人生に決定的な重要性を持っている。しかも、入学は十八歳のときに行われるたった一度の試験によって決定されている。こうした選抜制度は、大学教育は言うまでもなく、高等教育以下の教育まで大きくゆがめている。その意味で、日本の教育の中心的な問題点の一つだと思われる。
というふうに指摘をいたしておるわけです。換言すると、このような日本の社会には、出生による階級はないが、十八歳の大学入試によって階級が発生するというふうに言っている人もおるわけです。
この指摘が行われた一九七〇年、昭和四十五年でありますけれども、各省庁の国家公務員上級試験合格者の採用状況を見ると、東大出身者が断然多いわけです。八百二十六人の採用者のうち二百五十二名、三一%が東大卒であり、御三家と言われる大蔵省では三十九人中十八人、通産省三十八人中三十一人、自治省十四人中十三人と東大卒が圧倒的に多くなっております。今日でもこの傾向はさして変わらないのではないかと思われますが、この問題は非常に大きな問題でありまして、単に学校教育だけの問題ではありません。
そういう点で、この問題を今ここで論ずるには余りにも問題が大き過ぎますので、これはさておいて、高等教育の質と量の両面の充実というものが今日の社会的要請でありますので、そういう点で大学院強化の必要性が叫ばれておりますから、そこでこの大学院、とりわけ博士課程について若干お聞きをいたします。
大臣も御承知のように、日本で博士号制度が定められたのは明治二十年であり、最初に授与された人は法学、医学、工学、文学、理学の五分野から五名ずつの二十五名で、それらの人たちは、帝国大学教授十一名を含むいわゆる大家として世間から認められている人たちであったわけです。これらの博士は、大学院の博士課程を修了した者と同等以上の学力を有することを確認されたものとして授与された者、いわゆる論文博士であります。これは日本独得の制度だというふうに思われます。この論文博士の数は、理工系・文科系別、国公私立別にそれぞれどれぐらいの人数になっておるのか、ちょっとお聞かせ願いたいと思います。
坂
坂元弘直#3
○坂元政府委員 お答えいたします。
昭和三十二年から六十二年までの論文博士の授与者でございますが、国立大学は五万五千二十五人、公立大学は七千八百九十四人、私立大学が二万二千六百九十人、トータルで八万五千六百九人でございます。
この発言だけを見る →昭和三十二年から六十二年までの論文博士の授与者でございますが、国立大学は五万五千二十五人、公立大学は七千八百九十四人、私立大学が二万二千六百九十人、トータルで八万五千六百九人でございます。
吉
吉田正雄#4
○吉田(正)委員 大学院設置基準の第十八条及び学位規則第五条に基づくいわゆる課程博士の数がどれぐらいになっておるものか、特に国立大学での博士課程の定員数と博士号授与者の数がどれぐらいになっておるのか、お聞かせ願いたいと思います。
この発言だけを見る →坂
坂元弘直#5
○坂元政府委員 お答えいたします。
先ほどの数字との関係で、三十二年から六十二年までの累計で課程博士の授与された者の累計を申し上げます。国立大学だけで申し上げますと、四万六百人でございます。それを六十二年の授与で申し上げますと、国立大学だけで申し上げますと、二千四百三十四人でございまして、これは入学者に対する割合というのは六六・九%でございます。
ちなみに各分野別で申し上げますと、人文系が一一・四%、社会科学系が八・五%、理学部理系が七二・七%、工学系が七七・四%、農学系が七九%、保健、これは主として医学部でございますが、これが八二%、教育が一三%等になっておりまして、人文・社会科学系がかなり低い状況にあるという状況でございます。
この発言だけを見る →先ほどの数字との関係で、三十二年から六十二年までの累計で課程博士の授与された者の累計を申し上げます。国立大学だけで申し上げますと、四万六百人でございます。それを六十二年の授与で申し上げますと、国立大学だけで申し上げますと、二千四百三十四人でございまして、これは入学者に対する割合というのは六六・九%でございます。
ちなみに各分野別で申し上げますと、人文系が一一・四%、社会科学系が八・五%、理学部理系が七二・七%、工学系が七七・四%、農学系が七九%、保健、これは主として医学部でございますが、これが八二%、教育が一三%等になっておりまして、人文・社会科学系がかなり低い状況にあるという状況でございます。
吉
吉田正雄#6
○吉田(正)委員 今の数字にも示されておりますように、大学院の博士課程を修了しながら博士号をもらえないという人たちが随分おるわけであります。別の調査によりますと、最近一年間に誕生する理学博士の四五%、工学博士の六〇%が論文博士である。取得者の平均年齢は、八八年度で理学系が四十歳、工学系が四十二歳。それから課程博士の場合は、両方とも大体二十九歳くらいだということが言われておるわけです。
私がここで問題にいたしたいと思いますのは、せっかく大学院、博士課程というものが設置をされながら、設置基準でいくならば、博士課程を修了した人に対しては博士課程を与えなければならない、授与しなければならないということが明確に定められておるわけです。ところが、授与されない方が随分多い。特に文科系統に至ってはもらっている方が一割にも満たないという状況になっておるわけです。一体どこに原因があるのか、どこに問題点があるのか、そして文部省当局としてはこの大学院設置基準に基づいて、このような現状は好ましくないわけでありますから、どのように法に沿った解決を考えておいでになるのか、その点をお聞かせ願いたいと思うわけです。
この発言だけを見る →私がここで問題にいたしたいと思いますのは、せっかく大学院、博士課程というものが設置をされながら、設置基準でいくならば、博士課程を修了した人に対しては博士課程を与えなければならない、授与しなければならないということが明確に定められておるわけです。ところが、授与されない方が随分多い。特に文科系統に至ってはもらっている方が一割にも満たないという状況になっておるわけです。一体どこに原因があるのか、どこに問題点があるのか、そして文部省当局としてはこの大学院設置基準に基づいて、このような現状は好ましくないわけでありますから、どのように法に沿った解決を考えておいでになるのか、その点をお聞かせ願いたいと思うわけです。
坂
坂元弘直#7
○坂元政府委員 確かに先生御指摘のとおりでございまして、先ほど数字で申し上げましたが、文科系の博士課程の授与件数が非常に少ない、しかもこれは特に最近御承知のとおりに留学生が非常にふえてまいりまして、我が国の文科系の博士課程に行ってもなかなか博士がもらえないというようなことで留学生関係者からも大変不満がふえているわけでございます。
先生御指摘のとおりに、戦前の博士の概念と申しますか、博士は、研究実績を上げて、ある意味では研究者として完成された人に与えるというのが博士の考え方でございましたが、戦後の昭和二十八年に規定されました新しい博士というのは、研究者として自立して研究活動を行い得る者に博士の学位を与える、言いかえれば研究者の出発点に立った人に博士を授与する、そういうふうに博士の考え方が変わったわけでございますが、それが非常に残念なことではございますけれども、文科系の大学院ではこの新しい学位制度の考え方が十分徹底していないというのが実情でございます。実際にも、課程博士に必要な論文につきましても過度に高度で体系的なものを要求している大学院が非常に多く見られることも事実でございます。
私どもも、この問題につきましては、最終的には博士を授与する権限を持っておるものは大学院を持つ大学でございますので、大学の関係者に対して従来からも課程博士の意義を十分理解して、特に文科系については博士号を円滑に出すようにお願いもし指導もしてきておりますが、必ずしも十分な状況ではございません。そういう意味で、この問題の解決というのは最終的には私は大学自身の意識改革が基本であろうかと思います。
ただ、大学に何らかの刺激を与える、インセンティブを与えるというような考え方で学位制度の見直し、これは今の学位の考え方を改めるということではございませんが、例えば博士の種類などについては大学院設置基準で限定的に書かれているわけですが、そういうものをもっと弾力化する等のことを含めまして、学位制度の見直しと改善方策につきまして今大学審議会に検討をお願いしているところでございます。
大学審議会は、国公私立の大学院関係者にもアンケート等を出しまして、そしてその学位制度の見直しについて現在検討を加えておりますので、この検討結果を待って文部省としても適切に対処してまいりたい。言いかえれば、対処していくということは、形式的には必要ならば大学院の設置基準を改正するということもあり得るわけですが、それと同時に、その改正の趣旨については国公私立大学の大学院関係者に強力に徹底をしてまいりたいというふうに今のところ考えているところでございます。
この発言だけを見る →先生御指摘のとおりに、戦前の博士の概念と申しますか、博士は、研究実績を上げて、ある意味では研究者として完成された人に与えるというのが博士の考え方でございましたが、戦後の昭和二十八年に規定されました新しい博士というのは、研究者として自立して研究活動を行い得る者に博士の学位を与える、言いかえれば研究者の出発点に立った人に博士を授与する、そういうふうに博士の考え方が変わったわけでございますが、それが非常に残念なことではございますけれども、文科系の大学院ではこの新しい学位制度の考え方が十分徹底していないというのが実情でございます。実際にも、課程博士に必要な論文につきましても過度に高度で体系的なものを要求している大学院が非常に多く見られることも事実でございます。
私どもも、この問題につきましては、最終的には博士を授与する権限を持っておるものは大学院を持つ大学でございますので、大学の関係者に対して従来からも課程博士の意義を十分理解して、特に文科系については博士号を円滑に出すようにお願いもし指導もしてきておりますが、必ずしも十分な状況ではございません。そういう意味で、この問題の解決というのは最終的には私は大学自身の意識改革が基本であろうかと思います。
ただ、大学に何らかの刺激を与える、インセンティブを与えるというような考え方で学位制度の見直し、これは今の学位の考え方を改めるということではございませんが、例えば博士の種類などについては大学院設置基準で限定的に書かれているわけですが、そういうものをもっと弾力化する等のことを含めまして、学位制度の見直しと改善方策につきまして今大学審議会に検討をお願いしているところでございます。
大学審議会は、国公私立の大学院関係者にもアンケート等を出しまして、そしてその学位制度の見直しについて現在検討を加えておりますので、この検討結果を待って文部省としても適切に対処してまいりたい。言いかえれば、対処していくということは、形式的には必要ならば大学院の設置基準を改正するということもあり得るわけですが、それと同時に、その改正の趣旨については国公私立大学の大学院関係者に強力に徹底をしてまいりたいというふうに今のところ考えているところでございます。
吉
吉田正雄#8
○吉田(正)委員 今お認めになっておりますように、日本の大学院教育というものがアメリカ等に対して非常に劣っておるといいましょうか大きな力を発揮し得ない状況になっている。その理由はいろいろあろうかと思うのですけれども、これは大臣ちょっと聞いておいていただきたいのです。これもある調査なんですけれども、大学院の学生の六〇%近くの者というのが自己資金で生活を賄っておる。米国では学生の生活支援体制というのが非常に整っておりますから、みずからの資金で生活を賄う学生というのは非常に少ないということが言われておるわけです。日本の場合、理工系では博士号を取得できないまま社会に出ていく人たちが現在約三割くらいなんですね。それから博士課程修了者は現在理学部で四〇%、工学部で二〇%が修了時点で無職なんです。だから仮に博士課程をもらったとしても今度は就職先がないという状況がまた出ておるわけなんですね。
こういう状況というものが大学院へ進む学生の数を少なくしている、また意欲をなくしておるということで、悪循環だろうと思っているわけです。そのことがまた大学院の質を低めておるということで、現在、もう大学院に残っている学生というのはどちらかというと質が余りよくないのじゃないか、立派な学生というのは全部民間一流企業に就職をしている、またそういう状況というものが相当続いてきたために大学院の教授の質も低下をしているのじゃないかというふうなことを辛らつに言う方も最近ふえているように思われるのです。
そういう点で、これは高等教育局長もよく聞いておいてもらいたいと思うのですが、この大学院の質を高めるという観点から、学生たちの経済的に自立できる条件、研究施設の充実整備、それから大学院修了者にふさわしい職場の確保、進路の確保などについて、文部省としては、今後一体どのように考えられておるのか。文部省から出されている時報やいろいろな書類等にもいろいろなことを書かれておるのですけれども、余り具体的な内容ではない。要するに文章なんですね。
だから、いつまでたってもこの問題が解決されない。このことがまた大学院教育だけでなくて学部にもはね返って日本全体の高等教育の質的充実というものを、質的な向上というものを阻んでいるのではないかと思われますので、今後この質的向上を目指しての整備改善の具体策をどのように考えられていくのか、お聞かせを願いたいと思うのです。いかがでしょうか。
この発言だけを見る →こういう状況というものが大学院へ進む学生の数を少なくしている、また意欲をなくしておるということで、悪循環だろうと思っているわけです。そのことがまた大学院の質を低めておるということで、現在、もう大学院に残っている学生というのはどちらかというと質が余りよくないのじゃないか、立派な学生というのは全部民間一流企業に就職をしている、またそういう状況というものが相当続いてきたために大学院の教授の質も低下をしているのじゃないかというふうなことを辛らつに言う方も最近ふえているように思われるのです。
そういう点で、これは高等教育局長もよく聞いておいてもらいたいと思うのですが、この大学院の質を高めるという観点から、学生たちの経済的に自立できる条件、研究施設の充実整備、それから大学院修了者にふさわしい職場の確保、進路の確保などについて、文部省としては、今後一体どのように考えられておるのか。文部省から出されている時報やいろいろな書類等にもいろいろなことを書かれておるのですけれども、余り具体的な内容ではない。要するに文章なんですね。
だから、いつまでたってもこの問題が解決されない。このことがまた大学院教育だけでなくて学部にもはね返って日本全体の高等教育の質的充実というものを、質的な向上というものを阻んでいるのではないかと思われますので、今後この質的向上を目指しての整備改善の具体策をどのように考えられていくのか、お聞かせを願いたいと思うのです。いかがでしょうか。
坂
坂元弘直#9
○坂元政府委員 最初に、大学院の学生の処遇と申しますか生活費等の確保の問題でございますが、この問題につきましては、確かに先生も御指摘のように、日本育英会でやっております育英奨学事業も本年度は大学院を中心にして貸与人員を増いたしましたけれども、最終的に増いたしました結果、大学院の育英奨学資金を貸与しているパーセンテージというのは大体四二%程度でございまして、必ずしも十分な貸与数ではないと私どもも考えてはおります。
この点につきましては、今後とも育英奨学対象人員等をふやすことについては私ども大学院を中心に鋭意努力をしてまいりたいと考えておりますが、育英奨学資金だけでは生活費まで含めて大学院の学生がやっていけるような金額ではございません。そういう意味で、例えば日本学術振興会で大学院の院生も対象にするフェローシップ制度を設けまして、これは千人でございますが、その千人の枠の中で優秀な大学院の学生に対してはかなりの額の資金と研究費を別途与えておりますが、これも枠の関係から必ずしも十分じゃございません。今後とも拡充していかなければならない問題だと思います。
それと、さらにそういうことではなくて、ティーチングアシスタントというような形で大学院の例えばドクターコースの学生を使っていく、そしてその人に対して給与をペイするというような仕組みについても今後検討し、考えていかなければいけないだろうと私どもも思っておりますが、これにつきましては、現在、大学審議会でその仕組み、あり方等について御検討をお願いしているところでございまして、この検討結果を待って対処してまいりたいと考えております。
第二点の施設設備の充実整備の問題でございますが、これもまさに先生御指摘のとおりでございまして、大学院の施設設備が必ずしも十分とは私ども思っておりません。これにつきましては、国公私立を通じまして、国立についてはもちろん国で全額やるのですが、私立、公立につきましては補助金として大学院最先端設備整備費補助金というものを年々拡充してまいりまして補助をしているわけであります。この点につきましても今後とも努力をしていきたいと考えております。
それから職の確保の問題でございますが、これは大学院を出て研究者になるのかあるいは民間企業体で勤めるのかという点でございますが、大学教官あるいは研究者になるという点につきましては、現在どちらかというと大学規模を国公私立とも拡大している時期でございますので、かなりの需要というのはあるのではないかと思っておりますが、民間企業体の採用ということになりますと、民間企業体の方にイニシアチブがあるものですから、果たして現在の大学院博士課程卒業生が民間企業体にとって魅力のある人材として養成されて育ってきているかどうかというような問題もございまして、なかなか、民間企業体によっては修士課程ならばぜひ採用したいが博士課程はどうもというようなところも従来はあったようでございますが、最近は情報関係を中心にしましてかなり民間企業体でも博士あるいは博士課程を修了した人を採用するということがふえつつあるようでございますが、必ずしも全部の人が希望するように就職できるような状況にはないということも事実でございます。
この発言だけを見る →この点につきましては、今後とも育英奨学対象人員等をふやすことについては私ども大学院を中心に鋭意努力をしてまいりたいと考えておりますが、育英奨学資金だけでは生活費まで含めて大学院の学生がやっていけるような金額ではございません。そういう意味で、例えば日本学術振興会で大学院の院生も対象にするフェローシップ制度を設けまして、これは千人でございますが、その千人の枠の中で優秀な大学院の学生に対してはかなりの額の資金と研究費を別途与えておりますが、これも枠の関係から必ずしも十分じゃございません。今後とも拡充していかなければならない問題だと思います。
それと、さらにそういうことではなくて、ティーチングアシスタントというような形で大学院の例えばドクターコースの学生を使っていく、そしてその人に対して給与をペイするというような仕組みについても今後検討し、考えていかなければいけないだろうと私どもも思っておりますが、これにつきましては、現在、大学審議会でその仕組み、あり方等について御検討をお願いしているところでございまして、この検討結果を待って対処してまいりたいと考えております。
第二点の施設設備の充実整備の問題でございますが、これもまさに先生御指摘のとおりでございまして、大学院の施設設備が必ずしも十分とは私ども思っておりません。これにつきましては、国公私立を通じまして、国立についてはもちろん国で全額やるのですが、私立、公立につきましては補助金として大学院最先端設備整備費補助金というものを年々拡充してまいりまして補助をしているわけであります。この点につきましても今後とも努力をしていきたいと考えております。
それから職の確保の問題でございますが、これは大学院を出て研究者になるのかあるいは民間企業体で勤めるのかという点でございますが、大学教官あるいは研究者になるという点につきましては、現在どちらかというと大学規模を国公私立とも拡大している時期でございますので、かなりの需要というのはあるのではないかと思っておりますが、民間企業体の採用ということになりますと、民間企業体の方にイニシアチブがあるものですから、果たして現在の大学院博士課程卒業生が民間企業体にとって魅力のある人材として養成されて育ってきているかどうかというような問題もございまして、なかなか、民間企業体によっては修士課程ならばぜひ採用したいが博士課程はどうもというようなところも従来はあったようでございますが、最近は情報関係を中心にしましてかなり民間企業体でも博士あるいは博士課程を修了した人を採用するということがふえつつあるようでございますが、必ずしも全部の人が希望するように就職できるような状況にはないということも事実でございます。
吉
吉田正雄#10
○吉田(正)委員 今の局長の答弁、これから本当に充実に向けて努力をしていただきたいと思うのです。例えば研究費一つを見ますと、これは昨年の元年度版の科学技術白書なんですけれども、研究費は大学研究機関では一人当たり九百七十四万円、これに対して民間の研究機関の場合には二千四百九十万円、研究費一つとっても大学院と大学と民間では格段の差があるわけです。したがって、本当に研究を望む人たちにとっては大学は余り魅力がない、大学院は余り魅力がない、民間へ行こうという傾向がここしばらくずっと続いてきていると思われますので、大臣、今度はまた予算編成に当たってはこの辺の実情も十分御配慮いただいて、ひとつ予算について御努力をいただきたいと思います。
次に直接この法案と関連をしてお伺いいたしたいと思うのですけれども、今も申し上げましたように、大学、大学院の急激な量的拡大に対して研究、実験の施設設備、教授陣がこれに追いつかない。このことが教育の質的低下を来しておるという多くの指摘は妥当ではないかと私は思っておるのです。
そこで、この法案の中にも出てまいります東京工大の場合、生命関係の理工学部、それぞれ分かれておったものを一本化をして新しい学部を設置をするということなんですけれども、現在行われておる状況、それから法案が成立した後、それがどのように変わるのか。単に現にあるものを、学部が二つに分かれておったものを一つの学部にまとめたというだけなのか。これは研究、実験を含めた施設設備、それから教授陣、教育内容その他についてどのように整備をされるのか、改善をされるのか、具体的にお知らせ願いたいと思うのです。
この発言だけを見る →次に直接この法案と関連をしてお伺いいたしたいと思うのですけれども、今も申し上げましたように、大学、大学院の急激な量的拡大に対して研究、実験の施設設備、教授陣がこれに追いつかない。このことが教育の質的低下を来しておるという多くの指摘は妥当ではないかと私は思っておるのです。
そこで、この法案の中にも出てまいります東京工大の場合、生命関係の理工学部、それぞれ分かれておったものを一本化をして新しい学部を設置をするということなんですけれども、現在行われておる状況、それから法案が成立した後、それがどのように変わるのか。単に現にあるものを、学部が二つに分かれておったものを一つの学部にまとめたというだけなのか。これは研究、実験を含めた施設設備、それから教授陣、教育内容その他についてどのように整備をされるのか、改善をされるのか、具体的にお知らせ願いたいと思うのです。
坂
坂元弘直#11
○坂元政府委員 この生命理工学部設置構想につきましては、東京工業大学では昭和五十八年一月から全学的な検討を進めてまいりました。その結果、とりあえずということで昭和六十一年度に既存の関連講座等を再編制いたしまして、理学部に生命理学科、工学部に生物工学科を設置いたしました。さらに二年置きました昭和六十三年度に理学部に生体機構学科、工学部に生体分子工学科をそれぞれ設置いたしまして、その後も引き続き教育研究体制のあり方等について鋭意検討を重ねた結果、この四つの学科を一つにまとめて一つの学部として教育研究を行った方がより効率的な教育研究ができるだろうということで生命理工学部として発足をお願いをしているところでございます。
したがいまして、生命理工学部は設備、教授陣につきましては既設の四学科のものを引き継ぐことになりますが、施設につきましては、現在、工学部、理学部がそれぞれ大岡山地区にございまして、大岡山地区で授業を行っておりますが、新しくこの生命理工学部の新設をお認めいただければ、長津田地区に一体的に施設を整備してそこで授業を行うという計画を持っております。これによりまして従来の二学部体制下で実現が困難でありました一体的な運用が可能となるため、教育面ではこの生命理工学部の共通講義科目を設定できる、あるいは担当教官の調整等カリキュラムの編成が容易になるということと同時に、研究面では理学的分野と工学的分野の交流が円滑化されまして研究の効率化が図られるというふうに私ども期待をしているところでございます。
なお教員につきましては、ちょうど昭和六十三年度に理学部に生体機構学科、工学部に生体分子工学科をそれぞれ設置いたしましたというふうに先ほど申し上げましたが、教員の整備につきましては、学年進行で国立大学の場合は整備してまいりますので、昭和六十三年、平成元年、平成二年、平成三年というふうに四年間の学年進行に伴って教員を整備する予定にしております。来年度、平成三年度は教官については九人増、技術職員等その他職員につきましては十八人の増、二十七人の増を予定しておりまして、完成年度としますと、教官数は百人、その他職員が五十六人、トータルで百五十六人という計画になっております。今の工学部あるいは理学部にあります四つの学科の教官数とその他職員を単純に足しますと百二十九人でございますが、新しく学部が認められ、平成三年度には二十七人増の百五十六人のスタッフで教育研究を行っていくという計画になっております。
この発言だけを見る →したがいまして、生命理工学部は設備、教授陣につきましては既設の四学科のものを引き継ぐことになりますが、施設につきましては、現在、工学部、理学部がそれぞれ大岡山地区にございまして、大岡山地区で授業を行っておりますが、新しくこの生命理工学部の新設をお認めいただければ、長津田地区に一体的に施設を整備してそこで授業を行うという計画を持っております。これによりまして従来の二学部体制下で実現が困難でありました一体的な運用が可能となるため、教育面ではこの生命理工学部の共通講義科目を設定できる、あるいは担当教官の調整等カリキュラムの編成が容易になるということと同時に、研究面では理学的分野と工学的分野の交流が円滑化されまして研究の効率化が図られるというふうに私ども期待をしているところでございます。
なお教員につきましては、ちょうど昭和六十三年度に理学部に生体機構学科、工学部に生体分子工学科をそれぞれ設置いたしましたというふうに先ほど申し上げましたが、教員の整備につきましては、学年進行で国立大学の場合は整備してまいりますので、昭和六十三年、平成元年、平成二年、平成三年というふうに四年間の学年進行に伴って教員を整備する予定にしております。来年度、平成三年度は教官については九人増、技術職員等その他職員につきましては十八人の増、二十七人の増を予定しておりまして、完成年度としますと、教官数は百人、その他職員が五十六人、トータルで百五十六人という計画になっております。今の工学部あるいは理学部にあります四つの学科の教官数とその他職員を単純に足しますと百二十九人でございますが、新しく学部が認められ、平成三年度には二十七人増の百五十六人のスタッフで教育研究を行っていくという計画になっております。
吉
吉田正雄#12
○吉田(正)委員 すべての組織というものが人によって運営をされるわけですから、そういう点で特に教育の場合、教師というものが大きな役割を果たすという点ではどなたも御異論がないのじゃないかというふうに私は思います。
先般たまたまテレビを見ておりましたらキュリー夫人の伝記が出てまいりまして、これも随分前に私は見たのですが、また感激を新たにして最後までずっと見たわけでありますけれども、あそこには本当に真理を追求していく研究者、学者、そして教師と生徒という関係がよく描かれておったわけでありまして、こうでなければいけないという感じを強く持ったわけです。
日本でも湯川秀樹博士あるいは朝永振一郎博士等非常にすぐれた学者であり研究者であり、そしてまた教育者としても本当にすばらしい方がおいでになったわけでありますし、この両先生の門下生と言われる人たちがその後の日本の物理学を背負って立つすばらしい学者あるいは教育者として育っていったということはどなたもお認めになると思うのです。
そこで私は、時間がありませんから、ひとつ具体的に現在の大学の実態等に触れながらお尋ねをしてまいりたいというふうに思っております。
実は、四月の朝日新聞で筑波大学の教授人事をめぐってのごたごたが報道をされておったわけであります。筑波大学についての評価はいろいろあろうかと思うのですけれども、私も幾つかの大学の先生方にお会いして現在の高等教育の現状あるいは問題点等について話をいろいろお聞きもしました。また、筑波大学についても当該大学の先生あるいはほかの大学の先生の筑波大学観等もお聞きをいたしたわけです。
筑波大学は新構想大学として国際A級をねらったというふうなことで、当初はすばらしい構想を持って出発したわけなのですけれども、しかし現状を見ると、これはすばらしいと評価をされる方もあると思いますが、また、筑波大学というのは失敗したのじゃないのか、特に他の大学の皆さんが外から見ておって、どうもあれは成功とは言いがたいのではないかというふうな評価をされている先生方が私の聞く限りでは何か多いような感じがいたすわけです。
一体、何でそういうふうな批判なりが出てきたのかということなのですけれども、私が聞いている限りでは、筑波大学はいわゆる管理統制というものが強まったのじゃないか。大学の自治であるとかあるいは学問の自由、研究の自由、そういうものがだんだん薄れてきてしまっているのではないか。活気がなくなった。巧妙に管理され封じ込められたために、学生も若者らしい活気が失われつつある。陰気な大学になりつつあるのではないか。また、学問的にすぐれた教官あるいは良心的な教官が現在の大学の現状に嫌気が差して転出をしていくことが最近非常にふえておるということも聞いておるわけです。
講座制を廃止された筑波大学、講座制がいいのか、あるいは学系とか学類、学群というふうな学制の方向に持っていくのがいいのか、いろいろ一長一短があると思うのですけれども、そういう点で、筑波大学の場合には講座制を廃止した大学であるわけです。
その際、私が気をつけなければいけないと思いますのは、学類とか学系の規模が適正規模でない、余りにも小さい規模になると、俗に言うボス教授によってそれが支配されていくという危険性を持っているのではないか。今筑波大学はそれに直面をしておるのではないかというふうな感じがするのですけれども、この筑波大学の現状をどのようにとらえておいでになるのか。
例えば一つの学系の教授の規模がどの程度であるのか、あるいは生徒数がどの程度であるのか、その辺、ちょっとお聞かせ願いたいと思うのです。
この発言だけを見る →先般たまたまテレビを見ておりましたらキュリー夫人の伝記が出てまいりまして、これも随分前に私は見たのですが、また感激を新たにして最後までずっと見たわけでありますけれども、あそこには本当に真理を追求していく研究者、学者、そして教師と生徒という関係がよく描かれておったわけでありまして、こうでなければいけないという感じを強く持ったわけです。
日本でも湯川秀樹博士あるいは朝永振一郎博士等非常にすぐれた学者であり研究者であり、そしてまた教育者としても本当にすばらしい方がおいでになったわけでありますし、この両先生の門下生と言われる人たちがその後の日本の物理学を背負って立つすばらしい学者あるいは教育者として育っていったということはどなたもお認めになると思うのです。
そこで私は、時間がありませんから、ひとつ具体的に現在の大学の実態等に触れながらお尋ねをしてまいりたいというふうに思っております。
実は、四月の朝日新聞で筑波大学の教授人事をめぐってのごたごたが報道をされておったわけであります。筑波大学についての評価はいろいろあろうかと思うのですけれども、私も幾つかの大学の先生方にお会いして現在の高等教育の現状あるいは問題点等について話をいろいろお聞きもしました。また、筑波大学についても当該大学の先生あるいはほかの大学の先生の筑波大学観等もお聞きをいたしたわけです。
筑波大学は新構想大学として国際A級をねらったというふうなことで、当初はすばらしい構想を持って出発したわけなのですけれども、しかし現状を見ると、これはすばらしいと評価をされる方もあると思いますが、また、筑波大学というのは失敗したのじゃないのか、特に他の大学の皆さんが外から見ておって、どうもあれは成功とは言いがたいのではないかというふうな評価をされている先生方が私の聞く限りでは何か多いような感じがいたすわけです。
一体、何でそういうふうな批判なりが出てきたのかということなのですけれども、私が聞いている限りでは、筑波大学はいわゆる管理統制というものが強まったのじゃないか。大学の自治であるとかあるいは学問の自由、研究の自由、そういうものがだんだん薄れてきてしまっているのではないか。活気がなくなった。巧妙に管理され封じ込められたために、学生も若者らしい活気が失われつつある。陰気な大学になりつつあるのではないか。また、学問的にすぐれた教官あるいは良心的な教官が現在の大学の現状に嫌気が差して転出をしていくことが最近非常にふえておるということも聞いておるわけです。
講座制を廃止された筑波大学、講座制がいいのか、あるいは学系とか学類、学群というふうな学制の方向に持っていくのがいいのか、いろいろ一長一短があると思うのですけれども、そういう点で、筑波大学の場合には講座制を廃止した大学であるわけです。
その際、私が気をつけなければいけないと思いますのは、学類とか学系の規模が適正規模でない、余りにも小さい規模になると、俗に言うボス教授によってそれが支配されていくという危険性を持っているのではないか。今筑波大学はそれに直面をしておるのではないかというふうな感じがするのですけれども、この筑波大学の現状をどのようにとらえておいでになるのか。
例えば一つの学系の教授の規模がどの程度であるのか、あるいは生徒数がどの程度であるのか、その辺、ちょっとお聞かせ願いたいと思うのです。
坂
坂元弘直#13
○坂元政府委員 先生御指摘のとおり、筑波大学では学部という組織をつくりませんで学群という別の組織を設けまして、これは教育指導上の組織としては学群として、これらの学群の教育に当たる教員の研究上の組織として学術の専門分野に応じて編制する学系二十六学系が設けられておりますが、そういう組織にしたわけでございます。
このねらいは、従来の学部が特定の専門分野において教育と研究の両者を実施するという組織でございますので、ともすれば教育の範囲や内容が研究に引きずられるという傾向がございまして、幅の広い教育を弾力的に行うために制約があるということで、それを改善するためにこういう制度が導入されたわけでございます。
先生御指摘の学系の人数でございますが、大体多いところで教授の数で申し上げまして三十七人、助教授等入れますと八十七人というような、八十九人というところもございますが、そういう組織と、一番小さなところで教授の組織、教授、助教授等を含めまして二十二人、そういうものでございまして、二十二人という学系の教官組織から八十九人の学系の組織まで、その間に大体散らばっておるという状況でございます。
この発言だけを見る →このねらいは、従来の学部が特定の専門分野において教育と研究の両者を実施するという組織でございますので、ともすれば教育の範囲や内容が研究に引きずられるという傾向がございまして、幅の広い教育を弾力的に行うために制約があるということで、それを改善するためにこういう制度が導入されたわけでございます。
先生御指摘の学系の人数でございますが、大体多いところで教授の数で申し上げまして三十七人、助教授等入れますと八十七人というような、八十九人というところもございますが、そういう組織と、一番小さなところで教授の組織、教授、助教授等を含めまして二十二人、そういうものでございまして、二十二人という学系の教官組織から八十九人の学系の組織まで、その間に大体散らばっておるという状況でございます。
吉
吉田正雄#14
○吉田(正)委員 非常に複雑な仕組みになっているんじゃないかなという感じもするのですけれども、学系、学類、学群あるいは研究センター等、組織といったらいいのか機関というのが非常に細分化をされておるんじゃないか。そのためにまた役職者の数が非常にふえている。役職者がふえるということは、つまり細分化ですから、その役職者の意向によってどうにでも運営されていくということにどうも陥っていく嫌いがあるわけです。
実質的に役職者というものがすべて実権を握っていく、最終的に人事権まで一部の人たちによって牛耳られていくというのが出てくるんじゃないかと思うのですね。現に出たわけなんですね。社会科学系の教授の任命をめぐってそういう問題が出てきたということなので、この人事任命をめぐって文部省としてはどのように現状を把握されておるのか、またこれからその解決に向けてどのように取り組んでいかれようとしているのか、ちょっとお尋ねをいたします。
この発言だけを見る →実質的に役職者というものがすべて実権を握っていく、最終的に人事権まで一部の人たちによって牛耳られていくというのが出てくるんじゃないかと思うのですね。現に出たわけなんですね。社会科学系の教授の任命をめぐってそういう問題が出てきたということなので、この人事任命をめぐって文部省としてはどのように現状を把握されておるのか、またこれからその解決に向けてどのように取り組んでいかれようとしているのか、ちょっとお尋ねをいたします。
國
國分正明#15
○國分政府委員 筑波大学の社会科学系のうちの経済学専攻の教授につきまして、先ほど朝日新聞を御引用になってお尋ねがあったわけでございます。
若干実情を申し上げますと、筑波大学におきましては、昭和六十年四月に一人辞職されました。それからまた、六十一年三月末に定年で一人退職されました。また、平成元年三月末に辞職されるということで三人の欠員ができたわけでございますが、さらにその後、定員措置が、平成元年九月に定員の配当がなされました。現在のところ教授で四人が欠員状態というふうな状況になっております。
もちろん大学の教官の人事というのは大学自治の根幹をなすわけでございまして、大学自身で解決していただくほかないわけでございます。そしてまた、教育研究上の必要に基づいて定員配置をされているわけでございますから、筑波大学に限らず、いろいろな大学でそれぞれの事情を抱えているかとは思いますけれども、やはり欠員が生じた場合には可及的速やかに補充するというのが教育面でもあるいは研究面でも支障が生じないゆえんでございますので、こういうような状態になっているということは私どもとしては大変遺憾に存じておるわけでございます。
今後の見通しでございますが、現在学内で内部の手続を終えまして、四名のうち三名につきましてはこの六月一日、間もなくでございますが、補充するという予定になっております。また、あとの一名につきましても六月中旬に補充するということで、間もなくこの四名の欠員状態は解消するという状況になっております。
この発言だけを見る →若干実情を申し上げますと、筑波大学におきましては、昭和六十年四月に一人辞職されました。それからまた、六十一年三月末に定年で一人退職されました。また、平成元年三月末に辞職されるということで三人の欠員ができたわけでございますが、さらにその後、定員措置が、平成元年九月に定員の配当がなされました。現在のところ教授で四人が欠員状態というふうな状況になっております。
もちろん大学の教官の人事というのは大学自治の根幹をなすわけでございまして、大学自身で解決していただくほかないわけでございます。そしてまた、教育研究上の必要に基づいて定員配置をされているわけでございますから、筑波大学に限らず、いろいろな大学でそれぞれの事情を抱えているかとは思いますけれども、やはり欠員が生じた場合には可及的速やかに補充するというのが教育面でもあるいは研究面でも支障が生じないゆえんでございますので、こういうような状態になっているということは私どもとしては大変遺憾に存じておるわけでございます。
今後の見通しでございますが、現在学内で内部の手続を終えまして、四名のうち三名につきましてはこの六月一日、間もなくでございますが、補充するという予定になっております。また、あとの一名につきましても六月中旬に補充するということで、間もなくこの四名の欠員状態は解消するという状況になっております。
吉
吉田正雄#16
○吉田(正)委員 私の方でいろいろお聞きをした内容があるのですね。きょう残念ながら非常に時間がないものですから、この問題だけ論議をやってもすぐ二、三時間、具体的事実等も確認をしながらということになりますと、二、三時間はあっという間にかかってしまうのです。
そこで、またの機会に譲ることにしまして、これはもう大学当局も承知をいたしておる内容ですから、これを大臣、それから官房長、よく聞いていただいて、今後の解決に資していただきたいと思うのですよ。あえて名前は言いませんが、もう文部省でも御存じだろうと思うのですけれども、この関係教授、しかも専攻教授です、この専攻教授が筑波大学人事委員長、人事責任者に文書を提出しておるのですね。これがことしの四月十六日に提出をいたしております。
この提出をされた文書に今度の一連の人事の背景、原因等が書かれておるというふうに私は思いますから、これを読んで、今後の善処方を要望いたしたいというふうに思うのです。
今回の経済学教授人事(四ポスト)のうち理論経済学と財政・金融論は問題はない。「社会政策」と「経済政策」の二ポストの候補者は研究業績の水準が低く、「専攻自主の原則」にもとづき経済学専攻での教授協議会で十回に互る学問的慎重審議の結果、
これが一九八八年四月から七月まで行われたわけですが、
残念ながら「不適格」という「結論」に行きついた内部の二助教授です。
これは正式な専攻教授会で論議をして十回にもわたってやって、そしてこの二助教授については不適格だという結論が出たというのですね。
そのうち一人の業績には自説か他説か紛わしい論文が多数あるという常識では考えられないケースです。
ということなんですね。これは名前を言うといろいろとまた支障も出ます。これはそういう文書が大学に出ているのですから、私、言っているのです。
その後の二年弱はこの二人の助教授を教授昇格させるための裏・表のルールを破り慣行を無視し、脅し・いやがらせ・虚偽を武器とする、凡そ常識では考えられない不正な経過です。このような不正な事例は全国の国立大学でも例がないように思えます。つまり専攻で「不適格」とされた人物を上記の手順・経過で「最適の候補者」に不正に塗りかえたわけです。
そのような事情からその人事の「手続き」には数えきれないほどの不正と誤まりがあります。この二ポストのねじれ現象については全国注視の事実でもあり、決定を白紙に戻し学系外の場で他の「公募」応募者とともに公正かつ厳正な審査を行なうべきだと考えます。
一、「公募」という社会的公約にもかかわらず四ポスト全部が内部昇格で外部採用ゼロというのでは全国注視の人事として理が立ちません。
これは、ちょっと申し上げますと、紛争で今言ったような不適格といういろいろな話が出たものですから、それでは公募しようということで全国から公募したのですね。それで三十数人の応募者があった。ところが、申し出の当人も含めて、専攻の重要な教授をそこから排除してしまって、結局応募者というのは全部だめだということでやってしまったのですね。そして、再び内部から選考するというふうに持っていったということなんです。
学外から多数の「優秀な応募者」(三十数名)があり優秀な人々が多数いるだけに三十数名の応募者のすべてより内部の人がすべて優れているという証明はいかにしても不可能です。「学系教授協議会」が専攻に代わって人事を行なう時の前提条件は次の諸点がありました。①コア・カリキュラムの確立②公募による最優秀な人物の教授任用③専攻の教授の意見尊重。これらの事項は総てホゴとされたといってよい状態です。従って学系教授協議会(決定権はないとされている)中心、つまりは他の専門の教授が経済学教授人事を行なうのは正当な根拠を欠いています。
一、専攻の教授は本来中心になって人事を行なう立場なのに、「専攻自主」、「専攻中心」審査の過程でいわれなく強引に「排除」された。つまり審査権を奪われた。(人事決定の本来の場である学系レベルで)
そういう権限というものが一切無視をされていったということなんですね。
一、経済学教授人事の「基準」は選考のさい無視されたり、二人の「不適格」の助教授を昇格させるために読みかえられたとも推定される。
ということで、この専攻の教授が大学の人事委員長、人事責任者にこうやって正式に文書で訴えておるわけなんですね。その他いろいろなことがあるようなんです。
そういうことで、本来であれば関係者を呼んで実情を聞くなり、あるいはまた大学の自治を侵害しない、介入、干渉にならない範囲で大学の実情等を調査をすべきではないかというふうにも思っているのですけれども、いずれにしても、大学自治の原則を守りながら、しかし国立大学という筑波大学の与えられた地位、責任、それらの重大さから考えますと、今の大学の運営全体にも非常に官僚主義的な管理統制、そしてそこには自主的な研究、学問、そういう雰囲気というものが失われておる。私が先ほど申し上げましたように、これは内部の関係者以外の他大学の教授の先生方も筑波大学を見て、どうもよくないのじゃないかということをおっしゃっている方が結構多いのですね。実は、おやめになった福田前学長も現在の大学のあり方等については若干批判的なことも言われております。
そういう点で、私は大臣に関係者からも大学の実情等を十分お聞きいただいて、ひとつ善処をしていただきたいと思うのです。この問題については大臣の御答弁でやめたいと思っております。
この発言だけを見る →そこで、またの機会に譲ることにしまして、これはもう大学当局も承知をいたしておる内容ですから、これを大臣、それから官房長、よく聞いていただいて、今後の解決に資していただきたいと思うのですよ。あえて名前は言いませんが、もう文部省でも御存じだろうと思うのですけれども、この関係教授、しかも専攻教授です、この専攻教授が筑波大学人事委員長、人事責任者に文書を提出しておるのですね。これがことしの四月十六日に提出をいたしております。
この提出をされた文書に今度の一連の人事の背景、原因等が書かれておるというふうに私は思いますから、これを読んで、今後の善処方を要望いたしたいというふうに思うのです。
今回の経済学教授人事(四ポスト)のうち理論経済学と財政・金融論は問題はない。「社会政策」と「経済政策」の二ポストの候補者は研究業績の水準が低く、「専攻自主の原則」にもとづき経済学専攻での教授協議会で十回に互る学問的慎重審議の結果、
これが一九八八年四月から七月まで行われたわけですが、
残念ながら「不適格」という「結論」に行きついた内部の二助教授です。
これは正式な専攻教授会で論議をして十回にもわたってやって、そしてこの二助教授については不適格だという結論が出たというのですね。
そのうち一人の業績には自説か他説か紛わしい論文が多数あるという常識では考えられないケースです。
ということなんですね。これは名前を言うといろいろとまた支障も出ます。これはそういう文書が大学に出ているのですから、私、言っているのです。
その後の二年弱はこの二人の助教授を教授昇格させるための裏・表のルールを破り慣行を無視し、脅し・いやがらせ・虚偽を武器とする、凡そ常識では考えられない不正な経過です。このような不正な事例は全国の国立大学でも例がないように思えます。つまり専攻で「不適格」とされた人物を上記の手順・経過で「最適の候補者」に不正に塗りかえたわけです。
そのような事情からその人事の「手続き」には数えきれないほどの不正と誤まりがあります。この二ポストのねじれ現象については全国注視の事実でもあり、決定を白紙に戻し学系外の場で他の「公募」応募者とともに公正かつ厳正な審査を行なうべきだと考えます。
一、「公募」という社会的公約にもかかわらず四ポスト全部が内部昇格で外部採用ゼロというのでは全国注視の人事として理が立ちません。
これは、ちょっと申し上げますと、紛争で今言ったような不適格といういろいろな話が出たものですから、それでは公募しようということで全国から公募したのですね。それで三十数人の応募者があった。ところが、申し出の当人も含めて、専攻の重要な教授をそこから排除してしまって、結局応募者というのは全部だめだということでやってしまったのですね。そして、再び内部から選考するというふうに持っていったということなんです。
学外から多数の「優秀な応募者」(三十数名)があり優秀な人々が多数いるだけに三十数名の応募者のすべてより内部の人がすべて優れているという証明はいかにしても不可能です。「学系教授協議会」が専攻に代わって人事を行なう時の前提条件は次の諸点がありました。①コア・カリキュラムの確立②公募による最優秀な人物の教授任用③専攻の教授の意見尊重。これらの事項は総てホゴとされたといってよい状態です。従って学系教授協議会(決定権はないとされている)中心、つまりは他の専門の教授が経済学教授人事を行なうのは正当な根拠を欠いています。
一、専攻の教授は本来中心になって人事を行なう立場なのに、「専攻自主」、「専攻中心」審査の過程でいわれなく強引に「排除」された。つまり審査権を奪われた。(人事決定の本来の場である学系レベルで)
そういう権限というものが一切無視をされていったということなんですね。
一、経済学教授人事の「基準」は選考のさい無視されたり、二人の「不適格」の助教授を昇格させるために読みかえられたとも推定される。
ということで、この専攻の教授が大学の人事委員長、人事責任者にこうやって正式に文書で訴えておるわけなんですね。その他いろいろなことがあるようなんです。
そういうことで、本来であれば関係者を呼んで実情を聞くなり、あるいはまた大学の自治を侵害しない、介入、干渉にならない範囲で大学の実情等を調査をすべきではないかというふうにも思っているのですけれども、いずれにしても、大学自治の原則を守りながら、しかし国立大学という筑波大学の与えられた地位、責任、それらの重大さから考えますと、今の大学の運営全体にも非常に官僚主義的な管理統制、そしてそこには自主的な研究、学問、そういう雰囲気というものが失われておる。私が先ほど申し上げましたように、これは内部の関係者以外の他大学の教授の先生方も筑波大学を見て、どうもよくないのじゃないかということをおっしゃっている方が結構多いのですね。実は、おやめになった福田前学長も現在の大学のあり方等については若干批判的なことも言われております。
そういう点で、私は大臣に関係者からも大学の実情等を十分お聞きいただいて、ひとつ善処をしていただきたいと思うのです。この問題については大臣の御答弁でやめたいと思っております。
保
保利耕輔#17
○保利国務大臣 先生からるる御紹介をいただきました筑波大学の問題、よく拝聴させていただきました。
私は、やはり大学における自治というのは大変大事な問題だと思います。何か私どもでお手助けするというようなことは、時によっては誤解を生ずることがございますから、そこのところは大学の自治を尊重し、私どもは慎重に対応しなければならない、このように思っております。
しかしながら、人事の問題でございますから、適正かつ公正に行われるように私自身としては希望を持っております。
この発言だけを見る →私は、やはり大学における自治というのは大変大事な問題だと思います。何か私どもでお手助けするというようなことは、時によっては誤解を生ずることがございますから、そこのところは大学の自治を尊重し、私どもは慎重に対応しなければならない、このように思っております。
しかしながら、人事の問題でございますから、適正かつ公正に行われるように私自身としては希望を持っております。
吉
吉田正雄#18
○吉田(正)委員 それでは次に、新潟大学の歯学部の問題について若干お尋ねいたしたいと思うのです。
幾ら文部省で高等教育の充実、振興、整備というふうなことを言われましても、大学における実態というものがその精神から甚だしく逸脱をしているとか外れておるということになりますと、結局は絵にかいたもちであり、仏つくって魂入れずというふうなことになるわけであります。今の筑波大学の問題もそうでありますし、新潟大学歯学部の問題も、私は今日の大学教育の問題点というものを浮き彫りにしておるのではないかというふうに思います。
新潟大学歯学部の問題と申しますのは、大臣、余り御存じないかもわかりませんので概要をちょっと申し上げますと、実は六十三年三月三十日の文教委員会で公明党の鍛冶委員からも、歯の弗素洗口の問題について質問がなされております。この弗素洗口の安全性の問題、それからまた、この実習はどういう形でどうなったのか、文部省の考えを鍛冶委員は伺っておいでになるのです。これに対して政府委員の阿部高等教育局長から、次の答弁がなされております。
去る二月の新聞報道で、学生を使った人体実験であって人権侵害行為であるという申し立てがあったという報道を見まして、私どももびっくりして、大学当局に問い合わせをし、報告を得たわけでございますけれども、大学当局からの報告によりますと、これは歯学部の学生、将来歯科医師になろうという学生に対しまして、実習の一つの形といたしまして弗化物洗口法というものを行ったということでございます。これは全国的にも、特に新潟県あたりでは弗化物によって口をゆすぐということを特に子供たちの虫歯予防でやっておるわけでございますけれども、学生にそれについての知識、技術あるいはそれの態度等を修得させることを目的としてやったものでございます。この洗口液がどんな味がするかということを学生にも味わっておいてもらいたいし、また、間違って飲んだ場合でも命に別条のあるようなものではないということを学生に理解させるために行ったということでございます。
もちろん、使用した弗素の量はいわゆる基準量、危険と言われる量の七分の一以下というような非常に濃度の薄いもので行ったわけでございまして、昨年初めてやったわけではなくて、ここ数年来ずっと行ってきているものでございます。
そういう意味で、まさに学生の実習として例年行っているものであって、人体実験などという、弗素の影響を人体によって調べようなどというたぐいのものでは全くないということでございますので、私どもとしてもこれについては特に問題はなかったもの、こういうふうに判断をしておる次第でございます。
こういうふうに答弁をされているのですね。
実は今の答弁にもいろいろ問題がございます。時間がありませんので余り詳しくは指摘できないのですが、二、三指摘をいたしますと、実習の一つの形として行ったという点についてなんですけれども、弗素洗口法で言う弗化物で口をゆすぐというものではなくて、食塩水に弗化ナトリウムを混入したもの、これは弗素量として十八ミリグラムのものを飲用させたものなんです。これは、昭和五十二年に松本歯科大学で同趣旨のテストが実施された際に、弗素量十ミリグラムで中毒症状が出たのですけれども、この約二倍近い量であって、実習と言うには大きな危険を伴うものなんです。
特に、この洗口液がどんな味がするかということを学生に味わってもらうというのは許せるとしても、間違って飲んだ場合でも命に別状のあるようなものではないということを学生に理解させるために行ったということは、もうこれは常識では考えられないことなんですね。
なぜなら、アメリカで弗素論争が話題になったのは一九五〇年代のこと、それ以来今日まで弗素の安全性について論争が続いてきており、いまだ決着がついておりません。ごく最近の、最近のというのはことしの二月十五日のニューズウイーク、ここでこういう記事があるわけです。
この論争は終わってはいない。それも今まで以上にPTAの不安をつのらせそうな形で、議論が蒸し返される気配だ。政府系機関の諸研究によれば、フッ素の効果は疑わしいばかりか、人体に害がないとは言い切れないらしい。
なかでも最も気がかりなのは、NTP(毒物調査プログラム)の調査結果だ(NTPは一九七七年以来、議会の要請でフッ素の発癌性に関する研究を進めてきた)。先ごろNTPが発表したデータによれば、フッ素を添加した水を与えたネズミに骨肉腫(骨の瘍)の発生率が異常に高かったという。米環境保護庁(EPA)も、フッ素「灰色」説に立つメモを発表している。
という記事がこの二月十五日のニューズウイークに出ておりますし、さらに最近の四月十九日のメディカル・トリビューン、ここでもこの問題を取り上げて、こういうふうな記事があるわけです。
フッ素がげっ歯類で骨腫瘍を起こしたとする研究が明らかにされたことから、フッ素の発癌性が大きくクローズアップされているが、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)社が一九八〇年代初めに行なった未発表の研究が、実はこれを追認するものなのでは、と注目を集めている。米環境保護局(EPA)は、フッ素を発癌物質と分類するかどうかの判定審査を間もなく開始することにしているが、この審議にも大きな影響を与えそうだ。
同じ新聞の別のページのところでこういうことも書いてあるわけです。
全国毒性学プログラム(NTP)の調査で、フッ素がげっ歯類で発癌性を示したという思いがけない結果は、各方面に衝撃を与えているが、米環境保護局(EPA)はフッ素を発癌物質と認定せざるをえなくなるだろうとみられている。そうなれば、米国で四十年間続いてきた、公共水道水へのフッ素の添加は中止されることになる。
というふうないろいろな記事が出ているわけですね。
つまり、この弗素の安全性についてはいまだ決着がついていない。最近またこのように危険性を指摘をするいろいろな実験結果等が発表をされ出したということなんです。
これについては、いろいろ論議がありますから、ここでやってももちろんけりのつく問題ではありませんが、ただ、この点について私はひとつ文部省、大臣にもよく認識をしていただきたいと思うのですけれども、今のこの問題に絡んで、ことし一月二十九日に新潟県弁護士会が次のような要望書というものを新潟大学歯学部に提出をいたしております。つまり、「「新潟大学歯学部の学生実習に関わる人権救済申立」に対する新潟県弁護士会の新潟大学歯学部予防歯科学教室堀井欣一氏への要望書」というものが出されておるわけです。
これについてお尋ねしますが、この要望書については御存じでしょうか。
この発言だけを見る →幾ら文部省で高等教育の充実、振興、整備というふうなことを言われましても、大学における実態というものがその精神から甚だしく逸脱をしているとか外れておるということになりますと、結局は絵にかいたもちであり、仏つくって魂入れずというふうなことになるわけであります。今の筑波大学の問題もそうでありますし、新潟大学歯学部の問題も、私は今日の大学教育の問題点というものを浮き彫りにしておるのではないかというふうに思います。
新潟大学歯学部の問題と申しますのは、大臣、余り御存じないかもわかりませんので概要をちょっと申し上げますと、実は六十三年三月三十日の文教委員会で公明党の鍛冶委員からも、歯の弗素洗口の問題について質問がなされております。この弗素洗口の安全性の問題、それからまた、この実習はどういう形でどうなったのか、文部省の考えを鍛冶委員は伺っておいでになるのです。これに対して政府委員の阿部高等教育局長から、次の答弁がなされております。
去る二月の新聞報道で、学生を使った人体実験であって人権侵害行為であるという申し立てがあったという報道を見まして、私どももびっくりして、大学当局に問い合わせをし、報告を得たわけでございますけれども、大学当局からの報告によりますと、これは歯学部の学生、将来歯科医師になろうという学生に対しまして、実習の一つの形といたしまして弗化物洗口法というものを行ったということでございます。これは全国的にも、特に新潟県あたりでは弗化物によって口をゆすぐということを特に子供たちの虫歯予防でやっておるわけでございますけれども、学生にそれについての知識、技術あるいはそれの態度等を修得させることを目的としてやったものでございます。この洗口液がどんな味がするかということを学生にも味わっておいてもらいたいし、また、間違って飲んだ場合でも命に別条のあるようなものではないということを学生に理解させるために行ったということでございます。
もちろん、使用した弗素の量はいわゆる基準量、危険と言われる量の七分の一以下というような非常に濃度の薄いもので行ったわけでございまして、昨年初めてやったわけではなくて、ここ数年来ずっと行ってきているものでございます。
そういう意味で、まさに学生の実習として例年行っているものであって、人体実験などという、弗素の影響を人体によって調べようなどというたぐいのものでは全くないということでございますので、私どもとしてもこれについては特に問題はなかったもの、こういうふうに判断をしておる次第でございます。
こういうふうに答弁をされているのですね。
実は今の答弁にもいろいろ問題がございます。時間がありませんので余り詳しくは指摘できないのですが、二、三指摘をいたしますと、実習の一つの形として行ったという点についてなんですけれども、弗素洗口法で言う弗化物で口をゆすぐというものではなくて、食塩水に弗化ナトリウムを混入したもの、これは弗素量として十八ミリグラムのものを飲用させたものなんです。これは、昭和五十二年に松本歯科大学で同趣旨のテストが実施された際に、弗素量十ミリグラムで中毒症状が出たのですけれども、この約二倍近い量であって、実習と言うには大きな危険を伴うものなんです。
特に、この洗口液がどんな味がするかということを学生に味わってもらうというのは許せるとしても、間違って飲んだ場合でも命に別状のあるようなものではないということを学生に理解させるために行ったということは、もうこれは常識では考えられないことなんですね。
なぜなら、アメリカで弗素論争が話題になったのは一九五〇年代のこと、それ以来今日まで弗素の安全性について論争が続いてきており、いまだ決着がついておりません。ごく最近の、最近のというのはことしの二月十五日のニューズウイーク、ここでこういう記事があるわけです。
この論争は終わってはいない。それも今まで以上にPTAの不安をつのらせそうな形で、議論が蒸し返される気配だ。政府系機関の諸研究によれば、フッ素の効果は疑わしいばかりか、人体に害がないとは言い切れないらしい。
なかでも最も気がかりなのは、NTP(毒物調査プログラム)の調査結果だ(NTPは一九七七年以来、議会の要請でフッ素の発癌性に関する研究を進めてきた)。先ごろNTPが発表したデータによれば、フッ素を添加した水を与えたネズミに骨肉腫(骨の瘍)の発生率が異常に高かったという。米環境保護庁(EPA)も、フッ素「灰色」説に立つメモを発表している。
という記事がこの二月十五日のニューズウイークに出ておりますし、さらに最近の四月十九日のメディカル・トリビューン、ここでもこの問題を取り上げて、こういうふうな記事があるわけです。
フッ素がげっ歯類で骨腫瘍を起こしたとする研究が明らかにされたことから、フッ素の発癌性が大きくクローズアップされているが、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)社が一九八〇年代初めに行なった未発表の研究が、実はこれを追認するものなのでは、と注目を集めている。米環境保護局(EPA)は、フッ素を発癌物質と分類するかどうかの判定審査を間もなく開始することにしているが、この審議にも大きな影響を与えそうだ。
同じ新聞の別のページのところでこういうことも書いてあるわけです。
全国毒性学プログラム(NTP)の調査で、フッ素がげっ歯類で発癌性を示したという思いがけない結果は、各方面に衝撃を与えているが、米環境保護局(EPA)はフッ素を発癌物質と認定せざるをえなくなるだろうとみられている。そうなれば、米国で四十年間続いてきた、公共水道水へのフッ素の添加は中止されることになる。
というふうないろいろな記事が出ているわけですね。
つまり、この弗素の安全性についてはいまだ決着がついていない。最近またこのように危険性を指摘をするいろいろな実験結果等が発表をされ出したということなんです。
これについては、いろいろ論議がありますから、ここでやってももちろんけりのつく問題ではありませんが、ただ、この点について私はひとつ文部省、大臣にもよく認識をしていただきたいと思うのですけれども、今のこの問題に絡んで、ことし一月二十九日に新潟県弁護士会が次のような要望書というものを新潟大学歯学部に提出をいたしております。つまり、「「新潟大学歯学部の学生実習に関わる人権救済申立」に対する新潟県弁護士会の新潟大学歯学部予防歯科学教室堀井欣一氏への要望書」というものが出されておるわけです。
これについてお尋ねしますが、この要望書については御存じでしょうか。
坂
吉
吉田正雄#20
○吉田(正)委員 この内容を、大臣、御理解いただくために要点だけちょっと申し上げますと、これは、三百七十一人が弁護士会に人権擁護ということで申し立てをしたんですね。
本申立の趣旨は、新潟大学歯学部予防歯科学教室が昭和六二年七月、二回にわたり同学部三年生七〇数名に対し実施した「フッ素の急性毒性」に関する二重盲検法テストは、左記の事実から、学生らが拒否の自由を奪われた強制的な人体実験であるから、これを直ちに中止するとともに、ふたたびかかる違法行為を行わないよう同学部に対し、厳しく警告されたいというにある。
こういう申し立てに基づいて行っておるのです。
「当会の判断」というのは、これは弁護士会なんですが、「判断に供した資料」として関係者からの聴取結果、その他のいろいろな文献等二十件が判断に供した資料として用いられております。
「事実の認定」として
当会人権擁護委員会が、前記資料などにもとづき調査したところによれば、本件に関し以下の事実が認められる。
ということで、「本テスト実施の概要等」として1、2、3、4、5、6、7とずっと書いてありまして、「本テストの結果」としてこれも五点にわたって書いてあります。
一回目のテストの結果は、フッ素混入液を飲用した三八名のうち、吐き気の五五・三パーセントを中心に、腹痛、よだれ、顔色変化など種々の症状が申告され、結局六八・四二パーセントにあたる二六名の者が、何らかの症状を訴えた。
他方、偽薬を飲用した三七名の中からも一四名の者が、吐き気を中心に種々の症状を申告した。
時間の関係で「判断」というところを申し上げますと、
右認定事実等をもとに、本テストが学生らの人権侵害に該当するか否かを判断することとなるが、その際考慮すべき主要なポイントは、飲用に供された本件フッ素量ならびに学生らに発現した種々の身体的影響についての人権侵害の程度に関する評価、本テストの目的とその相当性の有無、本テスト実施方法の適否、これら三点と思われる。以下に、順次検討の結果を述べる。
1、生理的機能障害と人権侵害
本テストの結果、多数の学生に前認定の吐き気、腹痛などの諸症状が発現している。これらは、明らかな人体の生理的機能の障害である。
当弁護士会は、まず、このような結果をもたらす行為は、その目的方法等においてこれを正当とすべき特段の事情のない限り、原則として人権侵害行為であり許されないものと考える。
というふうに判断をいたしているわけです。
その理由をまたずっと述べてありますけれども、最後の「結び」のところでこういうふうに述べているわけです。
当弁護士会は、このような観点に立ち、本テストを人権侵害と認めつつも、事件処理としては、これを頭書のとおり「要望」にとどめ、大学の自主的努力による本問題の解決に期待することとしたものである。というふうに述べておるわけです。それのちょっと前になりますが、
但し、ことは大学における具体的な教育内容に直接関わる事柄である。大学の自治の理念に照らし、本件の如き問題は、学生を含む民主的な討議を経て、大学内において自主的に解決の筋道が見出されることが最も望ましい。
ということで要望書に書いたということなんですね。大学側の立場、教育的な立場というものを非常に配慮をしてこういう取り扱いにしたということを述べているわけなんです。
そこで、時間もありませんので、大臣からは最後にお答えをいただきますが、法務省にお尋ねいたします。おいでになっておりますか。
以上述べましたように、弁護士会の要望は、大学の自治の理念に照らし学内において自主的解決を求めたということは今申し上げたとおりなんですけれども、人権救済の申し立てが直接法務局や人権擁護委員等になされず、直接かかわらなかったため、弁護士会の要望書についての見解は出せぬと思いますけれども、一般論、原則論として、薬物の安全性が確認をされず、その許容基準等も明確でない場合、その使用、飲用を含めて当人の承諾なく、または拒否しがたい状況、あるいは本人の知らないうちに実験的に用いることは許されないことであり、場合によっては人権侵害のおそれがあるというふうに思われますけれども、いかがでしょうか。
この発言だけを見る →本申立の趣旨は、新潟大学歯学部予防歯科学教室が昭和六二年七月、二回にわたり同学部三年生七〇数名に対し実施した「フッ素の急性毒性」に関する二重盲検法テストは、左記の事実から、学生らが拒否の自由を奪われた強制的な人体実験であるから、これを直ちに中止するとともに、ふたたびかかる違法行為を行わないよう同学部に対し、厳しく警告されたいというにある。
こういう申し立てに基づいて行っておるのです。
「当会の判断」というのは、これは弁護士会なんですが、「判断に供した資料」として関係者からの聴取結果、その他のいろいろな文献等二十件が判断に供した資料として用いられております。
「事実の認定」として
当会人権擁護委員会が、前記資料などにもとづき調査したところによれば、本件に関し以下の事実が認められる。
ということで、「本テスト実施の概要等」として1、2、3、4、5、6、7とずっと書いてありまして、「本テストの結果」としてこれも五点にわたって書いてあります。
一回目のテストの結果は、フッ素混入液を飲用した三八名のうち、吐き気の五五・三パーセントを中心に、腹痛、よだれ、顔色変化など種々の症状が申告され、結局六八・四二パーセントにあたる二六名の者が、何らかの症状を訴えた。
他方、偽薬を飲用した三七名の中からも一四名の者が、吐き気を中心に種々の症状を申告した。
時間の関係で「判断」というところを申し上げますと、
右認定事実等をもとに、本テストが学生らの人権侵害に該当するか否かを判断することとなるが、その際考慮すべき主要なポイントは、飲用に供された本件フッ素量ならびに学生らに発現した種々の身体的影響についての人権侵害の程度に関する評価、本テストの目的とその相当性の有無、本テスト実施方法の適否、これら三点と思われる。以下に、順次検討の結果を述べる。
1、生理的機能障害と人権侵害
本テストの結果、多数の学生に前認定の吐き気、腹痛などの諸症状が発現している。これらは、明らかな人体の生理的機能の障害である。
当弁護士会は、まず、このような結果をもたらす行為は、その目的方法等においてこれを正当とすべき特段の事情のない限り、原則として人権侵害行為であり許されないものと考える。
というふうに判断をいたしているわけです。
その理由をまたずっと述べてありますけれども、最後の「結び」のところでこういうふうに述べているわけです。
当弁護士会は、このような観点に立ち、本テストを人権侵害と認めつつも、事件処理としては、これを頭書のとおり「要望」にとどめ、大学の自主的努力による本問題の解決に期待することとしたものである。というふうに述べておるわけです。それのちょっと前になりますが、
但し、ことは大学における具体的な教育内容に直接関わる事柄である。大学の自治の理念に照らし、本件の如き問題は、学生を含む民主的な討議を経て、大学内において自主的に解決の筋道が見出されることが最も望ましい。
ということで要望書に書いたということなんですね。大学側の立場、教育的な立場というものを非常に配慮をしてこういう取り扱いにしたということを述べているわけなんです。
そこで、時間もありませんので、大臣からは最後にお答えをいただきますが、法務省にお尋ねいたします。おいでになっておりますか。
以上述べましたように、弁護士会の要望は、大学の自治の理念に照らし学内において自主的解決を求めたということは今申し上げたとおりなんですけれども、人権救済の申し立てが直接法務局や人権擁護委員等になされず、直接かかわらなかったため、弁護士会の要望書についての見解は出せぬと思いますけれども、一般論、原則論として、薬物の安全性が確認をされず、その許容基準等も明確でない場合、その使用、飲用を含めて当人の承諾なく、または拒否しがたい状況、あるいは本人の知らないうちに実験的に用いることは許されないことであり、場合によっては人権侵害のおそれがあるというふうに思われますけれども、いかがでしょうか。
濱
濱卓雄#21
○濱説明員 お答えいたします。
一般論、原則論として、人間の生体を対象として薬物の臨床実験を行う場合には、やはり被実験者といいますか被験者の自由意思により承諾を得ないで行うことは人権保護上好ましくないというふうに考えております。
この発言だけを見る →一般論、原則論として、人間の生体を対象として薬物の臨床実験を行う場合には、やはり被実験者といいますか被験者の自由意思により承諾を得ないで行うことは人権保護上好ましくないというふうに考えております。
吉
吉田正雄#22
○吉田(正)委員 それでは大臣にお尋ねいたします。
ただいまの問題というのは、医療機関ではなくて、大学歯学部という医療にかかわる教育機関で行われたことなんですね。このような問題は学生の教育を受ける正当な権利を一部侵害する。というのは、つまりそのテストを受けなければ単位がもらえないとか、何かそういう拒否しがたいような状況というものがこの調査結果では出ておるのですね。
そういう点で、正当な教育を受ける権利というものが侵害をされているのではないかというふうに思われますし、それから、この弁護士会が調査結果に基づいて人権侵害の内容だということを述べておりますが、教育的配慮で自主的解決というものを要望しているということなんで、それはまた大学当局がその問題について真剣に、慎重に今後取り組んでいく必要があるのではないかというふうに私は思っておるのですけれども、ひとつ大臣のお考えをお聞かせ願いたいと思います。
この発言だけを見る →ただいまの問題というのは、医療機関ではなくて、大学歯学部という医療にかかわる教育機関で行われたことなんですね。このような問題は学生の教育を受ける正当な権利を一部侵害する。というのは、つまりそのテストを受けなければ単位がもらえないとか、何かそういう拒否しがたいような状況というものがこの調査結果では出ておるのですね。
そういう点で、正当な教育を受ける権利というものが侵害をされているのではないかというふうに思われますし、それから、この弁護士会が調査結果に基づいて人権侵害の内容だということを述べておりますが、教育的配慮で自主的解決というものを要望しているということなんで、それはまた大学当局がその問題について真剣に、慎重に今後取り組んでいく必要があるのではないかというふうに私は思っておるのですけれども、ひとつ大臣のお考えをお聞かせ願いたいと思います。
保
保利耕輔#23
○保利国務大臣 本件につきましては、大変恐縮でございますが、私自身も初めて伺いました。弁護士会からの要望書の内容等について先生から聞かせていただきました。大学の中のいわゆる自主的努力によって解決するように求めた弁護士会のその要望書、大変意味のある要望書だと思います。
しかし、基本的には大学の中の問題でございますから、また、大学当局者がどういうふうにお考えになっているかということについても私も承知をいたしておりませんので、ちょっとコメントがいたしにくいのでございますけれども、大学からも話をよく聞いてみたい、こう思います。
この発言だけを見る →しかし、基本的には大学の中の問題でございますから、また、大学当局者がどういうふうにお考えになっているかということについても私も承知をいたしておりませんので、ちょっとコメントがいたしにくいのでございますけれども、大学からも話をよく聞いてみたい、こう思います。
吉
吉田正雄#24
○吉田(正)委員 重ねて大臣と文部当局に要請をしておきたいと思うのですけれども、弁護士会がこのような要望という形に変えた点、これは教育に対する、大学自治に対する配慮が非常に色濃くここににじんでおります。
そういう点で、大学当局がメンツであるとか今までやってきたのであるからこれは変えがたいというふうなかたくなな態度をとるのでなくて、本当に教育的観点あるいは人権尊重という観点、教育権を保障するという観点から、この問題について前向きに検討し善処されるよう、そういういい意味での文部省当局の大学側に対する指導といったらいいのでしょうか、助言といったらいいのでしょうか、そういうものを期待をいたしたいと私は思うのですが、いかがでしょうか。
この発言だけを見る →そういう点で、大学当局がメンツであるとか今までやってきたのであるからこれは変えがたいというふうなかたくなな態度をとるのでなくて、本当に教育的観点あるいは人権尊重という観点、教育権を保障するという観点から、この問題について前向きに検討し善処されるよう、そういういい意味での文部省当局の大学側に対する指導といったらいいのでしょうか、助言といったらいいのでしょうか、そういうものを期待をいたしたいと私は思うのですが、いかがでしょうか。
坂
坂元弘直#25
○坂元政府委員 お答えいたします。
この問題につきましては、先生からニューズウイークとかメディカル・トリビューンや何かの文献の引用もいろいろございましたが、私どもとしましては、端的に申し上げますと、専門家じゃございませんので判断ができない問題で、どうしても大学側、専門家がどう考えておるのかということを中心に考えざるを得ないということもございます。かなりの大学、国立大学の全部の歯学部で弗化物の局所塗布あるいは弗化物の洗口法などを現在でも予防医学としてやっておるわけでございまして、全体としてその辺をどう考えるのかということは専門家の判断にまたざるを得ないのではないかという感じを私自身いたしております。
いずれにしましても、先生からのせっかくの御要望でございますので、また改めて大学側にこの文教委員会の席でこういう要望が強く出されたということを伝えまして、大学側の意見をまた聞いてみたいと考えております。
この発言だけを見る →この問題につきましては、先生からニューズウイークとかメディカル・トリビューンや何かの文献の引用もいろいろございましたが、私どもとしましては、端的に申し上げますと、専門家じゃございませんので判断ができない問題で、どうしても大学側、専門家がどう考えておるのかということを中心に考えざるを得ないということもございます。かなりの大学、国立大学の全部の歯学部で弗化物の局所塗布あるいは弗化物の洗口法などを現在でも予防医学としてやっておるわけでございまして、全体としてその辺をどう考えるのかということは専門家の判断にまたざるを得ないのではないかという感じを私自身いたしております。
いずれにしましても、先生からのせっかくの御要望でございますので、また改めて大学側にこの文教委員会の席でこういう要望が強く出されたということを伝えまして、大学側の意見をまた聞いてみたいと考えております。
吉
吉田正雄#26
○吉田(正)委員 時間が参りましたので、これでやめますけれども、この医学関係については、とにかく疑わしきものあるいは安全性が確認されないもの等については軽々に用いるというふうなことがあってはならぬと私は思いますし、何よりも基本的人権という観点を常に忘れてはいけないのじゃないか、私はそのことを強く要望して、私の質問を終わらせていただきます。
この発言だけを見る →船
鍛
鍛冶清#28
○鍛冶委員 私は、前回委員会で高等教育の問題について、特に大学入学定員の増加問題について御質問を申し上げましたが、その後、定員についての緩和措置が行われたようでございまして、私は大変うれしく思っております。さらに国立、公立の大学についてもいま一段の定員緩和についての臨時の措置を行っていただきますように強く御要望を申し上げておきます。
そこで、きょうは先日の質問に関連しましてお尋ねしたいと思っておりますが、それは、一つは教員の充足の問題でございます。これは非常に厳しい状況にあるというようなこともいろいろと話が出てくるわけでございますが、この点の質問をずっとやるために、まず最初に平成四年度の学生急増期に向けての学生増、これはどの程度予想をしておられるのか、最初にお尋ねをいたします。
この発言だけを見る →そこで、きょうは先日の質問に関連しましてお尋ねしたいと思っておりますが、それは、一つは教員の充足の問題でございます。これは非常に厳しい状況にあるというようなこともいろいろと話が出てくるわけでございますが、この点の質問をずっとやるために、まず最初に平成四年度の学生急増期に向けての学生増、これはどの程度予想をしておられるのか、最初にお尋ねをいたします。
坂
坂元弘直#29
○坂元政府委員 お答えいたします。
これは全くの予想でございまして、先般、先生がただいま御指摘になりました臨時定員増の手続の簡素化、それから増員枠の緩和というような措置を講じましたので、これから私学の方から臨時定員増の御要望の申請がかなりたくさん出てくるだろうということ、それから恒常的定員増につきましても予想ができるということで、私どもは平成三年度入学者については臨時定員増と恒常的定員増を含めまして二万人ぐらいの増員が見込まれるのではないか、これは全く予想でございますので、それをお断りしてあえて数字を申し上げますと二万人ぐらいじゃなかろうかというふうに考えております。
この発言だけを見る →これは全くの予想でございまして、先般、先生がただいま御指摘になりました臨時定員増の手続の簡素化、それから増員枠の緩和というような措置を講じましたので、これから私学の方から臨時定員増の御要望の申請がかなりたくさん出てくるだろうということ、それから恒常的定員増につきましても予想ができるということで、私どもは平成三年度入学者については臨時定員増と恒常的定員増を含めまして二万人ぐらいの増員が見込まれるのではないか、これは全く予想でございますので、それをお断りしてあえて数字を申し上げますと二万人ぐらいじゃなかろうかというふうに考えております。