東日本大震災復興特別委員会
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会
会議録情報#0
平成二十九年四月二十八日(金曜日)
午後一時開会
─────────────
委員の異動
四月二十八日
辞任 補欠選任
小野田紀美君 宮本 周司君
渡辺美知太郎君 滝波 宏文君
─────────────
出席者は左のとおり。
委員長 櫻井 充君
理 事
愛知 治郎君
江島 潔君
片山さつき君
平野 達男君
大島九州男君
神本美恵子君
新妻 秀規君
紙 智子君
委 員
足立 敏之君
阿達 雅志君
石井 浩郎君
太田 房江君
岡田 広君
こやり隆史君
進藤金日子君
高階恵美子君
高橋 克法君
滝沢 求君
滝波 宏文君
中西 哲君
中野 正志君
堀井 巌君
宮本 周司君
森 まさこ君
山田 俊男君
川田 龍平君
小西 洋之君
田名部匡代君
長浜 博行君
藤田 幸久君
舟山 康江君
増子 輝彦君
長沢 広明君
浜田 昌良君
三浦 信祐君
岩渕 友君
石井 苗子君
山本 太郎君
薬師寺みちよ君
国務大臣
環境大臣 山本 公一君
国務大臣
(復興大臣) 吉野 正芳君
副大臣
復興副大臣 橘 慶一郎君
復興副大臣 長沢 広明君
農林水産副大臣 礒崎 陽輔君
大臣政務官
厚生労働大臣政
務官 堀内 詔子君
経済産業大臣政
務官 井原 巧君
事務局側
常任委員会専門
員 田中 利幸君
政府参考人
復興庁統括官 関 博之君
厚生労働大臣官
房審議官 土屋 喜久君
農林水産大臣官
房生産振興審議
官 鈴木 良典君
農林水産大臣官
房統計部長 佐々木康雄君
農林水産省農林
水産技術会議事
務局研究総務官 菱沼 義久君
経済産業大臣官
房審議官 福島 洋君
国土交通省道路
局長 石川 雄一君
─────────────
本日の会議に付した案件
○東日本大震災復興の総合的対策に関する調査
(東日本大震災復興の総合的対策に関する件)
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この発言だけを見る →午後一時開会
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委員の異動
四月二十八日
辞任 補欠選任
小野田紀美君 宮本 周司君
渡辺美知太郎君 滝波 宏文君
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出席者は左のとおり。
委員長 櫻井 充君
理 事
愛知 治郎君
江島 潔君
片山さつき君
平野 達男君
大島九州男君
神本美恵子君
新妻 秀規君
紙 智子君
委 員
足立 敏之君
阿達 雅志君
石井 浩郎君
太田 房江君
岡田 広君
こやり隆史君
進藤金日子君
高階恵美子君
高橋 克法君
滝沢 求君
滝波 宏文君
中西 哲君
中野 正志君
堀井 巌君
宮本 周司君
森 まさこ君
山田 俊男君
川田 龍平君
小西 洋之君
田名部匡代君
長浜 博行君
藤田 幸久君
舟山 康江君
増子 輝彦君
長沢 広明君
浜田 昌良君
三浦 信祐君
岩渕 友君
石井 苗子君
山本 太郎君
薬師寺みちよ君
国務大臣
環境大臣 山本 公一君
国務大臣
(復興大臣) 吉野 正芳君
副大臣
復興副大臣 橘 慶一郎君
復興副大臣 長沢 広明君
農林水産副大臣 礒崎 陽輔君
大臣政務官
厚生労働大臣政
務官 堀内 詔子君
経済産業大臣政
務官 井原 巧君
事務局側
常任委員会専門
員 田中 利幸君
政府参考人
復興庁統括官 関 博之君
厚生労働大臣官
房審議官 土屋 喜久君
農林水産大臣官
房生産振興審議
官 鈴木 良典君
農林水産大臣官
房統計部長 佐々木康雄君
農林水産省農林
水産技術会議事
務局研究総務官 菱沼 義久君
経済産業大臣官
房審議官 福島 洋君
国土交通省道路
局長 石川 雄一君
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本日の会議に付した案件
○東日本大震災復興の総合的対策に関する調査
(東日本大震災復興の総合的対策に関する件)
─────────────
櫻
櫻井充#1
○委員長(櫻井充君) ただいまから東日本大震災復興特別委員会を開会いたします。
委員の異動について御報告いたします。
本日、渡辺美知太郎君及び小野田紀美君が委員を辞任され、その補欠として滝波宏文君及び宮本周司君が選任されました。
─────────────
この発言だけを見る →委員の異動について御報告いたします。
本日、渡辺美知太郎君及び小野田紀美君が委員を辞任され、その補欠として滝波宏文君及び宮本周司君が選任されました。
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櫻
森
森まさこ#3
○森まさこ君 自民党の福島県選挙区、森まさこでございます。
吉野大臣、復興大臣御就任おめでとうございます。被災地からの大臣です。福島県の大臣です。そして、吉野大臣は、原発事故が起きた双葉郡、浜通りを地元とする復興大臣として初めての大臣でございます。
そして、吉野大臣は、被災者のお一人でもございます。津波で御自宅が被害を受けられました。自宅に住めない方、家をなくした方のお気持ちもよくお分かりになっていらっしゃると思います。
三・一一のあの日、私たちは国会審議中でした。吉野大臣と私は、連絡を取り合いながら、手分けして浜通りを北と南から入りました。吉野大臣は南からいわき市、双葉郡、そして私は相馬地方、新地町、相馬、南相馬と入りました。吉野大臣が一人でリュックを背負って双葉郡に歩いて入っていったという報告を受けております。立入禁止のぎりぎりのところまで私たちは北と南から入っていったわけでございます。北の方は南相馬のそのへりまで行って、当時マスコミもほとんどいませんでしたから、私の北の方は私が撮影した動画がニュースとして、原発地域の映像として初めて流されたわけです。
そんな吉野大臣は、福島県から自民党では衆議院議員一人でした。野党で、衆議院で吉野大臣、そしてその御質問を引き受けての私の参議院での、被災地の現状を見て訴える質問をなさってこられました。
廃炉作業中の原発サイトにも毎年入っておられます。現場の話では、吉野大臣と私が国会議員で最も多い回数原発サイトに入っているんでございますが、廃炉中のその進捗状況を定期的に入って厳しくチェックするというその御姿勢を貫いてこられました。廃炉を安全に成し遂げるまでは死ねない、その口癖が、事故直後から六年間いつも伺っております。
私は、復興大臣として最適任だというふうに思っています。吉野大臣が就任したとき、私は白河におりまして、翌日は郡山、そして昨日は会津、どの地域の皆様も吉野復興大臣に対して大きな期待を寄せておられます。喜びの声を伺っております。
事故直後、私は北の方の南相馬に行ったんですが、吉野大臣も原発地域のぎりぎりまで行かれて、見たと思います。私は、行方不明の自分の家族を捜す方に何人も会いました。引き波の残る水たまりの中に膝まで入っていって、寒い中、何もなくなった中を棒切れで御遺体がないか捜す。原発事故により捜索もままならない方々のお気持ち、最愛の夫を妻を子供を父を母を亡くした方々の気持ちが大臣にはよくお分かりになっていただけていると思います。生き残った私たちは、犠牲になった皆様の分までしっかりと精いっぱい生き抜いて、そして復興したふるさとの姿を天国にいる皆様に見せるんだ、そういう気持ちで、吉野大臣を先頭にやってまいりました。
そんな吉野大臣だからこそ、今村大臣の発言に傷ついた被災地の皆様に、吉野大臣の思い、そして復興大臣としての決意をお述べいただきたいと思います。お願いいたします。
この発言だけを見る →吉野大臣、復興大臣御就任おめでとうございます。被災地からの大臣です。福島県の大臣です。そして、吉野大臣は、原発事故が起きた双葉郡、浜通りを地元とする復興大臣として初めての大臣でございます。
そして、吉野大臣は、被災者のお一人でもございます。津波で御自宅が被害を受けられました。自宅に住めない方、家をなくした方のお気持ちもよくお分かりになっていらっしゃると思います。
三・一一のあの日、私たちは国会審議中でした。吉野大臣と私は、連絡を取り合いながら、手分けして浜通りを北と南から入りました。吉野大臣は南からいわき市、双葉郡、そして私は相馬地方、新地町、相馬、南相馬と入りました。吉野大臣が一人でリュックを背負って双葉郡に歩いて入っていったという報告を受けております。立入禁止のぎりぎりのところまで私たちは北と南から入っていったわけでございます。北の方は南相馬のそのへりまで行って、当時マスコミもほとんどいませんでしたから、私の北の方は私が撮影した動画がニュースとして、原発地域の映像として初めて流されたわけです。
そんな吉野大臣は、福島県から自民党では衆議院議員一人でした。野党で、衆議院で吉野大臣、そしてその御質問を引き受けての私の参議院での、被災地の現状を見て訴える質問をなさってこられました。
廃炉作業中の原発サイトにも毎年入っておられます。現場の話では、吉野大臣と私が国会議員で最も多い回数原発サイトに入っているんでございますが、廃炉中のその進捗状況を定期的に入って厳しくチェックするというその御姿勢を貫いてこられました。廃炉を安全に成し遂げるまでは死ねない、その口癖が、事故直後から六年間いつも伺っております。
私は、復興大臣として最適任だというふうに思っています。吉野大臣が就任したとき、私は白河におりまして、翌日は郡山、そして昨日は会津、どの地域の皆様も吉野復興大臣に対して大きな期待を寄せておられます。喜びの声を伺っております。
事故直後、私は北の方の南相馬に行ったんですが、吉野大臣も原発地域のぎりぎりまで行かれて、見たと思います。私は、行方不明の自分の家族を捜す方に何人も会いました。引き波の残る水たまりの中に膝まで入っていって、寒い中、何もなくなった中を棒切れで御遺体がないか捜す。原発事故により捜索もままならない方々のお気持ち、最愛の夫を妻を子供を父を母を亡くした方々の気持ちが大臣にはよくお分かりになっていただけていると思います。生き残った私たちは、犠牲になった皆様の分までしっかりと精いっぱい生き抜いて、そして復興したふるさとの姿を天国にいる皆様に見せるんだ、そういう気持ちで、吉野大臣を先頭にやってまいりました。
そんな吉野大臣だからこそ、今村大臣の発言に傷ついた被災地の皆様に、吉野大臣の思い、そして復興大臣としての決意をお述べいただきたいと思います。お願いいたします。
吉
吉野正芳#4
○国務大臣(吉野正芳君) 森議員にお答えを申し上げます。
今、六年前のことをお話しになられました。全く、森議員と私とで手分けをしながら、被災地、いろんなところを歩いてきたところを思い出しております。
私が復興大臣になって、被災者に寄り添ってという本当に耳触りのいい言葉を皆さん使いますけど、本当の被災者に寄り添ってとはどういうことなんだ。
実は、ある避難所に私行ったことがあります。たくさんの人がいましたけど、最後の一人になってしまいました。そこの責任者は、周りの方は出ていってもらおうと言っていたんですけど、責任者は追い出さなかったんです。その避難している方が自発的に出るまで待っていました。
この心が被災者に寄り添ってということなんだな。復興大臣になったんだから、ここのところをきちんと踏まえて、最後の最後の最後の一人まできちんと支援をしていく。初期段階の支援、後期段階の支援、ステージはいろいろあろうかと思いますけど、最後の最後の一人まで、支援を求めている人がいる限り、きちんと支援をしていく、これが私に与えられた多くの役割だな、こんな思いをしているところでございます。
復興大臣として、特に被災者の一人として、被災者の心、気持ちは誰よりも分かっているつもりでございます。その心を大切にしながら、復興に全力を尽くしてまいることをお誓い申し上げたいと思います。ありがとうございます。
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私が復興大臣になって、被災者に寄り添ってという本当に耳触りのいい言葉を皆さん使いますけど、本当の被災者に寄り添ってとはどういうことなんだ。
実は、ある避難所に私行ったことがあります。たくさんの人がいましたけど、最後の一人になってしまいました。そこの責任者は、周りの方は出ていってもらおうと言っていたんですけど、責任者は追い出さなかったんです。その避難している方が自発的に出るまで待っていました。
この心が被災者に寄り添ってということなんだな。復興大臣になったんだから、ここのところをきちんと踏まえて、最後の最後の最後の一人まできちんと支援をしていく。初期段階の支援、後期段階の支援、ステージはいろいろあろうかと思いますけど、最後の最後の一人まで、支援を求めている人がいる限り、きちんと支援をしていく、これが私に与えられた多くの役割だな、こんな思いをしているところでございます。
復興大臣として、特に被災者の一人として、被災者の心、気持ちは誰よりも分かっているつもりでございます。その心を大切にしながら、復興に全力を尽くしてまいることをお誓い申し上げたいと思います。ありがとうございます。
森
森まさこ#5
○森まさこ君 御期待をし、お支えをしていきたいと思います。
次の質問をいたしますが、復興庁がなぜ被災地にないのか。福島県にないのか。復興庁ができたとき、東京に置かれましたけれど、私は福島県に置くべきだとそのとき言いました。福島県は、世界初の複合災害が起き、四重苦を背負っています。
復興庁は、法律によって、平成三十二年度末が設置期限となっています。あと四年間です。しかし、廃炉には三十年から、またそれ以上掛かるとも言われています。復興も、四年間一生懸命やっていきますけれども、まだまだその先も残された課題があると思います。
大臣は、このような復興庁のこれからの在り方についてどうお考えをしているか、お聞かせ願いたいと思います。
この発言だけを見る →次の質問をいたしますが、復興庁がなぜ被災地にないのか。福島県にないのか。復興庁ができたとき、東京に置かれましたけれど、私は福島県に置くべきだとそのとき言いました。福島県は、世界初の複合災害が起き、四重苦を背負っています。
復興庁は、法律によって、平成三十二年度末が設置期限となっています。あと四年間です。しかし、廃炉には三十年から、またそれ以上掛かるとも言われています。復興も、四年間一生懸命やっていきますけれども、まだまだその先も残された課題があると思います。
大臣は、このような復興庁のこれからの在り方についてどうお考えをしているか、お聞かせ願いたいと思います。
吉
吉野正芳#6
○国務大臣(吉野正芳君) お答えいたします。
復興庁をつくろうというそのときの議論の中に、復興庁は被災地に置くべきだ、私も森先生も同じ意見だったというふうに記憶をしております。でも、東京に置くことになり、もう既に六年を過ぎております。
おっしゃるとおり、復興庁の設置期間は平成三十二年度末とされております。それまでの間は、被災地の復興に向け全力を尽くして取り組んでいきたいと思っております。
ただ、福島の原子力災害被災地域の復興再生には中長期的な対応が必要であります。復興・創生期間後も継続して国が前面に立って取り組むことが大事であります。このような観点や復興施策の進捗状況、そして森議員の御趣旨等も踏まえながら、復興庁設置期間経過後の対応につきましては今後検討をしていく必要があると考えております。
この発言だけを見る →復興庁をつくろうというそのときの議論の中に、復興庁は被災地に置くべきだ、私も森先生も同じ意見だったというふうに記憶をしております。でも、東京に置くことになり、もう既に六年を過ぎております。
おっしゃるとおり、復興庁の設置期間は平成三十二年度末とされております。それまでの間は、被災地の復興に向け全力を尽くして取り組んでいきたいと思っております。
ただ、福島の原子力災害被災地域の復興再生には中長期的な対応が必要であります。復興・創生期間後も継続して国が前面に立って取り組むことが大事であります。このような観点や復興施策の進捗状況、そして森議員の御趣旨等も踏まえながら、復興庁設置期間経過後の対応につきましては今後検討をしていく必要があると考えております。
森
増
増子輝彦#8
○増子輝彦君 民進党の増子輝彦です。
吉野大臣、大臣就任おめでとうございます。先週の日曜日、小名浜と富岡で一緒でしたよね。まさか大臣になるとは御本人も思わなかったと思いますが、これも天命と。あなたがいつも言っている、自分は福島の復興が私の天命だということ、私も全く同じことの思いを持って今日まで六年以上、しっかり頑張ってきました。是非、今までの復興大臣とは違う、一味違う、自分の心と目で、現場に足を運んで、自分の言葉でしっかりと語りながら、復興大臣はほかの大臣の一つ上にありますからね、総理大臣直結ですから、是非しっかりと頑張っていただきたい。県民の皆さんも本当に期待しています。
ただ、私自身は、今までは福島五区という基本的には限られたエリアの中での活動だったと思います。復興大臣、もちろん福島の原発災害は極めて深刻な状況に依然としてあるわけですが、復興大臣ですから、早速宮城県にも足を運んでいただいた。これから岩手県にも足を運んでいただかなければいけない。様々なエリアでこの東日本大震災の被災地に、被災者の心を受け止めて頑張ってほしいと思っています。
そういう意味では、この東日本大震災の地域の皆さんに対しての今後の復興大臣としての心構えと職責を、どうぞ自分の言葉で語っていただきたいと思います。
この発言だけを見る →吉野大臣、大臣就任おめでとうございます。先週の日曜日、小名浜と富岡で一緒でしたよね。まさか大臣になるとは御本人も思わなかったと思いますが、これも天命と。あなたがいつも言っている、自分は福島の復興が私の天命だということ、私も全く同じことの思いを持って今日まで六年以上、しっかり頑張ってきました。是非、今までの復興大臣とは違う、一味違う、自分の心と目で、現場に足を運んで、自分の言葉でしっかりと語りながら、復興大臣はほかの大臣の一つ上にありますからね、総理大臣直結ですから、是非しっかりと頑張っていただきたい。県民の皆さんも本当に期待しています。
ただ、私自身は、今までは福島五区という基本的には限られたエリアの中での活動だったと思います。復興大臣、もちろん福島の原発災害は極めて深刻な状況に依然としてあるわけですが、復興大臣ですから、早速宮城県にも足を運んでいただいた。これから岩手県にも足を運んでいただかなければいけない。様々なエリアでこの東日本大震災の被災地に、被災者の心を受け止めて頑張ってほしいと思っています。
そういう意味では、この東日本大震災の地域の皆さんに対しての今後の復興大臣としての心構えと職責を、どうぞ自分の言葉で語っていただきたいと思います。
吉
吉野正芳#9
○国務大臣(吉野正芳君) 増子議員には県会議員時代からの先輩として御指導賜っておること、本当に御礼を申し上げたいと思います。
さて、東日本大震災からの復興は安倍内閣の最重要課題でございます。省庁の縦割りを排し、現場主義を徹底することにより、被災地出身の大臣として、被災者の最後の一人まで責任を持って対応するという気概を持って、被災者の心に寄り添いながら、復興を更に加速していきたいと思っております。
この発言だけを見る →さて、東日本大震災からの復興は安倍内閣の最重要課題でございます。省庁の縦割りを排し、現場主義を徹底することにより、被災地出身の大臣として、被災者の最後の一人まで責任を持って対応するという気概を持って、被災者の心に寄り添いながら、復興を更に加速していきたいと思っております。
増
増子輝彦#10
○増子輝彦君 吉野大臣、自分の言葉で語ってほしいと、そういう文書を読まないで。あなたは、それだけ現場主義を貫いてきた、少なくとも福島の浜通りを中心としたエリアについてはよく御存じだと思います。
安倍政権の方針ももちろん大事ですが、現実に、我々、震災当時の政権与党という立場の中で、随分あなた方に叱られました。何もやらない、遅い、いろんなことを言われました。しかし、この福島の復興や東日本大震災の復興再生は、オール福島、オールジャパンでやっていかなければならない、そんなことを我々は政権与党時代もずっと思って、野党の皆さんにも御協力をいただいてきた。今、我々が野党になっても、全く同じ気持ちで私たちやっていかなければいけないと思っているわけです。是非、そのことは吉野大臣には心の中にしっかりとど真ん中に置いておいて頑張ってほしいというふうに思っています。
実は、ちょっと気になることがあった。それは記者会見の、就任記者会見で、あなたは、一時間前の吉野とは違うと、政府の一員だという記者会見をしたということ。大臣、それは政府の一員ですよ。だけど、あなたは自分で誰よりも一番被災地のことをよく知っているというふうにおっしゃっているし、私も、私と同じぐらい頑張ってきたというふうに私も認めますよ。私も与党時代に、福島県の九五%の陳情窓口として本当にいろんなことをやらせていただきました。今日いる大島さんも私たちの事務局長として頑張っていただいたし、政府・与党みんなで頑張ってきた、野党の皆さんにも協力をお願いをしてきた。そういう中でのあなたの活躍も言動も私はよく知っている。
だから、冒頭に申し上げたとおり、政府の一員だというようなバリアをつくらないで、政府の一員であることは誰もが認めている、これから様々な問題で政府とは違う観点からあなたは復興に取り組んでいかなければいけない場面や決断が求められてくるんです。そのことを是非私は間違えないでほしい。大臣になったから安倍政権の言いなりだということではない形でしっかりやっていただきたいと思いますが、そのことについて、記者会見の心境を含めて、新たな決意というものをここで述べていただきたい。
この発言だけを見る →安倍政権の方針ももちろん大事ですが、現実に、我々、震災当時の政権与党という立場の中で、随分あなた方に叱られました。何もやらない、遅い、いろんなことを言われました。しかし、この福島の復興や東日本大震災の復興再生は、オール福島、オールジャパンでやっていかなければならない、そんなことを我々は政権与党時代もずっと思って、野党の皆さんにも御協力をいただいてきた。今、我々が野党になっても、全く同じ気持ちで私たちやっていかなければいけないと思っているわけです。是非、そのことは吉野大臣には心の中にしっかりとど真ん中に置いておいて頑張ってほしいというふうに思っています。
実は、ちょっと気になることがあった。それは記者会見の、就任記者会見で、あなたは、一時間前の吉野とは違うと、政府の一員だという記者会見をしたということ。大臣、それは政府の一員ですよ。だけど、あなたは自分で誰よりも一番被災地のことをよく知っているというふうにおっしゃっているし、私も、私と同じぐらい頑張ってきたというふうに私も認めますよ。私も与党時代に、福島県の九五%の陳情窓口として本当にいろんなことをやらせていただきました。今日いる大島さんも私たちの事務局長として頑張っていただいたし、政府・与党みんなで頑張ってきた、野党の皆さんにも協力をお願いをしてきた。そういう中でのあなたの活躍も言動も私はよく知っている。
だから、冒頭に申し上げたとおり、政府の一員だというようなバリアをつくらないで、政府の一員であることは誰もが認めている、これから様々な問題で政府とは違う観点からあなたは復興に取り組んでいかなければいけない場面や決断が求められてくるんです。そのことを是非私は間違えないでほしい。大臣になったから安倍政権の言いなりだということではない形でしっかりやっていただきたいと思いますが、そのことについて、記者会見の心境を含めて、新たな決意というものをここで述べていただきたい。
吉
吉野正芳#11
○国務大臣(吉野正芳君) お答え申し上げます。
震災から、私は地元の実情を伝えようという形で、あらゆる委員会、予算委員会から全ての委員会に出席をさせていただきました。自分でも記憶にないんですけど、朝日新聞が五十六回質問したと書かれてありますので、五十六回地元の現場の声を伝えてまいりました。
私の仕事は政府に対して現場の声を伝えることということでやってきたわけですけど、今度は内閣に入ったわけであります。でも、内閣に入ったからこそ、五十六回質問をして現場の声を届けたと同じように、今度は福島の声を、また宮城、岩手の声を、茨城も、青森もございます、その声を内閣できちんと伝えていく、これが私の大きな役割なのかな、こんな思いでおるところでございます。
この発言だけを見る →震災から、私は地元の実情を伝えようという形で、あらゆる委員会、予算委員会から全ての委員会に出席をさせていただきました。自分でも記憶にないんですけど、朝日新聞が五十六回質問したと書かれてありますので、五十六回地元の現場の声を伝えてまいりました。
私の仕事は政府に対して現場の声を伝えることということでやってきたわけですけど、今度は内閣に入ったわけであります。でも、内閣に入ったからこそ、五十六回質問をして現場の声を届けたと同じように、今度は福島の声を、また宮城、岩手の声を、茨城も、青森もございます、その声を内閣できちんと伝えていく、これが私の大きな役割なのかな、こんな思いでおるところでございます。
増
増子輝彦#12
○増子輝彦君 吉野大臣、しっかりと政府の一員だからこそできることがある。政府の一員じゃない議員だから発言をして、それを要求して実現することもできる。今度あなたは大臣という大変な重責を担ったわけですから、是非、そのことは、議員時代に言い続けてきたことをしっかりと実行するために、その立場を大いに活用していただきたいと思っているんです。
今日の衆議院の午前中の質疑でも、今、森さんが言ったこともありましたけれども、やっぱり復興庁の問題、これ、我々も実はできれば被災地にという思いの中で、結果的には東京につくりましたけれども、それぞれの思いがありながら今現実にこうなってしまっている。しかし、十年の時限ですから、何度も聞かれていると思いますが、ここは大臣、あなたがやっぱり当初思ったと同じような形の中で実現することがあなたの私は復興大臣として最も今やるべきスタートの一つではないかと思っているんです。
だから、政府の一員として内閣で総理大臣に、復興庁は福島に移転しなければ、総局があっても十分な体制ができていないと。あなたが一番知っているでしょう、復興総局が必ずしも十分機能していないということは。だから、そういう経験を踏まえて、是非復興庁はしかるべき手続を取って福島に移転をする、あるいは場合によっては仙台に移転をするというようなことも含めながら、思い切ってそのことを、自分の今までのやっぱり六年間の思いの中で実現するために、是非、そういうことを内閣の中で、総理を含めて頑張ってやる気はありませんか。
先ほどのような答弁、衆議院のような答弁、私もテレビで拝見していましたが、何か急に大臣らしくなってしまったなあと、ちょっとがっかりしているんだけど、決意のほどを是非お願いします。
この発言だけを見る →今日の衆議院の午前中の質疑でも、今、森さんが言ったこともありましたけれども、やっぱり復興庁の問題、これ、我々も実はできれば被災地にという思いの中で、結果的には東京につくりましたけれども、それぞれの思いがありながら今現実にこうなってしまっている。しかし、十年の時限ですから、何度も聞かれていると思いますが、ここは大臣、あなたがやっぱり当初思ったと同じような形の中で実現することがあなたの私は復興大臣として最も今やるべきスタートの一つではないかと思っているんです。
だから、政府の一員として内閣で総理大臣に、復興庁は福島に移転しなければ、総局があっても十分な体制ができていないと。あなたが一番知っているでしょう、復興総局が必ずしも十分機能していないということは。だから、そういう経験を踏まえて、是非復興庁はしかるべき手続を取って福島に移転をする、あるいは場合によっては仙台に移転をするというようなことも含めながら、思い切ってそのことを、自分の今までのやっぱり六年間の思いの中で実現するために、是非、そういうことを内閣の中で、総理を含めて頑張ってやる気はありませんか。
先ほどのような答弁、衆議院のような答弁、私もテレビで拝見していましたが、何か急に大臣らしくなってしまったなあと、ちょっとがっかりしているんだけど、決意のほどを是非お願いします。
吉
吉野正芳#13
○国務大臣(吉野正芳君) 先ほど森議員の答弁でもしましたように、復興庁をどこに置くかという最初の段階で、我々は被災地に置くべきだという論陣を張ったわけですけど、東京に置かれてしまったわけであります。それから復興十年という時間軸の中で、今六年たって残り四年となったわけでございますので、今ここで動かすよりは、今復興庁の持っている弱いところ、そこを強化をして、今の復興行政、これを私はやっていきたい、このように思うわけであります。
そして、福島の場合は、これはあと四年で終わるわけではございません。森議員にもお話ししたとおり、この新たなる中長期的な組織はどうあるべきかということを、森議員の質問を踏まえながら、これから検討してまいるところでございます。
この発言だけを見る →そして、福島の場合は、これはあと四年で終わるわけではございません。森議員にもお話ししたとおり、この新たなる中長期的な組織はどうあるべきかということを、森議員の質問を踏まえながら、これから検討してまいるところでございます。
増
増子輝彦#14
○増子輝彦君 大臣、検討してまいりますじゃ、だから、あなたの六年間の経験の中で頑張ってこられたことが、それじゃ私は物足りない、駄目だと言っているんだ。あなたが一番知っているはずだ、そこはね。ですから、是非、これは検討ではなくて、自分としてもしっかり、六年たったけれども、あと四年、福島県においてはもっともっと長期間にわたってこの復興には掛かる時間軸があるから、やっぱりこれから復興庁に代わる新しい組織体制もつくっていかなければなりませんから、是非そのところは、大臣としての立場にあなたは立ったんだから、今までのような一議員の発言力じゃない強い思いと、ある意味では権限を持っているんですから、しっかりそのことを私は実現するために最大限の努力をしてほしい。それは、福島県民のみならず、宮城県も岩手県の皆さんもきっとそういう思いを強く持っていると思いますから、是非そのことを私は強く御要望と期待をしていきたいと思っています。
次に、現在の福島県の状況。岩手も宮城もしっかりやっていただきたいと思っています。福島の復興再生の最大の課題は何でしょうか、お答え願いたいと思います。
この発言だけを見る →次に、現在の福島県の状況。岩手も宮城もしっかりやっていただきたいと思っています。福島の復興再生の最大の課題は何でしょうか、お答え願いたいと思います。
吉
吉野正芳#15
○国務大臣(吉野正芳君) 福島の復興の課題はいっぱいあるんです。オンサイトの廃炉問題、汚染水問題、ここが一番の原因でありますから、ここを先にきちんとさせる。でも、時間軸から言うと、三十年、四十年という長期の課題があります。また、オフサイトでは、本当にやっと三月末、四月一日で避難指示が解除されました。まさに今からスタートなんです。今からスタートというところと、もう既に、例えば広野町のように既に解除されているところ、これは今、八割の方々が戻ってきております。
ですから、課題、一口で言えと言われても、全て私にとっては大事な大事な課題でございますので、たくさん課題があるということを申し上げたいと思います。
この発言だけを見る →ですから、課題、一口で言えと言われても、全て私にとっては大事な大事な課題でございますので、たくさん課題があるということを申し上げたいと思います。
増
増子輝彦#16
○増子輝彦君 大臣、昨日、福島県に行かれましたよね。内堀さんと会いましたよね。宮城県では村井知事と会いましたね。福島県知事との後の、これ、ぶら下がりか何か分かりませんが、福島は多くの県民が避難して医師が不足になった、福島県は原発と戦争しているとあなたはおっしゃっているんですよ。
だから、福島県の最大の課題は、原発との戦いの中でいかに元の福島県を取り戻し、さらにそれ以上の福島県にするかということが最大の課題なんですよ。そのためには、環境回復、人間回復、なりわい回復、あらゆることをやっていかなければいけない。それはあなたが一番知っているはずですから、の一人だと思いますから、是非そのことを、もうお役人の言いなりにならないで、自分の大臣としての今までの、何度も言うとおり、体験や経験や思いを実行するために、是非その認識を改めて持って頑張ってほしいなというふうに思うんです。
そこで、大臣、お聞きします。
原発との戦争です。原発の是か非かという問題は国のエネルギー政策にも大きく関わってまいりますから、このエネルギー問題、極めて重要ですよね、原発の在り方について。福島県は、四〇年代に需要の一〇〇%以上を再生可能エネルギーでしっかりと持っていくという方針を明確にしています。そういう中で、原発のない社会を福島県はつくろうとしているんです。このことについての評価はどういうふうにされていますか。
この発言だけを見る →だから、福島県の最大の課題は、原発との戦いの中でいかに元の福島県を取り戻し、さらにそれ以上の福島県にするかということが最大の課題なんですよ。そのためには、環境回復、人間回復、なりわい回復、あらゆることをやっていかなければいけない。それはあなたが一番知っているはずですから、の一人だと思いますから、是非そのことを、もうお役人の言いなりにならないで、自分の大臣としての今までの、何度も言うとおり、体験や経験や思いを実行するために、是非その認識を改めて持って頑張ってほしいなというふうに思うんです。
そこで、大臣、お聞きします。
原発との戦争です。原発の是か非かという問題は国のエネルギー政策にも大きく関わってまいりますから、このエネルギー問題、極めて重要ですよね、原発の在り方について。福島県は、四〇年代に需要の一〇〇%以上を再生可能エネルギーでしっかりと持っていくという方針を明確にしています。そういう中で、原発のない社会を福島県はつくろうとしているんです。このことについての評価はどういうふうにされていますか。
吉
吉野正芳#17
○国務大臣(吉野正芳君) 委員おっしゃるとおりでございまして、福島県は、二〇四〇年頃を目途に県内のエネルギー需要量の一〇〇%以上に相当する量のエネルギーを再生可能エネルギーで生み出すことを目指して今取組を進めているところは御承知のとおりでございます。このような取組は、新しい産業を育て、雇用の場をつくり、福島の復興再生を進めるに当たっても大変重要なところでございます。
政府といたしましても、昨年、福島新エネ社会構想を取りまとめており、福島県の再生可能エネルギーに関する取組を後押しをしているところでございます。
復興庁といたしましても、各省の取組とよく連携を図りつつ、引き続き福島の復興再生に取り組んでいく所存でございます。
この発言だけを見る →政府といたしましても、昨年、福島新エネ社会構想を取りまとめており、福島県の再生可能エネルギーに関する取組を後押しをしているところでございます。
復興庁といたしましても、各省の取組とよく連携を図りつつ、引き続き福島の復興再生に取り組んでいく所存でございます。
増
増子輝彦#18
○増子輝彦君 だから、福島県は原発のない社会を目指すと明確に打ち出している。あなたも評価していますよね。そのために、実現のために復興大臣としてしっかり協力してもらわなきゃいけません。
そうしますと、原発の是非の問題、実は原発再稼働については吉野大臣はどういう立場でお考えになっていますか、お答えいただきたいと思います。文書を見ないで、自分の言葉で。
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吉
吉野正芳#19
○国務大臣(吉野正芳君) 原発再稼働については、エネルギー基本計画を踏まえ、いかなる事情よりも安全性を最優先し、高い独立性を有する原子力規制委員会が科学的、技術的に審査し、世界で最も厳しいレベルの新規制基準に適合すると認めた原発のみその判断を尊重し、地元の理解と協力を得ながら再稼働を進めると承知しております。
この発言だけを見る →増
増子輝彦#20
○増子輝彦君 大臣、そんな文書はもうとっくにあなたも私も分かっているんだから。再稼働を認めるか認めないかということを聞いて、今の答えだと、政府の一員としては、世界で一番厳しい基準をクリアしたものは認めるという理解でいいですね。しかし、福島県は原発のない社会をつくると言っているんですよ。福島県民だけがそれを望んで、全国民がどうかということは、やっぱりここは復興大臣として、万が一のことを考えたら、しっかり考えてもらわなきゃいけない。これ、今の言葉は原発を容認という形に理解をさせていただきたいと思います。
それでは、第二原発の廃炉の問題、このことも大変気になるあなたは記者会見で実は話をしているんですね。福島県は、全ての会派、県議会議員、県民の一〇〇%と言ってもいい方々が第二原発の廃炉を求めている。何度も委員会でみんな求めている。あなたは就任記者会見の中で、これは事業者が決めることだというふうに言い放ちましたよね。あなた自身も第二原発廃炉を求めていたでしょう。そうしたら、復興大臣として、明確にその立場で東京電力にこの第二原発の廃炉についてしっかりと求める立場の中で努力をされることが当然だと思いますが、いきなり大臣になってしまったら事業者の決めることだということでは県民は納得しないと思います。
端的にこのことについて、事業者の決めることだと思っているのか、いや、そうではない、自分としては、大臣でありながらも、政府の一員だけれども、原発のない社会をつくるためにはやっぱりまずは福島の第二原発を事業者に廃炉をきちっとさせる覚悟だと、どちらか。余り長く答えないでくださいよ、時間がなくなってきますからね。端的に答えてください。お願いします。いっぱいありますから、質問。
この発言だけを見る →それでは、第二原発の廃炉の問題、このことも大変気になるあなたは記者会見で実は話をしているんですね。福島県は、全ての会派、県議会議員、県民の一〇〇%と言ってもいい方々が第二原発の廃炉を求めている。何度も委員会でみんな求めている。あなたは就任記者会見の中で、これは事業者が決めることだというふうに言い放ちましたよね。あなた自身も第二原発廃炉を求めていたでしょう。そうしたら、復興大臣として、明確にその立場で東京電力にこの第二原発の廃炉についてしっかりと求める立場の中で努力をされることが当然だと思いますが、いきなり大臣になってしまったら事業者の決めることだということでは県民は納得しないと思います。
端的にこのことについて、事業者の決めることだと思っているのか、いや、そうではない、自分としては、大臣でありながらも、政府の一員だけれども、原発のない社会をつくるためにはやっぱりまずは福島の第二原発を事業者に廃炉をきちっとさせる覚悟だと、どちらか。余り長く答えないでくださいよ、時間がなくなってきますからね。端的に答えてください。お願いします。いっぱいありますから、質問。
吉
吉野正芳#21
○国務大臣(吉野正芳君) 端的にお答えさせていただきます。
先ほども申しましたように、私が閣僚として政府の方針に従って取り組むのは当然でございますけれども、私が内閣に入ったからこそ、福島県の声、第二を廃炉にしてほしいという声を内閣の中に伝えていきたいと思っております。
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増
増子輝彦#22
○増子輝彦君 大臣、じゃ、記者会見で言った事業者の問題だということではないというふうに理解していいですね。自分としては廃炉へ向けて頑張っていくという覚悟だと、決意だと。イエスかノーかで答えてください。
この発言だけを見る →吉
吉野正芳#23
○国務大臣(吉野正芳君) 政府の一員でありますので、記者会見で述べたことが私の公式答弁でありますけど、内閣の一員として内閣にきちんと物を申していく、伝えていく、これが私の役割だというふうに理解しております。
この発言だけを見る →増
増子輝彦#24
○増子輝彦君 大臣、だから冒頭に私が申し上げた、六年間頑張ってこられたあなたの政治家としてのやっぱり思いを政府の一員として実現するために頑張ってほしいという期待をしていると申し上げた。公式的にはこうだなんて、それは使い分けちゃいけない。本音でやりなさいよ。私のかわいい後輩なんだから、頑張ってちょうだいよ。
しからば、もう一つ聞きます。
大臣、あなたは、原子力協定、過去に二度ありましたよね、二〇一一年十二月六日のベトナムとヨルダンの原子力協定、衆議院の採決、二〇一四年の四月の四日のアラブ首長国連邦、そしてトルコの原子力協定、これには賛成しましたか、反対しましたか。どういう態度を取ったか、思い出してください。私は覚えているんですが、答えてください。
この発言だけを見る →しからば、もう一つ聞きます。
大臣、あなたは、原子力協定、過去に二度ありましたよね、二〇一一年十二月六日のベトナムとヨルダンの原子力協定、衆議院の採決、二〇一四年の四月の四日のアラブ首長国連邦、そしてトルコの原子力協定、これには賛成しましたか、反対しましたか。どういう態度を取ったか、思い出してください。私は覚えているんですが、答えてください。
吉
吉野正芳#25
○国務大臣(吉野正芳君) 賛否を問われると、記憶にちょっとないものですから。
二国間の原子力協定は、移転される原子力関連資材等の平和的利用、不拡散を法的に確保するための枠組みであると承知をしております。
二国間の原子力協定については……ヤジ
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二国間の原子力協定については……ヤジ
櫻
吉
増
増子輝彦#28
○増子輝彦君 大臣、いつから記憶がなくなったんですか。あなたほど過去のことを全て覚えている人を私は知らないんですよ、事細かく。
大事な原子力協定に賛成したか、反対したか、あるいは棄権したかということは、この福島の原発との戦争だという思いは、最も大事なところなんですよ。駄目ですよ、いいかげんなことを言っちゃ。御祝儀も吹っ飛んじゃいますよ。記憶にない、それでいいんですね。そんな不明確な答えをしたら、今後全てのことに行き着きますよ。イエスかノーか、反対か賛成したか、答えてください。
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吉