総務委員会
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会
会議録情報#0
平成十八年十二月十四日(木曜日)
午前十時一分開会
─────────────
委員の異動
十二月十三日
辞任 補欠選任
高橋 千秋君 円 より子君
十二月十四日
辞任 補欠選任
木村 仁君 野村 哲郎君
円 より子君 松下 新平君
─────────────
出席者は左のとおり。
委員長 山内 俊夫君
理 事
景山俊太郎君
二之湯 智君
森元 恒雄君
伊藤 基隆君
那谷屋正義君
委 員
小野 清子君
尾辻 秀久君
河合 常則君
木村 仁君
世耕 弘成君
野村 哲郎君
山崎 力君
山本 順三君
吉村剛太郎君
今泉 昭君
芝 博一君
高嶋 良充君
内藤 正光君
松下 新平君
円 より子君
澤 雄二君
遠山 清彦君
吉川 春子君
又市 征治君
長谷川憲正君
委員以外の議員
発議者 谷 博之君
発議者 円 より子君
衆議院議員
発議者 宮路 和明君
発議者 宮下 一郎君
発議者 桝屋 敬悟君
国務大臣
総務大臣 菅 義偉君
内閣官房副長官
内閣官房副長官 鈴木 政二君
事務局側
常任委員会専門
員 高山 達郎君
政府参考人
内閣府大臣官房
審議官 竹澤 正明君
総務大臣官房審
議官 綱木 雅敏君
外務大臣官房審
議官 木寺 昌人君
外務大臣官房審
議官 猪俣 弘司君
厚生労働大臣官
房審議官 荒井 和夫君
参考人
軍人軍属恩給欠
格者全国連盟長
崎県連合会長 元島 和男君
全国抑留者補償
協議会参与 有光 健君
独立行政法人平
和祈念事業特別
基金理事長 増田 弘君
─────────────
本日の会議に付した案件
○独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する
法律の廃止等に関する法律案(衆議院提出)
○戦後強制抑留者に対する特別給付金の支給に関
する法律案(谷博之君外十一名発議)
○独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する
法律を廃止する法律案(谷博之君外十一名発議
)
○政府参考人の出席要求に関する件
○参考人の出席要求に関する件
○檜原郵便局の外務業務を廃止し、あきる野局に
統合する計画の白紙撤回に関する請願(第三九
八号外四件)
○郵政民営化時における新会社への雇用の承継の
保証に関する請願(第六一二号外八件)
○シベリア抑留問題の早期解決に関する請願(第
六六二号外三〇件)
○継続調査要求に関する件
○委員派遣に関する件
─────────────
この発言だけを見る →午前十時一分開会
─────────────
委員の異動
十二月十三日
辞任 補欠選任
高橋 千秋君 円 より子君
十二月十四日
辞任 補欠選任
木村 仁君 野村 哲郎君
円 より子君 松下 新平君
─────────────
出席者は左のとおり。
委員長 山内 俊夫君
理 事
景山俊太郎君
二之湯 智君
森元 恒雄君
伊藤 基隆君
那谷屋正義君
委 員
小野 清子君
尾辻 秀久君
河合 常則君
木村 仁君
世耕 弘成君
野村 哲郎君
山崎 力君
山本 順三君
吉村剛太郎君
今泉 昭君
芝 博一君
高嶋 良充君
内藤 正光君
松下 新平君
円 より子君
澤 雄二君
遠山 清彦君
吉川 春子君
又市 征治君
長谷川憲正君
委員以外の議員
発議者 谷 博之君
発議者 円 より子君
衆議院議員
発議者 宮路 和明君
発議者 宮下 一郎君
発議者 桝屋 敬悟君
国務大臣
総務大臣 菅 義偉君
内閣官房副長官
内閣官房副長官 鈴木 政二君
事務局側
常任委員会専門
員 高山 達郎君
政府参考人
内閣府大臣官房
審議官 竹澤 正明君
総務大臣官房審
議官 綱木 雅敏君
外務大臣官房審
議官 木寺 昌人君
外務大臣官房審
議官 猪俣 弘司君
厚生労働大臣官
房審議官 荒井 和夫君
参考人
軍人軍属恩給欠
格者全国連盟長
崎県連合会長 元島 和男君
全国抑留者補償
協議会参与 有光 健君
独立行政法人平
和祈念事業特別
基金理事長 増田 弘君
─────────────
本日の会議に付した案件
○独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する
法律の廃止等に関する法律案(衆議院提出)
○戦後強制抑留者に対する特別給付金の支給に関
する法律案(谷博之君外十一名発議)
○独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する
法律を廃止する法律案(谷博之君外十一名発議
)
○政府参考人の出席要求に関する件
○参考人の出席要求に関する件
○檜原郵便局の外務業務を廃止し、あきる野局に
統合する計画の白紙撤回に関する請願(第三九
八号外四件)
○郵政民営化時における新会社への雇用の承継の
保証に関する請願(第六一二号外八件)
○シベリア抑留問題の早期解決に関する請願(第
六六二号外三〇件)
○継続調査要求に関する件
○委員派遣に関する件
─────────────
山
山内俊夫#1
○委員長(山内俊夫君) ただいまから総務委員会を開会いたします。
委員の異動について御報告を申し上げます。
昨日、高橋千秋君が委員を辞任され、その補欠として円より子君が選任されました。
─────────────
この発言だけを見る →委員の異動について御報告を申し上げます。
昨日、高橋千秋君が委員を辞任され、その補欠として円より子君が選任されました。
─────────────
山
山内俊夫#2
○委員長(山内俊夫君) 独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律の廃止等に関する法律案(第百六十三回国会衆第二号)、戦後強制抑留者に対する特別給付金の支給に関する法律案(参第二号)及び独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律を廃止する法律案(参第三号)、以上三案を一括して議題といたします。
本日は、三案の審査に関し、参考人の方々から御意見を賜ることといたしております。
参考人の方々を御紹介申し上げます。
軍人軍属恩給欠格者全国連盟長崎県連合会長元島和男君及び全国抑留者補償協議会参与有光健君、以上の方々でございます。
この際、参考人の皆様方に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多忙中のところ、当委員会に御出席をいただき、誠にありがとうございます。
皆様方から忌憚のない御意見を賜り、三案の審査に反映させてまいりたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。
本日の議事の進め方でございますけれども、まず、参考人の皆様方からそれぞれ十分以内で御意見を述べていただき、その後、委員の質疑にお答えをいただけたらと思います。
なお、参考人の皆様及び質疑者の発言は着席のままで結構でございます。
それでは、まず元島参考人からお願いいたします。元島参考人。
この発言だけを見る →本日は、三案の審査に関し、参考人の方々から御意見を賜ることといたしております。
参考人の方々を御紹介申し上げます。
軍人軍属恩給欠格者全国連盟長崎県連合会長元島和男君及び全国抑留者補償協議会参与有光健君、以上の方々でございます。
この際、参考人の皆様方に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多忙中のところ、当委員会に御出席をいただき、誠にありがとうございます。
皆様方から忌憚のない御意見を賜り、三案の審査に反映させてまいりたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。
本日の議事の進め方でございますけれども、まず、参考人の皆様方からそれぞれ十分以内で御意見を述べていただき、その後、委員の質疑にお答えをいただけたらと思います。
なお、参考人の皆様及び質疑者の発言は着席のままで結構でございます。
それでは、まず元島参考人からお願いいたします。元島参考人。
元
元島和男#3
○参考人(元島和男君) 独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律の廃止等に関する法律案を御審議、可決してくださいますよう陳情申し上げます。
注釈を加えながら陳情書を朗読させていただきます。
不肖私たちは今次大戦にお国に召され、家も家族も忘れ、祖国のために一身をささげ、御奉公に努めてきました。
終戦の詔勅に男泣きしながら、祖国の再建を誓い合ってまいりました。
敗戦後のあの苦しみの中、みんなが助け合って、祖国の再建に一生懸命努力し、今日の日本の繁栄の礎を築き上げてくださいました。にもかかわらず、兵役年数十二年に足らずの一言で国の恩典を何ら受けることはできませんでした。ただ、通算三年以上の勤務者には一時恩給として一万五千円程度を支給され、三年に満たない者は何一つ恩典はありませんでした。
戦争に負けながらも通算十二年以上の者には多額の軍人恩給が支給されており、その格差が余りにも大きく、この状態の中では日本の将来に大きく影響するのではないかと心配される人たちが、年数の少ない人たちにも何らかの国の恩典を与えてくださらねば、今後国にいったん緩急があった場合、だれが国のためにと一身を投げ出し国を守ってくれる者があろうかと心配され、国に陳情しようと呼び掛けられた結果、恩給欠格者運動が全国に展開されてきました。
その過程で、役所に勤務する者は兵役年数が通算され、農業者、自営業者や民間会社に勤務する者には厚生年金や国民年金には通算されないのは一体なぜなのか、官民格差があり過ぎるのではないか。官民格差の是正まで叫ばれるようになりました。
陳情陳情を続けること十年余、何の反応もなく、残念無念と叫びながら国を恨み多くの人たちがこの世を去っていかれました。誠に申し訳ないことでございました。
平成元年九月一日からやっと受付が始まりましたのは左記のとおりでございます。
三年以上外地勤務した者、内閣総理大臣の書状と銀杯、それに記念品。平成七年から、一年以上外地に勤務した者、内閣総理大臣の書状と銀杯。平成十二年から、一年以上内地で勤務した者、内閣総理大臣の書状のみ。ここに、三年以上のが間で挟まっております。平成十四年、やっと以上の資格を有資格で死亡されました方々に内閣総理大臣の書状のみ。一年以上内地で勤務した者、内閣総理大臣の書状のみ。
以上のような誠に惨めな恩典にみんなががっかりいたしました。
これが十年以上陳情した結果かと不満の声もありましたが、現在まで約五十五万人の人たちが申請され、内閣総理大臣の書状を受け取った人は約四十五万人ぐらいと聞いております。この人数にもまた問題があります。
該当者の平均年齢は八十六歳と言われますだけに、受け取りになられました後に死亡されました方も多くいらっしゃると推察されます。私自身の推察では、半分以上の方が死亡なされているんじゃないかと思っております。
生存している方々は、わずかの金品であっても、国の最後の恩典であろうと楽しみに首を長くして待っておられます。このたびの法案は、恩給欠格者、シベリア抑留者、引揚者と三者が含まれておりますだけに、多くの方々が一日も早い法案の成立を待ち望んでおられると思います。
八日、衆議院では先生方の御温情により可決成立いたしております。参議院におきましても、先生方の御温情により、趣旨を御理解くださいまして、御審議の上、可決成立さしてくださいますようお願い申し上げます。
日本の将来のためと無報酬で二十有余年お世話くださっている方々も、八十五歳以上の方々ばかりで、一番若い私も満八十三歳でございます。一名でも多くの方々に最後の恩典を一日も早く与えてくださいますよう、関係者一同に代わりまして伏してお願い申し上げます。
以上のとおり陳情申し上げます。
平成十八年十二月十四日、軍人軍属恩給欠格者全国連盟、参考人元島和男、長崎県連合会長、八十三歳。参議院総務委員会委員の皆様方へ。
以上でございます。よろしく御審議をお願いいたします。
この発言だけを見る →注釈を加えながら陳情書を朗読させていただきます。
不肖私たちは今次大戦にお国に召され、家も家族も忘れ、祖国のために一身をささげ、御奉公に努めてきました。
終戦の詔勅に男泣きしながら、祖国の再建を誓い合ってまいりました。
敗戦後のあの苦しみの中、みんなが助け合って、祖国の再建に一生懸命努力し、今日の日本の繁栄の礎を築き上げてくださいました。にもかかわらず、兵役年数十二年に足らずの一言で国の恩典を何ら受けることはできませんでした。ただ、通算三年以上の勤務者には一時恩給として一万五千円程度を支給され、三年に満たない者は何一つ恩典はありませんでした。
戦争に負けながらも通算十二年以上の者には多額の軍人恩給が支給されており、その格差が余りにも大きく、この状態の中では日本の将来に大きく影響するのではないかと心配される人たちが、年数の少ない人たちにも何らかの国の恩典を与えてくださらねば、今後国にいったん緩急があった場合、だれが国のためにと一身を投げ出し国を守ってくれる者があろうかと心配され、国に陳情しようと呼び掛けられた結果、恩給欠格者運動が全国に展開されてきました。
その過程で、役所に勤務する者は兵役年数が通算され、農業者、自営業者や民間会社に勤務する者には厚生年金や国民年金には通算されないのは一体なぜなのか、官民格差があり過ぎるのではないか。官民格差の是正まで叫ばれるようになりました。
陳情陳情を続けること十年余、何の反応もなく、残念無念と叫びながら国を恨み多くの人たちがこの世を去っていかれました。誠に申し訳ないことでございました。
平成元年九月一日からやっと受付が始まりましたのは左記のとおりでございます。
三年以上外地勤務した者、内閣総理大臣の書状と銀杯、それに記念品。平成七年から、一年以上外地に勤務した者、内閣総理大臣の書状と銀杯。平成十二年から、一年以上内地で勤務した者、内閣総理大臣の書状のみ。ここに、三年以上のが間で挟まっております。平成十四年、やっと以上の資格を有資格で死亡されました方々に内閣総理大臣の書状のみ。一年以上内地で勤務した者、内閣総理大臣の書状のみ。
以上のような誠に惨めな恩典にみんなががっかりいたしました。
これが十年以上陳情した結果かと不満の声もありましたが、現在まで約五十五万人の人たちが申請され、内閣総理大臣の書状を受け取った人は約四十五万人ぐらいと聞いております。この人数にもまた問題があります。
該当者の平均年齢は八十六歳と言われますだけに、受け取りになられました後に死亡されました方も多くいらっしゃると推察されます。私自身の推察では、半分以上の方が死亡なされているんじゃないかと思っております。
生存している方々は、わずかの金品であっても、国の最後の恩典であろうと楽しみに首を長くして待っておられます。このたびの法案は、恩給欠格者、シベリア抑留者、引揚者と三者が含まれておりますだけに、多くの方々が一日も早い法案の成立を待ち望んでおられると思います。
八日、衆議院では先生方の御温情により可決成立いたしております。参議院におきましても、先生方の御温情により、趣旨を御理解くださいまして、御審議の上、可決成立さしてくださいますようお願い申し上げます。
日本の将来のためと無報酬で二十有余年お世話くださっている方々も、八十五歳以上の方々ばかりで、一番若い私も満八十三歳でございます。一名でも多くの方々に最後の恩典を一日も早く与えてくださいますよう、関係者一同に代わりまして伏してお願い申し上げます。
以上のとおり陳情申し上げます。
平成十八年十二月十四日、軍人軍属恩給欠格者全国連盟、参考人元島和男、長崎県連合会長、八十三歳。参議院総務委員会委員の皆様方へ。
以上でございます。よろしく御審議をお願いいたします。
山
有
有光健#5
○参考人(有光健君) 今日はお招きをいただきましてありがとうございます。
私自身は、一九五一年、サンフランシスコ講和条約の年に生まれておりまして、抑留当事者ではもちろんございませんが、この間ずっと多くの全国の元抑留者の方々と一緒に当時のことを勉強させていただき、そしていろいろな問題を提起をさせてきていただいております。今日、傍聴席の方にも同じ団体に所属をしておられる多数の元抑留者の方が来てくださっております。
衆議院の総務委員会のやり取りも傍聴させていただきました。与党の方から主張されている、野党が提出をしている戦後強制抑留者特別給付金に反対をされたという理由が大きく二つございました。一つは、この法案は恩給欠格、引揚者との公平性に問題があるということと、二番目に、戦後処理に早く幕を引きたいという御主張がポイントであったかと思いますが、この点に重点を置きながらお話をさせていただきたいと思います。
このシベリア抑留というのは、お手元にカラーのコピーが配られているかと思いますが、地図がございます。ユーラシア大陸、カムチャッカ半島から、いわゆるこのシベリアだけではなくて中央アジア、モンゴル、そしてモスクワ近郊、北極圏まで、大変広範な地域に、約六十万と言われておりますけれども、元日本軍の兵士、軍属、そしてその中には若干民間人も含まれておりますけれども、が一九四五年の八月二十三日以降に移送されて、そこで大変なシベリア三重苦という過酷な歴史を強いられたわけでございます。食料がない、大変厳しい寒さ、そして過酷な労働という結果で、残念ながら約一割、六万人前後の方が亡くなられたということでございます。
最初に申し上げたいのは、平和祈念事業特別基金が一九八八年にスタートしておりますけれども、そのスタートした時点から、いわゆるシベリア・モンゴル抑留と恩給欠格と引揚げの三つの課題を一括して取り扱おうとしてきたわけでございますが、その辺りにそもそもちょっと無理があったというふうに考えております。したがって、基金の速やかな廃止ということに関しては私も賛成でございます。シベリア抑留と恩給欠格と引揚げの問題というのはそれぞれ問題の次元と申しますか、筋が違うというふうに考えております。
まず第一に、シベリア抑留は、先ほども申し上げましたが、一九四五年八月二十三日に発せられたスターリンの秘密指令によって始まったことでございます。戦後の大事件であり、戦時中の様々な戦争被害や戦闘中の犠牲とは異なっております。
第二番目に、シベリア抑留はポツダム宣言あるいは国際人道法違反の重大な人権侵害でございまして、恩給欠格、先ほど元島参考人のお話ございましたが、は敗戦に伴う戦後処理の中での不公平感への対応でございまして、いわゆる重大な人権侵害という範疇のものとは少しレベルが異なるというふうに考えております。ルールをつくりますとどこかで線引きをしなければならないわけで、その結果、ぎりぎりのところで不公平感を持たれる方というのは、これは必ず出てまいります。例えばこの戦後強制抑留者特別給付金支給法案でも、二年と十一か月の方と三年の方との間では、一週間の差があってもそこで金額的には大変大きな差が出てまいりますので、それをどうするかというレベルの問題と、その格差をもって国際人道法違反の重大な人権侵害という範疇の問題と一緒に議論するということにはちょっと無理があると思います。国際人道法違反、国際法違反については時効もないわけでございまして、法的なレベルも異なるということをまず申し上げておきたいと思います。
それから、シベリア抑留の場合は更にその労働の対価が支払われていないために、南方の捕虜との間で大きな差が生じたままになっております。これは明白な差別であろうかと思います。これに当事者の多くが大変大きな憤りを感じ、そして裁判にまでなって、いまだに解決をしておりません。
平和祈念事業特別基金やその総務省が使っておられる表現で非常に私ども違和感がございますのは、労苦という言葉を使われます。労苦を伝える、労苦を心に刻むというふうによく表現されておりますが、何かまるで津波とか地震の被災者に同情しているような印象を受けます。シベリア、モンゴルの抑留者というのは、これは拉致あるいは国家犯罪の被害者なわけですね。一九九三年に来日をしたエリツィン大統領も全体主義の犯した罪について謝罪するというふうに明確に述べておられますけれども、被害者側の日本の社会で、抑留者は犯罪被害者であるという視点が、そういう観点が非常に弱かったと思っております。もっともっと不正に怒り、冷静にその犯罪の全容を明らかにし、ただしていく必要があるのではないかというふうに考えております。
被害者の被害回復に必要なことは、真相究明、それから補償、救済あるいは社会復帰やリハビリの支援、責任者の処罰、再発防止、これは北朝鮮の拉致の例でも全く同じでございますが、そのいずれを取っても極めて不十分、あるいは全く手付かずでございます。基金を廃止するとともに、こういった拉致被害対策と同じように、官邸かあるいは内閣府に一本化した対策室をきちんと新たに設けていただいてしっかり対応すべきであるというふうに考えます。現状の厚生労働省、総務省、外務省あるいは内閣府に、言ってみればたらい回し、あるいは縦割り行政でばらばらでやっているというふうな方式はやめていただきたいというふうに考えます。
三番目に、そもそもその真相究明がほとんどできていないということが大変大きなことでございます。
全体で一体何人が拉致、抑留され、何人が亡くなったのか、あるいはその後に北朝鮮に約、これは二万七千人とも言われておりますが、逆送されたのは本当は一体何人で、その中の何人の方が途中で亡くなったのか、あるいはなぜこんな惨事が起きてしまったのかというふうなことが、今現在も一万三千人もの死亡者名簿がないということを含めて、その辺りの解明が情けないほどできていないということでございます。遺骨収集に関しても、あと何年やったら終わるということになるのか、あるいは厚生労働省の四階にたくさんの御遺骨が保管されていますけれども、DNA鑑定にあと一体何年掛かるのかという、実はそういうその先の見通しというのがこれだれにも見通せていない。ひたすらぽつりぽつりとロシア側から資料が時々もたらされるのを待っていると、そういう状態でございます。本気でやるには人も予算も不足をしております。その辺りのことを是非改善をしていただきたいと思うわけでございます。
そういった意味でのこれらの問題についての積極的な意思あるいは国家戦略というものがないんではないかということを、当事者、遺族は痛感をしておりまして、大変納得をできない。亡きがらを現地に残したまま帰ってきた元抑留者も、戦友や遺族の方々に本当に申し訳が立たないという気持ちが大変強うございます。
そして四番目に、恩給欠格・引揚者の問題もしかしながらきちんと再検討されるべきではないかと思っております。そして、その中でのそのバランス、公平性ということを言われるのであれば、その際、併せて考慮しなければならないのは、例えば中国残留邦人とか日本国内の民間空襲被害者らの問題です。またさらに、戦後補償あるいは援護政策の中での旧軍人軍属と民間の戦争被害者、いわゆるこの官民の格差の問題、それから旧軍人軍属の中でも日本国籍所有者と植民地出身、外国籍の被害者の間の格差の問題、そういったことについても併せてお考えをいただかなければならないと思います。ほかの国のことを余りよく知らない、関係ないという言い方はちょっと暴論過ぎるという感じがいたします。国際的な水準への配慮や検討が必要であるというふうに考えております。
時間になりましたので、また後ほどの質疑の中で少し補足的に申し上げさせていただきます。
以上でございます。
この発言だけを見る →私自身は、一九五一年、サンフランシスコ講和条約の年に生まれておりまして、抑留当事者ではもちろんございませんが、この間ずっと多くの全国の元抑留者の方々と一緒に当時のことを勉強させていただき、そしていろいろな問題を提起をさせてきていただいております。今日、傍聴席の方にも同じ団体に所属をしておられる多数の元抑留者の方が来てくださっております。
衆議院の総務委員会のやり取りも傍聴させていただきました。与党の方から主張されている、野党が提出をしている戦後強制抑留者特別給付金に反対をされたという理由が大きく二つございました。一つは、この法案は恩給欠格、引揚者との公平性に問題があるということと、二番目に、戦後処理に早く幕を引きたいという御主張がポイントであったかと思いますが、この点に重点を置きながらお話をさせていただきたいと思います。
このシベリア抑留というのは、お手元にカラーのコピーが配られているかと思いますが、地図がございます。ユーラシア大陸、カムチャッカ半島から、いわゆるこのシベリアだけではなくて中央アジア、モンゴル、そしてモスクワ近郊、北極圏まで、大変広範な地域に、約六十万と言われておりますけれども、元日本軍の兵士、軍属、そしてその中には若干民間人も含まれておりますけれども、が一九四五年の八月二十三日以降に移送されて、そこで大変なシベリア三重苦という過酷な歴史を強いられたわけでございます。食料がない、大変厳しい寒さ、そして過酷な労働という結果で、残念ながら約一割、六万人前後の方が亡くなられたということでございます。
最初に申し上げたいのは、平和祈念事業特別基金が一九八八年にスタートしておりますけれども、そのスタートした時点から、いわゆるシベリア・モンゴル抑留と恩給欠格と引揚げの三つの課題を一括して取り扱おうとしてきたわけでございますが、その辺りにそもそもちょっと無理があったというふうに考えております。したがって、基金の速やかな廃止ということに関しては私も賛成でございます。シベリア抑留と恩給欠格と引揚げの問題というのはそれぞれ問題の次元と申しますか、筋が違うというふうに考えております。
まず第一に、シベリア抑留は、先ほども申し上げましたが、一九四五年八月二十三日に発せられたスターリンの秘密指令によって始まったことでございます。戦後の大事件であり、戦時中の様々な戦争被害や戦闘中の犠牲とは異なっております。
第二番目に、シベリア抑留はポツダム宣言あるいは国際人道法違反の重大な人権侵害でございまして、恩給欠格、先ほど元島参考人のお話ございましたが、は敗戦に伴う戦後処理の中での不公平感への対応でございまして、いわゆる重大な人権侵害という範疇のものとは少しレベルが異なるというふうに考えております。ルールをつくりますとどこかで線引きをしなければならないわけで、その結果、ぎりぎりのところで不公平感を持たれる方というのは、これは必ず出てまいります。例えばこの戦後強制抑留者特別給付金支給法案でも、二年と十一か月の方と三年の方との間では、一週間の差があってもそこで金額的には大変大きな差が出てまいりますので、それをどうするかというレベルの問題と、その格差をもって国際人道法違反の重大な人権侵害という範疇の問題と一緒に議論するということにはちょっと無理があると思います。国際人道法違反、国際法違反については時効もないわけでございまして、法的なレベルも異なるということをまず申し上げておきたいと思います。
それから、シベリア抑留の場合は更にその労働の対価が支払われていないために、南方の捕虜との間で大きな差が生じたままになっております。これは明白な差別であろうかと思います。これに当事者の多くが大変大きな憤りを感じ、そして裁判にまでなって、いまだに解決をしておりません。
平和祈念事業特別基金やその総務省が使っておられる表現で非常に私ども違和感がございますのは、労苦という言葉を使われます。労苦を伝える、労苦を心に刻むというふうによく表現されておりますが、何かまるで津波とか地震の被災者に同情しているような印象を受けます。シベリア、モンゴルの抑留者というのは、これは拉致あるいは国家犯罪の被害者なわけですね。一九九三年に来日をしたエリツィン大統領も全体主義の犯した罪について謝罪するというふうに明確に述べておられますけれども、被害者側の日本の社会で、抑留者は犯罪被害者であるという視点が、そういう観点が非常に弱かったと思っております。もっともっと不正に怒り、冷静にその犯罪の全容を明らかにし、ただしていく必要があるのではないかというふうに考えております。
被害者の被害回復に必要なことは、真相究明、それから補償、救済あるいは社会復帰やリハビリの支援、責任者の処罰、再発防止、これは北朝鮮の拉致の例でも全く同じでございますが、そのいずれを取っても極めて不十分、あるいは全く手付かずでございます。基金を廃止するとともに、こういった拉致被害対策と同じように、官邸かあるいは内閣府に一本化した対策室をきちんと新たに設けていただいてしっかり対応すべきであるというふうに考えます。現状の厚生労働省、総務省、外務省あるいは内閣府に、言ってみればたらい回し、あるいは縦割り行政でばらばらでやっているというふうな方式はやめていただきたいというふうに考えます。
三番目に、そもそもその真相究明がほとんどできていないということが大変大きなことでございます。
全体で一体何人が拉致、抑留され、何人が亡くなったのか、あるいはその後に北朝鮮に約、これは二万七千人とも言われておりますが、逆送されたのは本当は一体何人で、その中の何人の方が途中で亡くなったのか、あるいはなぜこんな惨事が起きてしまったのかというふうなことが、今現在も一万三千人もの死亡者名簿がないということを含めて、その辺りの解明が情けないほどできていないということでございます。遺骨収集に関しても、あと何年やったら終わるということになるのか、あるいは厚生労働省の四階にたくさんの御遺骨が保管されていますけれども、DNA鑑定にあと一体何年掛かるのかという、実はそういうその先の見通しというのがこれだれにも見通せていない。ひたすらぽつりぽつりとロシア側から資料が時々もたらされるのを待っていると、そういう状態でございます。本気でやるには人も予算も不足をしております。その辺りのことを是非改善をしていただきたいと思うわけでございます。
そういった意味でのこれらの問題についての積極的な意思あるいは国家戦略というものがないんではないかということを、当事者、遺族は痛感をしておりまして、大変納得をできない。亡きがらを現地に残したまま帰ってきた元抑留者も、戦友や遺族の方々に本当に申し訳が立たないという気持ちが大変強うございます。
そして四番目に、恩給欠格・引揚者の問題もしかしながらきちんと再検討されるべきではないかと思っております。そして、その中でのそのバランス、公平性ということを言われるのであれば、その際、併せて考慮しなければならないのは、例えば中国残留邦人とか日本国内の民間空襲被害者らの問題です。またさらに、戦後補償あるいは援護政策の中での旧軍人軍属と民間の戦争被害者、いわゆるこの官民の格差の問題、それから旧軍人軍属の中でも日本国籍所有者と植民地出身、外国籍の被害者の間の格差の問題、そういったことについても併せてお考えをいただかなければならないと思います。ほかの国のことを余りよく知らない、関係ないという言い方はちょっと暴論過ぎるという感じがいたします。国際的な水準への配慮や検討が必要であるというふうに考えております。
時間になりましたので、また後ほどの質疑の中で少し補足的に申し上げさせていただきます。
以上でございます。
山
二
二之湯智#7
○二之湯智君 おはようございます。自由民主党の二之湯智でございます。
今日は、両参考人の皆さん方、お忙しいところありがとうございます。特に、元島参考人には遠路わざわざありがとうございます。
まず、元島参考人に対しまして御質問いたしたいと思います。
戦後六十二年たちまして、関係者の著しい高齢化を考慮して、戦後処理の解決が求められているわけでございます。そのために、戦後強制抑留者及び引揚者の問題、それといわゆる恩給欠格者の問題、そういう問題につきまして、最終決着を図るために独立行政法人平和祈念事業特別基金に関する法律案の廃止が今提案されているわけでございます。
しかし、シベリアに抑留され、かの地で亡くなった方々の死亡者の名簿の整理とか、あるいは遺骨収集も完全に終結したとは言えません。元島さんは、戦後ずっとこの恩給欠格者のために一生懸命陳情を繰り返されてこられまして、今お話しになりましたように、なかなか成果が上がらず残念な気持ちで亡くなった方々もいらっしゃるわけでございますし、またシベリアの、あのかの地で不遇の死を遂げられた同胞の皆さん方もたくさんいらっしゃるわけでございます。
そういう昔の戦友たちに対して、今どんな思いを持っておられますか。まずお聞きをいたしたいと思います。
この発言だけを見る →今日は、両参考人の皆さん方、お忙しいところありがとうございます。特に、元島参考人には遠路わざわざありがとうございます。
まず、元島参考人に対しまして御質問いたしたいと思います。
戦後六十二年たちまして、関係者の著しい高齢化を考慮して、戦後処理の解決が求められているわけでございます。そのために、戦後強制抑留者及び引揚者の問題、それといわゆる恩給欠格者の問題、そういう問題につきまして、最終決着を図るために独立行政法人平和祈念事業特別基金に関する法律案の廃止が今提案されているわけでございます。
しかし、シベリアに抑留され、かの地で亡くなった方々の死亡者の名簿の整理とか、あるいは遺骨収集も完全に終結したとは言えません。元島さんは、戦後ずっとこの恩給欠格者のために一生懸命陳情を繰り返されてこられまして、今お話しになりましたように、なかなか成果が上がらず残念な気持ちで亡くなった方々もいらっしゃるわけでございますし、またシベリアの、あのかの地で不遇の死を遂げられた同胞の皆さん方もたくさんいらっしゃるわけでございます。
そういう昔の戦友たちに対して、今どんな思いを持っておられますか。まずお聞きをいたしたいと思います。
元
元島和男#8
○参考人(元島和男君) 私も、シベリア抑留の一人でございます。誠に非人道的なソ連のやり方について、怒りを覚える者の一人でございます。
確かに八月九日、一方的に日ソ中立条約を破棄し、怒濤のごとく満州になだれ込み、豊富な資源を略奪し、挙げ句の果てには、ウラジオから日本に帰すとだまして六十万名以上の方々をシベリアに連れてきて強制労働をさせ、五万四千人の方々が亡くなっておられます。本当にあの当時のことを思い起こしますと、何と言葉では言い表せない苦しみであったことも事実でございます。にもかかわらず、ソ連は労働賃金一円も払わずして今日まで過ごしておるということは、何と非人道的であろうかと怒りを覚える者の一人でございます。
私が欠格者運動に手を染めましたのは、元々抑留のお世話をしておりましたけれども、東京の本部から島原に説明においでになり、お国のために一生懸命一身を捧げながら、年数が足りないということで何の恩典も受けない百万以上の人たちがおるのだ、こういう人たちを是非助けてほしいという約四十分にわたっての念願を、とうとう熱意に負けまして、抑留の問題は副支部長にお願いをし、この恩欠問題のお世話をすることになったわけでございます。抑留者の皆さん方の御苦労も同じように体験をしてきましただけに気持ちはよく分かりますし、有り難いことだと思っております。
しかし、それ以上に、恩欠者の皆さん方が、ビルマにおいて、南方の島々において、フィリピンにおいて我々以上の苦しみを味わっておられることを耳にいたしまして、涙で語る以外には道のないことも知りました。シベリアだけが苦しいと思っておったら、こんなにも南方各地で苦労なさったのかと、そう思いますときに、何としても恩欠者の皆さん方に、抑留者の皆さん方にも最後の国の恩典を与えていただきたい、こう思いまして、本日のこの参考人も引き受けたわけでございます。
以上でございます。
この発言だけを見る →確かに八月九日、一方的に日ソ中立条約を破棄し、怒濤のごとく満州になだれ込み、豊富な資源を略奪し、挙げ句の果てには、ウラジオから日本に帰すとだまして六十万名以上の方々をシベリアに連れてきて強制労働をさせ、五万四千人の方々が亡くなっておられます。本当にあの当時のことを思い起こしますと、何と言葉では言い表せない苦しみであったことも事実でございます。にもかかわらず、ソ連は労働賃金一円も払わずして今日まで過ごしておるということは、何と非人道的であろうかと怒りを覚える者の一人でございます。
私が欠格者運動に手を染めましたのは、元々抑留のお世話をしておりましたけれども、東京の本部から島原に説明においでになり、お国のために一生懸命一身を捧げながら、年数が足りないということで何の恩典も受けない百万以上の人たちがおるのだ、こういう人たちを是非助けてほしいという約四十分にわたっての念願を、とうとう熱意に負けまして、抑留の問題は副支部長にお願いをし、この恩欠問題のお世話をすることになったわけでございます。抑留者の皆さん方の御苦労も同じように体験をしてきましただけに気持ちはよく分かりますし、有り難いことだと思っております。
しかし、それ以上に、恩欠者の皆さん方が、ビルマにおいて、南方の島々において、フィリピンにおいて我々以上の苦しみを味わっておられることを耳にいたしまして、涙で語る以外には道のないことも知りました。シベリアだけが苦しいと思っておったら、こんなにも南方各地で苦労なさったのかと、そう思いますときに、何としても恩欠者の皆さん方に、抑留者の皆さん方にも最後の国の恩典を与えていただきたい、こう思いまして、本日のこの参考人も引き受けたわけでございます。
以上でございます。
二
二之湯智#9
○二之湯智君 ありがとうございます。
限られた時間でございますので、用意しておった質問を一つはしょりまして、有光参考人にお伺いしたいと思います。
ソ連政府による残酷非道な強制労働、国際法を無視し、まるで日本人を大量に奴隷のごとく酷使した事実が現実にあったこと、日本人の同胞が彼の地でいかに苦しい生活を強いられたことを、これを風化させることなく事実を後世に伝えるのは今に生きる私たちの努めではないかと思うわけでございます。
現在、平和祈念事業特別基金では、慰藉事業の一環として関係者の労苦に対する国民の理解を深める事業を実施され、資料の収集及び展示、記録の作成、催物、調査研究などを行っておられます。基金解散後も是非これらの事業をやるべきだと思います。特に、シベリア抑留者の九割近くが上陸した京都府の舞鶴市では昭和六十三年に引揚記念館を開設し、毎年約十五万人近い方々がその会館を訪れられておるわけでございます。舞鶴市では、基金が実施してこられた強制抑留や引揚げ体験者の労苦を語り継ぐ事業、資料収集、展示事業などを既に行っているわけでございます。
私は、基金が解散に際して資本金の一部を配分し、積極的に取り組んでおられる地方自治体に基金事業を継続してやってもらったらどうかと、このように思っているわけでございますけれども、それにつきましてお考えをお聞かせいただきたいと思います。
この発言だけを見る →限られた時間でございますので、用意しておった質問を一つはしょりまして、有光参考人にお伺いしたいと思います。
ソ連政府による残酷非道な強制労働、国際法を無視し、まるで日本人を大量に奴隷のごとく酷使した事実が現実にあったこと、日本人の同胞が彼の地でいかに苦しい生活を強いられたことを、これを風化させることなく事実を後世に伝えるのは今に生きる私たちの努めではないかと思うわけでございます。
現在、平和祈念事業特別基金では、慰藉事業の一環として関係者の労苦に対する国民の理解を深める事業を実施され、資料の収集及び展示、記録の作成、催物、調査研究などを行っておられます。基金解散後も是非これらの事業をやるべきだと思います。特に、シベリア抑留者の九割近くが上陸した京都府の舞鶴市では昭和六十三年に引揚記念館を開設し、毎年約十五万人近い方々がその会館を訪れられておるわけでございます。舞鶴市では、基金が実施してこられた強制抑留や引揚げ体験者の労苦を語り継ぐ事業、資料収集、展示事業などを既に行っているわけでございます。
私は、基金が解散に際して資本金の一部を配分し、積極的に取り組んでおられる地方自治体に基金事業を継続してやってもらったらどうかと、このように思っているわけでございますけれども、それにつきましてお考えをお聞かせいただきたいと思います。
有
有光健#10
○参考人(有光健君) ただいま二之湯先生の方から御指摘、御提案のあったこと、私も全く賛成でございまして、舞鶴の引揚記念館、私も、先月も先々月も行ってまいりました。あそこは建てるときに、やはりシベリアからの引揚者の歌手の三波春夫さんが全国でチャリティーコンサートをやってくださって三千万ほど集めて建てたわけでございます。そして、現在も、先生がおっしゃったように年間で十五万という、新宿の平和祈念事業特別基金の資料室よりもはるかにたくさんの方が全国から見えておられます。
そして、ところが、御承知のとおり、地方は大変財政難でございまして、自治体から非常に、人件費程度しか出ておりません。国からは一銭も実は入ってございません。あそこの記念館でも、展示スペースも非常にもう手狭になっておりまして、例えば、語り部の方がおられますけれども、そういった方の話を聞くようなセミナー室とか会議室、そういったスペースもないわけでございます。それから、学芸員も置いておりませんで、資料が大変十分にまだ整理をしたりするということができておりません。
是非これは平和祈念事業特別基金、あるいはそれが廃止された後は総務省なりしかるべく政府の方からきちっとした形での支援が絶対に必要であろうというふうに私もまた強く感じております。
この発言だけを見る →そして、ところが、御承知のとおり、地方は大変財政難でございまして、自治体から非常に、人件費程度しか出ておりません。国からは一銭も実は入ってございません。あそこの記念館でも、展示スペースも非常にもう手狭になっておりまして、例えば、語り部の方がおられますけれども、そういった方の話を聞くようなセミナー室とか会議室、そういったスペースもないわけでございます。それから、学芸員も置いておりませんで、資料が大変十分にまだ整理をしたりするということができておりません。
是非これは平和祈念事業特別基金、あるいはそれが廃止された後は総務省なりしかるべく政府の方からきちっとした形での支援が絶対に必要であろうというふうに私もまた強く感じております。
二
二之湯智#11
○二之湯智君 最後に、元島参考人にもう一度お聞きしたいと思います。
南方からの引揚者が、わずかな日当ではあっても、日当プラス抑留日数で政府から補償金が支払われた。それに比べて、シベリア抑留者に対しては一銭のこういう国家からの補償金もないということ、こういうことに対しまして、非常にシベリアというのは大変厳しい自然環境の下で生き延びてきた方ばかりでございまして、余りにも日本政府の対応が冷たいのではないかと、そういう気持ちを持っておられるかどうか、それについて最後お聞かせいただきたいと思います。
この発言だけを見る →南方からの引揚者が、わずかな日当ではあっても、日当プラス抑留日数で政府から補償金が支払われた。それに比べて、シベリア抑留者に対しては一銭のこういう国家からの補償金もないということ、こういうことに対しまして、非常にシベリアというのは大変厳しい自然環境の下で生き延びてきた方ばかりでございまして、余りにも日本政府の対応が冷たいのではないかと、そういう気持ちを持っておられるかどうか、それについて最後お聞かせいただきたいと思います。
元
元島和男#12
○参考人(元島和男君) 戦争に負けた国が昭和二十八年に軍人恩給を復活させ、命懸けで戦った人たちに差を付けたこと自体に私は激しい憤りを感じます。年数はいかんであろうとも、自分の身をささげ、いつ敵弾に倒れるか分からない、本当に戦々恐々とした気持ちは年数の問題ではないと思っております。それだけに、この軍人恩給をもらっている方々に対して恩欠者の百万に上る人たちがどんなつらい思いをして今日まで過ごしてきたでありましょうか。
その格差をなくするためにいろいろと陳情を繰り返してきました。このようなことをやれば、将来日本がいろんなことがあった場合にだれがお国のために命をささげるのでありましょうか。このお国のために尽くした人たちをまま子扱いにされるならば今後日本はしっぺ返しを受けますよ。だれが国を愛しよう、国のために命をささげようという者が恩欠者の中におりましょうか。早くその格差をなくして、何らかの恩典を与えて安心をさせてください。これが日本の将来のために第一条件として必要でございますということをずっと訴え続けてまいりました。
しかし、残念ながら、今申し上げましたように、内閣総理大臣の書状と銀杯程度しかもらえない。内地勤務者に至っては内閣総理大臣の書状のみという誠に貧しいこのやり方につきまして、我々の仲間は残念無念と国を恨みながらこの世を去っていきました。本当に申し訳ない気持ち一杯でございます。この気持ちを御先生方、どうぞ察してやってください。お願いいたします。
この発言だけを見る →その格差をなくするためにいろいろと陳情を繰り返してきました。このようなことをやれば、将来日本がいろんなことがあった場合にだれがお国のために命をささげるのでありましょうか。このお国のために尽くした人たちをまま子扱いにされるならば今後日本はしっぺ返しを受けますよ。だれが国を愛しよう、国のために命をささげようという者が恩欠者の中におりましょうか。早くその格差をなくして、何らかの恩典を与えて安心をさせてください。これが日本の将来のために第一条件として必要でございますということをずっと訴え続けてまいりました。
しかし、残念ながら、今申し上げましたように、内閣総理大臣の書状と銀杯程度しかもらえない。内地勤務者に至っては内閣総理大臣の書状のみという誠に貧しいこのやり方につきまして、我々の仲間は残念無念と国を恨みながらこの世を去っていきました。本当に申し訳ない気持ち一杯でございます。この気持ちを御先生方、どうぞ察してやってください。お願いいたします。
二
円
円より子#14
○円より子君 民主党の円より子でございます。
私は本来、総務委員会のメンバーではないんですが、野党から出しました二つの法案の発議者でもありまして、シベリア抑留やこの戦後の問題にずっとかかわってまいりましたので、今日はどうしても参考人質疑に出させていただきたいと差し替えをさせていただきました。
この野党が出しました、私たちが出しました戦後強制抑留者に対する特別給付金の支給に関する法律案と独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律を廃止する法律案、これが衆議院の方では残念ながら否決されてしまいました。
私は、この八月二十三日に千鳥ケ淵に、今日後ろにずらっと傍聴に来てくださっている方々とともに墓苑で参列させていただきまして、本当に、今、元島さんもお話しなさいましたが、戦争で捕虜になって、そしてシベリア抑留された元島さん、それから南方で死んだ方々、様々な方々のその憤り、無念、それを私も一緒に墓参をさせていただきまして感じた次第でございますが、そうした方たちに、今回の通った与党案は、衆議院で可決されました与党案は、本当に旅行券辺りでお茶を濁すというようなものでありまして、なぜ与党の方々も、私どもの出した、野党が出したといっても、別にそれは党派を超えて本当に皆様方が待たれていた法案でございます、そちらを否決なさり与党案を通されたのか。それに対しても大変憤りを感じまして、新聞にも載っておりますけれども、長い間抑留され、そして南方の方々は、まだ、同じようなもちろん御苦労はあったとしても、南方地域を占領して軍政をしいた米軍や英軍は日本人捕虜の帰国に先立って未払労働賃金の計算カードを発行しました。ジュネーブ条約に基づく当然の措置だったんですが、スターリンの体制下にあったソ連では、強制労働を課すのは当たり前でしたし、ジュネーブ条約は無視され、労働賃金の支払はもちろん、捕虜の所属国に未払労働賃金の支払を義務付ける労働計算カードや労働証明書も発行しませんでした。
こうした下で、本当に苦労なさってきた方々が長い間裁判や様々なことでやってこられたんですが、今回の衆議院の総務委員会で私どもが作りました法案が否決され、与党案が通ったことに関して、抑留被害者の方々がどのように感じておられるか。そうした国民の本当の実体験をした方々の意見を国会は無視しているのではないか、そのような思いがありまして、もしその反応を聞いていらっしゃいましたら、有光参考人にお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →私は本来、総務委員会のメンバーではないんですが、野党から出しました二つの法案の発議者でもありまして、シベリア抑留やこの戦後の問題にずっとかかわってまいりましたので、今日はどうしても参考人質疑に出させていただきたいと差し替えをさせていただきました。
この野党が出しました、私たちが出しました戦後強制抑留者に対する特別給付金の支給に関する法律案と独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律を廃止する法律案、これが衆議院の方では残念ながら否決されてしまいました。
私は、この八月二十三日に千鳥ケ淵に、今日後ろにずらっと傍聴に来てくださっている方々とともに墓苑で参列させていただきまして、本当に、今、元島さんもお話しなさいましたが、戦争で捕虜になって、そしてシベリア抑留された元島さん、それから南方で死んだ方々、様々な方々のその憤り、無念、それを私も一緒に墓参をさせていただきまして感じた次第でございますが、そうした方たちに、今回の通った与党案は、衆議院で可決されました与党案は、本当に旅行券辺りでお茶を濁すというようなものでありまして、なぜ与党の方々も、私どもの出した、野党が出したといっても、別にそれは党派を超えて本当に皆様方が待たれていた法案でございます、そちらを否決なさり与党案を通されたのか。それに対しても大変憤りを感じまして、新聞にも載っておりますけれども、長い間抑留され、そして南方の方々は、まだ、同じようなもちろん御苦労はあったとしても、南方地域を占領して軍政をしいた米軍や英軍は日本人捕虜の帰国に先立って未払労働賃金の計算カードを発行しました。ジュネーブ条約に基づく当然の措置だったんですが、スターリンの体制下にあったソ連では、強制労働を課すのは当たり前でしたし、ジュネーブ条約は無視され、労働賃金の支払はもちろん、捕虜の所属国に未払労働賃金の支払を義務付ける労働計算カードや労働証明書も発行しませんでした。
こうした下で、本当に苦労なさってきた方々が長い間裁判や様々なことでやってこられたんですが、今回の衆議院の総務委員会で私どもが作りました法案が否決され、与党案が通ったことに関して、抑留被害者の方々がどのように感じておられるか。そうした国民の本当の実体験をした方々の意見を国会は無視しているのではないか、そのような思いがありまして、もしその反応を聞いていらっしゃいましたら、有光参考人にお伺いしたいと思います。
有
有光健#15
○参考人(有光健君) 十万円の旅行券で幕を引きたいということが一般に伝わりましたのは、ちょうど二年前なんですが、おととしの十二月の十四日の読売新聞の朝刊が非常に大きな記事を出しまして、それ以来、正直、抑留者の方々の間では大騒動になったわけですね。お手元に資料としてお配りをしておきましたが、今日、傍聴席にも見えておられる全抑協の副会長の平塚さん、それから全抑協の会長、衆議院の方の総務委員会で参考人として陳述をされました寺内会長等の新聞等に投稿された意見をお配りをしていただいていると思います。正直、我々をばかにするなという声が非常に強うございます。
今回、衆議院の方で特別給付金支給法案が否決をされたということも翌日の朝刊でかなり大きく報道をされておりました。かなり私のところにもいろんな方からお電話なりをちょうだいしております。
例えば、今、先ほど御質問をいただきました二之湯先生も御存じの方かと思いますが、三重県の員弁町という町の町長をずっと十期お務めになった太田嘉明さんという現在八十五歳の抑留者の方からもお電話ちょうだいしまして、太田さんは、第百四十六だったと思いますが、という収容所に収容されて、これ、抑留者自身でまとめた抑留体験記というシリーズで全部、八巻の本が自費出版で刊行されておりますが、そこの中にもその体験をるる書いておられますけれども、千人の単位で抑留者の部隊を再編成されまして、その大隊長を務められたんですが、その部下たちに対して、とにかく食べ物はないけどみんなで歯を食いしばって頑張って祖国へ帰ろうと、祖国はきっと我々を温かく迎えてくれると、そういうふうに励まし励まし舞鶴まで帰ってこられたわけですが、しかしながら、帰ってきてから現在までのこの国の対応は一体何だということで、何が祖国かという言い方を電話でも再三おっしゃっておられましたけれども、本当にこの期に及んで、まだその送り出した元兵士と和解ができていない祖国というのは一体何なのかと、もうこれが本当に美しい国の姿かなというふうに私も電話を受けながら感じた次第でございます。
この発言だけを見る →今回、衆議院の方で特別給付金支給法案が否決をされたということも翌日の朝刊でかなり大きく報道をされておりました。かなり私のところにもいろんな方からお電話なりをちょうだいしております。
例えば、今、先ほど御質問をいただきました二之湯先生も御存じの方かと思いますが、三重県の員弁町という町の町長をずっと十期お務めになった太田嘉明さんという現在八十五歳の抑留者の方からもお電話ちょうだいしまして、太田さんは、第百四十六だったと思いますが、という収容所に収容されて、これ、抑留者自身でまとめた抑留体験記というシリーズで全部、八巻の本が自費出版で刊行されておりますが、そこの中にもその体験をるる書いておられますけれども、千人の単位で抑留者の部隊を再編成されまして、その大隊長を務められたんですが、その部下たちに対して、とにかく食べ物はないけどみんなで歯を食いしばって頑張って祖国へ帰ろうと、祖国はきっと我々を温かく迎えてくれると、そういうふうに励まし励まし舞鶴まで帰ってこられたわけですが、しかしながら、帰ってきてから現在までのこの国の対応は一体何だということで、何が祖国かという言い方を電話でも再三おっしゃっておられましたけれども、本当にこの期に及んで、まだその送り出した元兵士と和解ができていない祖国というのは一体何なのかと、もうこれが本当に美しい国の姿かなというふうに私も電話を受けながら感じた次第でございます。
円
円より子#16
○円より子君 再び有光参考人に伺いたいと思いますが、様々な戦後処理の中で不公平が多いという御指摘が先ほどございました。どのような不公平な事例があるか、もう一度言っていただけませんでしょうか。
〔参考人有光健君「例えば先ほども」と述ぶ〕
この発言だけを見る →〔参考人有光健君「例えば先ほども」と述ぶ〕
山
有
有光健#18
○参考人(有光健君) 先ほども申し上げましたが、十二月の一日に神戸地裁の判決が中国残留孤児のケースで出ました。もうそれは記憶に新しいところでございますけれども、あと東京大空襲の被害者、被災者の方も来年の三月ですか、に提訴をされるということを聞いております。その日本の戦後補償、援護政策が旧軍人軍属、公務員に限定されておりまして、民間の被災者には被爆者に対する援護法以外は何もないと。官に厚く、民に冷たいということを先ほど申し上げました。
もう一つ、同じ軍人軍属の中でもその補償、援護の対象が日本国籍者だけに限られておりまして、当時日本人として戦地に送られました旧植民地出身の方々、台湾、朝鮮半島出身の外国籍の方々に、この戦後補償、援護の枠からこうした方々が排除されているという問題がございます。いわゆる内外人不平等というふうに称されておりますけれども、こういった方々も日本の裁判所に提訴をされましたけれども、残念ながら問題が裁判所では解決をできずに、台湾と在日の戦没者、戦傷病者につきましては議員立法で一部支払が行われておりますが、その金額も少ない、あるいはいまだに不満がくすぶっております。
それから、韓国・朝鮮人の元BC級戦犯者の問題というのも残された課題の一つだと思っております。これは、日本人として動員されて、連合国の捕虜の俘虜監視員をさせられて、現場の捕虜虐待の責めを負わされて処刑をされたり、あるいは長期刑に服役をさせられているというケースでございます。戦後、巣鴨プリズンに送られて釈放されると同時に、今度はもう外国人だから後のことは知らないよというふうな形での、何らの援護措置もないままにほうり出されているケースがございます。最近になりまして、韓国の政府の真相究明委員会が現在こういった事例の見直しを行っておりますけれども、だれが見ても不公平といいますか、不条理なケースだというふうに考えられます。
それから、あと例えば国内でも、満蒙開拓団のケースとか従軍看護婦、特に日赤の看護婦ではなくて旧満州国の赤十字に所属をしておられた看護婦の方々への補償であるとか戦後処理といった問題が未解決で残されておりまして、いずれもこのままではまだ幕を引くということにはならないんではないかというふうに考えております。
この発言だけを見る →もう一つ、同じ軍人軍属の中でもその補償、援護の対象が日本国籍者だけに限られておりまして、当時日本人として戦地に送られました旧植民地出身の方々、台湾、朝鮮半島出身の外国籍の方々に、この戦後補償、援護の枠からこうした方々が排除されているという問題がございます。いわゆる内外人不平等というふうに称されておりますけれども、こういった方々も日本の裁判所に提訴をされましたけれども、残念ながら問題が裁判所では解決をできずに、台湾と在日の戦没者、戦傷病者につきましては議員立法で一部支払が行われておりますが、その金額も少ない、あるいはいまだに不満がくすぶっております。
それから、韓国・朝鮮人の元BC級戦犯者の問題というのも残された課題の一つだと思っております。これは、日本人として動員されて、連合国の捕虜の俘虜監視員をさせられて、現場の捕虜虐待の責めを負わされて処刑をされたり、あるいは長期刑に服役をさせられているというケースでございます。戦後、巣鴨プリズンに送られて釈放されると同時に、今度はもう外国人だから後のことは知らないよというふうな形での、何らの援護措置もないままにほうり出されているケースがございます。最近になりまして、韓国の政府の真相究明委員会が現在こういった事例の見直しを行っておりますけれども、だれが見ても不公平といいますか、不条理なケースだというふうに考えられます。
それから、あと例えば国内でも、満蒙開拓団のケースとか従軍看護婦、特に日赤の看護婦ではなくて旧満州国の赤十字に所属をしておられた看護婦の方々への補償であるとか戦後処理といった問題が未解決で残されておりまして、いずれもこのままではまだ幕を引くということにはならないんではないかというふうに考えております。
円
円より子#19
○円より子君 海外では、一九九九年以降にカナダ、イギリス、オランダ、ニュージーランド、ノルウェーなどが元捕虜に自国で支払を行っておりますよね。こうしたことを日本でもやるべきだと私どもは思っていたんですが、今平均年齢八十五歳になられる元抑留者の方々に旅行券というのがどのような意味があるのかと思うんですね。金額の多寡ではなくて、国が過去の無作為を一言謝罪してほしいというのが皆様方の気持ちだと思うんです。
そしてもう一つ、抑留の全容が全くいまだに解明されておりませんし、名簿もロシア側から提供されません。また遺骨も凍土の下に眠ったままです。このままでこの問題が解決する、終わったというふうには本当できないと思いますが、元島参考人は今回のでこれで終わったというふうに思われますでしょうか。今後、もっと政府に対してきちんと真相究明や、また遺骨も南方にも残っておりますし、シベリアにいらしたことが、抑留されていた御経験からも遺骨の問題、名簿の問題、きちんと政府にしてほしいと思われると思うんですが、いかがでしょうか。
この発言だけを見る →そしてもう一つ、抑留の全容が全くいまだに解明されておりませんし、名簿もロシア側から提供されません。また遺骨も凍土の下に眠ったままです。このままでこの問題が解決する、終わったというふうには本当できないと思いますが、元島参考人は今回のでこれで終わったというふうに思われますでしょうか。今後、もっと政府に対してきちんと真相究明や、また遺骨も南方にも残っておりますし、シベリアにいらしたことが、抑留されていた御経験からも遺骨の問題、名簿の問題、きちんと政府にしてほしいと思われると思うんですが、いかがでしょうか。
元
元島和男#20
○参考人(元島和男君) 私たちは、より多くの補償をしていただきたいのはやまやまでございます。しかし、陳情書で申し上げましたとおり、平均年齢八十六歳という高齢者の方々が次々に亡くなっていかれる実情を見ますというと、もう無理を言って日にちを延ばすことよりは、今我々の手で獲得した基金二百億ないし四百億を取り崩していただいて、シベリア抑留者の方々にも引揚者の皆さん方にも恩欠者の皆様方にも一日も早くこれを分けていただきたい。
確かに、ソ連の労働賃金に対する見返りをという気持ちは私だって同じ気持ちでございますけれども、それを待っておったんでは、もう対象になる人たち、もらう人たちが亡くなってしまう。そういうことでは申し訳ない。たとえわずかな金品であっても、一日も早く平和祈念事業が持っております基金を取り崩していただいて、抑留者の皆さんにも引揚者の皆さんにも恩欠者の皆さんにも平等に分け合ってくださることを心から願っております。
そういう意味から、私はこの参考人として、衆議院で可決されましたこの法案を一日も早く参議院でも審議、可決していただいて、首を長くして待っております人たちに、一名でも多くの方々に分け与えていただきとうございます。
シベリアの問題は対ロシアとの問題がございます。この問題を考えますと、まだまだ期日を要すると思います。そのことを待っておったんでは、恩欠者もシベリア抑留者も引揚者もみんな対象者が亡くなってしまうおそれがあるものですから、一日も早くこの基金を取り崩して、シベリア抑留者の皆さん方にも十万円、恩欠者の皆さんにも、外地の方には五万円、内地の方に三万円、そして引揚者の皆さんには銀杯を、その上、抑留者の皆さんには慰霊の碑を建立していただく、引揚者の皆さんにも慰霊碑を建立していただく。もうこの程度で私たちもお願いをやめなければ、戦後六十一年たって経済大国と言われる日本がこのようなざまでいつまでもこの願いを続けるということは世界にも恥ずかしいことだと、そう思っておりますので、どうぞひとつ、この基金の取崩しによって、抑留者の皆さんにも恩欠者の皆さんにも、それから引揚者の皆さんにも一日も早く恩典を与えていただきますよう重ねてお願い申し上げる次第でございます。以上でございます。
この発言だけを見る →確かに、ソ連の労働賃金に対する見返りをという気持ちは私だって同じ気持ちでございますけれども、それを待っておったんでは、もう対象になる人たち、もらう人たちが亡くなってしまう。そういうことでは申し訳ない。たとえわずかな金品であっても、一日も早く平和祈念事業が持っております基金を取り崩していただいて、抑留者の皆さんにも引揚者の皆さんにも恩欠者の皆さんにも平等に分け合ってくださることを心から願っております。
そういう意味から、私はこの参考人として、衆議院で可決されましたこの法案を一日も早く参議院でも審議、可決していただいて、首を長くして待っております人たちに、一名でも多くの方々に分け与えていただきとうございます。
シベリアの問題は対ロシアとの問題がございます。この問題を考えますと、まだまだ期日を要すると思います。そのことを待っておったんでは、恩欠者もシベリア抑留者も引揚者もみんな対象者が亡くなってしまうおそれがあるものですから、一日も早くこの基金を取り崩して、シベリア抑留者の皆さん方にも十万円、恩欠者の皆さんにも、外地の方には五万円、内地の方に三万円、そして引揚者の皆さんには銀杯を、その上、抑留者の皆さんには慰霊の碑を建立していただく、引揚者の皆さんにも慰霊碑を建立していただく。もうこの程度で私たちもお願いをやめなければ、戦後六十一年たって経済大国と言われる日本がこのようなざまでいつまでもこの願いを続けるということは世界にも恥ずかしいことだと、そう思っておりますので、どうぞひとつ、この基金の取崩しによって、抑留者の皆さんにも恩欠者の皆さんにも、それから引揚者の皆さんにも一日も早く恩典を与えていただきますよう重ねてお願い申し上げる次第でございます。以上でございます。
円
円より子#21
○円より子君 最後になりますが、元島さんのようなお気持ちもよく分かりますけれども、傍聴者のシベリア抑留の方々はこの法案では解決にならないと、大変今むなしい思いをしているというふうにも言われております。
有光さん、先ほどの私の質問に対していかがでしょうか。
この発言だけを見る →有光さん、先ほどの私の質問に対していかがでしょうか。
有
有光健#22
○参考人(有光健君) 早く終わらせたいという気持ちは、これはもう与野党あるいは全員の気持ちだと思いますね。
ただ、この現在の与党の先生方の方からの御提案の中身では、残念ながらこれは解決にやっぱり至らないだろう。
今まで繰り返し、これはもう佐藤総理、中曽根総理、あるいは鈴木善幸総理も、これで戦後処理は終わりにするんだ、戦後は終わったということを繰り返し宣言してきておられますが、いまだに、六十一年たってまだこういう議論を続けなければならない。
で、当事者の方、どんどんどんどん高齢化して亡くなられているというのはそのとおりなので、早くしなきゃいけないということでございますけれども、同時に、やっぱりきちんと解決をしなければいけない。そのきちんの部分をもう少ししっかり中身をつくっていただきたいというふうに強く希望いたします。
この発言だけを見る →ただ、この現在の与党の先生方の方からの御提案の中身では、残念ながらこれは解決にやっぱり至らないだろう。
今まで繰り返し、これはもう佐藤総理、中曽根総理、あるいは鈴木善幸総理も、これで戦後処理は終わりにするんだ、戦後は終わったということを繰り返し宣言してきておられますが、いまだに、六十一年たってまだこういう議論を続けなければならない。
で、当事者の方、どんどんどんどん高齢化して亡くなられているというのはそのとおりなので、早くしなきゃいけないということでございますけれども、同時に、やっぱりきちんと解決をしなければいけない。そのきちんの部分をもう少ししっかり中身をつくっていただきたいというふうに強く希望いたします。
円
澤
澤雄二#24
○澤雄二君 公明党の澤雄二でございます。
今日は、お二人のお話を聞かせていただきまして、関係者がどういう思いで今までいらっしゃったかということが大変よく分かりました。どうもありがとうございました。
元島参考人にお話をお伺いしたいというふうに思います。
参考人が書かれたものを幾つか読ませていただきました。お父上を亡くされて、母上と幼い弟妹を養うために中国に渡られたと。召集をされて、戦後でシベリアに抑留をされたと。先ほどからもよく言われていますけれども、奴隷のような非常に非人道的な扱いを受けられたというお話を幾つか読ませていただいて、正に辛酸をなめられた歴史に対して、もう言葉がなくてただ深く頭を下げるだけでございました。本当に御苦労さまでしたと言うしかないと思いますが。
与党案、野党案、両案出ておりますけれども、いずれにしましても、要するにいわゆる平和基金を廃止して新たな慰藉事業をする、その新たな慰藉事業をすることでこの問題が最終決着となるわけでございます。
先ほども少し一端述べられておられましたけれども、これまで長い間同じような体験をされた方たちのために頑張ってこられた思いと、これで決着をするという今のお気持ちを少し聞かせていただけますか。
この発言だけを見る →今日は、お二人のお話を聞かせていただきまして、関係者がどういう思いで今までいらっしゃったかということが大変よく分かりました。どうもありがとうございました。
元島参考人にお話をお伺いしたいというふうに思います。
参考人が書かれたものを幾つか読ませていただきました。お父上を亡くされて、母上と幼い弟妹を養うために中国に渡られたと。召集をされて、戦後でシベリアに抑留をされたと。先ほどからもよく言われていますけれども、奴隷のような非常に非人道的な扱いを受けられたというお話を幾つか読ませていただいて、正に辛酸をなめられた歴史に対して、もう言葉がなくてただ深く頭を下げるだけでございました。本当に御苦労さまでしたと言うしかないと思いますが。
与党案、野党案、両案出ておりますけれども、いずれにしましても、要するにいわゆる平和基金を廃止して新たな慰藉事業をする、その新たな慰藉事業をすることでこの問題が最終決着となるわけでございます。
先ほども少し一端述べられておられましたけれども、これまで長い間同じような体験をされた方たちのために頑張ってこられた思いと、これで決着をするという今のお気持ちを少し聞かせていただけますか。
元
元島和男#25
○参考人(元島和男君) 先ほどから申し上げますとおり、もっともっと補償、慰藉料をいただきたい、この気持ちは持っておりますけれども、これ以上待って対象者の方々が亡くなっていくさまを見ますというと、もうこれ以上の日は延期できない、一日も早く、長年にわたってお願いし続け獲得したこの基金二百億ないし四百億、早く取り崩していただいて、シベリア抑留者の皆さん方にも引揚者の皆さん方にも恩給欠格者にも、不満足ではありますけれども、早く恩典を与えていただいてあの世へ送っていただきたい。今のままでは成仏できない、そういうことを考えるもんですから、不満足ではありますけれども、今回をもってこの基金の問題は解決をしていただく、不満足ではありますけれどももうこれ以上は待てないという気持ち一杯でございます。以上でございます。
この発言だけを見る →澤
澤雄二#26
○澤雄二君 この法案がいずれにしても通りますと慰藉事業が行われるわけでございますが、それ以外にも何か大事な仕事が残っているというふうに思うんでございます。
それは、皆様からも御協力をいただいた、いろんな体験をされた、経験をされた、そういう歴史の証明のような資料がたくさんございまして、今資料館で展示をされていますが、そういう資料をどのように保存して、今後もそういうものを皆さんに、風化させないために、知っていただくために公開をしていただきたいとか、そういうお気持ちはどうでございますか。
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元
元島和男#27
○参考人(元島和男君) 私は、現在、平和祈念事業が社団法人元軍人軍属短期在職者協力協会の方に戦争体験の苦労話を聞き、それを平和の礎に収録するという仕事を受け持たせていただいております。
シベリアの方、中国大陸での方、南方、ビルマ、フィリピン、南方の島々、北方四島、そういう方々の苦労話を聞いておりますというと、我々シベリアも苦労が多かったけれども、食うものも食わず、六十キロの体重が三十五キロぐらいにやせ、はいながら、出ない声でお母さんと呼んでそのまま死んでいった人たちがどれだけ多くおられましょうか。五十人逃げ出したのに目的地に着いたのがわずか三名。みんなが食べるものもなく気力を失って野たれ死にしてしまった。もうこういうことは語りたくないと言いながら、私の質問に対して答えていただきました。聞きながら涙をほろほろ流し、それをテープに吹き込んで原稿を作っておりますが、原稿を書きながら、当時のそのさまを思い起こして涙がほろほろ流れるわけでございます。
そういう語ってくれる人たちも、みんな八十五以上の方々ばかりでございました。こういう苦労をされた方々にもっともっと多く補償をしていただきたいと思うけれども、いつまで生きるか分からないこの現状の中で、もう欲を言っておったんでは、とてもとてもこの方々に最後の恩典をいただくことはできないんじゃないか。欲はあるけれども、もうこれ以上日を延ばすことは許されない、そういう気持ちでございました。
シベリア抑留者の皆さん方の御苦労も分かります。それ以上に、南方の島々での皆さんの苦労は、私自身の体験からしても、とてもとても追い付かないくらい苦労をなさっている方々がみんな次々に亡くなっていくんです。これ以上延ばすことは申し訳ないという意味からも、今回、衆議院で可決されましたこの基金を取り崩しての恩典を早く与えて助けてください、そういう気持ち一杯でございます。以上です。
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そういう語ってくれる人たちも、みんな八十五以上の方々ばかりでございました。こういう苦労をされた方々にもっともっと多く補償をしていただきたいと思うけれども、いつまで生きるか分からないこの現状の中で、もう欲を言っておったんでは、とてもとてもこの方々に最後の恩典をいただくことはできないんじゃないか。欲はあるけれども、もうこれ以上日を延ばすことは許されない、そういう気持ちでございました。
シベリア抑留者の皆さん方の御苦労も分かります。それ以上に、南方の島々での皆さんの苦労は、私自身の体験からしても、とてもとても追い付かないくらい苦労をなさっている方々がみんな次々に亡くなっていくんです。これ以上延ばすことは申し訳ないという意味からも、今回、衆議院で可決されましたこの基金を取り崩しての恩典を早く与えて助けてください、そういう気持ち一杯でございます。以上です。
澤
澤雄二#28
○澤雄二君 元島参考人に最後にお伺いをいたします。
今年の二月に大津の公民館で、戦争体験を語り合う会でお話をされています。その中に、こういうことをおっしゃっていましたね。恩給欠格者やその遺族が平和祈念事業の感謝状を申請をしても、軍隊に在籍した資料が十分にないとして、申請が認められないケースが多いことがあるというお話をされています。
この実態についてもう少しお話を聞かせていただけますか。
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この実態についてもう少しお話を聞かせていただけますか。
元
元島和男#29
○参考人(元島和男君) 私たちは、先ほど申し上げましたように、五十五万人が申請して、総理大臣の書状をもらった方々が四十五万人、その間の十万という数字は一体何を物語るものであるかということでございます。
私自身も、鹿児島県、熊本県、佐賀県、長崎県、申請はしたけれども、何年たっても何の音さたがない、我々は一体どうなっておるのか、そういうことをおっしゃる方もおいででございましたが、本部の方からもう一回再検討してくれということで、今申し上げましたように、鹿児島県の方、熊本県の方、佐賀県の方、長崎県の方を調べましたところが、申請した県に関係書類がないということと、もう五十年、六十年たっている今日、本人がその証拠になる品物を持っておられない、そういうことのために、申請はしたけれどもそのままの状態に置き去りになっておるということでございます。
行ってみて、証拠書類はないですか、こう言いますと、涙を流しながら遺族の方々が、うちのお父さんが兵隊に行かないものを何で兵隊に行ったってうその申請をしましょうか、わずか書状を一枚もらうためにそんなうその申請はしませんよと言って、涙を流して私たちに抗議をなさいます。ごもっともなことだと思います。
せっかく政府が恩典を与えようということを新聞等で報道されておりますので、それをごらんになって申請をされた方もたくさんおいででございます。その中に、今申しましたとおり、証拠の書類がないからといってそのままの状態になっておるということ、そして、私たちが調べた中で、約四十名近くおられますが、再検査をしてもらった方はわずか何名しかいないんです。その三十何名の方々はそのまま置き去りでございます。こういうことを許されていいものでしょうか。だれが一体うその申請までして紙切れ一枚の書状をもらおうとするんでしょうか。私は、申請された方々の真心を認めていただいて、こういう方々にも早く、書状一枚でもよろしいから差し上げて、遺族の方々に安心してもらいたい、そう思うものでございます。主人も、もう国は、国のやり方はこれはいかぬ、もう日本の国を愛そうとか、日本の国のために頑張れとかとは言わぬ、もう自分たちだけで結構だ、そう言って死んでいきましたよということでございます。
それからもう一つ。遺族の方々に書状を渡すということになっております。私は、第一議員会館の会議室で宮下会長に涙を流してお願いをいたしました。平成元年九月一日までに一生懸命にこの運動をされた方々が、亡くなった方には何の恩典もないんですか、余りにも国は冷たいじゃございませんかということをお願いをいたしまして、遺族の方々にも書状が申請すれば渡るようになりましたけれども、残念ながら、時既に遅し、平成十四年度にはほとんどの奥様方も亡くなっておられます。私の島原でも、百五十三名おった遺族の方が、平成十四年に申請されたのはわずか三十二名でございます。あとはみんな亡くなってしまっておられます。
家族の方に、お父さん、お母さんに代わって申請をしなさい、こう言いますと、もう元島さん、結構ですと、もう父も母も国を恨んで、もう二度とお国のためと命をささげるようなことはするな、そう言い残して死んでいきました、もう私どももそういうものは要りません、そういう家族の声を聞きました。わずか、たった一名が、長男さんが申請をなさいました。恐らく全国的にも遺族の方々の申請はわずかだろうと、二、三万だろうと思っております。それだけもうみんなが亡くなってしまっておるんですよ。
亡くなるときに何と言って死んだか、それが問題なんです。今の日本が、愛国という二字さえも教育基本法に盛るのにやあやあ言わなきゃならないような世の中にしたのは一体だれの責任なのかと、そう申し上げたいくらい私たちは残念でなりません。以上でございます。
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行ってみて、証拠書類はないですか、こう言いますと、涙を流しながら遺族の方々が、うちのお父さんが兵隊に行かないものを何で兵隊に行ったってうその申請をしましょうか、わずか書状を一枚もらうためにそんなうその申請はしませんよと言って、涙を流して私たちに抗議をなさいます。ごもっともなことだと思います。
せっかく政府が恩典を与えようということを新聞等で報道されておりますので、それをごらんになって申請をされた方もたくさんおいででございます。その中に、今申しましたとおり、証拠の書類がないからといってそのままの状態になっておるということ、そして、私たちが調べた中で、約四十名近くおられますが、再検査をしてもらった方はわずか何名しかいないんです。その三十何名の方々はそのまま置き去りでございます。こういうことを許されていいものでしょうか。だれが一体うその申請までして紙切れ一枚の書状をもらおうとするんでしょうか。私は、申請された方々の真心を認めていただいて、こういう方々にも早く、書状一枚でもよろしいから差し上げて、遺族の方々に安心してもらいたい、そう思うものでございます。主人も、もう国は、国のやり方はこれはいかぬ、もう日本の国を愛そうとか、日本の国のために頑張れとかとは言わぬ、もう自分たちだけで結構だ、そう言って死んでいきましたよということでございます。
それからもう一つ。遺族の方々に書状を渡すということになっております。私は、第一議員会館の会議室で宮下会長に涙を流してお願いをいたしました。平成元年九月一日までに一生懸命にこの運動をされた方々が、亡くなった方には何の恩典もないんですか、余りにも国は冷たいじゃございませんかということをお願いをいたしまして、遺族の方々にも書状が申請すれば渡るようになりましたけれども、残念ながら、時既に遅し、平成十四年度にはほとんどの奥様方も亡くなっておられます。私の島原でも、百五十三名おった遺族の方が、平成十四年に申請されたのはわずか三十二名でございます。あとはみんな亡くなってしまっておられます。
家族の方に、お父さん、お母さんに代わって申請をしなさい、こう言いますと、もう元島さん、結構ですと、もう父も母も国を恨んで、もう二度とお国のためと命をささげるようなことはするな、そう言い残して死んでいきました、もう私どももそういうものは要りません、そういう家族の声を聞きました。わずか、たった一名が、長男さんが申請をなさいました。恐らく全国的にも遺族の方々の申請はわずかだろうと、二、三万だろうと思っております。それだけもうみんなが亡くなってしまっておるんですよ。
亡くなるときに何と言って死んだか、それが問題なんです。今の日本が、愛国という二字さえも教育基本法に盛るのにやあやあ言わなきゃならないような世の中にしたのは一体だれの責任なのかと、そう申し上げたいくらい私たちは残念でなりません。以上でございます。